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秘密結社パンデピス  作者: ゆきやま
31/42

ジャガーの怪人とヤドクガエルの怪人

~前回のあらすじ~

 ヒーローとなった優輝が初出撃してヒートフロッグと対戦し、見事に初勝利を収めた。

 "クロスライト"のヒーロー名を襲名した優輝に、パンデピスの面々も興味を強める。

 そんな中、組織内ではちょっとした噂が流れていたようで……。

-- 6月24日(土) 5:45 --


 ザーザーと音を立てる雨の中、私は雨がっぱ姿で自転車を漕いでいく。

 牛乳瓶を運んでいる自転車はずぶ濡れで、地面もびちゃびちゃだ。

 完全防水しているはずなのに、ちょっとずつ服に水滴が染み込んできている気がする。


 何となく急かされている感じがして、私はお得意様の家に牛乳瓶を素早く配達していく。

 屋根のついた玄関への配達では、歩いた後に水でできた靴の跡がくっきり残っていた。


「毎日すごい雨。カボチャがやばいよぅ……」


 ずっと雨のマークが並んでいたので覚悟はしていたのだが、ここ3日ほどは想像をはるかに超えた、ものすごい雨量となっていた。

 連日、土砂崩れの注意報が出ていて、川の近くには行かないようにと学校でも釘を刺されている。

 そんな雨のせいで家庭菜園に植えてあるカボチャが全滅しかけているという、ゆゆしき事態だ。


 水はけをよくする対策はどれだけ効果があっただろうか?

 もしかしたら何かしら追加の対策を講じなければいけないかもしれない。


「……ん? 誰かいる?」


 道路の上に水玉の王冠がいくつもできる雨の中を、誰かがランニングしていた。

 あのウインドブレーカーと帽子は……。


「やぁ、おはよう、好美ちゃん!」

「おはようございます、アズマさん」


 走っていたのは防衛隊員のアズマさんだった。

 ウインドブレーカーはそうでもないが、帽子のツバから水が滴り落ち、靴はびしょ濡れである。


「好美ちゃんは大雨でも頑張ってるんだな、偉いぞ!」

「あ、ありがとうございます」


 今日は大雨なのに、湿気を吹き飛ばすくらいすごく爽やかだ。

 おかげでこっちまで元気が出てくる気がする。


「アズマさん、今日は外に出ているんですね」

「あぁ、室内ばっかりだと飽きちゃうからな! 今日は零に任せて出てきたんだ」


 わざわざこんな大雨の日に出てこなくてもいい気がするけど、本人が楽しそうだからいいか。

 私はアズマさんに会える日は限られているから、こうやってたまにでも会えるのは嬉しい。


「好美ちゃん、いつもの髪型に戻しちゃったんだな」

「え? あぁ、まぁ……」


 なんだかアズマさんが残念そうな顔をしている。

 先週、輝羽ちゃんのメイクで変身した時の反響は凄くて、"あんなに可愛かったんだ"とか結構言われたのだ。

 まさか、アズマさんにまで影響があったのだろうか?


「零も気が気じゃなかったっぽいぜ? 目が合わせられないとか言ってたし」

「そ、そうですか……」


 零くんの反応がおもしろかったのが主な理由みたい。

 アズマさんにとって私はまだまだ子供だし、仕方ない事だと思う。

 でも、少しだけアズマさん本人の残念がる感情も混じっていた気がするんだよなぁ。

 私の希望的観測かもしれないけど。


 ……私ももう少し頑張ってみようかな?


「好美ちゃん、本当は可愛いんだから、もっと自分を出した方がいいぜ!」

「は、はい、まぁ、頑張ってみます」


 か、かわいい!?

 本人は何とも思っていないだろうけれど、その言葉に胸がドキッと高鳴った。


「うん、頑張れ! それじゃ俺はこれで! またな!」

「はい、また!」


 アズマさんは言いたいことだけを言って去っていった。

 雨粒を撥ね退けて、風にも負けず凄いスピードで走っていく。

 私はその姿をぼんやりと眺めていた。


「うぁ~……!」


 "可愛い"なんて面と向かって言われたものだから、さっきからどうにも顔が熱い。

 私はいったん目を閉じ、大きく深呼吸して心を落ち着かせる。

 そうしてしばらくしていると、だんだんと鼓動も落ち着いてきた。


 でも、胸の高鳴りが治まると、今度は嬉しさが込み上げてきた。

 つい嬉しくて自然とニヤニヤしてしまう。

 いけない、こんな顔を誰かに見られてしまったら変な人だと――。


 ドカァッ!


 必死にニヤニヤを抑えようとしていたら、真後ろから強烈な衝撃に襲われた。

 弾き飛ばされた私は雨水でできた水たまりへと一直線に突っ込んでいき、大型トラックのタイヤが突っ込んできたかの如く、バシャーンと思いっきり水しぶきを跳ね上げた。


 冷たい! それに、背中が痛いよぅ!

 もはや水がしみるなんてものではない、びしょ濡れである。


 後ろを振り向けば、運送トラックに乗っていた犯人が傘をさして降りてきた。

 人を轢いたにもかかわらず、ゆったりとした足取りである。

 こんなことする人は1人しかいない。


「やぁ、おはよう好美ちゃん。今日は水も滴るいい女だね」

「濡れたのは篤人さんのせいです! 私じゃなかったら大事故ですからね!」


 車から降りてきたのはふんわりパーマに四角いメガネが特徴の鈴木篤人さんである。

 今日は仕事中なのか、トラックドライバーの制服姿で首にタオルをかけている。


 篤人さんは私と同じく秘密結社パンデピスの戦闘員として動いている仲間だ。

 彼は私の耐久力が人間形態でも怪人並みであることを知っているので、よく車やスクーターで体当たりするというイタズラを仕掛けてくるのである。

 耐久力があっても普通に痛いので、本当にやめてほしい。


「牛乳溜まりにはならないように、牛乳瓶と自転車は頑張って避けたよ」

「なんで自転車だけを綺麗に()けられるんですか?」

「頑張った結果だね」

「そうじゃなくてですね……!」


 "私も避けろ"という言外の想いが全く通じていない。

 そもそも私より自転車の方が車道側にあったはずなのに、なんで私だけが綺麗に轢かれるの?

 篤人さんの頑張り方は、絶対マイナス方向に振り切れている!


「もう怒りました! ……こうなったら!」

「こうなったら?」

「ミートソース、篤人さんへのおすそ分けの量を減らしますから!」


 この間おすそ分けされたトマトは結局、ミートソースにしたのだ。

 篤人さんはサラダとか生野菜は好きじゃないみたいだけど、ミートソーススパゲティは何度か美味しそうに食べているところを見たことがある。

 本人は料理ができないとい常々言っているけど、麺を茹でるくらいはできるはずだ。


「量を減らすだけで、くれるんだ?」

「あげますよ。じゃなかったら、頑張ってパック詰めした私がバカみたいじゃないですか!」

「好美ちゃんの怒りの度合いがいまいち分からないなぁ……」


 篤人さんは困惑の笑みを浮かべ、頬を人差し指でポリポリと掻いていた。


 うーん、いまいちダメージを与えられていないっぽい。

 お父さんやゆーくんには結構効くのに。


「とりあえず、これで顔を拭いて」


 篤人さんが首に掛けていたタオルを渡してきた。

 タオルを受け取った時に気付いたのだが、私に渡すために首に巻いて来ただけで、どうやらこのタオルは洗いたての綺麗なタオルらしい。

 更に、傘を私の上にさして、身体を拭いている間は雨で濡れないようにしてくれている。


 そういう気遣いはできるのに、一番やめてほしいことはやめてくれないんだよなぁ。


「そのまま聞いて」


 篤人さんがこっそり話しかけてきた。

 彼は組織の伝令係であり、私に情報を届けに来てくれたのである。

 万が一にも誰かに聞かれないように、私と密着するタイミングを作ってくれたようだった。


「今日の怪人はジャガーだよ」

「あぁ、キックボクサーの……」


 怪人【チェームジャガー】

 キックボクシングを主体に戦うジャガーの怪人。

 パワーとスピード、それと技量をも合わせ持つ近接戦闘のスペシャリストである。

 ちなみにチェームとはタイ語でチャンピオンのことだ。


「最近、本当に適性テストにいた怪人の出撃が多いですね」

「そうだねぇ。あ、ちなみに撤退役も適性テストにいた時の怪人だよ。毒ガエルだね」

ヒートフロッグ(カエルさん)の次は毒ガエルかぁ……」


 怪人【ダートポイズナー】

 暗く光る青い肌を持つヤドクガエルの怪人。

 口から毒を出すことができ、吹き矢と共に撃ち出す能力を持つ。

 また、腕に装着した特殊なボウガンからも強烈な矢を撃ち出すことができる。

 こちらはチェームジャガーとは対照的に遠距離戦のスペシャリストである。


「バランスがいい組み合わせですよね」

「そうだね。毒ガエルは相手が2人いたら2対2で戦うことも許可するってさ」


 クロスライトが加わり、ヒーロー側はたぶん2人で来ることになると思うから、それを見越しての判断なのだろう。

 でも、そうなると実質的な撤退役は戦闘員が頑張ることになると思う。

 もし怪人側が劣勢になってしまったら荷が重いんじゃないだろうか?


「負けた時に逃げられるんですかね?」

「本人たちがどうにかするでしょ。幹部も今回の組み合わせには自信があるみたいだったよ」


 うーん、ノコギリデビルは本気で勝ちを狙っているのだろうか?

 でも原則1対1のルールは守らせているんだよね。

 もう何人かで戦えば勝てる可能性は上がると思うんだけどなぁ。


 まぁ、その場合はまとめてレッドドラゴンに吹き飛ばされる可能性もありそうだが。


「それで、今日はどこを攻める予定なんですか?」

「どこかのダムっていうところまでは決まっているみたいだけど、天気の様子を見て決めるってさ」

「天気……?」


 ダムで天気ということは、水が溜まっているダムを襲うってことかな?

 どこもかしこも雨は降っているけれど、降雨量は場所によって違うはずだから、恐らく一番雨量の多い場所を狙うんじゃないかと思う。


「そんなわけで、今日は基地に行ってから向かうことにしよう」

「はい、分かりました」


 本部基地で詳しい話を聞いてから、私たちも現場へ向かうことになりそうだ。

 今日はお弁当を作らなきゃ!


