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秘密結社パンデピス  作者: ゆきやま
32/42

ヒヒの怪人

~前回のあらすじ~

 ダートポイズナーとチェームジャガーはミスティラビットを裏切り、それが仇となって倒れた。

 ますます強固になるヒーローたちの陣営に対し、ノコギリデビルは対策に考えを巡らせる。

 組織内に幹部候補の噂が燻る中、あの怪人が出撃しようとしていた。

-- 6月25日(日) 6:30 --


 連日降り続く雨の中、新聞配達を終えた私は自宅へと続く上り坂を歩いていた。

 雨は先日までと比べて小降りになり、雲の上からにじむ太陽の光も幾分か明るさを取り戻している。

 今日は傘ひとつがあれば出歩くことも容易だろう。私は仕事柄、雨がっぱだけれど。


「うーん、なんか髪が気になる……」


 雨がっぱの中に仕舞った髪の毛がパサつく。

 今日の私は髪を三つ編みにせず、ほどいたまま新聞配達に行ったのだ。


 もうちょっとマシな髪型になると思ったのに、櫛を通すだけじゃまるで纏まらない。

 これじゃただ手抜きしたのと同じだ。

 おしゃれについては輝羽ちゃんに教えてもらった方がいいかな?


 髪を弄りながらてくてくと坂道を上っていくと、見慣れたウインドブレーカーと帽子をかぶった人物が上から降りてきた。


 ひとりは防衛隊のアズマさん。

 昨日に引き続き、雨の中を軽快な足取りでジョギングしている。

 今日はもうひとり、私のクラスメイトであり、特務防衛課本部のヒーローである零くんも一緒だ。

 彼らは私のところまで来ると足を止めた。


「おはよう、好美ちゃん」

「お、おはよう、好美さん」

「おはようございます、アズマさん、零くんも」


 挨拶するなり、零くんはまた赤くなってしまった。

 彼はどういった訳か私に片想い中で、私と話すとこうなってしまう。

 ちょっと前までは慣れてきたな~と思っていたのに、最近元に戻ってしまった。


「おっ、好美ちゃん。髪型、変えたんだ?」

「はい、まぁ、試しに……」


 雨がっぱで見分けにくくなっているはずなのに、ちゃんと分かってくれることが嬉しい。

 その反面、髪型のできの悪さが恥ずかしく思う。

 今度、やっぱり輝羽ちゃんに相談しよう。


「でも、手抜きみたいになっちゃって」

「大丈夫だって! なぁ?」

「うん、似合ってるよ、凄く」


 あ、零くんがさらに赤くなった。

 そういう反応されるとこっちまで恥ずかしくなってくる。

 この感覚、私もなかなか慣れないなぁ。


「優輝に聞いたんだけど、好美ちゃん、目は良いんだって?」

「あ、はい。両目とも2.0ですけど」

「その眼鏡、伊達メガネだったんだな~」


 私はアズマさんの言葉に頷いた。

 レンズはついているけど、度が入っていない、ただ形だけのメガネである。

 目立ちたくない私にとって地味さをアップさせるマストアイテムだ。


 でももう要らないかもしれない。

 メガネを付けた姿も取った姿も、両方ともテレビニュースに映っちゃってるからね。

 付けるのが癖になってしまっているけど、これも外した方がいいかな?


「零、お前はどっちが良いんだよ?」

「僕はどっちでも……」


 アズマさんがニヤニヤしつつ零くんに話を振った。

 零くんは煮え切らない返事を返していたけど、私の見た感じだとメガネ無しの方が零くんの好みに近いんじゃないかと思う。

 ……アズマさんの好みも知りたいんだけど、聞く勇気はないや。


「今日は2人とも外なんですね」

「あぁ、今日、優輝は完全休養なんだよ。朝も自分だけで身体をほぐすって」

「へ~、ゆーくんは今日はお休みかぁ」


 優輝とは私の弟であり、ヒーロー、クロスライトとして戦っているのだ。

 アズマさんも零くんも防衛隊の先輩として、よく面倒を見てくれているのである。


「優輝、昨日は頑張っていたから……」

「あぁ、凄い活躍だったよな!」


 2人が嬉しそうに語り、それにつられて私も自分のことのように嬉しくなる。


 お父さんもニュースを見てはしゃいでいたっけ。

 お父さん、パンデピスの悪の科学者をやっているくせに喜んでいていいのかな?

 幹部のノコギリデビルは頭を抱えていたんだけど……。


「僕もうかうかしてられない。打倒パンデピスのために、今日は僕が頑張らないと!」

「が、頑張ってね……」


 零くんには悪いけど、迷惑なんだよなぁ。


 実は、私は秘密結社パンデピスに所属する怪人ミスティラビットなのだ。

 零くんが変身するブルーファルコンは氷の力を使うヒーローであり、撤退潰しのオンパレードみたいな能力をしているから、頑張られるとツライのである。

 レッドドラゴンもどこかに行ってくれる気配はないし、私の受難はもうしばらく続きそうだ。


 まぁ、今すぐどこかに行かれてしまったらゆーくんが独りでパンデピスと闘うことになるから、居てもらわないとそれはそれで困るのだが。

 あぁ、ままならないなぁ……。


「そういえば、ゆーくん、お休みらしいですけど、外に出ちゃいけないんですよね?」


 ふと思ったことを聞いてみた。

 せっかくのお休みなのに友達と遊ぶこともできないし、暇をもて余してたりしないかな?


「優輝なら今のうちにテスト勉強するって言ってたよ」

「うおっ!? 真面目だなあいつ! 悪い点を取っても怒られないだろうに」

「悪い点を取ったらヒーローっぽくないとか言ってましたよ?」


 アズマさんが驚愕の表情を浮かべていた。

 訓練を頑張っている分、点数が下がってもご愛敬と言われるのはその通りだろうけど、ゆーくんはきちんと勉学も修めるつもりらしい。

 さすがゆーくん! 私も姉として鼻が高いぞ!


「勉強なんかしなくてもいいのにな」

「えっ!?」


 むむ、いくらアズマさんとはいえ今の発言は捨て置けない。きっちり釘をさしておかねば!


「アズマさん、考え方は人それぞれですけど、ゆーくんの邪魔はしないで下さいね?」

「そうですよ。『勉強なんかしなくてもいい』なんて、本人の前で言わないで下さいよ」

「うぎゃー!? 集中砲火だ! 撤退、撤退ー!」


 アズマさんは、これはたまらないとばかりに逃げ出してしまった。

 それを見て、零くんも私も大笑いである。


「それじゃ、好美さん、また明日!」

「うん、またね!」


 零くんもアズマさんを追いかけて坂道を下っていく。

 2人は小雨の中を快調に飛ばして走り去っていった。


 2人を見送り、自宅の前まで来ると、見慣れた軽トラが駐車スペースに止めてあった。

 私は慌てて辺りを見回す。


 ……どうやらトラップの類いでは無いようだ。

 私は玄関の戸を開き、中へ入った。


「ただいまー」

「お帰り~。お邪魔してるよ」


 居間から出てきたのは篤人さんだ。

 彼は表社会では運送会社のドライバー、裏社会では秘密結社パンデピスの戦闘員であり、私の専属部下兼連絡係として動いている人物である。


 さっきの軽トラは篤人さんの車なのだが、彼は私が怪人化しなくても怪人並みの耐久力があることを知っているので、イタズラで車両による体当たりをしてくるのである。


 今日は普通に家の中にいたけど、以前に軽トラを心理トラップとして配置し、スクーターで体当たりを喰らわせてきたことは記憶に新しい。


「軽トラが見えたから身構えちゃいましたよ」

「あっはっは! おなじネタは使わないよ!」

「体当たり自体をやめてくださいよぅ」


 何度言ってもやめてくれないんだから。本当にもぅ!


「髪型、変えたんだね。やっとその気になったみたいで嬉しいよ」

「何ですか、その気って」

「好美ちゃん、可愛いんだからさ。おしゃれしてくれないかなって思ってたんだよ」

「そ、そうなんですか?」


 篤人さんの場合、恋愛感情ではなく老婆心の方が強そうだけど、可愛いと言われて悪い気はしない。

 また何かお料理作ってあげようかな?


「そうそう、この間のミートソース、美味しかったよ。さすが好美ちゃんだね」

「いえ、お口に合ったようで何よりです」


 お裾分けでもらったトマトの品質の良さが、そのまま料理の良さに繋がったのだろう。

 出来の良いトマトじゃないとああも美味しくはなるまい。

 合挽き肉のチョイスも悪くなかったようである。良かった良かった!


 トマトをくれた篤人さんのご近所さんには感謝しかない。

 お裾分けのお返し、また考えないとなぁ。


「今度はちょっとしたお菓子でも作ろうかな?」

「良いんじゃない? 焼き菓子に使えそうな果物でも持ってこようかな」

「気が向いたらでいいですよ?」

「分かってる。好美ちゃんも適当でいいからね」


 喋りながら篤人さんがテレビの電源を入れた。

 ニュースが映り、各地の降水予想とダムの様子が映し出されている。


「おっ、ちょうどやってるね」


 そのダムの様子の中に、隣にあった森が焼け焦げている映像があった。

 あれは昨日、私たちが戦った果野瀬ダムである。


「果野瀬ダムの死傷者は無しだってさ。1部の森が焼失したけど、あの大雨だったからね。延焼なしで済んだみたいだよ」

「ひゃ~、道路もちょっとだけ溶けてる……」


 あれはレッドドラゴンの必殺技の1つで、爆発ではなく熱による攻撃技であるブレイザー・サイクロンによる攻撃の跡だ。

 似たような技はヒートフロッグも使えるけど、その威力は桁違いである。

 チェームジャガーもダートポイズナーも驚愕していたっけ。


「当たっていたら焼きウサギになってましたよ」

「あの熱は厄介だよねぇ。霧への対策にもなるみたいだし」


 お互いの観点からレッドドラゴンへの賛辞を述べる。

 ブルーファルコンやクロスライトと比べて緩やかとはいえ、レッドドラゴンもちょっとずつ強くなっている気がするんだよなぁ。

 最初からナンバーワンヒーローだったのに、まだパワーアップを続けているようだ。


 これで、実はライスイデンもパワーアップしていました、とかだったら泣いちゃうかもしれない。

 さすがにそんなことはないと思いたいのだが。


「それで、今日の出撃は誰なんですか?」

「うん、今日は、ね……」


 篤人さんが少し言葉に詰まる。

 あまり言いたくないことなんだろうか?


 ふと、最近、出撃する怪人は私の適性テストに出ていた人に固まっていたことを思い出す。

 それなら、今日出撃する可能性があるのは――。


「……もしかして、マスターバブーンが出撃するんですか?」


 私が推理した内容を口に出すと、篤人さんは静かに頷いた。


 怪人【マスターバブーン】

 ヒヒの怪人。

 武芸に優れ、特に棍の扱いを得意とする近距離戦のエキスパート。

 私やブラックローチの武術の師匠でもある。


「そっか、ついに出撃するんだ」

「うん。彼も覚悟が決まっている怪人だからね。撤退役は不要だそうだよ」


 負けたら生きて帰るつもりはないってことか……。

 もし私がいつもみたいに助け出したとして、彼は感謝してくれるだろうか?

 それとも、アルマンダルみたいに怒るだろうか?


「作戦はどんな感じなんですか?」

「午後2時に上杉謙信公を祀っている春賀山(かすがやま)神社を襲撃するって。そこでレッドドラゴンと1対1の勝負に望みたいってさ」


 ヒーローと真剣勝負したいというのは武人気質の怪人たちの共通項のようなものだ。

 マスターバブーンも例に漏れず、レッドドラゴンと闘うことを望んでいるらしい。

 ただ、最近はヒーローも2人以上で行動することが多くなってきているのが気がかりだ。

 今までは必ずライスイデンが1人で来ていたので悩む必要は無かったのだが……。


「1対1にするのって難しいんじゃ? 人質でも取るんですか?」

「できればそういったことはしたくないそうだよ」


 ヒーローは人質がいたら救出の方を優先するのは間違いない。

 そういった余計な心配ごとの無い状態で戦って白黒つけたいということなのだろう。

 相手に全力を出して欲しいという考え方は、武人気質な怪人にはよくあることなのだ。


 ただ、そうなると、ただ1対1の決闘を申し込むつもりなのかな?

 それってこっちの都合だし、相手が受け入れてくれるとは限らないんだけど……。


「1人、足止め要員の怪人を連れていくべきだって、ノコギリデビルから待ったがかかってるよ」

「そりゃそうですよね」


 ヒーロー側だって、敵であるパンデピスの怪人を不用意に信じることは無いはずだから、下手をすれば2対1で容赦なく攻撃されることだって十分にあり得る。

 ノコギリデビルもそれを懸念し、少し慎重になっているようだ。


「それ、受け入れる気なんですかね?」

「マスターバブーンが信頼できる怪人がいるなら受け入れるんじゃないかな?」


 それなら何人かの怪人が思い当たる。

 いつもいるブラッディローズか、その場にいるならアーマードボアも邪魔しないように立ち回ってくれるだろう。

 ゴブリンラットあたりも候補になるかな?


「ミスティラビットがいたら指名されるんじゃないかな?」

「そうかもしれないですが……」


 本部に赴けば、私が足止め役として指名されるかもしれない。

 でも、そうなった場合はヒーローと戦うことになるし、決着を見届けることにもなると思う。

 たとえマスターバブーンが(はた)し合いを望むとしても、私自身はそれに耐えられるだろうか?


「嫌だな……」


 まだ1ヶ月も経っていないけど、師弟関係になった怪人が居なくなることが、どうしようもなく悲しいことのように思える。

 彼がレッドドラゴンに勝てるなら問題はないけど、やはり分の悪い勝負になるだろうし……。


 私は今回、どう動くべきなんだろう?

