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秘密結社パンデピス  作者: ゆきやま
9/37

授業参観と振替休日とクマ

--4月23日(日) 6:15--


 今にも雨が降り出しそうな曇天模様の空の下、私はもくもくと新聞配達をしていた。

 せっかく暖かくなってきたのに急激に冷え込んでしまい、冬に逆戻りしてしまったかのようだ。

 いつもより少し厚着をしてきたのに、まだ少し寒さを感じる。


 新聞を入れた新聞受けがガコン、という音を立てる。

 これで残るは1カ所だけだ。

 ひたすら配達に没頭していたからか妙に終わる時間が早い。


 今日はもしかしたら配達時間の自己新記録が出るかもしれない。

 普段なら楽しんでいたはずだが、今の心境だとまったく喜ぶ気が起きず、溜息しか出てこない。


 昨日、怪人であることがついに秘密結社パンデピスにバレてしまった。

 その影響がどんなふうに出るのだろうかと、今さら胸の中に不安が渦巻いている。

 だから今日は新聞配達をがんばったというより、何かをしていると少しだけ気分が紛れてくれるから集中してしまっただけなのだ。


「これでお終い」


 感情のこもらない声で独りごとを言いながら最後の新聞を配達し終える。

 そういえば、今日は途中で誰とも会わなかった。

 いや、もしかしたら私が気づかなかっただけなのかもしれない。

 もし話しかけてくれた人がいたなら失礼な態度を取ってしまったかも……。


「はぁ~……帰ろう」


 こういう気分の時は嫌な妄想だけが膨らんでくる気がする。

 新聞配達用の作業着と肩掛けボックスを事務所に返却し、いつもより暗い道を辿って家へと向かう。

 いつもより寂しい感じがする街並みをゆっくり歩くだけでは、なかなか気分は晴れなかった。


 このままでは良くない。

 ちょっとは気分が上向きになることでも考えよう。

 せっかく新聞配達が早く終わったことだし、朝のおかずを一品増やすのもいいかもしれない。

 あー、でも掃除とゴミ捨てを先にしないとなぁ……。

 そういえば今日は日曜日だけど授業参観日で学校に行く日だ。

 嫌だなぁ……。


 どうしても、先にやりたくないことばかりが思い浮かんで来てしまう。

 もやもやは晴れないまま、私はいつの間にか上り坂の入り口付近まで戻ってきていた。


「っしゃぁああああ!」

「あっ、アズマさん」


 防衛隊員のアズマさんが、昨日に引き続き坂道ダッシュを繰り返しているのが遠目から見えた。

 気になる人の姿を見て少しテンションが上向きになるが、アズマさんの様子を見ると嬉しさより驚きの方が強くなった。

 何だか、昨日よりすごい勢いでダッシュしている気がするんだけど……。


 てくてくと家の前まで歩いていくと、アズマさんが苦しそうに息を吐きながら戻ってきた。


「やぁ、おはよう、好美ちゃん」

「おはようございます。……あの、アズマさん大丈夫ですか?」

「あはは、大丈夫。ちょっと体を動かしたくなっただけだからさ」

「そ、そうですか?」


 いつもよりも随分と余裕が無いような気がする。

 まるで私と同じで、何かを忘れたいがために身体を痛めつけているような……。

 何か嫌な事でもあったのだろうか?


「何か失敗でもしましたか? あっ……!」


 そう言った後で、アズマさんの顔を見て後悔した。

 明らかに図星を突かれたと言う顔をしているのである。

 触って欲しくないところを突っついてしまうなんて、なんて私はバカなんだろう。


 アズマさんは観念したといった笑みを浮かべて私の問いに答えた。


「任務でドジ踏んじゃってさ。俺が油断しなきゃ、作戦が成功したかもしれないのに、ってね」

「任務……? それって昨日の参上市の……」

「そう、それ。ニュースになっていたみたいだから、さすがに知っているよなぁ」

「あの場所に、アズマさんが……」


 言われるまで気付かなかった。

 私は参上市でアズマさんに会っている。

 あの作戦に参加していたとしても何ら不思議はなかったということに、今になって気が付いた。


 参上市の戦いから逃げる時に、建物を壊すための爆弾があちこちで爆発していて……。

 隊員たちも何人かケガをしていて……。

 あの場所にアズマさんも……。


「ライスイデンとレッドドラゴンにまで協力してもらった作戦だったんだ。あと一歩だったのに」

「そんなことどうでもいいです! 大丈夫でしたか!?」


 申し訳なさそうに俯き加減で話すアズマさんの言葉を遮り、前へと詰め寄る。

 私の剣幕にアズマさんは驚いているが、それを無視してその姿をよくよく観察する。

 なぜだか少し目の前がぼやけてしまう。

 あぁ、もう! こんな時に邪魔なんだから!


「無事、なんですよね? 良かった……!」


 今日の私はやっぱりダメだ。嫌な想像ばかりが頭に浮かんでくる。

 爆発に巻き込まれていたら、火傷してしまっていたらと不安で胸が苦しい。


「好美ちゃん……。心配しなくて大丈夫! この通り元気いっぱいなんだからさ! だから、泣かなくていいよ」


 私の肩にそっと手を置き、アズマさんが優しく話しかけてくれる。

 うぅ、泣いてしまった。私は何をやっているんだろう?

