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秘密結社パンデピス  作者: ゆきやま
25/42

特訓!

--6月3日(土) 5:30--


 小さな水滴がメガネのレンズを湿らせ、少し歪んだ景色の中、私は自転車を進ませていく。

 6月に入って初週の土曜日は、梅雨の季節の入り口に差し掛かっていることを示唆するようなドロドロの曇り空で、つい先ほどからは霧のような雨が舞い降りてきていた。


 雨がっぱの袖にくっついた水滴を軽く払い、次の配達先に向かうため小径を曲がる。

 すると、そこには見慣れない車が道の脇に停まっていた。


「へぇ~、鳥取?」


 ナンバープレートを何となく確認すると、随分と遠くからやってきた車だということが分かった。

 キャンプに適してそうな大きい車で、銀ピカのボディが霧雨のしずくを玉のように弾いている。

 長旅をしてきたとはとても思えない綺麗な車だ。


 その車の前を横切るようにして、私はすぐ目の前の家へ自転車を停車させる。

 牛乳瓶を2つ取り出して、私は専用の牛乳瓶受けへとそれを配達した。

 これであと半分! 今日のお仕事は順調だ。


 戻ってきて自転車のハンドルに手をかけた。

 すると、その瞬間に先ほどの銀ピカの車のドアが勢いよく開き、武器を持った男たちがわらわらと現れて飛び降りてくる。

 その男たちは示し合わせていたのか、瞬く間に私をぐるりと取り囲んでしまった。


 な、なにごと!?


 驚きで目が点になった私に向かって、その黒ずくめの男たちがバールのようなものを片手にじりじりと近づいてくる。

 全部で5人の男……いや、もしかして1人だけ女性?

 ともかくその5人が明らかに私をターゲットとして狙っているようだ。


「あ、あの、何か御用でしょうか……?」


 一応、声を掛けてみたけど、案の定というか当たり前というか、反応が無い。

 前後左右を囲まれているので、自転車に乗ってもすぐに抑えられてしまうことだろう。

 もし一撃でも貰ってしまえば自転車が倒れ、配達用の牛乳瓶は全滅必至である。

 私自身は大丈夫だけどね。


 私は裏社会の組織、秘密結社パンデピスに所属する怪人である。

 他の怪人たちとは違って人間形態でも怪人並みの力を発揮することができるので、実際のところ黒ずくめの連中に後れを取ることはないのだ。

 ただ、だからといってその力を使ってしまったら怪人であることが周りにバレてしまう。

 そうなったらヒーローに狙われてしまうし、命は無いだろう。


 結局のところ、普通にタコ殴りにされるのを耐えるしかないのだ。

 ダメージが少ないだけで普通に痛いから嫌なのだが、怪人バレして死ぬよりはマシだ。


 せめて自転車は守ろうと思い、私はそっと自転車から離れた。

 それを見た黒ずくめの男の1人が前傾姿勢を取って、今にも飛び掛かろうと――。


「待てぇ!」


 霧雨を切り裂くような気迫のこもった声が響き、曲がり角の先から2人の男が飛び込んできた。

 あれは、アズマさん!? それに、上杉教官も!


「どぉりゃああああ!」

「せぇやあああああ!」


 2人がギアを更に上げて、すごい速度で黒ずくめの5人に突っ込んでいく。

 慌てふためいた男たちが持っていた獲物をアズマさんたちに振り下ろすが、2人はそれを腕一本で受け、逆に弾き飛ばし、男たちの(あご)鳩尾(みぞおち)に重いパンチをお見舞いしていた。


 ほとんど1, 2発で男たちを沈め、あれよあれよと言う間に黒ずくめの男たちが地面に転がっていく。

 すでに残りは最後の1人、恐らく女だろうと思われる人だけだ。

 彼女は既に恐慌状態になっている様子で及び腰になっている。

 しかし、怯えながらも震える手を背中に回して何かを取り出した。


 その手に構えているのは小さな拳銃だった。


「えっ!? け、拳銃ぅう!?」

「う、う、うわぁあああ!」


 女が叫び、その拳銃があっさりと火を噴いた。

 放たれた弾丸がアズマさんの胸に吸い込まれていく。

 アズマさんの身体が前に傾いていく様子が、スローモーションのように網膜に映った。


 身体中を寒気が遅い、身の毛がよだつ。

 目の前が暗くなり、息ができない……!


「……っと、オイタが過ぎるぜ、お嬢ちゃん!」


 しかし、撃たれたはずのアズマさんはニッと笑って踏みとどまると、スタスタと歩いて黒ずくめの女の元へ向かい、その手に持った銃をパシッと奪い取ってしまった。


「ひっ!? あぁ……!」

「コイツは没収! 暴れなきゃ痛い思いをさせるつもりはないから、神妙にしてろよ!」


「……ふぇ?」


 え? 何ともなさそう。

 だ、大丈夫、なんだよね……?


 呆気に取られていた私の元に上杉教官が近づいてきた。


「大丈夫だ。このウィンドブレーカーと帽子な、実は防弾性なんだよ」

「えぇっ!?」

「あんなヒョロ鉄砲なら何十発くらってもわけないさ。だろ、飛竜?」

「ええ、当然っス!」


 黒ずくめ達を手錠で拘束して回っているアズマさんが元気よく答えた。

 女の人も抵抗らしい抵抗もせず、後ろ手に手錠を付けられて大人しくしている。

 アズマさんたちはここで何が起きるかを分かっていたのか、あらかじめ色んな装備を準備してきたようだった。


 2人の元気な様子を見て私は力が抜け、その場にへたり込んでしまった。

 ついでに涙が溢れ出てきた。

 ホッとしたはずなのに、何でこうも泣いてしまっているのか自分でも分からない。

 ただただ涙があふれてしまって止まらなかった。


「すまん、驚かせてしまったな。この通り、あいつも俺も平気だから安心してくれ」

「ぐす、は、はい……」


 上杉教官に慰められ、大丈夫だと自分自身に言い聞かせる。

 涙はなかなか引っ込んでくれなかったが、それでも少しずつ気分は元に戻ってきた。

 まだ鼻がぐずっているけど、だんだんと息も整ってくる。


「こちら上杉、暴行未遂と拳銃発砲事件が発生。被害者は無し。犯人は既に確保しているが人数が多く、全部で5人いるから応援を頼む。あ、ついでにあの本も持って来てくれないか? 場所は――」


 私が落ち着こうとしている間に、上杉教官が無線で仲間と連絡を取っていた。

 2対5で、そのうち1人が拳銃を持っていたのに圧勝するなんて、やっぱりアズマさんも上杉教官も強かったんだなぁ。


 それにしても、この黒ずくめの人たちはいったい何だったんだろう?


 ……まさか、別の秘密結社の関係者!?

 もしそうだとしたら私の正体を知っていて襲い掛かってきたのかもしれない。

 ひょっとして、私は今、ものすごくピンチなのでは……!


 再び怖くなった私は、おっかなびっくりアズマさんに黒ずくめ人たちのことを尋ねた。


「あ、アズマさん、この人たちは……」

「あぁ、こいつらはちょっと行き過ぎた行動をする、零のファンなんだってさ」

「へっ? 零くんのファン!?」

「そうらしいぜ?」


 予想外の答えに私の目は再び点になった。

 ひとまず死の危険は遠ざかったから、その点は良かったと思うけど……。

 私、零くんの追っかけに襲われたってこと?


「あぁ、いわゆるブラックリスト入りのヤツらだ」


 上杉教官も連絡を終えて話に加わった。

 黒ずくめの人たちは覆面を被っているけど、あの話しぶりだと全員の素顔や名前もすでに把握しているに違いない。


「以前にもイベントの関係者に暴行まがいなことをしたんでしたっけ?」

「あぁ、現地の女性スタッフに乱暴をしたらしい。零が話してくれたよ」


 確かこの人たち、わざわざ鳥取から車で来てるんだよね?

 前回どれだけ派手に暴れたのやら。

 零くん、無関係に近い人を相手に騒ぎを起こされて嫌な気分だっただろうな。


「体育祭のニュースが大反響だったみたいだから、警戒しておいてよかったぜ!」


 そういえば、1週間前に零くんの片想いの情報が全国ニュースになっていたんだっけ。

 体育祭で色々とバレてしまったのである。

 ただ、私、最初から零くんの告白を断っているわけだし、私を攻撃しても仕方ないんだけどなぁ。

 ニュースではその辺を(ぼか)していたから知らなくてもしょうがないけども。


「おい、そのことは秘密だろうが……!」

「もう良いじゃないっスか」


 それにしても、何で上杉教官は焦ってるんだろうか?

