秘密結社シーサーペント・後編
~前回のあらすじ~
リンカイオウとの戦いを切り抜けた好美は月食島でバカンスを楽しんでいた。
しかし、夜中に秘密結社シーサーペントの襲撃を受け、篤人たちが囚われの身になってしまう。
さらに脱出直前で富二子が行方不明になってしまい、事態は混迷を増していくのだった。
-- 8月6日(日) 2:15 --
闇の帳が最も濃くなる丑三つ時。
小さな人工島は潜水機能を十全に発揮して海の底へと向かっていた。
闇はますます深まり、上を見上げてもどこが海面なのかすでに見分けがつかない。
真夜中の海は僅か先までしか見通せず、目を凝らしても底知れぬ恐怖が漂うばかりだ。
「ぷにー! どこだー!?」
声を発しながら通り過ぎていく弘子ちゃんから身を隠し、私、佐藤好美はホテルの個室内をこそこそと移動していく。
奥にある窓を開け、右、左、右と辺りを見渡し、周りには誰もいないことを確認した。
よし、今なら窓から飛び降りても大丈夫だろう。
ここは2階だけど、人間の形態でも怪人並みの耐久力を持つ私なら何の問題も無く着地できる。
とにかくみんなと別れて、制御室に向かわなければならない。
まぁ、その制御室の場所も分からないのでどうすればいいか悩んでいるのだけど……。
ひとまず外に出て、それから考えることにしよう。
いざ、参らん!
……と、気合を入れて窓のふちに手をかけた時に、突然ブー、ブー、とスマホが鳴った。
危な!? びっくりして思わず叫ぶところだったよ。
私は慌てて乗り出していた身を引っ込め、ポーチからスマホを取り出した。
「篤人さんからだ……!」
光が漏れないようにこそこそと端末を操作してメールを開くと、そこには私がまさに今、求めていた情報が短いメッセージで書かれていた。
『しまのまんなかいわばのとびら』
島の真ん中、岩場の扉……!
そこが制御室の入り口ってことだよね?
捕らわれの身となった篤人さんは、そんな状態でも装備を駆使して私に情報を送ってくれている。
「ありがとう、篤人さん! すぐ迎えに行くからね!」
窓の縁に再び手を掛け、今度こそ私は窓の外へと飛び降りた。
目指すは島の中央、制御室だ。
-- 8月6日(日) 2:20 --
白い壁に囲まれた小さな仮眠室の中に、僕、鈴木篤人は腕を縛られた状態で監禁されていた。
部屋の前にはエビっぽい怪人が静かに目を光らせている。
秘密結社シーサーペントの怪人たちは、僕と怖がりのお姉さんを捕らえたあと、この人工島の制御室を含む建物を占拠した。
部屋の外も怪人でいっぱいだし、足だけは自由に動かせるけど力業では突破できそうにない。
運良く腕時計は奪われなかったが、装備品の入ったリュックサックは持っていかれてしまった。
しばらくは大人しく好美ちゃんに情報を送ることに徹するしかないかな?
「お疲れ様です!」
部屋を見張っていたエビの怪人が敬礼をしながら挨拶をした。
その直後、巨大なサメの怪人が怖がりなお姉さんを引っ張って入ってくる。
その怪人は乱暴に彼女を僕の方へと放り投げた。
「うぅ……」
力無く倒れこむ彼女の手も、荒い目の縄でぐるぐる巻きに縛られている。
レディなんだから、もう少し丁重に扱って貰えないものかな?
なにはともあれ、情報を得るチャンスを逃す手は無い。
今は少しでも好美ちゃんに渡す情報を増やしておくべきだろう。
「あなたがボスでしょうか?」
「おうよ。俺がこの作戦の指揮官だぜ!」
サメの怪人が堂々と答える。
エビの怪人の様子から察するに、明らかに他の怪人より上の立場にいる怪人のようだ。
「よぉ、この島のトップは誰なんだ? 俺に教えてくれねぇかなあ? この女はどうも知らされていないみたいでよお」
ギロリと鋭い目で睨まれ、お姉さんが小さく悲鳴をあげる。
きっと恫喝されたりもしたのだろう。彼女はすでに怯え切っていた。
怖い思いをさせてしまって申し訳ないな。
「グレートシャーク、まだ殺すなよ」
また別の怪人の声がする。
サメの怪人(グレートシャークと言う名前らしい)の後ろから、僕の知っている怪人が姿を現した。
「シースコーピオンか。てめーも律儀な奴だな」
「最低限の義理は守リてぇってだけだ。お前の邪魔をしたいわけじゃねぇぜ?」
シースコーピオンはエビの怪人より親しげにグレートシャークと会話し、牽制してくれている。
僕らがいきなり殺されなかったのは恐らく彼のお陰なのだろう。
グレートシャークも言っていたけど、なかなか律儀な怪人のようだった。
「ハッ! 運が良かったな、お前ら! 少しだけ寿命が延びたみたいだぜ!」
「えーと、少しだけ、ですか?」
「お前らに希望なんかあると思うか? 無関係なら殺す! 関係者なら情報を引き出してから殺す! ハッハッハ、どのみちお前らは死ぬんだよ!」
グレートシャークの言葉を聞いていたお姉さんが恐怖の表情をより深めた。
血の気の引いた顔で歯をカチカチ鳴らしている。
もはや、いつ気絶してもおかしくない状態だ。
「その判断はまだ早いと……」
「わかってるよ、ったく! 直接会って、俺が化けの皮を剥がしてやる! それまでは生かしといてやるよ!」
シースコーピオンの注意に面倒くさそうに応え、グレートシャークは部屋を出ていった。
エビの怪人がそれを敬礼で見送っている。
「こいつらは俺が見張っている。休憩でもしてきな」
「了解しました!」
エビの怪人はシースコーピオンに対しても敬語だ。
新人だったりするのかな?
彼は言われた通りこの場を後にしたので、残った怪人はシースコーピオンだけである。
「……で、どうするんだ?」
シースコーピオンが僕に向かって話しかけてきた。
この様子だと、彼は僕が戦闘員だということに気づいているみたいだ。
「リュックサックの中身を見た。お前がこの間のアイツでいいんだよな?」
「あはは。荷物の中身を見たのが貴方なら、僕って本当に運がいいみたいですよ」
荷物の中には戦闘員の服が入っていた。
見たのが彼でなければ、今ごろ僕は尋問か拷問に掛けられていたはずだ。
まぁ、そのくらいされる覚悟はしていたけどね。
「一応言っておくが、俺はお前の味方じゃないんだぜ?」
「ちゃんと話を聞いてくれそうな相手がいるってだけで十分ですよ」
エビの怪人は何を話しても無反応だったからね。
グレートシャークは完全にパンデピスを敵認定しちゃってるみたいだし。
「んで、どうするんだ? 逃がせだの説得しろだのには応じられないぜ?」
「そこまで頼むつもりはないですよ。ただ、もし施設内を出歩けるなら出歩きたいんですが」
僕の頼みに、シースコーピオンは訝しげな表情を見せる。
逃げ道を探していると思われても仕方ないからなぁ。
さすがに無理かなと思っていたら、彼は以外にも交換条件付きで許可を出してきた。
「いいぜ。どうせ逃げる隙間なんざ有りゃしねぇんだ。だが、その前にお前らがここに来た理由を教えろ。その情報と引き換えだ」
「あー、そうですね。話すのは全然構わないんですけど……」
信じてくれるかなぁ?
まぁ、信じてくれなくても言うしかないんだけど。
「……ただの観光で、偶然だぁ!?」
「そうとしか言いようがないんですよ」
そもそも、この島は僕らの所有物ですらないし。
「アホか! 信じられっかよ!」
「そこは、まぁ信じて貰わなくてもいいです。その代わり、次の提案は真剣に受け取って下さい」
僕は考えていた交渉材料を、シースコーピオンに告げる。
彼は静かに聞いてくれていたが、どうなるかな?
ここで彼に断られるようじゃ先が思いやられるんだけど……。
「――可能性はある、か。……おもしれぇ。いいぜ、無理じゃない範囲で手伝ってやる」
「ありがとうございます!」
良かった、何とか話に乗ってくれた。
さて、それじゃ施設内をまわって準備を進めないとね。
好美ちゃんにも連絡しておかないと!
「ところで、腕の縄は外してくれないんですか?」
「調子に乗んな! 外すわけねぇだろ!」
ダメか……まぁ仕方ない。
頑張ってメールを打たないとなぁ。
「あの、あ、篤人さん……」
「ん?」
怖がりのお姉さんが、おずおずと尋ねてくる。
先ほどまで、お姉さんは怪人と気楽に話す僕を見て驚いているばかりだったが、少しだけ余裕が戻ってきたかな?
