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毛利家の人々

「使っていない客間だけど、掃除してあるから、今日からそこを紅葉ちゃんの部屋として好きに使うといいよ」

「ありがとうございます」


 これから仕事があるという元就さんにお礼を言って別れ、元就さんに案内を頼まれたヒロちゃんと広い屋敷の中を歩く。


「へぇーじゃあ引っ越してから、ずっと東京だったんだ」

「まぁな。兄貴は一人暮らしで大学に通ってるから東京に残って、俺だけ親父についてきた感じだ」


 ヒロちゃんのお兄ちゃんのモトくんは、頭も良くて、優しくて、私達の面倒をよく見てくれた私にとってもお兄ちゃんみたいな人だ。モトくんともまた会いたいな。

 ヒロちゃん達が引っ越して行った記憶はあるけど、小さかった私は、どこかとにかく遠くに行ってしまうことしかわかっていなくて、具体的にどこに引っ越したのか全く知らなかった。


「お前、見送りの時、泣きじゃくってたぞ」


 その時のことを思い出したのかヒロちゃんがふっと笑った。再会してからはじめて笑った顔を見た。そんな顔もするんだ。意外。

 そう言われると、お母さんと一緒に家の前で見送った気がしてきた……。そして、うん……そうだ……わんわん泣いたわ……。言われてみると、だんだん思い出せてきて、どんどん恥ずかしくなってきた。


「あっでも、ヒロちゃんもおやつとられて泣いたことなかった?」


 恥ずかしさに耐えられなくて、ついでに思い出したので、話題を変えてみる。すると、それまでずんずん歩いていたヒロちゃんが急に立ち止まった。


「は?ちげぇよ。そんなことで泣くかよ」


 少し早口だし、また少し頬が赤くなっている気がする。

 久しぶりに会ったこの幼馴染をちょっと怖いと思ってしまっていたけれど、実はそんなことないかもしれない。

 あれ?ていうかあの時、ヒロちゃんのおやつとったのって誰だったんだっけ?

 そんなことを考えている内に、今日からお世話になる部屋に着いた。机や収納棚などの家具、テレビや加湿器などの家電も置いてあり、押し入れを開けると、布団も入っていた。


「何か他に必要なものがあれば、遠慮なく言ってくれってさ」


 部屋の中をきょろきょろ探索している私をそのへんに座って見ていたヒロちゃんが言った。


「えぇ!?もう充分すぎるくらいだよ。親戚でもないのに、居候させてもらえるだけでありがたいのに」


 予め送っておいた自分の荷物が入ったダンボールが何個か部屋にすでに置いてあったけど、部屋に元々置いてあったものだけでも生活には困らないくらい全て揃っている。今日はバタバタするだろうし、荷物は明日荷ほどきしよう。そんなことを考えていると、ヒロちゃんが立ち上がった。


「じゃあ夕飯の時間になったら、また呼びに来るから」

「え、ヒロちゃん、行っちゃうの?」


 思わず、呼び止めてしまった。自分でもよくわからないけど、これからこの家で暮らすことがまだ実感がなくて、心細かったんだと思う。


「なんか用があるのか」


 用……はないけど。話したいことも、ないことはないけど、今特にしなきゃいけない話はない。


「いや……ないけど……」


 不思議そうな顔したヒロちゃんにさっきから表情よく変わるなぁなんて少し失礼なことを思いながら、なんでもないと言って見送ろうと一緒に部屋を出ると、廊下の向こうから足音が聞こえてきた。


