ヤモリの怪人
~前回のあらすじ~
幹部候補としての実力を示すため、ジゴクハッカイとの作戦に参加したミスティラビット。
戦いの中で確かな存在感を見せたミスティラビットに、幹部昇格の話が現実味を帯びる。
そんな折、ヒーロー側では優輝にCMの話が出ているようで……。
-- 7月16日(日) 5:00 --
広く空を覆う雲から、ぽつりぽつりと雨が降ってくる。
その雨粒がコンクリートに当たり、少しだけ黒いシミを作っては見えなくなった。
7月も今日から後半に入り、梅雨明け宣言間近の3連休、真ん中の日曜日は雨降りの予報だ。
始めは小降りだった雨がすぐ本格的な雨に変わり、ザーザーと音を立てて街に降り注ぐ。
もうすぐ過行く梅雨の最後の悪あがきか、停滞前線を吹き飛ばす夏の訪れがそうさせるのか、今日はとても風が強い。
時折り風がビュウと鳴り、天から降り注ぐ雨はじょうろで水やりしているみたいだ。
私は雨風を見越して今日も完全防水仕様での新聞配達中である。
新聞紙の入った革製ボックスを肩から下げて、荒ぶる風の中をただ一人歩いていく。
「ふぅ、顔がべちょべちょ……」
お得意様の家に新聞紙を配達し、ついでに少し雨宿りして一息つかせてもらう。
完全防水なのは身体だけで、顔まではカバーしきれていないため顔面だけがずぶ濡れだ。
つば付きの帽子もかぶってはいるものの、こうも風が強いと効果は薄いのである。
「さて、行きますか!」
私は気合いを入れて雨の中へと飛び込んで、次の配達先へと向かった。
遠くで光る雷がゴロゴロと音を鳴らし、コンクリートには小さな川が流れている。
ひとたび風が吹けば水の王冠が散弾銃でも放たれたかのように波打ち、朝なのにまるで夕立が降ってきたみたいだ。
そんな街並みを大慌てで駆けていく1人の少年と1匹のわんちゃんが私の視界に飛び込んでくる。
がっしりした身体に坊主頭、2年生にして空手部のエース、私の勉強でのライバル、そして意外と女子人気も高い我がクラスの委員長、小海久くんだった。
「久くん、おはよう」
「ん? あぁ、好美さんか。おはよう」
「わん!」
「アルフくんもおはよう」
久くんと、その飼い犬であるシェパードのアルフくんに声を掛けると進行方向を変えてこちらに近寄ってきた。
私も少々の雨宿りをしようと、近くの家の軒先にお邪魔させてもらう。
身体を振るわせて雨を振るい落としたアルフくんが、私の足元にやってきた。
私は動物にとことん嫌われる性質なのだがアルフくんは例外で、嬉しそうに尻尾を振っている。
こういった仕草をしてもらえるだけで感無量だし、嬉しくてついつい頬が緩んでしまう。
「アルフくん、一気に大きくなったね」
「犬の成長は早いから、2年たったらもう大人だ。アルフもすぐに大きくなる」
「わん!」
2年、か……。
私が中学校を卒業する頃に、アルフくんは一足早く大人になるのか。
そうしたらきっと警察犬として活躍するんだろうな。
「好美さんはアルバイトしているんだったな。朝早くする仕事なのは知っていたけど、これを毎日続けているなんて凄いと思う」
「もう慣れちゃったから、どうってことないよ」
アルフくんを軽く撫でながら、久くんの賛辞には謙遜して答えておく。
私にとって、これが日常なので偉くも何ともないのだ。
「久くんは、こんな朝早くにお散歩してるの?」
「俺はたまにだけど5時から散歩してる。でも今日は少し早めに出て今から帰るところだ。雨が降る前に帰れたら良かったんだけど……」
外は本格的な雨降りである。
久くんは傘も持っていないのだが、それでも何も問題ないといった顔をしていた。
まぁ、気温は高いからね。
家に帰ってすぐに身体を拭けば風邪をひくことは無いという判断だろう。
「今日は新潟市の警察署へ行くんだ」
「へぇ、そうなの?」
「警察官の仕事の説明会があるから」
「おぉ~!」
思わず感嘆の声を出してしまった。
久くんは既に警察官に進路を決めていることは知っていたけど、ちゃんとそのための準備や努力をしっかり進めているみたいだ。
それに対し、私は秘密結社パンデピスから逃げることばかりで、その先は何も決めていない。
私は大人になったら何になればいいのだろう?
「そろそろ俺は戻る。好美さん、仕事、頑張ってな」
「うん、久くんも頑張ってきてね! アルフくんも、バイバイ!」
「わん!」
雨の中へダッシュで飛び込んだ久くんとアルフくんが、道路の先へと消えていく。
私は手を振ってそれを見送り、何となく空を仰いだ。
アルフくんも久くんも、すぐに大人になれるんじゃないのかなと思う。
私はずっと子供でいたいとは思っていない。けど、大人になるにはきっと足りない。
せめて自分がどんな職業に就くのか決めないと、大人は名乗れない気がするのだ。
でも、私がしたい仕事って何だろう?
何も思いつかないなぁ……。
私は降り注ぐ雨粒を見上げながら一歩踏み出し、そして……。
ドゴンッ、という音と共に真横へと弾かれた。
更に、立ち上がろうとした私の頭に『ゴスッ!』という音を立てて2回目の衝撃が奔る。
どうやら新聞配達用の革製ボックスが落ちてきたようだ。
肩が、そして後頭部が痛い!
雨に濡れた身体を起こして後ろを振り向けば、私を突き飛ばした軽トラが見えた。
その軽トラ乗っていた犯人は傘を差しながら車から降りて、私に近づいてくる。
「おはよう、好美ちゃん。ナイスヘディング!」
「ナイスヘディング、じゃないですよぅ! 普通の人だったら突然の死ですからね!」
軽トラから出てきた人は鈴木篤人さん。
私と同じ秘密結社パンデピスの構成員であり、連絡役として働く戦闘員である。
彼は私が怪人であること、人間形態でも怪人並みの耐久力を持っていることを知っているため、乗り物に乗って体当たりしてくるというイタズラを仕掛けてくるのである。
「いやぁ、ごめんごめん。風が強いから前が見づらくってね」
「ヘディングはちゃんと見えていたじゃないですか……」
あの一連の出来事が見えていたのに、私に気付けないなんてことは無いはずだ。
相変わらず適当な言い訳をする人である。
痛みは普通に感じるのでやめてほしいんだけど、言っても聞かないからなぁ~。
「あいにくの雨だけど、夜には晴れるみたいだよ」
「はい、天気予報だとそうみたいですね」
「だいたい1年前だねぇ。ゴブリンラットが乱入した花火大会」
「あぁ、もうそんなに経つんですね」
永岡市で行われる花火大会に乱入して、色々と工作して回ったのはもう1年も前のことか。
あの時は怪人バレする前で、私は戦闘員30号としてこそこそと動き回っていた。
花火の暴発は引き起こしたけれどその他の被害は出さずに済ませることができたし、今日もきっと花火が打ちあがるはずだ。
我が家からは小さいながら火の大輪を見ることができる。
遥か遠くで打ちあがる花火と、遅れてやってくる『ひゅ~、ドン』という音。
それは私にとって夏の風物詩の1つだ。
「あの時から色々と変わったねぇ。"謎の怪人"も組織入りして、もう幹部になる勢いなんてね」
「しみじみ言っていますけど、私は全然望んでいませんからね」
先日は私が幹部に相応しいか確認するため、現幹部のジゴクハッカイと共に出撃したのだ。
その結果はまだ聞いていないが、出撃後のノコギリデビルの様子を見る限りだと、どうやら悪い印象は無さそうだった。
篤人さんは喜んでいるみたいだけど、それが私にとっていい事かどうかは別問題である。
私は幹部になんかなりたくないんだよぅ!
「まぁ、試験の結果はそのうち出るでしょ。問題は、今日の出撃予定が決まっていないことだね」
「そうなんですか?」
7月の始めごろに群馬県の組織である"邪紋"との戦いが起きてケガ人が続出し、出撃計画の見直しにノコギリデビルが四苦八苦していることは私も知っている。
私としてはずっと出撃しないでもらえる方がありがたいのだが、残念ながらそろそろ再編成も終わる頃だろう。
「僕は地下基地に顔を出すけど、好美ちゃんはどうする?」
「うーん、そうですね……」
篤人さんの連絡を待ってから動くこともできるのだろうけども、一緒に行動した方が色々と楽なんじゃないかと思う。
出撃が無かったら棍の訓練をしておけばいいし。
「私も一緒に行きます」
「うん、分かった。後で迎えに来るから準備しておいてね」
「はい、わかりました」
「それじゃ、またね!」
今日はあっさり目な報告だったけど、何も決まっていないんじゃ仕方ない。
私は昨日出撃したばかりだし、連続で出撃することはまず無いはずだ。
「今日は何も無いといいなぁ」
軽トラに乗り込んで去っていく篤人さんを見送り、私は新聞の入ったボックスを肩に下げて、再びシャワーのような雨の中を歩き出した。
-- 7月16日(日) 8:15 --
地下1000mにある秘密結社パンデピスの地下基地の廊下を、ミスティラビットに変身した私は、戦闘員21号の姿になった篤人さんと一緒に歩いている。
カツカツという足音を鳴らしながらエントランスホールへ入ると、看板のようなものが受付の横に立てられていた。
確か、この間までは無かったはずのものだよね?
「あれは?」
「告知がいろいろ書かれている掲示板だね」
戦闘員21号が教えてくれた通り、近づいてみるとスタンドタイプの掲示板だった。
新しい幹部席の情報や、幹部挑戦権を掛けたトーナメント戦について記載されている。
「掲示板にも書かれていることは、連絡係から怪人たちに通達されているはずだよ」
「戦闘員21号も私以外に通達しているんですか?」
「もちろん。……とはいっても僕は怪人の正体は知らないから、窓口に伝えている感じだね」
「なるほど~」
たとえ秘密が漏れたとしても、被害が怪人1人だけになるように制限しているのだろう。
手間はかかるけど、秘密結社として色々と配慮をしているらしい。
「あーん? そこにいるのは……。おっとォ! 序列1位のミスティラビット様ってかぁ?」
「え? はい、そうですが……」
声の方に顔を向ければ、エントランスの奥からドスドスと怪人が歩いてくる。
顔は大きなトカゲで全身は赤くごつごつした鱗に覆われており、大きな尻尾を揺らしている。
その姿を確認し、私は心の中で溜息を吐いた。
目の前に現れたのはオオサンショウウオの怪人、エビルサラマンダーである。
コイツは私にとって一番嫌いなタイプの怪人だ。
殺戮を好み、残虐さで言えばパンデピス内でもトップクラスの怪人と言える。
さすがに彼を助ける気にはなれなかったのだが、うっかりライスイデンに見つかって追い回される羽目になり、結果的に助けてしまったことがあるのだ。
人生とはままならないものである。
「あの、何か用ですか? エビルサラマンダー」
「はッ! お前を倒すのはこの俺だぜぇ!」
「うぇ!?」
いきなりケンカを吹っ掛けられた? 意味が分からないんですけど!
「あ、あの、私はトーナメントには出ませんが……」
「はぁ? 俺だって出ねぇよ! その前だ、その前!」
「えっ、その前?」
私がよく分かっていないことに気付いたのか、エビルサラマンダーはのしのしと近づいてきて、掲示板の一部を指さした。
促されるままにその部分を読んでみると、新規の幹部候補の一覧が載っており、私の名前やマスターバブーンの名前がそこに記載されていた。
「あ、エビルサラマダーも!?」
「はッ! その通りよ! 俺様も幹部候補に名を連ねているんだよォ!」
幹部候補者リストの中には、確かに彼の名前も載っている。
ちなみに、リストには全部で5人の怪人の名前が並べられていた。
序列1位 ミスティラビット
序列3位 マスターバブーン
序列7位 エビルサラマンダー
序列8位 レーザーニュート
序列14位 バトルバッファロー
「あれ、バトルバッファローも?」
「適性テストにいた怪人の1人だねぇ」
戦闘員21号の言葉で、そういえば居たなと思いだした。
昔から知っている怪人で、空手の達人という謳い文句の怪人である。
私の武術の適性テストでも手合わせをしていたのだ。
ただ、弱くはないのだが、ここに書かれているメンバーからは一歩劣る実力だったはず。
なんで幹部候補に選ばれたんだろう?
