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憂色の中  作者: あんかけ
9/11

みちかは数日高熱を出して休んでいた。頻繁に瀬尾からの連絡が来ていたが、彼女はそれどころではなかったので全部無視していた。夏場なのに、毛布で身体をくるまないと寒気がしてたまらなかった。食欲はまったくなく、食べ物を食べるとすぐに吐き出してしまった。脱水症状で、体がまともに動かず、這うようにトイレに行ったり、水を飲みに行っていた。こんなとき、一人暮らしはとても不便だと心から思った。

彼女は必死に症状をやわらげようと安静にしていたが、全く良くなる気配がなかった。みちかは死んだように休んでいた。


体調がよくなっても、なんだか体は壊れたように小刻みに震えていた。なにもしていなくても震える体が出来上がっていた。みちかは自分が正常じゃなくなっていることに恐怖を感じた。それは明らかに、瀬尾の暴力の影響で起こっていることだった。


「おい、みちか大丈夫か?お前が休むなんて珍しいってなってたんだぞ」


職場に着くと三重島があって早々、声をかけてくれた。みちかはぎくりと身体をこわばらせながら、小声で「大丈夫です」と言った。


「なんか元気ねぇな。お前震えてないか。体調悪いなら休んでいいぞ」


「大丈夫です。ちょっと調子が悪いだけなので」


「お前、あのあと瀬尾と仲直りしたのか?殴り合いの喧嘩になりそうだったけど、ちゃんとより戻したのかよ?」


三重島が瀬尾とのことを聞いてきて、思わずぎょっとする。体がビクンと跳ねるように動いて、三重島にもみちかがおかしいことがはっきりと分かる動きだった。


「はい。大丈夫です」


喉に何かが引っかかりながらそう言ったが、不自然な調子だった。


「お前、顔真っ青だぞ。それに酷い震えだ。

みちか、お前…」


三重島がなにか言おうとしたとき、ビリついた威圧感をまき散らしながら不機嫌な顔をした瀬尾がみちかの前にやってきた。

心臓の鼓動が速くなる。恐怖にのまれそうだ。


「ちょっと面貸しなよ」


強い力で、思い切り引っ張るようにみちかの腕を掴むとスタスタと休憩室にやってきた。瀬尾の両手には包帯が巻かれていて、あの時の傷が本物だったと実感する。引きずられながら人形のようについていくみちかをベンチに放り投げるように手を離した瀬尾は、もたつきながらベンチに手をつくみちかを、鋭い眼差しで睨みつけた。


「君、俺がずっと連絡してるのに今日まで無視してただろう?でろって何回も言ってるよな?また痛い目にあわないとわかんないのか?」


「体調が悪くて出られなかったんです」


みちかの言葉が敬語になっていた。彼女はすでにこの関係に疲れ果てていた。もう彼女には反抗しようという意志がなくなっていた。


「休んでるって聞いてたよ。それも数日。

体調が悪いってさ。まあ、あんなことすれば精神的におかしくなるよ」


瀬尾が薄笑いを浮かべた顔で、高飛車に言ってきた。

みちかは震える右手を左手で押さえながら、頷く。


「ほう。今日はやけにすんなりしてるじゃないか。やっぱりあれくらい衝撃を与えれば静かになるか」


「今日は体調が良くなったので出社したんです」


瀬尾は目ざとくみちかの震える右手に視線を投げながら、言った。


「もう君はこの会社で、俺のセックスフレンドっていう噂が流れ始めてるよ。やっぱり三重島さんの影響力って凄いや」


「そうですか…」


「君はこれからこの会社でそういう女として見られるんだ。会うたびに相手からセフレの女だって思われるなんて滑稽だろう?君にお似合いじゃないか」


「うん…」


みちかはなんだか靄の中にいるような気持ちだった。すべてが有耶無耶で、不確かで、どうでもいいような感覚だ。どう思われようと今は生きてるしかないというどうしょうもない気持ちだった。


「反応が悪くなったな。まるでロボットみたいだ。

せっかくまた反抗するんじゃないかって期待してたんだけど、まあ、それでもいいや。やっぱりあの日の事がよっぽど気持ちを参らせたらしいね」


「うん…」


みちかの顔には物憂げなものがへばりついていた。それはあの日以前には見られないものだった。希望が砕け散った彼女は、ただ鈍く受け入れていくしか方法がないことを知った。