 これじゃアズマさんをより困らせるだけだろうに。


「それと、ありがとうな」

「ふぇ?」

「心配してくれたんだろ? すごい嬉しかったよ」

「そ、そんなの、当たり前のことですよぅ」


 アズマさんの瞳が私を、私の瞳がアズマさんを見つめている。

 それに気が付くと、泣きはらした顔を見せてしまったことが途端に恥ずかしくなった。

 耳まで熱くなってきている気がして、私はそっぽを向いた。


「好美ちゃんと話したら落ち着いたよ。次は失敗しないように、念入りに準備しなおすさ!」

「ホントに、気を付けてくださいね?」


 目元をごしごしと拭いながら、それでも何とか言葉を紡ぎ出す。

 防衛隊員は危険な仕事だ。

 いま言わないと次の機会は無いかもしれない。

 だから何の変哲もない言葉だけど伝えておきたかったのである。


「あぁ、肝に銘じておく! それじゃ、またな!」

「はい、また!」


 別れのあいさつを交わし、アズマさんは軽やかに走り去っていく。

 先ほどまでの張り詰めた空気みたいなものはもう霧散していた。

 情けないところを見せてしまったけれど、それがアズマさんの悩みを一部でも晴らしてくれたのならそれで構わない。


 それと、私にもできることはある気がする。

 これからは防衛隊員も巻き込まないように、より気を付けて――


 ドンッという音が鈍く響く。


 アズマさんを見送った姿勢のまま真後ろから背中に衝撃が奔り、私の身体が宙に舞った。

 坂道の下り方面に向かって投げ出された私の身体が、コンクリートへと叩きつけられた衝撃でべちっという音を立てた。


 鼻を打ってしまってとても痛い! さっきとは違う理由で涙がにじむ。


「やぁ、好美ちゃん。おはよう!」

「おはようじゃないですよぅ……」


 なんだか元気はつらつとした感じで車から降りてきた篤人さんが軽く右手を上げている。

 いつも通り私の隙を突き、真後ろから軽トラで私を撥ね飛ばしたようだ。

 私が油断しているのが悪いのだろうか?

 いや、私のせいじゃない! ここでネガティブになってたまるものか!


「篤人さん! 車で人を轢かないでください! 普通は大事故ですからね!」

「あっはっは! 思ったより元気そうで良かったよ! まぁ、気を付けるよ。それより……」


 絶対またやるだろうという気しかしないが、篤人さんが妙にウキウキしている。

 それにしても、今日の篤人さんは何やら話をしたくて仕方なさそうだけど、何かあったのだろうか?

 これ以上説教しても暖簾に腕押しで終わると感じた私は、大人しく聞き役に徹することにした。


「僕が"謎の怪人"の専属部下になることが決まったんだ」

「専属部下???」


 ……って何だっけ? どこかで聞いたことがある気がするワードなんだけど、思い出せない。

 私がハテナマークを浮かべているのが分かったのか、篤人さんが説明を付け加えてくれた。


「特定の怪人に付き従う戦闘員のことだよ」

「あ~、そんなシステムありましたっけ」

「そう。他の怪人に命令されたとしても、(あるじ)となった怪人が拒否した場合はその命令をしなくてもいいっていう制度だね」


 確かに、そんなルールがあった気がする。

 実際にそのシステムを使っている怪人がほとんどいなくて忘れてしまっていた。


「ちなみに、受け付けのお姉さんを専属にしようとした怪人はたくさんいるよ?」

「下心丸出しじゃないですか……」

「彼女、魅力的だからねぇ~。まぁ、誰にも許可が下りなかったみたいだけど」


 ちゃんとした理由が無いと許可が出ないようだ。

 その辺は、恐らくノコギリデビルあたりが可否を判断しているのだろう。


「でもって、僕は今までの働きから"謎の怪人"と一緒に行動させた方がいいと判断されたわけだね」

「なるほど……」


 篤人さんにとって、それはかなり重要な事らしかった。

 私と悪だくみしている時が一番生き生きしている気がするし、絶対に許可が欲しかったのだろう。

 私にとっても大助かりなので喜ばしいことには違いない。

 ただ、許可が出る前に私に話が通っていないのはどういうことなんだろう?

 ひとこと言って欲しいんですけども。


「本当は好美ちゃんに話してからの方がいいんだろうけど、反対はしないでしょってことで」

「……まぁ、いいですよ。こちらからお願いしたいくらいですから」


 一応、気にはしてもらえていたらしいので水に流すことにする。

 先ほども述べたが、私としても助かることなので反対する理由は無いのである。


「残念ながら今日は"謎の怪人"は不参加みたいだけどね。みんなに色々と聞かれるだろうから、少し早めに向かうことにするよ」

「あー、その辺は苦労をおかけします」

「このくらいなんてことは無いさ。アツトにお任せってね!」

「すみませんが、よろしくお願いします」


 篤人さんは右手を上げて軽トラに乗り込むとノリノリのテンションのまま走り去っていった。

 浮かれすぎて変なことにならなければいいのだけど、篤人さんならそれでも上手く乗り切るだろうし、大丈夫だろう。たぶん。


 篤人さんを見送った後、家に入った。


「ただいまー。……って、もうこんな時間!?」


 時計を見ると、もうすぐ7時を回る時間になっていた。

 どうやらおかずを増やすような暇は無いらしい。

 まぁ、気を紛らわすためにやろうと思っていたことだから、また次の機会で構わない。

 炊飯器の予約もちゃんとしてたからご飯も炊けているし、ささっと朝ご飯の準備してしまおう。


 今日は午前中だけの授業参観日で、明日の月曜日の振替休暇もパンデピスはお休みだ。

 今日一日を頑張って乗り切って、久しぶりにのんびりした休日を楽しむことにしよう!



--4月23日(日) 8:30--


 どんより曇り空は晴れていないが、私の心はようやく上向き加減になってきた。

 今日は私とゆーくん、お父さんで一緒に登校する日だ。

 いつもより少しだけ賑やかな通学路を他愛のない話をしながら進む。


「どうじゃ、お主ら、友達は増えたか?」

「うん、輝羽ちゃん、弘子ちゃん、富二子ちゃんとは仲良くなったよ」

「この間、(うち)に来た人達?」

「そうそう、色々あって、よく話すようになったんだ~」


 変態さんに絡まれた後、3人が家を訪ねてきたことを、ゆーくんは覚えていたようだ。

 まぁ、その時、私はパンデピスの捜査中でその場に居なかったんだけどね。


「優輝、お主はどうじゃ?」

「僕も友達増えたよ。一番仲がいいのは部活の仲間かな?」

「ゆーくん、卓球部なんだっけ?」

「うん。6月にはもう大会が始まるから。僕も一応参加するけど、勝てないと思う」


 なるほど、後で調べてスケジュールを抑えておかなければ!


「好美や、お主はなんぞ発表会とか無いんか?」

「あー、そうだった……」


 私は美術部員であり、1年間に1回は何らかのコンクールに出品するという部活のルールがある。

 ほとんどの部員は5月のコンクールに出品して、後は各々で好きな物に取り組むという流れである。

 私も去年はそうしたのだけど、適当な絵を出しちゃったから後で恥ずかしくなっちゃったんだよね。


「5月はなぁ~。今年はもう少し頑張ろっかなぁ……」

「ひゃっひゃっひゃ! 後に回すと碌なことにならんぞ?」

「姉さん、絵を描いているところ見たことないよ」

「うっ!?」


 うぅ、ゆーくんが痛いところを付いてくる。

 確かにほとんど活動していないから、上手くなりようがないんだよね……。

 どうにか頑張るしかないんだけど、やみくもに描くのもなぁ~。

 恥ずかしくない程度に上手くなるにはどうすればいいんだろう?


