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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

海を駆ける魔女。

作者: 悠木ゆう

 巨大ロボットの発進シーンと戦闘シーンを描いた短編です。

 宜しければ最後まで読んで頂けると嬉しいです。

 よろしくお願いします。

 基地内に警報音が鳴り響く。

 赤色回転灯の明かりが特殊合金製の壁面を照らした。


『能登半島沖250キロ地点に機械魔獣出現! 第一種戦闘配備を発令。各員、直ちに迎撃体制に入れ! 繰り返す――』


 緊急事態を告げるアナウンスは荒々しく、焦燥感を掻き立てられる。しかしそれでも的確に情報を基地内に伝えていた。

 

 通常業務に就いていた者、非番だった者関係なく、各自弾かれたように緊急事態に対応する。よく訓練された焦りのない動きだった。

 

 決して広くない基地内の廊下。役職ごとに分けられた制服を着た兵士たちがそれぞれの持ち場に急いでいた。そんな中、黒髪を(なび)かせて格納庫へと急ぐ女士官がいた。


 上原(うえはら)飛鳥(あすか)少尉。


 猫を思わせる大きな瞳が印象的な美女で、手足が長く身長が高い。鍛えられた、女性らしいボディラインがハッキリ出るようなパイロットスーツに身を包んでいる。

 艶やかな黒髪は側頭部の高い位置で結い上げられており、彼女が風を切るたびにひらひらと美しく揺れた。


 巨大人型機動兵器【パトリオット】。


 女性のみに宿るとされる“魔力”を原動力とする機動兵器で、この自衛隊輪島基地に唯一配備された機体“雷桜(ライオウ)参式(さんしき)”の専属パイロットだ。緊急事態に対応すべく愛機の元へ急ぐ。

 

 飛鳥は素早く疾走しながらも形の良い耳に着けたインカムから聞こえる声に意識を向ける。


『飛鳥、聞こえる!? “雷桜(ライオウ)”の発進命令が出てるわ! 直ちに格納庫に――』

「今向かってる! ハッチ、開けといてよね!」


 飛鳥はインカムの相手、通信担当の湯峰少尉にハキハキと応えてから手にしていたハーフタイプのヘルメットを装着した。顎のベルトを締めると自動的にバイザーが展開。そのバイザーには様々な情報が表示されていく。

 現在の機体の状況、目標の座標、前回の戦闘データなど。左腕の時計型端末を操作して確認し終えた情報をスクロールしていく。ほぼ全力疾走に近いスピードで走りながら操作しているというのに、全く危なげない――訂正。十字路で出会い頭に砲撃兵とぶつかりそうになり、双方共に手を挙げて謝罪する。

 こちらの様子など知る由もない司令室の通信兵、湯峰少尉は言葉を続ける。

 

魔導伝達装置(M.C.D)のアイドリングは――「こっちでやるからいいわ!」了解(ラジャ)!』


 彼女の言葉に被せる形になってしまったが、この緊急事態。当然、湯峰少尉も気にも止めていない様子で簡潔に応答してから通信を切った。


 再び走りながら状況を確認する。


 石川県の北端に位置する輪島基地の更に北の海上に敵国の生物兵器“機械魔獣”が出現したとのこと。

 大きさは30m級と予測されており、非常に大型の個体であると思われる。海を移動していることから海獣タイプか。いや、移動速度から考えるに、恐らく飛行タイプ。飛竜(・・)の類であると推測できた。


 “機械魔獣”は読んで字の如く、サイボーグ化された魔獣の事で、飛鳥が所属する日本国を含む世界連合軍と対峙する敵国、異世界軍【レイズ】の主力兵器の一つ。

 魔獣の容姿は恐竜に似ており、ファンタジー小説などで定番のドラゴンの様な外見をしているものが多い。

 異世界に多数生息するといわれるドラゴンを捕獲し、思い通りに制御できる様にサイボーグ化しているのが“機械魔獣”だ。


 小さいものは自動車程度のものから、大きいものは今回の様に30mを超える個体までいる。


 その異世界からの侵略者が操る“機械魔獣”に対抗するために製造されたのが、人型機動兵器【パトリオット】だ。

 異世界軍【レイズ】の出現が約100年前。その時期を境に、世界で不思議な力を持った女性たちが発見され始めた。その不思議な力、“魔力”と呼ばれたその力を収束したエネルギーを動力とし、応用し、作り上げたのが【パトリオット】という機動兵器だ。