「鈍くなったじゃないか。本当におかしくなったかな」


瀬尾がみちかの態度に苛ついて、顔をはたこうと手を出そうとしたときだった。たまたま通りかかった霜月がその場面を見ていて、大声で「あ!」と叫んだ。

瀬尾はピクリとして、すぐに腕を戻す。霜月に振り返った瀬尾は気持ちの良い愛想笑いを浮かべながら、霜月に挨拶していた。


「霜月さん、おはようございます」


「おはよう」


「珍しいですね、休憩室に寄るなんて」


「たまたまだよ、飲み物買いに来てね」


そういいながら、霜月は不安そうにみちかをちらちらうかがっていた。霜月が挨拶しても、みちかは反応しなかった。


「君たちは雑談かい?」


霜月が緊張した面持ちで尋ねてきた。

瀬尾は快活に答える。


「ちょっと仕事のことを話してまして。最近清水さんに頼んだ仕事が遅れてしまってて」


「そうなんだ。清水さんも忙しそうだからね」


「彼女数日前まで休んでたんですよ。だからスムーズにいかなかったんですよね」


「清水さん、顔色悪いけど大丈夫?」


霜月が心配した顔で言ってきた。瀬尾はむっとした顔になって、みちかの代わりに応える。


「大丈夫らしいですよ。反応が鈍いですけど、数日前と比べるとよくなったって言ってますからね」


「そうか。あんまり無理しないようにね。清水さんは頑張りやさんだから」


瀬尾はその時鋭い視線を霜月に一瞬投げたが、再び愛想笑いをして言った。


「彼女はそんな頑張り屋でもないんですよ。

鈍くてどんくさいだけですから」


霜月が少し顔を顰めた。その言い方があまりにも刺々しいものが含まれていたからだ。霜月はみちかに何度も心配そうな視線を投げかけていたが、彼女はただその話を聞くだけで、ぼんやりとしていた。


霜月が休憩室からでていくと、瀬尾はため息を付いて憎々しげに言った。


「何が頑張りやだか?君が頑張りやだったら他のやつらなんて、なんて表現すればいいんだ?

ほんと甘い奴らは適当なことをいいやがるんだ」


明らかに瀬尾は霜月の言ったことを非難していた。みちかは黙って虚空を見つめるだけだった。


みちかはその日、瀬尾から夜の連絡が来ていたが腟内が裂傷で痛いため、やりたくないといった。彼は既読したまま無視を決め込んだ。みちかは彼を無視して、仕事後はスムーズに家に帰った。

家に帰っても、食欲がなく、だるい体をすぐにベットに横たえた。体の節々が痛い。瀬尾からは見えない部分に攻撃を加えられ、みちかの体中には痣がところどころにあり、見る人が見れば暴力を振るわれているのは見るだけでわかる。死んだように横たわっていると、連絡が来た。出会い系サイトで最近知り合った男性だった。


山岸未明と言った。


彼はさらっとした黒髪で、優しい眼差しが印象的な好人物だった。静謐さと物憂げな瞳と意志の強さが見て取れる太い綺麗な眉。すっと通った凛々しい鼻筋と、固く結ばれた頑固そうな唇。瀬尾は彼とはまた一味違う顔をしていた。意志の強そうな眉は似ていた。切れ長の目で、色気を感じさせる長い睫毛と彫りの深い顔立ちで、日本人離れしていた。鼻が高く、厚みのある唇でそれはいつも微笑みをたたえている。エキゾチックで野性的だが、全身脱毛しているせいか、顔にはヒゲがなくつるりとしていた。山岸について思ったのはなぜこれほどの好人物が、なぜサイトにいるのだろうかと不思議だった。


山岸は確認するようにデリケートな質問をしてきたことがあった。


(涼子さんは体だけの関係希望ですか?)


涼子とはみちかの偽名である。彼女がサイト用に作った名前で、他の関係を持つ男たちからもそう呼ばれている。古風な名前だが、好きな漫画作家からとったから気に入っている。


(身体だけの関係希望です)


そう返信すると、しばらくしてから返信が来た。


(そうですか…。了解しました。

それでは当日よろしくお願いします。)


みちかが会社を復帰して1週間後くらいの休みの日に、山岸未明と約束していた待ち合わせの喫茶店に向かった。

みちかは普段のパンツスーツ姿ではなく、女性らしいラインを強調するブラウスとスカート姿で身なりを整えた。水色のツルツルする生地のブラウスと白いタイトスカートだ。靴は白いヒールの低いパンプスを履いた。彼女は普段の髪型も変えて、ストレートのひとつ結びから華やかな巻き髪に変えた。会社の人間がこの姿を見ても、みちかだと気づかないほどの変化だった。


いつもよりも頑張りすぎたかもしれないと、少し不安になりながら、山岸を待っていると喫茶店に入って5分後くらいに人が来店した気配があった。長身の男性で、黒いスラックスにネイビーのシャツを着ていた。

山岸と目が会った瞬間、彼の目がひときわ輝くのが見えた。彼はみちかの前まで行くと、どぎまぎとあいさつした。


「はじめまして。山岸未明です。

涼子さんですよね?」


固い口調だった。女性慣れしている瀬尾などとは違うタイプだと思った。


「涼子です。今日はよろしくお願いします」


山岸はそのままみちかの前にある席に座ると、店員にアイスコーヒーを頼んだ。2人の間に沈黙が下りる。


「とてもお綺麗ですね。緊張するな」


山岸が水を飲みながらいった。顔が赤らんでいる。


「山岸さんも写真よりとても魅力的に見えますよ」


みちかが返事するように言うと、山岸はふっと嬉しそうに笑った。


店員が山岸の頼んだアイスコーヒーを置く。


山岸が言いにくそうに顔を歪めながら言った。


「その、今日はするだけでいいのでしょうか」


「はい」


みちかの淡々とした返事にぎょっとした山岸が、顔を俯かせながら言う。


「あの、よかったら、涼子さんがよければ僕とデートしてくれませんか」


みちかにはその気がさらさらなかった。彼女は好きな男性と付き合って、デートをするという経験が皆無だった。みちかはずっと不特定多数の男と付き合う際、ホテルだけに向かっていた。彼女にとって、そういう男たちとご飯を共にするのはどうにも耐え難かった。