「……タオル、ありがとうございました」


 話がひと段落ついたであろう空気を察して、私はタオルを返した。


「それじゃ、いつもの時間に迎えに行くから」

「はい、よろしくお願いします」


 篤人さんが運送トラックに乗り込み、手を振って去っていった。

 私も手を振ってそれを見送り、停めてあった牛乳配達の自転車にまたがる。


 基地へ向かうなら、ついでに家庭菜園を見ていくこともできるかもしれない。

 対策はしているんだけど、心配なんだよね。

 平日だと自転車で全力ダッシュしても夕飯の時間ギリギリになってしまうから、こういう機会は最大限に利用したい。


 雨足は弱まる気配を見せず、街全体はひどい大雨の幕に覆われている。

 私は次の配達先へ向かうべく、滝のような雨の中へ"えいやっ"と飛び込んでいった。

 


-- 6月24日(土) 9:00 --


 秘密結社パンデピス本部の地下2階、普段は静かな闘技場が今日は少しばかり賑やかになっていた。

 赤い業火が空気を燃やす音、荒ぶる鞭が人形を打ち据える音、拳と拳がぶつかり合う音……。

 幾人かの怪人が己の力を高めるべく、訓練に励んでいるのである。


「ひぃ、ひぃ……!」

「ふふふ、あと1本だ。全て絞り出すくらいに力を籠めろ」


 先ほどから幹部のノコギリデビルから指導を受けているのはヒートフロッグだ。

 先週、暴走した罰として訓練することを義務付けられており、今は特殊能力を磨くべく、ひたすら炎を吐き出す訓練をしている。


「かぁあああ!!」


 ヒートフロッグが全身をオレンジ色に変えて"ヒートブレス"を吐き出した。

 炎の柱が立ち上り、的として用意された鋼鉄の人形はあっという間にドロドロと溶けていく。

 序列ブービーとは思えない程の、見事な威力の必殺技である。

 ただ、能力を連続使用したヒートフロッグは僅かな時間でへとへとになっていた。


「げこっ! はぁ、はぁ、これで……能力の訓練は終わり……」

「ふふふ、思ったより効果的な練習になっているな」


 息も絶え絶えになっているヒートフロッグが滝のような汗を流していた。

 怪人がここまで汗をかくのはなかなか珍しい。

 ヒーローたちも必殺技を連続使用するのは辛そうだが、怪人も同じように負担が大きいのである。

 逆説的に、ノコギリデビルはそれを訓練として使う有用性を見出しているようだった。


「今日は騒がしいな」


 ブラッディローズが自らの能力で伸ばした蔦を振り回しながら言った。

 彼女はいつも地下基地にいるけど、闘技場で訓練を行っていることが多いのである。


 彼女は鞭で鉄の人形をビシバシと叩いており、形が変わるほどボコボコにしていた。

 ブラッディローズが振り回している鞭の先端にはヤシの木の実みたいなものがくっついていて、フレイルのようになっている。


「ふふふ、しばらくの間は騒がしくするぞ」

「構わない。むしろ張り合いがあるというものだ!」


 ブラッディローズが少し気合いを入れると、蔦の先に花が咲き、そこに木の実が増えた。

 急激に重さを増やしたフレイルの一撃は鋼鉄製の人形を見事に叩き潰し、周囲に破片が飛び散る。

 花を咲かせることを覚えていたのは知っていたけど、実をつけて重量を増やす使い方をするとは、彼女は本当に能力の応用力が高いと思う。


「ミスティラビット、集中しろ」

「あ、はい! すみません!」


 周りの訓練を見ていたら怒られてしまった。

 私はマスターバブーンに師事して、棍の新しい型を練習中である。

 どんな体勢からも回転につなげられるように、棍をグルグル回す技のバリエーションを増やすのだ。


 ちなみに、どうして訓練することになっているかというと、今日はエントランスに来た時にマスターバブーンが待ち構えていて、ほとんど無理やり闘技場まで連れてこられてしまったのである。

 前回の訓練から1週間の間があるから、今日は私が来たら絶対に訓練を行うつもりでいたようだ。


 なお、受け付けのお姉さんから既に作戦の場所は聞いている。

 チェームジャガーは果野瀬(かのせ)ダムをターゲットに選んだようだった。

 作戦は午後からなので、午前中は棍の訓練を行っていても大丈夫だろう。

 変な癖がついていないかを師匠に確認してもらいながら練習した方が、私も安心だからね。


「ブラックローチ、お前の獲物はナイフのままでいいのか?」

「はい、師匠。私はやはりナイフ(これ)で行こうと思います」


 そして、その訓練参加メンバーの中にはブラックローチの姿もあった。

 先週から継続してマスターバブーンからの手ほどきを受けているようで、いつの間にか"師匠"と呼ぶようになっていた。

 いろんな武器を試していたみたいだけど、結局はナイフにするみたいだ。


「何故ナイフにするのか、理由を聞いておこう」

「はい、今後、私は隠密行動の方を重点的に学び、活動に生かしていきたいと思っています。両手を塞ぐものは避け、音が鳴る武器は除外しました」


 ブラックローチが翅の中から黒いナイフを取り出して握りしめた。

 彼が最初から持っている、たった1つの武器であり、ライスイデンに一撃を加えた武器でもある。

 きっと思い入れもあるのだろう。


「ナイフは護身用の域を出ないが、いいのか? お前は強くなりたいのだろう?」

「"強い"とは何かを考えた結果です。もちろん身体は鍛えていきますが、役に立つことこそ本当の"強さ"ではないかと、最近は思うようになりました」


 そう言いながらブラックローチは顔を横に向けた。


 彼の視線を追うと、その先には戦闘員21号がいた。

 戦闘員21号は周りの戦闘員たちと協力して、壊れた鋼鉄の人形を入れ替える作業を行っている。


 ブラックローチは戦闘員21号の代わりになれるように頑張ろうってことかな?

 撤退役としては結果を残しているみたいだし、そっちに特化するのもアリかもしれない。


「ナイフくらいなら、一般人でも隠し持つことはできるでしょう?」

「なに……? まさか、表社会で使うことも想定しているのか?」

「人と怪人の2つの姿は、私が戦闘員21号に勝てる数少ない取り柄ですから」

「フッ、そうか……。よく考えた結果だということは理解できた。ならば、私の知っている技術の全てを教えよう」


 マスターバブーンはブラックローチの言葉に納得した様子だ。

 隠密行動で怪人から一般人に戻った時に武器があるというのは心強いかもしれない。

 何がどう役に立つか分からないからね。


「ふふふ、目的があると武器選びも変わるものだな」

「面白い選択だな。勉強になった」


 ノコギリデビルやブラッディローズも先ほどのやり取りを聞いて感心していた。

 私だけかなぁ、棍を選んだ理由があやふやなのは。

 せめて棍の利点を探し出せるように、今やっている型をどう使うのか、ちゃんとイメージしながら練習しよう。


「邪魔するぜぇ!」


 大きな声が闘技場の出入り口の方から聞こえた。

 2つの影がリングの方へ向かってくる。


「む? ゴブリンラットか。よく来たな」

「ケヒャヒャ! 俺もいるぜぇ?」

「シザーマンティスも来るとは、珍しいな」


 意気揚々と闘技場へ現れたのはゴブリンラットとシザーマンティスの2人だった。

 ブラッディローズが真っ先に反応して挨拶を返している。


「何のために来たんだ?」

「はっはっはぁ! 面白れぇことしてるって聞いたからよぉ!」

「たまにゃ身体を使っておこうって思ってなぁ!」


 話を聞いている感じだと、2人とも訓練への参加希望だったようだ。


 だが、正直言って怪しさ満点である。

 シザーマンティスは本当に訓練に参加するのが目的なのだろうか?

 彼が訓練に参加したがるイメージがまるで湧かない。

 ゴブリンラットは本音っぽいけど……。


「ふふふ、ヒートフロッグとのスパーリングでもやってみるかね?」

「ゲコ!? お、俺はもう身体中が悲鳴を上げてて……」

「しゃーねぇなぁ、俺が胸を貸してやるぜ!」


 腕を振り回してゴブリンラットが闘技場のリングへと上がる。

 ヒートフロッグは渋っているようだったが、観念してリングに上がり、ゴブリンラットに向き合った。

 ゴブリンラットはあの風貌で何かと面倒見がいいところもあるし、だからこそノコギリデビルもスパーリングの相手を譲ったのだと思う。


「ゲココ……! こうなりゃヤケだ! 目にもの見せてやる!」

「はっはっはぁ! 思いっきり来いやぁ!」


 2人の怪人の組手が始まり、闘技場に強烈な殴打の音が響き渡る。

 ヒートフロッグは必死に、ゴブリンラットは楽し気に拳で語り合っていた。


 様子を見ていると、なんだかゴブリンラットも調子が良さそうだ。

 もしかして、この間ライスイデンと戦っていた時よりも強くなっていたりしないだろうか?


「ふふふ、最近、よく手合わせしているのだろう?」


 ノコギリデビルが訳知り顔でブラッディローズに問いかけていた。

 そうなの? それがゴブリンラットの実力が上がっている理由なのかな?


 あの2人が楽しそうに組み手をしている様子が頭に思い浮かぶ。

 確かに、戦闘狂(バトルジャンキー)のゴブリンラットなら喜んで組み手に付き合ってくれそうだ。


「あぁ、そうだが、今日はお前のせいでヒートフロッグに取られてしまったではないか」

「ふふふ、なぁに、まだシザーマンティスがいるではないか」

「チッ、ブラッディローズが相手かよ……」


 話を振られたシザーマンティスは嫌そうにしながらもブラッディローズに付き合う構えのようだ。

 ブラッディローズって絶対、序列以上の力を持っているからね。

 ノコギリデビルの目の前で序列下位に負けたら降格になりかねないし、シザーマンティスじゃなくても渋る怪人はいると思う。

 私の見立てだと、あの2人ならブラッディローズが優勢かな?


「気になるか、ミスティラビット?」


 マスターバブーンに話しかけられて、心臓の鼓動が跳ね上がる。


「うぇ!? あ、えーと……」

「顔は真正面を向いていても、耳はあっちを向いているぞ」

「うぅ、は、はい……」


 完全に見透かされてしまい、私は力なく頷いた。

 どうしても周りが気になって集中しきれない。

 私の精神は無我の境地や明鏡止水の極致には遠く及ばないようだ。


「では、集中せざるを得ないように手合わせと行こうか。俺から一本取るつもりでこい!」

「うぇ!? 一本って……!」


 いやいや、勝てるわけないでしょ!? と思いつつ棍を構えた。

 この間はわざわざ技を打たせてもらっていたから運よく勝てただけである。

 しかも、勝てたと言っても掠っただけの、ルールで勝たせてもらった勝利だった。


「よぉし、始め!」

「よ、よろしくお願いします!」


 訓練として全力で挑んで来い、ということだと解釈して、私は全力で棍を振るった。

 とにかく教えてもらったことを全部使う!

