表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
秘密結社パンデピス  作者: ゆきやま
36/42

カワウソの怪人

~前回のあらすじ~

 怪人ゲルゲッコーが海水浴場を襲うことを知り、イルカ波まで来たミスティラビット。

 CM撮影に来ていた優輝が奮闘し、零の助力もあってゲルゲッコーを追い詰めるのだった。

 その裏で行われた会議では、ミスティラビットの幹部抜擢に反対意見が出たようで……。

-- 7月21日(金) 15:30 --


 キーンコーンカーンコーン……。

 今日の終業を告げるチャイムが鳴り、生徒たちが部活や自宅へと散っていく雨上がりの午後。

 雲の切れ間からは太陽が顔を覗かせ、気疲れした私の気持ちをちょっとだけ軽やかにしてくれる。


「はぁあ、疲れたよぅ……」


 今週、御披露目されたCMがきっかけなのか、それともゲルゲッコーとの戦いがきっかけになったのか、最近ゆーくんの人気が学校で爆発している。

 その影響で私の周囲も騒がしさを増していた。


 外堀から埋めようとでも考えているのか、姉である私にコンタクトを取ろうとする人が増えたのである。

 同学年はもちろん、後輩や先輩、たまに卒業生の女子高生まで私に会いに来るのだ。


「覚えられないってば~」


 私は内ばきを脱ぐ間、玄関の下駄箱に愚痴を聞いてもらっていた。


 改めて説明しておくと、私の弟である佐藤 優輝は新潟県のヒーローの後継者、クロスライトに変身する防衛隊の1人なのである。


 中学一年生という若さでヒーローになり、大活躍しているゆーくんに夢見る女子が増加中なのだ。

 公式ファンクラブの会員数も開設してすぐ万を突破しているし、その人気は加熱する一方である。


「あれ? 零くん?」


 下駄箱に内ばきをしまっていたら、珍しく零くんが玄関までやって来ていた。

 零くんは部活で遅くまで残っていることが多くて、玄関で一緒になることは少ないのだ。


「あ、あの、好美さんも今、帰り?」

「うん。零くんがこの時間に帰るのは珍しいね」

「今日は休みなんだ。だから防衛隊の訓練に合流しないとね」

「そ、そうなんだ」


 それって柔道部の練習よりキツイのでは?

 零くんも相変わらずストイックだなぁ……。


 この零くんも、ヒーロー、ブルーファルコンに変身する防衛隊の1人だ。

 正体を明かしている珍しいヒーローであり、一級の戦績や甘いマスクから全国的人気はゆーくん以上に高い。


 ただ、新潟県では人気はあれどアプローチされることは少ないし、特に、ここ南中学校内ではそんな話を殆ど耳にすることもない。

 何の因果か零くんは私に片想いをしており、周りにも知れ渡っているからだ。

 一度、告白は断っているのだけど、私に恋人ができるまでは諦めるつもりは無いようである。


「レッドドラゴンに追い付くくらい強くならなきゃ、パンデピスは倒せないからね。僕がきっと、平和にしてみせるから」

「う、うん、頑張ってね」

「うん!」


 一応、応援しておいたけど、実際には嬉しくない。

 零くんは私のために秘密結社パンデピスを倒そうと張り切っているのだが、実は私はそのパンデピス所属の怪人なのである。

 ブルーファルコンに頑張られるととても大変だから、はっきり言えば迷惑なのだ。


 零くんは新潟県の所属というわけではなく本部の所属だから、すぐいなくなるかもと期待していたけど、今のところそういった気配はない。

 戦場で会いたくないんだけどなぁ……。


「あっ!?」

「ん?」


 急に声を上げた零くんの方を見ると、下駄箱を開けた拍子にヒラヒラと紙が舞い落ちていた。

 零くんはそれを慌てて拾い、気まずそうな顔を見せている。


「いや、あの、これは……」

「ラブレターだよね?」


 まだ零くんにアタックを続けようという根性を持った女子がいるようだ。

 いや、もしかして今みたいに零くんがうまく隠しているだけなのだろうか?


「隠さなくてもいいのに」

「ち、ちゃんと断るから」

「付き合ってあげてもいいと思うけど……」


 個人的にはラブレターの送り主を応援したいところだけれど、零くんは頑なに私以外を見ようとしないからなぁ。

 私は零くんは嫌いじゃないけど、近くにいると周りが騒がしくなるから困ってしまうんだよね。

 もし怪人だとバレたら法律で死刑確定だから、私は目立ちたくないのである。


「断るに決まってるよ! 僕が好きなのは君なんだから!」

「ふぇ!?」

「あっ!」


 唐突な愛の告白に、零くんの顔が真っ赤になる。たぶん、私も真っ赤になっていることだろう。

 ついでに、周りにいた生徒たちも驚いた様子で私たちを凝視していた。


「ご、ごめん、僕はこれで!」

「あ、うん。またね!」


 零くんが耐えきれずに逃げ出していった。

 まぁ、逃げたくなるのも仕方ない。

 というか、残った私に視線が集中してとても恥ずかしい。


 「わ、私も早く帰ろ~っと!」


 そそくさと靴を履いて撤退あるのみ!

 三十六計逃げるに如かずだ。


「姉さん」

「ひゃわあ!? ……あぁ、ゆーくんか」


 慌てて玄関を飛び出した私に声をかけてきたのは、我が弟、ゆーくんだった。

 ゆーくんは卓球部だったはずだけど、お休みなのかな?


「ゆーくん、部活は?」

「今日は休み。これから防衛隊の訓練に出るつもりなんだ」


 ゆーくんもか~。

 さすが、ヒーロー2人は努力を欠かさない。

 だからこそ強いのだと感心するばかりだ。


 ゆーくんと話していると、校門から黒塗りの高そうな車が入ってきた。

 私たちの目の前に止まり、運転席からスーツの女性が降りてくる。


「優輝くん、お迎えに来たよ」


 現れたのは樋口みどりさんだった。

 特務防衛課本部の研究所員で、今は十日前町に出向して働いている女性である。

 ゆーくんがヒーローになった時に助け出した人物であり、それ以来ゆーくんに夢中で、登下校の送り迎えもやりたくてやっていると言って憚らない。

 最近は最初の頃よりさらに積極的になってきた気がする。


「樋口さん、お疲れ様です」

「うん、お疲れ様。好美ちゃんもこんにちは」

「こんにちは、樋口さん」


 この間は水着姿が眩しかったけど、スーツ姿もやはり様になっている。

 相変わらず綺麗だし、プロポーションも抜群だ。

 ……いや、ますます綺麗になってないかな?


「樋口さん、なんか身体がさらに引き締まった感じがしますけど」

「あ、分かってくれた? 嬉しい! 最近、ちゃんと運動するようにしてるから、その効果が出たみたいなんだ」 


 気のせいじゃなかったみたい。

 まだ美しくなれるのか、この人は!


「あ、そうだ! 好美ちゃんも乗ってく? 送ってくよ!」

「え?」


 気を良くした樋口さんが提案してきた。


 自宅まで歩くのは苦にならない距離ではあるけど、車に乗せてもらえるなら乗せてもらおっかな?

