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秘密結社パンデピス  作者: ゆきやま
39/42

ニシキゴイの怪人

~前回のあらすじ~

 東京へ向かった優輝は秘密結社ハイドヒュドラを討伐するという大戦果を上げた。

 全国規模の秘密結社が倒れたことで、日本全国が大騒ぎになる事態に発展。

 そのニュースを知ったノコギリデビルは……。


※前回の最後から少し遡った時間から話が始まっています。飛竜が優輝の活躍を知るのは好美と別れた後です。

--7月29日(土) 6:30--


 遠くの青空に入道雲が浮かぶ真夏の朝。


 私は朝の牛乳配達を終えて家路を辿っていた。

 夏の暑さも朝ではそれなりに和らぐのだけれど、歩き回るとそれなりに汗が出てしまう。

 家に帰ったら、シャワーでも浴びてからご飯にしようかな?


「……東京はあっちの方角かぁ」


 不意に、遠くに飛行機雲が見えて山々の向こうに思いを馳せる。

 先日、我が弟、ゆーくんこと佐藤 優輝が朝の生放送に登場したのだ。

 ゆーくん、防衛隊のお仕事で東京に行っていたんだね。

 向こうでも風邪を引かずに元気でいてくれると良いな~。


「おはよう、好美ちゃん!」

「あ、あれ? アズマさん! お、おはようございます!」


 家へ続く坂の前で、防衛隊のアズマさんにいきなり声を掛けられた。

 びっくりした……! 遠くばかり見ていたから全然気づかなかった。

 危うくぶつかってしまうところだった。


「好美ちゃんも、涼し気な格好になったな~」


 ただでさえ不意打ち気味の邂逅であわあわしてたのに、アズマさんが容赦のないファッションチェックをしてくるので私はますます慌ててしまう。

 ちなみに、今日の私はゆったりした半袖のYシャツとハーフパンツである。

 暑さにかまけて軽装にしたけど、もうちょっとオシャレを頑張るべきだったかもしれない。


「アズマさんは、……暑そうですね」


 一瞬、アズマさんも、と言おうと思ったのだけれど、アズマさんは厚着だ。

 真夏なのにウィンドブレーカーを着込んでいるし、いつもの帽子もかぶっている。

 まぁ、帽子は普通に日よけにもなるから問題なさそうだけれど、それ以外は普通なら遠慮したい服装だ。


 そういえば、以前に海外へ派遣された自衛隊が赤道に近い国で40度以上にもなる空の下、軍服を脱がずに行動していたという話を聞いたことがあった。

 もちろん水分はとっていたとは思うけれど、軍隊っぽい人たちってやっぱり制服を脱がないものなのかな? アズマさんのはウィンドブレーカーだけれども。


「まぁ、俺の服装は気にしないでくれ。これも訓練……までも行かないくらいかな? 東京と比べて、こっちは朝、涼しいし」

「へぇ~!」


 向こうはコンクリートの熱が(とど)まるから夜も暑いんだっけ?

 どういった熱さなのか想像できないなぁ。


「そうそう、優輝が東京に行ってるんだけど、今日帰ってくる予定なんだ」

「あ、そうなんですか?」


 意外とすぐに戻ってくるんだね。

 むぅ、しばらく戦場で会わずに済むと思っていたのに……。


 私は秘密結社パンデピスの怪人であり、組織で言えばゆーくんとは敵同士の関係だ。

 お互いにできるだけ戦わないようにしているんだけれど、今後どうなるかは分からない。

 東京にいてくれるなら、それが一番良かったんだけどなぁ。


「本当はこっそり行ってくるはずだったんだけどな」

「え? この間、朝のテレビニュースに出ていましたけど……」

「アレなぁ……。上層部が十日前町支部と違う考え方で動いちゃったんだよ。おかげで教官が随分と御立腹だったんだぜ」

「あらら……」


 上杉教官の思惑では、パンデピスに悟られないように行動しようとしたみたいだ。

 パンデピス(うち)の情報網、なぜかヒーロー側の行動をかなり詳細に把握していることがあるから良い試みだと思う。

 今回の件はどうだったのだろう?

 篤人さんに聞いたら分かるかなぁ?


「クイズ番組にも出るらしいぜ。出題側で」

「そうなんですか?」


 それはチェックしておかないと! 新聞の番組表に載っているかなぁ?

 さすがにそれはまだ載っていないかな?


「詳しい話が分かったら連絡するよ、零が」

「あ、はい、分かりました」


 そこは零くんなんだ……。

 アズマさんからの連絡の方が嬉しいのに。


 零くんはヒーロー、ブルーファルコンに変身する私のクラスメイトであり、何故か私のことを好きになってしまった男の子だ。

 周り、というか全国レベルで知れ渡ってしまっており、アズマさんやクラスメイトたちもそうだけど、零くんと私をくっ付けたがっている人が多いのである。


「零のやつも、きっかけがないと話せないみたいだしな~」

「まぁ、そうですね。気持ちは分かりますよ」


 私もアズマさんから連絡先は教えてもらっているけれど電話したことはない。

 何となく気恥ずかしいし、何を話せばいいか分からないのである。

 零くんも似たような感覚なのかな?

 というか、零くんって何が趣味なんだろう? ドラマとか見るのかな?


「それじゃ、俺はそろそろ帰るよ! 暑さに気をつけてな!」

「はい、アズマさんも気を付けてくださいね!」


 夏の暑い日差しの中を、アズマさんは軽快に走り去っていった。

 あの服装であの軽やかさかぁ。

 暑さに慣れているというのは嘘じゃなさそうである。


「さて、私も戻ろうっと。……あれ?」


 目の前の坂を見ると、すごい勢いでドリフトしながら斜面を下ってくる軽トラが見える。

 その軽トラは土煙を上げながら、みるみるこっちに近づいてきていた。


「え、ちょっ……!?」


 そのまま真正面から私に突っ込んできた。

 スピードを落とすどころか加速し続けているんですけど!?

 私は焦って躱すことができず、そのままドゴンッ! と思いっきり撥ねられてしまう。


「どへっ!?」


 衝撃をもろに受け、真後ろに吹き飛ばされてゴロゴロと地面を転がった。

 今回は痛みよりも衝撃の方が強くて、しばし呆然としてしまった。


 こんなことをやる人は1人しかいない。

 普段はこっそりやってくるのに、堂々と丸見えで暴走してきたことに面食らってしまった。

 いきなり轢かれるのも心臓に悪いと思っていたけれど、これはこれで怖い。


「好美ちゃん、大変! 大変だよ!」

「あ、篤人さん……」


 うっかり○兵衛のようなセリフで現れた人物は、鈴木 篤人さん。

 私と同じ秘密結社パンデピスの組織に所属する人であり、連絡係を担う人物だ。

 彼は私が怪人であることや、人間の形態でも並みの怪人を超える耐久力があることを知っているため、車やスクーターで体当たりをするというイタズラをよくしてくるのである。


 まぁ、今回は本当に急いでいただけかもしれないが。

 ……って思ったけど、急いでいても真正面から人を轢くとか無いよね?

 やっぱりワザとなのかなぁ?


「篤人さん、今しがた私は大変な事故の被害者になった気がするんですけど……」

「そんなことなんか比べるのもおこがましいほどだよ! 優輝くんが!」

「え、ゆーくん? ……ゆーくんがどうかしたの!?」


 篤人さんの焦りようとゆーくんの名前が出たことによって、すぐに私の興味はそちらに移った。

 もしゆーくんに何かあったのなら、確かに私が車に轢かれたことなど些細なことである。実際、身体は痛いけどピンピンしてるし。


「優輝くんが、秘密結社ハイドヒュドラを滅ぼしたんだよ!」

「ふぇ!? ……そ、そうなんですか?」


 とりあえず、ゆーくん自身に不幸があったわけではないらしい。

 ひとまずはそれだけで朗報だと言える。良かった良かった。

 ……ん、ハイドヒュドラを滅ぼした?