 私は棍の技を駆使して、ひたすらに攻撃を繰り返していった。


「なかなかいい技の冴えだ。では、こちらからも反撃するぞ」

「え、ちょ、ひゃあああ!?」


 だが、まともに打ち合えたのは最初だけで、後はもう防戦一方である。

 さっき教えてもらった回転で何とか持ちこたえるが、それでギリギリ何とか、といった感じだ。

 もはや私にできることなんて本当に耐えることくらいで、攻撃に転じる隙なんて全く見当たらない。

 しかも、だんだん相手の攻撃速度が上がっているような気がするぅ!?


「へぇ! やるじゃねぇか!」

「ふふふ、まともに打ち合っているように見えるな」

「おい、ミスティラビット! 反撃に転じてみせろ!」


 ブラッディローズ、無茶言わないでよぅ!

 あー、もう無理だぁあ!?


 手元にマスターバブーンの棍がヒットし、私の棍は天に向かって弾き飛ばされてしまった。

 それをマスターバブーンが華麗にキャッチする。


 完敗です……。


「この速度まで付いてこれるのはさすがだな」

「あ、ありがとうございました」


 先ほどの組み手で、だんだん技が速くなっていった気がしたのは勘違いではなかったようだ。

 マスターバブーンから棍を返してもらい、一礼をして後ろへと下がった。


 マスターバブーンはまだ底を見せていないけれど、あのレベルの格闘家が全力を出して、ようやくレッドドラゴンたちと戦えるレベルなんだもんなぁ。

 この間、ブルーファルコンに攻撃しにいった自分の愚かさが、今さらながら骨身に染みる。


「次はターゲットへの攻撃だ。威力が上がっているか確かめてみろ」

「はい!」


 今度は人形に向かっての全力攻撃の練習である。

 私は息を整えると、棍をグルグルと回し、軽く跳躍しつつ、握っていた棍の支点をずらした。

 そのまま思いっきりターゲットの人形の脳天へと叩きつける。


 バアンッ! と爆発音に似た音が響いた。


「ほぅ……?」

「ちったぁマシになったじゃねぇか!」

「綺麗に真っ二つだな」

「ケッ、俺なら4つに割ってらぁ!」


 鋼鉄でできた人形がものの見事に砕けていた。

 力を籠めた一撃が、ちゃんと人形まで伝わっていたようである。

 よーし、思った以上に……。


「まだまだだな」

「あ、あれ? そうなんですか?」

「ふん!」


 マスターバブーンが腰の回転を使った棍の一撃を放つ。


 ガガンッ、と2つの音が聞こえると、人形の上半身がどこかへ消えていた。

 今の棍の一撃で上半分を吹き飛ばしてしまったようである。

 支えが効かなくなった鉄の人形を横に寸断するとか、何であの威力が出せるの……?


「半回転でも、しっかり力を込めることができればこのくらいはできる。ミスティラビット、お前の持つ力なら俺以上にもっとやれるはずだ。連撃で今のような技を出すくらいにはな」

「うぇええ……」


 期待のハードルが高すぎるよぅ……。


「ついつい見入ってしまったな。シザーマンティス、改めて頼む」

「ケヒャヒャ! ケガしても泣くんじゃねぇぞ!」


 私の訓練がひと段落したとみて、ブラッディローズとシザーマンティスも本格的に戦い始めた。

 その戦いはなかなか激しく、闘技場全体を駆け回る戦いになっていた。

 驚いたのは、最終的にシザーマンティスが勝利をもぎ取っていたことだ。

 ブラッディローズの方が絶対に強いと思っていたんだけど……。


「おい、シザーマンティス! てめぇ、思いっきり逃げ回ってただけじゃねぇか!」

「ケッ! 何で相手の得意な距離で戦わなきゃいけねぇんだよ! これも作戦だろうが!」


 そう、シザーマンティスは逃げ回り、遠距離からカマイタチを連発しまくっていたのである。

 ブラッディローズも捕まえようと手を尽くしたが、結局押し切られてしまったのだ。

 卑怯とも言えるが、ある意味、本気で勝ちに行った戦い方だった。


「私は全然構わないぞ、ゴブリンラット。むしろ良い訓練になった」

「ケッ、お前はもうちょっと悔しがれよ!」

「十分、悔しいと思っているぞ? ただ、この負けには納得もしている」


 組手が終わって、向こうのメンバーも感想や反省会に移りつつ、楽し気に話をしている。

 まぁ、その脇で疲労困憊のヒートフロッグが大の字になって寝転がっていたのだが。


「お疲れ様、ミスティラビット。はい、タオルとスポーツドリンク」

「あ、ありがとうございます、戦闘員21号」


 片づけを終えた戦闘員21号が、茶目っ気を出してマネージャーっぽい行動をしていた。

 私だけじゃなくて他の怪人たちにもちゃんと同じものを提供している。

 ヒートフロッグなんか受け取った瞬間にスポーツドリンクをがぶ飲みしていた。


「良い訓練ができましたね、ミスティラビット様」


 ブラックローチがタオルで汗を拭きつつやってきた。

 なんだか学校の部活みたいな感じだ。


「ブラックローチもお疲れ様。ただの訓練にこんなに怪人が集まるなんて……」


 全体から見れば少数ではあるけれど、私を含めて総勢8名の怪人がこの場にいる。

 何もイベントが無い闘技場がここまで騒がしくなるのはなかなか珍しい。

 飛び入り参加までする怪人が出るなんて、訓練ブームでも来たのだろうか?


「シザーマンティスが参加した理由は、あの噂のせいだろうね」


 戦闘員21号がやってきて声を潜めながら言った。


「え、噂?」

「フッ、あの噂か」

「師匠も何かご存知で?」


 マスターバブーンも何か心当たりがあるらしい。

 どんな噂が流れているんだろう?


「幹部が1人、増えると言う噂だ」

「へぇ~、そうなんですね」

「……そうなのですか?」

「そうそう。単にノコギリデビル様が否定しなかったっていう理由だけしかない噂だよ」


 パンデピスには6人の幹部がいるって聞くけど、7人になるんだね。

 私、幹部が何しているかよく分かっていないんだけど、人数が足りないのかなぁ?


「そんでもって、その幹部候補が近々選ばれるんじゃないか、とか……」

「あぁ、それでシザーマンティスがアピールに来たってことですか?」


 シザーマンティスは功名心がありそうだし、俺はここまでできるぞ、というのをノコギリデビルに見せつけたかったのだろう。

 全力でブラッディローズに勝ちに行ったのも納得である。


「フッ、奴が幹部の器とは思えんがな」

「無謀も無謀でしょう」


 マスターバブーンとブラックローチが揃ってシザーマンティスを否定した。

 酷いなぁと思いつつも、シザーマンティスが幹部っていうのは確かに似合わない。

 そんなことになったら組織が崩壊に向かって行きそうだ。


「あ、マスターバブーンなら幹部になれるんじゃないのかな?」


 武芸に秀でたマスターバブーンが幹部になったら組織の戦力がアップしそうだ。

 なかなか適性があるのではないかと思う。


「フッ、嬉しいことを言ってくれるが、俺よりずっと相応しいのがいるだろう?」


 マスターバブーンがニヤリと笑って私を見た。

 そうなの? 誰だろ?

 私の知っている怪人だろうか?


「ふふふ、いらぬ噂なんぞ吹聴せんで良い」

「あっと……失礼しました!」


 聞き耳を立てていたノコギリデビルが苦言を呈しに来て、戦闘員21号が慌てて謝った。

 この話はお終いになり、そのまま解散となって、それぞれが思い思いの場所へと散っていく。

 私は軽くシャワーを浴びてから戦闘員21号と一緒に地下基地を後にした。


 わざわざ止めに来るということは、この噂は結構、信憑性があるんじゃないかな?

