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秘密結社パンデピス  作者: ゆきやま
4/36

ドブネズミの怪人

--4月9日(日) 6:45--


 大雨。

 道路のコンクリートを叩く雨粒は、小さな川のせせらぎに似た音を立てながら、道の両脇に作られた側溝へと吸い込まれては消えていく。


 ザーザーと雨が降り注ぐ中、私は新聞配達のアルバイトを終えて自分の家へと向かっていた。

 知り合いのおばちゃんは『雨の日は大変ね』などと言うが、もはや毎日配達の仕事をしている私は、特に雨の日を苦手としていない。


 透明なビニールでできたカッパを着込み、長靴を履いた恰好なら雨はそんなに気にならなくなる。

 今日はかなりの雨量だったが、完全防備した私にはへっちゃらだ。


 いつもと変わらない時間で配達を終えた私は、長靴でぱちゃぱちゃと音を鳴らしながら、いつもより少し人の少ない商店街の通りをのんびりと進む。

 どこからやってきたのか、ブロック塀の上には小さなカタツムリが活発に動き回っていた。


「あと2年かぁ~」


 ゆっくり歩みを進めるカタツムリに自分の姿を重ねて、ついつい独り言を口に出してしまう。

 遠くの高校へ進学してパンデピスから離れる計画は、亀の歩みどころかカタツムリの歩みよりも遅く進んでいる。

 もし手早く組織と手を切れるならそうしたいところだが、できる限り穏便な方法で手を切らないと家族に迷惑が掛かってしまう。


「うちにはマッドサイエンティストがいるからなぁ~」


 お父さんは悪の科学者そのものであり、どっぷりパンデピスに浸かっている。

 逆に、弟のゆーくんは組織と無関係の状態だ。

 私にとってはどちらも大切な家族だから、どちらにも悪影響が無いようにしておきたい。


 あともう一人の家族、私にはお母さんがいるのだが……。


 ドンッ!