 “魔力”は女性にしか宿らず、“魔力”を持つ女性を〝魔女〟と呼んだ。


 そう、飛鳥もその〝魔女〟のひとり。


 飛鳥が生まれたのは日本の最南端、沖縄県の小さな島だった。青く、美しい海に囲まれた自然豊かな場所だったが、ある日、突如として戦場になってしまった。


 満点の星空が赤く染まる。機械魔獣により建物が壊され、隣人たちが踏み潰されていく。家族に手を引かれて逃げるが、まだ幼かった飛鳥の脚はもつれて転んでしまった。

 後ろを振り返ると、そこには見上げるほどの……いや、見上げても視界に収まりきらない程大きな飛竜が牙を剥いていた。眼球に模した球状のカメラアイが機械的で、それでいて生き物の様に動いているのがなんとも気持ちが悪かった。

 

 母親が飛鳥に覆い被さり、必死で守ろうとする。父親の声が聞こえる。母親の肩が震えていた。その肩越しに見えていた機械魔獣の口が大きく開かれる。


 ――殺される。


 そう思った刹那だった。

 閃光のように現れた巨大な人影(・・)

 日本国量産型パトリオット“天神(テンジン)”だった。


 華奢で細身のシルエット。しかしその四肢に頼りなさは一切なく、その背中からは唯ならぬ意思の様な物が感じられた。


 外部スピーカーから『早く逃げて!』と女性の声がした。それから飛鳥の家族は必死で逃げた。

 

 気がつけば〝魔女〟に、【パトリオット】の操縦者に憧れていた。


 命を助けられたから。あの日見た、彼女の背中の力強さ。感じた心強さ。


 私も、と。そう思った。

 


「ごめん、遅れた!」


 格納庫に飛び込むなり、飛鳥は近くにいた整備兵に声をかけた。

 彼女に気づいた軍曹は近くにあった通信端末を手に取り格納庫内に放送をかける。


『上原少尉が到着しました! 発進準備急げ!』


 大急ぎで作業していたオレンジ色のつなぎ姿の整備兵達の視線が一瞬飛鳥に集まる。

 飛鳥はタラップの手すりを飛び越えて未だ整備用ハンガーに固定されている愛機に目をやった。


 “雷桜(ライオウ)参式(さんしき)


 日本国自衛隊所属のパトリオット。

 全高15m。日章旗を思わせるカラーリング。一角の鋭いブレードアンテナ。特殊繊維製の装甲。華奢で細身のシルエット。強い意志を感じるツインアイ。右腕に取り付けられた大型折りたたみ式ブレード。

 強い“魔力適性”を持つ飛鳥の為に開発された専用機だ。


「今日も無事に帰れますように……!」


 飛鳥は格納庫の片隅に鎮座する小さな神棚に手を合わせてから整備用ハンガーをするすると猿のように登っていく。当然、階段や昇降機の類はあるのだが、この方が早い、とは本人の弁だ。


 ハンガーで作業していた整備兵達それぞれと一言二言言葉を交わしながらコクピットに急行する。


 パトリオットのコクピットは胸部にあり、人間で言うところの喉元の辺りにハッチがある。

 外部装甲が上下にそれぞれ開いており、中を覗くと決して広くない室内空間の真ん中にレーシングカーに用いられているようなバケット型のシートが固定されている。そこに腰掛けてメインコンソールに何やらタブレット端末を接続させて作業をしている大柄な初老の男がいた。