「あの、秘密結社ハイドヒュドラって、相当やばい組織じゃなかったでしたっけ?」


 デスゲームを現実世界でやるような連中で、しかもそれを賭け事の対象にするという、最悪な組織として名前が上がるような組織だったはず。

 かなりの被害者が出ているにもかかわらず本拠地の場所すら不明と言われていたはずだけど……。


「そう、裏社会ではかなり危険と言われていた組織だね! まさかあんなあっさり壊滅するなんて信じられないよ。クロスライトの能力が思いっきり刺さったみたいでね……」


 珍しく篤人さんが興奮気味に捲し立てていた。

 篤人さん曰く、クロスライトが怪人の尾行に成功し、本拠地への侵入に成功したことが決定打になったとのことだった。

 しかもハイドヒュドラの幹部筆頭、プロトスレィモスとの一騎打ちで勝利したという。


「その怪人って強いんですよね、やっぱり」

「簡単に比べるのは難しいと思うけど、下手したらアルマンダルの強さに迫るかもね」

「そんなに強い相手なんですか!?」


 ゆーくん、よく勝てたな……。

 いや、噂だけの話だし、正確なところは分からないから話半分で聞いておこう。


「てなわけで、今すぐ帰ってニュースを見よう!」

「へっ?」

「ほら、早く早く! 乗って!」

「あ、ちょっと、篤人さん!?」


 手を引かれ、強引に軽トラに乗せられて家まで強制連行されてしまった。

 車は勢いよく坂を上り、あっという間に私の家の前に到着する。


「ただいまー」

「お邪魔しまーす!」

「おー、おかえり! ひゃっひゃっひゃ、こっちへ来い、好美! 凄いことになっとるぞ!」

「うん、いま行くね」


 珍しくお父さんも起きていた。

 お父さんの要件も、きっと篤人さんと同じくハイドヒュドラ壊滅の話だろう。

 いそいそと靴を脱いで居間に向かうと、やっぱりニュースを見ていたようだ。


『先日午後8時過ぎ、新潟県のヒーロー、クロスライトが秘密結社ハイドヒュドラの本拠地の制圧に成功しました。本拠地を抑えた警察は防衛隊の協力のもと、組織の幹部の逮捕に成功し、ハイドヒュドラの組織の壊滅に成功しました。今後警察は……』


 ニュースキャスターの抑揚の無い声が状況を冷静に伝えている。

 画面の端っこには緊急速報の文字が、これまた事務的に表示されていた。

 余分なものを入れずに情報をそのまま伝える姿勢は○HKらしい放送だ。


「ほらほら、クロスライトが幹部プロトスレィモスを撃破したってさ!」

「ひゃっひゃっひゃ! 本拠地の制圧が一番凄い功績じゃ! 勝つだけならレッドドラゴンやブルーファルコンでも勝てるじゃろ!」

「狙われていたアイドルの子を助けて、死者無しかぁ。ゆーくん、ちゃんとヒーローしてるなぁ」


 試しに別のチャンネルを見てみても、どこもかしこもそのニュースをやっていた。

 もはや他のニュースなんて添え物である。


「全国レベルの秘密結社が潰れた影響は大きいねぇ。僕らに影響は少ないけど、銀行の2番手とか大企業の部長レベルもいるみたいだ」

「今日1日でどれだけ逮捕者が出るか見ものじゃな! 捕まえる目途が付いたからニュースになっとるんじゃろうし、恐らく既に王手の状態までいっとるんじゃろ!」


 お父さんの見立てでは、今日1日は逮捕ラッシュでニュース枠が埋まるとのことだった。

 私としては、ネオングループの本部長が幹部だったことが一番衝撃だったよ。

 総合スーパーのJESCOがもろにネオングループなので他人事とはいかないのである。

 JESCO通りのお店、無くなったりしないよね?


「キリが無いし、朝ご飯の準備しちゃうね。篤人さんも食べる?」

「あー、そっか。今日は僕、買ってこなかったんだよねぇ」


 篤人さんはいつものパンと牛乳とサラダを持っていない。

 今日は大慌てだったのでご飯を買うのを忘れていたようだった。


「後で買っても良いし、1食くらい抜いても、なんてことないんだけどね」

「ダメです! 食べてってください!」


 生活のリズムを崩したら体調が悪くなるでしょうが!

 ここはしっかりと食べて行ってもらおう。


 朝ご飯は白米に、以前好評だったナスのお味噌汁、キュウリとナスの漬物、お好みで納豆、それとハムエッグだ。

 ハムは零くんがお中元で送ってくれたものである。

 これがなかなか美味(おい)しいのだ。お値段が高い物ってちゃんと美味しいんだなぁ。


「はい、どうぞ!」

「ありがとう。いやぁ、素晴らしい朝食だねぇ!」

「えー、普通ですけど……」

「いやいや、僕にはこんな凄い物作れないからね」


 篤人さんが手を合わせ、さっそくいただきますをして食べ始める。

 本当に嬉しそうに食べてくれるものだから、こっちも提供した甲斐があるというものだ。

 よし、私も食べよう。


「「いただきまーす」」


 お父さんと声を合わせていただきますをして、ご飯を口に運んでいく。

 ハムのぎゅっと固められたお肉の味と香りが卵の黄身と絡み合ってとても美味しい。

 朝から食べるお肉としてハムと卵は完璧な食材だと思う。


 お味噌汁の味も更に洗練されたと自分では思っている。

 ナスの香りも十分に引き立っているし、塩加減と甘味のバランスもいい感じだ。

 今度は豆腐や油揚げを一緒に入れてみようかな?


「ハムが美味しいね~」

「お中元にもらったヤツなんですよ」

「クラスメイトの零くんからじゃったのぅ!」

「あのお中元かぁ。へぇ~、彼、なかなか渋いプレゼントするんだねぇ」

「ゆーくんの入れ知恵みたいです」


 食べ物の話も弾み、ゆーくんの話も弾む。

 私たちはご飯を食べ終えても、しばらくニュースを見ながらしゃべっていた。


「ところでノコギリデビルのヤツ、今日はどうするんじゃろうな?」

「そういえば、篤人さんは何か聞いていないんですか?」


 もともと篤人さんが私の元に来たのは情報伝達係のためだったはずである。

 いつもなら今日の出撃する怪人と作戦について教えてもらえるのだけれど……。


「一応、ニシキゴイが出撃する予定なんだけど……」

「今日はニシキゴイの人かぁ」


 怪人【ジンメンギョ】

 錦鯉の怪人。

 全身が金色の鱗で覆われており、水中での活動が可能。

 対レーザーコーティングは俺を元に開発された! と自称しているが、実際のところは不明。


「そうなんだけど、今日のニュースを見て判断が変わる可能性もあるかなってね」

「そっか~」


 確かに、大事件があったことで少し作戦にも影響が出るのかもしれない。

 聞いていた通りに作戦が行われるのか、篤人さんは少し不安なようだった。


「みんなの様子も見てみたいし、今日は本部に向かうことにしよっか」

「分かりました」


 篤人さんの提案で、秘密結社パンデピスの本部へ顔を出すことになった。

 もしかしたら中止になるかもしれないし、行って損は無いと思う。


「気をつけてな。恐らくレッドドラゴンやブルーファルコンも張りきっとるじゃろ!」

「怖いこと言わないでよぅ……」


 ありそうだから余計に嫌だ!

 今日の出撃、無くなってくれないかなぁ……。


「それじゃさっそく……」

「あ、待ってください」


 そうそう、篤人さんのご近所さんから貰った玉蜀黍(とうもろこし)に対してお礼を準備していたんだった。

 零から貰ったお中元のハムは自宅で食べる用にしているけれど、ハムを見てチャーシューなら良さそうだと思い立ったのである。


「豚ブロックからチャーシューを作ったので、後でご近所さんのおすそ分けに持っていってくれますか? あ、篤人さんの分もありますよ?」

「うわぁ、いいね! 預かっておくよ」


 篤人さんにタッパーに詰めたチャーシュー2箱をビニール袋に入れて渡した。

 保冷材も入れておいたし、しばらくの間は持ってくれるだろう。

 冷えていても温めても美味しい結構な自信作である。喜んでもらえると良いな。


「それじゃ、今度こそ行こうか」

「はい、お願いします」


 篤人さんと家を出て、さっそく軽トラに乗り込んだ。


 街はそろそろ目覚め始める頃だ。

 クロスライトの驚愕の戦果は、きっとこの街のいろんな影響を及ぼすことだろう。

 表社会にも、そして、裏社会にも――。



--7月29日(土) 8:30--


「マズいな……」


 秘密結社パンデピスの地下基地、エントランスに向かうとノコギリデビルが唸っていた。

 テーブルに何らかの資料が広がっており、長丁場を見越してか小さなクッキーとお茶が手元に置かれている。

 その隣には受付のお姉さんが秘書のように佇んで、その様子を見ていた。


「おはようございます」

「ふふふ、おはようミスティラビット、戦闘員21号。クロスライトのことは聞いたか?」

「もちろん! 凄いことになっていますよ!」


 戦闘員21号こと篤人さんが興奮冷めやらぬ様子で反応した。

 さっきまでクルマの中で話を聞いていたけど、篤人さんはハイドヒュドラをかなりの脅威と見ていたようで、それに鉄槌を下したクロスライトのことを非常に高く評価していた。


「Dr.ジャスティスにクロスライトを甘く見るなと言われていたのだが、ふふふ、まさか短期間でここまで脅威の存在に成長するとはな。お前はどう思う? 戦闘員21号」

「恐ろしい相手ですよ。怪人を尾行されたらと思うと不安でしょうがないですし……」

「ふふふ、まさにそこが重要なところだ」


 そう言ってノコギリデビルは広げていた資料を篤人さんに渡した。

 私もチラリと見せてもらったけど、監視カメラ……いや、センサーかな?