「貴方は何者なんですか?」
でも、その声色には微かに恐怖が混ざっているようだった。
それは怪人たちへの恐怖ではなく、僕という得たいの知れない男への恐怖だったように思う。
まぁ、当然の疑問だよね。……そう思っていながら、ちょっとだけ悲しさを感じた。
それでも、彼女にこれ以上の負担を掛けないように、僕はその気持ちを押し殺す。
「大丈夫、僕は君の味方さ!」
「……教えてはくれないんですね」
彼女はそう言って俯いてしまった。
今度は悲しそうな顔に変わり、心に重苦しさを感じる。
でも、もし僕の正体がバレたらそれこそ彼女は命の危険に晒されることになる。
どんなにつらくても、さすがに言うわけにはいかない。
「お嬢ちゃんにゃ踏み込めねぇ領域だぜ。大人しく必要な物を教えるだけにしておきな」
「……はい……」
シースコーピオンのフォローに、お姉さんが素直に頷いた。
彼には助けられてしまってばかりだ。
僕の作戦が、少しでも彼の手柄に繋がってくれたらありがたいと思う。
「まぁ、グレートシャークが話を聞くかどうかという一番の問題が残ってる。その辺の交渉をどうするつもりだ?」
「あぁ、その役割は僕じゃないですね」
「えっ」
お姉さんが驚きの目をこちらに向ける。
そして、みるみるうちに顔が青ざめていった。
「いやいや、別に、君にやってもらおうなんて考えている訳じゃないよ?」
「ほ、本当に?」
「本当だってば」
慌てて否定する僕に、彼女はホッとした表情を浮かべる。
彼女にそんな酷なことさせたら途中で気絶しちゃう未来しか見えないよ。
「やっぱアイツか?」
「えぇ、もちろんですよ!」
シースコーピオンの言葉に相槌をうち、僕はこっそりと腕時計に仕込んだ通信機でメールを送る。
グレートシャークに対する交渉役は自分ではない。
秘密結社パンデピスの幹部候補であり、僕の相棒である彼女にお任せだ。
彼女は僕よりとんでもないからね。
彼女なら、きっと道を切り開けるはずだ。
-- 8月6日(日) 2:30 --
「うぅ、危ないところだった……」
中央の制御室を探していた私は、巡回中とおぼしき怪人の姿を見て、慌てて物陰に隠れた。
幸い岩場には木々もあるし凸凹もあるから、隠れるところはたくさんあるのだ。
こっそりと様子を伺うと、その怪人はカニの怪人っぽい見た目をしている。
バブルキャンサーよりもシャープな体型で、手がハサミになっていてパワーがありそうだった。
その怪人はなにやら辺りをうろうろしている。
その動きに一貫性がなくて、こっちも動きづらい。
「早く行かないといけないのに……」
思わず愚痴をこぼしてしまう。
そろそろ30分が経過する頃だ。
まだ時間があるとはいえ、待たせた分だけ相手は警戒を強めてしまうことだろう。
早く向かうに越したことはないのだ。
このままあのカニさんがうろうろしていたら見つからずに向かうことが……。
……ん、待てよ?
今まではできるだけ見つからないようにしていたけど、もしかして隠れる必要は無いのでは?
そもそも相手との話し合いの場に向かうのである。
ミスティラビットに変身してさえいれば、あの怪人に接触して案内してもらうことに支障はない。
うーん、無駄な時間を過ごしちゃったかも。
よし、そうと決まればさっそく変身しよう!
私はブローチを取り出して合言葉を唱えようと息を吸い込んだ。
「誰だ!」
変身する前に怪人の声が聞こえて、私は慌てて身を伏せた。
見つかったかと思って身構えたのだが、怪人がこちらに近づいてくる様子はない。
不思議に思い、恐る恐る様子を伺うと、懐中電灯を携えたぷに子ちゃんが怪人の正面から堂々と姿を現していた。
ぷ、ぷに子ちゃん、なにやってるの!?
「やって来ましたよ~!」
「はぁ? 何だお前……」
「何って、私が代表者ですよ~!」
ぷに子ちゃんが宣言するのだが、怪人はただの子供と見ているようで、信じていないみたいだ。
「こんなところにいたら危ないだろう? 早く戻んなさい」
「わ、私が本当に代表者なんですよ~!」
なんか、優しい言葉を掛けられているなぁ。
怪人にも色々いるから、そういうことをする怪人もいるだろうね。
とはいえ、このままぷに子ちゃんを連れて行かれるわけにはいかない。
この怪人は危害を加えなかったとしても、あのサメの怪人がどう判断するかは別なのだ。
「ぷに子ちゃん、こっち!」
「わっ!? なんですか~!?」
私はぷに子ちゃんを引っ張って、無理やり岩陰に引きずり込んだ。
カニの怪人はのそのそと覗きに来たが、その時、私たちはすでに岩陰に隠れながら別の場所へと避難していた。
あの怪人は真剣にこちらを探そうという気は無さそうだ。
ずいぶん優しい怪人である。
ミスティラビットとなった私であれば、怪人同士、仲良くなれるかも知れない。
「よっしーちゃん、何でここに居るんですか~?」
「ぷに子ちゃんが居なくなったから、皆で探していたんだよ」
怪人の動きに警戒しながら、ぷに子ちゃんの問いに答える。
「よっしーちゃん、私のことは放っておいて脱出するように、皆に伝えてくれませんか~?」
「そんなことできないよ!」
ぷに子ちゃんは本気で代表者として話にいくつもりみたい。
確かに、ぷに子ちゃんがこの島の代表者とも言えるけれども……。
「この役目は私が一番、適任なんですよ~」
「え、なんで?」
「私は鶴田家の娘ですから、相手にとって人質にするだけの価値があると思いますよ~」
「それって、ぷに子ちゃんなら簡単には殺されないだろうから、ってこと?」
私の問いかけに、ぷに子ちゃんは小さく頷いた。
一応、いろいろと考えた上での行動だったんだね。
「なんでそんな危ないことを考えるの。自分1人が危ない目に逢うなんて……」
「よっしーちゃんにだけは言われたくないですよ~」
う、確かに……。
ブラックローチが南中学校に現れたときに、自ら人質になったりしたからなぁ。
「私が人質になる代わりに皆を見逃して貰いますから! この役目は渡せませんよ~!」
「どうしてそこまで……」
「それは……」
「それは?」
ぷに子ちゃんが一呼吸をおいて、意を決した様子で語り始めた。
「私、憧れだったんですよ~! 人質にされたり、ダーティなヒーローと一緒に冒険したりするのが!」
「……は?」
「秘密基地や秘密結社も大好きですよ~! 防衛隊の秘密基地の見学は一生の思い出ですよ~!」
呆気にとられる私を置いてきぼりにして、ぷに子ちゃんの独白は止まらない。
「よっしーちゃんがブラックローチを相手にやったことは、まさに私がしたかったことそのものですよ~! 実は羨ましかったんですよ~!」
「え~! ちょっと待ってよぅ!? ぷに子ちゃん、その後にいろいろ巻き込まれていたじゃない。その時は怖がってなかった?」
変質者に追いかけられた時もヒートフロッグの暴走に巻き込まれた時も、かなり恐怖していたはずなんだけど……。
「怖かったですよ~! でも、次は上手くやろうってイメージトレーニングは欠かしませんでしたよ~!」
怖かったみたいだけど、あまりめげてはいなかったらしい。
ぷに子ちゃんも、もしかして輝羽ちゃんと同じくドラマに影響を受けるタイプ?
ドラマや映画では小さい子どもが活躍することがよくあるからね。
ただし、輝羽ちゃんは恋愛ドラマが主だけど、ぷに子ちゃんは冒険ものになるのだろうが。
「それに、私のわがままで皆を危ない目に逢わせてしまったんですよ~。この島だって、最初から入船許可を貰っていたら、防衛隊に助けてもらえたはずですから、責任重大ですよ~……」
「ぷに子ちゃん……」
島の移動が入船許可の扱いになるのかという、どうでもいい疑問が頭を過ったが、それは置いておいて責任を感じているのも嘘じゃ無いらしい。
何とか自分のできることを探して、シーサーペントと交渉できそうな方法を考えたのだろう。
「それは分かったけど、やっぱり危ないよ。リーダーに任せて、私たちは戻ろう?」
「嫌ですよ! ここまで来て帰れませんよ~!」
うぅ、いつになく頑なだなぁ。
私が何度たのんでみても、ぷに子ちゃんは首を縦に振らない。
私だって時間は惜しいけど、ぷに子ちゃんをこのまま放置するわけにもいかないし……。
そんなことを繰り返すうちに、ブーブーと私の持っているスマホが鳴った。
また篤人さんからのメールだ。
私は説得を一時中断し、メールを確認した。
『しまをすてるきょかをもらえ』
「島を捨てる許可を貰え??」
「篤人さんからの連絡ですか~? どのみち島を捨てて脱出する予定だったから構いませんけど、どういう意図で……はっ!?」
ぷに子ちゃんがなにやら思い付いたようだ。
私はまだ何がしたいのかよく分かっていないのだけど、合点がいったという感じにぷに子ちゃんが頷いている。
「よく分かりましたよ~! じゃあ、そういう方向で私も動きますよ~!」
「あの、何が分かったの? 私にはさっぱり……」
聞き出そうとしたところで、私は急にぷに子ちゃんに突き飛ばされた。
岩場の暗がりの中へ滑り込むように押し込められた瞬間、ぷに子ちゃんの頭上にカニの怪人が現れる。
「お前、まだここにいたのか?」
呆れたといった感じで怪人が話しかけてきた。
私は彼の視界からは何とか外れているみたいで、私がいることに気づいていない様子である。
さらに、私を隠すようにして、ぷに子ちゃんが前に出た。
「当たり前ですよ~! 私は話し合いするために来たんですよ~!」
「本気で言ってるなら連れていくけどよ……」
「お願いしますよ~! でも、少し用事ができたから寄り道してもいいですか~?」
「いいんじゃねえの? まだ1時間は経ってないだろうし……」
ぷに子ちゃんが後ろ手にパタパタと手を振って『逃げろ』と指示を出してくる。
私はひとまずその指示に従うことにした。
いま私が出ていっても、きっと堂々巡りになるだけだろう。
それなら私が行うべきは、ぷに子ちゃんよりも先にサメの怪人に話をつけに行くことだ。
先んじて和解の道筋を立てられれば、ぷに子ちゃんを助けることができるはず!