「ふん、ここに載ってる奴らは"邪紋"との戦いで怪人を仕留めたヤツらだ。バトルバッファローの野郎も、運よく怪人を1人撃破したってわけだ」
「あぁ、なるほど。……って、それだとアーマードボアがいないのは変じゃないですか?」
アーマードボアは4対1で戦い、1人を仕留めたのだからこの中に入っていないのはおかしい。
マスターバブーンとほぼ同格の怪人だし、序列は確か5位だったはずだ。
「ふふふ、アーマードボアは辞退した。ゴブリンラットもだがね」
気づけば、幹部ノコギリデビルがいつの間にかエントランスに現れていた。
その後ろにはマスターバブーンの姿も見える。
あの2人が一緒にいるということは、もしかしてさっきまで闘技場にいたのだろうか?
っていうか、ゴブリンラットも1人仕留めていたのか。
あの戦闘好きが出撃しないわけないと思ってはいたけど、きっちり参戦していて、しっかり手柄を立てていたらしい。
「奴らはトーナメントの方に出場を志願した。ふふふ、まぁそれも良かろう」
私も幹部候補を辞退したいんだけど、そうしたらトーナメントに参加させられてしまいそうだ。
いや、そもそも辞退させてもらえるかどうかすら怪しい。
ノコギリデビルを説き伏せて、トーナメントに参加して、なおかつ負けることでようやく幹部候補から……。
えーと、外してくれるのかなぁ?
……もういいや、なるようになればいい。
立ちはだかる壁が多くて、私はすっかりやる気を削がれてしまった。
人生、諦めが肝心である。
なお、私とは対照的にエビルサラマンダーはやる気十分だった。
「はッ! おめえにも負けねぇぜ、マスターバブーンよォ! 幹部の席は俺のモンだ!」
「……さっきも聞いた。何度も宣言しなくていい」
あぁ、これってたぶんエビルサラマンダーも闘技場にいたんだろうな。
きっと今と同じようにマスターバブーンへ突っかかっていったのだろう。
「それより、時間はあるか? ミスティラビット」
「え? えーと……」
エビルサラマンダーの宣戦布告を意に介さず、マスターバブーンが私に尋ねてきた。
マスターバブーンは私の棒術の師匠であり、少し前から棍の手ほどきを受けているのだ。
これは棍の訓練をしていけというお達しに違いない。
さて、時間があるかどうかなのだが、それは今日の予定が分からないと答えようがない。
私は返答に困って戦闘員21号をついつい見てしまった。
戦闘員21号も困った顔をしていたが、その答えはノコギリデビルの口から飛び出してきた。
「ふふふ、今日の出撃は無しだ。存分に訓練に励むがいい」
「あ、そうなんですか? じゃあ、時間は大丈夫です」
「ふっ、そうか。それなら闘技場へ来い」
マスターバブーンは満足そうに頷いて、そのまま踵を返してエントランスを出て行った。
今日、怪人の出撃自体が無いなら時間はたっぷりあるし、しっかり練習していこう。
「俺は帰るぜ。わざわざお前らに手の内を見せるつもりはねぇからな。秘密の特訓ってやつよ!」
「そ、そうですか。頑張ってくださいね」
「はッ! 余裕ぶってんのも今のうちだぜ! 吠え面かかせてやらァ!」
エビルサラマンダーも気合十分にエントランスを去っていく。
向かう先は地下3階なのか、それとも地下基地を出て行くのか分からないが、あの発言から考えると少なくとも闘技場には戻らないみたいだ。
「ふふふ、ついでに明日の作戦についても聞いていくがいい」
「あ、はい。お願いします」
「明日はゲルゲッコーが出撃する予定だ。前々から海の日に出撃することを希望していたからな」
「わざわざ海の日を……?」
ゲルゲッコーはイモリだかヤモリだかの怪人だったはず。
海の日を指定する理由なんてあるのだろうか?
怪人のモチーフ的には、水との関連性は高いかもしれないけれど……。
「ふふふ、くだらん理由だ。考えるだけ無駄だぞ」
「えーと、そうなんですか?」
「見に行くならその時に嫌でも分かる。奴は【イルカ波海水浴場】の海開きを襲うそうだ。……奴のことは放っておいていいが、邪魔だけはしないでやれ」
「はい、了解しました」
私の返事を聞くと、ノコギリデビルはエントランスから去っていった。
なんだか、ノコギリデビルもゲルゲッコーの作戦には複雑な気持ちを持っているらしい。
ホント、何の目的で海水浴場を狙うのやら。
「戦闘員21号は分かりますか? ゲルゲッコーの目的」
「うん、まぁ、なんとなく……。確かにくだらない理由かもね」
戦闘員21号も知ってはいるけど、言葉を濁していた。
あまり言いたい類の理由ではないのかな?
まぁ、いいか。見に行けば分かると言われていたし。
戦闘員21号の様子から考えても残忍な目的じゃなさそうだから、今は気にしないでおこう。
「それじゃ、闘技場に行きましょうか」
「了解。僕はタオルとか飲み物を準備しておくよ」
部活のマネージャーっぽい言動をする戦闘員21号と一時的に分かれて、私はマスターバブーンの待つ闘技場へと向かった。
私はエレベーターで地下2回へ降りて、闘技場の中へと入っていく。
中の様子が見えてくると、そこには珍しい光景が広がっていた。
「うわぁ、なに、この人数……!」
とにかく人が多い。
こんなに人が集まっている闘技場は初めて見たかもしれない。
闘技場では何人もの怪人たちが訓練や組み手をしているようだ。
組み合わせ表に名前を書いて、総当たり戦をやっているグループまである。
戦闘員たちも一部のエリアを占有してトーナメント表を準備をしていた。
「何でこんなに集まってるの……?」
「ふっ、奴らは夏のトーナメントに向けて、お互いに探りを入れているのだろう」
私に気付いたマスターバブーンが、わざわざ出迎えに来てくれた。
そのついでに、私が持った疑問にも答えてくれている。
「訓練をしていこうというやつには、俺も指導してやっているがな」
そう言って闘技場の外れにある一角に視線を向けた。
そこにはいつも通りの顔ぶれであるブラッディローズやブラックローチが訓練に励んでいる。
そして、今日はそこにヒートフロッグの姿も混ざっていた。
ノコギリデビルの訓練だけで体力の限界を迎えていたヒートフロッグは、どうやら訓練後は格闘技にも取り組んでいるらしい。
かなり疲れているはずだけど、汗を流しながら中国拳法っぽい型を繰り返していた。
出っ張っていたお腹も少しだけシュッとしてきたような気がする。
「来たか、ミスティラビット」
「あ、ブラッディローズ。今日も訓練なんだね」
「そうだが、今日は組み手に誘ってもらっていてな。お前もどうだ?」
「わ、私は遠慮しておきます」
ブラッディローズは絶対強くなっているから戦いたくないし、そもそも私はトーナメントに出ないから相手からも喜ばれないだろう。
バトルジャンキーのゴブリンラットや、求道者気質のアーマードボア、幹部候補のレーザーニュートあたりがいるなら喜ぶかもしれないけども。
「ふっ、ミスティラビットは俺とたっぷり組み手をすることになる。遠慮してもらおうか」
「そうか、訓練の予定があるなら仕方ない」
「えっ? あれ、そうなるの?」
もしかして、選択肢を間違っちゃった?
たぶんブラッディローズのグループに入って組み手をやっていた方が楽だと思う。
あぁ、1時間後くらいの私は、きっと涙目になりながらマスターバブーンの棍を受け続けているんだろうなぁ……。
「嫌そうな感情が顔に出ているぞ、ミスティラビット」
「うそ!? す、すみません……」
ブラッディローズから指摘を受けて、私はマスターバブーンに慌てて平謝りである。
わざわざ訓練をしてくれる相手に失礼なことをしてしまった……。
「ふっ、そんなに怖がるな。大変さはあるだろうが無茶を言うわけではない。それに、もっと強くなりたいのだろう? ならば、頑張らねばな!」
「……はい、よろしくお願いします!」
そうだ、私は強くなるために技を磨いているわけで、嫌がっていても仕方がない。
どうせ強くなるためには苦しい思いをしなければいけないのだ。
それに、軍隊式トレーニングで身体をいじめ抜いている我が弟、ゆーくんや同級生の零くんに比べたら楽なものである。
私も頑張らなきゃ!
「まずはおさらいと行こう。まずは回転の型からだ」
「はい!」
さっそく練習が始まり、私は気合いを入れて棍を振り回していく。
いつもより多くの怪人がいる分だけ周りから視線を多く集めていたが、集中力を切らさずに私はやり遂げることができたと思う。
しっかり3時間ほど訓練を行って、少しだけ技が磨かれたはずだ。
ただ、まさか午後の部まであるとは思わなかった。
解散する直前に"午後もやるぞ"と宣言され、心の準備ができてなくて唖然としてしまった。
これも軍隊式腕立てと同じような精神的訓練なのだろうか?
なお、マスターバブーンとの組み手は予想通りひたすら撃ち込まれてしまって涙目だった。
今のレベルから考えたらかなり無茶だと思うこともやれと言われたし、嘘つきめ~!
結局、私は丸1日を費やす形で棍の薫陶を受け、へとへとになって家路についた。
「つ、疲れた……」
遠くからは花火の音が聞こえる。
夏の風物詩の音を聞きながら、私はぐっすり眠るのだった。
-- 7月17日(月) 海の日 6:30 --
大雨が降った翌日、上を見上げれば透き通るような青空が広がっている。
遠くの山々の緑を太陽の光が明るく照らし、ところどころに浮かぶ雲の縁が眩く輝いていた。
十日前町市にも明るい光が溢れ、鳥たちが楽し気に飛び交う姿を見せている。
昨日、特訓を頑張ったことによる眠たさを根性で吹き飛ばし、日課となっているアルバイトの新聞配達を終わらせて戻ってきたところだ。
休日の運動部はあんな感じで午前午後と練習をしたりもするらしいけど、改めて考えるとなかなかハードだと思う。
輝羽ちゃん、ぷに子ちゃん、弘子ちゃんも、みんなよく頑張れるなぁ。
「あれ? あれは……」
ふと目の前を見ると、いつかどこかで見たことのあるシャープなスポーツカーと、その車に寄りかかる一人の男性の姿があった。
ふんわりパーマにサングラス、アロハシャツにベージュのハーフパンツ、そして脇に抱えているのは浮き輪とサーフボードだ。
これで小麦色の肌であれば格好もつくかもしれないが、その肌はめっちゃ白い。
私のよく知っている人物に似ているけど、違ってくれないかなぁ?
「やぁ、おはよう、好美ちゃん。僕はもう準備万端さ」
「……でしょうね」
やっぱり篤人さんだった。
篤人さんは妙に気合が入っており、これで海に行かないなら詐欺だというような恰好をしている。
サーフボードを持っているけれど、"イルカ波"は穏やかな砂浜の海水浴場で波なんかほとんど立たないし、サーフィンは無理じゃなかろうか?
