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秘密結社パンデピス  作者: ゆきやま
37/42

スマートフォンが欲しい!

~前回のあらすじ~

 怪人ライオーターの作戦に参加し、樋口みどりを誘拐したミスティラビット。

 しかし、直後に現れたクロスライトによってあっさりと作戦失敗に終わる。

 スマホを欲しがっていた好美は、父からツナ缶工場へ行けと言われて……。

-- 7月23日(日) 12:45 --


 明るい日差しに包まれた午後、カチャカチャと食器を洗う音が台所に響く。


「よーし、終わり!」


 昼食のお片付けを終えて、私はお出かけの準備を始めた。

 お父さんからスマートフォンがタダで手に入るかもしれないという話を聞き、これから私は秘密結社パンデピスに関係あるらしき施設、ツナ缶工場へと向かう予定なのだ。

 まぁ、何でツナ缶工場に行くとスマホが手に入るのかは不明なんだけれども。

 相変わらず、重要なところは教えてくれないんだから……。


 ひとまず制服を着て、お出かけ用の手提げかばんを持っていけばいいかな?


「好美や、何で制服を着とるんじゃ?」

「建前はツナ缶工場見学なんでしょ? 一応、学生っぽくしておこうと思って」


 もし知り合いに出会ったとしても、社会科見学ということで乗り切るつもりなのだ。

 私服でも構わないといえばそうなのだろうけれど、こういうのは説得力が重要だからね。


「今日は出撃の予定は無いんだよね?」

「さぁ? ワシはそういった情報はさっぱりじゃ! ひゃっひゃっひゃ!」

「えぇ!? 知っておいてよ、一応は重役なんでしょ?」


 うちのお父さん、佐藤 正義(まさよし)はパンデピス内でDr.(ドクター)ジャスティスとして改造手術を行うマッドサイエンティストなのだ。

 かなり重要なポジションらしく、幹部のノコギリデビルが敬語で話す場面を何度か見たことがあるし、他の怪人たちからも一目置かれているのである。

 普段のお父さんを知っている私からすると、本当に尊敬されるような人物なのか疑問なのだけれど……。


 お出かけ用の準備を整えていると、玄関からピンポーンという呼び鈴が聞こえた。


「ごめんくださーい!」

「はーい!」


 今の声は篤人さんかな?

 篤人さんも私たちと同じく秘密結社パンデピスに属しており、戦闘員(という名の工作員)をしている人物である。

 主に連絡係として動いており、私や他の怪人に情報を届けているのだ。


 実は今日の朝も篤人さんに会っていたりする。

 その時に今日は怪人の出撃予定は無しと教えてもらっているので、気兼ねなくお出かけできるというものだ。


「やぁ、好美ちゃん。ちょうど僕も配達があるから乗せていくよ」

「ありがとうございます、普通に登場してくれて」

「えー、お礼言うところ、そこなの?」


 有能な人なんだけど、私が怪人であること、人間の状態でも怪人並みの耐久力があることを知っているためか、車やスクーターで体当たりするイタズラを良く仕掛けてくるのが玉に瑕だ。

 耐えられるというだけで普通に痛いから、そろそろ本当にやめてくれないかなぁ?


「お父さんが篤人さんを呼んだの?」


 こうも都合よく篤人さんが家に来るのもおかしいから、たぶんお父さんの仕業だろう。

 そんなことしなくても、普通に歩いて行ける距離なのだけれど。


「ひゃっひゃっひゃ、その通りじゃ! ついでに、現地には黒川のやつもいるぞ!」

「え、黒川先生も?」


 私のクラスの副担任で、これまた秘密結社パンデピスの関係者だ。

 まぁ、向かう先がパンデピスの施設なのだから関係者が集まるのは普通なのかもしれないが。

 本当に何があるのだろう?


「それじゃ、出発しようか」

「はい、行ってきまーす!」

「お~、行ってらっしゃーい!」


 お父さんに見送られて私は玄関を出る。

 篤人さんの運転する配送トラックの助手席に乗って、私はツナ缶工場へと向かった。



-- 7月23日(日) 12:55 --


「篤人くん、好美さん、こんにちは」


 燦燦と照り付ける太陽がアスファルトを焦がし、熱気がぐんぐん高まる午後1時。

 お父さんに教えられた区画に移動すると、先生用の夏服を着た黒川先生が出迎えてくれた。

 白いYシャツの袖をまくり、ハンカチをパタパタと煽って顔に風を送っている。


「ふむ、時間ピッタリですね」

「5分前ですけど……」

「社会人たるもの、5分前行動は基本だからねぇ」


 私たちは喋りながら工場の入り口へと向かう。

 入り口の看板には【咲山食品 缶詰工場】という文字が書かれていた。

 咲山食品って聞いたことあるな……。


「咲山食品って、確かマグロ自動販売機の会社ですよね? 今まで缶詰なんか作ってなかったと思うんだけどなぁ……」

「おぉ~! さすが好美ちゃん、詳しいねぇ!」

「恥ずかしながら、会社名を初めて知りました」

「いやいや、普通はそんなものだと思うよ? 好美ちゃんが食品関係に詳しいだけだから」


 そうかなぁ? 割と知られている会社だと思うけれど……。

 もしかして、輝羽ちゃん達も知らなかったりするのだろうか?

 今度聞いてみよう。


 入り口の扉を開き、中に入ると受付の女性が1人、窓ガラス越しに座っていた。

 ガラス窓の奥にはデスクが見えるし、オフィスの端っこの席がちょうど受け付けとしてちょうどいい位置に来るように設計されているようである。

 受付の女性がこちらを見るなり、窓ガラスを開けて楽しそうに手を振った。


「こんにちは~! 篤人さんいらっしゃーい!」

「あ、どうも」


 この受付のお姉さん、篤人さんに対してずいぶんフランクだ。

 知り合いなのは間違いないだろう。

 ただ、お姉さんの食いつきっぷりに対し、篤人さんからの反応はやや引き気味である。


「備品をお届けに上がりました」

「はーい、すぐに担当者を呼びますねー!」


 お姉さんは備え付けの電話をピポパと押して、担当の人に連絡を行っている。

 その隙に篤人さんに事情聴取である。


「篤人さん、この受付の人とは仲が良いんですか?」

「いや、別に?」


 篤人さんとしては、このお姉さんは普通の知り合い程度の間柄らしい。

 でも、相手からの熱量は妙に高いように感じる。

 鈴木という苗字ではなく、既に"篤人さん"呼びなのがそう感じさせるだけなのかな?


「すぐに来ますって!」

「ありがとうございます」

「配送が終わったら少し休んでいかれませんか? お茶を出しますよー」

「いえ、すみませんが他の仕事も控えていますから……」

「えー、残念ですー……」


 断った篤人さんを見て、お姉さんはあからさまにがっかりした顔を見せている。

 それでも、どこか楽しんでいるという雰囲気が消えない人だ。

 遠くから見ている分には楽しい人だが、絡まれている篤人さんはそうでもないのかも。

 さっきからお役所仕事に徹しているけれど、このあと仕事というのは本当なのかな?


「篤人さん、これからまた仕事なんですか?」

「うん。だから帰りは黒川先生に送ってもらうといいよ」


 言葉だけじゃ確信が持てないけれど、まぁたぶん本当に仕事なのだろう。

 仕事がブラフなら、篤人さんなら私の用事が終わった頃に戻ってくるとかやりそうだし。


 それと、黒川先生は帰りの送迎要員だったりするのかな?

