お墓参りの決戦
~前回のあらすじ~
人工島を譲渡することで秘密結社シーサーペントと和解したミスティラビット。
シーサーペントからの返礼品で秘密結社パンデピスの資金不足も解消された。
昇格試験の連絡を待つ間も季節は進み、季節はお盆休みに突入するのだった。
-- 8月13日(日) 6:15 --
夏の光に照らされた道路の上で、私の靴が規則正しく小さな音を立てる。
餌になるものが落ちていたのか、道路の反対側ではスズメが何かを啄んではぴょんぴょんと跳ねるように移動していた。
新聞配達に勤しむ私は、その様子を横目に見ながら配達先の家へとむかって歩いている。
空の彼方には大きな入道雲が浮かんでおり、今日もなかなか暑くなりそうだ。
「これでお終いっと!」
ガコンという音を立てて、新聞入れが今日の朝刊を飲み込む。
最後の新聞を配達し終わって、軽くなった肩掛けカバンを持ち直した。
お仕事が終わると気分まで軽くなったように感じて、私は大きく伸びをする。
「ん~、あぁ~……!」
私の声はジージーと鳴く蝉の声と共に空へ消えていった。
夏ももう中盤、今日からは夏休みの折り返しとなるお盆休みである。
そろそろ輝羽ちゃん達の宿題を見てあげないといけないかもしれない。
まぁ、お盆休み中はお互いに予定があるだろうし、お邪魔するとしてもその後かな?
「おーい!」
「ん?」
呼ばれた気がしたので振り返ると、見慣れた軽トラが走ってきて、中に乗っていた人物が私に手を振っていた。
車に乗ってやってきた彼は私の知人であり、私が怪人であることを知る人物、篤人さんである。
普段は人間でも怪人並みの耐久力がある私に対して、車両で追突するというイタズラをしかけてくる困った人なのだが、今日は普通の登場である。
「おはよう、好美ちゃん」
「おはようございます、篤人さん」
「今日の連絡を持ってきたよ」
「あ、はい。ありがとうございます」
うわぁ、すっごく事務的!
何故か篤人さんは富山から戻ってきてからちょっとだけ元気が無いのである。
そこまで元気が無いというわけでもないのだが、らしくない、といった感じなのだ。
私にとっては痛い思いをしなくて済むからありがたいけど、これはこれで不安だ。
本人は少し時間が経てば戻るとか言っていたけど、大丈夫かなぁ?
「まずはルナー・エクリプス・アイランドのことなんだけどね」
「え、ルナー……?」
「この間の人工島のことだよ」
「あー、そんな名前でしたっけ」
ぷに子ちゃんの作ったという人工島の正式名称だったのだが、すっかり忘れていた。
あれは秘密結社シーサーペントにプレゼントしちゃったけど、色々と謎な島だった。
そのため、篤人さんは詳しく調べ直したようである。
「あれは海外の鶴田製菓の事業戦略で、テレビCMの撮影用に作られた島だったみたい」
「そうなんですか?」
豪勢な造りだと思っていたけど、まさか撮影用だったとは!
「……あれ? でも、ぷに子ちゃん、自分で作ったみたいなことを言っていたような?」
「それなんだけど、当時、幼かったぷに子ちゃんの発言が発端で作られたんだってさ。だから、ぷに子ちゃんが作ったっていうのも間違いじゃないみたい。あと、資金は税金対策で広告費から捻出されているみたいだね。それに加えて、支店がある国の人たちも国家ぐるみで随分と協力してたようだよ」
いきなり怪しい情報が目白押しなんですけど。
資金の出所についてもそうだけど、国家ぐるみの協力ってなんだ?
その国家とやらがアンチソナーなどの隠密行動設備を作ったってこと? 何のために??
「それって本当にCM撮影のために作られた島なんですか?」
「さぁ? そこまで深くは調べていないよ。下手にちょっかいを出して、変な厄介ごとに巻き込まれたくないからね」
私の疑問に対し、篤人さんの答えはあっさりしたものだった。
でも確かに、すでに終わったことだし深追いしても無駄か。
私も鶴田製菓の闇なんて知りたくないから聞かなかったことにしよっと!
「……あ、じゃあぷに子ちゃんが言っていた1億円も掛かっていないっていう発言は?」
「ぷに子ちゃん自身がお金を出していないってだけの話だと思うよ?」
だよね~。
じゃなきゃあんなの絶対に作れるわけ無いし。
「島については僕も腑に落ちたし、鶴田製菓に何をしたいわけでもないから、これ以上は調べないつもりさ。それと、今日は出撃予定は無し。みんな月末の大会に向けて忙しいからね」
「みんな、そっちの方に注力してるんですね」
今月末、秘密結社パンデピスで幹部候補を決めるための戦いが開催される予定だ。
今まで無かった明確な昇格のチャンスということもあり、野心を持った怪人たちが目の色を変えて臨んでいるのである。
でも、ヒーローと戦いたいと考えている怪人はいなかったのかな?
バトルマニアにはたくさんの心当たりがあるのだけど……。
「出撃したいって言う怪人、いなかったんですか?」
「もちろんいるんだけど、今は撤退役が不足しちゃってるからね」
「なるほど、そっちが不足しているためですか」
戦わせろと言う怪人は多いんだけど、ちゃんと撤退してくれそうな怪人は数える程しかいない。
撤退役にかこつけてヒーローに挑むことを主目的とする怪人は多かったけど、そういった怪人は今のところ軒並み撃破され続けている。
組織として、迂闊な人選を許せない段階にまで来ているのだろう。
「でも、明日は都合がついているから、カブトムシが出るみたいだよ」
「あの何を考えているかよく分からない人ですか」
「うん、夏休みだから、とかいう理由で出撃することにしたみたい。冗談じゃなければだけど」
また変なことを言っているのか、あの怪人は……。
昔から知っている怪人の1人なんだけど、相変わらず思考が読めない人である。
「私が思うに、出撃は本当で、夏休みだからっていうのは冗談だと思いますよ」
「好美ちゃんが言うならそうなんだろうね。ちなみに撤退役はヤマネコだよ」
「えっ!? ホントに?」
「1ヶ月に1回、基地に来ていたんだけど、幹部が打診したら本人がOKしたってさ」
ヤマネコというのは怪人リトルファングのことである。
かなり好戦的な怪人という印象なんだけど、本当に撤退役に徹することができるのだろうか?
