防衛隊の秘密基地
~前回のあらすじ~
弟の優輝がヒーローになってしまい、好美は精神的に大ダメージを受けてしまって……。
--6月7日(水) 5:00--
「……はい、申し訳ない。失礼します」
お父さんがかちゃりと電話の受話器を置いた。
牛乳配達のアルバイト先へ『お休みさせて欲しい』という連絡を、私の代わりにお父さんがやってくれたのだ。
私はその日、なぜか身体がいうことを聞かず、布団から起き上がることができなかった。
お父さんは普段なら寝ているはずなのに朝早く起きて、わざわざ私の様子を見に来て異変に気付いてくれたのである。
「ごめんね、お父さん」
「構わん。将来のために頑張るのもええが、調子が悪いときにしっかり休むことも重要じゃよ」
私の不調の原因は、私の周りの環境が大きく変わったことにあった。
弟のゆーくんこと佐藤 優輝がヒーローになり、家を出て行ったことが一番の大きな理由だ。
新しいヒーローが誕生したという情報は一気に新潟県中に情報が広がり、それに伴って姉である私の周りも騒がしさが増していた。
テレビカメラがやってきたり、張り込み取材を行う新聞記者らしき人もいた。
個人ストリーマーだっけ? も来たりしている。
南中学校に来た人の半分以上が無許可で、警察官に追っ払われていたみたいだが。
「学校は休まんでええのか?」
「うん、ゆーくん、来るかも知れないし」
月曜日と火曜日は、ゆーくんはお休みだった。
ゆーくんがお休みな分、私のところに人が集まってきたんだけど、私に聞かれても困る。
私が言えることなんてほとんど無いし、私だってゆーくんの情報を求めているのだから。
「どうじゃ、起きれるか?」
「うん、大丈夫そう……。勉強だってがんばらなきゃ」
この間の英語検定でも久くんの後塵を拝する結果だったのだ。
このままだと本当に1勝もできないまま中学校生活が終わってしまう。
今ここで更なる遅れをとるわけにはいかないのである。
「まぁ、行きたいなら行けばええが……」
「うん、がんばる」
私はのっそりと起き上がり、何をしようか考えた。
元のアルバイト生活に戻る時につらくないように、生活のリズムは変えないつもりだ。
かなり時間があるし、ひたすら豚の角煮でも煮ておこうかな?
なぜか、お肉を煮ると心が落ち着くんだよね。
そういえば、ゆーくんも豚の角煮が好きだったなぁ。
ちゃんとしっかり食べてるかなぁ?
くぅう、近くに居ないだけでこうも気になるなんて……。
あぁ、ゆーくん、君は今いずこに……。
「こりゃダメじゃな……」
「ダメって何が~?」
私ならへーきだ。
いつも通りだ。
ちょっと上の空で、頭がボンヤリするだけである。
「メガネ、おでこに着けたままじゃぞ?」
ふーん、そっかぁ。
きょーはゆーくん、来るといーなー。
--6月7日(水) 10:00--
私は南中学校の教室でいつもどおり授業を受けていた。
2時間目、授業は国語だ。
ちなみにゆーくんはまだ学校には来ていない。
「よっしー、平気か?」
弘子ちゃんが気遣わしげに聞いてくる。
最近、学校に来てからなぜか周りのみんなが優しい。
みんな、もしかして私が弱っていると思っているのだろうか?
「だーいじょーぶだってばー」
私はちょっと格好をつけて伊達メガネをクイッと……。
あれ? 私、メガネどこへやったっけ?
おでこにつけてたっけ?
「では、この部分を好美ちゃん!」
「はーい。春はあけぼの……」
私は教科書を手に、さらっと答えを当てて見せた。
枕草子の一節は有名だし、こんなの丸暗記しているので見るまでもない!
周りから『おぉ~』と感嘆の声が上がった。
ふふん、当然のことなのだ!
「好美の奴、あんな状態でも渡より頭がいいんだな」
「好美を心配してんのか、俺をバカにしてんのか、どっちなんだよ修一」
「見ていて不安になる。零、どうにかできないのか?」
「僕もどうにかしたいんだけど、まだ優輝のことは話しちゃいけないから、難しいんだ」
周りのひそひそ? 話が聞こえてくる。
みんな何をそんなに心配してるのかわからない。
……あれ? 私、何で数学の教科書を開いているんだろう?
「よっしーちゃん、問題ですよ~! 漢字『都』の部首は何ですか~」
ぷに子ちゃんが出題してきた。
私にとっては簡単な問題だ! すぐに答えてみせた。
「おおざと」
「正解ですよ~! ……たぶん」
「おい、ぷに。よっしーを利用すんな。指されるとこくらい自分で考えろ」
「問題! よっしーの誕生日はいつでしょう?」
「おま!? それ、きぅが聞きたいだけだろ!」
今度は輝羽ちゃんが問題を出してきた。
私にとっては簡単な問題だ! すぐに答えてみせた。
「11月4日」
「正解!」
「正解、じゃねーよ! つーか、普通に聞けばいいだろ? メモ取んな!」
「せ~かいは?」
「おい!?」
今度は渡くんの問題?
これは、ローカルテレビのCMのあれに違いない。
私にとっては簡単な問題だ! すぐに答えてみせた。
「いちご製菓」
「ピンポン ピンポン ピンポーン!」
「よっしーで遊ぶな!」
なぜか弘子ちゃんが怒ってるみたいだけど、周りは拍手喝采である。
どうやら正解したようだ。やったぜ!
「あー、もう見てられん! 先生、よっしーを保健室に連れて行きます!」
「うん、弘子ちゃん宜しくね」
私は弘子ちゃんに引っ張られるままに教室を後にして、保健室へと連れてこられた。
そのままベッドに強制的に寝させられる。
「一応、親にも連絡するからな」
「えーと、私は」
「平気なわけないだろ? 前後不覚じゃんか。自分でわからないか?」
弘子ちゃんが本当に心配そうな顔で私を覗き込んできた。
それを見て、少しだけ頭の中のモヤモヤが晴れた気がする。
あぁ、私、変になってるんだろうな。
「ありがとう、弘子ちゃん」
「とにかく休め! 心も身体の一部なんだから、休めば少しは元気になるからさ」
「うん」
ベッドに横たわって目を閉じると、私の意識はすぐに眠りの中に吸い込まれていった。
--6月7日(水) 12:30--
ぐぅう~……。
お昼休み、私は自分のお腹の虫の音で目が覚めた。
保健室の時計は昼食の時間を指し示している。
お腹が空いたけど、今から教室に戻っても給食は残っていないかも。
起き上がってベッドの端に腰をかけていると、保健室のドアがガラガラと開いた。
そこからお父さんと零くんが入ってくる。
そういえば弘子ちゃんが親に連絡するとか言ってたっけ。迎えに来てくれたのかなぁ?
でも、そうなると零くんは何でここにいるのだろう?
「好美さん、大丈夫?」
「うん、たぶんだけど」
「ふむ、自覚できるくらいには回復しとるようじゃのぅ」
お父さんと零くんが私の様子を見て頷き合い、揃って保健室の入り口の方に目をやった。
次の瞬間、私の頭は一気に覚醒した。
入り口から私服姿のゆーくんが入ってきたのである。
「ゆーくん!?」
「姉さん、2、3日会わないだけで参らないでよ」
ほ、本物だぁ~!
感動の再会なのに苦言を呈するところとか、まさにゆーくんである。
この日をどれだけ待ちわびたことか……!
「すまんのぅ、零くん。助かったわい」
「いえ、力になれて良かったです」
お父さんと零くんが何とか手配してくれたのだろう。
ありがとう! 私、もう感謝の気持ちでいっぱいです!
「僕も明日から学校へ来るよ」
「そうなんだ、良かった~」
「姉さん、高校は遠くの学校に行くんでしょ? そうなったら会えなくなるんだし、少しは我慢してよ」
「うっ、はい……」
ゆーくんの言う通りだ。
弟離れしなければならない時は刻一刻と近づいてきている。
いつまでも一緒にはいられないのだ。
「零くん、もう1つお願いがあるんじゃよ」
「何でしょうか?」
お父さんは私とゆーくんをちらりと見ると、お願いの続きを語った。
「好美は見ての通り弟を溺愛しとってな。それが急に離ればなれになったことで混乱しておるんじゃ。まる1日くらい、じっくり話す機会を作ってやることはできんじゃろうか?」
おぉ、お父さんがかつてないほどお父さんっぽいことをしている!
いつもなにひとつ家事手伝いをしないからね。
なんか見直した。
「優輝くんはまだ警護の対象です。すみませんがご自宅に帰してあげることはできません」
だけど、零くんの答えは芳しくなかった。
ゆーくんの安全の為だというのはわかっているし、文句はないけど、やっぱり残念だ。
「ですが、好美さんからこちらに来ていただくことはできるかもしれません」
あれ? もしかして、可能なの?
零くんの提案に目の前が開けていくのを感じる。
「ふむ、どこかの基地かのぅ? いや、詳しくは聞かんわい。それで構わんから、お願いじゃ」
「分かりました。相談してみます」
零くんは連絡をするために保健室を出ていき、3分経たないうちに戻ってきた。
なんと、あっさりと許可を貰えたらしい。
「詳しい話は明日に伝えますが、今週の土曜日に十日前町支部であれば許可を出すそうです」
「おぉ! 感謝するぞい、零くん」
「ありがとう、零くん」
「僕も好美さんには元気でいて欲しいからね」
お礼を言われ、照れた零くんはちょっと可愛かった。
本当にヒーローじゃなければなぁ……。
もしくは私が怪人じゃなかったら、気兼ねなく仲良くなれたのに。
「姉さん、僕も急にこんなことになっちゃったのは悪いと思っているからさ。その時にしっかり話そう」
「そうだね。わかった!」
保健室でのお話を終えて、ゆーくんはすぐに学校を後にしたようだった。
ヒーローになるために、勉強や訓練を頑張っているらしい。
私はというと、気分が回復したので午後の授業に参加した。
もはや空腹なんて何のその、絶好調である。
今週の土曜日が楽しみだ!
--6月8日(木) 13:20--
うしゃー、昼休みだ~!
えーと、よっしーは給食係で離席中なんだよね。
弘子にでも声を掛けるかな~……とか考えていたら、なんだか気になる会話が!
「なぁ、零のやつ、ものすごくウキウキしてないか?」
「好美が基地に来るかららしいぜ?」
ほほ~ぅ?