 うんうん唸って迷っていると、篤人さんが1つの指針を提示してくれた。


「好美ちゃん、僕らがやるべきことをまず第1に据えよう。僕らがやるべきことは何だい?」

「……巻き込まれた人たちを助けること、です」


 そうだ、私は人命救助を第一に動いていたはずだ。

 怪人を助けるのは、その次だ。


「うん、それさえ間違わなければ大丈夫さ」

「そうですね。ありがとうございます、篤人さん」


 私がやるべきことはそれだけだ。

 お互いに怪人で、しょせんは悪人同士なんだから、あとは好き勝手すればいい。


 そして、情けないとは思うけど、私はマスターバブーンの勝負の行方を見届けるのは嫌だ。


 決着は見届けない。

 やるべきことを済ませたら、さっさと退散してしまおう。


「今日は直接、現場に行きましょう」

「うん、わかった。それで行こう」


 話が終わり、篤人さんは立ち上がって玄関へと向かった。


「それじゃ、また後で来るね。12時半ごろに出ようか」

「はい、宜しくお願いします」


 手を振って家を出ていく篤人さんを見送り、私は家の台所に移動してお味噌汁の入ったお鍋のコンロに火をつけた。


「はぁ……」


 怪人の出撃自体が憂鬱になるのはいつぶりだろう?

 なるようになるしかないのだが、どうしようもなく気が重い。

 私自身の動き方が決まったからと言って、簡単に気分は晴れそうもなかった。


 私はつらくなる気持ちを抑えるべく、何も考えなくて済むように日課となっている朝ごはんの準備へと向き合った。



-- 6月25日(日) 10:30 --


 静けさが支配する秘密結社パンデピスの本部地下4階に、コツコツと足音が響く。

 私が幹部のバッジを会議室の扉にかざすと、ライトグリーンに変わった扉が自動的に開いた。


「ふふふ、待たせてしまったようだな」


 部屋の中に踏み込むと、幹部たちの何人かが私を見た。

 何の話なのか興味津々な者、我関せずといった者、その反応は様々だ。


 今日は特別な案件があり、私、ノコギリデビルの要請で集まってもらったのである。

 顔ぶれは前に集まったときと変わらず、それぞれ取り巻きを従えて参加していた。


「こんな短期間にまた集まることになるなんて、何か起きたのかい?」


 パンデピスの金庫番であるカラガカシが口火を切って質問してきた。

 最近、新作のミストボールの売れ行きは好調と聞いているが、そのお陰か機嫌は良さそうだ。


「あぁ、正直に言って、最近現れたライスイデンの後継者に悩まされている」

「あー、クロスライトか。活躍してるよね」


 もはや毎日テレビや新聞に取り上げられているのだから、知らないわけはないか。

 しかも、昨日の戦闘の勝利の立役者になったことで、その存在感は更に増していると言える。


「ヒートフロッグはともかく、ダートポイズナーは何をしてやがる!? ヘマしやがって!」


 憤りを見せているのは戦闘部門の幹部の1人、イノシシの怪人ジゴクハッカイだ。

 彼はダートポイズナーの能力を買っていたようだが、クロスライトに敗北したのが納得いかないといった様子を見せている。


「まだまだ半人前のヒーローだろうが! そんなのに負けてんじゃねぇよ!」

「ふふふ、まったくもってその通りだ。これについては私も擁護しきれない」


 明らかな油断があったせいで負けたのだから、どう言い繕っても誤魔化せまい。

 最初から全力で戦えば勝てる相手だったはずだ。

 だが……。


「私も油断していたから人のことを笑えんよ。まったくもって情けない限りだ」


 彼らなら大丈夫だと高を括っていたのは私も同じ。

 ただひと言でも注意を促していたら、結果は変わっていたかもしれない。

 貴重な戦力を2人も失うことになってしまったのは悔やむばかりだ。


「アタシらも油断だけはしない方がいいってことだろ?」

「ほっほっほ。いつになく謙虚ですな。レッドドラゴンに負けかけたのが堪えましたかな?」

「ひと言多いんだよ、ジジイ!」

「ほほっ、これは失敬」


 戦闘部門の幹部の1人、ムーンベアと、開発部門のスケルトンバットがいつもの口喧嘩を始めた。

 いつものことではあるのだが、この後、ムーンベアにはより刺激のあることを言わねばならない。

 多少は抑えてもらわねば。


「スケルトンバット、私が言いたかったことをムーンベアが言ってくれたのだ。あまり茶化さないでやってほしい」

「ふむ、ノコギリデビル殿にそう言われては控えざるをえませんな」


 スケルトンバットは私を立てて、すっと引き下がってくれた。

 ムーンベアの方も大して気にしていないようである。


「さっさと本題に移っていただけませんか? 研究が遅れてしまいますので」


 改造部門の幹部、ドリューが抑揚のない声でそう言った。

 どうやらムーンベアよりも彼の方がご機嫌斜めなようだな。


 彼には耐熱、対冷気の研究に邁進してもらっている。

 研究に集中したい時に呼び出しを受け、気が立ってしまっているのだろう。

 彼への要件を先に済ませ、場合によっては途中で退席してもらった方が良いかもしれん。


「ふふふ、ではドリュー、君に対する案件を先に伝えてしまおう。スケルトンバットも聞いてくれたまえ」

「おや、私もですか?」

「あぁ、そうだ」


 私はモニターを操作し、画面に光のヒーロー、クロスライトの姿を写し出した。


「クロスライトの技に強烈な閃光弾があることが判明した。先ほど話に出たダートポイズナーと、バディを組んでいたチェームジャガーが撤退に失敗した原因がその技にあると言っていい」


