軍隊? 海賊?
--4月16日(日) 6:30--
気持ち良く晴れた空に、ぷかりと雲が浮かんでいる。
柔らかな陽射しが街に降り注ぎ、陽だまりでは温かさが感じられて心地よい。
心も体も軽やかで、心なしか空気が甘く感じられるような気がした。
今日はすこぶる調子が良く、新聞配達が完了するまでのタイムは最高記録を更新することができた。
いつもより早く帰宅できることに足取りも軽くなる。
組織の事件で気が滅入っていたのだが、午後からのお休みで思った以上にリフレッシュできたようだった。
篤人さんのドライブに付き合い、春の海辺を歩いたり、磯や漁港で小さな魚を見つけたり、約束だったクレープを買ってもらったりしたのだ。
特に怖い夢も見なかったし、篤人さんに感謝である。
お礼は料理でいいだろうか?
「でも、篤人さんの好物ってなんだろう?」
付き合いはそれなりに長いのだが、作った料理は何でもおいしく食べてくれるので逆に好みが分からない。
聞いてもいいのだけれど、たぶん『何でもいいよ』といった答えが返ってくる気がする。
それが一番、困るんだけど。
「おはよう、好美ちゃん!」
「あ、アズマさん、おはようございます」
今日もウィンドブレーカーを着たアズマさんがジョギング中に声を掛けてくれた。
ここ数日、結構会っている気がする。
ラッキーだ。
嫌なこともあれば、良いこともあるものだとつくづく思う。
「何か考え事?」
「あー、えーと、お世話になっている人がいて、お返しに何か料理でも作ろうかと……」
「その言い方だと、好美ちゃん、もしかして料理できるの?」
「はい、できますよ。家庭料理くらいですけど」
私の返答に、アズマさんが妙に感心している。
あ、これは結構ポイントを稼げたのでは?
「そっかー、好美ちゃんは作れる系かー」
「えー? 作れる系って……あはは!」
"〇〇系"という表現が何だかおかしくて笑ってしまう。
チャラい男というイメージが全然ないアズマさんから、そんな言葉が出てくるとは思わなかった。
東京だと普通の表現なのかな?
「その言い方だと、アズマさんは作れない系ですか?」
「いやいや、俺は食べる系だからね」
胸を張って答えているけど、結局お料理は作れないみたい。
これは、いつの日か何かしらの理由を付けて料理をお見舞いせねばなるまい。
「なんだかお腹が空いてきちゃったよ」
「私もです。今日はこの辺りで失礼しますね」
「うん、それじゃな!」
手を振っているアズマさんが朝の光の中へと消えていく。
私もそれに応え、手を振って見送ったあと、再び自宅へと歩き出した。
「あ、篤人さん」
「好美ちゃん、おはよう。思った以上に元気そうで良かったよ」
自宅へ続く上り坂の前で篤人さんの軽トラを見つけた。
今日の篤人さんは安全運転モードのようである。
「もしよければ朝食を食べていきませんか?」
「そうだねぇ、久々にいただこうかな」
篤人さんへのお礼は朝食に決まった。
私もお腹が空いているし、家へと急いで朝食の準備にとりかかろう。
ご飯のついでに、何が好きなのか聞いてみてもいいかもしれない。
今日は、明るい一日になりそうだ。
--4月16日(日) 8:00--
私は今日も秘密結社パンデピスの活動で地下基地へと向かっていた。
篤人さんと一緒に地下エレベーターを降り、まずは戦闘員の姿に着替える。
着替えを終えてカツカツと靴音が響く廊下を歩き、私たちはエントランスへと足を踏み入れた。
「あれ? 見慣れないものがあるね」
「ホントですね」
受付の横に掲示板が増えている。
2人でそれを見てみると、そこには先日あった事件の顛末が書かれていた。
強化スーツ窃盗と、それをきっかけにして発覚した仲間殺しの一件、それと、販売ルートの変更と窃盗の厳罰化についてまとめられている。
アナムジナが犯人ということは書かれているが、どうなったか書かれていないところが恐ろしい。
「ふぅん、警察もなかなかやるね。随分と近くまで嗅ぎつけられていたようだし」
「大丈夫だったんですよね? いきなりヒーローがなだれ込んで来たりしたら……」
逃げ場もないし、どうにもならないだろう。
私は秘密結社パンデピスから離れることを望んではいるものの、私自身がヒーローに討たれ、地下基地を墓穴として埋葬される展開は御免こうむりたい。
「大丈夫、僕は逃げの専門さ。緊急避難もアツトにお任せってね!」
「本当にお願いしますね」
篤人さんがいつもの口上を述べるが、"アツト"の部分はかなり小さな声だ。
周りには受付のお姉さんがいるだけだし、そのお姉さんにも聞き取ることはできなかっただろう。
「ところで、今日の任務は何ですか?」
「あぁ、あの後は僕もすぐ帰ったから何も聞いてないんだよね。受付で聞いてみよっか」
受付のお姉さんに軽く頭を下げ、篤人さんが要件を切り出した。
「今日の作戦に出る怪人と、作戦について知っていたら教えて欲しいんだけど」
「はい、伺っております。今日は怪人【バンディットスネーク】が担当で、お2人には直江継駅の地下基地に集合せよと指令が出ています」
バンディットスネーク……。
私は、名前は聞いたことがある怪人だけど、見たことはない怪人だ。
バンディットという名前からして海に関係ありそうだけど……。
それより、なんで支部の話がこちらにまで来ているのだろうか?
「あのぅ、指令は分かりましたが、現地の戦闘員じゃだめなんですか?」
「それが……。先日の件で、各地の協力者と取り引きの方法を協議することになりまして、そちらの対応に追われているそうです」
各地の協力者、つまり裏社会にいるパンデピス以外の組織のことだ。
彼らとパイプの繋ぎなおしを行っているらしい。
パンデピスは強化スーツを含む危険な代物も扱っていて、それを求める者たちに売買を行っているのだ。
裏取引の相手が居なかったら組織の運営にも支障が出るのである
各地の支部には戦闘員の数も少ないし、本部にヘルプを求められるのも仕方ないのかもしれない。
「分かりました。それでは現地へ向かいます。行こう、戦闘員30号!」
「はい、行ってきますね」
「行ってらっしゃいませ。ご武運を」
受付のお姉さんに見送られて、私たちは今来たばかりの基地を後にした。
しばらくは軽トラで直江継駅の基地へとドライブである。
信濃川に架かった十日前橋を渡り、山を越える道へと入った。
短いトンネルをいくつも潜り抜けて、軽トラは川に沿って作られた道路を滑るように走っていく。
曲がりくねった道路は緑豊かな自然に囲まれている。
目に映るものは葉の生い茂った木々と、まばらに点在する家だけだ。
ごく稀にタヌキっぽい死骸が転がっていたりするので、人間の目に触れていないだけで、たくさんの動物たちが山々の中で息づいているのだろう。
「いやぁ、連日、あそこに行くことになるとはねぇ」
「昨日も船を見たりしましたもんね」
先日の気晴らしで海に向かった時に、直江継港にも立ち寄ったのである。
ぎいぎいと鳴る波止場の漁船の下に、小さな魚が戯れるように泳いでいたのを覚えている。
「それで、篤人さんはバンディットスネークに会ったことあるんですか?」
「僕は1度だけ会ってるんだけど、あれは趣味で怪人やっているタイプだね」
バンディットスネークは趣味人らしい。
どんな趣味が高じれば怪人になろうなんて気になるのかは甚だ疑問だが、それも会えば分かるのだろうか?