「うぇ!?」


 考え事をしながら信号を渡っていたところ、鈍い音と共に私の視界が横にブレた。

 声も立てられずに吹き飛ばされ、コンクリートに倒れこんだところで自分が車に轢かれたことを悟る。


 おかしい、私はいま青信号を渡っていたはずなんだけど。


「あー、ごめんごめん、雨で視界が悪くってさ」

「またですか、篤人さん!」


 秘密結社パンデピスの私の同僚である篤人さんが軽トラで突っ込んできたようだ。

 手と顔が道路に溢れる雨水に浸かってぐっしょり濡れてしまい、私の気分もダダ下がりだ。


「ひとまず乗ってよ、お詫びに送っていくから」

「お言葉には甘えますけど、信号無視はやめてくださいよ?」

「分かってるってば」


 分かっているなら最初からしないで欲しいのだが、苦言を述べてもなかなか直してくれない。

 多少は痛い思いをしてもらった方がいいのかもしれないが、別に篤人さんに不幸になって欲しいわけでもない私は警察に突き出す気にもなれないでいる。

 どうしたものかと思いつつ、私は車に乗り込んだ。


 篤人さんが貸してくれたタオルで顔を拭き、ひとまず自宅へと向かう。

 今日は休日なので、秘密結社パンデピスの活動に参加する予定だ。


「今日は外すわけにはいかないから、ちゃんと向かわないとね」

「え、どうしてですか?」

「厄介な怪人が出動する日なんだよ。僕らが行かなきゃ被害が大きくなるだろうからね」


 篤人さんは今日行われる作戦を把握している様子だった。

 この言い方だと、たぶん破壊活動が好きな怪人が暴れまわることになるのだろう。

 脳裏に何人かの怪人の姿が思い浮かぶ。


「"謎の怪人"には、頑張ってもらわないとね」

「頑張りたくないなぁ……」


 もし私に役割が回ってくるとしたら、いつも以上にろくでもないものに違いない。


 話しているうちに自宅に着いたので、いつものように朝食を食べてお昼用のお弁当を準備し、いつものように篤人さんの軽トラで地下基地へと向かう。

 地下基地まで行けば今回の作戦についても判明するだろうし、いろいろ考えるのはそれからでも遅くない。というか、憂鬱になるので聞くのも嫌だ。


 私の気分とは裏腹に雨の勢いは弱まり、小雨になっていた。

 たぶん、午後には日が差すことになるだろう。



--4月9日(日) 8:00--


 秘密結社パンデピスの地下エントランスに移動すると、今日は何人かの怪人が集まっていた。

 休憩スペースの椅子に腰かけている怪人が3人と、その中央にはメモ帳を持ったブラッディローズが何やら話をしている。


 私たちは彼らのテーブルの近くに腰を下ろした。

 割と大きな声で話しているので、聞き耳を立てずとも自然と会話が聞こえてくる。


「"謎の怪人"が現れた時の情報を教えて欲しい。連れて行った戦闘員は分かるか?」

「ケッ! いちいち連れて行った戦闘員なんか覚えてねーよ!」


 椅子にだらしなく座り、足を組んでいたシザーマンティスがぶっきらぼうに答えた。

 どうしようもない答えだと思っていたら、ブラッディローズはその答えをメモ帳に書き込んでいる。


「ふむ、そうか。分かった、協力に感謝する」

「お、おぅ、いいってことよ」


 今のが何かの参考になる答えだったのだろうか? 少し気になる……。


 ちなみに、戦闘員も基本的には正体を隠していることに加え、そもそも見分けようという怪人はほとんどいないから、言い方はともかく同じ答えを返す怪人は多いことだろう。

 印象に残る戦闘員がいるとしたら、受付の美人っぽいお姉さんくらいである。


「お前はどうだ、アーマードボア?」


 鎧をまとったような蛇の怪人である【アーマードボア】が質問され、腕組みしたまま眼を閉じた。

 眉間にしわが寄っているところを見ると、真剣に思い出そうとしているようだ。


「だめだ、俺も覚えてないな……。こんな答えで参考になるか、ブラッディローズ?」

「あぁ、参考になった。感謝する」


 そう言ってメモ帳にそのことを書き込んでいる。

 残るは最後の怪人だが、イライラした様子を隠そうともせず、あからさまに拒絶の意志を示していた。


「"謎の怪人"なんぞに助けられたことなんて、思い出したくもねーんだがよぉ?」


 そう言って凄んでいるのは、こちらも鎧のような分厚い皮を纏った怪人【アルマンダル】だ。

 アルマジロの防御力を持ち、手刀を変化させて剣のようにする能力を持っている。

 以前にヒーローに負けたことを思い出して、頭に血が上っているのだろう。


「その怒りはライスイデンに向かわせるべきものだろう。アルマンダル、覚えていないか?」

「ちっ! 俺も戦闘員なんぞ覚えてねぇ」

「そうか。感謝する」

「くそっ! むしゃくしゃするぜ……。俺の番、早く回ってこいよ! そうすりゃ思いっきり暴れてやんのによぉ!」


 一応は答えるあたり、彼の中ではブラッディローズの印象は悪くないのかもしれない。

 気難しいシザーマンティスやアルマンダルと対等に、しかも険悪にならずに話せるブラッディローズはなかなかのコミュニケーション能力である。


 そういえば、先ほどの話を聞いている限り、今日の統率者はアルマンダルではないようだ。

 あの怒りのとばっちりが来ることも覚悟していたのだが、要らない心配だったようである。

 怪人たちはこちらに気付いているが話しかけてくる素振りもないし、この中にいる怪人が統率者というわけではないのだろう。


「安心しているところ悪いけど、今日のリーダーは"爆弾魔"だよ?」

「えぇ? うわぁ……」


 私は本日の統率者が誰なのか分かって頭を抱えた。

 面倒くさい怪人が出動する日だったようだ。


「ほら、来たようだよ」


 噂をすれば影が差すといったところか、廊下の暗がりから(くだん)の怪人が姿を現した。

 私たち以外の戦闘員を5人ほど引き連れて、意気揚々と歩いてくる。


「よぅ、ゴブリンラット」

「なんだお前ら、暇なのか? おっ、知らねぇ怪人がいるな」

「ブラッディローズだ。よろしく頼む」

「礼儀正しいじゃねーの! 俺はゴブリンラットだ、よろしくな!」


 怪人【ゴブリンラット】。

 私と篤人さんは勝手に"爆弾魔"と呼んでいる。

 頭に2本の小さな角が生えたドブネズミの怪人で、生存能力と素早さに長けたパワーファイター。

 腹部を除く全身は固い毛に覆われ、レスラー顔負けの体格を誇る。

 名前からイメージするよりはかなり正統派な怪人である。


 私たちは彼の前に出ていくと、篤人さんが作戦に参加することを伝えた。


「戦闘員21号、戦闘員30号です。作戦に参加します」

「よしよし、これで揃ったな。今回は派手に行くぜ!」

「どんな作戦なんだ?」

「お、気になるかブラッディローズ? そうだな、戦闘員どもにも聞かせるつもりだったからちょうどいい!」


 そう言って地図を広げると、彼は海沿いを指さした。


「今回の標的は、満を持してのガスタンクだ! 過去最大の花火を上げてやるぜ!」

「相変わらずじゃねーか。前回はガソリンスタンドを狙ってたよなぁ?」

「おぉ、あれは意外と燃えなかったからな! 期待外れもいいとこだったぜ!」


 それは私たちがガソリンをすり替えておいたからなんだけどね。


 前回は街中のガソリンスタンドを爆発させる計画だったのだが、私と篤人さんで爆弾の位置を替えたりガソリンを移動させたりして、苦労しながら誤魔化したのである。

 作戦の妨害は裏切り行為に他ならないし、結構な綱渡りだったのだ。


 ちなみにその前は花火大会を狙っていて、人がいないところで爆発させることに成功し、被害はほとんど無く済ませることができた。

 こっちも誤魔化すのに苦労したが、それなりに派手に爆発したこともあって本人的には満足してくれたようだ。

 これらのことから考えれば想像がつくと思うが、要するに目立ちたがりな怪人なのである。


 それにしてもガスタンクかぁ……。


 もし阻止できなかったら被害が甚大になるのは免れない。

 下手したら味方にも犠牲者が出かねないのだが、その辺はたぶん考えていないのだろう。


 目下、パンデピスの中で一番迷惑な怪人だと思う。


「ゴブリンラット、お前は"謎の怪人"に助けられたことはあるか?」

「お、何だ急に? あぁ、あるぜ! 今まで2回も助けられちまってるよ!」


 そうなんだよなぁ……。


 迷惑だと思いつつも、なんだかんだで見捨てられずに2回も助けているのは、他ならぬ私だ。

 諦めてくれたらいいのに、逆に規模がだんだん大きくなっていくのは本当に勘弁してほしい。


「"謎の怪人"の情報を集めていてな。その時の状況をいろいろ教えて欲しい」

「あぁ、そういうことか! 奴は意外と小さくてな、俺の身体の半分くらいの背丈しかねぇぜ!」


 ゴブリンラットの背丈の半分て、1mくらいしかない。

 私はそこまで小さくないと思うのだが、ゴブリンラットにはそう見えたのだろうか?


