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秘密結社パンデピス  作者: ゆきやま
40/42

秘密結社シーサーペント・前編

~前回のあらすじ~

 水族館の海獣を強奪する作戦に参加したミスティラビットたちだが、作戦は中途半端に終わる。

 クロスライトの能力を重く見た幹部ノコギリデビルは設備増築のために襲撃の中止を決定した。

 憂いが無くなった好美は、友達と一緒に2泊3日の旅行に行くことにするのだった。

-- 8月1日(火) 6:00 --


 煌めく光が山の木々に降り注ぎ、遠くの空に小さな雲が浮かぶ夏の朝。

 溜め池ではトンボのカップルがダンスを踊り、すっぽんがのっそりと顔を出す。

 商店街にはアイスクリームやカキ氷、冷やし中華の(のぼり)が立てられ、涼しさのご提供を謳っていた。


 私は朝の新聞配達のラストスパートに入っていた。

 肩ひもから感じる重さから察するに、今日はいつもと比べて少しだけ新聞の厚みが増している気がする。


 私の弟、ゆーくんこと佐藤 優輝はクロスライトに変身するヒーローだ。

 そのゆーくんが東京で大活躍をしてきたため、町はその話題で大フィーバーしている。

 昨日なんてクロスナインやJESCO通りで号外が配られ、道行く人たちがゆーくんの活躍の話に花を咲かせていた。

 今日の新聞も増刊号が入っているし、お祭り騒ぎに便乗しようとチラシも増えているようだ。


 肩掛けカバンを背負いながら家々の新聞受けに新聞を配り歩いていると、前の方からウィンドブレーカー姿のアズマさんが現れた。


「おはよう、好美ちゃん! 昨日ぶり!」

「おはようございます、アズマさん」


 この人は防衛隊員のアズマさん。

 夏の日でもウィンドブレーカーを着込んでジョギングしているけれど、実はこの服や帽子もすべて防弾性で重い装備だったりする。

 以前、私が襲われた時に銃撃を受けているけれど、その時も全然平気そうだった。

 この服装でいるのは、私を守るためだったりするのかなぁ?

 いや、さすがにそれは自意識過剰かな?


「昨日は楽しかったな!」

「はい、とっても!」


 先日は南中学校のプールに、水族館から盗まれたイルカやペンギンたちが放たれていて大騒ぎになったのだ。

 まぁ、放ったのは私と篤人さんなんだけどね。

 私は秘密結社パンデピスの怪人であり、篤人さんも戦闘員として活動していて、水族館からイルカやペンギンたちを盗んだのも私たちなのだ。

 下手をしたら殺処分や食肉加工されていたので、この結果になって良かったと思う。


「無事に帰ってもらうことができてよかったぜ!」

「あの25メートルプールじゃ、子供とはいえイルカには小さかったですもんね」


 そもそも淡水だから勝手も違うだろうし、小さなプールじゃ辛かっただろう。

 早めに帰らせることができて良かったと思う。


 なお、あの後、輝羽ちゃんがぷに子ちゃんや弘子ちゃんも呼んで大騒ぎしていた。

 ぷに子ちゃんなんて大量にイワシを持ってきて餌やりまでしてたし……。

 余ったイワシはおすそ分けされちゃったよ。


「夏休み序盤だってのに、もう事件だらけだ。忙しくなりそうだな~」

「そういえば、新潟県にはいなかったんですか? ハイドヒュドラの関係者って」


 ゆーくんことクロスライトが潰した秘密結社ハイドヒュドラは全国規模の組織だ。

 いろんな県で組織の関係者の逮捕が続出していて、そちらも世間を賑わせている。


「残念ながら新潟県にもいたんだ。酒造会社の1つに関係者が潜んでいたそうだよ」

「ふぇ~」


 本当にどこにでも裏組織の人間って潜んでいるんだなぁ。

 私自身が潜んでいる怪人なので、人のことをまったく言えないけれど。


「俺たち防衛隊が出るほどの事案じゃなかったのだけは救いだな! とはいえ、夏休みの期間は長いし、これからどうなるか分からないけど……」

「きっと平和に過ごせますよ」

「うん、そうだといいな!」


 クロスライトの透明化による尾行への対策で設備強化に努めるから、今週末までは少なくともパンデピスの活動が無いことは確定している。

 私も気兼ねなく夏休みを謳歌できるというものである。

 防衛隊も、少しでも平和に過ごせる期間が増えてくれると良いな。


「それじゃ、俺はこれで! お仕事頑張ってな!」

「はい、アズマさんも!」


 手を振って走り去っていくアズマさんを見送り、私は肩掛けカバンを持ち直した。

 残りの新聞はあと少し、一気に終わらせて今日の活動に備えたい。

 実はこの後、輝羽ちゃんたちと2泊3日の海水浴について相談する予定なのだ!


「平和っていいなぁ~」


 うきうきした気分が止まらない。

 ついついスキップしたくなってしまう。

 そして、道路を歩み出した……と同時に私はチラリと後ろを確認した。

 そろそろ来る気がするんだよね。


 後方から予想通り配送トラックが迫って来ていた。

 でも、私はそれを華麗なステップでひらりと躱して見せる。

 今日は勘が冴えている気がする。そうそう何度もぶつかってあげませんとも!


 攻撃を避けられた配送トラックは静かに路肩に止まった。


「やぁ、おはよう好美ちゃん!」

「おはようございます、篤人さん」


 配送トラックから降りてきたのは秘密結社パンデピスに所属する戦闘員の篤人さんだ。

 彼は私が怪人であることも、人間でも怪人並みの耐久力を持っていることも知っているため、こうやってイタズラで車やスクーターでの体当たりを敢行してくるのである。

 耐えられるだけで普通に痛いからやめて欲しいんだけど、全然やめてくれない困った人だ。


「いや~、まさか避けられるとは思わなかったよ」

「悪びれもせずに、もぅ! やっぱり狙ってやっているんですか?」

「そんなことないよ? これ、おすそ分けね!」


 そう言って大きなスイカを取り出して渡してきた。

 むぅ、良いスイカだ……!

 今日は気分が良いし、このスイカに免じて誤魔化されてあげよう。


「夏だねぇ。アツい夏はクールなアツトのクール宅配便にお任せってね!」

「クール、なのかなぁ?」


 篤人さんはどっちかというと、ひょうきんな性格だと思うんだけど。


 それに、宅配会社のクール便に私物を乗っけてるけど、いいの?

 まぁ、宅配のついでにスイカ1つ乗っけるくらいなら大丈夫なのかな?


「今度、素麺(そうめん)や魚を持ってくるから、また天ぷらでも作ってよ」

「リクエストですか? いいですよ」


 スイカのお礼をしなければいけないしね。

 自分で考えるのも楽しいけれど、お願いされるのも『美味しい』と感じてくれているということなので、悪くない気分なのだ。

 家庭菜園のナスやししとうはまだまだあるし、貰ったイワシもある。

 他にもかき揚げと大葉の天ぷらも添えちゃおう。


「料理なんて、2人分つくるのも3人分つくるのも一緒ですし」

「3人分か~。4人分じゃなくなっちゃったねぇ」


 篤人さんがそこはかとない哀愁を漂わせてしみじみと言った。

 そういえば、ゆーくんがヒーローとして家を出ていって、そろそろ2か月だ。

 この生活にも慣れたけれど、たまには一緒にご飯を食べたいと思うこともある。


「優輝くんも食べたがってるんじゃない?」

「どうですかね? あっちには私より料理上手な人がいるから……」

「へー、そうなんだね」


 樋口さん、あれから更に腕を上げているんだろうなぁ。

 完全に初心者だった頃から私より美味しいものを作っていたし、社食だってなかなか美味しかったから、私の出る幕は無さそうだ。


「でも、家庭の味っていうのは美味しさより安心感だと思うよ? 意外と恋しく思っているかもしれないし」

「そういうものなんですかね?」

「好美ちゃんの料理、僕は好きだよ」

「あ、ありがとうございます……」


 面と向かって言われると照れてしまう。

 一時は樋口さんの才能に打ちのめされていたけど、十分評価してくれている人がいるのならそこまで気にしなくてもいいのかもしれない。

 それに私だって、また美味しい料理を作れるように頑張り直せばいいだけだしね。


「そうそう、イルカとペンギンの話は聞いた?」

「聞いたも何も、私はその場に居ましたよ」

「あー、そうだったね! ドクターも一緒にいたんだよね。じゃあ全部知ってるかぁ」


 私は南中学校に残って、あのイルカさんとペンギンたちが帰るところまでを見ていたのだ。

 輝羽ちゃんがすごく懐かれていて、最後まで動物たちに別れを惜しまれていたっけ。

 私と違って、輝羽ちゃんは動物に好かれやすいみたいだ。


 昨日のニュースでは、水族館・海洋通路(マリンパス)日本海は入り口の補修工事のため1日だけお休みだったが、今日から早々と営業を再開すると言っていた。

 事件がテレビで紹介されたこともあって、下手したらこの間より混むんじゃないかなぁ?


「それじゃ、十日前町市(このまち)のJESCOの店長のことは?」

「あ~、なんか頭を丸めてお客さんに挨拶していましたけど……」

「それも知っているかぁ」


 昨日の夕方、お買い物に行った時にJESCOの前に坊主頭になった店長がいて、来店した人に頭を下げてご挨拶していたのである。

 わざわざ選挙用のタスキみたいなものに支店長と書いてあったし、目立っていたのだ。


 以前にゆーくんがヒーローになった時、JESCOは思いっきりそれに乗っかってバルーンを出したりと商売っ気を見せていたのだけど、そのゆーくんが戦った相手である秘密結社ハイドヒュドラの幹部が自社のNEONグループにいたと知って物凄く恥ずかしくなった、ということらしい。


 篤人さん曰く、店長が自ら頭を丸めて夜遅くまで頭を下げ続けていたようだ。

 本人の落ち度じゃないんだけどね。


「周りの人たちも同情的だったみたいだね。ちなみにJESCOは近いうちに改名されるみたいだよ」

「社名が変わるんですか?」


 それって意味あるんだろうか?


「大人の事情ってものがあるのさ。誰かが失態の責任を取って、会社が生まれ変わることをアピールしていく必要があるだろうね」

「イメージ戦略ってやつかなぁ?」

「そういうこと。……まぁ、実質あまり変わらないと思うよ」


 お店の名前が変わっても残ってくれるなら問題ないや。

 個人的にはあの店長にもそのまま残って欲しいな。店長は悪いわけじゃ無いし。


「そうなると、本格的に言えることが無さそうだねぇ」


 他にニュースは無さそうかな?

 今週末は設備の強化もあるし、幹部のノコギリデビルも珍しく出かけると言っていた。

 怪人による出撃も無いため、パンデピスの連絡は少ないのだろう。


「いいじゃないですか、平和で」

「あっはっは! そうだね」


 情報量が少ないこと自体が良い情報ってヤツである。


「あ、そうそう、暇だったら来いってヒヒさんが言ってたよ」


 ヒヒさんというのはマスターバブーンのことだ。

 私の武術の先生であり、棒術を教えてもらっている。

 先日は出撃前だったから練習していないし、あまり間を開けては技術は身につかないだろう。

 一応、毎日、武術の型だけはこっそり練習しているけれども。


「あー……明日でもいいですか?」

「いつでもいいってさ」


 今日はこの後に予定があるのだけれども、明日と明後日なら問題ない。

 金曜日にはもう旅行に出発の予定だから、時間があるとしたら水木だけだ。


「それじゃ、また明日迎えに来るよ」

「はい、ありがとうございます」


 篤人さんが軽トラに乗り込んで、手を振って去っていった。


 ところでこのスイカ、邪魔なんですけど。

 私もあと少しだけ新聞配達が残っているんだけどなぁ。

 ……まぁ、あと少しだから何とかなるか。


 私はスイカを抱えながら、残りの新聞を配達するために街を歩き回るのだった。



-- 8月1日(火) 9:00 --


 燦燦と降り続く太陽の下、私と弘子ちゃんは久しぶりにぷに子ちゃんの家を訪れていた。

 地下10階のぷに子ちゃんの部屋に輝羽ちゃんを入れた4人で集まり、旅行計画の打ち合わせである。

 友達と行く旅行という響きに心が弾む。


「泳げるところ! 砂浜!」


 輝羽ちゃんは水遊びをメインで楽しみたいらしい。

 砂浜でボール遊びしたり、水を掛け合ったりするのは楽しそうだ。


「釣りをしてみたいかな」


 私は嵯度ヶ島でのリベンジで魚を釣り上げてみたいと主張しておいた。

 あの日、船全体が爆釣だったのに私だけ坊主だったからね。


「笹乃川流れとか、イルカ波とか、あとはどこがあったっけ?」


 弘子ちゃんは自然と取りまとめ役になっていた。

 スマホを片手に、条件に合致する場所をピックアップして旅行先を提案してくれている。


 しかし、ぷに子ちゃんは――


「うふふ、もっとすごいところに行きますよ~」


 どうやら旅行先についてすでに見当を付けているようだった。

 そういえば準備が必要だから8月に行こう、みたいなことを言ってたっけ。

 どんな目論見があるのやら……。


「凄いところ!? 沖縄とか!?」

「ハワイとかか? 私はパスポート持ってないから無理だぞ」

「その前に英語が厳しいような……」

「ハワイなら日本語通じるだろ」


 そうなの? それって海外旅行って言えるのかなぁ?