いつの間にかそんなことになっていたとは!
この輝羽ちゃんに隠れてそこまで進展していたなんて、よっしーも隠し事が上手いんだから!
「よっしーは、弟に会うのが目的なんだってよ」
弘子が後ろからやって来て、リサーチした情報を語った。
でも、まだ分からない!
よっしーが零くんに会うために作った口実という可能性が残っている!
零くんはよっしーが好きだと公言してはばからないほど一途に恋をしているのだ。
零くんは期待のヒーロー、ブルーファルコンの正体でもあり、容姿もよく、文武両道をいく完璧超人!
そんな零くんからのアプローチに、どんな女も靡かないはずがない。
ようやくよっしーもその気になったのだ!
「むぅ、恋の予感!」
「きぅ、聞けよ。弟に会うためだって言ってるだろ?」
「そうですよ~。よっしーちゃん本人がウキウキしながら言ってましたよ~」
むむむ、この2人はかたくなに恋の予感を認めようとしない。
何て消極的なんだろう……よっしーが悪影響を受けないか心配だ!
こういうのは勢いが大事だ。
引っ込み思案に恋の成功は訪れない! ……ってドラマで言ってた!
「いやいや、だって土曜日に2人っきりだよ!? まさに、2人の間を遮るものは何もない状態!」
「間に弟くんが挟まってますよ?」
「こいつ、たまにこうなるんだよな。昨日のドラマの影響だろ」
呆れるぷに子と弘子は、どうやら傍観を決めているようだ。
よっしーはまだまだ恋に慣れていないはず。
いけない、このままでは千載一遇のチャンスが!
「どうやら、私が動かざるを得ないようね……」
「おい輝羽、何する気かわかんねーけどやめとけって!」
「邪魔にしかなんねーだろ?」
渡と修一が何か言っているが、いざという時に友人の力になれずになんとするか!
私は止まらないぞ! 恋のサポート役はまかせろーっ!
「よーし、ぷに子、弘子、行こう!」
私は駆け出して、教室を飛び出していく。
「どこへですか~?」
「何なんだよ、まったく」
私の号令に2人はぶちぶち言いながらも付いてきてくれた。
やっぱり持つべきものは友だよね!
「聞いちゃいねぇ」
後ろの方ではサッカー部コンビがお手上げのポーズをとっていた。
--6月9日(金) 8:15--
ゆーくんが学校に来るようになって、元気を取り戻した私は今日も絶好調だ。
特務防衛課への訪問が明日に迫り、私の気持ちを昂らせている。
明るく晴れた空の下、私はルンルン気分で南中学校の校門を通り抜けた。
ふと、後ろから車の音がする。
この音は篤人さんではないな……近寄ってきているのが分かりやすいし。
そう思って振り向くと、黒塗りの高級そうな車がやってきて私の横を通り過ぎていった。
玄関前で停車した黒い車の運転席から一人の女性が降りたった。
体にぴったり合っているスーツを着ており、ボディラインにセクシーさが漂う。
肩口で揃えられたソバージュの髪がふわりと揺れ、柔らかな笑顔が眩しい。
女性の視点から見ても見惚れてしまいそうな、まさに美人という表現がぴったりな人だった。
その女性が後部座席のドアを開けて、中にいた人物の手を恭しく引いて降車のお手伝いをしている。
「……え?」
私はつい驚きの声を上げてしまった。
なにせ、手を引かれて出てきたのは、我が弟、ゆーくんだったのである。
頭の中に『VIP待遇』という言葉が思い浮かぶ。
ゆーくんが家を出てから初めて登校シーンに遭遇したけど、いつもこんな感じなのだろうか?
その女性はゆーくんの服装を優しい手つきで調整しながら、楽しそうに言葉を交わしている。
私は彼女が再び車に乗って去っていくまで、その光景を唖然としたまま眺めていた。
「姉さん、おはよう」
「ゆ、ゆーくん、今の人、誰?」
挨拶も忘れ、若干、挙動不審になりながら先ほどの女性のことを尋ねた。
「僕が初めて変身したときに助けた人だよ。名前は【樋口 みどり】さんっていうんだ」
「あの時の……」
ドブロクダヌキに足蹴にされていた人のようだ。
あのときはボロボロで分からなかったけど、改めて見てみるとものすごい美人さんである。
地下基地の受け付けのお姉さんも美人の雰囲気があるが、それ以上かもしれない。
「樋口さんは本部の研究所の所員なんだけど、しばらくこっちに留まることにしたんだって」
「もしかして、いつもあんな感じで送り迎えしてもらってるの?」
「うん。だいたいいつもあんな感じ……って姉さん、何してるの?」
私はゆーくんの話を聞きながら服装をまじまじと観察した。
「むぅ、どこも乱れてない。非の打ち所がないよ!」
「やめてよ。樋口さんにああされるのも恥ずかしくて仕方ないんだから」
ゆーくんは私を振り払うようにして下駄箱へと向かった。
私も慌ててそれを追いかけ、外履きから内履きに履き替える。
玄関の奥の廊下で、ふたたびゆーくんと合流しておしゃべりタイムだ。
「樋口さん、ゆーくんのために十日前町に残ったの? それってまさか……!」
「姉さんが思っているのとは違うんじゃない? 樋口さん、好きな人がいるとか言ってたし」
いやいや! それ、どう考えてもゆーくんのことだよ!
他に何も目に入ってないくらい、ゆーくんに夢中になってたよ!
朝のひと幕だけで私には嫌というほど伝わってきたのに、ゆーくんには伝わっていないみたいだ。
弟よ、さすがに気づいてあげようよ。
「ゆーくんは樋口さんのこと、どう思ってるの?」
「なんか、姉さんが2人に増えた感じがする」
「そ、そう」
樋口さん、少しうざったいとか思われていそうな反応だ。
私も、ゆーくんを構いすぎる自覚はあるので、同じように思われているような気がする。
これからはもうちょっとだけ控えるようにしよっと。
「優輝くん! おはよう! あ、お姉さまも!」
「うん、おはよう」
「おはよ、……お、お姉さま!?」
玄関に現れた1年生の女子たちが私たちに挨拶してきたが、私に対しては妙な敬称付きである。
なんだお姉さまって?
「優輝くん、おはよう!」
「オッス、優輝!」
「ゆーくん、早く教室行こう~」
玄関にやってきて、次々に挨拶してくるのは全員が女子である。
ゆーくんは手を引っ張られてそのまま行ってしまった。
「姉さん、ごめん。またね!」
「う、うん。また!」
私はゆーくんと女子たちを呆然と見送った。
登校時間の終了を告げるチャイムが聞こえてきて、校門に滑り込んだ生徒たちが玄関を経由してバタバタと走っていく。
なんか、ゆーくんて……。
「零くんよりモテてない?」
生徒でごった返す玄関に、私の独り言は搔き消されていった。
--6月10日(土) 5:20--
梅雨の気配が全くしない晴天の空を、鳥たちが気持ちよさそうに泳いでいる。
夏至へと近づいている6月の太陽は、朝っぱらだというのになかなかの熱気を私に浴びせていた。
やや汗ばんだ額を拭い、私は牛乳瓶の詰まった箱を乗せて自転車を漕いでいく。
結局、アルバイトをお休みしたのは1日だけで、それ以外の日は労働に勤しんでいた。
汗をかいて水滴がしたたる牛乳瓶を、私は家々の牛乳瓶受けへと挿し込んでいく。
ふと、後ろから聞きなれた軽トラの音が聞こえてきた。
余裕を持って振り向くと、そこには篤人さんが安全運転でこちらに近づいてくるところだった。
なんだ、やればできるじゃん!
「おはよう、好美ちゃん」
「おはようございます、篤人さん」
軽トラから降りてきたのは、私と同じ秘密結社パンデピスに所属する戦闘員21号こと篤人さんだ。
私が人間形態でも怪人並みの耐久力があることを知っている、数少ない人物のうちの1人である。
だからなのか、車で体当たりしてくるというイタズラをしてくる困った人だ。
でも、今日は普通に登場してくれた。
これはもしかして、ようやくわかってくれたのだろうか?
「好美ちゃん、何だか思ったより元気そうだね。これなら遠慮しなくて良かったかな?」
「遠慮ってなんですか!? 変なことはやめてください!」
せっかく褒めようと思ったのにこれである。
耐えられるだけで普通に痛いからやめてほしいって言っているのに分かってもらえない。
たまには自分が轢かれちゃえばいいのに!
……いや、洒落にならないから、やっぱりいいです。
「今日と明日は、好美ちゃんは休みだったね」
「はい、申し訳ないですがお休みさせてください」
お父さんの強い勧めで、今日と明日はパンデピスの活動はお休みだ。
ゆーくんとしっかり話をして、英気を養うことが今週の私のお仕事である。
思えば、随分いろんな人に心配をかけちゃった気がする。
ちゃんと元気にならなきゃ!
「じゃあ、作戦のことは置いておいて、優輝くんの情報を伝えるよ」
「ゆーくんの情報ですか?」
ゆーくんがヒーローになったことは新潟中が知っている情報である。
パンデピスの幹部ももちろん知っていて、情報収集に動いているのは間違いない。
それはそれでちょっと怖いのだが、情報を貰えるのはありがたい。
ゆーくんの安全は防衛隊が頑張って守ってくれることを期待しよう。
「優輝くん、十日前町支部の隊員たちの寮に住んでいるみたいだね」
「あ、意外と近いんですね」
歩いて10分もかからない場所である。
「しばらくは家族にも居場所を内緒にするなんて、徹底しているよねぇ~」
「その情報をあっさり手に入れられる篤人さんは何者なんですか?」
「僕はただの戦闘員だよ。好美ちゃんが気にしているだろうから頑張ってみたってだけさ。アツトにお任せってね!」
頑張ってどうにかなるものなのか分からないが、頑張ってくれたのは事実のようだ。
今日、会える算段が整っていなければ涙して喜んでいたかもしれない。
「パンデピスは僕が上手くやっておくから、好美ちゃんはしっかり話をしてくること!」
「はい、本当にありがとうございます。今度、冷凍枝豆を贈りますね」
このあいだ貰った枝豆を茹でて冷凍したのである。
自然解凍するだけで美味しく頂けるので、篤人さんにも食べてもらおう。
ついでにサービスで豚の角煮もつけてしんぜよう!