私たちの向かう場所はハワイではなく、日本海なのだけれど……。
「好美ちゃんも早く準備しないと、遊ぶ時間が無くなっちゃうよ?」
「別に、私はそこまで海にときめいていませんが……」
「ほら、早く早く!」
「なんなんですか、もぅ~」
篤人さんに急かされて、私は自宅の中へと追いやられた。
「ただいまー」
「お邪魔しまーす」
玄関で小さめの声で挨拶をすると、今日は珍しくお帰りの声が聞こえた。
「おかえりー。ふむ、篤人くんも一緒じゃな!」
「ドクター、しばらくぶりです」
「お父さんが起きてるなんて珍しいね」
「ひゃっひゃっひゃ! ちょっとばかし用事ができてな、早起きしたんじゃよ!」
お父さんは喋りながら汗ばんだ顔をタオルで拭いていた。
あの様子だと、"ふれあい広場"にいる動物たちの世話をしてきたのかもしれない。
私の家の前にある坂道を登ったところに、お父さんが管理している"ふれあい広場"がある。
そこにはアルパカやトナカイ、インド象のハナちゃんといった動物たちがいて、ちょっとした観光名所になっているのだ。
そろそろ夏だし、大きな扇風機でも引っ張り出してきたのだろうか?
巨大扇風機の前で涼む動物たちの姿が見られるのは、夏の季節だけなのだ。
「お父さんもご飯食べる?」
「ふむ、いただくぞい! 篤人くんもどうじゃ?」
「いやぁ、僕は買ってきた朝食があるから、せっかくですけど遠慮しますよ」
どうやらご飯が必要なのは私とお父さんだけのようである。
私は台所で2人分のご飯をよそい、おかずを満載したお盆を持って居間へと向かった。
「「「いただきまーす」」」
3人の声が重なり、それぞれが手に持ったご飯を食べ始める。
篤人さんはいつも通りコンビニで買ったパンと牛乳とサラダのセットだ。
パンだけは毎回違っていて、今日は牛乳パンを持って来ていた。
基本的には菓子パンだから、篤人さんはパンに関しては甘い物が好きなんだと思う。
私とお父さんは白米にお味噌汁、生のキュウリと味噌、オクラのおかか和え、目玉焼きだ。
目玉焼きは作るのが楽で美味しいのが良い。
ベーコンがあったらベーコンエッグにしていたけど、切らしていたから今度買って来よう。
「おー、そうじゃ、テレビでも付けるかのぅ」
お父さんが忘れていたとでもいうようにリモコンを取って、ポチっと電源を入れた。
朝7時前のニュースが居間のテレビに流れる。
『こちら、上越国際スキー場の現在の様子です。ご覧ください、戦いの跡がそのまま残っていて、ところどころ芝が禿げ、土が丸出しになっています。そして、戦場になったこちらの中央にはレッドドラゴンとブルーファルコンのパネルが立っています』
場面はVTRに切り替わり、1日前の様子がテレビ画面に映し出される。
雨の中、雨がっぱや傘を差した子供たちがパネルの横でピースサインをしながら笑っていて、それをお父さんやお母さんが写真に収めていた。
『幸い、施設への被害はほとんど無く、今日から再び通常営業に戻るそうです。数名の軽傷者が出ましたが、戦いを終えたブルーファルコンこと氷月零くんが直接お見舞いに訪れ、楽しいひとときを過ごせたとのことです』
「零くん、慰問までしっかりやってたんだね~」
「すごいねぇ、戦いだけじゃなくてアフターフォローも完璧だね」
「ひゃっひゃっひゃ! ジゴクハッカイも形無しじゃったのぅ!」
お父さんは笑っているけど、パンデピス幹部の最高戦力が負けているんだよ?
それでいいの?
「ドクター、連戦じゃなきゃジゴクハッカイが勝っていたと思いますよ?」
「お父さん、万が一、ジゴクハッカイに会っても余計なこと言わないでよ?」
「わかっとるわかっとる。レッドドラゴンと一戦交えた後ということも承知しとるわい!」
キュウリをぼりぼりと齧りながら、お父さんが頷いた。
その辺までちゃんと把握してくれているなら、たぶん大丈夫かな?
地下基地に来た時にはちゃんと重役っぽく振舞っているし、さすがに配慮するだろう。
ジゴクハッカイを本気で怒らせるような真似はしないはずだ。
『このヒーローパネルは夏休みの終わりまで設置されているそうですので、ぜひ本物を見に来て、一緒に写真を撮ってくださいね~!』
レポーターが営業トークじみた挨拶をして、映像がスタジオに戻った。
毎回思うんだけど、襲撃にあった施設はタダでは転ばないという意思を持って、あの手この手でアピールしてくる。
ピンチをチャンスに変えるべく貪欲にアイディアを出すところは実に逞しい。
ヒーローのニュースは一区切りつき、次は海開きに関するニュースに変わるようだ。
どこかの晴れた空と海岸線が映し出され、釣り人や海の家が断続的に映り、CMになった。
「好美、今日は海に行くんか?」
「うん」
「いやぁ、やっぱり気づかれちゃいますか」
「ひゃっひゃっひゃ! そりゃ分かるわい!」
分かりやすいボケに、お父さんが楽しそうにツッコミを入れていた。
篤人さん、アロハシャツだもんね。
今はサングラスを胸ポケットにしまって普通の眼鏡を付けているけれども、それでもまだまだ"海に行きます"という格好に他ならないのだ。
「さっきもチラッと言ったが、ワシも今日は用事ができてのぅ。夜遅くまで帰らんかもしれんから、ワシの分のメシは無くてもいいぞい!」
「うん、分かった」
お父さんも今日はお出かけかぁ。
誰も家にいなくなるなら、お布団を干すのはやめておいた方が良さそうだ。
午後、早めに帰ってこれたら干そうかな?
「篤人くん、好美のことを頼むぞい!」
「はい、任せてください」
3人ともご飯を食べ終わり、私は洗い物をして、お弁当を拵えた。
今日は午前中に襲撃を行う予定だから、もしかしたら帰って来てから食べることになるかもしれないけれども、準備は万端にしておくに越したことはないのである。
その後、篤人さんとお父さんに促され、一応は水着とサンダル、浮き輪も準備しておく。
お父さんから家の合い鍵も預かった。
お出かけ用に、明るめのTシャツとハーフパンツ、白い帽子をかぶって準備万端だ。
「行ってきまーす」
「おーう、行ってらっしゃーい!」
元気よく挨拶をして、私と篤人さんは太陽が照り付ける夏空の下へと一歩を踏み出す。
スポーツカーに乗り込み、目指すはイルカ波海水浴場だ。
遠くに浮かぶ入道雲へと向かって、私たちを乗せた車が走り出した。
-- 7月17日(月) 海の日 10:00 --
山道を滑るように走り、トンネルを通り抜けてスポーツカーは走り続ける。
強い陽射しを受けた道路には陽炎が立ち昇っているけれど、エアコンの効いた車内は快適だ。
イルカ波は十日前町からほぼ一直線に海に向かったところにあって、1時間ほどで到着する。
私にとっては一番近い海であり、篤人さんのとのドライブで海に行く場合もだいたいは通り道になっているため、もはや見慣れた景色となっていた。
「クルマ、多いですね~」
「そうだねぇ。もっと早く出てくるべきだったよ」
いくら作戦まで時間があるとは言っても、それは私たちの都合の話だ。
当たり前だけど、休日の行楽地は混むのである。
特に何らかのイベントがあったり、テレビで紹介されたりした場所はとにかく人が多くなる。
ゆっくり遊びたいなら朝早くから向かうのが鉄則なのだ。
海に近づくにつれて車の数が増えていき、海水浴場まであと少しというところまで来ると、なかなか前に進まなくなってしまった。
「渋滞が酷いなぁ。これ、もしかしたら間に合わないかも……」
「別に海水浴場の駐車場に行かなくても良いんじゃないですか?」
「うーん、せっかく色々と持ってきたんだけどなぁ~」
篤人さんはできるだけ海水浴場に近い場所に車を置きたかったようだけど、私たちの本来の目的は海水浴ではなくて、怪人が出た時に一般人をできるだけ救出することである。
遊びと違って、そっちの方は"間に合いませんでした"では済まされない。
篤人さんはしばらく渋っていたが、やがて見切りをつけて車を反対車線へと急旋回させた。
「少し違う場所になるけど、そこに停めよう。海までは少し歩くことになるけど……」
「私は全然構いませんよ」
篤人さんは坂道に向かって車を走らせると、砂浜と港の間にある展望台の駐車場に向かった。
この駐車場もかなり車が多いけれど、まだ少し空きスペースが残っている。
ここなら確かに少し歩くことになりそうだけど、本当に少しだけだ。
無事に車を停車させて、篤人さんがエンジンを切った。
「よーし、到着。何を持っていこうかな?」
「暑そう……。私も水筒は持っていこうかなぁ」
車から降りてすぐ、予想通り熱気の洗礼を受ける。
でも、海から吹いてくる潮風の香りが、暑ささえも"海に来た"という実感に変えてくれた。
青く広がる海と空の境界が遠くに見えて、カモメの鳴く声が港の方から聞こえてくる。
小さく伸びをした私は、何となく端っこにある小さな展望台へと向かった。
少しだけ視界が広がり、そこからは海水浴場も見渡せるようである。
砂浜の脇を行く道路には車が連なり、ガラスが太陽の光を反射して輝いていた。
そっちは見るからに暑苦しい光景だけれど、その横はすぐに海がある。
色とりどりのパラソルの下で寝そべる人たちやスイカ割りに興じる家族連れが涼やかな風景を作り出していた。
「子供たちが波打ち際に突進してる」
「うんうん、元気いっぱいだねぇ」
篤人さんがクーラーボックスとパラソルとシートを持って後ろに立っていた。
クーラーボックスが重そうだし、あれは私が持っていけばいいかな?
怪人の力はこういう時くらいしか役に立たないから、せっかくなら活用しないとね。
「持っていく物はこれで全部ですか?」
「そうだね、サーフボードとかビーチボールは止めておこうか。時間も時間だし……」
渋滞に嵌ったこともあって、襲撃の時間が近づいてきていた。
遊べたとしても10分くらいだろうし、あまり頑張って運んでも邪魔になるだけである。
遊びに来たという言い訳に使えそうなパラソルやシート、そして実はパンデピスの装備も入っているクーラーボックス、それだけあれば十分だろう。
「それじゃ、さっそく運びますから――」
「姉さん?」
全身がビクリと反応した。
後ろから聞こえた声は、まさか……!