 安心できるのはいい事なんだけどね。


「海外じゃないですよ~」

「国内か。……沖縄?」

「もしかして淡路島とか?」

「嵯度だったりして」

「ぶぶー! 全員外れですよ~」


 クイズ大会みたいになったけれど、なかなか答えに当たらない。

 ぷに子ちゃんは早々に切り上げて答えを発表した。


「行き先は、私の島ですよ~」

「「「は?」」」


 今、私の島って言った?

 確か、無人島の所有権は数億円で購入できるようなことを聞いたことがある。

 ぷに子ちゃん、もしかして中学生にして島1つのオーナーなの?


「富山県にありますよ~」

「富山って、お隣の県だよね?」

「それであってるよ。……でも、富山県の島??」


 島がたくさんある県なら分かるんだけど、富山県って無人島はあるのかな?


「虹ヶ島っていうのがあるみたいだけど……」


 スマホで調査していた弘子ちゃんが教えてくれた。

 あるにはあるみたいだね。


「でも、そこ、環境庁に許可貰わないと入れないっぽいぞ」

「自然保護区ってやつ?」

「そうそう、少なくとも海水浴には向かないんじゃないか?」


 弘子ちゃんが自分でその候補を否定していた。

 他に無いかを探しているけれど、なかなかヒットしないようである。

 そもそも無人島なんだから検索にも引っ掛かりづらいのかも。


 そう思っていたら、ぷに子ちゃんが更に予想外のことを言ってきた。


「うふふ、違いますよ~! 私たちが向かう先は無人島じゃなくて、こっそり作った人工島ですよ~!」

「「「えぇーーーっ!?」」」


 そもそも地図というか、どこにも情報が出ていない島だったっぽい。

 いや、それよりなんなんだ、"作った"って!


「政府に気付かれないようにこっそり作っていたんですよ~」

「ぷに、おまえ何とんでもないことしてんだ!?」

「なんでわざわざこっそり作るの、ぷに子ちゃん……」


 勝手に島を作るのって法律的にどうなんだろう??

 かなり危ういところのような気がするんだけれど……。


「何億掛けたの!?」

「そんなに掛かりませんよ~。方法は企業秘密ってやつですよ~!」


 どんな規模かわからないけど、島を作るのにそんな安上がりなわけないと思う。

 ただ、私たちパンデピスや防衛隊が謎の技術を有しているように、どこの会社が何の技術を有しているのかは分からないから無理ではないのかもしれない。

 今日日(きょうび)、怪人化の改造手術に代表されるように、誰がどんな怪しい技術を持っているか政府も把握できていない。そのため地下組織が拡大している社会背景があるのだ。

 ……って篤人さんが言ってた。


「製菓会社がなぜ島を作れるのか、これが分からない」

「ぷに子、鶴田製菓ってお菓子に怪しい薬とか入れてないでしょうね!?」


 "ラッピーターン"の粉とかね。

 なんであんなに美味しいんだろうね。


「うふふ~」

「否定しろよ!」

「怖いよ、ぷに子ちゃん」


 鶴田製菓、実はパンデピスの取り引き相手だったりして。……さすがに無いか。


「そんなことより旅行計画ですよ~!」

「そうだね! そっちの方が重要だった!」

「そうか?」

「そうかなぁ?」


 輝羽ちゃん、ぷに子ちゃんは改めてどんな旅行にするか話し合いを始めてしまった。

 私と弘子ちゃんも、それに引っ張られる形で議論に参加していく。


 まぁ、なんとかなるか。

 私は雰囲気に流されるまま、みんなと夢いっぱいの会議を楽しむのだった。



-- 8月3日(木) 11:50 --


 秘密結社パンデピスの本拠地、地下2階の闘技場に気合いの入った声が響く。

 怪人たちが活気を帯び、訓練に偵察にと集まっていた。


 ついに幹部挑戦権を賭けたトーナメントの日程と対戦表が発表されたのだ。

 8月の最終週の土日に、2日かけて総勢32名が戦う。


 あくまで幹部候補になるだけではあるのだが、明確な昇格のチャンスとあって怪人たちのモチベーションは非常に高い。

 ただし、敢えて参加しない者もいるようで、見知った仲だとリトルファングは不参加だった。


 また、戦闘員たちの方も怪人化の枠が2人に決まったようだ。

 最近ではノコギリデビルがよく闘技場に着ていたこともあり、少しでもアピールしようとそちらも活気づいている。

 これも8月中には結論が出るらしい。


 そんな熱気の中、私はマスターバブーンの指導の下で新しい武器の訓練に励んでいた。


「フッ! なかなか面白い性能をしているな」

「これ、こんなに伸びるんですね」


 第1工房でスマホと一緒に貰ったマジックステッキなのだが、ボタン1つで伸び縮みするし、武器としても使うことができると説明書に書いてあった。

 実際、どんな素材でできているのか分からないが非常に頑丈で、私のパワーで振り回しても壊れる気配は無いし、これなら実戦にも耐えうるだろう。


 ただ、伸びるとはいえ棒術用の武器としては少し短いので、最初は扱いに悩んでいた。

 頭をひねっていたところ、マスターバブーンから杖術(じょうじゅつ)をやってみたらどうかという提案を受け、急遽そちらの手ほどきを受けることになったのである。

 "杖術"って初めて聞いたけど、昔から存在する武術らしい。


「こちらの方が適性があるように見えるな。攻撃の威力だけを見たら棍の方がいいだろうが、最終的には杖術の方が強くなれるかもしれん」

「そ、そうですか? 頑張ってみようかな……」


 杖術の技は相手の攻撃をいなし、的確な一撃を喰らわせるような技が多かった。

 変幻自在っていう言葉がぴったりの武術である。

 なお、当たり前だけど最初から私が扱えるわけではなく、マスターバブーンが実際に技を見せてくれた際に私が押さえつけられただけだ。

 あれが実際にできるようになったらカッコいいかもしれない。


 それに、少し基礎を教えてもらったら妙に手に馴染むような感じがした。

 防御や時間稼ぎに使える武器の方が私としてはありがたいし、しがらみが無ければこっちの方を優先したいという気持ちが大きくなっている。


 ……とはいえ、攻撃力を高める目的も乗り掛かった舟だから頑張りたいんだよね。

 ゴブリンラットやブラッディローズあたりからは期待されているっぽいし。

 棒術も引き続き訓練した方が良いかなぁ?


 悩んでいたら、隣にいた戦闘員21号が手に持ったペットボトルを渡しながら話しかけてきた。

 ここにいる時は相変わらず部活のマネージャーみたいなことをしているようだ。


「攻撃力だけなら、アレを試してみたらいいんじゃないのかい?」

「アレって、マイクロブラックホールのことですか?」


 ありがたく受け取って水分補給をさせてもらいつつ、返事を返した。

 このステッキ、かなりヤバそうな機能を有しているのだが、そもそもスマホだけもらえたらそれでよかったので放ったらかしにしてしまっている。


「その武器で使えるというマイクロブラックホールだな。興味はあるが、ここで試すなら人がいない時にしてくれ。どんな事故が起こるか想像もできん」


 マスターバブーンからも慎重に行動するように釘を刺されてしまった。

 そういえば第1工房の作ったレーザーガンは大暴走しちゃったし、このマジックステッキも暴走することもあり得るかも。

 そう考えると試すのも怖くなってくるな……。


「どこかで試し撃ちした方がいいと思うんだけどねぇ」

「まぁ、確かに……」


 トーナメントが終わればこの喧騒も落ち着くだろうし、その時に試してみようかな?


「スマホからの起動も試さないとね」

「そっちをメインにできると嬉しいですね」


 私のスマホによる遠隔操作でマイクロブラックホールを発動できるのである。

 というか、もともとその力を使うために用意されたマジックステッキの"付属品"なのだ。


 使い方メモを見た感じだと、通常操作ではなく紋様をなぞることで命令を出す形だった。

 その紋様も画面上に絵が表示されるわけでもないので、それを覚えていない人には絶対に行えない操作だと思う。


 ちなみに、パスワード画面だろうが通常画面だろうが関係なしで入力可能である。

 誰でも入力可能らしいので、戦闘員21号にも入力できるように覚えてもらっている。

 というか、本人はノリノリで私より早く覚えていた。きっと試し撃ちしたいんだろうなぁ。


「今日はここまでとしよう」

「はい、ありがとうございました!」


 マスターバブーンが号令を出し、その日の訓練は終了となった。

 ブラックローチやヒートフロッグにも声を掛けているみたいだけれど、午後は練習しないんだね。


「我らはそれぞれ、午後から基礎体力訓練ですから」

「ゲココ、最近は身体が軽いぜぇ! 練習はきついが、その分の価値はあるからな!」


 この2人はトーナメント参加者である。

 戦いの時に向けて調整に余念がないようだ。

 基礎鍛錬は怪人化を解いた後で行わないといけないから、この場ではできないのである。


 私も基礎鍛錬をしたら強くなれるのかなとも思ったけど、私は人間の状態でも怪人並みの力があるから鍛錬しようがないんだよなぁ。


「ゲコ! もしかすると勝てるかも……!」

「最弱の怪人の異名、返上してみせる!」


 ヒートフロッグの相手はセブンスターバグだったはず。

 セブンスターバグは空を飛ぶことができるのが強みだけれど、狭い闘技場の中での戦いだからその強みを十分に生かすことはできないだろう。

 もしかしたらもしかするかもしれない。


 でも、ブラックローチの相手はなぁ……。


「望むところだ。遠慮なしで来い」

「無論だ。お前に勝ち、周囲の度肝を抜いて見せる!」


 そう、ブラッディローズなんだよねぇ。

 ブラックローチも強くなっているはずだけれど、ブラッディローズはそれ以上に強さを増しているように見える。

 そもそも、序列下位に居ていい実力じゃないよ、ブラッディローズは。

 相当厳しい戦いになると思うけれど、ブラックローチはそれでもやる気みたいだし、いい勝負ができるといいな。


 さて、私は午後からお出かけのための準備があるから長居は無用である。

 ひとしきり挨拶を済ませ、私と戦闘員21号は地下基地を後にした。


 あとは楽しい週末だ~!


-- 8月3日(木) 12:40 --


 自宅に戻り、お父さん、篤人さんと一緒にお昼ご飯を食べた。

 今日のお昼はオーソドックスなカレーライスだ。

 温めなおすだけで食べられるし、時間の無い時に便利でよく作っているんだよね。


 匙を動かしながら、私はお父さんに家のことをお願いしておく。


「明日からしばらく家を空けるから、お父さんよろしくね」

「ひゃっひゃっひゃ! 任せておけ。楽しんでくるがええ!」

「明日から友達と旅行なんだよね? どこに行くの?」


 そういえば2人には話していなかったっけ。

 というか、話していい事なのかもよく分からないから言いそびれていたな……。

 さすがに行き先が分からないのは問題だし、いま伝えておこう。


 明日のことを考えていたら自然とテンションが上がってきた。


「ふっふっふ、実は凄いところに行くんだ!」

「ほほぅ、いったいどこへ行くつもりじゃ?」

「海外? タヒチとかハワイかい?」


 みんなバカンスっていうと、やっぱりハワイとか思い浮かべるんだね。

 でも違うんだな~。


「場所は富山県だけど、実はこっそり人工島が作られていて、そこに遊びに行くんだ~!」


 腰に手を当てて、堂々と宣言した。

 まさか地図に載っていなかった島に行く予定だったとは思うまい。

 お父さんも篤人さんも驚いている。


「富山県の、海?」

「うん、富山湾の真ん中だって! あ、これは秘密ね!」


 自分のことじゃないのに自慢したくなる気持ちが湧き出てくる。

 でも、私のテンションとは正反対にお父さんと篤人さんの顔が曇っていく。


「篤人くん、これはまずいかもしれんぞい……」

「えぇ、確かに。あそこはちょっと良くないですよね……」

「え? どうかしたの?」


 人工島に行くことに何か問題が……。


 いや、あるな。

 テンションが高くなって忘れていたけど問題しかないや。

 忘れていた不安が急に鎌首をもたげてきた。


「や、やっぱり人工島をこっそり作るのはまずい、よね……?」

「それもあるだろうけど、問題なのは場所かなぁ」

「え、場所?」

「ふむ、そうか。好美は知らんかったのか」

「えっ? えっ?」


 富山湾だと何かマズいのかな?