「無茶は言わないけど妙なこだわりはあるから、適当に合わせてあげてね」
「? まぁ合わせるのは得意なので、そうしますけど……」
無茶を言わないなら、ゴブリンラットやシザーマンティスより十分やりやすいはず。
まぁ、今後ゴブリンラットは騒がしいだけになるかもしれないが。
妙なこだわりがあるのは怪人にとっての共通事項みたいなものだし、そこまで問題にはならないだろう。
「好美ちゃんがあのノリにどう反応するのか、興味があるね」
なぜだろう、今のひと言で一気に不安になった。
篤人さんが凄く楽しそうにしているし、いったい何が待っているのだろうか?
--4月16日(日) 11:00--
私たちを乗せた軽トラは海沿いの道を南西へと進んでいく。
海へと流れ込む大きな川を通り過ぎれば、もうすぐ目的地の直江継駅だ。
ちなみに直江継駅は、十日前町の駅から電車で来ることができる最終地点の1つである。
私は車移動が多いから乗ったことはないんだけど、一度乗ってみたい気もする。
軽トラは閑静な佇まいの家々をすり抜けて、駅の駐車スペースへと止まった。
直江継駅は線路の数は多いのだが、周りは住宅街なのでお店は少ないし、今は人通りも多くない。
静かで綺麗な駅だ。
「誰もいないみたいだね」
「今なら大丈夫です」
私たちは周りを警戒しながら小さなエレベータに乗り込み、バッジを最下層のボタンにかざした。
動き出したエレベーターは、普通に行ける階より更に下にある秘密の場所へと進んでいく。
太陽の光は遮断されて一気に明るさを失っていく。
やがて視界はボタンが放つ僅かな明かりしかない暗闇に覆われた。
しばし暗闇に囲まれたまま待っていると、ポーンという軽い音と共にエレベーターが止まる。
扉が開き、その隙間から光が溢れてきた。
本部の地下基地と同様に、この基地でもエレベーターが着替え室に直結しているようだ。
明るい室内には試着室が1つだけと、木で作られた長椅子が1つだけある部屋になっている。
「先に着替えちゃってよ。僕はここで待ってるから」
「ここは着替えのスペースが1つだけなんですね」
「複数ある方が珍しいと思うよ。普通、複数人でまとまってやってくることはないからね」
お互いに正体を明かさないことが多いから、確かにスペース1つの方が普通なのかもしれない。
私はお言葉に甘えて先に着替えを済ませると、スペースから出て篤人さんと交代する。
準備が整い、私たちはバッジをかざして基地内部へ続くドアを開けた。
着替え室を出ると、そこはすぐに基地の中心ともいうべき場所になっていた。
「久しぶりに来たなぁ~」
「おぉ……! 思ったより広いんですね」
小さな基地だと思い込んでいた私のイメージは間違っていたようだ。
受け付けなどは無いものの、広さでいえば本部のエントランスよりも広く、そこかしこにあるコンテナが私の背よりも遥かに高くまで積み重ねられている。
貼ってあったラベルを見てみたら、どうやら火薬類が収められているようだ。
他のコンテナにも、何かしらの武装が収められている様子だ。
「何だか軍事施設の倉庫みたい」
「そうだろう、そうだろう!」
私がキョロキョロと周りを見渡していると、コンテナの陰から一人の怪人が姿を現した。
蛇の顔に眼帯をつけ、頭には海賊のキャプテンのような帽子をかぶっている。
サーコートを纏い、腕にはジャラジャラと鎖を巻き付けている。
一目見て、彼が【バンディットスネーク】に間違いないと思った。
「サー! 戦闘員21号、戦闘員30号、到着しました。サー!」
「え? サー??」
篤人さんが敬礼しながらこの怪人に挨拶をした。
何だかよく分からない言葉が頭とお尻にくっついていたような……。
「よく来た、戦闘員21号、戦闘員30号! 俺がバンディットスネークだ! 早速だがお前らの身なりには大変な問題がある! まずはこれを付けろ!」
そう言って何やら布をポイっと渡された。
慌てて受け取り、それを広げてみると、髑髏マークが入っただけの布のようだ。
え、これをどうしろと??
横にいる篤人さんを見てみると、それを頭に結び付けている。
あ、これ、バンダナって奴か!
篤人さんはさっそく装備しており、その頭には髑髏マークを正面に描いたバンダナが巻かれて、あたかも海賊の一員になったかのような姿に変わった。
巻いたことはないけど、普通に結ぶくらいなら……。
「戦闘員30号! 貴様、もしやバンダナの結び方も知らんのか!?」
「えーと、たぶん大丈夫です……」
少々まごついていたら叱責が飛んできた。
普通に返答をしたのだけど、バンディットスネークはお気に召さなかったようだ。
主に言葉遣いが。
「愚か者が! 口を利くときは、最初と最後に"サー"を付けろ!」
「サー!! 大丈夫です! サー!!」
「よしよし、早く結ぶんだ!」
バンディットスネークはこのやり取りに満足している様子だ。
でも、これ、私の記憶が確かなら海賊じゃなくて軍隊の映画に出ていたフレーズだったような……。
ツッコミもいれられず釈然としないまま、私は頭にバンダナを結びつけた。
髑髏マークが少しずれていたのか、篤人さんが横にバンダナをずらして矯正してくれる。
自分で見ることはできないが、海賊っぽさがアップしたはずだ。
「ようやく我が配下の姿となったな! のろまどもめ!」
「サー! 申し訳ありません! サー!」
篤人さんが敬礼をしながらバンディットスネークの罵りにも返答をしている。
篤人さん、割と楽しそうなのは何でなんだろうね?
あー、今日1日、このノリが続くのかぁ……。
私は合わせるだけ合わせることに決めて、ひとまず敬礼だけ返した。
「早速、これからの作戦を伝える! 心して聞け、手下ども!」
「「サー! イエス! サー!」」
これは返答の言葉が読めたので、2人で声を合わせて返事をした。
この後も似たようなやり取りが行われたが、作戦だけを言うと、フェリー乗り場から出る豪華客船を乗っ取り、海の上でヒーローを迎え撃つとのことだった。
これは状況次第で被害者が増えそうだ。
私と篤人さんでどうにかできればいいのだが……。
「作戦開始は12:30からだ! それまでに準備を済ませておけ! では、解散だ!」
「「サー! イエス! サー!」」
最後まで軍隊のノリで篤人さんが敬礼をしたまま固まっている。
私も真似をして敬礼したままだ。
バンディットスネークがその場を去り、私たちは敬礼の腕を降ろした。
「……戦闘員30号、最初にしては上出来だよ。意外と知ってるんだねぇ」
「何となくですけどね」
映画を見たことはないが、テレビ番組で一部の映像は見たことがあるのだ。
タイトルは忘れたけど。
この基地の戦闘員たちって、毎回これに付き合わされているんだろうか?