私は声が聞こえた方にゆっくり振り向く。
すると思った通り、そこには我が弟、ゆーくんが佇んでいた。
深く帽子をかぶり、サングラスとマスクをしていて、その顔はほとんど隠れている。
普通の人には誰なのか判別が付かないかもしれない。でも私には一目瞭然だ。
あと、薄そうな素材だけど長袖長ズボンを着ている。
あれもきっと防弾チョッキのような暗殺防止用の服装なんだろうな。
「やっぱり姉さんだった」
「ゆーくん、なんでこんな所にいるの?」
「え、えーと、それは……」
ゆーくんは駐車場の方向をチラリと見て、小さく身をかがめた。
恐らく、あっちに防衛隊の関係者でもいるのだろう。
篤人さんも咄嗟の配慮で、パラソルを広げて少しの間だけ私とゆーくんを隠してくれた。
「ここだけの話だよ?」
「うん、分かった」
「僕、CMに出ることになって、さっきまで撮影していたんだ」
「ゆーくんが!?」
私の声に、ゆーくんが"しーっ"というジェスチャーを取る。
慌てて手で口を押さえ、私たちは駐車場の人たちに気付かれないように息を潜めた。
何人か、こっちを見ていた人がいたような気がする。
たぶん、ゆーくんを警護している人たちだろうなぁ……。
「発表前だから詳細は伏せるけどね」
「そっか、大変だね」
我が弟、ゆーくんこと佐藤 優輝は新潟のヒーローの後継者、クロスライトその人である。
珍しく正体を明かしているヒーローの1人であり、同じく正体を明かしているヒーローは私のクラスメイトの氷月零くんくらいしかいない。
零くんは全国的に、ゆーくんは新潟でとにかく人気が高いから、私の感覚ではCM撮影くらいするだろうという認識だ。
ゆーくん、ついにCMデビューかぁ……。
「僕のことはいいとして、問題は姉さんの方だよ」
「うぇ? 私?」
「姉さんがここにいるってことは、まさか……」
「あ、ああ、う、うーんとね……」
ゆーくんの鋭い視線にしどろもどろになってしまう。
そんな私の反応を見たゆーくんは私がここにいる理由を確信したみたいで、大きくため息をついた。
あぁ、完全にバレた……。
「怪人がこの辺りを襲うんでしょ?」
「はい……」
言い逃れが無理と判断した私は、私は早々に白旗を上げた。
ゆーくんは私が怪人ミスティラビットになる前、"謎の怪人"と呼ばれている時から私の正体を知っており、私が怪人の出現場所に赴いていることも把握しているのである。
情報の出所が私なので、ゆーくんは仲間にこの情報を伝えることは無いだろう。
ただ、戦いの心構えをする猶予は与えてしまったようである。
ゲルゲッコーは最初からエンジン全開のクロスライトと戦うことが確定的となってしまった。
「今日は僕が戦うことになりそうだね」
「うぅ、怪人の邪魔しないように言われていたんだけど……」
「あの怪人だし、気に病む必要は無いと思うけどなぁ」
篤人さんも一言だけ話に加わってきたのだが、そこで秘密の会話は終了となった。
「優輝くん、そろそろ戻らないと……あれ?」
「あ、お久しぶりです」
そこに現れたのは研究所員の樋口さんだった。
ゆーくんを連れ戻しに来たみたいだけれど、私がいると知って途端に笑顔に変わった。
「お姉さんが来てるなら言ってくれればいいのに。ちょっとくらいなら私も目を瞑るから」
そう言って、茶目っ気たっぷりにウインクをする。
樋口さん、結構ゆーくんを甘やかしそうだなぁ。
ゆーくん本人はまじめだから、ちゃんと自制することはできるだろうけれども。
「私、好美ちゃんに色々お話を聞きたいんだ~。お菓子もすぐ用意するからね」
「うぇ!? い、いえ、お構いなく……」
樋口さんはゆーくんの姉である私とは純粋に仲良くしたいと考えているのだろうけども、今はおしゃべりしている時間は無いので、どうにか断って海水浴場へ向かいたい。
私からしてもアズマさんの様子を探るチャンスだから、樋口さんとお話ししたい気持ちもあるんだけどね。
それにしても、今日の樋口さんはいつも以上にファッションが決まっていた。
水着の上に白いカーディガンを羽織るように着ていて、もともと服の上からでも滲み出ていたプロポーションの良さが露わになってて色っぽい。
樋口さんだが、ゆーくんに助けられて以来、ゆーくんに夢中だ。
乙女っぽいところもあるけど基本的には大人の女性だし、結構ぐいぐい行くタイプだからここぞとばかりに勝負を仕掛けてきている。
今日のCM撮影にもうまいこと言って同行したんだろうな……。
「姉さん、ちょっと話して行かない?」
「え、ゆーくんまで!?」
「せっかく、運よく会えたんだからさ。この後、僕は帰るだけだし」
ゆーくんは用事が終わって、本来ならすぐに基地へ戻らないといけないのだろう。
でも怪人が出ることを知り、この場に留まるために私を言い訳に使いつつ、更に怪人である私を自由に行動させないように動いているようだ。さすがゆーくん、賢い!
……いやいや、敵陣営にいいように利用されるのはさすがにマズイよね。
やっぱり断るべきなのだろうか?
私が悩んでいると、突如としてドパアアンッ! と大きな音が轟いた。
海水浴場の沖を見れば、そこに砲弾でも撃ち込まれたかのように巨大な水柱が立っている。
「あれは!?」
「えっと、怪人、かも? たぶん……」
予定していた時間より少し早めだけど、どうやらゲルゲッコーが活動を開始したらしい。
タイミングが良いのか悪いのか分からないが、お茶のお誘いは自動的にお流れになりそうである。
波打ち際の海水がザバァと持ち上がり、その中から鱗を纏った怪人が現れた。
異形となった己が存在を見せつけているかのように、大きく手を広げて大声を上げる。
「ゲルゲッコー様、ただいま参上! さぁて、俺様の餌食になる奴は誰だぁ?」
突如として現れた怪人によって、楽しそうだった海水浴場の歓声が悲鳴へと変わる。
誰もが我先にと駆けだす中、ゲルゲッコーは波打ち際からジャンプすると、逃げようとしていたカップルの目の前に着地した。
彼女を庇おうとした彼氏を軽く撥ね退けると、悲鳴を上げる女性を無理やり抱き寄せている。
彼氏が絶望の表情を見せる中、海水浴場に怪人到来のサイレンが鳴り響いた。
その様子を見下ろす形で私たちが眺めていた。
ゲルゲッコーの狼藉を見つめるゆーくんの瞳に闘志が宿る。
「僕がここにいたことが、奴の運の尽きだ」
そう呟き、ゆーくんはマスクと帽子、サングラスを脱ぎ捨てた。
そしてブレスレットを構えると変身の言葉が放たれる。
「ホワイト・リーンフォース!」
眩い光がゆーくんの身体を包み込み、辺りを白く染め上げる。
その光が収まると、見えてきたのは白いヒーロースーツに太陽の意匠を施したフルフェイスのマスクに身を包んだ、光のヒーロー、クロスライトが仁王立ちする姿だった。
「優輝くん……」
クロスライトに変わったゆーくんの姿を、樋口さんが心配そうに見つめている。
怪人と何度も戦っているとはいえ、まだまだゆーくんが心配で仕方ないみたいだ。
そんな樋口さんを励ますかのように、クロスライトが指示を出した。
「樋口さん! 本部に連絡を取ってサポートをお願いします!」
「……っ! 了解!」
ハッとした顔を覗かせて、樋口さんはすぐさま行動を開始する。
この場での最高のサポートと言えばレッドドラゴンやブルーファルコンを呼ぶことだ。
樋口さんはクロスライトの力になるべく、全速力で自分のいるべき場所へと向かって行った。
「姉さんも、できれば避難しておいて欲しい」
「うん、分かった」
これは『私自身に避難して欲しい』ということと、『怪人ミスティラビットとして一般人の避難を手伝って欲しい』というダブルミーニングだろう。
私はそのどちらも了承して頷いた。
まぁ、もしかしたら怪人も避難させることにもなるかもしれないけども。
できるだけゆーくんの邪魔はしたくないけれど、そこは私たちで決めたルール、ヒーローと秘密結社におけるお互いの活動には不干渉ということで目をつぶってもらうつもりだ。
「優輝くん、僕も応援しているよ。頑張ってね」
「はい、行ってきます!」
篤人さんの激励を受け、クロスライトが大きくジャンプして海水浴場へと降りていった。
ゲルゲッコーは既に目視できる位置にいるし、すぐに接敵することになるだろう。
さて、それをただ見ているわけにはいかない。
私たちも行動を起こさなければ!
「私たちも行きましょう」
「そうだね。一応は顔を見せておこうか」
「はい! ……え? 顔見せ??」
スルーしそうになったけど、顔を見せるってどういうことだろう?
ゲルゲッコーに挨拶でもするのだろうか?
今回、私はこっそり一般人を助けるつもりでいたのだけれど……。
「顔見せって、ゲルゲッコーに会いに行くんですか?」
「いやいや、僕らが会うのはバンディットスネークだよ。彼が撤退役だからね」
「あー、そういえば……」
今日の撤退役が誰なのか聞くことをすっかり忘れていた。
今日はバンディットスネークが撤退役としてこの場に来ているらしい。
篤人さんは戦闘員21号として撤退役のサポートもしているから、バンディットスネークに会って作戦を確認しておきたいのだろう。
「ゲルゲッコーなら、たぶん一般人への被害はあまり出さないと思うよ」
「そうですか? じゃあ先にそちらに行きましょうか」
「オーケー! 彼は向こうの防波堤に居るはずだよ。シー・ドレッド号も来てるはずさ」
海賊船シー・ドレッド号も来ていると聞いて、私は目を凝らして海を見渡した。
よく見ると、先ほど水柱が立った後の海面だけが濃い霧に覆われている。
他に隠れられそうな場所も無いし、恐らくあそこに居るのだろう。
「それじゃ、急ごう」
「はい!」
逃げ惑う人たちが入り乱れる中、私たちは混乱のどさくさに紛れて海水浴場を迂回して通り抜け、奥の防波堤へと近づいていく。
防波堤の前には木造の倉庫っぽい建物が並んでおり、私たちはその陰へと滑り込んだ。
ここなら周りに人もいないし、遮蔽物によって上や横からも私を見ることはできない。
「……よし、いいよ好美ちゃん。今なら大丈夫!」
「はい!」
私は黒いブローチを取り出すと、それに向かって合言葉を囁いた。
いつも通り、こっそりと小さな声で……。
「白き霞よ集え。メタモルフォーゼっ!」
私の小さな呟きに黒いブローチが反応し、その色を白く染めていく。
そして、白くなったブローチからは布のような光が私の身体を包んでいった。
着ていた服が変質して白いコスチュームへと変わったところで怪人の力を開放し、私は怪人ミスティラビットへと姿を変えた。
「変身完了っと」
「ミスティラビット、こっちも準備オッケーだよ」
振り向けば篤人さんも戦闘員21号の姿になっていた。
私たちは頷き合い、海水浴場の様子を伺いながらこそこそと移動を開始する。
目的地はすぐそこ、防波堤の裏側だ。
私のウサ耳には、防波堤の裏側に潜む怪人の息吹がしっかりと聞こえていた。
岩でできた小さな島と防波堤のつながりの部分にバンディットスネークがいる。
私たちは首尾よく防波堤の裏側へと移動すると、小さく手を上げてアピールした。
「ん? そこにいるのはミスティラビットか?」
「はい、そうです」
バンディットスネークが私たちを見つけ、こっちへ来いとジェスチャーしている。
私たちは素直にそれに従い、バンディットスネークと合流した。
「はっはっは! こうやって話すのも久しぶりだな。活躍は聞き及んでいるぞ!」
「いえ、たまたま運が良かっただけですから。……というか、静かにしないと!」
向こうからは見えない場所ではあるのだけど、バンディットスネークは相変わらず派手な帽子とサーコートを羽織っており、隠密とか無関係とばかりに堂々と仁王立ちしている。
しかも大声で話し始めるものだから、私は会話の内容うんぬんよりも、バレないかどうかの方が気になってしまった。
「おっと、見つかるのはまずかったな。一応はアレを手助けするために来ているのだった」
いきなりゲルゲッコーのことをアレ呼ばわりである。
どうやらノコギリデビルと同じく、バンディットスネークもあまりゲルゲッコーに対して良い印象は抱いていないらしい。
「やれやれ、俺も情けないヤツと組まされたもんだ。一応は助けるつもりだが……」
「サー、随分やる気が無いですね、サー」
戦闘員21号はあの軍隊式の挨拶をまだ続けていた。
本人が楽しんでるっぽいし、別にいいんだけども。
「お前だって知ってるだろう、戦闘員21号。アレがここに来た理由を」
ここに来た理由か……。
そういえば、ゲルゲッコーの目的は、見たら嫌でも分かるとか言っていたっけ?
さっきも登場したところまでは見ていたけど、何が目的なんだろう?