 私はその表情を何となく眺めていたのだが、教官は少し悩むような表情を見せた後、ため息をついて説明を始めた。


「実はな、ここ1週間ほど好美ちゃんのことを尾行してたんだ」

「え、そうだったんですか?」

「実はそうなんだよ。朝と夕方に陰ながら見守るって感じでな!」


 全然気づかなかったよ。

 だからすぐに助けに来てくれたのか。


 でも、それはそれで微妙に怖い。

 怪人のパワーがバレるようなことがなくて本当に良かった。

 気を利かせてくれたのは分かっているし、嫌というわけではないんだけどね。


「何もなければ終わりにするつもりだったんだが、もう数日、期間を延ばすか」

「いや、もう振られてることをニュースで流しましょうよ。零もそれでいいって言ってますし」

「それはそれで荒れそうだぞ? 『零を振るなんて何様だ!』みたいにな」

「あーもう、どっちがいいんだ!」


 2人が対策について議論を始めた。

 あ、そういえば、まだお礼も言っていなかった気がする。


「あ、あの、助けてくれてありがとうございました」

「あぁ、どういたしまして!」

「無事で良かった。これなら零に怒られなくて済みそうだな」


 お礼を言った直後にパトカーのサイレンの音が近づいてきた。

 程なくして到着した警察官の人たちに黒ずくめの人たちが連行されていく。

 アズマさんと上杉教官も同行するようで、警察と一緒にパトカーに乗り込んだ。


「そうそう、これを君に渡しておこうと思っていたんだ」


 上杉教官が窓を開けて1冊の本を渡してきた。

 その表紙には『女性用護身術』の文字がデカデカと書かれている。

 護身術って、組みかかられた時にどう逃げるかみたいな事例をまとめたヤツだよね?

 本を少し開いてみると図も入っているようで、本全体には結構な厚みがあってなかなか重い。


「押しつけがましくてすまんな。まぁ、気が向いたら読んでみてくれ」

「俺たちも頑張るけど、役に立つかもしれないからな!」

「あ、はい、目を通してみますね」


 アズマさんと上杉教官を乗せたパトカーが発進し、私は手を振って2人を見送った。


 残された私はというと、パトカーで警護されながら残りの牛乳配達を行うことになってしまった。

 狙われた直後だから仕方ないのだろうけど、こんなにやりづらい牛乳配達は初めてである。

 私がしたことは普通に配るだけだったけど、パトカーを従えていると妙に気疲れが……。


 配り終えた後も、私はパトカーで自宅まできっちり送り届けられた。

 警察官の皆さんにお礼を言ってパトカーを見送り、私は自宅に入っていく。


「やぁ、大変だったね、好美ちゃん」

「あ、おはようございます、篤人さん。来ていたんですね」

「うん、おはよう。お邪魔しているよ。陰から防衛隊に護衛されたり、記者に写真を撮られたり、ここ1週間は色々と騒がしかったねぇ」


 篤人さんはなぜか私の周りで起きていたことを知っているっぽい。

 ていうか、防衛隊のことはさっき知ったけど、記者って?


「あの、私って記者さんに写真を撮られていたんですか? 盗撮で?」

「うん、そうだよ。でも大丈夫! 僕がうまいことしておいたから。アツトにお任せってね!」


 何をしたんだ、何を!?


 最近のニュースなどでも盗撮写真っぽいものは見た記憶がない。

 篤人さんがうまく阻止してくれたんだと思うんだけど、何をどうやったのか私にはさっぱり分からなかった。

 裏社会のコネとか使ってないよね?


「まぁ、その辺は企業秘密ってことで! それより、今日の予定なんだけど」

「私の訓練ですよね?」


 篤人さんが全て話す前に、私から先に今日の予定について切り出した。

 先週、突如として私の特訓が行われることが決定してしまったのである。

 嫌な予感がするけど、行かないわけにもいかない。


「……普通の訓練なんですよね?」

「さぁ? その辺は僕も知らないからね。『連れて来てくれ』とだけ言われてるよ」


 残念ながら篤人さんも詳しい話は知らないようだった。

 幹部のノコギリデビルが仕掛け人として楽しそうにしていたし、もったいぶって教えてくれなかったのだろう。


「それと、今日の襲撃については珍しく防衛課を狙うことになったみたいだよ」

「そうなんですか?」


 人が集まる場所で暴れて、ヒーローが出たら戦うというのがパンデピスのいつもの流れなのだが、直接防衛課と事を構えるのは珍しい。

 この間、警察署を襲った時のように防衛課の基地へ乗り込むつもりなんだろうか?


「なんか、荷物を狙って襲撃を掛けるらしいよ。極秘情報を掴んだとかで」

「へぇ~」


 相変わらず、ヒーロー側の行動が駄々洩れになっているっぽい。

 いったいどこからそんな情報を得ているのやら。

 もしかして、以前にノコギリデビルがちらりと言っていた闇のブローカーとかいう(やから)から買ったのだろうか?


 あ、そうだ。朝ご飯とお弁当の準備をしないと。


「どうする? 今回は夜遅くの山道になりそうなんだけど、参加するかい?」

「そうですね~……」


 私はエプロンを付けながら生返事を返した。

 夜遅くにピンポイントで防衛隊の荷物を積んだ車か何かを狙うのであれば、巻き込まれる一般人もそんなに多くないように思う。

 しかも高速道路とかじゃなくて山で襲うなら尚更だ。


 防衛隊とパンデピスがやり合うだけなら無理して参加する必要は無いかな?

