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秘密結社パンデピス  作者: ゆきやま
22/42

三本角の怪人

 -- 5月21日(日) 6:30 --


 白い雲が地面に降りてきたかのような、遠くの山がうっすら煙る小雨の朝。

 道路に出来た小さな水たまりにいつの間にかアメンボが居て、水面を走っていた。


 朝の新聞配達から帰ってきた私は家の前にある坂道へと差し掛かり、僅かにひび割れたコンクリートを踏みしめながらテクテクと上っていく。

 私はほとんど濡れていない雨がっぱを着たまま、何となく手のひらを上に向けた。

 雨は手のひらを微かに湿らせる程度で、息苦しい雨具は無くても問題なさそうだった。


「もう少し降って欲しいなぁ」


 家庭菜園の野菜たちにとっては微妙な水量だと思う。

 今日明日の天気はどうだったっけ?

 この後もし晴れるようなら、ちょっとだけ水をあげておいたほうがいいかもしれない


 空を見上げながら坂を上っていくと、何台かの車が家の前に停まっていることに気が付いた。

 その車の前で防衛隊と思われる格好をした2人が話し合っていたが、2人揃って私に気付き、こちらを見た。


「来たみたいですよ、教官!」

「お、そうみたいだな」


 車の前にいたのは防衛隊の服に身を包んだアズマさんと上杉教官だった。

 停まっていた車は、以前に教官が訪ねてきた時の車だったようだ。

 どうりで見覚えがあると思った。


「アズマさん、上杉教官、おはようございます」

「おはよう、好美ちゃん!」

「あぁ、おはよう」


 普段の挨拶をしつつ、アズマさんも教官もそろって敬礼のポーズをとった。

 以前にも上杉教官が防衛隊員の業務で家に来たことがあったけど、たぶんその時と同じ用事だろう。


「この封筒を渡すのも2回目だな。月曜日に、また感謝状授与と会見を執り行いたいんだよ」

「やっぱり、またやるんですね」


 予想通り感謝状が出るようだ。

 先日の公開演習に紛れ込んだ怪人ミラードヘッジホッグを見つけ出したことに対して表彰式を行うとのことである。

 私はあまり目立ちたくないのだが、これについてはもう諦めていたし覚悟もしていたので、大人しく差し出された封筒を受け取った。


「今回は久くんも一緒だ。あと、彼のご両親にお願いしてアルフくんを連れて来てもらう予定だ」

「隊長と警察署の署長が興味津々なんだよ! 警察犬の導入を、とか言ってるんだぜ!」

「すごいお手柄でしたもんね」


 実質的にドブロクダヌキの幻影を暴いたのは、シェパードの子犬であるアルフくんだ。

 あの子がいなかったら私は何もできなかったと思うし、ヒーロー、ブルーファルコンに変身する氷月零くんが致命傷を受けていたかもしれない。


「零は好美ちゃんにも感謝していたぜ!」

「先日も散々お礼を言われましたから、もう十分ですよぅ」


 零くんは『守るべき立場なのに守られてばかりだ』とか何とか言ってたっけ。

 それに、一時的にではあるけど私がミラードヘッジホッグに捕まったことも悔やんでいた。

 その後、あっさり私を人質から解放してくれたし、すごい活躍だったから別にそこまで気にしなくてもいいと思うんだけどな。


「今日、一緒に来る予定だったんだけどな」

「そうだったんですか? いないみたいですけど……」

「寝坊だよ」


 寝坊かぁ。

 なんだか年相応の理由って感じがして、ちょっとかわいいな。


「本来は完全休養だったのに、俺らの上役がメディアに出せってうるさくってな。午後から記者会見の予定が入ってるんだ。せめて朝くらいはゆっくりさせてやりたくてな」

「零くん、相変わらず人気者ですもんね」


 復活してからずっとメディアに出続けているような気がする。

 それに、月曜日から金曜日までは普通に学校に来ているし、最近は部活にも参加し始めている。

 これで土曜日にヒーローとして戦ってるんだから疲れないわけがない。

 上杉教官が休ませようとするのも納得だ。