 そんな話をしているうちに、中学校の校門まで来ていた。


「まずは好美の授業を見るかのぅ」

「国語の授業なら得意だから大丈夫だと思う。宿題も無かったし」


 担任の星先生の温情か、特に宿題は出ていないので恥を晒す生徒はいないはずだ。

 宿題を忘れてくるうっかり屋さんが毎回それなりの数いるからね。


「優輝の授業は数学か。まぁ優輝なら大丈夫じゃろ」

「そんなに難しくないから平気だよ」


 うんうん、我が弟は運動だけではなく勉強にも力を入れているから問題ないだろう。

 優秀過ぎて、私が教えることが何もないところが残念なくらいだ。


「ちゃんと時間をずらしてくれているところがありがたいのぉ」

「同じ時間だったら、お父さんが来なくて済んだのに」

「姉さん、何てこと言うのさ」

「ひゃっひゃっひゃ! 別に恥ずかしくなるようなことなんぞ、しやせんわい!」


 恰好が既に恥ずかしいとか言ったらさすがに怒られるから言わないでおこう。

 今日もお父さんは禿げ頭に白髪、白衣を着こんだ例のマッドサイエンティスト風ファッションだ。

 なぜ若作りとは反対の老人スタイルなのか、理解に苦しむ。

 これ、おじいちゃんだと勘違いする人が出るんじゃないかな?


「ちなみに、どちらか片方にしか出られんのなら好美の方を見に行くぞ?」

「えーっ! あ、じゃあ、私がゆーくんの保護者枠で授業を見に行く!」

「それじゃワシは何のために授業参観するんじゃ? お主のいない授業を見ても仕方ないじゃろ?」

「姉さん、ちゃんと自分の授業に出てよ……」


 いい考えだと思ったんだけど、2人に拒否されてしまった。残念だ。


 2人と別れて教室に入ると、いつもより少し浮ついた空気が漂っていた。

 いつもジャージ姿の運動部の生徒たちも今日はきちんと制服を着込んでいる。

 それなのに、学校にいるのにどこか休日めいた空気感が滲んでいるのだ。

 きっと、慣れない環境で、かつ日曜日の授業だからだろう。


 1限目の授業はまだ始まっていないが、先生に案内されて両親が教室へと入ってくる。

 休み時間が終わるまで、生徒も保護者も雑談タイムだ。


「よっしー、ここの答えなんだけどさぁ」

「よっしーちゃん、私もこの部分が……」

「お前ら、いきなり頼むな。自力でやれよ自力で!」


 輝羽ちゃんとぷに子ちゃんが慌てた様子で答えを聞きに来ていた。

 今日は当てられそうな席にいるからか、準備に余念が無い。

 ……いや、準備に余念が無かったら昨日のうちに準備してくるから、今さら気づいて慌てているというのが正しいだろう。


 それに対して弘子ちゃんは全然余裕みたいだ。


 教科書を広げる私たちの後ろ側で、保護者の人たちが雑談を始めている。


「お宅の好美ちゃん、好成績なんでしょう? 羨ましいわ~」

「ウチのは運動ばっかりですから、見習ってほしいわ」

「ひゃっひゃっひゃ! スポーツに勤しむのも良い事じゃ。好美も良い刺激を受けておるようじゃよ」


 うーん、後ろの会話が気になる。

 輝羽ちゃんとぷに子ちゃんの問題を見ているのだが、正直あまり集中できない。

 まぁ、解けるけど。


 さらさらと答えを教えて、教室の後ろ側にちらりと目をやる。

 お父さんがそれに気づいて軽く手を上げ、すぐに雑談へと戻っていった。

 今のところは当たり障りのないことを話しているみたいだし、割と溶け込んでるみたいだ。

 隣にいるお母さんたちと仲良く談笑している。


「ねぇ、うちのお父さんの隣にいるのって、輝羽ちゃんと弘子ちゃんのお母さん?」

「うん、そうだよ!」

「うん。さっきから勉強勉強って言われてるな、私」


 やっぱりそうだったみたいだ。

 2人は私のお父さんのことを知っているし、目立つので即座に答えが返ってきた。


 輝羽ちゃんのお母さんはスーツを着こなしていて、とても綺麗だ。

 輝羽ちゃんがおしゃれになるのも分かる気がする。

 弘子ちゃんのお母さんは肝っ玉お母さんといった雰囲気だ。

 うちのお父さんよりずっと頼りになりそうな感じである。


「ぷに子のお母さんは来ていないの?」

「残念ながら……。保護者はきていますけど……」


 そう言って、教室の端を指さした。

 そこには黒いドレスを纏った初老の女性がピシッとした姿勢で佇んでいた。

 メガネの奥の笑顔は柔らかいが、その雰囲気にはデキる女性特有の妙な迫力が備わっている。


「気になってたんだよね~! ぷに子の保護者だったんだ!」

「んで、誰よ?」

「ぷに子ちゃんのおばあちゃん?」


 年齢的にはあり得るかなと思ったけど、ぷに子ちゃんはふるふると首を横に振った。


「うちのメイド長です」

「「「メイド長!?」」」


 なに、メイド長って!

 そんなの私にとっては異世界のお話なんですけど!?

 お嬢様っぽいとは思っていたし、実際にお嬢様とは聞いていたんだけど、メイドまでいるの?

 しかもメイド"長"ってことは、複数のメイドさんを雇っているってことだよね?


「もし先生に指名されて答えられなかったら、後が怖いですよ~……」

「あの雰囲気は、確かにやるね!」

「分かる気がするな。きっちりとご両親に報告しそうだ」


 ぷに子ちゃんが小さく震える。

 私も鞭を持って勉強を教えるメイド長をイメージしてしまった。

 風評被害この上ない妄想だけど、似合う気もする。


「はーい、授業を始めるから席について~」


 担任の星先生の一声で生徒たちも保護者も私語を止め、国語の授業が開始された。

 保護者同伴の授業はいつもより優し目な気がしたんだけど、やっぱり気を使ったのかな?