 夜遅くに起きているのも、朝型生活をしている私にとっては結構しんどいし。


「それなら、今回はやめておきたいです」

「オーケー。まぁ、今回は無理に出る必要もないからね」


 卵焼きの卵を溶きながら返事を返し、篤人さんもその答えに理解を示してくれた。

 アズマさんたちが巻き込まれないか少し心配ではあるけれど、品物の強奪ならいきなり車ごと爆破したりもしないだろう。

 あの2人なら怪人と接触してもうまく生き延びてくれる気がするし。


「それよりも、今日は好美ちゃんが家を出ていることを隠さないといけないからね」

「え? あー、私、護衛されているんでしたっけ」

「そうそう。今日、好美ちゃんは1日中、家の中にいたってことにしないとね」


 篤人さんはそう言って大きな麻袋を指さした。あれに入って荷物のフリをしろってことか。

 万が一、輝羽ちゃんが来た時のために頭痛で寝ていることにしてもらおうかな。

 ゆーくんにも口裏を合わせてもらうようにお願いしないといけない。


 それにしても、特訓も何をするのか分からないし、出たくないなぁ。


「本当に1日中、家の中に居たいですよ」

「残念だけど、そういうわけにはいかないからね~」


 篤人さんに愚痴を言いながら、私はフライパンを翻して卵焼きを完成させた。



--6月3日(土) 8:30--


【パンデピス本部基地 エントランス】


 怪人化を済ませた私は、同じく戦闘員21号の姿になった篤人さんと一緒にエントランスに足を踏み入れた。

 広いエントランスにいるのは受付の戦闘員のお姉さんと、休憩スペースで本を開いているブラッディローズだけのようだ。


「ブラッディローズ」

「む、ミスティラビット、戦闘員21号、来たか」


 随分と集中して本を読んでいたようで、私が声を掛けるまで私たちに気付かなかったようだ。

 なお、彼女が読んでいた本は私が貸した園芸用の本である。

 どうやら小学生理科の教科書は卒業したようだ。


「どう? 本は役に立った?」

「まだ何とも言えないが、知識は深まった。これからいろいろと試したい」


 ブラッディローズは本を閉じると、腕に巻いた一本の蔦を急成長させ、花を咲かせて見せた。

 今まで蔦と棘しか見たことなかったけど、花も咲かせることができるようになったようだ。

 それが何かに使えるかは分からないが、彼女もそれを今から模索するのだろう。


「だいたい読み終わってしまってな。他に何か持っていないか?」

「えーと、植物の本じゃないけど……」


 私は、朝、上杉教官に渡された『女性用護身術』の本を取り出してブラッディローズに渡した。

 一応は武術も載っているっぽいので、念のため持ってきたのである。


「私もまだ読んでいないから詳しくないんだけど、見てみる?」

「いいのか? 今日は戦闘訓練をするんだろう。その本は使わないのか?」

「この本は特訓とは別の件だし、いいよ。すぐ返してもらうかもしれないけど……」

「そうか。ちょうどいい。読ませてもらおう」


 ブラッディローズは心持ち嬉しそうに本を受け取った。


「ノコギリデビルが闘技場でお前を待っている。頑張ってこい」

「うん、行ってくるね。ところで、ブラッディローズはここにいるの?」


 ブラッディローズはその場で本を開いていた。

 普段のブラッディローズの態度から考えると、特訓なんてものに興味を示さないはずないんだけど……。


「今日の特訓はノコギリデビルが選んだメンバーだけが参加できるそうだ。見学はしてもいいと言われたが、もどかしくなりそうでな。ここで本を読んでいた方がいい」

「そっか、わかった」


 ブラッディローズは護身術という響きに興味を惹かれたようで、さっそくページをめくっていく。

 本を読む邪魔をしちゃ悪いので、私は少ない言葉で切り上げるとエントランスの奥へと向かった。


 大会議室横のエレベーターを使い、地下2階へと向かう。エレベーターの扉が開き、入り口を潜ればすぐそこが闘技場だ。

 エントランスとは異なり、ここには結構な数の怪人たちが集まっている。

 これ、全部私の特訓のための要員なのだろうか?


「ふふふ、来たか、ミスティラビット」

「はい、ただいま到着しました」


 ノコギリデビルが珍しく動きやすそうな恰好をしている。

 ただマントを脱いだだけではあるのだが、体格の良さと輝く鎧が歴戦の(つわもの)の風格を醸し出しており、この中の誰よりも強そうに見える。

 さすがだと思うと同時に、『私と組み手だ』とか言い出さないか不安になってくる。


「この格好か? 今日は少し身体を動かそうと思ってな。君の特訓とは無関係だから気にしなくていい」

「そ、そうですか? では、この怪人たちは?」

「ふふふ、そちらは君の特訓のために来てもらった者たちだ」

「や、やっぱり!?」


 周りを見渡すと、ギラギラした瞳で怪人たちが私を睨みつけてくる。

 ざっと見た感じ10名ほどで、その中にはゴブリンラットやリトルファングの姿も見える。

 分別がありそうなノコギリデビルと組み手をするのと、こっちの面々と組み手をした場合にどっちが楽なのか微妙なラインである。


「ところで、特訓って何をすれば……」

「ふふふ、これから説明しよう。集まってくれた諸君も聴いてほしい」


 ノコギリデビルが声を上げ、怪人たちの雑談も止まって静かになった。

 みんなが自分を注目していることを確認したノコギリデビルが、今日の訓練について朗々と説明を始めた。


「今日、集まってもらったのは他でもない、ミスティラビットの特訓のためだ。彼女は類稀(たぐいまれ)なパワーを持っているが、それを十分に使いこなすための技術を持ち合わせていないことが分かった」


 ノコギリデビルが集まった怪人たちに簡単な状況説明をする。

 言葉を濁してくれているが、はっきり言ってしまうと『攻撃するのが下手』ということである。


「どんな技術を習得するべきか、本人にこだわりも無いようだ。どうせならばしっかりした指導を受けて力を高めてほしいと私は願っている。ここに集まってくれた諸君は怪人としての特殊能力だけではなく、純粋な戦闘技術を持つ者として選ばせてもらった」


 戦闘技術を持っているからかぁ。

 ブラッディローズは選ばれなかったって言っていたけど、彼女は能力ありきの戦い方をするから選考から外れることになったのだろう。


「まず、彼女の向き不向きを調べるためのテストを行う。とはいえ、普通の指導では面白くあるまい?」


 あれ? さっきまで組織の管理者として指導力を発揮していたのに、いきなり雲行きが怪しくなってきた気がする。

 普通でいいと思うのは私だけでしょうか?


「ふふふ、どうせなら、ちょっとしたゲーム形式でやってみようではないか。ミスティラビット、君は相手の武器と同じ武器、同じ攻撃手段しか用いてはならない。相手となる者は特殊能力を使わず、戦闘技能だけを使ってミスティラビットを追い詰めてみせるがいい」


「実戦形式で戦っていいってことかぁ!?」

「ふふふ、その通りだ、ゴブリンラット」

「ミスティラビットを倒すことになってもいいのかよ」

「彼女はタフだぞ。君に出来るかな? リトルファング。……だが、もし倒すことができるなら序列も考え直さねばならんな」


 序列という言葉が出てきた時点で、周りの怪人たちの目の色が変わった。

 あの怪人たちは絶対初手から本気で来るつもりだ。


「ただし、もしミスティラビットの攻撃がかすりでもしたらその時点で終了とする。私はミスティラビットに意地悪をしたいわけではないからな。あくまで双方に本気を出してもらうことが目的だ」