 私が口に手を当ててアワアワしていると、篤人さんが声を潜めつつ言った。


「富山湾のど真ん中には【秘密結社シーサーペント】があるんだけど……」

what(ホワット)!?」


 富山県の秘密結社!?

 そんなところに裏組織の基地があるの!? 知らなかった!


「本部は水中深くじゃが、自分たちの秘密結社の真上に人工島なんぞ現れたら……」

「攻撃される!?」

「そこまでは分からないけど、偵察はされるだろうね、確実に」


 一気に脂汗が滲み出てくる。

 とんでもないところに行くことになった。

 事前に知れてよかったのか、悪かったのか……。


「まぁ、船も普通に航行しておるし、敵対組織と思われなければ大丈夫じゃろ」

「そうですね。好美ちゃんが変なことしなければ大丈夫じゃない?」

「うぅ、するつもりはありませんけど……」


 楽しい気持ちが一転し、嫌な予感が膨れ上がっていく。

 あぁ、私たちの楽しいバカンスが壊れてくよぅ……!


「ふぅむ。……篤人くん、なんなら君が付いていってやってくれんか?」

「僕がですか?」

「お主は何度かやり取りしているじゃろ? 好美や、連れて行ったらどうじゃ?」


 篤人さんはシーサーペントとも情報をやり取りしてるってこと?

 相手と顔見知りなら、いきなり戦闘になったりしない可能性が高い。

 これは是非来てもらわないと!


「あ、篤人さ~ん……!」

「僕はいいけど、友達だけで行くんでしょ? 邪魔にならない?」

「うっ、そうだよね。聞いてみる」


 スマホを取り出して、私はさっそくぷに子ちゃんに電話を掛ける。


『もしもし、よっしーちゃん? 富二子ですよ~!』

「ごめんね急に。あの~、お願いがあるんだけど……」


 私は保護者として篤人さんに付いてきてもらいたいことを素直に伝えた。

 ぷに子ちゃんは私の話を聞くと、あっさりと許可をくれた。


『良いですよ~。そもそも、現地に大人のスタッフもいますから大丈夫ですよ~』

「そうなの? ありがとう!」

『私たちだけで無人島サバイバルも面白そうですけど、ちゃんと遊べるようにしてますよ~』

「そっか~。良かったぁ!」


 よく考えたら私たちだけでの生活は無理があるもんね。

 ちゃんと面倒を見てくれる大人もいるようだった。


 お別れの挨拶をしてぷに子ちゃんとの通話を切った。

 これで篤人さんの参加は確定である。


「大丈夫みたいです」

「そうみたいだね。じゃ、一肌脱ぎますか。アツトにお任せってね!」

「ひゃっひゃっひゃ! 頼むぞぃ!」


 これで、最悪の場合の備えもできた。

 あとは私が変なことをしなければ3日くらいなら大丈夫だろう。

 そもそも完成するまで何にもなかったはずだし、数日くらい問題無いはずだ。


「まぁ、楽しんでくるとええよ。どうせどの県に行こうが秘密結社はあるんじゃ。こういうのは気にしたら負けじゃぞ?」

「そうだね、そうする!」


 話が一段落した時、ぷるるる~、とスマホの着信音が鳴った。

 誰だろうと思って画面を見ると、ゆーくんからの連絡のようだった。


『もしもし、姉さん?』

「ゆーくん? こんにちは! どうしたの?」


 さっそく出て話を聞くと、単に近況報告という名の雑談のようだった。

 どうやら昨日今日でゆーくんは防衛隊のみんなと温泉に行ってきたらしい。


「ゆーくんは今から訓練なの?」

『うん。できるだけ早く強くなりたいんだ』

「そっかー、頑張ってね」


 温泉旅行が終わってすぐ訓練なのか。

 大変だとは思うけれど、ゆーくん本人はヤル気に満ち溢れているようだった。

 ゆーくん、これからまだまだパワーアップしていくんだろうな。


「私は今度の週末に、お友達とお出かけするんだ」

『へー、珍しいね』


 私は私で、友達との旅行について話す。

 あと、ついでに土日には襲撃が無い事も暗に伝えておいた。

 まぁ、私が普通にお出かけするって聞いた時点でゆーくんなら気づきそうだけど。


『友達とのお出かけなんて初めてでしょ? 楽しんでくるといいよ』

「うん! いっぱい楽しんでくるね!」


 ゆーくんとの会話で落ちたテンションが戻ってきた。

 あと、ゆーくんからお父さんへお小遣いの催促があった。


「ひゃっひゃっひゃ! 忘れとったわい! 9月に今までの分をちょっと多めにして渡すから許してくれい!」

「お父さん、ちゃんと渡すってさ」

『ありがとう。学校が始まったら姉さんから渡してもらえばいいから、お願いね』

「うん、分かった!」


 お小遣いの約束を終えて、私はスマホの通話を切った。

 残り少ないお小遣いでプレゼントを買って来てくれたのかぁ。

 これは是非ともお返しのお土産を準備したいところだ。


「富山のお土産って何があるんだろう?」

「お土産? 有名なのはホタルイカとかかなぁ?」

「ひゃっひゃっひゃ! そういうのは帰るときに考えりゃええわい! まずは楽しんで来い!」


 それもそうか。向こうで考えた方が良さそうだし、楽しめるだけ楽しんじゃおう。

 秘密結社シーサーペントに対してもわざわざ喧嘩を売るつもりは無いし、きっと大丈夫。

 もし小競り合いになったら、その時はその時だ。


 それに、私自身にはぷに子ちゃんたちを守る力がある。

 巻き込まれそうになったら私が頑張ろう!


「それじゃ、僕も準備しないとね」

「一緒にお買い物に行きますか?」

「そうだね、そうしよっか」


 そんなわけで、午後からは足りないものを篤人さんと一緒に買い揃えることにした。

 水着とかもちゃんとしたヤツを用意したいし、予算は少し多めに使ってしまおう。


 私は空になったカレー用の鍋を片付け、篤人さんと一緒に十日前町の商店街へ繰り出した。



-- 8月4日(金) 13:30 --


 そして出発の日……。

 旅行1日目、ローカル電車を乗り継いで私たちは富山市へと辿り着いていた。

 空は青く澄み渡り、真夏の熱気が私たちを出迎えてくれる。


「やっと着いたぁ~!」

「予想外に時間がかかったな」

「運が良かったですよ~」

「運、良かったのかなぁ?」

「まぁ、珍しいものが見れたのは確かだねぇ」


 本来ならもうちょっと早く着いたのだけれど、飯山線に乗っていたらカモシカが飛び出してきて運行がしばらく止まったのである。

 こっちの車両に近づいてきたのはびっくりしたな。輝羽ちゃんに興味を示していたし、輝羽ちゃんは動物たちに好かれるオーラでも持っているのだろうか?

 なお、私は動物に嫌われがちなので刺激しないように引っ込んでいた。

 それでも間近で見れたから良いのだ!


 楽しい出会いもあったし、お昼は駅弁に舌鼓を打ってさっそく話に花が咲いた。

 多少のトラブルにも私たちのテンションは下がらないどころか上がる一方である。


 さて、この後は現地にいるスタッフさんが来てくれるはず。

 わいわいと騒ぎながら駅の出口へ向かうと、すぐ近くに停まっている黒い車が目に映った。

 車の傍らに立っていた女の人が私たちを見つけて小走りで近づいてくる。

 この人がスタッフの人かな?


「お嬢様、こちらです。お早く……!」


 富山県の港で出迎えてくれたお姉さんは、何故か黒服にサングラスをかけていた。

 しかも、スパイ映画で逃走中のお偉いさんを迎えるかのような出迎え方だ。

 あのお姉さんの緊張感が凄いんだけど、大丈夫かなぁ?

 明らかに"危ない橋を渡っています"っていう気配が伝わってくるんだけど……。


「よろしくお願いしますですよ~!」

「乗り込め~っ!」

「そんな急がなくても、逃げやしないだろ」


 それに対してぷに子ちゃん達は普通、というかいつも通りだ。

 勢いよく車に乗り込むと、その乗り心地の良さにぐでーっとしている。

 リラックスしまくっているなぁ。

 お姉さんの緊張感と足して2で割ったらちょうどよくなるかもしれない。


「あのぅ、大丈夫ですか?」

「私のことはお構いなく。さぁ、お早く……」

「好美ちゃん、急いで乗ってあげよう」

「あ、はい」


 確かに、今のお姉さんにとってはその方が気が休まるかもしれない。

 篤人さんに促されるまま、私はすぐに車に乗り込んだ。


「では、向かいます」

「「「よろしくおねがいしまーす」」」


 全員が車に乗り込んだことを確認し、お姉さんが車を発進させた。


 車は駅を出発し、川の近くを辿って海へと向かって行く。

 街並みをすり抜けていくと、時間を置かず、青い水平線が私たちの目に映った。

 電車では山の中を走ってきたからだろうか?

 電線も木々も無い、ただただ青く続く水平線が広がっていて、ものすごい開放感だ。


 漁港へと入っていくと綺麗な客船が湾内に置かれていて、車がそこへ向かっていく。

 輝羽ちゃん達が窓を開けて身を乗り出し、目を輝かせていた。

 でも私のところにみんなで押し寄せてこないでよぅ! 重いってば!


 やがて漁港に車が停まると、みんな転がるように車を飛び出ていく。

 そこに待っていたのは運転のお姉さんと同じような黒服にサングラスの男たちだった。

 またスパイ映画の人達?

 今回の旅行はそういった趣向なんだろうか?


「お待ちしておりましたお嬢様。それでは向かいましょう」

「船だ~っ!」

「乗り込みますよ~!」

「あ、酔い止めを飲んでおくと良いですよ」

「あ、はい。貰っときますね」


 見た目はいかついけれど、意外とフレンドリーな感じだった。

 やっぱり趣向を凝らしただけかな?

 私たちは順番に船に乗り込んでいく。


「では、出航します」

「しゅっこー!」

「ですよ~!」


 全員が乗り込んだことを確認して、船はゆっくりと進みだした。

 目指すは富山湾の真ん中にあるという人工島だ。


「……あれ?」

「ん、どうしたの、よっしー?」


 出船した直後、私は目の前に広がる風景を見て疑問を感じた。

 遠くに見えるのは乃登(のと)半島の先っぽ、そしてその奥まで水平線が続いている。

 遠くまで見渡せるのに、どこにも島らしいものは見当たらない。


「えっと、どこにあるんですか? 人工島って……」

「ふふ、お任せください。これから浮上させますから」

「浮上!?」


 船が富山湾の真ん中あたりまで来た時に、黒服のリーダーっぽい男の人が手を上げた。

 それが何かの合図だったのか、ボコボコと海が泡立ち、海底から黒い影が浮き上がってくる。


「うわぁ!?」

「おぉ~! 凄いですよ~!」

「ちょ、ムー大陸かよ!?」

「本当に島だ……!」

「これは、思ったよりすごい規模だねぇ」


 全員が目を丸くした。

 現れたのはまさに"島"そのものである。


 ヤシの木などの南国的な植物や、ログハウスっぽい海の家がある大きな弓型のビーチ。

 それとホテルのような近代的なコンクリート造りの建物も存在していた。

 それらを包んでいたガラスのような天幕がゆっくり開いていく。


「……数億で足りるのかなぁ?」


 そもそも立派なホテルがある時点で1億超えてるでしょうに。

 しかも島自体が潜水機能付きみたいだし。


「なんでバレなかったんだよ」


 弘子ちゃんがもっともな疑問を口にした。

 確かに、今も港や半島からも丸見えだろうし、絶対気づかれるはずである。


「常にここにあったわけではございません。時には大海原のど真ん中を漂い、時には海底に身を潜め、時には船のように移動しつつ、またある時は()()()()()()()で目くらましをしておりました」


 リーダーの男性が指を鳴らすと、周りに冷気が立ち込めた。

 周りの景色が微かに揺らぎ、私たちの目から半島が全然見えなくなってしまう。


「へー、蜃気楼みたいだねっ!」

「おぉ、正解です! 輝羽様、なかなか素晴らしい洞察力ですね」

「正解だったんだっ!?」


 言い当てた輝羽ちゃんが自分でも驚いていた。


「きぅちゃん1ポイントですよ~」

「何のポイントだよ」

「でも、クイズ番組にもなりそうな島だよね」

「蜃気楼かぁ。確か富山湾では有名だよねぇ」

「はい、利用させていただいております」


 自然現象を文字通りの目くらましに使っているってことか。

 今も、私たち以外は見えないように調整しているのかな?