 ゆーくんとも一緒にいられるし。


「じゃあ、お言葉に甘えて」

「うん、乗って乗って!」


 助手席はゆーくんに譲り、後部座席にお邪魔させてもらう。

 高そうな革製のシートに座ってシートベルトをつけると、樋口さんは車を発進させた。


「先に好美ちゃんを送っちゃうね」

「うん」

「ありがとうございます」


 車は校門を出て、バイパスの通りに差し掛かったところで赤信号で止まった。

 これ幸いとばかりに樋口さんがゆーくんに話しかけていく。


「もうすぐ夏休みだよね? 楽しみね」

「樋口さんもあるの? 夏休み」

「ううん、ほとんど無いよ。でも楽しみなんだ」

「え、何で?」

「だって、優輝くんとずっと一緒に居られるでしょ?」


 むぅ、ゆーくんとずっと一緒とか羨ましい。

 去年までは私がその立場にいたのに……!


「僕のことはいいから、樋口さんも自分のために休みを使わなきゃダメだよ」

「んもぅ、返事がそっけないなぁ」


 ゆーくんは樋口さんの口説き文句に対して小揺るぎもしていないようである。

 もしかして、普段からこんな感じで、それに慣れてしまっているのだろうか?


「僕は訓練とかあるから、時間は無いもん」

「でもいろいろあるじゃない。温泉旅行もあるし、2人でのお出かけが……」


 な、何ですと!? 温泉に、2人で!?


「樋口さん、それは言っちゃダメなやつ!」

「あ、ごめんなさい。好美ちゃんにならいいかなって、つい……」

「ほら、信号が青になってるよ」

「あ、うん」


 私にならいいかって、どういうこと?

 続きが気になるんですけど!


「ゆーくん、さっきのって――」

「ごめん、姉さんには言えない内容が含まれてたから教えられないんだ」

「そ、そっか……」


 ゆーくんのガードが堅い。詳しい話を聞き出すことはできなそうだ。

 ぐぬぬ、まさか本当に2人で温泉に行くのだろうか?

 ゆーくんが樋口さんにそっけない態度を取っているのも、もしかして実際には深い関係であることを隠しているだけ?


 走り出した車がバイパスを通りすぎ、本町通りに入っていく。

 私の家までは3分と掛からないだろう。

 何か聞くにしても時間がないが、それでも何か1つくらいは情報を引き出さなければ!


「あの、樋口さん」

「なに、好美ちゃん」

「樋口さんの最終学歴を聞いても良いですか?」


 私は頭をフル回転させて、樋口さんがゆーくんに相応しいかどうか判断するために学歴を聞くことにした。


 料理の腕は文句無し、容姿も文句無し、お仕事の内容的にお給料もたぶん問題ないだろう。

 あとは学歴である。

 ここがダメならまだ私にも付け入るチャンスがある。ゆーくんにも、飛竜さんにだって私はアピールが可能なはずだ!


 というか、他で樋口さんに勝てそうなものがないよぅ!?

 このままじゃ2人とも樋口さんに夢中になって、私のことなんか忘れてしまうことに……!

 あわわわわ!


「姉さん、なんか樋口さんと張り合ってない?」

「ふぇ!? そ、そんなことないよ?」


 ゆーくんが私の心を読んだかの如く、鋭い質問を浴びせてきた。

 慌てて否定したけど、ゆーくんは疑惑の目で私を見ている。

 樋口さん、早く! 早く答えを! プリーズ!


 私の葛藤をよそに、樋口さんは気楽な感じで自身の学歴を教えてくれた。


「んーとね、私の最終学歴はハルバード大学卒業だよ」

「へぇ~、ハルバード大学ですか~。……ハルバード、え、そ、それって、まさか!?」


 か、海外の大学! しかも世界最高峰の!?

 正直、学歴も悪くないんだろうな、くらいは思っていた。

 しかし、東大より更に上のレベルの大学が出てくるなんて想定の遥か上である。

 勝てるわけあるかぁ!


「薬学や人体力学とか、夢中で研究したなぁ。研究室のみんな、元気かな~」


 よくよく考えたら、特務防衛課の本部の研究所員になれるくらいなんだから、学歴が低いわけないに決まっているじゃん。

 あぁ、私のバカ……。


 車は坂道を登り、私の自宅前に到着する。

 ドアが自動で開き、私は車を降りた。


「ありがとうございました」

「うん。じゃあね、好美ちゃん」

「バイバイ、姉さん」

「うん、バイバイ」


 手を振って走り出した車を見送ると、私は必死に作っていた笑顔をやめて溜め息をついた。


「はぁー、何一つ勝てないよぅ……」


 怪人になってヒーローから逃げ回るようになってからも、ここまでの戦力差を感じたことはない。

 しかも、一番得意だと思っていた勉強で、一番打ちのめされることになろうとは……。


「はぁ~……」


 私はため息をつくことしかできず、トボトボと家の中へ入っていった。



-- 7月22日(土) 5:15 --


 どんよりした雲が空を覆い尽くし、今にも雨を落としそうな天気のなかを、私は牛乳配達のために自転車で走り回っていた。


 昨日、打ちのめされた私の心を反映するかのような空模様に、気落ちのスパイラルが加速していく。

 配達用の自転車のペダルも重く感じるし、ため息も止まらない。

 私のため息で牛乳が不味くならないか心配になるくらいだ。


 何も考えないようにして牛乳配達をしていると、前方に見知った人物が走っているのが見えた。

 いつものウィンドブレーカーと帽子をかぶってジョギングしているのは、防衛隊員であり、私がこっそり慕っている相手でもあるアズマさんだ。


 向かう方向が同じようで、自転車に乗った私は程なくアズマさんに追い付いた。


「おはよう、好美ちゃん!」

「おはようございます、アズマさん」


 気合いが入った様子のアズマさんが曇り空に負けない爽やかさで挨拶してくれる。

 ちょっとだけ元気がもらえた気がして、私は少しだけ明るい気分になる。


「元気ないな、好美ちゃん」

「えぇ、まぁ……」


 アズマさんは私が元気じゃないことに一目で気づいてくれたようだ。

 よく私のことを見てくれているんだと思うと、また少し気分が明るくなる。


「ちょっとだけ嫌なことがあっただけですから」

「そっか~。でももうすぐ夏休みだろ? そうしたら楽しく過ごして嫌なことだって忘れられるさ!」


 そうであればいいんだけどなぁ……。

 ゆーくんと樋口さんの夏休みが悩みの発端だから元気になれるかは分からないかも。


「ゆーくん、夏休みになったら私のこと、忘れちゃわないかなぁ」

「何だい、それ?」

「本人が忙しいって言っていましたけど、やっぱり忙しいんですよね?」

「まぁ、優輝や零は忙しいだろうなぁ。また公開訓練とかもあるみたいだし、普段の訓練も夏休みは強化されるだろうから」


 アズマさんは段々とトーンダウンしていった。

 私の様子から、ゆーくんに会う機会が減ることを寂しがっていると考えたらしい。

 まぁ、ある意味、合っているとも言えるけども。


「うーん……あっ、そうだ! 優輝のCM見た?」

「あ、はい。もちろん」


 いつでも見返せるように録画していますとも!