「そういや、ブラッディローズ、お前と同じくらいの背丈だったような……」

「お前が"謎の怪人"なんじゃねーのかよ?」

「ケヒャヒャ、そいつは俺が否定しておくぜ! コイツと"謎の怪人"が一緒に居るトコを見てるからなぁ」


 ブラッディローズは騒ぎ出した怪人たちからふと目をそらすと、周りにいる戦闘員たちを見回した。

 彼女の仮面に隠された瞳が私たちを捉えると、こちらに近づいて話しかけてきた。


「戦闘員21号、30号、作戦に参加するんだったな」

「はい、僕たちも参加します」

「そうか。なら、もし"謎の怪人"が出たら教えてくれ」

「えーと、分かりました」


 ブラッディローズはそれだけ言うと、また怪人たちの話に戻っていった。

 探されるのは嫌だし、できれば"謎の怪人"の出番がないといいのだけれど……。


「お前ら、爆弾の準備を急げよ! 夕方15:30に作戦決行だ!」

「はっ! ゴブリンラット様!」


 ゴブリンラットがブラッディローズたちの話を切り上げて指示を出し、私と篤人さんを含めた戦闘員たちが慌ただしく動き始める。

 とにかく今は、組織に工作がバレないように、かつ被害を少なくすることを考えなくてはいけない。

 他の戦闘員たちの目も欺く必要があるし、もちろん一般人にバレるのも避けなくてはいけない。


 今日もなかなか大変な一日になりそうだ。



--4月9日(日) 15:00--


「どうだ、準備はできたかぁ?」

「はい、ゴブリンラット様。準備万端です」


 戦闘員21号の姿の篤人さんがゴブリンラットに返事を返した。

 私たちは工場の一角を勝手に拝借して作戦本部に仕立て上げ、私と篤人さん、それと5名の戦闘員たちで爆弾を仕掛けてきたところなのである。


 今回の作戦はガスタンクを爆破し、誘い出したヒーローを撃退することだ。

 幹部からの指令の内容はだいたいが『ヒーローを倒してこい』であり、いくつかルールはあるものの、それ以外は怪人が自由に作戦を立てて行動することが許されている。


 雨は上がり、西の空から指す光がガスタンクを輝かせている。

 ゴブリンラットは少し離れたところにあるガスタンクを遠巻きに見つめてご機嫌な様子だ。

 大爆発で阿鼻叫喚となった街に、自分が降り立つ姿を想像しているのだろう。


 彼から少し離れたところで、私と篤人さんはこっそり言葉を交わした。


「あっちの区画だけ本物の火薬が使われているから、フォローをお願いするよ」

「分かりました。他の爆弾は……」

「爆発の見た目だけは派手になるけど、あくまで見た目だけで威力は無いよ。さっきの雨で少し成分が変になっていたってことで押し通すさ。アツトにお任せってね!」


 篤人さんが話した通り、爆弾のうち本物の殺傷力を持ったものは少ない。

 既に爆弾自体に細工を済ませており、ガスタンクに引火しないような火薬を準備しているのである。

 ただ、全ての爆弾が不発というのも怪しまれるので、どうしても1つの区画だけは本物を使わざるを得ないとのことだった。


 それにしても、篤人さんの工作員としての腕前は恐らくパンデピスの中でも随一だと思う。

 いつも思うのだが、彼のこういった手際の良さはどこから出てくるのだろうか?


「好美ちゃんは工場に潜伏しておいた方がいいよ。こっち側は任せておいて」

「あ、はい、行ってきます」


 感心するのは後にして、今は行動あるのみだ。

 後はゴブリンラットが現場へ赴いた後で起爆するだけだから、私はいてもいなくても問題は無い。

 篤人さんの助言に従い、私は他の戦闘員たちの目を盗んで動き出した。


 今回、戦闘員の服は脱いだ方がいいかなぁ?