「万全ではありませんが、一時しのぎにはなります。危ない時にはさっさと海中に逃げればだいたいは大丈夫ですし」

「何度、慌てて逃げ出したことか……」


 リーダーの男性が自慢げに話す一方で、案内役のお姉さんは青い顔でそう呟いていた。

 今も落ち着きなく周りを見渡しているし、不安で仕方なさそうである。

 この人、今の仕事に向いていないんじゃないかな?


「では、上陸しましょう!」


 リーダーの合図で船が人工島の港へと近づいていく。

 桟橋へと船体を寄せてハシゴが掛かり、私たちは島へと上陸を果たした。

 人工島は揺れることなく私たちを支えているので、これなら船酔いの心配も無さそうだ。


 桟橋の横はすぐに南国ビーチだ。

 海の家も目と鼻の先に存在しているし、ホテルへの道のりも似たような距離である。

 奥には島の物資でも置いてあるのか、丸い倉庫みたいな建物が見えていた。


「ねぇねぇ、何か看板っぽいのがあるよ!」

「あれはこの島の名前ですよ~!」

「どれどれ……」


 石造りの看板には『(ルナー)(エクリプス)(アイランド)』という名前が掘られていた。

 うーん、妙にファンタジックな名前だなぁ。ぷに子ちゃんの趣味なのかな?


「エクリプス……! 冒険の匂いがする!」

「私たちはパーティーですよ~! お肉も焼きますよ~!」

「バカンスに来ただけだろうが。あと、パーティー違いだ」


 そんなことを言いつつ、弘子ちゃんはカメラを取り出してさっそくパシャリと撮っている。

 言葉遣いとは裏腹にかなり御機嫌なようだ。

 ちなみに夜は本当にパーティーをする予定である。

 バーベキュー用の食材を色々と手配してくれていると聞いているし、そっちも楽しみだ。


「さっそく行くぞぉ~!」

「突撃ですよ~!」


 元気が有り余っている輝羽ちゃんとぷに子ちゃんが砂浜へとダッシュしていく。


「よっしー、行くぞー!」

「あ、うん!」


 弘子ちゃんの声に引っ張られるように私も砂浜へと駆けだした。

 サンダルの間から入り込んでくるサラサラの白い砂がくすぐったい。

 私もすぐに輝羽ちゃんたちに追いつき、寄せては返すさざなみに足を浸した。

 おぉ、海だ~!


「僕たちは色々準備してるからね~」

「はーい!」


 篤人さんの声に手を振って応えると、突然冷たい水しぶきが顔に掛かった。

 ぷに子ちゃんがニッコニコの顔でこっちを見ている。

 やったなぁ~?


「えいっ!」

「ぷぇ! しょっぱ!」


 水を掬って飛ばしたら、さっそく輝羽ちゃんの顔にクリーンヒットだ。

 私だってやられっぱなしじゃないからね!


「おりゃあっ!」

「ひゃっ!? 冷たいですよ~!」

「ぷに子、覚悟~!」

「隙あり」

「ぎゃー、何すんだ弘子ー!?」


 暑い日差しの下、身体に掛かる水しぶきが気持ちいい。

 私たちはしばしの間、お互いに水を掛けあって大はしゃぎしていた。



-- 8月4日(金) 14:15 --


 僕、鈴木篤人は浜辺に向かう好美ちゃんたちを見送ったのち、ホテルへ向かった。


 中学生の少女たちに交じって遊ぶのはさすがにお邪魔だろうし、僕はお世話係で十分さ。

 それよりも、今のうちに島の隅々まで知っておきたいかな。

 万が一、事件が起きた時に僕がしっかりしていないとね。


「あのぅ、本当にお手伝いいただけるんですか?」

「ええ。これはどこに運びます?」


 ホテルの裏口で、花瓶に飾るであろう生花(せいか)を抱えていた案内役のお姉さんに尋ねた。

 彼女はこれからホテルの部屋の準備をするという。

 まずはそれに付いて回って、世間話でもしながら色々と聞き出すことにしよう。

 僕も同じように生花を持ち上げて、一緒にホテルの中へと入っていく。


「すみません、本当に助かります」

「いいんですよ。ちょっとは役に立たないとね」


 恐縮しているお姉さん、とはいってもたぶん僕と同じくらいかな? と一緒にホテルへと入る。

 バタバタと走り回るスタッフの人たちに挨拶をしながら、僕たちは花瓶に花を活けながら部屋へと向かった。


「ここが宿泊の部屋になります」

「おぉ、大広間かぁ~」


 個室もあるみたいだけど、鶴田家のご令嬢であるぷに子ちゃんの提案で、一番広くて大きな一室が彼女たち全員の部屋にあてがわれていた。

 ひろーいガラス張りの戸を開けば潮風の香るバルコニーに出ることができる。

 好美ちゃんたち、この部屋を見たらはしゃぐだろうなぁ。


「一応、お掃除しておきましょうか」

「この大きさになると大変だねぇ」


 元からあまり汚れてなんていなかったけれど、ちょっとした埃も逃さず丁寧に取り除いくのはかなり手間がかかった。

 洗剤、掃除機や雑巾、はたきなどを駆使しつつ部屋を綺麗にしていく。

 お姉さんはテキパキ動いているし、僕に対する指示もなかなか要領が良い。

 うーん、彼女、なかなかの手練れだね。


「ふーっ、こんなところですね。お嬢様たちが遊びに行ってくれて助かりました」


 お互いに汗をぬぐい、しばし綺麗になった部屋を眺める。

 備え付けの冷蔵庫にはジュース類やお茶を補充し、迎え入れる体裁はバッチリだ。

 ついでに机の上にチョコレートなどのお菓子も置いておく。


「私はお煎餅が好きなんですけど、実はお嬢様ってベルボンのお菓子が好きなんですよ」

「思いっきり競合他社だねぇ」


 そんな他愛ない話から、だんだんとお互いの口数は増えていった。

 幸いまだ仕事が残っているみたいだし、お手伝いにかこつけて色々と話を聞き出せそうだ。


「篤人さん、意外と力あるんですね」

「普段は運送会社で荷物運びが仕事だからね、こういうのは得意なんだ」


 次のお仕事は夕食用の食材を浜辺近くの海の家に運び入れる作業だった。

 これって、明らかに女性に割り振っていい仕事じゃない気がするんだけど。

 彼女はすでに汗だくで辛そうにしているし。


 まぁ、それが終わったらお姉さんは一足早く自由時間らしいから、最後のひと踏ん張りってことで了承したんだろうね。


 何往復も行ったり来たりして僕も汗だくになった頃、大体の荷物を運び終えることができた。

 僕が持っているのが最後の荷物だ。これで完了っと。


「はい、お疲れさまでした」


 お姉さんがイチゴシロップのカキ氷を持ってきた。

 確か、さっき運んだ砂糖水は歓待用のカキ氷にするものだったはず。

 僕ら裏方が食べちゃってもいいのかな?


「あれ、いいの?」

「いいんですよ。作業者の特権って奴ですから」

「あっはっは! それじゃ、遠慮なく」


 カキ氷を受け取って、さっそく口に運び入れる。

 舌に残る冷たさと甘さが労働後の身体に心地よい。

 僕は大人だし、一気に食べて頭を痛くすることなんてしないのさ。

 自重することができるのが、本当の大人ってヤツだろうね。


 ……隣を見たら頭を抱えている、いい大人のお姉さんがいたわけだけど。


「頬張ったら、痛みが……」

「一気に食べるからでしょ」

「そうなんですが、どうしてもずっと暑かったんですもの」


 そりゃ真夏に黒服は暑いでしょうよ。下手したら倒れる暑さだ。


「仕事中はこの格好じゃないといけないんですよ」

「じゃあ今はいいんじゃない? そもそも、今日の仕事は終わりだよね?」


 というか、見ているだけで暑いのでさっさと着替えて欲しい。

 最近じゃどこの作業員だって空調服を用意したりと熱中症対策を講じているんだから。

 いくらお嬢様の付き人だからって、真夏に燕尾服じゃ倒れちゃうでしょ。


「そうですよね、じゃあそうします」


 そう言って海の家の奥へと向かっていった。

 この海の家、奥には小さなシャワールームも用意されているし、コテージとしても使えそうだ。

 僕なら1週間くらい余裕で住めちゃうね。


 カキ氷をゆっくり食べつつ待っていると、トントンと軽い足音が聞こえてくる。

 戻ってきたかなと思いつつぼんやり眺めていると、白いワンピースを着たお姉さんがちょっと恥ずかしそうにしながら戻ってきた。


 ぴっちりした黒服とは真逆のふんわりした白いワンピースに水色のサンダル、気分を出したいのか麦わら帽子もかぶっていて、一気に涼しさと明るさが増した。


「今日はもうオフですから」


 恥ずかしいのか、なぜか言い訳じみたことを口にしていた。

 オフでいいと言われても、同僚がまだ働いているから後ろめたさがあるのかもしれない。


「うん、涼しそうになったし、いいんじゃないかな? 似合ってるよ」

「えへへ、ありがとうございます」


 嬉しそうにはにかむ顔に、ちょっとだけ心が騒めく感じがする。

 うーん、このまま別れるのはもったいないなぁ。

 彼女はこれからオフだってことだし、それなら……。


「もしよかったら、島のことを教えてくれないかい?」

「この島のことですか?」

「うん。せっかくだし、色々と見て回りたいからさ」

「……そうですね、私でよければ」

「やったね! 宜しく!」


 握手のつもりで軽く手を握ったのだけど、彼女はすぐに恥ずかしそうに引っ込めてしまった。

 さすがにちょっと調子に乗ってしまったかな?

 やっぱりやめます、なんて言われないといいんだけど……。


「さ、さっそく案内しますね!」

「あ、うん。ありがとうね」


 大丈夫だったみたいだ。良かった。


 彼女はビーチの反対側へと歩いていく。

 どうやらこの姿をみんなに見せたくないらしい。

 彼女の恥ずかしがり屋な面を可笑しく思いながら、僕は彼女を追って島の探索へと向かった。


 その後、僕は彼女と一緒に一通りぐるっと島を周った。

 なかなか楽しい時間だったけど、それはそれとして仕事もきちんとしないとね。


 周ってみて分かったけれど、この島は小さいながら面白い造りをしている。

 まず好美ちゃん達が遊んでいる浜辺は三日月形になっていて、遠浅の砂地になっている。

 月食島という名前の通り、この島自体が月みたいな島だ。


 中央にある岩の小山は比較的なだらかだけど、登った時の眺めはなかなか素晴らしかった。

 でも、小さな崖下の岩肌になぜか唐突に扉がくっついていたのが気になる……。

 この島は潜水したり移動したりもできるみたいだし、もしかしたらあれが操舵室の入り口かな?


 浜辺の反対側は磯になっていて、水辺の生き物たちの住処になっている。

 小さなカニやイソギンチャクもいるし、浜辺とは違った遊びができそうだった。

 それと、よくよく見るとブイのようなものが遠くに浮かんでいる。

 たぶんあれが蜃気楼を発生させる装置なのだろう。


 色々と見て回っていたら、空が薄いオレンジ色に変わっていることに気付いた。

 急に吹き抜けた風に、彼女は慌てて帽子を押さえている。

 黄昏時の黄金の光に淡く照らされる姿が、なぜだか眩しく見えた気がした。


「私ってお菓子作りがしたくて、この会社に入ったんですよ」

「そうなんだ。その割には……」


 言葉にはしなかったけど、何の経緯で秘密の島の歓待役みたいなことをやらされているのやら。


「お給料が良い部署を選んだら、いつの間にかこんなことに……」

「さすがにもうちょっと仕事内容に気を付けた方がいいんじゃない? 騙されちゃうよ?」

「天下の鶴田製菓で、こんなヘンテコな仕事があるなんて思わないじゃないですか~!」

「まぁ、確かにね」


 彼女が、というよりは鶴田製菓が何でこんなことをしているのかの方が変か。

 お金持ちの道楽って奴なんだろうけど、それにしたってとんでもないことをしているしね。


「でも、海外に行ったり、海を眺めたりは楽しかったです。目標にも近づいたし……」

「目標って?」

「私、自分のお店意を持ちたいんですよ」


 そう言って笑う彼女の瞳は、今までで一番輝いていた気がする。

 彼女はお金を溜めて、小さくてもいずれ自分のブランドを持ちたいという。


「鶴田製菓みたいな大会社じゃなくてもいいんです。だけど、小さくてもちゃんとした米菓のお店を立ち上げて、力いっぱいやってみたいんです」

「いいんじゃない? でも、僕を含めてみんなグルメだから、僕らを満足させられるかな?」

「う、そ、それは……」

「そこは『できる』って言おうよ」

「じゃ、じゃあ後で私が作ったお煎餅を味見してもらっても良いですか?」

「お、僕への挑戦だね? 受けて立つよ」

「そういうのじゃないですよ~。でも、挑戦してみたいです」


 彼女の力ってどんなものなのかな?