「でも、いいんスか教官? あいつ、絶対『何で起こしてくれなかったんだ』って怒りますよ」

「寝ぼけ(まなこ)で身だしなみも整えないままレディの前に連れ出すのは良くないだろ? 昨日、ニンニクたっぷりの焼肉だったんだし、ブレスケアもままならんぞ」


 上杉教官の発言を聞いてアズマさんがニヤニヤし始める。

 零くんは何の気の迷いなのか私のことが好きになってしまったみたいで、私と零くんはそのことでからかわれることが多いのである。

 今もまた遠回しに『彼女と会う時はカッコいい状態の方がいいだろう?』と言っているのだ。


 でも、昨日は私もニンニクがたっぷり入った餃子を食べたので、零くんのことより自分の口臭が大丈夫かどうかの方が気になってしまった。


 ……よし、こっちは風下だから、匂いがアズマさんたちに届くことはなさそうだ。


「明日また会えるんだから、今日は体調を整える方を優先してもらうさ」

「まぁ、寝坊した零が悪いですもんね。明日は学校だし、その後で表彰もあるし……」


 そういえば犬ってどんな匂いを嫌うんだろう?

 ニンニクの匂いって大丈夫なのかな?


 アズマさんと上杉教官が世間話をしている間、私は口臭から連想してアルフくんのことを思い出していた。

 アルフくんは今のところ私に懐いてくれる唯一無二のわんちゃんなので、嫌われることだけは何とか避けたい。

 というか、できればより好かれたい。


「子犬に好かれる匂いかぁ……」

「ん? 犬が好きな匂いか?」


 つい独り言が口をついて出てしまい、しかもそれを上杉教官にしっかりと聞き取られてしまっていた。


「あ、はい。アルフくんに嫌われたくなくて」

「気にしなくても大丈夫じゃない? 好美ちゃん、変な匂いとかしないでしょ?」


 アズマさんが顔をちょっと寄せて匂いを嗅いだ仕草をした。


 ちょ、今はダメですよぅ! ニンニクくさいんですよぅ!?


 ……という私の心の叫びは届くはずもなく、何事もなかったように会話が進んでいく。

 アズマさんは私がうっすら纏う(かもしれない)ニンニクの匂いには気づかなかったようだ。


「犬が好きなのは飼い主の匂いだそうだ。それでベッドやソファが好きなんだと。それと、おならとか肉とか、意外と臭いものが好きらしい」

「そ、そうなんですか?」


 教官は犬のことに詳しいっぽい。

 ついつい顔を見つめてしまっていたが、教官は照れ臭そうに人差し指でこめかみを掻いて、その知識についての種明かしをした。


「実は昨日、隊長に付き合って犬について調べてな。完全に付け焼刃の知識だよ」

「そうだったんですね。でも、助かりますよ」


 教官は謙遜していたけど、そういった情報を教えてくれるだけでもありがたい。

 私は他に犬に詳しい人を知っているわけでもないし、誰に聞けばいいのか困っていたから普通に助かるのである。

 なお、お父さんは論外だ。

 詳しいことは間違いないのだが、何を言ってくるのか分かったもんじゃない。


「でも、好かれる匂いにするのは難しそうですね……」


 久くんの匂いを身体に付けるのは無理そうだし、肉の匂いとかおならの匂いも御免こうむりたい。

 私のアルフくんに嫌われないための計画はさっそく暗礁に乗り上げてしまった。


「逆に、嫌いな匂いはタバコやアルコールだそうだ。あとは、酢みたいに刺激が強い匂いも苦手なんだそうだ」

「なるほど~」


 お父さんはタバコもお酒も(たしな)んでいないし、私も酢の匂いが身体に染みつくことはないだろう。

 嫌われる要素があるとしたら、匂いよりは怪人のパワーが与える威圧感だけだ。

 とはいえ、それが一番のネックなので、別の何かで高感度を稼いでおかないと不安である。


「何かいい方法、無いですかね?」

「ペット用のおやつをあげたらいい。もちろん、飼い主の許可をもらってな」

「そうそう、こういう場合は餌付けが一番!」

「そっかぁ、そうですよね」


 匂いばかりに気を取られていたけど、動物と仲良くなるためにはご飯をあげるのが一番だろう。

 最近は動物用のおやつも色々と発売されているし、いくつか用意しておこうかな?