「これは、熱源センサーとサーモグラフィですか?」

「ふふふ、その通り。尾行対策のため主要な施設に設置を検討している。早急に手を打たねば取り返しのつかないことになりかねん」


 姿が見えない相手を見つけるためにセキュリティ強化に努めるってことか。

 クロスライトの能力への対策ができていないと、ハイドヒュドラ同様に本部の場所を特定されてしまいかねないもんね。

 私にとってゆーくんは敵じゃなくて家族だし、協力体制を敷きやすくて助かっている部分もあるけど、それを真正面から相手にするノコギリデビルは厄介さに頭を悩ませているようだった。


「ふふふ、撤退についてはミスティラビットの耳に期待することになりそうだ」

「あ、はい。頑張ります」


 私のウサ耳なら、クロスライトがいるかどうかを音で判別できる。

 でも、レッドドラゴンは強いし、ブルーファルコンもただでさえ逃げにくいったらないのに、逃げた後にも気を付けなきゃいけないのか……。

 我が弟ながら優秀過ぎて困ってしまう。


「問題は資金でな。工房から想定外の資金要請があったこともあって、懐が少々厳しい」

「それで悩まれていたんですね」

「ふふふ、資金繰りはどこの組織でも悩ましい問題だ。運営に携わる者はこの問題からなかなか逃れられん」


 そう言って置いてあったお茶を口に運んだ。

 私は腰のベルトにくっ付けた、第1工房から貰ったマジックステッキにちらりと目をやる。

 監視システムの整備もそうだし、こういう装備を作るのもお金が掛かりそうだもんね。


「ふふふ、仕方ない。たまには私自ら営業に動いてみるとするか」

「え、どこかへお出かけですか?」

「あぁ、そうだ。私にもそれなりに伝手はある」


 秘密結社パンデピスも闇のブローカーといった組織や、壊滅させちゃったけどDRAW BOWのような裏社会の会社ともつながりを持っている。

 装備品を売ったりしているとは聞いているけど、何か売り込めるものを持っていくのかな?


「ふふふ、まぁ今すぐとはいかんがな。向かうとしたら来週あたりになるだろう。設備の増強も行わねばならん。来週は安全を期し、出撃を見合わせる必要がありそうだ」


 ノコギリデビルはそう言うと席を立った。

 受付のお姉さんが資料やお菓子の入った籠などを纏めて手に持ち、ノコギリデビルに続く。

 2人はそのままエントランスを出て行こうとしたので、私は慌てて質問を投げかけた。


「あ、すみません、今日の出撃は予定通り行うんでしょうか?」

「ふふふ、むしろ今日は出撃してもらわねば困る。クロスライトが戻ってくる前に行動しなければならんのだからな」

「なるほど……分かりました」

「ふふふ、ジンメンギョに協力できるならしてやってくれたまえ」


 そう言って今度こそエントランスを出て行った。

 うーん、今日は出撃するのか。思惑が外れてしまった。

 だけど、その代わりとして得た情報、"来週の出撃無し"はありがたい。

 あの様子じゃ明日の出撃も無いだろうし、今日が終わればしばらく平和な日々になりそうである。


「じゃあミスティラビット、ジンメンギョに会いに行こうか」

「ジンメンギョってまだ本部にいるんですか?」

「いるはずだよ」


 ここにいるということは、まだ準備が整っていないということだろう。

 私は篤人さんの案内で地下闘技場の奥にある倉庫まで行くことになった。


 途中で通過する闘技場では、私の棒術の師匠であるマスターバブーンや、当たり前のようにそこにいるブラッディローズに声を掛けられるが、用事があることを理由に退席した。

 明日あたりは練習しに来るべきかもしれない。もうちょっと棒術を鍛えておきたいし。


 なお、ブラックローチやヒートフロッグも訓練を続けているようである。

 ガリガリだったブラックローチが少し筋肉質になっていて、逆にお腹が膨れていたヒートフロッグもシャープな体形に変わってきていた。

 あの2人、もしかしたら結構強くなっているのかも?


 私がよそ見している間に戦闘員21号が倉庫の扉にバッジを近づけた。

 ピッという音を立てて扉を開く。


「失礼します。ジンメンギョ様はいらっしゃいますか?」


 戦闘員21号が、近くに居た戦闘員に尋ねたのだが、その答えは尋ねられた戦闘員ではなく、すぐ横から返ってきた。


「ん、俺に何か用か?」


 半魚人のような姿をした怪人がパイプ椅子に腕を組んで座っていた。

 彼がジンメンギョである。

 黄金の鱗が、倉庫の冷たい蛍光灯の光を反射して鈍く輝いていた。


「おはようございます。ミスティラビットです。あの~、今日の作戦について――」

「お、お前、戦闘員21号か!? よーし、いいところに来てくれた!」


 私のことなどそっちのけで、ジンメンギョは戦闘員21号の来訪を喜んでいる。

 私より戦闘員21号の方に注目する怪人は結構珍しい。

 戦闘員のことをまったく気にも掛けない怪人が多いから、かなり意外だ。


 周りの戦闘員たちは私がないがしろにされたことに腹を立てないか不安になっているみたいだけれど、私は戦闘員21号が重用されるところを見て不機嫌になんかならないよ。


「えっと、何か僕に用事でしょうか?」

「ちょーっとばかしコイツらが慣れていない仕事があってな。誰ができそうかって話になったら戦闘員21号ならできるんじゃないかってことになってよ」


 調子よくジンメンギョが捲し立てる。

 要約すると、工作関連の仕事で戦闘員21号に期待するところがあるみたいだ。

 戦闘員21号は色々と器用だから、確かに慣れない作業でも大失敗することは無いと思う。

 まぁ、そもそも無理だと思ったら無理っていう人だし、だからこそ失敗しなんだろうけどね。


「僕でお役に立てるのなら喜んで引き受けますが、どんな仕事でしょうか?」

「今日の作戦にちょいとばかしサブミッションをくっつけたくてな」


 サブミッションって"提出"とか"服従"っていう意味なはずなんだけど……。

 ちなみに"関節技"として使う場合はサブミッション ホールドが正式名称で、サブミッションだけだと略称らしい。

 私は英語もちゃんと勉強しているのだ!


 思考が逸れた……。

 まぁ、そんなことはどうでもいいとして、ジンメンギョは追加任務のことを言っているんだと思う。

 和製英語ってたくさんあるし、私は通じるなら気にしないようにしている。


「今日の作戦は【水族館・海洋通路(マリンパス)日本海】への襲撃ですよね?」

「おぅ、その点は変わらないから安心しろ」

「では、僕は何をしたらいいんでしょうか?」

「へっへっへ、なぁに、ちょっとしたポイント稼ぎだよ」


 ジンメンギョが顎で合図をすると、戦闘員たちがパイプ椅子を2つ用意してくれた。

 私と戦闘員21号は促されるまま、その椅子に座る。


「ノコギリデビルの様子は見たか?」

「えぇ、クロスライトの対策に工房への対処にと、頭を悩ませていました」


 相変わらずジンメンギョは戦闘員21号に話しかけている。

 まぁ、ここは私がしゃしゃり出ていい場面でもないし、このまま会話を聞かせてもらおうかな。

 周りの戦闘員たちはまだ私の機嫌を伺っているみたいだけど……。

 あ、お茶までは用意しなくていいですよ?


「もっと具体的に悩んでいる場所があるだろ?」

「資金のことですか?」

「そう、資金だ」


 ジンメンギョが"それだ"という感じで人差し指を立てる。


「その資金をこのジンメンギョ様が工面して見せようってわけだ」

「なるほど、確かにポイント稼ぎですね」


 ジンメンギョはノコギリデビルの評価を稼ぐ作戦を思いついたらしい。

 資金調達と襲撃の2つから導き出される答えと言えば……。


「海洋生物を奪い、売っぱらっちまおう」

「それは……なかなか豪快な作戦ですね」

「だろ?」

「ですが、海洋生物を売るとなると伝手(つて)が必要です。運搬も準備しなければいけませんし、しばらく飼育する必要も出てきますから……」

「そこは後で考えればいい。奪い取って納品するところまでで十分だろ」


 相変わらず、パンデピスの怪人たちは荒い作戦を立てるなぁ。

 アシカとかイルカをプレゼントされたらノコギリデビルの悩みの種が増えるだけだと思うけど。


「最悪、食肉加工して缶詰にしちまおう。その伝手くらいなら心当たりがあるんでな!」


 それ、すごく嫌なんですけど!

 イルカはクジラの仲間だし、確かに食べられなくも無さそうだが、水族館のアイドルを殺して缶詰にするとか考えたくもない。


「あ~、できそうなところはありますけど……」

「お前なら運ぶだけならどうにかなるんだろ? そこまででいいから手伝ってくれ!」

「うーん……」


 今回の作戦には戦闘員21号も少し後ろ向きのようだった。

 しかし、そんなことお構いなしにジンメンギョは協力を迫ってくる。

 頼むような言葉遣いではあったけど、その目は"言い逃れはさせない"と言っていた。

 実際、戦闘員21号なら運べるような気がするし、断ったら恨まれるかも……。


「……いえ、やるならちゃんと売るところまで検討するようにします。伝手はありますし」

「おぉ! やってくれるか!」

「えぇ、協力させてください」

「っしゃあ! 頼むぜ! 周りの戦闘員どもも好きに動かしてくれていいからな!」

「はい、ありがとうございます」


 戦闘員21号はジンメンギョの要請に対し、お断りすることは避けたようだ。

 代わりに販売経路まで検討することになってしまったけれど、さすがに戦闘員21号だけだと難しいよね?