 もし僕だったら、まずは知り合いに試してみてって勧めたり、地元の広告に乗せてもらうように動くことはできるかもね。


「まぁ、もうしばらくはこの仕事ですけどね……」

「あれ? お金が溜まったら終わりにするんじゃないんだ?」

「いえ、それが、契約年月が残っていて、途中で終わるわけには……」

「ホント、なんでこの仕事を受けたんだい?」


 しっかりしているのか、そうでないのか分からない人だなぁ。

 でも、見た目以上に夢に向かう熱量があることは分かったし、鶴田製菓の道楽という罠に嵌るという寄り道はあったみたいだけど、それでも着実に前へと進んでいるようだ。


「もうこんな時間なんですね」

「そうだねぇ」


 黄金色の光が一段と濃くなり、海が煌びやかに輝いている。

 思えば随分と長い間、彼女を連れ回してしまった。

 夜はバーベキューだというし、そろそろ戻らないとね。


 少し名残惜しいなぁと思いながら彼女を視界に収め、――同時に異変に気が付いた。


「篤人さん、あれって」

「しっ! こっちへ!」


 僕は彼女の手を引き、反射的に物陰に隠れた。

 目と鼻の先に、赤黒い岩のような異形の男がゆっくりと這いあがってくるのが見えたのだ。


「……怪人、だね」

「そ、そんな!」


 彼女は声こそ小さくしてくれているけれど、顔を真っ青にしている。

 もともとプレッシャーに弱いタイプみたいだし、本物の怪人を前にして完全に怖気づいていた。


「助けを呼ぶことは?」

「できるできないで言えば、できます。でも……」


 彼女はそこで言葉をつぐんでしまった。

 その顔は、通報するべきかどうかで悩んでいるように見えた。


「本当に、何でこんな島を作ったんでしょうか。厄介ごとしか運んでこないのに……」

「あぁ、確かに、通報したらこの島の存在はバレるもんね」


 この島が日本政府に見つかったとしたら何がどう転ぶか分かったものじゃない、か。

 さすがに僕らが投獄されるような事態にはならないだろうけど、鶴田製菓にも彼女たち自身にも良くない風聞が立つことは想像に難くない。

 下手をしたら、彼女の夢もその時点で潰えるかもしれない。


「あの、通報しましょう。さすがに、みんなの命が最優先ですから……」


 それでもちゃんと判断してくれたようだった。

 彼女が身を亡ぼすほどの強欲じゃなくて良かったよ。

 命のかかった状況では、変な欲張りをするよりは安全第一を選択するのが普通だ。


 でも、僕はちょっと普通じゃないから、どうせなら誰にも問題が無いような解決をしたいと願う。

 彼女にも夢を追い続けてもらいたいからね。


「……もう少しだけ待ってもらっていいかな?」

「え? な、何をするつもりなんですか?」

「それは、内緒さ! でも、1時間くらいで何とかするから、もし僕が戻って来なかったらその時は通報をよろしく頼むよ」


 出来るだけ安心させるように彼女に伝えた。

 まぁ、全然伝わってないというか、不安で倒れそうな顔をしていたわけだけど。


「ちゃんと戻ってくるから」

「約束……」

「え?」

「私のお煎餅を食べるっていう約束です。忘れちゃ嫌ですよ?」


 彼女は何かしら縋るものを求めているらしかった。

 僕的には、それって死亡フラグだから勘弁してもらいたかったんだけど。

 ……でも、実際に言われてみると嫌いじゃないかもね。


「うん、約束する。ちゃんと辛口レポートするからね」

「酷いですよ。……待ってますからね」


 彼女はそう言って戻っていった。


「そこにいるのは誰だ!?」

「おっと、バレちゃいましたか?」


 僕は、そっと岩陰からその姿を覗かせる。

 ()()()2()1()()となった姿を。


「お前は……!」

「しーっ! そのケガ、追われているんでしょ? ヒーローにね」


 目の前の怪人が僕を睨みつけてくる。

 僕は言わば隣の県の秘密結社に所属する部外者だ。

 こんなところに島を作って(パンデピスが作ったわけじゃないけど)現れたのだから、彼らシーサーペントの怪人に不審がられても仕方ないだろう。


 でも、いきなり攻撃されなかったわけだし、話を聞いてもらうくらいは出来そうだ。

 さて、どう話をつけようか――



-- 8月4日(金) 16:40 --


 水遊びにも疲れて、みんなでパラソルの下で寝そべっていると、近くに置いてあった私の荷物からぷるるる~と音が鳴った。

 あれはスマホの音だ。

 よく電波が届くな、……って、よく考えたらここは乃登半島と本州の真ん中だった。

 そりゃ普通に電波も届くというものである。


「はい、もしもし」

『あぁ、僕だよ僕! 21と言った方がいいかな?』

「え? ……あの、みんな! 私、ちょっとだけ席を外すね」

「トイレならあっちですよ~」

「あ、ありがとう……」


 違うんだけどなぁ。まぁちょうどいいかも。

 電話越しに21と名乗ったのは、篤人さんがのっぴきならない状況で戦闘員21号の姿になっているからに違いない。

 そして、その状態で電話を掛けてきたということは私の助けを求めているということだ。


「あの、どうしたんですか?」

『いやぁ、なんてことは無いよ。秘密結社シーサーペントの怪人が、戦いの末にこの島に逃げ込んできたんだけどね……』


 いきなり頭の痛くなるようなことを言われた。

 さっそく見つかってる!?

 なんで私たちがいる時に限って見つかるんだ!


 いや、そういえば、この島、普段はここにあるんじゃなくて大海原とか言ってたっけ?

 "今まで見つからなかったから大丈夫"というのがそもそも前提として間違っていたみたいだ。


 って、そんなことはどうでもいいか。今起きている事態を何とかしないと!


『その彼、シースコーピオンっていうみたいなんだけど』

「その様子だと、知り合いですか?」

『いや、今知り合ったところだよ』


 怪人を見つけて普通に接触したようである。

 まぁ、その怪人も戦った後という話だし、疲れていたのかな?

 それに、取り引きをしていた相手だと知っているからこそ攻撃しなかったのだろう。


『それでね、ヒーローがこっちに近づいてきているらしくって、そろそろ見つかっちゃいそうなんだよ』

「うぇ!? そ、そんなの困りますよぅ!」


 こんな違法っぽい島にいるところにヒーローが来られたら、最悪捕まってしまう!

 最近の私や輝羽ちゃんは世間的に目立っているから、こんな島にいたことがバレたら好奇の目に晒されてしまうこと必至だ。

 ていうか、ぷに子ちゃんもそうだけど、鶴田製菓なんて大打撃なんじゃ……。


 まさか、倒産の危機……!?


「ど、どどどどうするんですか!?」

『慌てすぎだよ』


 これで慌てるなという方が無理がある。

 私はこの際、何だってやるぞ!


『僕としては追い払いたいところなんだけど、戦えるかい? というか、出て来れるかい? 僕らはビートとは反対側の岸にいるからね』

「それは大丈夫です! うまいこと出てこれたのですぐ向かいます!」

『うん、分かった。それはいいんだけど、もう少し落ち着いてよ。……焦ると本当に突拍子もないことしだすんだから』


 戦闘員21号の溜息が漏れ聞こえてきた。

 まったくもって何という言い草か。単に懸念事項を考えていただけなのに。

 私、もしかして甘く見られている?


「そんなこと無いです!」

『本当かなぁ?』

「とにかく、今すぐ向かいます!」

『あー、うん、待ってるね。焦ったらダメだから……』


 篤人さん、もとい戦闘員21号のセリフを聞き終える前に私は通話を切って駆け出した。

 全速力で走り、岩山を飛び越え、ビーチの真逆であろう場所を目指していく。

 もとよりそこまで大きな島ではないし、ほんの数分もあればたどり着ける距離だ。

 怪人パワーでちょこまか走り抜けていき、反対側まで通り抜けるのに時間は掛からなかった。


 そうだ、飛び出す前に変身をしておかなければ!

 早速、黒いブローチを取り出して合言葉を……。


 ブローチ、どこだっけ??


「ぶ、ブローチ忘れたぁ!?」


 手にはスマホを握っているだけで、いつもは服に忍ばせている黒いブローチは水着になった時に脱ぎ捨ててしまっていた。

 取りに戻っている時間は無いだろうし、ど、どうしよう!?


「うぅ、このままやるしかない」


 意を決して、私は無言のまま怪人の力を解放した。

 頭の上にウサ耳が生えて、身体が白い毛に覆われていく。


 変身は成功したのだけれど、尻尾が水着を押し上げて気持ち悪いよぅ。


 ちなみに、着用していた水着は上下別れているタイプだ。

 上はビキニほどの露出は無いがおへそは出ているタンクトップで、下はハーフパンツとホットパンツとの中間みたいな感じになっている。

 上下別れているから、尻尾を出しちゃう方が良いかなぁ?

 でも、それだと全部脱げちゃいそうだし……。


 怪人化と服装とのミスマッチを気にしながらも足は動かし、すぐに対岸へと辿り着いた。

 こっちには磯が広がっているようで、海の生き物なら実に隠れやすそうな場所だ。


「ミスティラビット、こっち!」


 戦闘員21号の呟き声を私のウサ耳がキャッチした。

 磯の一部に目を向けると、切り立った岩肌の隙間が見える。

 どうやらあそこに戦闘員21号と怪人の1人が息を潜めているようだ。


 ぴょこんと飛び出すと、2人が慌ててこちらを見た。

 でも、戦闘員21号は私が来ることを予測していたのか、すぐに安堵の表情に変わる。


「ミスティラビット到着です」

「良かった。ちゃんと来れたみたいだね……その恰好は?」


 私の格好を見るなり、戦闘員21号が訝し気に尋ねてきた。

 変なことなんかしないと言った手前、今のこの状態はかなり恥ずかしい。


「いや、ほら、水中戦が予想されるから……」

「あー、そういうこと、ね」


 バレてるくさいなぁ。

 でも、一理あるとも思ったのか、それ以上は言及するつもりは無いようだ。

 それよりも、今の状況をどうにかしないといけない。


「お前がミスティラビットか。噂は聞いているぞ」

「あ、初めまして。ミスティラビットと申します」


 彼がシースコーピオンか。

 見た感じ、カサゴの怪人かな?


 怪人【シースコーピオン】

 富山県の秘密結社シーサーペントに所属する怪人の1人。

 カサゴの怪人であり、海中の岩場に潜んで奇襲をかける戦法を得意とする。


「突然お邪魔してすみません」

「本当に邪魔するつもりじゃねーだろうな? そもそもなんでこんなところに来てるんだよ?」

「そ、それは、そのぉ……」


 ただのバカンスです。

 って言っても信じてもらえないだろうなぁ。

 相手を納得させられるだけの理由も根拠も無いのである。実際、本当に理由が無いし。


「少なくとも、僕たちは事を荒立てるつもりはありませんよ」

「そう願いたいもんだな。……少なくとも、今の俺にゃ、お前をどうにかする力は無ぇ」


 そう言って、腕の傷を私たちに見せた。

 腕だけではなく、瓦礫の嵐でも浴びたかのようにズタボロにされていて、ところどころ鱗も破損して剥がれ落ちている。

 どういった戦いをしたらこんな風になるのやら。


「富山県のヒーロー、リンカイオウの必殺技かな?」

「ご名答だ」

「えっ!? ヒーローの必殺技を受けて生きてるんですか!?」


 それって、結構凄いことなんじゃ……。


「お前がそれを言うか?」

「君がそれを言うの?」


 驚いていたら、その怪人も戦闘員21号もあきれ顔を見せてきた。

 でも、しょうがないじゃない。

 ヒーローの必殺技を受けて逃げ切るだけでもかなり上位の怪人なんだから!

 シースコーピオン、結構強い怪人なのかも……。


「じきにリンカイオウはここに来るだろうぜ。今は水中で俺を探しまわっているだろうが……」

「来ないで欲しいんですけど」

「それに関しちゃ同意見だが、こんな怪しい島、奴らが見逃すわけがねぇ」


 海とリンカイオウのことはさすがに詳しいのだろう。

 私の希望的観測、というかただの希望をシースコーピオンが一蹴する。


「一応、蜃気楼で見えなくしているみたいですけど……」

「海にはソナーっつう便利なものがあるンだよ! 誤魔化せるわけあるか!」


 そういえばソナーなんてものがあったっけ。

 私も音を頼りにすることはよくあるけど、なんでか思いつかなかった。

 そうなると、すぐにでもヒーローが乗り込んでくるかもしれない。


「一応、この島はソナーステルス機構を持っているみたいだよ」

「え?」

「な、なんだと? そこまでの設備がこの島にあんのかよ!?」


 ステルス? 見えない爆撃機(ステルスボマー)っていう戦闘機の名前は聞いたことがあるけれど、それと同じようにレーダー、というかソナーに引っ掛からないようになっているってこと?