 もしそうだったとしたら、さすがに悪い気がするのだけれど……。


「お待たせっす! 荷物受け取りに来ました!」

「あ、お疲れ様です」


 やがて、作業着を着たお兄さんが出入り口側から現れた。

 篤人さんはそのお兄さんと一緒に外へと出て行く。


「いつも通り、車庫での受け渡しでいいですよね?」

「はいっす! 宜しくお願いしまっす」

「オーケー、行きましょうか! じゃあね、好美ちゃん。黒川先生も!」


 篤人さんと担当者さんが揃って玄関を出て行く。

 たぶん、篤人さんはそのまま次の仕事に向かうことになるのだろう。


「さて、私たちも……」

「そうですね」


 残された私と黒川先生は、まだガックリしている受付のお姉さんに声を掛けた。


「あのー、すみません」

「はいはーい、なんでしょうか?」


 一気に元気がでたお姉さんにちょっと面食らいながらも、私は符丁を告げた。

 お父さんに、自らがパンデピス関係者だと伝えるための符丁を教えてもらっていたのだ。


「ツナ缶5個買いますからマグロの骨を付けていただけますか?」

「え? うーん……できますかね? 上に聞いてきますねー!」


 どうやら通じたっぽい。

 "上に聞いてくる"というのが符丁の返しなのだ。

 何だこの符丁? とも思ったけど、普通は言わない言葉じゃないといけないのかな?

 それにしたって、もう少し目立たなくする符丁にできそうな気もするのだが。


 それと、本当にマグロの骨が出てきたらどうしよう……?


「確認するので、待っていて欲しいそうです。こちらへどうぞー!」


 私が余計な葛藤をしている間に、お姉さんが戻ってきた。

 奥に続くドアを開き、私たちは奥の方へ奥の方へと案内される。

 やがて小さな応接室に通され、ここで待っているように申し渡された。


「それでは、しばらくおまちくださいねー!」

「はい、ありがとうございます」


 お姉さんが出て行き、私と黒川先生だけが応接室に残された。

 部屋は四方を綺麗な木目の板で囲まれており、ソファのような椅子が2つと、中央には丸い木のテーブルが置かれている。

 テーブルの上には小さな手籠が置かれ、その中にお菓子が入っていた。


 2人で椅子に座ると、不意に重力が少しだけ軽くなった気がした。


「これは、部屋ごと地下へ向かっていますね」

「ふぇ~……そういう仕掛けなんですね」


 どうやら、この部屋自体がエレベータであり、地下へと向かって移動しているようだ。

 太陽の光は天井高くに消えていき、明るかった部屋はほんの数秒で暗闇に閉ざされる。


 やがて何も見えなくなる頃、自動的にライトが点灯した。

 無機質な蛍光灯の明かりが部屋を満たしている。

 この部屋はこのまま地下深くまで進んでいくのだろう。


「さて、今のうちに変身しておいた方がいいでしょう」

「更衣室とか無いんですかね?」

「あるかもしれませんが、お互いにすぐに変身できるなら不要でしょう」


 そう言うと、黒川先生は私に背を向けて腕時計を顎に近づけていく。

 そして、合言葉を呟いた。


(うごめ)く悪夢よ出でよ、メタモルフォーゼ!」


 黒川先生の腕時計から黒い影が溢れ出てきて、その身体に巻き付いていく。

 あの時計って変身用アイテムだったのか……。

 時計から伸びた影は服を変質させているようである。相変わらず謎の技術だ。


 じっくり見ているのも悪い気がするし、私も変身しようと黒川先生に背を向ける。

 私は黒いブローチを取り出して、合言葉を呟いた。


「白き霞よ集え、メタモルフォーゼっ!」


 黒いブローチが白く光り輝き、中から白い布が飛び出てきて私に巻き付いてくる。

 着ていた制服は光の布の力で白い怪人用コスチュームへと変わっていく。

 それと同時に怪人の力を解放し、私は怪人ミスティラビットへと変身を遂げた。


「変身完了です」

「こちらも変身しました」


 ブラックローチの姿になった黒川先生と向かい合って椅子に座り、ただただ待つ。

 私たちはツナ缶工場とは恐らく別の何かが待っているであろう地下室へと降りていった。



-- 7月23日(日) 13:10 --


 ポーンという音が鳴り、微かに重力を感じた。

 どうやら目的の場所へと移動が完了したらしい。

 自動的に入り口のドアが開き、その奥へと私たちを(いざな)う。


「それでは参りましょうか、ミスティラビット様」

「はい!」


 露払いを務めようと、少し気取った態度でブラックローチが私をエスコートしてくれる。

 彼の様子はごく自然で、何があるのか不安になっている私とは対照的だった。

 カツカツと靴音を鳴らして廊下を歩く道すがら、私はこの場所について聞いてみることにした。


「あのぅ、ブラックローチはここが何なのか知っているんですか?」

「もちろんです。……もしかして、ご存知無いのですか?」

「はい……」


 ブラックローチの言葉に、私は素直に頷いた。

 意地を張っても何にもならないし、知っているなら教えてもらいたい。

 聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥である。


「Dr.ジャスティスは教えてくれなかったんですよ」

「なるほど、あの方は少々、秘密主義なところがありますからね」


 ブラックローチはお父さんを秘密主義と表現したが、単にひねくれ者なだけである。

 お父さんも篤人さんも、大切なことほどもったいぶって教えてくれないんだから……。

 その点、ブラックローチこと黒川先生はちゃんと先生として活動している人だ。

 教えることについては十八番であり、事実、私の期待を裏切らず、素直に教えてくれた。


「ここは【第1工房】です。武器をはじめとする装備品の研究所兼生産施設ですよ」

「第1工房! ここが!?」


 第1工房といえば、以前、私の適性テストで暴走したレーザーガンを作った工房だ。

 あの小さな銃に、どうやってあんな機構と高出力レーザー射出装置を入れられるのか?

 まったくもって意味が分からない。


 ここは間違いなく、圧倒的なテクノロジーを有した工房だ。

 ただし、性能が尖りすぎていて、実際には使い物にならないという評価しか貰えていない。

 そのため、普段は頼りにされることもない工房なのである。


「ブラックローチは新しい武器を得るために、ここに来たんですか?」

「はい。本当は別の工房に頼みたかったのですが……」


 ブラックローチは自嘲気味に、やや悔しそうに口から言葉をこぼした。

 この様子だと、どうやら門前払いにあってしまったようである。


 各工房は自分たちの作った武器が活躍すれば評価につながる。

 逆に、序列が低い怪人は専用武器を与えても勝利に結びつかず、"役に立たなかった"という評価を受ける可能性がある。

 ブラックローチは序列最下位だから、戦闘で活躍できないと見做されて断られたのだろう。


「それでも、1カ所だけでも許可が出ただけ有難いですよ。とはいえ、余っている武器を持っていって良いという許可に過ぎませんが」

「新しく開発するっていう話じゃないんですね……」


 第1工房はかなり分の悪い博打のような工房だ。

 ここでは、どんな突拍子もない武器が飛び出してくるか分からない。

 その工房ですら開発許可が下りないとは、その待遇の低さが伝わってきて悲しくなった。


「あぁ、大丈夫ですよ。私はあまり悲観していません」


 私の表情を見て、ブラックローチが努めて明るい声を出した。


「えっと、そうなんですか?」

「はい。ここなら掘り出し物があるやもしれませんからね」


 そう言って期待に満ちた瞳を見せた。

 実際、使いづらくても瞬間的な爆発力を秘めた装備はありそうだ。

 非力が弱点のブラックローチなら、逆にそういった装備品がマッチするのかもしれない。


「そろそろエントランスホールでしょうかね」


 廊下の先に、出入り口の四角い光が見えて来た。

 その光の場所に近づくと、本部と比べて小さめではあるがエントランスのようである。

 いくつか椅子とテーブルが並び、受付がいない代わりに電話器が置かれていた。

 他に誰もいないし、用事がある場合はこれで連絡をしろということなのだろう。


 また、本部では大会議室へ続く通路にあたる場所が、無骨な鉄の扉で閉まっていた。

 この先に研究施設か生産設備があるのかな?

