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憂色の中  作者: あんかけ
3/11

山岸とは行為はしないまま、ずっと横になって終わってしまった。山岸は、みちかを哀れな目で見つめ、同情していた。その傷跡と彼女の淡々とした冷めた行動の痛々しさをどうにか快方に向かうように、その傷跡に優しく触れながら祈っていた。


そんな祈りを打ち壊すように、みちかはある男とその後に会う約束を決め、ホテルに来ていた。今日二度目のホテルだ。

みちかの目的はこの自分を追い立てる焦燥感をどうにか鎮めることだった。そのためだったらどんなことだってする。それが燃えるような、憎悪の一撃だとしても彼女はその執拗な感情を感じるよりも痛みを味わっていたかった。


その男は、会社の部署違いの男で仲良くなった瀬尾だった。瀬尾は表向きはとても魅力的な男で愛想のいい男だった。容姿が整っていて、豊かな感情表現がある話し方が話すものを引き込んだ。しかし、その反動なのか恐ろしいほどの加虐趣味があり、彼に引きずり込まれるようにみちかは毒牙にかかってしまった。

ホテルの前で待ち合わせをすると、瀬尾は強引に腕を引っ張って受付に入っていく。みちかに尋ねることもなく自分で選んだ部屋に引きずり込むように進んでいくと、勢いよくベットに押し込んできた。その間彼はずっと無言だった。

瀬尾が緩くかかったツイストパーマの髪をかきあげながら言う。


「君から誘いが来るなんて珍しいよね。なに?

また激しいのがしたくなったの?」


みちかは淡々と言った。


「やりたくて。あなたなら強引に無理くりやりそうだから」


「俺、仕事終わりなんだよね。君にやりたいって言われて嬉しくなってきたんだけど、痛めつけてもいいってことだよね?」


みちかは頷いた。瀬尾の唇がにやりと上がる。


「ほんといい日だよ。こんな日はめったに無いなあ。それじゃあはじめるよ」



瀬尾は裸になると、シャワーを浴びることなくみちかの服を脱がしはじめ、勢いよくしゃぶりつくようにキスをしてきた。ねっとりとした粘着質なキスだ。何度も何度も絡み合い、太い舌がみちかの舌をなぞる。空気を吸い込み、瀬尾がうっとりとしたような声を出しながら、みちかの首を絞めてくる。これだった。瀬尾は首絞めが大好きで、挿入している時に力いっぱい首を絞めて、腟内をぎゅうぎゅうに締め付けられることをよく好んだ。犯罪者じみた変態行為がお好みの彼は、みちかと性行為をするたびに嬉々として容赦なくその行為を行った。

顔が真っ赤になり、苦しげに喘ぎ始めたみちかを見ながら、満足げに首に込めた力を解放していく。


「苦しそうだ。もっと泣いてほしいんだけどなあ。クールな君が泣きながらやめてって言ってくると興奮するんだよ」


「苦しい。息継ぎさせて」


瀬尾は薄笑いを浮かべて、みちかの太ももの傷跡を勢いよく叩くと、ソファに座って、自分のカバンからたばこをとってふかし始めた。


「さあて、どうするかな」


瀬尾はこれからみちかをどう調理しようか思案しているようだった。みちかはどくどくと激しく脈打つ心臓につられながら、瀬尾をせかした。


「早くやって」


「オレにもペースがあるんだけどなあ。そんなに欲しいの?」


瀬尾がわざとみちかの顔に陰茎を突き出して、その先端を顔にまとわせるように近づけた。みちかは嫌がりながら顔を背けるが、それを笑って見ていた瀬尾はぐっと身近に体を押し倒し、下半身の溝に陰茎を擦り付ける。


「いいよね?だって早くほしいんだもん。

一気にいれちゃうよ」


ぐいっと力付くで入ってきた男根が、準備をしないままの膣に無理やり犯すように入ってきた。ビリビリと裂けるような痛みが走り、みちかは思わず体をビクンと震わせながら高い悲鳴を上げた。その強姦さながらの無理くりの挿入にみちかは満足する。この痛みが、焦りを吹き飛ばしてくれるのだ。