食事をしている時に、情事のことが浮かんでご飯が不味くなるのに耐えられなかった。


「私はやれればそれでいいんです」


その投げやりとも受け取れる言葉に山岸は少し悲しそうな顔になった。


「そうですか…、残念ですけどあなたが嫌がるならしょうがないですね」


そこで山岸が傍らにあるアイスコーヒーをストローで飲むと、追加注文でチーズケーキを頼んだ。


「よかったら食べてください」


感謝の言葉を述べ、置かれたケーキを一口食べる。

味が分からなかった。まるで粘土を食べているような感覚で、たまらなくなり一口でやめてしまう。


「美味しくない?」


心配そうな顔で山岸は顔をうかがってきたが、みちかは作り笑顔を使って、「食欲がなくて」と言った。


「大丈夫ですか。仕事でつらいとか?」


「仕事はそんなに。みんなそんなものでしょう」


みちかはこの話を続けたくなくて、話しづらさを滲ませた。山岸はすぐに話を変え、当たり障りのない事を話した。


駅前のホテルについた。山岸は一番いい部屋を買ってくれた。2人きりになると、山岸はみちかの腰に腕を回し、うっとりとした顔でみちかの顔をのぞきこんだ。


「涼子さん、とても綺麗だ」


思わず山岸のくさい言葉に笑いそうになったが、みちかもじっと彼の瞳を見た。ゆっくりと唇が重なり合う。優しくみちかの舌をなぞりながら、山岸は舌を絡ませる。瀬尾のキスとは違う優しい触れ方で、ふわふわとこころが浮き立つように感じた。


その間に山岸はみちかのブラウスのボタンを外し、唇を離して、彼女の服を脱がせる。と、その時だった。山岸はぎょっとして唾を飲んだ。


「どうしたの、これ」


彼女の上半身には無数のあざがあった。内出血をして黒くなったものや擦り切れて赤くなっているものなどが無数にあった。そのあまりの痛々しさに山岸は、動きが止まってしまった。


「こういうのが好きなだけ」


みちかは他の男にも説明するように言った。だいたいこう言えば、男たちは納得して何も言わなくなるのだった。男たちは自分の欲望を果たすことが目的で、みちかのことを労うことが目的ではなかった。だから、余計な同情や説明は要らないと思っていた。


「こんなあざ、君結婚前だろう?こんな酷い扱いを受けちゃだめだよ。どんどんそういう人間になっていくんだ。君が相手にこうやってっていうのかい?」


山岸は悲惨な顔をして、みちかに問い詰めた。みちかは再びあの小刻みな震えが始まったのを感じた。内心苛つきながら、こくりと頷いた。


「もうやめなよ。君は愛されるに値する人間だよ。君は暴力を振るわれていい人じゃない。君は自分のことを大切にしなければいけないよ。そうしないと、すぐにそっちに行ってしまう」


山岸は必死な形相でそういった。そのあまりにも感情的な姿にみちかは呆気にとられていたが、この男は他の男たちとは違う人間だと思った。


「もし、これがある人からの暴力を受けてるものだったらどう思う?」



みちかは感情的になることに気をつけながら、静かに言った。山岸はみちかの肩を抱きながら返した。


「涼子さん、それは犯罪だよ。涼子さんが嫌がってるのにやってくるんだろう?それは嫌がる相手を無視して暴力してるってことになるんだ。すぐに警察に言おう」


「やめて」


警察を呼べば、面倒になるのは必須だった。みちかの今の生活が壊れるし、瀬尾も捕まるかもしれない。彼が捕まったからと言って、自分の生活から焦りや不快感が消えるわけではなかった。彼女に重たくのしかかる倦怠感は瀬尾が原因ではなかった。根本的な原因はほかにあるのだ。


「私は別に暴力を振るわれるのが嫌なわけじゃないの。生きてることが何だか嫌になってくるの」


「それはこんな愛のないことをしてるからだよ。1回会ったきりで体の関係になるなんて、君は自分を大切にしていないよ。こんなんで喜ぶのは男だけだろう?君は体の関係が楽しくてやってるわけじゃないだろう?表情で分かるよ。君は辛そうなんだ。こんな自分を傷つけることはやめるんだ」


自分を傷つけることを今さらやめたとしても、過去にしてきたことは変わることがない。瀬尾から受けた暴力も受けた事実は変わらない。子供の頃にあった性被害も受けた事実は変わらない。この何とも言えない不快感は何なのだろう。