私のささやかな気持ちである。
「ありがとう、楽しみにしてるよ。じゃあね!」
軽トラに乗って去っていく篤人さんを、私は手を振って見送った。
今日、ゆーくんに会うと考えると、再び心がウキウキしてくる。
私は牛乳配達用の自転車に跨り、残りの配達を鼻歌混じりにこなしていった。
--6月10日(土) 8:25--
ちょっとだけおめかしに時間をかけ、準備を整えた私は5分前行動で集合場所に向かっていた。
市役所の前にはすでにお出迎えのために零くんが待機しており、私を見つけて軽く片手を上げた。
そして、その脇に見知った顔が3人ほど並んでいる。
「おはよっ! よっしー!」
「おはようございます、よっしーちゃん」
「おはよう」
「輝羽ちゃん? ぷに子ちゃんに、弘子ちゃんも!」
いつもの仲良しグループが集まっていた。
輝羽ちゃんとぷに子ちゃんがニコニコ顔で、弘子ちゃんだけがクールな感じで挨拶してくれた。
なんでみんながここにいるんだろう?
「おはよう、好美さん」
「おはよう、零くん。……あの、何でみんながここに?」
「見学に決まってるじゃん! 奇遇だね、よっしー!」
輝羽ちゃんが胸を張ってそう言った。
まさか、『偶然、予定が重なった』とか言い張るつもりなのだろうか?
そんなわけないでしょうに!
「……弘子ちゃん、本当はどういう理由なの?」
「よっしーのお察しの通り、きぅの奴が無理やり零くんに頼んだんだよ」
弘子ちゃんはあっさりと輝羽ちゃんの行動を白状した。
零くんに随分と無理を言ったようだ。
「私たちのことは気にしないでいいですよ~」
「無理だよ、気になるよ」
「ただのサポートだから、気にしないでいいよ!」
「だから気になるってばぁ」
なんだ、サポートって?
いったい誰が何をサポートするのか、ぜひ主語と目的語を明らかにしてほしい。
「……零くん、いいの?」
「大丈夫、見学の許可は出ているんだ。出るとは思わなかったんだけど……」
零くんも困惑している。
一応、聞いてみたら以外にもOKが出てしまった、という感じのようだ。
そもそも、いつの間に頼んでいたのか……部活後とかかな?
「ともかく、立ち話も何だし、案内するよ」
「今日1日、よろしくーっ!」
「きぅ、写真撮るのはNGだってわかってるよな? トラブルとか勘弁だからな!」
零くんに率いられ、私たちは市役所の横道から奥の建物へと向かった。
ガラス張りの近未来的な雰囲気を持つ建物が、駐車場の奥にどーんと建っている。
周りの景観からも浮いていて、正直に言うなら場違いな見た目の建造物が特務防衛課の基地である。
そういえば、公園があった場所に突如として出現した、とかお父さんが言っていたな……。
パンデピスも謎技術を持っているけど、特務防衛課も似たり寄ったりなのだろうか?
そのガラス張りの建物に私たちは案内された。
自動ドアを通って、私たちは事前に知らされていた通り、受け付けの男性スタッフに生徒手帳を見せた。
男性スタッフからOKが出て、私たちはゲートをくぐる。
生徒手帳が身分証明書として役に立ったこと、初めてかもしれない。
建物の奥へと進み、零くんがエレベーターの上矢印のスイッチを押した。
エレベーターは2つ並んでおり、その片方の扉が開いた。
中に入ると壁がガラス張りになっていて、隣のエレベーターに入ってきた人や、奥の廊下を歩く人がしっかり見えていた。
四方の景観が分かるだけで、開放感が凄いや。
「まずは、上の展望スペースを案内するよ」
零くんはそう言って4階のボタンを押した。
エレベーターが上へと上がっていくと、ガラスの向こうに十日前町の街並みが見えてくる。
車や人の往来が眼下に映り、山に登った時よりもよりクリアに街の息吹を感じられた。
「おぉ~! 結構高いんだねっ!」
「よっしーん家はあっちだな」
「南中学校も見えますよ~」
輝羽ちゃんたちは大はしゃぎだ。
天気がいいこともあって見晴らしもよく、楽しくなる気持ちもよく分かる。
ただ、私は目に映った商用のバルーンが気になって仕方なかった。
『ようこそ新ヒーロー誕生の地へ』
『記念グッズやお土産品、多数取り揃え』
『今だけ大特価! ヒーロー価格!』
などなど、ゆーくんのパワーで商売する気まんまんな広告が出ていたのである。
なんだヒーロー価格って。
昨日まで無かったはずなのに、週末に合わせて用意したのだろうか?
しかも、思惑通りに人も来ているっぽくて車の列が長く連なっているのが見えた。
まだ9時にもなっていないのに10時開店だったはずのお店が開いている。
ゆーくん、なにかしら見返りを求めてもいいんじゃないかな?
やがて、ぽーん、という音が鳴ってエレベーターが4階に到着した。
そこは全方位がガラス張りになった展望台みたいな休憩スペースになっていた。
4つ角には会議室があるし、ところどころ自動販売機まで置いてある。
エレベーターの扉が開くや否や、輝羽ちゃんとぷに子ちゃんが窓際まで走っていった。
「うぉー、めっちゃキレーっ!」
「いい眺めですよ~!」
「はしゃぐな、騒ぐな。なんか恥ずかしいんだよ……!」
コーヒーを飲むサラリーマンと清掃スタッフらしき人がこっちを見てニコニコしている。
ここは遊園地じゃなくてオフィスだもんね。
まだ怒られるほどじゃなさそうだけど、邪魔にならないように気を付けようっと。
「ここは一般開放こそされていないけど、いろんな人が会議に訪れる場所なんだ」
「へぇ~! あ、でもこの景色、テレビで見たことあるかも!」
そうえば、零くんが街並みをバックにインタビューされていた映像が流れていたっけ。
ここがその場所だったみたいだ。
「確かその時に……」
「私、覚えていますよ~!」
ぷに子ちゃんがスッと姿勢を正し、右手にマイクを持ったふりをした。
そして輝羽ちゃんと並んでインタビューごっこを始めた。
「零くんに質問です。好きな食べ物はなんですか~?」
「えーと、そ、ソフトクリーム、かな?」
あ、似てる!
インタビューの間、ずっとヒーロー然としていた零くんがこの質問に答える時だけ急に恥ずかしそうにしたんだよね。
その姿が妙に印象的で、頭にしっかり焼き付いているのだ。
輝羽ちゃんのモノマネは動きまで完全にトレースしており、無駄に完成度が高かった。
「それ、私も覚えてる。うちのクラスの連中はみんなニヤニヤしてたんじゃねーか?」
「堂々と答えていたらカッコよかったのにね~!」
「零くん、可愛かったですよ~!」
「あの、もうやめてあげてよぅ」
零くんが赤くなって固まっていた。
輝羽ちゃんたち、はしゃぎすぎじゃないかなぁ?
というより、このまま零くんが固まってたら、ゆーくんに会う時間が減ってしまう。
「あー……まずいな。うちら全然サポートできてないな」
「はっ!? しまった、私としたことが!」
「反省です~……」
また"サポート"?
どうせなら零くんを元に戻すサポートをお願いしたいんだけどなぁ。
この状態になったのは主に輝羽ちゃんのせいだし。
「そうだ、これを渡しておきますよ~」
ぷに子ちゃんが持っていたカバンをガサゴソと探り、中から何かを取り出した。
綺麗な紙袋に入れられていて、微かに甘い香りが漂っている。
たぶんお菓子かな?
それを零くんに差し出した。
「お近づきの印ですよ~」
「今さら? もうずいぶん前からお近づきになってるだろ」
「え? あ、ありがとう」
再起動した零くんがそれを受け取り、さっそく中身を確認している。
中身に入っていた箱を取り出した零くんは少し怪訝な表情を見せた。
「……鶴田さん、これ、いいの? 【ベルボン】のお菓子だよね」
やっぱりお菓子だったようだ。
零くんの反応を見る感じ、結構なお値段がするものなんじゃないだろうか?
さすがお嬢様である。
「ライバル会社のお菓子みたいだけど……」
「ん? ライバル会社???」
「敵に塩を送るってやつですよ~」
「なんか違くない? 敵の塩を送ってるじゃん!」
なんだろう、ライバル会社って……。
零くんが怪訝な顔を見せたのはお値段とは別の理由ってことかな?
「弘子ちゃん、ライバル会社ってどういうこと?」
「……なぁ、よっしー。まさか気づいていないとは言わないよな?」
「えっ?」
弘子ちゃんがあきれ顔で私を見ている。
な、なにごと? 全然分からないんですけど!
「あれ、よっしー知らないんだっけ? ぷに子、【鶴田製菓】の社長令嬢なんだよ! ほら、【カキタネ】の会社の!」
「えっ!? あっ……!」
"鶴田 富二子"! "鶴田製菓"!
ぷに子ちゃん、大企業のご令嬢だったんだ! 今の今まで気づかなかった!
なぜか名前と製菓会社が結びついていなかった。
メイド長がいる時点で本物のご令嬢だとは分かっていたけど、よく知っている企業の社長令嬢であると聞かされると急に遠い存在のように思えてきた。
私、なんでこんな凄い人物の友達になれてしまったんだろう?
「ぷに子ちゃんじゃないや。ぷに子サマだ……」
「私は"様"付けで呼ばれるほどじゃないですよ~」
ニコニコ笑いながら"様"付けを否定し、くるりと回って小さくスカートのすそを摘まんで見せた。
言っていることとやっていることが違うけど、弘子ちゃんですらツッコミを入れることができないくらいに完璧で美しい所作だった。
お嬢様を通り越して、すごくお姫様っぽい。
「でも、よっしーん家だってスケールのでかさじゃ負けてないだろ」
「ふぇ??」
唐突に弘子ちゃんが言った。
スケールのでかさって話だけど、今度も何のことか分からない。
まさか秘密結社パンデピス関係のアレコレがバレたとは考えにくいし……。
「だって、インド象を飼ってるし」
「うぇっ!?」
「い、インド象……!? 好美さん、そんなの飼ってるの?」
衝撃的な発言に、零くんまで話題に飛びついてきた。
私は慌ててぶんぶんと手を横に振って否定する。
「し、知らない! せいぜいアルパカとかトナカイくらいだってば!」
「そんなの飼ってるの!? 十分すごいよ!」
……言われてみればそうかも。
というより、自分でアルパカ、トナカイを口に出したら思い当たる節があった。
お父さんが坂の上にある"ふれあい広場"でいろいろな動物を飼っており、アルパカやらトナカイもそこで飼っている動物なのだ。
その中にインド象が新しく加わったのではないだろうか?