 どうするつもりなんだろう?

 私はそのことについて、こっそり戦闘員21号に尋ねてみた。


「戦闘員21号、販売経路はどうするんですか?」

「うーん、いきなりで難しいけど、可能性があるならバンディットスネーク様の伝手だろうね。彼に協力をお願いしてみるつもりさ」


 船で海外に売りに行くつもりかな?

 確かに国内だとすぐ足が付きそうだし、買ってくれるところも少なそうだ。

 もし水族館とか関係のない裏社会の個人に買われたとしたらちゃんとお世話してくれるかどうかも心配だし、それなら海外の水族館に売った方がマシかもしれない。


「僕もあの水族館のイルカと触れ合ったことがあるんだ。他の動物たちとも、ね。奪うところまではゴメンナサイだけど、せめて死なないようにはしたいと思っているよ」

「そうですか……それなら、私も協力しますから頑張りましょう」

「うん、ありがとう、ミスティラビット」


 戦闘員21号の思惑を聞いて、食肉加工だけはどうにか避けたいという願いが強くなった。

 その後、ジンメンギョを中心に、イルカ以外の動物たちも奪う計画が立てられていく。

 戦闘員21号をはじめとする戦闘員たちの負担は普段より高くなりそうだ。


「ミスティラビット、作戦が上手くいったらバンディットスネーク様への説得をお願いね」

「分かりました。できる限り頑張ってみます!」


 もちろん事前に連絡してもらうけれど、それでもいきなりすぎるからね。

 バンディットスネークが怒らないように頭を下げるのが私の役目になりそうだ。


 戦闘員21号を中心にした強奪班が着々と準備を進めていく。

 作戦開始は午後15時35分、イルカショーの真っただ中になる予定だ。


 怪人ジンメンギョが暴れる中で、私たちは暗躍することになる。

 この強奪劇は、うまくいくだろうか?



--7月29日(土) 13:50--


 キラキラと光を反射する海を眺めながら、私たちを乗せた大型輸送トラックはゆるゆると前に進んでいく。

 水族館・海洋通路日本海へと続く道路から少し道を反れ、少し離れたパーキングに入って車のエンジンが止まった。

 私と篤人さんは長らく続いた渋滞からようやく解放され、車から降りて大きく伸びをする。


「うーん……疲れたねぇ」

「混んでましたね」


 夏休みに入って最初の土曜日は、行楽地やイベントがどこも大盛況だ。

 特に海関連の施設は非常に込み合っていて、どこに行っても車の列が続いている。

 水族館なんてどこも第1駐車場は満杯だろう。


「ちゃんとコイツが役に立つといいんだけどねぇ」


 今日、篤人さんと一緒に乗ってきた車は、大型の輸送トラックである。

 この大型トラックの荷台スペースには巨大なコンテナが入っており、そこに海水がたっぷり入れられていて、イルカ1頭なら運ぶことができるということだった。

 さすがにこのサイズの車で水族館の駐車場には停車できないので、私たちは水族館から少し距離があるパーキングエリアに停まっていた。


 さて、作戦開始までは1時間30分と、ちょっとだけ時間がある。

 これならひとしきり水族館を周ってから作戦に移ることが可能だろう。


「それじゃ、下見と行きますか」

「水族館は1年ぶりくらいかなぁ」


 だいたい1年に1回はここか寺溜(てらだまり)水族館に足を運んでいるのだ。

 何度も来ているけど、何だか飽きないんだよね。

 まぁ、ここにくるのは多くて1年に1回くらいなわけだし、そこまで頻繁でもないからかな?


 私は篤人さんと一番熱い時間帯をテクテクと歩き、水族館の入り口をくぐる。

 入場券を購入して、奥の通路へ入ればさっそくお魚さんたちが出迎えてくれた。


 館内は見通せない程ではないけれど、照明が抑えられていて結構暗い。

 その分だけ光を湛えた水槽が輝きを放ち、水槽の中を泳ぎ回る小さなお魚さんたちが色とりどりの鱗を煌めかせていた。

 私より小さな子供たちがそれらを興味深そうに覗いては歓声を上げている。


「魚たちは涼しそうでいいねぇ」

「そうですね~」

「あの、好美ちゃん、なんでそんな遠くにいるの?」

「私のことは構わないでください」


 私は水槽に近づくことは避けておいた。

 前に水族館に来た時に、近づいたら魚や動物たちに怖がられて逃げられてしまったんだよね。

 地味に傷ついたので、また同じことを繰り返したくないから離れているのである。


「ちゃんと見える距離ですから大丈夫ですよ」

「ホントに? まぁ、いいか。ゆっくり回ろう」


 周りの人たちがルートに沿ってゆっくり歩くのに合わせて、私たちもじっくりと前へ進む。

 サンゴ礁の周りで遊ぶ小さな熱帯魚に、こぶし大の縞々のお魚に、流線型の魚に、ハゼの仲間を眺めながら奥へと進んでいく。

 うーん、熱帯魚も多いのに、目につくのはなんだかおいしそうなラインナップだなぁ……。


「好美ちゃん、料理のこと考えていないよね?」

「考えないように努力はしています……」

「あっはっは、考えちゃってたんだ!」


 考えないようにするほど何故か思考がそっちに寄ってしまう。

 これじゃイルカを食肉加工しようと言っていたジンメンギョを笑えないよ。


 通路を進んでいくと暗さが増し、クラゲや深海魚の展示スペースへと続いていく。

 ちょっと掃除用具入れみたいな大きさの水槽がたくさん並んでいて、その中の1つでは小さなエビやカニがゆっくり動いていた。岩にへばりついている色の薄いヒトデなど、生き物の説明プレートに名前が載っていないちょっと不遇な生き物たちもこっそり生きている。

 彼らは私から逃げないので、私でもじっくり確認することができた。


 更に奥に進むと、そこはこの水族館の目玉の1つの巨大水槽だ。

 そこまで来ると視界が広がり、まるで海底洞窟を抜けたような感覚になる。

 ガラスのトンネルが広がり、海の中を歩いているみたいに横も上も魚たちでいっぱいだ。


 ガラスの向こう側ではイワシの群れが球を作り、マンタがひらひらと泳いでいる。

 流線型の回遊魚たちも緩やかに泳ぎ、小さめのサメやイシダイっぽい魚がその間を堂々と横切っていく。


「綺麗ですね~」

「ここでは美味しそうとか言わないんだねぇ」

「そんなこと言いませんよぅ!」


 イワシ1匹だったら思うかもしれないけど、幾度も形を変える魚群の球は命の力強さを感じられるし、神秘的な感動が勝る。

 その横を泳ぐ大きなマンタが真っ白いお腹とユニークな顔を見せているのも面白い。

 サメはちょっと身構えちゃうけど、ゆらゆら泳ぐ姿には不思議と愛着が湧いた。


 周りの人たちも何かを指さしておしゃべりしている。

 人の群れはことさらゆっくりと歩みを進め、時間を掛けてトンネルをくぐり抜けていた。


 海底トンネルの先には中くらいの水槽が並ぶゾーン、実験室のような小さな水槽が並ぶゾーン、クラゲの入った円柱があるゾーン、海ではなく川の生き物たちのゾーンと続いていく。

 カワウソや水鳥などの動物たちのゾーンを経て地上へ戻ると、そこから先はアシカやイルカ、ペンギンなどがいるエリアだ。


 屋外へ出ると夏の日差しが眩しい。

 私たちの目的のイルカは、このゾーンの一番大きなプールにいるはずだ。


「アシカが多いですね~」

「アザラシも多いねぇ」


 つい死なせないように上手く盗もうとか思ってしまったけど、あまり大々的に持っていったら水族館側は大打撃必死である。

 戦闘員たちがどれくらい運送できるのか知らないが、遠慮は一切しないだろう。

 動物たちが死なないならと作戦に賛成してしまったが、ちょっと早まってしまったかもしれない。


「あ、いたいた!」


 篤人さんが指を刺した先にあったのはイルカのいる円盤状のプールである。

 そのプールにはステージが拵えられており、周りを取り囲むように観客席が設けられていた。

 もしイルカショーが始まったら、この席もいっぱいになるんだろうな。

 私たちはその時に襲撃だから見られないけれど。


 イルカが泳ぐ姿を見ていた篤人さんに、少し元気がないのが分かった。

 案外思い入れがあるのかな?