「おやっさん!」

「早かったな、すまん、アイドリングもまだじゃ!」

「大丈夫、代わるわ!」


 飛鳥がそう言うと、おやっさんと呼ばれた整備兵、山本五郎大尉は巨漢を持ち上げて席を譲った。

 座り慣れたパイロットシートに腰掛けてコクピット上部にあるタッチパネル式のコンソールを弾く。すると両脚で挟める位置にメインコンソールパネルが()り上がってきた。


「整備が遅れとってな。アイドリングまで持っていけんかったわい、すまん」

「何言ってるの、十分よ。ありがとう」


 前回の作戦から帰還した後、大掛かりな整備が必要だった事は知っているし、何より機体をそのように使ってしまったのは飛鳥本人だ。

 数十人の整備兵が代わる代わる作業してるのを見てきた。クルー全員が自分の仕事を支えてくれている。その自覚が飛鳥にはあった。だから、整備班班長の山本大尉が頭を下げる必要は全くないと、彼女はそう言いたかったのだ。

 もっとも山本大尉も全力で作業してきたからこそ、万全の状態で飛鳥に引き継ぎたかったはずではあるが。


 素早く機体をチェック。何千もある整備用のチェック項目の殆どにグリーンマークが記してある。未だチェックが終わっていない項目を確認するが、無視しても大丈夫そうだった。


「行けるわ。システム起動。発進する」

「わかった。発進! “雷桜(ライオウ)”出るぞ!」


 山本大尉の大声で格納庫がより慌ただしくなる。ハンガーで作業していた兵士はツールボックスを抱えて離れていく。弾薬が入ったコンテナはクレーンにより片付けられて黄色の回転灯がくるくると回り出す。


 整備用の画面を閉じてメインOSの起動画面に移行する。


【Hello Pilot】の文字がコンソールモニターに表示される。飛鳥は首にかけていたイグニッションキーをパネル横にある差し込み口に挿入する。

 すると合成された女性の声で問いかけられる。“雷桜(ライオウ)”はじめ、パトリオットは操縦を補助する高性能AIが搭載されていることが多く、この“雷桜(ライオウ)”に搭載されているAIは一般的なものより更に質が良い。


【上原飛鳥少尉の搭乗を確認。少尉、ご命令を】

「ハッチ閉鎖」

了解(ラジャ)。ハッチ閉鎖】


 AIの音声が返答を開始するのとほぼ同じタイミングでハッチが排気音を伴って閉じた。パイロットの思考をある程度理解して命令を絞ってあるからこそ素早く対応が出来る。


 外部から完全に遮断されたコクピットは暗闇に包まれるが、コンソールパネルや計器類の灯りが飛鳥の整った顔を照らした。


「モニター起動。外部電源カット」

了解(ラジャ)。サブエンジン始動】


 “雷桜(ライオウ)”のサブエンジン、小型の原子力エンジンに火が入り、機体の背部で低く唸った。そしてコクピットを包むように設置された全方位モニターがオンになり、途端に明るくなる。

 

 球体の内側のような全方位モニターはまるで遮蔽物など無いかのような、ここがコクピットの内部だという事すら忘れてしまいそうになるほど解像度が高い。まるで自分が、シートが宙に浮いているような錯覚すら覚える。

 

 「魔導伝達装着マギアコンバージョンデバイス接続用意」

 【用意(レディ)


 飛鳥は、ふぅと小さく息を吐いてAIに命じる。


接続(ジョイン)っ!……っ」


 次の瞬間、身体に違和感が走る。

 ぞわりとした、悪寒にも似た感覚。最初は背骨から脳に。次に手足に、胸に。心臓を鷲掴みにされたような、全身の血が一瞬凍ってしまったんじゃないかと思えるような感覚。


【接続完了。魔導伝達装着(M.C.D)は正常に起動しました。司令室に発進許可を申請しますか?】

「……お願い」


 額の冷や汗を手の甲で拭って飛鳥はそう応えるとパイロットシートに背中を預けてまた大きく息を吸った。


 相変わらずこの感覚には慣れない。

 自ら望んでパトリオットの操縦者になったとはいえ、メインエンジンである魔導伝達装着(M.C.D)を起動させるたびにこの感覚に襲われる。


 パトリオットは操縦者の魔力を使って動く機動兵器だ。そもそも“魔力”とは言われてはいるが、それが本当に魔法のような力なのかは未だ分かっていない。分かってはいないが、女性の体内にある何らかの力を使って機械が動くのは間違いない、という事だ。