私は防波堤にジャンプで手を掛けて、こっそり顔を出して様子を伺った。
私の目に飛び込んできた光景は、ゲルゲッコーの特殊能力である接着剤のような粘液に絡めとられて動けなくなっている海水浴客たちだった。
しかも、よく見ると若い女性ばかりである。
ゲルゲッコー本人も両手に水着の女性を抱いており、ニヤニヤと下品な笑い顔で悦に浸っていた。
「ひゃっほぅ! ここにいるオンナは全部俺の物だぜー!」
ゲルゲッコーは高らかに叫び、ニンマリとした気持ちの悪い笑みを浮かべている。
浮かれ切っているという表現がぴったりくる顔だ。
「……何あれ?」
「あれがゲルゲッコーの目的だ」
「ミスティラビットにはあまり見せたい光景じゃ無かったんだけどねぇ」
いつの間にかバンディットスネークと戦闘員21号も一緒になって防波堤からこっそり顔を出していた。私たち3人はゲルゲッコーの醜態を三者三様の眼差しで見つめている。
「その手を離せ、ゲルゲッコー!」
「嫌に決まってんだろうが~! 羨ましいか、クロスライト~?」
そう言いながら、捕まえている女性の頬に無理やりキスをしている。
女性たちに迫る唇を見ていたら、嫌悪感による悪寒で体が震えてしまった。
あんなことされたら最悪である。
女漁りというか痴漢というか、女性を狙うのが目的だったとは……。
ノコギリデビルや戦闘員21号が微妙な反応をするはずである。
ただ、怪人は社会に迷惑をかけてナンボという価値観があるから一応は目的に沿っているし、ノコギリデビルもやめろと言うことはできなかったのだろう。
両手に華のゲルゲッコーだが、その2人の女性が人質となっていることもあり、クロスライトも思い切った攻めはできないようだった。
「クロスライトは、人質の奪還にはまだ慣れていないみたいだねぇ」
「アレ相手に人質の奪還失敗は絶対に嫌だろうよ」
「確かに、そーかも……」
ちなみに、もしヒーローが人質を攻撃に巻き込んでしまったとしても罪には問われない。
それは法律的には"任務上、仕方ないこと"として許可されているのだ。
だからといってライスイデンやレッドドラゴン、ブルーファルコンが人質を無視して怪人を倒したことは1度も無いし、攻撃に巻き込んだことすら無いように思う。
クロスライトも、本当にどうしようもなくなるまでは人命救助を優先するに違いない。
事実、クロスライトは2人の人質を前にして、かなり慎重になっているようだ。
周りにも粘液で動けなくなった人たちがたくさんいるので、移動や攻撃にも気を配らないと巻き込んでしまう可能性がある。
クロスライトにとっては難しい戦いになるかもしれない。
ゲルゲッコーは下品な笑い顔をしたまま、更なる暴挙に出ようとしていた。
「そーだ! クロスライトにもちょっとサービスしてやろうか?」
そんなことを言い放ち、女性の着ている水着に爪を食いこませる。
そのまま引きちぎって辱めるつもりのようだ。
強く圧迫された女性の顔が苦痛で歪む。
「やめろ!」
「なーんつってな、お前にゃ見せてやらん! 期待しちゃったか~? ぎゃーっはっはっは!」
ゲルゲッコーは爪を引っ込めて、再びその女性を無理やり抱き寄せた。
その女性は涙を流し、恐怖で歯をカチカチと鳴らしているが、ゲルゲッコーは気づいているのか気づいていないのか好き放題している。
私のウサ耳にクロスライトの歯ぎしりが聞こえた。
「なんか、クロスライトを応援したくなってきたんですけど」
「僕なんて最初っから応援しているよ」
「俺なら女2人くらい簡単に取り戻せる。もどかしい……!」
私の言葉に反論するどころか、クロスライトの奮闘に期待している人しかいなかった。
私たち、陣営としてはゲルゲッコー側なんだけどな……。
「俺も海賊として、女を侍らせたいという気持ちは分かるが……」
「そうなんですか?」
「だからといって、恐怖に震える女を眺めるのは俺の趣味じゃない。海の覇者として名を上げ、そこに惹かれてくる女を並べるのが俺の理想だな」
バンディットスネークには欲望と同時にそれなりの美学があるみたいだ。
ソファに座って美女を左右に抱くバンディットスネークを想像してみる。
……確かに海賊っぽいかも。
もしも、その左右の女性が恐怖に震えていたとしたら何か違うというのも分かる気がする。
「まぁ、恐らくブルーファルコンあたりが来るまでの天下かな?」
「そうですね」
「人質奪還となれば、確かにブルーファルコンが来る可能性は高いか……」
戦闘員21号の予想に、バンディットスネークも私も同意した。
レッドドラゴンやライスイデンも頼りになるけど、射撃の名手であるブルーファルコンは人質の奪還にものすごい安定感をもたらすのである。
クロスライトも応援が来ることを確信して時間を稼いでいるのだろう。
有頂天になっているゲルゲッコーは気づいていないみたいだけど、アイツのために、わざわざあそこに出ていって教えるのも嫌だなぁ……。
「俺は、もしヒーローが増えたら戦っていいと言われてはいるが……」
バンディットスネークが防波堤から手を離して着地すると、右腕を軽く上げて巻き付けていた鎖とジャラリと動かした。金属でできた鎖の先端には巨大な矢じりがキラリと光る。……が、すぐにその手を降ろしてしまった。
「正直、アレと一緒にされるのは願い下げだ。一応は助けてやるが、助太刀してやるつもりは無い」
そう言って堤防の奥へと歩いていくと、ジャブジャブと海に入っていく。
「バンディットスネーク、どこへ?」
「もうすぐブルーファルコンが来るんだろう? 準備しに行く」
どうやらシー・ドレッド号を発進させるための準備に向かうようだ。
未だに沖の方では霧が立ち込めていて、海の一部を覆い隠している。
あの船に乗ったバンディットスネークを抑えるなら軍艦くらい無いと難しいと思うけど、今のところ武装した船の陰は見当たらない。逃げ切れる可能性は高そうだ。
「今回、お前たちの力は必要ない。シー・ドレッド号に乗りたいと言うなら乗せてやるが、そうでないなら先に姿を眩ませておけ」
それだけ言うと、バンディットスネークの姿は完全に海の中へ消えていった。
「え、っと……どうしますか? 戦闘員21号」
「バンディットスネーク様なら大丈夫でしょ。お言葉に甘えて、隠れていればいいんじゃない?」
戦闘員21号もバンディットスネークの実力を信頼しているようである。
ここは海であり、海賊のテリトリーだ。
地の利もあるはずだし、信じても良いだろう。
海水浴場にも目を向けて、私は状況を確認する。
粘液に囚われている女性たちも、命の危機に陥っている様子はない。
女性の扱いに難はあるが、ゲルゲッコーも彼女らの命を奪おうとはしないはずだ。
巻き込まれた先ほどの男性も見当たらない。
これなら私が出て行かなければいけない理由は無いと思う。
「大丈夫そうですし、戻りましょうか」
「そうだね。船長に任せて隠れておこう」
私たちは来た道を引き返し、小屋の陰へと身を潜めた。
ここなら行動も起こしやすいし、誰にも怪人の姿を見られていないので、変身を解いても誤魔化しが効くはずである。
私は静かにしゃがみ込み、ウサ耳を聳てて事のやり行きを見守ることにした。
-- 7月17日(月) 海の日 10:30 --
「ぎゃははは、良い格好だな、クロスライト!」
「くっ……! 腕が動かない!」
ゲルゲッコーの高笑いが波打ち際に響く。
若い女性2人を人質に取ったゲルゲッコーは一方的にクロスライトを攻撃していた。
とはいえ、直接的な攻撃ではなく、特殊能力の粘液による拘束である。
腕を動かそうにも身体と腕に絡まった粘液がゴムのように伸縮し、その行動を阻害していた。
それと、粘液が付着しているのは腕だけではない。
粘液は足にも絡まり、クロスライトは移動すらままならない状態に追い込まれている。
見た目はなんだかトリモチに包まっているみたいだ。
「いい加減、その人たちを離せ! 粘液だけじゃ僕は倒せないぞ!」
クロスライトがゲルゲッコーに向かって叫ぶ。
実際、粘液は受けたもののクロスライトはダメージ無しである。
ゲルゲッコーはひとしきり両手のお姉さんたちを堪能したらしく、ようやく動き出した。
「ぎゃははは、そうだな! お前がいたら他の女を楽しめねぇもんなぁ……!」
ゲルゲッコーは抱いていた2人を乱暴に放り投げると、両手から粘液を放って、その手足を拘束してしまった。
手足を粘液で封じられ、芋虫のようになったお姉さんたちが力なく砂浜に倒れ込む。
「そこでじっとしてな! また後で可愛がってやるぜ!」
「いい加減にしろよ! そんなことするからモテないんだろ!」
クロスライトの怒声に、ニヤニヤと笑っていたゲルゲッコーがピクリと反応した。
顔は笑っているものの、ぴくぴくと顔が引きつり、青筋を立てている。
どうやら図星を突かれて怒っているらしい。
「言ってくれるじゃねぇか、クロスライトさんよぉ……! カチンと来たぜぇ……!」
「怒ってるのはこっちの方だ! さっさと来い! 僕が相手になってやる!」
粘液に拘束されながらも、クロスライトが拳に力を籠めて闘志を燃やす。
対するゲルゲッコーも腕をボキボキと鳴らしてクロスライトへ近づいていく。
「動けねぇお前に何ができる! 血祭りにあげてやらぁ!」
砂を蹴ったゲルゲッコーが拳を振り上げ、クロスライトへと突進していく。
腕を拘束され、身体中に粘液を受けたクロスライトは為す術なく攻撃を受ける……かと思われたが、相手が踏み込んできた瞬間に、クロスライトが吠えた。
「やっとこっちに来たな、ゲルゲッコー!」
クロスライトが裂帛の気合を込めると、なんとゲルゲッコーの粘液を力づくで引きちぎってしまった。
「なんだとぉ!?」
「ッせぇえええい!!」
ゴッ! と鈍い音が響いた。
次いで、バチィンと火花が散り、ゲルゲッコーが真後ろへと吹き飛ばされていく。
クロスライトによる見事なクロスカウンターの一撃がゲルゲッコーの顔面を撃ち抜いたのだ。
「ぐばぁ!?」
吹っ飛ばされたゲルゲッコーは砂浜に叩きつけられ、派手に砂塵を巻き上げた。
パラパラと舞い散る砂が、倒れ伏す怪人の上へと降り注ぐ。
しばらく動かなかったゲルゲッコーだったが、やがてのっそりと立ち上がって頭を振った。
「ぺっ、ぺっ! くそがぁ!」
口に入ったらしい砂を吐き出し、ついでに悪態を吐いてクロスライトを睨みつけている。
クロスライトは粘液を踏んでしまったようで少々動きづらそうにしているが、あの状態でも、手足を粘液で拘束されていた先ほどよりはかなりマシなはずである。
ゲルゲッコーは有利が消えた状態でクロスライトと戦わなければいけなくなっていた。
「しゃらくせぇ! ぶっ潰してやる!」
ゲルゲッコーが前傾姿勢になった。
随分と頭に血が上っているようで、血走った眼でクロスライトを睨んでいた。
そのまま第2ラウンドが開始されるかと思われたが……。
「ひっ!?」
ゲルゲッコーの横から小さな悲鳴が上がった。
拘束されていた水着の女性が、目を吊り上げたゲルゲッコーを見て恐怖に震えている。
声を抑えられず、気付かれてしまったことを悟った彼女は絶望の表情を見せていた。
「おっとぉ、ちょうどいいところに女がいるなァ……!」
「待て! ゲルゲッコー!」
「嫌だね。まだ足は動かしづれぇんだろ? クロスライトさんよぉ……!」
拘束され、芋虫にされた女性は懸命に逃げようとしているようだった。
しかし、手足の粘液に加えて恐怖にも絡み取られた身体は思うように動かせず、ゲルゲッコーの接近から逃れることはできなかった。
怪人がその女性に影を落とす。
「カワイ子ちゃん、俺と一緒にいるんだよぉ~!」
「い、やだ……!」
ゲルゲッコーが女性に向かって手を伸ばしていく。
「やめろ!」
「ぎゃははは、止めたきゃ止めて――」
その時、上空から青い光が降り注いだ。
その青い光はゲルゲッコーの腕を正確に撃ち抜くと、瞬く間にその腕を氷で覆っていく。
高笑いするゲルゲッコーのセリフは、自らの悲鳴により最後まで紡がれることは無かった。
「うぎゃあ!? こ、これは!?」
「止めたきゃ止めてみせろって? お望み通り――」
彼方から滑空してきた青きヒーローが、ゲルゲッコーの脇腹に強烈なキックを喰らわせた。
ドゴォッ! という音を残して、ゲルゲッコーが再び吹き飛ばされていく。
「止めてやる!」
現れたのは特務防衛課の本部所属のヒーロー、ブルーファルコンである。
いつも真上から降りてきていたが、今日は奇襲を伴うほぼ水平からのエントリーだった。
「ぐべぇ!?」
不意打ちを受けたゲルゲッコーは勢いよく砂地を削り、再び砂塵を巻き上げた。
倒れ伏すゲルゲッコーの姿が砂煙の中に埋もれていく。
「遅れてすまない、クロスライト!」
「そんなことないです。助かりました!」
ブルーファルコンはクロスライトに声を掛けた後、傍らの女性にそっと近づいていった。