 かくいう私も少し、いや、だいぶ憂鬱な気持ちになっているのだけれど。


「……だいたい下見はできたね」

「そうですね」


 作戦が全て上手くいったとしても、水族館から友達が消えることに変わりはない。

 悪の秘密結社に所属する私たちができることって、ギリギリ人や動物を死なせないようにすることくらいである。


 言葉数少なく歩き出した私たちの前に、ペンギンたちのよちよち歩く姿が見えてきた。

 癒されるはずの可愛さに、逆に罪の意識が重くなった感じがする。


 割り切って、やれることを頑張ることにしよう。

 じゃないと、その命を助けることもできないから。


 あぁ、早く今日が終わると良いのに……。



-- 7月29日(土) 15:35 --


「さぁ、次は尻尾を使ったオーバーヘッドキック。成功するかな? みんな応援してね~」


 イルカショーが行われる中、ステージの壁の向こう側で私と戦闘員21号は身を潜めていた。

 私たちはすでに変身を済ませており、いつでも飛び出していける状態だ。


 ここからでもイルカが大ジャンプした時だけその姿が見える。

 上手くいったのだろう、着水の水飛沫の音と一緒に歓声と拍手の音が聞こえてきた。


「時間だね」


 戦闘員21号が呟くと同時に、ドカァンッ! と大きな爆発音が轟く。

 地面が揺れ、焦げ臭い匂いと共に、白い煙が水族館の至る所から漏れ出してくる。


「へへへ、ごきげんよう人間ども! イルカショーはここまで。ここからは殺戮ショーの始まりだ!」


 同じタイミングでジンメンギョがステージ上へと飛び出し、大声で叫ぶ。

 ついでとばかりにザブンとプールに飛び込んで、片手で軽々とイルカを軽々と抱え上げてみせた。

 逆さまに持ち上げられたイルカが切なそうに声を上げる。


「か、怪人だぁー!!」

「こっちだ! こっちから逃げられるぞ!」

「皆さん、落ち着いて避難を――!」


 事態を把握した観客が声を上げ、我先にと逃げ出す。

 水族館のスタッフが迅速に避難誘導を開始する中、怪人の襲撃を知らせるサイレンが鳴り響いた。

 ここまでは予定通りだ。


 白い煙はもくもくと出続けていて、空に非常事態を知らせるかの如く狼煙(のろし)を上げている。

 あの様子では館内にいる人たちはかなり息苦しい思いをしているんじゃなかろうか?


「あの、もう少し手加減できなかったんですか?」

「もう手加減してるよ。命に別状はないし、爆弾を使って水槽が割れる方がマズイでしょ? それに、逃げてもらわなきゃ困るんだから、あのくらいがちょうどいいんだよ」


 戦闘員21号としては全て織り込み済みということみたいだ。

 さっきの爆発は入場口を狙って爆破したものだし、そもそも今回の作戦では人払いの側面が強いため、爆破の実行者もケガ人があまり出ないタイミングを狙って爆発させることになっていた。

 それでも何人かケガ人が出る可能性はあるけれど、酷いことになっていないと信じたい。


「ミスティラビットォ! どこにいる!」

「あ、はい、こっちにいます!」


 ジンメンギョから呼ばれて、私は壁を飛び越えてステージの真ん前に着地した。

 彼は私を認めると、手に持ったイルカをポイっと私の方へ投げ渡してきた。


「ほれ、コイツを持っていけ!」

「ちょ、丁寧に扱ってくださいよぅ!」


 慌てて両腕を広げ、できるだけ衝撃が生まれないように優しくキャッチする。

 このイルカさんはプールの中では体が一番小さい子供のようだ。

 これなら私1人でも抱きかかえて逃げることができそうである。


「もう1体……」

「すみません、ジンメンギョ様! 私たちが運べるのは1体だけです」

「おっと、そうだったな。まだ何匹かいるってのにな……」


 ジンメンギョから逃れるように泳ぐイルカたちを見て、ジンメンギョが勿体ないとでも言うかのような顔を見せている。


「殺してから持っていくか? それなら運ぶにしても手間はかからんだろ」


 あまり嬉しくない提案を言いだした。

 ジンメンギョは食肉加工用してしまうことに忌避感が無いらしい。

 氷漬けにできれば、確かにそういったことは可能だろうけれど……。


「ちょ、そんなこと……」

「それには及びません。ついでにペンギンでも掻っ攫っていくことにします」


 そう言って戦闘員21号が隣のエリアに向かって行ってしまった。

 ペンギンを盗む計画は無かったはずだけど、ジンメンギョの物欲を逸らすための判断だろう。

 事実、それならいいかとジンメンギョも納得しているようだった。

 彼としては、元の作戦以上の戦果が出せればそれでいいみたいだ。


「あっ、もう来ます! ヒーローたちです!」

「お? おいおい、思った以上に早い到着じゃねーかよ……」


 ジンメンギョは、まだ心の準備ができていない感じでそう言った。

 追加ミッションにばかり意識が向いていたようだけど、ちゃんと戦えるんだよね?

 一応、ここはプールであり、小さいながらもジンメンギョのフィールドとも言える。

 できる限り粘って欲しいところだ。


 ちなみに、今日の撤退役もバブルキャンサーである。

 あの怪人も何を考えているのか、よく分からない怪人だからなぁ。

 怪人ライオーターの時は何もせず逃げただけだったけど、今回はしっかり働いて欲しい。


「僕は車で待機しておくね」

「分かりました。お願いします!」


 戦闘員21号が離脱して、大型トラックの元へと向かって駆けていった。

 すでに近くに停めているから、これでいつでも発進することができる。

 できれば防衛隊に囲まれる前に脱出したいものだ。


 空から飛来してきたのは、赤と青のシルエット2つだった。

 もくもくと上がる煙に一瞬だけ姿が隠れ、次の瞬間にはイルカショーのステージ上段に現れて綺麗に着地を決めた。


 赤はレッドドラゴン、日本のナンバーワンヒーローであり、炎を操る戦士だ。

 青はブルーファルコン、本部期待の星であり、氷を操る戦士である。

 おおよそ地方にいていい戦力じゃないのだけれど、今は彼らと戦うことが私たちパンデピスの怪人のノルマとなっていた。


「おのれヒーローどもめ! もう少し来るのが遅ければ作戦がうまく行ったものを!」


 ジンメンギョが恨み節を吐きながらヒーロー2人を睨みつける。


「お前らの思い通りにさせてたまるか!」

「僕たちが相手だ!」


 対するヒーロー2人は、プールの中央に陣取るジンメンギョと、ステージ上でイルカを抱えた私を見て油断なく構えを取っていた。


「ミスティラビットがイルカを抱えているな。それはお人形さんじゃないっての!」

「あの怪人が言っていた作戦か何かか?」


 2人の声をウサ耳で拾ってみた感じだと、怒りよりも困惑の方が大きいみたいだ。

 いったい何をする気なのか見当がつかないようで、私の出方を伺っているようである。

 もし強奪して売りさばくためと知ったら怒るだろうな……。


「取り戻せるか、ブルーファルコン?」

「任せてくれ! やってみせる!」


 しかし、何をするかは不明でも、奪い返す方向できっちり意思を統一したようである。

 ブルーファルコンが追ってくるのは確定的だ。

 すんなり逃がしてくれると嬉しいんだけど、相手は人質奪還を得意とする狙撃の名手。

 彼から逃げ切ることはかなりの高難度ミッションである。


 できればバブルキャンサーが足止めしたりしてくれるとありがたいんだけどなぁ。

 未だにどこにいるかも不明だ。

 ……っていうか、まさかすでに逃げていたりしないよね?


「俺の名は怪人ジンメンギョ! 俺が貴様の炎を消してやる!」

「やれるものならやってみろ! 逆にこんがり焼いてやる!」


 覚悟を決めたジンメンギョが名乗りを上げ、レッドドラゴンがそれに応えた。


 初手はレッドドラゴンが仕掛けた。

 ジャンプ一番、プールの中にいるジンメンギョに向かって蹴りを放つ。

 ジンメンギョは水の中で動きにくいなどということはなく、逆に動きの切れを増し、レッドドラゴンの攻撃を軽く躱してみせた。

 水しぶきが上がり、プールの水が大きく揺れる。


 ジンメンギョが水中を泳ぎまわり、レッドドラゴンを幻惑しようとしている。

 実力はレッドドラゴンの方が上だろうけれど、プールの中にいる間はもしかしたらジンメンギョが有利なのかもしれない。

 まぁ、レッドドラゴンがそんなこと分からないはずないだろうし、何か仕掛けてくると思うけど、それまでは有利に戦えるはずだ。

 ジンメンギョについてはしばらく大丈夫だろう。


「お前の相手は僕だ!」


 そして、残りの1人、ブルーファルコンがこっちに突っ込んできた。

 バブルキャンサーは結局出てこないし、イルカを持って逃げるのはかなり厳しいな……。

 よし、もう霧玉(ミストボール)を使ってしまおう!

 初手から全力を出せば何とかなるかもしれない!


「えいっ!」


 ボフンという音を立てて、周りが一気に白い霧に包まれる。

 プールのステージも白一色の闇に覆われ、ほんの少し先までしか先が見えなくなった。


「く、いきなりか!」


 うまく不意を衝くことには成功したかな?

