【迷宮】第29話 魔牛の弔い
魔牛は、海賊の剣を持ったノアールを敵として認識したようだ。全身が白い靄に包まれると、宙に浮きあがる。脚を失った身体を魔力で浮かせて、魔牛はノアールと向かい合った。
脚を失ったせいで高さこそ頭二つ分くらいしか違わないが、魔牛の腕や胴体の太さは、ノアールよりも4倍程度は大きいか。
頭上から振り下ろされる魔牛の左掌を、ノアールは鉤爪の右手で受け止める。中庭に敷かれた石床が軋み、ノアールの両足が踝まで地面に沈み込んだ。
鉤爪に受け止められた左掌に、蛇の触手が伸びる。触手がその手首に巻き付いて、蛇の頭の牙が魔牛の左腕を噛み砕いていく。
オォォォォン
オォォォォン
オォォォォン
蛇に噛み砕かれた箇所から黒い砂が噴き出す。悲鳴をあげながら、黒い砂が噴き出す左腕を引っ込める魔牛。
ノアールが、右手の鉤爪が開く。鉤爪が魔牛の喉元へ伸びるが、一瞬早く魔牛は後ろに身体を滑らせた。
空振りした鉤爪に、ノアールが唇を噛む。
「……そうか!」
わたしは気付いた。左手に握った剣のせいで、ノアールの動きが鈍いのだ。剣を手放せば、魔牛はノアールを敵とは見なさない。
ノアールは、戦いのために生み出された魔牛を、戦いの場で葬ろうとしているのか。
オォォォォォーーーン
魔牛の甲高い雄叫びに、中庭の空気が震える。ノアールに向いた魔牛の口から、炎が吐き出された。
吐き出された炎に、ノアールの身体が飲み込まれる!
……いや。魔牛の炎が届く前に、ノアールはそこから消えていた。
オォォォォン
悲鳴をあげた魔牛の背後に、キラキラと輝く光粒子が渦を巻いていた。白い羽根の翼と黒い鱗の翼がはためいて、光粒子が散らされる。
魔牛の胸からは、鉄の刃が突き出し、白い靄が流れ出ていた。
白と黒の翼を広げ、宙に舞うノアールが、魔牛の背中から海賊の剣を突き立てていたのだ。
魔牛の、鉄の刃に触れた箇所が白い靄に分解されてゆく。
オォォォォン
魔牛が、悲鳴をあげながら大きく仰け反る。
ノアールの口の端に亀裂が走り、その亀裂に沿って口が耳元まで裂けた。大きく開かれた真っ赤な口の中には鋭い牙が並んでいる。その牙で、魔牛の首の付け根に齧り付く。
オォォォォン
オォォォォン
左脚から伸びる触手の蛇の頭も、魔牛の胴体に喰らい付く。全身から黒い砂を噴き出しながら、魔牛は中庭の地面に倒れ込んで動かなくなった。
魔牛の全身は、黒い砂となって崩れ去った。
左手に海賊の剣を握ったノアールは、その傍にゆっくりと舞い降りる。
白と黒の翼は発光し、蛍の群れが飛び去るように散らばって消えていった。




