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秘密結社パンデピス  作者: ゆきやま
38/42

優輝、東京へ行く

~前回のあらすじ~

 第1工房でスマートフォンと武器をゲットしたミスティラビットたち。

 そこで出会った怪人は大幹部HEGIであり、秘密裏に幹部候補の検定が行われていた。

 やがて季節は夏休みに入り、防衛隊にも動きがあるようで……。

-- 7月26日(水) 8:00 --


 梅雨明け宣言が行われ、夏の暑い日差しに包まれた朝。

 僕、佐藤 優輝は、樋口みどりさんの運転する車に乗って南中学校の校門を潜った。

 フロントガラスの向こう側には青い空と入道雲が浮かんでいる。

 今日は1学期の終業式。午後からはついに夏休みが始まる。


「それじゃ、また迎えに来るね」

「ありがとう、樋口さん。行ってきます」


 車から降りて去っていく樋口さんを見送り、僕は学校の玄関へと向かう。

 いつも通り、ちょっと早めの登校だ。

 そうしないと、いろんな人に話しかけられてしまって収集が付かなくなるんだよね。

 まぁ、そのことを知っている何人かは同じ時間に登校して話しかけてくるんだけれど。


「おっす、優輝!」

「おはよう~!」

「優輝くん、おはよう!」


 いつも仲良しの女子3人組が、いつも通り声を掛けてくる。

 この3人に引っ張られるようにして教室まで向かうのが、ほぼ日課になってしまっていた。

 夏休みに入ったら少し騒がしさも落ち着く半面、ちょっとだけ寂しいかな?


「うん、おはよう」


 さりげなく周りを見て、僕らを狙っている曲者がいないかに気を配る。

 僕は特務防衛隊の隊員であり新潟のヒーローの後継者だ。

 いつ何時、秘密結社パンデピスの刺客に狙われないとも限らない。

 僕のことを気にかけてくれるこの3人を守るのは僕の義務だ。


「……あれ? 姉さん?」


 周りを見ていたら、校門から姉さんが入ってきたのが見えた。

 軽く手を上げてアピールすると、姉さんはパタパタと走ってこっちへ向かってくる。

 普段の姉さんならもう少し遅く登校するはずなんだけど、日直か何かかな?


「ゆーくん、おはよう」

「おはよう、姉さん」

「おはようございます、お姉さま!」

「う、うん、おはよう」


 お姉さま呼びされて、しどろもどろになっている姉さんは少し幼く見えた。

 最近、しっかりお化粧もして髪を整えているからむしろ大人っぽくなっているはずなのに、昔から仕草が変わらないからそう見えるのだろうか?


「姉さん、今日は早いね。何か用事でもあるの?」

「ううん、ちょっと早めに来ただけだよ」


 なんだか機嫌が良さそうだ。

 姉さんもスマホを購入していたし、それで元気なのかな?


「姉さん、なにかいい事でもあったの?」

「うん、まぁね。詳しく言えないけど、連絡先を交換できたんだ」

「「「おぉ~!」」」


 3人娘が揃って感嘆の声を上げたけれど、たぶん氷月先輩のことだと思っているんだろうな。

 姉さんが言っているのは飛竜さんのことに違いない。

 朝、飛竜さんも姉さんに会ったとか言ってたし。


 ちなみに、僕は既に連絡先を交換しているし、氷月先輩も同様だ。


「そうそう、零くんにお中元をアドバイスしたの、ゆーくんでしょ?」

「あ、バレた? うん、そうだよ」


 氷月先輩、ハムの詰め合わせを選んで送っていたからね。

 普通、中学生が意中の相手にお中元を贈ることはまず無いと思う。

 さすがに姉さんも勘付いたようだった。


「やっぱりね! たいへん美味しく頂いております」

「それは良かったです」


 やっぱりすごく上機嫌だ。

 ずっとこういう表情でいてくれるようになるといいんだけどね。


「ゆーくんにもおすそ分けできたらいいんだけど」

「あれは氷月先輩が姉さん個人に送ったものだから、姉さんが楽しんでよ」

「分かった、そーする。それとは別にマグロの骨のスープが大量にあって……」

「なにそれ?」


 姉さんも変な食材にチャレンジするなぁ。


 そんな風に世間話をしていると、校門内に少しずつ人が増え始めてきた。

 クラスメイトの3人を放って世間話を続けるのも悪い気がするし、そろそろ潮時かな?


「姉さん、僕はそろそろ教室に行くね」

「うん。ゆーくんも夏休み、楽しんでね」


 姉さんと別れ、それぞれの学年の教室へと向かった。

 教室に入って早々、夏休みの予定や漫画、アニメの話に花が咲く。

 こんな風におしゃべりに興じる時間は、ヒーローになった僕にとっては一番平和なひとときだ。


「おっすー!」

「おはよー! お、優輝もちゃんといるじゃーん!」

「お前、忙しいんだろ~?」

「そうだけど、今日は大丈夫だよ」


 男友達も続々とやってきて、教室がだんだん賑やかになってきた。

 ヒーローになり、なにかと特別扱いされやすくなってしまったけれど、こういう砕けたやり取りが僕を普通の中学生に戻してくれる気がする。

 明日からは防衛隊の活動で忙しくなるから、そんな日常も今日で一旦は見納めだ。


「夏休みのお土産、宜しくな~」

「いやいや、無理だって……!」


 僕はお小遣い、殆ど無いんだけど!

 最近は父さんから月々のお小遣いも貰っていないし、僕は防衛隊から給料が出ないからね。

 ただ、その分『これが欲しい』って言えば現物を貰えることも多いんだけど……。


「土産話でもいいぜ~」

「そっちメインでいいだろ、優輝は!」


 そんなツッコミに周りのみんなが頷く。

 遠慮も何もない会話は、先生が教室に入ってくるまで続いた。


 いつもどおりの一幕は、僕の守るべきものを改めて認識させてくれる。

 今日の午後から、僕はさっそく旅に出ることになる。頑張らなきゃ!



-- 7月26日(水) 14:00 --


「頼むぞ樋口、しっかり優輝をサポートしてやってくれ」

「分かっています。任せてください!」


 終業式が終わり、僕は旅支度(たびじたく)を整えて防衛隊の駐車場にいる。

 これから僕は樋口さんの運転する車で東京の防衛課本部まで行ってくるのである。

 以前から検討していた装備品の準備が整ったので、これから本部の研究所で僕自身が使ってみて調整を行うのだ。


「こっちのことは僕たちが預かる。安心して行ってきてほしい」

「向こうの連中によろしくな!」


 氷月先輩と飛竜さんから言葉を掛けられ、僕は大きく頷いた。

 この2人は本部から来たので、向こうに知り合いが多いはず。

 僕もいろいろ聞いたり聞かれたりするのかな?


「それじゃ、行ってきます!」

「おぅ! 行ってらっしゃい!」


 車に乗り込み、みんなに手を振ってしばしの別れを告げた。

 十日前町支部の駐車場を出て、これから六日前町のインターチェンジへと向かい、そこから関越自動車道に乗る手筈になっている。

 樋口さんは寄り道をしたがっていたけれど、休憩以外はせずにまっすぐ向かう予定だ。


「夜8時頃には着くと思うよ」

「うん」

「晩御飯は期待していてね」

「あの、あまり凄い物は要らないからね?」


 樋口さん、たまに凄く高価な食材を用意することがあるから……。

 姉さんは節約家ではあったものの、それとこれとは話が別だとばかりに栄養価の高い物を食べさせようとしてくれたが、それでも度を越えた贅沢品は買わなかった。

 樋口さんはその辺の遠慮がまるで無いので、楽しむ前に金額が心配になってしまう。


「優輝くん、給料も無しに命懸けで戦っているんだよ? もっと贅沢してもいいのに」

「衣食住を提供してもらっているんだから、そういうのはいいよ」


 給料が出ないだけでお金はかかっているはずだから、贅沢は別に要らない。

 それより、ちょっとしたお小遣いは欲しいと思っているんだけど、それを言ったら凄い金額を渡してきそうで樋口さんには言い出しにくいんだよね。

 父さんに連絡してお小遣いをねだろうかな? 姉さん経由でいつでも連絡取れるし。


 時折り他愛のないおしゃべりをしながら、車は都心を目指して進んでいく。

 途中のパーキングエリアでちょっとした休憩を挟み、陽が落ちるまで旅は続いた。


 なお、夕ご飯は凄くオシャレなバーみたいなところだった。

 贅沢はいいって言ったのに……。

 フォワグラって世界3大珍味の1つじゃなかったっけ? 初めて食べたよ。


 僕、普通の私服っぽい恰好だったんだけど、大丈夫だったかなぁ?



-- 7月26日(水) 20:00 --


【特務防衛課 東京都 本部】


 東京駅の真ん前にある一等地に、特務防衛課の本部があった。

 入り口で受付を済ませるとさっそく地下基地へと通され、僕は本部の防衛隊長に出迎えられた。

 もう夜遅くだというのに、わざわざ待っていてくれたようだ。


「君が佐藤 優輝くんだね? ようこそ、特務防衛課本部へ」

「はい。今日から3日の間、お世話になります!」


 隊長の他、5人ほどの隊員たちが揃って敬礼をしてくれたので、僕も敬礼を返した。

 旅行気分は消えて、気が引き締まる思いがする。


「今日はもう遅い。施設の案内も明日に行うことにしよう」

「はい、ありがとうございます」


 そんなやり取りがあり、今は居住区に向かっているところだ。

 案内をしてくれているのは人当たりの良い1人の男性隊員だった。


「ご飯はもう食べてきたかな?」

「はい、途中で食べてきました」

「それじゃ、明日の朝7時にまた来るから、その時に食堂を案内してあげよう」

「ありがとうございます」


 喋りながらも目に飛び込んでくる地下基地内の風景は、少し温かみを感じさせるベージュ色の柱や壁に取り囲まれた、馴染みのある居住区の造りだ。

 十日前町支部と同じ雰囲気が感じられて、初めて来たのに何だか安心感がある。

 少し違いがあるとするなら、部屋数も多く、すれ違う隊員たちの数も多いことかな?