「家の坂の上に"ふれあい広場"っていうのがあって、お父さんが動物を預かってるんだ」
「へぇ~。獣医かなにかなの? 見た目は科学者かお医者さんって感じだったけど」
まぁ、好意的な解釈をしたら科学者やお医者さんに見えなくもない。
ただ、実際には見た目も実情もマッドサイエンティストである。
公にできないから誤魔化さないといけないのだが、変に嘘を吐くとバレそうだし、知らぬ存ぜぬで押し通すしかないかな?
「私も詳しく知らないんだけど、動物に詳しいのは確かみたい。たまにとんでもない動物を預かったりもしてるし」
虎とかカンガルーが来たこともあったっけ。
小さなリスやハムスターが来たこともあったし、蛇やワニ、ダチョウだったこともあった。
仲良くしたいと思ったこともあったけど、私は全ての動物にことごとく嫌われるんだよね……。
悲しくなるから用事が無いときは近づかないようにしているのだ。
「へぇ~、何だか小さな動物園みたいだね」
零くんの反応に、私も頷いて同意した。
実際にご近所さんからの認識は小さな動物園だろうしね。
「それにしても、インド象って……ここ、雪国だよ?」
「雪で大はしゃぎするかもね!」
「風邪ひかないといいけどな」
そもそもインド象をお世話をすることができるのだろうか?
ご飯を用意するだけでも結構な重労働になると思うんだけどなぁ。
「今度見に行きましょ~。零くんもどうですか~?」
「時間の都合で一緒には難しいかもしれないけど、インド象は見てみたいかな」
零くんも象さんに興味を惹かれたようだった。
大人びた印象が強いけど、こういう普通の男の子っぽいところには親しみが湧く。
動物たちに会ったら、更に子供っぽい表情が見られるんだろうか?
「家まで来てくれたら案内するよ」
「そう? ……なら、何とか時間を作りたいな」
零くんも忙しいし、ヒーローという大変な立場だ。
敵陣営だけど、ミスティラビットと戦う以外であれば普通に応援したいと思う。
"ふれあい広場"がちょっとでもリラックスできる場所になってくれるといいな。
「ナイスサポート、ぷに!」
「ふっふっふ、さすがぷに子! 連れてきた甲斐があったね!」
こそこそと輝羽ちゃん達が内緒話? をしている。
だからいったい何のサポートなんだよぅ!?
「それじゃ、そろそろ優輝のところへ案内するよ」
「あ、うん、よろしく!」
ゆーくんの話でサポートうんぬんをコロッと忘れた私は、零くんに連れられて再びガラス張りのエレベーターへと乗り込んだ。
--6月10日(土) 9:00--
4階から乗ったエレベーターは1階を通り過ぎ、ひたすら下へ下へと進んでいく。
何分くらい乗っていたのだろうか?
周りの景色もほとんどが黒一色の闇の世界で、整備室と思われる部屋が時々見える程度だ。
その暗い暗い道のりを、エレベーターは下へ下へと進んでいく。
ぽーん、という音が鳴って、エレベーターの扉が開いた。
エレベーターの真ん前では防衛隊員の人たちが綺麗に整列して私たちを出迎えてくれている。
零くんが珍しく自慢げに腕を広げた。
「ようこそ。特務防衛課、十日前町支部の秘密基地へ!」
それを合図に、綺麗に整列した隊員たちがビシッと敬礼をする。
まるで国際的な要人にでもなった気分だ。
「秘密基地!? ここが!」
「秘密基地……いい響きですよ~!」
「私ら、もしかして凄いところに来ちゃったんじゃないのか……?」
輝羽ちゃん達が目を輝かせながら周りを見渡している。
そこは広々とした奥行きのある空間になっていて、地下の重苦しさは感じない。
天井も結構高いし、1階よりも確実に大きく作られたフロアである。
やがて隊員たちの中から2人、見知った人物が前に歩み出てきた。
「よく来てくれました……なんて、堅苦しくする必要もないよな? ようこそ、特務防衛課へ」
「基地内で会うのは初めてだな。歓迎するぜ!」
上杉教官とアズマさんが話しかけてきて、そのタイミングで隊員たちは揃って敬礼の腕を降ろした。
気合いの入っていた隊員たちの顔も笑顔になり、気を付けの姿勢もやめて思い思いの姿勢になる。
場の雰囲気が一気にアットホームな感じに変わった。
「氷月隊員、引き続きお客様を案内するように!」
「はっ! 了解しました!」
「優輝隊員、お客人に随伴して護衛するように!」
「了解しました!」
隊長さんが一歩前に歩み出て、雰囲気づくりの演出でゆーくんと零くんに命令を出していた。
大人組は上杉教官から解散を促され、それぞれの持ち場へ戻っていく。
ゆーくんだけが私たちに合流して一緒に施設を巡るようだ。やった~!
私たちは零くんに率いられ、まずは一番重要な部屋へと案内された。
「ここがメインルームだよ」
「「「おぉお~!」」」
私を含む、輝羽グループの声が重なった。
隊長が真ん中の席に座り、周りの席にいるオペレーターがコンソールを叩いている。
そして正面の巨大なモニターには別々のカメラが映しているであろう景色がたくさん並んでいた。
基地内と思われる映像もあれば、街を俯瞰するような視点のカメラもある。
映画館にいるみたいな気分だ。
「メインルームでは定点カメラの監視や、各支部との情報交換、隊員との通信を行っているんだ」
「へぇ~」
「協力各所とのやり取りもあって、警察や消防隊、自衛隊や他国の軍隊にもチャンネルがあるよ」
「うぉー、秘密基地っぽい!」
「まさに緊急時の指令室ですよ~!」
零くんの説明に、輝羽ちゃん達が再び目を輝かせていた。
私も凄いとは思っているんだけど、それ以上に困惑が大きい。
こんなヒーロー基地の中枢みたいなところに私が居ていいんだろうか?
私、秘密結社パンデピスの怪人なんですけど……。
『こちらレッドドラゴン!』
「えっ!?」
モニターの真ん中に大きな枠が1つ浮かび上がり、その中にレッドドラゴンの姿が映った。
いきなりの出来事に、輝羽グループのメンバーみんなが驚きに固まっている。
零くんは机の1つに置いてあったヘッドセットを装着し、マイクをONにした。
『ブルーファルコン、お嬢さんたちのエスコートは順調か?』
「こちらブルーファルコン。もちろん順調だ」
『それは良かった。この任務において、君の活躍はとても重要だからな!』
「分かっている。無事にやり遂げてみせる」
『その意気だ。幸運を祈る!』
レッドドラゴンが敬礼をして、映像は消えていった。
まさかレッドドラゴンが私たちのために連絡してくるとか、みんなびっくりである。
私たち、物凄い歓迎されてるよ……。
「まったく、レッドドラゴンもお騒がせだね」
「うそーっ! えっ、レッドドラゴンが私たちを気にかけて……!」
「これって凄いことですよ~!」
「零くん、なんでそんな冷静に、……って、よく考えたらブルーファルコンも本部のヒーローだもんな」
そう、もう慣れてしまったけど、零くんがこんな近くにいることがそもそも変なのである。
ぷに子ちゃんといい、零くんといい、私にとって本来は雲の上の人たちなのだ。
本当に、何でこんなに近くにいるのやら。
「そろそろ次に行こうか」
メインルームを後にして、私たちは次の場所へと向かっていく。
その後、零くんに案内されて、ざっと全体を見て回ったのだが、秘密基地の中は訓練施設がかなり整っているという印象だ。
それらの場所それぞれで訓練が行われていた。
射撃場では零くんとゆーくんが実射を行い、スコアを競うデモンストレーションが行われた。
さすがに零くんが勝っていたが、ゆーくんもなかなかのハイスコアを叩き出していた。
新しい防衛隊員として、しっかり訓練に励んでいるようである。
「これで主要な部屋は見終わったかな」
零くんが壁に掛けられていた時計を見ながらそう言った。
まだ10時00分くらいだけど、見学して面白そうなところは大体見終わったみたいだ。
支部の地下基地は思った以上に広いし、訓練以外にもちょっとした設備が充実している。
小休止のための休憩スペースに通されて、私たちはコーヒーサーバーのカップコーヒーを渡された。
「はい、どうぞ」
「ありがとーっ!」
「秘密基地の味がしますよ~」
「どんな味だよ」
「いただきます」
ちょっとしたお茶菓子まで用意されていて、私たちはそれを摘まみながら見学の感想を言い合った。
得難い体験をさせてもらったからか、話が弾む。
防衛隊員たちは日々訓練しているようで、純粋な体力トレーニングの他にも避難誘導の訓練や格闘術の訓練、消火活動や応急処置の訓練なども行われていた。
零くんの話だと、訓練の他にパトロールに出ている人もいるし、夜間警備のために就寝中の人もいるらしい。
同じ防衛隊員でも、ちょっとずつ役割が違っているようだ。
短い間だったけど、この少しの時間だけで防衛課のことに結構詳しくなれたんじゃないかと思う。
あとでレポートでも書いてみよっかな?
「このあと、僕と優輝は訓練に戻るんだ。あまり面白みは無いと思うけど、見学していく? 好美さんは寮に向かうこともできるけど」
「もちろんっ!」
「見ていきますよ~!」
「訓練かぁ……私も見学していく。よっしーも行くだろ?」
「うん!」
一人、寮で待っているのも意味のない時間だし、訓練の様子を見てみたい。
輝羽ちゃん達も許可が出ているなら見ていきたいようだった。
それにしても、さっきから零くんのゆーくんへの呼称が呼び捨てに変わっている。
この2人はヒーローの先輩と後輩の関係になって、より距離が近づいたみたいだ。
休憩スペースを出た私たちは広い室内運動場へと案内された。
そこでは先ほど歓迎してくれた隊員たちが訓練を続けている。
上杉教官が訓練の指示を出していたが、こちらに気付いて近づいて来てくれた。
「おっ、全員来たんだな」
「上杉教官、よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします!」
「あぁ、まずは着替えてこい。ヒーロー2人は特別メニューだ」
上杉教官から指示を受け、零くんとゆーくんの2人はそろって練習場の着替え室と思われる場所へと走っていった。
それにしてもこの室内練習場、南中学校のグラウンドより広いんじゃないだろうか?
