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憂色の中  作者: あんかけ
7/11

小学三年生の頃だった。夏のうだるような暑さの日にそれは起きた。

半袖と短パン姿のみちかは、友達と別れて家に帰る帰り道に、大学生くらいの男に声をかけられた。その男は、細身の男で、親しげに話しかけてきて、道案内をみちかにお願いした。それは、家の近くのスーパーで、みちかは年上の男性に頼られたことに喜んでしっかりとその場所まで道案内をした。彼は笑顔で感謝を言うと、これあげると言ってお菓子をくれた。みちかは嬉しくなり、人助けをした自分を誇りに感じた。


目の前で、獣のような目をギラギラさせて、瀬尾がみちかの肉体を突ら抜いてくる。トラウマの再現という言葉が頭の中によぎる。


その男は、1週間後にも再びみちかを頼りにして道案内をさせた。次は、前教えたスーパーよりも遠い同じような規模のスーパーだった。彼女はまたも正解がわかった生徒のように堂々とそのスーパーまで道案内した。その青年はまた感謝の印としてお菓子をくれた。


「最近さ、ちょっと溜まってるんだよね。君みたいな女ばかりじゃなくて、わがままなやつもいるから面倒なんだよ。こうしてほしいとかいちいち言ってきやがって。俺はお前の所有物じゃないんだよ」


そう言って瀬尾がみちかのほおを平手打ちする。瀬尾は同じ部署の新人の女の子と付き合ってると言ってきたが、彼はみちかがおもっていたようにそれはそれで、この関係は別だと考えているようだった。彼はたまったフラストレーションを吐き出すためにみちかを利用して、気を晴らしていた。


「彼女はデート担当で君はセックス担当なんだ。俺は見栄えのいい女性も好きだけど、本当に好きなのはセックスと暴力だからね。あの新人の子は体が細いから全然耐えられなそうだし、それが残念だけどしょうがないよね。君はその点身体が丈夫だし、こういうことしても逃げようとしないから適任なわけだ」


その男は、3回目でみちかを2回目で教えたスーパーの近くにある墓場に案内してほしいと頼んできた。最初に出会ったときから、3ヶ月が経っていた。みちかは当初と同じように使命感にかられるように男に道案内した。太陽が沈む前の夕日の橙色と濃厚な墨をぶちまけたような暗闇が広がるなかで、みちかが墓場の入り口まで案内したときに魔の手は襲ってきた。口に布を押し込められて、墓場の隣にある雑木林に引きずり込まれた。最初何が起きたかよく分からなかった。動揺している間に腹を殴られ、抵抗できないようにされる。

しっとりと湿った土の上に倒され、覆いかぶさるように男がみちかのうえに乗りかかる。真っ黒な瞳が、ギラギラと光って、じっと凝視したあとに服を引き剥がしていた。


その時の光景がまざまざと蘇って、素っ頓狂な声で叫んでしまった。目の前にいる瀬尾は、不愉快な顔をしてみちかをみつめている。


「なんだい?変な声出して。変なタイミングで叫ぶなよな」


みちかの瞳がゆらゆらと揺れる。あの時の自分は善意で男に道案内をした。それなのに、あの男も暴力でみちかを蹂躙して、まるで初めからそれが狙いのように彼女が蜘蛛の巣に絡まった虫を見るように上から高みの見物をしていたのだ。みちかは自分の素直さを憎んだ。世の中は手を差しだした人間に牙を向けるような人間ばかりだ。目の前の男、瀬尾もそうだ。彼はそういう人間を選び出して、自分の欲求が満たされると何事もなかったようにいつもの生活に戻る。あのみちかを襲った男も捕まることなく、毎日を平然と暮らしているに違いない。その理不尽さ!