 ノコギリデビル、絶対楽しんでいるよコレ。

 でも、お互いに本気を出すという点においては意外といい感じのルールかもしれない。

 私は出来るだけ早く終わらせたいので頑張って一撃を当てる必要があるし、そのためには相手の技術をうまく真似ていかなければならない。


 相手の怪人たちも戦闘技術だけで戦う必要があるので、私が絶対真似できないような攻撃手段をとることはないはずだ。


「面白れぇ、やってやるぜ!」

「相手が疲れたタイミングがベストか……?」

「ふん、俺が最初に出て最初で決めてやる!」


 怪人たちが鼻息を荒くする。

 今にも全員が飛び掛かってきそうな雰囲気だ。


「さて、残念だが1番手は決まっている。リトルファング、君にお願いしたい」

「俺か?」

「ふふふ、そうだ。君の戦闘技術は何かな?」


 そう尋ねられたリトルファングは答えようとして、何かに気付いたようだった。

 そして、片腕のリストバンドを外し、その中に隠していた小さなカッターの取り出し方を私に見せると、リストバンドごと私に手渡してきた。


「あの、これは?」

「俺はこれを投げつけて攻撃する。同じ攻撃手段じゃなきゃダメなんだろ?」

「ふふふ、そういうことだ。リトルファングと同じく、武器を使う者はミスティラビットに渡せるように、先に準備しておいて欲しい」


 そうか、リトルファングはすぐに武器を渡せるから指名されたのか。

 両腕だった時の半分とはいえ、刃は薄くて結構な数がある。

 それだけあればリトルファングに支障はないのだろう。

 私も数が多い分、気兼ねなくトライすることができる。


「ふふふ、それでは1人目だ。リトルファング対ミスティラビット、はじめ!」


 闘技場のリングに上ると、さっそく1試合目の開始が宣言された。

 リトルファングの目が獲物を狙う狩人の目つきに変わり、闘技場のリングに身を(ひるがえ)した。


 ――結果から言うと、一応は一本を取ることができた。

 しかし、その有様は酷いものだった。


「我ながら、至近距離からの一撃って卑怯ですよね……」

「"機敏な動き(フットワーク)"も俺の武器だ。別にかまわねーよ。正直、そろそろ終わりてぇと思ってた。……おまえ、何発当てても全然ダメージ入ってねーじゃねーか」


 つまらなそうな顔でリトルファングが呟いた。

 私の身体には彼に付けられた無数の切り傷があり、薄く血が滲んでいる。

 大ダメージは確かに無かったものの、むちゃくちゃ痛いんですけど。


「これは私には無理だよぅ……」


 リトルファングのカッターは寸分の狂いもなく放たれて、私の逃げ道を無くしつつ急所を目掛けて飛んでくるのだ。

 避けることもままならず、何度もガードするしかない状態に追い込まれてしまった。

 それでいて私の投げるカッターは全然狙い通りに動かないし、そもそもリトルファングがスピードで相手を翻弄するタイプだから余計に当てづらい。


 結局、至近距離で投げたカッターが相手の身体にただ当たっただけの決着になったのだ。


「これをあれだけ操れるリトルファングって凄いんだね……」

「ちっ! 相手を仕留められなきゃ意味ねーけどな! パワーが足りねぇ。どうすっかな……」


 自分の課題に向き合うセリフを口にして、リトルファングは闘技場のリングを降りた。

 本人的には納得のいく結果ではなかったようだけど、ノコギリデビルが随分とご機嫌な顔で眺めている。

 もしかしたら序列が少し上がるかもしれない。


「さぁて、次は俺だぜぇ!」


 ボキボキと拳を鳴らしながらゴブリンラットがリングに上がってきた。

 やる気が一番ありそうだし、パワーファイターだからダメージは一番高そうである。

 リトルファングとは正反対だ。


 ――結論から言うと、あっさり終わった。


「くっそ~、もう1回やらせろぉ!」

「ふふふ、残念だがここまでだ」


 ゴブリンラットの攻撃は投げ技やラリアット、チョップなどのプロレス技である。

 昔から彼の戦い方は知っているし単純なので真似しやすいのだ。

 しかも、プロレスというのは相手の攻撃を身体で受けて、タフさを誇示したりもするため……。


「ちくしょー、やっちまったぁ! かすっても終わりって分かってたはずなのによぉ!」

「ルール的に不利でしたもんね」


 私のラリアットもどきを身体に受けて、そのまま一本となったのである。

 一応、避ける技術もあるはずなのだが、ついつい受けてしまったようだ。


「ふふふ、さっきと違って多少は様になっていたぞ。感触はどうだ?」

「しっくり来ているわけではないですが、さっきのカッターよりは真似しやすいです」


 ノコギリデビルは様になっていたと評価してくれたが、ゴブリンラットが受けた方が楽だと思うくらいなので、威力としてはお察しである。

 あくまでリトルファングのカッターよりはやりやすいというだけだ。


「おいこら、ゴブリンラット! 少しくらい体力削れやボケぇ!」

「わざわざ順番を譲ってやったんだぞ!」

「うるせぇ! 俺自身が一番納得できてねぇんだよ! お前らさっさと負けろ! もう1周するぞ!」


 するの? あまりしたくないんですけど。


 ノコギリデビルに目を向けると意味深な含み笑いをしているし、私の戦闘スタイルが決まらなかったら本当にもう1周ずつさせられるかもしれない。

 流されて参加させられていたわけだけど、私自身も『これだ』っていうものを探さないと永久に終わらなさそうだ。


「俺が相手だ……」

「次は俺だ!」

「俺は易々と負けんぞ!」


 その後、次々に怪人がリングに上がってきて戦うことになった。

 ムエタイ、空手、ボクシングと相手をさせられ、今度は私も真剣に取り組んでみたけど、どれがいいかと言われると迷ってしまう。

 今のところコレといったものは決められそうにない。


「やぁ、ノコギリデビル。みんなで集まって何をやっているのかな?」

「ふふふ、君か、カラガカシ」


 前の戦いが思ったより早く終わってしまい、次の対戦相手が武器を取ってくるというので待っていると、裏取引を担当する幹部カラガカシが地下基地に現れた。


 何か取引を行う予定でもあるのだろうか?


「本部まで来るとは珍しいな」

「今日は第1工房から新作が届く日だからね。近くに寄ったついでだよ」

「ふふふ、わざわざ引き取りに来るとは熱心ではないか。あの工房の試作品は、他の工房の連中からはガラクタ呼ばわりされているようだが……」

「性能がピーキーすぎるからね。でも僕は好きだよ? いったいどんなメカニズムなのか見当もつかないものが混じっているから面白くてね」


 話し声をついつい耳で拾ってしまった。

 ちなみに工房については私も知っている。

 戦闘員用の強化スーツだったり、レーザーガンだったり、怪人用の特殊装備だったりを作っている秘密の工場が存在しているのだ。


 戦闘員だった時に何度か物品の輸送も行ったことがある。

 カラガカシのいる基地がどこなのかは知らないが、もしかしたら届けたことがあるのかもしれない。


「へぇ~、ミスティラビットの訓練をねぇ~」

「ふふふ、発端はムーンベアの弟子になれという宣言だったがな。彼女の戦闘スタイルはミスティラビットには厳しいと思って断らせてもらった」

「それ、ムーンベアは激昂したんじゃない?」

「いや、案外あっさり引き下がったよ。よりよい戦闘スタイルを探してやってくれと言われてな。どうやらムーンベアもミスティラビットには期待しているらしい」

「それは、随分と気に入ってるようだね……」


 そうそう、ムーンベアの話が発端だったんだよね。

 その話が(くすぶ)っているうちに、ゴブリンラットが油を注いだ結果が現在のありさまである。


 それにしても、随分と遅いなぁ……。


「待たせたな」

「あ、いえ、大丈夫です」


 遅いとか思っていたら到着していました。

 意識を幹部たちに向けていたせいか、全く気付かなかった。

 いけないいけない、自分の訓練の方に集中しなおさないと!


「えーと、何を持ってきたんですか? 随分いろいろありますけど」

「俺の分だけじゃないぞ。3人分の武器だ」


 カンフー映画で使うような、確か(こん)とか呼ばれる武器や、鋼を鍛え上げた鋭い槍、大小いろんなサイズのクロスボウが運び込まれてきた。

 相手の怪人が使う分と私の分があり、さらにサイズ違いも用意されていて結構な大荷物になっている。


「さぁ、訓練再開だ! 俺がお前を叩きのめしてやる」

「お、お手柔らかにお願いします」


 棍を構えた怪人が意気込んだ。

 私も少し小さめな棍を手に持って、とりあえず同じ構えを取ってみる。

 先ほどまでは格闘スタイルの怪人たちと素手で戦っていたが、武器を持ったのはリトルファング以来だ。

 近接用の武器だし、多少は扱えるかな?


 とにかく集中!

 相手の動きをできるだけ真似して、自分の感覚も研ぎ澄ませて……!

 試合開始が宣言され、私は見様見真似で棍を振り回した。


 何度も打ち合い、武器を落としたりもしたけど、相手が待ってくれたこともあって最後は少し様になったかもしれない。

 今までで一番しっかり手合わせできたかも。


「ふっ、ついつい指導の方に熱が入ってしまったな……」

「あ、ありがとうございました」

「おいおい、本気で弟子にでもするつもりかぁ?」


 さっぱりした表情で相手の怪人がリングを降りた。

 周りから茶化されていたが、それもまんざらでもないといった顔をしている。

 今のところ、棍が一番良さそうだ。

 あの怪人も師事する相手として悪くなさそうだし。


「俺はヤツほど甘くないぜぇ!? 風穴開けてやらぁ!」

「ひえぇ!?」


 爽やかな気分に浸っていられたのも僅かな間だけだった。

 次と、その次の怪人では、さっきとは打って変わってヒリヒリする勝負を強いられることになった。

 クロスボウと槍の攻撃が容赦なく顔を目掛けて飛んでくるので、必死で躱しながら見様見真似で何とか相手の身体に当てに行った。


 さすがに相手の怪人たちの方が武器の扱いには長けていたものの、クロスボウはリトルファング戦で行った至近距離での一撃が、槍にはさっきの棍の技術が少しだけ活きて何とか終わらせることができた。

 移動するだけなら私の方が速いから、何とか当てることができたのである。


「はぁ、はぁ、怖いよぅ……」

「くそぉっ、ミスティラビットのヤツめ……!」

「ふふふ、手ひどくやられてしまったな。適性テストとしては上々だと言えるがな」


 怖くて思いっきり攻撃しちゃった分だけ威力が高くなってしまった。

 でも、少し手心を加えてもらわないと必死で相手をせざるを得ないから仕方ないのだ。

 私に合わせるように相手をしてくれた棍の怪人を見習ってほしいと切に願う。


 さて、残りは2人だったはず。

 次の対戦相手は、と……。


「くっくっく、これでいいか?」

「あぁ、これならバッチリだ」


 次の対戦相手がどこにいるのか探っていると、2人の怪人が何やら不穏な会話をしているところを私の耳がばっちり拾ってしまった。

 いったい何を狙っているのか分からないが、碌なことでないことは確かだと思う。


「待たせたな」

「……いえ」


 しれっとリングに上がってきた怪人がレーザーガンを渡してきた。

 篤人さんが腰に携帯しているものと同じ戦闘員用のレーザーガンのように見える。

 私も同じものを腰につけているんだけど、渡された方を使わなきゃダメかなぁ?