400mありそうな陸上トラックの中で、隊員たちがダッシュとジョギングを繰り返している。
その中にはアズマさんもいて、一番前で汗を流していた。
「こんなに広い空間が地下にあったんですね」
「あぁ。ここは地下950mくらいに位置する場所に存在しているんだ。ちゃんと空間が潰れないように対策もしているし、地上への影響は無いよ」
地下950m……!
秘密結社パンデピスの本部が地下1000mだ。
しかも、本部からはいろんな場所に地下通路が伸びているはずなので、もう少し低く掘っていたらぶつかっていたかもしれない。
意外な危機に、私はひとりで冷や汗をだらだら流していた。
「地下1000mじゃないんですか~?」
「その予定だったんだけどな。どうも硬い岩盤が1枚あるらしくて、機材が破損したんだと。まぁこの場所でいいかということで950mになったんだそうだ」
「へぇ~」
「ちょうど、この練習場を掘り進めていた時の出来事だな」
硬い岩盤、ありがとう……!
君がいなかったら普通に本部に攻め込まれていたよ!
上杉教官と話をしていると、運動用の服に着替えた零くんとゆーくんが戻ってきた。
トラックを走っている人たちは薄手のスポーツウェアだけど、2人は朝にアズマさんが来ているようなウインドブレーカーと帽子をかぶっている。
……確かアレって防弾性だったよね?
「ゆーくん、それ重くないの?」
「姉さん、この服のこと知ってるんだ」
やっぱり、防弾チョッキ的な構造が入っているウィンドブレーカーだったようだ。
「え、なになに? 修行用の服ってやつ!?」
「重みを付けてトレーニングってやつですか~!?」
「違うってば。防弾性なんだって」
漫画やアニメの知識なのか、輝羽ちゃん達は特訓めいた装備だと思ってしまったようだ。
野球や格闘を題材にしたフィクションではよくある設定だからね。
「確かに重いから修行用の服っていうのもあながち間違っちゃいないかもな。さぁ、ジョギングでトラック10周走ってこい!」
「「はいっ」」
はきはきした返事を返して、零くんとゆーくんが室内練習場に向かっていく。
私以外の3人は運動部なこともあって、こういった練習風景には慣れているようだった。
それぞれの運動部で行っている準備運動の手順や、苦しかった練習の話で盛り上がっている。
ジョギングが終わった2人が準備体操とストレッチを行って、本格的に身体をいじめ始める。
基礎トレーニングでダッシュ200mとジョギング200mを交互に何本も行い、格闘の型を行い、スパーリングで隊員たちの構えたミットにパンチを当てていく。
筋力トレーニングの途中でやり直しや回数追加が行われ、精神面もしごかれていた。
息が上がり、苦しそうな表情を浮かべながらも歯を食いしばって自分を追い込んでいく。
2人は軍隊さながらの厳しい訓練を必死にこなしていった。
……ヒーローが強くなるわけだ。
中学生の2人がここまで頑張っているのだ。
大人のヒーローたちは更に過酷なトレーニングを続けているのだろう。
何もしていない怪人が勝てるわけない。
「教官、ドリンクジャグはここに置いておきますね」
「おっと、わざわざスマンな」
横を見ると、ジャージを着た女性が重そうな入れ物を持ってきた。
バケツを上下にくっつけて紙コップのマラカスみたいな形で、正面の真ん中には小さめの蛇口がくっついている。
紙コップが用意されているところを見た限り、あの中には飲み物が入っているのかな?
みんな凄く汗をかいているし、水分も必要だろうと思う。
その女性は私に目を止めると、にっこり微笑んできた。
凄くきれいな人と思っていたのだが、よくよく見るとゆーくんの送り迎えをしている樋口さんだった。
服装も違うし、髪型がポニーテールに変わっていたから、すぐには気づけなかった。
それにしても、ジャージ姿もすごく似合っているし、爽やかさの中にも大人の魅力が漂っている。
美人ってどんな格好をしていても美人なんだなぁ……。
「初めまして、樋口 みどりっていいます」
「あ、初めまして。佐藤 好美です」
「優輝くんのお姉さんなのよね? 話をしてみたかったんだ。優輝くん、お姉さんのことになると自慢話ばかりだから」
ゆーくんが、私の自慢話を……!
なんかめちゃくちゃ嬉しい!
「私もゆーくんからも樋口さんのことを聞いていて……」
言いかけて、伝えていいかちょっと悩んでしまった。
「ふふっ、もしかして悪口でも言ってた?」
「いえ、その、『姉さんが2人に増えたみたいだ』って……」
どうしようか悩んだけど、聞いた言葉をそのまま伝えることにした。
私が聞いた時はあまり良いニュアンスで言った言葉じゃないと感じたけど、樋口さんはそれを聞いて凄く嬉しそうにしていた。
弟よ、私は喜べばいいのか悲しめばいいのか分からないよ。
「おねーさん、優輝くんのサポートなの?」
輝羽ちゃんが横からずいっと割り込んできた。
いつの間にか"お友達ノート"を広げており、興味津々といった感じで尋ねている。
樋口さんもすぐさまグループの雰囲気に溶け込んで、気さくな感じで答えていた。
「そういうわけじゃないんだけど、好きでやらせてもらってるのよ」
「おぉ~!」
「ラブなんですか~?」
「ちょっ!?」
「ふふっ、そうかもね」
樋口さんはぷに子ちゃんの鋭い切り込みにも余裕の対応をしてみせた。
うーん、大人だ。
「優輝くん、学校でも大人気でしょう?」
「そーなんだよっ! ファンクラブが設立される勢いで、もうヤバイんだ!」
「コイツ、ちゃっかり立ち上げの際には会員番号1桁を寄こせとか言ってたんだよ」
「それ、ズルいですよ~! 私も欲しいですよ~!」
何それ、知らないんですけど!
ゆーくんファンクラブとか、ぜひ私も申し込まないといけない。
受付はどこだろう? 会費とか取られるのかな?
「うはぁ、疲れたぁ~!」
話に夢中になっていたら、訓練していた隊員たちがぞろぞろとこっちに来ていた。
みんな汗だくで、白いシャツのようなスポーツウェアの首まわりに汗が染み込んでいる。
アズマさんがバケツもどきの蛇口をひねり、紙コップに飲み物を注いで一気に飲み干した。
「はぁ~、生き返る! これ運んでたのみどりちゃんだろ? ありがとうな」
「どういたしまして。飛竜くん、今日も頑張ってたね」
「俺だけじゃないぜ? みどりちゃんに好いとこ見せようとみんな必死なんだよ」
そう笑って話すアズマさんはめちゃくちゃ楽しそうだ。
……私はゆーくんと違ってにぶちんではないと自分では思っている。
アズマさんの好意は樋口さんを向いていると見て間違いない。
外れて欲しいと思う反面、この乙女の勘はまず当たっているだろう。
くぅう、樋口さんは何も悪くないと分かっているけど、なんか悔しい!
「ぐぬぬ……」
「よっしー、お腹でも空いたの?」
「お腹が痛いんじゃないですか~」
輝羽ちゃんとぷに子ちゃんは見当違いの心配をしていた。
しかし、弘子ちゃんは色々と察したようだった。
「お前ら、恋愛話が好きなくせに……」
「うぇ? あ、あの、弘子ちゃん」
「あぁ、野暮はしないから安心しろ」
弘子ちゃんは私の心情を察して、言葉を濁しながら"言わない"と約束してくれた。
やっぱり頼りになるなぁ。
「でも、一番のライバルが、まさか好美ちゃんの弟とはなぁ……」
「ふふっ、優輝くんに勝てるように頑張ってね」
アズマさんも樋口さんも冗談めかして言っているけど、どちらも本気だと思う。
どうしよう、私自身、樋口さんに勝てる自分が全く想像できない!
他力本願だけど樋口さんにゆーくんのハートを射止めてもらおうか?
そうなすればアズマさんがフリーになって……いや、やっぱりダメだ! ゆーくんを持っていかれるのも嫌だぁ!?
私が苦悩していると、樋口さんが時計を気にしながら口を開いた。
「教官。私が今日はご馳走していいんですよね?」
「まぁ、自由にすればいいが、……変な物を食わすなよ?」
「大丈夫です!」
時計を見るともうすぐお昼になるので、ご飯の話に間違いないだろう。
今日はお弁当無しで大丈夫という話だったので、私は何も用意していない。
樋口さんが昼食を準備しているってことかな?
「私が腕によりをかけて料理しますので! 優輝くんたちにご馳走します」
何かを奢ってくれるのかと思ったら、樋口さん自身が作るみたいだ。
樋口さん、料理はできるのだろうか?
上杉教官の言葉に少し棘があったのが気になるし、探りを入れた方がいいかもしれない。
「あの、これから作るんですか?」
「うん、そうだよ」
「私もお手伝いしていいですか?」
「え、それ助かる! ぜひお願い!」
よしよし、これでゆーくんの口に入る料理がどの程度のものなのか事前に判断できる。
ゆーくんに相応しい料理が作れるかどうか、姉であるこの私が判断します!
色よい返事を貰えた私は樋口さんと一緒に室内練習場を出て、さっそく料理作りへと向かった。
--6月10日(土) 12:00--
私は樋口さんと一緒にエレベーターに乗って1つ上の階に移動し、居住スペースと思しき部屋へと招かれ、キッチンへと通された。
比較的広いキッチンだったが、家庭の1人用キッチンなので2人だと微妙に手狭である。
うまく分担しないとぶつかっちゃいそうだ。
「下働きみたいなことさせて申し訳ないんだけど、野菜をどんどん切っていってもらえるかな?」
「分かりました。任せてください」
手渡された包丁とまな板で、ひとまず普通に料理のお手伝いをする。
樋口さんは慣れた手つきで料理を進めており、今のところ怪しいところはない。
手際が非常に良いし、あれよあれよという間に料理が完成していく。
30分後、樋口さんの部屋のテーブルには完成した品々が並んでいた。
わかめご飯に、豚汁、唐揚げ、ほうれん草のお浸しが1人ずつお皿に入れられた状態で配膳されており、おいしそうな匂いを立ち上らせている。
お料理全般は樋口さんが担当していて、私は本当にちょっとしたお手伝いだけだった。
完成前に味見をしたのだが、どれも完璧な出来栄えである。
手際の良さが影響しているのか、下ごしらえが完璧なのか、私が作ったより普通に美味しかった。
ちょっと悔しいけど、これなら安心してゆーくんに食べてもらえると思う。
上杉教官の心配そうなコメントはいったい何だったんだろう?