「あれ、優輝にスマホを供給したのがきっかけなんだ。だから今、優輝はスマホを持っているってこと! 優輝に連絡して直接、話せばいいよ!」

「スマホかぁ……」

「優輝の番号、教えようか? ついでに零の番号も付けておくぜ!」


 零くんのはいいや。

 ……じゃなくて、私はそもそもスマホを持っていない。

 残念だけど、個人で連絡し合う手段は持ち合わせていないのである。

 自宅に備え付けの電話はあるから、私が出かけてなければ電話できるだろうけどね。


「すみません、私はスマホを持っていないんです」

「あー、そっか。良い案だと思ったんだけどな~」


 もう少しアズマさんと話をしたかったのだが、配達先の家の前まで来たので、ここでお別れである。


「もしスマホを持つことになったら教えてよ。あの2人には俺からも伝えとくからさ」

「はい、お願いします。その時はアズマさんの連絡先も教えてくださいね?」

「俺のも? 良いぜ、その時は教えるよ。それじゃ、またな!」

「はい、また!」


 私は自転車を降りて、アズマさんが走り去っていくのを手を振って見送った。


 アズマさんが見えなくなると、私はぐっとガッツポーズを取った。

 よ~し! どさくさ紛れにアズマさんとの連絡先交換を約束したぞぉ! やっほぉう!


 嬉しさのあまり跳び跳ねる。

 実際にはまだ連絡先を交換したわけでもないのだけど、それでも大幅な進歩だ。よくやった、私!


 そうやってはしゃいでいたところ……。


 ドゴォンッ! と真後ろから衝撃が迸り、私は真正面の道路に弾き飛ばされて前転を2回ほど繰り返すことになった。

 石畳の上をゴロゴロと転がったため背中が痛い!


 起き上がって後ろを振り向くと、私の背中に衝撃を与えた犯人が配送トラックから降りてきたところだった。

 その手には熨斗紙(のしがみ)のついた箱を抱えている。


「やあ、おはよう、好美ちゃん。お届け物だよ。直送便ってやつだね」

「直送過ぎますよぅ! 私じゃなかったら幽世(かくりよ)送りになってますからね!」


 現れたのは鈴木 篤人さんだ。

 私と同じく秘密結社パンデピスの戦闘員であり、主に連絡係を担っている人物である。

 彼は私が怪人であることも、人間の状態でも怪人並みの耐久力があることも知っているため、こうやって車両で体当たりするイタズラを仕掛けてくるのだ。


「まぁまぁ、このお中元を受け取って元気出してよ」

「篤人さんの贈り物ですらないじゃないですか……」


 他人の贈り物でご機嫌を取ろうとしないでほしい。せめて本人の贈り物にしてくれないと。

 いや、それ以前に体当たりをやめてほしいんだけどね。


 しぶしぶ箱を受け取り、送り主を確認したら意外な人の名前が書かれていた。


「零くんから? へぇ~、お中元なんて送るんだ」

「あの子もしっかりしてるよね」


 零くんも年齢の割には大人びた印象を与える子である。

 中学2年生という年齢で、まさかお中元を使いこなすとは……!


「これは急いで届けなきゃって思ってね。最速で届けに来たってわけさ!」

「その結果、私に大ダメージが入ったんですけど」


 せっかく零くんが気を効かせてくれたのに、要らない配慮で台無しである。


「そうそう、トウモロコシは持ってくるの忘れちゃったから、また後で持ってくるよ」

「あ、貰えたんですか? ありがとうございます」


 篤人さんのご近所さんからリクエストはあるかと聞かれたので、厚かましくもトウモロコシを頼んでいたのだ。

 お返し、ちゃんと準備しなきゃな。


「贈り物についてはこのくらいにしておいて、今日の情報について伝えるよ」

「はい、お願いします」


 ここからはパンデピスの連絡事項のようだ。

 篤人さんが声を抑えて話し始める。


「まず、先週の撤退は成功。ゲルゲッコーも無事だったよ」

「それは良かったです」

「好美ちゃん、喜ぶんだねぇ」

「当たり前じゃないですか」


 ゲルゲッコーは女の敵かもしれないが、物的被害や人的被害は出していない。

 私にとってはそんなに嫌うほどの怪人ではないのである。

 もっとヤバい怪人はたくさんいるからね。


「まぁ、それならそれで構わないよ。あの襲撃による被害者は無し。損害も0だったよ」

「ストレスがかかった人はいたと思いますが……」

「その人たちも、優輝くんと零くん、それと好美ちゃんのセラピーで回復したみたいだよ」

「うぇ!? 私も!?」


 確かに、あのあと少しだけ話をしたけど、ただ質問責めに付き合わされただけなのだが。


「話してたら元気が出たんだってさ」

「そ、そうですか」


 別に良いのだけど、なぜ?

 輝羽ちゃんたちもお喋り好きだし、お話が好きな人たちだったのかな?

 元気になるくらい楽しかったなら、それはそれで良かったということにしよう。


「ついでに、すぐ近くで優輝くんのCMのロケがあったことが特定されて、展望台も人気みたい」

「もう特定されたんですか!?」


 似たような風景の場所なんて、それこそ無数にありそうなものなんだけどな。


「ゲルゲッコーが暴れているところにすぐ駆けつけた実績と、イルカ波がニュースで映されたことがヒントになったみたい」

「ふぇ~」


 話題になっていた2つだったから、情報が上手く繋がって発覚も早かったってことか。

 ニュースで映った場所を見て、CMにも映っていたら"もしかして"って思うのかもしれない。


「でもって、ちっちゃな展望台に、大人数で乗って写真を撮るのが流行ってるんだよ」


 篤人さんがスマホを取り出し、その写真を見せてくれた。

 インドで溢れんばかりの人が車や列車に乗っている写真を見たことがあるけど、あんな感じで大量に人が乗っかってポーズをとっている。

 いやいや、壊れちゃうって!


「いやぁ、有名人の影響力ってすごいよねぇ」

「ゆーくん、遠い存在になっちゃったなぁ」

「学校に行けば会えるのに、何言ってるのさ」


 確かに、すぐそばに居るんだよね。

 遠くに行ったように感じることの方が錯覚なのかなぁ?


「それで、今日の予定なんだけど、ウソつきが出撃予定なんだよ」

「ウソつきですか~」


 怪人【ライオーター】

 カワウソの怪人。

 ちょこまかした動きと鋭い爪が武器だが、それ以上にとにかく良くしゃべる怪人。

 嘘や挑発で相手のリズムを搔き乱す、敵にまわすと面倒な怪人だ。

 ライが嘘、オーターがカワウソって意味だったと思う。


「それで、作戦は?」

「それが、作戦のことで幹部と対立してね。出撃の許可が降りないだけで済めばいいんだけど……」 


 言葉の端に、今までに無い不穏な雰囲気を感じた。

 出撃前にライオーターが粛清されるようなことも有りうるのだろうか?


「今日は好美ちゃんがキーになるかもね」

「私がですか?」

「また、君を誘拐しようって作戦らしいよ」

「あぁ……」


 ヒートフロッグの時と同じ感じか。

 そりゃノコギリデビルも許可を出さないに決まっている。

 それに対し、ライオーターが納得できないと不満を爆発させているってことかな?


「幹部に楯突いてるんですか? 無謀なんじゃ……」

「ウソつき一人だけならね。何人かの怪人に声をかけていたらしいから、もしかしたら数人かもね」


 口八丁で味方を増やすつもりか。小癪なヤツである。


「そんなわけで、本部に顔を出すことにしよう」

「分かりました」


 出撃前から被害者が出る展開は避けたい。

 私がいることで丸く収まるならそれで良いかな?

 最悪、私が作戦に協力して、誘拐されればいいだけだし。


「さて、長話しちゃったね。そろそろお互いに仕事に戻らないと」

「そうですね」


 篤人さんは連絡事項の通達を終えると、配送トラックに乗り込んで窓から顔を出した。


「それじゃ、またあとで!」

「はい、よろしくお願いします。安全運転してくださいね~!」


 私の言葉に篤人さんは大きく手を振って、運送トラックは走り去っていった。


 私の牛乳配達もまだまだこれからだ。

 とりあえず目の前の家に配達を行い、零くんから貰ったお中元をお腹に抱えて自転車を走らせる。


 お中元の中身は何だろう?