「私ね、子供の頃に大人からイタズラされたの。無理くり入れられて、それからなんだかおかしくなった。他の友達はされないのになんで私だけこんな目に合うのかなって不思議に思ってた。私はその男に道案内をしてほしいからしてあげただけだったんだよ。それなのに、無理くりあんなことして…」



山岸は悲痛な顔になって、みちかを抱きしめた。肩越しに山岸の息づかいが聞こえる。しっとりと温度が伝わってきた。


「君の善意を踏みにじる行為だ。断じて許してはいけないよ。そんなこと。涼子さんはそうやって男たちに踏みにじられて、傷ついたんだ。だからそんなに生きるのがつらいんだよ。報われなくて、男たちは目の前で楽しげに生きてるから。君だけ置いてけぼりで他の子たちはそんな目に遭ってないから君の気持ちがわからないんだ」


「暴力を振るう男がときどきその幼い頃に襲ってきた男と重なることがあるの。全然違うのに、ふっと蘇る。あの人は私のことをわかってるっていうけど、私はわかってたらそんな酷いことしてことないと思ってしまうの」


「その男はわかっててやっている男だよ。君がつらいのを見て満足するサドなやつさ。そんな男を受け入れちゃだめだよ。そういう男はどこまで受け入れられるか試してくるんだ、実験みたいにね。君はそんな男と一緒になったら壊れるよ完全に」


「でも、なんだか落ち着くの。人間なんてそんなものだって思えてくる。神様なんてやっぱり助けてくれるわけないって思える。不幸が心地良い」


「不幸が心地良い…?」


「一緒に堕ちていく感覚があるの」


「そういう男は君だけ突き落とすものだよ。あいつらは自分は有利な場所にいるもんさ。君はそんな男と一緒にいたらだめだよ」


「でも、会社の人だから」


「意地でも逃げないとからめとられるよ。そういう男は、自分のせいで犠牲がでても平気なんだ。すぐそういう女性を見つける。君の代わりなんて沢山いるんだよ」


「いないって言ってた」


「嘘に決まってるだろう?そういう男は何人も同じような人をキープしてるもんだ」


瀬尾はそういう男なのだろうか。みちか以外の女性がいた場合、毎日連絡をして夜の誘いをしたり、わざわざ休憩時間にみちかのところまでくるようなことはしない気がした。ほかに女がいれば、そういう自分にとって都合のいい女に行く気がしたのだ。面倒事がいやならなおさらそうするだろう。


「きっと違う。あいつは私以外の人はいない気がする」


「すぐ見つけるよ。そういうやつは際限がないんだ。そう思わせるのがうまいだけなんだ」


山岸の言う通りな気がしてきた。瀬尾は縦横無尽に動き回り、自分の欲望のままに突き進む。自分のせいで相手がどうなろうがお構いなく、犠牲が出ても新たな人間を持ってきて補う。人を物のように使う男。

みちかは考えるのが嫌になってきて、山岸の身体に自分の身体を密着させると、そのシャツのボタンを外しながら、下のスラックスのベルトをするすると外し始めた。山岸は呆気にとられながらも、顔を恥ずかしげに赤らめ、彼女の導きのままに服を脱いだ。


「何も考えたくないの」


みちかが山岸と顔を突き合わせながら言うと、山岸は悲しげな顔になって右手でみちかの顔にそっと触れた。


「流されてはだめだよ。どんどん引きずり込まれるように堕ちてしまうんだから」


「こうやってる間は嫌なことを考えなくてすむの。自分だけで堕ちるわけでもないし」


「もっと明るいことを考えよう!君はどんな食べ物が好きなんだい?今度一緒に食べに行こうよ」


山岸が張り切った声を出して、みちかに食べ物のことを聞いてきた。みちかは戸惑ってしまった。最近彼女は食べ物の味が分からなくなってきているのだ。


「メロンソーダ」


その子供らしい好みを聞いた瞬間、山岸の張り詰めていた顔が一気に緩んだ。安心したと言っていい。みちかの重苦しい雰囲気を一気に吹き飛ばす答えだった。


「メロンソーダなんだ!それじゃあさっきの喫茶店で頼んであげればよかったね。あの時聞けばよかったな。ホント俺はいつでも気づくのが遅いんだ」


みちかは少し微笑んだが、あそこで頼まれたメロンソーダを飲んでも味はわからなかっただろう。結局残してしまい、山岸に悪いことをしてしまうと思った。


「私は食べに行くより、こうやってセックスをしてたほうが楽しいの」


再び、山岸が張り詰めた顔をする。みちかの精神状態が明らかに病的であると分かった顔だった。


「本当にそう思ってる?」


「うん」


「嫌になったらすぐ言うんだよ。君が拒否したら僕はそれに従うから」


山岸は優しく微笑んで、みちかの乳房に顔を埋めると、その赤く突起した乳首を甘噛した。ころころと舌で転がし、みちかの反応をみるように上目遣いになる。


「痛くない?」


「優しい」


山岸は照れて、再び乳首を口に含む。


瀬尾との行為が当たり前になっているせいか、山岸の愛撫はじっくりと時間をかけていて、激しい痛みがない分みちかはぼんやりと虚空をみることが多かった。激しい痛みを感じるたびにその痛みに集中できる分、煩わしい考え事をしなくてすんだ。山岸の愛撫を受ける間、幾度となく頭に浮かんだ余計なことを考えざるを得なくなっていた。