「俺の戦闘技術は射的だ。お前相手ならレーザーガンの出力は最大でいいよな?」

「まぁ、構いませんけども……」


 痛いけど、よほど連続で攻撃をくらわない限り、致命傷を受けることは無いと思う。

 それよりも、何かしらレーザーガンに細工されていないかの方が心配だ。

 私の手元にあるレーザーガンは普通のレーザーガンみたいだけど、暴発したりしないよね……?


「ふふふ、なんともまぁ、その銃を使うとはな」

「な、なんのことだ?」

「いや、何でもない。面白い戦いになりそうだと思ったまでだ」


 ノコギリデビルが何かに気付き、ニヤニヤと笑っている。

 彼は先ほどのやり取りが聞こえていたわけではないだろうが、一目で悪だくみを看破してみせたようだった。


 でも、『面白い戦いになりそう』って何? 止めてくれないの?

 相手、明らかに不正しているっぽいんですけど……。


「ふふふ、それでは第9試合目、はじめ!」

「くく、さぁ、行くぜぇ~!」


 相手の怪人がレーザーガンを構えて走り出した。

 相手の様子を見つつ、まずは相手と同じようにレーザーガンを構えた。

 技を盗んで試すことが目的なので、相手の攻撃を待ってから攻撃に移ることにしよう。


「オラぁ!」

「えっ?」


 相手の怪人がレーザーガンのトリガーを引くと、目の前に強烈な閃光が溢れ、超強烈な極太レーザーが私の短い尻尾を掠っていった。

 お尻が熱い!


「な、なんですか今の!?」

「ちっ、躱しやがった!」


 ひとまず射線から外れるように動き回っていたことが功を奏した形だ。

 私もヒーローから逃げ回っていた経験があるので、レーザーガンに対する防御手段はそれなりに持っているのである。

 もし動いていなかったら今ごろ光の中に飲み込まれて黒焦げになっていたはずだ。


「やっぱり面白い性能してるよねぇ。あのサイズの銃で普通はあの威力は出ないよ」

「ふふふ、彼らの暗躍をわざと見逃したのか、悪い男だ」

「君に言われたくないよ」


 止めてくれやしないかと聞き耳を立ててみたが、ノコギリデビルとカラガカシは完全に観戦モードで楽しんでいる。

 下手したら大怪我じゃすまないんですけど!?


「くらえやぁ!」

「ひっ!?」


 またしても極太レーザービームが飛んできて、今度は私の眼前を通り抜けていった。

 ヒゲがチリチリになって焦げ臭いにおいが鼻を衝く。

 このまま逃げ回ろうにも、相手は銃をメインに戦う怪人だ。

 私の動きと、あの銃に慣れる前に反撃して、できるだけ早く終わらせなければ!


「せい!」

「ふん、バレバレだ!」


 しかし、私の放つレーザーは簡単に避けられてしまった。

 完全に読まれてしまっている。

 もっと相手に近づけば当てられるかもしれないけど、前に出たら先ほどの極太レーザーに焼かれてしまいそうだ。


「次は当てるぜ」

「ひぃい!?」


 死刑宣告を受けたような心持ちで、とにかく動き回って相手の狙いを外そうと走り出した。

 しかし、相手の照準合わせが上手すぎた。

 私も狙われることには慣れているからこそ、照準が私の身体にピタリと合っていることが分かってしまう。


「死ねぇ!」


 引き鉄が引かれ、レーザーガンが光る。

 しかし――。


「う、な、なんだ!?」

「何あれ!? 変形した!?」


 相手のレーザーガンの形が変わり、メガホンみたいな形状に変化していた。

 そのメガホンから、大量の小さな丸っこい球が放たれる。

 そして、その丸っこい球はリングの上に程よく散らばると、なんと空中で停止し、そこから大小無数のレーザービームを乱射してきた。


「ぎゃああああ!?」

「な、なんですか、それぇ!?」


 撃った本人まで叫び声を上げていた。どうやら小さなレーザーが肌を焼いたらしい。

 そして、悲鳴はリングの中だけではなく、外側からも上がった。


「うわぁあああ!」

「いてぇ! あちぃ!」

「バカ野郎がぁ! なに巻き込んでくれてんだよぉ!」


 放たれたレーザーが周りの怪人たちにも降り注ぎ、みんなが慌ててリングから離れていく。


「ふふふ、やはりガラクタだな」

「そう言わないであげなよ。威力はそれなりに高いじゃないか」


 性能を知っていたっぽい幹部たちは、少し離れつつも涼しい顔をしている。

 こうなることが分かっていたなら止めて欲しかったけど、この2人は致命的ではない限り止めるつもりが無いのだろう。


「ぐぉ!?」

「ひゃあああああ!?」


 そして、リングの中央では私と相手の怪人がレーザーの嵐に晒されていた。

 どんな技術で作られているのか、丸っこい球は止まるどころかだんだん出力を上げてきている。

 細いだけだったレーザーに、先ほどの極太レーザーが混じるようになってきていた。


「ねぇ、あれはスペックよりヤバイ代物じゃないかい?」

「ふふふ、彼らの作品がスペック通りだったことなどあったかね?」

「う、うそ、ちょっと待ってぇ!?」


 丸っこい球は待ってくれないどころか、その極太レーザーの照準は大声を上げた私へと一斉に向いた。

 背筋が凍り付くほどの恐怖で脂汗が流れる。


「ひゃあああああ!?」


 丸っこい球が光を放ち、私は飛び跳ねて躱す。


「ひぃいいいい!?」


 また丸っこい球が光を放ち、また飛び跳ねて躱す。


 私はだんだん太くなっていくレーザービームの嵐をひたすら避け続けた。

 丸っこい球は私の()()()からも容赦なく狙い撃ちしてくる。


 誰か、どうにかして止めて~!!


「……なぜ、アレを避け続けていられるのだ?」

「……僕の見間違いじゃなければ、未だに被弾0じゃないかい?」


 ノコギリデビルとカラガカシがこっちを見て唸っている。

 ……あれ? 何で私は彼らの言葉が聞こえているのだろう?

 そんな余裕は無かったはずなのに。


 ふと気が付くと、いつの間にやら随分と簡単に避けることができている気がする。

 あの丸っこい球が何をしようとしているのかが分かるかのような??


『ぎゃああああ!?』

「えっ!?」


 次の瞬間、私の目に、ありもしないはずの光景が映った。

 相手の怪人が極太レーザーに焼かれて叫び声をあげている様子が、網膜に映っている映像に重なるようにして一瞬で再生された。


「あれっ!?」


 映像が無くなると、相手の怪人が持っていたレーザーガンの本体を落としたことが分かった。


 直後、ピシャアーッ!! と耳障りな音を立てて極太レーザーが怪人に被弾し、熱せられた怪人の身体にボォン! と小さな爆発が起きた。

 相手の怪人の叫び声が大きく響く。


「ぎゃああああ!?」


 先ほど見たままの光景が繰り返されていた。

 気にしていなかっただけで、先ほどの映像を思い返すと彼がレーザーガンを落としたこともばっちり把握できていた。

 そして今も、レーザーの嵐の中でどこに隙間ができるのか、はっきり分かる。


 あ、また真後ろから丸い球が私を狙っている……。


「今度は大きくないんだ……」


 極太レーザーではなく、普通のレーザーだ。

 私はそれを首をかしげるだけで避けてみせた。

 避けたレーザーが虚空を焼いて、リングの遥か外の地面に小さな焦げ目をつける。


「むっ!?」

「おや? いま、真後ろからの攻撃を避けなかったかい?」


「あいつら、大丈夫なのかよ?」

「心配すんなボーイ! ミスティラビットなら簡単にゃ死なねぇだろ!」

「子ども扱いすんな! あと心配なんざしてねぇよ!」


「何だよアレ! あんな代物だなんて書いてなかったじゃねぇか!?」

「どーすんだぁ? お前らの悪だくみがバレたらやべぇかもしんねぇぜぇ~」

「お、お前、絶対しゃべんなよ!?」


 なんか、把握できる範囲が少し広がった感じがする。

 私はレーザーを最小限の動きで避けつつ、流れ込んでくる感覚を吟味していた。

 感覚は更に研ぎ澄まされていく感じがする。

 攻撃がどのタイミングでどこにくるのか、その時自分がどう動いているかまで分かる。


 すでに予行練習を行ったかのような感覚で、私はレーザーを次々と回避していった。

 そんなことを繰り返していると、なんだか最小限の動きで躱すのが少し楽しくなってきたかもしれない。


「ひぃい!?」

「って、違う! アレを止めないと!」


 逃げ出そうとしている怪人が極太レーザーに焼かれる未来がありありと映ったので、私はそれを阻止するべく行動に出た。

 あの手の装備品ってだいたいスイッチがあるから、あの本体のレーザーガンにもスイッチが付いているはずだ。


「こっち!」


 大きな声を上げて丸っこい球の注意を引いた後、私は目に映る少し未来のレーザーの軌道を把握し、レーザーの嵐をすり抜けて前に進んだ。


 その時に気付いたのだが、どうやら丸っこい球のレーザーは銃本体を攻撃しないようになっているようだ。

 私が本体の斜線上にいると丸っこい球の方が移動して位置を変えるのである。

 その点はなかなかよくできた武器だと思う。


 私はレーザーガンを拾い上げて、彼が無意識に触れてしまったであろうスイッチを押した。

 丸っこい球が動きを止めて地面に落ちていく。


『――ボンッ!』


 あ、これ爆発する!