「ちゃんとできて良かった~。これ作ったの2回目だったから」
「に、2回目!?」
そんな回数でここまでの美味しい料理を作り上げたの?
熟練の技だと思ったのに……!
上杉教官が心配していたのって、料理の初心者だと知っていたからなのかな?
「さすがにぶっつけ本番はしないよ。大切なヒーローたちに食べてもらう物なんだから」
「いや、まぁ、はい……」
レシピ通りに作っただけということだったが、それにしても上手すぎる。
栄養バランスもちょうどいいし、ゆーくんの好きな物だけがしっかりチョイスされていた。
お皿や箸の彩りも鮮やかで、お茶も冷たいものと熱いものの両方が用意されている。
ちょっとした気配りまでしっかり意識が行き届いた昼餐だ。
まさか、料理の天才なのだろうか?
私、毎日料理しているのに、この料理に敵う物を作れるかと言われると自信がない。
何だか自信が無くなってきた……。
「お邪魔しまーす!」
輝羽ちゃん達がやってきて、後ろから零くんとゆーくんも顔を覗かせた。
出来上がった料理を見て、みんな嬉しそうな表情を見せている。
「よっしー、何でそんなに疲れてるの? 料理得意じゃなかったっけ?」
「……慣れているだけで、得意って程じゃないよ」
得意だなんて口が裂けても言えなくなったよ。
完敗だぁ~……。
みんな揃っていただきますをして、ガヤガヤと騒がしいお昼が始まった。
唐揚げはカリッと揚げられた衣の香りがとても良い。
柔らかく揚げられた鶏肉は噛むと程よく肉汁が溢れ、下味もしっかり付けられていておいしかった。
豚汁にはニンジンやダイコン、ごぼう、里芋などの野菜が入っていて、少しかかっている七味の辛みが食欲を刺激していくらでも食べられそうだ。
良い肉を使っているのか、入っている豚肉も柔らかくて臭みが全くない。
ほうれん草のお浸しは醤油だけじゃなくて少し甘めの味付けがされていた。
醤油をそばつゆで割っていたのがこの味を生んでいるのだと思う。
優しめな味付けが絶妙で、これだけでもご飯をかき込めそうだ。
わかめご飯のしょっぱさも、運動した後のゆーくんと零くんにはちょうどいいと思う。
焚き加減も上々でコメの1粒1粒が立っているし、柔らかさも香りもバッチリだった。
「おいしー! おねーさん、やるぅ!」
「おかわりあるから、たくさん食べてね」
「弘子ちゃん、唐揚げとってください~」
「あっ、弘子わたしも~!」
「自分で取れっての!」
輝羽ちゃん達はおかわりで出てきた山盛りの唐揚げの皿に、遠慮なく手を伸ばしていた。
「優輝くん、ちゃんと食べてる?」
「うん。おいしいよ」
「飛竜さん、恨めしそうにしてたね」
ゆーくんと零くんは喋りながらも、口と箸はずっと動かしていた。
2人の口にも樋口さんの料理はバッチリ合ったみたいだ。
料理は食べ盛りの運動部の面々によって平らげられていき、きれいさっぱり無くなってしまった。
食べ残しも出ないし、みんな満足しているし、量まで完璧である。
私はちょっと手伝っただけだけど、ここまで綺麗に食べてくれると私も嬉しくなってくる。
さっきまで樋口さんの料理の美味しさに打ちのめされていたが、お腹が膨れて少し元気が出てきた。
私は手抜きも覚えちゃってるから、美味しさの点では腕を劣化させてしまっていたのかもしれない。
もうちょっと丁寧に料理をして、樋口さんに負けない料理にしていかなければ!
食後はみんなお茶を持って、食後のまったりモードになっていた。
ゆーくんはしばらくの間、ずっと訓練漬けの毎日になるそうだ。
午後からは座学を少し行った後、また訓練を行うようである。
まだ数日しか経っていないので見た目には現れていないみたいだが、ゆーくんの身体は見る見るうちに逞しくなっていくことだろう。
ジリリリリーッ! ジリリリリーッ!
「えっ!? な、なに!?」
「なにごとっ!?」
非常事態を思わせるベルの音が鳴り響いた。
零くんとゆーくん、樋口さんが即座に立ち上がり、無言で部屋を飛び出していく。
私と輝羽ちゃん達は顔を見合わせ、慌ててそれを追いかけた。
この雰囲気で察することができる。
怪人が出現したのだろう。
--6月10日(土) 13:15--
「隊長! 現在の状況は!?」
「すでにレッドドラゴンが現場に向かっている。氷月隊員も準備を」
「了解!」
メインルームに入った私たちの耳に、零くんと防衛隊長の言葉が聞こえてきた。
私たちと入れ替わるように零くんがメインルームを飛び出していく。
「こちらメインルーム。氷月隊員がそちらに向かった。スタンバイを頼む」
『こちら2番ゲート。了解』
午前中は厳しい訓練の中でも笑顔と余裕が感じられていたが、そんな空気は消し飛んでいた。
1秒の差で、命が失われてしまうかもしれない。
誰もが真剣になっており、張り詰めた緊張感の中で己の職務を全うするために全力を傾けていた。
『こちら2番ゲート。ブルーファルコンの出動準備完了。ゲートオープン』
「こちらメインルーム。周囲への連絡完了。出動を許可する」
『2番ゲート了解』
『こちらブルーファルコン! 出動します!』
零くんの声が聞こえ、モニターに映像が映った。
暗闇の中で光るグリーンのランプが一定間隔で通り過ぎていき、やがて晴天が映った。
そして映像はすぐに街並みを見下ろす形に回転し、空気を切り裂きながら前へ移動を続けていく。
この映像はジェットパックに搭載したカメラから映した景色のようだ。
現場へと急行するブルーファルコンと共に、新潟の景色を上空から見下ろしていた。
「優輝隊員はこの場で待機。出動の一部始終をできるだけ覚えておけ」
「了解!」
ゆーくんは隊長に促されて、席の1つに座った。
ゆーくんは、いずれは新潟県を守るために戦うヒーローの後継者なのである。
現場への移動の映像や、周りの動きなど1つ1つを覚えていかなければいけない立場であり、その表情は真剣そのものだった。
映像は山の間をなぞるように進んでいく。
やがて市街地から煙が立ち上っている様子が見えてきて、その場所の上空へ到着すると、カメラは角度を変えて真下を映し出した。
『こちらブルーファルコン! 戦闘域を視認しました! これより急行します!』
「メインルーム、了解!」
ブルーファルコンが画面に映り、地面に向かって降下していく。
僅かな時間でその姿が小さくなり、煙の中へと消えていった。
「ジェットパックの自動操縦ON! 上空で待機!」
「三附市の商店街がターゲットのようだな」
カメラがズームになり、お昼時に人で賑わっていたであろう街が、怪人の出現によって混乱に陥っている様子が映し出された。
真上からだと分かりづらいが、破壊されたお店の煙から離れるように人が移動していく様子が見える。
車の移動も似たような感じだが、ところどころで詰まってしまっているようである。
「三附の隊員たちへのヘルプは?」
「永岡支部から順次向かっているとのことです」
「了解だ。もし要請が来たらこちらからも応援に向かう」
確認と指示が飛び交う中、カメラの映像の中で車がスムーズに流れ始めた。
防衛隊と思われる人が交通整理を行っている様子が小さく映っている。
その次の瞬間、コンクリートが砕け散る様をカメラがとらえた。
「零くんが、戦っているの?」
「あぁ、それとレッドドラゴンもだ」
私の呟きに上杉教官が静かに答え、それに呼応したかのように、画面に赤いヒーローが映る。
ズームしている分、広範囲を見ることはできず、その姿は映ったり画面外に出たりしていた。
ブルーファルコンの姿は見えないが、時折りレーザーガンの光が映り込んでいる。
彼は遠くから射撃で火力支援を行っているようだ。
「怪人の情報は出ているか?」
「"槍使い"のようです」
画面に一瞬だけ怪人の姿が映った。
そのシーンの動画がライブ映像の横に映し出され、怪人が映ったところで一時停止される。
上からの映像で分かりづらいが、確かに槍を持っていた。
あれは、この間の特訓で手合わせした怪人の1人である。
【ゼブランサー】
シマウマの怪人。
超合金製の槍を操る怪人であり、持久力と速度に優れる。
最大速度には目を見張るものがあり、突進力と槍による瞬間的なパワーが凄まじい。
銀色の光がちらつくたびに、コンクリートや木片が吹き飛んでいるのが見える。
それを見た上杉教官が眉をひそめた。
「くそ、街を壊しながら戦っていやがる!」
「ブルーファルコンの射撃を嫌がっているのでしょう」
ゼブランサーは接近戦をメインとする怪人だから、ブルーファルコンの射撃への抵抗手段が乏しいのと、単純に2対1の状況をどうにか1対1にしたいのだろう。
すでに追い詰められているようにも見えるし、篤人さんや別の怪人がいるなら、そろそろ助太刀に入りそうなものなのだが……。
『こちらブルーファルコン! ミスティラビットは見えるか?』
「こちらメインルーム! 探していますが、見つかりません!」
『了解!』
いや、出るわけないよ。
今ここで、モニターで戦いを観察しているんだから。
それにしても、こうやって上から観測されているなら、ただ逃げただけじゃ絶対に追いつかれることが分かる。
下手をしたら怪人から人間に戻るところまでバッチリ見られてしまうかもしれない。
今までもそうしてきたけど、これからもミストボールを使ってから姿を眩ますことを徹底しておいた方が良さそうだ。
「粉塵が晴れました!」
上空のカメラが怪人とレッドドラゴンが対峙している様子を映し出した。
レッドドラゴンの右手に揺らめく炎が宿り、対するゼブランサーは真っ二つにされた銀の槍を持って呆然としている。
真ん中あたりが少し溶けているようで、何かしらの炎の一撃を槍で受けたことが伺えた。
レッドドラゴンが必殺技の構えを取った。
「行けえ! レッドドラゴン!」
「頑張れぇ~!」
最大のチャンスと見た輝羽ちゃん達が声を上げた。
しかし、いきなり画面がホワイトアウトしてしまう。
「現れたか!?」
「いったんズームアウトします!」
カメラがズームアウトして視野が広くなり、広範囲が霧に覆われている様子が映った。
篤人さんか他の誰かかは分からないが、撤退役が勝負に介入したのだろうと思う。
それにしても、一瞬で霧だと判断してズームアウトしていたな……。
もうパンデピスのこの戦法には防衛隊も慣れっこということだろう。
『こちらブルーファルコン! 霧の排除を試みる!』
「メインルーム了解! 総員、霧が晴れたら索敵を……」
オペレーターが指示を言い終わる前に大爆発が起こった。
霧の一部が吹き飛び、レッドドラゴンの姿が再びカメラに映る。
『こちらレッドドラゴン! 構わずブレイザーキャノンを撃ち込んだ! 手ごたえはあった! 怪人は見えるか!?』
「こちらメインルーム! 霧の無い範囲には姿が見えない! ……あっ!?」
スクリーンの一部にリプレイ映像が映し出され、霧が弾けた飛んだ瞬間で一時停止されていた。
怪人ゼブランサーと思われる影が、爆発の中心に映っている。
……私の脳内に、組み手の時に見た、ギラギラした目でいやらしく笑う顔が思い浮かんだ。
あの影はきっと怪人ゼブランサーの最後の姿だろう。
ほんの少しだけ、惜別の想いが滲む。
「こちらメインルーム! 先ほどの爆発の中心に人影が見えたことを確認!」
『レッドドラゴン、了解! 間違いなく怪人ゼブランサーだろう! 撃破成功だ!』
レッドドラゴンの勝利宣言に、隊員たちから拍手と歓声が沸き起こる。
そして、リアルタイム映像にも変化が起きていた。
『こちらブルーファルコン! 広範囲に冷気を放った!』
「こちらメインルーム! 霧が晴れていることを確認!」
「うわ、白くなってるっ!」
「ホント、真っ白ですよ~!」
「あの霧を全部冷やしたのか……。ブルーファルコン、凄いな」
ミストボールが無効化され、霜が降りたみたいに街が白くなっていた。
全てを覆い隠す霧は取り払われ、街はその姿を太陽の下に晒している。
篤人さんはどうしているだろうか?