これが普通の恋人同士の性行為なのだろうか。相手の反応を見て、嫌なことはしない。不快な思いにならないようにお互いが配慮して、行為にふける。それだとしたら、瀬尾との行為はまるっきり真逆ではないかと思った。瀬尾はもしかしたらみちかが考え事をするのが嫌だと分かっていて、あんな暴力的な行為をしてくるのかもしれない。みちかの考え方は明らかにおかしくなっていた。度重なる瀬尾との暴言の応酬と利己的な行いを救済のためにやっているという騙しの言葉に操られてしまった。明らかに瀬尾は自分の思いを一番にしてみちかに当たっていたのである。


「涼子さん、とてもきれいな体だね。

こんなあざがなかったらもっと綺麗なのに」


山岸が上半身を起こしながら、名残惜しそうに身体についた痣に触れる。小刻みに震える体は相変わらずだったが、山岸は目をつぶって聞いてこなかった。


ぼんやりとした快楽が漂う。それは少し触っては、焦らしてくるようないじらしいもので、激しい痛みの快楽とは真逆のものだった。直撃する雷のような激しさはなく、羽でなでるようくすぐったいものだった。体は痛みに慣れていて、みちかは山岸の愛撫を反応することなく受けていた。


山岸の顔が、みちかの股の前で止まった。ゆっくりと中をかき分けるように熱い舌が入ってきて、花芯を執拗に舐める。水音が室内に響き渡り、みちかはその動きに身を捩らせた。


「気持ち悪い?」


山岸が心配して尋ねてきたが、首を振って違うことを示す。山岸の右手を掴んで握ると、彼もがっちりと握り返してきた。


みちかが声を上げると、山岸は舌を離して握っていた手を離し、みちかの膣の中に長い中指をゆっくりと入れていった。中はぐっちょりと体液を滴らせて受け入れる準備をしていた。


「いれるよ」


山岸は自分でコンドームの袋を破ると、固くなった陰茎につけ、ゆっくりとみちかの割れ目に入れようとした。


が、その時だった。山岸の顔が急にゆがみ、焦っているように見えた。彼は陰茎からコンドームをとると、自分で陰茎を弄って萎んだ陰茎を膨張させようと刺激していた。


「どうしたの?」


みちかが顔を上げて、山岸を見つめると山岸はあわてて陰茎を隠して言った。


「これは、なんでもないんだ!ただ、その、調子が悪くてね」


はじめみちかは山岸の陰茎がおかしな形をしているから隠したかったのだろうと思った。しかし、いつまでも上下運動をやめない手の動きをみて悟った。

この男はEDなのだ。みちかは山岸を哀れに思った。こんな優しい気遣いのある男が、射精困難になっているのに、自己中で暴力的な瀬尾は何時でも精力を漲らせている。なんてこの世の中は酷いのだろう。



「EDなの?」


山岸はその言葉を聞いて、ぎょっとしながらみちかを見返した。彼女に申し訳ないようにすっと体を曲げて謝ってきた。


「ごめんよ。いつの間にかEDになってて。いつも挿入前にコンドームをつけるとしぼむようになっちゃったんだ」


「かわいそう」


山岸のような男は、会った男の中でいなかった。皆陰茎をそそり立たせその楽しみのために腰を振って快楽によがる。そのためだけにこうやって前戯をして、女を優しく扱うのに、その楽しみがなくなってしまうというのは、仕事をしても給料がもらえないようなのだ。


「いつからこうなったかはよく分からないんだけど、これで大体の人には呆れられるんだ。そりゃあ、病気な男なんかに用はないよね」


みちかはゆっくりと起き上がって、山岸のあぐらのところまで行くと、急に体をベッドにうつぶせにさせて、山岸の股間の前に顔を近づけた。

呆然とする山岸を尻目に、萎んだ陰茎を右手で掴み、口に咥える。驚いた山岸は声を上げて、身近に体をさすった。


「汚いから、そんなことしなくていいよ。ほんとに!」


山岸の陰毛が舌に絡んで、手でとる。瀬尾は女性とよく寝るせいか全身脱毛をしていて、ツルンツルンだった。その違いに思わず、笑いがこみ上げてきたが、包み込むように陰茎を刺激する。山岸の甘い息遣いが部屋に響く。みちかの頭を優しく撫でる山岸の手は瀬尾の手を思わせる。彼らは陰茎を咥えられると同じように愛おしげな触れ方になる。彼らは陰茎を優しくされることに弱いのだ。