 ちょっとした期待が私の心をまた少し軽くする。

 暗く淀んでいた私の心は、天気よりも一足早く晴れ間を見せ始めていた。



-- 7月22日(土) 8:20 --


「その作戦は容認できないと何度言えばわかる」

「何でダメなのかを聞いてンだよ!」

「「「そうだそうだー!」」」


 なんだか国会のテレビ中継で見たことあるような一幕が、秘密結社パンデピスの地下基地のエントランスにて繰り広げられていた。

 何人かの取り巻きを従えて矢面に立っているのはライオーターで、その質疑に答えているのはノコギリデビルである。


「理由すら話せねぇってのは納得いかねぇンだよ!」

「「「そうだそうだー!」」」


 取り巻きたちは"そうだ"としか言ってないな。

 あれはライオーターによる仕込みなのかな?


「ずいぶん勢いづいてますけど、ノコギリデビルは大丈夫なんですかね? 多人数に対して1人だけだと厳しいんじゃ……」

「この場では1人だけど、正直言って戦いになったら組織の大半がノコギリデビルに付くと思うよ?」


 まぁ、そうだろうなぁ。

 ノコギリデビルは組織内で培ってきた味方がたくさんいるし、その数はライオーターの比ではない。

 本格的に対立したら勝てる見込みはないと思うのだが、ライオーターや取り巻きたちはその事実をちゃんと把握しているのだろうか?


「ふふふ、私の言うことがどうしても聞けないか? ライオーター」


 あっ、まずいかも。

 ノコギリデビルはかなり頭に血が上っている様子を見せている。

 やばいって! ライオーターもそろそろ退かないと!


「このまま引き下がれるかってンだよ!」

「「「そうだそうだー!」」」

「ほぅ……」


 いや、何でそこで煽るんだよぅ!?

 さすがに止めなければまずそうなので、私はたまらず両者の間に割り込んだ。


「待って待って! 両方とも落ち着いて!」

「! ミスティラビットか」

「あンだよ! 部外者は出てくンな!」

「「「そうだそうだー!」」」


 いや、作戦の内容から考えたら、めちゃくちゃ関係者なんだけどね。

 直接、それを言うわけにはいかないからなぁ。


「落ち着いてください! 話し合うにしても、もう少し落ち着かないと纏まりませんよぅ!」


 私はひとまず落ち着けと繰り返すに留めておいた。

 ライオーター側は不満そうにしていたが、ノコギリデビルは少し冷静になれたようである。

 これなら何とかなるかな?


「ミスティラビット、作戦の内容は聞いたか?」

「軽くですが聞きました。クロスライトの姉を誘拐するとかなんとか……」

「ふむ、そうか……」


 浚われる予定の張本人が私であり、ノコギリデビルももちろんその事は把握している。

 だからこそノコギリデビルもライオーターの作戦に反対しているというわけだ。


「あの~、最悪、協力してもいいですけど……」


 何を、とは言わずに提案してみる。

 ノコギリデビルは思案に耽り、すぐに顔を上げてライオーターたちに語りかけた。


「さて、ライオーター。私が怪人や戦闘員の正体を把握し、表社会で出撃作戦に巻き込まれないように調整していることは知っているな?」

「そンくれぇ分かってるよ。だから何だ!」


 ノコギリデビルはライオーターの返答に頷いた。


「ふふふ、宜しい。お前の作戦を許可できない理由はその関係だ。クロスライトやブルーファルコンは正体を明かしているヒーロー。当然、我らパンデピスとて何もしていないわけではない」


 ノコギリデビルの言葉に、ライオーターたちが顔を見合わせる。


「つまりだ。我らの仲間が彼らの近くに潜んでいるということだ」


 スパイの存在を明かしたノコギリデビルの言葉に、今度はライオーターの取り巻きたちの中に納得の表情を浮かべる者がいた。

 まあ、ライオーター自身はまだ噛みついて来るわけだけども。


「そいつに手を出さなきゃいいンだろうがよ!」

「お前は作戦だからと、他の怪人に自分の正体を教えてもいいのかね?」


 この質問にはライオーターも黙りこんだ。

 もし組織内で正体を明かしたら、序列下位の怪人による暗殺に怯える生活が待っていることだろう。

 過激な思考を持つ怪人は多く存在する。

 組織内でも正体を明かさないようにしているのは、自身の身を護るためでもあるのだ。


「誰が我らの仲間なのかを伝えることはできない。逆に誰が仲間ではないと断言することもできん。クロスライトに近しい者たちに手を出すのは許可できんのだ」


 組織の構成員を守るためというノコギリデビルのロジックに、取り巻きたちも黙り込んだ。

 何人かは悔しそうにしているが、どうにもならないだろう。

 特にライオーターはかなりフラストレーションが溜まっているみたいで、本当に反逆でも企てるんじゃないかという雰囲気を醸し出している。


 その様子を見て、ノコギリデビルも再び不愉快そうな雰囲気に戻ってしまった。


「まだ不満のようだな、ライオーター。私としては仲間がどのあたりにいるのかというヒントすら伏せておきたいというのに、かなり譲歩して情報を開示したつもりだが?」

「くそっ、つまンねぇぜ! せっかくヒーローに手をこまねいている幹部様を助けようと思ってたのに、ダメ出しの嵐なンてなぁ!」


 当てこすりがひどい。

 そもそも絶対ノコギリデビルのためなんて思っていなかっただろうに。

 その言動にノコギリデビルは挑発的な笑みを浮かべた。あれは相当怒っているな。


「ふふふ、そうだな。ならば今回は条件付きで許可を出してやろうではないか」

「あぁ!?」

「お前の口車に乗ってやろうというのだ」


 ノコギリデビルはチラリと私を見て、話を続けた。


「誘拐する役をミスティラビットにすること、そして誘拐する相手もミスティラビットが決めること。これを守れるなら特別に許可を出そう」

「うぇ!?」


 完全に巻き込まれたんですけど!?


「あの、なんで私なんですか?」

「ふふふ、()()を誘拐するにしろ、他の誰かを誘拐するにしろ、お前ならば巻き込んだ一般人を安全に返すことも容易かろう。ライオーターに付き合ってやれ」

「わ、分かりました」


 彼女というのは"佐藤 好美(わたし)"のことだろう。

 自分自身を攫わせるか、他の誰かを攫うのか自由に決めろということに違いない。

 もともと協力するつもりで来たのだから、作戦の決定権の一部を貰えたのは悪い事ではないはずだ。


「撤退役はライオーター、お前が好きな怪人を選ぶがいい」

「はンっ、了承したぜ幹部様よぉ! きっちり仕留めてきてやるから、報酬を用意しておけや!」

「ふふふ、お前に私を納得させることができるかな?」


 ライオーターの啖呵を受け流して、ノコギリデビルはエントランスを出て行った。


 残されたライオーター以外の怪人たちと私で顔を見合わせる。

 さっきまでの威勢もどこへやら、これ以上は巻き込まれたくないという雰囲気が顔を覆っていた。

 ノコギリデビルの正当性や憤怒を感じて、完全にしり込みしている。


「とにかく許可は降りた。ノコギリデビルに、目にもの見せてやるぜ、お前ら!」

「お、おー!」


 返事したのは私だけだった。

 みんな、ライオーターの応援にきたんじゃないの?