 正面モニターの右端にワイプモニターが展開され、黒髪が美しい女性下士官のバストアップ映像が展開された。派手めのメイクは彼女の趣味だ。


『上原少尉、こちら管制室の品川です。発進を許可します。カタパルトで発進後にブースターを展開、後はいつも通りです』

「ははっ、いつも通りね」

『はい、いつも通り。ちゃんと帰って来てください、少尉』


 ニュースキャスターの様に素晴らしい滑舌で、しっかりと目を見て品川軍曹はそう言った。

 その真っ直ぐな視線を受けた飛鳥は少し照れ臭くなり、思わず茶化してしまいそうになるが、心から心配してくれてる彼女の気持ちを思えばそれは失礼かと思い直した。


「うん、ありがとう」

『幸運を』

「貴女もね。交信終了」


 最後にそう一言告げると交信を切り、パイロットシートの左右に設置してあるT字型の操縦桿を握る。添える様に、優しく。

 いつもと同じ感覚。大丈夫、今日も調子が良い。

 

『“雷桜参式(ライオウさんしき)”発進します。危険ですのでクルーは至急退避して下さい。繰り返します。“雷桜参式(ライオウさんしき)”発進します。危険ですのでクルーは――』


 品川軍曹の澄んだ声が格納庫に響く。アナウンスは行われるが、整備兵など一切のクルーは目の届くところには居ない。生体感知センサーにも反応無し。安全だと認識した飛鳥は“雷桜(ライオウ)”を射出用カタパルトに移動させる。


 巨大な金属の塊が二足で歩行しているのだが、足音はほぼしない。関節トルクモーターと原子力エンジンの駆動音が微かにする程度。ソール部の素材に特殊な緩衝材を用いているのと、操縦者の魔力で機体の重量を制御している為だ。機体の総重量が10tと非常に軽量であるが、必要があれば一時的に重量を増やすことも可能だ。


 射出用カタパルトに脚部を固定させ、機体の姿勢を低く取らせる。全関節をロックさせると前方の発進用ハッチが解放されて眩しい日光が格納庫に差し込む。

 日本海が一望できる位置にある輪島基地。 海は少し風が強いのだろうか、所々白波が立っているが、海面に夏の日差しが反射してキラキラと輝いて綺麗だった。

 飛鳥は不意に故郷沖縄の海を思い出していた。

 故郷の澄んだような海も好きだが、日本海のような力強い海も良いなと、そんな事を思った。


準備完了(オールレディ)


 AIが無感情にそう告げる。飛鳥は改めて操縦桿を握りしめて意識を集中させ、管制室からの発進命令を待つ。


『こちら管制室。“雷桜参式(ライオウさんしき)”、発進どうぞ』


 品川軍曹のその声を合図に、飛鳥はアクセルペダルを強く踏み込んだ。機体背部に固定された射出用ブースターが唸りを上げる。前進する力を押さえつけている為、機体がカタカタと揺れる。飛鳥は真っ直ぐ、前方を力強く見つめて宣言する。声高く。


「上原飛鳥少尉、“雷桜参式(ライオウさんしき)”、行くわよっ!!」


 それと同時に右の操縦桿を目一杯に押し込む。カタパルトのロックを解除。ロケットブースターの出力を一気に最大に。収束されたエネルギーを一気に解き放つと、猛烈な加速を伴って機体が空中に吐き出された。


「……っ!」


 急激なGの増幅で一瞬、飛鳥の意識が遠のきそうになる。しかしそれを検知したパイロットスーツが操縦者の命を守るために作動した。


「【魔導障壁(フィールド)】展開」

了解(ラジャ)魔導障壁(マギアフィールド)展開】


 機体の前方に円錐型の障壁が現れた。

 シャボン玉の様に虹色をしたそれは、非常に薄いが空気抵抗を極限まで少なくした。本来、敵武装から機体を守る為のものではあるので、この使用方法はそれを応用したものだ。


 ブースターの燃焼終了。巡行モードに移行。背面ブースターに格納されていた翼が展開。超高硬カーボン製の翼が風を受けて機体を支える。しかし推進力を失った機体は徐々に高度を落としてしまう。