 ぷに子ちゃん、いったいなんでこんな島を作ったの?


「……いや、それでも完全には誤魔化しきれねぇみてーだぜ」


 シースコーピオンの眺める先に、何やら水しぶきが舞っているのが見える。

 ウォーターバイクのようなものに乗っているヒーローの姿が小さく見えてきていた。


「あっはっは、まぁそうだろうね」

「ダメじゃないですか! 笑いごとじゃないですよぅ!」

「どのみち、縦横無尽に探し回られたらアウトってことさ。だから、僕たちが先に動かないとね」


 戦闘員21号はそう言って海の上を指さした。

 何もないような気がするんだけど、よくよく見ると何やら黄色い丸が浮かんでいる。


「あそこにあるのが蜃気楼の発生装置さ。リンカイオウに島のことを知られないようにするには、あそこで迎撃するしかないんじゃないかな」

「おいおい、アレを足場にして戦うってのかよ!?」

「そ、そうですよ、さすがに無理ですって!」


 戦闘員21号の案には、にわかには賛成しがたい状況だ。

 相手のリンカイオウは海での戦闘のスペシャリストだったはず。

 こちらは潜水もあまり長くできない陸のウサギである。

 水上でも水中でも勝てないってば!


「別にヒーローに勝てなんて思っていないよ。ただ、足は破壊して欲しい」

「足?」

「奴が乗っている小型潜水艇のことだ」


 あのウォーターバイクみたいなヤツのこと?

 あれって潜水艇なのかぁ。水中での活動範囲も広そうだなぁ……。


「アレが無ければ、シースコーピオンなら逃げられるでしょ?」

「……おい、この状況で俺の心配か? お前らだってこの島が見つかったらやべぇんだろ?」

「まぁ、少しだけね」


 ほんとに少しで済むの? 鶴田製菓が傾いたりしないよね?


「というわけで、さっそくお願いするよ。戦闘開始の合図くらいは僕がするけど」


 そう言って、戦闘員21号は霧玉(ミストボール)を取り出した。

 私と違っていつでも準備万端なのはさすがである。

 覚悟を決めてやるしかないか……。


「最悪の場合、私のことは見捨ててくださいね」

「そうならないことを祈ってる。ごめんね、無理させちゃて」

「いつもと同じことですよ」


 いつだって私は怪人としてヒーローの目の前に姿を現している。

 失敗したら死ぬこと前提なのはどんな時でも一緒だ。

 無茶な条件で戦うことだって何度もあったし、それを言い出したらキリが無い。

 だから、戦闘員21号が頭を下げる必要は無いと思う。

 ちょっとだけいつもと違うのは、どうも戦闘員21号が私のために動いているわけじゃないっぽいってところくらいだ。

 それでも、普段は頼りっきりだから、頼られた分だけ今回は頑張ってみようと思う。


「あ、私が頑張る代わりに、この島に手出しは無しでお願いしますね」

「……組織の一員として約束は出来ねぇ、けど、できるだけ衝突しねぇように努力する」

「はい、そのくらいで十分です!」


 シースコーピオンの言葉は"約束できない"だったけど、その言葉は逆に信頼に値する気がする。

 "約束する"って嘘を吐く方がずっと簡単だからだ。

 少なくとも、私たちに真摯に向き合ってくれていると思うし、きっと大丈夫だ。


「それじゃ、頑張ってね! 戦闘開始だ!」

「はい、行ってきます!」


 戦闘員21号が霧玉を投げ入れて、海面が濃い霧に包まれていく。

 その霧の真ん中へ向かって、私はできるだけ大きく跳躍した。


 夕日の黄色が微かに差し込む濃霧の中、空を飛ぶ私の耳に風を切る音だけが聞こえてくる。

 視界は霧に閉ざされ、海面を望んでもなかなか黄色い丸が見つからない。

 私は目視を早々に諦め、ウサ耳を(そばだ)てた。


 蜃気楼の発生装置に波がぶつかる小さな音が聞こえる。

 でも、それ以外に目立った音が聞こえない。

 もしかして、リンカイオウは海中に潜っているのだろうか?


 考えを纏めていると、もう水面が近づいてきていた。

 私はドボンと落ちて海中へと沈み、すぐさま泡と一緒に海面へとUターンした。


「ぷはっ!? あ、黄色いの結構大きい!」


 目標にしていた蜃気楼発生装置を間近で見ると、意外と1つ1つが大きかった。

 これは助かる! これなら何とか足場にすることができそうだ。


 蜃気楼発生装置はブイみたいなものに穴が開いている装置だった。

 ブイと違うところは海中に伸びるかなり長くて太いパイプだろう。

 このパイプを通って、冷たい空気が送り込まれているようだ。


 まじまじと装置を見ていたら、真後ろでバシャーンと水柱が立った。

 そこからメタリックなシャチかと思われるようなマシンに乗って、ヒーローが飛び出してきた。


「そこか、シースコーピオン! ……じゃない? 誰だ!?」

「うぅ、見つかった……」


 やはり海中を進んできたのか、飛び出してきたのはアクアマリン色のスーツを纏ったヒーロー、リンカイオウその人だった。

 富山県のヒーローにして、海中戦のスペシャリストである。


 彼は特殊な形状のウォーターバイクの上に立ち、戦いの構えを取っていた。

 対する私は両手で黄色いブイに掴まった遭難しかけの要救助者みたいな恰好になっている。

 もし見逃してくれるならありがたいんだけどね……。


「ウサギ……まさか、ミスティラビットか!?」

「うぇ!? 何で私の名前を!?」

「隣の県の厄介な怪人くらい、把握しているに決まってるぜ!」


 そう言ってリンカイオウは改めて戦闘の構えを取り直した。

 このまま戦いになったら何もせずにやられてしまいそうだ。

 私はすぐさま海を飛び出し、ブイの上に降り立った。

 ちょっとグラついたけど、なんとかバランスを取って目の前のヒーローにご挨拶する。


「ヒーロー、リンカイオウとお見受けします。改めまして、私はミスティラビット。どうぞよろしく」

「やはりそうか。富山にまで来るとは、何を企んでいる!?」

「い、言えることはありません!」

「やはり、素直に話しちゃくれないか……」


 本当に言えることが無いんだよなぁ。完全に成り行きだからね。

 ぷに子ちゃん謹製の月食島に気付かれる前に引き返してくれると嬉しいんだけど。


「どんな思惑があるにせよ、見逃すという選択肢は無い! 行くぞ!」

「こ、来い!」


 やっぱり襲ってくるに決まっているか。

 リンカイオウは一気にこちらへジャンプしてきた。

 直接攻撃を仕掛けてくるかと思ったのだが、何故かドボンと目の前の海に着水する。


 あれ? 失敗? ……と思ったのは一瞬だけだった。

 海面を覗き込む私の真後ろに水柱が立つ。

 マズイと思って振り向いた瞬間、私が見たのは蹴りを放つリンカイオウの姿だった。


「せぇりゃぁ!」

「うひゃあ!?」


 慌てて身をかがめた私の肩に衝撃が奔る。

 何とかガードしたものの、受け止めきれずにそのまま海面へと叩きつけられてしまった。

 バシャーンと水しぶきの音が聞こえ、次いでごぼごぼと泡の音が聞こえる。

 私は目を開けると、慌てて海面へと浮き上がった。


「ぶはぁ!? うぅ、痛い……」


 海面に顔を出し、ひと息ついたら痛みが襲って来た。

 水中を経由したとは思えない攻撃の威力に、自然と顔が歪む。


 さすが海での戦いに慣れているヒーローだ。

 海中、海上での戦いはレッドドラゴンよりも上かもしれない。


 そのリンカイオウは、なんと水面を滑るように走ってこちらへと向かってくる。


「うぇ!? ちょっ――!」

「待ったなしだ!」

「ぎゃーーっ!?」


 "待って"と言う前に、問答無用で全力のパンチが放たれた。

 海中に潜ることも、海上に逃げることもできず、思いっきり顔面に喰らってしまう。

 衝撃の後に、またもや水しぶきと、ごぼごぼと水中で泡が弾ける音が聞こえる。

 目を開けた時には海中深くまで沈んでおり、オレンジ色の海面が少し遠くになっていた。


 痛い! お、溺れるぅ!?


 半ばパニックになりながら、何とか体勢を整えて海面を目指して足をばたつかせる。

 でも、そんな必死になっている私の前にリンカイオウの影が近づいてきた。

 その遊泳速度はもはや魚雷だ。とてもじゃないけど逃げ切れそうにない。


「はぁあああ! せりゃぁあっ!」

「~~~っ!?」


 海中で勢いを増したリンカイオウが、通り抜けざまに攻撃を仕掛けてきた。

 拳が光の粒を纏って光り輝き、ガードを固めた私の腕に叩きつけられる。

 運よく防ぐことはできたのだが、攻撃されたところに光の粒が残っていた。


 何だろうとよくよく見てみると、どうやら光を閉じ込めた小さな泡のようだった。

 その光は徐々に輝きを強めていき、強い衝撃を発生させた。

 閃光が瞬き、ドォンッ! という音が海中に響く。


「ぶっ!?」


 爆発したぁ~!?

 海中に火花が舞い、上に向かおうとしていた私はバランスを崩してしまう。


 そこに、またもやリンカイオウが飛び込んできた。

 あの泡は機雷みたいな物なのだろうか?

 直接身体にくっつけてから爆発してくるせいか、まわりの水が威力を逃がさない分だけむしろ威力が高くなっているような気さえする。

 しかも最悪なことに、この泡は振り払おうと思ってもなかなか取れてくれないのだ。


「せぇい!」


 ま、また来た!?


 ドオン、ドォンと音が響く。

 ガードは何とか出来ているものの、何もさせてもらえない。

 攻撃されるたびに泡をくっつけられ、爆発に慌てている間にまた次の攻撃が来てしまうためだ。


 や、やばい、これはダメかも……。

 私には息を吐き出さないように耐えることしかできなかった。

 絶望に囚われつつある私の目の前にリンカイオウが仁王立ちしている。

 その拳には、ひと際大きな泡が握られていた。


「水中戦は得意じゃ無さそうだな! 一気に決める!」

「ごぼっ!?」


 リンカイオウは腕を上下に伸ばし、それぞれをぐるりと半回転させる。

 もしや、シースコーピオンがやられたという必殺技が来る!?

 慌てて逃げようとした私は、しかし、目に見えない何かに投げ飛ばされたような衝撃を受けた。


 よくよく目を凝らすと、私の吐き出した空気がクルクルと回っている。

 横向きの回転……それはライスイデンの必殺技とよく似ていた。

 もしやこれは、リンカイオウが作り出した水流?


 その水流に、私は耐えることはできなかった。

 横向きの渦潮のような水流に身体を持っていかれ、きりきり舞いになってしまう。

 なんだか洗濯機の中に放り込まれた気分だ。


 手足をばたつかせてみるも、姿勢を制御することも抜け出すこともできなかった。

 そこに、リンカイオウの叫び声が響き渡る。


「必殺! 【ジェットスクリュー・バラクーダ】!! いけぇえええーーーっ!」


 両腕の拳を打ち合わせるようにして光の泡が撃ち出された。

 光の泡は水流を泳ぐ魚のような形へと姿を変え、私の方へと襲い掛かってくる。


 光輝くその奔流は美しいとさえ感じる。

 しかし、私の身体がそれに包まれた瞬間に、破滅的な衝撃が襲い掛かってきた。


「うぐぅ!?」


 バチィン、バチィンと何度も火花が弾ける音が聞こえ、その度に私の身体を衝撃が貫く。

 私の意識は強烈な痛みと息苦しさで飛び飛びになり、やがて防御もほどけていった。

 そこに更なる閃光が襲い掛かってくる。


「~~~っ!」


 身体中に痛みが奔り、目の前に星が見えた。

 あぁ、何にもできなかったなぁ……。

 やっぱり、海の戦いに特化したヒーローに、海で戦いを挑んじゃいけないんだね……。

 成されるがままに攻撃を受け続けながら、私は妙に達観的にそんなことを思っていた。


 勝敗は決した。

 ゆらゆらと身体を包む水の感覚は、先ほどと打って変わってとても優しい。

 私は力を抜き、しばしその感覚に身をゆだねた。

 きっとこのまま海中へと落ちていくのだろう。


 そう思い込んでいたが、ふと気が付くと私の閉じたままの瞼に光を感じた。

 あれ? 海面が近い?