 呻くブルーファルコンをウサ耳で警戒しながら、私は息をひそめる。

 このまま逃げられるといいんだけど、さすがにブルーファルコンは見逃してくれなかった。

 壁の向こうへ行こうとジャンプした瞬間、冷たい衝撃が身体を包み込んだ。


「"フリージア"!」


 相手もいきなりの大技である。

 町中に広がった霧が凍り付き、視界が急激に開けてきた。

 冷気にはビックリしたけれど何とか着地して、私はホッと息を吐き出した。


 その息も周りの空気の冷たさに白く濁る。

 冷気に身体がこわばったが、直後に夏の日差しが照り付けてきて身体に温かさが戻ってきた。

 霜が降りた周りの町並みも、この日差しですぐに元通りになるはずだ。


 真夏の屋外では遠慮なく大技をぶっ放しても問題ないってことか……。

 真夏の暑さで弱体化するかと思っていたけど、ブルーファルコンはむしろ厄介さが増しているかもしれない。


 ちなみにイルカさんにちょっとだけ霜がくっついてしまったけど、大丈夫だよね?

 震えているのは、寒さというよりは怖いからだと思う。

 さっきから力なくキュ、キュ、と鳴いているけど、その言葉は分からずとも悲しんでいる感じがして切ない。


 あ、まずい、戦闘中なのに気分が落ち込んできた……。


「簡単に逃がしてたまるか!」

「うぅ……!」


 ブルーファルコンも壁を飛び越えてこちらへ迫ってきた。

 急激にやる気が無くなり、イルカさんを置いて逃げようかという気持ちになってくる。

 ……というか、それもいいかもしれない。さっそく置いていっちゃおうかな?


 あっ、ダメだ……!

 それをするとブルーファルコンが引き返してジンメンギョが1対2の状況になってしまう。

 バブルキャンサーが頑張ってくれるならそれも手だけれど、今もなおその姿は見えない。

 いるなら今すぐ出てきて! ヘルプ!


 私はひとまず今の状況を確認するために意識をプールに向けた。


「キュー、キュー!」


 いの一番に、残されたイルカたちの叫ぶように鳴く声が耳に届いた。

 何を言っているのか分からないはずなのに、私が抱えているイルカさんを呼ぶ声だという気がしてならない。

 うぎゃー、聞かなきゃよかったよぅ! 更に罪悪感がぁ……!


「待て!」

「ひぃいい~!?」


 もうすでに戦意もやる気も最低である。

 迫ってくるブルーファルコンも怖くて仕方ない。

 私はブルーファルコンを撒こうと右へ左へと逃げて、道路の方まで向かった。


「くそっ、下手したらイルカに攻撃が当たってしまう……!」


 ブルーファルコンはブルーファルコンで、なかなかこっちを攻撃できていない。

 人質ならぬイルカ質がいることがちょっとだけ攻撃の手を緩めさせているようだった。

 今回の私って最低なことしてるな……。


 自己嫌悪を深めながら、それでも私は全力で逃げ続けた。

 せめてイルカさんにダメージを与えないように配慮しつつ道路を目指して走っていく。

 道路には戦闘員21号がいるはずだけど、どこにいるのだろう?

 私はウサ耳の意識をそちらに向けてどこにいるのかを探った。


「……ミスティラビット、聞こえる? 聞こえていたら手を上げて!」


 駐車場の方から戦闘員21号の声が聞こえた。

 きっと何か指示を出そうとしているのだと判断し、私は少しだけ高くジャンプして手を上げる。

 その姿が戦闘員21号の目にも見えたようで、思っていた通り指示を出してきた。


「オーケー! ジンメンギョ様の戦いを補佐するため、少しだけ時間を稼ごう! ぐるっと施設を1周してからこっちに来て! 僕は脱出の準備をしておくから!」


 私は分かったことを伝えるため、急激に方向を変えた。

 ついでに少し高くジャンプして、水族館の周りをまわるルートを辿っていることをアピールする。

 これで戦闘員21号に意図が伝わったことが分かるはずだ。


「どこへ向かうつもりなんだ……?」


 私を追いかけるブルーファルコンが呟いた。

 時折り足元にレーザーが飛んでくるのは心臓に悪いが、相手を幻惑する意味でも回り道するのは悪くないかもしれない。

 戦闘員21号の準備が万端になるなら頑張る価値はあるのだ!


 ブルーファルコンとの追いかけっこを続けて1周が終わろうとしたところで、プールの方で巨大な水しぶきが巻き起こった。

 もはや爆発とも言っていいような轟音が鳴り響き、空高くにジンメンギョが打ち上げられていた。


「バカなぁ!? 水中で爆発だとぉ!?」


 意識がついついそちらに持っていかれて、私のウサ耳がジンメンギョの叫び声を拾った。

 さっきの爆発は、レッドドラゴンが水中で炎の技を使ったことによるものらしい。

 そんなことしたら熱湯になったりしないのかな?


 残ったイルカさんたちは大丈夫なのかと思ったが、何とレッドドラゴンがそのイルカさんたちに乗ってジャンプしているところが見えた。

 自らレッドドラゴンの足場になったようで、レッドドラゴンを空中へと押し上げている。

 レッドドラゴンは、落ちてくるジンメンギョにドンピシャで突っ込んでいった。


 レッドドラゴンが右腕に炎を宿らせ、腕を大きく振りかぶる。


「直接こんがり焼いてやる!」

「く、来るなぁーーっ!」


 ジンメンギョの叫びも虚しく、レッドドラゴンが0距離まで近づき、その拳が炸裂した。


「ひっさぁあああつ! "ブレイザー・ナックル"!」

「ぐふ!?」


 私のいる位置からはどうすることもできなかった。

 水平方向へ殴り飛ばされたジンメンギョが白目をむき、そして……。


 どごぉおおんっ! と空中でジンメンギョの身体が爆発した。


 怪人がやられたから爆発したというよりは、爆発のエネルギーが時間差で炸裂したと言った感じだった。

 どちらにしても、ジンメンギョはこんがり焼かれたどころか消し炭すら残っていない。

 レッドドラゴンによる必殺の一撃で、完全決着となった。

 しれっと新しい技を使ってるし、やっぱりレッドドラゴンは恐ろしい。

 は、早く逃げないと……!


「もぉ~、バブルキャンサーはどこ!?」


 結局、最初から最後まで出てこなかったんですけど!

 撤退役として、レッドドラゴンが必殺技を放つ前に妨害行為くらいはできたんじゃないだろうか?

 彼もシャボン玉みたいな炸裂弾を出せる特殊能力を持っているんだから!


「こっちだ、レッドドラゴン!」

「ひぃいい!?」


 や、やばい、レッドドラゴンまで来る!

 もはや時間稼ぎの意味なんて完全に無くなったし、ここからは逃げ一択だ。

 私は一直線に道路へと向かって移動していく。


「ミスティラビット、こっちだ!」


 道路ではすでに戦闘員21号がトラックを発進させていた。

 戦闘員21号が私がやってきたことを確認すると、片手で霧玉を見せてくる。

 でも、すぐ近くまでブルーファルコンが迫ってきているし、効果はあるのかな?


 戦闘員21号がそれを投げつけて、ボフンとまたもや霧が広がった。

 ……いや、ちょっと違うかも? もしかして霧玉じゃない?

 冷たさも無いし、どちらかというと煙たさの方を強く感じた。


「"フリージア"!」


 すかさずブルーファルコンが凍らせようとするが、あまり効果が無いようだった。

 この匂い、もしかして水族館の室内に充満させた方の煙玉?

 あまり気にしてなかったけど、もしかして冷気に強い設計だったりするのだろうか?


「はぁ、はぁ、……消えない!?」


 ブルーファルコンが自分のミスに気付いたようだけど、もう遅かった。

 白く閉ざされた闇の中で、私は走行する大型輸送トラックへと辿り着くことに成功し、その荷台の上にしがみつく。


「くっ、しまった!」


 ブルーファルコンはレーザーガンを構えたものの撃ってこなかった。

 最後の最後まで、イルカさんのことを気にして攻撃をためらってしまったようである。

 それに、能力的な余裕が無くなったようで追撃の氷技も繰り出してこない。

 これなら逃げられる!


「くらぇええぃ!」

「な、うわぁ!?」


 あれ、何事?

 後ろでバチンと火花が鳴る音と、ブルーファルコンの悲鳴が聞こえた。


「くっ、新手か!」

「ふはは、俺様はバブルキャンサー! お前の命、もらい受ける!」


 今の今まで行方が分からなかったバブルキャンサーが今ごろ出てきていた。

 肩で息をしているブルーファルコンに先制攻撃を浴びせることに成功したようである。

 ほとんど逃げおおせた後で、今さら出てこられても……。


「なんか、バブルキャンサーが来たんですけど……」

「今さら? それなら漁夫の利ねらいなんじゃない?」


 あぁ、確かにそっちの方が可能性が高そうだ。

 私を逃がすために来たのではなく、ブルーファルコンの息が上がっているのを見てチャンスだと思って出てきたのだろう。

 バブルキャンサーの序列は低い方ではあるけれど、もしブルーファルコンが能力を使えず、レッドドラゴンの到着が遅れるようなら勝ちの目もあるのかもしれない。


 もしかしたら、零くんはここまで……? 

