【迷宮】第5話 魔人オルティナ
バチン! 弾ける音がして、ノアールの顔の前で火花が散った。
「きゃあ!」
ノアールが悲鳴を上げた。顔の前で弾けた火花を振り払うために、緑のマントから鉤爪の右手が飛び出す。その様子を見ていたオルティナが笑い出す。
「あら、この娘ったら人の姿に成りきれてないのね」
どうやらオルティナが、ノアールを揶揄かうつもりで火花を散らせたらしい。オルティナは椅子に腰掛けたまま身を乗り出して、右手を伸ばす。ノアールの鉤爪を掴もうとしたが、ノアールは、それを振り払って鉤爪をマントの下へ納める。
「お人形みたいに綺麗な顔をしてるのに残念ね」
それから、オルティナはわたしの方へ向き直ると、今度はわたしの喉元に右手の指先を当ててきた。
「ねえ。この娘、アタシに頂戴。アンタには、アタシが別の使い魔を用意してあげるわ。ちゃーんと、人の姿に化けられる子をね」
指先で円を描くように、わたしの喉元を撫で回す。
「ねえ、いいでしょう」
ねっとりとした喋り方が、わたしの神経を逆撫でする。喉元にチクリした痛みが走った。オルティナが、指先の爪を立てたのだ。
ノアールは椅子から立ち上がり、その双眸がオルティナを睨む。そして、右手を覆うマントの留め紐の一端を口に咥えた。
「やめなさい。オルティナ」
ラグドールの制止の声に、オルティナは右手を引き、椅子の背もたれに肘を乗せて横を向いた。顔には不貞腐れた色が、露骨に表れている。
「躾ができておらず、申し訳ない。これでも、悪気はないのだよ」
悪気《《しか》》感じなかったけれどな。あと数瞬、制止が遅れていたら、この魔人はノアールに喰われて黒い砂になっていただろう。
「オルティナと私は、同じ魔法の師匠に弟子入りしていた兄弟弟子でね。もう30年近くの付き合いなのだよ」
言われてみればラグドールの年齢は、40代くらいか。一方のオルティナは、今の姿であれば20代の半ばくらいに見えた。
まあ……魔法で化けている姿だから、当てにはなるまい。
「兄弟弟子の一方が魔人になり、もう一方が魔導士かい?」
「その通りだ」
首肯するラグドールの顔には、自嘲的な笑みが浮かんだ。オルティナの方は、つまらなそうに横を向いたままだ。そのオルティナを、わたしの傍に立つノアールが睨み付けている。
緊張した場の空気を和らげたいと思ったのか、ラグドールは昔話を始めた。
2人の師匠となったのは、このオルドガの町のみならずランスレット伯領では誰もが名前を知っている程度に有名で優秀な魔法使いだったそうだ。