 私も長く彼のことを見てきているわけだし、何となく分かる時もあるのである。

 他の怪人たちの中にも、私と同じように真実だと判断する者もいることだろう。


 この噂、結構広まっているのかもしれない。



-- 6月24日(土) 14:30 --


 大雨の北陸自動車を1台の軽トラが進んでいく。

 道路の周りの田んぼには緑色の苗が規則正しく並び、走っても走ってもその景色が続いている。

 これから秋にかけて、新潟県はまさに米処(こめどころ)という景色が広がっていくのだ。


 軽トラが進んでいく道路はやがて新潟市へと到着し、今度は磐越自動車道へとスイッチした。

 阿賀野川と信濃川の結び目を通り抜けて、車は山の方に向かって進んでいく。

 降り続く雨は弱くなるどころか更に力強さを増してきており、軽トラのワイパーはずっと忙しそうにフロントガラスを擦り続けていた。


「水、すごい量ですね」

「うん、既に避難警報が出ているところもあるみたいだよ」


 阿賀野川には茶色く濁った水が流れていた。

 ダムが水量を調節していてこれなのだとしたら、とてもじゃないけど近づくのは危険すぎる。

 何かの拍子で水が溢れてしまったら車ごと流されてしまいそうだ。


 荒々しく流れる川を見ながら、軽トラはトンネルをくぐり、山を越えて走り続ける。

 暗い空の下で豪雨に晒される木々の葉がざわざわと揺れ、時折り雷が空を光らせた。


 やがて車は高速道路を外れ、インターチェンジの道路をぐるっと旋回して街へと降りていく。

 狐の嫁入り伝説を残す津革(つかわ)の街中を通り抜け、阿賀野川に架けられた橋を渡れば、果野瀬ダムはすぐそこだ。


「おぉ~!」

「なかなか立派なダムだねぇ」


 川1つにまたがるダムにはかなり迫力があった。


 ダムには巨大な放水ゲートが数多く並び、そこからたくさんの水が激しく流れ出ている。

 その飛び出した水流はすぐ目の前で急カーブを描き、S字にくねる河川を流れていた。

 ダムの向こう側を見れば溜められた水がダムの高いところまで迫っており、まるで今にも溢れてしまいそうに見える。

 既に結構な数の水門が開いているけれど、まだまだ放水が足りていないようだった。


 現在の時刻は14時55分。

 あと少しで作戦決行である。


「ここだと目立ちすぎるから、展望台に向かおうか」

「はい、お願いします」

「とはいっても、展望台にも物好きな野次馬が居そうだから、途中で道を逸れるけどね」


 篤人さんが軽トラを走らせ、止める場所を吟味する。

 くねくねと続く山道の、ちょっと道幅が膨れているだけの場所に篤人さんが車を停めた。


「それじゃ、向かおう。忘れ物しないようにね」

「はい!」


 必要な荷物だけを持って、私と篤人さんはそれぞれ木々の中へと身体を滑り込ませた。

 濡れた草の葉から滴る水が肌に当たり、冷たさを感じる。

 私は誰も見ていないことを再度確認し、黒いブローチを取り出した。


「白き霞よ集え、メタモルフォーゼっ!」


 こっそり愛言葉を呟くと黒いブローチが白く輝き出す。

 中から光の布が飛び出して服を変質させていき、それと同時に私自身も怪人の力を開放した。

 やがて白いスーツを纏った怪人ミスティラビットの姿が現れる。


 よーし、変身完了だ。

 今回はきちんと棍も準備しており、伸ばす前の状態でベルトにくっ付けてある。


 ちなみに、この間、誘拐された時に、棍を仕込んだ蛇の目傘が外に置きっぱなしになっていたのだが、ぷに子ちゃんがしっかり回収してくれていた。

 ありがとうぷに子ちゃん。

 もし防衛隊の手に渡っていたら不安で眠れなかったかもしれないよ。


「ミスティラビットも準備万端みたいだね」


 戦闘員21号が木の向こうから姿を現した。

 腰のベルトには通信機とレーザーガン、鉤縄、そして小さな袋がくっ付けられてる。


「戦闘員21号、その袋は何ですか?」

「あぁ、念のためのお薬さ。気にしなくていいよ」


 気にするなって言われても気になるんだけど……。


 戦闘員21号に薬とやらを確認しようとしたところで、急に大きなサイレンが鳴り響いた。

 何事かと思ってダムを観察したものの、目を凝らしても何も起きたようには見えない。

 パンデピスが暴ているのなら、戦闘音や爆発音が聞こえるはずなのだが……。


「あれはダム放流のサイレンだね。たぶん、全部の水門を開放するんだと思う」

「へぇ~、怪人出現の音とは違いますね」


 ウーウーと鳴るサイレンは雨の音に負けじと響き渡っていく。

 主に下流にいる人たちに向けて"川の水が増えるぞ"という警告を発しているのだ。

 サイレンが終わる頃にはきっと閉まっていた水門も全て開かれるのだろう。

 しかし――


 ドパァアアンッ!


「うわっ!?」

「始まったみたいだね」


 その水門が開く前に、サイレンをも掻き消す爆発音が響いた。

 ダムが貯めていた水が突如として爆ぜ、巨大な水柱を立てている。

 今度こそパンデピスの戦闘員たちが暴れ始めたらしい。


 ドォン! バシャアンッ! と連続して水面が爆発し、弾き飛ばされた水滴が川沿いの家に水の散弾を浴びせていく。

 被害を被った家から鉢植えか何かがバリンと割れる音が聞こえた。


「ミスティラビット、どうやらチェームジャガーがお出ましみたいだよ」

「えっ!? どこですか!?」


 目を凝らしても良く見えない。

 まさか、水の上にでもいるわけじゃないだろうし、かといってダムの上にいるわけでもない。

 岸辺にいるわけでもなさそうだし……。


「そっちじゃなくて、あっちの下流の方」

「え、そっち? あっ、いた!」


 チェームジャガーは下流側の施設? の上に立っていた。

 ハチマキをなびかせ、水柱が立つダムを眺める姿はなかなか様になっているけど、どう考えても爆発の方に注目が集まってしまうはずである。

 ダムを挟んで爆発の反対側にいたら目立たないんじゃないかな?


「あの、チェームジャガー、立ち位置を間違っていませんか?」

「確かに目立たないけど、たぶん戦いの場をあそこにしたいんだと思うよ」


 彼が陣取っているのは、水力発電の観測所なのか送電設備なのかよく分からないが、ごちゃごちゃした建造物がたくさん並んでいる場所である。


「あんな場所で戦うんですか? 動きづらいんじゃ……」

「狭いからこそじゃない? 彼の持ち味は接近戦(インファイト)だからね」


 なるほど、確かに接近戦が得意なチェームジャガーにとっては狭い方が有利かもしれない。

 それに、チェームジャガーとしては別に壊しちゃっても問題無いし、逆にヒーロー側は守らなければいけない物だから戦いに集中しにくくなるだろう。

 思った以上にアドバンテージがあるのかもしれない。


 私たちが考察していると、今度こそ怪人出現用のサイレンの音が鳴り響いた。

 チェームジャガーの位置は爆発からは遠いが、くねる川の真ん中にいるので、普通なら結構目立つ場所でもあった。

 どうやら誰かが見つけて、通報してくれたようである。


「チェームジャガーのことはいいとして、僕らはダムへ急ごう」

「あっ、水が溢れてる!?」


 豪雨でダムに更に水が集まってしまっているのと、先ほどの爆発で上流の水たまりが波打ち、水がダムを越えて溢れ出てしまっている。

 その水に流されまいと、ダムの柵に何名かの人が必死に捕まっているのが見えた。

 寄せては返す波のような水流に、なかなか身動きが取れないようである。


 ドゴォン! ……とまた爆発が起きた。


「ちょ、まだやるの!?」

「ダムを壊さないだけ優しいと思うよ? その分だけ派手に暴れているみたいだけど」

「とにかく、急ぎましょう!」


 私と戦闘員21号は森の中に隠れながらダムへと向かって駆けていく。


 チェームジャガーの方をチラリと見ると、彼は雨風の中で静かに空を睨んでいた。

 ダムから流れる川がその場所を取り囲むように流れていて、まるで巌流島で決闘の時を待っているかのようにも思えた。


「……お出ましか」


 空を睨みつけていたチェームジャガーが小さく呟いた。

 彼の視線の先を仰ぎ見れば、雨の空に飛行機雲が伸びてくるのが見える。

 その数は1つだけ。

 2人来るかと思っていたのだけれど、やってきたヒーローは1人だけのようだった。


「あれは、レッドドラゴンですね」

「そうみたいだね。もう1人は隠れているんじゃない?」

「隠れている?」

「そう。それこそクロスライトとか、救助に動いていそうな気がするよ」


 私たちは話しながら森の出口付近まで近づいており、もう少しでダムの真横へとたどり着く。

 さぁ飛び出そうかどうかというところで、戦闘員21号はあたりを見回し始めた。


「あの、戦闘員21号、何を探しているんですか?」

「そりゃもちろん、クロスライトが来ていないかを探しているんだよ」

「えぇ? まさか~。こっちに来てるわけ――」

「姉さん」

「うぇ!?」


 話に名前が出た直後に真上から声が聞こえ、私たちの前にクロスライトが降りてきた。

 嘘でしょ!? 全然気づかなかった……!


「ゆーくん、いつの間に……」

「ここにいる気がして、ちょっと寄り道したんだ」


 空を見れば、さっきまで1つしか無かったはずの飛行機雲が2つに増えている。

 クロスライトって、もしかしてドブロクダヌキみたいに幻影も使えたりするんだろうか?


 見えない強襲が可能なヒーローとか、恐ろしいことこの上ない。

 本人にその気が無くても、周りは強襲しろって命令しそうだしなぁ……。

 まぁ、それでもゆーくんなら私が気づくように仕向けてくれそうではあるけれども。


「いやぁ、待ち伏せを受けるなんて、僕の工作員としての面目(めんぼく)丸つぶれだよ」

「ゆーくん、あれってクロスライトの特殊能力?」

「悪いけど企業秘密。それより、あの爆発はやめてもらえないの?」


 クロスライトが断続的に爆発を起こす水面を指さしながら言った。

 なるほど、あの爆発を起こしている戦闘員たちを蹴散らすのがクロスライトの任務なのか。

 手っ取り早く解決したいのと、穏便に済ませるチャンスを私たちに与えるため、わざわざ私たちに会いに来てくれたようだった。


「あ、ちょっとだけ通信するから、喋らないでね」


 クロスライトの言葉に、私と戦闘員21号が頷いた。

 クロスライトは腕のブレスレットのボタンを押し、静かに声を発した。


「こちらクロスライト。周りに敵影なし。これから森を進み戦闘員を探します」

『了解。こちらも上空から索敵を続ける』


 再びクロスライトがブレスレットのボタンを押した。

 通信終了ってことでいいのかな?


「あまり長々と通信を切っているわけにはいかないんだ。怪しまれちゃうから」

「それなら手短に。あっちの戦闘員は別の指示系統だから、僕らには止められないよ」

「そうですか……」


 クロスライトが小さく呟き、顔を上げた。

 フルフェイスのマスクに隠されていても、その雰囲気が変わったのが分かる。

 ゆーくんはきっと、パンデピスの戦闘員たちに相対したら容赦なく蹴散らすつもりだろう。


 その時、下流の方から、バシィンッ! と、先ほどの爆発とは別の衝撃音が鳴り響いた。

 どうやらチェームジャガーとレッドドラゴンの格闘戦が始まったらしい。

 短い間隔でバシン、バシンと音が続き、かなり激しくやり合っている様子が伺える。


「急がないと」

「あ、待って。一応は連絡してみるよ。さっきは珍しい通信を聞かせてもらったからね」


 戦闘員21号が腰につけていた無線機のスイッチを入れた。

 防衛隊の通信を聞かせてもらったお礼に、こちらの通信も聞かせてあげるようだ。

 あわよくば、うまく撤退に持ち込めるといいのだけど……。


「こちら戦闘員21号。そちらにクロスライトが向かった。直ちに退却せよ」

『なんだと!? こんな時に!』


 連絡を入れると、どうも向こう側の様子がおかしい。


「何かあったのかい?」

『つい今しがたダートポイズナー様が持ち場を離れて、レッドドラゴンを仕留めに行くと……』

「あちゃ~、指揮官がいないってことか」


 ダートポイズナーが出てしまっていて判断に困っているようである。

 それに、2対1は秘密結社パンデピスじゃ規約違反だし、後で怒られちゃうんじゃないのかな?


「撤退できないのかい?」

『爆破を続けろという命令を受けているんだが……』


 その命令の内容を聞いて、戦闘員21号が困った表情を見せながら頭を掻いた。

 命令を撤回できる人がいなくなってしまい、戦闘員たちは戦場の変化に対応しづらい状況に追い込まれてしまっているようだ。

 もし、その場にヒーローが突っ込んでいったら、まず間違いなく全滅確定である。

 そもそも爆破し続けるのは目立つんだから、怪人が守ってあげないとダメなんじゃないの?


『なぁ、戦闘員21号(おまえ)が居るってことは、ミスティラビット様が近くに居るんだよな? 彼女に"責任を取る"と言ってもらえるなら今すぐ撤退する。というか、撤退させてほしい!』

「……だってさ。どうする?」


 取る必要のなかった責任問題が私に降りかかってきてしまった。

 ダートポイズナー、何てことしてくれるんだよぅ!


「も~! 撤退を許可します! さっさと逃げて!」

『はっ! 了解しました!』


 これはもう責任を負うしかないと判断し、私は観念して無線機に撤退の指示を出した。

 これで爆発は止むだろうし、戦闘員たちの命も助かるのだから、悪い判断ではないはずだ。


 うぅ……、きっとダートポイズナーからは勝手な指示を出したとなじられるんだろうな。

 仕方ないでしょ、本当にクロスライトが来ているんだし!