それに、カブトムシとは性格的に合わない気がする。
「ヤマネコに務まりますかね?」
「さぁ? 能力だけで考えたら申し分ないと思うけどね」
確かに逃げ足は速そうだけど……。
結局、重要なのは"逃げる気があるかどうか"だと思う。
幹部のジゴクハッカイだって撤退に従わなかったらきっと負けていただろうし、撤退役がちゃんと機能しているかどうかが命運の境目になるはずだ。
もちろん、ヒーローに勝てるならそれでいいんだろうけど、ナンバーワンヒーローのレッドドラゴンと本部の期待の星ブルーファルコン、それに頭角を現してきたクロスライトが相手なのだ。場合によっちゃライスイデンまで出てくるだろうし、正直言って分が悪い。
……今思うと、ヒーローも増えたなぁ。
ライスイデン1人で戦っていた頃を思うと凄い大所帯だ。
相手がこんな状態になっているのだから、組織も追い込まれようというものである。
「まぁ、ヤマネコの思惑は気にしても仕方ないよ。僕らは可能な限り助けるだけだからね」
「そうですね」
リトルファングのことを心配する前に、そもそも私が偉そうに語れる立場じゃないよね。
私だって上手くできないことの方が多いくらいだもん。
「それはそうとして、あの2人は無差別な破壊はしませんから、周囲への被害は出ない気がしますよ? 私が行かなくても問題ないかも」
「まぁ、そうなんだけど……個人的には好美ちゃんに来て欲しいんだよ。今の僕のテンションだとちょっとね……」
私の見解に、篤人さんが弱ったといった感じで頭を掻いた。
カブトムシも独特な感性を持った怪人で、篤人さんがあまり得意としていない相手である。
珍しく本当に辛そうだし、手助けしてあげようかな。
「分かりました。私も行きます」
「そっか。ありがとう、助かるよ」
篤人さんが安堵の息を漏らしつつ感謝の言葉を述べた。
さっきも少し感じたけど、私が思っていたよりもずっと元気が無いみたい。
先日もらったスイカのお返しがまだだし、今度おいしいものでもプレゼントしよっと。
「それで、どこに行くんですか?」
「彼らは加藻川花火大会を狙うそうだよ。夏っぽいかららしいけど」
「それも冗談だと思いますよ」
夏っぽいかどうかは置いておいて、とにかく加藻川に行けば良さそうだ。
ただ、問題が1つ。
お盆休みにはお母さんが帰ってくるのだ。
「お盆休み、好美ちゃんのお母さんが来るんだよね? 抜け出せそう?」
「それなんですが、うーん、ちょっと難しいかも……」
お母さん、常に私と一緒に居たがるからなぁ。
弟のゆーくんがいたらお母さんの標的が分散するんだけど、ゆーくんは新潟県のヒーローの後継者として寮生活を送っているのである。それゆえに、私とずっと一緒に居たがる可能性が非常に高いのだ。
お母さんだけは秘密結社パンデピスと無関係な可能性がある以上、私が怪人であることはできるだけ秘密にしておきたい。
何かしら作戦を練らないと現場に行くことすら難しいと思う。
「一応、プランだけは練ってきたんだけどね。はいコレ」
「あ、ご丁寧にどうも」
篤人さんから2枚の紙を渡された。
1枚は鴨市のパンフレットで、篤人さんがかき込んだのか、下定川ダムキャンプ場に赤い丸が付いている。
もう1つは手書きの地図と行動表のようだ。
ふむふむ、キャンプ場からまっすぐ走ればたどり着ける位置に加藻川がある、と。
お父さんにも協力してもらえば1時間くらいなら何とか誤魔化せる範囲だろうし、これなら参戦することはできそうだ。
それにしても、このプランは旅行としても十分に楽しめるようになっている。
必要な道具や注意点まで網羅されているし、ぱっと見ではただの旅行計画書だ。
普通に遊びに行く場合でも重宝しそうである。
「本当に丁寧ですね」
「まぁね。ダメそうだったら連絡してよ。そうしたらこっちで何とかするからさ」
「分かりました。できる限り頑張ってみます」
「よろしく! 今回は現地集合ってことで、またね!」
「はい、また!」
篤人さんが軽トラに乗り込み、手を振って去っていった。
私も手を振ってそれを見送り、2枚の紙を折りたたんで歩き出す。
ささっと配達所に戻って新聞配達の道具を返して、後は帰るだけだ。
私は旅行計画書を見ながら家路を急いだ。
-- 8月13日(日) 6:30 --
後は家の前に在る坂を上るだけのところまで帰ってきた。
てくてくと坂を上っていくと、家の前に見たことのある車が停まっていることに気が付いた。
黒塗りの高級そうな車……確かゆーくんが送り迎えされている時の車だ。
もしかして樋口さんが来ているのかな?
「お、ちょうど帰ってきたみたいだな」
車の前に立っていたのは樋口さんではなく、上杉教官だった。
戻ってきた私を見て、軽く手を振っている。
「おはよう、朝っぱらからお邪魔しちまって悪いな」
「おはようございます。何か御用でしょうか?」
今まで上杉教官が家に来た時は表彰される時が多かったけど、今回は何もしていないはず。
表彰の時はだいたい茶封筒を持っているのだが、その手には何を持っているわけでもなく、ただそこに佇んでいるという感じだ。
「用事があるのは俺じゃないんだけどな。今は"ふれあい広場"に行ってて、俺はお留守番だ」
「そうなんですか?」
坂の上にある"ふれあい広場"には、お父さんが飼っている動物たちがいる。
そのラインナップはたびたび変わるのだが、現在はトナカイ、アルパカ、インド象なので、比較的珍しい動物たちが暮らしている。
今では人気スポットになってしまい、大勢の人が見学に訪れる場所なのだ。
なお、私のお父さんは秘密結社パンデピスのマッドサイエンティストであり、実はその動物たちは実験用の動物だと聞いている。
ただ、私はお父さんが酷いことをしていることを見たことはないし、私から見たら普通に飼っているだけにしか見えない。
というか、実験らしい実験すら見たことがない。本当に実験動物なのかな?
「じゃあ、用事があるのは樋口さんですよね? 車もあるし。何の用事なんだろ?」
「いや、樋口でもなくてな。……おっと、あっちも戻ってきたぞ」
上杉教官の言葉で坂の上を見ると、そこから2人の人物がこちらに向かってきていた。
1人目は特務防衛課本部の研究所員の樋口さん。
もう1人は……。
「姉さん、ただいま」
小走りに駆けてきたのは、我が弟のゆーくんである。
珍しく満面の笑みを浮かべ、楽しそうにしている。
笑顔が眩しい!