「嘘だろ!? まさか、今ので仕留めきれないのか!?」


 遠くでリンカイオウの慌てる声が聞こえる。

 それを聞いて、私は目をカッと見開き、身体に残った力を総動員して海上へと飛び出した。

 水の鎖を断ち切り、空へと思いっきり飛び出して息を吸い込む。


「ぶはっ!? ま、まだ生きてる! 生きてるよぅ!」


 どうも私の耐久力はリンカイオウ(と私自身)の想定よりもずっと高かったらしい。

 海面に近かったこともあって、何とか九死に一生を得た形だ。


 思い返してみると、私はずっと息を呑むような感じで耐え続けていた。

 だから空気が肺の中に入ったままだったし、自然と浮き上がったのだろう。

 力を抜いていた姿も、もう戦える力が残っていないと思わせるブラフになったのかも……。

 どちらも完全に偶然なんだけど、それが幸運にもプラスに働いたようだった。


 とにかく、首尾よく水上に出ることはできた。

 後は、どうにかして逆転の目を探さないといけない。


 海中では絶対に勝ち目がないことは十分すぎるほど分かった。

 これから先、どうにか水上で戦う必要があるだろう。


 空高くジャンプしていた私は足場になるものは無いかと目を凝らしてみるものの、霧で何も見えない……いや、小さく浮いている何かが目に映った。

 ウサ耳をそばだてて意識を集中してみると、トトトトト……と小さな駆動音が聞こえる。

 もしかして、ウォーターバイク? あれを壊せれば……!


「逃がすわけにはいかない!」


 しかし、その思い付きをリンカイオウの声が遮った。

 声の聞こえた方に目を凝らすと、海の水の上に仁王立ちしてこちらを見上げている。

 なんか、しれっと海面に立っているんですけど。

 さっきも泡を使っていたし、その力なのかなぁ?


「海の戦士の力、見せてやる!」


 のんきに観察していた私と違って、リンカイオウの行動は速かった。

 右手に光を集め、瓦割りをするかのように海面へと手を伸ばす。

 すると霧の海に、リンカイオウを中心に渦潮が渦巻いた。


 あれは言わば海底に向かう逆竜巻だろう。飲み込まれたら二度と浮き上がって来れなそうだ。

 だが、その技の実態は"私が落ちるのを待つ"なんていう消極的な攻撃では無かった。


「全力全開だ! 噴火せよ、【バブル・ヴォルケーノ】!」


 ヴォルケーノ? ってことは、火山ってことだよね?


 ゴゴゴゴ……という地響きに似た音と共に、海底から巨大な何かがせりあがってくるのが分かった。

 それは巨大なクラゲの頭のようにも見えた。でも、クラゲではない。

 せりあがってきたのは光り輝く巨大な泡だった。


「うげ、でかい!?」


 さっきのジェットスクリュー・バラクーダとは明らかに一線を画す大きさだ。

 細かな泡でさえ確かな破壊力を持っているのに、あんなの、どれだけの威力になるのやら……。


 泡は高速で浮き上がってくる。

 何とか躱せないかと身体を捻るものの、空中にいるので移動もままならない。

 これじゃ、せっかく水中から出られたのに、結局は何もできなそうだ。


 あれよあれよといううちに、海面が盛り上がっていく。

 アレが海面を超えた時、泡のままこっちに飛んでくるのだろうか?

 それとも弾けて噴火そのものの衝撃に変わるのか?

 また耐えるしかないと防御姿勢を整え、衝撃に備えていたところに――


「……しゃあねーな!」


 突如として声が掛かった。

 渦潮に紛れ込んでいた怪人が1人、その泡を縦にすっぱりと切り裂いた。


「な、なにっ!?」

「俺の奥の手、【スプラッシュ・カッター】もなかなかの威力だろ?」

「あっ、シースコーピオン!?」


 やってきたのは、シースコーピオンである。

 彼の放った斬撃が泡を切り裂き、勢いそのままに鋭い水の刃が海面を薙いでいく。

 その斬撃はリンカイオウにも襲い掛かり、慌ててその攻撃を回避していた。

 彼が私の落下地点からいなくなってくれたのは非常にありがたい。


 うーん、お見事すぎる一撃……。

 私は心の中で、その援護射撃に拍手喝さいを送っていた。


 2つに切り裂かれた泡は、私の横を通り過ぎていく。

 その隙間をすり抜け、ドボンと着水した私の側に、シースコーピオンが近づいてきた。


「助かりました!」

「いや、まだだろう、あれ、落ちてきて爆発するぜ!」

「へ?」


 シースコーピオンにお礼を言うと、"どういたしまして"の挨拶ではなく忠告が返ってきた。

 上を向けば、彼の言う通り、切り裂かれた泡が2つになって空から落下してきている。


「俺は海中に逃げるが、まぁ、頑張れよ」

「ちょっ!?」


 連れて行ってくれないの!?

 シースコーピオンは私を置いて、さっさと海底に潜っていってしまった。

 ど、どうしよう!?

 海中に逃げるとリンカイオウに会ったら今度こそやられる!

 でも水上を逃げるには足場も時間も無い! すぐ上には泡が!!


 あわあわしていた私は逃げるタイミングを失ってしまい、結局何もできなかった。


 海面が大きな光に包まれた。


 ドゴォオオオオンッ!


「ぎゃーっ!?」

「うわぁああああ!?」


 私は大爆発によって海面ごと吹き飛ばされたのだが、なぜかリンカイオウも一緒に爆発に巻き込まれ、吹き飛ばされていたようだった。


 海面にバシャーンと叩きつけられて、またもやごぼごぼと水の音を聞く羽目になる。

 さっきと違って今度は海水を飲んじゃったよ!


 それでもまだ意識は残っていた。


「ぶはぁ! ま、まだ、まだ生きてるぅ……」


 ホント、私、何でまだ生きてるんだろう?

 さんざんヒーローにいいようにやられて、また必殺技を喰らっているのに。

 まぁ、シースコーピオンの妨害で威力は減っていただろうけども。


 リンカイオウはどうなったかな?

 私は目を閉じ、何か聞こえないかウサ耳に意識を集中した。


「くそっ、迷っちまった! もうシースコーピオンには追いつけないか……」


 リンカイオウの悔しそうな呟きが聞こえてくる。

 どうやらリンカイオウはほぼ海面すれすれの海中に居るみたいだ。

 独り言を聞く限りだと、彼も彼で、私を仕留めるかシースコーピオンを仕留めるか迷ってしまったようだった。それで自分の技に巻き込まれたっぽい。


 耳を聳てていると、ざんぶ、と荒波が私の頭に覆いかぶさってきた。


「うぶっ!? うわ、波が……!」


 爆発の余波で海が荒れ、激しくぶつかっては飛沫を上げていた。

 大波に揺られつつ、それを見ていた私の頭の上に、でっかい何かがゴツンとぶつかる。


「あてっ!? ……あ、これってウォーターバイク」


 リンカイオウのウォーターバイクだ。

 エンジンも点けっぱなしだし、運転さえできるなら動かせそうである。

 こういうの、戦闘員21号ならあっさり乗りこなせるんだろうなぁ。


「クッ!? まだ健在かよ。どういった耐久力をしているんだ!?」


 見ると、リンカイオウが少し辛そうにしながら海面を泳いできた。

 海の上に立っていないところから察するに、泡を操る能力もそろそろ打ち止めのようだ。

 まぁ、それでも私にとって全く油断できる相手じゃないわけだけども。

 というか、もう私には戦う理由は無いし、帰ってくれないかなぁ?


「あのぅ、疲れているみたいですし、もうやめませんか?」

「断る! 最後の力を振り絞ってでも、お前を倒す!」

「まぁ、そうですよね……」


 一応聞いてみたけど、手打ちにはできないみたいだ。

 私もダメージは大きいけど、まだ戦う力は残っている。

 逃げる前に月食島からリンカイオウを遠ざけたいし、ここから仕切り直しだ!


「仕方ありません、今度はこちらから行きますよ!」

「来い! ミスティラビット!」


 ちょうどいいやと、ウォーターバイクを足場にするために力を籠めた。

 グッと突起を握りしめ、海面から身体を上げようとする。

 すると、その突起がスライドしてカチリと音を立てた。


 次の瞬間、ブロロロロロ……! とウォーターバイクが走り出した。


「え? ひゃああああ!?」

「なっ! し、しまった! 逃げるつもりだったのか!?」


 いえ、違うんですけど!? 私はちゃんと戦うつもりでしたが!? ……といった言い訳もできずにウォーターバイクに引っ張られていく。

 荒波の上を疾走し、霧の領域を飛び出してもなお、ウォーターバイクは走り続けた。


 リンカイオウならすぐに追いついてくると思っていたのだが、全然追って来ない。

 そういえば、リンカイオウはシースコーピオンに必殺技を放って、そこから更に捜索しつづけて、その後で私と戦っていたんだっけ。

 体力も特殊能力も限界に近い状態だったんじゃないだろうか?


 最初から万全じゃなかった状態であの強さってことか……。

 もう2度と戦いたくない!


「はぁ~……。まぁ、追ってこないならそれでいいかな?」


 位置的にやや不安は残るけど、追って来ないなら、まぁ良しとしよう。

 シースコーピオンも逃がせたし、結果としては上々だろう。


 後はこのウォーターバイクなんだけど……。

 元々はウォーターバイクを壊して、シースコーピオンが逃げるのをアシストする作戦だった。

 でも、これに助けられてしまったわけだし、正直言って壊すのは忍びない。

 できればどこかでリンカイオウに返すことにしよう。


 私はウォーターバイクにまたがると、黄色いブイを目印に蜃気楼の中へと姿をくらました。



-- 8月4日(金) 18:15 --


 空の色が黄金色から紫色のグラデーションに変わり、ビーチにはパチパチと篝火が燃える。

 魚介類の焼けた匂いに混じるのは醤油の香りだ。


「ホタテの蒸し焼き、一丁お待ちぃ!」

「ありがとうございます。いただきます!」


 ここは乃登半島の外側、日本海の真ん中である。

 月食島のビーチで、私たちは予定通りにバーベキューを楽しんでいた。

 薄暗い浜辺には煌々と光るコンロや、キャンプファイヤーみたいな篝火が辺りを照らしている。


 あの後、私は篤人さんと合流してホテルへと引き返していた。

 そこに折よくリーダーがいたので、さっそく状況説明を行って移動してもらったのである。

 結果、うまく逃げおおせることができた私たちは、予定通り夜のパーティーを楽しんでいるのだった。


「富山県のヒーロー、見たかったですよ~」

「ねーっ!」


 ぷに子ちゃんと輝羽ちゃんは焼肉を頬張りながら、のんきにそんなことを話していた。

 私は嫌というほど見たし、もう見たくないや。


「見つかったら島のことで怒られちゃうよぅ……」

「戦いの邪魔になるしな。巻き込まれなくて良かったよ」


 弘子ちゃんはイカの丸焼きにかぶりつきながら、なにもなかったことを喜んでいるようだ。

 それについては同意見で、この島が巻き込まれなくて本当に良かったと思う。

 結局はリンカイオウも現れなかったし、うまく逃げ切れたと信じたい。


 なお、ウォーターバイクは港に向かって自動操縦させておいた。

 自動操縦と言ってもスロットルを紐で縛っただけなので、直進しかしないけども。

 後は向こうで運よく回収されることを祈るだけである。


 ともかく、戦いは終わった。

 私は目の前で湯気を立てるホタテの貝柱を、割り箸で摘まんで口に運んだ。


「お~、美味しい!」

「ホタテもでかくてうまそうだな」

「まだまだありますよ~」

「全種類、食べきれないくらいあるよっ!」


 貝柱だけでも、肉厚でひと口で食べられないほどに大きい。

 縦に裂けた貝柱は噛むたびに小気味よい歯ごたえを返し、口の中に濃厚なうま味が広がっていく。

 ため息が出るくらい美味しい。


 バーベキューセットの上には、お肉、エビ、野菜類など、色とりどりの食材が並んでいる。

 まだホタテも半分残っているのに、次は何を食べようか迷ってしまう自分がいた。

 できるだけ色々食べてみたいなぁ。


「そろそろですね」


 そんなバーベキューセットの後ろ側で、篤人さんとお姉さんが七輪を囲っていた。

 最初、魚でも焼いているのかなと思ったんだけど、どうも違うみたいだ。

 あっちはあっちで少し気になる。


 でも、何となくいい雰囲気なんだよねぇ。

 うーん、気になるけど、ここは邪魔しないでおこうかな?