 さすが本部。その規模はやはり大きい。


 やがて案内役の隊員さんが1つの部屋の前で足を止めた。ここが僕の部屋のようだ。

 カードキーでドアを開けて、隊員さんと一緒に中へと入った。


「ここを使ってくれ」

「はい、ありがとうございます」


 間取りや設備も含め、部屋も十日前町支部と大きな差は無さそうだ。

 良かった、変に豪華じゃなくて。


「……なぁ、少しだけ話す時間を貰えないかな? そんなに時間は掛からないからさ」


 案内を終えた隊員さんが少し申し訳なさそうにそう言った。

 僕が疲れているだろうからと配慮してくれているのだろう。その心遣いが嬉しい。


「大丈夫です。何でしょうか?」

「飛竜のやつもそうだけど、零は元気にしているんだよね?」


 この人、たぶん飛竜さんと氷月先輩の知り合いなんだろうな。

 あまり勘ぐるつもりはないけれど、もしかしたら本部のヒーローの1人かもしれない。


「氷月先輩なら凄く元気です。そういえば一時期、元気を失くしていたって聞きましたけど、僕が知っている氷月先輩は最初から元気でしたよ」

「そっか。あいつ、本当に吹っ切れたんだな……」


 安堵したように、それ以上に嬉しそうな顔で隊員さんは笑っていた。


「飛竜さんも元気ですよ」

「アイツはそうだろうね。上杉教官は……いや、何でもない」

「今のところ、元気でいます」

「そっか……」


 この隊員さんは色々と把握しているのは間違いないみたいだ。

 でも、ヒーローは素性をできるだけ隠さないといけないし、彼がヒーローであってもなくても、これ以上は踏み込まない方がいいんだろうなと思う。

 もしも3人のうち誰かと一緒に本部を訪れることになったら、その時に改めて話を聞いてみるのも良いかもしれない。


「ありがとうな。ゆっくり休んでくれよ。また明日!」

「はい、おやすみなさい」


 隊員さんが部屋を出て行ったのを見送ると、僕は荷物を紐解いて着替えを準備する。

 後は風呂に入って寝るだけだ。


 明日から本格的に本部での活動が始まる。

 心身ともにしっかり準備をして望まないといけない。


 少しだけ筋トレして、しっかり寝るぞ!



-- 7月27日(木) 7:00 --


「遅いぞ、優輝! こっちは準備できているというのに!」

「……なんですか、これ?」


 急に呼び出されたと思ったら、目の前にあるのはテレビカメラと野次馬の人だかりだ。

 そして声を荒げているのは新潟県の防衛課の矢木参謀長である。


 なんで矢木参謀長が本部にいるの??


「皆さん、おはようございます! 始まりました【フィーチャリング!! 朝!】! 今日はここ東京駅の真ん前、特務防衛課本部にお邪魔していまーす!」


 レポーターのお姉さんが笑顔でレポートを始めている。

 もしかして、僕、これに出演するの?


「あの、矢木参謀長……これは?」


 樋口さんもこの騒ぎに気付いたようで、いつの間にかやって来ていた。

 おずおずと質問をしているけれど、その顔には『嫌な予感がする』と書かれている。

 僕も同じ気持ちだ。


「そんなもの決まっている! せっかく本部に来たんだ。アピールしないでどうする!」

「いえ、その、お忍びで来たはずなんですが……」

「お忍びで移動する必要はそもそも無かったはずだ。レッドドラゴンとブルーファルコンがいるんだ。どうとでもなるだろう」


 だとしても、僕本人に連絡が無いのは変でしょうに。

 朝の生放送番組だよね? 打ち合わせも何もなかったんだけど……。


 樋口さんも何も聞いていなかったようで、開いた口が塞がらないようだった。

 そりゃ、そういう反応になるよね。


 この遠征、上杉教官が万全を期すように手筈を整えていたのに、全てがパァである。

 パンデピスが暴れるのは土日祝日が多いとはいえ、ヒーローが1人いなくなることがバレないようにと頑張ってくれていたのに……。

 上杉教官、このニュースを見たらまた声を荒げることになるんだろうな。


「今日はさらに特別ゲスト! 新潟県のヒーロー、クロスライトこと佐藤 優輝くん! そして矢木 権治(けんじ)参謀長にもお越しいただきました~!」


 なんにせよ、ここまできたら変な態度は見せられない。

 幸い防衛隊のスーツも着ているし、この格好で失礼に当たることは無いはずだ。

 僕はレポーターのお姉さんの横に出た。


「おはようございます! この度は出演させていただき、ありがとうございます!」


 ひとまず元気に挨拶して、敬礼をする。

 それだけで野次馬が盛り上がり、歓声が上がる。


「矢木参謀長! 優輝くん、すごい人気ですね!」

「優輝くんは新潟県自慢のヒーローです。本部で更に鍛えられることを期待します!」


 本部を立てる謙虚な発言に、ギャラリーがますます盛り上がっている。

 いつもの矢木参謀長って、かなりきつい言葉が目立つからなぁ。

 言い方はちゃんとしているから、そこは少し安心した。


 あと、"鍛えられることを期待"って言葉のアヤだよね?

 僕は本部で装備を合わせるために、東京に来たはずである。

 本部との訓練の予定は無かったはずだけれど、まさかね……。


「それでは、フィーチャリング! 朝! 行ってみましょ~!」

「……はい、オッケーでーす!」


 ディレクターのカットが入り、番組はVTRに入ったようだった。

 次のシーンの場所も決まっているらしく、バタバタと移動が始まる。

 矢木参謀長の元にもアシスタントディレクターらしき人が来て、頭を下げていた。


「優輝くん、この後のことなんだけど、本部で合同訓練だって」

「やっぱり……」


 嫌な予感が的中した。

 この後、ニュースで合同訓練の風景を撮影する予定になっているとのことである。


 僕なんかがいきなり入って、合同訓練なんかやって大丈夫だろうか?

 十日前町支部の訓練には何とか付いて行けるようになってきたけど、まだまだ途中で別の練習メニューになることも多いんだけどな。

 矢木参謀長、そのことはちゃんと把握しているのかなぁ? してなさそうだなぁ……。


「あの、樋口さん、上杉教官に連絡をお願いできますか? 僕はひとまず矢木参謀長の言うとおりに動きます。訓練もできるだけ最後まで頑張りますから」

「分かった、任せて! 研究所にも連絡しなきゃいけないし、急がなきゃ! もぉ~!」


 樋口さんはさっそく十日前町支部に連絡を入れるようで、スマホを取り出していた。

 さすがに今回は樋口さんも憤っている様子を見せている。

 色々と準備していたからなぁ。予定を崩されていい気分はしないんだと思う。


「あぁ、もう! 優輝くんと居れる時間が……!」

「おい! 行くぞ、優輝ぃ!」

「了解!」


 樋口さんの呟きは最後まで聞き取れなかったけれど、やっぱり怒っているっぽい。

 それでも、樋口さんと上杉教官ならうまくフォローに回ってくれるはずだ。


 そして、矢木参謀長に呼ばれた僕はどこに行くかも分からないまま彼の後に続いた。

 ひとまずはこの状況を乗り切るべく、僕は合同訓練に全力を注ぐ覚悟を決めるのだった。



-- 7月27日(木) 7:10 --


「整列! 点呼!」


 ビシッと並んだ防衛隊員たちが点呼で順番に番号を言っていく。

 急遽、許可を貰って、皇居の庭にお邪魔しての基礎訓練である。


 臨時訓練という(てい)で行われた訓練は今のところ順調だ。

 普段は7時10分に訓練は行っていないそうなのだが、キッチリ全員が並んでいる。

 さすが本部の防衛隊となると練度が高い。


 ちなみに今日の合同訓練のことを本部の防衛隊の皆さんは聞いていなかったらしい。

 その話を聞いて冷や汗が出た。

 迷惑かけすぎだよ……。

 本部の隊長さん、たぶん頭を抱えていただろうし、そもそもよく協力してくれたと思う。


 翻ってテレビ局との打ち合わせはしっかりしていたようで、段取りも完璧だった。

 そっちがちゃんとできるなら全部ちゃんとできると思うんだけどなぁ。


「インターバル1本目! 始め!」

「「「はいっ!」」」


 ストレッチや準備運動なしでいきなり全力ダッシュとか普通はやらないけれど、見栄えを良くするためにそういった訓練風景を見せようということみたいだ。

 集められた隊員たちもテレビカメラを見て何となく事情を察したようで、変則的な合同訓練にもできるだけ合わせてくれていた。

 無理はしないように、でも迫力が出るようにきちんとコントロールしている。

 みんな頭を働かせているのが凄いや。


「始め!」

「「「はいっ!」」」


 僕の番が来て、同じ組の隊員たちと一斉にダッシュを行う。

 当たり前だけど僕が一番遅いので、全力でダッシュで必死に食らいつく。

 僕は他の隊員たちより少しだけ準備時間はあったし、ちゃんと身体をほぐしていたおかげか、ギリギリ遅れていないように見える程度に収まったと思う。

 いろいろ噛み合って何とか恰好はついたけど、やっぱり実力不足は否めないなぁ。


「それでは、スタジオにお返ししまーす!」

「はい、カットォ!」


 生放送、ものの5分程度で終わっちゃったんだけど……。

 と、思っていたら別のカメラが入ってきた。

 今度は女性アイドルグループと男性アナウンサー1人が何やら撮影をしている。


 矢木参謀長、いったいどんなプランだったのか教えて欲しい。

 休み時間があったら樋口さんに確認できると思うけど、休み時間ってあるのかなぁ?


「腕立て伏せ、始め!」

「「「1! 2! 3! ……」」」


 声を合わせて腕立て伏せを行っていく。

 とにかく今は訓練に集中するしかない。

 途中で落伍したら、無茶に付き合ってくれている先輩たちに顔向けできないよ。


 視線の横で、なぜかアイドルグループのメンバーも腕立て伏せを一緒にやっていた。

 すぐにダメになっちゃったけど、形だけでも参加してみたのかな?

 ドキュメンタリーか、はたまたバラエティ番組の撮影なのかもしれない。


 結局、訓練は1時間30分ほど続き、終了となった。

 僕自身の朝練もしてきたし、この訓練も想定以上にきつかった。

 朝ご飯もまだなのになぁ。もうヘトヘトだよ……。


「臨時訓練はこれで終了とする! 宿舎まで、駆け足はじめ!」

「「「はっ!」」」


 みんなで敬礼をして、駆け足して基地まで移動だ。

 ようやく朝ご飯が食べられる。その前に、シャワーを浴びないとダメかな?


「優輝、お前はこっちに来い!」

「あ、了解!」


 矢木参謀長から呼ばれ、僕はひとり隊列を離れた。

 今度は何だろう? 時間が掛からない用事だといいんだけど……。


 呼び出された先に行くと、先ほどのテレビカメラとアイドルグループが僕を待ち構えていた。

 この3人のアイドルグループ、その見た目から三姉妹と呼ばれている子たちである。

 背の高いショートカットが長女、中くらいのストレートヘアが次女、やや背の低いツインテールが三女もしくは"妹ちゃん"と呼ばれているでこぼこトリオである。

 まぁ、僕から見たら全員お姉さんだけれども。


 アイドルグループの傍らには、先ほどと同じくアナウンサーの男性もいる。

 この人もバラエティー番組によく出ている人だ。

 何かは分からないけれど、テレビ番組の撮影に来ていることは間違いない。


 矢木参謀長はカメラの後ろ側に立ち、さながらディレクターの如く構えていた。

 その横には本物のディレクターもいてメガホンを構えている。


「よし、じゃあ変身しろ!」

「え!? 今ここで、ですか?」


 なんかカメラを向けられているけれど、いいのかなぁ?

 変身はみだりにしてはいけないはずなんだけど……。


「早くしろ! 聞こえなかったのか!」

「了解!」


 腑に落ちない点もあるけれど、変身だけなら問題は無いかな?