 潜伏するのだから、パンデピスの関係者であることを隠した方がいいだろう。

 こそこそと作戦本部から抜け出した私は着替えを済ませ、本物の爆弾がある区画へと急いだ。



--4月9日(日) 15:30--


 夕日の光が雲間から差し込み、街がオレンジ色に染まる頃、唐突にドォンという音が鳴り響く。


 平穏は脆くも崩れ去り、多くの人が何事かと騒ぎ出した。

 工場内では強烈な爆発音が響き渡り、次いでけたたましい警報音が鳴り響く。

 ガスタンクの周りからモクモクと煙が上がり、その周囲でドカン、ドカンと何度も爆発が起きた。


 今ごろは近くの街から来た野次馬の前にゴブリンラットが姿を現していることだろう。

 『出てこい、ライスイデン!』とか言って暴れている姿が容易に想像できる。


 私は爆弾からは少し離れたところで待機していた。

 隠れていた物陰から飛び出して、避難する人たちに見つからないように次の建物の陰へと移動する。


「うん、ガスタンクは大丈夫みたい」


 ちらりと見たガスタンクは多少の焦げ目がついただけで無事である。

 爆発の派手さの割には衝撃も少なく、付近に燃え広がってもいないようだ。

 さすが篤人さん、完璧な工作である。


 その一方で、本物の爆弾で爆破された倉庫は無残にも吹き飛ばされていた。

 ぶすぶすと焦げ臭いにおいを放ちながら、積みあがった瓦礫を炎が食い散らかしていく。


 その一帯を確認すると、おじさんが足を抑えてうずくまっている。

 直接、爆風を受けたわけではないようだが、外を歩いていたところに運悪く瓦礫が飛んできたらしい。


 このまま助けに行ってもいいんだけども……。


 以前、私の姿を見て、自分の身を顧みずに『逃げろ』と言ってくれた人がいた。

 嬉しかったけど、助けることを拒まれ、話を聞いてくれなかったのはやりづらかった。

 だから、こういう時はさっさとアレに頼ることにする。


「昏き力よ出でよ! メタモルフォーゼっ!」


 私は建物の陰でうずくまりながら、囁くような小さな声でブローチに合言葉を唱えた。

 目立つわけにはいかないし、そもそもこのフレーズが恥ずかしい。

 私はヒーロー気質ではないので、変身のセリフを声高に唱えるつもりはないのだ。


 小さな声でもブローチはしっかりと反応し、黒い布が飛び出してくる。

 私はローブを纏った"謎の怪人"に姿を変えた。


 さっそく地面を蹴り、倒れているおじさんの元へと向かった。


「ま、まさか、"謎の怪人"!?」


 何度も姿を現しているからか、私も随分と有名になってしまっているようだ。

 驚いているおじさんをひょいと担ぎ上げ、有無を言わさず工場の外まで移動して道路の脇に置いておく。

 意識もはっきりしているし、気づいた誰かが保護してくれるだろう。


 他に巻き込まれた人はいないかな?


 私はもう一度、爆発した箇所に戻って、工場をぐるっと見て回った。

 僅かに残っていた火は消化装置によって消し止められ、ふんだんに発射された消火剤が冷却効果によって場の空気を冷やしている。

 もう被害者はいないと判断して踵を返したのだが……。


「そこまでだ!」

「えっ!?」


 突然、新潟のヒーロー、ライスイデンのジャンプキックが私に向かって飛んできた。


「とぉおーーーっ!」

「あうっ!?」


 避ける間もなく横から思いっきり蹴り飛ばされ、濡れた地面の上をゴロゴロと転がる。

 何でこっちにいるの!?


 私の頭は、目の前のライスイデンと、ゴブリンラットは何をしているんだという思いでパニック寸前だ。

 慌てて立ち上がり、構えを取ったライスイデンに向き直って対峙する。


「俺が来たからには好きにはさせん!」


 あぁ、私がガスタンクを壊す側だと思ったっぽい。

 爆発があって、ガスタンクがまだ無事だと知ったから守りに来たのだろう。

 そんな折、近くに怪人がいたら迎撃に動くのも当然の判断だ。


 街で暴れているはずのゴブリンラットはもしかしてアピールに失敗したのだろうか?

 ちゃんとライスイデンを引き付けてくれないと私が困るのだけど……。


 とにかく、こうなったらさっさと逃げるに限る。

 幸い、ライスイデンはガスタンクを守り切らなければいけないから行動に制限は入るはずだ。


 ……いや、ダメだ。

 このままだとゴブリンラットが戻ってきてガスタンクを爆発させてしまうかもしれない。

 ただ逃げてゴブリンラットをフリーにしてしまうのは危険だ。


 この状況なら、ライスイデンを当てこすって逃げるのがベストだろう。

 ガスタンクの爆破作戦を阻止しつつ、私も逃げやすくなるはずだ。


 方針は固まった。

 よーし、付いてきて、ライスイデン!