 お願いだから、最後まで頑張ってよ!


 その後、撤退役は怪人バブルキャンサーが担うことになり、他の怪人たちは月並みな応援メッセージを残してそそくさと退散していく。

 まぁ、別にいいんだけどね。


 その後、作戦を練った私たちは現場で落ち合うことにして一時解散したのだった。



-- 7月22日(土) 12:30 --


「ここだね」

「知ってますよ。家のすぐ近くじゃないですか」


 私と篤人さんは今、自宅の坂を下ってすぐのところにある神社の入り口にいる。

 ここでターゲットを誘拐する予定なのだ。


 私たちは石造りの鳥井をくぐり、急な坂を登って神社の前まで移動した。

 ここには大小5つほどの社が連なって建てられており、それぞれに神様を祀っている。

 今は参拝客も居なくて、セミの鳴き声だけが木々に囲まれた境内に響いていた。


 私たちは人目が無いことを確かめると、木々の間に身体を隠した。

 私は黒いブローチを取り出して、変身のための合言葉をこっそりと囁く。


「白き霞よ出でよ、メタモルフォーゼっ!」


 合言葉を受けた黒いブローチが白く輝き、中から光の帯が飛び出してくる。

 その光の帯は私の身体に巻き付くと、着ていた服を怪人用のコスチュームへと変化させていった。

 さらに私は怪人の力を解放し、ウサギの怪人の姿を露わにする。

 これで怪人ミスティラビットへの変身は完了だ。


「よし、準備できた!」

「こっちも準備できてるよ」


 篤人さんも戦闘員21号の姿になり、私たちは揃って身を屈めた。


「しばらくしたら来ると思うから待とう」

「ちゃんと来ますかね?」

「大丈夫、僕の調査に抜かりはないよ。アツ卜にお任せってね!」


 曇り空の下で待つことしばし、やがて車が近くに止まる音が聞こえ、一人の女性が神社の坂道を登ってきた。

 左側の社にあるお賽銭箱に小銭を投げ入れて、手を合わせている。


「ほらね」

「本当に来た」


 現れたのは樋口さんである。


 土日祝日はパンデピスの襲撃が予想されるため、防衛隊は持ち場についていることが多い。

 樋口さんは研究所員ではあるけれど防衛課の人間だ。防衛隊と同じく基地内に引っ込んでいると思い込んでいたのだが、篤人さんに聞いたところ外出することがあるらしい。


「お昼休みに来ることがあるんだ。優輝くんの無事を祈っているんだろうね」

「そっかぁ」


 樋口さんの服装は、白く眩しいロングのYシャツと、紺色のタイトスカートをはいたオフィスレディのスタイルである。仕事の合間に来ているということだろう。


 それを聞くと、これから私が行うことにますます罪悪感が増してくる。

 しかも、それを神様の目の前で行うことになるのだ。

 大切な人のために祈る乙女と暴挙に出る怪人とでは、神様がどちらに味方するかなんて考えるまでもない。

 手荒い真似は控えるので、どうか超弩級の神罰は勘弁してもらいたいところだ。


「では、行きます!」

「了解!」


 私は地面を蹴って、樋口さんの頭上から一気に急襲した。


「あっ!?」

「こんにちは」


 一気に背後を抑え、腕を掴んで後ろ手に組伏す。

 相手を傷つけないよう、細心の注意を払いながら彼女を拘束した。


「私は怪人ミスティラビット。樋口みどりだな? 我々に着いてきて貰おうか」

「うぅ……!」


 作戦通り樋口さんを確保したのを見て、戦闘員21号がすかさず別動隊に連絡を入れる。


「こちら戦闘員21号。目標の人物の確保に成功した」

『了解。こちらも作戦を開始する』


 連絡の直後に爆発音が響き、十日前町大橋からモクモクと煙が立ち上る。

 次いで、怪人の出現を告げるサイレンが町中に響き渡った。


『そっちは人質を確保したまま隠れて待機していてくれ』

「了解。ライオーター様の武運を祈るよ」


 無線を切り、私と戦闘員21号は樋口さんを連れて社の裏側へと移動した。


 今回の作戦はこうだ。

 私たちが樋口さんを確保し、隠れて待機する。

 何処に人質が居るのか分からないようにして、ライオーターがヒーローたちに脅しを掛けるのだ。


 レッドドラゴンが駐留する前は怪人1人だけの出撃ばかりだったし、怪人が人質を直接確保していたことが多かった。

 部隊を分けての作戦は上手くいくだろうか?


「さて、この場にいると探しに来る人に見つかっちゃうから、少しは移動したいねぇ」

「そうですね」


 とはいえ、動けば誰かに見られる可能性は高くなる。

 上空からは監視されているかもしれないし、下手に動くわけにはいかない。

 上には総合公園があるから、そっちに人がいる可能性もある。


 そうなると、森の中をちょこっと移動するくらいが関の山だ。

 これじゃ、すぐ見つかっちゃうかなぁ?


「森の中に行きますか? ここにいるよりはマシですし」

「……そうだねぇ」


 戦闘員21号が妙にのほほんとした感じで答えた。

 すでにやりきったという感じが出ており、普段の抜け目ない雰囲気も鳴りを潜めている。

 もしかして、見つかっても良いって思ってない?


「戦闘員21号、可能な限り逃げないと……」

「すでに手遅れみたいだね。上手くやられたよ」

「ふぇ?」


 もう手遅れ? やる気が無いんじゃなくて、もう決着が着いているから観念したってこと?