「ゆーくん! え、ただいまって……!?」
「僕、お盆休みだけ帰っていいって」
「えぇえ!?」
「ははは、驚いただろう? 今日から15日まで優輝はお休みだ。俺と樋口は送迎係だよ」
上杉教官がゆーくんの背中をバシンと叩き、朗らかに笑う。
そんな明るい感じの教官とは対照的に、樋口さんは何とも言えない顔をしていた。
「優輝くんと3日も会えないなんて……」
「こいつはホントもう、相変わらずだな……」
「樋口さん、姉さんみたいなこと言ってる」
以前に、ゆーくんは樋口さんのことを『姉さんが2人になったみたいだ』と評したことがあったけど、なるほど、確かに言動が似ているかもしれない。
樋口さんも甘やかしたいタイプなんだろうけれど、本人はそれを望んでいないんだろうなぁ。
「それにしても、ゆーくん、すっごく体つきが良くなったね」
「そうだろう! もうすっかり1人前のヒーローだからな!」
「うんうん、優輝くんカッコいいよ!」
「認められたのは嬉しいけど、まだまだこれからです」
ちょっとだけ大人びたと思ったら、褒められて照れているところは昔のままだ。
まだゆーくんが家を出て3か月も経っていないのに、何だか無性に懐かしさが込み上げてくる。
「優輝。万が一怪人がきたらお前が守るんだぞ!」
「はい、任せてください!」
ゆーくんがピシッと敬礼していい返事を返していた。
その姿に、今まで感じたことのない心強さが溢れ出ている。
まぁ、怪人は来ないと思いますけど。
私自身が怪人だし。お父さんも重役っぽいし。
「じゃ、俺たちはそろそろお暇するよ。家族水入らず、ゆっくり過ごしてくれ」
「15日の20時にお迎えに来るね」
「はい、ありがとうございます!」
別れの挨拶を済ませて、上杉教官と樋口さんが車に乗り込んだ。
車のエンジンが駆動音を響かせると、2人を乗せてゆっくり走り出した。
私とゆーくんは坂道を下る車に手を振って、街へと消えていく姿を見送った。
「そういえば、ゆーくん、"ふれあい広場"に行ってたの?」
「うん。動物たちには先に"ただいま"って言ってきたんだ」
「そっか~。どうだった?」
「僕のことを覚えていて、歓迎してくれたよ」
アルパカ、トナカイはお世話になったこともあってか、覚えていたみたい。
インド象のハナちゃんは関係なしに大歓迎するだろうなぁ。
私はそんな他愛のない話を聞きながら玄関の戸を開き、ゆーくんを招き入れた。
「お帰り、ゆーくん」
「ただいま、姉さん」
何とも変な感じだ。
今まではずっとこんな感じだったはずなのに、急にゆーくんが出て行って、当たり前じゃなくなって、また戻って来てくれたことが、本当に――
こころが震え、視界が滲む。
「姉さんは、やっぱり姉さんだなぁ」
急に泣いてしまった私に、ゆーくんがハンカチを取り出して渡してくれる。
私は素直に受け取って、涙を拭いた。
「ぐすっ、ごめん、何でこんなことで……」
「いいんじゃない? 姉さんらしくて安心したよ」
ゆーくんが見せた自然な笑顔に、私の心も少しずつ穏やかさを取り戻していく。
ハンカチはもう大丈夫そうだ。ちゃんと洗って綺麗にしてから返そうっと!
「むっ!? おぉお、優輝! お主、帰ったんか!」
「ただいま、父さん」
ドタドタと階段を降りてきたお父さんが、優輝を見て驚きと喜びの表情を見せている。
家に戻ってきた我が子の姿に、うんうんと満足そうに頷いていた。
「ひゃっひゃっひゃ! すっかり逞しくなったのぅ! こりゃ怪人連中も苦しむわけじゃわい! そうじゃ、プロトスレィモスとの戦いはどうだったんじゃ!? 詳しく聞きたくてのぅ!」
「お父さん、ゆーくんに怪人の話は……」
「えぇい、堅いこと言うな好美! パンデピスの話じゃないからセーフじゃろ!」
うーん、なるほど。お父さんの言い分にも一理ある。
お互いの活動には不干渉の約束だけど、秘密結社ハイドヒュドラの話なら別に聞いてもいいかも。
というか、私自身もちょっと興味がある。
「話すのはいいんだけど、僕、お腹が空いてて……」
「あ、すぐにご飯にするね! 今日は頑張るぞー!」
「ひゃっひゃっひゃ! 嬉しいのは分かるが、ほどほどに頼むぞい!」
ゆーくんのリクエストに、私は張りきった。
さぁ、お料理の時間だ! 今日は私の本気を見せてやる!
-- 8月13日(日) 7:30 --
ピンポーン!
みんながご飯を食べ終わった頃に玄関の呼び鈴が鳴った。
お母さんが帰ってきたかな?
「はーい!」
私は素早く立ち上がって玄関へと向かう。
玄関の戸を開けるとやはりお母さんが立っていて、私を見るなり抱き着いてきた。
そうしてくると予想できていたので、私は敢えてされるがままである。
「ただいまー!」
「お帰りなさい……」
「あら、よっちゃん、すごくかわいくなったわ~!」
そういえば、前回会った時は三つ編みの時だったっけ?
輝羽ちゃんの手ほどきでオシャレに気を遣うようになったから、賛辞の言葉は素直に嬉しい。
「お帰り、母さん」
「ゆーくん、ただいま! ゆーくんもすっごくカッコよくなったわ~!」
お母さんが来たと知って、ゆーくんとお父さんも玄関までやってきた。
近づいてきたゆーくんを見て、母さんがその身体を抱き寄せる。
私とゆーくんはお母さんに抱きしめられてわしゃわしゃと撫でられた。
「お母さん、くすぐったいよぅ!」
「もう、恥ずかしいからやめてってば……。放してよ」
「ひゃっひゃっひゃ! 日和や、玄関で騒いどらんで、中でくつろいだらどうじゃ?」
お父さんのひと言で、ようやく私たちはお母さんから解放された。
全くもう、本当に子煩悩というか、毎回会うたびにこれなんだから……。
そんなことを思いながらも、私だってゆーくんとは久しぶりに会っているんだということを思い出す。
……ちょっとくらいいいよね?