 モニターを操作して、今度はニュースの録画映像を映し出す。

 強烈な光が画面を覆い尽くす場面を見せて、一度映像をストップした。


「あの閃光を見たら最後、まともに戦うことはできまい。2人にはその対策をお願いしたい」


 映像には慌てふためくチェームジャガーとダートポイズナーの姿が小さく映っている。

 そういえば、ドブロクダヌキもあの閃光にやられたのだったな。

 閃光弾の対策が必要になることは、もっと早くに気づくべきだったのかもしれん。


「ほっほっほ、サングラス程度では難しいかもしれませんなぁ。はてさて、どうするか……」

「網膜の保護ですか? あまり面白くは無さそうですが、承りましょう」


 2人はそれぞれの反応を見せた後、了承してくれた。

 早ければ来週すぐにでも必要になるから、多少、不恰好でも対策が済んでくれているとありがたい。

 彼らは優秀だ。この件はひとまず彼らに任せておけば良いだろう。


「ふふふ、さて、本題に入ろうか」


 今一度、モニターを操作して、今度は地下2階にある闘技場を映し出した。

 そこには手合わせしているマスターバブーンとアーマードボアの姿が映っている。


「あの2人は、序列ナンバー4と5だよな?」

「ふふふ、その通りだ。良く分かっているではないか、ジゴクハッカイ」


 映像の中の2人は木製の武器を使って何度も立ち会いを繰り返していた。

 踏み込みに勝るアーマードボアが勝つこともあれば、変幻自在な棒術でマスターバブーンが勝つこともあった。

 見ごたえは十分で、特に戦闘部門の2人は食い入るように見つめている。


「私は新たに1人、戦闘補助の部門を設立したいと考えている」

「ふーん、どんな部門になるんだい? ただ戦うだけの部門とは違うんだろう?」


 ムーンベアが顔をモニターに向けたまま質問してきた。


「ふふふ、戦闘補助部門に求めるのは怪人への訓練や助言、そして、今まで持ち回りでおこなってきた撤退役だ」


 映像の端に倒れ伏したヒートフロッグや、ナイフを振るうブラックローチの姿も見える。

 ブラッディローズは手合わせしている2人を見て、見とり稽古でもしているのだろう。

 ここにいるメンバーはよく訓練しており、力を伸ばしてきている。


「私が幹部候補として考えているのは、今のところ2人だ。1人目は序列1位ミスティラビット。2人目は序列4位マスターバブーン」


 まぁ、マスターバブーンに関しては今日の出撃で生還してくれたら、ではあるがな。


 私としては是非ともどちらかを幹部に据えたい。

 もしもマスターバブーンが敗北し、いなくなった場合、ミスティラビットは自分しか候補がいないとなれば強く拒絶するはずだ。

 その場合に備えて、あと何人か候補者を用意しておいた方が良いだろう。


「それに加え、あと2人か3人くらい、やる気のある怪人にチャンスを与えようと思っている」


 そこまで伝えたところで皆を見渡すが、これといった反応はない。


「ふふふ、諸君らからの反対意見はない、と」

「俺らは問題ないだろう、が……」


 ジゴクハッカイがそこで言葉を止めて私を見た。

 その鋭い視線には殺気すら漂っているような気がする。

 重苦しい沈黙が場を支配し、奇妙な緊張感が漂っていた。


「ふふふ、分かっている。()に許可を貰わねばならん、ということだろう?」

「あぁ、そうだ」


 私の言葉に周りの空気がざわついた。

 その理由は、ひとえに幹部より上の存在を知らない者が多かったからだろう。

 幹部に随伴していた者たちは恐らく全員が初耳だったに違いない。


 この話は我が組織の中でもトップシークレットである。

 先ほど言葉を止めたジゴクハッカイも、声に出して良いかどうかで悩んだようだった。


「ふふふ、もうすぐ彼が復活する。そうなったら隠し通すこと自体が難しくなるだろう」


 私の言葉を理解したジゴクハッカイとムーンベアが目を見開いた。

 この2人は彼のことを良く知っているから、このような反応になるのも仕方あるまい。

 大怪我をして長期離脱を余儀なくされた()()()が、ようやく治療を終えて帰ってくるという。

 それは敵味方を問わず、多くの者にとっては凶報となるだろう。


「話が逸れてしまったな。新しい幹部の登用許可については、幹部候補が絞られた後でお伺いを立てるつもりだ」

「……算段がついているなら結構だ」


 ジゴクハッカイが平静を装うために何とか言葉を捻り出していた。

 ムーンベアは固まっているな。彼女には珍しく、純粋に恐怖や緊張を感じている様子だ。

 さて、次の話題でどういった反応になるのやら。


「ふふふ、最後の案件だが、戦闘部門の2人にご協力いただきたい」

「……なんだ?」


 まだ何かあるのかといった雰囲気でジゴクハッカイが反応を返した。

 この話を聞いて、前回同様に荒れるだろうか? それとも……。


「ふふふ、最近、幹部候補の噂が飛び交っていることは知っているか? そのせいで足の引っ張り合いが起きる始末だ。私はこれをどうにかしたいと思っている」

「なんだい、さっきの話を発表すりゃ終わりなんじゃないのかい? 幹部候補枠に空きがあるとわかれば無茶する奴は減るだろ?」


 ムーンベアが疑問を呈した。

 僅かな時間で調子を取り戻すとは、彼女も精神的になかなかタフではないか。


「ふふふ、確かに。だが、幹部候補は半分以上、私の独断で決めている。選考に漏れた怪人たちの中には納得しない者も出るだろう」


 チャンスを寄こせとわめく怪人が出ることは想像に(かた)くない。

 いや、正面から言ってくる怪人ならまだいい方で、暗殺に動く怪人も出る可能性がある。

 そういった怪人たちへのより強い牽制が必要だ。


「チャンスは平等に与えたい」

「ふん、面倒なことだ」

「ふふふ、上昇志向を持つ者は時に強い力を発揮するものだ。悪い事ばかりではないよ」


 そう、野心もまた使い方次第だ。

 方向性を定めてやれば、こちらが想定している以上の力を自ら出してくれることもある。


「ふふふ、せっかくなら怪人たちのレベルアップに繋げたくてな。久しぶりに、怪人たちのトーナメント戦を検討している」


 再びモニターを見ると、手合わせが終わり、今は誰もいなくなった闘技場が映し出されていた。

 あの闘技場は最初に序列を決める時に作られた物だ。

 目をつぶれば、あの時に感じた熱気と狂騒が、今なお鮮明に(まぶた)の裏に蘇る。


「優勝者には戦闘部門の幹部への挑戦権を与えたい。その後は……」

「アタシらとの入れ替え戦、かい?」


 ムーンベアがニヤリと笑った。

 憤りなど微塵も感じられず、むしろいつやるのか楽しみに思っているようだ。


「ふふふ、その通りだ。……まぁ、トーナメントはともかく、入れ替え戦の内容については上の意向に従うことになるだろうがね」


 戦闘部門の幹部は、そもそも怪人の中で強い者をそのまま据えた経緯がある。

 余程の問題がない限り、上もNoとは言わないだろう。

 あとは、ムーンベアとジゴクハッカイの両名が許可してくれるなら開催に懸念は無くなる。


「アタシゃ構わないよ。いつでもやってやる」

「俺もいいぜ? 大したことねぇ奴しかいなかった、なんてことにならないで欲しいもんだ」


 ムーンベアもジゴクハッカイも乗り気のようだ。

 幹部としてただ大人しく控えているだけの日々はさぞや退屈だったのだろう。

 己の身分が脅かされかねないというのに、まるで祭りがやってきたかの如く滾っている。

 反発されるかもとしれないと身構えていたが、無用な心配だったな。


「協力的でありがたいことだ。トーナメントは夏ごろを予定している」

「なんだ、随分先じゃねぇか」

「ふふふ、怪人たちのレベルアップが目的だと言っただろう? 鍛える猶予を与えたいのだよ」


 怪人たちの力を伸ばし、ヒーローたちの力に少しでも近づいて貰わねばならん。

 それが被撃破率を少しでも下げてくれるならありがたい。


「お前は出なくていいのか? ノコギリデビル」

「アンタも戦闘部門なんだから、出場する権利はあるんじゃないのかい?」


 ジゴクハッカイとムーンベアが揃って私の参加を促してきた。

 これは、私に対して出ないのが卑怯であると言いたいのではなく、単に遊びに参加しないのかと誘っているだけだろう。


「ふふふ、お気遣い感謝する。だが、私は今の幹部席が気に入っているのでね」


 私の代わりになる者がいるなら出場は(やぶさ)かではないのだが、今のところ私の後を安心して任せられる候補者はいない。

 怪人ではないが、任せられる可能性があるとするならDr.ジャスティスくらいだろう。

 出るとしたら負けるつもりはない。が、万が一のことを考えると辞退するのが賢明というものだ。


 それに、私の席を賭けるとなれば上は良い顔をしないはず。

 上の許可を得る必要がある関係上、今回は戦闘力のみで評価できる役職に絞った方がいいだろう。


「残念だが、今回私は遠慮させていただく」

「そうか。まぁ、お前が代わったら面倒が増えそうだからな」

「アタシも今の幹部席はそれなりに気に入ってるんだけど、渡すつもりは無いんだよねぇ」


 ジゴクハッカイはやはり純粋な厚意での提案だったようで、私が断っても嫌な顔1つしなかった。

 ムーンベアは奪えるなら奪ってみろとばかりに、ニヤニヤと挑発的な笑みを浮かべている。

 彼女が一番楽しんでいるかもしれんな。


「ふふふ、開催までにはまだ時間がある。ぜひ、諸君らの中でも推薦したい者がいるなら目をかけてやってくれたまえ」


 今日の議題はこれで終わりだ。

 見どころのある怪人が1人でも多く出てくれることを願いつつ、ひとことを添えて私は降壇した。


「はぁ? アタシらに、自分を追い込むライバルを育てろってかい?」

「良いじゃねぇか。ちっとくれぇ骨のある奴がいねぇとつまらねぇだろ?」

「ほっほっほ、装備部門から刺客でも見繕いますかな?」

「僕は望む怪人全員に参加してもらうつもりだよ」

「ふむ、改造の成果を試す場としては丁度良い。希望者を募ってみましょうか」


 それぞれの思惑が飛び交う中、会議は終了となった。

 皆、乗り気になってくれたのはありがたい。

 多くの怪人たちも目をぎらつかせて参加してくるはずだ。

 これに加え、騒ぎを起こした者は参加できないとでも伝えておけば仲間割れも減るだろう。


「さて、そろそろマスターバブーンは出発した頃か」


 今日はマスターバブーンがヒーローたちに挑戦する日だ。

 奴がいなくなるのは避けたいところだが、この1戦にかける意気込みを邪魔するわけにもいくまい。

 足止め役となった怪人が果たしてどのように戦場を変えるか、その点も重要になるだろう。


 戦いの行方に対して不安はある。

 だが、同時にあのマスターバブーンがどこまで戦えるかを楽しみにしている自分もいる。

 たとえレッドドラゴンとはいえ、奴は簡単に勝てる相手ではないだろう。


「ふふふ、武運を祈るぞ、マスターバブーン」


 願わくば『秘密結社パンデピス、ここにあり』と示し、本部に凱旋して欲しいものだ。



--6月25日(日) 13:45 --


 十日前町から出発して、約1時間15分。

 以前に訪れた直江続港から国道8号線に乗って南下していき、私と篤人さんは春賀山神社の駐車場までやって来ていた。

 車を降りて、傘を差しながら私は周りを見渡した。


 目の前にある石造りの登り階段に静かに雨が降り注ぎ、その先には灰色の鳥居が優しく佇んでいる。

 神社の上の方には上杉謙信が住んでいたというお城の跡地があり、400年以上前から流れてきた歴史の残滓を見ることができる。


「それなりに人がいますね」

「そうだねぇ」


 駐車場はほとんど埋まっており、今も2人、鳥居をくぐって中へ入っていく人が見えた。

 見た目は完全装備の登山者で、小雨に濡れながら意気揚々と歩いている。


「ああいう格好じゃないとダメなんですか?」

「ダメってことはないと思うけど、上までいく人はちゃんとした格好の人もいるみたいだよ。山1つがお城なんだって」

「へえぇ~」


 地形を利用した"自然の城壁"というやつだろうか。

 難攻不落のお城にくっついてくる枕詞の1つとしてよくあるやつである。


「登山者、格好いいけど目立ちますね」

「好美ちゃんの傘も目立つ方だけどね~」


 篤人さんの指摘に、私は自分が差している蛇の目傘に目をやった。

 言われてみると確かにそうかも。

 隠し武器を仕舞うための装備なのに、これ自体が目立つのはどうなのだろう?

 改善点として報告するべきなのだろうか?


「さて、僕らも行こうか。ちょうどいい場所を早く探さないとね」

「はい、行きましょう」


 あと少しでパンデピスによる襲撃が始まる。

 それまでに身を隠し、変身できる場所を探さなければならない。


 階段を上って鳥居をくぐり、境内を進んでまずは春賀山神社へとお参りした。

 そこから宝物殿の前を通って謙信公の像を眺め、森の隙間を縫うように続く山道を進む。

 周りは木々が生い茂り、少し道を逸れれば身を隠すには困らなそうだ。


「マスターバブーンはどこに隠れているんでしょうか?」

「彼のことだから、本丸のあった広場とかじゃないかな? 決着を毘沙門天に見届けて貰うっていう目的でここを選んだんだと思うし」

「そっかぁ~」


 真剣勝負を武神に誓い、戦いに臨むというわけだ。

 マスターバブーンは1対1での決着をつけることに、ある種の神聖さを見出しているのかもしれない。


 内緒話をしながら道を進むと春賀山の全体を表す地図が現れた。

 ここから何段も山の上、一番高いところに本丸があると記されている。


「マスターバブーンがいるのは本丸だったとしても、襲うとしたら神社の方だと思うよ」

「なるほど。……ここが襲われたら入り口が1つ失くなっちゃいそう」


 私たちは地図を眺め、どちらに避難誘導すればいいのか検討をつけておく。

 もしも神社が焼け落ちたら謙信公の像から山を下るか、大きく西へ向かえば逃げられそうである。

 その場合、西側はいいとして、東側にいる人は火事と戦場に挟まれちゃうかもしれない。


「……そろそろだね」

「はい」


 篤人さんが周りを見渡しながらそう言った。

 私たちは頷き合い、人の目を避け、草むらへと身を隠した。

 傘も分解して中心の棒だけを取り出し、それ以外は木に立てかけておく。

 あとはその時を待つだけだ。


「時間まで、あと5秒……」


 篤人さんが呟く。

 雨に静かに濡れながら待っていると、やがて神社の方から爆発音が響いた。

 1秒のずれもない、きっちり時間通りの襲撃だった。

 今回は襲撃を行う戦闘員たちも気合が入り方が違っているみたいだ。


 人のどよめきが聞こえた後に怪人襲来を告げるサイレンが響き渡った。

 人の目は自然と煙の上がる神社へと集中しているので、変身するなら今のうちだ。

 私は黒いブローチを取り出し、合言葉を囁いた。


「白き霞よ集え、メタモルフォーゼっ!」


 黒かったブローチが白く変色し、中から白い布のような光が飛び出してくる。

 その光が私の体に巻き付き、着ていた服を白いコスチュームへと変えていった。

 それと同時に怪人の力を開放し、私は怪人ミスティラビットへと姿を変える。

 よし、準備完了だ。


「ミスティラビット、準備はいいかい?」

「はい、戦闘員21号」


 戦闘員へと姿を変えた篤人さんとすぐさま合流し、まずはウサ耳の力で辺りの状況を確認する。

 爆発音は止んでおり、神社から少しだけずれた場所からパチパチと木が燃える音が聞こえた。

 目を開ければ、炎は見えない代わりにかなり大量の煙が立ち昇っている。


「入り口から見て、神社の両脇が燃えているみたいです」

「マスターバブーン、建造物への攻撃は避けたみたいだね」


 武神に敬意を払っているのかな?

 それに、敢えて被害者が出ないような場所を攻撃したんじゃないかと思う。

 マスターバブーンもいたずらに被害者を増やすような暴れ方を好まない怪人だからね。


「問題は山の上に登っている人たちだろうね」

「そうですね。サイレンは聞こえていると思いますけど、どっちに逃げていいか分からないかも」


 神社から西側にいる人は道なりに山を下るだけでいいから分かりやすい。

 問題なのはやはり東側にいる人たちだろう。

 地図を見る限り、遠回りしなければ逃げられない地形になっていた。


「森を隔てて広場があるみたいですけど……」

「そうだねぇ……」


 アゴに手を当てて考え事をしていた戦闘員21号は地面に棒切れで絵を描き始めた。

 かなり簡略化されているけど、先ほど見た地図のようだ。


「この際、東側の木をなぎ倒して道を作っちゃおう」


 そう言って、繋がっていなかった場所に線を引いて避難ルートを作り出していた。

 確かに、見通しがいい道を作れば、きっと間違えずに山を降りることができるはずだ。

 木を減らしておけば延焼防止にもなるだろう。


「分かりました、それで行きましょう!」

「オーケー、急ごう」


 私たちはまず、木々が散乱して煙が立ち上る道を突っ切った。

 そして神社に人が残っていないことを確認したあと、反対側の道へ行くために、もう1度煙で寸断された道を強行突破する。


 ひとまず安全圏と思われる場所まで来ると、戦闘員21号は足を止めてレーザーガンを構えた。


「ここから下に向かえば避難できるはずだよ」


 そう言ってレーザーガンを構え、木に向かって一撃を放った。

 発射された弾が木に直撃して爆発を起こすと、その木が根本からへし折れる。

 凄い衝撃だったけど、たしか爆弾っぽく爆発する弾があったはず。それを使ったのだろう。


「出力最大の炸裂弾なら問題なく伐採できそうだね」

「周り、燃えないですか?」

「濡れているから大丈夫さ。ミスティラビットも宜しく」

「私は普通に……えいっ!」


 私は木に向かって蹴りを放ち、幹をへし折る。

 木はメキメキと音を立てて向こう側へと倒れた。


「こんな感じで」

「そっちの方が燃えないし、いいね。どんどん行こう」


 私たちは木々をなぎ倒していき、森のなかに1本の道を作り出した。

 山の下側にあった家まで到達したところで振り返ると、さっそくその道を通って避難してくる人たちが見える。


 これで半分。

 もう半分は安全圏から上の方へ緊急避難経路を開拓しなくてはならない。


「戻りましょう!」

「ごめん、先に向かってくれる? 炸裂弾を補充しないといけなくてね」


 戦闘員21号がレーザーガンを見せながらそう言った。

 先ほどから爆発する実弾を発射していたが、その弾丸が足りなくなってしまったらしい。

 今まであまり使うことがなかったから、装備していた弾丸の予備も少なかったようだ。


「分かりました。先に行ってますね」

「僕もすぐ行くよ」


 いったん戦闘員21号と別れ、私は先ほどの場所へ戻っていく。

 作り出した道は避難者に譲り、森の中を隠れながら開拓開始地点へと戻った。


「「「おお~っ!」」」


 急に声が聞こえた。

 何事だろうと思って振り向くと、避難してきた人たちが空を指さして歓声をあげていた。

 指の差す方向を見れば、2つの飛行機雲が綺麗に並んでこちら側へと伸びてくる。


 あれはレッドドラゴンとブルーファルコンで間違いないだろう。

 本部のヒーローが空の彼方から猛スピードでこちらに近づいてきている。

 彼らは上空でジェットパックを脱ぎ捨てると、マスターバブーンがいると思われる本丸の方に降りていった。


「戦いが始まるんだ……」


 独り言をつぶやき、私は改めて上を目指して走りだす。

 私は今回、不干渉を決め込んでいる。

 避難経路を作り出したらそれで退散だ。


 私は元の場所へ戻ると、棍を取り出し、1本の木に向かって振り抜いた。

 渾身の力を込めた一撃は木の幹をへし折り、メキメキと音を立てて倒れていく。


「まだ全然威力が出ないや」


 マスターバブーンなら折るんじゃなくて粉砕するんじゃないかと思う。

 使うのは腰の回転、だったっけ?


