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秘密結社パンデピス  作者: ゆきやま
41/42

秘密結社シーサーペント・中編

~前回のあらすじ~

 友達と一緒に富山湾の秘密の島に来た好美は、漂着した怪人シースコーピオンに接触する。

 富山県のヒーロー、リンカイオウとの戦いを経て、どうにか島を隠し通すことに成功した。

 バカンスを楽しむ一行の傍ら、篤人はどうやら気になる人ができたようで……。

-- 8月5日(土) 7:00 --


 特務防衛課 新潟県 十日前町市 支部――


 地下950mにある秘密基地の内部を、人工の光が明るく照らしている。

 太陽の届かない場所において、光の調整は生活のリズムを崩さないための重要な要素の1つだ。

 朝7時となれば防衛隊員たちはそれぞれ活動を始め、基地内には活気が溢れていく。


 僕の名前は佐藤 優輝。

 新潟県のヒーローの後継者、クロスライトであり、十日前町市の防衛隊員の見習いだ。

 朝の軽い自主トレーニングを終え、軽くシャワーで汗を流して、今は食堂へと向かっていた。


「優輝、おはよう!」

「おはようございます!」


 すれ違う先輩方から声を掛けられ、気合を入れた挨拶を返していく。

 先輩にきちんと挨拶するのは当たり前で、ヒーローの肩書に胡坐をかくなんてもっての外だ。

 僕はこの隊で一番の新参者だし、普段の訓練や咄嗟の判断では先輩方から色々と教わってばかりの毎日なのだから。


 食堂へと辿り着き、食堂のおばちゃんに挨拶をしてご飯をもらってくる。

 和食と洋食が用意されているけれど、僕はだいたい和食を頼んでいた。


 お盆の上を良く見れば、お味噌汁や総菜の中に夏の野菜が増えていた。

 ナスやキュウリの漬物の小鉢が追加されたり、夜はハンバーグなどの付け合わせのポテトサラダにトウモロコシの粒が増えていたりもする。

 地下の基地内でも、ほんのりと夏を感じることができていた。


「おはよう、優輝」

「おはよう! 隣に座るぜ!」

「おはようございます!」


 席について、さて食べ始めようというところで、氷月先輩と飛竜さんがやってきた。

 2人とも和食を選んでいるみたいで、特に飛竜さんのご飯は山盛りだった。


「優輝は久々に外出できるね。公開訓練だけど」

「そうですね。約1週間ぶりですよ」


 東京で秘密結社ハイドヒュドラを(たお)してから、十日前町市では僕の人気が少し過熱気味で、しばらく表を歩くことを禁止されていたのだ。

 東京や他県からも相当の問い合わせがあったみたいだし、全国区の秘密結社を潰した功績ってここまで大きかったんだと実感した。

 レッドドラゴンやブルーファルコンの人気も、こうやって作られたんだろうな。


「たとえ任務だとしても、外に出られるだけでも気分がだいぶ違うから嬉しいです」

「教官は『公開訓練、また土曜日か!』って怒っていたけどな!」


 ケラケラと笑いながら飛竜さんがご飯を口に運ぶ。

 土日には秘密結社パンデピスの怪人が出現する確率が高いから、教官の怒りはごもっともだ。

 できれば怪人対策に専念したいけど、公開訓練は上からの命令だし、断り切れなかったのかな?


「おはよう。みんな揃ってるな」

「おはようございます!」

「あぁ、おはよう。飯の途中だろ? 無理に挨拶しなくていいぞ」


 上杉教官もご飯を乗せたお盆を手に、こちらにやってきた。

 このテーブル、和食派しかいないや。

 たまには洋食の方も食べようかな? 僕、トーストも好きだし。


「教官、今日もなんでまた公開訓練になったんスか?」

「唐変木が調子に乗ったからに決まってるだろ?」

「普通、1ヶ月に1回やるようなものじゃないんですけどね」


 唐変木というのは新潟市の防衛課本部にいる矢木参謀長のことだ。

 東京へと乗り込んで大暴れしていたけれど、新潟に戻っても相変わらずアピールに余念がない。

 隊長や上杉教官の抑えが無いと、きっと東京の時みたいになるんだろうな。

 ……もしかして、いずれは僕が抑えなきゃダメなのかなぁ?


「土日は()めろって、いつも言ってるのに……!」

「今回は予想が楽でしたから、僕も優輝も準備はバッチリできていますよ」

「俺たちですら、そうなるって分かったもんな!」


 話題沸騰中のうちにクロスライト(ぼく)を前面に押し出したいという魂胆が丸見えだったからね。


「僕、だんだん矢木参謀長のことが分かってきた気がします」

「同じく」

「そういうこと! 大丈夫っすよ!」


 僕たちの意見を聞いて、"それもどうなんだ"と言わんばかりに上杉教官が天を仰いだ。

 本当にお疲れ様です。


 それに、心配せずとも今週はパンデピスの襲撃は起きないと思う。

 姉さんがそれとなく教えてくれたし、僕たちの出番は無いはずだ。

 もちろん、油断はしないけど。


「そうそう、昨日、ミスティラビットが出たそうだ」

「っ!?」


 教官の言葉に、飲んでいた味噌汁を噴き出しそうになった。

 そんなはずないと思うんだけど、どういうこと?


 氷月先輩も飛竜さんも、周りの隊員たちも唖然とした顔で上杉教官を見つめている。


「ちょ、教官! それ、本当なんスか!?」

「あぁ。後で隊長からも通達があると思うが、本当だ」

「そんな連絡、受けていませんけど……」


 氷月先輩の言葉に、僕もうんうんと頷く。

 怪人が出たなら僕らヒーローに必ず連絡が来るはずなのに、聞いた覚えが無い。


「その理由は出現した場所にあってな。富山湾でリンカイオウと交戦したらしい」

「富山? 隣の県にミスティラビットが現れたってことッスか!?」

「そういうことだ。隣の県だったから、こっちに連絡が来るのが遅れたんだよ。というか、俺個人の知り合いが教えてくれたってだけで、連絡すら寄こしてもらえていないのが実情なんだが……」


 お隣の県での出来事だったから、管轄外の僕らには連絡が来なかったのか。

 いや、それでもミスティラビットくらいの知名度なら連絡くらいして欲しいんだけどな。


「それで、リンカイオウとミスティラビットの戦いはどうなったんですか!?」

「逃げられたそうだ。リンカイオウの話だと、必殺技2つを喰らわせて、なおピンピンしていたらしい。対するリンカイオウは連戦で疲れがピークだったみたいでな。逃げてくれて幸運だったかもしれない、と言っていたよ」

「必殺技を2発……。それでも仕留められないなんて……」

「必殺技を2回放てるって、それって凄く優勢だったんじゃ……?」


 リンカイオウは海の戦いのスペシャリストだったはず。

 そのスペシャリストに富山湾で戦いを挑んだってことだよね?