いや、むしろ本当に軍隊っぽく動いていたりするのかもしれない。
どちらにせよ私はそこまで士気が高いわけでもないし、このノリに長く付き合うのはちょっと疲れる。
「さて、僕ら側の作戦も詰めようか。豪華客船だったとしても沈むかもしれないし」
「ヒーローと怪人の戦いですからね。船の上かぁ……」
クルマごと乗り込める大きな客船だという話だし、必然的に巻き込まれる一般人も多くなる。
私は泳ぎが特別うまいわけではないし、たとえ泳ぎが得意でもたくさんの人を助けるのは無理だ。
救助船を準備するか、最低でもライフジャケットを投げ渡すくらいしないと助けられないだろう。
「どっちにしても船が無いと難しいですよね……」
「パンデピスが所持している船はいくつかあるから、それを使うことはできると思うよ」
「え、そんなものあるんですか?」
「少しは、ね。じゃないと運搬に困ることもあるから」
意外だが、どうやら大きめの船もあるらしい。
新潟は海にも面しているが、まさかパンデピスは国外との密輸もやっているのだろうか?
「うーん、でも、篤人さんも船までは運転できないですよね?」
船があることは分かったが、使用できなければ意味はない。
私はため息をついて別の案を考えようとしたのだが……。
「できるよ。ほら、免許も持ってきてるし」
「そ、そうなんだ……」
できるんだ……。
篤人さんが、操船の免許を自慢げに見せつけてくる。
なんでそんなもの取ったのか分からないけど、運転は可能なようだ。
「僕は港から距離をあけて追いかけることにするよ。これを打ち上げてくれたら助けに向かうから」
そう言って、手榴弾っぽいものを私に渡してきた。
これは恐らく信号弾というやつだろう。
「ピンを抜いて5秒後に光が出るから、空に向かって投げてね」
「分かりました。預かっておきますね」
やっぱり信号弾だった。
私は専用の入れ物に入った信号弾を受け取り、紐でベルトに巻き付けておく。
この信号弾のピンはしっかり引かないと抜けないので、多少の無茶をしても暴発はしないだろう。
「そんなわけで、軍隊の続きをよろしく」
「あー、そうだった……」
私がバンディットスネークと共に行動するので、あのノリが続くことになる。
それが嫌だからといって、私が篤人さんのポジションに入ることもできない。
どうやら軍人ロールプレイを頑張るしかなさそうだ。
「さて、お昼ご飯にしようか。ちなみに、バンディットスネークはレーションを食べるようだよ」
「そんな情報、いらないですよ」
何だか貧乏くじを引いた気分なので、篤人さんのトリビアを一蹴した。
それにしても、レーションも軍隊の食べ物である。
海賊+軍隊ならば、食べるべきはカレーじゃないだろうか?
--4月16日(日) 12:30--
作戦開始の時間になり、私たちはバンディットスネークと一緒に歩いていた。
彼は私たちを連れて地下基地のより奥へ奥へと進んでいく。
しばらく進むと、やがて基地の床や壁がトンネルのような雰囲気に変わっていく。
更に奥へ進むと巨大なクレーンや金属の板、そして作りかけの船が並ぶ造船所が現れた。
更に更に奥へと進むと、今度は巨大な金属の扉が現れた。
「この先に我が船がある! 行くぞ!」
「サー! イエス! サー!」
バンディットスネークが扉の横にある機材にバッジをかざすと、巨大な金属の扉がゆっくり左右の壁に吸い込まれるように開いていく。
まず気づいたのは扉の中から漏れ出てくる磯の香りだった。
そして次第に見えてきたのはオレンジ色のライトに照らされてきらきら輝く海面と、その上に堂々と鎮座する海賊船だった。
想像以上に立派な船だったので、思わずポカンとしてしまった。
「ははは! 驚いたようだな! これが我が船、【シー・ドレッド号】だ!」
バンディットスネークが両手を広げて船を称える。
軍艦とかではなく、髑髏の旗を掲げて帆を張る姿は、まさにステレオタイプの海賊船だった。
時代錯誤な見た目の砲台と、ロープ付きの銛を発射する捕鯨砲もくっついている。
篤人さんがバンディットスネークを趣味人と言ったのがよく分かった。
「戦闘員21号、お前に操船を任せる!」
「サー! お任せください! サー!」
呆然としていた私をよそに、篤人さんがてきぱきと準備を進めた。
私たちがくぐってきた金属の扉を閉め、何かコンソールを操作すると上から海水が流れ込んでくる。
上を見上げると、どこまで続いているのか分からない吹き抜けのコンクリートの壁になっている。
ところどころにフジツボがくっついているところを見る限り、この場所は海水で満たし、船を上へと移動させるためにあるのだろう。
やがてコンクリートの壁のところどころにある巨大なパイプが海水を注ぎ始めた。
私たちのいる場所の足場も徐々に海水に満たされていく。
何とも大掛かりな仕掛けだ。
パンデピスって中小規模の秘密結社じゃなかったっけ?
「戦闘員30号! 見惚れる気持ちは分かるが、そろそろ船に向かうぞ!」
「あっ、はい……じゃなくて、サー! イエス! サー!」
少しポカをしてしまったが、バンディットスネークはむしろ気分を良くしたのか、満足げに頷くと海賊船へと乗り込んでいった。
篤人さんが全ての操作を終えて戻ってきたので、私たちも海賊船に乗り込んでいく。
「この船があるなら貨物船は必要なさそうだね」
「この船、篤人さんだけで動かせるんですか?」
明らかに帆船なので運用には人手がいるんじゃなかろうか?
私、帆の張り方すら知らないんですけど。
「大丈夫、エンジンとモータージェットがあるからね。僕くらいになると見れば分かるのさ!」
「あ、そうですか」
見た目は古き良き時代の海賊船だが、中身は近代的な船っぽい。
雰囲気だけの海賊船なのは残念な気がするが、運用面を考えるとそこまで拘れなかったのだろう。
海賊船の甲板に上ると海水の流入は勢いを増した。
だんだんと嵩を増していく海水が船を上へ上へと押し上げていく。
ふと気が付くと頭上から太陽の光が差し込み、少しずつ明るくなってきた。
海水の増加が止まり、左右を透明なガラスで囲まれた小さな通路のような場所へと到着した。
明るさからして、私たちは今、海面すれすれの位置にいるようだ。
「ほんの少し水を被るぞ」
「えっ!?」
私は嫌な予感がして、慌てて甲板の縁を握りしめた。
次の瞬間、天井の壁が開き、頭上に存在していた海水が私たちを直撃する。
「ぶへぇ!?」
「ははは! 流されずに済んだのは見事だぞ、戦闘員30号!」
何とか海水の濁流に耐えた私を、バンディットスネークが賞賛する。
こういうのは最初に言って欲しい。
ちなみに篤人さんは色々と察してきっちり船内に退避済みだった。
みんな、なんで教えてくれないんだよぅ!