 やがて響いてきた戦闘音をできるだけ聞かないようにしながら、私は森の木々に向かってひたすら棍を振り続けた。


「お待たせ、ミスティラビット」

「あっ、戦闘員21号」

「もうほとんど終わってるねぇ。補充してこなくてもよかったかもね」

「うん……」


 戦闘員21号が最後の木を倒して道を完成させた。

 取り残されていた人たちの声が聞こえてきたので、私たちは足早にその場を立ち去っていく。

 道は一直線に山の麓まで伸びているから、あの人たちはここから逃げられるとすぐに気付くはずだ。


 私たちの役割は終わった。

 戦闘員21号と一緒に森の中へと身を潜めると、私は耳を澄ました。


 本丸での激しい戦いの音は今も続いている。

 その音が怪人とヒーローの生きている証であり、音が消えたときに誰かの命が潰えるのだろう。

 音が消えるのは1分後かもしれないし、1秒後かもしれない。


 決着は必ず訪れる。

 その事実が今になってだんだんと実感を強め、私はソワソワと落ち着かなくなってきた

 今すぐここを離れなければいけないのに、私はどうしてもそちらが気になってしまう。


「気になるかい?」

「そんなこと……」


 無い、と言おうとして言葉に詰まってしまう。


「どう考えても気になっているじゃないか」

「うぅ、そうですけど……」


 気にならないはずがない。

 マスターバブーンは、たまにいる、どうでもいいと思える怪人ではないのだ。

 仲間の1人が命を散らすことになるかもしれないと考えてしまうと、どうしても落ち着かない。


 篤人さんはそんな私の様子を見て苦笑いを浮かべた。

 彼は私の顔を覗き込み、真っ直ぐ私の瞳を見つめてくる。


「マスターバブーンを助けたいんだよね? 助けちゃえばいいじゃない」

「でも、それじゃ、迷惑に……」

「なるかもね。でも、感謝されるかも知れないよ?」


 篤人さんの言葉に決心が揺らぐ。

 せっかく、見捨てる覚悟をしてきたのに……。


「ミスティラビット、いや、好美ちゃんがやりたいようにやればいいよ」


 戦闘員21号はわざわざ"好美ちゃん"呼びに言い直した。

 私の心を覆う怪人のベールははぎ取られ、他の何者でもない自分の心に、声がスッと入ってくる。


「助けていいの?」


 押しとどめていた本音が口からこぼれた。

 許されるなら、助けたいに決まっている。


「いいんじゃない? そっちの方が好美ちゃんらしいよ。マスターバブーンに怒られたら、僕も一緒に怒られるからさ」


 戦闘員21号が優しく、おどけるような口調で言った。

 そうだ、失って苦しむより怒られた方が遥かにマシである。

 私は笑ってそれを受け止めよう。


 そもそも、私に助けられるということは負けたということだ。

 負けたくせに文句言うなって言い返してやる!


 急に視界が晴れた気がする。

 私は怪人、好きなように動くんだ!


「行きましょう、戦闘員21号!」

「了解、ミスティラビット!」


 目指すは本丸跡地。

 怪人とヒーローの決戦の地だ。



-- 6月25日(日) 時は少し遡り14:10 --


 宣戦布告の狼煙を上げ、小雨に濡れて待つこと数分、空の彼方からこちらに向かって伸びてくる2つの飛行機雲が見える。

 その先頭には赤と青の光が輝き、低く空を覆う雲を鈍く光らせていた。


「どうやらお出ましのようだな」

「あぁ」


 傍らに佇む協力者、ブラッディローズの言葉に短い返事を返し、俺は迫り来るヒーローたちを睨んだ。


 俺は怪人マスターバブーン。

 本日のパンデピスの作戦責任者であり、対ヒーローの刺客だ。

 ただ1人決戦に臨むつもりだったが、幹部ノコギリデビル様の要望により、共闘する怪人を1名連れていくことになった。


「レッドドラゴンは譲るが、ブルーファルコンは私が貰っていいんだな?」

「フッ、それで構わん。むしろこちらから頼んだのだ。引き受けてくれたことに感謝する」


 ブラッディローズは序列としては下から数えた方が早いが、その実力はむしろ上の方だろう。

 それに、上昇志向はあれど卑劣な手段は嫌う、高潔な精神の持ち主だ。

 彼女ならば安心して背中を任せられるというものだ。


 やがて俺たちの真上に来た赤と青の光が、降りしきる雨と共に舞い降りてきた。

 ザッという音立てて着地したヒーローたちが臨戦態勢に入る。

 その姿に"ついに"という想いが溢れ、身体が武者震いを起こした。


「お初にお目にかかる。俺は怪人マスターバブーン! ナンバーワンヒーローと名高きレッドドラゴンに決闘を申し入れる!」

「マスターバブーン、お前のことはライスイデンから聞いているぜ! 秘密結社パンデピスきっての武闘派の1人だってな!」


 レッドドラゴンは半歩前に進み出て声を張り上げた。


 フッ、ライスイデンにそう評価されているとは……。嬉しいことを言ってくれる。

 奴に敗北を喫した後、俺はもう1度、自らの武道を見つめ直し、1から力と技を鍛え直してきた。

 直接、奴に借りを返せないのは少々悔しいが、相手がレッドドラゴンなら申し分ない。


「さて、お前の相手は私だ、ブルーファルコン!」

「ブラッディローズ、だったな? 危険な相手だと聞いている。お前は僕が倒す!」


 ブラッディローズとブルーファルコンがそれぞれ気迫のこもった声を上げた。

 怪人とヒーロー、奇しくもそれぞれの成長株同士の戦いか。

 俺自身の決闘がなければ、助言の1つでも送ってやりたいところだ。


 不肖な俺の弟子たち、特にミスティラビットとブラックローチにもっと色々と教えてやりたいところだったが、巡り合いが遅かったのが口惜しい。

 今日、万が一生き残ることができたなら指導に全てを注ぎ込むのも悪くはないとさえ思う。

 まぁ、それも、この目の前にいるナンバーワンヒーローを倒すことができたらの話だが。


「1対1の勝負を希望する。答えは如何に?」

「望むところだ! 行くぞ!」


 威勢の良い返事と共にレッドドラゴンが突進してくる。

 それに続くようにブルーファルコンとブラッディローズが前へと飛び出した。


「来い、レッドドラゴン!」


 俺は1人、その場に留まって棍を脇に挟むように構え直す。

 自由な方の手の指の力を抜き、ゆるりと相手へ向けて間合いを測った。

 俺の力が通用するか、まずはひと差し、試させて貰うぞ!


「おぉぉおおっ!」


 飛び込んできたレッドドラゴンが放ったのは、何の変哲もない渾身の突きだった。

 しかし身体能力を活かした最速の拳は音を置き去りにして迫ってくる。

 良い攻撃だ。だが……!


 俺は棍を握っていたのとは逆の方、即ち相手に向けていた手のひらをその拳を迎え撃つ。

 勢いを殺すのではなく、僅かに逸らすだけの力で小さく受け流すだけでいい。

 今の俺なら、その刹那の見切りもできるはずだ。


 交差した瞬間、腕に力を籠める。

 微かに軌道を変えるだけと口に出すのは簡単だが、達人の域に達した一撃を逸らすのは至難の業だ。

 だが、今の俺は身体の隅々まで想定した通りに動いている。必ず出来る!


「ぬぅん!」

「うっ!?」


 想定の数倍の力が必要になったが、狙い通り、拳を横に逸らすことに成功した。

 攻撃をずらされたレッドドラゴンが僅かに硬直する。

 ここだ! と感じた俺は一歩前に踏み出して、すれ違いざまに攻撃を放った


「フンッ!」


 脇に携えていた棍を引き抜き、胴体を支点に1/4回転させてレッドドラゴンに叩き込む。

 最大速度で放った攻撃は相手の腹部に命中し、バチィン! と火花が散った。

 手ごたえ有りだ。


「ぐわぁああ!?」


 空中に投げ出されたレッドドラゴンが空中を泳ぎ、地面に身体を打ち付けて転がる。

 まずは1撃、先手を取ることに成功した。


 しかし、相手は体勢を整えつつホルスターに入った銃に手を伸ばしている。

 もし悦に浸っていたら、次の瞬間には手痛い反撃を喰らう羽目になっていたことだろう。

 だが、俺はただ一撃を決めただけで油断などしない。

 相手はナンバーワンヒーロー、俺の判断1つ1つが正しくなければ勝利など遠い夢だ。


 レッドドラゴンが銃を抜き取ったと同時に、俺は前に出た。

 もし銃撃を恐れて離れてしまっては、次の攻撃の機会はなかなか訪れないに違いない。

 もし一撃を受けようとも、何が何でも喰らいついてやる!


「今度はこちらから行くぞ!」

「くっ!?」


 一気に肉薄し、まずはレッドドラゴンが取り出した銃に狙いを定めて棍を振り抜く。

 攻撃か防御かの対応を迷ったのか、俺に向けられていた銃は棍の一撃を浴びせられて弾け飛び、小さな爆発を起こして野にばら撒かれた。

 まさか一撃で遠距離攻撃の1つを潰せるとは、これは願ってもない結果が出たものだ。


 武器破壊の一撃を受けてレッドドラゴンは明らかに焦っていた。

 その体勢は悪く、攻撃に転じられるような余裕は無いように見える。

 ……さて、どうするべきか?


 俺は心の中で自問自答を始める。


 相手はナンバーワンヒーロー。ここで慎重に行動するのも悪手ではあるまい。

 だが、そうやって機を逃すのも臆病者の行いだ。

 明らかに相手の体勢が悪い時に攻めずに、いつ攻めると言うのか。

 何より、俺は一撃を受けてでも喰らいつくと心に決めて前に出たのではなかったか?


 ――ここは、攻める!


 答えを決めて、俺は不退転の覚悟で前へと踏みだした。


 気合いを籠めて棍を振り回し、叩きつける。

 防御された瞬間に反動を利用して逆回転に変え、更なる勢いで叩きつけた。

 相手が付け入る隙を与えないように、絶対に押し切る気迫をもって猛攻に猛攻を重ねていく。


「破ッ! 破ッ! 破ぁああああ!!」

「うっ!? くっ! うぉおお!?」


 まだ相手は俺の棍に慣れておらず、受けるだけで必死になっている。

 ならば虚を突く動きは不要。

 相手の防御の隙間に棍を打ち続けることこそ最善と信じ、ひたすらに速度と力を上げ続けた。


「破ッ!」

「ぐわあああ!?」


 ついに相手の防御を上回り、脇腹への一撃が決まった。

 叫び声をあげ、レッドドラゴンが空中へと投げ出される。

 ここで手を緩めるわけにはいかない。一気に攻め立てて勝負を決める!


「くそっ! 息つく暇もない!」


 俺が迫ってきていることを察知してか、空中であるにもかかわらず身体を捻り、レッドドラゴンが無理やり体勢を整える。

 そして着地すると同時に、俺が振るった棍に対して見事に防御を間に合わせてみせた。

 あの体勢、あの距離からの攻撃を防ぐとは、やはり手を抜いていい相手ではないな。


「フッ、貴様に猶予を与えるほど自惚れてはいない!」

「つ、強い……!」


 つばぜり合いのような体勢のまま、俺は棍から伝わる力で相手の体力を推察する。


 今は押しているとはいえ、レッドドラゴンの防御は堅い。

 もしも凌ぎ切られてしまったらという弱気が一瞬頭をよぎる。

 体力を温存し、相手の攻撃を誘っての反撃を狙うべきか……?


 だが、そんな弱気な自分自身に俺は再び喝を入れる。


 接近戦の武においては、相手の力量より俺の方が上だ。

 打ち崩せぬほどではないのに、なぜ恐れる必要があるのか?

 自らの力を信じ切れぬ者に、勝利は無い!


 力比べしていた棍を引いて再び振りかぶり、俺は更なる速さで連撃を放った。


「破ッ! 破ッ! 破ぁあああ!!」

「は、速い!? それに、重い!! うぉおおお!?」


 俺の全力の攻撃に対し、相手の全力の防御が続く。

 レッドドラゴンの腕や脚に何度も棍の攻撃が吸い込まれ、その度に火花が散る。

 まだ致命的な一撃は無い、が、確実に痛みは蓄積されているはずだ。


「破ぁあッ!」

「うわぁああっ!?」


 棍を大きく突き出して左胸への攻撃が決まり、相手が真後ろに吹っ飛んだ。


 ……いや、まだ浅い。


 棍から伝わる衝撃が俺に教えてくれる。

 今のは自ら少し後ろに重心を反らし、奴は僅かながら衝撃を和らげたようだ。


「逃がさん!」


 俺は追撃のために前へと踏み込んだ。

 しゃがんだ状態のレッドドラゴンに袈裟斬りの軌道で一撃を叩き込む。

 レッドドラゴンは両手を頭の上で交差するような防御を取るが、その構えを貫き、肩口へと重い一撃が決まった。


「うぐっ!?」

「まだまだだ!」


 レッドドラゴンの防御はもう限界のはず。

 間髪入れず、俺は再び棍に力を籠めた。

 己の力を信じ、一撃一撃に殺気を籠めて打ち据えるのみ!


「破ッ! 破ッ! 破ッ!」

「ぐっ! うぅ、負けるかぁあああ!!」


 気合いは十分、だが力や技量の差は勢いで押し返せるものではない。

 事実、先ほどの一撃を契機に、だんだんと防御に陰りが現れ始めている。

 そして、致命的な隙が生まれたのを俺は見逃さなかった。


「お前の負けだ、レッドドラゴン! 俺の棒術の前に……!?」


 "平伏せ"と言おうとして違和感を感じた。

 手のひらが熱い?


「うぉおおおおお!!」

「ぐぬ!?」


 ブシブシと手のひらを燻る熱が伝わってくる。

 レッドドラゴンの拳が微かにオレンジ色の光を帯びていた。

 次の瞬間、その拳から炎が舞い上がる。


「しゃあぁあああ!」

「う、なにっ!?」


 防御を捨てたレッドドラゴンの一撃。

 棍の攻撃の合間に出来たほんの僅かな隙に、小さな牽制のような突きが放たれた。

 決して届かないはずのその小さな突きは、しかし炎の塊となって俺に向かって飛んでくる。


 俺はその攻撃を避けることができなかった。


 ボウンッ、と顔面で炎が爆ぜた。

 それと同時に、棍からは攻撃を当てた確かな手ごたえを感じる。

 バチィンッ! と火花が散る音が聞こえた。


「グッ!?」

「うわぁ!?」


 お互い、顔面に攻撃を受けて叫び声を上げた。

 小さな爆発を起こした炎の拳の威力に、俺は思わず一歩二歩と後ろへよろめく。


 まさか、防御しながら炎を纏わせていたとは……。

 恐るべし、レッドドラゴン!