 その結果、必殺技を2回も喰らった、と……。


 無謀だよ。姉さん、いったい何をしてるの?

 ていうか、遊びに行ったんじゃなかったの?


「しばらくは富山県の防衛隊と密に連絡を取り合うつもりだ。何もないと良いんだがな」

「それなら、いつでも出撃できる用意をしておきます」

「おーし、頼むぜ! 零、優輝!」

「「はい!」」


 ……と返事はしたものの、出撃になったら嫌だなぁ。

 姉さんが富山湾に行ったのは本当にただの旅行のはずだし、これ以上の騒ぎは無いと信じたい。


 うーん、でもなぁ、姉さんだしなぁ……。

 変な騒動に巻き込まれている気がする。


 お願いだから、これ以上の無茶はしないでよ?



-- 8月5日(土) 時間は少し遡り、5:00 --


 バルコニーから差し込んでくる控えめな光で、私は目を覚ました。

 いつもよりも少し遅い時間の目覚めに、私は周りを見渡す。

 浴衣姿の輝羽ちゃん、ぷに子ちゃん、弘子ちゃんがお布団の上で寝息を立てていた。


 2度寝しようかとも思ったけど、ただでさえゆっくり寝たという気分になっていた私はどうにも寝付ける気がしなかった。

 朝の朝刊配りや牛乳配達が完全に習慣になっちゃってるから、頭は完全に起きてしまっている。


「散歩でもしよっかな……」


 私は支度を整え、ノートの切れ端で外にいることを書置きして玄関へと向かった。


 私は今、輝羽ちゃんたちと一緒にバカンスに来ていた。

 実はこの島、鶴田家のご令嬢であるぷに子ちゃんがこっそり作った人工島なのだ。

 最初は富山湾に浮かんでいたのだけど、今は位置を変えて乃登(のと)半島の北側に浮かんでいる。

 辺り一面は見渡す限りの海で、微かに本州が見える場所だ。


 ホテルの外に出た瞬間、心地よい風が吹き抜けた。

 潮騒と一緒に、遠くを飛ぶ海鳥たちの鳴く声が聞こえてくる。

 山育ちの私にとって、まるでテレビアニメの世界に来てしまったかのようだった。


「鳥たちが近くに来てくれたら、本当にアニメの世界なんだけどな」


 そう願ってみるものの、残念ながら私の性質的にそれは難しいのだ。

 私は秘密結社パンデピスの怪人であり、他の怪人たちとは違って人間の状態でも怪人並みの耐久力を有している。

 そのためか、動物たちからは怖がられ、嫌われる傾向が強いのだ。


 それでも、1羽くらい私を怖がらない子がいてくれても良いと思う。

 私は鳥たちが来てくれた時のことを想像して手を伸ばし、くるりとその場で一回転して――


 ドゴン! と後ろからフォークリフトみたいな乗り物に突き飛ばされた。

 頭から砂浜にダイブして、口の中がジャリジャリになってしまう。

 それをぺっぺっと吐き出しながら、私は推定フォークリフトから降りてきた人物を睨んだ。


「やぁ、おはよう好美ちゃん。昨日はよく眠れた?」

「せっかくの気持ちいい目覚めが台無しです! バカンスまで来て追突しないでくださいよぅ!」


 フォークリフトで現れたこの人は鈴木篤人さん。

 私と同じ秘密結社パンデピスに所属する戦闘員で、私が怪人であることも、人間の状態でも怪人並みの力があることも知っている人物だ。

 だからなのか、こうやってイタズラ半分に車で体当たりしてくる困った人である。


 パーマのかかった髪はいつもの通りだけど、今日はメガネがサングラスに変わっていてチャラさが爆上がりだ。

 それでいて乗り物が作業用車両のフォークリフトなので違和感が凄い。


「こんな朝早くから何しているんですか?」

「うん、色々と調べているところさ。あ、さすがに泥棒みたいなマネはしていないよ?」


 何をしていたんだかよく分からないけど、言動がすでに怪しい。

 泥棒はしていないけど、"他には何かやった"みたいな言い方なのが気になる。

 ぷに子ちゃんたちに迷惑をかけることはしないと思うけど……。


「大したことはしていないさ。ちょっとニュースを見たり、聞いたり……」


 情報収集の類かな?

 この島にいても、ニュースやラジオくらいなら聞くことはできると思うし。


「あとは、軍の通信を傍受したり……」

「アウトですよ!?」


 油断していたらこれだよ。篤人さんはしっかり危ないことをしていた。

 バレたら怖い事をこの島でやらないで欲しい。

 ……さ、さすがに自衛隊がここにやってくるなんてことは無いよね?


「僕に見つかるような通信なんて大した情報じゃないよ。それで、リンカイオウの"足"なんだけどね、【キラーホエール号】っていうらしいよ」

「もしかして、キラーホエールってシャチのことですか?」

「そういうこと。さすが好美ちゃん! 秀才だねぇ」


 勘で言ったんだけど、当たっていたみたいだ。

 あの乗り物、見た目がシャチみたいだったけど、そのまんまのネーミングだったらしい。


「そのキラーホエール号には発信機が付いていたらしいよ」

「そ、そうですか」

「まぁ当然かな? トロイの木馬じゃなくて、単にヒーローの位置を知らせるビーコンの役割だと思うけどね」


 危なかった……!