 敵陣営同士だから果し合いの関係であることに文句は無かったはずなのに、私は何故かますます嫌な気分になっていった。

 わがままなのは分かっているけど、私はどちらにも生きていて欲しい。


 車は戦場から遠ざかり、肉弾戦の殴打の音がだんだん小さくなっていく。

 私は苦しさに蓋をするように、意識を戦いの場から引き揚げた。

 今はトラックのエンジン音とタイヤの音だけが大きく聞こえるばかりだ。


「私たちの作戦は成功ですね……」

「まぁ、無事に逃げ切ったらだけどね。逃げ切るまでが作戦だよ。でも、ひとまずお疲れ様!」


 運転席から戦闘員21号が私を労ってくれる。


「キュ……」

「あ……」


 そういえば、結局、イルカさんを最後まで連れてきてしまった。

 戻してあげたかったのに!


「気持ちは分かるよ。せめてイルカをコンテナの海水に漬けてあげてよ」

「はい……」


 大型輸送トラックは私を乗せて、白い靄の中へと消えていった。



-- 7月29日(土) 18:30 --


「まったく、両者とも戻ってこないとは……」


 ノコギリデビルが重々しく呟いた。

 報告を行った戦闘員たちの(こうべ)項垂(うなだ)れ、重苦しい雰囲気が漂っている。

 秘密結社パンデピスの地下エントランスにて、私とノコギリデビル、戦闘員21号を含んだ戦闘員たちが終結していた。

 その場に、今日出撃したジンメンギョと、撤退役のバブルキャンサーの姿は無い。


「直接、レッドドラゴンに戦いを挑んだジンメンギョはまだいい。バブルキャンサーめ……。奴は己の利を優先して撤退役の役割を果たそうとしていなかったようだな。しかも息切れしたブルーファルコンに負けるとは……」


 あの後、結局はブルーファルコンが逆境を跳ね返して勝利をもぎ取ったようだ。

 総評を述べるノコギリデビルの評価も芳しくない。

 まぁ、本人が死亡してしまっているから、その評価も意味のあるものではないけれど。


「やはり、撤退役にも適性が要るな」


 ノコギリデビルがチラリと私の見ながら言った。

 適性の問題というか、逃げる気があるかどうかという問題な気がする。

 私の場合、戦いたいという希望もなければ怪人としての評価も要らないので、必然的に残る選択肢が"逃げる"になるだけなんだけどね。

 それも含めてノコギリデビルは"適性"と表現したのなら、その通りだと思うけれど。


「ふふふ、諸君らの努力は評価しよう。しかし――」


 ノコギリデビルが今度は苦笑いを浮かべながらエントランスに運び込まれたコンテナを見た。

 そこには私たちが盗んできたイルカさんとペンギンたちがいる。

 この環境下なので元気は無いけれど、大怪我や病気にはなっていないはずだ。


 ちなみに他の戦闘員たちもアシカやアザラシを盗んでいたのだが、『ヒーローや防衛隊が動物に気を取られている隙に逃げてきた』という報告をしていた。

 私もできればそうしたかったんだけどね……。


「ジンメンギョの置き土産は、裏取引にかかる手間賃の方が販売額より多くなりかねん」

「バンディットスネーク様も同様のことを仰られていました」


 戦闘員21号がノコギリデビルの見解に賛同の意を表す。

 私は戦闘員21号と一緒にバンディットスネークに連絡を取ったんだけど、赤字じゃないか? という返答が返ってきていた。

 イルカ全部と他の動物たちも盗み出せていたら違った結果だったのかもしれないけれど、イルカ1匹とペンギン6羽くらいでは元が取れないとのことである。

 最初から行き当たりばったりな作戦だったから仕方ないと思うけど、それなら普通に戦うだけにしておけば私も彼らを救い出せたかもしれないのに……。


「ふふふ、そちらの始末はミスティラビットに任せる」

「えぇ、私ですか!?」

「ふふふ、そうだとも。君の好きにしたまえ。では、解散とする!」

「「「はっ!」」」


 有無を言わさず決められてしまった。

 えっと、どうしよう?

 元の場所に戻すのも大変そうだし、かといって面倒を見るわけにはいかないし。


「キュイ……」

「……」


 私が近づくとコンテナの中にいるイルカさんと、ケージに入れられたペンギンさんたちが揃って怯え、できる限り縮こまろうとしていた。

 結局、私って動物には好かれないなぁ。……いや、今は怪人の姿だし当たり前か。


 ノコギリデビルがエントランスを後にし、戦闘員たちも三々五々と散っていく。

 戦闘員21号と私だけがそこに残り、動物たちを前にどうするかを話し合った。


「どうしますか?」

「ん? そうだねぇ。ここは僕が何とかするよ」


 何でもないことのように戦闘員21号が言う。

 厄介ごとにも慣れっこな感じがするし、こういうところは本当に頼もしい。


 いや、もしかして厄介ごとじゃなくてチャンスだと感じたからかな?

 自分たちの裁量に任せるってことは、どう扱っても良いということだ。

 つまり、動物たちを元の場所に戻しても問題ないのである。


「ミスティラビット、今日は夜更かしをお願いするよ」

「え? ……まぁ、構いませんけど」


 真夜中にどこかに移動するのかな?

 力仕事くらいなら私でも役に立てるし、それで解決するならしっかり協力しますとも!


「大丈夫さ。アツトにお任せってね!」

「そのセリフ、基地内では言わないでくださいよぅ!」


 戦闘員21号は今日一番の決め顔を見せながらそう言った。

 小声だったから大丈夫だと思うけど、心臓に悪いから本名を口に出さないで欲しいものである。


 その後、私は戦闘員21号の指示に従って動物たちをまた大型トラックに乗せて基地から出た。

 最後の後始末をするために、今日は夜更かししなくてはならないらしい。


 明日の朝、私、起きられるかなぁ?



-- 7月30日(日) 7:30 --


 僕の名前は氷月 零。

 防衛隊本部ヒーローのブルーファルコンとして、戦いの日々を送っている中学2年生だ。

 特務防衛課の地下にある食堂にて、僕は食後のコーヒーを片手に新聞を眺めていた。


 先日は水族館・海洋通路日本海を襲ったパンデピスの怪人たちと戦い、一応の勝利を収めた。

 一緒に出撃したレッドドラゴンが魚の怪人ジンメンギョを、僕は蟹の怪人バブルキャンサーを仕留めることに成功している。


 新聞ではレッドドラゴンと紙面を分け合うように大々的に取り上げられていた。

 美辞麗句が並んでいるけれど、今の僕はそれを見てもため息しか出てこない。


 最低限の活躍はできたと思う。

 でも、僕はミスティラビットを取り逃し、イルカを取り戻せなかった。

 それが凄く悔しいし、素直に喜ぶことができない。


 『~♪』

 スマホの呼び出し音がポケットの中から聞こえてくる。

 誰からだろう?


 スマホを取り出して相手を確認してみるとクラスメイトの輝羽さんだった。

 珍しい相手から電話が掛かってきたけど、いったいどんな用事だろう?


「はい、零です」

『零くん! できるだけ早く来てー!』


 いきなり助けを求められた。まさか、事件なのか?

 ……いや、それにしては声が明るい感じがする。

 まるで遊びに誘っているかのような声のトーンだった。


 とにかく、まずは状況の確認だ。


「落ち着いて輝羽さん、何があったの?」

『学校のプールに、イルカとペンギンがいるー!!』

「えっ!?」


 もしかして、水族館から盗まれたイルカとペンギン?

 イタズラにしては突拍子が無さ過ぎるし、そうとしか考えられない。

 奴ら、なんでこっちまで運んできたりしたんだ!?


「わかった、すぐに向かう! 待ってて!」

『うん、待ってるね~!』


 電話を切り、すぐに隊長へ報告を上げて自分も南中学校へ向かう。

 僕は飛竜さんと一緒に上杉教官の運転する車に乗り込んで急行した。

 他の隊員たちも同じく車両に乗って、数台で中学校へと乗り込んでいく。


「零くーん、こっちこっち!」


 南中学校へ行くと、水着になったままの輝羽さんが待ち構えていた。

 それと、1人の男性教員が青い顔をして立っているけど、宿直の先生かな?