「あぶなっ!」


 私は手に持ったレーザーガンを放り投げて距離をとった。

 レーザーガンが空中でボンッ! と爆発して残骸がカラカラと地面に転がる。

 最後の最後までびっくりさせてくれる武器だった。


「た、助かった、のか……?」

「あ、はい、そうみたいで……」


 焦げ焦げになった怪人に返答を返そうとして、ぐらり、と視界が揺れた。


 先ほどまであった不思議な感覚が消えていく。

 ついでに身体の力まで急速に抜けていき、何もしていないのに手がぶるぶると震え出した。

 次第に立っているのもつらくなってくる。


「お、おい、どうした!?」

「こ、今度は何……? うぅ……!」


 疑問を呟きつつも、私は何となくその正体に気付いていた。


 さっきまでの未来が見えるような感覚、あれは自分でも普通じゃない状態だったと分かっているし、恐らくこの症状は先ほどの力の反動なのだろう。

 ただ、それが分かったところで何ができるわけでもない。

 力は次第に抜けていき、私はついに立っていられなくなってしまった。


 しかし、倒れかけたところに颯爽と現れた影が私の身体を支えてくれた。

 目の前が暗くなってきて、相手の顔がよく分からない。


「ふふふ、済まぬ。ついつい見惚(みと)れてしまってな」

「レーザーガンにですか?」

「ふふふ、君の力に、だ。あのようなレーザーガンなどガラクタ同然だよ」


 助けてくれたのはノコギリデビルのようだ。

 彼は大きな手で私の肩を抱き、地面にそっと座らせてくれる。

 もう少し早くその優しさを発揮して欲しかったなぁ……。


「でも、私は結構、いい武器だと思いましたよ」

「へぇ、そう言ってくれるのは僕としては嬉しいよ。まぁ、ガラクタ呼ばわりも納得だけどね」


 カラガカシも現れ、私の容態を診てくれているようだった。


 手の脈を測られ、額に触れられる。

 静かに呼吸を整えていると、視力は少し回復してきた。

 まだ力が抜けていく感じはあるけど、酷い状態ではないと信じたい。


「うーん、呼吸も正常で目立った外傷も無いね。疲労か何かだと思うけど……」

「力が入りません。手の震えも止まらなくて……」

「ふむ……」


「栄養失調ではないか?」


 声の主へ意識を向けると、ブラッディローズがいつの間にか近くに来ていた。

 その手にはあんぱんらしきものが握られている。


 ぐぅ、とお腹がなった。


 恥ずかしい!

 けど、パンから目が離せない……。


「ふむ、低血糖か? 確か手の震えも症状の1つだったな」

「これを食べてみろ」


 パンを渡されて、私は本能のままに喰らいついた。

 う、うまい!

 餡子の小豆の香りが口に広がり、パンの優しい甘味が生きる力を与えてくれている気がする。

 なんだこのあんぱん!

 どこの名店が作ったものなんだ!?


「100円のあんぱんを随分うまそうに食べるものだな」

「そ、そんな、これが100円……!?」


 なんてことだ!

 こんなにおいしいものがそんな値段で買えたというのか!

 私は無我夢中であんぱんを食べきって、ほぅっと溜息を吐いた。


「ふぅ、さっきより楽になりました」


 でも、私のお腹の虫はもっと寄こせとばかりに大きく『ぐぅぅ~』と鳴いた。

 は、恥ずかしい!


 さっきまでは原因の分からない不調だったけど、今は自分のお腹が減っていることが強く認識できる。

 もうすぐお昼だし、ご飯が恋しい。


「ほら、ミスティラビット。お弁当持ってきたよ」

「あ、ありがとうございます、戦闘員21号」


 篤人さんが私のお弁当を持って来てくれた。

 珍しく少し息が上がっているし、随分急いで持って来てくれたようだ。


「ふふふ、もし足りなければ売店で好きなものを持っていけ。私が立て替えておく。ついでだ、ブラッディローズの買ったものも私が立て替えるとしよう」

「そうか? まぁ、ありがたく受け取っておくとしよう」


 そういえば、私がブラッディローズのご飯を貰っちゃったんだった。

 きっちりお礼を言って然るべきだろう。


「ありがとうブラッディローズ、助かったよ」

「どういたしまして。これで、この本の礼は返せたな」


 ブラッディローズは女性用護身術の本を持って来ており、私にその本を渡してきた。

 ずいぶん早く返してくれたけど、もう読んでしまったのかな?


「ふふふ、諸君。今日の特訓はここまでとする」


 ノコギリデビルは怪人たちに向かって今日の特訓はここまでと宣言した。

 一部、残念そうな怪人も居るが、おおむね状況的に納得してくれたようだ。


 1人だけ戦っていない怪人もいるんだけど、特に文句は言わず、最後の対戦相手となった銃使いの怪人を治療するとか言って一緒に引き上げていった。

 ずいぶん焦っていたみたいだし、たぶん悪だくみを誤魔化すための口裏合わせだろうなぁ。


 結局、特訓の結果はうやむやになってしまった。

 私、途中からちゃんとやるつもりでいたから、しっかりした成果が出ないのはなんかモヤモヤしてしまう。


 あの中では棒術が一番やりかすかったし、ちゃんと師事してやってみようかな。

 相手の怪人が武人気質だったことも好印象だ。

 えーと、確かヒヒの怪人だったよね?

 ちゃんと顔を覚えておこう。


「さて、今すぐDr.ジャスティスにも連絡を……」

「あ、すみません、もう連絡しました。勝手な行動をして申し訳ありません」

「ふふふ、さすがだな戦闘員21号。よくやった!」


 篤人さんがお父さんにも連絡していたようだ。

 あの言い方だと程なくこっちに来るのかな?

 地下基地で会うことになるのはなかなか珍しい。


「ふふふ、もし暴れたりない者は私と身体を動かすか? 私の相手がどうやら遅刻のようでね」

「おっ! いいのかよ! やるぜやるぜ!」

「それは私も参加していいのか?」


 ノコギリデビルが組み手の相手を募っているのを後目(しりめ)に、私は闘技場を後にした。


 その後、私は篤人さんと一緒にエントランスまで戻ると、お父さんが来るまでご飯を食べながらのんびりと過ごした。

 我ながら、あんなにたくさん物を食べたのは初めての経験かもしれない。

 お弁当だけでは全く足りず、結局、3人前くらいを平らげてようやく落ち着いたのだった。


 お父さんが来てから診察を行ったのだが、ただの一時的な栄養失調だろうという結論になった。

 お父さんは普段はおふざけが過ぎるけども怪人の改造手術のスペシャリストである。

 そのお父さんの『大丈夫』というお墨付きが得られたのだから、もう大丈夫だろう。


 その後、受け付けのお姉さんを通じてノコギリデビルから『大事を取って午後はお休み』という通達があった。

 一応、これも業務命令なので今日の私のお仕事はここまでである。

 ありがたく拝命して帰ることにしよう。


「本当に、なにごとも無くて良かったよ」

「お父さんの診断結果も大丈夫だったんですから、もう平気ですよ」


 運転席の篤人さんが何度目か分からない呟きを漏らした。

 私たちは少し畑に寄った後、今は篤人さんの軽トラで我が家へと向かう最中である。

 今は健康そのもので、休んでいることが少し申し訳なく思えるくらい元気いっぱいだ。


「家に戻ったらのんびりしているといいよ」

「そうですね~。この本も読んでおかないといけないですし。もう外出無しでいいかなぁ」


 やることも無いし、貰った女性用護身術の本でも読んで知識を深めておこう。

 あとはバランスの良い食事を摂らないといけない。

 さっきパンばっかり食べちゃったからね。


「晩御飯、野菜を増やそうかなぁ……」

「いいと思うよ。でも身体を動かした後は肉類も必要だからね。好美ちゃんに料理の話をするのは釈迦に説法だろうけど」


 肉かぁ……。

 あっ、今からならバーゲンセールにも間に合いそう!