 あのまま所持していたらこっちの情報を垂れ流しにするところだった。

 さっさと港へ向かわせて正解だったようである。


「それと、これはさっき会った漁師さんたちに聞いたことなんだけど……」

「うぇ!? あの、この島のことバレちゃったんですか?」


 いきなり捨て置けないセリフが飛び出してきた。

 それって、のんびり話している場合じゃないのでは!?


「まぁ大丈夫じゃない? 黒服のお兄さんが色々と贈り物をして話を付けたみたいだし」

「それ、完全に袖の下じゃないですか……」


 黙っていてもらう代わりに賄賂か何かを渡したに違いない。

 私たちパンデピスは完全に裏社会の組織だし、人のことをとやかく言えないけれど、この島も大概おかしいと思う。

 こんなことしてて、鶴田製菓は大丈夫なのかな?


「話がそれちゃったね。その漁師さんたちに聞いた話だと、朝4時から7時まで魚が良く釣れるらしいよ」

「ふぇ? ただの釣り情報??」

「そうだよ。というわけで、今から釣りに行こうか!」


 篤人さんはそう言って親指をクイッとフォークリフトに向けた。

 何やら長い棒が刺さっているなと思っていたけれど、しっかり見たら釣り竿のようである。

 つまり、篤人さんは私を朝釣りに誘おうと思って来たってことか。


「どうせなら釣り勝負といこうか」

「いいですね、負けませんよ!」


 この際、私だけ坊主だった嵯度ヶ島(さどがしま)のリベンジも果たしてしまおう。

 この島は岸から離れている場所にいるし、大きい魚が遊泳してくることもあるはずだ。

 よぅし、大物を狙うぞ~!



-- 8月5日(土) 7:10 --


 気合いを入れて釣り始めて1時間が経ち、2時間が経ち……。

 私の釣り竿には一向に反応が無かった。


「よーし、また釣れた!」


 隣を見れば、篤人さんが16匹目の魚を釣り上げている。

 わざわざ"〇匹目"と数えてくるから、今が何匹目なのかもしっかり分かっていた。

 対するこちらは0匹である。ぐぬぬ、悔しい……!


「これは、ハマチかな?」

「ようするにブリですよね」

「そうそう、出世魚ってやつだね!」


 小さいブリのことをハマチというのだそうだ。

 じゃあブリは釣れるのかというと、残念ながら今は季節ではないのである。

 篤人さん情報では、ブリは富山湾で冬に捕れる魚の代表格らしい。


 私が料理するなら、ブリだったらブリ大根に……ってよく考えたら、大根も冬の野菜だった。

 ちゃんと季節にあったお料理だったってことなんだろうな。

 となると、お刺身にするのがよさそうかな? こちらは季節関係なく楽しめるはずだ。


 ちなみに、1匹はすぐ食べられるようにと、既に血抜きまで済ませてある。

 魚を捌くくらいならお手の物だし、お刺身盛りでもつくっちゃおうかな?


「よっしーちゃーん!」

「あれ?」

「ご飯ですよ~!」

「それだと海苔の佃煮みたいだな」


 後ろから私を呼ぶ声が聞こえた。

 ホテルの方を見れば、輝羽ちゃんたちがこっちに向かって駆けてきている。

 輝羽ちゃんはまだ少し眠そうにしていて、大あくびを見せていた。


「そろそろ時間切れみたいだね」

「そうですね……」


 2連敗になったのは悔しいけれど、こういうのは時の運だ。

 割り切ってさっさとお片づけして、朝ご飯をいただくことにしよう。

 私は竿を仕舞うためにグルグルとリールを巻いた。


 しかし、その途端に、グンっと竿がしなる。


「ふぇ?」


 竿の中ほどから思いっきりぐぐぐと折れ曲がっている。

 今まで篤人さんが釣っていた時の比ではないくらい、大きな引きだ。

 ぶるぶると先端が震え、その振動が竿を握る私の手まで震わせていた。


「わわわ!? ひゃああああ!?」

「うおぉ!? よっしー頑張れ!」


 竿に引っ張られそうになるのを、私は体重を後ろにかけて何とか堪えた。

 一気に目が覚めたらしい輝羽ちゃんが応援の声を上げる。


「いいよ、好美ちゃん! 一気に巻き上げちゃって!」

「は、はいぃ!」


 竿を引っ張る力が右へ左へと目まぐるしく変わる。

 私は篤人さんのアドバイスに従って、速度を緩めることなくリールを巻き上げ続けた。

 そして竿と格闘すること数十秒、魚の姿が私の目の前に現れた。


「つ、釣れたー!!」

「うおお、すげー!?」


 釣れたのはでっかいヒラメである。

 まさか最後の最後でこんな大物が掛かるなんて、感無量だ。

 さっそく篤人さんが針を外し、フィッシュグリップとかいう魚用の洗濯ばさみみたいなものでヒラメの口を挟み、持ち上げていた。


「座布団サイズのヒラメだね。好美ちゃん、持ってみて!」

「こ、こうですか?」


 篤人さんに促され、私は背伸びをしてヒラメを掲げた。

 みんなから歓声と拍手が沸き起こり、弘子ちゃんがパシャパシャと写真を撮る。

 それと、いつの間にか黒服の人たちまで集まってきていた。


「おおぉ!? 好美様! この時期にこのサイズは凄いですよ!」

「いつから島の砂浜に住み着いていたんでしょうか? この島、ふらふら移動してるのに」

「あっはっは! 大物勝負は僕の負けだね」


 篤人さんが白旗を上げていたけれど、大漁なのは篤人さんの方なので、勝負は引き分けってところじゃないかなぁ?