 ってことは……。


「うっ!?」


 急に腕に圧迫感を感じた。

 樋口さんを押さえつけていた手の自由が効かなくなる。

 良くみると、そこに手の輪郭が浮かんでいた。


「こ、これは……!」


 戸惑っているうちに、私は簡単に樋口さんから引き剥がされてしまった。

 森のなか、背景から浮かび上がってきたのは樋口さんの肩を抱く、光のヒーロー、クロスライトだった。


「優輝くん!」

「助けに来たよ、樋口さん」


 クロスライトは樋口さんを庇うようにして、私たちと対峙している。

 戦闘員21号は即座に別動隊へと連絡を入れた。


「こちら戦闘員21号。すまない、クロスライトの奇襲を受け、人質の奪還を許してしまった」

『なに!? 早すぎるだろ!』

「だが事実だ。ライオーター様の指示を仰げ」

『くそ、了解だ!』


 本当にあっさり、早すぎる奪還を許してしまった。

 これじゃライオーターの作戦に全く貢献できていない。


「なんで、こんなに早く……!」

「それはですね」


 私の疑問に、樋口さんがYシャツの袖口から平べったい卵形の機器を取り出した。


「これ、優輝くんからもらった発信器なんです。私に持っていてほしいって……」


 そう言って、その発信器を大事そうに両手で包み込んだ。

 樋口さん、凄くヒロインしてるなぁ。

 クロスライトがまさにヒーローっていう動きをしているから、それも仕方ないか。


 好きな人からの贈り物が、今まさに自分の命を守ってくれたのである。

 大切にされていると感じずにはいられないのだろう。


「いやぁ、参ったね。さっき肩に手を置かれた時点で僕は作戦を諦めたよ」

「私も似たような感じです。私がすぐに耳で警戒していたら……」

「仕方ないさ。相手の行動が早すぎたんだからね」


 戦闘員21号は素直に脱帽していた。


「優輝くん、他のヒーローは?」

「後から来る。それまでは僕が相手だ!」

「そんな……」


 クロスライトの言葉に樋口さんの瞳が更に潤む。

 あの顔は絶対『私のために、いの一番に駆けつけてくれるなんて』とか考えてるよ。


「勝負だ、ミスティラビット! "閃光弾"!」

「うっ!?」


 いきなりクロスライトが閃光を放ってきた。

 そして、間髪入れずに私を掴んでぼそりと呟いた。


「姉さん、こっち!」

「あ、うん!」


 今の攻撃は最初から話をするための行動だったらしい。

 少し手加減していたみたいで、私の目はすでに普通に見えるようになっていた。


 クロスライトと私は連れ立って森の中へと移動し、小さく身を屈めてこそこそと内緒話を始めた。


「やっぱり姉さんだった。僕が来ていて良かったよ」

「ゆーくん、私に会うためにこっちに来たの?」

「うん。というか、それしか理由が無いでしょ?」


 ゆーくんとしては私に会うのが主目的のようだ。

 樋口さんのロマンスは副産物だったか。


「なんか行動を起こしそうな気がしたんだよね。姉さん、妙に樋口さんのことを気にしてたし」

「わ、私だって本位じゃないよぅ!」


 まあ、人質を取ることが決まった時に、樋口さんに怖い思いをさせちゃおうという気持ちが僅かながらあったことは否定しきれないが。

 2人で温泉デートに行くのが羨ましかったとか、そういうことも無くはないというか……。


「樋口さんに発信器を持たせて、くっついてきた甲斐があったよ」

「ゆーくんも最初から来てたんだね」

「車の中で待ってたんだ。そしたら案の定……」


 クロスライトが私を指差した。私が現れたと言いたいのだろう。


 それにしても、私が分かりやすいのか、ゆーくんが鋭いのか、私の行動が完全に見透かされている。

 我が弟は優秀過ぎないか?


「それで、樋口さんは返してもらっていいんだよね?」

「あー、うん。別にもう戦ってでも取り戻すとか考えてないよ」


 そんなことしている間にライオーター側の決着が着いちゃうだろうし、ゆーくんと戦ってまでやるべきことではないだろう。


「そっか、良かった」

「ちなみに、もし私がダメって言ったらどうしたの?」


 やっぱり戦うことになったのかなぁ、とか思っていたら、ゆーくんは想定外の言葉を返してきた。


「しばらく姉さんとは口を聞いてあげない」

「うぐぅっ!?」


 そ、想定外のダメージが……!


 ついつい叫んでしまったのが悪かったのか、私の声が戦闘員21号の耳に届いてしまったようだ。

 ボシュッ! という音と共に辺り一面が濃い霧に覆われる。


「ミスティラビット! 平気かい?」

「す、すみません、全っ然平気です」


 世間話のリアクションで叫んじゃったとか言えないよぅ!?

 戦闘員21号は私とクロスライトが車座になっている様子を見て、ホッとした顔を覗かせた。


「それなら、このまま撤退と行こうか」

「はい、逃げましょう!」

「待てぇ、ミスティラビット!」


 クロスライトが声だけの警告を発して、手では早く行けというジェスチャーをしている。

 私と戦闘員21号は軽く手を振ってそれに応え、森の奥へと身を隠した。



-- 7月22日(土) 13:00 --


「ただいまー。姉さん、いるー?」

「あれ、ゆーくん!?」

「やぁ、こんにちは優輝くん!」


 家でまったりテレビを見ていると、ゆーくんが久しぶりに家に帰ってきた。

 あの後、私と篤人さんは私の家に戻り、ほとぼりが覚めるまで大人しくしていたのである。

 近場で事件が起きたこともあり、外は今も防衛隊や警察でいっぱいだ。


「帰ってきたの?」

「ううん、違うよ。この近くで事件があったから、活動範囲内ってことで一時的に顔を出していいって」

「そっか~。上がって上がって!」

「お邪魔します。っていうのも変かな?」


 ゆーくんを居間に通し、お茶とお菓子を出した。

 ちょっとでもゆっくりしていってくれるといいなぁ。


「いやぁ、さっきはやられたよ。僕が知り合いじゃなかったらやられてたね」

「すみません、今回は交渉も無しで交戦に入ってしまって……」

「いや、構わないよ。そっちの仲間たちと通信しながら戦ってるんでしょ? そんな中、上手く立ち回ってくれてると思うし」


 篤人さんとゆーくんの会話を聞いて、クロスライトになったのがゆーくんで本当に助かったと思った。

 じゃなかったら不意うちだけで大打撃を受けていたはずである。

 考えれば考えるほど我が弟は優秀だ!


「私も、ゆーくんじゃなかったら自分の秘密を守りきれているか分からないよ」

「僕も、姉さんがそういう性格で良かったと思ってるよ。どんな情報も筒抜けになりそうなんだもん」

「え?」


 横を見ると、篤人さんがうんうんと頷いている。

 そう言われてみたら、私のウサ耳もかなりスパイ向きの能力かもしれない。

 積極的に使うつもりはないけれども。


「今回、最初は好美ちゃんが浚われる予定だったんだよ。ライオーターの作戦だとね」

「またですか?」

「さすがに許可は降りなかったけどねぇ」


 篤人さんの話を聞いて、ゆーくんも心配より呆れの気持ちが先行しているようである。

 私、たぶんライオーターなら人間形態でも力負けしないだろうからなぁ。


「あ、そうだ。姉さんも欲しい? 発信器」

「ふぇ? あぁ、樋口さんが持っていたアレ?」

「うん。教官が姉さんにも渡しておいたらって」

「あー、うん……」


 ちょっと欲しい。

 でも、私が持っていたら逆に問題になる気がする。

 相手に自分の位置を教えるわけだよね?


「さすがに探知されるのは怖いかも」

「好美ちゃん、うっかり押しちゃいそうだもんねぇ」

「うぅ、否定しきれない……」


 何かの弾みでボタンを押すとか、壊して通報される事故が起きないとも限らない。

 やっぱり危険かな。欲しいけども。


「うーん、わかった。でも、教官も飛竜さんも、姉さんが緊急連絡手段を持ってないことを心配してたよ?」

「そっか~」

「ただ断っただけじゃ不審に思われるかもねぇ」


 私、巻き込まれること多いからなぁ。

 確かに、ただ断っただけだと怪しまれちゃうかも。


「発信器は僕が持ち帰るから、もし必要になったら言ってね」

「うん、分かった」


 ゆーくんが発信器をしまって立ち上がった。


「もう行くの?」

「うん。仕事の一環で立ちよったからね」


 さっきの発信器を渡すことが仕事だったのかな?

 そういった理由が無いと、まだ家に来ることもできないのだろう。

 正体を明かしているヒーローは身を護るために制約が多いのである。


「優輝くん、忙しいんだねぇ。夏休みもやっぱり忙しいのかい?」

「ゆーくん、大丈夫? 頑張りすぎて辛くない?」


 日々の訓練に防衛隊の顔役、ヒーロー活動と、心休まる暇は無いんじゃないかと心配だ。

 でも、ゆーくんは余裕の表情で笑って見せた。


「大丈夫。それに休みが無いわけじゃないよ。今度、防衛隊のみんなで温泉に行くし」

「そっか、それなら……って、あれ? 温泉に、()()()で?」


 樋口さんとの温泉デートのはずじゃ……。


「あのぅ、ゆーくん、温泉は樋口さんと2人きりで行くわけじゃないの?」

「え? 違うよ。そもそも教官が飛竜さんを温泉に連れていこうとして、飛竜さんがみんなで行こうって言ったんだよ。だから僕や樋口さんはどっちかというとオマケの方だよ」

 

 そ、そうだったの!?