「ホイル焼き一丁!」


 考え事をしていた私の前にリーダーがやって来て、目の前で銀色の包みを広げてみせた。

 その瞬間、シチューを更に濃厚にしたような甘い匂いが立ち昇る。

 それをみんなで覗き込んだ。


「うわ、これ何? ムニエルってヤツ!?」

「ムニエルじゃないだろうけど、バターの香りがするな。つーか、きぅ、お前、ムニエルなんて知ってたんだな」

「知ってるよっ! そのくらい!」

「おぉ~! これはすごいですよ~!」

「この魚、サケじゃないかな?」


 目の前にドーンと置かれたホイル焼きは見事なお料理だった。

 まるまる1匹を豪快に蒸し焼きにしており、その周りにキノコや玉ねぎがまぶされている。

 これは絶対に美味しい奴だ!


「早い物勝ちですよ~!」

「あ、ぷに子! この卑怯者ぉ!」


 さっそくぷに子ちゃんと輝羽ちゃんが先を争いながら箸を伸ばした。

 シャケの皮に箸が沈み、ホクホクの白い身が顔を出す。

 2人は湯気を立てる大きな身を口に運んだ。


「おいしーですよ~」

「うわ、これ、サイコー!」


 大はしゃぎする2人に、周りのお世話係の人たちも嬉しそうに顔をほころばせていた。

 これは遠慮する方が失礼に当たるだろう。

 というわけで、私も思いっきり海の幸を楽しむことにした。


 さっそく弘子ちゃんと一緒に争奪戦に加わる。

 早くしないといいところを全部もっていかれちゃうからね!


 さぁ、食べるぞ~!



-- 8月4日(金) 18:25 同時刻、七輪の前にて --


 浜焼きをしている向こう側からは好美ちゃん達の食レポ? が聞こえてくる。

 僕も何か口にしたいと思うけれど、今は我慢だ。

 そうしないと、せっかくのひと口目の美味しさが鈍ってしまうからね。


 目の前の七輪では、お姉さんがお手製のお煎餅を焼き上げてくれている。

 自慢の一品の完成はもうすぐのようだ。

 それにしても、黒服よりエプロンを着ている姿の方が似合っているし、彼女の本来の姿って感じがするね。


「ふー、これで出来上がりです」

「お煎餅を焼くところ、本当に久しぶりに見た気がするよ」


 お姉さんから受け取ったお煎餅を前に、懐かしい記憶がよみがえる。

 大昔に、おばあちゃんが何度か焼いてくれたことがあったっけ……。

 オーソドックスな醤油味のお煎餅だったけど、子供だった僕にとってはご馳走だったな。


「それじゃ、いただきます」

「はい、どうぞ」


 うん、見た目は普通のお煎餅だ。オーソドックスな醤油味のお煎餅に似ている。

 だけど香りは醤油だけじゃなくて、何やら甘い香りが混じっている気がする。

 さて、まずはひと口……。


 カリッと小気味よい音を立てて、お煎餅が僕の歯形に切り取られる。

 普通はパキっと割れるはずなのに、割れないし、軽い食感だ。

 でも半生(はんなま)ってわけでもないし、噛むたびにサクサクと音が鳴る。


「……ちょっと、この食感は予想外だね」

「そうでしょ?」


 こちらを見ているお姉さんがしてやったりの表情をしている。

 何だか悔しいので食感の秘密を暴いてやろうとお煎餅を吟味してみるけれど、何も分からない。

 僕は料理をしないとはいえ、色々と食べ歩いているから分かるかなと思ったんだけど。


 噛んでいるうちに、口の中で粉微塵になっていたお煎餅が固まり、一段と味を強める。

 砂糖か何かで甘くしているのだろう。

 ……全然ダメだなぁ、僕に分かるのはそのくらいしかないや。


 ただ、文句なく美味しかった。

 くどく無いし、サクサクいけるし、食べたって感じも残るし。

 これは癖になりそうな味だ。


「お味のほどは如何(いかが)でしたか?」

「これは悔しいけど、負けを認めざるを得ないね」

「やった!」


 僕の敗北宣言を聞いて、お姉さんが年甲斐も無くはしゃいでいる。

 その様子が面白いし、微笑ましい。


 うーん、辛口批評するつもりだったけど、これなら本当にイケるんじゃないかな?

 それこそ鶴田製菓の目玉商品になってもおかしくない気がする。

 彼女の道が途絶えないように無茶な動き方をしたけど、その甲斐は十分にあったようだ。


「もう1枚いただこうかな」

「いいですよ。他にもバーベキューなんかもありますから」

「あー、そうだね。これは食後のデザートに取っておこうかな」


 お煎餅もいいけど、さっきから大はしゃぎしている好美ちゃん達の食べている物も気になっていたんだよね。

 お姉さんもお腹を空かせていたのか、浜焼きの匂いを気にしているようだった。

 お互いに目を合わせて、意思を確認した。

 お煎餅はひとまずここまでにして、お互いに好きな物を取ってくるとしよう。


 サッと立ち上がって歩き出せば、なんとお姉さんもまったく一緒の方に向かって行く。


「もしかして、篤人さんもトウモロコシですか?」

「うん、まさか同じものを狙っているとはね」


 結局、また2人で一緒にバーベキューの会場を回ることになった。

 彼女とは気兼ねなしに一緒にいることができる。

 安心感と、それでいてソワソワするような感覚に僕は包まれていた。


 楽しい夜の宴は続く。

 隣にいる彼女は、僕のことをどう思っているのだろう?



-- 8月4日(金) 19:30 --


 冷たく暗い海の底に、ぽっかりと穴が開いている。

 その穴の奥には、とても海の底とは思えないほどの空間が広がっていた。


 そこにあるのは海底の鍾乳洞。

 迷路のように曲がりくねった天然の洞窟は、牙のように連なる鍾乳石と、そこから滴る水滴が作り出した凍えるような冷気で侵入者を拒絶する。


 暗く冷たい洞窟を奥へ奥へと進み、時に海中へと潜って水中のトンネルを抜け、更に奥へ。

 やがて岩だけではなく、湿った土の感触を足元に感じるようになった。

 空気も清廉な冷たさの中に、人の活動がもたらす濁りを感じられるようになってくる。


 長い長い迷路を抜けた先に、無骨で大きな鉄製の扉が現れた。

 人の手では開けられないその扉を、俺は力づくでこじ開ける。

 この扉が、この基地における最後のセキュリティを担っているのだ。


「ふぅ~、傷だらけの身体にゃ堪える作業だぜ……」

「よく帰ってこれたもんだ。シースコーピオン」


 扉の奥に、俺よりも一回りも二回りも大きな影が立っていた。

 そいつは開口一番、労いとも侮蔑とも言えそうな言葉で話しかけてくる。


「グレートシャークか……」

「おう、グレートシャーク様よ! お前まで二階級特進で俺より偉くなるかと思ったぜ!」


 彼の名はグレートシャーク、秘密結社シーサーペントの幹部の1人だ。

 戦闘面では右に出る者はいない、我が組織のエースである。


「会議するぜ。来な!」

「少しは休ませて欲しいもんだぜ」


 そう言いつつも、歩き出したグレートシャークについて会議室へと向かう。


 俺には戦闘以外にも密輸入の船を守るという任務があった。

 組織同士で船の積み荷を交換していた時に、運悪く海上警備隊の船に出くわしたので、俺が暴れて奴らを引き付けたのである。

 その船は恐らく無事に逃げ延びたと思うのだが、その結果も把握しておきたい。


 会議室前の、これまた重い扉を開き、グレートシャークと共に中へと入る。

 会議室には総帥ディープワン、女幹部セイレーンの2人が俺を待ち構えていた。


「来たか、シースコーピオン」

「ただいま戻りました」


 膝を折り、礼の体勢を取る。

 幹部が2人もいるのに加えて、まさか総帥まで出てくるとは思わなかった。

 俺はリンカイオウから逃げた身……。

 もしや逆鱗に触れでもしたかと脂汗が滲み出てくる。


「まずは、任務ご苦労だった。見事、その仕事を全うしたと言えよう」

「はっ、ありがたきお言葉!」


 総帥の言から、どうやら船は無事だったと見える。

 そのことで制裁を加えるために来られたわけでは無さそうだ。

 さりとて、その程度で褒賞を与えようということにはならないはず。

 いったいなぜ、ここに来ているのか……?


「リンカイオウとの戦い、横やりがあったようだな?」

「……!」


 そうか、秘密結社パンデピスと接触したことに気付かれたか。


「ミスティラビットとリンカイオウの戦い、聞き及んでいる」

「しかも、貴方も助太刀したんでしょう?」

「一時的に、お前の位置が分からなくなったって話も出ているぜ」


 セイレーンやグレートシャークも興味津々という態度で尋ねてくる。

 そこまで分かっているのであれば、やはり誤魔化すのは無理だ。

 誤魔化せるなら知らぬ存ぜぬを通したかったものだが、それも危ないといえる。

 下手に情報を秘匿すれば、それこそ裏切り行為と受け取られかねん。


「……はい。秘密結社パンデピスのミスティラビットと戦闘員に接触しました。俺はリンカイオウの必殺技で大ダメージを受け、恐らくパンデピスが作ったであろう人工島に流れ着いたのです」


 人工島という言葉を聞いて、その場の空気が一瞬でピリピリとひりつく。

 やはり、危機感を抱かせてしまったか……。

 ミスティラビットたちには"敵対しないように努力する"とは言ったものの、はたしてどこまでできるやら。


「奴らは、リンカイオウとの戦闘を引き受ける代わりに島のことを見逃せ、という取り引きを持ち掛けてきたのです」

「ほぅ……」

「何を企んでいるのかしらね?」

「んで、お前はその取引に応じた、ってことか」


 あの時の俺にとって、もし取り引きを断っていたら、リンカイオウと戦って散るか、ミスティラビットと戦って散るかの2択しか残されていなかっただろう。

 俺だって、死なずにすむならそうしたい。


「恥ずかしながら、その通りです」


 ここは素直に頷いておく。

 下手に言い訳する方が見苦しい。


「それで、人工島の様子は?」

「はっ、その島は急に現れたように見えました。ソナーステルス機能も有しており、移動能力もあるようです。すでに同じ海域にはいないでしょう」

「おいおい、それってパンデピスの移動要塞か何かだろーが!」


 グレートシャークが声を荒げた。

 そう思われても仕方ない装備を有する島だったが、実際のところはどうなのだろう?

 奴らは海外進出でもするつもりなのだろうか?


「ただ、彼らは我々と事を荒立てる気はないと言っていました。たまたま我らの海域を通っただけかもしれません」

「おいおい、何を悠長に構えてんだ!?」

「この地を侵略する足掛かりって考えた方が自然よ?」


 グレートシャークが再び憤り、セイレーンも警戒を露わにしていた。

 やはり日和見と取られてしまうか。

 できるだけ上手く、戦いを避ける方向に誘導できれば良いが、軌道修正できるか……?


「奴らの狙い、戦力共に不明です。静観するのも手かと……」

「確かに。他組織との戦いを避けられるならその方が良かろう。だが……!」


 総帥の目が鋭くなり、この地を支配する組織の長としての威厳と矜持が垣間見える。

 戦うべき時には戦うと、その目は訴えていた。

 これは接触は避けられそうにない。ならば――


「恐れながら、せめて一度だけでもミスティラビットとお話しいただきたい。俺は奴らに命を救われた。俺を消せば丸く収まったはずなのに、俺を助けたのです。戦うべき相手かどうか、見定めていただきたい」


 何とか絞り出した理屈で、最後の陳情を述べた。

 それを聞いた総帥とセイレーンは考え込むようなしぐさを見せている。

 多少は判断に影響を及ぼしてくれるといいのだが、どうだろうか?


「俺が行ってくるぜ!」


 グレートシャークが凄みのある笑みを浮かべながら名乗りを上げた。


「ふむ、お前が……」

「俺たちゃ裏社会の人間だぜ? 簡単に情に絆されてんじゃねぇよ!」

「そうね、簡単に信じるわけにはいかないわね。貴方が適任だわ」

「ふむ、グレートシャークよ、お前に任せよう。場合によっては戦闘になっても構わん!」

「っしゃあ! 任せときな!」


 グレートシャークか……。

 この中で一番説得が難しそうな相手が来ることになるか。

 場合によっては全面対決にもなりかねんな。


 ミスティラビット、すまないが俺にはこれくらいが精いっぱいのようだ。


「シマを荒らす(やから)にゃ、海の恐ろしさを教えてやらねーとなぁ!」


 だが、もしもグレートシャークを説得することができるなら場を収めることは可能だろう。

 厳しい状況と言わざるを得ないが、奴なら、もしかしたら――

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