 私も指名されたが、きっちりと正解を答えることができた。

 ちなみに、ぷに子ちゃんは教えたところと別の部分を当てられて残念ながら答えられなかった。

 まぁ、輝羽ちゃんが教えたにもかかわらず答えを忘れてしまい、順番がずれちゃったせいなんだけど。


 授業が終わると、2人とも"やってしまった"とばかりに、机にぐんにょりと突っ伏している。

 後でそれぞれの保護者からお小言を貰うことになるんだろうな。

 勉強、頑張ってほしい。



--4月23日(日) 12:30--


 午前中だけの授業が終わり、家に帰ってきた。

 今日のお昼はお父さんのリクエストで味噌ラーメンである。


 鍋で湯を沸かし、袋麺を開けてラーメンを茹でる。

 栄養バランスを整えるために、キクラゲとウズラの卵入り八宝菜を上に乗せて完成だ。


「ご飯できたよ~!」


 呼びかけると、お父さんとゆーくんがドタドタと集まってくる。

 3人分のラーメンを机に運び、ほうれん草のお浸しと漬物、イカと里芋の煮物を温めて並べる。

 微妙に合わない組み合わせだけど、残り物を食べないと悪くしちゃうからね。


「「「いただきまーす!」」」


 ラーメンは今日のような寒い日にはちょうど良かったかもしれない。

 ふーふーと息を吹きかけてズルズルと音を立てて麵をすすると、麺に絡みついた味噌のスープの風味が口いっぱいに広がっていく。

 大豆由来の香ばしさが鼻を刺激し、動物油の甘い香りと合わさって更なる食欲を促す。

 お父さんじゃないけど、ラーメンも美味しいな。


「そういえば、お父さん、何か作ってなかったっけ?」

「おお、そうじゃったな! 完成しとるから後で見せるわい!」


 昨日、何やら思いついたとか言っていたけど、もう完成しているらしい。

 見せるということは、私にも少しは関係があるのだろうか?


「僕は見ない方がいい?」


 ゆーくんが質問した。

 我が家のルールとして、ゆーくんは秘密結社パンデピスには関わらないということになっている。

 興味はあるみたいだけど、それが怪人に関することであれば見せることはできないのだ。


「大丈夫じゃ。まったく問題ないわい!」

「そうなんだ。何を作ったんだろ?」


 私はラーメンのスープに沈んだ野菜を箸でつつきながら、楽しそうなお父さんとゆーくんを眺める。

 ゆーくんは少し期待しているみたいだし、まともなものであればいいのだけど。


「「「ごちそうさまでした」」」


 ほとんど一緒のタイミングでご飯を食べ終えて、食器を台所へと運ぶ。

 洗い物は後でも構わないだろう。

 私も少し気になっていたので、さっそくお父さんの発明したものを見せてもらうことにした。


 玄関を出てお父さんに着いていくと、我が家のクルマの前に連れてこられた。

 ちなみに、我が家のクルマはミニバンなので物がたくさん積めるようになっている。

 バックドアを開けると、そこには何やら箱が詰め込まれていた。


「ワシが作っていたのはコレじゃよ!」


 そう言ってお父さんが箱を開ける。

 私とゆーくんが覗き込むと、そこには何の変哲もない土が詰め込まれていた。


「お父さん、これ何?」

「上の広場で動物たちを飼っとるじゃろ? その世話で出た糞や藁を使って作った肥料じゃ!」


 上の広場というのは、家から坂道を登ったところにある"ふれあい広場"のことだ。

 そこにお父さんが管理している動物たちがいる。

 お父さんの趣味というわけじゃなくて、怪人化の研究に使う動物たちと聞いている。

 具体的なことは分からないが酷い事はしていないようで、私の視点からは普通に飼っているようにしか見えない。


「肥料って、1日で作れるようなものなの?」

「その辺は企業秘密というやつじゃ!」


 準備していたのか本当に1日で作ったのかは不明だが、ちゃんと腐葉土になっているようだ。

 ちょっと掘り返すとミミズが出てくるあたり、出来栄えは良さそうである。

 お父さんも自分の口に入る野菜を作る菜園に変なものは撒かないだろうし、使ってみてもいいかな?


「明日あたり、撒きに行くか?」

「うん、せっかく作ってもらったものだし、撒いてみる」


 食材に掛かる金額はお父さんから貰っているんだけど、実は私の家庭菜園に掛かる金額と、普通に買った時の差額はこっそり私の懐に入れているのである。

 もちろん、肥料などの必要経費はちゃんと貰ったお金から出している。

 もしそれがお父さんの発明品で賄えるとなると、私にとってはそれなりにありがたいのだ。


 明日は既に植えてある野菜の世話だ。

 あと、ついでに山菜でも取ってこよう。

 ミニバンに小道具も詰め込んで、準備万端だ。


 よぅし、美味しい野菜を作るために頑張るぞ!



--4月25日(月) 9:00--


 砂利道をお父さんの運転するクルマがゆっくり進んでいく。

 山に分け入り、地下基地の入り口にほど近いところにある畑でクルマが止まった。

 エンジン音が止むと途端に静かになり、小鳥のさえずりが聞こえてくる。

 外に出るとひんやりした空気が私たちを出迎えてくれた。


 畑には前から育てているシシトウが植わっている。

 先日の雨が適度に土を潤してくれたからか、緑の葉を力強く広げていた。

 今日はきゅうりとナス、カボチャの種を植えないといけない。


 少し離れたところにある大きな(くり)の木も元気そうだ。


「じゃあ、さっそく撒いちゃおう!」


 仕事着に身を包んだ私の指示に、お父さんとゆーくんが頷く。

 お父さんはクルマの運転で確定だったものの、ゆーくんも参加してくれたのは嬉しい限りだ。

 2人で重たい土が入った箱を持ち上げ、運び込んでくれている。


 私も見てるだけじゃなくて運び込まないとね。

 ひょいっと……。


「姉さん、あっさり運ぶなぁ」

「ひゃっひゃっひゃ! あやつは特別じゃからな? お主が気にすることは無いぞい!」


 人間形態でも怪人の力を発揮できる私は、2人の数倍のスピードで運び込むことができる。

 普段の生活で怪人の力が役に立つこと、本当に少ないんだよね。

 こういったことにしか役立てることができないし、せいぜい有効活用させてもらいますとも!


