【木樵小屋弓】第1話 悪夢……柵の外
『妾の記憶を少し……あなたに差し上げました』
初めて出会った頃。ノアールは、わたしの額に自分の額を触れさせて、そう言ったのだ。
丸太で組まれた柵は、人の背丈より高い。あの柵は、魔の侵入を防ぐためのモノ。かつては頑強に組まれていた柵も、今はあちこちに綻びが目立つ。
あの柵の向こうに、人の住まう集落がある。
妾も、その集落で生まれた。
魔が跳梁跋扈する森の中に、生まれて間もない頃に連れ出された。それからずっと森の中にいる。
……幾回、幾十回の冬を越えただろう。
……幾十、幾百の魔を喰らったろう。
森に巣くった魔はもう多くない。妾が喰らい、数を減らしたから。
魔の侵入を阻むために作られた柵は、今は補修もされずに壊れるままに捨て置かれている。
……集落を脅かす魔が減ったから?
それなら、妾も集落へ帰っていいのかも知れない。そう思って柵に近づくと、集落の者達が集まって壁をつくった。妾を集落に入れないために。
皆が手に鋤や鍬を持って立ち塞がる。妾の嫌いな鉄で作られた道具や武器だ。
……鉄は嫌いだ。
触れた皮膚が痺れて痛い。右手や左脚が鉄に触れたら、鉄の道具が砕けて、破片が肉に食い込むこともある。
仕方ないので、妾は森に戻る。
……どうしたら妾はあそこに帰れるのだろう?
森の魔を全て喰らい尽くして、森から魔物がいなくなればいいのだろうか。 あと幾回の冬を越えれば、それは果たされるだろう。
ハッとして、意識が戻る。
……夢?
……それとも、ノアールの記憶?
魔物征伐の仕事を終えて。わたしとノアールは、また二人旅に戻った。2日ほど歩いたところで、わたしの体調が崩れてしまい、森にあった木樵小屋で休ませて貰っている。
「大丈夫ですか?」
ノアールがずっと傍で看病してくれていた。どこからか冷たい水を汲んできて、わたしの額に当てた濡布の交換をしてくれている。
「ああ、楽になったよ。ありがとう」
異形のモノに看病されるのは、人として様にならない画だが……まあ、これはこれで仕方ない。
薬草の知識のあるノアールは、熱を下げる効果のある薬草を森から採ってきて煎じてくれた。そのおかげか、熱は下がって本当に楽になった。
数百年も森を彷徨って得た「生活の知恵」は侮れないものだ。人でないノアールに、薬草が意味があったどうかは別にして。
「数十年……と言うことにしておいて下さいね」
その部分をサバ読んでも大した意味はないのだが、ノアールとしては、年齢を誤魔化すのは「女らしい振る舞い」をしているつもりらしい。