「やっと、一撃を当てられたぜ……!」

「フッ、狙いはその一撃だけではあるまい?」


 棍が熱い。握りしめている手が焼かれるようだ。

 防御しながら、棍にも熱を加え続けていたのだろう。


 どうやら接近戦で有利だったのはここまでのようだな。

 これ以降も炎の拳で応戦されるとなれば、熱で棍を持てなくなる可能性すらある。


 そういえばライスイデンと戦った時も棍に電撃を受けて隙を晒してしまったのだったな。

 対策なぞ、すぐにできそうなものを……。俺もまだまだ詰めが甘い。


「覚悟を決めねばならんようだ。この手が消し炭になろうとも、貴様を倒す!」

「来い! 出し惜しみは無しだ!」


 鋼鉄と炎がぶつかり合い、雨の中に火花が舞い散る。

 薄ら寒かったはずの山の上には、汗が噴き出るような熱気が吹き荒れた。

 レッドドラゴンの拳の炎は熱を増し続け、地面の草が渇き、火が灯っていく。

 いつしか戦いの舞台は炎の海へと変わっていた。



-- 6月25日(日) 同時刻14:10 --


 戦闘が始まり、ブラッディローズとの格闘戦で何度か拳を交わした後、マスターバブーンの一撃を受けたレッドドラゴンが目端に映った。

 その後も反撃の糸目を掴めず、ひたすら我慢の時間が続いている。

 あそこまで痛烈に攻撃をもらうレッドドラゴンの姿は見たことが無い。


 ライスイデンの話では、アルマンダル、アーマードボアと同格の怪人だと聞いていたけれど、それは本当に合っているのだろうか?

 近距離戦が得意なはずのレッドドラゴンがここまで押されるなんて、ただ事じゃない。


「レッドドラゴン!?」

「よそ見か? ブルーファルコン!」


 相手から飛んできた攻撃を、僕は慌ててジャンプで回避する。

 ブラッディローズの鞭による一撃が襲い掛かってきて、僕が先ほどまで立っていた地面をえぐって芝生が宙を舞った。


 植物を操る怪人、ブラッディローズ……。

 最近現れた新入りだというが、その力はライスイデンに迫ってきていると聞いている。

 決して油断していい相手じゃない。


「これはどうだ?」


 (つる)でできた鞭が蛇のように自ら鎌首をもたげ、僕の方へと向かって来た。

 そして、空中にいる僕の足に巻き付いてくる。

 ……予想できなかったわけじゃないけど、厄介な能力だ。


「ふんっ!」


 ブラッディローズが僕を地面に叩きつけようと鞭を振るう。

 氷を使えば抜け出すことはできるだろうけど、今、この力は使いたくない。

 蔓の動きが地面に向かって加速していく中、僕はもう1つの武器をホルスターから引き抜いた。


「シュート!」

「むっ!?」


 2丁拳銃による攻撃を、1つはブラッディローズ本体へ、もう1つは足に絡まる蔓へと放つ。

 ブラッディローズへの攻撃は避けられてしまったが、蔓は焼き切れて足が自由になった。

 僕は着地を成功させ、相手の様子を伺う。


 相手の攻撃手段は植物を操る能力に由来したものが多いはず。

 それなら、冷気への耐性もそこまで高くはないだろう。

 レッドドラゴンの旗色が悪い今、できるだけ早く決着をつけて援護に向かいたい。

 能力を出し惜しみせず一気に攻めるべきだろうか?


「なかなかいい動きをするな、ブルーファルコン。まさかあの体勢で私にまで攻撃を仕掛けてくるとは思わなかったぞ」


 作戦を練っているとブラッディローズが話しかけてきた。

 ……この機を利用し、話をする時間を延ばして、冷気を溜める時間を作り出せないだろうか?

 もし狙いがうまくいけば短期決着も可能になるはず。


「そちらこそ植物を操れるとは聞いていたけど、予想以上に自由に動かせるようだな。空中で掴んでくるなんて、厄介極まりない能力だ」


 会話をしつつ、相手に気付かれないように冷気の力を高めていく。

 レーザーガンによる攻撃は既に警戒されており、ブラッディローズは腕に巻いた蔓で射線を塞ぐように身構えていた。

 盾と呼ぶには頼りなく見えるが、相手の能力を考えると防ぐ手立てがあると考えた方がいいだろう。


 遠距離の方がやや有利が取れるかもしれないが、その場合は短期決着は狙いにくくなる。

 準備が整ったら、一気に近づいてケリを付ける!


「ライスイデンからは聞いていないか?」

「……? 何の話だ?」

「私のことについてだ」


 ブラッディローズが何やらよく分からないことを言ってきた。

 ここにきて自己紹介でもしたいのだろうか?


「ライスイデンからは、急激に力を伸ばしてきた植物を操る怪人だと聞いている」

「ほぅ、それだけか?」


 相手の言いたいことは何だ?

 まるでそれだけではないとでも言いたそうだが、話を続けること自体は好都合だ。

 もうすぐ準備が整う。

 その『それだけではない何か』を披露する前に一気に押し切ってやる!


「私はライスイデンが手加減していることを見破った」

「……なに?」


 ライスイデンからは以前にブラッディローズと戦ったことがあると聞いているけど、手加減うんぬんの話は聞いたことが無い。

 ブラッディローズのいう手加減が何を指すのかは分からないが、恐らくライスイデンの作戦か何かだろう。それを見破ったということか?


「自分で言うのもなんだが、どうやら私は、他の怪人たちと比べて観察力があるらしい」

「それが何だっていうんだ」


 嫌な予感が膨らんでいく。まさかとは思うけど……。


「お前の能力、うまく決まると思っているか?」

「くっ!?」


 これは勘やカマかけではなく、完全に見破られている。

 そう判断し、最速での行動に切り替えた。


 能力を使うことがバレたとしても、単純な力比べに変わっただけだ。

 それなら、力で押し切ってしまえばいい。

 氷の刃を銃剣のようにレーザーガンに装着し、地を蹴り、僕は一気に前へと進んだ。

 しかし――。


「準備していたのはお前だけではない」


 ブラッディローズがそう宣言すると同時に、足元から槍のような根が無数に生えてきた。

 完全に虚を突かれ、防御を取ることもできずに攻撃をまともに受けてしまった。

 相手は植物を操る能力を持ち、根による攻撃があることも知っていたはずなのに……!


「うわぁああ!?」


 連続射撃のような衝撃を腹に受け、ドスドスと大地をノックするような衝撃音が響く。

 身体は宙に浮きあがり、発動させた氷の剣はレーザーガンを手放すと同時に霧散してしまった。

 しかも、落下地点には攻撃の態勢を整えたブラッディローズが待ち構えている。


「その身に受けろ! 【パルム・フレイル】!」


 ブラッディローズの蔦が振るわれ、その先端にあるヤシの実のような塊が迫ってくる。

 被弾は避けられそうもない。

 僕は回避を諦め、身体を丸めて頭部をガードした。


 頭部を守ったその腕にガツンと強烈な衝撃が奔る。

 感じていた慣性と逆方向へ身体が弾き飛ばされ、地面に身体が削られる感覚を覚えた。

 痛みに腕が痺れ、急激に揺さぶられた脳がめまいを訴える。


 ……だが、まだ戦える!

 奥歯を噛みしめ、固めた拳で地面を殴りとばして宙返りを行い、僕は態勢を整えた。

 距離を取り、今度は地面にも気を配りながら相手を見据える。


「まさか、ガードされるとは思わなかったぞ」

「……正直、やられたという感想しか浮かばないよ」


 あれは無我夢中でガードしたところに攻撃が来ただけにすぎない。

 後頭部や脇腹に攻撃を受けていたらと思うとぞっとする。


「追撃はしてこないのか? ブラッディローズ」

「あぁ、()()()の方が厄介だと思ったんでな」


 気付けばブラッディローズの操る根がレーザーガン2丁を持っていた。

 レーザーガンはそのまま握りつぶされ、ボウンと音を立てて戦場の塵へと変わる。


 渾身の力を籠めた氷を無駄撃ちしてしまい、レーザーガンも喪失……。

 能力を使っての遠距離攻撃は可能だけど、相手は当然警戒しているだろう。

 残念ながら能力なしで勝ち切れるほど、僕の身体能力(フィジカル)は強くない。

 これ以上の氷の無駄撃ちは危険だ。


 ブラッディローズは僕の遠距離攻撃の手段をことごとく潰してしまった。

 あとは迎撃をメインとして戦うだけでも、かなり有利な状況を作ることができる。

 隙の無いやり方に、まるで蔦にからめとられていくような気持になってくる。


「では、第2ラウンドと行こうか」


 ブラッディローズが腕に巻き付いた植物の棘を巨大化させ、放ってきた。

 分かってはいたけど、相手は中距離でも遠距離でも攻撃可能というのが嫌になる。


「……やるしかないんだ! 行くぞ!」


 それでも諦めるという選択肢は無い。

 近づいて接近戦に持ち込み、隙を作り出して能力で仕留めてみせる。

 恐らく僕の思惑はブラッディローズにバレているだろうけど、前に進むしかない!


 棘を小さく避けて一歩目を踏み出した。

 しかし、それと同時に地面から根が飛び出してくる。

 注意していても厄介な攻撃だ。


「くっ!?」


 慌てて空中に飛び退くと、そこに待っていたと言わんばかりに蔓の鞭が迫ってきた。

 地上にも空中にも安全な場所は無く、容赦なく僕を追い詰めてくる。


「もう銃は無いぞ、ブルーファルコン!」


 また捕まるのは厄介だ。

 力は無駄撃ちできないけど、ここで出し惜しみして負けてしまっては元も子もない。

 僕は足の裏にスケートシューズのように氷を発生させ、蹴りで蔦を切り裂いた。


 片手をついて地面に着地した後は地を滑るようにして移動していく。

 迫りくる根を靴底の刃で切り裂き、飛んでくる棘を躱し、ブラッディローズに迫った。


「そう易々とは負けるつもりはない!」

「器用なマネをする……。だが、これならどうだ?」


 しかし、目の前に根でできた柵が現れて行く手を塞ぎ、さらにその間から棘が飛んできた。

 慌てて身を翻し、迫りくる蔦を蹴り飛ばしながら距離を取る。

 せっかく近づいたのに、また振り出しに戻されてしまった。


 ブラッディローズはその場を動かない、というか根を張っているから動けないのだろうが、その様子がまるで堅牢な城で采配を振るう武将のようにすら思える。

 遠距離攻撃の手段が乏しい今、その城は難攻不落の様相を呈していた。


 しかし、それと同時に何とか近づくことができればチャンスはあるのではないかとも思う。

 先ほどの絶好のチャンスにわざわざフレイルで攻撃してきたことを考えると、近接戦闘での攻撃はさほど得意というわけではなさそうだ。

 僕だって接近戦が得意かと聞かれたら違うかもしれないが、ブラッディローズが相手であれば戦えるという確信がある。


 どうにかして懐に入り込む隙を見出(みいだ)さなければ……。



-- 6月25日(日) 14:20 --


 私たちはガサゴソと木々をかき分け、雨水に濡れながら本丸の近くまで辿り着いた。

 マスターバブーンはパートナーにブラッディローズを指名したようで、今まさに1対1の戦いが2つ、目の前で繰り広げられていた。

 片方は火の海で、もう片方は氷と花のフィールドだ。

 戦闘はどちらも佳境に入っており、かなりヒートアップしている様子である。


「驚いたね、どっちも優勢じゃないかい?」

「そ、そうですね」


 マスターバブーンとレッドドラゴンの戦いはややマスターバブーンが優勢なようだった。

 とにかく素早く的確な棍の一撃がレッドドラゴンを容赦なく攻め立てている。

 しかし、時折り放たれる炎の拳が棍の防御をすり抜けてマスターバブーンの肌を焼いていた。

 お互いに体力を削り削られる死闘を演じていて、まだまだどちらが勝つか分からなかった。


 その戦いも気になるが、それ以上に目を引いたのがブラッディローズ対ブルーファルコンの一戦である。完全にブラッディローズが場を支配しているように見えた。

 地面を支配する根っこの槍と柵、空中にいても逃がさない蔓の鞭、時折り放たれる棘の弾丸が容赦なくブルーファルコンの体力を削っているのである。


「被弾は少ないとはいえ、ずっと動きっぱなしじゃ体力が持たないんじゃないかな?」

「すでに少し動きが悪いみたい」


 なんだろう、見ていて辛い。

 ブラッディローズにはもちろん死んでほしくないし応援したいとも思っている。

 でも、零くんがもし命を落とすことになるとしたら、それも凄く嫌だ。


「ミスティラビット、ヒーローを助けるのはダメだからね」

「うぅ~……」


 戦闘員21号が釘を刺してきたが、そんなことは分かっている。

 意味も無くヒーローの肩を持った瞬間に、私は組織の裏切り者だ。

 たとえブルーファルコンが負けることになったとしても、手を差し伸べることはできない。


「不安だよ。……こんなことなら帰っておけば良かったかな?」

「聞こえてますよ、戦闘員21号!」


 私のウサ耳の能力を素で忘れていたのか、戦闘員21号が慌てて口を押さえていた。

 私だって死にたくないので、零くんを見捨てる以外の選択肢を取ることはできない。

 できないんだけど……!


「うぅ~……」

「唸ってもどうしようもないよ」


 だって、唸るくらいしかできることがないんだもん!