「待て!」


 言葉には出さずに駆け出すと、思惑通りライスイデンが私を追ってきた。

 そのままゴブリンラットが暴れているはずの場所に向かって一目散に向かう。

 工場区画の出口である駐車場スペースか、その近くの道路にいるはずだ。


「おっ、来やがったな! 俺が相手になるぜ、ライスイデン!」


 駐車場まで行くと、ゴブリンラットがこっちに向かってきていた。

 恐らく、ライスイデンがガスタンクの辺りに到着したのを見たのだろう。


「"謎の怪人"、また会ったなぁ! だが俺より目立つのはそのくらいにしてもらおうか! あいつは俺がいただくぜぇ!」


 どうぞどうぞ、という気持ちでありがたく横を通らせてもらった。

 ライスイデンもゴブリンラットを無視するわけにはいかず、足を止めて相対するしかないようだ。


 ゴブリンラットが舌なめずりしながらボキボキと拳を鳴らす。


「ようやくリベンジマッチだぜ! 来なかったらどうしようかと思っていたぞ、ライスイデン!」

「ゴブリンラット、性懲りもなく平和を脅かした罪、今こそ償ってもらうぞ!」


 私の後ろから、お互いに啖呵を切る声が聞こえてきた。

 次いで、拳がぶつかり合う鈍い音が断続的に聞こえてくる。

 私はまず姿を隠そうと、ライスイデンから死角になる場所を探して走り回った。

 あの車の陰なら良さそうだ。


 私は横転して置き捨てられた大型トラックを見つけ、その後ろへと姿を隠した。


 こそこそと戦いの様子を伺うと、楽しそうな表情のゴブリンラットが拳を繰り出し、ライスイデンがそれを的確に受けては手刀で打撃をお返ししていた。

 両者の格闘にはあまり差があるようには見られず、時に打撃を受け、時に攻撃を躱し、目まぐるしく攻防を入れ替えながらお互いの体力を削っているようだった。


「どうしたどうした! そんなもんじゃねぇだろ?」

「くっ、仕方ないか……。いいだろう、本気で相手になるぞ、ゴブリンラット!」


 ライスイデンがギアを一段階上げて、よりスピードが増す。

 しかしゴブリンラットも本気を出していなかったようで、更に力強さを増した攻撃を繰り出していく。

 結果、戦闘の速度は加速していき、お互いの拳がお互いの胴体へと吸い込まれた。


「うごぉ!?」

「ぐっ!?」


 攻撃の衝撃で火花が散り、両者とも弾き飛ばされて地面を転がる。

 巻きあがった砂煙を風が吹き飛ばしていく。

 2人は受け身を取って立ち上がると、向かい合って構えを取り直した。


「撃ってこいよ! この俺が【ライトニング・ストリーム】を打ち破ってみせるぜ!」

「いいだろう、勝負だ、ゴブリンラット! この技で、今日こそお前との決着をつける!」


 ゴブリンラットの挑発にライスイデンが答え、必殺技の構えへと移行する。


「雷電!」


 ライスイデンの右腕にバチバチと雷が宿る。


「水伝!」


 今度は左腕を霞ませるように霧が立ち込めた。

 それを見たゴブリンラットも笑みを消し、手を前に交差させて耐えきる姿勢を取っている。


「必殺! ライトニング・ストリーム!! 発射ぁ――っ!!」


 両腕による双拳打から横向きの竜巻が放たれ、ゴブリンラットのクロスした両腕に一瞬で到達した。

 竜巻に宿る雷がバリバリと空気を引き裂く音を発し、何度も閃光がほとばしる。


「「うおおぉおーーっ」」


 両者の裂帛の気合がぶつかり合い、やがて爆発が起こった。

 もうもうと立ち上る煙の中、腕をだらんと下げたゴブリンラットが力ない笑みを浮かべている。

 耐えきったが、戦う力は残っていないといった様子だ。


 対するライスイデンは体力を消耗こそしているものの、まだ余力がありそうだった。

 耐えきったゴブリンラットの様子を観察しつつ、油断なく構えを取っている。


 決着はついた。

 ゴブリンラットには反撃する力も、2撃目を耐えうる力も残っていない。

 このまま放っておけば厄介な怪人はいなくなるのだろうけど……。


 いなくなった怪人たちの姿が一瞬、脳裏に浮かぶ。

 言いようのない不安や寂しさが私の心を急かしてくる。


「しょうがないよね?」


 私はその苦しみに逆らわず、一歩前へと踏み出した。

 突っ立っているだけのゴブリンラット目掛け、戦場へと飛び出していく。


「くそっ、やはりこの場にとどまっていたか!」


 ライスイデンが私を見て吠える。

 ライスイデンが最初、本気を出していなかった理由は私を捕えるために違いない。

 だが、ゴブリンラットの力が想定以上だったため、本気を出さざるを得なかったのだろう。

 必殺技を放ち、すぐに全力が出せない今が、逃げるための絶好のチャンスなのだ。


 は、早く逃げないと!


 私は動けなくなっているゴブリンラットの身体を肩に担いだ。

 何も言わずされるがままになっているところからして、彼はやはり限界だったのだろう。

 目だけが微かに私を見ており、その表情にほんの少しの安堵が浮かんでいた。


 私は篤人さんから預かっていた煙玉を取り出して地面に叩きつけた。

 辺りが白い煙で覆われ、視界が白い闇で閉ざされる。


 なお、今回の煙玉も"霧"タイプだ。

 篤人さん曰く、先日のようにライスイデンに操られたとしても、相手の体力の消耗が多いからむしろ有利なんだそうだ。

 真っ白い霧に覆われている今なら、ゴブリンラットを担いだままでも何とか逃げおおせられる――。


「待て!」


 ひぃぃいい、追ってくるぅ!?


 お互いに視界が効かないはずなのに、的確に迫ってくる様は恐怖でしかなかった。

 怪人ひとりを抱えている分、無茶な移動ができなくてなかなか振り切れない。

 さらに、ライスイデンが携帯していたレーザーガンを発射したようで、私の足元で続けざまに小さな爆発が起きる。


 ライスイデンを振り切れないまま煙玉の効果範囲から出てしまうのではないかというところで、目の前に見慣れた軽トラが現れた。

 どうやって私の動きを察知したのか分からないが、篤人さんが準備してくれていたのだろう。

 既に緩やかに動き出しており、私に並走するように移動してくる。


「こちら戦闘員21号! ゴブリンラット様、退却します!」


 篤人さんがぐったりしているゴブリンラットに聞こえるように声を上げ、私にサムズアップをしてきた。

 あれは『任せて』の合図だろう。

 私はゴブリンラットを軽トラの荷台に乗せると、軽トラはスピードを上げた。


「くっ! "謎の怪人"め! また逃げられたか!」


 篤人さんの軽トラが遠ざかっていき、撤退は完了した。

 ただ、撤退したのはゴブリンラットのみであり、私は悔しがっているライスイデンのすぐ脇にある電信柱に身を潜めていた。


 はぁっ、はぁっ、し、心臓に悪い!


 息を整えつつ、見つからないように息をひそめて様子を伺う。

 乗せてもらえばよかったのに、バレそうだったからと咄嗟に隠れてしまったのは失敗だった。


「そこだ!」

「ひゃあああっ!?」


 うそ、見つかった!?

 ……と思ったらライスイデンのブラフだったらしい。


 あっさり声を上げた私に、今度こそライスイデンが襲い掛かってくる。

 ひ、卑怯だぞ、ライスイデン!