 もし後で文句を言われたら思いっきりごねてやるんだから!


「そんなわけで、爆発は止めたよ。はぁ……」

「ダートポイズナーがいたら撤退しなかっただろうからラッキーだったね。好美ちゃんにとっては災難だったと思うけど」

「姉さんも苦労してるんだね」


 落ち込んだ私をゆーくんが慰めてくれる。

 この場にある唯一の癒しだ。


 ドコォオオオン! と、ひときわ大きな爆発音が鳴った。

 何事かと思って音が鳴った方を振り向くと、今までとはけた違いの大きな水柱が立っていた。


「うわっ、あいつら撤退だからって残りの爆弾を全部使ったな!?」

「ちょ、何てことしてくれるんだよぅ!」

「姉さん、協力して!」


 言うが早いか、クロスライトが閃光の如きスピードで飛び出していった。

 水に飲まれる前に、ダムに残された人たちを救い出すつもりなのだろう。

 さすがヒーロー、ピンチに駆けつける速度は怪人のそれとは段違いだ。


「ミスティラビットは真ん中、僕は近く、向こう岸はクロスライトに任せよう!」

「了解です!」


 感心してばかりはいられない。

 私と戦闘員21号もゆーくんに続いて森を飛び出していく。

 怒涛の如く押し寄せてくる水の丘陵を横目に、私たちはダムに取り残された人の元へ急いだ。


 私はダムに辿り着くと真ん中付近にある閉じた水門の近くを目指して思いっきりジャンプした。


 眼下には慌てふためき、無理に逃げようとしている作業員の男性が見える。

 もう水がそこまで来ているし、逃げ場は見つからない。

 私は作業員の前に降り立ち、有無を言わさず腰の部分を掴んで地に伏せさせた。


「ひぃ!?」

「私が抑えていますから、耐えてください!」


 そう言った直後、大きくうねる水面がそのまま大波となって襲い掛かってくる。

 私は近くの柵を掴み、作業員を庇いながら流されないように踏ん張った。

 ドドォッ、とダムを超える高波が私たちを襲い、次いでガボガボと水が躍る音が聞こえる。


 高波に耐え、身体を覆う水が引いた。でも、まだ水面は大きくうねったままだ。

 私は作業員を抑える腕にもう一度、力を籠める。


「まだ、次が来ます!」


 波は2回、3回と私たちを襲ったが、最初の1回を耐えたら後はそんなでもなかった。

 抑えていた作業員から手を離すと、彼はびしょびしょ濡れた顔を上げた。


「す、すまない、助かった……」


 怯えながらとはいえ、わざわざ怪人にもお礼を言うあたりが実に礼儀正しい人だ。

 彼は特にケガも無く、柵に捕まりながらではあるが自分の足で立っている。

 この様子なら大丈夫だろう。


「爆発はもう起きませんから、うまく逃げてくださいね」


 あとはクロスライトに任せて、私もさっさと撤退しよう。

 そう思っていたのだが、急に横から声を掛けてくる人物がいた。


「おい、何で貴様がここに居る?」

「うぇ!?」


 ダムの向こう側、まだ揺らぐ水面から顔を覗かせていたのはダートポイズナーだった。

 彼は一度水に潜ると勢いよく水面から飛び出て、私の近くに着地した。


「ダートポイズナー、こんなところに!」

「さっきのでかい爆発はなんだ? なぜ爆発が止んだ? 答えろ、ミスティラビット!」


 彼は想定外の出来事が起きた苛立ちを乗せて、私に喰ってかかってきた。

 何があったとしても私のせいにしよう、くらいの勢いである。

 まぁ、あながち間違っているわけでもないのだけど……。


「えっとですね、戦闘員たちはクロスライトに襲われそうだったので逃げてもらいました」

「何だと? 勝手なことを……」

「だって、仕方ないじゃないですか!」


 やっぱり私を責めてきたので、こちらも用意していた言い訳を使って即座に応戦に出た。

 秘密結社パンデピスにおいて戦闘員は使い捨て要員ではなく、ちゃんとした構成員である。

 もし全滅させるような運用方法をとったらノコギリデビルの心証は悪くなるはずだし、私は普通の判断をしたのだから多めに見て欲しいものだ。


「……いや、待て。今、クロスライトが来ていると言ったか?」

「はい、いますけど。すぐあっちの方に――あっ!」


 私が指さすと、その方向からクロスライトが走ってきていた。

 それを見て、しまった! という後悔の念に駆られる。

 ゆーくんが怪人と1対1の状況に……!

 クロスライトも私以外の怪人がいるのを見て、慌てて戦闘の構えを取った。


「くくく、レッドドラゴンに奇襲でも掛けてやるつもりだったが、残念ながら無理そうだな」

「またカエルの怪人? ……それに、ミスティラビット!」


 さも初めて会ったかのようにクロスライトが叫んだ。

 うんうん、ちゃんと誤魔化してくれているのは偉いぞ、弟よ。


 それに、今の声はたぶんレッドドラゴンや防衛隊にも届いているはず。

 レッドドラゴンがクロスライトとうまく合流してくれればいいのだけど……。


 そのレッドドラゴンとチェームジャガーの戦いはどうなったのだろうか?

 私はクロスライトとダートポイズナーを視界に収めながら、チェームジャガーとレッドドラゴンがいる場所に意識を向けた。


「どうした、レッドドラゴン! 守ってばかりでは勝てんぞ!?」

「くそっ! なんて速さだ!」


 濁流の川へと注ぐダムの放水の音に混じって、火花散る攻防の戦闘音が聞こえる。

 どうやらチェームジャガーが猛攻撃を仕掛けてレッドドラゴンを追い詰めているようだった。


「レッドドラゴンが押されてる……」

「ほぅ、チェームジャガーが優勢なのか?」


 私の呟きをダートポイズナーが聞き取ってニヤリと笑みを浮かべる。

 その視線の先にはクロスライトがいた。

 ダートポイズナーはしばらくレッドドラゴンの横やりが入らないと考えたのだろう。

 彼はクロスライトと1対1で戦える状況を千載一遇のチャンスとばかりに舌なめずりをしている。


「俺がやる。お前は引っ込んでいろ、ミスティラビット!」

「わ、分かりました」


 言われなくともゆーくんと戦う気なんてないし、ここはダートポイズナーに譲ろう。


「俺はヤドクガエルの怪人、ダートポイズナー。クロスライト、ヒーローなら逃げないよな?」

「当たり前だよ。来い、ダートポイズナー! 僕が相手だ!」


 クロスライトが堂々と挑戦を受けると、ダートポイズナーが一気に突進していった。

 腕につけたボウガンを乱射しつつ光のヒーローへと詰め寄っていく。

 対するクロスライトはその場から動かず、時に矢を避け、時に弾き返し、ダートポイズナーの突進を真正面から受け止めんと待ち構えていた。


「かぁあああ!」

「せぇい!」


 クロスライトがダートポイズナーの両手を掴んで、がっちりと組み合った。

 ボウガンの発射が抑えられ、戦いは力比べに移行していく。

 お互いが相手を押しのけようと力を籠め、掴み合った手の圧力がギリギリギリと音を立てた。


「力は互角くらいか……。ヒートフロッグの方が大きかったのに」

「奴は図体がでかいだけよ! それと……俺をパワーだけの無能だと思うな!」


 ダートポイズナーの目がギラリと光り、その口から毒付きの吹き矢が放たれた。

 組み合っていたクロスライトは腕を掴まれて避けることができず、その矢は大胸筋の真ん中へと吸い込まれていく。

 不意打ちの一撃をもろに受け、バチィッと火花が散った。


「うわぁ!?」


 吹き飛ばされたクロスライトがコンクリートの上を転がる。

 私は"ゆーくん"と叫びそうになるのを懸命に(こら)えていた。

 戦いの場ではお互いに不干渉。それが私とゆーくんの約束である。


 先ほどの毒の吹き矢はダートポイズナーの必殺技である。

 もしもその毒を受けてしまえばとても戦いを続けることはできないだろう。


「う、く、……まだまだだ!」

「チッ、運のいい奴め。毒が届かなかったか!」


 ダートポイズナーの言う通り、ヒーロースーツは焦げ付き、傷がついているものの、その身体に毒を注ぎ込むところまでは至らなかったようだ。


「今度はこっちの番だ!」

「おっと、そいつはどうかな?」


 クロスライトが突進していくが、ダートポイズナーはそれを大きくジャンプして躱した。

 そのまま頭上から雨に混じってボウガンの矢を降らせてくる。


 っていうか、こっちにも飛んできているんですけど!?


「うっ!?」

「ちょ、なんで私にまでぇ!?」


 私とクロスライトは慌ててその矢を躱していく。

 うさ耳の意識を宙に向ければ、小さくプッ! という音が断続的に聞こえてくる。

 彼は普通の矢だけではなく、口から毒付きの吹き矢も撃ってきているようだった。


「うひぃ!?」


 矢がそちらにも向かったのか、私の後ろ側で作業員の男が悲鳴を上げた。

 柵に捕まりながらよろよろと移動し続けているが、その足取りは危なっかしくて遅い。

 こうなるなら私がさっさと送り届けておけばよかった。

 せめてそっちに矢が飛んでいかないように気を付けないと!


 私は自分の失敗を嘆きながら逃げ惑っているばかりだ。しかし、クロスライトは降り注ぐ矢の中でも反撃に転じてみせた。


「せぇい!」

「おっとぉ?」


 クロスライトの手にはいつの間にかレーザーガンが握られており、そのレーザーガンから放たれた一撃がダートポイズナーを襲う。

 ダートポイズナーは空中で身体を(ひね)って回避することに成功したようだ。


 位置を入れ替えて着地した2名が再び獲物を手に対峙しなおす。


「パワーは互角、遠距離は俺の有利。さぁ、どうするクロスライト!」

「いうほど有利ってわけじゃないでしょ? 普通に戦うだけだよ!」


 再びクロスライトがダートポイズナー目掛けて突っ込んでいった。

 またもジャンプしたダートポイズナーだったが、今度はクロスライトもそれに合わせるようにジャンプして空中戦が始まる。


 頭上を取ったのは後に飛んだクロスライトだった。

 今度は地上にレーザーの雨が降り注いでくる。


 だが、その全てが私を避けるように撃ち込まれている。

 もしかして、わざわざ私を避け撃っているの?

