【嘆きの森】第2話 紫のドレスを着た魔物
ノアールの方を見ると、眸を細めて口角が微かに上がっている。これは絶対に喜んでいる、心の中で舌舐めずりをしているに違いない。
女の声は森の木々に反響しているから、聞こえてくる方向がわからない。わたしは、取り敢えずノアールが指さした方向に歩き始めた。
膝ほどの高さの草を踏みつけて進むと、少し開けた場所に出た。生い茂る枝がなく、青空が覗けて日差しが指している。草は疎らで地面には落ち葉が積もっている。
「……うっく……うっく」
紫色の服を着た少女が、こちらに背を向けて蹲っていた。嗚咽でその背中が震えている。
人の気配に気付いた少女は、上体を捻ってわたし達の方へ顔を向けた。緑石のような双眸に涙を溜めている。
「森で……迷ってしまったの」
チラリとノアールを見ると、小さく頷いた。わたしがゆっくりと少女へ近づくと、少女もわたしの方に身体を向ける。そして。
素早く引き抜いた海賊の剣を、少女の脳天目がけて振り下ろした。
……ザッシャ!
少女の姿が消える。
空振りした海賊の剣が、地面に積もる枯れ葉を砕いて土に食い込む。
「いきなり、ご挨拶ね」
「!」
声は、上から聞こえた。視線を上に向けると、そこには黒い翼を広げて宙に浮く魔物がいた。
……この魔物が喋ったのか?
人の言葉を解する人外に出会ったのは、ノアール以来2体目だな。
それは、もう少女の姿はしていなかった。中年の女の顔と身体で、ドレスのような紫の服に身を包んでいる。魔物のくせに、やけに胸の膨らみを強調する着こなしだ。
「特別なお客様と思ったから、特別のおもてなししてあげようとしたのに」
赤い舌で上唇を舐めながら、魔物はゆっくりと地面に降りてきた。
魔物の紫色の唇からは2本の白い牙がのぞく。赤い髪の左右から黒い山羊の如き角が生えており、緑色の双眸は目尻がつり上がって強面の印象だ。
美人ではあるが、かなり毒々しい。
「おもてなしは遠慮しとくよ。勝手にディナーを始めるから、お構いなく」
わたしは腰に海賊の剣を戻して、ノアールに道を空けるつもりで半歩ほど下がった。
その刹那、魔物の姿が消えた。
「あら、まぁ」
ノアールの暢気な声が聞こえた。
次の瞬間、目の前に紫のドレスに強調された胸の谷間が迫ってくる。
魔物の胸の膨らみに顔を埋めるような姿勢で抱きかかえられ、足裏の感覚がなくなった。
「何だよ、これ!」
頭から血の気が引いて、両足がダラリと重く吊り下げられた感じになる。
魔物は、黒い翼を大きく広げて、わたしを抱いたまま空に飛び上がったのだ。