船は海水を被ったものの無事で、今は正真正銘の海上に浮かんでいた。
広い海と青い空に囲まれ、潮騒と共に海鳥たちの鳴く声が聞こえてくる。
「12時の方向にターゲットを確認!」
「ほぅ、時間通りか。向こうの船も優秀だな」
浮上した先に、ちょうど豪華客船がやってきたようだ。
既に目視できる距離まで迫っている。
相手も、突如現れた海賊船にびっくりしているに違いない。
「風は追い風! サー、ご命令を!」
篤人さんが館内放送を使ってバンディットスネークに指示を仰ぐ。
船長であるバンディットスネークから号令が飛んだ。
「よし、接敵開始! 戦闘員21号には先ほど言ったとおりシー・ドレッド号の操舵を任せる! 戦闘員30号、お前はあの船の操舵室を抑えるのだ! 総員、配置につけ!」
「「サー! イエス! サー!」」
私に下された命令は実質的な船の乗っ取りだった。
私が船員さんたちを脅して船を操作させるのか……。
申し訳なさで気が滅入りかけるが、よく考えるとこっそり人命救助するにはやりやすいかもしれない。
下手に被害が拡大しないように、私がうまく舵を取らないと。
「ヒーローが来たら私が甲板で戦う! 乗り込むぞ!」
「「サー! イエス! サー!」」
篤人さんが海賊船を一気に豪華客船へと近づけていき、私とバンディットスネークはすれ違いざまに客船に飛び乗った。
そのついでに、篤人さんが作った特製の手榴弾を2つ、3つと放り込んでいく。
ドカンッ! ドカッ! ドォン!!
それらの手榴弾が爆発して、無駄に激しい音と煙を発生させた。
威力がわざと押さえられた爆弾なので実被害は出ないが、客船側に非常事態を印象付けるには十分だろう。
そこかしこから悲鳴がこだまし、船全体が慌ただしくなっていく。
「ははは! 我こそは怪人バンディットスネーク! この船は俺がいただいた!」
バンディットスネークが高らかに声を上げ、船はより騒がしさを増していく。
乗客の注意がそちらに集中する隙に、私は甲板を駆け抜けてすぐさま操舵室へと駆け出した。
操舵室は最上階の出っ張っている場所だから分かりやすい。
私はドアを開けて室内へと乗り込み、レーザーガンを構えて威嚇の体勢を取った。
「動くな! 私たちは秘密結社パンデピスです。無駄な抵抗はしないでください!」
部屋の中を見ると、すこし恰幅の良い男と、若い男、そして椅子に座っている男が目に映る。
恰幅の良い男と若い男は静かに両手を上げて抵抗の意志がないことを示した。
しかし、そんな中、よく見ると最後の1人は椅子に座って寝ているようだ。
周りには空き缶やら酒瓶が転がっていて、グースカといびきをかいている。
……職務中じゃないのだろうか?
「船長! 起きてください!」
若い男は作業用の服を纏っているが、エンジニアだろうか?
彼が必死に船長を起こそうとしている。
そして、どうやら眠ってるのが船長らしい。
緊急事態の大騒ぎでも目を覚まさないとか、いろいろと問題がある気がする。
この船、この船長で大丈夫だろうか?
「もういい、眠らせておいてくれ」
若い男に声を掛けて、恰幅の良い男が一歩前に進み出た。
両手を上げたまま、私のレーザーガンの照準から他の2人を庇うように立ち位置を変える。
この人は軍服っぽい服装をしているし、作業員ではなさそうだ。
「私はこの船の副船長を務めさせてもらっている。私が話を聞こう」
恰幅の良い男は自らを副船長だと名乗った。
あの船長は起こしたら面倒くさいことになる気がするので、ひとまず放っておこう。
副船長の申し出をありがたく受けさせてもらうことにした。
「船内放送をしたいのですが……」
「分かりました。こちらへどうぞ」
副船長が操舵室のマイクのスイッチを入れた。
私はマイクに近づき、まずは船内にいる人たちが迂闊な行動を取らないように言葉を掛ける。
『ご搭乗の皆さま、ごきげんよう。この船は秘密結社パンデピスのバンディットスネーク様が占拠しました。ケガをしたくなければ大人しく船内で待機し、ヒーローが負ける様を見ていてください』
とりあえず、こんな感じでどうだろう?
ヒーローが来てくれることを言っておけばイチかバチかの脱出をする気は収まるはずだ。
バンディットスネークにも私が味方であることをアピールできているし、お咎めは出ないだろう。
「しばらくじっとしていてもらいます」
私はマイクのスイッチを切ると部屋の出口付近に移動した。
レーザーガンを上に向けて攻撃する意志がないことを示すと、少しだけ室内の緊張感が薄まった気がする。
「来たな! ライスイデン!」
バンディットスネークが大声を発した。
誰かが即座に通報していたのだろうか、予想よりも遥かに早い到着である。
空を見上げれば、モクモクと立ち上る煙の隙間にその姿を見つけた。
バックパック式のヒーロー用ジェット機を背負ったライスイデンが、白い雲の軌跡を描きながら一直線にこちらへと向かってくる。
バックパックを脱ぎ捨てたライスイデンが船の甲板に着地すると歓声が沸き起こったのが聞こえた。
対峙したライスイデンとバンディットスネークが、共に構えを取る。
「よく来たな! 俺は怪人バンディットスネーク! 貴様を打ち倒し、海の底へと沈めてやろう!」
「バンディットスネーク! お前の横暴もここまでだ! 行くぞ!」
そう言うや否や、互いが一気に距離を詰めていく。
操舵室のガラス越しに甲板で2つの影が交錯し、一拍遅れて音が衝撃波となってガラスを揺らした。
そのまま格闘技の応酬が始まり、拳が空を切る音や、受け止めた時の衝撃音が断続的に響き渡る。
「ここだ!」
「ぐぬぅ!?」
何度かの攻防の後、最初に強烈な一撃を加えたのはライスイデンの方だった。
一瞬の隙を突いたライスイデンの拳がバンディットスネークの鳩尾を捉えた。
クリーンヒットを受けたバンディットスネークがたまらずに後退する。
「なかなかやるな……! だが、これならどうかな?」
バンディットスネークがコートを脱ぎ捨てると、身体中に鎖が巻き付いているのが見える。
腕を腕を上げると、巻き付けていた鎖が生き物のように動き出した。
その鎖の先端には三角錐の形をした分銅みたいなものがくっついており、勝手にドリルのように回転している。
あれがバンディットスネークの特殊能力みたいだ。
「喰らえ! 【メタル・スネイク】!」
目にも止まらぬ速さで鎖が動き、ライスイデンへと迫る。
ライスイデンが横っ飛びで何とかそれを躱すと、鎖はライスイデンがいた甲板をやすやすと貫いた。
「くっ!?」
「よく躱したな! だが、まだまだ行くぞ!」
受け身を取ったライスイデンに、バンディットスネークの反対側の手から放たれた鎖が飛んでくる。
ライスイデンが再びそれを避けたところにバンディットスネークが突っ込んでいった。
