【嘆きの森】第8話 自称・神の使徒
「何なのよ、その身体。満足に人の姿にも化けられない雑魚なの?」
ボルガは、ノアールの鉤爪と蛇の触手を嘲笑う。どうやら、魔物界隈のヒエラルヒーでは「人の姿に化けられるのが上級」と言うことらしいな。
ノアールは自称・神の使徒なので、魔物の範疇には入らないのだが。
ボルガが4つの炎の玉を放った。一つは真っ直ぐにノアールに向かい、一つは上から放物線を描いてノアールに向かう。あと二つは、それぞれ左右から大きく弧を描いてノアールに向かう。
しかし、4つの炎の玉はノアールに当たる直前に消えてしまう。
「……!」
ボルガには驚いている暇はなかった。消えた4つの炎の玉は、ボルガの直ぐ後ろに現れて、その背中に命中した。
ノアールは、好き勝手に空間を捻って繋げられる。自分の《《周囲の空間》》をボルガの《《背後の空間》》に繋げたのだ。
背の黒い羽根が炎に包まれて、宙に浮いていられなくなったボルガは滝壺に墜落した。暫し間を置いて、ズブ濡れになって滝壺から出てきたボルガの形相は、ことさら醜悪に変わっていた。
中年の女の顔には、幾重もの紫色の筋が走り、双眸は更につり上がる。牙と角も倍ほどの長さに伸びていた。
「一体、何をやりやがった!」
絶叫とも雄叫びとも取れる声を上げて、ノアールに向かって突進するボルガ。突き出した右手には長く鋭利な爪が伸びていた。しかし。
その爪がノアールに届く前に、ボルガの姿は消えた。
ゴォォォン
離れた、滝の崖の壁面に土埃が上がり、低い呻き声が聞こえた。ボルガの身体は壁面に激突して、鋭利な爪も岩にぶつかって剥がれてしまっていた。
今度は「正面の空間」を「滝の壁面の空間」に繋げたのだろう。
身体を起こして、こちらを振り向いたボルガの頭と剥がれた爪から、赤い血が流れている。
生きた人の身体を依代にした魔物は、赤い血を身体に巡らせているらしい。
「……馬鹿な。これは、一体……」
予め魔方陣を敷設しておかなければ空間転移できないボルガには、こんな滅茶苦茶な力は理解できないだろうな。
「ふん。これで勝ったつもりなら大間違いだよ」
また、右手を上に掲げるボルガの周囲に、白い靄が浮き上がる。森の中から流れてくる白い靄を、ボルガは深呼吸をするように吸い込んだ。
ボルガの身体の傷がふさがり、焼け焦げた黒い翼も艶を取り戻していた。
「言っただろ。この森がある限り、私は永遠なんだよ」
ニタリと笑いながら、ボルガはノアールを見た。
「そっちの魔力が尽きるまで、付き合ってあげようじゃないか」
ああ、それなら。
「ノアール。コイツを世界と切り離してやりな」