「狭いな、相変わらず。君はヤリマンだから、ガバガバだといつも思っちゃうんだけど、そんなことないんだね」


「痛い!」


「それがいいんでしょう?この前言ってたじゃない」


瀬尾が一気に空気を吐き出しながら、動き出す。侵食するように肉棒が、みちかの肉壁を蹂躙していく。無抵抗で白旗を振る人間に暴力を加えていくようだ。その理不尽さに納得しながらも、みちかの首に手をかけた瀬尾の目がギラギラと光った。


「もっと声あげなよ。じゃないと興奮しないじゃないか」


首を思い切り絞められ、顔にどんどん血がたまっていく感覚がある。ガンガンと子宮を突き上げるような勢いのいいピストンに足がガクガクと痙攣し喘ぎ声をあげる。


「凄い、締め付けてくるよ!いきそうだ、中に出していいよね?」


瀬尾の気持ちよさそうな声が響き、思わず何度も頷くと、動きを止めて一気に出してきた。みちかは瀬尾から首から手を離されてから、咳払いした。


「2回目」


能天気な声を上げながら、瀬尾がニヤニヤと薄笑いを浮かべて、みちかに面と向かう。みちかは苦痛の表情を浮かべながら、じんじん痛む腹をゆっくりとさすった。そんなこともお構い無しに、瀬尾は再びそそりたつ陰茎をみちかの顔に近づけて、舐めるように命令する。


「ほら、舐め舐めタイムだ。奥まで咥え込んでオレを気持ちよくさせてよ」


瀬尾は悪魔のようにみちかが陰茎の先を恐る恐る口にした瞬間に、がばりと奥に押し込む。喉に陰茎が当たり思わずえづく。唾があふれ出し、その場でおおきな咳き込みをする。この強引さ、暴力的な性交を好む凶暴さが瀬尾だった。


「ははは!びっくりしたでしょ?そんな睨まないでよ。もっと奥深くまで咥えるんだ」


瀬尾の汗の匂いが充満する。濃厚な匂いだ。この男は他の女性にもこんなことをするのだろうか。それとも他の女性には例の表向きの顔で隠して、綺麗な自分を装うのだろうか。瀬尾はギラギラとした目つきに病的な表情をしたかと思うと、みちかを見下ろしながら無理くり陰茎を喉の奥まで突いてきた。


吐き気がこみ上げる。のどの奥を刺激され、胃からどくどくと昼間に食べたものがせり上がってくる。口内に酸っぱい味を感じた。みちかは涙目になって、目の前の凶暴な男を見上げる。この男の前に行くと、自分の不幸から目を背けることができる。圧倒的な苦痛を味わうことで、あの何とも言えない焦りを感じなくてすむ。じわじわと腐らせるように侵食していく焦りなどよりも確実な痛みが明瞭に自分を蝕んでいくほうがみちかには理解しやすかった。


「君は俺が好きではないけど、この行為が好きなんでしょ?俺にはわかるよ。君を会社で見てるといつも心細そうで弱々しく何かに追い詰められてるように見える。君は予期できない不幸が自分を襲ってくるよりも、ガツンと頭をぶち抜くような強い衝撃を受けてる方がまだ心が安定するんだ。そうだろう?」


瀬尾はみちかの顎に手をかけて、その口からあふれる透明な唾液を指で拭いながら尋ねた。その通りだった。瀬尾にはみちかの心がわかったようだった。この暴力的な男にそんな繊細な心の動きがわかってしまうことに驚いてしまう。

瀬尾は無理くりねじ込んた陰茎をみちかの口から引き抜く。透明な唾液の糸が陰茎と唇に線を引く。答えを聞くためにみちかにしゃべらせようとしたのだった。


「わかるの?」


「わかるよ。君は必要だからこういうことをするのさ。俺とこういう行為をすることで何かの感情から目をそらすことができる。日々のつらさをいっときだけ忘れれるんだ。この強い衝撃で。でも、どんどんその頻度が多くなって、最後にはきっと君は死ぬしかなくなるんだ。どんな強い衝撃を受けても満足しなくなる。それが今から見えるんだよ」