 今も、近づこうとしたブルーファルコンが柵に阻まれ、棘による一撃を受けて弾き飛ばされた。

 ダメージは微かだったようだけど、また遠くまで引き剝がされてしまい、完全に攻めあぐねている。

 レーザーガンは紛失したのか持っていないし、氷の射撃や範囲攻撃を使う気配もない。

 どう見ても勝ち目が無さそうに思えた。


「うーん、負けるくらいなら撤退してくれた方がいいんだけどねぇ」


 言われてみたら確かにそうなんだけど、ヒーローが逃げる姿がいまいち想像できない。

 最後の最後まで勝利を信じて戦いそうな気がする。


「とにかく、出ちゃダメだからね!」

「わ、分かりましたよぅ……」


 戦闘員21号に腰のベルトをがっちり握られてしまった。

 そこまでしなくてもいいのに。


「やるしかない、か」

「む?」


 そんなことをしているうちに状況が動いた。

 ブルーファルコンが両腕にアクアマリン色のオーラを纏い、両手に氷の刃が現れ、足の先や脛にも氷の刃がくっついていく。

 身体は氷の鎧で覆われ、なんだか具足みたいな恰好に変わっていった。


「来るか、ブルーファルコン!」

「あぁ、ここからが全力だ!」


 地面をスケートリンクに変えたかのようにブルーファルコンが低空を駆ける。

 何重にも連ねられた柵を氷の刃が切り裂き、蔓や棘による攻撃も氷の鎧が受け止めた。


「ならば、こちらも出し惜しみ無しで行くぞ!」


 しかし、ブラッディローズも複数の蔓に花を咲かせ、そこから実を付けて攻撃力を底上げする。

 氷の鎧を砕くための質量重視の攻撃へとシフトし、無数のハンマーフレイルがブルーファルコンを目掛けて放たれた。


「く、退けない! 退いちゃいけないんだ!」


 左右にステップを繰り返し、植物の乱打を捌きながらブルーファルコンも踏ん張っている。

 攻撃を躱し、時に受け止め、近づくことはできずとも彼我の距離は離れてはいないようだった。

 嵐のような攻防が氷と花の吹雪となってフィールドに舞い散る。


「まさかこれでも耐えるとはな」

「く、くそぉ……!」


 余裕を見せているブラッディローズに対し、ブルーファルコンの声が切羽詰まったものになった。

 能力を使い続けていられる限界が近づいてきているのだろう。

 そしてそれはブルーファルコンの敗北を暗に示していた。


 まさか、本当に……。


「こうなったら!」

「むっ!?」


 しかし、若きヒーローがそこで意地を見せた。

 氷の刃が薄れ、その代わりに僅かながらに伸び、攻撃の範囲が拳つ分だけ大きくなる。


「うぉおおお!」


 吠えるブルーファルコンが刃を一閃し、ヤシの実のハンマーを2つ斬り飛ばして見せた。

 残りのハンマーフレイルが殺到するが、それを無理やり氷の鎧で受けて前に突き進んでいく。

 鎧をボロボロにしながらも、ついにブラッディローズの城壁を突破してみせた。


 守りを突破されたブラッディローズだったが、慌てることなく迎撃態勢を整えている。

 まだまだ有利さは変わっていない。


 ……はずだったのだが、突然、彼女はごほごほと咳き込んだ。

 空気の中に数滴の赤い雫が舞い散る。


「う、あ……?」


 その口の端から、どす黒い血が、つつ、と流れ出ている。


「はぁ、はぁ、こんな時に、か……」


 終始、優位に立っていたブラッディローズの身体が傾いた。

 攻撃は止まり、ブルーファルコンが迫ってくる。

 今度は一転してブラッディローズがやばい!


 助けに向かうために飛び出す……つもりだったのだが、がくんと抵抗を感じ、慌てて踏み止まる。

 そういえば戦闘員21号が私のベルトを掴んだままだった。


「戦闘員21号、離して!」

「うわ、ごめん!」


 戦闘員21号が慌てて手を離したが、その時にはもう2人の距離は無くなっていた。

 ブルーファルコンの身体を包んでいた氷が消え、その代わりに刃の大きさが増している。


「これで決める! "ブルー・スラッシャー"!」

「舐、めるな……!」


 氷の刃が届く刹那、ブラッディローズが血を吐きながら腕を地面に叩きつけた。

 根が地面を持ち上げるように現れ、ブルーファルコンの刃の真下からアッパーカットのような一撃を放ち、それは見事にブルーファルコンの胴体を撃ち抜いた。


「と、届けぇーーっ!」


 しかし、ブルーファルコンも攻撃を受ける瞬間に刃を更に伸ばし、アクアマリンの輝きが2つの流れ星のように尾を引いた。

 それは屈むブラッディローズの肩へと堕ちていき、小さく鮮血の花が咲き綻ぶ。


「がはっ!?」

「うぐっ!?」


 弾き飛ばされたブルーファルコンと、斬りつけられたブラッディローズが共に苦悶の声を上げる。

 ブルーファルコンは無防備に空を舞い、地面へと叩きつけられた。

 ブラッディローズの肩は切りつけられた傷口から凍っていき、両腕が蔓や棘ごとカチコチな氷に閉ざされてしまっている。


「くっ、浅いか!」

「お互いに、な。……うく、ごほっ!?」


 咳き込むブラッディローズの口元から、また微かに血が飛び散った。


 確かライスイデンと最初に戦った時も吐血していたっけ……。

 しばらく元気そうにしていたけど、やはり何か持病を抱えているのは間違いなさそうである。

 苦しそうだけど、あの様子で最後まで戦えるのだろうか?


 対するブルーファルコンも見るからに満身創痍といった感じだ。

 氷の力も、もはやほとんど残っていないんじゃないかと思う。


 お互いにボロボロで、いつ変身が切れてもおかしくない状態である。

 なのに、お互いがまた戦闘の構えを取った。


「やはりお前は危険だ! ここで倒す!」

「けほ、……できるものならやってみろ!」


 ブルーファルコンが地面を蹴り、咳き込むブラッディローズに突っ込んでいく。

 私はいつ止めるべきか悩んでしまい、固唾を飲んで見守ることしかできないでいた。


 ……その時。


「もらったぁ! カマイタチィ!」

「な、なにっ!? うわぁあ!?」


 風の刃がヒーロースーツへとめり込み、バチィンッ! と火花が散る。

 突如として放たれた不意打ちは、ブルーファルコンに強烈な一撃を与えることに成功していた。

 ブルーファルコンは弾き飛ばされた勢いで、そのまま森の中へ転がり落ちていく。


 上空からはカマキリの怪人シザーマンティスが舞い降りてくる。

 私と戦闘員21号は呆気に取られていたが、戦いを邪魔されたブラッディローズはいち早く反応してシザーマンティスに文句を浴びせた。


「ごほっ! 何でお前がここにいる! シザーマンティス!」

「ケヒャヒャ! お前を助けに来てやったんだぜぇ?」

「嘘を()くな! 貴様のそれは手柄の横取りだ! 邪魔でしかない、帰れ!」


 今まで、ブラッディローズはシザーマンティスと結構仲が良さそうに見えたが、今回に限っては容赦ない罵倒である。

 戦いを邪魔されたこともそうだし、ブラッディローズも序列には執着しているので、どちらの方面でもシザーマンティスの行いは迷惑千万だったのだろう。


 そもそも、ブラッディローズの言う通り、助けに来たわけじゃないのは確実だと思う。

 間違いなく漁夫の利を狙った点数稼ぎに違いない。

 見当外れの方法だし、むしろ減点されるだけだと思うんだけどね……。


「規約を無視して序列が上がると思うのか!?」

「へっ! どうだろうなぁ? ヒーローを仕留めたとなれば、分からないぜぇ!?」


 そう言いながら、シザーマンティスは両手の鎌を交差させた。

 そして、ブルーファルコンが落ちて行った方向とは逆の方に、その刃を向ける。


「しかも、それが2人分ならなぁ!」

「お、おい待て!?」


 シザーマンティスはあろうことか激しい戦闘を続けていたマスターバブーンとレッドドラゴンにも攻撃を放った。

 しかも、敵味方、見境(みさかい)無しの連続カマイタチ攻撃である。


「そらそらそらぁ!」

「うぉお!?」

「ぐっ!? シザーマンティス、貴様!」

「ケヒャヒャ! 後は俺に任せろやぁ!!」


 気分よくカマイタチを乱射するシザーマンティスが場を荒らしまくっていた。


「やめろ、シザーマンティス! そっちには手を出すな!」

「ケヒャヒャ、止めたいなら止めりゃいいだろうが! できるもんならなぁ!」


 ブラッディローズもその言葉にカチンと来たようで根を伸ばす……のだが、途端にまた咳き込んでしまい、そのまま膝をついてしまった。

 その顔は苦しさと悔しさで歪み、見ているこちらの方がつらい気持ちになってくる。


 先ほどまでの1対1による決闘の様相も完全に崩れ去り、一方的に攻撃を続けるシザーマンティスの独壇場となっていった。


「クッ、まさか横取りを目論む味方に邪魔をされるとは……!」


 たまらずマスターバブーンが大きくジャンプし、レッドドラゴンから距離を取った。

 だが、対するレッドドラゴンは……。


「必殺……!」

「な、なんだと!?」


 マスターバブーンがその場を離れ、全てのカマイタチが自分に向かって迫りくる中、レッドドラゴンは必殺技を放つためにどっしりと腰を落としていた。

 その拳には炎の龍が巻き付き、今にも灼熱の炎を吐き出さんと唸り声を上げている。


 あれはヤバイ……!


 私はマスターバブーンを助けるべく反射的に飛び出していった。

 大地を蹴り、カマイタチよりも速く、前へ!


「フッ、俺の覚悟こそ軟弱であったか。まさかここで攻撃を選択するとは……」


 マスターバブーンが悔恨の言葉を呟く。

 それと同時に、レッドドラゴンの必殺技が放たれた。


「"ブレイザー・キャノン"! 発射ぁあああーーーっ!!」


 怪人を葬り去る龍の火炎弾がその拳から放たれた。

 次の瞬間、レッドドラゴンはその結果を見ることなくカマイタチの猛襲に襲われる。


「うわぁああああ!!」


 バチン、バチンと短い間隔で火花が散り、レッドドラゴンは弾き飛ばされて地に伏した。

 だが、放たれたブレイザー・キャノンは止まることなく、唸りを上げてマスターバブーンの元へと突き進んでいく。


「……見事だ、レッドドラゴン!」


 その闘志と必殺技の威力に惜しみない賛辞を述べながら、マスターバブーンはニヤリと笑う。

 全ての力をぶつけ合った男の満足げな顔がそこにあった。


 その顔を横目に、私は火炎弾の斜線上へと飛び込んでいく。


「まだですよ!」

「なっ!?」


 急に飛び込んできた私を見て、マスターバブーンが驚きに目を見開いた。


 アーマードボアやマスターバブーンみたいな武人は決着をつける方を望むのだろう。

 だけども、私は違う。

 助けられる可能性があるなら、足掻くのだ!

 眼前に迫りくる必殺技に照準を合わせ、私は両腕に力を籠める。


「てぇええええい!」


 そして棍を思い切り横薙ぎに振るい、火炎弾を思いっきり殴りつけた。

 ガツンと強烈な手ごたえと、燃えるような熱風が私の肌を焼いていく。


 ミシミシと鳴るのは棍がきしむ音か、それとも私の骨がきしむ音か。

 鋼鉄が一気に熱を帯び、手が燃えるように熱くなってくる。

 決死の思いで放たれたブレイザー・キャノンは今までで一番熱く、重いと感じた。


「ぐぬぬぬぬっ!!」


 必死に力を籠めた一撃だったが、その軌道を変えることはできず私の手元まで近づいてくる。

 更に、棍が急に炎を吐き出したかと思うと、どろりと溶けてしまった。


「あー!?」


 そうとう頑丈に作られているはずなのだが、ナンバーワンヒーローの必殺技との正面衝突には耐えられなかったようだ。

 私は叫ぶことしかできず、そして――。


 ドォオオオンッ! と火炎弾がその場で大爆発を起こした。


 オレンジ色の光に包まれ、目と耳をやられ、身体中がすさまじい痛みを訴えてくる。

 あぁ、私は死んじゃったのだろうか?

 ふわふわと何もない空間に投げ出されたような感じがした。


 だがしかし、しばらくしてドシン、という小さくない衝撃を背中に感じた。

 その感覚から、さっきまで宙を彷徨っていて、今、地面に落ちたのだということを理解した。

 一応、まだ私は生きているようだ。


「うっ……痛いよぅ」


 ガードも何もない状態でアレを受けて、痛すぎて気絶も許されなかった。

 しかし、だからこそ変身も解けず、こうやって生き延びられているのかもしれない。

 私って無駄に耐久力だけは高いんだなと再認識した。生き地獄とも言えるかもしれないが。


「まさか、また助けられるとはな……。"謎の怪人"から数えて2回目か」


 頭上からマスターバブーンの声が聞こえる。

 私が盾になったからか、それとも爆発の中心部から僅かでも離れられたからか、マスターバブーンも生き残ることができたようである。


「死を受け入れているところ悪いですけど、絶対に死なせませんよ……」

「フッ、お前の覚悟も相当なものだな、ミスティラビット」


 声が少しだけ近づき、身体が優しく担ぎ上げられた感覚を覚えた。

 いわゆるお姫様抱っこというやつだけど、身体中が痛くて恥ずかしさを感じる余裕もない。

 それよりも、どうやら怒ってはいないみたいだと分かって少しだけ心が安らいだ。


(つら)いのだろう? しゃべらなくていい」

「うん……」


 小さく返事を返し、私は身をゆだねることにした。

 マスターバブーンなら信頼してしまっても大丈夫だろう。


「ま、て……!」


 ――と、そこに、か細い声が聞こえた。

 レッドドラゴンの声である。


 まさか、まだ戦うつもりでいるのだろうか?