掃除機のコード収納のように鎖を回収しながら、その反動でキックを放つ。
「ふんっ!」
「なにっ!? ぐあぁっ!」
その動きを読み切れなかったライスイデンが、一撃を受けて弾き飛ばされた。
バンディットスネークが更なる追撃を放とうと腕を上げる。
私はそれをじっと見ていたのだが……。
「まずいです、副船長! ガスタンクに穴が!」
操舵室にいた若い船員が慌てて声を発した。
先ほどの鎖が刺さった位置がかなりまずい場所だったらしい。
私と副船長が船員の指し示す方向を見た瞬間、『ドカン』という音と共に船が揺れた。
乗客の叫び声が聞こえ、再び船が喧噪に包まれた。
どこかで延焼しているのか、モクモクと黒い煙が立ち上っている。
「むぅ、深く抉り過ぎたか……」
バランスを崩したバンディットスネークが出したままだった鎖を引っ込める。
先端部分にあった三角錐は爆発によって吹き飛んでしまったようだ。
「こっちだ、バンディットスネーク!」
「不意打ちすれば良いものを、わざわざ声を掛けるとは律儀な奴だ!」
一気に距離を詰めたライスイデンが、近距離での格闘を仕掛けていく。
鎖の一部を失ったバンディットスネークもそれに付き合うことに決めたらしく、再び2つの影が交錯した。
攻防による衝撃音が再び船を揺らす。
「延焼の様子は?」
「まだ沈むほどではありませんが、煙が充満している可能性があります」
「黒い煙を吸い込んだら窒息の危険があるか……」
操舵室の中では副船長と船員が話し合っていた。
その様子を見る感じだと、乗客がこのまま船内に留まっているのは危険かもしれない。
若い船員が苦虫をかみつぶしたような表情で唸っている。
たぶん私が邪魔になって行動しようと思ってもできないのだろう。
それなら話は早い。
「人質は代表者だけで構いません。乗客、逃がした方がいいんですよね?」
「……宜しいので?」
「私も一緒についていくことが条件です」
まぁ、本当は代表者すら要らないんだけどね。
全員逃がしたら私が疑われるので、保身のためにある程度付き合ってもらいたいだけである。
決着が着いたら逃げてもらうつもりなので、それまでは私が守らないといけない。
「それでは乗客を逃がすための救命ボートを出します。私たちについて来てください」
「救命胴衣は?」
「すでに船員たちが動いて渡して回っているはずです」
船員たちはただ船内にいたわけじゃなくて、脱出準備は既に終わらせてくれているらしい。
時間を有効活用しているのは素直に感心する。
どうせなら私も少しだけ手伝っておこうと、私は船内放送のスイッチを入れた。
『船内の皆さま、ごきげんよう。この船はバンディットスネーク様が思い切り暴れるには少々脆いようです。救命ボートを使うことを許可するので、見学はボートの上で行ってください』
よし、これでオッケー!
これで避難も進むだろうし、私が乗客の目の前に現れても落ち着いて行動してくれるはずだ。
私はレーザーガンをホルスターにしまうと、副船長たちと共に操舵室を飛び出した。
外に出てまず目に入ったのは、思った以上に濃い黒い煙が立ち上っている様子だった。
焦げ臭さに鼻の奥がひりつき、目に痛みが奔る。
船の縁から下を見ると、既に救命ボートに乗客が乗り込んでいくのが見えた。
船員が大声を張り上げながら避難誘導を行っている。
「乗客が乗り込んだらクレーンで下に降ろします。私たちはあちらに向かいましょう」
私たちが向かう個所は1つ下の階に備え付けられている救命ボートだ。
そこには船員が付いていないようだが、一列に並んで迅速に乗り込んでいて、もう脱出できそうなところまで来ている。
誰がどこに乗るかまで決めて、整列まで済ませていなければここまで迅速な行動はできないだろう。
数百人はいるはずなのに、手際が完璧すぎて脱帽するしかない。
「よかった! 無事だった!」
若い船員が不意に呟いた。
その視線の先に、2人のお子さんを連れた女性の姿がある。
察するに、彼の家族なのだろう。
向こうも船員の姿に気付き、笑顔を見せている。
「君は一緒に脱出したまえ」
「副船長!? いえ、そんなことできません!」
「人質は私だけで十分でしょう?」
副船長から話を振られて、私は頷いた。
ここでダメとは言えないし、言うつもりもない。
家族が離れ離れなんて嫌だもんね。
副船長は拒んだ船員を強引に救命ボートに乗せると、そのドアを閉めた。
「救命ボートを降ろします! 揺れますので喋らないようにしてください!」
副船長が声を張り上げ、クレーンを操作した。
滑車が動き、ロープに支えられた救命ボートが海面に向かって動き出す。
これで、また少し脱出が完了した。
……はずだったのだが、そこに突然の衝撃が奔った。
バンディットスネークの放った鎖が突然現れて、ゴウンという衝撃音とともに、ケーブルを支えていた滑車を破壊したのである。
「そんなっ!?」
副船長は驚愕と後悔が入り混じった声を発した。
先ほどボートに乗せた若い船員のことを思っているのだろう。
もし、救命ボートがひっくり返ったまま海面に叩きつけられたら命を失う危険性が高い。
滑車部分がべきべきと音を立ててひび割れていき、やがて完全に折れて救命ボートが支えを失った。
一瞬だけ、救命ボートが重力に引かれて自由落下を始める。
でも、今ならまだ間に合うはず!
「ふんっ!!」
私は目の前にあった救命ボートの真ん中をがっしりと掴んだ。
天井部分に張ってあった布の部分をひっつかみ、怪人+強化スーツの力で無理やり船に繋ぎとめる。
重みに耐えかねたデッキの手すりが嫌な音を立ててひしゃげ、掴んでいる布もビリビリと引き裂かれたが、何とか踏みとどまることができたようだ。
「うわわわ……き、切れるぅ……」
でも、これをずっと持っているわけにはいかなそうだ。
支えるだけなら今の私のパワーでもどうにかなるが、今にも諸々が壊れてしまいそうだった。
「これを持って、下に降ろしてください」
どうしようかと考えていると、副船長が救命ボートを支えていた2本のケーブルを持ってきてくれた。
壊れたのは滑車だけなので、まだケーブル自体は千切れておらず、船本体とくっついたままだ。
私は『せーの』でロープを掴みなおして、水平になるようにケーブルの長さを調節した。
これでケーブルを掴む力を弱くすれば重力によって救命ボートが下へ向かい、掴む力を強くすれば止めることができる。
私はケーブルを握る力を調節して、ゆっくりと救命ボートを海上に降ろしていく。
何度か衝撃波あったと思うが、たぶん重傷者までは出さないで済ませることができたと思う。
救命ボートが海面に着くと、エンジン音を響かせて無事に豪華客船から遠ざかっていった。
何とかなって良かったぁ……!