「ブースター、パージ」

了解(ラジャ)。ブースター、パージ】


 “雷桜”の背面に取り付けられていたブースターがパージされる。主人を失ったそれは日本海の海に落ちて白い水飛沫をあげた。やがてフローティングユニットが起動して浮上してくるはずだ。


「“魔法陣”展開!」

了解(ラジャ)。浮遊術式展開】


 AIがそう返答すると“雷桜”の足元に巨大な魔法陣が展開された。機体と海面の間に水平に現れた円形のそれは発光しながらゆっくりと回転し、機体の落下を支えている。

 背面スラスターを炊くと、まるで氷上のスケーターの如く滑る様に滑走していた。ただ、音速を超えるスピードで前進しているので気流が発生して海水を巻き上げている。


 海面スレスレ。水平線の向こうに小さな黒点が見えた気がした。その瞬間、正面モニターにレティクルサークルが表示されて、高い電子音が短く鳴った。


【目標補足。12時、距離15000】

「やっぱりデカいわね。狙撃する」


 飛鳥はそう告げると機体を空中で停止させた。“雷桜”は魔法陣の上でまるで重さなど無いかの様に軽々と浮遊した。

 

了解(ラジャ)。“召喚(たい)”展開。装備は】

「“クロスボウ”」

了解(ラジャ)


 突如として機体の右、何もない空間に光の()が現れた。“雷桜”はそこに右腕を挿入して、中から何かを引き抜い・・・・・・・・・・・た。

 機体の半分ほどもある長砲身の狙撃銃。飛鳥はそれを流れる様な手付きで弾丸を装填させてから“雷桜”に構えさせる。


「……射撃は苦手なんだけど……」

【よく狙って下さい、少尉】

「……は?」

【……】


 AIからの思いもよらない言葉に、飛鳥は眉根を寄せる。最近、AIがらしからぬ(・・・・・)言葉を発する事がある。まぁ、任務には差し支えが無いのでいいのだが、その、やっぱり気になる。それに、何だか腹立たしい。

 飛鳥は近接格闘戦が得意だが、その反面、中長距離……いや、短中長距離の射撃が苦手だ。つまりオールレンジの射撃が苦手だ。努力はしている。しているからこそ、その事を気にしているのにAIにまで煽られては腹が立つ。相手が無機物だろうとも。あるからこそ。

 飛鳥はよく訓練された兵士ではあるが、それ以前に乙女だ。当然、癪に触る事もある。多々ある。


「……」

【……】


 まぁいい。後で調整してみようと思い直してコンソールパネルを弾いて機体を射撃モードに移行させる。

 正面モニターにレティクルサークルが表示される。風向き、風量、気圧など様々な情報が画面端に表示されていく。本来なら弾道計算などに利用しない手はないのだが、生憎、飛鳥はそれらの計算が大の苦手だった。


 照準をセミオートに設定。遥か空の彼方に浮かぶ米粒の様に小さな黒点、機械魔獣に照準を合わせる。スコープの倍率を上げるが、それでもまだ小さい、が、確かにそれは飛竜型の機械魔獣だった。


 巨大な(あぎと)、不揃いな牙、黒光りする鱗、皮膜の様な翼を広げて確かにこちらに、日本に近づいてきている。頭部と背中がサイボーグ化している。特に背中に背負っているのはミサイルポッドか。恐らくレーダーなどの類も搭載されているだろう。

 ヤツの目的はなんだ。偵察などの斥候か、はたまた侵略そのものか。いずれにせよ侵攻を許すわけにはいかない。

 飛鳥は操縦桿を細かく操作してレティクルの中心に機械魔獣を入れ、迷わず親指部分にあるトリガーボタンを押し込んだ。それと同時に長砲身の狙撃銃“クロスボウ”が吠えた。

 強烈なマズルフラッシュが瞬き、長い砲身から108mmの実弾が吐き出される。特殊合金製のそれは音速を超えて真っ赤に発光、あっという間に風を切り裂いて機械魔獣の元に向かう。けれど、