 皇居内での防衛隊の活動許可も貰ったはずだしね。

 むしろ、僕自身が暗殺される心配が減るから変身しておいた方が良いかもしれない。


「行きます! "ホワイト・リーンフォース"!」


 見栄えが良くなるようにブレスレットを構え、声高らかに叫んだ。

 光が溢れ、身体をヒーロースーツが包んでいく。

 時間にして一瞬、クロスライトへの変身が完了して、光が収まった。


「すごーい! 本物だぁ~!」

「変身シーンなんて初めて見た!」

「かっこいい~!」


 アイドルのお姉さんたちが大喜びしているし、周りも拍手や歓声を上げている。

 矢木参謀長も満足そうに頷いていた。

 それは別にいいんだけど、この後、僕はどうしたらいいんだろう?


「よし、次はヒーローっぽいことをやれ!」

「了解!」


 雑な指令だったけれど、デモンストレーションをやればいいってことだよね?

 僕だって公開訓練はしたことがあるから、これくらいなら対応できる。

 あまり派手なことはできないけど、ちょっとだけパワーを見せてあげたらいいだろう。


「今からヒーローになったことで、どれだけパワーが出るのかお見せします。これから僕がジャンプしますので、どれだけ高く跳べたのか見ていてください」


 僕は今からジャンプするというタイミングができるだけ分かりやすいように思い切りしゃがみ、次いで思いっきり地面を蹴った。

 喋り声が消え、雲が近づき、やがて勢いが重力に負けると身体が地面へと戻されていく。

 元居た場所にスタッと着地すると、周りから拍手が沸き起こった。


「「「おぉ~!」」」

「僕たちヒーローは個人用ジェット機で現場へ急行し、地上百メートルから地面へ急降下して着地します。どんな高さからでも着地できますよ」


 こんな感じでどうだろう?

 たぶん格好良く解説で来たと思うんだけど……。


「悪くはないが、それは周知の事実だろ? もっとこう……」

「いやいや、生で見せてもらったら迫力が段違い! 良かったですよ!」


 矢木参謀長は納得できなかったみたいだけど、ディレクターはフォローしてくれていた。

 だけど、やっぱり納得できないのか、矢木参謀長が次なる指示、というか文句を出した。


「俺はクロスライトにしかできないことを見せろ、という意味で言ったんだ! そのくらい分からないでどうする!」

「失礼しました!」


 言ってくれなきゃ分からないってば……と思いつつも、いったんは謝っておく。

 まぁ、これでやるべきことは明確になったし、きっちり要望に応えて満足してもらおう。


「了解なのですが、クロスライトの特殊能力はたくさん使うことはできません。お見せするのは1回きりなので、どうか見逃さないようにしてください。皆さん、ここに横1列に並んでいただけますか?」


 まずはアイドルグループに1列の壁のように並んでもらう。

 それからカメラは斜めのアングルで撮ってもらって、と……。


「それでは、見ていてください!」


 光を発し、まずは自分の足元から光の柱を発生させる。

 同時に、僕は見やすいようにアイドルたちを挟んで反対側にもう1つ光の柱を出した。


「行きます!」


 身体を光に同化するようにイメージしつつ、僕は2つの光の柱が映し出すものを入れ替えた。

 景色が一瞬で変わり、目の前にいたはずのアイドルたちが真後ろにいることを確認する。

 よしよし、成功したみたいだ!


「え!?」

「うそ、後ろにいる!?」

「ワープした!」

「すげええぇえええ!!」


 アナウンサーが興奮して汚い言葉を発していた。

 でも、そこまで喜んでくれるなら披露した甲斐があったと思う。

 周りで見ていた人たちの歓声も凄いし、矢木参謀長も今度は納得の表情を浮かべていた。


「クロスライトの特殊能力はまだありますが、他は機密事項です。全てお見せすることはできませんので、ご理解ください」

「いやぁ、十分です! ありがとうございます!」

「はい、カットォ!」


 ディレクターがオーケーを出して、これで撮影は終了のようだ。

 まだカメラが回っているみたいだけれど、変な言動さえしなければ大丈夫だろう。


「矢木参謀長、変身を解いていいですか?」

「そうだな。この後はトークだし、いいだろ」

「了解!」


 まだあるのか。トーク番組かなぁ?

 ひとまず変身は解いて、と……。


「あの~、……あの人、いつもあんな感じなの?」


 優輝の姿に戻るとディレクターがこっそり話しかけてきた。

 矢木参謀長の僕への当たりの強さに、どうやら気遣ってくれているみたいだ。


「たまにしか会いませんが、大体あんな感じです」

「うひゃ~、大変じゃないの! アイドルたちより扱いが難しいよ、あんなの!」

「平気です、心も鍛えていますから」

「なるほどね~。うーん、俺もまだまだ修行不足ってわけかぁ~」


 無茶ぶりにも罵倒にも僕の心は揺らがない。

 上杉教官の精神鍛錬の成果は伊達ではないのだ!


 でも、疲れているし汗臭いしでシャワーを浴びる時間くらいは欲しい。

 あとできればご飯も。


「優輝くんお疲れ様! カッコよかったよ!」


 変身を解いたタイミングで樋口さんがタオルや飲み物を持って来てくれた。

 (ねぎら)いの言葉もそうだけれど、飲み物もタオルも本当に助かる。


「この後、あのアイドルの子たちとスタジオでトークバラエティー出演だって。その後は施設でのトレーニング風景を撮影して、夕食の様子を撮影して、個人の部屋を撮影して終了みたい」

「そ、そうなんだ……」


 どれだけ詰め込んだの? しかも本人の了承なしで。


「もしかして、今日1日は完全に潰れる?」

「うん、残念ながらね。テレビカメラは明日も基地内で撮影を続けるみたいだけど、そっちは私たちには無関係だって。だから2日目は普通に活動できると思うよ」

「そっかぁ~」


 新装備の調整、1日しかないってことか。

 大丈夫なのかな?


「移動しよっか。ご飯も準備しているから」

「うん、ありがとう」


 朝っぱらからここまでだけで、どっと疲れた。

 でも、予定が分かった分だけ、少し心に余裕はできたと思う。

 他者への迷惑には色々と思うところはあるけれど、それは樋口さんや上杉教官に任せよう。


 僕は僕のやるべきことをこなすだけだ。


 ――結局、その日はテレビカメラに映され続ける多忙な1日だった。


 僕、何しに東京まで来たんだろう?

 明日こそ頑張ろう。



-- 7月28日(金) 8:00 --


 芸能人ですか? っていうような1日を過ごした次の日、今日はようやく本来の目的である装備品のチェックを行うことができそうだ。

 樋口さんも白衣に着替えて、準備万端で迎えに来てくれた。

 研究所は少し離れた区画にあるそうなので、ひとまずはそこまで徒歩での移動である。


 見慣れた宿舎の区画を抜け出し、基地の細い通路を歩いていく。

 1つ通路を通るたびに、違う設備が顔を覗かせた。


「うひゃ~、地下とは思えない規模だなぁ」

「ふふっ、すごいでしょ?」


 地下の研究所には、ジェット機が丸ごと入るような試験ルームや、宇宙線を観測する施設で見たような計測ルームが見えた。

 それ以外にも、レントゲンやMRIをはじめとする医学的な施設もあるという。

 これら全てがヒーローや武器などの装備品、防衛隊の強化スーツなどのために存在しているということだった。


「あれ? あそこにいるのって……」

「あぁ、昨日のアイドルグループの子たちね。今日もお仕事中なのね」


 昨日少し話を聞いたのだが、どうやらクイズ番組に出題する問題を撮影中らしい。

 防衛隊の他に警察官も帯同しているし、カメラや音声さんも居てなかなかの大所帯だ。


「あ、あれって優輝くんじゃない?」


 あ、まずい、見つかった!

 忙しいんだけど、無視するのはさすがに悪いよね?


「おはようございます! お疲れ様です!」

「「「お疲れ様でーす!」」」


 僕が敬礼すると、全員がノリノリで敬礼を返してくる。

 カメラもバッチリ回っているし、これは下手な言動はできないぞ。


「優輝くんも一緒に回ろうよ~」

「すみません、僕はこれから予定があるのでご一緒できません」

「えぇ~!?」

「ちょっとくらい良いじゃーん!」


 駄々をこねるアイドルの子たちと、周りからの期待の目が刺さる。

 でも、命を預かる身だから、さすがにここは固辞させていただこうかな。


「今日は本当にダメなんです。また次の機会にお願いします」

「やだー! 一緒にいるぅ~!」


 そんなことを言ってツインテールの子、通称"妹ちゃん"が思いっきり抱き着いてきた。

 それを見た他の子たちもこっち側に突っ込んでくる。

 ちょ、腕を絡めないで! 取り囲まないで! 本当に忙しいのに!


「いい加減にしなさい! 公務執行妨害でしょっ引いてもらいますよ!」


 我慢できなかったのか、樋口さんが大声を発した。

 それを聞いたアイドルたちがビクッと反応し、おずおずと離れていく。

 すぐそこに警察官もいるし、効果は抜群だった。


「ちぇー……」

「もういいよ、行こ行こ!」

「ふん、だ!」


 アイドルたちが怒りながら去っていく。助かった……。


「ふぅ、警察官がいて助かったね」

「ありがとう樋口さん。あと、嫌な役を押し付けてしまってごめんなさい」

「いいのよ。優輝くんが嫌われる必要なんか無いんだもの」


 樋口さんは何でもないことのように笑っていた。

 僕ももう少ししっかりした物言いをしなきゃダメかな?

 頑張ったつもりだったんだけど、まだまだ厳格さが足りないみたいだ。


「いい気なものだな。我々警察は都合のよい道具か何かかな?」


 横から毒のある声が聞こえてきた。

 背の高い、鍛えられた身体をしている制服の男性がこちらを睨んでいる。

 アイドルたちの大所帯の中にいた人物の1人のようだけど、普通の警察官とは違うし、もしかして偉い人だったりするのだろうか?


「あなたは、確か警視庁の総監どの、ですよね?」

「あぁ、知っていたのか。その通りだ」


 樋口さんが男の正体を言い当てていた。

 パートナーたる警察のことが分からないなんて、失敗した。

 もう少し勉強しないといけない。


 ただ、"総監"っていう役職は聞いたことがある。

 まぁ、凄く偉い人ってことくらいしか分からないけれども。


「君は、警察を舐めているのかね?」

「えっ!? いいえ! 決してそんなことは有りません!」

「どうだろうね? ここのヒーローからはずいぶん好き勝手に言われているものでね」


 本部ヒーローが? そんなわけないと思うんだけど……。

 昨日会った隊員さんは上杉教官のことも知っていそうだし、上杉教官がどれだけ警察との連携を重視しているか知っていればバカにするようなことは言わないはずだ。

 もちろん、飛竜さんや氷月先輩もそんなことは絶対に言わない。


「優輝くん、本部って2つの防衛隊に分かれているんだよ」

「あ、それは聞いたことがあります」


 確か、レッドドラゴンやブルーファルコンのように各地へ向かうための遊撃部隊と、東京都を守るための防衛隊、その2つが本部にあると聞いている。


「好き勝手を言っているヒーローは東京都の防衛隊なんだよ」

「えぇ……?」


 樋口さんが溜め息交じりに教えてくれた。


 本当に言ってるんだ……。

 ヒーローだけじゃ対処できない問題なんて山ほどあるのに、何でそんなこと言うのやら。


「君たちも同じではないかね?」

「それは違います!」

「少なくとも優輝くんはそんなこと言いません!」

「どうだかね」


 ずいぶんと不信感を持たれてしまっているけれど、心当たりが無い。

 これはさすがに言いがかりじゃないかな?