死ぬしかなくなるのだろうか。どうして自分にはこんなに死が近くに感じられるのだろう。


「私は自分が分からない」


みちかが小声でつぶやいた。その瞳は見開いていて、異様な雰囲気を醸し出していた。少し驚いた瀬尾だったが、素知らぬふりをして話す。


「俺は女の子と引き合うようにこういう関係になることが多いんだ。彼女たちは俺のこの暴力に耐えられなくなって離れていくんだけど、君はなんだか違う。もっともっとと迫ってくるようなんだ。君は殺されようとしてるように見える」


「私は時々死にたくなる時があるの」


「君を見てると、かわいそうになってくる。君は俺に愛されてるからこういうふうなことをされるなんて端から思ってないんだ。俺が付き合った彼女たちはさ、ほとんどが俺が愛してるからそういう酷いことをするって思える子たちだった。それって救いでもあるだろう?でも君はただこの暴力を受けねばならないって思ってるみたいに見えるんだ。強制的にね。まるで自分を罰してるみたいだ。俺は君に恩恵を与えてるわけじゃないのに、君は狂った機械みたいに勘違いしてるようになにかをしないといけないと思ってるみたいだ」 

     

「確かな感覚が分からないの」


死んでるように生きている。この一言に尽きるのだ。

痛みだけが自分をはっきりとここにいると感じさせてくれる。苦痛がないと、ぼんやりと目の前が霧で包まれるように見えなくなってしまう。


「俺も狂ってるけど、君も狂ってるね。君とあってるととても思うよ。どうしてこんなことになったのか、神様は全然答えを残してくれないけど、きっと不幸だったからこんなことになったんだ、お互いにね」


「そうね」



「俺はね、こうやって君に暴力を振るってると君に対して愛着みたいなものが湧くんだ。いつも頭の片隅に君がいて、君だったらこんな俺を許してくれる気がするんだ。俺はそういう相手を求めてる。絶対的に俺を許してくれる存在。男が好きな女性がいるのに、他の女を抱くのもそういう存在がほしいからなのさ」


「あなたはどうしてこんな酷いことをするの。本当に好きな相手にもそういうことをするの?」


瀬尾はうーんと唸ったあと、ぱっと顔を明るくしていった。


「こうやって暴力的な行為をしているときだけ、生きてる感覚がするんだ。確かな感覚。人を圧倒して、下に引きずり込んてると思うと安心するんだ。俺は好きな相手にこそそういうことをするんだ。彼女をひどく扱ったとき、なんだか俺だけじゃない気がするんだ、不幸なのは」


「荒んだ性格ね」


「君に言われたくないよ。俺と君はプラスとマイナスの関係みたいにがっちりハマる関係なんだよ。俺は君に運命を感じてるんだ」


それは告白だった。不幸な者同士が不幸になるべくして、つながるような共犯関係。みちかはこの男と一緒になれば、破滅にいくようなものだと前から思っていた。


「不幸になりたいの?」


「俺にとっては幸福だよ。君のような理解者がずっとそばにいて、俺の欲望に耐えてくれるんだから。普通だったらそんな存在はいない。それは精神的な伴侶を得たようなもんだろう?俺は君が苦しがっている時に、その様子を見て君の苦しみを想像するんだ。理解者がいるだけで、君は一人じゃなくなる」


それはもう愛の告白になっていた。瀬尾は精力的な顔を爛々と輝かせ、酔っ払っているようにみちかに話していた。その赤裸々な言葉はみちかを突き刺した。

彼女は、一瞬この凶暴な男に近づこうと手を伸ばしたが、相手から差し出された手を勢いよく振り払ってしまった。瀬尾はその一連の行動にショックを見せ、子供のように悲しそうな顔で彼女を見つめていた。