私はお母さんの行動に便乗してゆーくんをぎゅっと抱きしめた。
うはぁ、良い感触だ~。
「で、何で今度は姉さんなの? 放してってば!」
残念、ゆーくんに振り解かれてしまった。
名残惜しいけど、これ以上やったら嫌われるからスキンシップはここまでである。
「うーむ、カエルの子はカエルじゃな」
「仲睦まじい子供たちの姿もホンワカするわぁ~」
そんなことを言いつつ、お父さんとお母さんが居間へと向かう。
私とゆーくんもそれに続いた。
「お母さん、ご飯どうするの?」
「そうねぇ。まだ残っているならいただこうかしら?」
「分かった、待ってて!」
ちょっと張り切り過ぎちゃったから、余り物だけど量は十分である。
白米、ナスとお豆腐の味噌汁、ハムエッグ、キュウリのお漬物、卵焼きと大根おろし、ツナコーンとほうれん草の和え物、紫蘇の葉の辛味噌漬けがテーブルの上に並ぶ。
どれも自慢の一品だ。
お母さんはイタダキマスをした後、美味しそうにもぐもぐ食べ始める。
あまりに美味しそうに食べるから、私も食べたばかりなのに口が寂しくなっちゃうなぁ。
「よっちゃんの料理は世界一おいしいわ~」
「あはは、ありがとう」
お世辞を冗談半分に受け取って、私は冷蔵庫の中から麦茶を取り出した。
コップに麦茶を注ぎ、ごくごくと飲んで身体にミネラルを染みわたらせていく。
やっぱり夏といったら麦茶だよね。
「ねぇ、よっちゃん」
「ん~?」
お母さんからの呼びかけに、私は麦茶を飲みながら生返事を返した。
「零くんとはもうキスしたの~?」
「ぶっ!?」
お茶、吹いちゃった。 急になんてこと言うんだ!?
いや、それ以前に、なぜか付き合っていること前提っぽいんですけど。
ちゃんと否定しておかないと!
「げほっ! してないしてない! というか、付き合ってもいないよ!」
「あら~、そうなの? お母さん、工場のみんなに"付き合ってる"って言いふらしちゃったわ~」
「取り消して!? 戻ったら早急に取り消してね!」
実の母親がそんなこと言ったら信じられちゃうでしょうが!
まさか自分のあずかり知らぬところで酷い流説の流布が行われていようとは……。
変な噂が立たないように、お母さんにはしっかり言い含めておかないと!
ちなみに、お母さんはお菓子会社【ベルボン】の工場で働いているのだ。
いわゆる単身赴任であり、普段は新潟市在住のため我が家に来るのは稀なのである。
「よっちゃんは、なんで零くんとは付き合わないの?」
「何となくだよぅ……」
ヒーローと付き合えるわけないでしょ、という言葉を心の中でつぶやいた。
お母さんは"何でかしら"といった表情をしているけれど、私が怪人だと知ったら少しは納得してもらえるのかなぁ?
でも、お母さんが秘密結社パンデピスのことを知っているのかどうか未だに分からないから、言うわけにはいかないんだよね。
このことは、お父さんに聞いても毎回はぐらかして教えてくれないのだ。
「ゆーくんはどうなの? 彼女できたかしら?」
「別に、いないってば。今はヒーローの活動が忙しいし」
「もぉ~、お堅すぎるのもダメよ! こういうのは早い者勝ちよぉ?」
「ひゃっひゃっひゃ! 焦る必要ないわい! これから良い出会いもたくさんあるじゃろ!」
お母さんの追及の手がゆーくんに向かって行ったが、ゆーくんはさらりと躱していた。
ゆーくんの場合、彼女を作ろうと思えばすぐにでも作れそうなものなんだけどね。
アプローチを掛けている女性は樋口さんを筆頭にたくさんいるんだけど、ゆーくんのハートを射抜く人物は今のところ現れていないようだ。
「そうそう、私の職場でもゆーくんの話題で持ちきりだったの。母さん、鼻が高いわぁ~」
「ひゃっひゃっひゃ! 夏休みじゃなけりゃ学校でも凄いことになっていたじゃろうな!」
「学校どころか、ねぇ?」
「うん。僕、外は出歩くなって指令が出ていたくらいだし」
町中がクロスライトの活躍でフィーバーしていたからね。
今もその残り火がくすぶっていて、ちょっとしたセールを行うお店も少なくない。
店によってはセールに次ぐセールをやっていて、もはやどこまで続くか見ものである。
「日和、お主はいつまでこっちに居られるんじゃ?」
「15日までよ~。お休みが短くて嫌になっちゃうわぁ」
「ふむ、優輝と同じじゃな。どうせならみんなでどこかに行くかのぅ? 今日は無理じゃろうが」
「お盆だもんね」
今日はお墓参りがあるから、行くとしたら明日である。
話を切り出すにはちょうどいいから、篤人さんの旅行プランを提案してみようかな?
「こういうのがあるんだけど」
「あら、キャンプ? いいわねぇ!」
旅行好きのお母さんが行き先を見て真っ先に賛同してくれた。
「僕がいると大騒ぎになっちゃわない?」
「ふむ、知る人ぞ知るといった場所じゃな。たぶん大丈夫じゃろ!」
まぁ、そこまで有名じゃないのは確かだし、ゆーくんの心配事も何とかなりそうかな?
篤人さんもゆーくんが来ることは想定していなかったと思うけど、そこまで混雑するような場所でもないから、プランの変更も必要なさそうである。
「決まりじゃな! そんじゃ、予約の電話でもしとくかのぅ!」
「うん。お父さん、お願い」
よしよし、これで明日のパンデピスの襲撃に間に合わせることができそうだ。
あとは上手く抜け出す算段を立てなきゃね。
でも、それは明日の状況次第になりそうだから、今はキャンプの準備だけしておこう。
あっ、そうだ!
せっかくだし、何かキャンプ飯でも作ってみようかな?
スマホがあるからいろいろ調べやすくなったし、良さそうなものがあったらチャレンジしよっと!