それに、あの怪人なら少なくともサメの怪人に会うまではぷに子ちゃんを守ってくれそうだし。
「篤人さんやぷに子ちゃんが何をするつもりなのかは分からないけど、私も急ごう!」
幸い、ぷに子ちゃんがカニの怪人を連れていってくれたから障害は無くなったし、直接、制御室へ向かうこともできるはずだ。
私は改めてブローチを取り出し、今度こそ合言葉を唱えた。
「白き霞よ集え、メタモルフォーゼっ!」
合言葉に反応した黒いブローチが白い光を発して、私の体を光の帯が包んでいく。
光の帯は私の着ていた服を白いコスチュームへと変えていき、最後に私は怪人の力を解放する。
光が収まり、怪人ミスティラビットの姿が岩場の陰にこっそりと参上した。
ちなみに今回は水着ではなく、普通のコスチュームである。
そもそも水着は前の一戦でダメになっちゃったからね。
おかげで次の日はみんなの着せ替え人形に……何でぷに子ちゃん、私のサイズの水着まで……。
と、そんなこと思い出している場合ではなかった。
「えーと、制御室は、あそこか」
ウサ耳に意識を集中すると、その場所はすぐに特定できた。
怪人の話し声が漏れ聞こえている扉が、もう目と鼻の先の位置にあったのだ。
その扉の前には番人らしきエビの怪人が佇んでいるのが見える。
ここで怖じ気づいてもどうしようもないし、隠れる理由もない。
それじゃ、挨拶に向かいますか!
-- 8月6日(日) 2:40 --
「ふん、良く来たな、歓迎するぜぇ」
制御室の扉の前で、私は今回の襲撃の責任者とおぼしきサメの怪人と相対していた。
私より2周り大きい体躯にギラギラした目が私を見下ろしながら睨み付けてくる。
エビの怪人に挨拶したら言葉少なく『幹部を連れてくる』と言って出て行ったあと、1、2分の間に、黒服の人のスマホで見たサメの怪人が現れたのである。
「初めまして。私は――」
「おっと、ちょい待ちな! 場所を変えるから付いてこい!」
「えっ?」
「ここじゃ暴れにくいからよぉ!」
交渉決裂時に、すぐに戦えるようにしたいのかな?
そういう結果にならないようにしたいのだけど……。
「あっ!?」
サメの怪人に続いて扉から出てきた人物を見て、私は危うく名前を呼びそうになり、慌てて言葉を飲み込んだ。
手を縛られた状態で扉の中から現れた篤人さんが、私を見て軽くウインクをする。
特に外傷もなさそうだし、無事みたいだ。
その後ろには案内役のお姉さんも一緒だ。
こちらも目立った怪我は無さそうだけど、酷く憔悴してしまっている。
篤人さんがいなかったら心労で倒れてたんじゃないかな?
「さっそく移動するぜ。それとも、ここでおっ始めるか?」
「……いえ、従います!」
相手の提案を断った時点で戦闘になる気がしたので、ひとまずは言うことを聞くことにした。
もし戦闘になるにせよ、最低限、敵意が無いことくらいは伝えてからにしたい。
サメの怪人を先頭にぞろぞろと移動を開始し、連れていかれたのは磯のエリアである。
本来なら複雑な地形の岸の先に美しい水平線が広がっているのだが、今は人工島のガラスの天幕の向こうに暗い海が見えるだけだ。
そんな磯のエリアに、今まで無かったものが1つ増えていた。
「あれは、フェリー?」
「おうよ。少しばかり拝借したぜ! もう少し小さい方が良いんだがな!」
そう言って、サメの怪人はフェリーに乗り込んでしまう。
篤人さん、お姉さんを引き連れた怪人たちも同様に入っていき、私も慌ててそれに続いた。
ここで話し合いをするってこと? わざわざ船の上で?
疑問を抱く私をよそに、私たちは最終的に船の甲板へと移動した。
「さぁて、出航するぜぇ!」
サメの怪人が宣言すると、お付きの怪人たちが篤人さん達の縄をほどき、海に飛び込んで船を人力で動かし始めた。
船のエンジンを使わないで、手押しで移動させているところが怪人らしいかもしれない。
やがて船は岸から離れ、天幕近くまで移動していった。
最短距離の岸までならジャンプできるかもしれないけど、その岸にはシーサーペントの怪人たちがズラリと並んで目を光らせている。
力ずくでこの陣を突破するのは、だいぶ幸運に助けられなければ無理そうだ。
しかも、篤人さんたちを守りながらとなると絶望的というしかないだろう。
船が速度を緩めると、突然、ゴウン、ドォン、という音が響いてくる。
振動で船が大きく揺れた。
「わわわ、な、何が……」
「なぁに、船の底に穴を開けただけだ。1時間もしねえうちに、この船は沈む」
「うぇ!?」
サメの怪人の宣言したとおり、少しずつ海面が近づいてきている気がする。
「な、何でわざわざこんなことを!?」
「お前、逃げるって有名じゃねぇかよ。これなら俺たちからは逃げられねえ!」
いや、船を沈める意味は!?
ただ船で沖に行くだけでも十分だったでしょうに!
「さぁて、改めて自己紹介といこうか。俺は秘密結社シーサーペントの幹部がひとり、グレートシャーク! 宜しく頼むぜ!」
怪人【グレートシャーク】
ホホジロザメの怪人。
秘密結社シーサーペントの幹部であり、単騎では最高戦力と目される怪人。
陸でもそのパワーは脅威だが、水中においてはその力が更に増し、真正面から戦える者は少ない。
「私は秘密結社パンデピスの怪人、ミスティラビットです。宜しくお願いします」
「へっ、やっぱ、お前がこの島のトップか。何が狙いなのか、洗いざらい吐いてもらうぜ!」
そう言うや否や、いきなり突進してきた。
予測できていたことではあるのだけど、やはり私を敵として捉えているようである。
あの体躯を誇る相手に手加減は不要だろう。
私は押し止めるために、相手に向かって跳躍し、真正面から思い切りぶつかっていった。
ガツンと強烈な衝撃が甲板を揺らす。
何とか相手の勢いを相殺し、その場に止めることに成功したようだ。
私とグレートシャークは手を組み合わせた力比べの姿勢になり、お互いのパワーを受け止め続ける。
「ハッハッハ! 俺に力比べを挑むとは、良い度胸だ!」
「いえ、あのぅ、私は戦うつもりはないのですが……」
「へっ! それなら、さっさと目的を白状しろや!」
「た、ただの観光です!」
私がお望み通り、さっさと目的を白状すると、グレートシャークは一瞬だけ呆けた顔を見せて、次の瞬間には憤怒の表情をあらわにした。
「なるほど、まともに話す気はねぇ、と……」
「いえ、本当に観光しに来ただけなんてすよぅ!」
「ふざけんなよ、てめえ! それを信じるバカがどこにいる!?」
ぐわっとグレートシャークのパワーが上がり、上から押し潰すように力が加わる。
私は慌てて手を振りほどき、真後ろへと跳んで距離を離した。
どうやら信じてもらえないどころか、嘗められていると思わせてしまったようだ。
本当に観光なんだけどなぁ……。
「これだけの潜伏能力を持った島だぜ? 防衛隊どころか自衛隊のレーダーすら誤魔化し、目視にもある程度の対策をしてやがる。俺たちですら見つけるのに一苦労だったんだ。武装は見られねえが、これが移動要塞か何かじゃなきゃ何だってんだよ!」
なんか、海のスペシャリストとも言える秘密結社からの評価がべらぼうに高いんですけど。
ぷに子ちゃん、本当になんでこんな島を作っちゃったの?
「あのぅ、本当に観光でしかなくて……戦う意思はありません!」
「まだ言うのか、てめぇ……」
「だって、本当なんですもん!」
適当な理由をでっち上げようかとも思ったが、全く何も思い付かない。
あせあせしながら、私は信じて欲しいと願うことしかできなかった。
「どうしたら信じて貰えるんですか!?」
「……」
たまらず相手にそう尋ねてしまった。
グレートシャークが怒りを通り越し、無表情で私を見つめてくる。
やがて、ニヤリを獰猛な笑みを浮かべ、再び突進してきた。
甲板をその爪で削りながらこちらへ向かってくる。
力比べではさすがに勝てなさそうなので、私は身を翻してその攻撃を躱した。
振り抜かれたグレートシャークの腕が唸りをあげ、甲板に巨大な爪痕が刻まれていく。
攻撃を受けた船体に、まるで船首を刈り取るように亀裂が走った。
「質問は、どうしたら信じてくれるか、だったよなぁ?」
「は、はい、そうですけど……」
「なら、俺に危害を加えねぇなら信じてやる!」
「へっ?」
グレートシャークは笑みを深めると、無造作に足元を踏みつけた。
バキバキと音を立て、グレートシャークがつけた爪あとから船が寸断されて、割れていく。
「わっ、わわわ……!?」
「それじゃ、ちょいとばかしダンスに付き合ってもらえるか? 冷たい海の底でよぉ!」
沈みかけた船が甲板の一部を失い、バランスを崩して船体が大きく傾いた。
足場の崩壊も加速しているし、このままここにいてはすぐに海に落下してしまうだろう。
私は安定している船側に向かって、慌ててジャンプしたのだが……。
「ほら、エスコートしてやるぜぇ!」
「ちょっ! 待って……ひゃああっ!?」
私の移動を予測していたのだろう。グレートシャークは私の真上を取っていた。
振り下ろされた鋭い爪を私は避け切ることができず、バチィンと暗い宙に火花が散った。
攻撃を受けたのと同時に、腰に装備していた霧玉がベルトごと引き裂かれ、辺り一帯が白い霧に包まれる。
私はというと、思いっきり海面に叩きつけられて、そのままドボンと海に沈んだ。
私の身体の至る所からボコボコと泡の音が発せられている。
船の残骸に当たらなかったことが果たして良かったことなのか悪かったことなのか、私は海面から結構深いところまで叩き落とされているようだった。
慌てて海面に出ようとするのだが、いつの間に飛び込んだのか、グレートシャークが凄い勢いでこちらに向かってくる。
あっという間に追かれ、私は足をがっしりと掴まれてしまった。
「おっと、俺たちの戦場はこっちだぜ!」
「……!」
もがく私を嘲笑うかのように、グレートシャークは海面と逆方向に舵を切った。
私は引きずられるがままに海中深くへと沈められていく。
ある程度、深く潜ったところでグレートシャークは私を真下へと放り投げた。
すでに息が苦しい!