 マスターバブーンとの戦いで満身創痍なうえ、カマイタチを無防備な状態で何度も受けていて、もはや虫の息のはずなのに。


「まだだ、俺は生きている……何度でも、立ち上がってみせる!」

「お前には何度も驚かされる。これが、ナンバーワンヒーローか……」


 精一杯の状態だとレッドドラゴンの声の感じから分かる。

 でも、本当にもう1戦やれるんじゃないかという気迫もうっすらと感じた。

 マスターバブーンは嬉しそうだけど、私は怖いよぅ。


 もう少し周りの状況を確認しようとウサ耳に意識を集中すると、上空からジェットパックのブースターが炎を放つ音が聞こえた。

 まずい、ヒーローの援軍が来ているって伝えないと……!


「ケヒャヒャ! 次は俺が相手だ、レッドドラゴン!」

「……だそうだ。俺たちはここで失礼する」


 でも、伝えるまでもなくマスターバブーンは撤退を決め込んでいる様子だった。

 意外にも、しゃしゃり出てきたシザーマンティスにあっさりと出番を譲ってしまったのである。


 これなら敢えて伝える必要も無いかな?

 それよりも……。


「ブラッ、ディローズ、は……?」

「私ならここにいる。共に退くつもりだ」


 すぐ近くでブラッディローズの声が聞こえた。

 まだ戦うんじゃないかと不安だったが、撤退する気でいることが確認できてホッとした。


「全員、こっちへ!」

「戦闘員21号か。行くぞ、マスターバブーン!」

「分かった」


 短い返事を返したマスターバブーンは、私を抱えたままブラッディローズと共に戦闘員21号の元へと向かって駆けていく。

 レッドドラゴンにはさすがに追いかけてこれないようだ。


 ブルーファルコンは少し遠くの森の中に身を潜めているみたい。

 彼もボロボロだけど、上空の2人が間に合わなかったら飛び出していくんだろうな。


「ふむ、あっちにブルーファルコンがいるのか」

「フッ、そのようだな」

「2人とも、よくミスティラビットのことを見てますね」


 ブラッディローズとマスターバブーンが何故かブルーファルコンのいる場所を把握したようだ。

 しかも、戦闘員21号の話しぶりからすると、どうやら私を見て判断したようである。


「えっと、何で分かったんですか?」

「その耳は良く動くからな。見ていれば分かる」

「上空からヒーローが降ってくるのも把握済みだ」

「いやぁ、相手の援軍が来る前に撤退できて嬉しいよ」


 ガサゴソと森の中を移動しながら、世間話でもするかのようにそんな話をしている。

 みんな私のウサ耳の動きを見ていろいろ把握したらしいけど、そんなに良く動いているのだろうか?

 自分じゃあまり意識できないんだけど……。


 そういえばミストボールを使ってないっぽいけど、大丈夫なのかな?


「ヒーローは残りの2人とも来たみたいだな」


 ブラッディローズが後ろを見つつ、そう言った。

 私のウサ耳も、2人のヒーローが戦場の方に降りていく音を捉えている。


「フッ、これでヒーローも怪人も総勢4人同士の決闘になったな。今ごろシザーマンティスは慌てふためいていることだろう」


 はい、慌てふためいています。

 私のウサ耳にはその様子がしっかりと聞き取れていた。


「ライスイデンに、クロスライトだとぉ!?」

「これで4対4だ。残っているのはお前1人だけみたいだがな」

「じょ、冗談じゃねぇ……!」


 シザーマンティスは既にヒーロー2人に睨まれており、逃げ腰になっている。

 だが、ヒーロー側はシザーマンティスを逃がすつもりは無さそうで、油断なく構えを取っていた。


「お前らなんざどうでもいい! 喰らえやぁ!」


 突然シザーマンティスが鎌をヒュンヒュン振るい、カマイタチを乱射した。

 ライスイデンたちが背に庇っているレッドドラゴンに向けて、風の刃が一直線に進んでいく。


「行けるな? クロスライト!」

「はい! ……はぁあああ!」


 あれ、ゆーくんが前に出たっぽい?

 なにやら気合を入れているみたいだけど、何が起きているのだろう?

 音だけだとよく分からないな……。


 耳を澄まして聞いていると、カマイタチの音がゆーくんの目の前で消えた。

 そして、すぐその後にまたカマイタチの音が復活する。

 ただ、出現した音は全くの反対方向、つまりシザーマンティスの方へと突き進んでいた。


「ゲゲェッ、なんだそりゃあ!?」

「全部返す!」

「うぎゃあああ!?」


 乱発したカマイタチがそっくりそのまま返ってきて、シザーマンティスが悲鳴を上げる。

 何発か被弾してしまったようで、火花が弾ける音が聞こえた。

 ゆーくん、飛び道具の反射までできるんだね。光のヒーロー、半端ないな。


 自分の技で大ダメージを受けたシザーマンティスが慌てて立ち上がっている。

 これで閃光弾でも放たれたら、もうどうにもならなくなってしまうだろう。

 行動を起こすなら、今だ。


「戦闘員21号、ミストボールを!」

「もしかして、シザーマンティスがピンチ?」


 私の意図をしっかり汲み取ってくれた戦闘員21号の言葉に、私は顔を向けて頷いて見せた。


「助ける気か?」

「放っておけばいい。あいつ自身が自分でどうにかすればいい話だ」


 マスターバブーンとブラッディローズは邪魔を受けたこともあって、さすがに難色を示していた。

 その気持ちも分かるけれど、ね……。

 ここで助けない場合、私はきっと、今日、気持ち良く寝られなくなるんだもん。


「利用しちゃえばいいよ。助けたら序列の評価の足しにはなると思うから。ブラッディローズ、ミストボールを投げ込んであげて」

「……確かに、そういう考え方もあるか」


 よし、思った以上にうまく説得できた。

 正直に言うと口から出まかせなんだけど、ノコギリデビルは最近、怪人が減っていることを気にしていたみたいだし、もしかしたら本当に評価してくれるかもしれないからね。


「だが、その手柄はお前の物だ、ミスティラビット」

「うぇ!?」


 そんなことを言いながら、ブラッディローズがミストボールを投げ入れた。

 遠くでボフンという音が聞こえ、こちらにも霧の冷たさが広がってきたのを感じる。

 ついでに、シザーマンティスが速攻で逃げを放ち、こちらに来る音も聞こえてくる。


「あ、あの、ブラッディローズ?」

「お前の功績なんだからお前の物になるのが当たり前だろう? 私は投げ入れただけだぞ」

「いや、欲しくないの? 手柄……」

「そうだな、投げ入れた分だけはいただいておくとするか」


 それだと大した手柄にならないのは明白なんだけど……。

 ていうか、私は手柄なんて要らないんですけど!


「あの……」

「はいはい、そういうのは後で! 今はさっさと逃げ切っちゃおう!」


 戦闘員21号の声でその話はいったん終わりになった。

 安全圏までは全員で軽トラに乗って逃走することになりそうかな?


「ひぃ、ひぃ、俺も混ぜろぉ!」


 何やら妙な勘の良さを発揮したシザーマンティスがあっさり私たちに追いついてきた。

 よくこの霧の中で私たちを見つけられたものである。


「お前は自分でどうにかしろ、シザーマンティス!」

「なんでだよ!? 助ける気があるからアレ使ったんじゃねぇのかよぉっ!」


 ブラッディローズが同行を拒否していたが、シザーマンティスは構わずくっついてきた。

 騒ぐシザーマンティスも加え、私たちは山を降りていく。

 その後、全員で戦闘員21号の車で山を離れ、霧の中で解散してそれぞれ行方を眩ませた。



-- 6月25日(日) 18:00 --


 秘密結社パンデピスの本部にあるエントランスにて、今回の作戦の参加者が一堂に会していた。

 怪人だけでも、私、ノコギリデビル、マスターバブーン、ブラッディローズ、シザーマンティスがいるし、そこに戦闘員21号や最初の爆弾を仕掛けていた戦闘員も含めると、結構な大所帯である。


 ノコギリデビルは今回の報告を受けて物凄く上機嫌だった。

 私も一応は参加したけど、身体中が熱くて痛いし、早く帰って休みたい。


「ふふふ、よくぞ誰1人欠けずに戻ってきた。此度の戦い、見事だったぞ」

「お褒めに預かり光栄です。ですが――」

「負けた、と? ふふふ、そう思っているのはレッドドラゴンも同じだろうな」


 ノコギリデビルが愉快そうに笑う。

 この勝負は引き分けというのがノコギリデビルとしての見解のようだった。

 実際、シザーマンティスが余計なことをしなければどちらに勝ちが転がり込んだか分からない。

 そのくらいマスターバブーンは強かった。


「ブラッディローズよ。お前の戦いも見事だったぞ」

「途中までは、な」

「ふふふ、お前もまだまだ満足には程遠いか」


 ブラッディローズも身体の調子が回復したようで、咳き込むことも無くなっていた。

 あの時に咳き込まなかったら、こちらももしかしたら勝てていたかもしれない。

 この2人は私より強いと思うんだけど、なんて私の序列が未だに1位なんだろう?


「ミスティラビット、マスターバブーンをブレイザー・キャノンから守ったそうだな」

「あ、はい。格好悪く被弾しちゃいましたけど……」

「ふふふ、今回の勲一等はお前だ、ミスティラビット。よくぞ全員を生還せしめたものよ」

「は、はい!? えぇ~……?」


 いやいや、何で私が一番になるんだよぅ!

 真正面からレッドドラゴンを追い詰めたマスターバブーンが勲一等でいいじゃない!

 納得いっていない私を後目に、ノコギリデビルは最後の怪人に声を掛けた。


「シザーマンティス、毎回ルールを破りおって……。お前は序列4つ格下げだ」

「うぐぅ、承知しました……」

「ふふふ、この戦果ではなかったら最悪な結末もあったと心得よ」

「ケヒィ!?」


 シザーマンティスは予想通り処罰が下った。

 話しぶりからすると、処分も有り得たところ、気分が良いから見逃すと言っているようなものだ。

 いい加減、シザーマンティスはこの類のルールを守るべきってことを覚えて欲しい。


「マスターバブーンとブラッディローズには然るべき評価を出さねばならん。期待してくれていいぞ」

「勲一等には何もないのか?」

「ちょ、ブラッディローズ、そういうのはいいから……!」


 そもそも私が勲一等であることに納得していない。

 いや、むしろ納得していたとしても、私は要らないというのが本音である。

 もらって嬉しい物が思いつかないんだもん。


 私は高校生になったらパンデピスからは距離を置くために、金銭面で関係を持つつもりは無い。

 そうなると、他の怪人が欲している序列や権利やお金が全て不要なのである。


「ふふふ、それについてはもう決まっている」

「そうなのか? ガッカリさせるようなものではないだろうな?」

「無論だ」


 な、何でブラッディローズが私の報酬を釣り上げようとしているんだよぅ!

 貴方なら、私が欲しがっていないって、分かっていそうなものなのに!


「報酬は噂話の真相、というのはいかがかな?」

「ほぅ……?」

「噂話って、幹部候補の……?」


 やばい、絶対に欲しくない奴だ! と私の本能が強く訴えてくる。

 どうせ幹部候補が報酬に違いない。


 私は既に逃げ腰で、どうにか回避できないかと考えを巡らせていた。

 残念ながら、なぁーんにも思いつかなかったけれども。

 あぁ、与えられた物を受け取らないという選択肢が選べたらなぁ……。


「ふふふ、まず、この度の噂は真実だ。幹部を1人増やすことを考えている」

「それは俺たちまで聞いてよい話なので?」

「あぁ、どうせ拡散せねばならん話だ。諸君らも聞いていきたまえ」


 みんなに聞いてもらう話をいち早く教えるのが報酬ってことかな?

 ただそれだけならいいんだけど、絶対そうじゃないよなぁ……。


「幹部候補の1人目が、ミスティラビットだ」

「や、やっぱり……?」

「当たり前だ。序列1位が候補に登らないでどうするんだ」


 ブラッディローズが、さも当然とばかりにそう言った。

 その指摘は分かるんだけど、私が幹部になったところで何もできないよ?

 それなら序列2位とか3位とか、それこそマスターバブーンがなった方が良いと思う。


「2人目は、マスターバブーン、お前だ」

「俺が……?」

「ふふふ、お前たち2人は甲乙つけがたい有望株。組織のことを考えれば、是非とも幹部の椅子を勝ち取って欲しいものだ」


 なんだ、マスターバブーンも選ばれているんだ。

 私もこれには納得である。

 ……というか、是非とも幹部になって欲しい。私の代わりに。


「他、数名を選出するつもりだが、難航していてな。追い追い発表することになるだろう」

「その2人については納得だが――」


 ブラッディローズがそう切り出した時、ノコギリデビルが言葉を遮るように言った。


「あぁ、そうそう、幹部を増やすのは1人だけだが、入れ替え戦も予定しているぞ」

「む、なんだと?」

「うぉおお!? ほ、本当かぁ!?」

「ふふふ、本当だ」


 入れ替え"戦"? それって戦闘して決めるってことかな?


「細かいことはこれから決めていくが、降参ありのデスマッチにするつもりだ。怪人たちでトーナメント戦を行い、優勝者が幹部昇格の挑戦権を得る形になるだろう」

「序列の影響は?」

「ふふふ、対戦相手の選択には影響するだろうが、優勝したらたとえ序列最下位だろうが幹部候補だ」


 その言葉を聞いてブラッディローズが静かに燃えている。

 実力だけで勝負するのは分かりやすくて彼女好みだから、やる気になっているのは火を見るよりも明らかだった。

 これって、ブラッディローズはますます地下基地に入り浸ることになるんじゃないかな?