「久しぶりだね。広家」


 黒髪の眼鏡をかけた優しそうな雰囲気の男性がやってきて、ヒロちゃんに声をかけた。その隣には、私達と同じ高校生くらいの男の子もいた。

 二人に気づいたヒロちゃんがすぐにお辞儀をしたので、私も真似してお辞儀をする。


「お久しぶりです。隆元様、輝元様」

「秀元も来れたらよかったんだけど……」

「俺に会いたくないからですよ」


 隆元様と呼ばれた優しそうな男性がヒロちゃんの言葉に、困ったような顔をした。


「広家が悪いんですよ……」


 隣に立っていた男の子が、小さな声でボソッと呟いた。


「こら輝元。お前も挨拶しなさい」


 男の子は怒られて、一瞬納得いかない不満そうな顔をしたけど、すぐに切り替えたのか人懐っこい顔を浮かべて私の方に近づいてきた。


「紅葉ちゃん、久しぶり!」


 ヒロちゃんに挨拶するのかと思ったら、いきなり話しかけられて驚いた。


「えっと……会ったことありますでしょうか?」


 あと、私の隣のヒロちゃんには挨拶しないのかな?男の子は、私の言葉にびっくりした様子で自分の顔を指した。


「僕のこと、覚えてないの!?酷いよ!昔、この家でたまに遊んでたじゃん!」


 男の子は、つり目なヒロちゃんと違って、くりっとした目をしていて、怒ってる姿もなんだか愛嬌がある。

 やっぱりこの家来たことあるんだ。しかも、たまにってことは一回じゃないんだ。うーん。頭をひねっていると、


「あっ!!」

「思い出してくれた!?」

「もしかして、ヒロちゃんのおやつとった子!?」


 急に思い出した。何回かうちの親も用事がある時に、ヒロちゃんの親戚のお家に二人で預けられたことがあって、その時にヒロちゃんの親戚の子達と遊んでいたことを。

 さっき昔会ったことあるって教えてもらったけど、元就さんと会ったことあるのも覚えてなかったし、ヒロちゃんの親戚の人の家としか認識していなかった……。会ったことあるから、久しぶりって言われたんだね。生まれ変わりって言われた衝撃でスルーしちゃってたよ。


「え、なんでよりによって思い出すのそれ……?いや、とってないよ?とってないけどね?」


 男の子は、先程とは少し違う困惑を含んだ驚き方で、慌てて私から目を逸らした。


「輝元様が俺のおやつをとりました」


 ずっと黙って私達の様子を見ていたヒロちゃんが冷静に淡々と言った。


「輝元、とったの?」


 優しそうな声色のままだけど、少し圧がある声で男性が言った。その声に男の子は観念したのか項垂れた。


「……とりました」

「じゃあ広家に言うことあるよね?」


 そう言われて男の子は、はじめてヒロちゃんの方に身体を向けた。


「……ごめん」

「いいですよ。もう何年も前のことですし、それを言い出したら他にもいっぱいあって切りがないですから」


 男の子は、下げた頭を上げながら、余計なこと言うなとヒロちゃんに目で訴えている。

 それも全部私達に見えているし、案の定男性に他にもなにかしたのかと問い詰められてる。


「ねぇねぇ、ヒロちゃん」


 揉めている二人に聞こえないように小声で、ヒロちゃんに話しかける。


「なんだよ」

「この二人って誰?男の子はヒロちゃんの親戚の子だよね?」

「隆元様がお祖父様の長男で、隆元様の長男が輝元様で、お二人とも毛利家の当主だ」

「親子なの!?」


 確かにちょっと似てるかも……ってじゃあ……


「えっていうかこの家、毛利元就以外もいるの?」

「この家に住んでいるのはお祖父様だけだ。お二人は普段は近くの別の家に住んでいる。近いからよく顔を出してるはずだけどな」

「いや、そういうことじゃなくて……つまり家族親戚みんなで毛利家ごっこしてるってことなの?」

「ごっこじゃねぇ」


 なにそれそれしか考えられないじゃん。みんなでお祖父さんの趣味に付き合ってるってこと?優しい家族だね?

 私達の話がヒートアップしている間に、二人の話は終わっていたようで待たれている視線に気づいた。


「じゃあまた後でね紅葉さんも」

「あっはい」


 私が隆元様(?)に急に話しかけられて思わず反射的に返事してしまうと、ヒロちゃんのせいで余分に叱られて不満げな顔している輝元様(?)を連れて廊下の奥に見えなくなった。


「この後なんかあるの?」

「近くに住んでる親戚も集めて、俺らの歓迎会をやるってお祖父様が。そんなことしないでもって言ったんだが……」


 煩わしそうに、ヒロちゃんが頭を掻いた。


「大人数、得意じゃなさそうだもんね」

「うるせぇ」

「違うの?」

「好きじゃないだけだ」

「やっぱりそうじゃん」

「お前もだろ」

「まぁ、そうだけど……」


 当たってるけど、なんで決めつけるんだ。私も決めつけたか。お互い様でした。


「あの……広家さん……」


 さっき隆元様達がやってきた方から今度はすごく小さな声がした。


「あぁ、秀秋殿、お久しぶりです」


 ふわふわしたクリーム色の髪をした輝元様と同じくらいの背丈の男の子が自信なさげに下を向いていて立っていた。

 秀秋…………小早川秀秋?ヒロちゃんに耳元でこっそり聞いてみれば、無言で頷いた。名前を聞いたことがある。有名な関ヶ原で裏切った人だよね?どんだけいるの戦国武将。武将大集合な場に私お邪魔すぎない?私もなにかの生まれ変わりとか言った方がいいのかな??頭、混乱してきた。


