【精霊】第16話 精霊
「あれは、何だったんだい?」
「古い信仰や祈りが生み出した、森や村を守護する存在です。人は、魔物と区別して『精霊』と呼んでいるかと思います」
ノアールによれば呪いに集まる魔も、祈りに集まる聖も……本当は同じモノだと言う。世界を創造した神々の力の残滓が、人の思いに引き寄せられるのだと。
それを人の都合だけで、不吉なモノを魔と呼び、吉なるモノを聖と呼んでいるに過ぎない。
「神々に生贄が捧げられたのでしょう。その生贄と引き換えに、神々はこの地に力を与えたんです。それは人と神々の間に交わされた約束です」
生贄になった者の命や魂を核にして、信仰や祈りで集まる聖が具現化した姿……それが、あの精霊か。
『ここには、妾と似たモノがいます』
ノアールがそう言った時から漠然と予想していた。ノアールも、生贄を引き換えにこの世界に具現化した存在だから。
「妾は数百……いえ、数十年しか存在していませんが、あの精霊は千年を優に存在しています。妾よりずっと年上な方です」
それで「お姉さま」と呼んでいたのか。
ところで、そう言う年齢のサバ読み方をしても、意味はないぞ。折を見てノアールには、しっかりと「女性が歳をサバ読む」意味を教えておく必要がある。人の寿命と併せて。
「あの精霊は、暴走しているのかい?」
「いいえ」
ノアールは、静かに首を横に振った。
「もう神々は、人の世界には存在しません。けれど、神々と交わした約束は今でも有効です。お姉さまは、神々から得た力で約束を果たしているのです。そして、そこにはお姉さまの意思はありません」
意思がない……か。
あの精霊には意思や知恵は感じなかった。まるで昆虫のように、定められた役目を果たしているような印象だったな。
わたしとノアールは、森と村の境界にあると言う女神像の前にいた。女神像の顔は、雨と風に削られてしまっているが、確かにあの魔物の顔をしている。
「これが、あの魔物の正体なの?」
「正体と言うのが適切かどうかはわかりませんが……この像を依代にして『聖なる力』を具現化しているのは間違いありません。信仰や祈りの核のような存在になっています」
真に御神体と言うわけだな。この女神像をノアールが喰らってしまえば、あの魔物を退治することになるのだろうか?
「確かにそうなります。ですが、わたしはお姉さまを消したくありません。お姉さまは、ただ忠実に人と神々との約束を果たしているだけです」
何故か、わたしも同じ気持ちだった。生贄として命を投げ出した者たちの思いを、できれば消したくない。