 肥料をみんなで畑に撒き、小一時間ほどで作業は終了した。

 ついでにきゅうりの支柱組みとかもできたし、家族みんながお手伝いしてくれたおかげで助かった。

 順調にいけば夏にはいろいろと収穫できる。楽しみだ。


「これで少し、食費が浮くね!」

「そうじゃなぁ」


 ワザとらしく経費の話をすると、お父さんが相槌を打ってくる。

 うーん、お父さんを利用しているみたいで少し罪悪感が湧いてくるなぁ……。


「まぁ、これがお主のへそくりの足しになるなら楽なもんじゃわい」

「ふぇ!? ええええ、えっと、その、何のことだか……」

「ん、何じゃ? 秘密のつもりじゃったんか?」


 心底、不思議そうな顔をしたお父さんが私に聞き返してくる。

 お父さんにとって、私の行動は筒抜けどころか当たり前として受け入れているものだったようだ。


「お主が自分の力で蓄えたもんじゃろ? 寄こせとは言わんわい!」

「あ、うん、ありがとう」


 秘密にしていたつもりの自分がバカみたいだ。

 恥ずかしさが込み上げてきて、私はいそいそと草刈り鎌や支柱を結ぶ紐の後片付けを開始した。


「お金に関しては、姉さんが父さんの手伝いを拒否してるだけなのにね」

「優輝や。好美にも願いがあって、それに向かって行動しておるんじゃ。ワシは許される範囲で手伝うだけじゃよ。せめてこれ以上、嫌われたくはないからのぅ」

「姉さん、別に父さんのことを嫌ってるわけじゃないと思うよ。家事の手伝いしろー、とは言うけどさ」

「そっちは嫌じゃ!」

「えー? なんだかなぁ……」


 ゆーくんとお父さんの話が聞こえるけど、私の頭には入ってこなかった。

 私は無心で腐葉土が無くなって軽くなった箱をミニバンに積み込んでいく。


 撤収の準備が完了する頃には私の気持ちも落ち着いてくる。

 少し遅れてゆーくんとお父さんも集まってきた。

 畑仕事はこれで終わりだ。


「次は山菜じゃな! いつもの場所じゃろ?」

「うん」


 クルマに乗り込み、私たちは更なる山の奥へと向かう。

 山菜も買うとなったら結構なお値段するから、自分で取れるなら取った方がお得なのだ。

 お父さんとゆーくんはレジャー気分で付き合ってくれているだけだが、それでもとても助かっている。


 山道を進むこと10分ほど。

 クルマ1台だけが通れるような、森の息吹を感じられる細道にクルマが止まった。


 昨日と違って晴れ間が広がる空の下、枝葉の影が木々の揺らめきと共にゆらゆらと揺れている。

 気温もちょうどよく空気が澄んでいて、絶好の山菜取り日和である。


 この季節なら木の芽がたくさん採れるので、メインは木の芽だ。


 あとは、斜面の土になっているところにはウドも生えているだろう。

 ゼンマイやショデ、コゴメなども見つけたら持ち帰ろう。


 タラの芽はこの辺で見たことはないけど、探したら見つかるだろうか?


「まずは、歩きながら木の芽を集めるよ」

「うん」

「ひゃっひゃっひゃ! 任せておけぃ!」


 軍手を装備し、道具袋を腰に下げた3人で森の小径をゆっくりと歩く。

 少し歩く間に、両手いっぱいの木の芽を集めることができた。

 それを袋の中に入れては集め、入れては集めを繰り返しながら前へと進んでいく。


 木の芽と一緒に、道端にところどころ顔を出しているゼンマイも集める。

 そうしているうちにウドが生えている斜面へと到達した。

 ここからは土の斜面を頑張って登っていかなければならない。


「うわ!?」

「ゆーくん、平気?」


 ずるずる滑る土の斜面は、足の踏ん張りが効かないところがあって思い通りに登れないのだ。

 その斜面にちょこんと飛び出たウドの赤い葉をシャベルや手で掘り起こし、根元から切り取って袋に詰めていく。

 ゆーくんもお父さんもてこずってはいるが、ちゃんとウドを採集してくれているようだ。


 土を掘るのも斜面の草を掴むのもかなり手を酷使する。

 もし軍手が無かったらかなり手が荒れてしまっていることだろう。

 軍手は必須アイテムなのだ。


 袋がパンパンになったところで、私たちは斜面を降りた。

 もう11時くらいかな?

 帰ってお昼にするにはちょうどいい時間帯だろう。


「うわっ!?」


 ゆーくんが急に声を上げた。

 びっくりしてそちらを見ると、私たちを見て驚き戸惑っているカモシカがいた。

 珍しい、こんなところまで来ることがあるとは!


 私たちもどうしていいか分からずただ見ていただけだったが、カモシカは思い出したように身を翻し、斜面の下の方へと去っていった。


 ただ珍しいだけの出来事で終わってくれたなら良かったのだが、その直後に起きた更なる出来事は私の心を凍り付かせた。


「優輝っ!!」


 お父さんが叫び声と共に飛び出し、ゆーくんを突き飛ばした。

 その目の前には、唸り声をあげる黒い塊がいる。

 それは、腕を振り上げた大きな熊だった。

 お父さんの身体に、熊の腕が振り下ろされる。


 どす、という鈍い音が聞こえ、殴打されたお父さんが弾かれてゴロゴロと地面を転がる。

 あっという間の出来事だった。


 止めを刺そうとしているのだろうか?

 倒れ伏したお父さんに向かって熊が勢いよく突進していく。


 それを目の当たりにした私は何も考えられなくなっていた。

 目の前が、赤黒い怒りで覆われていく。


 ドゴォ! ベキリッ!!


 気がつくと、私は近くにあった木を怒りに任せて思い切り殴りつけていた。

 私が立てた巨大な音に熊が驚き、立ち止まってこちらを振り向く。

 両手でも抱えきれない太さの木が折れて、メキメキと音を立てながら崖の下の方に倒れていく。


 この熊、絶対ゆるさない!

 鼓動が早鐘のように打ち鳴らされ、身体中に熱が巡って爆発してしまいそうだ。


 こぶしを握ったまま熊をまっすぐ見つめ、近づいていく。

 クマは微動だにしなかった。

 その表情に脅えが見えたような気がしたが、今さらもう遅い。絶対に逃さないように……。


「ぐぬぅ……」


 お父さんが呻き声をあげた。

 生きている!