「紅葉さん、お久しぶりです」


 やっぱり会ったことあるんだ。親戚の子、何人かいた気がしたから。


「お、お久しぶりです。ねぇヒロちゃん、私お邪魔だよね?今夜はどっか適当にコンビニとかでご飯買って食べるよ」

「俺もそうするわ。秀元殿が出なくてもいいなら、俺も出なくていいだろ」

「いや、ヒロちゃんは駄目でしょ」

「そんな!ひとりにしないでくださいよ!心細いから一緒に行ってほしくて、お二人にお願いに来たんです!」

「秀秋殿も一緒にコンビニどうですか」

「そんなことしたら、義父上に……」


 3人で騒いでいると、またまた誰かの声がした。


「駄目ですよ」


 冷ややかなその声は、廊下によく響いた。けして大きな声ではないのに、よく響く声で、私達は本能ですぐ言うことを聞かなければヤバイと思い、一斉に黙って動きを止めた。

 長い黒髪を後ろで縛っていて、キッとしたつり目のクールな美人って感じの男性がランウェイを歩くモデルのようにつかつかと歩いてきた。

 いざ目の前まで近づいてくると、美人の圧にやられて、私達は思わず後退ろうと足が勝手に後ろに動いてしまう。


「逃げようとしてんじゃねぇよ。紅葉ちゃん、久しぶり!でっかくなったな!」


 さっきの声と違う気さくな声で話しかけられてびっくりすると、美人の横からもうひとり顔を覗かせた。その顔を見て、ヒロちゃんが呟いた。


「親父……」


 気付いたら、私の髪をわしわし撫ではじめているこの人は、ヒロちゃんのお父さんの元春さん。ヒロちゃんと同じ茶髪で顔は似てるけど、豪快でよく笑っている話しやすい人だ。


「元春さん、お久しぶりです。そちらの方は……はじめまして……じゃないですかね……?」

「小早川隆景です。会ったことありますよ。昔から貴女は、彼らと一緒に騒いでいましたよね」

「す、すいません」


 美人の鋭い視線は怖くて、ただ謝ることしかできない。

 小早川?秀秋殿と関係があるってこと?親子?でも髪の色も違うし、あんまり似てない。

 というかこの人、どっかで見たことある気がする。そりゃ昔会ったことがあるんだから自然なことなんだけど、でもそんな昔じゃないと思うんだけどなぁ。

 二人の大人に連行される形で、今日はじめて入る大きな部屋に足を踏み入れると、長い立派な机の足元に座布団が敷かれていて、さっき会った隆元様と輝元様がすでに座っていた。

 机の上には、たくさんの美味しそうな料理が用意されている。ご飯の準備や掃除は何人かいるお手伝いさん達が全部やっているらしい。本当にお金持ちだ……。大きい家だし、掃除するだけで一日かかりそう。


「もしかしなくても、ヒロちゃんも役があるの?」


 家主である元就さんが来るのをみんなで待っている間に、ヒロちゃんに聞いてみた。


「役じゃねぇ。俺は俺だ」


 俺は俺ってちょっと格好いいな。ってだからそうじゃなくて。


「ヒロちゃんの名字って吉川だったよね?てことは……吉川広家……?いやなんかどっかで聞いたことがあるような気がする毛利関係だよね待って……」


 どこだったかな。勘違いじゃなければ、ヒロちゃんが馬鹿を見る目で私を見ている気がするけど、それに気付かないフリをして、考えている内に、元就さんがやってきた。


「みんな待たせて悪かったね」


 一斉に全員が上座に座った元就さんの方を見る。


「いつも言ってることだけど、お互い思うところがあるだろうけど、みんな毛利の為に尽くしてくれた大切な家族だ。みんな仲良くしろとは言わない。だけど、みんなにこの世で幸せに生きてほしいと思っている」