そして、その四肢を拘束する粘液に触れて、手にアクアマリン色の光を集め始める。
「少し冷たいと思うけど、すぐに消えるからね」
優しい声で安心させるように呟くと、手のひらに集めた光が粘液に吸い込まれていく。
すると、パキンと軽い音を立て、粘液が一瞬にして凍り付いてしまった。
ブルーファルコンがその凍った粘液を叩くと、氷が簡単に割れてパラパラと砂地に落ちる。
2度、3度と同じように粘液を凍らせては砕き、ブルーファルコンはみごと邪悪な戒めから女性を解き放ってみせた。
彼女はその場に座りなおすと、自由を噛みしめているように手のひらを見つめる。
その瞳が安心感と喜びで潤んでいた。
「また巻き込まれたらいけない。逃げられるかい?」
「たぶん、大丈夫です」
「無理はしなくていいからね。もう君には指一本触れさせないから」
「……は、はい……」
ブルーファルコンの言葉に女性が頬を赤らめる。
あれはもう、囚われのお姫様を助けに来たナイト様そのものの言動である。
そりゃ恋に落ちるよ、あのシチュエーションであんなこと言われたら。
そうこうしているうちにゲルゲッコーが立ち上がっていた。
ブルーファルコンがそれに気づき、向かってくるゲルゲッコーに正面から迎え撃つ。
「喰らえッ!」
怒りの表情を浮かべたゲルゲッコーが、唐突に粘液攻撃を行った。
右腕を振るい、その腕から分泌された粘液が水玉のように丸くなる。
作り出された粘液の水玉は一直線にブルーファルコンに襲いかかっていった。
しかし、ブルーファルコンは目にも止まらぬ早打ちで迎撃を行い、その水球をあっさり撃ち落として見せた。ついでに放たれた2撃目がゲルゲッコーを襲い、その肩に命中する。
バチィンッ! と2か所同時に火花が散った。
「ぐぉお!?」
悲鳴を上げるゲルゲッコーを油断なく視界に捉えつつ、ブルーファルコンは撃ち落とした粘液の方も観察しているようだった。
先ほどの攻撃は、冷気を伴わない普通のレーザーガンによる攻撃である。
ゲルゲッコーの粘液はレーザーの一撃で焼け焦げ、溶けていた。
あの粘液、どうやら熱にも弱いらしい。
「ヤモリのくせに、イモリみたいな能力だな」
ブルーファルコンが呟いた。
ゲッコーってヤモリのことだっけ? ゲルはあの粘液のことだろうし……。
後で調べておこう。
「くそぉっ、何でだ……!」
ゲルゲッコーが悔しそうな表情でブルーファルコンを睨みつけていた。
「何でも何も、あんな振りかぶってたら動きくらい読める。弾速も遅ければ的もでかい。撃ち抜けないわけが……」
「何でお前らはそんなにモテるんだよぉ!?」
「……え?」
ゲルゲッコーの魂の叫びにブルーファルコンが絶句していた。
この場においてその言葉が出るのかと、私も絶句である。
今の声は隣にいる戦闘員21号にもばっちり聞こえたようで、冷めた目をしてゲルゲッコーを見つめていた。
なお、先ほどブルーファルコンに助けられた女性は、ゲルゲッコーが自分の気持ちのことを言っていると自覚したようで、ブルーファルコンをチラリと見ては顔を赤くしてもじもじしている。
何とも可愛らしく、いじらしい感じがして同性の私から見ても魅力的に映った。
なるほど、ブルーファルコンは罪深い男だ。
ゲルゲッコーにそれを言う権利があるとは思えないが。
「卑怯じゃねぇか! 俺だってモテたいんだよぉ! キャーキャー言われてぇんだよぉ!」
「……なんなんだコイツ」
ブルーファルコンは突然わめき出したゲルゲッコーに若干引き気味である。
しかし、困惑しているブルーファルコンの代わりに、ゲルゲッコーと対峙してきたクロスライトは容赦なくツッコミを放っていった。
「モテたいならまず女の人に優しくしなよ。粗雑に扱ったら嫌われるに決まってるでしょ」
「うるせぇ! モテる奴に俺の気持ちなんて分かるわけねぇ!」
「逆だよ。相手の気持ちを分かろうとしないから嫌われるんだよ」
「うるせぇ、うるせぇ! どうせ女なんか顔しか見ていねぇんだ! うぉおおお~ん!」
なんか、駄々っ子みたいになってきた。
ゲルゲッコーってこんな子供っぽい奴だったのか……。
「顔の問題ですら無い気がするんだけど……」
うんうん、そうだろうな。
たとえゲルゲッコーがヒーローだったとしても嫌われてしまうような気がする。
「ちきしょー! 知った風な口をききやがって! もう怒ったからなぁ!」
地団太を踏んだゲルゲッコーがクロスライトをビシッと指さした。
「勝負しろクロスライト! 俺より顔のいい奴を1人ずつぶっ潰してやる!」
「……僕より氷月先輩の方が顔が良いと思うんだけど」
「よりモテる方が優先だぁ!」
「それも氷月先輩だと思うんだけどなぁ」
全国区の人気では零くんだろうけど、新潟県内の人気はゆーくんの方が上である。
新潟県内で活動しているゲルゲッコーにとってはゆーくんの方が気に障る存在らしかった。
「お前に勝って、かわい子ちゃんを持ち帰るんだーーっ!」
「もうちょっとカッコいいセリフ、無かったの!?」
情けないセリフを口走りながら、ゲルゲッコーが突っ込んでいく。
思い切り振り上げた拳を迎え撃つクロスライトが受け止め、格闘戦が始まった。
「そらぁ! おりゃっ! ふんがーっ!」
ゲルゲッコーがガンガン攻めていくが、その攻撃はかなり大ぶりだ。
私の目には、クロスライトが余裕を持って防御しているように見える。
じゃあクロスライトが優勢かというと、足の裏にくっついた粘液のせいで動きづらいのか、なかなか反撃には移れないでいた。
今も防御に徹し、相手の攻撃を丁寧に捌いている。
「足の踏ん張りが効かないみてぇだなぁ、クロスライト!」
「確かに、ぶにぶにしていてやりづらい。でも、解決策は見いだせた!」
クロスライトはゲルゲッコーの攻撃を回避すると、その場でくるりと宙返りをしつつ、かかと落としを放った。
今まで攻撃一辺倒だったゲルゲッコーが慌てて両手をクロスさせて頭上の攻撃を受け止める。
ぶつかり合った力と力に、周囲の空気が震えた。
「くぉおっ! 重てぇ!?」
「まだまだ行くぞ!」
側転、バク転、宙がえり……。
身体を腕だけで支えて、クロスライトは華麗な空中戦を仕掛けていく。
かと思えば、ほとんど逆立ちしながらの連続キックや回し蹴りがゲルゲッコーに襲いかかる。
今度はゲルゲッコーの方が防戦一方になっていった。
「ここだ!」
大きくジャンプしたクロスライトが、宙がえりをしながらレーザーガンを放った。
その攻撃がゲルゲッコーに直撃し、バチィンと火花を散らす。
「ぐうぉあああ!?」
まともにレーザーガンを受けたゲルゲッコーは、その衝撃によろめいている。
ジャンプで離れたクロスライトから攻撃が飛んでくるとは思わなかったようだ。
さらに、地面に降りたクロスライトが足と手で地面を蹴り、高速で突っ込んでいく。
「せやぁあああ!」
「がぁっ!?」
ゲルゲッコーの胸元にクロスライトの鞭のようなキックが吸い込まれ、その身体を弾き飛ばした。
クロスライトの後を追うようにふわりと砂が巻き上がり、風の通り道が露わになる。
砂は宙に一瞬だけ不思議な幾何学模様を描き、さらりと消えていった。
「おぉ、か、かっこいい……!」
「ミスティラビット、声が漏れているよ?」
戦闘員21号から指摘され、私は慌てて口を押さえた。
なお、同じ感想を抱いたのは私だけなじゃかったみたいで、美しくスタイリッシュな戦い方に、周りの女性陣からもため息が漏れていた。
「わぁ……!」
「すごい……!」
「綺麗……」
拘束された女性陣も目を輝かせて、クロスライトの戦いを見守っている。
その表情には、もはや一切の不安は見られなかった。
「うぐぐぐ、こうなったら……」
よろりと立ち上がったゲルゲッコーが不穏な言葉を呟いていた。
きょろきょろと周りを見渡し、女性を見つけるとこっそりそちらに向かって駆けていく。
またもや人質でも取ろうとしているのだろうが、もう1人のヒーローがそれを許さなかった。
ブルーファルコンが空中から現れ、ザッ! という音を立てて着地する。
「1対1は終了ってことでいいな?」
「うっ!?」
行く手を阻まれたゲルゲッコーが言葉に詰まる。
相手の返事を待たずに、ブルーファルコンは問答無用で攻撃へと移った。
その拳は強いアクアマリン色の光で煌めいている。
「せぇいっ!」
「おげぇ!?」
渾身の右ストレートがゲルゲッコーのどてっぱらに撃ち込まれ、吹き飛ばした。
ゴロゴロと転がったゲルゲッコーが波打ち際まで追いやられる。
「く、くそぉ……! どうにかしねぇと……!」
「まだ何かできると思っているのか!」
「うるせぇ! まだ身体の動くうちは――」
何とか立ち上がったゲルゲッコーだったが、攻撃を受けたところから身体が凍っていくことに気付いて絶句していた。
あれよあれよという間に海水ごと凍っていき、すぐに下半身までが氷に覆われてしまう。
ゲルゲッコーはあっさりと自由に動くこともままならない状態になってしまった。
「うわぁああ!? た、助けてくれぇ!?」
「少しは拘束された人たちの気持ちが分かったか? 反省しろ!」
もはや顔以外が氷に覆われたゲルゲッコーに、ブルーファルコンが容赦ない怒声を浴びせる。
反省したかどうかは分からないが、その恐怖はゲルゲッコーに刻まれたことだろう。
やがて顔も氷に閉ざされ、氷に包まれた怪人のオブジェが完成した。
先ほどクロスライトは粘液の拘束を力で引きちぎっていたが、ゲルゲッコーにブルーファルコンの氷を打ち破る力は無いようである。
もはや逆転の目は無いだろう。
物言わぬ氷像に向かって、ブルーファルコンが銃を向けた。
「トドメは僕がもらっていいか、クロスライト?」
「はい、お願いします!」
ブルーファルコンが頷き、レーザーガン2丁の照準がゲルゲッコーに集中する。
しかし、止めを刺そうとした直前、何かに気付いたクロスライトが声を上げた。
「はっ!? 待って、ブルーファルコン!」
「あ、あれは!?」
海の彼方からキラリと光る糸のようなものが見えた。
ヒーローたちには分からないだろうけど、バンディットスネークと会って来た私には分かる。
あれは捕鯨用の銛だろう。
「あぶない!?」
ヒーロー2人はその光が攻撃によるものだと判断して回避行動を取った。
ザシュッ、ザシュッ! と砂浜に巨大な銛が突き刺さる。
そして、そのうちの1つがゲルゲッコーを包む氷を貫いた。
うまいこと氷だけの部分を貫通しているけど、危ない事をするなぁ……。
もう少し下にずれていたらゲルゲッコーごと貫いていたよ。
「これは、銛!?」
「その通りだ。レディたちには当たらないように配慮したつもりだぞ?」
「お前は!?」
銛に繋がれた鎖の上に乗って登場したのはバンディットスネークだった。
海の彼方にあった霧も晴れ、シー・ドレッド号もその迫力ある姿を見せつけている。
また、先ほどまでしていなかった眼帯で片目を覆っていた。
たぶんクロスライトの閃光弾の対策だろう。
「俺はバンディットスネーク。そこに転がっているゲルゲッコーの回収役だ」
「させるか!」
ブルーファルコンとクロスライトがレーザーガンを放つが、バンディットスネークの操る鎖、"メタルスネイク"がそれらの攻撃を全て防いでいた。
「俺も気が進まないが、命令でな」
「くっ!?」
駆け出してきたブルーファルコンだったが、一足早く銛が回収されていく。
バンディットスネークも銛に乗ったまま、シー・ドレッド号へと戻っていた。
V字型の水しぶきを上げる銛の中央で、バンディットスネークが声を上げる。
「さらばだ、ヒーロー諸君! 君たちの戦い、素晴らしかったぞ!」
「くそっ! やられた!」
悔しがるブルーファルコンとクロスライトの声が、海の彼方へと去っていく海賊船に投げかけられた。
あの状況なら、まず間違いなく逃げ切れることだろう。
それを見ていた私たちは感服するしか無かった。
「いやぁ、最近じゃ稀に見る手際の良さだねぇ」
「本当ですね」
巻き込まれた人たちにも被害を出さなかったし、私の出る幕はまるで無かった。
いつもこんな感じになってくれるといいんだけどなぁ。
「僕らも帰ろうか」
「そうですね」
私たちは変身を解いてから何食わぬ顔で表へと出て行く。
防衛隊と警察、救急車が次々と到着して物々しくなる海水浴場に、私たちはそっと背を向けた。
-- 7月16日(日) 11:05 --
「好美ちゃん、どこに行ってたの?」
「うぇ?」
展望台へと戻るや否や、私は樋口さんに捕まって問い詰められてしまった。
「車で逃げるわけでもなし、小屋の前にいたって聞いたよ? なんでそんなところにいたの?」
私がどこにいたのか、すでに人伝に聞いている様子だ。
たしかに、樋口さんからしたら不思議でしかないだろう。
見に行ったとか言ったら怒られるだろうし……。
まずい! 上手い言い訳が思いつかないよぅ!