 ホッと息を吐いた瞬間、熊は一目散に逃げだしていた。

 崖下まで続く斜面へと飛び出し、その姿が一瞬で見えなくなった。

 それを見たゆーくんがお父さんに駆け寄った。


「父さん、大丈夫!?」

「いたたた……。優輝、好美も無事のようじゃな」


 頭に受けたと思われた熊の一撃だったが、どうやら肩口に当たったため致命傷は免れたようだ。

 それでも白衣にまで血が滲み、お父さんは痛みに顔をゆがめている。


「やれやれ、何とかなってよかったわい」

「お父さん、無理しないで! 救急車……!」

「お主ら、ケータイもっとらんじゃろ?」

「うっ、そうだった!」


 周りを見渡してみるものの、ここは山奥の砂利道だ。

 私たちはスマホを持ってないし、助けを呼ぶにしても往来のある道路まで向かわなければならない。

 そもそもこの場所でスマホって繋がるんだろうか?


「ふむ……まぁ運転する分には大丈夫じゃろう」

「う~……せめて消毒はしておくからね?」


 熊がまた出たら嫌だし、私たちは一緒にクルマへと戻った。

 車まで戻り、さっそく救急セットから消毒液と包帯を取り出して治療に取り掛かる。


「うわぁ、青くなってる……」

「ありゃツキノワグマだったかのぅ? 大人の熊じゃったから強烈じゃったわい!」


 痛そうではあるけど、命に別条が無さそうなだけ不幸中の幸いだったと思う。

 それに、お父さんが庇わなかったらゆーくんも危なかったかもしれない。

 ……あの熊、今から追いかけて熊鍋にでもしてやればいいかな?


「この辺に熊が出たことは市役所に連絡しておかねばならんのぅ」

「姉さん、変なこと考えないでよ? 姉さんが頑張りすぎると問題あるでしょ?」

「あ~……うん、わかった」


 言われてみたら女子中学生が熊を倒すのはおかしい話だし、怪人バレするかもしれない。

 ここは市役所に対応をお任せすることにしよう。

 もしかしたら、この辺も立ち入り禁止になっちゃうかもしれないけど、仕方ないかな?

 山菜取り、別のいい場所ってあったっけ?


「ひゃっひゃっひゃ! 包帯を巻いたのは久しぶりじゃわい! さて、お暇するとしようかのぅ!」

「ダメそうだったらちゃんと言ってよ? 助けを呼んでくるくらいならできるから」


 お父さんが運転席へと向かう。

 ちょっと無理して笑っていることが、私にはすぐに分かった。

 まだかなり痛いはずだ。できるだけ早く安静にしてもらわないといけない。


「ね。父さん、嫌われてなんていないでしょ? 心配してるんだからさ」

「ひゃっひゃっひゃ! そのようじゃな!」


 よく分からない会話が目の前で繰り広げられているが、嫌われるとか、何のことだろう?

 お父さんのケガとは無関係っぽいかな?


 クルマがゆっくり動き出した。

 Uターンする際に、砂利道のでこぼこが車体を大きく揺らす。


「じゃが、いつかお主らには決定的に嫌われる日がくるじゃろうな……」


 来た道を引き返し、クルマは家路に向かって走り出した。

 私とゆーくんは、お父さんの呟きを聞き取ることはできなかった。



--4月25日(月) 18:30--


 お父さんのケガは打撲と診断された。

 重い一撃を受けたはずだけど、骨まではダメージが行かなかったようだ。

 そのかわり結構な内出血だったようで、肌が見たことも無いような色になっていた。


 ビタミンBも必要だが、ビタミンCとかKを摂った方がいいらしい。

 そのため、今日の夕飯は色々と奮発した焼肉である。

 肉だけじゃなくて、きっちり野菜も焼いて食べさせるつもりだ。

 鮮度抜群のものを選んできたし、下処理も完璧にしてある。


「マズくて食えないとは言わせない!」

「そこまで気合を入れんでも、ちゃんと食うわい!」


 テレビを見ているお父さんが呆れた顔をして口をはさんでくる。

 その言葉に二言は無いと思うけど、念には念をだ。


「やれやれ……。今日は怪人も倒されとるし、踏んだり蹴ったりじゃな」

「えっ?」

「ヒーロー、レッドドラゴンが出動したようじゃな。撤退もままならんかったようじゃのぅ」

「レッドドラゴン、まだ新潟に居たんだ。篤人さん、無事かな……」


 しゃもじでお茶碗にご飯をよそっているとインターホンが鳴った。

 こんな時間に誰だろう?

 ご飯の準備の続きをゆーくんに任せて、玄関まで移動して戸を開けた。


「やぁ、好美ちゃん! お邪魔するよ」

「あれ、篤人さん!?」


 心配していた相手が向こうから会いに来てくれたようだ。

 無事な姿にホッとする。


「おお、篤人くん、大変じゃったろぅ? 入りなさい!」

「いやぁ、好美ちゃんやブラッディローズと違って、僕の言うことを全否定で辛かったですよ。レッドドラゴンが出てきたらまずいって言ったんですけどね」


 篤人さんは"謎の怪人"と一緒に行動していたこともあって、一部の怪人から疑いの目を向けられているとのことだった。


 でも、篤人さんほど裏工作に長けている人材は怪人を含めてもいないと思う。

 全員で協力しなければ分断もままならず、レッドドラゴンとライスイデンの2人を一度に相手取ることになる。

 そうなったら勝ち目なんてないんだけどな。


 テレビをつけるとニュースをやっていた。

 『レッドドラゴン登場! 怪人ベノムスクイッドを撃破!』の文字がキャプションに書かれ、レッドドラゴンがインタビューに応じている映像が流れている。


『前回は期待に応えられなかった分、今日はきっちり怪人を倒しきれたのは大きい。"謎の怪人"が現れなかったのは残念だったが、いつか会うことになる。それまで勝利を重ねていく!』


「ええ、なんだか目の敵にされてるっ!?」


 まさか、レッドドラゴンが新潟に居座るなんてことないよね?

 それっぽいこと言っちゃってるんですけど……!