 実際、篤人さんの釣果を見て、そちらでも輝羽ちゃん達が歓声を上げている。


 篤人さんがさっそくヒラメを絞めて、きっちり血抜きしてくれている。

 そういった作業をこなしつつ、篤人さんは魚を眺めている輝羽ちゃんたちに言葉を掛けた。


(ゆう)まずめ、っていって、日が落ちる夕方も魚が釣れるらしいよ」

「よーし、私もやるぞーっ!」

「今日は釣り大会しますよー!」

「それでは、賞品を用意しなければなりませんね」


 急遽決まった釣り大会に向けて、私たちどころか黒服の皆さんも乗り気になっている。

 たぶん、自分たちは自分たちで参加するつもりなのだろう。

 わいわいと騒ぎながら、私たちはホテルへと戻っていった。


 朝ご飯はワカメの炊き込みご飯にお味噌汁、お漬物に半身の焼き魚、それに加えて篤人さんの釣ったハマチのお刺身が追加で出された。

 さっぱりした味わいで美味しかったけど、皆で分けたから物足りないくらいだった。

 まだたくさんあるから、夕食に期待しよう。


 今日も1日、楽しく過ごせそうだ。



-- 8月5日(土) 15:00 --


「よっしー、右、右!」

「まわれ右ですよー!」

「え、後ろ?」

「違うだろ、もう少し前!」


 午後のおやつの時間に、私たちはスイカ割りを楽しんでいた。

 やいのやいのと掛けられる声を頼りに、私は時折り手に持った棒で地面を探りながらスイカを探す。


 耳での戦闘ならお手の物……というわけにもいかず、うまく割れるかどうかドキドキだ。

 まぁ、力加減をどうすればいいのか分からないドキドキが半分ほど混じっているけども。

 棒が折れるようなパワーだとさすがにまずいからね。


「そこですよーっ!」

「いけー、よっしー!」

「真っすぐ振り下ろせよー!」

「うん! えい!」


 ボコンという音がして、手に持つ棒からは程よくスイカを割る感触があった。


「おー! 完璧じゃーん!」

「真っ二つですよー!」

「これは私らの誘導が上手かったんだな!」

「やった!」


 手ぬぐいで作った目隠しを外せば、綺麗に割れたスイカが鮮やかな赤い果肉を見せていた。

 黒服のお姉さんがササっとやって来て、割れたスイカを更に食べやすい大きさに分けていく。

 包丁による断面は片面だけのワイルドな割れ方をした1つをもらって、私はそれにかぶりついた。


「スイカ割り、全員成功ですよー!」

「もう食べらんないって!」

「うん、美味しいけど、もういいや」

「残りはスタッフが美味しく頂きました」


 4回分のスイカはさすがに食べきれないし、残りは黒服の皆さんのおやつである。

 篤人さんもどこにいるのか知らないけど、スイカを食べていたりするのだろうか?


「次は何するー?」

「水泳大会もやったし、磯にも行ったし……」

「おやつも食べましたよ~」

「うーん、そうだなぁ」


 一瞬、"宿題"が頭に思い浮かんだけど、さすがに言わないでおいた。

 旅行が終わった後でそれとなく聞いておくことにしよっと。


 悩む私たちの前に、黒服のリーダーがささっと近づいてきた。


「お嬢様、どうやら近くにクジラが来ているようです」

「クジラ!?」

「ホエールウォッチングですか~?」

「クジラ、生で見たことないな」

「私も」


 イルカは何度か本物を見ているけれど、そういえばクジラは映像でしか見たことが無い。


「見に行きますか?」

「もちろん、行きますよ~!」


 ぷに子ちゃんの一声で、私たちは来た時に乗ったフェリーにもう一度乗り込んだ。

 クジラにはそこまで近づくことはないだろうし、嫌われることは無いはずだ。たぶん。


 船が動き出して5分も経たないうちに、私たちはお目当てのクジラと遭遇した。


「おー! 今、潮吹いたよねっ!」

「あっち、あっちにもいますよー!」

「クジラの親子だな」

「すごい迫力!」


 船みたいに大きな体を海に浮かべ、3頭のクジラが夏の日差しを背に悠然と泳いでいる。

 映像で見るのと、実際の目で見るのでは随分と印象が違っていた。

 尾が水面を叩く時の迫力たるや、相当な物である。


「飛び込んでも大丈夫かなぁ」


 それを見た輝羽ちゃんがとんでもないことを呟いていた。

 一緒に泳ぎたいっぽいけど、さすがに危なすぎる。


「言うと思った。絶対やるなよ」

「さすがにダメですよ~」

「輝羽ちゃん、絶対やめてね?」


 みんなから止められて、さすがに諦めたようだった。

 輝羽ちゃんならクジラとも仲良くなれそうな気もするけどね。


「あ、あっちにも!」

「今度はイルカですよ~!」


 ちょうどジャンプしたところが目に映り、みんなで船の上を移動する。

 見た目が白黒のシャチを小っちゃくしたみたいなイルカが何度もジャンプを繰り返していた。

 船で近づいていくと、イルカたちはこちらに気付いて隣を泳いでくれる。

 幸運に見舞われた私たちは、しばらくの間、イルカたちとの時間を楽しむのだった。


 なお、船から島に戻った後で篤人さんにそのことを話したら、なぜ誘ってくれなかったのかと言われてしまった。

 篤人さん、なぜかイルカが好きだよね。スイカあげるから許してね。



-- 8月5日(土) 18:00 --


「また釣れましたよ~!」

「3匹付いてるじゃん!」


 浜辺で釣りを開始して数分で、全員の竿が入れ食い状態になっていた。

 もはや投げれば釣れる状態なので、みんなでひたすら釣り上げている。

 お魚、いなくならないか心配になるくらいだ。


「だいたいが(きす)だな」

「めっちゃたくさんいるんだねっ!」


 これだけ魚がいるなら、それを捕食するであろうヒラメも大きくなるというものである。

 実際、どこかに巨大ヒラメが居てもおかしくないし、また釣れたりしないかなぁ?

 まぁ、鱚も美味しい魚だから、それだけでも全く問題無いけれども。


「天ぷらと素麺、まさかここで食べることになるとはねぇ」


 篤人さんが鱚の天ぷらと素麺を交互に口に運んでいる。

 この間もらったスイカのお礼、素麺&天ぷらじゃなくて別の何かにしよっかな。

 同じものを近いうちに何度も食べるのはありがたみが薄くなりそうだし。


「かき揚げも美味しいですよ」

「うん、いただくよ」


 なお、篤人さんの隣になぜだか浴衣姿の美人さんが居る。

 あれって怖がりの黒服のお姉さんだよね?

