第二章 知られざる秘密
※この章には流血を伴う残酷描写があります(R15相当)。苦手な方はご注意ください。
ひどく薄暗い部屋だった。大きな窓には、日光を遮る飾り布が掛かっている。奥の寝台の周りにも、豪奢な飾りのついた布が、張り巡らされていた。
布をそっと押しよけて、ファインは寝台へと近づいた。
寝台に眠っているのは、一人の少年だった。
「オルタード・ラフォルテ。まだ十代半ばってとこか」
ファインは低く呟きながら、懐から銃を取り出す。
ここはラファルテ王家の城。この部屋の主・オルタードは、第四王子である。武勇で名高かった第一王子や、英知に長けた第二王子に比べると、ごく平凡でこれといった特徴のない王子である。
ーーある一点を除いては。
規則正しい寝息を立てて眠る少年を、ファインはじっと見つめた。
透けるように白い肌や、艶のある黒髪を持つオルタードは、アルペジオよりはるかに王子らしい気品があった。
だが、ただそれだけだ。
町で聞いた数々の噂話。実際その姿を目にしたファインは、少なからず落胆した。
自分の子供とそう変わらない年頃の少年。
ーーファインの目にはそう映った。
眠っている少年を殺すことは容易い。けれど何故か、ためらわれた。噂と違い、あまりにオルタードが普通の少年だったせいだろうか。
片手で銃をもてあそびながら、ファインは少年の寝顔を見つめた。
「刺客、か」
急に聞こえた声に、ファインは思わずぎょっとした。
今まで寝息を立てていた王子が、ふいに目を覚ましたのだ。否、もしかすると初めから気づいていたのかもしれない。
「本当に兄上は、化け物退治がお好きだ」
抑揚のない声で、オルタードは呟いた。変声期を抜けきっていない、まだ少し高めの声だった。
だが、その響きに少年らしさは微塵もない。薄い布を肩に掛けたまま、オルタードは寝台から降りた。
「刺客だと分かってるわりに、ずいぶん落ち着いてるんだな」
ファインは唇の端を歪めて言った。
一瞬、目が合った。
どこか寂しそうに見える蒼い瞳に、ファインは思わず毒気を抜かれる。
オルタードはふっと目を逸らすと、近くのテーブルへと歩み寄った。そこに置かれた短剣を掴み、すばやく天井の一角に投げつける。
「くそっ」
うめき声がして、まるで天井の染みのような人影が現れた。そのまま床へと落下してくる。オルタードの短剣が掠めたらしく、片手で脇腹をかばっていた。
全く人の気配を感じていなかったファインは思わず驚く。だが、まだ部屋に残る殺気めいた空気を感じとり、素早く意識を切り替えた。
「おい、後ろっ」
オルタードの後ろにもう一人の刺客がいるのに気づいて、ファインは思わず声を上げる。
だが、短剣を投げてしまったオルタードは、もう何も武器を持っていなかった。
「王子っ、覚悟っ!」
「愚かな……」
オルタードの蒼い瞳が暗く陰る。
肩から布が滑り落ち、隠れていた左肩が露になった。
銀色の鱗に、水晶のような角と牙。
王子の左肩からは本来あるべき左腕の代わりに、龍の頭が生えていた。
「うわぁぁぁぁ」
後ろから切りつけようとした刺客は、喉元を龍に食い破られた。無残な光景に、ファインは思わず目をそらす。
まもなく、骨をかみ砕くような音が聞こえた。
「ば、化け物っ!」
脇腹を負傷したもう一人の刺客は、狂ったように叫ぶと、部屋を飛び出そうとする。今のやり取りが外に漏れるのはまずい。ファインは迷わず引き金を引いていた。
白い閃光が銃口から放たれた。
暗殺用の拳銃であるため、音は全くしなかった。だが、刺客の叫び声は部屋の外にも聞こえたかもしれない。
早く撤収しなげれば自分の身も危うい。ファインは内心焦りながら、視線を戻す。そこには、すっかり青ざめて吐き気を堪えているオルタードの姿があった。
龍に襲われて絶命した男の姿は、どこにもない。床には、飛び散った血や、数本の髪の毛だけが残っている。オルタードの左肩の龍は、まだビチャビチャと男の血を嘗めていた。
「噂以上、だな……」
ファインは震える自分の指先を見つめながら言った。だが、早く撃たなければ色々と詰む。
龍の赤い瞳が、まだ血を滴らせながらファインを射抜くように見据えた。
銃を構えた手が、ほんの一瞬だけ止まった。