三度目の正直でも…
やっと見る事が出来た奴の笑顔!
譲る譲らんの押し合いへし合い…。
「って事は今日は俺に喧嘩売りに来たって事か?」
「んな訳有るか!、お互いのバイク乗りの仕事に就いたんだ都心仕事場で逢おうぜ!」
「そうだな都心仕事場で逢おう!」
「絶対譲らんからな!」
「絶対譲らせるさ!」
暫く二人で馬鹿笑いしていた、奴の笑う顔を最後に見たのは俺がガンマ、奴がやっと手に入れたMVXで三度目の正直、其れが決着が着かないままで迎えた最後の南房総の峠の下り。
其れでも決着は着かなかった、三度目の正直でも…。
決着は次回に持ち越しだと馬鹿笑いしたんだ。
お互いに何方がオイルで汚れたスクリーンとカウルを洗うかで勝負したんだった、馬鹿笑いしながら峠の下りに入って行く、スタンドの仕事をして衣食住と学費を工面しながら通学していた、其れ迄大事に持って居たバイクを下取りに出して俺と同格のマシンを手に入れ、初めての勝負の下り、其れが三度目の正直。
其の時はあんな事に成って仕舞うとは奴も勿論俺も思って居なかった、お互いが次は負けんぞと思って馬鹿笑いして引き上げた、帰りに飯を食いに立ち寄った牛丼屋で散々馬鹿にされたんだった、俺の乗り方が不気味なんだと…。
だが其の機会は永遠に来なく為ってしまう、奴が悪い訳でも無い、俺が何かをした訳でも無い、本当に運が悪かった糞供ヤツラの所為で…、仕事の合間を縫って探し続けた大垣、見てられなくて俺も時間が許す限り捜したが見つからない、其れで少し悪戯を仕掛けた本気を出して奴等警察が捜しに掛る様に。
其の効果は直ぐに有った、悪戯を仕掛けた数日後に連絡が入り大垣と其の場所に向かう、此の地に来て初めての好敵手で在り友人だ、俺が何とかして上げたかった、俺の時間など幾ら使ってでも惜しまない、其の時はそう思っていたんだ。
でも其の場所に到着して一目見て解る、俺にも無理な程の状態…。仮に手を付けたとしても同じクラスの程度の良いバイクが買えるほど費用が掛るのは明らかだ、俺なんかと腕を競うなんて事を本気で楽しみにして呉れていたのに…。
「俺のRZを使って呉れよ」
見て居られなくてそう伝えたんだ。
「又シコシコ頑張って貯めるよ!」
「大垣…」
「だから待ってて呉れよ、必ずまたあの峠で勝負しようぜ!」
悔し涙を流しながら笑って呉れたんだ。
其の時に其の機会は失われた、お互いが2st乗りで腕も同格やっとマシンの優劣も無くなり、純粋に俺と走る事を楽しみにしてたんだ…。
だから顔を合わせる事が出来なかった、俺は何もして上げられなくて…。
「そう言えば此処に来るのに社用車を使って良いのか?」
「ちゃんと公私は分けてるさ」
「今日は日曜だろ休みじゃ無いのか?」
「仕事前にお前が居るかと思って寄って見ただけだ」
「配送って日曜にも有るのか?、粗企業相手だって聞いてるぞ?」
「当番が在るんだよ、取引先に救急医療機関が幾つか在るからな」
「そうか…、確かに其れは待っては呉れんよな、でもお前なら余裕か!」
「誉め言葉として受け取っとくよ!」
「なら新しいハンドサイン決めとくか、もし其の乗務に当たった時に俺が走ってたら此処心臓を叩け道を譲ってやるよ」
「あのVTと兜メットじゃ誰だか見分け付かんだろ?」
「直ぐに俺だと気付くだろ!、俺の走りたい先ラインに何時もお前が居る、御前も走りたい所ラインに俺が居るんじゃないのか?」
「違いないな、じゃあ都心で逢おうぜ!」
そう言い終えると兜を被りキーを回しVTのエンジンを掛ける、懐かしいエンジン音が響く、俺の相棒だった奴と同じエンジン音が聞こえる…。
トップブリッジの上には風雨に晒されたHRCのキーホルダー、其処にはもう一本のホンダのキーが在る、そうか今でも持ってるんだなあのキーを…。
スモークのシールドを上げ大垣が一言。
「戦場都心で又逢おう!」
「嗚呼又な!」
走り去って行くバイク、あの時の彼奴の姿に重ダブって見える、そうだよな意匠テールはMVXと粗同じ右上に生えるサイレンサーが無い位だ…。
今日逢えて良かった、アイツが笑う顔を再び見れて…。
「さーて未だ昼前だしコースに行って見るか!」
気分は良いし、天気も良い、嬉しい事も有ったから何も考えずに走りたく成った、今からでも十分走れる時間は在る、何時ものセットをバックに詰め込みシートに括り付け自宅を後にした。
奴が今日教えて呉れた言葉は…
其の業界の先輩達から後輩達に口伝に伝えられた言葉…
何時の間にか一般のライダー達に伝わって行った言葉…
『鬼が来たら道を譲れ!』
俺の処にホンの一寸だけ早く春一番が吹き抜けて行った、本当の春一番が伝えられる少し前の在る日の事。
春一番