「急遽、テレビの撮影をやるとかで朝早く皇居前まで引っ張り出される、我々の気持ちを考えたことは有るかね?」


 心当たり、あったよ……。

 矢木参謀長、まさか警察にも連絡忘れてたの?

 そりゃ文句の1つでも言いたくなるはずだ。


「「その節は大変申し訳ございませんでした……」」


 樋口さんと一緒に声が出た。

 あぁ、情けなくてツライ……。


「まったくだ。……だが、君は思ったより常識的な少年のようだな。中学生ゆえの突飛な行動が原因かと思っていたが、どうも違うように思える」


 年齢的に、僕が原因と思われていたみたいだ。

 良い大人が相談なし連絡なしで行動するはず無いもんね。普通はね。

 ……あの人、何で参謀長なんてやれているんだろう?


「あの、総監どのは優輝くんに抗議するためにわざわざ来られたのですか?」

「その通りだが……」


 そこで言葉を区切り、総監は僕を見て溜息を吐いた。


「どうやら勘違いも多分に含まれていたようだ。証拠もなく動いてしまうとは、刑事としては失格だな。すまない、酷いことを言ってしまった」


 そんな反省の弁を述べて頭を下げた。

 この人はきっと、物事を公正に見ることができる人なんだと思う。

 僕には怒りや不満の感情は湧いてこなかった。

 むしろ、矢木参謀長のこともあって申し訳ないや。


「あの、僕たちは警察の力を頼りにしています。今は信頼できないかもしれませんが……。何かあれば協力しますから、ご相談ください」

「優輝くん、君は本当にしっかりしているな。それなら、これを君に預けておこう」


 総監はそう言って1冊のファイルをカバンから取り出した。

 "極秘"のマークがでかでかと書かれている。

 これって僕が見てもいいものなのだろうか?


「後で中身を確認したまえ。もしかしたら役に立つかもしれない」

「分かりました。必ず確認します」


 僕が極秘ファイルを受け取ると、総監は頷き、アイドルたちの方へと向かって行った。

 ある程度は信頼してもらえたんだと思うし、その期待には応えていきたい。


「私たちも行きましょう。やることも増えたからね」

「うん。急ごう!」


 僕たちも研究所を目指して再び移動を開始する。

 2つほどの通路を進むと、やがて研究所の入り口が見えてきた。

 きちんとしたエントランスがあり、窓口には女性の職員さんが控えている。


 でも、それとは別にわざわざ何人もの所員さんが出迎えに来てくれていた。


「おぉ! 久しぶり!」

「あの時以来ね! 今日は宜しくね!」

「君が優輝くんか! よろしくな!」

「はい、よろしくお願いします!」


 十日前町市に来ていた所員さんたちが揃っており、樋口さんとの再会を喜んでいる。

 ドブロクダヌキにケガを負わされた所員さんも、傷はもう完全に癒えたようだ。

 初めて会う所員さんたちも僕のことを歓迎してくれている様子で、順番に握手を求められた。


 挨拶も一段落した後、僕たちは控室代わりの会議室に通された。

 荷物を置いて準備を待つ間、僕と樋口さんは総監に渡された極秘ファイルに目を通す。

 そこには、1つの秘密結社について情報がまとめられていた。


「……総監どのは、この件に携わっていたのね」

「樋口さんは知っているの?」

「うん。全国規模でデスゲームめいた事業を展開している嫌な組織よ」


【秘密結社:ハイドヒュドラ】

 闇サイトで非合法的な賭け事を行っている反社会組織。

 サイバー部隊による調査の結果、恐らくは東京に本部があると予測されている。


 つい先日、その組織から次のような賭けが開催されたようだ。

 "ハイドヒュドラ幹部によるアイドルの誘拐およびヒーローとの対決"――


「アイドルの誘拐に成功するかどうか、ヒーローは誰が出てくるのか、怪人が勝つか、誰か死亡するか、……細かくいろんな賭けができるようになってるみたいね」

「あの人たちって、勝手に賭け事の対象にされていたんだね」


 極秘ファイルには賭けについて色々な情報が書かれている。

 その中には先ほどのアイドルグループのメンバーの顔写真が貼られていた。

 それと、賭けの対象の中には"無関係な人の死亡人数"まで存在している。

 この秘密結社は、どの人数にどれだけ賭けられたかに応じて、自分たちが大儲けするために人の命をも簡単に奪うことだろう。


『ふざけた賭け事から彼女たちを守ること! 一般人にも被害を出さないこと!』


 総監の手書きであろう文字がファイルの隅に書かれていた。

 その怒りが伝わってくるかのような殴り書きだった。


「警察も全力で事に当たっているんだね」

「そうね。必死に動いていると思うわ」


 警察は防衛隊の基地の中にまで付いて来て、アイドルたちから目を離さないようにしている。

 一部は不仲だと聞いたけれど、それでも本部の防衛隊と協力して事に当たっているようだ。


 極秘ファイルには所属する怪人や幹部の情報などが載っていた。

 このファイルには、サイバー部隊の奮闘と、犠牲になった防衛隊員たちが命懸けで得た情報が詰まっている。

 彼らの努力が報われてほしいし、協力できるなら僕も協力してあげたい。


「お待たせです! 準備できましたぁ!」


 所員さんの1人が呼びに来てくれたところで、僕たちは極秘ファイルを閉じた。


「ひとまずは自分の仕事に集中しよっか」

「うん、わかった」


 アイドルたちは基地内にいるわけだし、僕も目を光らせておこう。

 でも、まずは僕自身のパワーアップだ。

 昨日の遅れを取り戻さないといけないし、1つ1つ着実にこなしていかなきゃいけない。


 僕は樋口さんと一緒に試験場へと向かった。



-- 7月28日(金) 18:00 --


 ひとしきりの装備を試し、それぞれのデータを取って今日の作業は終了した。

 とはいっても、所員の皆さんはこれから更に調整を行うようだ。

 もし昨日1日分が使えていたら余裕を持って次の日に再調整という形になったんだろうけれど、もう明日には向こうに帰ることになるから徹夜で作業するらしい。


「私も残って良かったんだけどなぁ」

「樋口さん、それを言って怒られていたでしょ?」


 樋口さんが運転手なので、徹夜の寝不足でヒーローを送り届けるのは絶対ダメだと周りの所員たちから止められたのである。

 結果、樋口さんも研究所から追い出されて、僕と一緒に廊下を歩いていた。


「優輝くん、これからどうするの?」

「えーと、実はちょっとお願いがあって……」


 時間が余ったこともあって、これから少し買い物をしたい。

 氷月先輩は姉さんにお中元という形でパウンドケーキのお礼をしていたけど、僕自身はまだ何もお返ししていなかったからね。


「姉さんにお土産でも買って行こうかなって」

「へぇ~、良いじゃない。好美ちゃん喜ぶと思うよ! それで私にお願いって何かな?」

「ぬいぐるみをプレゼントしようかなって思うんだけど、僕ってそういうの疎いから……。樋口さんならどこかいい場所を知らないかなって」


 どこで売っているのかさえよく分からないんだもん。

 水族館のお土産コーナーで見た覚えはあるんだけれど……。


「そんなことかぁ。分かった、私に任せておいて!」

「ありがとう、樋口さん。お願いします」


 快諾を貰った僕は樋口さんにくっついて地上へと向かった。

 向かう先を申請しておき、ちゃんと防弾性の衣服の着用も怠らない。

 ブレスレットも装備しているし、服の下のベルトには武器も携帯しておく。

 しっかり許可を貰って、これから30分だけ外出である。


「それじゃ行きましょ! こっちよ!」

「うわぁ、凄い人の流れ……!」


 向かう先が東京駅だったこともあって、とにかく人数が凄かった。

 さすが日本の中心都市!

 えーと、確か地下にぬいぐるみショップがあるんだよね? たどり着けるかなぁ?


 人混みをかき分けて駅の構内に入り、ここから地下への階段に向かわないといけない。

 周りを見渡すと、どうやら向こうの方に階段があるみたいだ。

 あそこから降りればいいかな?


「そっちからじゃなくて、こっちから行った方が近いよ!」

「あ、そうなんだ……って、あれ!?」


 アドバイスをくれたのが樋口さんだと思っていたら、マスクと帽子を被った女性だった。

 しかもよくよく目を凝らして見てみると、アイドルグループの1人のようである。

 今日の朝、僕に真っ先に抱き着いてきたツインテールの"妹ちゃん"だ。


「ほら、行こ行こ!」

「ちょ!? 何でここに!」


 彼女はハイドヒュドラの賭け事の期間が終わるまでは地下基地内にいなければいけないし、周りも注意していたはずなのに、どうやって出てきたんだろうか?

 たとえ外に出る許可が下りたとしても、護衛が何人も付いている状態じゃなきゃいけないはず。それなのに周りには誰もいない。


「あ、あなたは! 何で1人でこんなところに来てるの! 早く戻らないと!」

「いいじゃーん! 私もお出かけに混ぜてよ~」


 事態に気付いた樋口さんも慌てて妹ちゃんを帰そうとするんだけど、本人に言うことを聞く気が無さそうだった。

 これ、もしかして本人たちにはハイドヒュドラのことを伝えていないのかな?


「早く戻りなさい!」

「い~や~だ~っ!」


 樋口さんと妹ちゃんの争いに、道行く人たちが何事かとこっちを見ていた。

 このままじゃ追い返す前に僕や妹ちゃんの正体がバレかねないよ!


「樋口さん、ここまで来ちゃったらお買い物済ませた方が早いよ、たぶん」

「だけど……!」


 僕は唇に人差し指を当てて"シィー"とジェスチャーを送る。

 樋口さんが僕の名前を呼んだら一気にバレちゃうよ。


 樋口さんは僕たちの周りの状況を把握したようで、そっと妹ちゃんから手を離した。


「はぁ、まったく……仕方ないわね」

「やったー! そう来なくっちゃ!」


 溜め息を吐き出して樋口さんが許可を出すと、妹ちゃんが僕の腕に抱き着いてきた。

 樋口さんの目が吊り上がったけど、これ以上喧嘩されたらまた身バレの危機だ。

 僕はその子を引っ張るようにして地下への階段の方に歩き出した。


 地下に下ると、そこも1階と同じように込み合っており、お土産屋さんや弁当売り場はむしろ地下の方が混んでいるような有様になっていた。


「こっちこっち!」

「うん」


 東京駅に詳しいのか、妹ちゃんが僕の腕をしきりに引っ張って道案内してくれる。

 迷路のような駅をすいすいと通り過ぎ、僕たちは目的地の"キャラクター通り"へとすんなり到着することができた。


「どう? バッチリ到着したでしょ?」

「うん、ありがとう」


 お礼を言うと、妹ちゃんが得意そうに胸を張る。


「私だってこのくらい……」


 それに対し、樋口さんは不満顔だ。

 また取っ組み合いになるのは嫌だし、早く戻るためにもぬいぐるみを買ってしまおう。


 僕のお小遣いの予算は3000円ちょっとだから大きなものは買えないけれど、程よいサイズのぬいぐるみがちょうどそのくらいの値段で売っているようだ。

 姉さんが好きそうなのはどれかな?