 バッジをかざす装置も見つけたのだけれど、ここは無難に電話で連絡することにした。


 私は電話の受話器を持ち上げて耳に当てた。

 何もボタンを押さずともプルルルル……という呼び出し音が繰り返し鳴っている。

 しばし待っていると、やがてブツッという音の後に電話から相手の声が聞こえてきた。


『はい、こちら第1工房。どちら様ですか?』


 聞こえてきたのは落ち着いた男性の声である。

 ここで隠す意味もないので、私は普通に怪人名を告げることにした。


「初めまして、ミスティラビットと申します」

『あぁ、伺っています。そちらに向かいますので少々お待ちを』


 かちゃりと電話を置く音が聞こえ、通話が途切れたので私も受話器を置く。

 言われた通り待っていると、やがて鉄製の扉が開いて1人の怪人が現れた。


 その怪人は大柄な体格で、全身を武装しているため肌が見えない。

 何だか銀と黒鉄でできたロボットのような印象を受ける怪人だった。

 物静かな感じで、威圧感も何も感じず、実力がまるで読み取れない。


 その怪人は私たちを目に止めると、小さく一礼して自己紹介を始めた。


「初めまして。ようこそ第1工房へ。私はHyper(ハイパー).Engineerin(エンジニアリング)g.Ground(グラウンド).Infantry(インファントリィ)。通称"HEGI(ヘギ)"だ。ここの工場長を務めている」

「初めまして、ミスティラビットと申します」

「ブラックローチと申します。本日はよろしくお願いします」


 私たちが挨拶を返すと、工場長を名乗るHEGIは柔らかい動作で会釈をしてみせた。

 中身が人であることを感じさせる仕草に、意味も無く少しだけホッとした自分がいる。

 さっき電話に出たのも、この人のようだ。


「では、案内しよう」


 HEGIに連れられて、私たちは扉の向こうへと案内された。

 本部と似ていたのはエントランスまでで、そこから先は工房が並んでいる。

 そこには工場やプラントを小さくして1まとめにしたような、まとまりのないカオスな空間が広がっており、金属加工や溶鉱炉めいたものまで、多種多様な施設が廊下を挟んで雑多に存在していた。

 研究所ってどこもこんな感じなんだろうか?


「ずいぶん、雑多な施設ですね」


 ブラックローチが感想を述べた。

 普通はこんな感じじゃないのかな?


「うちの開発主任の意向で、欲しい施設を入れていったらこうなった。特に計画があったわけではなかったようで、今ではこの有様だ」


 繊維工場と思われる一室の横に、化学薬品を扱う研究室が併設されている。

 何だか変な薬品が混じって影響が出てしまわないか心配になってくる組み合わせだ。

 HEGIが"この有様"と表現したのも分かる気がする。


「さて、Dr.ジャスティスからは、うちの開発主任に会わせるようにと言われているのだが……」


 HEGIはある扉の前に立つと、そこでひとこと区切って私たちの方を向いた。

 恐らく、その開発主任がこの扉の向こう側に居るのだろう。


「まともに付き合わなくていいからな」


 そう言って腕をパネルにかざした。

 あのパネルは本部と同じ開閉用のスイッチだと思う。

 HEGIは腕に怪人バッジを内蔵しているようだった。


 ピッという音と共に扉が開いた。

 中にいたのは白衣を着た初老の男性で、風貌はまさに博士と言った感じの人物である。

 何やら設計図を広げているようで、私たちには気づいていない……というか、どちらかというと気にしていないみたいだ。


「主任、お客様です」

「HEGIよ、お主の武装をもう1度1から組み立てたいんじゃが、時間は空いとるかね?」


 チラリと見えた設計図は、どうもHEGIの武装に関するもののようだった。

 お客さんである私たちよりも今行っている研究を優先したいようで、こちらを見向きもせずにペンを走らせている。

 どうやら、この工房の有り様が想起させる通りの人物のようだ。


「お客様です、主任。それと、私の武装はもう充分です」

「何じゃい、そっけない!」

「開発資金を湯水のごとく使わないでいただきたい。それより、ミスティラビットとブラックローチの相手をお願いします」

「やれやれ、仕方ないのぉ」


 HEGIに促され、ようやく開発主任はこちらを向いた。

 根本以外が白くなった髪と口ひげ、額にはシワが刻まれており、鋭い目つきでこちらを見ている。

 HEGIは工場長を自称していたが、この人が実質この工房を取り仕切る人物のようだ。


「むむ、お主がミスティラビットか!? お前さんの話は聞いておる! ワシの研究施設に来るとは、結構結構!」

「あ、はい。ミスティラビットです。初めまして」


 どうやら歓迎はされているようだ。

 さっきとは打って変わって楽しそうな顔で頷いている。


「主任、挨拶を」

「おっと、自己紹介がまだじゃったな! ワシの名は【Dr.(ドクター)沢庵(たくあん)】じゃ。兵器開発部の天才博士とはワシのことじゃ!」


 自称天才かぁ~。

 レーザーガンのことを考えると本当に天才なんだろうけれど、何でこんなに胡散臭いのか?

 技術が凄いだけで役に立っていないからかなぁ?


「サイの字は"災い"の方だそうですよ」

「見た目通り、マッドサイエンティストってことだね」


 ぼそぼそとブラックローチが話しかけてきた。

 ブラックローチのDr.沢庵の評価も私と大差なさそうである。


「わっはっは! 褒め称えるがええ!」


 私たちの内緒話を見たDr.沢庵は褒められていると思っているらしい。

 ずいぶんポジティブ思考な博士である。

 近くにいるHEGIは私たちの言葉が聞こえていただろうけれども、敢えて何も言わずに放置しているようだった。


「それでは、私は業務に戻ります。後はお願いします、主任」

「うむうむ! 任せておけ!」


 案内を務めてくれたHEGIは軽く会釈をすると、そのまま退室していった。

 工場長ということだし、生産計画やコスト管理とかいろいろと仕事があるのだろう。

 なのに工場長自ら出向いてくれたのは、自惚れかもしれないけど私がいたからなのかな?


「さて、ミスティラビットと、確かブラックローチじゃったな? お主らの装備品をこの天才Dr.沢庵が見繕ってやろうではないか!」

「あ、はい、お願いします」

「よろしくお願いいたします!」

「宜しい! こっちじゃ!」


 私とブラックローチの返事を聞いて、Dr.沢庵は意気揚々と歩き出した。

 私たちは何も聞かず、その後を付いていく。


 ごちゃごちゃした部屋を後にして、工房の隙間を縫って歩いた先にはエレベーターがあった。

 どうやら第1工房も何階層かに分かれているらしい。

 Dr.沢庵が迷わず乗り込んだので、私たちもそれに続いて乗り込む。

 向かう先は地下2階のようだった。


「さて、ここから試験場へ向かうわけじゃが……」


 なるほど、試験場へ向かっているのか。

 そこで私たちに合う装備品を色々と試すのかな?