陰茎のカリの部分を舌で執拗に刺激するとぐんぐんと山岸の陰茎は大きくなっていった。ピンク色の先端をねぶるように舐めあげると、山岸がよがり声を出した。


「涼子さん、だめだ。でる」


山岸が苦しそうに顔をゆがませて、そう言うとみちかは力強く陰茎を上下に舌を動かして刺激する。生臭い液体が口の中に充満する。それをゴクリと飲み込むと、山岸は困惑した顔で言った。


「汚いのに。飲むことないよ。君は暴力男にそういうことまでさせてるのか」


みちかは首を振った。


「その人のは飲んでないよ。その人は私の顔に出すか私の中に入れて出すのが好きだから」


「そんなことしたら妊娠するよ。涼子さんはそいつの子供がほしいの?」


「ううん。ただ流れに身を任せるとそうなってしまうだけ」


山岸は唸り声をあげながら、ため息を出した。


「そんなことはだめだよ。君が不幸になってしまう…」


山岸未明との出会いはこのようにして始まった。

みちかは帰り際、彼と電話番号とラインを交換しホテルをあとにした。みちかは満ち足りた気分になったが、何かが物足りなかった。山岸との出会いはみちかにとっての救いであり、安らぎであった。

しかし、彼女ははじめて自分から瀬尾に連絡していた。


(今日会えませんか)


瀬尾もきっと休みだろう。休日出勤や予定がなければ連絡が来ると思っていると、数分して返信が来た。


(いいよ。どこで会う?)


駅前のさっきまでいたホテルを指示すると、了承した瀬尾は30分くらいでやってきた。ずっとホテルの前で待っていると、数人の男から絡まれたりしたがすべて無視した。


黒い半袖シャツにジーンズを着た瀬尾がやってきた。彼は改めてスーツのほうが似合うなと思いながら見つめていると、瀬尾はみちかの前を通り過ぎ、ホテルに向かっていった。後ろから追いかけて、声を掛けると驚いた顔をしてみちかを眺めた。


「すごい格好じゃないか!見逃したよ。まるで別人だ。君もやればできるじゃんか。毎日その格好で出社すれば、君の評価もまったく違ったものになるはずなんだけどなあ」


珍しく瀬尾がみちかを褒めた。みちかは何となくムズムズしてしまい、居心地が悪くなる。瀬尾の近くに行くと、甘い濃厚な香水の香りがした。瀬尾がホテルのパネルで淡々と部屋を勝手に選んでいるのを後ろから眺めて、ついていく。

瀬尾はソファにおもむろに座ると、話しはじめた。


「君から連絡が来るなんて初めてだね。俺は君がものすごく俺のことを嫌ってると思ったんだけど、今日はどうしたの?」


「なんか、やってほしくて」


瀬尾が目を見開いて、驚いた顔をした。顎に手をやって考え込むポーズをする。


「君のその格好といい、その態度といい、何かあったな。君、男と会っただろう?それも優しい男だ。君の顔を見れば分かる。いつもの憂鬱な顔がすこしだけ明るくなってるからね。その男に優しくされたけど、物足りなくなって俺を呼んだんだ。そうだろう?」


みちかは全てを当てられてしまい、動揺して俯いていた。瀬尾がニヤリと笑って、彼女の前まで行くと珍しく優しい手つきで腰に手を回してきた。


「いい兆候じゃないか。優しくされたのに物足りなくなったのがとてもいい。君は優しくされても暴力のほうが好きなんだ。俺と同じだな。俺は思うんだけど、君は優しい男を選んでそういう男とだけ関係を持てば俺の良さに気づくはずだよ。君は褒められたい欲があるからそいつらに君のことを褒めさせて、君を満足させて、君が足りなくなって俺を呼べば、俺は機嫌よく君をいたぶることができる。これって最高の関係じゃないか」


みちかの額に軽くキスすると、流れるようにベットに体を引き寄せて2人で座る。瀬尾は恐ろしいほど上機嫌だった。


「メイクもちゃんとやれば綺麗に見えるじゃないか。なんで俺と会うときは適当なんだ?今日みたいに気合を入れてめかしこめば、俺だって君にひどい扱いをしないってのに。君は見た目の努力が足りないよ。毎日この格好で会社に来てみろ。君の扱いは見違えるように変わるのに」


瀬尾は顔をみちかに近づけてそう言うと、ゆっくりと唇を重ねて、例のねっとりとした舌使いで舌を絡ませてきた。みちかをベットに押し倒すと、シャツをほっぽりだして、上半身裸になった。