「そろそろお暇しようか。表彰式の件、宜しくな」

「はい、ちゃんと目を通しておきますね」


 貰った封筒を軽く持ち上げつつ、私は教官に了承の返事を返した。

 アズマさんと教官が車に乗って去っていくのを手を振って見送る。


 アズマさんたちとは月曜日にまた会うことになるだろう。

 前回の表彰では慣れない環境で緊張したが、あの2人が居てくれたことで心強かったことを覚えている。

 それに、久くんと零くんも一緒に向かうことになるだろうから、さらに幾分か気が楽だ。


 それに加えて、アルフくんがいるならそっちにも注目が集まるはずだ。

 アルフくんは写真撮影の時も物怖じしなかったし、子犬なのに頼りになるんだよね。


「うーん……犬用のおやつって、どのくらいの値段なんだろう?」


 人間のおやつよりも高いっていうイメージがあるし、たぶんその認識は間違っていないと思う。

 でも、アルフくんの好感度を稼ぐためなら少々なら奮発してもいいだろう。


 犬ではないけど、猫ちゃんが一心不乱におやつを食べるテレビCMは見たことがある。

 アルフくんにおやつを上げる時は、あんな感じで夢中で食べるのだろうか?

 尻尾を振りながら私の手の上に置いたおやつをパクパク、ぺろぺろと……。

 えへへ、ちょっとくすぐったかったりして?


 ドゴンッ! と私の妄想を吹き飛ばすように背中に衝撃が奔った。


 子犬のみならず子猫にも懐かれるという、幸せいっぱいの妄想から無理やり引きはがされた私はコンクリートの坂道をゴロゴロと転がっていき、前転を3回ほどしたところで静止した。


 仰向けになった私の顔に、白い空から落ちてきた小さな雨粒が当たる。

 首を伸ばせば、私を突き飛ばしたであろう軽トラが逆さまに目に映った。

 こんなことをするのはただ一人だ。

 私を轢いた犯人は逆さになった地面に降りたち、こちらに向かって手を上げた。


「おはよう好美ちゃん。そんなところで寝てると風邪ひくよ?」

「誰のせいだと思っているんですか! 私じゃなかったら大事故ですよ!」


 パッと起き上がって、今しがた人身事故を起こした相手に苦言を述べる。

 文句を言われた男は軽い足取りで私の方へと歩いてきて、まるで自分が何も悪いことをしていないかのように朗らかに笑った。


 彼の名前は鈴木篤人さん。

 運送トラックのドライバーにして秘密結社パンデピスの連絡係だ。

 私の正体が怪人であることと人間の状態でも怪人並みの耐久力があることを知っていて、こんな無茶なイタズラを仕掛けてくるのである。


「いやぁ、ごめんごめん。雨で視界が悪くてね」

「物凄い小雨じゃないですか……」


 篤人さんの言い訳はかつてないほど雑だった。

 私が配達に雨がっぱを着ていったことを後悔するくらいの小雨である。

 もうちょっとマシな言い訳は無いのだろうか?


「もぅ、ニンニク料理やめようかな……」

「あ~、それはちょっと残念かなぁ?」


 昨日、篤人さんに国産にんにくを貰ったので、お返しに料理をしてあげようと思っていたのだが、白紙に戻すことも検討せねばなるまい。

 多少は痛い目を見ればいいんだ!