 浴衣、サンダルの装いが(あで)やかで、サングラスを外した顔は、黒服の姿の時よりも随分と柔らかい印象を受ける。

 そのお姉さんと篤人さんは随分と打ち解けているようだった。


「ぎゃー、変なのが釣れたー!」


 ぼんやりと篤人さんの様子を伺っていた私は輝羽ちゃんの大声に我に返った。

 平べったくてのっぺりした魚が輝羽ちゃんの釣り竿で釣りあげられている。

 色はヒラメの背中側に近く、見るからにヌメヌメしている魚だ。

 なんか見たことあるような気がするけど、これ、何だっけ?


「おめでとうございます輝羽様、そいつはマゴチです。高級魚ですよ」

「やったー!」

「おめでとう輝羽ちゃん!」


 輝羽ちゃんが良いお魚だと聞いて喜びを爆発させ、弘子ちゃんのカメラに向かってポーズをとっていた。

 あのお魚はなかなか大きいし、釣りごたえはバッチリだっただろうな。

 それにしても、高級魚か……。私の竿でも釣れてくれないかな?


「こっちはギンギラギンのが釣れましたよ~!」

「え? 太刀魚じゃないですか! お嬢様、やりましたね!」


 細長くて平べったい、日本刀みたいな見た目の魚が、ぷに子ちゃんの持つ釣り竿の先でビチビチと跳ねている。

 リーダーの反応からしてあれも美味しい魚っぽいし、それ以前にその身体が夕日の輝きを反射して、とにかく綺麗で美しい。


「よーし、そのポーズいいぞ、ぷに! カッコいいぞ!」

「フィーッシュ! ですよ~!」


 弘子ちゃんがパシャパシャと写真を撮っている。

 弘子ちゃん、生き生きしてるなぁ。水を得た魚みたいだ。

 それはいいのだけど、さっきから弘子ちゃんの竿もずっと魚が引いてるんだけどなぁ。


「弘子、魚かかってんじゃん! ほら、カメラ貸して!」

「おっと、サンキュ!」


 輝羽ちゃんが見かねてカメラを取り上げ、弘子ちゃんは釣り竿のリールを巻いていく。

 ぐぐぐ、と竿がしなり、弘子ちゃんは踏ん張りつつ釣り糸を巻き取っていった。

 あれ? 結構大きそうなんだけど、何が釣れているんだろう?


 弘子ちゃんは重たそうな対戦相手に苦労しつつも、最終的には見事に魚を釣り上げていた。


「ザ・魚って感じのが釣れたな」

「うん、絶対おいしい奴だ」

「これはキジハタです。この中では最高級の素晴らしい釣果です、弘子様!」


 周りからも拍手が起こっていた。

 弘子ちゃんははにかみながら、自身のカメラを構える輝羽ちゃんに向けてポーズをとっている。

 3人とも鱚以外にもいろいろ釣れて楽しそうだ。

 そろそろ、私にも別のお魚が来てほしんだけどな~。


「好美ちゃん、そろそろ交代しよっか?」

「お嬢様、輝羽様、弘子様も、ちょうどよい頃合いですのでお夕食をどうぞ」


 篤人さんと黒服のリーダーがやってきて、釣り竿を引き受けてくれる。

 そのまま攻守交替と言わんばかりに、黒服のメンバーが楽しそうに釣りをし始めた。

 みんなやりたかったんだね。


「私たちはご飯っ!」

「鱚の天ぷらは釣りたてですよ~!」

「いいね、楽しみだ」

「あ、さっそく釣り上げてる!」


 ご飯を楽しみながら、釣りの様子を見て、みんなで歓声を上げる。

 一気に4つも5つも鱚を釣り上げている人、大物狙いのでかい竿を使って遠くまで大遠投している人、ヒラメ狙いの泳がせ釣りに挑戦する人など、さまざまな方法で楽しんでいた。


 いただいた素麺の美味しさも私たちを笑顔にさせる。

 素麺のツユのしょっぱさが程よく汗をかいた身体にはちょうどいいし、鱚の天ぷらの軽い食感も素晴らしかった。

 昨日の浜焼きも美味しかったし、明らかに黒服を纏った一流の料理人がいるよね……。

 この島、リゾート地にでもすればいいのに。


「夕日がきれいですよ~」

「海が金色だね」

「太陽が沈んでいくのがしっかり見えるな」

「うん」


 空を見上げれば、深い青に小さな星たちが輝いている。

 その空は海に向かうにつれて太陽の光が混じって紫色へと変わり、やがてオレンジ色に変わる。

 後10分もしないうちに、きっと紺色の夜が訪れるのだろう。


 2日間、あっという間だったな。


「弘子ー、写真できたら送ってよ」

「いいけど、デジタルがいい? 本物がいい?」

「こういうのは、ちゃんとアルバムに入れておくんですよ~。色あせるまで持っておきますよ~」

「うん、そうだね。私ももらっていい?」

「当たり前だろ。任せとけって!」


 友達だけの、私の初めての旅行ももうちょっとで終わりだ。

 途中でヒーローと戦うというハプニングもあったけど、すごく楽しかったな。

 また遊びに行きたい……って、まだ終わってもいないのに考えるのは贅沢かな。


「あ、何か凄いのが釣れてる!?」

「本当ですよ~! よっしーちゃんの保護者の人ですよ~!」

「篤人さんな。凄いでかい竿だな」

「篤人さん、いつの間に……!?」


 あの竿、まさか私に使わせようとしていたんじゃないよね?