海面は更に遠くなり、水圧で耳がキーンとなった。
そんな私を弄ぶかのように、グレートシャークが私の周りを悠々と泳ぎ回っている。
「死ぬまで耐えたらお望み通り、お前の妄言を信じてやるぜ? 島の住人共々、見逃してやろうじゃねぇか! ほぅれ、頑張って耐えろよ?」
そんな無茶な!? という言葉を伝えられないまま、戦闘のゴングが鳴らされた。
こっちは息もできないって言うのに、四方八方からすれ違いざまに爪による攻撃が飛んでくる。
ウサ耳だけは相手の位置を教えてくれるが、海中では動くのもままならず、まともに避けることもできない。
グレートシャークからの容赦ない攻撃が降り注ぎ、海中に何度も衝撃音が鳴り響いた。
苦しい、痛い、ヤバい!
た、助けて!
私のウサ耳は、自然と海上にいるであろう篤人さんへと意識を向けていた。
しかし、船の上の音は何一つとして聞こえてはこなかった。
「ふん、生き残りたきゃ、俺を倒すしかねぇんじゃねぇか? 船の上の連中も、そのうち沈んじまうぜ?」
グレートシャークがからかうように告げる。
その言葉を聞いて、遅ればせながらに船を沈めた理由が理解できた。
グレートシャークは私に攻撃をさせたいんだ――!
彼は、私や篤人さんたちが助かるのはグレートシャークを撃破した時のみであると、そう考えるように誘導しているのだろう。
そして、"私に攻撃された"という事実をもって、パンデピスを攻撃する大義名分を得たいのだ。
まだパンデピスとシーサーペントはギリギリ敵対はしていない。
形は無茶苦茶だけど、ミスティラビットとグレートシャークが交渉中の段階なのである。
でも、ここで私が反撃したら交渉決裂だ。
シーサーペントの怪人全員が、本当に敵に変わってしまう!
「かかってこい! それとも、このまま本当に死ぬか?」
グレートシャークの声が響き、挑発と共に再びこちらへと向かってくる音が聞こえる。
光が届かない闇の中で、小さくその爪が煌めいた気がした。
私は苦しみの中で、静かに決意を固めた。
海の中を縄張りにする大量の怪人たちから逃げられるとも思えない。
よしんば脱出はできたとしても、もし脱出艇が襲われでもしたら万事休すだ。
もし交渉決裂となれば、私も、篤人さんも、島のみんなも生き延びることはできないだろう。
なら、少しでも確率が高い方に賭けよう。
私はグレートシャークを攻撃しない。
彼の気持ちが変わることを願いながら、ひたすらに耐える!
目を閉じて意識を集中し、私は切り札である"未来を見通す力"を発動させた。
海の中にある船の残骸や魚の動き、泡の1つ1つの位置までもが手に取るように分かる。
グレートシャークがこれから腕を振るう軌跡が、目を瞑っていても分かった。
振るわれた爪をスルリと躱し、私はグレートシャークの背後を取って、その身体に捕まった。
「な、なに!?」
「約束、守ってくださいね」
相手の耳に口を近づけて、水中ながら何とか言葉を紡ぐ。
どうにか伝わっていると信じたい。
言いたいことを言った私は、グレートシャークが振り払うのに任せて彼の身体から離れた。
「くそ、なめやがって! 今度は本気で行くぜぇ! 受けろやぁ!」
グレートシャークの速度が1段階も2段階も上がり、ぐるぐると撹乱する動きを混ぜながら攻撃を放ってくる。
私はそれを最小限の動きで躱し続けた。
接近戦での連続攻撃や突進攻撃も、するすると避けていく。
「な、なんだっ! あ、当たらねぇだと!?」
グレートシャークの苛立ちの声が、少し遠くなったてきた意識の外側から聞こえる。
私の意識はもう少しで消えてしまうのかな……?
できればそれまでに、是非とも戦意が無いことを認めて欲しいんだけどなぁ……。
「おい、なんでそんなに力がありながら攻撃してこねぇんだ!? 逃げようともしねぇのはどういうことだ!? て、てめぇ、まさか……!」
驚きの声を上げるグレートシャークは、それでも攻撃の手を緩めない。
私もまた、その攻撃をひたすらに躱していく。
作戦なんか無いよ。
私は死ぬまで彼に危害を与えないという条件を守る。
私だって、まだ死にたくない。
でも、それしか手がないのなら、篤人さんや友達だけでも守ってみせる。
『死ぬまで耐えたらお望み通り、お前の妄言を信じてやるぜ? 島の住人共々、見逃してやろうじゃねぇか!』
彼が言った言葉が脳裏に蘇る。
グレートシャークが約束を守ってくれることを祈るばかりだ。
-- 8月6日(日) 2:52 船上にて --
ミスティラビットが海中へと姿を消し、グレートシャークとの戦いを始めて、はや2分。
素潜りの達人は2分ほど息を止めていられるそうだけど、彼女にそんな能力はない。
怪人だからもう少し持つかもしれないけど、長い間、息を止めていることはできないと思う。
海面を見つめ続けていたものの、ただの1度も息継ぎに顔を出していないから、もうすぐ限界であることが予想できた。
「大丈夫なんでしょうか?」
お姉さんが心配そうに聞いてくる。
大丈夫と言いたいところだけど、さすがにこの状況はまずいと言わざるを得ないだろう。
ミスティラビットなら、恐らく力を認めてもらうことについては問題ない。
僕の経験上、自分と対等な相手だと思わせることができなければ、あの手の手合いは話をまともに聞いてはくれないんだ。
その点については、ミスティラビットなら間違いなくそのハードルを超えられる。……と思っていたのだけれど、今回はさすがに条件が厳しすぎた。
それと、敵意が無いことを伝えることだけど、これについてはミスティラビットの本質を相手に感じ取ってもらうしかない。
どちらも時間があればそのうち分かってもらえるとは思うのだけど……。
海中の息さえ続かず、声もろくに出せない状況下で、どうやって相手を納得させれば良いというのか?
もったいぶらずに、さっさと交渉に入るべきだった。
お願い、一度でいいからこっちに戻ってきてよ、ミスティラビット!
「不思議ですね」
「ん、何がだい?」
沈みゆく船の上で、恐怖までマヒしてしまったのか、怖がりのお姉さんがぼんやりと口を開いた。
「あそこ、ミスティラビットの落とし物に、スマホがくっついているみたいなんです。怪人もスマホとか使うんだって思うと、何だか不思議で……」
お姉さんが指差した先に、ミスティラビットのベルトとスマホがくっついている。
霧玉は割れてしまったけど、スマホだけはそのまま残ったようだ。
いや、そうじゃない。スマホしか残っていないというのが正しいのかもしれない。
もう1つ、くっついていたはずの装備が1つ無くなっていた。
「そうか。あれなら、もしかしたら!」
「え? 何ですか、急に……」
お姉さんの質問には答えず、僕はミスティラビットのスマホを目掛けてダッシュした。
傾いた甲板を駆けて、ミスティラビットの置き土産を素早く回収。
そして、そのままスマホに紋様を書き込んだ。
スマホに不気味な文様が浮かび上がる。
これは、マジックステッキに内蔵された特殊武装、マイクロブラックホールの発動コマンドが反応したことを示す合図だ。
これで、海のどこかで異変が生じるはずだ。
どれだけの重力が生まれるかは知らないが、ミスティラビットの耐久力ならグレートシャークが参ってしまうような環境でも耐えることができるはず。
願わくば、グレートシャークだけを振りほどいて戻ってきて欲しい。
「生き残ってよ……!」
コマンドを入れてすぐ、船の回りに渦が生まれ、船体が更に大きく軋む。
身体が急に重くなったように感じられて、僕は甲板に膝をついた。
どうやら狙い通り、海の底でマイクロブラックホールが発生したようだ。
このことが何を引き起こすかは分からない。
あとは運頼み、神頼みだ。
好美ちゃんは自身を悪だと言っていたけど、僕はそうは思わないんだよね。
彼女がいなかったらどれだけの命が失われていたか分からないんだから。
防衛隊や警察がそれを知らないのは仕方ないことだけれど、神様がそのことを見てみぬ振りをするなんて良くないんじゃないかなぁ?
ねぇ神様、たまには彼女を助けてやってよ。
僕は軋む船体にしがみつきながら、海底から天を望むのだった。
-- 8月6日(日) 2:54 同時刻の海中 --
「くそ、なんて奴だ……!」
何度も仕掛けられた攻撃を躱しに躱し、私の息も限界に達していた。
グレートシャークも息が上がり、距離をとって次の一手を模索しているようだ。
でも、段々意識が途切れ途切れになってきている。
この苦しみも、もうすぐ終わるのか……。
「勝手に死ぬなんざ許さねぇぞ! 俺の最大の技でケリを着けてやるぜ!」
グレートシャークが両腕を水平に広げ、水を強く蹴った。
その体はみるみるうちに変形し、1匹のサメのような姿に変わる。
人間1飲み込めるくらいに大きくなった顎を開き、こちらに向かって突き進んできた。
「噛み千切ってやる! 【デッドエンド・ジョウズ】!」
来ることは分かっていても、もう私には躱す力は残っていなかった。
ただただ海の中で力なく漂うだけである。
私は呆気なく彼の顎に胴体を捉えられてしまい、鋭い牙が私の身体に突き立てられた。
骨が砕けるような圧迫感を感じて、私はすべての空気を吐き出した。
肺に水を吸い込めば余計に苦しむだけだろう。
私はこのまま噛み砕かれることを願った。
しかし、薄くなっていく意識のなかで、圧迫感は唐突に無くなった。
肺に水が……!