「見つけたぞ! 待て!」

「わあぁ!? 嫌だーーーっ!」


 私は街中へ向かい、驚き戸惑う人たちを避けながら逃走劇を続ける。

 夕日が沈み、伸びていた影が闇に溶けた頃、私はようやく逃げ切ることに成功していた。



--4月9日(日) 19:00--


「篤人さ~ん……」

「好美ちゃん、お疲れ様。随分遅かったね」


 戦闘員の服を着ている篤人さんが出迎えてくれる。

 ここはパンデピスの臨時拠点の1つだ。

 傍から見たら何でもない小屋の地下に基地が隠されていて、簡単な仮眠室と携帯食が置かれている。

 今は他の人たち全員が出払っているらしく、この場にいるのは篤人さんと私だけだ。


「乗せてもらえば良かったよぅ」

「ずいぶんと追いかけ回されていたみたいだね。ほら、もうすぐみんなが返ってくるから」


 篤人さんが私の格好を指摘した。

 "謎の怪人"のまま必死で逃げてきたので、そのままの格好だったのである。

 私は怪人化を解いて、携帯食に手を伸ばそうとするのだが……。


「よ、好美ちゃん、戦闘員の服は!?」

「ふぇ?」


 自分の格好に目をやると、冴えない女子中学生の私服姿になっていた。

 そういえば、軽トラの荷台に畳んで置いてきたままだ。


「け、軽トラに忘れて――」

「何だぁ、そいつはぁ!?」


 大声が聞こえた方に振り向くと、ゴブリンラットが戦闘員たちを従えて帰ってきたところだった。

 電撃と爆発で焦げた体毛がきれいにそぎ落とされているところを見ると、治療ついでに体毛のトリミングでもしていたのだろう。


「え、っと、彼女はですね……」


 篤人さんが言い淀んでいる。

 戦闘員30号の正体であることを明かせばこの場は収まるかもしれないが、いずれパンデピスから離れた時のことを考えると、私も秘密を知る人物は最低限にしておきたい。

 篤人さんはその思いを汲んで何とか誤魔化そうとしてくれているようだ。


「先ほど会ったといいますか、そのぅ……」

「俺が話を聞く、戦闘員は黙ってろ!」


 言葉を選んでいる篤人さんにしびれを切らし、ゴブリンラットがずいっと前に出てきた。

 私を威圧しようと、今にも射殺さんばかりに睨みつけてくる。


「それで、だ。てめぇは何なんだ? どっから忍び込みやがった!?」

「わ、わたしは……」


 ゴブリンラットの機嫌はかなり悪い。

 いきなり殴られでもしたら私の身体が衝撃に耐えきってしまい、戦闘員30号どころか"謎の怪人"であることまでバレかねない。

 とにかく何でもいいから話さなければならないが、誤魔化すことはできるだろうか?

 もう、何も思いつかない。


「わ、わたしは、……!」


 戦闘員30号であることを告白しようか?

 いや、何とかヨイショして機嫌をよくしてから……。


 追い詰められた私は、完全にパニックになってしまい、次の瞬間、自分でもとんでもないことを口にしてしまった。


「わたしは、あなたのファンです!」


「「「はぁ?」」」


 戦闘員たちの声が重なった。

 もし聞く立場だったら私も同じフレーズを口にしていたと思う。

 ホント、なんでこんなことを言ってしまったのだろう?


 ただ、ゴブリンラットだけは別の反応を示していた。


「ふぁ、ファン、だと!? お、俺の……!!」


 うぅ、視線が痛い……。

 篤人さんは呆れるように、他の戦闘員たちは疑いの目を向けてくる。

 穴があったら入りたい気分だ。


「何を言ってるんだ、この子は?」

「おい、ふざけていると――」


 戦闘員が言葉を言い終わる前に、ドォンと音が鳴った。

 音が鳴った方を見るとゴブリンラットが地面に足を踏みつけており、コンクリートにひびが入っている。


「おい、俺は『黙ってろ』っつったよなぁ、戦闘員どもぉ!!」


 ゴブリンラットの怒号に、戦闘員たちは慌てて口をつぐむ。

 それを一瞥して、ゴブリンラットはまた私の方を向き、ヤンキー座りっぽく小さく屈んだ。


「俺のファンになるとは変な女だぜ。俺のどこをみてファンになろうなんて思ったんだ?」


 できるだけ悪ぶろうとしているようだが、明らかに興味津々という様子を見せている。

 なんか、味方になってくれそうな雰囲気なんですけど。

 いや、そんなことより、この質問にはちゃんと答えないとまた機嫌が悪くなりかねない。


 『何でファンになったのか』か。

 それなら……。


「何度ライスイデンに負けても、諦めずに堂々と戦うところです」

「ふぅん、そうか!」


 これについては本心だ。

 私はライスイデンが怖くてしかたないが、彼は笑いながら真正面から戦いに赴くのである。

 その点については心から凄いと思っているのだ。


 ゴブリンラットも私の答えにご満悦のようで、にやけないよう、強面を維持しようと必死になっているのが見て取れる。


「んで、お前はどうしてこんなところに潜り込んでんだ?」

「え、と、もう少し近くで見ようかと……」


 もはやどうにでもなれである。

 流れが来ているようだし、ここは変に逆らうよりは乗っかってしまった方がいいだろう。

 たぶん悪いことにはならない、と信じたい。


 それを聞いたゴブリンラットがゆっくり立ち上がった。


「……この基地はもうダメだな。前回、ここに来たヤツがドジって見つかっちまったんだろう。おい、戦闘員ども! 備品を全部運び出せ! それと、その女を連れて上に上がれ! 丁重に扱えよ!」

「はい、ゴブリンラット様!」


 戦闘員たちが号令を機に動き始め、私は篤人さんに捕まえられて地上に移動する。

 撤収するのは聞いた通りだろうけど、それだけでは済まない気がする。

 いったい何をするつもりなのだろう?