「お母さんはカメラの準備くらいしかすることが無いわねぇ」
「お母さんが一番働いているんだからのんびりしてていいよ」
今日のご飯が食べられるのはお母さんが働いてお給料をもらってきているからだ。
こうやって、たまに帰ってきた時くらい、ゆっくりしてくれればいいと思う。
……あれ、でもお父さんの持ってくるお金の方が多いんだっけ?
いやいや、あんな得体の知れないお金、私は働いているなんて認めないぞ!
「そうじゃ! ワシのコレクションを日和にも見せてやろう!」
キャンプ場の予約を終えたお父さんが戻ってきた。
お父さん、何かコレクションしていたっけ?
「何のコレクションなの?」
「ひゃっひゃっひゃ! クロスライトのニュース番組のコレクションじゃ! きっちり全部とっておいたわい!」
「あら、いいわねぇ!」
「おぉ! ナイスお父さん!」
ゆーくんの映像集だということなら私も見ざるを得ない!
「え~、僕も一緒にそれ見るの? なんか恥ずかしいんだけど……」
「ええじゃろ! もともとハイドヒュドラの話を聞くつもりだったからのぅ!」
「うふふ、裏話を聞かせてもらっちゃおうかしら~」
「ゆーくん、大活躍だったんだよね~」
観念したのか、ゆーくんも座ってテレビの録画を見ることになった。
日本中に激震を起こした秘密結社ハイドヒュドラの壊滅のニュースから始まり、そこからクロスライトの特集へと話が変わっていき、今までの戦歴や戦いの映像が順番に映されていく。
ゆーくんが時折りどんな状況だったかを話せる範囲で話してくれたし、ただニュースを見るよりもいろんなことが分かって楽しかった。
そういえば、ゆーくんが東京に行った時に撮影していたというクイズ番組が、ついに来週放映されると決まった。
いの一番に教えてくれたのはアズマさんである。
ありがとう、アズマさん! その日は絶対に見るぞー!
-- 8月13日(日) 16:00 --
午後16時を回り、照り付ける太陽の光も少しだけ柔らかくなった気がする。
今からみんなでお墓参りに向かうところだ。
歩いて行ける距離だけど、帰りにお買い物もするので車で出発することにした。
「お線香も蝋燭も持ったし、マッチもあるし……」
「お供え物もバッチリよぉ~」
「変装もしっかりしたし」
「うむ、出発じゃ!」
ゆーくんの準備だけヘンテコだったけど、これは人気者だし仕方ない。
お父さんの運転で車が動き出し、坂を下りてお寺の方に向かって走り出した。
なお、お寺の場所はものの5分ほどで着くくらいの近場なので、乗っていたのは僅かな時間である。
お寺の近くの駐車スペースへと車を停車させて、みんなで車を降りた。
外に出るとなかなか暑い。
この場所も自然により近い場所にあるからか、セミの鳴き声がよく聞こえてくる。
「お寺には人も多いわねぇ」
「そうじゃな! 後でお参りくらいはしておくかのぅ!」
駐車場の出口から向かって、左手側にお墓、右手側の奥にお寺がある。
例年、私たちは直接お墓に向かうから、お寺に向かうのはお参りが終わってからだ。
墓地に足を踏み入れるとお線香の香りが漂ってきた。
ところどころで目を瞑り、手を合わせる人たちの姿が見られ、中には小さい子が着物の姿でお参りしている姿も見える。
私も小さい頃はあんな感じで、手に小さな提灯を持ってお参りに来たっけ。
そんな周りの様子をチラチラと見ながら、私たちはお墓とお墓の間にある小さな道を歩き、自分たちのお墓の前まで移動した。
燈篭の中に蝋燭を入れて火を灯し、お線香を供える。
お母さんが紙を敷いてお供え物をその上に並べ、みんなで手を合わせた。
「……」
ご先祖様の霊魂に、ゆっくり休んでくださいと心の中で伝えながら祈る。
私たちが死んだ後も、こうやって誰かが私たちに祈ってくれるのかなぁ?
「おかーさん! ここ、ここ! 見つけた!」
祈り終わって目を開けると、小さな男の子が両親を元気に呼んでいた。
「こら、もうちょっと待たないと……」
「ひゃっひゃっひゃ! もうええぞい! ぜひ持ってってくれぃ!」
「どうもすみません。ほら、ちゃんとお参りしてからにしようね」
男の子とその御両親が私たちのお墓の前で手を合わせ、お祈りしてからお菓子を持っていく。
他のお墓にお祈りしてお供え物を持っていくのが、私たちの地域の風習だった。
私も小さい頃はあんな風に――
「よっちゃーん、ゆーくーん、こっちこっち! こっちにお菓子があるわよぉ~!」
「ちょっ、お母さん!? やめてよ、恥ずかしいから……」
「ひゃっひゃっひゃ、昔は大喜びで駆け出してったもんじゃがのぅ!」
何年前の話なんだよぅ!
私だって駆け出すような年じゃないんだから!
……まぁ、お菓子はもらって帰るけども。
「その前に、僕の名前を大声で呼ばないでよ!」
ごもっともである。
お母さんも"しまった"というような顔をしていた。
まぁ、このくらいじゃバレないかな?