「な、なんだ!? 引っ張られる!?」
グレートシャークの困惑する声が聞こえる。
ウサ耳に意識を傾けると、海底の1点に向かって、周りの岩や船の残骸が集まっていく。
そこに私たちも引き寄せられているようだ。
「ぐあぁあ!? くそ、つ、潰れ……!?」
2人でその中心に吸い込まれ、凄まじい力で圧迫された。
先程のグレートシャークの攻撃が霞むほどの凶悪な力である。
私の肺に入っていた水が再び吐き出された。
上下左右も関係なく、自分たちより下にあったものまで、この場所に落ちてくるのだ。
グレートシャークは必死にもがいているようだが、今なお引き寄せられてくる残骸や小石に邪魔され、どうにもならないようだった。
これは、もしかしてマイクロ……。
意識が薄れ、考えようとしたことが頭の中から消えていく。
ゴツゴツと身体にくっついてくる石の礫が、私の意識を起こそうとでもいうかのように何度もぶつかってきた。
ブツン、という音が遠くから聞こえた。
「な、く、そぉ」
絶望を含んだ声がグレートシャークから発せられる。
こっちに、重たい何かが落ちてくる……?
それが何なのかは分からなかったけど、私はとっさにグレートシャークを中心から引き剥がして、私が中心に滑り込む。
その直後、ゴッ! という重い音が頭の中に直接響き、私の意識は完全に闇の中へと溶けていった。
-- 8月6日(日) 2:58 船上にて --
スマホにマイクロブラックホール解除の紋様を描き、海の異変はすぐさま収まった。
ちゃぷちゃぷという波の音だけが、傾いた船の上にも聞こえてくる。
海中の2人はどうなったのか?
耳を澄ましていた僕は、不意にぼこぼこと泡がたつ音を拾った。
その場所から、ザバンッ! と巨大な影が飛び出してくる。
「ふぃ~、危ねぇとこだったぜ……」
現れたのはグレートシャークだった。
一瞬、大切な人を失う覚悟を決めたのだけれど、よく見たら彼は肩に人の姿に戻った好美ちゃんを抱えている。
グレートシャークは甲板に降り立つと、そっと好美ちゃんを甲板の上に横たえた。
「好美ちゃん!」
「あー、ちょっとばかし水を飲んでるな。ほらよっと!」
グレートシャークは好美ちゃんの足を掴むと、だだっ子がぐるぐると腕を回すような感じと言えば分かるだろうか? 一気にぐるんと肩を回した。
好美ちゃんの身体が大きく弧を描き、その口から海水が勢いよく吐き出される。
普通は人口呼吸しないかな?
それ、犬猫に行う方法なんだけど……。
なにはともあれ、好美ちゃんの呼吸が戻ったようで、ぜほぜほと咳き込む声が聞こえる。
上体を起こしてぼんやりと周りを見渡し、僕を見つけるとにこりと笑った。
「あ、篤人さーん、お姉さんも無事だったんですね~」
寝ぼけたような態度でそう言って、もう一度バタンと倒れてしまった。
また意識を失っちゃったけど、まだちゃんと生きているようだ。
「グレートシャーク様! 今すぐ援軍を!」
海岸から怪人が叫ぶ声が聞こえた。
海の異変を察知していた怪人たちが、応援に駆け付けようと次々に海へ飛び込んでいる。
この状況、まずいなぁ。
ミスティラビットの正体に気付く人も出てくるだろうし……。
何とか誤魔化せないかと考えていると、意外なところから救いの手が差しのべられた。
「来んな、バカ野郎ども! まだ1対1の勝負中だ! 俺に恥をかかせんじゃねぇ!」
グレートシャークが怪人たちを一喝し、追い払ってくれたのである。
ついつい驚いてグレートシャークの顔を凝視してしまった。
彼も僕の顔を見て、どうしたものかと頭をボリボリと掻いていた。
「おいお前、知っていたってことで良いんだよな?」
「あぁ、そいつは知っているぜ」
僕が答える前に横から声が聞こえ、シースコーピオンがぴょんと船に飛び乗ってきた。
「てめえ、シースコーピオン! なに勝手に上がってきてんだ!」
「俺はだいたい事情を聞いたからな。ここで知ったことも秘匿すると約束するぜ」
彼なら、まぁ大丈夫だろう。
むしろ、今の状況では心強いくらいだ。
「さっきも言ったが、こいつは知っている奴だ」
「えぇ、僕は秘密を知ってます」
「そうか、なら良い。アイツは?」
グレートシャークが甲板の縁に掴まっている怖がりのお姉さんを指差した。
お姉さんは何で好美ちゃんがここにいるのか分からないって顔をしてる。
あれならうまく誤魔化せるかな?
「彼女は何も知りません。あの、彼女のことは……」
「部外者がいると話しづれぇな。シースコーピオン、連れ出せ。あとはお前が判断しろ」
「わかった」
言葉少なにシースコーピオンが了承し、お姉さんを抱えて飛び出していく。
この様子ならグレートシャークもシースコーピオンも彼女を殺すことは無いだろう。
安堵の息が漏れる。
後に残るは僕と好美ちゃんだけど、それももう解決したようなものかもしれない。
それほどまでにグレートシャークから敵意が消失しているのである。
「こいつ、死ぬまで俺に危害を加えなけりゃ信じてやると言ったら、その約束を本気で守り通そうとしやがった」
「なっ!? つまり、死のうとしたってことですか?」
相変わらず僕の想像をあっさり越えてくるなぁ。
きっと、この怪人に囲まれた状況なら自分ひとりの犠牲が一番良い方法だと判断したのだろう。
それは確かに正しいと思う、けど、この何とも言えない不快感は何なんだろうね?
「へへへっ、"死ぬまで戦う"なんて口にする奴ぁ多いが、本当に死ぬまで戦おうとした奴は初めてだ。『実力不足で実は反撃しようとしていたんじゃねーか?』なんていう疑いすらさせてもらえねぇ、まさに約束を守って死ぬための戦いをしてたぜ! ……大した奴だぜ、ホントによぉ」
グレートシャークは、ミスティラビットの力を認めたようだ。
あんな究極的に悪い条件の中で、よくもまぁグレートシャークを納得させたものだと思う。
「あのイタズラはお前がやったのか?」
マイクロブラックホールのことか。
最悪、僕だけが死ぬことになるかも……。
まぁ、それならそれでいいか。
「はい。何とか彼女の助けにならないかと思って」
「すげえ装備だな。素直に感心するぜ」
そう言って、彼はマジックステッキをポイっと僕に渡してきた。
わざわざ拾ってきてくれていたらしい。
「最後に船の錨が降ってきてな。意識もほとんどねぇってのによぉ、コイツは俺を庇ったんだ。俺が喰らっていたらあの世行きだ」
今は寝息を立てている好美ちゃんを見て、グレートシャークは愛しい者を見るように目を細めた。
これって、相当気に入られちゃったみたいだね。
「本当に死ぬまで俺に危害を加えなかったし、ぐうの音も出ねえよ。認めざるを得ねぇ」
「あの、彼女のことは許してあげてください。責任は僕が取ります」
「ハッハッハ! 俺は怒っちゃいねぇよ。むしろ、お前のお陰でコイツを死なせずに済んだぜ!」
機嫌良く笑うグレートシャークは、もう何もしなくても僕らを見逃してくれると思う。
きっとミスティラビットの正体も黙っていてくれることだろう。
でも、より安全に帰るために、秘密結社シーサーペントには心づけとなる贈り物をさせてもらおうかな。
「交渉の続きを僕からさせてください。この島があるとシーサーペントの方々は不安でしょう? ですので、この島をまるごと寄贈させていただきます」
僕の提案に、グレートシャークが目を丸くする。
「お、おいおい、いいのかよ!? こんなとんでもねぇ島をよぉ!」
「えぇ、ご迷惑をかけてしまいましたし……」
僕がシースコーピオンに提案した交渉材料は、まさにこれだった。
島そのものがシーサーペントの不安材料だろうから、それを渡してしまえば不安は消えるはず。
お姉さんにも協力してもらって島の設備のマニュアルも集めてもらったし。
あと足りない物といえば鍵くらいなんだけど――
「グレートシャーク、ちょっといいか? ちっこい女が、『この島のマスターキーを渡すから人質を解放しろ!』ってやって来てんだけどよぉ……」
お姉さんを送り届けに行ったシースコーピオンが、実にタイミングの良い知らせを持ってきた。
向こうの人たちの中にも僕と同じ判断をした人がいたみたいだね。
なかなか優秀で心強いなぁ。
「へえ、良いじゃねぇか! 俺だって良い取引は好きだぜ!」
「そうですか! では……」
「あぁ、取引成立だ!」
グレートシャークからの快諾を得て、僕らもフェリーから岸に降ろされて解放された。
ついでに潜水艇での脱出についても説明し、手出し無用という約束を取り付けることにも成功した。
ミスティラビットのおかげで信頼してもらえたから、実に簡単だったね。
ついでに僕のリュックサックも返してくれたし、万々歳だ。
僕は好美ちゃんを抱え、ぷに子ちゃんや、迎えに来たリーダーと一緒に乗り場へと向かう。
帰りの際に『まだグレートシャークとミスティラビットの1対1が続いている』といった話をして、怖がりのお姉さんの認識にも対処をしておいた。
まぁ、これで何とかなるでしょ。
潜水艇×2は無事に月食島を飛び出し、海の上に浮上する頃には好美ちゃんも目を覚まして、中学生の少女たちはお互いの無事を喜んでいた。
僕らが港までたどり着いたのは、それから2時間後のことだった。
-- 8月6日(日) 6:00 --
港までたどり着いた僕たちは、潜水艇の中で疲れて眠っている少女たちを眺めている。
真夜中に駆け回って大変だっただろうからね。もう少し寝させてあげよう。
「本当に無事で良かった」
誰かがポツリとそう呟き、黒服の皆が海を見つめている。
それからは誰もが無言だった。
沈んでいった島のことに、各々が思いを馳せているのかもしれない。
やがて1人、2人とその場を離れ、事後処理を行うべく動き始めた。
僕はこの場でお留守番だ。
「篤人さん」
もう1人のお留守番になった怖がりのお姉さんが、おずおずと口を開いた。
思えば、彼女に思いを伝えようとした矢先の大騒動だったね。
僕は改めて彼女に向き合い、しっかりと目を合わせて思いを口にした。
「僕は、君の事が好きだよ。もし良ければ、今後もお付き合いしてほしい」
言いそびれた言葉を、今度こそはっきりと彼女に伝える。
お姉さんは、泣きそうな顔で僕を見つめ返していた。
「私は、怖いことをするひとと、一緒にいたいとは思いません」
彼女はぎゅっと自分の手を握りしめ、ひとつひとつ言葉を探しながら思いを吐き出していく。
「でも、私は篤人さんのことが好きです。あなたの正体が何なのかは聞きません。だから、もし……もしも危ないことをしているなら、それをやめてください。そうしてくれたら、私は……」
最後は願い事をするように、縋るような目で僕の言葉を待っていた。
彼女は怖がりだ。
裏社会と繋がっている相手など、恐怖の対象でしかないだろう。
それでも僕を信じ、慕ってくれている気持ちを凄く嬉しく思う。
でも……。
「そういうことなら、僕は君と一緒にいることは、できない」
彼女の頬には、既に涙の跡があった。
僕は頭を下げて、決別の言葉を口にする。
「ごめん。この話は聞かなかったことにしてくれないかな?」
「そう、ですか。やっぱり、無理、なんですね」
「うん。僕にも、どうしても譲れないものがあるんだ」
今の僕を形成する心は、好美ちゃんがいなかったら持ち得なかったものだ。
それをくれた妹のような存在を、どこまでもサポートしていきたい。
僕にとって、彼女は自分よりも大切なものだから。
あぁ、この人と出会うのがあと2年遅かったらなぁ。
きっとその時はいろんなものを捨てて、彼女と歩む道を選べただろうに。
「助けてくれてありがとうございました、篤人さん」
「こちらこそ、信じてくれてありがとう」
僕らの道は、もう交わることはない。
たった数日の、短い夏の夢だった。
でもきっと、一生涯、忘れることはないだろう。
太陽に照らされた海は穏やかに揺れて、ちゃぷちゃぷと鳴る水の音が静かに時を刻んでいた。
-- 8月6日(日) 9:00 --
目が覚めたのは午前9時、こんなに遅くまで寝ていたのは何年振りだろうか?