「なんだ?今度は泣いてるし。珍しく情緒が不安定じゃないか。いつも君は黙って耐えてるのに。どうしたんだい?」


いつの間にか流れていた涙に気づいて、慌てて手で拭う。瀬尾は挿れていた陰茎を引き抜き、ベットの上で胡座をかいてみちかの顔を不思議そうに覗き込んでいた。


「なんでもない」


「そうには見えないけどなあ。嫌になったかい?」


「嫌になっても、あなたは私を解放してくれない」


「まあね。俺はいい相手を見つけたもんだといつも思うよ。君は俺に弱みを握られてて、人に助けを頼ろうにもその話がみんなの嫌悪感を醸し出す事柄だし、自業自得だから助けを求めづらいんだ。それに俺は君以外の人間には、好印象の男だから、立場が弱い君の話なんて誰も信じないしね」


「あなたは私を襲った大人と似たようで、卑怯」


「?君、襲われたことあるのかい?」


沈黙する。みちかの顔に痙攣が走ったのを瀬尾は見逃さなかった。


「君さ、嘘とか言いづらいこと言うとき、顔がビクつく癖があるよね。分かりやすいというか、繊細というか。君のことだから、襲われても親も教師も助けてくれなかったんでしょ?」


親は気づいた。だが、みちかが転んでつけた汚れだと勘違いして、それ以上の事は考えなかった。みちかの態度は明らかにおかしかったはずなのに、だれも気づく人間はいなかった。


みちかがずっと黙っていると、瀬尾はあの同情的な眼差しで見つめてきた。


「普通はさ、君みたいにならないもんなんだ。君は助けを求めないようになってるんだよ。それはだれも自分を助けてくれなかったからだ。普通だったら、身近にいる人間が気づいて、ある程度対処するはずなんだよ。自分に価値があると思っていたら、そうするはずなんだ」


「君は本当はそのことに絶望してるんだ。世界が自分に敵対していることに。君が友人や恋人を作らないのも、親とも連絡を取ってないのも、端から信用してないからだ。かわいそうに、自分の貞操を幼いころから失ってたなんて」


「何がわかるのよ、襲ってきたやつに」


みちかがはじめて憎々しい目つきで瀬尾を睨みつけた。瀬尾は呆気にとられて呆然とその様子を見ていたが、陰茎を少しいじったあとに顎に手をかけて言った。


「何となくわかるよ。俺はそんなことなかったけど、君の今の状態は過去からの連続で作られてるんだなって思ってね。反抗しない人間は反抗できない環境で育てられたってわけだ。孤立してる人間はそれだけ狙われやすいってのに」


瀬尾の瞳からあの獰猛な気配が消えていた。そこにあるのはただひたすらの同情的な眼差しだ。みちかは背筋がぞくぞくして、彼の頭を叩きたくなった。こんな自分を襲ってきた人間が高みから同情してくる感覚に激しい憎しみがわき上がった。


瀬尾がそのことに気付いた。彼はまじまじと彼女と目を合わせると言った。


「君は今怒ってるね。普通なら俺が君を無理くりやってるところで怒るもんだけど、君はなぜか怒らないし。俺はそれが不思議でたまらなかったんだよ。女性にとって、自分の体を守るのは自然なことなのに」


「暴力やってる人間がそんなこと言うの?」


「俺はそういうのが好きなだけで、無闇矢鱈にそこらの人にやるもんじゃないよ。君だって、俺に弱みを握られなかったらこんなことしなかっただろう?それに俺は最初、君がセックスが好きな女の子だと思ったんだけど、全然違うってわかってね。君反応しないんだもん」


「落ち着くだけやってるのは」


「俺は君の気持ちわかってあげれるよ。君の代弁者になれる。そうは思わないか」


瀬尾の声にねっとりとした温かみが出てきて、腰に腕を回される。あの淡々とした暴力を振るう雰囲気とうって変わった態度だった。


「やめて!気持ち悪い」


あの過去の自分を襲った男と同じ匂いがした。人を突き落とすのを楽しむ人間だ。この男はクズで、ひらひらと優しさを振る舞って、自分が寄りかかろうとしたときに激しい暴力を振るうような男にしか見えなかった。


瀬尾は叩かれた手を擦って、悲しげにしょげていた。


「俺は今日思ったよ。君は不幸な人だって。不幸な人間は君だけじゃないよ。俺だって、見方を変えれば不幸に違いないんだから。だから、一人じゃない」


「あなたは私みたいな目にあってないじゃない。何がわかるのよ」


心からの言葉だった。瀬尾はみちかのような目には決してあっていないだろう。同じような目に遭っていれば、この男が暴力が好きになってるはずがないのだ。この男には共感力がないと思っていたが、意外にみちかの反応を的確に表現してくる。そのでこぼこさが何とも憎らしかった。


「俺はわかるよ」


瀬尾は切なげな声で言った。


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