私たちはお母さんの元へと向かい、手を合わせて祈ってからお菓子をもらい受けた。
こうやって貰ったお菓子には御加護があって、食べると身体が丈夫になると言われてたっけ。
ありがたくいただくとしよう。
「あは! やっぱり、よっしーだった!」
「ふぇ? あ、みんな!」
声を掛けられて振り向くと、輝羽ちゃん、ぷに子ちゃん、弘子ちゃんの3人がそこに居た。
いつもの仲良しグループのメンバーである。
「よっしーもお墓参り?」
「うん、輝羽ちゃんたちも?」
「そうですよ~! お参りしてきたところですよ~!」
「右に同じ。しっかし、まさか私ら全員が揃うなんてな」
どうやら偶然、その場に居合わせたらしい。
3人だけこの場に残ることにしたようで、家族は先に帰ったとのことだった。
遊ぶ気満々である。
それにしても、3人とも着物なんだね。
輝羽ちゃんは白い生地全体に青い花の柄が散りばめられている着物だ。
爽やかな装いが輝羽ちゃんのイメージに良く合っている。
ぷに子ちゃんは白い生地に朱色の花と緑の葉が散りばめられた浴衣姿だった。
髪も上品に纏められており、髪留めにも赤白の花が飾られていて美しい。
まさに大和なでしこって感じだ。
弘子ちゃんは空色の生地に淡いピンク色の花があしらわれている着物だ。
こちらも髪が綺麗に結わえられていて、何だか大人びて見える。
背も高くてすらっとしているから似合っているなぁ~。
「みんなその着物、似合ってるよ」
「初めて着たけど、重いよ~!」
「慣れですよ~」
「よっしーだけ着ていないのはズルいぞ! 今から着替えてこい!」
「着物なんて持ってないよぅ」
着物、ちゃんとしたのは高いからなぁ。
もちろんリーズナブルなのもあるんだけど、着る機会が少ないからって買わなかったんだよね。
でも、この3人が着こなしているのを見ると欲しくなってくるなぁ。
「ねぇねぇ! 後ろにいるのってよっしーのお母さん?」
「あ、うん。そうだよ」
輝羽ちゃんたちもお父さんは何度か見ているから知っているんだけど、お母さんは見たことがなかったはずである。
ちょうどいいから、この機会に紹介しておこう。
「私のお母さんです」
「初めまして、母の日和よ~。よっちゃんのお友達ね? 宜しくね~」
「三条 輝羽です! よろしく~!」
「鶴田 富二子ですよ~!」
「萱森 弘子です」
自己紹介を終えると、輝羽ちゃんがどこに仕舞っていたのかお友達ノートを取り出した。
何か書き込んでいるけど、お母さんの名前でも書いているのかな……。
「よっしーのお母さん、普段家にいないんでしょ?」
「うん、いつもは新潟市にいて……えーと」
ちょっと言い淀んでしまった。
お母さんが働いているのはベルボンの工場であり、ここにいるぷに子ちゃんの鶴田製菓とはライバル関係にある会社の1つである。
まぁ、言ってもいいよね? ぷに子ちゃん自身は気にしていなさそうだし。
「その、実はベルボンの工場で働いてて……」
「あぁ~、そんなこと気にしないでいいですよ~。私もよくベルボンのお菓子を買いますよ~」
やっぱり問題なさそうだ。
ぷに子ちゃん、ベルボンのお菓子が好きって言ってるもんね。
そういえば零くんにお近づきの印とか言って、自社製品じゃなくてベルボンのお菓子を渡してたこともあったっけ。
……今思うと、さすがにそれはどうなんだろうか?
鶴田製菓のお菓子を渡そうよ、ぷに子ちゃん。
「あらぁ? 私の仕事に何かあるのかしら?」
「あぁ、ぷに子ちゃんって鶴田製菓の社長令嬢なんだよ」
「え、そうなのぉ!?」
お母さんは驚きに目を見開き、次いでグッと眉間に力を籠めた。
え、なにごと?
「むむ、まさかライバル会社のお嬢様だったなんてぇ!」
「え? あの、お母さんどうしちゃったの?」
「ここで会ったが百年目よ~!」
あれ? まさか、お母さんの方が気にしている感じ?
お母さんはぷに子ちゃんを厳しい目(当社比)で睨みつけている。
ベルボンに忠誠を誓ってるとでもいうのだろうか?
「よっちゃんを鶴田製菓に取られるわけにはいかないわぁ!」
「いや、私は別にベルボンで働くつもりは無いんだけど……」
手をぶんぶん横に振って強く否定しておいた。
別にベルボンが嫌なわけじゃないし、働いてもいいんだけど、勝手に決められては困る。
「あ、よっしーちゃん、もし大人になって鶴田製菓で働きたくなったら言ってくださいね。歓迎しますよ~」
「え? いや、うん、ありがとう?」
「よっしー、さっそくヘッドハンティングされてるな」
「よっしーなら何の心配もないもんね!」
今のところ、鶴田製菓に就職するつもりも無いんだけどね。
でも、ぷに子ちゃんの発言はお母さんの闘争心を更に煽ることになったようだった。
「許せないわぁ! よっちゃんを賭けて勝負しましょう、ぷに子ちゃん!」
「いいですよ~! 返り討ちですよ~!」
「なんでやる気なの!?」
お母さんとぷに子ちゃんが対峙して睨み合い、火花を散らしている。
私を勝手に賭けの景品にしないで欲しいんですけど!
それに勝負って、いったい何をするつもりなんだろうか?
「それならルール決めないと! ここは私の出番ねっ!」
「ホントにやるのか?」
なぜか輝羽ちゃんまでヤル気を出していた。
成り行きを見守るしかない私に、話がどんどん進んでいく。
何なの? 本当に……。
暑いし、早くお買い物に行きたいんだけどなぁ。
なお、ゆーくんは後ろであきれ顔をしているし、お父さんは大笑いしていた。
止めてくれる人はどうやらいないみたいだ。
-- 8月13日(日) 16:30 --
「第1回! ベルボン VS 鶴田製菓! 利きお菓子選手権~!」
お寺の真ん前に、特設会場という名の椅子とテーブルが用意されていた。
日光を避ける屋根すらないし、長いテーブルとパイプ椅子×2だけの会場である。
そのパイプ椅子にぷに子ちゃんとお母さんが並んで座っていた。
「実況はわたくし、三条 輝羽、そして解説は萱森 弘子でお送りいたします!」
「弘子です。どうぞ、よろしく」
ボールペンをマイクみたいに持って声を張り上げている輝羽ちゃんと、その傍らで弘子ちゃんが挨拶して軽く頭を下げている。
「で、カメラ係は住職さんでーす!」
「ホントすみません。よろしくお願いします」
紹介された住職さんはカメラを構えながらグッとサムズアップをしてみせた。
住職、それでいいの?
「勝負の舞台は、ここ新潟県十日前町市の来光寺! ここで決戦の火ぶたが切って落とされます! まずは選手を紹介しましょう! ベルボン代表、よっしーと優輝くんのお母さん、佐藤 日和選手~!」
「うふふ、ご紹介にあずかりました、佐藤 日和です。今日はベルボンの名を汚さぬよう、頑張りますよぉ~!」
お母さんもノリノリだなぁ。
あと、お母さんって平社員だよね?
勝手にベルボン代表を名乗っちゃっているけど、後で怒られたりしないのかな?
「次は鶴田製菓代表、十日前町市南中学校2年生、そして鶴田製菓の社長令嬢その人、鶴田 富二子選手~!」
「富二子ですよ~! 今日は絶対に勝ちますよ~!」
ぷに子ちゃんも気合十分だ。
こっちも鶴田製菓代表を名乗っちゃっているけど、問題無いのかな?