目を覚ましてすぐ、美味しそうな匂いが立ち込めていることに気づいた。
と、いうよりも、たぶんこの匂いに気づいたから私は目が覚めたのだと思う。
お腹がきゅるきゅると自分でもびっくりするくらいの大きな音を立てて、その音のせいなのか、一緒に寝ていた皆も目を覚ました。
は、恥ずかしい! でも、みんな寝ていたからセーフだよね?
「おはよぅ」
「おはよぉあ~」
輝羽ちゃんが挨拶とあくびを同時にして、変な声を出していた。
「おはようございます~」
「おはよ……」
変な時間に寝たせいか、私も含めてまだ全員が眠そうだ。
それに私は未来視の力を使ったからか、酷くお腹が空いている。
この状態なら匂いに釣られて起きようというものである。
「皆様、朝ごはんをご用意いたしました」
「あ、はい~、今いきますよ~」
リーダーの声を聞いて、皆でのそのそと移動を開始する。
地面に降り立つと、黒服の人たちと篤人さんがカップラーメンを啜っていた。
美味しそうな匂いの正体はこれかぁ。
「簡単なもので申し訳ないのですが……」
「何にも問題ありませんよ~!」
「どれにしよっかな~」
「私はシーフードだな」
「味噌があったらそれで……」
それぞれ好きな味を選んで、お湯を注いでいく。
輝羽ちゃんがカレー味、ぷに子ちゃんは豚骨醤油を選んでいた。
あー、お腹空いたよぅ! 3分が待ちきれない!
「出来ましたよ~!」
「おしゃー、いただきまーす!」
「「「いただきまーす!」」」
カップラーメンを競うかのように3人で食べ始める。
何の変哲もないカップラーメンも、空腹の私にはこの上ないご馳走だった。
「海を見ながらだと、何だか旨く感じるな」
「キャンプに来たみたいだよねっ!」
「皆で食べるご飯は最高ですよ~!」
「うん!」
思えば、良くみんな無事で帰って来れたと思う。
あの後どうなったのか、いまいち記憶がはっきりしない。
後で篤人さんに確認することにしよう。
でも、今はのんびりご飯を食べて、海を眺めていようかな。
「うーん、由々しき事態っ!」
「どうした急に?」
輝羽ちゃんが食べ終えて、急に唸りだした。
腕を組んでしかめっ面をしている。
「ご飯が足りない!」
「あぁ、まぁ、そこまで足りないわけじゃないけど……」
「わかりますよ~!」
「う、わ、私も……」
みんな夜中に走り回っていたし、私は能力を使った反動による空腹が続いていた。
後2つは食べたいくらいだけど、さすがに食べ過ぎると変な目で見られてしまう。
一息はつけたけど、もう少し食べられるものがあると嬉しい。
「あのぅ、宜しければ……」
案内役のお姉さんが手を上げて、七輪を取り出した。
手早く準備を済ませると、網を熱して丸っこい物体を乗せていく。
話を聞くと、それはお煎餅の種とのことだった。
「運び出していたのか」
「すみません、これだけは手放せなくて」
リーダーが苦笑している。
そういえば月食島の浜辺でも七輪で何か焼いていたっけ。
あれ、お煎餅だったんだね。
篤人さんは……何であっちの方にいるのやら。
何かあったのかな?
そんな違和感も、香ばしい匂いが広がると私の意識はそちらの方に夢中になってしまう。
なんか期待できそうな匂い……。
ついつい、自然と唾を飲み込んでしまっていた。
「はい、どうぞ。お口に合えば良いのですが」
「「「いただきまーす!」」」
腹ペコ中学生ズが1枚のお煎餅を受け取り、ノータイムで口へと運ぶ。
カリリと軽い食感で、お米の香りに醤油と蜂蜜の味、それと、たぶん何かの果物の味が混じりあった未知の味がする。
でも、文句なく美味しい。
噛み締めると味が混じり合い、口のなかで濃くなって、どっしりとした甘さに変わるのだ。
「すごいっ! これ美味しい!」
「いいな、これ」
「うん、もしかしたら売っているものより……あっ!?」
売り物の大御所の1つ、鶴田製菓のご令嬢が真横にいることをすっかり忘れていた。
や、やらかしたかも!? 大失言だよぅ!
その鶴田製菓のご令嬢たる、ぷに子ちゃんはお煎餅を無言でモグモグと味わっており、眉間にシワを寄せている。
ぷに子ちゃんは食べていたお煎餅をごくんと飲み込むと、つかつかとお姉さんの方へ歩んでいく。
みんなが息を呑む中、そのままガシッと手を握った。
「素晴らしい腕前ですよ~! これならうちの会社も安泰ですよ~!」
「え? あ、あの……」
目を白黒させるお姉さんと、はしゃぐぷに子ちゃんに、リーダーがそっと近づいて話を切り出した。
「お嬢様、申し訳ございませんが、彼女は島の管理者としての期間限定の雇用です。いずれ自分の店を持ちたいとのことですので、鶴田製菓の商品には……」
リーダーの言葉に、ぷに子ちゃんが愕然とした表情を見せた。
なんか、怪人と相対した時より切羽詰まった表情をしているんですけど。
「そ、そんな! うちの会社、適材適所がなってませんよ~! こんな逸材、逃す手は無いですよ~!」
頭を抱えて嘆くぷに子ちゃんを見て、黒服の皆さんが笑っている。
本人は切実なんだろうけど、コミカルな動きをしてるから笑っちゃうのも仕方ないかも。
「私たちも仕事を続けることはできませんし、別の会社にでも……」
「だめですよ~! どうにかして再雇用しますよ~! お父さんに直接掛け合いますよ~!」
それだけ言うと、ぷに子ちゃんはスマホを取り出して電話をかけ始めた。
鼻息が荒いぷに子ちゃんを横目に、私は焼き上がってくるお煎餅をもりもりと食べていく。
うん、美味しい。
「全員有能ですよ~! 特にお姉さんは唯一無二ですよ~! 業務提携とか、とにかく良い手を探して……」
電話の向こうのお父さんを相手に、必死にアピールしているようだ。
お姉さんの要望にも答えつつ、どうにか逃がさないように落としどころを探っているみたい。
ぷに子ちゃん、頑張ってるなぁ~。
そのうち、このお煎餅がいつでも食べられる日が来るのかもね。
その後、私たちは火見市へ向かい、お昼にうどんを食べてから新潟へと帰還した。
公にできない大冒険は私たちの心の中にだけに残り、また普通の日々へと戻っていく。
こういったことはもうこりごりだけど、またいつか、みんなで旅行に行けたらいいな。
-- 8月6日(日) 15:00 --
富山湾の海底深く、迷路のような鍾乳洞の奥にある基地の中で、喧々諤々と意見がぶつかり合う会議が開かれていた。
「輸送の中継地だ! それ以外にあるまい!」
「いや、採掘の基地として運用するべきだ!」
「何を言うか! この隠密性は襲撃基地として活かさねば宝の持ち腐れというもの!」
久しぶりに集まった主要メンバーたちが、秘密結社パンデピスより贈られた人工島の運用について、どうにか自分たちの部隊で使えないかと奪い合いのような会話を繰り広げていた。
その島を持ち帰ってきたグレートシャークを見ると、興味無さげにあくびをしている。
そんな彼の代わりに強襲部隊の副隊長が声を張り上げているようだが。
結局のところ、あの戦闘員が仕掛けた取引は的を射るものだったと思う。
少なくともパンデピスといざこざを起こそうという意見は完全に無くなっていた。
グレートシャークを納得させたミスティラビットも見事だったが、あの戦闘員、シーサーペントにスカウトしてぇくらいだぜ。
それにしても、功労者であるはずのグレートシャークは我関せずを貫いている。
お前が"持っていく"と宣言したら意見が通りそうなものなのだが……。
ちょっと突いてみるか。
「おい、いいのか? 任せっきりにしてよ。お前が持ち帰ってきたものじゃねぇか」
「いーんだよ、運用方法なんざ頭の良い連中に任せときゃよぉ!」
グレートシャークの言葉も素っ気ない。
俺としては輸送部隊で使いたいところだが、"あったら便利"くらいの認識だし、他の連中の意見も頷けるところはあるしな。
まぁ、だからこそ意見が割れて収集がつかなくなっているわけだが。
ちなみに俺の部隊のトップであるセイレーン様は、バカンスにお邪魔させてもらえればいいという、なんとも気の抜けたことを言っていた。
そんな態度なので、こっちも強襲部隊と同様に副隊長が声を張り上げている。
「ふぉっふぉっふぉ! やっておるのぅ!」
会議室の扉が開き、総帥が部屋へと入ってきた。
議論は一時中断し、幹部を除く怪人たちが片膝をついて頭を垂れる。