 その巨大な竿に超大物が掛かったっぽい。

 周りにいる黒服たちも全員で応援に駆けつけて、1つの竿を交代で巻き上げている。


 応援に熱が入り、ハラハラしながら見守ること、なんと1時間。

 ビーチにはびっくりサイズのクロマグロが釣り上げられていた。

 でっかい計りが持ち込まれ、その場で計測が始まった。


「約50Kg! 30Kg以下はリリースですが、余裕で超えています!」

「クロマグロは1月に1匹までならOKです。漁業組合に連絡しておかなければ! 篤人様、おめでとうございます!」


「「「おぉおおお~!」」」

「「「乾杯~!」」」


 篤人さんの快挙に、私たちも黒服の人たちも大喜びだ。

 みんなでハイタッチを交わし、見守っていた人たちがビールやアルコール類を持ち出して、その場で乾杯の声があがる。


 みんなで喜んでいると、遠くでドオンと音が鳴った。


「あ、そういえば今日って花火大会だっけ?」

「遠くですけど、見えますよ~!」

「すごいタイミングだな。まるで祝砲だ」

「でも、本当に遠いね」


 小さな花火が遠くの空にポツンと見える程度だ。

 それでも、見れるだけでも気分が華やかになるから、嬉しいし見入っちゃうけどね。


「いや~、びっくりだったよ」


 喧騒がひと段落して、本日の最高の釣果を出した篤人さんがこっちにやってきた。


「篤人さん、お疲れ様」

「あっはっは! 僕一人じゃ無理だったね。周りのメンバーにも感謝だよ」


 やり切ったという表情の篤人さんは、服が汚れるのも気にせずに砂浜に寝転んだ。


「僕は少し休むよ。さすがに疲れたぁ~」

「50Kgのクロマグロ、冷凍庫に入るのかなぁ?」

「ホテルの冷凍庫には丸ごと入るってさ。どうする? 持って帰る?」

「さすがに全部は……」


 もしも(さく)1つくらいなら喜んで貰うけど、全部持っていくのは無理である。

 私の家の冷凍庫にはどう考えても収まらない。

 うまいこと解体して、手伝ってくれた人たちみんなで分け合うのがいいんじゃないかな?


「解体できる人、いないだろうからね。明日、帰る前にまた考えよっか」

「そうですね」


 漁港に寄ったら何とかなるかもしれないし、無理ならすっぱり諦めよう。

 そもそもバカでかいサイズのヒラメだけでも冷凍庫が埋まりそうである。

 鱚も含めたら何かしら諦めないといけない気がするし。


「よっしー! 花火やろー!」

「あ、うん!」

「行ってらっしゃい」


 私は倒れ伏す篤人さんに背中を押されて輝羽ちゃん達の元へ向かった。

 篤人さん、結構ぐったりしてたけど、本当に大丈夫かな?


 気になって振り向くと、怖がりのお姉さんが篤人さんに飲み物を持っていく姿が見えた。

 あの人がいるなら大丈夫だろう。むしろ、さっさと退散せねば!


「花火もたくさんありますよ~!」

「打ち上げ花火は?」

「あるわけないだろ」

「花火大会もどこかで見に行きたいね」


 手に持った花火に火を点けると、暗くなった浜辺に色とりどりの光が輝く。


「必殺! ゴールドスパーク・スプラッシャーですよ~!」

「おぉ~! 光の帯が見える! 私もやろ~!」

「ただの商品名だろ。いや、腕を回すな! 回すなって!」

「何かの必殺技みたい」


 ぷに子ちゃんの悪乗りに輝羽ちゃんが加わって、花火で宙に線を描いていた。

 最後まで元気いっぱいだね。

 でも、私はもうすぐ電池切れかもしれない。

 打ち上げ花火が終わる頃、睡魔に襲われた私は、少し早めに休ませてもらうことにした。


 戻る前、視界の端に並んで閃光花火をしている篤人さんとお姉さんの姿が見えた。


 この旅行が終わって、もしかしたら篤人さんが組織から抜けるなんてこともあるのかなぁ?

 それは凄く心細いけれど、それならそれでいいとも思う。

 篤人さんの自由は、篤人さんの物だ。

 私は篤人さんとお姉さんに、ひそかにエールを送る。


 私はシャワーを浴びた後で布団の中へもぐりこみ、沈みゆく意識に身を任せた。



-- 8月6日(日) 1:00 --


 真夜中、満点の星空が輝く海の孤島を、僕、鈴木篤人はゆっくりと歩き回っていた。

 もしも秘密結社シーサーペントと接触するなら、やはり夜中になるだろう。

 パンデピス(うち)みたいに、わざわざヒーローと戦いに行くタイプの秘密結社じゃないしね。


 昨日は十分にお昼寝させてもらったし、頭は冴えている。

 万が一、彼らが出てきたとしても、できればうまく交渉して穏便に済ませたいものだ。

 もしいきなり戦いになったらどうしようもないけど、その場合でも好美ちゃんに報告くらい残してみせるさ。


 今回は窓からチョチョイと抜け出してきたので、できるだけ人に会わないように気を付けなければいけない。

 ちゃんと偽装工作で眠っている風の布団の膨らみ方はさせておいたし、バレることはないだろう。

 そう思っていたんだけどね……。


「どこ行くんですか?」


 闇の中から怖がりのお姉さんが急に現れた。

 浴衣姿のまま、小さな懐中電灯を握りしめて、おっかなびっくり近づいてくる。


「えーと、なんで君がここに?」

「篤人さんが出てきたところを偶然見ちゃって……」

「追いかけてきたの?」

「いいえ、それも悪いかなって思って。でも、何となくこっちに来るかなって場所に先回りして、しばらく待って会えなかったら戻るつもりでした」


 すぐ声を掛けるわけでもなく、惹かれ合う運命に賭けたのは、彼女なりのロマンスって奴かな?

 彼女が待っていた場所に僕が現れたから、今度こそ声を掛けたのだろう。

 嬉しい気持ちがある反面、今この場ではちょっと困る。


「えーと、もしかして、こんな暗いところに1人で?」

「はい……心細かったです」


 そう言って、手に持った懐中電灯をそこかしこに向けている。

 ホラー映画で怪物か殺人鬼でも探しているかのような動きだ。

 怖がりの癖に無理するんだから。


「僕はちょっと忘れ物を取りに行くだけだから、先に戻ってていいよ」

「そ、それならお供しますから!」

「えぇ~……」


 帰って欲しかったんだけどなぁ。

 真夜中のデートも悪くは無いんだけど、今はちょっとね。

 これは、彼女を巻き込まないように出直さないといけないかな?