 姉さんって、動物に嫌われることが多いけど普通に小動物が好きなんだよね。


「どうしようかな……」


 いろんなキャラクターのいろんなぬいぐるみが売っているから目移ろいしてしまう。


「これ、どう!?」

「これとかの方がいいでしょ!」


 悩んでいると、後ろの2人がおすすめのぬいぐるみをアピールしていた。

 でも2人ともサイズが大きい……いや、大きいどころか、めっちゃでかい!

 無理だよ! 僕のお小遣いは2人が想像している半分にも満たないから! 


「よーし、決めた!」


 せっかく選んでもらったところ悪いんだけれど、僕は手に取ったひよこのキャラクターのぬいぐるみを買うことにした。

 "ライラックマ"のキャラクターだったはず。名前は知らないけど。

 動物そのままの見た目だし、可愛らしいので気に入ってもらえると思う。


「これくださーい!」

「はーい!」


 ちいさな紙袋に入れてもらい、お金を払って商品を受け取った。

 これで僕のお財布の中身は空っぽだ。もはやジュース1本も買えない。

 やっぱり父さんにお小遣いをねだろうっと。


「目的も達成したし、戻ろうか」

「えー、もう戻っちゃうの~?」

「もぅ、駄々こねないの!」

「このお姉さん怖い~!」


 戻りたがらない妹ちゃんをなだめながら基地へと戻ることになった。

 その様子はまさに妹って感じがして、"妹ちゃん"と呼ばれるのも納得である。

 宥める際に、帰ったら少しだけおしゃべりする約束になってしまったけれど、これについては必要経費だと割り切ろう。実際、少しくらいなら時間も取れるからね。


 3人で一緒に駅の構内から出た。その時――

 フッと、突然、周囲の電気が消えて真っ暗になってしまった。

 停電……?


 驚く妹ちゃんを背に庇いつつ、辺りを見回して様子を伺う。

 すると、持っていたスマホに着信があった。

 周りからもたくさんの着信音が聞こえてくる。ここにいる全員が受信しているのだろうか?


「なにこれ??」


 妹ちゃんがスマホを広げて何かのサイトを立ち上げていた。

 そこには首がたくさんついた竜の化け物を象ったマークと、その下の方には賭博への参加呼びかけが書かれている。

 更に下には、極秘ファイルにも書いてあった選択肢が並んでいた。


「これ、もしかしてハイドヒュドラの……!?」

「うん、間違いないわ。こんな、不特定多数の相手に堂々と電波をばら撒くなんて……」


 警察や防衛隊の調査なんか取るに足らないと言いたいのだろうか?

 だとしても油断が過ぎるような気がする。

 これが組織全体の認識なのだとしたら、付け入る隙は案外大きいかもしれない。


「……じゃ、私はこれにしよーっと!」

「え!?」


 色々考えていたら、なんと妹ちゃんが賭けの選択肢を押してしまったようである。

 こんな怪しい物に手を出すなんて、ネットリテラシーが足りないよ。


「ちょっと、あなた何、賭けてるの!?」

「お金はどうしたんですか?」

「え? 別にお金が必要とか書いてなかったけど?」


 樋口さんがそれを聞いて自分のスマホを確認した。

 そこにはきっちり金額が記載されており、クレジットカードの登録方法も記載されている。

 それに対して妹ちゃんが見せてくれたサイトにはそういったものが見当たらない。

 パッと見だと、ただのアンケートのようだった。


「よく分かんないけど、賭け事なんかしてないよ~!」

「そうみたいね……」

「ただのイタズラ? それにしては大規模だし……」


 未だに暗い街並みに、スマホを覗く人たちの顔だけがよく見えた。

 これがただのイタズラなわけがない。

 僕は何が起きてもいいように身構えた。


「誰が死ぬとか、怖い選択肢ばっかりじゃ~ん! そんなの誰も選ばないって!」

「……そうだと良いわね。それで貴方は何を選んだの?」

「そんなの『誰も死なない』っていうのを選んだに決まってるじゃん!」


 妹ちゃんがそう言った瞬間、電気が戻った。

 しかし、その直後に嫌な予感が奔る。

 東京駅の正面にある駅前広場の上から、広場の中心に落下してくる影が見えた。


「あぶない!」


 声を発したけれど、どうにもならなかった。

 広場の中心で爆発が起き、巻き込まれた人が吹き飛ばされていく。


「うわぁあああ!?」

「きゃあああああ!?」


 悲鳴が轟き、呻き声が溢れる。

 もうもうと煙る広場の中心には、頭だけが蛇になっている異形の人影が立っていた。


「はっはぁ!! ショータイムの始まりだ! さぁ出てこい、ヒーローども!」


「か、怪人!?」

「怪人が出たぞぉーーっ!」


 かろうじて難を逃れた人たちが大声を上げ、一目散に逃げを放つ。

 その姿をニヤニヤと眺めながら、その怪人はすぐ目の前にある防衛課本部へと腕を向けた。

 まさか、攻撃するつもりなのか……?


「樋口さん、彼女をお願い!」

「う、うん!」


 妹ちゃんは樋口さんに任せ、僕は怪人の前へと躍り出る。

 先ほどは何もできなかったけれど、これ以上の被害を出させてたまるか!


「待て!」

「あーん? なんだお前は?」


 こちらに視線を移した怪人を真正面から睨みつけ、僕はブレスレットを構えた。


「お前の相手は僕だ! "ホワイト・リーンフォース"!」

「おぉっ!? まさか……!」


 ブレスレットが輝き、光が闇夜を切り裂いた。

 身体の衣類がスーツに変化し、頭がフルフェイスのマスクに包まれていく。

 光が収まり、クロスライトへと変身を遂げた僕は、改めて怪人へと向かい合った。


「クロスライト、参上! お前の好きにはさせない!」

「ほほ~、これは予想外だぜ! 今日のオッズは大荒れ確定だな!」


 顎に手を当てて、捕らぬ狸の皮算用を始めた怪人がニヤニヤと笑みを深める。

 あいつは僕の登場もギャンブルの珍事としか見ていないみたいだ。あくまでオッズの変化しか気にしていない。

 そう考えると、登場した時の爆発も、巻き込まれた人の生死を運に任せるような攻撃だったように思えてくる。


「僕のことは知っているみたいだね」

「あぁ、知ってるぜ。新潟の半人前ヒーローってな!」


 挑発しているのか、ただバカにしているのかは分からないけれど、あまり警戒されているような感じはしない。

 半人前呼ばわりくらい上等! 油断してもらえるなら御の字だ。


「僕もお前のことは知っている。秘密結社ハイドヒュドラの幹部、怪人プロトスレィモス!」

「おっと、俺も有名になっちまったもんだぜ! その通り、俺がプロトスレィモス様よ!」


 怪人【プロトスレィモス】

 クサリヘビの怪人。

 その名前はギリシャ語で"1つめの首"の意味を持つ。

 秘密結社ハイドヒュドラの第1幹部であり、首領の懐刀と言われている。


「行くぞ! プロトスレィモス!」

「はっはっは! 来い、クロスライト!」


 迎え撃つ構えのプロトスレィモスに向かって、思いっきりダッシュした。

 その勢いのまま、思い切り拳を突き出す。


 バシィンッ! と音が響き、僕の拳はプロトスレィモスに綺麗に受け止められていた。

 すかさず2撃目、3撃目と攻撃を放っていくが、プロトスレィモスは冷静にそれを捌いていく。

 さすが、秘密結社の幹部となると戦闘能力が高い。


「きゃあぁあ!?」

「えっ!?」


 叫び声が聞こえて振り向くと、妹ちゃんを攫おうとしている黒服の男2人が見えた。


「おっとっと、お前の相手は俺だぜ」

「くっ!?」


 プロトスレィモスが僕の拳を掴み、反対側の手でも掴みかかってきた。

 僕は慌ててその手を掴んだが、これは掴むというよりは掴まされた、といった感じだ。

 力比べになってしまい、ギリギリとお互いの力を押し付け合う。

 そんなことをしている間にも黒服たちが妹ちゃんを車に連れ込んでしまった。


「はっはっはぁ! これでまたオッズが変わるぜぇ!」

「くそぉ……!」


 本部のヒーローはまだ援軍に来てくれないようである。

 ……いや、さっきの停電はもしや本部を混乱に落とすための作戦?

 このままでは、防衛隊本部の真ん前で誘拐を許してしまうことに……!


 プロトスレィモスが組み合った腕を解いた。

 その手を自らの後ろ手に回し、なにやらごそごそと取り出した。

 それはパンデピスが使っている煙玉そのものだった。


「そらよ!」

「うぐ!?」


 煙玉に気を取られ過ぎてしまった。

 プロトスレィモスが不意打ち気味に放ったキックを慌てて両手でガードするものの、思い切り後ろへ弾かれてしまう。

 その隙に、プロトスレィモスは煙玉を発動させた。

 辺り一帯が白い闇に包まれ、プロトスレィモスの姿も掻き消える。


「じゃあな! 運が良けりゃ次のショータイムにも招待してやるよ!」


 その言葉を最後に、プロトスレィモスの気配が遠ざかる。

 最後まで余裕たっぷりだったけど、もう逃げ切れたつもりでいるのか?


「クロスライト、ごめんなさい」


 近くに居た樋口さんが近づいてきていた。

 妹ちゃんを守り切れなかったことを謝罪していたけれど、あの手際の良さを考えると、たぶんもともと補足されていたんだと思う。

 誘拐されたことの責任を樋口さんに求めるつもりは無い。それよりも……。


「樋口さん、発信機、持ってる?」

「え? うん、持っているけど……」

「貸して! 僕の荷物にレーダーがあるから!」

「え、ちょっと、優輝くん――」


 発信機を受け取ると、僕は返事を待たずに霧の中へ飛び込んだ。

 奴は僕の能力を知らない。追いつけたら、チャンスはある!



-- 7月28日(金) 19:45 --


「くっくっく、まさに最高の結果じゃないか、プロトスレィモス!」


 とあるビルの地下室、巨大なモニターの下で1人の男が大仰に腕を上げてプロトスレィモスを称えていた。

 その男はピエロのような化粧を施し、タキシードを着込んでいる。

 異様な風体ではあるものの、怪人ではなくあくまで人間のようだ。


「はっはっは! 俺に掛かればこんなものよ!」


 プロトスレィモスが笑う。

 その傍らにはロープで縛られた妹ちゃんが猿轡(さるぐつわ)をされて横たわっていた。

 彼女に負傷は無い。ただ、気を失っているだけだ。


「我がハイドヒュドラのサイバーセキュリティは万全! 奴らはここにはたどり着けん。地団太を踏んで悔しがるしかない、ということよ!」

「へいへい……セキュリティについての自慢は聞き飽きたぜ」


 プロトスレィモスがめんどくさそうに頭を横に振った。

 このピエロはずいぶんとインターネットのセキュリティには自信を持っているらしい。

 でなければ、不特定多数の一般人をサイトに招待したりしないだろうしね。


「さて、今回の出資者(パトロン)からの要望は、アイドルグループとその会社に痛手を与えることだったな。くっくっく、一発逆転と銘打ってもう1勝負と行こうではないか」

「あぁ? どうするってんだ?」

「コイツの首に時限爆弾を付けて、ヒーローが間に合うかどうか賭けにするのさ」


 妹ちゃんを指さしてピエロが狂気の笑みを浮かべる。


「それを俺が邪魔すりゃいいのか? もし俺が防衛に失敗したらどうするんだよ」

「それもギャンブル……と言いたいところだが、いつでもボタン一つで爆発させられるようにしておくのさ。くっくっく、我らに負けはないということだ」


 ニヤニヤと笑うピエロが再び大きく両手を広げた。

 その場に観客がいて、拍手喝さいを浴びているかのような振る舞いである。


「はっはっは、イカサマに付き合わされるヒーローも難儀だな! まぁ、俺は構わないぜ。さっきは、ちょいと暴れてきたものの不完全燃焼で……」


 プロトスレィモスがそこで言葉を切った。

 動きを止め、じっと()()()を凝視している。


「――誰だ!?」


 ヘビが持っているピット器官というやつだろうか?