 そんな余裕なんて無いはずなのに……。


「狙いが甘いぞ、クロスライト!」

「うっ!?」


 ダートポイズナーの放ったボウガンの矢が再びクロスライトの身体にヒットした。

 普通の矢ではあったものの、その勢いは凄まじく、肩口に僅かにめり込んだのが見えた。

 バチィンッと火花が散ってクロスライトが再び弾き飛ばされる。


「そらそらぁ!」

「くっ!?」


 ここで決めようと、ダートポイズナーの追撃がクロスライトに襲い掛かる。

 彼が地面に手をつき、慌ててジャンプした場所に矢が突き刺さった。

 難を逃れたクロスライトがお返しとばかりにレーザーガンを放つが、ダートポイズナーは読めていたとばかりにそれを軽く躱す。


 レーザーガンとボウガンの撃ち合いが始まり、時折りその距離が縮まって拳の応酬が行われる。

 2人はその位置をたびたび入れ替えながら激しい攻防を繰り返した。


 戦いはややダートポイズナーが有利だろうか?

 未だ無被弾のダートポイズナーに対し、掠る程度ではあるがクロスライトの被弾が増えていた。


「そろそろくたばれ、クロスライト!」

「くっ! 負けるものか!」


 ダートポイズナーの毒の吹き矢が迫るが、クロスライトはそれをひらりと躱す。

 そして、躱されたその毒の吹き矢は私目掛けて真っすぐに飛んできた。

 慌てて横っ飛びでそれを躱す。


「うわっ、あぶなっ!?」

「……チッ!」


 ちょ、今、ダートポイズナーが舌打ちした!

 さっきからもしかしたらと思っていたけど、もしかして私も狙ってるの!?


「ちょっと、私に当てないでよぅ!」

「知るか! この場にいるなら自分の身は自分で守れや!」


 そう言ってますます矢も吹き矢も連射してくる。


「ひ、ひぃいい~!?」

「あっ!」


 私の後ろで逃げ遅れていた作業員が悲鳴を上げた。

 今、飛んできた矢を避けたら彼に直撃してしまう!


 私は腕を交差させ、敢えて矢をその身に受けた。

 腕に鋭い痛みが奔り、ぶつかった場所には摩擦熱でバチンッと火花が散る。


「い、痛ぁ~……」


 ダメージを負ったが、うまく矢を止めることはできた。

 セーフ……!


「喰らえ!」

「うぇ!? ちょっと!」


 しかし、二の矢、三の矢が次々と飛んでくる。

 あろうことか、全部が作業員を巻き込むような軌道だった。

 やっぱり、わざとやってるな!?


 バチンッ、バチンッと何度も火花が散る。

 私はどうにか全ての矢を受け止めたけど、その分だけダメージを受けて白いコスチュームに血が滲んでいく。

 しかも、あろうことか今度は毒の吹き矢が飛んできた。


「死ね!」


 もはや隠す気はないのか、完全にこっちを狙っている。

 そっちがその気なら……!


 私は腰に差していた棍を掴むと、スイッチを押して棍を延ばした。


「せぇい!」


 私は思い切り振りかぶって唐竹割(からたけわり)を行い、吹き矢を真正面へ跳ね返した。

 跳ね返った吹き矢はダートポイズナー本人の元へと向かっていく。


「うお!? 何てことしやがる!」

「お前が言うなぁ!」


 慌てて避けたダートポイズナーが文句を言ってくるが、そんなことを言われる筋合いは無い。


「俺の攻撃は偶々(たまたま)だろうが!」

「じゃあ、私のだって偶々だよ!」


 そんなわけあるか! という思いを乗せて私は叫び返した。

 今度また吹き矢を仕掛けて来てみろ! 全部、跳ね返してやる!


「チッ! ……まぁいい。俺の本命はクロスライト、貴様だ!」


 ダートポイズナーが静かに構えを取るクロスライトへと視線を移した。

 終始、優位に戦いを進めていたこともあり、その態度にはずいぶん余裕が伺える。


「悠長に構えているみたいだけど、本当にそれでいいの?」


 クロスライトがくいっと親指でダムの向こう側を指さした。

 そっちではレッドドラゴンとチェームジャガーが戦っているはずである。


「なんだ? まさか、レッドドラゴンが助けに来てくれることを期待しているってのか?」


 ダートポイズナーが嘲笑するが……。


「そうだけど? まさか、レッドドラゴンが負けるとか期待していないよね?」


 あっさり肯定したクロスライトの言葉にダートポイズナーが"うっ"と呻いた。

 そう、彼にとっては1対1である状況こそ優位に立てている条件に他ならないのだ。

 もしレッドドラゴンが加勢しに来たらその時点で勝負ありである。


「ミスティラビット、向こうの様子を教えろ!」

「……分かりました」


 命令口調なのは腹立たしいが、私も気になっていたので了承の意を返した。

 意識を集中させて、レッドドラゴンとチェームジャガーの戦いの様子を探る。

 やがて私のウサ耳に聞こえてきたのは、チェームジャガーの苦しそうな息遣いと、覇気に満ちたレッドドラゴンの声だった。


「はぁ、はぁ! くそっ! コイツの体力、どうなってやがる!?」

「訓練の賜物って奴さ! お前はガス欠みたいだな、チェームジャガー!」


 再び拳が重なる音が木霊してくるが、先ほどとは違ってレッドドラゴンがかなり優位に戦いを進めているようだ。

 チェームジャガーの被弾が増え、その度に呻き声や悪態が彼の口から漏れ聞こえてくる。

 向こうは程なくして決着が着くことだろう。

 まず間違いなく、レッドドラゴンの勝利として。


「チェームジャガー、スタミナ切れで苦しいみたい」

「……チッ! 時間を掛け過ぎたか」


 ダートポイズナーが苛立ちながらクロスライトを睨みつけた。


「さっさと終わらせるか。援軍が来る前にな!」

「耐えきれば、僕の勝ちだ!」


 一気に勝負を決めようと、ボウガンを乱射しつつダートポイズナーが突っ込んでいく。

 対するクロスライトはレーザーガンをホルスターに収め、両手をフリーの状態にして防御に徹する構えを取っていた。


 迫りくる矢をクロスライトが拳で叩き落とすたびに火花が散る。

 2人の影が近づき、そのまま接近戦へともつれ込んでいく。


「かぁあああ!」

「せぇい!」


 最初と同じように、腕と腕が組み合わさって力比べが始まった。

 その状況に、ダートポイズナーが勝ち誇ったように声を上げる。


「終わりだ!」


 最初と同じように、クロスライトの腕を封じて毒の吹き矢をお見舞いするつもりなのだろう。

 今度は深く刺さるようにと、ダートポイズナーは思い切り大きく息を吸い込んだ。


 結果から言うと、彼は勝負を焦ってしまった。

 もはや毒の吹き矢は不意打ちではなく、反撃可能なただの攻撃になっていたのである。

 吹き矢を吐き出した瞬間に、クロスライトのカウンターが炸裂した。


「だあああああ!」


 吹き矢が放たれた瞬間、クロスライトが掴み合った腕を引き寄せた。

 そのまま力いっぱい地面を蹴り、サマーソルトキックを放つ。

 吹き矢を躱しつつ半円を描き出す蹴りは、見事にダートポイズナーの顎先を捉えた。


「ぐがはっ!?」


 思いっきり振り抜かれた一撃で、青い怪人の身体が天に向かって弾き飛ばされた。

 さらに、そこにクロスライトのレーザーガンによる一撃が襲い掛かる。


「シュート!」

「ぐああああ!?」


 バチィン! と激しい火花が散り、追撃を受けたダートポイズナーが痛みに悲鳴を上げる。

 受け身も取れずに地表へと叩きつけられたダートポイズナーが、ゴロゴロと地面を転がった。


「ぐっ!?」


 立ち上がったダートポイズナーだったが、よろりとふらついた。

 顎に受けた一撃が相当効いたらしい。


「くそっ! まさかこの俺が……!」

「あのぅ、どうしますか?」


 黙って見ていたけど、もはや明らかに劣勢である。

 既に戦闘員たちは撤退済みなので、逃げるのであれば自力で逃げなければいけない。

 チェームジャガーもそろそろ限界のはずだし、今が引き時だろう。


「加勢しろ! ここでクロスライトを仕留める!」

「嫌ですってば……」


 逃げるんじゃなくて、私にも規約を無視して戦えと?

 正直、付き合ってられない。


「私はチェームジャガーを助けに行きますから、後はご自由に」

「何だと!? おい、待て!」


 今の状況なら、クロスライトが再度逆転されることも無いはず。

 ぐずるダートポイズナーを無視して、私はダムから大きくジャンプした。


 戦闘員21号はどこにいるだろう?

 雨の音に雷の音まで鳴りだしてうるさいが、何とか協力できるように位置を把握したいんだけど……と思っていたら、目の前でミストボールが投げ込まれるのが見えた。

 ボシュゥという音と共に、真っ白い霧が辺り一面を覆い尽くした。


「くっ! この霧は!」


 レッドドラゴンが一瞬だけ身をこわばらせる。

 その隙をつき、チェームジャガーは迷わず川の方へとジャンプしたようだ。


「くそ、覚えてろ、レッドドラゴンめぇ!」

「しまった!? 待て!」

「チェームジャガー様、こっちへ!」


 戦闘員21号の声が響き、チェームジャガーの声が戦闘員21号の方へと向かって行く。

 私も空気抵抗を利用して巌流島めいた決闘場を避け、いったん川の中へと降り立った。

 レッドドラゴンの動きに気を付けつつ、戦闘員21号に合流するべく再び足に力を籠める。


「ミスティラビット、俺を置いて行くんじゃねぇ!」


 声が聞こえ、すぐ横にダートポイズナーが飛び込んできた。

 結局は逃走を選んだようである。

 これでクロスライトは大丈夫だろうし、良かった良かった!


「一緒に逃げるならこっちですよ」

「チッ! てめぇ覚えてろよ!」


 文句を言いながらダートポイズナーは私のジャンプについてきた。

 岸に辿り着き、チェームジャガーとも合流を果たしたので後は逃げるだけである。


「おい、あの戦闘員はどこだ!?」

「たぶん車を取りに行っています」


 ウサ耳で探ると、軽トラのエンジン音は道を外れて森の中を進んでいるようだ。

 車が進む方向の道路には、どうやらクロスライトと思われる足音が聞こえる。

 今、ちょうどすれ違うような形になった。

 このまま不意を突いて道路に飛び出し、一気に速度を上げればきっと逃げ切れるだろう。


 戦闘員21号はうまく裏をかくことに成功しているけど、私たちはどうしよう?

 いっそのこと、森の中へ逃げ込もうか?