「その前に、先に聞いておきたいことがある」

「はい、なんでしょうか?」


 さっきまでの雰囲気と打って変わって、少しざらりとした感覚を覚えた。

 まるでじっくり観察されているかのような……。


「戦闘員21号……いや、鈴木篤人のことじゃ」


 ビクッと身体が反応した。

 この人、篤人さんのことを知っている!?


「お主ら、長くつるんでおるんじゃろう?」

「は、はい。それなりに長く」


 嘘を吐いていい場面のようには思えなかった私は、できるだけ真摯に答えた。

 私や幹部以外で戦闘員の素性を知る人は少ない。もしかして、私の正体も……?

 急に喉元に刃を突きつけられたような気がして、私は生唾を飲み込んだ。


 エレベーターがポーンという音を鳴らして、ドアが開いた。

 しかし、私たちはエレベーターに乗ったまま、向かい合って話を続けた。


「奴のこと、どこまで知っておる?」


 Dr.沢庵の質問に、ブラックローチは首を横に振って私を見た。

 私の方が明らかに付き合いが古く、彼は私以上の情報を持っていないと判断したためだろう。

 だけど……。


「篤人さんはトラック会社勤務、裏社会では秘密結社パンデピスの戦闘員。……それ以外は知りません」

「ほほぅ、それだけか?」

「はい、それだけです」


 私としても、これ以外のことは知らないのである。


「まったく、あやつも無駄にまじめじゃのぉ」


 やがてDr.沢庵はエレベーターを降りて歩き出した。

 私たちも何も言わず、それに続く。


「……それで、聞かんのか?」

「え?」

「鈴木篤人とワシの関係じゃよ」


 Dr.沢庵がぼそりと呟くように尋ねてきた。

 篤人さんとDr.沢庵にどんな関係があるのか、気にならないというと嘘になる。

 けれど、私はそれを聞く気にはなれなかった。

 篤人さんなら、私が知らなければいけない時に自分から教えてくれるはずだ。


「いえ、今はいいです。本人が話すべき時に話してくれると思いますから」

「わっはっは! そうかそうか。それじゃ、ワシも余計なことはせんでおくわい!」


 Dr.沢庵は満足そうに大笑いして、ずんずんと進んでいく。


 やがて、廊下を歩く私たちの前に重厚な鉄の扉が現れた。

 Dr.沢庵がバッジをパネルに翳すと、鉄の扉が真ん中から割れて左右へとスライドしていく。

 完全に開いた扉の奥へと、私たちは入っていった。



-- 7月23日(日) 13:30 --


「さて、ここが試験場じゃ!」


 Dr.沢庵に連れてこられた部屋は、体育館くらいの広さがある空間だった。

 足元はコンクリートだが、一部がガラスになっていて下から覗けるようになっているようだ。

 カメラが何台か設置されているようで、特に真正面には大型のカメラがどっしり構えている。

 真ん中には黒い升目上のラインが描かれており、更に赤いラインで3つの円が描かれていた。


「さてと、どれが良いかのぅ?」


 試験場の端から奥に、いくつかの格納庫のようなものが見える。

 Dr.沢庵はそのうちの1つへと私たちを案内した。


 格納庫の中はかなりごちゃごちゃしており、部品と思しき金属の加工品や、ナットやネジ、筒状の鉄やとんかち等の工具類までがバラバラに置かれている。

 足の踏み場もないとはこのことだろう。


 お片付けを実行したい……!

 おもちゃ箱をひっくり返したような惨状に、思わず主婦? の血が騒いだ。

 さすがに時間が掛かりすぎて実際にはやれないし、口にも出さないけれども。


「おー、これじゃこれじゃ!」


 Dr.沢庵が手に取ったものはコードとスイッチが付いたよく分からない物体だった。

 握る部分があるようで、スキーのストックの持つ部分だけを切り出したような形状をしている。

 いったい何なのかさっぱり分からない。


「あのぅ、なんですか、それ?」

「これはワシの一押しじゃ! 超電磁ソード!」

「「超電磁ソード??」」


 私とブラックローチの声が見事にハモる。


「その名の通り電磁力で生まれる力をそのまま剣にしたものじゃ! さっそく使ってみるぞい!」


 得意げなDr.沢庵に促されて、私はその超電磁ソードとやらを持たされた。

 どうやらこれは剣の柄だったらしい。

 私がそれを眺めている間、Dr.沢庵はガシャガシャと備品の山を引っ掻きまわしていた。


「ふむ、ちょうどよいものがあったわい!」


 やがて車の衝突試験用の人形みたいなものを見つけ、それを私の前に立てた。

 どうやら試し切りの適当なアイテムを探していたようである。

 これを超電磁ソードでぶった切れということなのだろう。


 ちなみに、ここは格納庫の中である。

 試験場は使わないのだろうか?


「ようし、スイッチを入れるんじゃ!」

「はい。えっと、これかな?」


 スイッチを入れると、ブォンという音が聞こえて柄から光の刃が現れた。

 何だかSFの名作の武器に似ているけれど、実現できるものなんだと妙に感心してしまった。


「ではさっそく……」


 私は超電磁ソードを振りかぶり、人形に向かって振り下ろそうとして――


 ブツン! という音と共に、周りが漆黒の闇に閉ざされた。


「えっ? えっ? 何ごと!?」

「明かりが消えましたね」


 ブラックローチも私と同じくきょろきょろと周りを見渡しているようだった。

 辺り一面が暗くて、見回してもまったく何も見えない。

 今まで聞こえていた空調などの機械音まですべて消えてしまい、恐ろしく静かだ。


「あちゃあ、こりゃブレーカーが落ちたみたいじゃのぅ!」

「えぇ!?」


 ブレーカーが落ちたということは電気の使い過ぎである。

 確かに、この超電磁ソードはドライヤーよりはずっと電力を使用するとは思うけれど、あっさり工場の電力供給を上回るほどの電力が必要になるってことだろうか?

 だとしたら、あまりにも使いにくいのだけれども……。

 そもそも、コードが付いていないと使えないんじゃ持ち運びすら難しいんじゃ……?


「ドクター、工房は大丈夫なんですか?」


 ブラックローチが不安げに声を上げた。

 工房や生産工場が完全停止してしまっていたら大問題である。

 言われてみたら私も武器のことよりそちらの方が気がかりになってきた。


「大丈夫じゃよ! 電気の供給はいくつかに分かれておるから工房や生産工場に影響は無いわい!」

「そ、そうですか? 良かった……」

「わっはっは! 心配し過ぎじゃ! この停電もすぐに元に戻るわい!」


 暗闇の中でDr.沢庵が笑い声をあげているうちに、電気がついて周りが明るくなった。


「ほらな。問題なんて何も――」

「主任、何をされたんですか?」


 気づけば、入り口にHEGIがやってきていた。

 表情は分からないし声も落ち着いてはいるが、非難するようなニュアンスを含んでいる。

 本当に業務に影響ないんだよね?