 プロトスレィモスがどうやら僕に気付いたようで、レーザーガンを放ってくる。

 その攻撃は僕が躱す直前まで居たところを通過し、真後ろで小さな火花が散った。

 そして、急に動いたことが引き鉄となり、僕の透明化も解除されてしまった。


「き、貴様は!? クロスライト!」

「おいおい、どうやってここまで潜り込んだってんだ?」

「それは企業秘密だよ」


 ちなみに理由は単純で、ただプロトスレィモスを尾行しただけである。

 霧に包まれた後に、余裕綽々(しゃくしゃく)で歩いていたプロトスレィモスを首尾よく捕捉し、バレないように透明化して後を追っていたのだ。

 途中で誘拐犯の車と合流したのだが、そこでもこっそり車の天井にくっついてアジトまで案内してもらったのである。


「ちょうどいい、さっきの戦いの続きといこうか! おい、オッズは変わらねぇよな?」

「そんな悠長なことを言ってる場合か!? お前が負けたら俺は……!」

「はっ! お前は俺が勝つ方に賭けてりゃいいんだよ!」

「くそ、負けたら許さんからな!」


 ピエロは妹ちゃんを肩に担ぎ上げると奥の部屋へと逃げて行く。

 先ほどまでの余裕もどこへやら、ずいぶんと追い詰められている様子を見せていた。


「あの先は行き止まりだ。俺がやられたら奴に逃げ場はねぇのさ」


 そんなピエロの様子を見て、プロトスレィモスがニヤリと笑う。

 慌てる様子は微塵もなく、自分自身の力への確かな自信が感じられた。


「あの人が総帥なのか?」

「あぁ、そうだぜ。あいつを捕らえりゃハイドヒュドラは終わりだ。だが……」


 プロトスレィモスは柔道のような、相手を捕まえることに主眼を置いた構えを取った。

 その目が怪しい光を放ち、僕に殺気を叩きつけてくる。


「半人前に俺が倒せるかな?」


 プロトスレィモスが腰をかがめ、地面を蹴って一気に踏み込んできた。


「行くぜ、おらぁ!」

「来いっ!」


 相手が伸ばしてきた腕を払い、僕は拳を突き出す。

 しかし相手もそれを難なく振り払うと、もう一度腕を伸ばしてきた。


 掴みかかってくる相手の腕を何度か払うものの、しつこく粘着されて距離を取れない。

 最終的には両手を組み合い、手4つの力比べの形になった。


「さっきの続きと行こうぜぇ!」

「望むところだ!」


 そう息巻いてみたものの、プロトスレィモスは駅前での戦いでは全力を出していなかったのだろう。完全に押されてしまい、そのまま一気に相手が前に出てきた。

 一本背負いのように足を払われ、力任せに地面へと押し倒されてしまう。


「そぉらよ!」

「がはっ!?」


 受け身が取れず、背中を地面に叩きつけられて息が漏れた。

 プロトスレィモスが小さく身をかがめ、足の裏で全体重をかけたストンピングを仕掛けてくる。

 アレを食らったらマズイ!

 僕は無我夢中でもがき、何とか手を振りほどいて身体を捻った。


 ドゴォッ! という音を立ててコンクリートが大きくひび割れた。


「ちっ! 半人前のくせに足掻きやがる!」

「あ、危なかった!」


 僕の胴体があった部分に、プロトスレィモスの攻撃で靴の跡の穴が開いている。

 今回はギリギリ難を逃れることはできたが、次も避けられると思わない方が良さそうだ。


 駅前の戦いでも格闘戦も行ったが、その時も相手が優勢だった。

 悔しいが、近接戦闘ではかなり分が悪い。


「続きと行こうぜぇ!」


 勢いそのままにプロトスレィモスが突っ込んでくるが、ここは付き合わず距離を取る!

 真後ろへと身を翻し、僅かばかりの時間を稼ぐ。


「はっはっは! 怖気づいたかぁ!?」

「まさか! ()()()を試したくなっただけだ!」


 僕はホルスターからレーザーガンを取り出し、横に避けながらレーザーを放った。


「ちっ!?」


 プロトスレィモスがガードを固め、そこにレーザーがヒットして火花が散る。


 このレーザーガンは本部の研究所から支給された物だ。

 ブルーファルコンほどじゃないみたいだけど、なかなかの高威力である。


 プロトスレィモスが痛みに顔をしかめ、足を止めた。

 ダメージは小さいだろうけれど、効果はある!

 僕は連続で引き金を引いた。


「狙い撃つ!」

「くそっ、……ぐぉお!?」


 慌てて避けたプロトスレィモスだが、ひたすら横に躱すばかりですぐ壁際に追い詰められた。

 狙い撃ったレーザーが続けざまに直撃し、2発、3発と火花が散る。


「ぷへぇ!? やってくれるぜ……」

「さすがに硬いな、プロトスレィモス!」


 直撃してもちょっとよろける程度である。

 強化レーザーガンだけだと、たぶん倒すには至らないだろう。

 どこかでより強力な攻撃を放つ必要がある。


 僕のベルトには、レーザーガンの他にもう1つ、研究所から渡された物があった。

 それは"(つか)"だけの武装であり、調整中の装備を予備として持ってきたものだ。

 こいつを使えれば――


「まどろっこしい真似はお終いだ! 行くぜ!」

「来い、プロトスレィモス!」


 突っ込んできたプロトスレィモスにレーザーガンを向け、攻撃を放つ。


「しゃらくせえ!」


 プロトスレィモスは、今度は避けることもせずに防御したまま突っ込んできた。

 レーザーガンを連射するものの、その勢いは止めることができずに肉薄してくる。


 再度の肉弾戦は避けられないか……。

 僕はレーザーガンを放り投げて拳を構えた。


「おらぁ!」

「ぐっ!?」


 強烈なパンチが顔面を目掛けて襲い掛かってくる。

 今度は掴みかかってくるのではなく、プロトスレィモスは打撃戦を仕掛けてきた。

 防御はできたものの、重い打撃に防御が崩されていく。


「本気で行くぜぇ!」

「うぐ!? くそっ、攻撃が重い……!」


 次々と繰り出される攻撃を捌くのに精いっぱいだ。

 受けている腕にもじんわりと痛みが滲み、少しずつ痺れが出てくる。


 ふいに相手の攻撃が緩んだ。

 ……と思った瞬間に、蛇の尻尾による殴打が飛んできた。

 虚を突かれた僕は、鞭のようにしなる尻尾に、胴体をしたたかに打ち付けられてしまった。


「がはっ!?」


 強烈な一発に身体が浮きあがり、弾かれて壁に激突する。

 ドシィ! という音と共に、身体の骨が全部バラバラになったんじゃないかと思うほどの衝撃を感じ、身体から一瞬にして力が抜けた。


 想定以上の力の差――

 装備で戦闘能力が上乗せされたはずなのに、それでもはっきりとした実力差を感じる。

 絶望や諦めが心に侵入し、ふわふわした感覚が僕を眠りへと(いざな)う。


 ……まだだ!


 ギリリと歯を食いしばり、視界に迫って来ていた床を僕は踏んづけた。

 僕はまだ戦える!

 それに、完全に決着がつくまでは負けじゃない!


 僕が諦めたら、僕の助けを待つ人の命運もそこまでなんだ。

 レッドドラゴンも、ブルーファルコンも、そしてライスイデンも、決してこんなことで挫けはしない。

 僕はライスイデンの後継者なんだ。こんなところで倒れてなるものか!


 顔を上げれば、目の前にはプロトスレィモスが迫ってきている。

 後ろは壁、押し負けたら逆転の目は無いだろう。


「うぉおおお!」


 僕は壁を蹴り、地面を踏みしめて前に出た。

 プロトスレィモスが伸ばしてくる腕を、真正面からがっちりと受け止める。

 再び力比べの体勢になったが、先ほどより前傾姿勢を強め、僕は相手の突進をギリギリ押しとどめることに成功していた。


「ここにきて火事場の馬鹿力かぁ? 消える直前の蝋燭みてぇだな!」

「ぐぅうっ……!」


 全力を出して何とか押しとどめているものの、まだ相手の方に余裕がある。

 だけど、それも含めて、ここまでは狙い通りだ。


 さっき思い出したことがあった。

 総監からもらった極秘ファイルには、ちゃんとプロトスレィモスのことも書いてあった。

 奴の必殺技と、その性質もバッチリ記されていたのである。


 この力比べで均衡が釣り合った状況なら、奴は必ず必殺技を使ってくる。

 その時が逆転のチャンスだ。


 さぁ、出してこい!


「なぶり殺しにするのも可哀想だ。一気に片を付けてやる!」


 プロトスレィモスが頭突きでもするかのように背を逸らし、大きく息を吸った。

 奴の必殺技は口から強烈な酸を吐き出す『アシッドスプレー』だ。

 全てを溶かす酸を浴びたらひとたまりも無いだろう。


 よし、ここだ……!


「喰らえ、アシッド――」

「せえぇやああ!」


 思い切り腕を引き、同時に身体を自ら後ろに倒して足を振り上げる。

 サマーソルトキックが相手の顎を撃ち抜き、酸を吐き出そうとした口を強制的に閉じさせた。


「ぶふぅ!? がっはあぁあ!?」


 吐き出すはずだった酸を口いっぱいに含み、プロトスレィモスがそれを真上に吐き出した。

 口内を爛れさせ、酸を被ったプロトスレィモスが痛みに吠える。


「くおぉ、お、俺の必殺技に、あ、合わせやがっただとぉ!?」

「"お前のことは知っている"、と言った!」


 痛みに悶えるプロトスレィモスが怒りの表情を向けてくる。

 だが、予想以上の大ダメージを受けたせいか、身体をぎくしゃくさせたままよろめいている。


 今しかない!