 私はつい、ゆーくんと樋口さんのデートだとばかり思っていた。

 冤罪で樋口さんを誘拐対象に選んでしまったとは、不覚(ふかく)……!


「あ、2人ともこの事は……」

「分かってる。言いふらしたりしないさ。ゆっくりお湯に浸かってきなよ」

「私も、誰にも言わないから!」

「うん、ありがとう」


 ゆーくんや零くんもそうだけど、なかなか身体を休められない防衛隊員の皆さんの邪魔はできない。

 是非とも温泉で日々の疲れを癒し、英気を養ってほしいものだ。


 ゆーくんは最後に『行ってきます』の挨拶をして玄関を出ていった。


「……緊急連絡手段かぁ~」


 さて、残った問題は発信機を貰わずに済む方法である。

 頑なに拒み続けていたら、それがきっかけで疑われることにもなりかねない。

 "無くても平気です"で済ますには無理があるし、どうしよう?


「好美ちゃん、まだスマホ持ってなかったよね? スマホがあったら言い訳できるんじゃない?」

「あー、そっか!」


 確かに、スマホを持ってるなら発信器は要らないと言い張れるはずだ。

 それに、もしスマホが手に入ったら、ゆーくん、飛竜さんの連絡先も貰える!

 ついでに零くんのも。


「スマホかぁ~……」


 少し検討してみようかなぁ?



-- 7月22日(土) 16:30 --


 秘密結社パンデピス本部のエントランスにて、ノコギリデビルと、私と戦闘員21号を含む戦闘員たち、それと撤退役に選ばれていた怪人バブルキャンサーが集まっていた。


 その輪の中にライオーターの姿は無い。


「ふふふ、ライオーターめ。散々息巻いておいてこの体たらくか」


 別動隊の報告では、ライオーターの前に現れたのはレッドドラゴンとブルーファルコンだったようだ。

 ライオーターと直接戦うことになったのはレッドドラゴンである。


 私たちが人質を奪還された後もレッドドラゴンは人質の解放に気付いていなかった素振りを見せていたらしい。

 それに気をよくしたライオーターは騙しきれると踏んだようで、レッドドラゴンに戦いを挑んだそうだ。


「嘘つきがまんまと騙されることになろうとはな」

「申し訳ございません。情報共有はされているはずと進言はしたのですが……」

「ふふふ、諸君らはよくやってくれた。此度の敗戦はライオーターの判断ミスに他なるまい」


 敗北の要因としては、人質を簡単に奪い返された私たちにも責任はあるのだろうけれど……。


「すみません、人質をあんなに早く失ってしまって」


 戦闘員21号がそう言って頭を下げた。

 責任者の私だって同罪だろう。あわてて一緒に頭を下げた。


「ふふふ、それも含めて作戦の責任者はライオーターにある。ブルーファルコンやクロスライトとて正体を明かす以上、それなりの準備をしているのは当然だ。作戦が失敗することもあるだろう」


 それにしたって鮮やかすぎる人質奪還だったし、私はともかく戦闘員21号は本気で悔しかったらしい。

 最初からヒーローに勝ちを譲るつもりだっただろうけれど、工作でゆーくんに完敗だったからなぁ。

 課乃瀬ダムの時と合わせたら2連敗である。


「ふふふ、作戦が失敗した時にさっさと逃げれば良いものを、下らぬ意地を張るからだ。あっさりやられたのはライオーターとて同じことよ」


 あっちも、ものの数分で決着が着いたんだよね。

 カップ麺ができる時間より短かったらしいし、バブルキャンサーも割り込めなかったようだ。

 まぁ、レッドドラゴンと1対1で、しかも情報戦にも負けているんじゃ当たり前だろうけど。


「まぁ良い。いち怪人としてはそれなりに仕事をしてくれた。諸君らもご苦労だった。本日の作戦は終了とする!」

「「「はっ!」」」


 ノコギリデビルが解散の号令をかけ、エントランスを出ていった。

 残された私たちも、帰路につく者、訓練に赴く者など、思い思いに散っていく。


 私は闘技場で少しだけ棒術の自主鍛練を行ってから、篤人さんと一緒に地下基地を後にした。


「僕も、もう少し努力が必要かもねぇ」

「篤人さんが、努力ですか?」

「そう。いろんな装備を試したりね」

「へぇ~」


 篤人さんも工作員として実力不足を感じることがあるんだ……。

 私にとっては十分すぎるほど凄い工作員なのになぁ。


「次は僕たちが先にクロスライトを見つけて驚かせてあげようね!」

「それって問題にしかならない気がしますから、やめましょうよ!」


 工作員としてのプライドは尊重したいけど、ゆーくんの邪魔になるようならやめて欲しい。

 私の願いに、篤人さんは分かっているのかどうなのか、カラカラと笑うばかりだった。



-- 7月22日(土) 19:30 --


「くそ、派手にやられたぜ!」


 特務防衛隊の十日前町支部の秘密基地、その一室で飛竜が悔しそうに拳を打ち合わせた。


 俺たちは今、今日の襲撃に対する振り返り会をいつもの会議室で行っている。

 参加者は俺、上杉一誠と、飛竜、零、優輝のヒーローたちだ。


 怪人ライオーターの出現と共に十日前町大橋は爆破され、車数台が巻き込まれる事態となった。

 橋は陥落してしまい、復旧には長い時間がかかることになるだろう。


「死者が出なかったのは幸いだったが……」

「そこは零のおかげだな!」


 今回、ブルーファルコンの氷の能力は災害を止めるために使われることになった。

 辺り一面を全て凍らせるという、零の思い切った判断に助けられたと言える。

 既に引火した車もあったから、もし躊躇していたら爆発が起きていたかもしれない。


「つい、全力を出してしまいました」

「あれはベストな判断だったと思うぜ!」

「あぁ、おかげで死者は出なかった。本当にありがとう、零!」


 死者が出なかったのは幸運だけではない。仲間たちの実力があってこそだろう。

 何度も思ったことだが、本部ヒーローの実力は伊達じゃないな。


「ライオーター自体には苦戦しなかったんですよね?」


 あの時、唯一の別動隊だった優輝が手を上げて質問した。

 クロスライトが来る前に決着が着いたから、優輝はこっちの戦いのことは結果くらいしかしらないんだったな。


「あいつ、騒がしかっただけだったな~」

「飛竜さんも掛け引きとかできたんですね」

「失礼だな! 俺だってあれくらいの芝居はできるっての!」


 ライオーターの人質を取ったという発言を逆に利用したレッドドラゴンの完勝だったな。

 人質となっていた樋口をクロスライトが救出していたから何の脅しにもならなかったし、本当にあっさり倒すことができた。


「みどりちゃんが狙われたって聞いた時は焦ったけどな!」

「万が一に備えて優輝が付いていったのは正解だったよ」


 珍しく優輝が自主的に付いていくと言い出したからな。

 攫われる危険性を考慮して発信機を持たせていたし、それが直後に役立った。

 樋口のヤツ、嬉しそうに話していたっけな。


「僕はそっちにミスティラビットがいたと聞いて気が気じゃなかったよ」

「相手は最初から逃げ隠れしていましたし、相対した後はほとんど追いかけっこでしたから……」

「力づくじゃなくて完全に不意を突いたってことだよな? 凄いことだぜ!」


 飛竜の言う通り、あのミスティラビットから不意打ちで樋口を奪還できたというのは相当凄い実績なのだが、それをしっかり理解しているのは数えるほどしかいないだろう。

 ミスティラビットは音で周囲の状況を把握しているから、よほど上手い方法じゃないと隙を突くこと自体ができないはずだ。

 斥候として考えたら、クロスライトは全ヒーロー中でも屈指の実力者になれるのでは?