「忘れものって何ですか?」

「あ~、それは……」


 実際に置き忘れがあるわけでもないし、何かでっちあげる必要があるだろう。

 僕が今持っているものは、リュックサックに入れた戦闘員用の装備一式と諸々の装備品だ。

 ……これじゃダメだね。

 そうなると、手元にある車の鍵がちょうど良さそうだ。

 これを置き忘れていたことにして、見つけた風を装って戻ればいいだろう。


「磯の休憩所に車の鍵を置いてきちゃってね」

「え、車の鍵? 電車に乗ってきたのに、ですか?」

「……言われれみるとそうだね。何で持ってきちゃったんだろ?」


 実際、今も僕のポケットの中に鍵がある。

 うーん、完全に持ち歩くのが癖になっちゃってるなぁ。


 たまに話をしながら、お姉さんの持っている懐中電灯の明かりを頼りに海沿いを歩いていく。

 海を見れば、水平線の彼方に満点の星空が広がっている。

 波のさざめきの中、2つの足音だけが妙に耳に残った。


 もうすぐ磯の休憩所だ。

 そこには半分に割った丸太のベンチが2つ並んでいるだけの、小さい駅舎みたいな小屋がある。

 休憩所に辿り着いたら見つけたことにしてさっさと戻ることにしよう。


 だが、休憩所が遠くに見えてきたところで、お姉さんが足を止めた。

 急いで戻らせてあげたいんだけどな……。


「明日、帰るんですよね」

「うん、そうだね」


 寂しさの混じった声に鼓動が高鳴る。

 こんな状況じゃなかったら、きっとこの不思議な感情に全力で向かい合えていただろう。

 急いだ方がいいと頭の中に警鐘が響く。

 それでも、僕には彼女を振り切ることも急かすことも出来そうにない。


「私は、1つ嘘を吐きました」

「嘘……?」

「偶然見かけたって言いましたけど、最初から、篤人さんに会いに行くつもりでいたんです。もう会えないのかなって思ったら、眠れなくて」

「そっか……」

「私は、もっとあなたを知りたいんです」


 怖がりな彼女が勇気を振り絞っていることは手に取るように分かった。

 それに続くであろう言葉も。

 こういうことを女性側から言わせるのはどうなのだろう?

 男らしくなさすぎやしないだろうか?


 僕自身、自分の気持ちにはとっくに気付いている。

 "男らしい"なんて言葉自体が僕らしくないけれど……。

 それでも、やはり僕の方から言うべきだ。


「僕も、言わなかったことがあるから、言わせて欲しい」

「えっ?」


 息が苦しくなり、のどがひりつく。

 僕がこれから言おうとしているのは、簡単でありふれた言葉のはずなのに、何でこんなに息苦しくなるのだろう。

 それでも、その言葉を止めることはない。


「僕は、君のことが……」


 続きを言おうとしたその時、恐れていた事態が容赦なく牙を剥いた。

 真後ろから現れた怪人が彼女の口を塞いだのである。


「!!?」


 突然の出来事にお姉さんがパニックになり、懐中電灯がころころと虚しく地面に転がる。

 その直後、真後ろから自分を捕えているのが怪人だと分かって途端に顔を青ざめさせた。


「おっとぉ、叫び声を上げたら愛しの彼女がどうなるか、分かるよな?」


 しまった、と思った時にはもう遅く、僕はその場に立ち尽くすしか無かった。

 やっぱり慣れないことなんてするものじゃないね。

 周りなんて全く見えていなかったよ。


 それにしても、見ていたのならもう少しくらい待っててくれても良かったのに。

 僕なりの精一杯の男気だったんだけどなぁ。


「まだ殺すなよ? めんどくせぇが、関係者だったら黒が確定してから殺さねぇとなぁ!」


 僕の真後ろから声が掛かる。

 振り返ると、そこには軽く2mを超えるサメの怪人が仁王立ちしていた。

 その声に呼応するように、周りから次から次へと怪人が現れてくる。


 どうやら、とっくに取り囲まれていたらしい。

 これでは逃げることはできそうもないね。


 採れる方法はまだいくつか残されてはいるけど、さて、どうしようか――? 



-- 8月6日(日) 2:00 --


 ゴゴゴゴゴ……という音に気付いて、私は目を覚ました。

 大部屋の中からでも、黒服の人たちの声や、バタバタと走り回っている音が聞こえる。

 何か起こったのだろうか?


「お、お嬢様! 皆さま! 大変です!」

「んぅ~?」

「なんですかぁ~?」

「まだ夜じゃん……」


 黒服のリーダーが大慌てで飛び込んできた。

 その様子は明らかに緊急事態であることを物語っている。


「島が、勝手に沈んでいっています!」

「えっ?」


 私はバルコニーへと飛び出して外を見た。

 ガラスの天幕が降り、島はまさに海中へと潜っていく真っ最中だった。


「ど、どういうことですか~?」

「なになに、移動するの?」

「勝手に沈んでるって、誰かが操作してるんじゃないの?」

「分かりません。制御室に連絡しても一向に返事が無くて……」


 リーダーも何が起きているのか分からず、危機感を募らせているみたいだ。


「場合によっては緊急脱出をします! 脱出艇は用意しますので、準備を!」


 緊迫したリーダーの様子を見て、みんなが動き始める。

 しかしその時、黒服の1人が部屋に転がり込むように入ってきた。


「リーダー! 緊急連絡です! 制御室からメッセージが……!」


 その人がスマホ端末をスピーカーモードにして私たちとリーダーに向けた。

 小さな画面の向こうにサメの怪人の姿が映る。

 その異形の姿と迫力に、その場に居合わせた全員が息を呑んだ。


『お邪魔するぜ、新潟からお越しの皆さん方よ』

「……怪人の皆さんが、この島に何の御用でしょうか? それに、なぜ我々が新潟の者だと?」

『分からねぇわけねえだろが! あまり舐めたこと言うんじゃねぇぞ!』


 それって、確実にミスティラビット(わたし)がいたからだよね?

 リーダーとの会話には奇跡的にパンデピスの名前が出ていないけど、もうこの会話だけで正体がバレないかと不安でいっぱいだ。

 ぷに子ちゃんたちはパンデピスと無関係だし、お願いだから変な風に拗れないで……!