「行けぇ! "ブレイザー・サイクロン"!」

「えっ!? 伏せて!」


 川の方から、炎の円月輪が飛んできた。

 それは、慌てて伏せた私たちを通り過ぎ、森の木に着弾すると巨大な炎の竜巻を発生させる。

 天高く立ちのぼる炎の龍が現れ、猛烈な熱波が空気を焼いた。


「な、なんだこの熱量は!?」

「これが、レッドドラゴンの必殺技の威力……!」


 チェームジャガーとダートポイズナーが戦慄している。

 あれに巻き込まれていたら命は無かったというのが理解できたのだろう。


 森が一瞬で黒い炭に変わり、霧が吹き飛んで一気に薄くなっていた。

 ブルーファルコンの"フリージア"ほどではないにしろ、霧の対策としては十分な効果である。


「うぅ、ダムの方へ行きたいのに……!」


 クロスライトはダム側から来ているので、必然的にぶつかることになる。

 もうすぐそこに、白いヒーローの姿が見えていた。

 そして川の方からもレッドドラゴンが飛び出してくるのが見える。


 森はパチパチと燃えているからそちらには行けない。

 ここで挟撃されてしまったら一巻の終わりだ!


「仕方ありません、殿(しんがり)はしますから、下流へ逃げてください!」


 戦闘員21号なら状況を見て何とかしてくれるだろう。

 私は覚悟を決めて一歩前へと歩みを進めた。


 すっごく嫌だけども、この場で戦える力が残っているのは私だけだ。

 それに、2対1とはいえ、実質はレッドドラゴンとの1対1のようなものである。

 レッドドラゴンも怪人と戦った後だし、逃げおおせるくらいならどうにかできるだろう。


「さぁ、早く!」


 チェームジャガーとダートポイズナーは顔を見合わせ、ニヤリと笑った。


「あぁ、ありがとうよミスティラビット……」

「お前がいてくれて助かったぜ……」


 あれ、珍しいな。2人が素直に礼を言うなんて……。


 そう思った瞬間、真後ろから強烈な衝撃を受けて私は目の前に弾き飛ばされた。

 更に"プッ"という音が聞こえ、私の背中に鋭い痛みが奔る。

 ぐらりと視界が歪んだ。


「う、あ、あ……」


 力が入らない。身体が燃えるように熱い。

 私はぼんやりする頭の片隅で、チェームジャガーによる蹴りとダートポイズナーの毒の吹き矢を受けたのだと理解した。


「なんで……?」


 私の口が誰に聞こえるでもない疑問を紡ぐ。

 それが聞こえたわけではないだろうが、怪人2人が捨て台詞を吐いた。


「お前は邪魔だったんだ、序列1位のミスティラビット様よぉ?」

「俺たちがお前の代わりに幹部候補になってやるよ!」


 幹部候補?

 その噂のために、私を消そうとしたというのか。

 ……そっか、なんか納得した。


 "あの2人らしいな"と思ってしまったことが自分でもおかしく感じる。

 熱に浮かされたせいなのか、これが私の性分なのか定かではないが、不思議と諦めがついた。


 私は蹴り飛ばされた勢いを殺すこともできないままクロスライトの方へと向かっていた。


「危ない、クロスライト!」


 事情を知らないレッドドラゴンが、私がクロスライトに襲い掛かったと思って警告を発する。

 私の人生はここまでかな?

 怪人として好き勝手をしてきたのだから、ゆーくんに見守られながら死ぬならそれでもいいのかもしれない……。


「ぉおおおおっ!」


 クロスライトが咆哮を上げる。

 腕を掴まれ、腰に足を置かれーー


「……っせゃぁああああっ!!」

「"巴投げ"!?」


 思いっきり蹴り飛ばされ、私は宙を飛んだ。

 レッドドラゴンの声が聞こえたが、その声は瞬く間に遠ざかっていく。

 私の身体はぐんぐんとその飛距離を伸ばし、先ほどまで居たダムを大きく超える高さまで一気に高度を上げていった。


「お前ら、許さないぞ……!」


 初めて聞く、怒りに満ちたゆーくんの声が遠く聞こえる。

 その怒りは、もはや目を開けられなくなった私にも届くような、地獄の閃光へと変わった。


「【ライトニング・フラッシュ】!」


 世界は光で埋め尽くされたのだろうか?

 目を閉じているはずの私の網膜が白一色で塗りつぶされた。


「うがあぁっ!?」

「な、なにぃ!? ちくしょう、目が見えねぇ!?」


 チェームジャガーとダートポイズナーの悲鳴が聞こえる。

 私はその声を聴いたのちダムの向こう側の水面へと叩きつけられ……。


 そのまま意識を失った。



-- 6月24日(土) 18:00 --


 パンデピス本部、地下1階のエントランスには重々しい空気が漂っていた。

 この場にいるのは戦闘員が数名と私、そしてノコギリデビルだけである。


 あの後、私は戦闘員21号に助け出され、何とか一命を取り留めていた。


 戦闘員21号が持っていたお薬の正体はダートポイズナーの毒に対する解毒薬だったようだ。

 私や一般人、またはゆーくんが被弾した時のことを考えて用意してくれていたらしい。

 また、ゆーくんも私が毒を受けたことが分かって思いっきり投げ飛ばしてくれたのだと思う。

 2人とも、本当に頼りになるなぁ。


「まさか、2人とも撃破されることになろうとはな……」


 含み笑いの消えたノコギリデビルが言葉を発するものの、それに対して返答を返す者はいない。

 誰もがノコギリデビルの様子を見て、機嫌を損ねるのを恐れているようだった。


 あの後、チェームジャガーとダートポイズナーは揃ってレッドドラゴンの必殺技によって倒され、帰らぬ人となった。

 クロスライトが放った【ライトニング・フラッシュ】は超強力な目つぶしだったようで、完全に視力を失った2人はあっさり撃破されてしまったと戦闘員21号が報告していた。


「今後は2対2の戦いを避けることは難しい。……より慎重に出撃の計画を練り直さねばならん」


 レッドドラゴンが現れてからというもの、ヒーロー側が戦力をどんどん充実させていて、徐々に怪人の被撃破率が上がってきている。

 今回、ヒーローが2人同時に出てくることはほぼ確定路線だったし、今後もそうなるだろう。

 それなら"あの2人"と自信をもって送り出したみたいだが、その2人が共に倒されたことは本気で想定外だったようだ。


「恐れながら、あの光には早急(さっきゅう)に対策を講じなければ今後も一方的に負けかねません」


 戦闘員21号が提言を行い、ノコギリデビルは鷹揚に頷いた。

 あの光、結構離れていて、しかも目をつぶっていた私ですら眩しかったことを覚えている。

 まともにくらったチェームジャガーとダートポイズナーはひとたまりも無かっただろう。


 今後はみんなサングラスが標準装備になるのかな?

 そんなのじゃ防ぎきれないかなぁ?


「諸君らに落ち度は無い。(みな)、ご苦労だった。本日の任務は完了とする」

「「「はっ!」」」


 短い報告会を終えて、戦闘員たちはそれぞれ帰路についた。

 私も帰ろうと思っていると、ノコギリデビルから呼び止められて足を止めた。


「ミスティラビット、率直な感想を聞きたい。幹部候補の噂、お前はどう思った?」

「幹部候補の噂ですか……」


 チェームジャガーとダートポイズナー、それとシザーマンティスもそうだが、彼らは幹部候補となるべく動いていたと思う。

 "どう思った"というのは不明瞭な質問だが、きっと噂を信じているかどうかを聞きたいのだろう。


「はい、私はその噂が真実だと思いました」

「やはり、そう思うか。……放っておいたのは間違いだったな」


 苦虫を嚙みつぶしたような表情を浮かべ、ノコギリデビルが呟いた。

 今回、噂話に煽られて足の引っ張り合いが起きたのである。

 まぁ、引っ張り合いというか、私が一方的に引っ張られたわけだけど、結果としてあの2人は殿を失うことになり、命を落とす結果になったのだと思う。

 私は目が見えなくてもある程度は戦えるし、あの場では致命的な戦力ダウンだったはずだ。


「噂についても、はっきりと終わらせねばならんか……」

「嘘だって公表するんですか?」

「ふふふ、噂が真実なら、嘘と公表するのは問題があるのではないかな?」

「じゃあ……」


 ノコギリデビルはニヤリと笑って、そのままエントランスを去っていった。

 何をするつもりなのか分からないけど、この問題を終わらせる算段が付いていそうな顔だった。

 ちゃんと解決してくれるならそれでいいんだけど、何となく不安が胸をよぎる。


「僕らは成り行きを見守るしかないね」

「そうですね」


 私は戦闘員21号と一緒に地上へと戻り、大雨でびしょびしょの畑を見てから帰った。

 雨はまだまだ降りそうである。


「カボチャ、収穫できるかなぁ?」

「てるてる坊主でも作ってみる?」

「神頼みかぁ……私は神様に嫌われているっぽいからなぁ~」


 葉の下に敷いている(わら)を増やしてから私たちは山を下りた。


 自然は厳しい。

 お供え物でもしたら、少しは手加減してくれるだろうか?