「あっ、そうだ! 優輝、好美ちゃんに発信機は渡せたのか?」

「いえ、渡したんですが姉さんは受け取りませんでした」

「そうなのか? なんで??」

「姉さん、自分で用意する気かも? もしかしたらスマホを買うのかもしれません」

「あぁ、確かにスマホでも問題ないもんな!」

「欲しくなったら言ってと伝えましたから、待つことにします」


 そうか、かつて優輝もそうだったが、好美ちゃんも携帯電話を持つ気になったのか。

 今時はスマホを持っていないのが珍しいくらいのご時世だから、それもいいだろう。


「本当に買うのかはわかりませんけどね。姉さん、節約家だから悩んでいそう」

「そういうのって親に買ってもらうものじゃないか?」

「生活費を取りまとめているのも姉さんなので」

「好美さん、生活力があるんだね」


 あの子、本当に親孝行しているな。

 俺はうちの両親に心配ばっかり掛けていて、親孝行らしいことを碌にできていない気がする。

 俺はヒーロー化が由来と思われる発作で、もしかしたらあと数か月の命かもしれない。

 死期が近づいている今、俺も親孝行の1つくらいしておくべきかな……。


 物思いにふけっていたところに、コンコンとドアをノックする音が響く。

 かちゃりとドアが開き、満面の笑みを浮かべた樋口がノートPCを携えて入ってきた。


「失礼しまーす」

「おっ! みどりちゃん、こっちこっち!」

「隣に座るね、優輝くん」

「いいけど……」


 飛竜があからさまにガッカリしているが、もう諦めた方がいいんじゃないか?

 優輝に別の彼女ができるまで、たぶん樋口の態度は変わらんと思うぞ?


「来週末の予定なんだけど、どこか寄っていこうよ!」

「え、観光の相談に来たの?」

「お前らなぁ……」

「僕は巻き込まれただけです! 樋口さん、こういうのやめてよ」

「硬いこと言わないでくださいよ教官~。せっかく2人だけでのお出かけなんですから」

「いやいや、お出かけじゃなくて、本部の研究所への送迎がお前の仕事なんだからな?」


 樋口のヤツ、遠慮も何も無い。

 逆に優輝は恐縮してしまっている。

 "お前ら"と言ってしまったのは俺の失敗だったな、反省しないと。


「零も優輝も、夏休みなのに遊びにいけないよなぁ……」

「あぁ、確かにな。むしろパンデピスの動きが活発になるから忙しくなるぞ?」


 防衛隊員として動く以上、学友たちとの夏の思い出を作ってやることは難しいだろう。

 中学生という時期を謳歌させてやれない状況に、胸の中に小さく痛みが奔る。

 だが、優輝も零もまるで気にする素振りすら見せず、やる気に満ち溢れていた。


「望むところですよ。僕はこの夏で更なるパワーアップを目指していますから!」

「僕も、必殺技の完成を目指します!」


 2人はそれぞれの目標を宣言し、グッと拳を握りしめた。

 その顔には苦しみに立ち向かう覚悟が見える。


 夏は襲撃の合間を縫ってのレベルアップか……。

 これは俺の管理能力も試されるな。


「あぁ、任せておけ。全員パワーアップして、パンデピスを叩き潰すぞ!」

「「「了解!」」」


 飛竜も含めて、全員が敬礼を持って応えてくれた。

 頼もしい後輩たちに、自然と笑みが零れる。

 丁度いい時間だし、これをもって、本日の会は終了としよう。


 稲穂は実りの季節に向けて高くその背を伸ばしていく。

 この夏、ヒーローたちは、特に中学生2人はどこまで伸びるだろう?

 その成長に、期待は膨らむばかりだ。



-- 7月23日(日) 8:30 --


「むぅ、高い……!」


 日課の新聞配達、朝食を終えて、私はパンフレットのスマホの料金表を眺めていた。

 本体が数万円、それから月々に掛かる金額が数千円……。

 私の気持ちはお得と言われているパックを見て、早々に諦めたい気持ちに駆られていた。


「安くてコレだもんなぁ」

「おっ、好美や、スマホが欲しいんか?」

「うん。持っておいた方が良いかなって思うんだけど……」


 そうしないと、ゆーくんから発信機を貰うことになると思う。

 じゃないと不審に思われちゃうだろうからね。

 できれば防衛隊が作った発信機を持って本部に行くのは避けたいんだけどなぁ。

 スマホ、高いんだよなぁ……。


「ふむ、高くて買えんということじゃな?」

「まぁ、買えなくもないけど躊躇っているのは確かかな」


 お母さんが家に入れてくれるお金から工面することは可能だと思う。

 でも、あまり使わない気がするから、無駄遣いしている気持ちになってしまうのだ。

 せっかくお母さんが頑張って稼いでくれたお金なのにと思うと、どうしてもしり込みしてしまう。


「やっぱりやめよっかな?」

「ひゃっひゃっひゃ、好美、諦めるのはまだ早いぞ! ここへ向かうがええ!」


 お父さんがそう言って、広げた地図を指さした。

 ここ、と指さされた場所には何の変哲もない田畑の中の1区画である。

 いったい何があるのかすら不明だ。


「お主次第ではスマホを手に入れられるかもしれんぞ?」

「そうなの? なんで?」

「最近、ミスティラビットは組織内でも話題の人物じゃ! 邪険にはされんじゃろ!」


 ミスティラビットの名前が出たことで、ここの区域にあるものがパンデピス関連の何かだということが分かった。


「それ貰ったら、結局はパンデピスと繋がりが……」

「金よりマシじゃろ? お主のブローチや、あの傘と同じなんじゃから」


 言われてみたら、確かに装備品と同じような物とも言えるかも。

 私は頭の中でスマホ(とアズマさんの連絡先)とパンデピスとの繋がりUPを天秤にかけ、より重要度の高い物はどっちなのかを推し量る。


 頭の中の天秤は、スマホ側をより重要なものとして傾いていった。

 ……うーん、貰えるなら貰っておこうかなぁ?


「分かった。行ってみるね」

「ひゃっひゃっひゃ! そう来なくちゃ面白くないわい! 連絡を入れるから少し待っておれ!」


 お父さんが部屋を出て行こうとする。

 私は1つだけ聞いておきたいことがあったので、お父さんを慌てて呼び止めた。


「あ、待って! ここには何があるの?」


 お父さんはピタッと足を止め、無駄にゆっくりとこちらを振り向いた。

 どうせまたくだらない演出を考えているのだろう。

 私は付き合いませんとも!


「いや、そういう演出は要らないから! 早く教えて!」

「むぅ、ノリの悪い奴じゃわい!」


 お父さんは手を上げて頭を振るというアメリカンなリアクションをしていた。

 演出に乗っても何の意味も無いでしょ、まったくもぅ……。


「んで、何があるの?」

「そこにあるのは、ツナ缶工場じゃ!」

「ツナ缶工場??」

「ひゃっひゃっひゃ! 行けば分かるわい!」


 そう言って今度こそ部屋を出て行き、どこかに電話を掛けていた。


 ツナ缶工場に一体何があると言うのか?

 私は半信半疑のまま、地図で示された場所に視線を落とした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