 あの感じを見ると、全然大丈夫じゃなさそうなんだけれど……。


「あ~、それはじゃな……」


 HEGIはしどろもどろになるDR.沢庵から視線を外し、私を見た。

 どうやら私が代わりに説明しなきゃいけなそうである。


「この"超電磁ソード"を試していたんですけど……」

「主任、それは電力供給に致命的な問題があるため開発中止になったものですよね?」

「そうじゃったかのぅ? しかしかなり高威力で……」

「威力が申し分なくても、実際には使えないでしょう?」

「むむぅ……! 電力供給さえうまくいけば……!」

「開発中止なんですから諦めてください」


 DR.沢庵がHEGIに言いくるめられてる。

 その様子を見るに、どうやら威力を見せたかっただけっぽい。

 強い武器なのは良いのだけれど、HEGIの指摘する通り使えない武器である。


 Dr.沢庵が言い訳も出せなくなった頃、HEGIが淡々と言葉を発した。


「主任、装備選びは私も参加させてもらいます」

「なんじゃと!? お主のチョイスは地味すぎてダメじゃ!」


 Dr.沢庵にはこだわりがあるようで、HEGIの参加は認めたくないようである。

 別に地味でも問題なく使えるなら、私ならそれでいいんだけどなぁ。


「では装備品自体は主任がお選びください。私は問題が起きないようにサポートします」


 どうやらお目付け役として参加するようだ。

 HEGIならさっきのようなことが起きる前に止めてくれそうだし、頼もしく思う。

 さすがに肝を冷やす事態が何度も起きるのは勘弁して欲しいからね。


「さすがに、もうブレーカーは落とさんぞ?」

「他の問題が起きないとも限りませんので」

「むぅ、コイツまったくワシを信頼しておらんのぅ!」

「念のためです」


 しぶしぶHEGIの参加を認めたDr.沢庵が、またガサゴソと備品を漁り始める。

 やがて1つの装備品を探り当てて、それを指さした。


「これはどうじゃ? パイルバンカーEx! ちっとばかし重いが超強力じゃ!」

「でっかい……!?」


 瓦礫の下に埋もれるようにして出てきたのは巨大な杭打機だった。

 ドラえ○んの空き地にある土管3つをまとめたくらいでかいんですけど。

 これを一体どうやって使えというのだろうか?


「ここに取っ手があるじゃろ?」

「え、これを持つの?」

「そうじゃが?」


 いや、当たり前みたいに言われても……。

 怪人のパワーがあれば持つことは可能かもしれないが、すっごく動きづらくなりそうだ。

 正体を隠しながら現場に持っていくのも一苦労しそうな一品である。


「取っ手のスイッチで中の超巨大な(パイル)がズドンと……」

「この武器はよほどの重量級じゃないと自分が反動で吹き飛ばされる。ミスティラビットにはお勧めできない」


 HEGIが問題点を指摘し、Dr.沢庵が渋い顔をした。

 重さだけではなく、運用面にも難あり、か。

 この武器を使っている怪人を見たことなかったけど、やっぱり欠陥がある武器のようだ。


「ええぃ、邪魔するでない! 勢いを付ければ大丈夫じゃろ! たぶん!」

「撃つだけであれば可能でしょう。威力も高いと思います」

「私、逃げる時に捨ててしまいそうですから、すみませんけど……」

「私など、持つことも難しそうですね」


 一応、HEGIも使うか? みたいな感じで多少のフォローを入れていたけれど、さすがに使う気にはなれなかった。

 ブラックローチに至っては持ち上げることすら諦めているようである。


「ぬぅう、それならコイツはどうじゃ?」


 Dr.沢庵がめげずに次の装備品を引っ張り出してきた。

 武器らしい武器ではなく、どうやら靴のようである。

 かかと側の両側面に、車のマフラーのような排気管がくっついている。

 まさかとは思うけれど……。


「これはジェットブーツじゃ! 高速移動をするためのユニットじゃよ!」

「いやいや、これは、無理ですよぅ!」

「大丈夫じゃ! お主なら制御できる! たぶん!」


 Dr.沢庵は私を買い被り過ぎと言わざるを得ない。

 この装備は足にレーシングカー2つをくっつけているようなものである。

 いくら何でもうまく制御できるわけない。


 グイグイ勧めてくるDr.沢庵に対し、私が渋っているとブラックローチが名乗りを上げた。


「私が一度試してみましょう」

「えぇ!?」


 ほ、本気……?

 絶対に事故が起きると思うのだけれど……。


「制御できたら儲けものですし、私が貰える物はこういった尖っている装備品でしょうから」

「そ、そう? 無理しないでね?」


 一応、やるだけやってみるということになり、ブラックローチはジェットブーツを装着した。

 靴の裏にはローラーが付いており、本当にレーシングカーの如くタイヤで動くらしい。

 空気抵抗とか凄そうだけど、どうにかなるのだろうか?


「まずは、まっすぐ進んで試験場まで出ます」

「うむ! 真ん中あたりで止まるんじゃぞ!」


 足首にあるスイッチでスタートするようだ。


「加速し続ける必要は無い。ここまでだと思ったらスイッチを切るといい」

「なるほど、助言ありがとうございます」


 HEGIからのアドバイスも得て、もしかしたら上手くいくかもという期待が私の中に生まれた。

 まぁ、残念ながら次の瞬間にその期待は砕け散ったのだけれども。


「行きます!」


 ブラックローチがスイッチを入れてジェットブーツが火を噴く。


「うぉっ!?」


 一気に加速したジェットブーツに対して、ブラックローチはバランスを崩し、あっさりと足を取られてのけ反るような姿勢になってしまった。

 なのに、ジェットブーツは出力を上げ続けて……。


「うわぁあああ!?」


 なんとジェットコースターの1回転みたいに斜め上へ飛翔していった。

 当然、制御なんかできないブラックローチは無残にも天井に激突。

 ジェットブーツが脱げて落下し、備品を巻き込んでドガシャーンッ! と大きな音を立てた。


 とんぼ花火みたいになったジェットブーツが天井に引っ掛かりながら飛び続け、やがてエネルギー切れでポトリと落ちてくる。

 ブラックローチの果敢な挑戦は見事に大失敗であった。


「ちょ、大丈夫、ブラックローチ!?」

「うぐぐぐ……! な、何とか……!」

「まさか浮き上がることになるとは……」


 さすがにHEGIも予想していない結果だったようだ。


「ふむ、やはりもう少し改良が必要なようじゃのう」

「少し!?」


 マイペースなDr.沢庵に対し、私はついついツッコミを入れてしまった。

 少しじゃすまないでしょ、どう考えても!


「主任、アレを改良するより別のものを選んだ方が早いかと」

「むぅ、確かにそうじゃな……」


 再びガチャンガチャンとDr.沢庵が備品を漁り始める。

 まともな装備品ってあるのかなぁ? 今さらながら心配になってきた。

 『もういいです』って言いたいけど、ブラックローチのことを考えるとそれも言い出しづらい。

 どうしよう……?


「も、もう大丈夫です、ミスティラビット様」

「あ、うん。無理はしないでね」


 座っていたブラックローチがふらふらと立ち上がった。

 足元には壊れた備品の一部が散らかっていて、ますます格納庫内が散乱してしまっている。

 これじゃまた転んじゃうかも?

 私は、足元くらいは片付けようと飛び散った備品や部品を積み上げておくことにした。


「あれ?」


 いくつか備品をまとめていると、サバイバルナイフと思しき普通の武器に目が留まった。

 刃の部分はカバーに覆われていて、隙間から銀色の刃が顔を覗かせている。

 こんなまともなものがこの格納庫内に入っているなんて……。


「HEGIさん、これってナイフですよね?」

「ん、それは……」

「おぉ!? それは! こんなところにあったんか!?」


 HEGIとDr.沢庵が私の持ったナイフを見て意味深な反応を返してきた。

 何だろう? 探し物だったりするのだろうか?