ど、どうしよう!?
「落とし物でもしたの?」
「え? ま、まぁ……」
悩んでいたら樋口さん自身が理由を思いついたようだ。
私はそれに全力で乗っかった。
私はお財布と家の鍵を落として探していたのだ! うん、そういうことにしておこう。
「好美ちゃん、迷子になってたんだよ。あんなところに隠れてるなんてね」
「ちょ、篤人さん!?」
篤人さんは私のドジのせいってことで押し通すつもりみたいだ。
しれっと自分は探しに行った体にしているし、ちょっと良い役になっているのが卑怯だ!
でも、そうでもしないと2人であの小屋の陰に隠れていた理由にはならないかな?
ただでさえここから場所が遠すぎて不自然だし、混乱して迷子という理由は悪くない。
うぅ、怒るに怒れないや。
「もぅ、巻き込まれなくて本当に良かったよ……」
「ご、ごめんなさい」
嘘をついている私を真剣に心配してくれている樋口さんに申し訳なくなってくる。
でも正体を明かすわけにはいかないし、私には謝るくらいしかできなかった。
私を知っている人に会っていた場合は、もう少し考えて動かないといけないなぁ……。
「よし、好美ちゃんが無事なこと、優輝くんにも報せに行こう!」
「えぇ? あの……良いんですか?」
単純にゆーくんと話したいとは思うけれど、事後処理で忙しくないだろうか?
今も防衛隊の人たちと連携して状況の整理に動いているはずなのだが……。
「ひとこと話すくらいの時間なら取れるよ。行こう?」
「あ、待ってくださいよぅ!?」
樋口さんに腕を引かれて、私は海水浴場へと向かって行く。
篤人さんはどうやら来る気がないらしく、手を振って私を見送っていた。
海水浴場に辿り着くと、現場を防衛隊や警察官がぐるりと囲んで防衛に当たっている。
樋口さんがその中の1人の防衛隊に声を掛けると、あっさり中へと入れてもらえた。
樋口さんも本来は本部の研究所員であり、実は結構な権力者なんだよね。
現場近くに近づくにつれて、何やら黄色い声が聞こえてきた。
「ねぇねぇ! ちょっともうちょっと話そうよ!」
「私はさっきみたいに優しく傍にいて欲しいな~!」
「何かお礼がしたいの。私にできることならなんだって……」
水着のお姉さんたちに、ゆーくんと零くんがもみくちゃにされていた。
彼女らはゲルゲッコーの粘液に捕まっていた人たちだろう。
助けられたことに恩義を感じているのはもちろんだが、それ以上に、明らかに恋愛感情を感じさせる猛烈なアタックを繰り返していた。
うーん、全員なかなかのプロポーションをしているなぁ。
ゲルゲッコーの趣味かな?
「あの、すみませんけど仕事が……!」
「皆さんも、安静にしていないと……!」
さすがに照れが混じるのか、2人とも困惑しつつも顔を赤くしている。
あの2人、女性に対する耐性があるのかと思っていたら、割とそんなこともないらしい。
なんか意外かも。
……となると、弟よ、なぜ樋口さんに靡かない?
言っちゃ悪いが、周りにいる人たちより樋口さんの方がいろいろと上だと思うよ?
「2人ともモテてるね」
「そーですね」
まぁ、モテることに納得はしているんだけどね。
でも私以外に照れている零くんを見ていると、なんだか胸の奥にもやもやしたものを感じる。
私のこと散々好きだとか言っておきながら……って、まぁ別に良いんだけどね。
「えっ!? よ、好美さん!?」
「あ、姉さん」
2人とも私に気付いたようだ。
なぜか零くんが非常に焦った顔をしているが、どうしたのだろうか?
零くんは周りの女性たちをやや強引に振り払うと、私のところまでやってきた。
「好美さん、これは違うんだ。僕はやめてほしいって言ったんだけど相手が……」
「別に私のことは気にしなくていいよ? お姉さんたちと遊んでくればいいでしょ」
「そ、そんなこと言わないでよ、好美さん!」
まったくもぅ、何で言い訳なんてするかな?
私がそんなに怒っているように見えるのだろうか?
「あらあら……」
「ふーん……」
「ちぇ~……」
私たちを見つめるお姉さんたちの視線が生暖かい感じに変わった気がする。
それもまた何となく腹立たしい。
「すみませ~ん! ひとことお願いできますか~?」
記者と思われる人たちがいつの間にか集まっており、山を成していた。
その側には即席の会見場が作られていて、護衛の警官たちが制服姿で並んでいる。
暑い中、正装でのお勤めは本当に大変そうだ。
「零くん、記者の人が呼んでるよ? 早く行かないと」
「あ、うん、行ってくるけど、好美さん待っててよ?」
「え? うん、まぁいいけど……」
零くんはそそくさと会見の場へ移動していった。
ゆーくんは出る必要は無かったのかもしれないけど、これ幸いとばかりに後を付いていく。
そういえばCM撮影に来ていたんだっけ?
あの服でテレビに映って大丈夫なのだろうか?
2人を見送ると、お姉さんたちの1人に話しかけられた。
「ねぇ、もしかして優輝くんのお姉さん?」
「あ、はい、そうですが……」
あ、まずいかも。
「やっぱり! ねぇねぇ、優輝くんって彼女いるの?」
「好みとか知らないの?」
「年上のお姉さんは好きですか!?」
やっぱりこうなった!
学校でも、街を歩いていても、時々こういった事態になるのだ。
彼女はいないと思うんだけど、こう答えると余計に盛り上がっちゃうんだよね。
でも嘘は付けないし……あ、そうだ!
「私より、いま近いところで過ごしている樋口さんの方が詳しいんじゃないかなぁ?」
「え、私?」
そう、樋口さんにバトンタッチである。
樋口さんなら口八丁と大人の対応でどうにか収めてくれるはずだ。
「「「……」」」
でも、話をする前から女性陣が意気消沈してしまった。
樋口さんのプロポーションの良さに越えられない壁を感じてしまったらしい。
うんうん、その気持ち、わかるよ。
目的の相手は違うけど、私も打ちのめされているから。
ただ、その樋口さんも、ゆーくんを照れさせていたこの女性陣には危機感を覚えたらしい。
ゆーくん、樋口さんに対してはあまり照れるような反応しないもんね。
「優輝くん、たぶん好きな人はまだいないと思う」
「やっぱり、そうですよね」
樋口さんの目から見ても、誰か恋人がいるということはないみたいだ。
学校での様子は私の方が知っているだろうけど、そちらでも好きな人がいるというような話は今のところ聞いたことがない。
「強いて言うなら好美ちゃんじゃないかなぁ?」
「ふぇ? 何ですかそれ」
そんなわけなかろうに。
私のゆーくんへの"好き"はさすがに男性としての好きではなく、家族に向けたものである。
ゆーくんにとっても同じだろう。女性として私が好きという可能性はゼロだ。
「さすがに無いですよ」
「まぁ、恋愛感情は無いだろうけど、優輝くん、何かと女の人を好美ちゃんと比べるから……」
そうなの? 料理に関してはそうかもしれないけど……。
「お姉さんがライバルかぁ~」
「零くんの彼女が相手? なかなか厳しい戦いになりそうね!」
「ぎりぎり勝てるかも……」
そこ、私の身体を見て言うんじゃない!
いや、その前に零くんの彼女でもないし!
ましてや、みんなの恋のライバルでも無いよ!
「好美ちゃんだったよね? お料理できるの?」
「私、優輝くんの好物が知りたい!」
「どーやって零くんのハートを射止めたの!?」
「ファンデーション、何を使ってるの? トリートメントは?」
「ちょっ!? いっぺんに聞かれても答えられませんってば!」
結局は私が質問攻めにされてしまった。
ぐぬぬ、爆弾を左へ受け流す作戦は失敗か!