「撤収準備、完了しました!」

「よし、そんじゃ、最後の仕上げといくぜ!」


 ゴブリンラットがちらりとこちらを見て、パキパキと拳を鳴らしながら臨時拠点の真上へと向かう。

 そして、思いっきり地面に向けてパンチを振り下ろした。


「ふんっ!!」


 ドゴォ! と鈍く強烈な音が響き、一気に拠点となっていた地下室が粉砕されて埋もれてしまった。


「「「おぉ……」」」


 私も戦闘員も口を開いて呆けるしかない。

 土煙が舞い、凹んだ地面の上に立っていたゴブリンラットが戻ってくる。


「見たか女、俺たちに近づいたらこうなるぜ? もう変な勇気を出すんじゃねぇぞ!」

「は、はい、分かりました!」

「コイツを解放しろ」


 ゴブリンラットの命令に、戦闘員21号が私を開放した。

 他の戦闘員たちは意見したら怒られると分かっているからか、特に何も言わないでいる。

 ちゃんと空気が読める戦闘員たちである。


「帰れるか?」

「は、はい、大丈夫です!」


 なんか優しいんですけど。


 まぁ、本当は大丈夫じゃないんだけど、変に送り届けるとか言われても面倒だし、最悪の場合は頑張って走って帰ろう。


「よし、撤収だ、てめぇら!」

「はい、ゴブリンラット様!」


 篤人さんのトラックも、他の戦闘員たちのクルマも夜に紛れて消えていく。

 周りは真っ暗な山の中。

 身バレの危機は何とかなったけど、さて、どうしようか……。



--4月9日(日) 21:00--


 結局、篤人さんの軽トラに拾われた私は、遅ればせながらパンデピスの地下基地へと戻ってきた。

 朝がめちゃくちゃ早い私は、そろそろ眠る時間なので結構眠い。

 しかし、私には報告をせずに帰るわけにはいかない理由があった。


「戦闘員30号、現地の様子はどうだったか報告しろ!」

「はい、ガスタンクの爆発は残念ながら失敗した模様です。爆弾の火薬に問題があったのかもしれませんが、サンプルの採取は警備が厳重で回収できませんでした」


 私は篤人さんに言われた通りの報告を行った。

 私があの場に居なかった理由として、篤人さんは私が現場に残って情報収集をしていることにしたのである。

 あの後、篤人さんは『現地へ行って戦闘員30号を回収してくる』という(てい)で私を迎えに来てくれたのだ。


 なお、私の報告を聞いているのはゴブリンラットをはじめとする朝に居た怪人たちである。

 ブラッディローズは他の怪人に話を聞きながら、私たちが帰ってくるまでわざわざ待っていたようだ。

 他の3人も、酒飲みがてらそれに付き合っていたらしい。


 また、他の戦闘員たちも作戦終了になるまで帰れないので集まっている。

 みんな私に注目していて居心地が悪い。


「ご期待に添えられず、申し訳ございません」

「なるほどな。まぁ、仕方ねぇ!」


 わりとあっさり目の反応を返されて拍子抜けしてしまう。

 爆発にこだわってきたゴブリンラットのことだから不機嫌になってもおかしくないと思っていたのだが、怒るような兆候は一切見られない。

 それならそれで嬉しい誤算だ。

 お説教&愚痴タイムが無い分だけ帰れる時間は早くなるのだ。


「珍しいじゃねーか、お前なら怒りを爆発させると思っていたけどなぁ」

「ケヒャヒャ、うまいこと言ってんじゃねーよ!」

「だが、本当に珍しいぞ。ガスタンクは目標の1つだったんだろう?」


 酔っ払いたちの茶々に少し真面目な顔をしたゴブリンラットが返事を返した。


「それなんだがな、爆破作戦は金輪際しないことにしたぜ!」


 ぶぅっ! と怪人たちが酒を噴き出した。


 これには酔っ払いも、私たち戦闘員も全員が仰天した。

 あのゴブリンラットが爆破作戦を()めるとはどういうことだろうか?


「げほっ! ……はぁ!? どーいうことだよ!?」

「あー、いや、爆発自体は続けてもいいが、目立つだけでいい。破壊とかは今後は無しだ!」

「なんだよ、本当にどうしちまったんだ、お前!」


 あまりの衝撃に酔いが醒めたのか、アルマンダルがゴブリンラットに喰ってかかる。

 ゴブリンラットはフッとニヒルに笑いながら遠くを見つめた。


「いやぁ、俺のファンになったとかいう変な女に会ったんだよ。そいつが死ぬようなことはしたくねぇって思っちまってな」


 なんだか、私の口から出まかせが変な方向に影響しているんだけど……。

 どこまで本気なのか分からないが、大規模破壊が減ってくれるならそれでいい、のかな?