「君と会ったその男は利用価値があるな。君の機嫌がよくなるほどの男なんて珍しいし。俺も会って穴にぶち込んでやりたいな」


瀬尾がおぞましいことを言ったので、みちかは体を硬くした。怪訝な顔をしたみちかに気付いた瀬尾は、声を上げて説明する。


「君には言ってなかったか?俺はバイでもあるんだよ。いい男ってのは、やっててもいいもんだ」


瀬尾は性に奔放な男だった。男性にまで範囲を広げていたことは全く分からなかったが、彼が好色なのは相変わらずだった。


「その人は嫌がるわ、あなたと会うのは」


瀬尾は口をムの字にして疑問のある顔になった。


「どうしてだい?3人でセックスすれば楽しいひと時を過ごすことができるだろう?彼が君を犯して、俺は彼を後ろから犯すんだ。楽しいだろうなあ」


「彼は挿入できない人なの」


「?挿入できない?ちんぽが小さいのか?」


「たたないの」


合点がいった瀬尾は大声を上げて、なるほど!と快活な声を上げた。


「EDかあ。きっと酷い目にあってたたなくなったんだろうなあ。君の別バージョンなわけだ。そりゃ仲良くなりそうだ。君もEDみたいなもんだろう?俺とやってる時に、いったところを一度も見たことないもんな。お仲間ができたわけだ」


「私はもともといかないから」


「あ!でもクリでならいけるんだよな。まあそうなると、EDじゃあなくなるか」


瀬尾は機嫌よく微笑みながら、みちかの服を引き剥がし、顕になった膣に自分の中指をゆっくりいれると、何度も出し入れして刺激を加えた。彼は今回、無理くり最初から挿入してこなかった。じっくりとみちかの体液の滴りを確かめて、花芯を小刻みに弄りながら、みちかの反応をみていた。


「今日はすぐ入れないんですね」


みちかが言いづらそうにそう言うと、瀬尾はじっくりと膣の中を見つめていた。


「ああ。今日君は機嫌がいいからね。雰囲気を壊すきにはならないんだよ。それともなにか?君は俺にぶち込まれたいの?」


みちかは黙ってしまった。自分はあの痛みが欲しくて彼に連絡をしたのに、どんどんちがくなってしまう。瀬尾と話をしていると余計なことを考えなくていいが、それ以上にあの痛みは漠然とした日常の嫌悪感を吹き飛ばす効果がある。山岸の愛撫は物足りなく、彼のを待つ間に不安が彼女をよぎって不快な気分にさせる。その不快感に耐えられないのだ。


「迷ってるな。その優しい男はぶち込むこともしないまま、君を優しくエスコートしたけど、君は物足りなく感じて俺にぶち込まれたい気持ちになってるんだ。やっぱり追い求めるのは強い刺激ってわけだ。今日は玩具を持ってきてないからなあ。君に入れられるのは俺のものだけだけど、今日は優しく入れたい気分なんだ。その男になったつもりでやるなんて興奮するだろう?その男はどうやって満足したんだい?」


「私が口でやったの」


「ほお。君が口で咥えたのか!積極的じゃないか。その男が頼んだのかい?それとも自分で?」


みちかはしつこく聞いてくる瀬尾を軽蔑した目つきで眺めた。瀬尾は彼女の表情を観察して答えを出した。


「言わないところを見ると、自分でらしいな。まあ優しい男だから、君に咥えろなんて言えないもんな。ちんぽはおいしかったかい?俺のときは全然そういうサービスをしないよな」


「あなたは自分で無理くりさせるのが好きそうだから」


瀬尾はニヤニヤ笑って、彼女の髪を撫でた。


「わかってるじゃないか!何だって今日は君は可愛らしいな。俺のことを理解してる発言までして。君の願いを聞いてやろうかな。君は無理くりやるのがいいんだもんね?」


瀬尾が白い歯を出して笑うと、ベルトを外そうと手をかける。チャックが下がり、下着をずり下げて、そそりたった陰茎をみちかの膣にこすりつける。

小刻みに体が震えていた。この震えは、瀬尾の暴力が酷い日から続いていた病気の証しだった。瀬尾もこの震えを指摘することなく、行為に集中していた。

この時、瀬尾の手の傷口が気になった。すぐに確認すると、包帯ではなく大きな絆創膏に変わっていた。みちかの視線に気づいた瀬尾は、傷のことについて話しはじめた。


「あのあと酷かったんだから。君が俺のことを殺そうとして刃物突き出したあと、病院に行ってね。縫ってもらったよ。血はダラダラ出るし、ヒリヒリしていたいし。ほんと仕事がしづらかった。でも、君の膣の方はどうかな?」


震えが酷くなる。寒くないのに、ガタガタと大きく揺れる体を見て、みちかは身体から冷や汗が出てきた。

瀬尾はみちかが青くなっていくのをみて、呆然と眺めた。


「君、震えがすごくなってるよ。最初会ったときから震えていたけど、今尋常じゃないくらい震えてる。こんな状態じゃあいれられないな」


「やって!お願い」


大声で叫んでいた。自分でも信じられなかったが、みちかはあの痛みを欲していた。


「そんなに欲しいのかい?入れて泣いても知らないからね」


ゆっくりと瀬尾の陰茎が膣の肉をかき分けて入ってくる。途中、刺すような痛みを感じて、思わず体が跳ねてしまったがシーツを思い切りつかんで耐えた。


「あっついな。君の中炎症を起こしてるみたいにいつも以上に熱いよ」


瀬尾が顔をゆがませながら言ってくる。ゆっくりと動き出した瀬尾が、色っぽい吐息を出しながらリズミカルに突く。濃厚な快楽がみちかを襲ってくる。瀬尾はグリグリと奥に陰茎を押しつけて、みちかをぞくぞくさせてきた。思わず、嬌声が出てしまう。