総帥は中央の席に座ると、静まる会議室に、威厳に満ちた声を響かせた。
「面を上げよ。さて、件の交渉、見事であったぞ、グレートシャーク」
「あぁ、我ながらいい結果を出せたぜ! これほどの戦果は初めてかもしれねぇ!」
グレートシャークは堂々と言い放った。
それについて否を突きつける奴はいないだろう。
総帥も満足そうに頷いている。
「うむ! これほどの成果を上げたのじゃ。なんぞ、求めるものはあるか?」
総帥の言葉に、先程まで激論を交わしていた面々が唾を呑む。
ここでグレートシャークが『島を使いたい』と言えばそれまでだ。
きっと人工島はグレートシャークの物となるだろう。
だが、注目を浴びる中、グレートシャークは思いもよらない褒美を願い出ていた。
「そんならよぉ、パンデピスのミスティラビット宛てに返礼の品を贈りてぇんだ。すげぇ物を貰ったんだぜ? 何か返すのが礼儀ってもんだろ!」
何を言うかと思ったら、返礼品か。
取り引きとしては身の安全と引き換えって話だったが、貰ったものが貰ったものだしな。
俺に"律儀なヤツ"とか言っていたが、グレートシャークも十分に律儀じゃねぇかよ。
「ふぉっふぉっふぉ、良かろう! 金に糸目は付けぬ。この基地にある物なら何でも贈ることを許そう。好きな物を持って行け」
「マジか? 良いのかよ!?」
「あぁ、構わぬ。此度の贈り物はそれほどの価値があるからのぅ」
「っしゃああ!」
総帥の許可を得て、グレートシャークはかなりの喜びようだ。
本当にミスティラビットを気に入ったみたいだな。
「それにな、どうやら【怪人X】もミスティラビットに所縁があるようじゃ」
総帥が怪人Xの名前を出した途端、どよめきが会議室を満たした。
怪人X……。
その名前、久しぶりに聞いたな。
「怪人Xから連絡があってのぅ。改造手術以外で連絡が来るなど、前代未聞じゃわい」
「へぇ、どんな内容なんだ?」
「ミスティラビットを死なせるなといった報せが届いておったよ。果たしてミスティラビットという怪人は、怪人Xにとってどのような存在なんじゃろうなぁ?」
怪人Xは全ての怪人の祖であり、改造手術の産みの親とも言われる怪人の名だ。
表舞台には決して現れず、ただ望む者に改造手術の知識だけを残していったと言われる、半ば伝説上の怪人……。
得たいの知れない各地の秘密結社の、さらに最奥に位置するような人物が、直々に怪人名を名指しして口出しするなんてことが本当にあり得るのか?
「ニセモノではなくて? 昔は結構あったでしょ?」
セイレーン様が疑惑を口にした。
確かに、その線もあるか。
「ふぉっふぉっふぉ! そうじゃな。5年ほど前まではそれなりにあったのぅ。そういった連中は全て消えていったようじゃがな」
まぁ、嘘がバレたら大概はこの世から消されるからな。
俺も"偽物を消した"とかそういった話は何度か小耳に挟んだことがあるし、これもその偽物のうちの1つである可能性は高い。
まぁ、万が一、本物だったとしても、得体が知れな過ぎて関わり合いたくねぇけどな。
「どちらにせよミスティラビットは無事だったんじゃ。これ以上の接触はあるまいて」
「へっ! つまりはパンデピスと仲良くしておいて損はねぇってことだろ! 俺らにとっちゃそれで十分だぜ!」
グレートシャークがいささか強引に結論を出した。
まぁ、でも、そうだろうな。
何があるのかは知らねぇが、ミスティラビットやパンデピスと敵対しないで済むならそうするべきだろう。
「そんじゃ、俺はお暇するぜぇ! シースコーピオン、お前も手伝え!」
おっと、こっちにも話が飛んできたか。
まぁ、これ以上、怪人Xの噂を考えてもしかたねぇし、会議にも飽きたからちょうどいいか。
鼻息を荒くしたグレートシャークは会議室を飛び出していく。
会議室を出るときに一礼だけして、俺はグレートシャークの後を追いかけた。
グレートシャークはニヤニヤしながら基地内を闊歩している。
やれやれ、随分と楽しそうにしやがってよぉ。
「んで、俺も選んでいいのか? 俺が選んだら、この基地の運営が傾くかもしれねぇぜ?」
「あぁ!? こっちは人工島を丸ごと貰えたんだ! ケチるんじゃねぇぞ!」
あ~あ、運営に気を回すことすらケチ扱いかよ。
そもそも俺のはジョークだったってのに……。
俺はどうやらコイツのブレーキ役をやらねばならんらしいな。
まぁ、いいさ。
存分に付き合ってやろうじゃねぇの。
-- 8月11日(金) 山の日 8:00 --
みんなとの旅行から帰って数日が経った。
今日は篤人さんがお休みなので、私たちは秘密結社パンデピスの本部へと足を運んでいた。
武術の稽古も約1週間の間が空いてしまったし、今日は久々にマスターバブーンに稽古をつけてもらうつもりでいる。
戦闘員21号とエントランスに入っていくと、テーブル席にノコギリデビルが居て、湯呑でお茶を飲んでいた。
湯気が出ているみたいだけど、真夏でも熱いお茶を飲むんだね。
「ふふふ、来たか、ミスティラビット。待っていたぞ」
「あ、はい、えーと、なんでしょうか?」
あれ、私に用事なの?
今日、予定は特に無いはずだ。
対クロスライト用の工事は明日まで終わらない予定だし、出撃命令が下ろうはずもない。
でも、何故かノコギリデビルは私に用があって待ち構えていた様子である。
「ふふふ、ミスティラビット宛てに届け物があった」
「え、届け物?」
何だろう?
ミスティラビット宛てに何か届くって、碌なものではない気がするんだけど。
「ば、爆弾とかじゃないですよね?」
「ふふふ、安心しろ。その手の検査はしっかり行っている。問題なしだ」
あ、その辺はしっかりやるんだね。
闇組織なわけだし、さすがに気を付けているみたいだ。
でも、罠じゃないとなると、本当に届け物ってこと?
私、何か落とし物でもしたっけ?
"ミスティラビット"を装備品に書いた覚えはないんだけどなぁ。
「ふふふ、受け取ったものは各種レアメタルだ。秘密結社シーサーペントのグレートシャーク、シースコーピオン名義で送られてきたのだが、心当たりはないか?」
「え!? な、なんで??」
その2人の名前には凄く心当たりがあるけど、何でレアメタルを送ってきたのかについては全く心当たりがない。
ただ、頭を捻る私と違って、戦闘員21号には心当たりがあるようだった。
「もしかして、島のお礼とか言っていませんでしたか?」
「ふふふ、まさにそれだ。人工島のお返しに、是非収めて欲しいそうだ」
「えぇ!?」
新潟に帰ってきた後、私は篤人さんから人工島を明け渡したと聞いて納得していた。
あの島はそもそも公にしてはいけないものだし、ぷに子ちゃんが持ち続けてもトラブルの元だから、これで綺麗さっぱり片付いたと内心で安堵していたのだけど……。
まさかお礼の品を贈ってくるとは。
「ふふふ、まさか、このようなプレゼントを頂くことになろうとはな。かの組織とは近いうちに、正式に不可侵協定を結ぶことになろう。カラガカシのやつが新たな取引先だと意気込んでいたぞ」
「そうなんですか? えーと、それは良かったです??」
「ミスティラビット、君の功績だと思うんだけど、何でそんな他人事なの?」
そんなこと言われても、本当に他人事としか思えないんですよぅ。
人工島の取り引きをしたのは篤人さんだったわけだし、戦いもいつの間にか終わっていたし……。
っていうか、あの島、そもそも私たちの物じゃないんですけど!
「色々と作戦を考えていたのだが……。ふふふ、まさか自分の力だけで幹部候補になる条件を達成してしまうとはな」
「え? あの、何の話ですか?」
「なに、君の幹部昇格に反対していた相手を札束で黙らせたというだけだ。まぁ、実際のところ、レアメタルそのものを欲しがったので、一部を渡して手打ちにしたがな」
反対意見を出しているところなんてあったんだ。
でも、ノコギリデビルの話を聞く限り、その最後の砦も突破されてしまったようである。
くそぅ、その人たちがもう少しごねてくれれば良かったのに……!
「ふふふ、私の遠征の結果もまあまあだったのだが、そちらの件は後回しでもよくなったな。さて、ミスティラビット、君は今から正式に幹部候補だ」
「は、ははは、ありがとうございます、頑張ります……」
遊びに行っただけなのに、なぜこうなった!?