「篤人さん! シルバーモールに行きましょう!」

「えー、外出しないんじゃなかったの?」


 篤人さんは笑いながら車を走らせて私のわがままに応えてくれた。

 いったん家に帰ってアリバイをつくってから再度の外出でお買い物だ。

 いいお肉をたくさん買うぞー!



--6月3日(土) 16:30--


「……耳が光っておるのぅ」


 幹部たちしか入れない地下4階の会議室でDr.ジャスティスがつぶやいた。

 モニターには試作品が暴走した時の映像が映し出されており、ミスティラビットが神がかり的な動きを見せているシーンを、集まっていた幹部たちが眺めている。


「ちぇ、あたしも生で見たかったねぇ」

「ふふふ、残念だったな」

「それは遅刻した君が悪いよ。でも、映像が残っていてよかったじゃないか」

「まぁねぇ……」


 組み手の相手だったムーンベアは午後になってようやくやってきた。

 遅刻も遅刻、大遅刻だったので、本人も悪いと思っているのか随分と大人しくなっているようだ。

 普段なら些細な指摘にも食って掛かる狂暴さを持っているが、こういった反応もまた面白い。


「ねぇ、Dr.ジャスティス。もしかしてミスティラビットは"覚醒"したのかい?」

「ひゃっひゃっひゃ! どうやらそのようじゃのう!」


 カラガカシの質問にドクタージャスティスが嬉しそうに答えた。

 なんせ、ミスティラビットが"謎の怪人"として活動し始めて6年もの間、ずっと能力が無い状態だったのだ。

 ドクタージャスティスも能力の覚醒は無いと諦めていたことだろう。


 最近は耳がよくなったと話していたが、どうやらそれは彼女の特殊能力の、ほんの一部でしかなかったようだ。


「しかし、まだ強くなるのかいコイツは」

「ふふふ、君の思い描いていた成長とは違ったかね?」

「あぁ、そうだね。武道を(おさ)めりゃ強くなるとは思っていたけど。はぁ、何て伸びしろだよ……」


 ムーンベアの言う通り、まだ武術に関しては完全な素人でしかない。

 それに彼女は恐らく、自らの身体をしっかり鍛えたことも無いはず。

 もしミスティラビットが本気で鍛え出したら、()()をも超える怪人になれるのではないだろうか?


「しかし、どうして今になって能力が急成長したのかな?」

「ふぅむ、それは耳を隠さなくなったことが関係してそうじゃのう」

「ふふふ、なるほど……」


 "謎の怪人"の時はずっと耳を隠していたが、それがミスティラビットの能力の成長を阻害していたのだろう。

 顔を隠すフードを外したことで耳が解放され、今まで抑えられてきた特殊能力も開花に向かったということか。


「それで、結局これはどんな能力なのかな?」

「未来が見えているような動きだねぇ」

「ふふふ、鋭いなムーンベア。ミスティラビットから聞いた話では、実際にレーザーがどこにくるか見えていたそうだ」

「ひゃっひゃっひゃ! 本当に未来が見えているわけではあるまいよ! じゃが、それに限りなく近い予測はできているように思えるのぅ!」


 ドクタージャスティスが指揮棒を取り出し、映像のミスティラビットの耳を指した。

 確かに、微かに耳が光っているかのように見える。


「恐らく、光や音を使った周囲の認識能力じゃろう。耳から微細な光や音を発し、跳ね返ってきた情報を受けることで広範囲かつ高精度のセンサーとなっているのじゃろうな」

「ふふふ、光だけでなく、音もそうであったか」


 戦闘員21号から、意識を集中するとさらに遠くの音も聞こえるという報告があったな。

 ミスティラビットは無意識に音波による探知も行っていたということか。


「でもさぁ、そのセンサーで機械の攻撃タイミングなんて分かるもんなのかねぇ?」

「ひゃっひゃっひゃ! どんな武器であれ、スイッチが入ってから機構が動いて攻撃に移るもんじゃ。実体のある攻撃に変わる前にそれが分かれば、避けようと思えば避けられるわい!」