「ありがとうございます。助かりました」
救命ボートの無事を確認した副船長が敬礼のポーズを取ったので、私も敬礼のポーズを返した。
調子に乗りすぎかなと思うけど、どうせ今日一日は軍隊ごっこしていたのだから良いだろう。
「残るは私と船長だけですが、人質としては十分でしょう?」
「あぁ、船長さんもいましたね」
すっかり忘れていたよ。
まだ寝てるのかな?
「それなら、人質は船長さんだけでいいですよ」
最後の1つに副船長も乗って脱出したらどうかと言外に伝えたのだが、副船長は首を振った。
それを見て、私は自分の気持ちを正直に伝えることにした。
「さっきから思っていたんですけど、あの船長さん、要らなくないですか? ただの酔っ払いですよね?」
船員さんたちは非常に優秀だと思うが、船長さんは逆に問題外の域だと思う。
あの人、なんで船長をやれているんだろうか?
「ただの酔っ払いなら、乗客と同じです。助けた後で、最後に船を降りるのが責任者の務めです」
恰幅の良い男は懐も大きかったようだ。
これ以上の気遣いは不要だろう。
私たちは最後の救命ボートを海上に降ろした。
これでよし!
「それでは操舵室に戻りましょうか」
「いえ、その前に……」
副船長が気を付けの姿勢になり、ゆっくりと帽子を外した。
真剣な眼差しで私を見つめる。
拭きつける風が煙を洗い流し、彼の短く切りそろえられた髪を小さく揺らした。
「この度はご協力いただき、感謝いたします。貴方のおかげで死者を出さずに済みそうです」
その様子に、私はその先にある言葉を何となく察した。
嬉しいと思う反面、それは受け取ることができないものである。
「貴方は被害者を減らそうとしているのでしょう? もしよろしければ、私を貴方の協力者として……」
「お断りします」
私が断ると、副船長は少し驚いたような顔を見せた。
でも、私にとっては当たり前だ。
『良い人』を秘密結社パンデピスに関わらせて犯罪者に変えてしまうつもりは無い。
この副船長ほどの人であれば尚更だ。
「嬉しいですが、協力者なら間に合っています。パンデピスのことは私に任せてください」
断った私を見て、副船長はホッとしたような、それでいて少し残念そうな笑みを浮かべた。
ほんの少ししか一緒に居なかったけど、私のことを大切に思ってくれていると思う。
もし篤人さんがいなかったら、彼が私のパートナーになっていたのかもしれない。
「さぁ、人質は人質らしく、大人しく言うことを聞いてください。操舵室に戻りますよ」
「承知いたしました。……改めて、ありがとうございます」
私は何も聞いていない。
自ら秘密結社に協力を申し出た男など、ここにはいない。
副船長を伴い、私は戦いが続く甲板からの流れ弾に注意しながら操舵室へと戻った。
--4月16日(日) 13:15--
「おい、どうなってるんだ!?」
操舵室に入るなり、大声が響いた。
船長が今さら目を覚ましたらしい。
「はい、現在この船は秘密結社パンデピスに占拠されています。怪人とヒーローの戦いにより船内で火災が発生し、救命ボートを使って乗客を退避させました。この船に残っているのは私と船長だけです」
大声を上げた船長に淀みない説明を行い、副船長が私の方を軽く見る。
まだ酔っているのか、寝起きでぼんやりしているのか、船長は私を見るとツカツカと近づいてきた。
そのまま、私の胸倉を掴む。
「お前が俺の船をメチャメチャにしやがったのか!?」
「そうですが?」
厳密には私じゃないんだけど、秘密結社パンデピスの一員としてやったことだし、頷いておく。
私のあっけらかんとした物言いに、船長は目を血走らせて睨みつけてきた。
「どう責任取るつもりだ!?」
「ヒーローが勝ったら、死んで責任を取ることになるかもしれませんね」
あ、これ、私の背が小さいからバカにしているな。
正直、全然怖くないんだよなぁ。
あまり押し問答するのも面倒だし、私はこの人が嫌いなので悪人らしく振舞うことに決めた。
船長の腕を掴み、そのまま軽く投げ飛ばす。
「うぉおおお!? ぐへぇ!!」
地面に背中から叩きつけられた船長が、カエルが潰れたような声を上げた。
ちゃんと手加減はしているので大怪我はしていないが、力の差ははっきりと認識できたことだろう。
「改めて、秘密結社パンデピスです。この船を舞台にバンディットスネーク様がライスイデンと戦っていますので、決着が着くまで待っていてください」
「ば、化け物……」
さっきまでの威勢は鳴りを潜め、船長は副船長のところまで後ずさりしていく。
さすがにもう私に突っかかってくる気は起きないだろう。
甲板での戦いも佳境に入り、もうすぐ決着が着きそうだ。
片方の鎖の先端がガス爆発で吹っ飛んだこともあり、ライスイデンがかなり優勢になっている。
今回は目撃者がいる状況だし、"謎の怪人"として助けに入ることはできない。
無情だが、ただ決着が着くまで待つつもりだ。
「おい、救命ボートを出せ!」
「すでに全て出た後です」
「何だと!? それじゃ俺はどこから逃げりゃいいんだ!?」
「近くの救助船が助けてくれるでしょう。救命胴衣を着てお待ちください」
操舵室の中も、船長が起きてからは何かと騒がしい。
まぁ、これが普通の反応なのかもしれないが、副船長をはじめとする船員たちが凄かったので、その落差で船長の醜態が際立ってしまっている。
「救命イカダが残っているだろうが!」
「あんな煙が充満したところに行くのは危険です。待っていた方が安全です」
「うるせぇ! お前が取ってこい!」
「無茶です。落ち着いてください、船長」
船長の言動は、まるでわがままな子供だ。
ライスイデンが勝ったら救助されるだろうし、大人しくしてくれればいいだけなのだが。
何ならもう一回、私が黙らせた方がいいだろうか?
「てめぇ、何とかしろよ! この、役立たずが!」
……役立たず?
黙って聞いていたが、この暴言にはカチンときた。
船長と副船長、役に立っていなかったのがどっちかなんて火を見るよりも明らかだ。
それに、副船長は船長を助けるために船内に残ったのである。
仕事中に酒を飲むは、役に立たないは、暴言を吐くは……!
言いたいことはたくさんあるが、何かしてやらねば気が済まない。
こいつ、どうしてくれようか……!
少し考えて、私は船内放送のスイッチを入れた。
船長の暴言と、それを諫める副船長の会話が甲板を含めた船内に響く。
『ずっとこんなところに居ろっていうのか? あぁ!?』
『船内は煙が充満していて危険です。今はここが一番安全です』
『命乞いでも何でもして、どうにかして来い!』
『今、出て行ったらライスイデンの邪魔になるだけです。大人しく待つべきです』
よしよし、これならライスイデンの耳にも届いているはずだ。
激昂している船長は気づいていないっぽいし、好都合だ。
さて、いたずらの1つでも仕掛けてみよう。今日は遠慮しないからね!