「君は嫌なのか」


「あなたは私のところまでまだ来てない気がする。

私のように死が近づいてない」


「そんなことないよ。俺は君のことをわかってる。

それは君と同じような感情になってるってことだ」


瀬尾はポツリとつぶやいた。


「あなたは私が好きなの?」


「少なくとも、そこら辺の女のことより君の苦しみを知っているよ」


瀬尾が愛おしげにみちかの口から溢れる唾液を拭って、自分の口に含む。

その官能的な滑らかな動きに、心が揺れてしまう。


「あなたは普通の綺麗な女性と一緒にいるのが似合うわ。あなたは好青年で、私みたいに内向的じゃなくて、社会に適応できてるもの。私といたら2人揃って落下してくようなものよ。それで騙しながらでも延命できるならそのほうがあなたにとってはいいのよ」


すると、そういった時だった。ものすごい力で瀬尾がみちかの右腕を掴み、悲痛な顔でまくしたてるように言った。


「延命だって?君は俺に死にながら生きることを勧めるのか?そんな糞のような延命治療をしたとしても、俺に待ってるのは孤独なんだ。誰も俺を理解しない、上辺だけの言葉で飾られた現実なんかで生き続けて何がいいんだ?君はそれをよく知ってるだろう?それを俺に勧めるなんて、君は俺をバカにしてるのか?」


「あなたはこの激しいセックスのたびに私を馬鹿にしてるわ」


「いいや、愛してるんだ。俺の態度は君にありのままの自分を見せているよ。その心地よさがわからないのか?」


彼の瞳が狂おしいほどに爛々と輝いていた。その一種病的なものを感じさせる表情に、みちかは呆然としてしまう。この男は明らかに、今日最初の頃に見せていた軽薄さが消えていて、真剣さに溢れていた。これは勇気のある問いかけだったのだ。

みちかは彼が怖くなっていた。彼には自分と地獄に堕ちるのも厭わない覚悟があった。そこまでの覚悟をするほどに膨れ上がった繋がりが、みちかにはあまりにも些細なことにしか思えなかった。


「怖い」


「君は俺が怖いか?俺は覚悟ができてるよ。君が望むなら、真っ先に死に足を突っ込むんだ。君は俺にそうさせることができる唯一の存在なんだ」


「私はあなたを幸せな状態にできないわ」


「そんなことはない。今だって俺は幸福だよ。こんな不確かな感覚をぼんやり過ごしている日常だけど、君と接するだけでそれが確実な感覚を味わえる瞬間になるんだ。この湧き上がる感情は俺に生命力を感じさせるんだ。君が近くにいるだけで、退屈な日常がそうではなくなるんだ」


「どうしてそんなにまでなってしまったの?最初のあなたはあんなにふざけていたのに」


「君が俺にわかるの?と問いかけなければ、俺はずっとふざけていただろうよ。君が正直に自分の気持ちを言ったときに俺の心も開いたんだ。俺は本気だよ」


心がぎゅうっと掴まれる感覚がみちかを襲う。こんなにまで切なくなったのは初めてだった。目の前にいる男は自分に恋した男で、凶暴な男だった。彼の言葉は恐ろしく情熱的で、身をなげうった言葉だった。この言葉たちをみちかは無視することができなかった。無視してしまえば、殺される気がしたのだ。みちかはどうすることもなく、呆然とその場にいることしかできなかった。


「俺は君が他の男に行くくらいならその細い首を絞めて殺すだろうよ。君を他の男のものにしたくない。そんなことになったら、俺は理解者の君を失うんだ。君は俺を哀れだと思うだろう?そうさせたのは君なんだ」


「他に私みたいな人間が代わりになるわ」


瀬尾は憎々しげな目つきでみちかを睨んだ。


「まだそんな事を言うのかい?君の代わりになる存在なんか見たことないよ。いたら教えて欲しいくらいだ。俺は君のような存在をずっと探して見つけたんだ。君の答えを待つばかりだよ」


「私はあなたの期待に応えれないわ」


瀬尾は深く傷ついた顔をして、爛々と輝く瞳をみちかの怯えた瞳と重ねると、ゆっくりと話し始めた。


「利用するだけでもいいんだ。そばにいさせてくれ。君にあえるだけで幸せなんだから。ただ、俺に分かるように他の男と一緒にいないでくれ。俺は物凄く嫉妬深いから何をするかわからないんだから。」

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