「開催は夏ごろを予定している。それまでに各々で準備を整えておきたまえ」

「ケヒャヒャ、序列が下がったことなんて些細なことだぜぇ!」

「挑戦権はお前には渡さんぞ、シザーマンティス」

「ケッ、目にもの見せてやらぁ!」


 うーん、シザーマンティスもテンションが上がってるなぁ。

 それにブラッディローズも言い争いしつつ楽しそうである。


 ブラッディローズは今回の件でシザーマンティスにはかなり怒っていたけど、真正面から張り合ってくる相手には好感を持つタイプの怪人である。

 そもそも彼女は根に持つような性格をしていないし、序列を下げるという処分になった時点で怒りの感情はきれいさっぱり水に流したのだろう。


「ふふふ、戦闘員の諸君らも、怪人が減ってきた今こそチャンスだと思ってくれたまえ。そろそろ改造手術の声がかかる者も現れよう」


 戦闘員たちもその言葉で目の色が変わった。

 この中から、改造手術を受けて新しい怪人となる者が出てくるのかもしれない。


「怪人になった時のために、鍛えておいた方が良いんじゃないかなぁ?」


 ひょろひょろで苦労しているブラックローチという前例がいるからなぁ……。


「「「はっ!」」」

「わっ!?」


 何気なく言った独り言だったのだが、戦闘員たちが揃って敬礼を返してきた。

 びっくりしちゃったよ。


「ふふふ、その視点は重要だな。評価に加味することも検討しよう」

「フッ、人の状態での訓練こそ、怪人には必要だぞ」


 うーん、余計な一言だったかもしれない。

 しかもマスターバブーンは鍛錬について一家言があるようで、出張ってきそうな雰囲気だ。

 闘技場がまた騒がしくなるのだろうか? ……まぁ、別にいいんだけど。


「さて、マスターバブーンよ、報告ご苦労だった」

「はっ!」


 ノコギリデビルの労いを受け、返事を返したマスターバブーンが集まった全員を見回した。


「皆、良く戦ってくれた。これにて解散とする!」

「「「はっ!」」」


 マスターバブーンが作戦終了を宣言し、その場で解散となった。

 いつもはバラバラになるのだが、今回は戦闘員たちが一塊になって何やら話している。


「さて、僕らは帰ろうか」

「あ、はい……」


 戦闘員21号が声を掛けてくれたけど、どうにもあっちの戦闘員たちが気になる。


「あぁ、彼らはこれから鍛錬するんじゃない?」

「鍛錬……なるほど」

「強化スーツありだと、武術の訓練とかかな? 筋力トレーニングはスーツが無い方が効率的だけど、ここで脱ぐわけにもいかないからねぇ」


 つまり、彼らは手合わせの対戦相手を募っているってことかな?

 怪人になった時に強いのは自分であると周りにアピールする目的もありそうだ。

 いや、この時点で相手を叩きのめして戦闘員内で格付けを決めるつもりかもしれない。


「ところで、戦闘員21号はあっちに出ないんですか?」

「出ないってば。僕は怪人になるつもりはないよ」


 あっさりとそう言って歩き出した。

 戦闘員21号に怪人になられたら困るから、そう判断してくれるのはありがたい。

 でも、怪人になった篤人さんもちょっと見てみたい気がする。


 私は怪人になった篤人さんを妄想しながら地下基地を後にした。



-- 6月25日(日) 20:00 --


【特務防衛課 新潟県 十日前町市 支部】


 コンコンとノックをして、俺、上杉一誠は医務室のドアを開けた。

 ベッドの上を見ると包帯を巻いた飛竜が腹筋をやっており、俺を見て『見つかった』とでも言いたそうな顔をした。


「お前な、安静にしてろって言われなかったか?」

「いや、そうなんですけど、どのくらい痛むかなって……」

「動かしたら余計に痛むんだから大人しくしてろ!」


 俺の言葉にビクッとした飛竜は、諦めたようにばたりとベッドに倒れこんだ。

 まったく、酷いケガだっていうのに妙に元気だけが有り余っているようだ。

 この様子じゃ目を離したらまたトレーニングを始めるに違いない。


「零、お前が止めてくれよ」

「止めたんですけど、試しにって……」


 同じ室内でベッドに横たわっていた零が呆れたような表情を見せつつ、そう言った。

 試し、とか言っているけど、俺が来なかったら絶対本格的にやってたぞ、コイツは。


「すみません、ライスイデンにインタビューを任せる形になってしまって」

「あぁ、気にするな。むしろ、このくらいしかできない自分が悔しいよ」


 今回、レッドドラゴンもブルーファルコンも限界まで戦っていたため、戦闘終了後は即座に帰還して治療に専念してもらった。

 俺は今回、ただ突っ立っていたようなもんだから記者たちの対応くらい喜んでやらせてもらうさ。


「ずっと変身したままだったんでしょ? 気になるんスよ……」

「まぁ、な。それでも30分で終わらせてもらったから負担は少ないはずだ」


 俺はヒーロー化が原因と思しき不調で、半年以内に死ぬかもしれないと言われている。

 変身している時間が長引けば悪影響が出る可能性は高い。

 飛竜は特に気にしてくれているようで、今も自分のことなどそっちのけで俺を心配してくれている。


「お前はお前自身のケガを直すことを第一に考えてくれよ」

「ケガっていっても、打撲や打ち身くらいっスよ。もう動けますって!」

「飛竜さん、全身が青いあざだらけじゃないですか」

「だーいじょうぶだって!」


 そう言って拳で手をパシンと打ち鳴らした。

 頑丈なのは知っているが、格闘家だってケガの程度に応じてちゃんと休むんだぞ?

 せめて今日明日くらいは大人しくしていて欲しいもんだ。


「零のケガの具合はどうだったんだ?」

「僕はそんなでもなかったです」


 零はそう言って服をめくり、お腹にある青いあざを見せた。

 何度か強烈な攻撃を腹に受けていたが、内臓まではダメージが届いていないという。

 シザーマンティスに喰らった攻撃も、幸い跡に残らない程度の傷で済んでいるようだ。


「僕の場合はダメージというより体力切れでしたから」

「ブラッディローズは厄介だったな。武器が残っていたら結果は違っていただろうが……」

「それも含めて、うまいことやられましたよ」


 零が悔しそうに目を細めた。

 能力だけで比較したら、本来、勝てない相手ではなかったはず。

 怪人をあまり褒めたくはないが、相手の判断が見事だったというしかない。

 ブラッディローズはますます強さを増している。あの怪人も野放しにするには危険な相手だ。


「それに、また武器を壊してしまったのは申し訳ないです……」

「気にする必要は無いさ。というより、予備の1つも用意できていない俺たちの方が申し訳ないよ」


 武器が壊れることが増えたのは、ブルーファルコンが前線に出るようになったからに他ならない。

 正面から怪人と戦うようになったのだから、より充実したサポートが必要なのは当たり前だ。

 予備の発注は掛けていたんだが、間に合わなかった。

 俺がもう少し早く行動していたらな……。


「次は勝てるって!」

「楽観視はしませんが、負けないつもりです」

「そうそう、その意気!」

「本当に元気だな。お前の相手は更にとんでもない奴だったのに」


 レッドドラゴンが接近戦で完全に押し負けていたからな。

 メインルームで見守っている連中も息を呑んでいた。

 自分の得意な距離で完全に押し負けるとか普通は絶望するだろうに、そこから巻き返していくところがナンバーワンヒーローたる所以なのだろう。


「あの、教官、一度ライスイデンが戦って勝っているって聞いたんですけど……」

「あのマスターバブーンってやつ、とんでもない強さでしたよ。なんで勝てたんスか?」


 飛竜のは失礼な質問、というわけでもないか。

 あの強さを直に味わったレッドドラゴンからしたら、ライスイデンが勝てるのは不思議に思うのも無理は無いだろう。


「あー、単に相性の差じゃないか? 俺の場合、武器に電気を流して封じることができたんだ」

「やっぱり! あの鋼鉄の棒は電気を通しそうですもんね」


 なんだ、気づいていたのか。


「一度、ライスイデンが勝っているって思い出して、たぶんそう戦ったんだろうなって……」

「なるほど、それで途中から両腕に炎を纏わせていたのか」

「はい。思い出さなかったら一方的に撃ち負けていたかもしれないっス」


 棍を握れなくする作戦は不発だったが、それが起死回生のチャンスを生んだと言える。

 炎の拳(フレア・ナックル)が無ければ確かに押し負けていた可能性は大きい。


 ただ、次からは恐らく対策されることだろう。

 あいつは俺が出てくると分かっていたら、たぶん布を巻くくらいはしてきたはず。

 熱に対する準備ができていなかったのは、そんな小細工を喰らうとは思わなかったからだろう。

 今後は何かしらの手を打ってくるはずだ。


「くそ、ミスティラビットが出てこなければ仕留められたのに!」


 飛竜が悔しそうに呻く。

 事実、あそこでミスティラビットが出てこなかったら勝っていた可能性は高い。

 ただなぁ、シザーマンティスの攻撃が来るのに捨て身で攻撃に走ったのはいただけないぞ?


「それに関してはお前の判断ミスだからな。何で俺たちの到着を待たなかったんだ?」

「そうですよ。足止めに徹してくださいよ!」


 零の口からも苦言が飛び出したが、言われて当たり前だと思う。

 いくら何でも無茶しすぎだ。一歩間違えたら死んでいたぞ?


「すみません、つい、あいつは俺の手で決着を付けたくなってしまって……」

「シザーマンティスが割り込んだ時点で相手はやる気を無くしてたと思うぞ」

「えぇー? それって、到着を待ったら逃げられてたってことじゃないスか!」

「逃げられた方がマシだよ。ナンバーワンヒーローが相打ちとか、こっちの損害がでかすぎるぞ?」


 まぁ、結局は相手に逃げられてしまったし、レッドドラゴンも死ななかったわけだが。


 シザーマンティスの介入後、マスターバブーンは戦う余力が残っていたし、怪人たちが一斉に攻撃してきたら助からなかったかもしれない。

 ブラッディローズも含め、むしろあの怪人3人が揃って撤退してくれたことは幸いだった。


 ただ、飛竜が行動した結果として、ミスティラビットが来なかったらマスターバブーンを仕留めることはできていたと思う。


「今回は引き分けってところだ」


 飛竜と零は自分が負けたと思っているかもしれないが、俺の見立ては違っている。

 そもそも4対4の変則的な対決になったんだ。

 両陣営とも離脱者が出なかったんだから、引き分けが妥当だろう。

 俺が働いてない分、3対4で引き分けと言ってもいいだろうしな。


「いや、優輝はシザーマンティスに勝っていたでしょ?」

「おっと、そうだな。あれは完全勝利と言っていいか」


 いかんいかん、シザーマンティスと戦った印象が薄くなりすぎた。

 ちゃんと覚えてはいるんだが、大切な後継者の功績を言い忘れるとは。


 まだクロスライトには必殺技が無い。

 それでも自分にできることを探して、相手の力をそのまま利用することを考えた結果があの技だ。

 反射なんて夢物語の話かと思っていたが、ワープやバリアの応用でできるらしい。


 必殺技が無いことを悩んでいたのが昨日だっていうのに、今日すでにあんなものを用意して、しかも実戦で決めてしまうとは、優輝のポテンシャルは底が知れないな。


「優輝は?」

「反射を使ったらかなり負荷があったようでな。早めに休むように伝えておいた」


 あいつ、本来は休みだったんだよな。

 それでも仲間の窮地にいてもたってもいられなくなるのはヒーローの資質というやつだろうか。

 優輝はなるべくしてヒーローになったのかもしれない。


 ちなみに樋口はクロスライトの活躍を嬉々としてデータにまとめていた。

 仕事熱心というより、あれはもう趣味の領域だろう。

 まぁ、無駄な残業というほどじゃないし、好きにやらせておこう。


「それにしても、これだけ頑張っている零と優輝には給与が支払われていないんだよな」


 中学生は労働禁止という法律が報酬の付与を邪魔してしまっている。

 その辺はもう少し緩めてくれてもいいと思うんだが……。


「優輝にも零にも、何かご褒美の1つでも用意したいよ」

「え? 俺は?」

「……お前、この間『今はいらない』とか言ってただろうが」

「いやいや、ちょっとしたものなら貰いますよ?」


 お調子者め。

 だが、飛竜(こいつ)が一番頑張ってくれているから、何か考えておくか。


「僕はレーザーガンがあれば十分です」


 零はあろうことか自分の武器を褒美に要求してきた。


「それ、褒美でもなんでもないんだが……」

「今はパンデピスと戦うことが僕の望みですから」


 その心は、好美ちゃんに振り向いて欲しい、そうでなくても幸せになって欲しいということだろう。

 一途な恋に対して援護射撃してやりたいところだが、余計なお世話になるかもしれん。

 俺は恋愛相談に乗れるような性格じゃ無いからな……。


「あ、そういえば優輝はスマホが欲しいとか言っていましたよ?」

「なんだ、そうなのか?」

「書類の申請理由の欄を見た時点で諦めていましたけど」


 正直、そんなのいくらでも言い訳できるぞ。

 優輝の場合は緊急連絡用という理由だけで充分なんだが、本人にそのつもりがないから書けなかったんだろうな。


 それにしても、優輝ってスマホを持っていなかったんだな。

 このご時世、1人1つ持っているくらいの物だと思うが……。

 いや、家庭によっては違ったりもするから、一概に言うことはできないか。


「優輝の分は決まりだな。零も欲しい物があったら遠慮なく言ってくれ」

「本当に無いんですが……」

「思いついたらでいいよ」


 零のは俺も思いつかないから、本人が言ってくるまで待つとしよう。

 飛竜は自分からは強請(ねだ)るつもりは無いみたいだし、俺が選んでいいということかな?


 ちょっとしたご褒美、か。

 飛竜の場合はやはり食べ物や休みの方が良いんじゃないかと思う。


 本腰を入れて温泉宿でも調べてみるかな?


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