 僕はベルトから"柄"を取り出し、両手で握りしめた。


 その柄に、ヒーローとして与えられた光の力を思いっきり注ぎ込んでいく。

 やがて"柄"から光が迸って伸びていき、それは光り輝く剣を(かたど)っていった。


「な、んだ、そりゃ!?」

「お前を倒すための、切り札だ!」


 まだ調整中のソレは制御が不完全であり、常に出力全開になっている。

 でも、それが今は心強い。

 僕は腕の中で微細な振動を放つ剣を、プロトスレィモスへと向けた。


「く、そ、半人前の、分際でぇ……!」


 意地のみで痛みを振り切り、プロトスレィモスが拳を構えて突っ込んできた。


 大丈夫、相手の動きはきちんと見えている。

 光の剣を振りかぶり、僕も前へと突き進んだ。

 絶対に当たる! いや、当ててみせる!


 光の剣がひと際大きな輝きを放った。


「必殺! "ライトニング・セイバー"! でぇえりゃあああ!」

「う!? うぉあああああ!!」


 プロトスレィモスを袈裟斬りに切り捨て、交差するように駆け抜けた。

 光の一閃は怪人の身体を貫き、その傷跡を光で染め上げている。


「がぁあ……、なぜ、俺が……こんな、半人前に……!」

「僕だけの力じゃないからだ。お前を倒したのは、警察や防衛隊の執念だ!」

「う、ぐぁああああああ!!」


 傷跡が光を迸らせ、プロトスレィモス自身を飲み込んでいく。

 ドゴォオオンッ! と爆発音が響き、爆風がフルフェイスのゴーグルに映った。


 勝った……。

 初めて僕自身の手で怪人を倒すことができた。

 でもそれは決して僕1人の力じゃない。


 警察や防衛隊の情報、そして研究所の武器に改めて感謝したい。



-- 7月28日(金) 20:05 --


 姿を消し、気配を殺し、奥に続く通路を僕は歩いていく。

 プロトスレィモスの言葉を信頼するなら、この奥に部屋があって、そこが行き止まりになっているはずだ。


 廊下を進むと突き当りが袋小路になっており、その手前に1つだけ扉がある。

 ここに総帥と妹ちゃんがいるはず。僕は慎重に扉に近づき、耳を傾けた。

 中にいるのは2人だけと思っていたが、それ以上の人数の声が聞こえた。


『どうやらずいぶん追い詰められているようじゃな、支配人どの?』

「はっは、何をおっしゃいますやら。プロトスレィモスとクロスライトの一騎打ち、賭けにもなりますまい?」

『ふふふ、支配人様らしくありませんわ。私、クロスライトに賭けようかしら?』

「いやはや、お戯れを……」


 声の感じからして、総帥以外は通信か何かの音声のようだ。

 敵は恐らく1人。

 ならば、まどろっこしい真似は無しでいいだろう。


 ドアは完全に光を遮っているから、中へワープすることはできない。

 ガラスなどの光を通す箇所があるなら手荒な真似はしなくて済むのだけれど、残念ながら今回は力に頼るしかないようだ。

 僕は再び光の剣を構え、扉を×(ばつ)の字に切り裂いた。


 鉄の扉が焼き切れて、ガシャンと崩れ落ちる。

 総帥のピエロと、縛られたままの妹ちゃんが揃って僕を見た。


「く、クロスライト……!? プロトスレィモスは、奴はどうした!」

「プロトスレィモスは倒した! あとはお前だけだ!」


 総帥が絶望の表情を浮かべる。

 しかし、すぐにくるりと向きを変えて駆け出した。


 人質にしようとでもいうのだろう。総帥は妹ちゃんの方に駆け寄っていく。

 でも、そんなことを許すつもりはない。


「させるか!」

「ぐほっ!?」


 僕は跳躍1つでそれに追いつき、軽く蹴り飛ばした。

 地面を転がる総帥を横目に、僕は周りを確認して状況を整理する。


 周りに総帥以外の敵はいない。入り口は僕が切り捨てた扉のみ。

 目の前の壁には中央に1つディスプレイがあり、そのすぐ横のカメラで撮影した僕の姿がリアルタイムで映し出されている。その周りに8つのディスプレイが円を描くように並べられ、仮面舞踏会のようなマスクをつけた人たちが映っていた。


 何名かは極秘ファイルに載っていた顔だ。

 この人たちはきっとハイドヒュドラの幹部、"首"と呼ばれる人たちだろう。

 ハイドヒュドラには賭け事を持ち掛ける出資者(パトロン)が存在しているが、その中でもより多額の出資をしている者が"首"と呼ばれる幹部になると書いてあった。


 ただ、この場にいるわけでもないし、総帥の他に敵はいないようである。

 目下、ひとまずの危険は総帥だけだ。

 その総帥も怪人というわけではないので、僕自身は安全圏内だと言えるだろう。


「もう大丈夫だよ」


 僕はひとまず妹ちゃんのロープを外した。次いで猿轡を外しにかかる。

 しかし、猿轡に手をかけた時に、彼女に機械仕掛けの首輪が付けられていることに気が付いた。


 これは時限爆弾、か……。

 さっき賭けに使うとか言っていた代物に違いない。


「く、クロスライト、道を譲ってもらおうか……!」


 よろよろと起き上がった総帥が、手に持ったスイッチを掲げた。

 あれが起爆装置みたいだ。


「これ1つでそこの女はお陀仏だ! さっさと退()けぇ!」


 慇懃無礼な態度も鳴りを潜め、本性を晒した総帥が唾を飛ばしながら叫ぶ。

 もはや余裕の欠片も無く、この一手に全てを掛けていることが容易に分かった。


「優輝くん……」


 猿轡から解放された妹ちゃんが僕から離れようとしている。

 爆弾から僕を遠ざけるためだろう。

 でも、そんなことしなくても問題ない。僕なら外せるんだから。


「そのまま、動かないで」


 僕は妹ちゃんに近づきながら手に光を集め、それを首輪に移していく。

 首輪全体が光り輝いたところで、僕は短距離転移(ワープ)を発動させた。

 首輪が妹ちゃんの首から掻き消え、僕の腕の中に納まる。


「えっ!?」

「な、なにぃ!?」


 総帥が驚愕し、しかし少しでも僕にダメージを与えようとスイッチを押した。

 僕の手の中で首輪が爆発するのだが、火力は全然高くない。


 予想通りだ。

 身体を木っ端みじんに吹き飛ばす威力の爆弾なんか使わないって思ったよ。

 彼らは妹ちゃんを爆死させた時、身元確認できるような細工をするだろうと踏んだのだけれど、どうやら大正解だったみたいだ。

 まぁ、大爆発したらしたで、妹ちゃんだけはバリアで絶対に守っただろうけれど。


「人質は確かに返してもらった。あとはお前だけだ!」

「ち、ちっきしょぉおおお!」


 結局、僕に対しても大したダメージは与えられず、総帥は破れかぶれで突っ込んでくる。

 許すつもりは無いので遠慮なく倒すけど。


「ふっ!」

「ぐべぇ!?」


 鳩尾(みぞおち)に一撃を喰らわせると、総帥はそのまま力なく床に沈んだ。

 これでハイドヒュドラの首魁はこちらの手の内だ。

 しばらくは目が覚めないと思うけど、後でロープで縛っておこう。


『ザ……ザ……くん、……優輝くん、聞こえる!?』


 通信による樋口さんの声が聞こえてきた。

 近くまで、いや、恐らくビルの中まで来ているのだろう。

 さすが樋口さん、ちゃんと僕の場所を見つけ出してくれたようだ。


「こちらクロスライト! 聞こえています」

『良かった! 無事だった……!』

「こっちは大丈夫。怪人プロトスレィモスを撃破。総帥を確保した」

『ほ、本当に!? 了解、すぐに防衛隊を向かわせるわね!』

「地下3階が存在していて、その一番奥の部屋だよ。宜しくね」

『了解!』


 これですぐに防衛隊も来てくれる。

 ようやく少し肩の荷が軽くなった気がした。


『見事よのう、クロスライト』


 壁にかけられたディスプレイから声が聞こえた。

 未だに成り行きを見守っていた"首"たちが、楽しそうにこちらを見ている。


『あ~ぁ、プロトスレィモスが負けたら大損だぜ……』

『ワタシもだ。ツイてない!』

『うふふ、貴方たちは残念でしたわね』

『そちらのアイドルのお嬢さんが一番惜しかったですね~』

『死者無しがかよ~? どうせ一人死んでるから結局はハズレだろ!』

『クロスライトが死んだら大穴も大穴でしたな』

『ちっ! 絶対5人以上、死ぬと思ってたのに……!』


 そんな風に、口々に好き勝手なことを言っていた。


 なぜ、この人たちはこんなにも他人ごとでいられるのだろう?

 この一連の騒動でも、何人もの人がケガを負い、苦痛に呻き声を上げている。

 賭け事のたびに人が傷つき、死んで来たはずなのに、なぜ何も感じない?


 この人たちはどうやら当事者だという感覚をどこかに置き忘れてしまったのだと思う。

 それなら、僕が思い出させてあげようか。


「まだ、賭け事をしている気分なんですか?」

『む?』


 僕は変身を解き、佐藤 優輝の姿へと戻ってカメラを睨みつけた。


「ここはハイドヒュドラの本拠地。すぐに警察や防衛隊がここを抑える。今までサイバーセキュリティがお前たちを守ってきたのだろうけれど、それもここまでだ」


 本部の設備を抑えたことで、警察はより重要な情報を得られるはず。

 警察や防衛隊は絶対にこいつらを無傷では済まさない。

 だけどその前に、こいつらには僕から引導を渡してやる!


「お前らを追い詰めるのはヒーローじゃない。僕ら防衛隊、そして警察が必ずお前らを捕まえる」


 レーザーガンを取り出し、僕を撮影するカメラに向かって照準を合わせる。

 画面の先にいる出資者たちに狙いを定め、本気で射殺すかのごとく殺気を籠めた。


「覚悟しろ……」


 引き鉄に手をかけ、断罪の光を撃ち放つ!


「次は、"お前"の番だ!!」


 放たれたレーザーがカメラのレンズに吸い込まれ、バチィンッ! と火花が散った。

 カメラはバラバラに砕け散り、先ほどまで僕を映していたディスプレイは砂嵐に変わる。

 それが契機になったのか、出資者たちのディスプレイも次々に灰色1色に変わっていった。


 これでもう、僕がやることは無いかな?

 くるりと反転し、レーザーガンをしまいながら妹ちゃんに声を掛けた。


「この後、おしゃべりする約束だったよね? 帰ろっか」

「うわぁああん!」


 ようやく安心できたのか、妹ちゃんが声を上げて泣きついてきた。


「優輝くん、わたし、わたしぃ……」

「こんどこそもう大丈夫。よく頑張ったね」


 今まで死の淵にいたわけだし、誰よりも救いを求めていたことだろう。

 なのにあの時、彼女は死を覚悟してでも僕から離れようとしてくれた。

 助けることができて、本当に良かった。


 妹ちゃんの背中をさすってあげていると、武装した防衛隊が入り口に見えた。

 ジェスチャーで安全だと伝えると、数人の防衛隊が警戒しつつなだれ込んでくる。

 これで本当に安心だ。彼女の命を脅かす者はもういない。


「もうちょっと遅くきてよ~」

「え?」


 いや、何で?