「怪人にファンとか付くのか?」

「ケッ、幻でも見たんじゃねぇのか?」

「お、嫉妬かぁ? なるほど、嫉妬は見苦しいってのは本当だったんだな!」

「なんだとテメェ!?」


 軽口に軽口で言い返して罵り合いになっているが、いつものことである。

 それに、今日のゴブリンラットは機嫌がかなり良いので、本当のバトルにはならなそうだった。

 このくらい平和なものである。


「それにな、爆発で死んじまったら俺の姿を見たギャラリーが減るってことだろ? それがもったいねぇと思ってな!」

「ケッ、結局、目立つことが第一ってことかよ! お前らしくて納得だよ、バカやろぉ!」


 シザーマンティスがケヒャケヒャと笑い、置いてあったビール瓶の上部分をスパッと切り裂いた。

 アーマードボアがビールをコップに注ぐと、ゴブリンラットがそれを受け取り、一気に煽る。


「ぶは、うめぇ! よぉし、作戦は終了だ! お疲れさん!」

「「「お疲れさまでした!」」」


 ゴブリンラットの号令で作戦が終了となった。

 酒盛りを続ける怪人たちに挨拶し、戦闘員たちはそれぞれ家路につくために散っていく。


 ようやく長い一日が終わり、私たちも基地を後にした。

 篤人さんの軽トラに乗せてもらって、後は家に帰るだけだ。


 軽トラは暗くなった山道を静かに進む。

 今日は冷や汗が流れるような事態もあったが、結果オーライである。

 ライスイデンに追いかけられたこともあって、めちゃくちゃ疲れた。


「着替え忘れとか、今日みたいなことはもう勘弁してよ?」

「はい、すみません……」


 まったくもってその通りだ。

 私には篤人さんの小言に対して言い返す気力は残っていなかった。



--4月9日(日) 21:30--


「奴が出たって本当ですか!?」

「あぁ、出たよ」


 俺が地下基地に戻ると、そこには飛竜が待ち構えていた。

 ゴブリンラットと戦闘したことも、"謎の怪人"と追いかけっこしたことも耳に入れているようだ。

 昨日、準備すると言ったのに呼ばれなかったから怒っているな。


「何で俺を呼んでくれなかったんスか!?」

「ガスタンクがある場所でレッドドラゴンの炎を使われるのは怖いんだよ」

「いやいや、引火させるようなヘマはしないですって!」

「まぁ、そうだろうとは思うが、やはり怖くてな」


 ブレイザーキャノンをガスタンクに跳ね返されたらと思うとやはり怖い。

 ちゃんと全力を出せるところでぶつけないと対策を講じられて不利になるし、今日は諦めてもらうしかないと判断したから呼ばなかった。

 その判断に間違いは無いと思う。


「お前の能力を疑うわけじゃないが、念には念をってやつだ。出撃のタイミングを間違えたくない」

「……分かりました。教官がそこまで慎重に動くつもりなら信じて待つことにします」

「ああ、期待には応えて見せるさ」


 こいつは熱くなりやすいが、頭が悪いわけじゃないからな。

 絶対に成功するタイミングで最高戦力を投入したいという、こちらの意図をきっちりと汲んで動いてくれる。


「無差別攻撃の被害はほとんど無かったから、そこだけは救いだよ。じゃないとマスメディアに色々言われるからな」

「すでに怪人を逃がしたって、結構言われてますよね?」

「言われてるな。だが、それは彼らの言う通り、俺の力不足だよ」


 そう言った途端に飛竜の顔に怒りが見え隠れする。


「ライスイデンが弱いとか、そんな評価する奴、俺には信じられません。教官はすげぇ強い方っスよ」

「お前にそう評価してもらえるのは嬉しいが、力が足りていないこと自体は事実なんだ」


 現に、秘密結社パンデピスとの戦いは千日手の様相を見せている。

 いくら"謎の怪人"がいるとはいえ、それをどうにかできる力を俺たちヒーローが持たなければいけない。


 解決策としてヒーローの増員も考えたが、それはなかなか本部からの許可が下りないのが現状だ。

 単純にヒーローの人数が少ないことと、全国各地にある秘密結社の数が多いのである。

 それに、秘密結社パンデピスは脅威度としては高くないから、余計に許可が通りにくい。

 今、レッドドラゴンが来てくれていること自体が奇跡といってもいいのである。


「せめてもう1人、新潟のヒーローが増えてくれればな……」

「俺も、本部から別の場所に移動しろとか言われないといいんですけど」


 あぁ、それで焦っていたのかと納得する。

 そういった意味では確かに早い方がいいか。


「言ってなかったと思うが、1か月以内に準備は整えるつもりでいる。お前も準備しておいてくれ」

「いつでも行けます。待ってますよ!」


 そう言って出て行ったが、飛竜のやつ、トレーニングルームに行ったな。

 少し身体を動かしてから寝るつもりだろう。


「俺も、もう少し身体を動かしてから寝るとするか」


 トレーニングルームに入ってダンベルをセットした。

 シートに寝転がってベンチプレスを繰り返していく。


 今日、1対1になったのに"謎の怪人"を取り逃したことが、今になって脳裏をよぎる。

 一人でヒーローをやってきた癖なのだろうか、レッドドラゴンに頼らなければいけないことを悔しく思っている自分がいる。

 これはレッドドラゴンに対する嫉妬なのだろうか?


 俺一人じゃ"謎の怪人"を仕留めきれないかもしれない。

 でも、今は俺一人でやる必要はないんだ。


 強さを求めても、不要なプライドは捨てろ、ライスイデン!

 ひとりで抱え込まず、お前がやらなければいけないことに集中するんだ!


 俺は自分に言い聞かせながら、ダンベルを持ち上げる動作を繰り返した。

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