「ちっ、外した!」


 飛鳥が放った弾丸は機械魔獣の右翼を掠めて背後の海に着水した。狙撃銃のボルトを引いてすぐさま次弾を装填。巨大な空薬莢が吐き出されて日本海に沈んだ。


 もう一度。そう思った時だった。


【警告。敵機より反撃。恐らくミサイル。数12】


 見れば、遥か彼方の上空に幾つかの飛翔体が煙糸を従えて発射されたのが目に入った。

 AIからの警告を受けて飛鳥は小さく悪態をつきつつ回避行動に移る。合わせてAIに手短に、簡潔に指示を出す。


「逃げるわよ! バルーン射出! たくさん!」

了解(ラジャ)。デコイバルーン射出】

「出力最大!」

了解(ラジャ)魔導伝達装着(M.C.D)出力最大】


 “雷桜”のメインエンジンが唸り、驚異的なレスポンスで機体の出力が最大になる。足元の魔法陣の直径が二倍ほどになり、回転を早める。

 素早く上昇、移動を開始して回避行動に移る。“雷桜”が軌道を取った後には複数のデコイバルーンが射出された。リュックサック程の大きさの物だが、瞬時に“雷桜”に模した15mの大型バルーンに膨れ上がる。

 まもなくしてミサイルの幾つかがバルーンを貫き、海面に着弾して爆発を起こした。

 飛び散る海水をさらに貫き、残り半分ほどの小型ミサイルが“雷桜”を追尾する。


「……っ!」


 アクセル全開。不規則な軌道と機体の最大飛行速度で回避をするが、ミサイルとの間合いはみるみるうちに縮まってしまう。

 飛鳥の身体を許容以上の負荷が襲う。自分のものとは思えない重量の腕を必死に押し込んで回避を試みるが、このままでは被弾は免れない。

 機体にバリアを張ることも可能だが、数発のミサイルの爆発に耐えられるかは賭けだった。


 飛鳥は操縦桿を押し込んで機械魔獣との間合いを詰めることを選択した。初弾で仕留められなかった以上、この間合いで、飛鳥の苦手な間合いで戦うのは不利だと思ったからだ。しかし近接戦に持ち込む前にこのミサイルを何とかしなければ。少し思考して言う。


「チェーンガンで狙い撃って!」

 

 “雷桜”のサイドスカートには12.7mmの機銃が装備されている。それで弾幕を張ったとて命中させられるのか。自分の射撃の腕では微妙だが、AIならもしかしたら、飛鳥はそう考えたのだ。

 今までそんな命令をされた事が無いAIは少し思考してから応える。


了解(ラジャ)。チェーンガン、発射(ファイア)


 腰装甲に装備された機銃が回頭、後に掃射された。数発は照準が定まらず、ミサイルを掠めたに留まったが、一発のミサイルに着弾。大半のミサイルを巻き込んで誘爆した。


「ひとつだけなら……!」


 誘爆を逃れた最後の一発が“雷桜”にせまるが、近接戦用のダガーを投擲して見事に命中させた。


【お見事です、少尉】

「アンタもね。行くわよっ!」

【イエス、マム】


 飛鳥は“雷桜”を真っ直ぐ目標に向かわせる。敵の射程には入っている。もちろん第二波の攻撃にも備える。


 最大戦速。目標機械魔獣との間合いを一気に詰めていく。

 機械魔獣からの砲撃。戦艦の主砲クラスの口径であろう、巨大な弾丸は“雷桜”の遥か右に着水した。これだけのサイズ差がある相手に命中させるのは相当難しいだろう。明らかに悪手だった。ならばと機械魔獣は次手に移る。


【目標に高エネルギー反応。恐らくブレス】


 機械魔獣の頭上に大きな魔法陣が現れて高速で回転を始める。兵器ではなく、魔獣本来の持つ力だ。膨大な魔力を収束させ、吐き出すつもりらしい。しかし、すでに間合いは詰まっている。つまり、飛鳥の得意な近接戦の間合いだった。