 良い話だな。そして設定が徹底されている!そう感心して話を聞いていたのも最初だけで、目の前に美味しそうな料理があるのに、お腹空いているのに、とにかく話が長い。みんな慣れた顔してるけど、いつもなの!?申し訳ないけど、歴史の話っぽい難しい言葉も、世間話でしかない話も、お腹減った!料理冷めちゃう!もう冷めてないか?しか考えられなくなっている私には途中から入ってこなかった。


「紅葉ちゃんも今日からここに住むからには家族だ。みんなよろしく頼んだよ。輝元、お前から秀元達にも伝えておきなさい」

「はい」


 上の空になって暫く経って、やっっと夕食が始まった。やっぱり料理はちょっと冷めていた。


「広家、少しいいかな」


 ちょっと冷めてても、とっても美味しいご飯を食べてお腹がふくれてきた頃、ヒロちゃんが元就さんに声をかけられて席を立った。





 昼にあいつと来たお祖父様の部屋。静かなこの部屋と対象的にうっすらさっきいた部屋からの騒がしい声がする。また輝元様がなにかしたのか。お祖父様と二人っきりという状況が少し気まずくて、現実逃避に考えてしまう。


「紅葉ちゃんとまた会えてよかったね」

「……別に……会えても会えなくてもどっちでもいいですよ」


 お祖父様は、俺の言葉を聞いても笑顔なままで、全てを見透かされているようで居心地が悪い。


「私はね、自分の死んだ後のことはこの世に生まれてから見た文献と本人から直接聞いた話しか知らない」


 あぁ面倒な話な予感がする。


「広家が素直じゃないことは知っている。秀元達と上手くいってないことも知っている。だから余計昔の話をしたくないのも。それを責める気もない。でもひとつ。君の口から直接聞きたいことがあるんだ。君がしたことは毛利の為を思ってなんだよね?」


 お祖父様は優しい笑顔のままで、それ以外の答えを受け付けないという目をしていた。


「はい」


 これは、真実がどうであれなんであれはいしか言わせる気がないんだ。ただお祖父様はその言葉がほしいんだ。





「ヒロちゃん、どうしたの?」


 元就さんと戻ってきてから、ヒロちゃんがなんだか元気がない。そりゃ元々元気いっぱいみたいなタイプじゃないけど、さっきまでとなにか違うのはわかる。


「……なんでも。それよりなんでお前と輝元様が一緒にいるんだよ」


 私の隣には、輝元君がいた。ヒロちゃんが元就さんに呼ばれて、ひとりになってすぐ輝元君が私の隣にやってきて、同じ年なんだから様呼びはやめてほしいと言って、そのまま色々話していた。学校も同じらしい。同じ学年なのに知らなかった。

 ちなみに秀秋君も同じ学校のひとつ下の学年らしい。秀秋君にも、元春さん達に連れてこられている時に殿呼びはやめてほしいと言われた。ヒロちゃんにもやめてほしいみたいだったけど、ヒロちゃんが譲らなかった。


「輝元君と、ヒロちゃんにこのへんを案内しようって話になって……」

「広家の為じゃないよ。ホントは、紅葉ちゃんと二人っきりがいいけど、それじゃ意味ないって紅葉ちゃんが……」

「だって私はずっと住んでるし、ヒロちゃんは本当に小さい頃しか知らないでしょ?」

「いい。そんなことしなくても。俺に構うな」


 そっぽ向いたヒロちゃんの後ろから笑顔の元就さんが顔を覗かせた。さっきの元春さんみたい。あっヒロちゃんが孫だから元春さんも元就さんの息子か。


「それは良い考えだね。案内してあげなさい」

「お祖父様もこう言ってるし?僕に任せてくれれば、絶対損はさせないし?広家もさすが輝元様ですって態度を改める良い機会になると思うよ」

「今でも思ってますよ」


 ヒロちゃんが私でも思ってないのがわかる心のこもってない声で言った。


「嘘だ!絶対思ってないよ!思ってたら、いつもいつも嫌味ばっかり言わないだろ!さすが輝元様って自分の言葉で僕の目を見て言えよ!」

「さすが輝元様」


 また心のこもってない声で言った。


「棒読みやめろ!!」


 ヒロちゃんと輝元君、ちょっと仲悪そうだなと思ったけど、なんだかんだ喋っていて微笑ましくなった。ふと目が合った元就さんも私と同じように思ったのかわからないけど、私には嬉しそうに見えた。

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