「船長、助かりたいですか?」
副船長につかみかかっていた船長が、その手を放して私の方を向いた。
逃げられるように距離を取りつつも、面と向かって話をするところはプライドの顕れだろうか?
「場合によっては助けられますけど」
「な、なんだぁ!? 悪人には屈しねぇぞ!!」
交換条件でも出されると思ったのか、精一杯強がって牽制してくる。
その気持ちが続くなら見直すかもしれないんだけどな。
「ふっふっふ、貴方はどちらかというと秘密結社側に適性がありそうです。どうですか? 秘密結社パンデピスの一員になってみませんか?」
「な、お、俺が? パンデピスの……」
予想外の言葉を掛けられた船長が狼狽している。
副船長は……たぶん船内放送にも私の真意にも気づいていることだろう。
ひとまずは黙って聞くことにしたようだ。
「……仲間になったら、助けてくれるんだよな?」
「もちろん。何なら船をあてがってもらえないか、私がバンディットスネーク様に進言しますよ」
船長は沈黙して目を泳がせていたが、やがてニヤリと笑うと私の方に近づいてきた。
その顔は覚悟を決めたというよりは卑屈さを滲ませるものだった。
「へへへ、そりゃいいな……わかったぜ。喜んでパンデピスの一員になってやろうじゃねえか!」
さっきまで悪人には屈しないとか言っていたのに、これである。
計算通りではあるんだけど、もう少し高潔な意志というものを持っていて欲しかったとも思う。
「さて、それじゃ目撃者には消えてもらわないといけませんね」
私はレーザーガンを取り出し、スイッチを弄って電流モードに切り替えた。
これを撃つと相手を電気でスタンさせることができるが、相手を死なせることはほとんど無い。
その調整済みレーザーガンを船長に渡した。
「貴方が殺してください。できますね?」
「へ、へへへ、仕方ねぇな……」
もしパンデピスの一員になると言ったのが演技だったとしたら中々の役者だったのだけど……。
残念ながら私の最後の期待に、船長は応えてくれなかった。
彼は突然振り向いて私を攻撃する、といったことをすることもなく、副船長に銃口を向けた。
「悪りぃな、お前は運が無かったんだ」
「船長……」
ごめんなさい、副船長さん。
ちょっとビリビリすると思うけど、命に別状はないから……。
船長が引き金を引いてビームが発射された。
……と同時に、バリィン! という音が真後ろから鳴り響いた。
窓ガラスがはじけ飛び、ライスイデンが船内に飛び込んでくる。
そして窓のフレームを足場にしてビームの射線に割り込むと、船長が発射した電流を右腕で受け止めた。
目にも止まらぬ、一瞬の早業である。
「死なせはしない! 彼こそ、この船の本物のヒーローだからだ! お前は、俺が相手だ!」
「あっ、右腕……!?」
やばい、と思った時にはもう遅かった。
帯電した右腕を振り上げて、ライスイデンが私に向かって一直線に飛び掛かってきた。
痺れも何もない、ライスイデンにとって右腕に電気を纏うのはパワーアップに他ならないのである。
「く、昏き力よ――」
ダメだ、全く間に合わない。
そもそもライスイデンの目の前で"謎の怪人"に変身するわけにもいかない。
だからといって、人間形態で雷を纏った一撃を受けて無事で済むとも思えない。
……仕方ない、死ぬよりはマシだ。
私はせめて顔は見せまいと、ライスイデンに背中を向けた。
そして、そのまま怪人化を行う。
「はああああっ!!」
「ぐえっ!!」
痛い! すっごく痛い!
背中に拳がめり込んで激痛が走り、空気が強制的に肺の外まで押し出される。
さっきの船長と同じく潰れたカエルのような声を発して、私は甲板まで弾き飛ばされてしまった。
ああ、でも、何とか生きている!
ごろごろと転がりながら私は怪人化を解除した。
怪人化は一瞬だけだったし、バンダナやマスクもしているし、たぶんバレていないはずだ。
「戦闘員30号、お前、一瞬ヒゲが生えていなかったか?」
意識の反対側から声を掛けられてビクッとしてしまった。
そうだった、バンディットスネークがいたんだった。
彼に、怪人化した私の姿を一瞬見られてしまったらしい。
誤魔化せるかな……?
「サー! 気のせいであります! サー!」
「はっはっは! こんな見間違いをするとはな! しかし、残念ながら視界がブレているのは夢や見間違いではないらしい」
かなりのダメージを負っていることが幸いし、何とか納得してもらえたみたいだ。
座り込んでいたバンディットスネークがふらりと立ち上がると、操舵室から飛び出してきたライスイデンが私たちの前に着地した。
船長から取り上げたであろうレーザーガンを握りつぶすと、改めて構えを取った。
「ライスイデン! 俺を放って行くとは、ずいぶんと舐めた真似をしてくれたな!」
「俺が戦うのは人々の平和を守るためだ! 喧嘩に勝つことが目的ではない!」
お互いに啖呵を切った後、バンディットスネークが私を守るように前に出た。
そしてボロボロになった鎖を纏い、キャプテンハットをかぶりなおした。
「最後の命令だ。俺がしばらくヤツを抑える。お前は逃げ切れよ」
小さく最後の命令が聞こえた。
それを聞いた私の答えは……。
「サー……ノー! サー!」
私は篤人さんから貰った信号弾を空に向かって投げた。
激しい光が船と黒煙を照らし、遠くに待機していた篤人さんへと合図を送る。
「2人で逃げましょう! バンディットスネーク様!」
次の瞬間に遠くから風切り音が聞こえ、捕鯨用の銛がフェリーの甲板に突き刺さった。
その銛は遠くにいる海賊船シー・ドレッド号と、私たちのいるフェリーを細い鎖で繋いでいる。
バンディットスネークは私たちの意図を瞬時に理解したらしく、声を上げて笑い出した。
「はっはっは! 見事だ、戦闘員30号! そして、戦闘員21号! 退却するぞ!」
そう言うや否や、バンディットスネークは私を小脇に抱えて銛の元へと駆け出した。
ライスイデンが迫ってくるが、半壊した鎖で振り払い、バンディットスネークが銛の鎖を掴む。
篤人さんも様子を見ていたようで、シー・ドレッド号は一気に鎖を巻き取り始めた。
更にバンディットスネークの能力が鎖の回収を手助けし、一気に豪華客船から遠ざかっていく。
「勝負は預けておくぞ、ライスイデン!」
「くそ、逃がしたか!」
悔しがるライスイデンが見る見るうちに遠くなっていく。
ほんの数秒で、私たちはシー・ドレッド号に辿り着いた。
シー・ドレッド号は既にフェリーから離れる航路を取っており、今からライスイデンが追いつくには厳しい距離と言えるだろう。
「お帰り、戦闘員30号。バンディットスネーク様も、よくご無事で」
「よくやった戦闘員21号! 退却だ!」
「「サー! イエス! サー!」」
篤人さんが海賊船の周りに煙幕を焚き、集まってきていた防衛課の船に目くらましを浴びせた。