『お前らの代表者1名と話を付ける。一応は話を聞いてやるから1人で来い!』

「ひ、一人ですか」

『俺たちはチャンスをやってるんだ。来なきゃ人質を殺すだけよ。島ごとな!』


 そう言って、映像は涙ながら操作を続けている怖がりのお姉さんのアップへと変わった。

 怪人たちに囲まれ、つらそうにしながら制御用のモニターを眺めている。

 どうやら制御室で島を操作していたのは彼女だったようだ。


『1時間以上は待たないぜ? さっさと来い!』


 サメの怪人は一方的に通話を切り、後には私たちだけが残された。

 重苦しい沈黙が場を支配する。

 でも、そうしてばかりもいられず、スマホを持ってきた黒服のお兄さんが口を開いた。


「り、リーダー、どうしますか?」

「……私が、行くしかないだろう」


 絞り出すような声でリーダーがそう宣言した。

 彼女を見捨てて逃げる選択肢もあるはずだけど、彼にそうするつもりは無いようだ。

 あくまで、あのお姉さんを助けるために動くという強い意志を感じる。


「お嬢様、皆さまは脱出の準備を」

「わ、わかりましたよ~……」


 それからは、みんな大慌てで必要なものをリュックサックや旅行バッグに詰め込んだ。

 私も持ってきた荷物の中で、お財布とスマホ、家の鍵は忘れないようにしっかり指差し確認する。

 と、その時にスマホからブー、ブーと音が鳴った。


「メール? 篤人さんからだ!」


 そう言えば篤人さんの姿が見えなかった。

 あの篤人さんのことである。きっとこのタイミングで動いているのだろう。

 さすが、頼りになる!

 私はさっそくタッチパネルを操作してメールの中身を確認した。


『ごめんつかまった』

「ぎゃー、篤人さ~ん!?」


 何で真っ先に捕まってるの!?

 普段は頼りになるのに、何でなんだよぅ!


 あ、でも連絡手段はあるんだね。スマホは没収されそうなものなんだけど。

 ……そう言えば、確か腕時計にモールス信号みたいな方法でメールが打てる機能があるとかなんとか言っていた気がする。

 今は無事みたいだし、何とか情報は貰えそうかな?


「篤人様まで、ですか」

「よっしーちゃん……」


 ぷに子ちゃんが泣きそうな顔でこっちを見てくる。


「大丈夫、まだ生きているって分かったんだもん」

「その通りです。必ず生きて戻って来ますとも!」


 リーダーが努めて明るい声でぷに子ちゃんと私を励ましてくれた。

 事実、篤人さんはしたたかでしぶといし、うまいこと生き延びてくれるはずだ。

 それはそれとしてピンチには変わりないから、私が助けに向かえればいいのだけど……。


「よっしー、行くよっ!」

「う、うん!」


 今は無理だ。

 そう判断し、私はスマホを手に握りしめたまま、リュックサックを背負って走り出した。


「……」

「ぷに、どうかしたのか?」

「……全員で逃げたいって思っただけですよ~」

「そうだな……」


 ぷに子ちゃんと弘子ちゃんの会話が小さく聞こえる。

 私よりぷに子ちゃんの方が随分と追い詰められているような表情をしているけど、大丈夫かな?


 黒服の皆さんの誘導に従い、非常階段を下ってホテルの地下深くへと向かっていく。

 無機質なコンクリートに閉ざされた非常階段に、みんなの足音だけが響き渡る。

 ホテルの地下1階より更に深くへと、私たちは無心で階段を降りていった。


 最下層まで辿り着き、扉を抜けた先には2隻の小型潜水艇が用意されていた。

 無骨な扉が付いたプールがあって、その中に小型潜水艇が収まっている。


 扉の横には大きなパイプがぽっかりと開いており、ドドドと海水を流し込んでいた。

 このプールに潜水艇を浮かべ、扉を開けて脱出することになるのだろう。


「さて、みんな、今まで良く働いてくれた」

「リーダー……」


 黒服のリーダーが優しそうな微笑みを見せる。


「1隻を残し、諸君らは頃合いを見て脱出して欲しい。私は話し合いの席に向かう」

「うぅ、すみません、こんなことを押し付けてしまって……」

「君たちのせいじゃない」


 最後の別れを覚悟したリーダーと黒服たちのしんみりしたシーンなんだけど、私はどうにか助けに行けないか頭をフル回転させていた。

 もし脱出艇に乗り込んだら最後、この島に戻ることは絶望的だ。

 搭乗拒否するにせよ、何とか正体がバレないような言い訳を捻り出さないといけない。


 そもそも、この島は秘密結社パンデピスと無関係だったら見逃されていたかもしれないのだ。

 無関係なのに巻き込んでしまった責任から逃げるようなことはしたくない。


 それに加え、シーサーペントはこの島がパンデピスの物だと完全に思い込んでいる。

 黒服のリーダーとは話自体が噛み合わないだろうし、そうなるとより危険度が増すことになる。

 何とか私が向かわなきゃいけない。


「な、なぁ、あのさ……」


 私が頭をひねっていると弘子ちゃんがおずおずと手を上げた。

 全員の視線が弘子ちゃんに集まる。


「ぷに、見当たらないんだけど……」

「「「!?」」」


 慌てて全員が周りを見渡すが、ぷに子ちゃんの姿だけが見当たらない。

 ついさっきまで、一緒に階段を降りていたはずなのに。


「さ、作戦変更! まずはお嬢様を捜索! 30分後に玄関に集合!」

「「「はいっ!」」」


 即座にリーダーが号令を発し、全員が行動を開始した。

 1人がパイプから出ていた海水を止め、黒服たちが脱出艇の部屋を飛び出していく。


「私たちも手分けして探そう!」

「う、うん!」

「あのバカ、どこ行ったんだよ!?」


 私たちもお手伝いするために脱出艇の部屋を後にした。

 みんな、今まで以上に息を切らしながら階段を飛ぶように駆け上がっていく。

 思い返すと、さっき、ぷに子ちゃんは妙に思い詰めたような顔をしていた。

 まさか、話し合いの場に向かったんじゃ……?


「手分けして探すよ!」

「あぁ、30分後に玄関な!」

「うん、分かった!」


 折よく手分けして探すことになったから、これで身を眩ませることができる。

 ぷに子ちゃんは心配だけど、その点は感謝だ。


 すでに私の向かう先は決まっている。

 どうか、穏便に済みますように!

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