「ふむ、ベノムスクイッドか。レッドドラゴンほどの実力があれば相性の有利性なぞ吹き飛ぶのぅ」

「えぇ、水面ごと吹き飛ばされました」


 しみじみと語っていた篤人さんがお父さんを見て目を丸くした。

 今になってお父さんの白衣の下に包帯が巻かれていることに気が付いたようだ。


「あれ、ドクター? そのケガどうしたんです?」

「山菜取りに行ったら熊に出くわしたんじゃ。いやはや酷い目に会ったわい! ひゃっひゃっひゃ!」

「お父さん、笑い事じゃないでしょ!? 危ないところだったんだから!」


 私の指摘を気にもせず、大笑いするお父さんはもう元気いっぱいの様子だ。

 まだ少し痛むらしいけど、家にずっといるわけだし、治るまでゆっくりしてもらえばいいと思う。


「篤人さんも無事で良かったです」

「まぁ、今回は連絡役だったからね。ベノムスクイッドが負けたことを報告しただけで終わりさ」


 どうやら端役(はやく)に追いやられていたようだが、それが逆に良かったようだ。

 篤人さんはレッドドラゴンが出てくることを予想していたみたいだから、自分からそうなるようにうまく動いたのかもしれない。


「篤人くん、君も食っていけ! 今日は不幸を払うための焼肉じゃ!」

「そうですか? それなら御相伴(ごしょうばん)に預かろうかな」

「そんなご利益(りやく)は無いと思うけど、ご馳走しますよ」


 篤人さんも食べていくことが決まったが、食材はふんだんに用意したし、十分足りるだろう。

 ゆーくんが切った野菜や肉を運んで来てくれている。これで焼肉の準備は万端だ。


「「「「いただきまーす!」」」」


 4人の声が重なり、それぞれが自分で食べる分をプレートに乗せた。

 今日の豚肉は津楠ポークのバラ肉だ。牛肉もレバー、タン、ハツと取り揃えている。

 野菜もカボチャ、ピーマン、玉ねぎ、シイタケ、にんじん、さつまいもと、色とりどりだ。


 ジュージューと肉が焼きあがる音が響き、プレートの上を4人の箸が行き来する。

 野菜も絶対食べさせようとスタンバイしていたのだけど、お父さんが自分で焼き始めたので余計なことはしないでおいた。

 というか、私も食べよう! 美味しいお肉を食べる機会はそうそう無いし!


「好美ちゃん、"謎の怪人"のことはもう家族には話したかい?」

「うっ!? そういえば言ってなかったかも……」

「うん? なんかあったんか?」

「僕、聞いていてもいいの?」


 お父さんとゆーくんがそれぞれ反応する。

 ゆーくんが居る場で話題にあげているということは、篤人さんは全部話すつもりのようだ。

 まぁ、私自身のことだから知っておいてもらった方が良いだろうし、それでいいと思う。


「秘密結社パンデピスに"謎の怪人"の正体がバレました。好美ちゃんは今後、戦闘員30号ではなく怪人として活動していくことになります」

「そうか、ついにバレてしもうたんか」


 お父さんは、いつか来ると思っていたようで淡々と受け止めていた。

 ゆーくんは少しショックを受けているのだろうか、お茶碗を持ったまま箸を止めている。


「姉さん、もしかして昨日、元気がなかったのって、それのせいなの?」

「あー、うん、そうだけど……」


 あれ? なんだか非難されている感じがする?


「先に話してよ! 父さん、自分と学校に行くのがそんなに嫌なのかって勘違いしちゃったんだからさ!」

「えっ!? 何それ?」

「おいおい、今さらそんなこと話さんでええわい!」


 全然頭になかった回答が飛び出してきて困惑してしまう。

 お父さん、私に嫌われたと思っていたってこと? そんなわけないのに……。


「ごめん、自分のことでいっぱいいっぱいになっちゃって……」

「あー、うん、姉さんにとって大変なことだったんだよね。ごめんね、姉さん」


 私の言葉は言い訳に近かったが、それでも私の気持ちを(おもんばか)ってゆーくんも謝ってくれた。

 お父さんは照れ隠しなのか、無表情で野菜をもりもり食べている。

 あれだけ食べてもらえたら栄養バランスは十分だろう。あとは養生してください。


「それで、僕は専属部下として引き続き一緒に行動することになったわけです」

「なるほどのぅ。であれば、これまでとあまり変わらんじゃろ!」


 お父さんがご飯を頬張りながらそう断言した。

 そうなのかなぁ?

 破壊活動をしろって間違いなく言われると思うけど……。


「物は考えようじゃぞ、好美! 怪人はヒーローと戦ったという事実さえあればええんじゃ!」

「具体的にどうすればいいのか分からないんだけど……」

「ひゃっひゃっひゃ! そこはお主で考えることじゃ!」


 結局、具体的な答えは教えてもらえなかった。

 物は考えよう、か……。

 でも、確かに他の怪人の破壊工作を止めるより、自分で自分の破壊活動を止める方が楽かもしれない。


「ここから好美ちゃんの怪人としての快進撃が始まるってわけだね」

「そういうことじゃ!」

「やだよ! 活躍なんてしないから!」


 破壊活動も何もしないで済むならそれが一番楽なんだけどなぁ……。

 あ、というか、ヒーローと戦うのが私になるじゃん!

 絶対嫌だぁ~!


「戦闘員に戻りたい……」

「無理だね~」

「無理じゃろ」


 私の願いは、篤人さんとお父さんの『無理』の言葉で無残に打ち砕かれた。



--4月23日(日) 19:00--


「ふぅ、久しぶりに気兼ねなく戻ってこれたな……」


 俺、上杉一誠はヒーロー、ライスイデンとしての職務を全うし、久々の充実感を味わっていた。


 今日の戦果は怪人ベノムスクイッドの撃破だ。

 レッドドラゴンに戦果を出してもらうという目標も達成したし、久しぶりにパンデピスの怪人を撃破したという意味でも申し分のない成果だと言える。


 マスメディアへの対応も申し分なしだ。

 ナンバーワンヒーローのレッドドラゴンが直々にコメントしたことで各局とも沸き立っている。

 ライスイデンは引き立て役という評価になっていたが、そんなのは些細なことだ。


 がちゃりと扉が開く音がする。


「お、今日の立役者のお出まし――。おい、どうした?」

「教官、ちょっとお願いがあって……」


 戻ってきたレッドドラゴンこと、飛竜の顔色が暗い。

 今日の戦いで先日の戦いのフラストレーションを発散できたと思ったんだが、別の問題か?