「君はその男にそんなよがり声をあげてたのかな。他の男たちにも掘られるたびにどんな声を上げてるかって妄想する時があるよ」


瀬尾が熱っぽい瞳でみちかを見おろしながら言ってきた。瀬尾はいつも女性を抱くときはこんなによく喋るのだろうか。


「ああっ、いきそうだ」


顔を顰めながら動きを速くする瀬尾の右手を掴んで、目で訴えた。瀬尾は目を大きくして、みちかの言葉を待っていた。


「ゴムしてほしいの」


そのタイミングの悪さに思い切りため息を吐いた瀬尾は、呆れてカラカラと笑ったあと、彼女の頭を優しく撫でた。


「よく言えたね。分かったよ」


瀬尾は勢いよく陰茎を引き抜き、みちかの腹あたりで陰茎を刺激して射精した。びくびくと瀬尾の体がビクつく。白い精液がみちかの腹部に飛び散った。

瀬尾は立ち上がって、ジーンズのポケットからタバコを取り出してソファに座って吸い始めた。

沈黙が広がった。みちかはベットの枕近くにあったティッシュを引き抜いて、腹部にかかった精液を拭った。二重に満足を味わうことができた。だが、やはり思った通り重苦しいものも襲ってきた。みちかは目を閉じた。すると、たばこを吸い終わった瀬尾が隣に来て、ベットのマットが沈んだ。


「今日は泊まっていくかな。家に帰りたくないんだ。もう7時だし。君も帰りたくなかったらいていいからね」


「うん」


「今日はほんとに落ち着いてるね。この前のことが嘘みたいだ」


瀬尾が体を横たえて、仰向けになるみちかの髪を撫でている。


「あなたが暴力を向ける女性は私だけなの?」


瀬尾を上目遣いに見つめながら尋ねると、彼は小首をかしげてニヤリと笑いながらいった。


「そうだよ」


「他の人にはしないの?」


「前まで付き合ってた女の子とかにもしてたけど、そんなに強い暴力はふるったことないよ」


「他の女性達はどうしてあなたと別れたの」


「俺がその子たちを愛してないってわかったからだよ」


瀬尾の瞳が真っ黒になった。その吸い込まれるような闇は、禍々しさを放っていた。みちかは食い入るようにその瞳を見つめていた。


「あなたは人を愛するの?」


「愛するよ」


「あなたは他の人を沢山キープしてるの?」


「そんなことないよ。キープするのもめんどくさいもんだからね。ずっと前にそんなことはやめたよ。好きな子だけに好かれたいんだ。それ以外のやつらなんか別に嫌われてもいい」


「でも、あなたはみんなに愛想がいい」


瀬尾の体がビクついた。ぎょっとした彼はみちかをじっと見つめた。


「あれはカモフラージュだよ。世渡りのためのね」


「本当は好きな人だけに好かれたいのに、世界はそれを許してくれない。皆を平等に扱えって言ってくる」


「2人だけの世界に閉じこもれたらいいのにね」


瀬尾の本音が見えた気がした。瀬尾が頭上で腕を組んでその中に頭を支えた。


「なんだか疲れた」


「寝ていいんだよ」


瀬尾がみちかの髪を優しく撫でる。


「重苦しくて耐えられない」


「もう、他の男と会うのをやめな。君を優しく扱う男だけ会うんだ」


「違うよ。そんなことしても解決しない。根本的な焦りはずっと私を襲ってくるの」


「落ち着いた生き方をするように方向転換しないと、君は堕ちるよ」


「それはあなたもでしょ?」


苦々しい顔をして、瀬尾はみちかを見つめる。


「俺はいいんだよ。君と違って覚悟してるんだから。

そういう人生を送ってるんだから、最後にどうなろうと自業自得だ。君はそう思ってないから悩んでしまうんだよ」


「私は好きで男の人とセックスしてるわけじゃない。してないと不安になるからしてるだけ」


「決まった男とやるようにしたほうがいい。妊娠のリスクもあるし、性病にもなったらみんなにばらまくことになる。俺は君が妊娠したら費用を全部持って堕胎させられるけど、産みたいなら費用も全額出すよ。だから、他の男として欲しくない。知らない男の子供なんて育てたくないしね」


「他の男性って今日会った人も?」


「ああ。できるなら会ってほしくない。君にいい影響を与えれそうな男だとは思うけど、いずれ別れが来た時傷つくのは嫌だろう?俺だってそういう優しい男と君を引き剥がすのは可哀想だと思ってしまうんだから」


みちかの顔が一気に暗くなる。瀬尾とずっと会っていると重苦しい気分になって、どんどん辛くなる。山岸はみちかに安らぎを与えることのできる男性だった。


「ずっと目が覚めなければいいのに」


「無理な相談だ」


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