「もう遅いわ!! フォールディング・ブレード!」

了解(ラジャ)。フォールディング・ブレード、装備】


 “雷桜”の右前腕に取り付けられていた折りたたみ式の剣、フォールディング・ブレードが展開。今にもブレスを吐き出しそうな機械魔獣に対して高速で接近しつつ振りかぶる。


 横薙ぎ一閃。

 高速振動する刃が機械魔獣の肉を切り裂いた。大きな血管を傷つけたのだろう、真っ赤な鮮血が吹き出し、“雷桜”の赤い装甲をさらに赤く染め上げた。しかし、


【警告「やばっ――」


 次の瞬間、目の前が赤く染まる。機械魔獣が火の玉を吐き出したのだ。

 ほぼゼロ距離。回避は不可能と思われたが、“雷桜”は無傷だった。飛鳥が巧みに操縦して間一髪で回避したのだ。何をどうしたのか飛鳥本人もわからない。しかし回避は成功していた。才能、センス。飛鳥が日本国自衛隊のエースだと言われる所以だった。


 機械魔獣が太い腕で薙ぎ払うが回避。鼻先を蹴り飛ばして一旦距離を取る。

 大きな個体であるからスピードはさほどではないがパワーは並外れている。防御力も高い。それに、いつまで魔力が続くかわからない。そう、パトリオットが起動している以上、操縦者の魔力を消費し続けている。戦闘を長引かせるのは不味い。一撃必殺。これしか無かった。


「“孫六”!」

了解(ラジャ)。“孫六”装備】


 再び空中に現れた光の円に手を入れ、“雷桜”が引き抜いたのは自身の全高程もある日本刀(・・・)だった。

 民間の企業と軍が共同開発したもので、飛鳥が最も得意とする兵器だ。


 鞘から引き抜くと丁寧に研がれた刃が艶かしく光った。

 それを機体の肩に担がせ、間合いを取る。海中に潜っていた機械魔獣が浮上。一瞬、“雷桜”の姿を見失っていたが、すぐに発見する。咆哮。切り裂かれた傷口から血が吹き出し、海を赤黒く染めた。


 “孫六”を脇に構えさせ、空中で静止する。


 コイツも可哀想だ。自分の意思とは無関係に兵器にされて、戦わされて。家族がいたかもしれない。何処かの守り神だったかもしれない。でも、そう、だからと言って見逃すわけにも行かない。


 ごめんね。


 そう、呟いて、飛鳥は叫んだ。

 機械魔獣への、ドラゴンへの慈悲の念を振り払う為に。命を断つ覚悟をするために。


 刹那。


 弾かれたような軌道を取った“雷桜”が振るった刀が機械魔獣の首を捉えた。

 夥しい量の鮮血が吹き出し、ダンプカー程もある大きな頭がゆっくりと日本海に沈んでいく。


「……」


 やがて機械魔獣の魔獣だった部分(・・・・・・・)がパッと弾けて七色の光の粒となって消えていった。


 飛鳥は国を、国民を守る為にパイロットになった。

 あの日見た大きな背中。弱きを守る、ヒーローに。

 だが、命を守る為に命を奪っている。

 大切なモノを守る為に。

 

 じゃあ敵の命は。大切じゃ無いのか。

 このドラゴンの命は、自分のモノより軽いのか。そんなはずはない。

 そんなはずは無いが、そうするしか無いんだ。何度も何度も繰り返してきた自問自答。

 答えは、多分出ない。出ないが、こうして命を奪う事を“仕方がない”と開き直ってはおしまいだと、飛鳥は思った。


「……帰ろっか」

【イエス、マム】


 飛鳥は目を伏せて、敗者の冥福を祈り、踵を返した。


 

 最後まで読んで頂き誠に有難うございました。

 久しぶりの執筆でしたが、如何でしたでしょうか。


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 評価ptは私のモチベーション向上に繋がりますので、是非ともよろしくお願いします。


 また、ロボ物の長編も執筆開始しております。

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 長々とお願いばかり申し上げましたが、最後まで読んで頂き、本当にありがとうございました。



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― 新着の感想 ―
[一言] 久しぶりの執筆なのに相変わらず読みやすい! そして飛鳥ちゃんも雷桜もおかえりなさい。 楽しませて頂きました。
2024/07/14 11:31 退会済み
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