まぁ、公式でもなんでもない突発的な企画なわけだし、別にいっか。
「んで、賞品のよっしーでーす!」
「あ、はい、佐藤 好美です。私が賞品らしいです」
「……よっしーが発言するとちょっと我に返るな」
弘子ちゃんがちょっとだけ冷静さを取り戻していた。
今さら素に戻ってもつらいだけじゃないかなぁ?
なお、逆に私は少し楽しくなってきたところである。
遊びの延長だと考えたら強く否定する必要もない気がしたからだ。
まぁ、お寺でこんなことしていいのかとは思うけど、住職さんまで参加しているからね。
許可は得ているようなものなのだ。
「ルールは簡単。目隠しして食べたお菓子の名前を当ててね! 分かったら早い者勝ち。先に手をあげた人から答えられます!」
輝羽ちゃんの説明に合わせて、弘子ちゃんがタオルを配る。
お母さん、ぷに子ちゃんがそれぞれ目隠しをして、準備完了だ。
「もし私が勝ったらぁ、大人しく身を引きなさぁい?」
「いいですよ~。そのかわり私が勝ったら~……勝ったら~……? どうしましょうか~?」
「ふふふ、自信がないのかしらぁ?」
「そんなことないですよ~! それなら、私が負けたら鶴田製菓のお菓子1年分出しますよ~!」
お菓子1年分か……なるほど、これはお母さんを応援せざるを得ない。
お母さん、ぷに子ちゃんは2人とも気合十分で、お互いを睨みつけている。
はずなのだが……。
「うーん、本当は視線がぶつかってバチバチしているシーンなんだろうけど、目隠ししているせいで微妙にずれてるな……」
「お母さん、もうちょっと下だよぅ」
「こうかしら~?」
「ぷに子はもうちょい上っ!」
「こうですか~?」
すでにグダグダじゃん……。
一応、カメラの収まりの良い形になったようで、住職さんがグッとサムズアップをしていた。
このくだり、せめて目隠しする前にやろうよ。もう遅いけども。
「ではさっそく始めましょう! えー、ちなみにお菓子はあちらの仏様の方々よりご提供いただきました!」
輝羽ちゃんがバスガイドみたいに手の平を差し向けた先は、先ほどまで私たちがお参りしていたお墓である。まさか、あそこから持ってきたの!?
「輝羽ちゃん、罰当たりなことしちゃダメだよ!?」
「ちゃんと手を合わせて祈ってたから大丈夫だろ。……たぶん」
ちゃんとお参りしていたなら大丈夫かなぁ?
こんな変なことに使われて、ご先祖様の祟りとか起きなければいいのだけど。
「第1問! これ、なーんだ!?」
目の前に置かれたお菓子を、選手2人は迷うことなく口に入れて、ほとんど同時に手を上げた。
「「はい!」」
「ちょっと早かったのは日和選手~! 答えをどうぞ!」
「カキタネよ~!」
「せいか~い!」
第1問目の正解はお母さんが言い当てた。
たぶん、食べる前に触った時点で分かっていたんじゃないかと思う。
ぷに子ちゃんだってほぼ同時に手を上げていたし、もはやタッチの差である。
「これは僕でも分かると思う」
「定番じゃしのぅ! 食べたことない人の方が少ないくらいじゃろ!」
ゆーくんとお父さんが感想を述べている。
周りのギャラリーの意見もおおむねそんな感じだ。
というか、いつの間にかギャラリーが増えてるなぁ。
スマホで撮影している人もチラホラ出始めている。
「定番中の定番ねぇ。簡単すぎて欠伸が出そうだわぁ」
「うぅ~! 出遅れてしまいました……でも、これからですよ~!」
「その通り! 勝負はこれから! というわけで、第2問目は……これだ~!」
先ほどと同じく、選手2人が目の前に置かれたお菓子をさっと口に運ぶ。
「はい!」
「おぉ!? ぷに子選手、速いぞぉ! さぁ、答えは!?」
「オルファート ミニチョコレート バニラホワイト味!」
「すげー、だいせいかーい!」
なんとぷに子ちゃん、名前のバリエーション部分まで細かく言い当ててしまった。
"オルファート"だけでも正解だっただろうに、無駄に凄い知識である。
「まさか、正式名称を覚えてるなんて……やるわね!」
「チョコがでろんでろんに溶けてますけど、問題なく分かりますよ~!」
「これで1対1です! 次はどちらが勝利するのか!? 次の問題は……これだ~!」
輝羽ちゃんの掛け声に合わせ、いつものように2人が目の前のお菓子を口に運ぶ。
でも、今回のはちょっと大き目のお煎餅である。
2人ともガブリと噛みついてその味を確かめていた。
「はい!」
「今度は日和選手が速い~! さぁ、答えは!?」
「ぽにぽに焼き!」
「せいか~い! これで日和選手がまたもやリード!」
白い砂糖みたいなのがお煎餅にくっついているアレか。
私も好きだし、随分昔から食べ慣れているんだけど……。
「母さん、絶対、鶴田製菓のお菓子好きだよね?」
「そうじゃな。昔から好きで、よく食べておったしのぅ」
じゃあ、お母さんが一番、鶴田製菓のお菓子を買ってるじゃん。
鶴田製菓を目の敵にする理由、本当にあったの?