「ふふ、零くんも優輝くんもモテるけど、好美ちゃんが一番モテモテね」
「こういうのはモテモテって言いませんよぅ!?」
女性陣の目を再び私に向けた張本人が楽しそうに笑う。
結局、私はお姉さんたちに根掘り葉掘り聞かれることになった。
ついでに樋口さんからも色々質問された気がする。
その後も戻ってきたゆーくん、零くんに捕まり、お昼過ぎまでおしゃべりに興じることになるのだった。
-- 7月17日(月) 海の日 18:00 --
「ひゃっひゃっひゃ、集まっとるのぅ!」
パンデピス地下基地4階、幹部以上のバッジを持つ者にしか入れない会議室にDr.ジャスティスがふらりと現れた。
この場にいるのは私、ノコギリデビルと、幹部ジゴクハッカイ、そして大幹部のグレンオーガだ。先日のジゴクハッカイの出撃結果から、新しい幹部の是非について会議をしていたところである。
なお、今日の報告については既にバンディットスネークから聞いている。
ゲルゲッコーは相変わらずだったようだな。
「ぐははは! この間はいろいろと世話になったぜ、Dr.ジャスティス!」
「ふむ、あの怪我から本当に完全回復するとは、呆れた男じゃわい」
「ぐはははは! しぶとさには自信があるからな!」
全身に大怪我を負ったグレンオーガを見事に蘇生させたのはDr.ジャスティスその人だ。
並の医者、いや、たとえ名医と呼ばれる医者でもグレンオーガを救えたとは思えない。
改造手術の権威という触れ込みは伊達ではないということか。
「ジゴクハッカイ、お主はレッドドラゴンを追い詰めたそうじゃな?」
「ふん、全く納得いってねぇけど、一応な。それより……」
ジゴクハッカイがグレンオーガを見ながら呟く。
「それ以上のバケモンがいるんだ。喜ぶ気にゃなれねぇよ」
「ぐははは! お前の挑戦ならいつでも受けてやる!」
「チッ! 俺はわざわざ殺されたくはねぇんだよ……」
悔しさを滲ませて、ジゴクハッカイが舌打ちをした。
本人は戦闘力で1番になることを望んでいることだろうが、グレンオーガに迫るのは並大抵の努力では不可能だろう。
特別な才能を持った者でなければ、その土俵にすら立てまい。
可能性があるとするなら本部に所属するほどのヒーローたちか、もしくはミスティラビット並みの怪人か……。
「そんで、だ。俺は許可を出すことにしたぜ!」
グレンオーガが簡潔に会議の結果を伝えた。
これで1人、新しい幹部について大幹部の許可が下りたことになる。
思惑通りミスティラビットが良い仕事をしてくれたようでなによりだ。
グレンオーガは他の幹部候補に対しても、多少は期待してくれているようである。
「俺に決定権はねぇが、ミスティラビットと同じ実力者が来るんなら構わねぇだろ」
「ふふふ、私も同意見だ。まぁ、発案者だから反対するわけは無いのだがね」
ミスティラビットは幹部たちからの評価も上々だ。
私、カラガカシ、ムーンベアはミスティラビットに好感を持っている。
ジゴクハッカイに関しても、少なくとも実力は認めているようだ。
あとはスケルトンバットとドリューか。
彼らはかなりの曲者だが、果たしてミスティラビットにどのような感情を抱いているのだろうな?
「ふふふ、ミスティラビットには、是非とも他の候補者を蹴散らして登ってきて欲しい」
「ふむ、そのことについてじゃがな……」
Dr.ジャスティスが蓄えた髭を指で摘まみながら言葉を発した。
「大幹部の1人が反対を表明したんじゃよ。ミスティラビットの幹部昇格に対してのみじゃがな」
「ふふふ、なるほど……」
どうやらDr.ジャスティスはわざわざ聞きに行ってくれていたようだ。
ミスティラビットの幹部昇格のみに反対するとは、実にあの人らしい。
「へぇ、そいつは困ったな。ぐははは! 俺が説得に行くか?」
「ひゃっひゃっひゃ! そこまで焦らんでもええじゃろ!」
「ふふふ、その通り。大幹部ならもう1人残っている」
あの人も絶対に反対というわけでもないだろう。
最後の1人が許可を出したら、何も言ってこないはずだ。
「アイツか……。引っ張りだせるのか?」
ジゴクハッカイが疑問を呈した。
彼は出てこれないわけではないが、別のことに注力していることには配慮するべきか。
下手に召集なぞしたら機嫌を損ねるかもしれん。
「そもそも、アイツはミスティラビットのことなんか知らねぇだろ?」
「さすがに名前くらいは把握していると思うが……」
確かに、場合によっては知らない可能性もあるか。
状況を把握する時間もかかるとなると、余計に嫌がられる可能性は高い。
「ふむ、それなら思い切って事態を動かした方が良いかもしれんのぅ」
「ほぅ。Dr.ジャスティス、いったい何をなさるおつもりで?」
ニヤリと笑ったDr.ジャスティスが作戦を簡潔に述べた。
「なに、ミスティラビットと本人を会わせてみるだけじゃよ! ヤツが気に入れば許可を出すじゃろ!」
「ふふふ、直接ですか」
「ぐははは! 分かりやすくていいじゃねぇか!」
「ふん、あとはアイツら次第か」
Dr.ジャスティスの案に反対意見は無く、その方針で行くことが確定した。
「ワシが会わせる算段を検討する。しばらくこの件は預かるぞい」
「ふふふ、承知した。Dr.ジャスティスにお任せしよう」
そこまでお願いできるのはありがたい。
私の仕事としては当初の計画通り、新幹部を受け入れる準備を進めるだけである。
さて、最後の大幹部はミスティラビットをどのように判断するかな?
-- 7月17日(月) 海の日 19:00 --
特務防衛課の新潟県十日前町市の支部、その秘密基地となっている地下室にて今日の振り返り会が行われている。
まぁ、実体としてはお疲れ様会に近い物なので、緩い空気が漂っているわけだが。
出席者は俺、ライスイデンこと上杉 一誠、レッドドラゴンこと東 飛竜、それと氷月 零、佐藤 優輝の中学生ヒーローたちである。
さっきまで食後のデザートを食べながらテレビのニュースを見ていたところだ。
現場に迅速に駆けつけたクロスライトと、怪人ゲルゲッコーを圧倒したブルーファルコンの活躍が大々的に報じられている。
「結局、怪人に撤退を許してしまいましたね」
「それは確かに惜しいが、派手な技を使わずに対応したのは冷静な判断だったよ」
クロスライトの閃光弾を使えば早期に決着はついただろうが、失明する人が出かねない状況だった。ブルーファルコンも周りに人がいる以上、意図的に大きめの技は封印して戦っていたのである。
それでも相手がゲルゲッコーだけであれば対処できていたのだが……。
「バンディットスネークの介入がとことん悪いタイミングだったな」
ブルーファルコンの冷気の溜めが無くなったタイミングかつ、波打ち際にゲルゲッコーが移動したタイミングだったからな。
一目散に逃げて行った奴らを倒すには、さすがに何らかの準備が必要だ。
自衛隊の艦も頑張って駆けつけてくれたのだが、残念ながら間に合わなかった。
「僕も、すぐ人質を解放できれば良かったんですけど……」
「いや、あれで十分だ。怪人を仕留めることを優先する必要は無いさ」
優輝は悔やんでいるが、怪人を倒すことを優先するあまり、人質の命をチップに一か八かの賭けに出るなんて論外だ。
できるならやればいい。でも、できないなら仲間を頼ればいい。
強硬手段に出るのは、絶対に助けられるという自信がある時だけで十分なんだ。
「大丈夫、そのうちできるようになるって!」
「はい、頑張ります!」
飛竜の励ましに、優輝はさらなる飛躍を自らに課し、やる気を漲らせている。
本当に頼もしい少年だ。
優輝ならきっとすぐにでも成し遂げられる実力を身に着けることだろう。
「あとさ、優輝の戦いは見ていて面白いんだよな~」
「アクロバティックな戦いをしていましたね」
「足の裏が気持ち悪かったから、仕方なくですが……」
あれはニュースでも取り上げられていたな。
見栄えのする動きだったし、ゲルゲッコーも完全に翻弄されていた。
カポエイラなんか知らないだろうに、自らの感覚であれをやったなら見事な創造性だと思う。
それと、CM撮影用のカメラがまさかここで役に立つとは思わなかった。
おかげでバッチリ撮影できていたし、樋口がそれを見て喜んでいたな。
俺たちも状況がより把握しやすくなって大助かりだ。
「戦いの後でもキャーキャー言われてたんだって? 2人とも。いいな~」
「良くないだろうが。この辺は正体が明かされている弊害だぞ?」
一応は敵陣営が混じっていないか注視してもらっていたんだからな?
今回は検査で凶器も無い事が確定したから大目に見たわけだが。
「嫌なこと思い出させないでくださいよ……」
「え、嫌だったのか? 何で?」
「氷月先輩は、姉さんに目撃されて怒らせてましたから」
そうそう、好美ちゃんも海水浴に来ていたんだったな。
樋口から姿が見えないと報告があった時は心配したもんだが、無事でよかったよ。
「樋口さんが気を利かせて、無事な姿を見せようとしてくれたんです」
「へぇ~、そこでデレデレした顔を見せちゃったってわけか」
「別に、デレデレしたつもりは無かったんですけどね……」
赤くなってたんだろうな。
けど、水着の女性たちに囲まれたらそれも仕方ないと思う。
防衛隊で彼女らを振り払うこともできただろうが、心のケアをしようという2人の優しさから起きた状況でもあったから、好美ちゃんにも大目に見て欲しいもんだ。
「でも、姉さんがそれにむくれるって思わなかったです」
「おっ、それってもしかして、零を意識してるってことか!? 良かったな、零!」
「良くないですよ、怒らせたんですから! そのあと誤解は解きましたけど……」
零としてはハラハラして生きた心地がしなかっただろうな。
嫌われてなるものかと必死になっている様子が目に浮かぶ。
なかなか良い青春してるな~……っと、いかん。
あまりおっさん臭いことを言うと俺がバッシングを受けてしまう!
ここは冷静に、あくまで零のためのアドバイスを送らねば。
「そうだな、それなら……。零、プレゼントは決まったのか? この間のフルーツパウンドケーキのお礼をするって言っていただろう?」
お返しのプレゼントというきっかけがあるんだから、そこから挽回すればいい。
相手に意識してもらえているなら、良い方向にも転がりうるだろう。
「それが、悩んでしまっていて……」
零がバツが悪そうに頭を掻いた。
「貝殻の髪飾りとか似合うと思うんですが、さすがに恥ずかしくて……」
「姉さん、たぶん困ると思いますよ、それ」
優輝の鋭い指摘に、零がガックリと肩を落とした。
優輝は優輝で、言うべき時ははっきり口にするんだよな。
俺は零の案も悪くないと思うんだが、ここは好美ちゃんのことを一番よく知っているであろう優輝のアドバイスに耳を傾けるべきか。
「僕ってセンス無いのかな?」
「いえ、そういうことじゃなくて……。姉さんは喜んでくれると思うんですけど、姉さん、騒がれるの苦手だから身に着けるかどうかで悩むと思いますよ」
「あー、珍しい髪飾りをつけてたら、どうしたのか聞かれるもんな」
「零からのプレゼントって答えたら周りが囃し立てる、か。なるほど……」
「でも、つけないのもなぁ~って感じで悩むと思います」
好美ちゃんもなかなか難儀な性格をしているな。
いや、優しくて内気な子なら、このくらいは普通か。
「でもさ、そうなると何が良いんだ?」
「思いついてはいるんですけど、正直、恰好は良くないですよ?」
「おっ、そうなのか? それはそれで気になるぜ!」
「優輝、教えてくれないか?」
飛竜が興味津々で、零も参考にしようと耳を傾けている。
俺も後学のためにしっかり聞いておくとしよう。
「お中元みたいなものなら喜ぶと思いますよ。姉さん、高級食材に目が無いから」
「あー、好美ちゃん、あの歳で主婦をこなしてるもんな~」
「なるほどな。でも、プレゼントでお中元っていうのも……」
優輝が言う通り、確かに格好いいとは言い難い。
彼氏(未満ではあるが)からのプレゼントとしてはどうなんだろう?
「そっか、参考になったよ。ありがとう、優輝」
「零、お中元を贈るのか? ……それ、プレゼントか?」
「プレゼントじゃなくてもいいですよ、お礼の気持ちなんですから。気持ちよく受け取ってもらえる方が格好良さより重要ですもん」
零は自分本位ではなく、相手に合わせた物を送ることを優先するようだ。
零にとって、好美ちゃんはヒーローの仮面を脱ぎ捨てられる唯一の相手なんじゃないかと思う。
格好良くなくても、この思いやりはきっと相手に届いてくれるはずだ。
「あ、高過ぎたらダメですよ? 姉さん、絶対気にしますから」
「そう? じゃ、松坂牛とかやめておいた方が良いかな?」
「ハムのセットくらいで十分ですから……」
お中元として送るレベルにも優輝の指導が入り、議論が盛り上がる。
好美ちゃんの心臓に悪くない範囲に収めないといけない。
もし俺たちだけだったら超高級食材の詰め合わせが好美ちゃんに届いていただろうな。
気付けば、振り返り会がいつの間にか別の会議に変わってしまった。
まぁ、たまにはそれもいいか。
「さっそく手配してみるよ」
さて、零のプレゼントは果たして好美ちゃんには喜んでもらえるかな?