 何の変哲もないナイフにしか見えないのだけれど……。


「えーと、これ、何なんですか?」

「ふっふっふ、それは"超振動ナイフ"じゃ!」

「超振動ナイフ?」


 質問を受けたDr.沢庵が嬉しそうに解説を始める。


「切っ先が凄い勢いで振動するナイフじゃよ。何でも切れるはずの代物じゃ!」

「え!? もしかしてヒーロースーツも!?」

「無論じゃ! まぁ、多少はパワーを必要とするかもしれんがのぅ!」


 それって、結構すごい武器なのでは?

 ブラックローチの獲物もナイフだし、うってつけの装備である。


「ただし、3秒しか持たない。充電にはコンセントで1時間ほどかかる」


 ……と思ったらHEGIの注釈でケチが付いてしまった。

 3秒しか持たないって、まともに使えないのでは?

 あと、よく見たら折り畳み式のコンセントプラグもくっついている。

 何だか安っぽいオモチャに思えてきた。


「素晴らしいですね、ドクター!」

「うぇ!?」

「ここまで素晴らしい武器を私は見たことがありません!」

「わっはっは! そうじゃろう、そうじゃろう! 自信作じゃよ!」


 私の評価に対して、ブラックローチの評価は真逆のようだった。

 これしかないというくらいに喰いついている。


「ミスティラビット様、よく考えてください。3秒あれば十分でしょう?」

「えーと、そうなのかな?」

「ヒーローの必殺技とて、放っている時間は一瞬です。切り札としては十分です」


 つまり、ずっと出したまま戦うんじゃなくて、最後の一撃用ってことかな?

 ヒーロースーツを切り裂けるというのであれば、確かに一撃必殺になり得るかもしれない。

 そう考えると、だんだんすごい武器に思えてきた。

 リトルファングとかなら投げて使うこともできそうだし。


「もしよろしければ、これをお貸しいただけませんか? 大切に使わせていただきますので!」

「主任、無くしていた物が出てきたのも縁でしょう。貸し出してみては?」

「う~む! 仕方ないのぉ~。許可しようではないか!」

「おぉ、ありがとうございます!!」


 ブラックローチが90度に腰を曲げた綺麗なお辞儀を披露していた。

 Dr.沢庵もその様子を見て大満足そうである。

 良かった良かった。じゃあ帰ろうかな?


「次はミスティラビットの分じゃな!」

「……は、はい」


 あぁ、見逃してもらえなかったよ……。


 Dr.沢庵は、またしてもガチャンガチャンと備品を物色し始める。

 正直、私は武器なんてどうでもいいから、もう早く帰りたい。

 何もなくてもいいけど、どうせ押し付けられるなら無難な装備品の方が良い気がする。


 そういえば、HEGIも超振動ナイフを知っていたし、装備品については詳しそうだった。

 良いものがあるか聞いてみようかな?


「HEGIさん、何かお勧めの装備品はありますか?」

「私のお勧めか……」

「な、ならん! ならんぞ! そいつのチョイスは地味じゃと言ったじゃろ!」


 私としては地味でも問題ない。

 むしろそっちの方が良いんだけどなぁ。


「主任、選ぶのはミスティラビットです。私も提案だけさせていただきます」

「はい、お願いします」

「ぐぬぬぬ……」


 すっごい睨まれてる。

 一応、フォローを入れておく方が良さそうだ。


「あ、あのぅ、Dr.沢庵の装備の方が良かったら、ちゃんとそちらを選びますから……」

「……とのことですので、主任、真剣に選んでください」

「ふん! 分かったわい! 受けて立とうではないか!」


 HEGIはDr.沢庵からの許可を得ると、格納庫を出て行ってしまった。

 別の場所にある装備を持ってくるようである。

 どこに何があるか把握しているのであれば、期待通り変なものは持ってこないだろう。


 対するDr.沢庵は相変わらずガシャンガシャンと備品をかき分けていた。

 出たとこ勝負では安定しないだろうけれど、さっきの超振動ナイフみたいなこともあるし、どう転ぶか分からなくて本当に"博打"といった感じである。


 やがてHEGIが戻ってきて、そこで時間切れとなった。

 何故かHEGIとDr.沢庵の一騎打ちみたいな感じになってしまい、困惑するばかりである。

 私が審判をするのか……ヤダなぁ……。


「まずは私から」


 HEGIが出してきたのはレーザーガンだった。

 私の腰にくっついているのと同系統ではあるものの、少しだけ形状が違っている。


「レーザーガン?」

「HEGI殿のはまさに武器といった代物ですね」

「あぁ。これは工場で生産している強化版レーザーガンだ。出力調整やモード調整が行えなくなった代わりに、かなり強力なレーザーを発射することができる」


 氷を使いだす前のブルーファルコンの2丁拳銃みたいな武器のようだ。

 誰が使っても一定の効果を上げることはできるだろう。

 私は狙撃の腕前が高くないので使いこなせる自信は無いが、邪魔になるようなものでもない。


「ふん! 相変わらず地味な奴め!」

「で、では、続いてDr.沢庵の装備品をお願いします」


 喧嘩になったら面倒なので、さっさと装備品のプレゼンに入ってもらうことにした。

 Dr.沢庵が出してきた装備品は、黒いステッキみたいなものだった。


「ステッキ?」

「マジックで使うステッキ、ですかね?」

「ふっふっふ、ただのステッキではないぞ! これはな、"マイクロブラックホール機能搭載のび~るステッキ"じゃ!」


 名前が長い……じゃなくて、今とんでもないワードが紛れていた気がするんだけど。

 ブラックホールとかいう単語が出てこなかっただろうか?


「主任、いくらなんでもそれは……」


 HEGIが先ほどより少し早口になっている。

 もしかして、かなり危ない装備なんじゃ……?


「あの、HEGI殿、マイクロブラックホールというのは?」

「それは――」

「ええぃ、ワシが説明するわい! このステッキはワシの作品の中でも唯一の重力制御システム搭載のステッキでな! 全てを吸い込む疑似ブラックホールを作れるんじゃ!」


 聞き間違いではなく、やっぱりブラックホールだったようだ。

 いくらなんでも地上でブラックホールが出たら地球自体が潰れてしまう。

 "マイクロ"と名前が付いているからたぶんそこまで強力なものではないと思うのだけれど、それがどの程度の重力なのかまるっきり検討が付かない。


「主任、それは自分自身が真っ先に吸い込まれるという問題が残っています」

「えぇ!?」


 さっきから聞き捨てならない言葉のオンパレードで、危なっかしさMAXである。

 もしやDR.沢庵は私を亡き者にしたいのだろうか?


「案ずるな! ちゃんと対策も打ってあるわい!」

「ど、どんなですか?」

「ふっふっふ、稼働中は反動制御機能によって、ステッキ自体が空中に完全固定されるんじゃよ! そいつに掴まっていれば吸い込まれることはないじゃろう!」


 つまり、ステッキ自体がSF映画で主人公が宇宙空間とかに吸い出されそうになっている時に掴まっている手すりの代わりになるということかな?

 それも凄い技術のはずなんだけど、どうせなら使用者を含めて固定してくれないかなぁ?

 力が弱い人が使ったら結局吸い込まれちゃうよ。


「私の装甲が剥がれる寸前だった。ミスティラビット、危険だとだけ言っておく」

「そ、そうですか……」

「ええい、黙っとれ! この機を逃したら誰もこれを使ってくれんではないか! ミスティラビットじゃなければ、あと使えそうなのはグレンオーガくらいじゃ!」


 つまりはHEGIが何とかステッキに掴まっていられて、あの強固にしか見えない装甲をはぎ取るくらいの重力で引っ張られるってことか……。

 HEGIのパワーがどのくらいなのか次第だけど、少なくとも私より強そうに見える。


 あと、グレンオーガって、確か死んだはずじゃなかったっけ?