「うふふ、あと1つ取ったら私の勝ちよぉ?」
「まだ負けていませんよ~! 連続で取って、逆転しますよ~!」
「次で決着になるのか、それともぷに子選手が巻き返すのか? 第4問目は、これだ~!」
輝羽ちゃんの合図で、4つ目のお題となったお菓子に2人の選手の手が伸びる。
口に含んでもぐもぐした後、今度はぷに子ちゃんが手を上げた。
「これは難しかったか? ぷに子選手、答えは!?」
「ひとくちロマンド!」
「せいか~い! おみごと~!」
チョコレートは候補が多いからか、お母さんは普通に分からなかったようだ。
それに正解するぷに子ちゃんはさすがである。
「これは難しいわぁ~。だって、ねぇ……」
「また溶けてますよ~……」
「真夏にチョコなんかお供えしたら、そうなるわな」
べとべとになった2人の手を、弘子ちゃんが濡れタオルで綺麗にしてあげていた。
普通は有り得ない状態だったから余計に難しかったみたいだ。
ちゃんとお供えに適したものをお供えしなきゃいけないなぁ。私も気を付けよう。
「4問目までは互角! 2対2の同点です!」
「うふふ、なかなかやるわねぇ! さすが鶴田製菓のお嬢様といったところかしらぁ?」
「よっしーのお母さんもなかなか強いですよ~! でも、勝つのは私ですよ~!」
最後の問題を前に、少し気が早いけど2人がお互いの健闘を称え合っている。
「お互い、相手の会社の商品ばっか正解してるな」
「あ、ホントだ……」
弘子ちゃんの指摘に改めて2人の戦績を振り返ってみると、お母さんは鶴田製菓のお菓子ばかり正解しているし、ぷに子ちゃんはベルボンのチョコレートを2問連続で正解している。
会社の代表を名乗るなら自社の商品の方を正解して欲しいよ。
何で相手の会社のばっかり正解するのやら。
「次が最後の問題! この問題は分かったらすぐに答えを言ってください! 手を上げる必要もありません! さぁ、最後の問題! これ、なーんだ!?」
最後の問題となったお菓子を、お母さんとぷに子ちゃんが同時に口に入れた。
素早く、しかし慎重に味をみた2人は答えをほぼ同時に叫んだ。
「ミックスゼリー!」
「みすゞ飴!」
「おっとぉ、ここで答えが別れたぁーっ!」
最終問題はベルボンでも鶴田製菓でもないお菓子のようだ。
お供えのお菓子の定番だし食べたこともあるけど、そういえば名前は知らないなぁ。
ぷに子ちゃん、お菓子のことに関しては物知りだったんだね。
「答えは……どるるるるるるる……」
輝羽ちゃんが渾身のドラムロールをしている。最後まで盛り上げるなぁ。
「るるる……じゃん! みすゞ飴! みすゞ飴がせいか~い! ぷに子選手の勝利~! おめでとうございま~す!」
「やりましたよ~!」
「あぁああ!? 負けちゃったわぁ~!」
ぷに子ちゃんが椅子から立ち上がって大きくガッツポーズを決めた。
勝者となったぷに子ちゃんに、周りから大きな拍手が巻き起こる。
対するお母さんは机に力なく突っ伏して、敗北を嘆いていた。
「あの硬いゼリーみたいな奴、みすゞ飴っていうんだね」
「ミックスゼリーや琥珀糖も似たようなもんじゃぞ。間違うのも無理ないわい!」
ゆーくんも知らなかったみたい。
お父さんは歳の功なのか、意外にもお菓子についての幅広い知識を披露していた。
"パンデピス"の名前を考えたの、もしかしたらお父さんの方だったりするのかな?
「それでは、勝者となったぷに子選手に賞品が贈呈されます」
「え?」
贈呈って、私にどうしろと?
とりあえず称えておけばいいのかな?
「ぷに子ちゃん、優勝おめでとう」
「ありがとうですよ~! それではよっしーちゃんは貰っていきますね~」
「あぁああ、よっちゃぁあああん!」
ぷに子ちゃんが私の肩に手を置いて、お母さんから遠ざけるようにグイグイ私を押す。
お母さんの切ない声が私の背中に突き刺さるようだった。
なんだこれ……。
「それでは第1回、利きお菓子選手権はここまでです。最後までご視聴いただき、ありがとうございました! また会う日まで! さよ~なら~!」
「2回目の予定は未定だぞ~。期待すんなよ~」
輝羽ちゃんと弘子ちゃんがカメラに向かって手を振って、住職さんが指で"カット!"のジェスチャーをした。
これで撮影も終了のようである。
住職さん、なんでそんなに手慣れてるんだろう? まぁ、もう何でもいいですけど。
「楽しかったですよ~!」
「いい勝負だったわねぇ!」
戦いが終わって、2人はすっきり爽やかといった表情をしていた。
その様子には険悪な雰囲気なんて微塵も感じられない。
ノリで勝負になっただけで、最初から私を出汁に遊びたかっただけだったみたいだ。
「負けちゃったから、みんなにジュースでも奢るわぁ」
「やったー!」
「嬉しいですよ~!」
「私もいいの?」
「もちろんよ~。みんなの分、ちゃんと買ってあげるわぁ」
結局、お母さんが全員にジュースをプレゼントして戦いはお終いになった。
その後、弘子ちゃんからは島で撮影した写真を見せてもらい、またみんなで集まった時に欲しい写真を焼き増ししてくれることになった。
陽は傾き、夕焼けのオレンジ色がお寺やお墓を染め上げて、蝋燭の火がだんだんと周りを照らす力を強めていく。
遠くからは、別のお寺から響く鐘の音が聞こえていた。
お盆の鐘の音は"迎え鐘"と呼ばれ、冥土まで響いてご先祖様の精霊を呼ぶと言われている。
私たちのお祭り騒ぎも、ここに帰ってきた精霊に楽しんでもらえていたらいいな。
というか、祟られなければいいな、本当に。
夕闇が迫り、おしゃべりもここまでとして解散となった。
本町通りの方へと向かう輝羽ちゃんたちを見送って、私たちも車に乗り込む。
あとはお買い物してから帰るだけだ。
思わぬ時間を費やしてしまったけれど、何とか夕食の準備は間に合うだろう。
お父さんお母さんはカップ麺好きだけど、時間がなくてもそれを許すつもりはない。
ゆーくんとお母さんが家にいる間は栄養バランスのいい食事をお見舞いしてやるのだ!
「僕が荷物持ちするよ」
「え~、そう? じゃあ、お願いしよっかな」
お買い物に向かう傍ら、ゆーくんが自らお手伝いを願い出てくれていた。
うんうん、我が弟はやっぱり偉いし、頼りになる!
今日はデミグラスソースのハンバーグを作るつもりでハンバーグの種はもう準備してある。
お買い物ではキャンプ飯、明日の朝ごはんの一品を用意しないとね。
お夕飯のおかずを増やすのもいいなぁ。
ブロッコリーとかトマトで副菜を色々と作っちゃおうかな~。
「うふふ、優秀な子たちがいる私は幸せものだわぁ」
「ひゃっひゃっひゃ! ワシらができるのは金を出すことくらいじゃわい!」
お母さんはいいけど、お父さんは家事を手伝ってくれないかなぁ?
常に家にいるのに、一向に手伝ってくれないんだもん。
久々に家族全員が揃う食卓に向かって、車は夕焼けに染まる街を行く。
東の空には輝き始めた星が山々の合間で瞬いていた。