 もっと早く来てと言うのなら分かるんだけど……。


 妹ちゃんは無事に保護されたにも関わらず、たいそうな不満顔だった。



-- 7月28日(金) 22:13 --

 北海道・箱建(はこだて)市――


「くっそぉ! 放せやこらぁ!」

 【五稜建設】頭取"第5の首"キジハタ、逮捕。



-- 7月28日(金) 23:55 --

 東京都・羽多(はねだ)空港――


「さすがに見逃がしてはくれませんね……」

 アイドル会社【神田企画】社長"第3の首"アキラ、逮捕。



-- 7月29日(土) 0:13 --

 宮城県・仙代(せんだい)市――


「ふぉっふぉっふぉ! まことに見事じゃのぉ!」

 【指定暴力団 刀剣会】会長"第2の首"スドウ、逮捕。



-- 7月29日(土) 0:15 --

 滋賀県・粟東(あわとう)市――


「嘘やろ、洒落にならへんて……!」

 【近江(おうみ)工業連合会】補佐役"第7の首"ニシムラ、逮捕。



-- 7月29日(土) 1:06 --

 福岡県・博田(はかた)市――


「うふふ、クロスライトのファンクラブに登録しちゃおうかしら?」

 【キャトル観光】社長秘書"第4の首"シズカ、逮捕。



-- 7月29日(土) 1:21 --

 愛知県・豊太(とよた)市――


「そんな……! これで終わりだっていうの?」

 【豊太製鋼】副社長"第8の首"サチエ、逮捕。



-- 7月29日(土) 1:59 --

 千葉県・銚士(ちょうし)港――


「オレは、オレは死刑になるのか?」

 【総合スーパー・ネオンバリュー】本部長"第9の首"ツダ、逮捕。



-- 7月29日(土) 2:00 --

 東京都・豊縞(としま)区――


「くそぉ! こんなの、何かの間違いだ!」

「間違いでも何でもない。今日が貴様の命日だ! 必殺、"ウィンド・パニッシュメント"ォ!」

「ぐぎゃああああああ!?」


 "第6の首"、怪人【バレルマンバ】と本部ヒーロー【グリーンホーク】が激突。

 グリーンホークが勝利。


 同時刻、秘密結社ハイドヒュドラ、壊滅――



-- 7月29日(土) 7:00 --


 特務防衛課、新潟県十日前町市の支部の地下にも朝が訪れる。

 生活の基盤でもある地下の生活用の施設は町の商店街より少しだけ早起きで、売店や食堂はすでにこの時間から動いてくれている。

 朝練から帰ってきた俺、東 飛竜は、空きっ腹を抱えて食堂に向かっているところだ。


 食堂に入ると、なぜか食堂内が大いに沸き立っている。

 みんなメシを食いながら笑っているみたいだけど、何かあったのか?

 お、零があそこにいるし、何か知らないか聞いてみるか!


「おはよう、零! なんか知らないけど凄い騒ぎだな」

「おはようございます。……って、飛竜さん。ニュース見てないんですか?」

「見てないけど、何かあったのか?」


 食堂にはテレビが設置されていないから、今すぐは確認できないな。

 でも、何かしらの大ニュースならスマホにも情報があるよな?

 飯を食う前に、ちょっと見てみよう。


 えーと、なになに……?


「うわぁあ!?」

「ちょっと、飛竜さん声が大きいですよ」

「だって、これ! 優輝のヤツとんでもないことしてるじゃんか!」


 サイトのトップニュースに秘密結社ハイドヒュドラ壊滅の文字が踊る。

 他のヘッドラインもクロスライトの活躍を称える見出しで埋め尽くされていた。

 昨日、いったい何が起きたっていうんだ!?


「朝のニュースを見て、みんな仰天していましたよ。優輝、すごいなって」

「凄いってもんじゃないぜ! ハイドヒュドラって全国規模の秘密結社だろ!? うわ、幹部のプロトスレィモスと1対1で勝利!? マジかよ……!」


 次々にニュースに目を通し、その度にテンションが上がる。

 東京に行ったと思ったら、いきなりこんな大戦果を上げるなんて……!

 これじゃ俺ら本部のヒーローも形無しだな!


 あ、でもグリーンホークがハイドヒュドラの最後の幹部を仕留めたらしい。

 トドメを刺したのが本部のヒーローなら、ちょっとは格好もつくだろうな。

 アイツ、本部でしっかり頑張ってるんだな~。


 えーと、他には……?


「クロスライトがハイドヒュドラの本部を暴いたのが決め手、か。……なるほどね!」

「自慢のサイバーセキュリティも、サーバー本体を抑えられたら形無しだったみたいですよ。たった2~3時間ほどで幹部たちの情報を丸裸にしたそうです」


 警察の連中も、千載一遇のチャンスをきっちりものにしたんだな。

 おかげでハイドヒュドラは一夜にして壊滅!

 執念の捜査がきっちり実を結んだってわけだ。いやー、凄いぜ、本当に!


「狙われたアイドルグループのライバル会社に幹部の1人がいたみたいですよ」

「ちょうど今、読んでるよ。……単なる賭け事じゃなくて、きっちり出資者に利益が出る相手を狙っていたんだな」


 幹部はもちろんだけど、それ以外にも大手銀行員や大会社の重役など、錚々たる顔ぶれが関係者として捕まっているみたいだ。

 そいつらも出資をしていたとしたら悪評は相当なものになる。

 経済界も混乱するかもしれないな。

 というか、これ、すでに大問題に発展してないか?


「これ、大丈夫じゃないよな?」

「はい。すでに日本全土を揺るがす事態ですよ。しかもまだ氷山の一角だと言われています」

「ひえぇ~!」


 関係していた各社には間違いなく調査が入るし、謝罪会見も開かれるはず。

 そうなれば普通に働いていた人にも少なからず悪影響があるだろう。

 決して明るい話題ばかりじゃない。


 でも、暗いニュースを吹き飛ばすように、優輝が明るい話題の中心になっている。

 過去の戦績も記載されているし、そのうち特集も組まれるだろうな。

 こりゃ、しばらくは表を歩けないんじゃないか?


「優輝、ちゃんと帰って来れるのかな……?」


 ご飯を食べながら零が呟いた。

 あれほどの戦果を上げたんだ。東京の連中は帰らないで欲しいと思っているに違いない。

 さすがにこのまま本部所属になったりしないとは思うけど……。


「大丈夫、今日の午後には戻ってくるぞ」


 後ろから声をかけられて振り向くと、すぐ後ろにお盆を持った教官が立っていた。

 俺たちの隣の席に腰を下ろして、何も言わず口に白米をかき込んでいく。

 それを見て俺も腹が減ってきた。

 俺もスマホばかり見てないで、そろそろメシを食べよう。いただきまーす!


「教官、なんか疲れてませんか?」

「そりゃ徹夜だったんだから疲れもするよ。ニュースは見ていたんだろ? 昨日の夜中に樋口から緊急連絡が来て、結局は最後まで付き合うことに――」

「えっ!? 教官、本部と連絡を取り合っていたんですか!?」

「そうだが……」

「ぶふぅ!?」

「ちょ、汚いぞ飛竜!」


 やばい、(むせ)た!

 でもしょうがないだろ! まさか事件が起きていた時に教官も動いていたなんて!


「ゲホ……、それ、俺たちにも教えてくださいよ!」


 優輝が戦っていることを知っていたなら仲間として共有して欲しいぜ!

 何なら、無駄足になってもいいから緊急出動くらいしたってのに!


「俺が連絡を受けてすぐに決着がついたんだよ。お前らに伝えてもしょうがないだろ?」

「そうなんですか?」

「あぁ、組織の場所が判明したと思ったら、すぐクロスライト勝利の報告が来たんだよ。その後、防衛隊が本部を制圧するのにだって10分も経っていなかったんじゃないか?」


 そこまでのスピード決着だったなら、俺たちに連絡が無いのも仕方ないか。

 その時に知りたかった気もするけれど、知ったら俺、興奮で寝られなくなったかもしれない。


「そんで、その後の各所への連絡がなかなか骨が折れたよ。でも苦労の甲斐があって、幹部は拿捕もしくは撃破できたよ。まぁ、まだ関係者は残っているから、これから続々と捕まっていくと思う」


 警察にとっては、むしろこれからが本番って感じか。

 場合によっちゃ新潟県の防衛隊も忙しくなるのかもしれないな。


「そんでだ、樋口も各所への連絡に付き合って徹夜でな。寝不足でクルマの運転はマズイってことで午後にゆっくり戻ってくることになった」


 みどりちゃんも優輝の頑張りを最大化したかったんだろうな。

 結果として頑張りすぎて徹夜になっちゃったみたいだけど、それを行うだけの成果はきっちり出しているんじゃないかと思う。みどりちゃん、頭いいし。


「優輝は徹夜しなかったんですよね? 矢木参謀長も向こうにいるから、また引っ張り出されないか不安なんですが……」

「参謀長が一緒にいる方が不安っていうのも変だけどなー」

「その辺は問題は無さそうだ。あの唐変木、本部への昇進を狙っているんだが、どうやら本部の上層部の会食にお呼ばれたらしい。Dr.哲司が教えてくれたよ」


 本部への昇進が目的? それで無理やり東京に乗り込んだのか。

 俺からしたら、どうしてあんな場所に行きたいと思うのか不思議でならないけど。


 上層部の連中、自分の所轄で功績を上げることに必死だからな。

 足の引っ張り合いも日常茶飯事だし、俺たち本部ヒーローを引っ張ってくる工作も横行している。

 それに巻き込まれて何度嫌な思いをしたことか……。

 今回、矢木参謀長がお呼ばれしたのも、何とか自分たちの手柄を増やすために味方へ引き込もうって魂胆だろう。


「優輝は新潟のヒーローの後継者だから、できるとして他ヒーローとの交代くらいだ。それだって、あの唐変木も本部ヒーローと入れ替える以外は首を縦には振らんだろうよ。優輝はどの県の代表と比べても見劣りしない功績を上げたんだから」

「本部ヒーローとの交代は難しいでしょうね」

「さすがになぁ……うん、そうだな」


 おっと危ない……ひとり面倒なヒーローが頭に思い浮かんで、つい口に出すところだった。

 アイツは群馬県の姐さんが抑えてくれているはず。

 アイツと付き合って負担が無いのは姐さんくらいだからな~。

 もし優輝とアイツが交代したら最低最悪の結果だし、何事もなく会食が終わって欲しいぜ。


「ふあぁ、少し寝るかな。優輝がいない間にパンデピスが暴れないといいんだが……」

「そこはむしろ僕とレッドドラゴンに任せてくださいよ」

「あぁ、そうだな。確かに優輝ばかりに負担はかけられないか。……ちゃんとレッドドラゴンにも伝えておくよ」


 他の人の目があるし、この場で決意表明できないのはちょっと悔しいが、心の中では気合いが溢れて爆発してしまいそうだ。

 もし優輝が戻ってきていたとしても、大仕事をした後だから休んでくれて構わない。

 次は俺たちの番だ!


「僕はいつでも出動できるようにしておきますから」

「あぁ、頼りにしているよ」


 優輝の大活躍を聞いて、俺だけじゃなくて零も気合が入っている。


 来るなら来い、秘密結社パンデピス!

 レッドドラゴンとブルーファルコンが相手になってやるぜ!

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