そして岩礁で囲まれた場所へと進むと、篤人さんが岩礁の一部にバッジをかざして戻ってくる。
「それじゃ、落ちるから掴まってね」
「へっ? 落ちる??」
やがて海が割れて秘密の通路が現れ、本当に海賊船は海水と共に下へと落ちた。
船の高さ分くらいの落下だったのだが、かなりの衝撃である。
私は落ちた衝撃と、遅れて降ってきた海水にうたれて甲板に倒れこんだ。
「あの、もう少し穏やかな着水はできなんですか?」
「時間があったらできるけど、今は我慢してよ」
「はっはっは! 慣れれば楽しいものだぞ!」
バンディットスネークも座って休んでいることで多少の余裕が出てきたようだ。
着水後は四方をコンクリートで囲まれた通路へと入り、私たちは無事に地下へ戻ることに成功した。
--4月16日(日) 15:30--
「お前たち、ここに留まる気は無いか?」
直江継の地下基地へと戻った私たちは、バンディットスネークの号令で作戦終了を伝えられた。
その直後に言われた言葉がこれである。
今回の作戦で、私たちはバンディットスネークにとって想定以上の働きをしたと評価されたようだ。
「すみません、僕たちも潜んで生活していますから、ここに移るのは難しいんです」
「ふっ、そうか、残念だが仕方ないな」
本当に残念そうに、バンディットスネークは目を閉じた。
だが、軍隊だか海賊だか分からないこの怪人は、しみったれた雰囲気を吹き飛ばすように大声を発した。
「はっはっは! もし本部を追い出されるようなことがあったらいつでも訪ねてこい! 俺が面倒を見てやる! まぁ、そんなことにはならんと思うがな!」
「はい、ありがとうございます。サー!」
ビシッと敬礼を決めた私たちに、初めてバンディットスネークが敬礼を返した。
それを別れの挨拶として、バンディットスネークはサーコートを翻して基地の奥へと消えていった。
これで、この場所での私たちの任務は完了だ。
私たちは着替えを済ませ、駅のエレベーターから地上へと戻った。
篤人さんの軽トラに乗り込んで、一路、十日前町市へと向かう。
クルマの中ではお互いがどう行動していたかの話になった。
篤人さんは一度、追っ手を引き連れて沖へと出てから戻ってきたようだ。
私は船に乗り込んだ後の顛末について話した。
爆発が起きて結局は乗客を逃がすことになったが、海賊船まで救助活動に駆り出すことにならなかったのは不幸中の幸いだった。
そういえば、バンディットスネークはライスイデンに押し切られた形だったけど、あの爆発で片方の鎖が壊れなかったらもっと善戦できていたかもしれない。
「バンディットスネークの鎖、凄かったですよ! 自由に動かせるとか便利そう」
「詳しくは分からないけど、形状記憶合金か何かじゃない? 装備部門の新作かなぁ?」
「えっ? あれってバンディットスネークの能力じゃないんですか?」
「能力も使っていると思うけど、その能力に反応する鎖を用意している可能性は高いよ」
「そうなんだ……」
あの鎖も発明品だとしたら、パンデピスの装備部門もすごいテクノロジーを持っていると思う。
強化スーツ自体もとんでもない代物だが、それと同レベルの装備品を作り出しているというのは、改めて考えると恐ろしいほどの開発力だ。
「船の設備も面白かったし、僕としては大満足だったね」
「私は、印象に残る人たちにたくさん会ったと思っていますよ」
バンディットスネークは変なヒトだったけど、最後に私を助けてようとしてくれたことが好印象として残っている。
副船長に会えたことは幸いだったと思うし、船長に会ったことは残念だったと思う。
それと、副船長が仲間になろうとしてくれたことは私だけの秘密だ。
「最後に好美ちゃんが仕掛けたイタズラは見事だったと思うよ」
「あー、あれですか」
あれというのは、船内放送を入れた状態で船長を勧誘したことだろう。
船長がどんな言い訳をしてもある程度はお灸を据えられることになると思う。
ただ、私の中ではもう終わったことといった認識だ。
「そんなことより、今日の晩御飯を何にするか考えないと」
「えー? あっはっは、好美ちゃんらしいよ」
篤人さんに笑われたけど、私にとってはそっちの方が重要なんだから仕方ない。
やっぱりここはカレーにするべきかなぁ?
--4月16日(日) 21:30--
「教官! 話ってなんですか!? 待ちくたびれましたよ!」
「落ち着け飛竜、遅くなったのは悪かったよ」
今日はくったくただ。
バンディットスネークは取り逃すし、戦闘員の一人も仕留めそこなうし。
しばらく海上を探して回ったが、海賊船は跡形もなく消えてしまっていて成果無しだ。
岩礁が怪しいが、全部爆破するわけにもいかないからな。
「またパンデピスの関係者が捕まったんですか?」
飛竜がバシンと両手を打ち合わせる。
前回と同様に、パンデピスを追い詰めるチャンスなのかと息巻いているな。
ただ、残念ながら今回は違う。
「船長のことなら、あれは違うな。命惜しさに戦闘員の口車に乗っただけだろう」
船長はパンデピスの勧誘を受けて殺人未遂を犯した。
救助はしたがそのまま御用となって、今は留置所で取り調べ中だ。
殺人未遂について緊急避難を主張しているようだが、その後で職権乱用、職務放棄、恫喝、パワハラ等々の問題行動が山ほど発覚している。
あれは、下手をすると殺人未遂よりそっちの罪の方が重くなるかもしれない。
「それよりは、直接的な事だ」
「直接的な事?」
飛竜が腕を組んで首をかしげる。
「ああ、そうだ。俺は今日、戦闘員をフルパワーで攻撃したんだが仕留めきれなかった」
「戦闘員を? それ、本当に戦闘員なんですか?」
さすがに分かっているな。
ヒーローの必殺技クラスの威力を受けては、強化スーツを纏っていても普通は無事じゃすまない。
「お前が疑ったことを俺も疑っている。奴は背中を向けていたからはっきりとは見えなかったが、一瞬だけ別の何か……具体的には怪人化したように思えた」
「戦闘員に扮していた怪人……? 奇襲でもかけるつもりだったんですかね?」
あり得そうだが、そういったことに出くわしたことは無いな。
戦闘員としてヒーローの目に留まるくらいなら、単純に隠れる方が奇襲しやすいだろうしな。
「俺はもっと踏み込んだ仮説を立てている。俺たちの追っている相手だ」
「俺たちが追っている相手って……まさか!」
「戦闘員30号と呼ばれていた奴こそが、"謎の怪人"なんじゃないか、とな」
飛竜が目を見開き、何かを見据えるようにその瞳を鋭く眇める。
「飛竜、そろそろお前の出番だ」
「分かりました! いつでも出られるように準備しておきます!」
"謎の怪人"がいるタイミングで、怪人を追い詰める。
そうすれば自然と奴は現れることになるだろう。
追いかけっこは終わりだ。 待っていろ、"謎の怪人"!
お前の化けの皮を剥がし、次こそ仕留めてみせる!