【嘆きの森】第3話 脈打つ心臓
しばし空を運ばれて、わたしは滝のほとりに降ろされた。魔物の胸の谷間しか見えなかったから、ここが森のどの辺りかさっぱりわからない。
空にいる間は気付かなかったが、もの凄い腕力で押さえ込まれたようだ。魔物に抑え込まれた両腕には青く痣ができていた。
「窒息するかと思ったよ。そのデカい乳房は、迷惑だから仕舞っといておくれ」
魔物は、わたしから少し距離を取って立っている。剣を抜いて斬り掛かっても、逃げられる距離を保ってやがる。
「山ほどの魔に纏わり付かれてるのに、正気を保ってるだけあるわね。肝が据わってるわ」
「……!」
触れられたくないコトを抉られて、思わず右手が腰の海賊の剣に手が伸びる。
「あははは」
魔物は大きく口を開けて笑う。だが……次の瞬間、その姿が消える。
そして、またもわたしの眼前に突然現れた。魔物の右手が、剣の柄に届く前のわたしの右手首を掴む。
「気付いてるんでしょう。自分の周りが呪いに満ちあふれてることに。その呪いに引き寄せられて、たくさんの魔が集まって来てるわよ」
魔物は中空の、見えない《《何か》》を追いかけるように視線を動かした。
「敵も味方も殺しまくってきた……ははあ、呪われて当然よねぇ」
紫色の唇の端を吊り上げて嫌らしく笑いながら、もの凄い怪力で、わたしの右手を胸の高さにねじ上げる。
「私の名前はボルガよ」
ボルガ……あの女盗賊のことか?
「知ってるみたいね。じゃあ、人間だった頃の私がどんな女だったかも知ってるわよね」
そうだな。口に出したくないような女だったってことは知っているよ。
「たくさん殺したわ。数では貴女に負けるかも知れないけど、私よりも殺しを楽しんだ者はいないと思うわよ。ただ殺すだけじゃ駄目なのよ。ジワジワと切り刻んで、泣き喚く声が心を沸き立たせるの」
毒々しい美人の顔が紅潮し、眼を潤ませる……その、恍惚の色を浮かべた表情に、背筋に氷を当てられたようにゾクリとした。
「ボルガへの呪いに誘われて、たくさんの魔がこの森に集まって来たの。でね、思ったのよ。こんなにたくさんの魔を集められるボルガを死なせるなんて勿体ない。このまま生き続けて貰って、いつまでもいつまでも魔を集めて貰おうって」
「まさか……人を生きたまま依代にしたの?」
魔物はわたしの右手を両手で握ると、それを自分の左の乳房に押し当てた。
「さっき、ここに顔を埋めたときに気づかなかったかしら。ほら、ドクンドクンって心臓が動いてるでしょう」
魔物の乳房に押し当てられた右手は、確かに心臓の脈打つ鼓動を感じていた。