 ふむ、誰にでも避けられるかと言われると難しいように思うが、撃たれた瞬間が分かるなら、そういうことができる怪人がいてもおかしくないということだろう。

 そして、ミスティラビットはそれができる怪人の1人ということだ。

 もしかしたら、反応速度が上がる効果もあるのかもしれんな。


「それで、武術の方はどうなんだい?」

「途中で倒れたから、まだまだこれからじゃないかい?」

「ふふふ、飛び道具の才能は無さそうだが、接近戦の才能はそれなりといったところだろう」


 近接戦闘の中では特にこれといった相性は無さそうだ。

 本人が望みを言ってくれるなら、それを訓練していくのもいいだろう。


 ただ、彼女に武術を磨く強烈な熱意は存在しない。

 訓練しやすい環境をしっかり整え、その気にさせることができた方が伸びることだろう。

 特に師匠となる者については慎重に決めねばならない。


「参加した者の中では、ゴブリンラットかマスターバブーンあたりが良さそうだと感じたな」

「それ以外ではどうなんだい?」

「ふふふ、アーマードボアの剣術あたりが無難だな。奴なら良い師になってくれるだろう」


 ただし、本人が『斬る』ことを嫌がらなければ、だがな。

 それを考えると、恐らくヒヒの怪人マスターバブーンにお願いすることになるだろう。

 護身術の本とかいうものを持ち込んでいたから合気道を選ぶかもしれんが、それも良かろう。


「目途は立っている。この件は私に任せてくれたまえ」

「あてがあるならそれでいいさ。あー、アタシも何かで技を増やせないかねぇ」

「爪を使った武術かい? ファンタジーでしか見たことないなぁ」


 ムーンベアはミスティラビットが自分より上だと聞いて敵対心があったはずだが、今では敵というよりはライバルとして受け入れつつあるようだ。

 彼女のポテンシャルもまだ上がり切っているわけではないとも感じる。

 これを機に、更にパワーアップすることもありうるかもしれん。


「ふふふ、心強い限りだ」

「なんだいそりゃ? そんなことより、いい本みつけたら教えなよ」

「承知した。探してみるとしよう」

「どうせなら色んな武術を調べてみてもいいんじゃないかい?」


 カラガカシの提案の狙いは、新しい武器開発の催促だろうな。

 果たして見つかるかどうかは分からんが、古今東西の武術について調べるのは悪くあるまい。


「ひゃっひゃっひゃ! ワシはそろそろお暇するぞい!」

「Dr.ジャスティス、ありがとうございました」

「うむ。……そうじゃ! 分かっておると思うが」

「ふふふ、今宵の作戦のことですかな? 無論、そちらに迷惑をかけないようにします」


 ドクタージャスティスは小さく頷くと部屋を出て行った。


 今夜の武装強奪作戦は山道での襲撃を予定している。

 相手も囮の車両を混ぜてかく乱してくるだろうし、襲撃場所は複数個所になる予定だ。

 そして、場合によってはDr.ジャスティスの住まいに近い場所で怪人とヒーローの戦いになる可能性がある。

 Dr.ジャスティスのご家族を巻き込むのは避けたいところだ。


「今日の作戦は武装の強奪だったっけ? ドリューのヤツが気にしてたアレかな?」

「ふふふ、そうだな。だが信憑性の薄い情報だ。手に入る確率はほとんど無いと考えていい」


 得られた情報は、何かを厳重に運んでいるということだけだった。

 考えられる装備の最上位にあたるものがヒーロー化のアイテムだ。

 無駄骨になるかもしれんが、狙ってみる価値はあるだろう。


「そういや、ドリューのヤツ、対ビームコーティングが無力化されたって聞いて喜んでたねぇ」

「普通、自分の発明品が突破されたら悔しがると思うけどなぁ」


 ドリューの発明品というのは、ブルーファルコン戦で使った対ビームコーティングのことだ。


 頼んだのは耐熱装甲だったが、研究過程でできたものがアレだった。

 なかなか良い性能をしていると思ったので採用させてもらったが、ブルーファルコンの特殊能力の前に無効化されてしまった。


 さぞ悔しがるだろうと思ったのだが、そこで更なる研究意欲が湧くというのがドリューという男だった。

 今ごろは対冷却、耐熱のどちらも研究を進めているはずだ。

 ヒーロー化アイテムが手に入ったら、きっと彼に報いることができるだろう。


「ふふふ、作戦決行は今日の23時59分。寝静まっているヒーローたちには悪いが、奪い取らせてもらうぞ」



--6月4日(日) 0:30--


「しまった!」


 爆発音が響き、防衛隊の車が見るも無残な姿に吹き飛ばされる。

 乗っていた所員たちにはバラバラに逃げてもらったから死傷者はいないだろうが、この場にある彼らとの唯一の連絡手段が失われてしまった。


「ぬふふふ、これであとは追い詰めるだけだ。戦闘員ども、絶対にブツを見つけ出せ!」


 相手の怪人、メテオスネイルが薄気味悪い笑い声とともに戦闘員への指示を送る。

 さっさとコイツを倒して所員の救護に向かわなければならない。


 だが、今の俺はヒーロー化に由来する発作を抱えている。

 本気を出した瞬間に戦う力を失ってしまう制約が課せられている状態だ。

 俺は発作が起きないように細心の注意をしつつ、60%ほどの力で相手を押しとどめていた。


「追わせてなるものか! 俺が相手だ!」

「ぬふふ、まだまだ現役だな、ライスイデン!」


 メテオスネイルが口を大きく開け、こぶし大の岩を吐き出してきた。

 後ろに誰もいないことを把握していた俺は、それをサイドステップで避けて相手に迫っていく。


「せいぁ!」

「ぬぅん!」


 突き出した拳をメテオスネイルの腕が弾き、相手が反撃の蹴りを放ってくる。


「ふっ! たあ!」

「ふん! おぅらぁ!」


 蹴りを屈んで躱してからの裏拳を、相手もスウェーバックで躱してチョップで反撃してくる。

 相手の格闘技術もなかなかのものだった。

 今の俺では決定打を作るには少々厳しい相手だ。


「ちっ、時間か! ……野郎ども、撤退だ!」


 唐突にメテオスネイルが踵を返した。

 恐らく作戦に使う時間をあらかじめ決めていたのだろう。

 悔しいが、とても適切な判断だ。

 奴らはレッドドラゴンがやって来るタイミングを知っており、先んじて撤退を選択したのだろう。


 夜の湿った雲を割りながら、赤いスーツのヒーローが山深くにある小さな道へと舞い降りてくる。

 奴が去った直後に、日本最強のヒーロー、レッドドラゴンが援軍に駆け付けてくれた。


「ライスイデン! 無事か!」

「すまない、追うことができなかった! まだ、山の中に所員たちが……!」


 既に所員たちが散開してから30分以上の時間が経過している。

 何もヒントが無い中、暗闇の森の中で息をひそめる所員たちを見つけ出すのは困難だろう。

 パンデピスの戦闘員も迫ってきており、予断を許さない状況だ。


「みんな、逃げ切ってくれているといいが……」

「よし、ライスイデンは戻ってすぐに探索隊を! 俺はここに留まって怪人の牽制をする!」

「わかった! すぐに戻る!」


 本心では戻ってくるなという顔を覗かせているであろう飛竜に、俺は心の中で頭を下げる。

 ブルーファルコンの武装、そしてヒーローの変身アイテムを携えた輸送部隊を、俺は守り切ることができなかった。

 せめてパンデピスへの牽制でもなんでもいいから役に立ちたい。


「俺、教官の判断にむしろ感謝していますよ」

「変身中に教官はやめてくれよ。……すまん、戦わせてくれ」


 飛竜と零はパンデピスが現れた時のための待機で、俺が護衛に回ったことが結果的にマイナスに働いてしまった。


 それでも飛竜が感謝を述べたのは、最初の予定だとヒーローが護衛についていなかったからだ。

 そのおかげで輸送部隊はパンデピスの襲撃に会っても、即座に貴重な武装が奪われる事態は避けることができたのである。


 だが、詰めが甘かったことは反省しなければならない。

 俺の見通しが甘かったせいで、今、所員たちがピンチに陥ってしまっている。


 重要な装備一式は今も逃げ回る所員たちの誰かが守っている。

 その中から犠牲者が出てしまったら悔やんでも悔やみきれん。


 焦りを抱え、急いで山道を飛ぶように掛けている最中(さなか)、不意にパンデピスの戦闘員に遭遇した。


「な、ライスイデン!?」

「くっ! 戦闘員ども、まだ(うごめ)いているのか!」


 相手は俺を見るなり霧を発生させる煙玉を放ち、視界を更に悪くしていく。

 くそっ、ますます隊員たちが見つけづらくなってしまう!

 余計なことをしやがって!


 発作が無ければさっさと水分を操ってあいつらに叩き返してやるのに、残念ながら今の俺にはそれができそうにない。

 俺は戦闘員どもが霧の中に消えるのを見送り、悔しさを押し殺しながら仲間たちと合流するべく山道を駆けていった。



--6月4日(日) 3:30--


「……ここは?」


 意識が浮上すると、私は見覚えのない木でできた小部屋に寝かされていた。

 私はたしか、パンデピスの襲撃に会って森の中を彷徨い、ようやく人のいる場所へ辿り着いたはず。


 でも、そこからの記憶が無い。


 頭の上には濡れたタオルが置かれていて、身体の下には藁が敷かれているようだった。

 小さな部屋の壁は綺麗に光沢を放つ木でできており、隙間だらけの柵のような扉が部屋と通路を閉ざしている。

 少し鼻につくにおいは、動物たちの発する匂いだろうか?


「気が付いた?」

「誰……?」


 その柵みたいな戸を開けて、1人の少年が部屋の中に入ってきた。


 手には懐中電灯と小さな包みが握られている。

 彼は、私の横へ来ると静かに腰を下ろした。


 手に持っていた包みがほどかれる。

 すると、冷たい雰囲気の部屋に明かりを灯したように、鼻をくすぐる柔らかい香りが広がった。


「これ、温めてきたから食べて」


 少年の持って来てくれたものはご飯のようだった。

 お椀に入ったお味噌汁と、2つのおにぎり、それと3切れの漬物。

 それを頭で理解した途端にお腹がくぅと鳴り、口の中から唾液が溢れてくる。


 目の前の少年が、そんな私の様子を心配そうに見ていた。

 彼が、私を助けてくれたのだろう。


「お願い、誰にも言わないで。少しだけ匿って……」

「うん、分かってる。誰にも言わない」


 心遣いも何もかもを無視した私のお願いに、その少年は優しく頷いてくれた。

 何でも知っているかのような口ぶりに疑念が湧くものの、その顔に悪意は欠片もみられない。

 先ほどから、私を痛いほど気遣ってくれているのが伝わってきた。


 そうだ、私が運んでいた"大事なもの"はどこだろう?


「荷物なら、すぐそこに」


 彼が指さした場所には、私が運んできたアタッシュケースが周りに溶け込むように置かれていた。

 たぶん、彼が不自然に見えないような形で隠してくれたのだと思う。


「うっ」

「まだ動かない方がいいよ」


 身体が軋み、いうことを聞いてくれない。

 何時間も無理な移動を繰り返したせいか、酷い筋肉痛になってしまっている。

 アタッシュケースを持ち歩くくらいはできる。

 だけど、私にはもはや逃げる力は残されていないだろう。


「お願いがあるの」

「うん、何?」

「あの荷物、しばらく置かせて欲しい。すぐに取りにくるから」

「分かった」


 少年はそう言うと部屋を出て行こうとした。

 温かいご飯を残したまま、本当にただ私を助けただけで、何も聞かずに。


「待って」

「何?」


 暗くてよく見えなかった少年の顔が少しだけ見える。


「貴方の名前は?」


 立ち止まったその少年は穏やかな表情を崩さないまま、部屋の中に溶けるような小さな声で私の問いかけに応えてくれた。


「僕の名前は、佐藤 優輝」

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