-- 6月24日(土) 20:30 --


【特務防衛課 新潟県 十日前町市 支部】


 地下の秘密基地にある会議室のドアががちゃりと開き、優輝が入ってきた。

 今日、果野瀬ダムで行われた怪人との戦闘における勝利の立役者だ。

 きっちりお出迎えしておかないとな。


「お疲れ様です」

「あぁ、お疲れ様。今日はナイスファイトだったぞ!」


 挨拶しつつ、お茶を注いだカップを席に置いた。

 お茶菓子も色々と揃えているから、遠慮なく食べて英気を養ってほしいもんだ。


「教官、テンション高くないっスか?」


 先に座っていた飛竜が煎餅をかじりながら言った。

 そりゃそうだろう。

 パンデピスの怪人2人をきっちり撃破したこともそうだし、クロスライトがダートポイズナーと互角に渡り合い、勝利したことは俺にとって望外の喜びだったんだからな。


「優輝はヒーロー名を貰ってから、いきなり活躍できていて凄いよ」


 こちらも先に座っていた零が感想を漏らしていた。

 今日は休暇日でのんびり過ごしていもらいたかったのだが、怪人との戦いが始まるとやはり気になるらしく、自ら"予備役だから"とセンタールームに駆けこんできた。

 もし劣勢になったら出撃してもらっていたかもしれないな。


「樋口さんは?」

「みどりちゃん、この後来るんじゃない?」

「いや、樋口はクロスライトのデータをまとめてるから来ないぞ。あいつ、クロスライトのキックが決まった時の動画を編集して、ずっと作業中に流していたな」


 クロスライトのジェットパックは流れ弾の矢を受けて墜落しかけたのだが、カメラが偶然いい角度でサマーソルトキックを捉えていたのである。

 映像もデータと一緒に送ることになっているので、これ幸いと、いの一番に取り掛かっていた。


 できるだけ早く本部のみんなに見てもらいたいとか言って、今は残業で仕事中だ。

 どうやら自慢したくてたまらないらしい。

 根を詰める必要は無いんだけども、本人が幸せそうだから好きにさせておこう。


「俺も褒めて欲しいんスけど?」

「お前、チェームジャガーに苦戦していたよな?」

「あっ! ひでぇ!」


 飛竜はレッドドラゴンとして、格闘戦の猛者であるチェームジャガーと戦っていた。

 最初こそそのスピードに押されていたものの、後半はきっちり格闘技で勝っている。

 さっきは茶化したが、本心ではむしろ見事なものだと感心するばかりだ。


「ちゃんと勝ったじゃないっスか!」

「ははは、分かってる! 奴に真正面から格闘技で勝つのは本当に凄いぞ!」


 飛竜の持つ格闘技は実戦空手の技が大半で、キックボクシングの技は知らないはず。

 だが、しばらくしたらキックボクシングの技のほとんどを完璧にいなしていた。


 レッドドラゴンには数多くの戦闘経験がある。

 その対戦経験の豊富さが異種格闘技戦にも生かされたのだろう。

 相手はスピードを更に上げようとして、皮肉にもスタミナ切れになるまでの時間だけが加速する結果になっていたな。


「チェームジャガーは普通に強い相手だ。奴を仕留められたのはでかい」

()()()()()じゃないでしょうよ。あれも他の県じゃ幹部クラスっすよ」


 飛竜が他県の怪人と比べて、その強さのほどを表現していた。

 ナンバーワンヒーローに毎回そこまで言われると、他県とは本当に違うのか気になってくる。

 体調が万全なら、俺も一度他県の怪人と戦ってみたいもんだ。


「ダートポイズナーも同格なはずなんですよね?」

「えーと、そんなに強かったのかな?」

「そうは見えなかったよな」


 零の疑問に、優輝と飛竜が揃って首をかしげている。

 奴の場合は毒の吹き矢がとにかく厄介で、受けたら一気に敗北に追い込まれてしまう。

 最初の一撃で毒が回ったら、その時点で負けていたはずだ。


「擁護する意味も無いが、遠距離から毒の吹き矢とボウガンをガンガン当ててくる相手だぞ?」

「でも、今回は割と近距離でしたよね?」

「そうだが、それは単に油断したんだろうよ。もしもクロスライトが強者扱いされていたら結果も違ったかもしれない」


 パンデピスの怪人にはバトルジャンキーが多い印象がある。

 直接対決して勝てそうな相手には自分の力を誇示したくなるのだろう。

 遠くから暗殺者めいた戦い方をしていれば、奴の力が上回っていた可能性が高い。


「まぁ、そのくらいのことで勝負事にケチは付かんさ。ダートポイズナーから勝利をもぎ取ったのは大金星だと言っていい」

「あーあ、それを知ってたらもっといいコメントを言えたのになぁ」


 飛竜が立ち上がってモニターのリモコンを操作し、ニュースを映し出した。

 今日の戦闘後に行った記者会見の様子が映し出されている。


『チェームジャガーは中々手ごわい相手だった。クロスライトへの援護が遅れていたのは気がかりだったが、しっかり勝利してくれていた。俺の心配なんて不要だったみたいだ』

『今回は僕なりに役に立てたんじゃないかと思いますが、最後のとどめはレッドドラゴンが決めてくれました。今後は1人で怪人を倒しきることを目標に、より力を磨いていきたいです』


 2人のコメントに、お互いへの信頼が垣間見える。

 これを聞いた人はきっと、ヒーローに対して更なる期待を抱くことだろう。

 優輝は調子に乗る様子も見当たらないし、ヒーローとしての適性は十分だ。


 俺の弟子と後継者が並んで立っている姿を見て、何だか胸の奥に込み上げてくるものがある。

 まだまだパンデピスとの戦いは続くというのに……。


『ここで緊急速報です。どうやら、その戦闘の映像が入手できたようです』

「え?」

「は??」

「お、おいおい……!」


 人知れず感動していた気持ちが一瞬で消し飛び、俺たちは全員で顔を見合わせてしまった。


 ニュースで流れた映像はクロスライトがサマーソルトキックを決めた部分である。

 あれは、どう見ても樋口が編集したヤツとしか思えない。

 なんで戦闘の映像が流出しているんだ!?


「あいつ、何やってるんだ!?」

「みどりちゃんのせいじゃないでしょ? むしろ誰が許可を?」

「隊長なら段階を踏むと思いますし……」


 俺たちが騒いでいると、ドアが開いて騒ぎの元凶になっている動画の編集者が入ってきた。


「お疲れ様でぇす!」

「樋口……って、お前、酒が入ってるだろ!」


 樋口が赤ら顔の状態で会議室に入ってきた。

 さっきまで残業とか言っていたはずだが、どう見ても深酒したかのように酩酊している。


「みどりちゃん、この映像って……」

「あぁ、それ? 矢木さんが公表しろって言ってくれたからデータ渡したんだ~」

「あの唐変木(とうへんぼく)の仕業か!」


 俺の言う唐変木とは、新潟市の防衛課に所属する矢木参謀長のことだ。

 矢木参謀長もヒーローに関する閲覧権限は持っているし、誰よりアピールに熱心だ。

 見栄えのいい映像があったら、そりゃ利用しようとするか……。


 まぁ、特別何か問題が起きるわけじゃないから、今回のは全然構わないが。


「あれ、ダメでした?」

「いや、別にいいよ。急すぎてびっくりしちまっただけだ」


 いかんな、矢木参謀長のこととなると、どうにも思考が否定的になってしまう。

 今回のことは悪影響は無いはずだし、むしろクロスライトに期待してもらう点ではプラスだ。

 優輝へのプレッシャーが増えることは少し重荷だが、これはヒーローの定めだから仕方ない。


「樋口さん、残業してたんじゃないの?」

「映像が出るならいいやって思って、職場のみんなと打ち上げしてたんだ~」


 趣味全開で残業を決め込んでいたからな。

 目標達成と同時にやる気がなくなって、飲み会に走ったらしい。

 多少は酔い覚ましになるかもしれんし、お茶でも汲んでやるか。


 ポットからとぽとぽと急須にお湯を注いでいると、ニュースの映像はクロスライトが"ライトニング・フラッシュ"を放つところに来ていた。

 一瞬だけ、光で画面が真っ白になり、その後の映像も無事に見えている。

 今回、カメラは何とかあの光に耐えてくれたようだが、今後は念のため、より光に耐性があるカメラを準備しないといけないかもしれないな。


「ミスティラビットに自由にさせず、投げ飛ばしたのは凄い判断だったね」

「お、やっぱり零もそう思う?」

「はい。奴は音だけで戦えますから、先に遠くへ投げ飛ばしたのは正解だったと思います」


 零の分析に飛竜も俺も深く頷いた。

 俺はミスティラビットを仕留めることに執着していたが、遠ざけるという手段は盲点だったな。

 おかげでミスティラビットによる怪人2人への援助が断たれ、撃破することができた。

 これはクロスライトの隠れたスーパープレイだろう。


「優輝、良く思いついたな!」

「必死だっただけです。偶々ですよ」


 飛竜が優輝にすり寄っていって頭をガシガシと撫でまわしている。

 優輝は少し迷惑そうな表情だったが、そんなに悪い気もしていない様子だ。

 樋口はその様子を羨ましそうに見ているな……。

 俺はカップに注いだお茶を樋口の前においてやった。お茶でも飲んで少し落ち着いて欲しい。


「僕も必殺技が欲しいです」


 撫で繰り回されていた優輝が俺を見て言った。

 そういえばさっき、記者会見でも1人で怪人を倒せるようになりたいと話していたな。


「必殺技か……」


 会議室の空気が一気に真剣な雰囲気に変わる。

 クロスライトの技は今のところ戦闘補助に大きく比重が偏っていた。

 バリア、ワープ、光学迷彩、閃光弾と、多彩な技は持っているものの、一撃の威力が出せる技となるとまだまだ模索中である。


「高威力の技を会得しない限り、僕はずっと1人で戦うことができません」

「そうだな……今はまだいいが」

「僕らがいなくなった時のために、早めに会得しておきたいんだね」


 優輝は零の言葉に頷く。

 正確に未来を見据えている優輝の言葉に、俺はまた嬉しさが込み上げてきた。

 新潟のヒーローの後継者のために、俺に出来ることなら何でもしてやりたい。


「クロスライトは光の戦士だよな? やっぱり光線技か?」

「やってみたんですけど、どうしても威力が出せなくて……」


 訓練してもなかなか会得できないもどかしさは、俺もよく分かる。

 俺もライスイデンとしてヒーローに就任した時に、どうしても高威力の技を会得できず、ずいぶん悩んだものだった。

 まさか2代にわたって、必殺技の開発に苦労することになるとはなぁ……。


「樋口さん、僕のレーザーガンと同じような銃は作れませんか?」


 零のひと言に場が沸きたった。

 確かに、武器に頼るというのは1つの選択肢だろう。


「それ、いいな! ブルーファルコンのレーザーガン! 優輝なら使いこなせるだろ!」

「うん、既に研究に入ってるよ。そのためのデータ収集なんだから!」


 樋口が得意げに胸を張った。

 ブルーファルコンのレーザーガンは特別製で、ヒーローの能力を利用して高威力のレーザーを放つことができる。

 それをクロスライト用に調整してもらえれば、それがそのまま必殺技にもなり得るだろう。


 上層部に力を借りるのは個人的には嫌なんだが、こういうことに関しては頼らせてもらおう。

 そのうち何かしらで借りを返せと言ってくるかもしれんが、その時はその時だ。


「でも、そのうち本部に来てもらわないといけないかも」

「そうなんですか?」

「うん。直接、使ってもらって、調整して、の繰り返しになるからね。短いスパンで実験を繰り返した方が、絶対いいものになるよ」


 樋口の言っていることはごもっともだ。

 所員に来てもらうよりは、研究所がある本部へ出向いた方が開発効率も良くなるはず。

 日程を調整して、訪問する算段も立てなくてはならないな。


「でも、まだ研究開始の段階だから、もう少し待ってね」

「分かりました。それまでは自力でできることをもう少し頑張ってみます」


 静かに闘志を滾らせる優輝に、俺は自然と拳に力が入る感覚を覚えた。

 零や飛竜もきっと同じ感覚を覚えたことだろう。


 優輝はもうすでにいっぱしの戦士。

 だが、ヒーローとして完成するにはあと一歩だ。

 必殺技が完成した時こそ、クロスライトは本物のヒーローとして名乗りを上げることになる。


 その完成が待ち遠しい。

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