「主任、選ぶためには全部の情報を出さないとフェアではありません」

「わかっとるわい!」


 2人の言い争いに我に返った私は、改めてお勧めの武器を眺めた。

 2つの武器を見比べてみて、今の私の気持ちは強化レーザーガンに傾いている。

 それを察知したのか、Dr.沢庵が更に副賞みたいな案をたくさん出してきた。


「まだワシのターンは終わっとらん! 自爆機能も付けてしんぜよう! どうじゃ!」

「は、外してください! 私、死んじゃいますよぅ!?」


 副賞に特大のハズレを混ぜないで!? 何のアピールにもなっていないよ!


「ぬぅ!? では、ボイスチェンジャーなどどうじゃ!?」

「私は潜入捜査とかしません、たぶん」


 子供の名探偵が使っているヤツと同じ類の装備だろうか?

 面白そうだけれど、私に渡されてもちょっとした遊びにしか使わなさそうだ。


「く、ならば……」

「もうやめませんか、主任」


 碌な案が出ないこともあり、HEGIがそろそろ止めようと声を上げた。

 しかし、最後の最後に、有用かつ私の願いに合致するものがDR.沢庵の口から飛び出した。


「これでどうじゃ!? 遠隔起動装置! このスマホからステッキの力を起動、停止できる!」

「え、スマホ?」


 そういえば、私がここに来たのはスマホがタダで貰えるかもしれないからだっけ。

 今の今まですっかり忘れていたよ。


 それと、遠隔起動できるのはかなり使える機能である。

 というか、最初からその機能込みで説明すればいいのに……。


 何はともあれ、当初の目的を思い出した私はスマホについて詳しく聞くことにした。


「えーと、そのスマホって、市販のヤツですか?」

「そうじゃ! クロスライトモデルにちょこっと手を加えりゃ完成じゃよ! ヒーローの連中も自分たちの出したスマホが悪用されるとは思うまい! ちょうどいい隠れ蓑じゃ!」


 いや、そのくらい想定してそうだけど……まぁいいや。

 重要なのは市販品と同等、さらにそれが現在の最新モデルということだ。


「それって、普通のスマホとしても使えるんですか?」

「当たり前じゃ! 市販のものを改造してあるからのぅ! 衝撃にも耐えるぞ! むろん、諸経費はこちらで払う! どうじゃ!?」

「安い! 買います! ……じゃなかった。それならステッキを選びます」

「わっはっは! やった、やったぞぉ!」


 これならステッキを選ぶ理由として十分である。

 というか、ステッキがオマケでスマホが欲しいだけだけども。

 DR.沢庵も自分のお勧めが選ばれたことで、大喜びで踊りを踊っていた。


「HEGIさんのアドバイスも助かりました。すみません、こっちを選んでしまって……」

「ミスティラビットがそれでいいと言うなら、私から言うことはない。実際のところ、遠距離で起動できるなら良い使い道もあるだろう」


 踊り狂うDr.沢庵の代わりに、HEGIがステッキとスマホ一式を渡してくれた。


「使い方は紙にまとめてある。伸ばして使えば棍の代わりにもなるだろう」

「あ、ありがとうございます。しっかり読んでから使いますね」


 そういえば、"のび~る"の部分は教えてもらっていなかった。

 かなり強度も高いようだし、伸ばして棍として使うのも視野に入れておこう。

 マイクロブラックホールは封印して使わないでおこうっと。


「ミスティラビット様、そろそろお暇しましょう。ドクター、HEGI殿、わざわざお時間をいただき、ありがとうございました」

「ありがとうございました!」


 私たちがそろそろ帰ることを告げると、Dr.沢庵とHEGIはエントランスまで案内し、私たちを見送ってくれた。


「わっはっは! その装備があれば更なる活躍間違いなしじゃわい!」

「君たちの武運を祈る」

「はい! ありがとうございました!」

「失礼いたします!」


 頭を下げて、もと来た道を戻っていく。

 待合室の中に入ると、自動的に地上のツナ缶工場へと浮上していった。


 どうせならと、戻った先でツナ缶5つを購入したのだが、本当にマグロの骨が付いてきたのは参ってしまった。

 絶対、あの受付のお姉さんのイタズラだよ……。

 骨、どうしよう? 出汁に使えばいいのかな?



-- 7月23日(日) 18:30 --


 静けさが戻った第1工房の研究室に、ピッという音が聞こえる。

 入ってきたのは運送会社の制服を着た青年、鈴木 篤人と名乗る人物だ。


「情報を届けに参りました」

「うむ、ご苦労じゃな」


 私、HEGIと、主任のDr.沢庵は彼を静かに出迎える。

 相手の方が立場は上、失礼のないようにしなければならない。

 そう、分かってはいるのだが……。


「……」

「HEGI、お主は反応くらい返さんか」


 私は鈴木 篤人に対して僅かに会釈をした。

 彼に失礼な態度を取ると自分の首を絞めることになるのは分かっているが、声を出せば湧き上がる怒りを抑えきれそうにない。ゆえに私は黙っているしかなかった。

 相手も私の反応には慣れたもので、そのまま報告へと移っていく。


「今日の報告ですが、最新武器の評価は上々でした。ただ、数がもう少し欲しいそうです」

「そうか。……無茶を言うてくれるわい」


 Dr.沢庵も、いつもの無茶ぶりに辟易している様子を見せている。

 武器開発には資材が必要であり、その資材を買うための資金が必要だ。

 我らは搾取されるばかり。

 どちらも底をついている状態では何もできはしない。


「ですが、話を聞いた感じでは予備が欲しいだけのようですから、急く必要はないでしょう」

「なるほどのぅ。時間を掛けて、何とかするしかないじゃろうな」


 Dr.沢庵が腕組みをして考える。

 まともな手段など、とうにやり尽くしている。

 果たして、今さらどんな手立てが取れるというのだろうか?


 私はできるだけ殺気を殺して鈴木 篤人を睨む。

 彼は私の気持ちを知ってか知らずか、彼は申し訳なさそうに言葉を紡いだ。


「僕が何を言っても仕方ないとは思いますが、少しだけ仕事してきました。……元気そうでしたよ」

「……そうか」


 鈴木 篤人の報告が、怒りに震える私の手を抑えさせた。

 まだ、まだだ。

 まだ私が動く時ではない。


「それでは、また報告に伺います。今日はこれで……」

「うむ。また宜しく頼むぞい!」


 鈴木 篤人が部屋を出て行く。

 研究室には再び重苦しい沈黙が戻ってきた。

 Dr.沢庵がその沈黙を破り、今しがた出て行った男について私の見解を求めてきた。


「HEGIよ、どう思う? あの篤人という男……」

「主任、私には判断することができそうもありません」


 "奴ら"の寄こす連絡役の中で異物感の強い男、鈴木 篤人。

 奴が味方となるか、敵となるか、きっと怒りに満ちた私の目では判別できないだろう。

 今も、私は鞭だけではなく飴を与えに来ただけではないかと勘繰っている。


「希望的観測だろうが、ワシは真の味方になり得ると思っておるよ」

「……主任、それは」

「いきなり大博打なんぞ打たんから安心せい。しばらく様子見じゃ!」


 奴が真の味方になるなら、突破口を見いだせる可能性はある。

 だが、もし敵ならばますます苦しい立場に追いやられることになるだろう。

 妙な期待をするべきではないと思うのは、私が臆病だからだろうか?