「何だ? 聞くぞ、言ってみろ」

「はい、その~、別の県からヘルプの要請が来ていて、どうにも断りづらくて……」


 飛竜がしどろもどろになりながら説明する。

 飛竜が"断れる"と判断しているなら断っても良い案件のはずだが……。

 "謎の怪人"にこだわっているのは飛竜の個人的な感情だし、後ろめたさがあるのかもしれないな。


 仕方ない。ちょっとは先輩っぽいところを見せておくとするか。


「電話が来てるんだろ? 俺が出る」

「えっ? あ、はい、そうっスけど……」


 備え付けの電話の受話器を取り、代理応答のボタンを押した。

 電話をかけてきているのは福島県の防衛課のようだな。


「こちら新潟のライスイデンだ。レッドドラゴンに出動要請が出ていると聞いたが、何があった?」

「はい、北方で暴れている怪人がなかなか強く、レッドドラゴンにぜひ来ていただきたいのですが……」


 これは組織に属していないと思われる野良怪人の話だな。

 俺にも独自のネットワークがあるから、周りの情報はそれなりに手に入る。


「すまないが、断らせてもらう」

「えっ!? いえ、そう言われましても……」


 こういうのはハッキリ言っておかないとな。

 もちろん、突き放すだけじゃ軋轢を生むからフォローすることも考えてはいるが、まずはこっちの意見の理由を伝えさせてもらおう。


「理由は2つだ。まず、緊急性が無い。その怪人、人里離れた場所に潜伏している奴だろう? 被害が出るような場所じゃないし、準備に時間をかけても問題にはならない。2つ目の理由だが、そもそも別のちょうどいいヒーローがいるはずだ」


 飛竜からの要望だから断る方向で考えてはいたが、わざわざレッドドラゴンに出撃を要請する必要は本当に感じられない。

 こいつら、レッドドラゴンが近くに来ているからって手を抜こうとしてやがるな?


 レッドドラゴンがいるとそれだけで犯罪の抑止力になり得るから、気持ちは分からんではない。

 とは言ってもだ。何でもかんでもレッドドラゴンに頼り切るようじゃ困る。

 力を貸してくれそうなヒーローがいないか、他も当たることくらいはしてもらわないと。


「他に誰かいないか? 例え強い怪人が相手でも、そちらの専属ヒーローといっしょに戦うなら分は悪くないはず。特に、若いやつには名を上げるチャンスを与えてやって欲しい」

「あ、確かに、血気盛んなヒーローに心当たりがあります。分かりました、再検討します!」

「ああ、よろしく頼む! お互いに頑張ろう」

「はい、それでは失礼します」


 ふぅ、思ったより丸く収まったな。

 フォローも必要なさそうだ。


 経験を積んで強いヒーローが一人でも増えたならそれでいい。

 電話の彼もいい判断だと称賛されることになるだろう。

 レッドドラゴンに続くヒーローが出てくることが一番いい事だからな。


 電話の受話器を置くと、飛竜がきらきらした目でこっちを見ていた。


「すげぇ~、まさか断ってくれるとは思わなかったぜ……」

「あのなぁ、何でもかんでも仕事を受けていたら身体が持たんぞ? 任せられるところは任せりゃいい」


 飛竜自身も、今回のことは薄々やらなくてもいい仕事だと感じていたんだろう。

 しかし、自分のこだわりと要請の優先順位に悩んでしまい、断り切れなかったようだ。


「飛竜、お前は年がら年中、一番重要でキツイ戦いを請け負ってるんだ。どっちも重要案件じゃないなら好きな方を選べばいいし、それくらい許されるべきだろう」

「うぐ、ありがとうございます」


 いや、涙ぐむほどか?

 こいつ、思っている以上に疲れてるんじゃないだろうか。

 そのうち温泉にでも連れて行ってやろうかな?


「もうしばらくお世話になります!」

「あぁ、こっちも本当に助かっているよ。特に今日の成果は上々だ。……ってことでだ」

「えっ?」


 飛竜を手招きして別の部屋へと移動する。

 そこには防衛隊員たちが俺たちの到着を待っていた。

 机の上に、所狭しと食材が並べられている。


「今日は焼肉パーティーだ。お前ら、あまり飲み過ぎるなよ?」

「えぇ!? なんスかこれ!?」


 よしよし、驚いているな?

 こっそり準備を進めた甲斐があるってもんだ。


「飲み物はあるな!? かんぱーい!」

「「「かんぱーい!」」」


 お調子者どもが我先にとビールを飲みほし、肉を焼きにかかる。

 飛竜は唖然としていたが、周りの連中から焼肉やビールを渡されて目を白黒させているな。

 酒を勧めるのは構わんが、ほどほどにしておいてくれよ?

 ちなみに俺は下戸だから酒が飲めない。今日はウーロン茶で乾杯だ。


「おっしゃー、教官の分まで飲むぞぉー!」

「「「「うおおおぉおおーーーっ」」」」


 さすが力が有り余っている防衛隊員たちだな。

 騒がしいことこの上ない。


「きょ、教官、聞いてないっすよ!?」

「言ってないからな!」

「こんなに飲めないし!」

「上手く断る訓練だとでも思え!」

「いやいや、そんな無茶なぁ!?」


 怒涛の勢いで迫ってくる隊員たちに飛竜が悲鳴を上げる。

 困惑している姿は年相応の若者と言った感じだ。


「あれ、いいんですかい? 容赦なくやられているようですが」


 隊長がビールと焼肉の取り皿を片手に俺の元へやってきた。

 皿をすっと差し出してくれたので肉を一つだけいただく。


 飛竜の方を見ると謝り倒してビールは回避しているみたいだ。

 あれなら二日酔いにはならないだろう。


「問題ありそうなら助け船を出すつもりだったけど、大丈夫そうだな」

「大切にしてますな。それにしても、周りの連中は二日酔いにならんといいですが……」

「どうだろうな。まぁ、たまにはいいんじゃないか? こういったことも必要だろ?」

「そうですな。たまにはいいでしょうな」


 そう言って隊長と俺は手に持った飲み物を軽く掲げ、口に含んだ。


 俺が情報を得られるのは信頼できる仲間がいるからだ。

 こうやってバカをしながら信頼できる仲間を見つけろよ、飛竜。

 お前にとって、それが絶対にプラスになるから。

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