 元気いっぱいの輝羽さんとは逆に、あまりの事態に放心状態になっている様子だ。


「先生、大丈夫ですか?」

「いや、すまないが、ちょっと頭が追い付かなくて……」

「見てもらった方が早いっしょ! こっちだよ~!」


 混乱している先生に変わって、輝羽さんが元気いっぱいに案内を買って出た。


 プールに向かう傍ら、輝羽さんの様子を見ると水滴が足元を伝い、髪も濡れている。

 タオルを肩に掛けているってことは……。


「あの、輝羽さん、もしかしてイルカたちと一緒に泳いでいたの?」

「うん、そうだよ!」


 輝羽さんが笑顔を見せつつ、あっけらかんと言い放った。


「危ないから上がりなさいと、何度言っても聞いてくれなくて……」

「全然へーきだもん!」


 男性教員が青くなっていた理由が分かった気がする。

 随分と楽しんでいたんだろうな。

 それにしてもこんな朝早くからプールに来ているなんて、輝羽さんは水泳部の朝練でもしていたのだろうか? 他のメンバーはいないみたいだけど……。


「遊んだ後で電話したんだな」

「まぁ良いじゃないっスか! そりゃイルカやペンギンがいたら遊ぶでしょうよ!」

「いや、まぁ、いいんだけどな……」

「輝羽さんならやりそうだ……実際遊んでいたみたいですし……」


 教官と僕は輝羽さんの豪胆さに閉口するしかなかった。

 飛竜さんだけは納得しているみたいだけど。


「みんなただいまー! いい子にしてた?」

「キュー、キュー!」

「「「グワーッ! グワーッ!」」」


 輝羽さんがプールに着くや否やイルカとペンギンたちが集まってきた。

 ものすごく懐かれているね。


 でも、それを見た男性教員は青い顔だ。


「あーもう、近づかないようにって言ったのに! 爆弾が仕掛けられでもしていたら!」

「ん、爆弾……!?」

「実は、こんなものが落ちていまして」


 男性教員が取り出したのは1通の手紙だった。

 教官が受け取って中身を確認し、そのまま読み上げた。


「なになに……『イルカとペンギンはブルーファルコンにお返しする。by Misty(ミスティ) Rabbit(ラビット)』だとさ」

「ミスティラビットからの手紙!?」

「そうです! わざわざここに送り届けたってことは何かの罠かもしれないんで!」


 なるほど、先生の言っていることも一理ある、か。

 パッと見た感じ、イルカやペンギンたちにそれっぽいものは付いていないように見える。

 でも、爆弾を飲まされ、近づいたところでドカンということも考えられるし……。


「零、一応変身しておいてくれ。飛竜はこのことを隊長に報告した後、周りの警戒だ!」

「「了解!」」


 飛竜さんが即座に走っていくのを見つつ、僕はブルーファルコンへと変身した。


「ブルー・リーンフォース!」


 ブレスレットが青い光を放ち、一瞬で僕の身体をヒーローの姿へと変えた。

 そしていつでも能力が発動できるように、僕は冷気を両腕に纏わせて動物たちの前に出た。

 万が一、爆発が起きたら僕が皆を守らないと!


「おぉ~! 変身を見たの、久しぶり!」

「ふぅ、これで何とかなりそうか……?」


 輝羽さんが大喜びし、先生も安堵の声を上げる。

 あとは何も起きないことを祈るばかりだ。


 その後、報告を受けた隊長が爆弾解除チームと数名の獣医を連れてやってきた。


「……あれ、好美さん?」


 その中に見知った顔が混じっていた。

 同じクラスの佐藤好美さんが一団の中に混じってこっちに歩いてくる。


「よっしー! 来てくれたんだね!」

「うん。お父さんも呼ばれたからついでに」

「ひゃっひゃっひゃ! まさか引っ張りだされるとは思わんかったわい!」


 獣医の中に、好美さんのお父さんも混じっていた。

 てっぺんは禿げ頭で、真っ白い髪と口ひげを生やし、白衣を着た獣医っぽい人がその人だ。

 かなり老けて見えるけど、お爺さんじゃなくお父さんなのだという。

 好美さんの親にしては歳の差があるなと思うけど、そんなこともあるだろうし、僕もあまり人のことは言えないから詮索するつもりはない。


「隊長、連れてこれる人を全員連れてきた感じだな」

「"ふれあい広場"の管理人ですもんね」


 "ふれあい広場"ではいろんな動物を一時的に預かっているらしいし、その管理人である好美さんのお父さんは動物に詳しいと聞いている。

 以前の動物たちの脱走騒ぎで電話番号を控えていたから連絡したのだろう。

 他の獣医さん方に関しても警察犬の関係でお世話になっている人たちだし、無理を言ってご協力いただいたようだった。


 さっそく、まずは爆弾専門チームが探知機を使って確認を行った。

 入念にチェックを行い、ほどなくして反応は無いという結論が出たようだ。


 次に獣医のチームが身体に爆弾を埋め込まれていないかをチェックしている。

 何かを埋め込まれたり傷つけられた痕跡も無く、これも問題なさそうという話に落ち着いた。


「あとは、胃の中だけじゃな」


 好美さんのお父さんが胃カメラを取り出して、その場で検査を開始した。

 獣医全員で暴れる動物たちを押さえつけて検査をしている。


「グワーッ!?」

「大丈夫だよ! これ、中を見るだけだからね!」


 苦しそうな動物たちを見かねた輝羽さんが、獣医たちに交じってペンギンを宥めていた。

 すると動物たちも落ち着きを取り戻したようで、その後はスムーズに検査が進んでいく。

 ペンギンはまだしも、イルカは輝羽さんが居なかったら検査できなかったかもしれない。


「問題なしです!」

「お疲れ様、助かったよ。水族館から引き取ってもらうように連絡してくれ」

「了解!」


 隊長が爆弾解除チームや無線係に指示を出し、隊員たちがすぐさま動き出す。


「隊長、記者たちにも連絡したのか? すでに集まってきているんだが……」

「あぁ、朗報は伝えておいた方がいいだろう? すぐに行くから上杉が対応しておいてくれ」

「了解だ」


 上杉教官が隊長の指示に従い、協力してくれた獣医たちにも感謝を伝えに向かう。

 これから僕も記者会見をすることになるんだろうな。


「お疲れ! 何事も無くて良かったな!」

「飛竜さんもお疲れ様です」


 飛竜さんがいつの間にか戻ってきており、僕を労ってくれた。

 戻ってきているということは哨戒も済み、中学校の周りに怪しい影はいないということだろう。

 これでようやく一安心できる。

 僕は厳戒態勢が解除されたことを隊長に確認し、変身を解除して元の姿に戻っておいた。


「氷月先輩、お疲れ様です」

「お疲れ様、優輝も来たんだね」


 現れた優輝が敬礼したので、僕も敬礼を返す。

 樋口さんも後ろにいるみたいだし、いつも通り送ってもらったのだろう。

 なお、その樋口さんは興味津々でペンギンたちを観察していた。

 こんなに近づけることって滅多にないから、この機に僕も触れ合ってみようかな?


「僕と氷月先輩は、南中学校(ここ)で待機だそうです」

「そうなんだね」


 たぶん、水族館がイルカやペンギンたちを引き取りに来るまで待機なんだろうな。

 あと、優輝は記者会見の時のために呼んだというのもあるんだと思う。

 優輝もこの学校の生徒だし、僕らの露出が無いとあとで変な文句が出そうだからね。


「……わぁ、本当にイルカがいる」

「ねぇ、弟君も一緒に泳ぐ?」

「え?」


 今まで大人しかった輝羽さんがプールにざぶんと飛び込んでしまった。

 そのまま動物たちと一緒にプールを泳ぎ回る。

 そこへ入場を許可された記者たちがなだれ込んできて、さっそくパシャパシャと写真を撮っていた。


「あの子は、もぅ……!」

「まぁまぁ、安全だと分かったわけですから良しとしましょう」


 また青くなった男性教員を、戻ってきた教官が苦笑いでとりなしている。

 その横では記者会見の準備が進んでいた。


 これは間違いなく全員がインタビューされるな。

 輝羽さんはたぶん大丈夫だと思うけど、先生、緊張で倒れたりしないよね?

 せめて僕も一緒に会見に臨んでフォローすることにしよう。


「ねぇねぇ、よっしー! ペンギン持ってみる?」

「わ、私はいいよぅ!」


 ペンギンを近づけられた好美さんがしり込みしていた。

 ペンギンも好美さんも、お互いを怖がっているような反応を見せている。

 一緒にいるところをちょっと見てみたかったけど、苦手なら仕方ないか。


「姉さんには、これ!」

「え?」


 優輝はペンギンの代わりにと、ヒヨコのぬいぐるみをプレゼントしていた。

 あれは東京のお土産で買ってきたぬいぐるみだね。


「いつもありがとうってことで、お土産」

「嬉しい! ありがとう!」


 好美さんもそれを受け取って嬉しそうにしている。

 渡せるタイミングが早くなって良かったな、優輝。


「すみませーん、順番にお話を伺いたいのですが~」


 記者会見の準備も整ったようだ。


 奪われたイルカたちは無事に戻ってきた。

 僕が奪い返したわけでもないし、相手の温情によるものだとしても、まずは元気に戻って来てくれたことを喜ぼうと思う。

 活躍できたかどうかが問題じゃない。皆を守れたかどうかの方がずっと重要だ。

 それでも、次こそは僕自身の力で完全勝利を手に入れてみせる。


 夏休みは始まったばかり。

 その機会もきっとどこかで訪れるはずだ。

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