嫌だぁ~! と叫びたい気持ちを抑え、私は何とか笑顔を維持する。
波風立てないようにしておかないと、どこで反逆者判定されるか分からないし……。
それにしても……うぅ~、どうにかして幹部候補から降りたいよぅ!
「ふふふ、ようやく幹部登用試験を開始できそうだ。試験内容は追って連絡する。それまでは自由にしているがいい」
「はい、分かりました」
「結構長く協議されてきたけど、ようやくだねぇ」
返事をしつつ、私は今後の身の振り方について頭を働かせる。
頭を冷やして考えるに、今さら幹部候補から降りるのは難しいだろう。
そうなると、別の怪人が幹部になるのを後押しする方が良さそうかな?
マスターバブーンとか、安心して幹部に推せる怪人もいるし、そっちの方向で頑張ろうっと!
「あ、僕からも1つ質問していいですか? ノコギリデビル様」
話が終わり、立ち上がったノコギリデビルを戦闘員21号が呼び止めた。
何か気になることでもあったのかな?
「ふふふ、構わんが、何だね?」
「レアメタルって、どのくらい届いたんですか?」
「そうだな……。いろいろと種類があったので正確ではないが、恐らく2億円程度だろう」
「に、2億円て……!?」
グレートシャーク、シースコーピオン、送りすぎだよぅ!?
「ふふふ、はした金で申し訳ないと言っていたそうだぞ」
「ふぇえ!?」
「なるほど、人工島と比べると少ないかもしれませんが、なかなかの金額ですね」
「ふむ、何なら少し持っていくかね? 諸君らにはその権利があると思うが……」
「い、いえ、要りません! どうぞ、収めてください!」
「ふふふ、欲の無いことだ」
私は組織からのお金は受け取るつもりは無いのだ。
いずれ遠くの高校、大学と進学して、パンデピスと疎遠になることが私の目標であり、その時に金銭面のつながりがあると面倒だからである。
しかも、今回のは友人の島を勝手に売却したようなものなので、余計に受け取りづらい。
「シーサーペントとは仲良くしていきたいですね。是非とも感謝しているとお伝えください」
「ふふふ、良かろう。不可侵条約の提案のついでに、礼状くらいは出しておくとしよう。……ふむ、どうせなら君たちの方でしたためてみるかね?」
「あー、そうですねぇ。どうする、ミスティラビット?」
わ、私は感謝なんてしていない……! でも2億円……!
余計なことを……! でも2億円……!!
「ミスティラビットは闘技場で汗を流してくればいいよ」
「ふぁい……」
金額の大きさに脳を焼き切られた私は、お礼状のことは戦闘員21号に任せて闘技場へ向かった。
その後、私は全てを忘れるべく、一心不乱に訓練に打ち込むのだった。
-- 8月11日(金) 山の日 19:00 --
【特務防衛課 新潟県 十日前町市支部 地下基地】
1日の訓練を終えて、隊員たちは夕食を取るべく地下基地の食堂へと向かって行く。
僕もそれに倣って、空腹を抱えて食堂に来たところだ。
僕の名前は佐藤 優輝。
新潟県のヒーローの後継者であり、防衛隊の見習いだ。
最近はパンデピスの怪人による襲撃も無く、平和な毎日を過ごすことができている。
そのおかげか、夏の強化合宿(僕は参加できないから部活の友達に聞いただけだけど)みたいに、普段より更に負荷を上げたトレーニングが続いていた。
疲れが残っているせいで、まだ自分の力になっている実感はないのだけど、かなりの修練を積んでいるという達成感がある。
「優輝、お疲れ」
「あ、お疲れ様です! 教官!」
先に食事を摂っていた上杉教官に声を掛けられ、僕は同じテーブルへと向かった。
今日は山の日にちなんで山芋のとろろ昆布に天ぷらがついた、かけ蕎麦のセットが用意されている。
お蕎麦なんて久しぶりだな~。
姉さんがよく天ぷらを揚げていたからか、何となくホッとする味なんだよね。
「真夏に熱い蕎麦ってのも悪くないな」
「僕は冷たい蕎麦の方が食べ慣れていますけど、温かいのもいいですね」
どんぶりに入った温かい蕎麦を、上に乗ったとろろ昆布に絡めて啜る。
とろろ蕎麦ってほとんど食べた記憶が無いや。
とろろと蕎麦を一緒に食べようとすると量が増えて、ついつい口いっぱいに頬張ってしまう。
うーん、もしかして僕、食べるの下手なのかな?
「おーい、飛竜! 零! 樋口! こっちこっち!」
教官が飛竜さんや氷月先輩、樋口さんのグループを見つけたようで、声を上げて手招きした。
後ろを振り向くと、それぞれお盆にお蕎麦を乗せてこちらに近づいてくる最中だった。
思い思いの席に座り、いただきますの挨拶をしてみんなで蕎麦を啜る。
「お前ら、よく頑張ったな。まさか、あのメニューをこなすとは思わなかったぞ」
「久しぶりに地獄を味わったぜ……!」
今週の教官のトレーニングはハードだったから、珍しくお褒めの言葉が飛び出していた。
飛竜さんは特に気合を入れて頑張っていたからね。
それに引っ張られて、他の先輩たちも、僕も、訓練に食らいつくことができたと思う。
おかげで身体中が痛いや。
「それ以外は何もなくて、平和だったよなぁ~」
「あぁ、結局はパンデピスの襲撃も無かったからな」
「優輝くんを相当警戒しているんでしょうね」
テレビのニュースでは、海水浴客で賑わう浜辺の様子が映し出されている。
パンデピスがいない休日って、こんなに穏やかになるんだね。
「こんな風景が当たり前になればいいんだけど」
氷月先輩の呟きに、誰しもが頷いた。
しばらく動きが無いとはいえ、きっとパンデピスは闇の中で牙を研いでいるだけなのだろう。
僕の追跡対策をしているのではないか、というのが教官の見立てだし、僕もそう思う。
また戦いが起きた時のために、僕らも力を磨いていかなきゃいけない。
「富山県の方はどうなったんです?」
「あぁ、あれから警戒を強めているようだけど、そちらも異変は無いそうだ」
「結局、ミスティラビットの目的は分からずじまいかぁ~」
エビの天ぷらの尻尾を齧りながら、僕は遊びに行くと言っていた姉さんの声を思い出していた。
うーん、何もしていない気がするし、そうでもない気もする。
姉さんに聞いたら教えてもらえるかもしれないけど、お互いに不干渉の約束だからなぁ。
「そっちは情報共有を続けていく。パンデピスは暗躍しているようだが、こっちだって指をくわえて見てるだけじゃないからな」
「えぇ! ついに優輝くんの装備が届きました! サンライトソードも完成品が届いたよ!」
「おいおい樋口、あまり大っぴらに話さないでくれよ?」
途端に楽しそうな声になる樋口さんに、教官が苦笑いしながら釘を刺した。
樋口さんって、クロスライトのことになると本部の矢木参謀長と同じく自慢したがるからね。
でも、外に出して良い情報か吟味しないと、切り札が切り札じゃなくなっちゃうよ。
「それ以外の装備品も試運転しないと! これからが楽しみ! 明日はソードで、その次は……」
「あー、そのことなんだが、予定が変わってな」
「あれ、そうなんですか?」
何だろう?
お盆休みは装備の点検と試運転になると思っていたんだけど……。
「優輝はすでに怪人、しかも幹部1人を撃破してるだろ? 訓練もしっかりこなしているし、そろそろ保護対象から外して1人前って認めるべきだと思ってな」
「おー! 優輝、やったじゃんか!」
「そりゃそうだよね。僕も当然だと思うよ。おめでとう」
「おめでとう、優輝くん!」
「あはは、ありがとうございます」
そっか、ついに1人前って認められたんだ。
これはますます頑張らなきゃね!
「……それで教官。その決定が優輝のスケジュール変更と関係しているんですか?」
「あぁ、今まで実家に帰るのは不許可だったけど、今年のお盆休みくらいは帰してやろうって話になってな。優輝だけ8月13日~15日はお休みになったんだ」
「え!? 僕、家に帰れるんですか!?」
教官が力強く頷いた。
本当に帰っていいんだ……。実に2か月ぶりの我が家だ。
「その分、レッドドラゴンとブルーファルコンには頑張ってもらうことになるが……」
あ、そっか、僕が休んだ日にパンデピスの怪人が来たら……。
申し訳ないなと思いつつ氷月先輩と飛竜さんの顔を見ると、2人はむしろ活き活きした顔をしていた。
「いえ、問題ありません。むしろ少しは活躍したいと思っていましたから!」
「そーそー、優輝も休める時に休んでおけって!」
「そ、そんな、優輝くん……」
2人の言葉が心強い。
約1名を除き、みんな快く休ませてくれるようだった。
飛竜さんも氷月先輩もやる気になっているし、ここはご厚意に甘えさせてもらおっかな。
「ありがとうございます。お休み、いただきますね」
「あぁ。少し遅くなったがハイドヒュドラ討伐の特別休暇だ。ゆっくり休んでくれ」
明日を乗り切れば、久しぶりに家に帰ることができる。
何があるわけでもないけれど、姉さんと父さんの顔が見られるだけでも嬉しい。
それと、お盆には母さんも戻ってくるからね。
僕が家族と一緒に過ごすことができる、貴重なお休みになりそうだ。
「あー、でも、優輝の場合は周りにバレないように、できるだけ内緒にしなきゃな!」
「僕が変装のコツを伝授しようか?」
「私も休んでいいですか?」
「おい、樋口はダメだぞ!? どさくさに紛れて休もうとするなよ……」
わいわいと騒がしくなる夕食の席で、僕は明後日からの予定に思いを馳せていた。
お休みまであと1日、頑張るぞ!