ミストボールが使われたことから考えると、恐らく近くに潜伏していたはず。
うまく逃げきってくれているといいんだけど……。
その後、索敵が行われたが秘密結社パンデピスと思われる者たちは見つからなかった。
昼時の太陽に照らされてすでに溶けかけているのか、降りた霜がキラキラ輝いている。
三附市での戦いの緊迫感は、解けた氷の一滴のように消えていった。
--6月10日(土) 15:50--
「「「ありがとうございましたーっ!」」」
「あぁ、気を付けて帰れよ!」
輝羽ちゃん達が、受付まで見送ってくれた隊長さんと上杉教官に頭を下げる。
私と輝羽ちゃん達も、お互いに手を振り合ってさようならをした。
メインルームでヒーローと怪人の戦いを見ることになった私たちは、あの後ずっと興奮冷めやらぬ様子でおしゃべりしていた。
私はほとんど聞いていただけだったけど、おしゃべりを聞いているのは楽しいし、そのおかげで少しだけ沈んだ気持ちも持ち直していた。
見学終了の時間が来るまで、あっという間だったなぁ。
まだしゃべり足りないのか、3人は話をしながら市役所の方へと歩いていく。
私はそれを見送った後、気になっていたことを隊長さんに尋ねた。
「あの、隊長。あんなに色々見せていただいて良かったんですか?」
ふと、機密事項てんこもりだったんじゃないかと心配になったのだ。
輝羽ちゃん達が情報漏洩で罰せられることになったりしないか、少しだけ不安になったのである。
輝羽ちゃんは絶対に学校で自慢するからね。
「大丈夫。写真や映像を撮っていないことは確認しているし、そもそも本当に見せてはいけないものはちゃんと隠している。だから心配しなくていい」
隊長さんの言葉に、私はホッと胸をなでおろした。
「むしろ、ブルーファルコンの新技は周知しておかないといけない。スクープ狙いの記者がカチコチに固まったりしないようにな」
……それって、霧を消すだけじゃなくて攻撃にも使えるってことですよね?
いや、もしかして広範囲攻撃が元にあって、ミストボールを掻き消すのはその技の応用?
ブルーファルコンの天才っぷりに戦慄するんですけど!
「さ、これで今日の見学会はお終いだ。後はゆっくり優輝隊員と話をしてきなさい」
「今日は泊まるんだったな。優輝の隣の部屋を用意しておいたから、そちらを使うといい」
「は、はい、ありがとうございます!」
隊長さんと上杉教官に連れられて、私は再び地下へと向かった。
今度は秘密基地まで行くのではなく、その上の階にある居住スペースに直接移動し、ゆーくんにバトンタッチして隊長さんたちともお別れした。
ゆーくんはドアをカードキーで開き、私を招き入れてくれた。
「ここが僕の部屋だよ」
「おぉ~! 樋口さんのところと作りは同じなんだね」
一般の寮なのだから当たり前かもしれないが、ヒーロー特典といったものは無さそうだ。
それでも必要なものはすべて揃っていて、1人暮らしするには十分なスペースがある。
いわゆる1LDKというやつだ。
「夕食はどうしよっか?」
「食堂があるから、そこで食べられるよ」
キッチンもあるし、私が腕を振るうという選択肢もあったわけだけど、慣れない調理場で樋口さん以上の料理を、となると難しい。
話す時間がたくさんほしいこともあるし、今日は食堂を使わせてもらおうかな。
さて、最初に聞いておきたいことといえば……。
「ゆーくん、学校で自分のファンクラブができそうなことは知ってるの?」
「えっ? 何それ、知らないんだけど!」
そんな気がしたけど、やはり本人に伝わらないまま勝手に進んでいる話のようだ。
非公式ファンクラブってやつかな?
「防衛課の方でも公式会員ページ作るとか言われてるのに……」
「へぇ~、そうなんだ」
それは要チェックだ! あとで忘れずに調べておこう!
「って、ゆーくん、それ言っちゃっていいの? これから作るんだよね?」
「むしろ拡散して欲しいって言われてるよ。恥ずかしいけど、役に立てるならいい……のかなぁ?」
うーむ、商い魂が逞しいのは防衛課も同じだったようだ。
いや、便乗しているのは百貨店や商店街の方で、こっちの方が正しい人材活用の仕方だけども。
それと、ゆーくんは微妙に嫌そうにしているが、貢献したいという気持ちの方が強いらしい。
ライスイデンもレル兵さんと一緒に並んでパネルになっているし、それと同じものと思えばそこまで変でもないのかな?
「姉さん、もっとこっち!」
「うん」
真面目な顔になったゆーくんはリビングへ移動し、耳をそばだてた。
これから、誰にも聞かれてはいけない秘密の話をしようということだろう。
ゆーくんはテレビのボタンを入れて、教育番組のチャンネルに変えた。
テレビを見たいというよりは、雑音を入れて秘密の話を聞こえにくくしたかったようだ。
"みんなのうた"が流れる中、私とゆーくんはできるだけ近づいてひそひそ話を始めた。
「姉さん、僕はいずれ秘密結社パンデピスと戦うことになると思う」
「やっぱり、そうなっちゃうよね」
ゆーくんが新潟のヒーローになるということは、そういうことだ。
いずれは戦場で怪人と顔を合わせ、命のやり取りをすることになる。
近い将来、ミスティラビットとも会うことになるのかもしれない。
「僕は、姉さんにパンデピスの情報は聞かない。姉さんも、僕に何か聞いたりしないで欲しい」
「うん、わかった。……でも、できるだけ戦わないようにするから」
「そうだね、お互いに戦わずに済むように気を付けよう」
願わくば、できるだけ会わないうちにあと2年間が過ぎ去ってくれればと思う。
新潟高校に進学できれば、私が戦場に赴く回数はグッと減るはずだ。
「姉さん、お願いが1つあるんだ」
「なぁに?」
ゆーくんは真剣な顔をして何かを口にしようとしていたが、もごもごと口を動かしただけで、結局言葉には出さなかった。
悲痛な表情から察するに、きっと自分勝手でわがまま(ゆーくん基準)な言葉なのだと思う。
「言っても言わなくてもいいよ。私は、ゆーくんを信頼しているからね」
私の言葉に、ゆーくんの苦しそうな表情が和らいだ。
そして、今度はその願いを口に出してくれた。
「これから何があっても、僕の姉さんでいてくれる?」
「当たり前だよ」
私は強い意志を籠めて返事を返した。
ヒーローになる決意を固めたゆーくんがこれから何をするにしても、私だけは味方でありたい。
敵陣営に居ても、私の大切な弟であることに変わりは無いのだ。
「ところで姉さん、学校って今どうなってるの?」
「まだどうもなってないけど、これからゆーくん、大変になるんじゃない?」
「そう? 怖いんだけど……」
大切な、とても大切な話が終わり、私たちは他愛のない話で言葉を弾ませる。
当たり前に存在していた時間を取り戻すように、久しぶりにゆーくんと食事をして、テレビを見て、ゲームをして……。
私は英気をたくさんもらい、寮のベッドで深い眠りに落ちていった。
--6月10日(土) 21:00--
シンと静まり返った秘密結社パンデピス本部の地下4階に、コツコツと足音が響く。
その足音は私、ノコギリデビルのいる会議室の前で立ち止まり、やがて扉の開く音がした。
「ノコギリデビル、待たせたのぅ」
「ふふふ、時間通りです。Dr.ジャスティス」
秘密結社パンデピスの屋台骨にして、怪人化の改造手術の権威、Dr.ジャスティスが会議室の中へと入ってきた。
齢は30代ながら、その姿は老人のそれ。
私よりも年老いて見えるが、それが逆に箔を帯び、もし私と並び立っても見劣りしない不気味な存在感を醸し出している。
「話というのは他でもない。優輝のことじゃ」
「ふふふ、わざわざそのことで?」
「あぁ。今回の件については直接、説明せにゃいかんと思ってのぉ」
そう言って申し訳なさそうな表情を見せた。
先日行われたヒーロー化を行えるブレスレットの争奪戦で、最終的にブレスレットを手にしたのが優輝くんだった。
彼の手元にお目当ての物があることを、恐らく事が起こる前から知っておられたのだろう。
「ふふふ、ブレスレットの件については私の独断。気にすることはありません」
「そう言っていただけると助かるわい」
「それより、貴方の方こそお辛いのでは?」
なにせ、ヒーローならば最前線で怪人たちと戦わなければならない立場だ。
己の息子が戦地に赴く苦しさは、誰よりも私が一番よく知っている。
「そうじゃな……。久方ぶりに本気で後悔したわい。ワシが優輝からアタッシュケースを取り上げておれば、こんなことにはならなかったじゃろうな」
Dr.ジャスティスはそう言って目を閉じ、頭をゆっくり左右に振った。
もはや手の届かないところまで進んでしまった我が子のことを、心から案じているのだろう。
「まさか、あと1年弱というところで、あの2人が表舞台に立つことになるとは……。ふふふ、なかなか上手くは行きませんな」
「まったくじゃ。好美のやつも大概じゃが、優輝まで……」
我らパンデピスの悲願達成は、あとは時間の問題といったところまで来ている。
