【迷宮】第28話 歪んだモノ
「あれは……一体、何なのだ?」
オルティナに身体を支えられながら、ラグドールが近づいて来た。瓦礫で殴打された頭の傷は、オルティナの魔法で癒やされたようだった。足取りは、割としっかりしている。
「……」
壁に空いた大穴から中庭の様子を覗くオルティナも言葉を失っていた。その視線は、強い魔力を発散する魔牛ではなく、ノアールに向いている。
ノアールを見る2人の顔には、驚愕と恐怖の色が浮かんでいた。
ラグドールは、文字の刻まれた銅板を持っていた。
「この銅板に、あの魔牛のことが記されていた。《《あれ》》が封印された理由もな」
ラグドールから聞かされた話は、おおよそわたしが推測した通りのことだった。
……戦の場で、鉄を攻撃する習性を植え付けた人造の魔物。
しかし、太古の魔法技術を持ってしても『鉄を見境なしに攻撃するだけのモノ』しか生み出せなかった。人の命令も受け付けず、それでいて圧倒的な力と魔力を有するモノに手を焼いた古の人々。
苦労の末に、魔法を駆使したこの城に『人造の魔物』を幽閉したと言う。
ノアールは、馬の死骸に向かって腕を振り下ろしている魔牛を眺めていた。さすがのノアールにも、魔牛が何をやっているのか理解できないようで首を傾げている。
「馬の蹄の、蹄鉄に反応しているんだよ」
わたしは困惑していたノアールの傍に近づいて、一緒に魔牛を見る。先程まで執拗にわたしを追いかけて来た魔牛が、鉄の剣を持っていないわたしには見向きもしない。
「ああ、そうなのですね」
わたしとノアールは、その魔牛のすぐ横に平然と立っていられる。
ノアールから魔力を感じられないはずのオルティナも、戦うノアールから滲み出す殺気と畏怖に脅えていた。
太古の魔法技術で造られた魔牛は、真の脅威を感じ取る《《当たり前の感覚》》さえ奪われ、植え付けられた《《歪んだ習性》》に支配されているのだ。
馬の死骸を叩き続ける魔牛が、憐れに思えた。
「もう、いい……この魔牛を、解放してやっておくれ」
少しの間、ノアールは返事を逡巡しているふうだった。
「わかりました。ラゲルナ様は退いていて下さいね」
「ああ」
その言葉に従い後方に退いたわたしに、ノアールが振り返って微笑んだ。
魔牛に向き直ったノアールの姿が消えた。そして、僅かな距離を転移したノアールは、先ほど投げた海賊の剣を拾い上げて魔牛へ向ける。
「……あ」
馬の死骸を叩いている背後から喰らい付けば済むのに、面倒くさがり屋のノアールが、わざわざ魔牛を挑発している。
わたしの感じた憐れみを、ノアールが察してくれた気がした。