「ま、その時が来たら好きにするがええ。どんな結果になるにせよ、じゃな」

「……了解です、主任」

「その時は、ワシも出来ることはすべてやるつもりじゃよ」


 主任も、心の中は穏やかでは無いはずだが最善の結果を得ようと耐えているのだ。

 私が一時の感情で全てを無に帰すことは許されない。

 その時が来るまでは、心を凍らせて機械のように対処することが私の使命だ。


「さて、ミスティラビットの方はどうじゃ?」

「ミスティラビットですか……」


 ここを尋ねてきた怪人の1人、ミスティラビット。

 彼女は鈴木 篤人と長年相棒として連れ添っていると聞いている。

 今日、施設内のカメラで観察させてもらったが、"奴ら"との繋がりは分からなかった。


「素直な人物、と感じました」

「ふむ、ワシもじゃ。篤人くんのことは知らんと言うとったが、恐らく本当なのじゃろうな」


 あの曲者ぞろいの連中のことだ。

 もしや、ミスティラビットは鈴木 篤人に利用されているのか?

 いや、そう見せかけてミスティラビットも奴らの一員?


 ……ダメだな、今は判断するための材料が足りない。


「できれば、見たまんまの人物であって欲しいものじゃな」

「そうですね。彼女の能力は油断なりませんから」


 ミスティラビットの特殊能力、異常なほどの聴力のことを聞いた時には肝を冷やした。

 味方にあらずとも、せめて無関係の存在であってもらいたいと切に願う。


「しかし、まさか、あのステッキを持っていくとは思わんかったがのぅ!」

「オモチャで満足して帰ってもらえて助かりましたね、主任」

「わっはっは! 性能と出力だけは本物じゃがな!」


 主任が高笑いしつつ、微かなプライドを覗かせている。

 主任が本気で開発に勤しむことができたなら、きっと欠陥を直せていたはず。

 資金と時間があれば、ぜひとも主任には自由に研究していただきたいものだが……。


「それで、どうするんじゃ? ミスティラビットのことは?」

「どうする、とは?」

「分かっとるじゃろ! Dr.ジャスティスに頼まれたアレじゃよ!」


 主任が興味深そうに問いかけてくる。


「ミスティラビットを幹部候補として認めるか否か。どうするんじゃ? ……大幹部HEGIよ」

「……」


 大幹部【Hyper(ハイパー).Engineerin(エンジニアリング)g.Ground(グラウンド).Infantry(インファントリィ)

 通称:HEGI(ヘギ)

 銃火器や小型ミサイルなどの装備を内蔵した全身鎧に身を包む怪人。

 その真の姿を見ることはできず、何の怪人なのか、何を目的に活動しているかは不明。


「そうですね……」


 今日、Dr.ジャスティスがわざわざミスティラビットを私の元へ寄こした理由が、幹部候補として相応しいかどうかの判断をさせるためだった。

 大幹部グレンオーガは賛成、もう1人が反対しているという。

 だから最後の1人である私が下す判断が最終的な判断ということになるだろう。


 幹部候補としての実力など、私にとってはどうでもいい。

 私にとって肝心なことは、ミスティラビットが"奴ら"の仲間かどうかだけだ。


 結論としては、今のままミスティラビットを信じることは難しい。

 だが、変に退けて鈴木 篤人の心が離れるのも避けておくことに越したことはあるまい。

 ここは危険を承知で、敢えて近づいて関係を築き、真偽を探るのも手か。


 そういえば、ノコギリデビルがかなり入れ込んでいるという情報があった。

 ただ許可を与えるよりは、少しでも我らに利のある話を引き出せないだろうか?


「ノコギリデビルと交渉し、良い条件を引き出しての許可、というのはどうでしょうか?」

「ふむ、当面の資金策に利用する、か……」

「また、主任には汚名を被っていただくことになってしまいますが……」

「わっはっは! 今さらじゃわい!」


 主任は、対外的には変人であり浪費家ということになっている。

 ノコギリデビルとの話し合いでは、また主任の浪費という形で誤魔化すことになるだろう。


 主任は浪費家ではないし、愚か者でもない。

 "奴ら"に武器を献上するために敢えて狂人を演じているだけだ。

 それもまた、腹立たしい。


「ワシのことは構わん! また思い付きで資金を使ったとでも言っておけばええ!」

「ありがとうございます、主任」


 方針は固まった。

 ミスティラビットの幹部候補は認めるが、その決定権は最大限に活用させてもらう。

 鈴木 篤人やミスティラビットに探りを入れるために、こちらからも接触を図る。


 足元を固め、そして、最後には"奴ら"を……。


「今は、何も知らずにいい気になっているがいい。大幹部の一人、このHEGIを相手にしたこと、必ず後悔させてやる」


 憎悪は、自然と口を吐いて放たれていた。

 その声は静かな研究室に消えて、漏れ出ることなく消えていく。


 小さな空調の機械音だけが、地下の一室に響いていた。



-- 7月24日(月) 8:15 --


「おっはよーぅ!」


 元気一番、私は教室に勢いよく飛び込んでいく。

 今日は良く晴れた月曜日の朝だ。絶好のスマホデビュー日である!


 すでに席でおしゃべりに興じていた仲良しグループのメンバーが反応し、元気いっぱいの返事を返してくれた。


「よっしー、おはよー!」

「よっしーちゃん、すごく元気ですよ~!」

「おはよう。なんだなんだ?」


 輝羽ちゃん、ぷに子ちゃん、弘子ちゃんが私の席に集まってくる。

 私の嬉しさが伝播(でんぱ)したのか、3人とも眩しいほどの笑顔だ。


 私はさっそく学生カバンからスマホを取り出して、みんなにお披露目した。

 見よ! これが、私のスマホだぁーー!


「買ったよー!」

「おぉ~! ついによっしーもスマホデビューかぁ~!」

「今、話題のクロスライトモデルですよ~!」

「いいな! さっそく連絡先を交換しようぜ!」


 弘子ちゃんの号令で、さっそく連絡先の交換会が実施される。

 仲良しグループはもちろん、クラスの女子全員の連絡先をゲットしてしまった。

 ちょっと調子に乗り過ぎたかも……。

 ゆーくん目当ての女子からの連絡先交換は、ちゃんと断らないとね。


「あ、あの、好美さん、もしよろしければ僕と……」


 零くんが顔を赤くしながら、おずおずと前に出てきた。

 後ろにいる男子連中が固唾を飲んで見守っている。

 なんでそんな保護者っぽいんだか。


「うん、いいよ。連絡先、交換しよう」

「……! うん、ありがとう!」


 私が許可を出すと、零くんが保護者達に向けて小さくガッツポーズをしていた。

 それを見た男子たちがピースサインやらハイタッチやらで盛り上がっている。

 久くんも小さくサムズアップを見せていた。私は見逃さないよ?


LAIN(レイン)にも登録しよ~!」

「じゃんじゃん返信(レス)しますよ~!」

「弟くんの情報が流れないように、"知り合いかも設定"をOFFにしておきなよ」

「あ、今のうちにやっとくね!」


 その後も、スマホ話で私たちは大いに盛り上がってしまった。

 1時間目前まで大騒ぎしちゃったけど、先生に没収されなくて本当に良かったと思う。

 これからはもう少し自重しないとね。


 あとは、ゆーくんに、飛竜さんに、会えたら篤人さんとも連絡先を交換しないと!

 黒川先生の連絡先も貰っておこうかな?


 一気に世界が広がった感覚に心が弾む。

 その後、私は何日か自分用のスマホに酔いしれることになるのだった。


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