お子さん2人のことがなければ特に懸念点も見当たらず、全てが順調だ。
Dr.ジャスティスは更なる時間短縮に全力を注いでいるようだが、これ以上は難しいようだ。
それでも後1年弱……正確には、今年度中には準備を整えることができるという。
それまでの間、優輝くんが生き残ってくれればよいのだが……。
「それで、Dr.ジャスティス。新ヒーローとの戦い方をどうするか、ご意見を伺いたい」
「ふむ、そうじゃな……」
Dr.ジャスティスは強い意志を秘めた目で、これからの方針を口にした。
「構わん。普通のヒーローと同じように扱ってくれぃ」
「ふふふ、良いのですか? 彼が討たれたとしても」
「良い、というか、できるかな? なかなか油断ならぬ相手じゃよ、優輝はのぅ」
「ほぅ……?」
彼がドブロクダヌキを致命的な窮地に追い込んだことは知っているし、適合率の低いブレスレットの資質を持つ時点でヒーローとしての潜在能力は高いと思うが、まだまだ発展途上の段階だろう。
それでも、Dr.ジャスティスはヒーローとしての優輝くんを相当買っているらしい。
「覚悟の差、じゃろうな。優輝のそれは好美とは別物じゃ」
「ふふふ、すでに戦う意志は固まっていると?」
「ひゃっひゃっひゃ! 豪胆にもワシらに宣戦布告しておったよ!」
優輝くんはひとりのヒーローとして、悪のマッドサイエンティストとの訣別は既に済ませていたようだ。
それにしても、随分と嬉しそうに言ってくれる。
Dr.ジャスティスがヒーローとパンデピス、どちらに加担しているか分からなくなるほどに。
「じゃが、ワシらの野望は誰にも止められんよ。せいぜい、優輝には功績を積んでもらわんとな」
「ふふふ、それを私の前で言うのですか? Dr.ジャスティス。ヒーローに功績を積まれては困るのですがね」
「ひゃっひゃっひゃ! そうじゃったのぅ! すまんすまん!」
ただでさえ、今日もまた怪人ゼブランサーがレッドドラゴンに討たれてしまった。
最後の詰めに必要なピースが足りないなど、笑い話にもならない。
できるだけ怪人の人数を維持したいものだ。
「……遠慮はいらん。頼むぞ、ノコギリデビル」
「ふふふ、承知した」
Dr.ジャスティスはどんな状況になったとしても、計画を止めることは無いだろう。
ならば、私もその覚悟に従うのみ。
ヒーローたちよ、せいぜい我らの手のひらの上で踊るがいい。
--同時刻 21:00 --
【特務防衛課 新潟県 十日前町市 支部】
「つ、疲れたぁ~……」
「ただいま戻りました」
「おう、お疲れ様!」
疲労困憊といった様子の飛竜と零が地下基地へと戻ってきた。
午前の体力強化トレーニングの後に、飛竜はレッドドラゴンとして、零はブルーファルコンとして三附市で怪人と戦闘している。
その後で哨戒任務や記者会見まで行ってきたんだから、もう身体はガタガタだろう。
会議室に来るなり、椅子にどっかりと座り込んで机に突っ伏した。
「実際、土曜日に訓練してみて、どうだった?」
「くぅ、思った以上にシビアだったぜ……!」
「ぜんぜん身体が動かなくて、フォローが難しかったです」
まぁ、そうだろうな。
俺はやめておけって言ったのに、こいつらときたら好美ちゃんが来るからって無理にいいところを見せようとするから体力が切れるんだ。
いや、飛竜のやつは樋口が目当てか?
ともかく、本格的なトレーニングの後での仕事は集中力が続かないはずだ。
そうでなくても怪人との戦闘なんて体力を使うんだからな。
「それでも勝ちを拾ってくるのは見事だったし、俺から見たらいい動きをしていたぜ」
「あれ? そうっスか?」
「僕自身の感覚とはズレがあるんですかね?」
身体に活を入れ始めたのが今週の頭だったが、その成果かもしれないな。
パワーアップはしていないが、苦しい時にも踏ん張れる力にはなっているようだ。
これから徐々にトレーニングの成果も現れて、本当の意味でのパワーアップにも繋がるだろう。
それに、ブレイザーキャノンを撃つ判断も適切だった。
ギャンブルではあったが、相手の攻撃手段が断たれていたあの状況なら反撃もされづらいし、怪人が足を止めていたことからも当てられる可能性は高かった。
たとえミスティラビットが現れて庇ったとしても大ダメージを与えることはできただろうと思う。
ブルーファルコンも霧の無効化に成功していた。
あそこまで広範囲に特殊能力を広げる才能は零以外には持ちえないだろう。
総じて、今日の戦果も上々だ。
「……とはいえ、やっぱり土日の訓練はやめておけ。怪人が出る可能性が高いんだからな」
「今後はそうします」
「今はとにかく休みたいっス」
素直に頷く2人に、コーヒーを1杯ずつ入れてやる。
2人とも甘党だから、ミルクと砂糖を多めに準備しておいた。
「これ飲みながら聞いてくれ。三附市の被害状況は、一般家庭の家屋破壊が数件、主要道路と、まわりの電信柱の破損がかなり酷い状態だそうだ」
「ゼブランサーのやつが暴れていましたからね」
コーヒーにミルクを注ぎながら飛竜が応えた。
「飲食店がいくつか壊されたらしくて、市長は三附市のグルメマップに穴が開いたとか嘆いていたそうだ。……でも、死者はいなかった、と」
「本当に死者が少ないですね……好い事ですけど」
「確かに、他の県の怪人が起こした事件じゃ考えられないぜ」
今回、爆弾を使われたようだが、巻き込まれた人はいなかったようだ。
新潟ではこういった幸運がたびたび起こる。
もしやパンデピスの連中が加減しているのでは、と考えてもみるが、敵対組織にそんなものを期待してもどうしようもない。
俺たちは俺たちで、やれるだけのことをやって被害を抑えていくしかないだろう。
「それとは別に、こっちの方では少しばかり嫌な動きがあってな」
「何ですか?」
俺は新聞紙の切り抜きを1枚、テーブルの上に広げた。
新聞の3面記事で、優輝の出撃を望む声が記載されている。
「ニューヒーローの登場はまだか、って書かれているんだが」
「いや、早すぎるでしょ?」
「毎日の訓練で、僕ら以上に身体が悲鳴を上げているはずですよ」
「分かってるよ、……俺は」
今の優輝のヒーローとしての力は、平均的なヒーローの初期段階よりかなり下だろう。
身体の強さは鍛錬による超回復の前に、"成長"というレベルアップによって支えられている。
優輝はまだ中学1年生であり、身体が大人に向かって強くなっている最中だ。
零だってまだ中学2年生で、成長の真っ最中であり、本来はじっくり育てていくべき段階だ。
「なまじ零が本部のヒーローとして大成功を収めているから、周りの連中の感覚が麻痺してるな」
「僕の影響?」
「お前のせいじゃないって、零!」
「そうだ、零は良くやってくれている。俺たち上官が判断を間違わなければ問題は無い。……はずなんだがな」
俺も椅子にどっかりと座り、後頭部をガリガリと掻いた。
「まーーーーた、あの唐変木が余計なことを言ってきたんだ」
飛竜と零が苦笑していた。
お前らに当たるのは間違いだって言うのは百も承知だが、笑わないでくれよ!
俺は本気で怒っていて、ぜんぜん笑えないんだよ!
「で、今度はどんなことを言ってきたんスか?」
「さっさとヒーロー名を決めろと。まぁ、これはいい」
広報としても早く使いたいだろうし、もともと検討には入っていたから、順当にいけば来週中には決まるだろう。
「問題なのは、お披露目会と公開訓練をやれっていう命令だ。しかも、また土日だよ! 学習しろよ! 土日祝日はパンデピスの怪人が暴れるってことをよぉ!!」
勢い余って机をドンと叩いてしまった。
いかんいかん、怒りを抑えねばならないというのに抑えきれなかった。
疲れているこいつらを愚痴に付き合わせるのも悪いと分かっているってのに……。
「すまん……」
「いえ、構わないっスけど……。上層部は優輝がもう戦えると思っているんですかね?」
「そこまでバカだとは思いたくないが……」
いろいろと無茶な指令を出してくる奴がいるからなぁ。
たぶん分かっていないんだろうな。
公開訓練中に怪人出現!
優輝が出動して撃退!
喝采を浴びる中でヒーロー名の発表!
――みたいな青写真を描いているような気がする。
「飛竜、零、まだ日曜日の仕事がある中で話すことじゃないかもしれんが、来週はフォローできる余力を残しておいて欲しい。最悪、優輝への出動命令が下るかもしれん」
「「了解!」」
ビシッと敬礼をした飛竜と零に感謝しながら、俺も敬礼を返した。
彼らの力は頼りにしているが、その前に俺も最大限の努力をしなくてはいけない。
優輝が戦える状態になるまで、なんとか出動を延ばすようにうまく立ち回る必要がある。
俺はひとり、心の中で決意を新たにする。
身内のゴタゴタでヒーローの卵を潰されてなるものか。
俺の後継者は、俺が守らなきゃな!
渡の出した問題は「CM」「越後製菓」で検索したら出てくると思います。
かなり古いCMなので、新潟県民でも知らない人は多いかもしれません。