「ちなみに、何を作るか決まったの?」

「それが、実は何も。お父さんには心当たりがあって、お酒のおつまみとか言ってましたけど」

「ん-、もしかしてアヒージョかなぁ?」

「アヒージョ?」


 って何だっけ?

 聞いたことがある名前なんだけど、どんな料理なのかは把握していない。

 私は田舎の一般家庭の料理以外はそこまで詳しくないんだよね。

 かなりオシャレなイメージがあるんだけど……。


「ニンニク入りのオリーブオイル煮だよ。別に酒のおつまみ専用ってわけじゃないと思うけどね」

「へぇ~、そうなんですね。篤人さん、そういうの好きなんですか?」

「アヒージョは好きだね。ただ、お酒は飲まないよ。僕がお酒を飲んだらヤバイでしょ?」


 篤人さんがどういう意味でヤバイという表現をしたのかは分からないが、酷いことになりそうだという気がする。

 特に運転については。


「アヒージョに挑戦してみるかい? 実験台になら付き合うよ」

「結局、篤人さんの口に入るじゃないですか。……まぁ、興味はあるのでやってみたいですけど」

「いいね、期待しているよ!」


 どんな料理なのかいまいちピンときていないけど、これから調べていけばいいだろう。

 美味しかったらゆーくんやお父さんにも作ってあげたいし、楽しみだ。


「さて、今日の予定なんだけど、またまたトラブルがね」

「昨日もそうでしたよね?」

「そうなんだけどね。今回は横やりがはいっちゃってね」

「横やりですか?」


 秘密結社パンデピスは新潟を代表する秘密結社であり、怪人を擁するため裏社会ではそれなりに強い地位がある組織のはずだ。

 全国的に見たら規模は小さめという話だが、腐っても怪人組織なので、ちょっかいを掛けてくる相手がいるというのは少し意外である。


「野良の怪人が宣戦布告してきたんだ。今日はその対処に当たることになったらしいよ」

「はぐれ者の怪人ですか? わざわざ何でですかね?」

「いくつか考えられるのは、力を示して幹部待遇で迎え入れてもらうためとか。乗っ取ってしまえ、とか。あとは単に名を上げるため、とかかな?」


 候補は上がるけど、実際のところは目的不明のようだ。

 とにかく、パンデピス側がその宣戦布告を受けたので対処するところまでは決定であるらしい。

 パンデピスも結構メンツを気にするし、恐らくは返り討ちにすることを基本線として動くことになると思う。


 怪人と怪人の戦いなら、ヒーローが介入しないように一般人がいないところで行われるはずだ。

 それなら怪人同士で自由にやってもらえばいいんじゃないかな?


「じゃあ、今日はお休みですかね」

「それが、残念ながらそうじゃないんだよ。幹部が君に来て欲しいってさ」

「え、私ですか!?」

「うん。詳しいことはあっちで話すそうだよ」


 いったい何をやらされるんだろう?

 もしかして私が挑戦を受ける側として戦って来いとか言われるんだろうか?

 他の怪人に頼めばいいのに!


「嫌だよぅ……」

「諦めて準備するしかないね。ほらほら、早く家に入って。朝ご飯とお弁当でしょ?」


 篤人さんにグイグイと押しやられ、私は自宅の玄関を潜った。

 茶色い封筒を居間のテーブルの上に放り投げ、私はしぶしぶながら朝ご飯の支度を始めた。



 -- 5月21日(日) 8:00 --


「ふふふ、来たか、ミスティラビット」

「あ、はい」


 地下基地のエントランスまで行くと、ノコギリデビルが湯呑を片手にくつろいでいた。

 湯気を立てる熱そうなお茶をテーブルに置き、椅子から立ち上がってこちらに近づいてくる。

 周りには他の怪人の姿は見られない。

 くぅう、誰かいたら代わってもらえると思ったのに!


「えーと、私に何か用事があるって聞きましたが。……先日の件とは別なんですよね?」

「先日? あぁ、あの件は気にしなくていい。ふふふ、奴の自業自得だ」


 昨日、私がミラードヘッジホッグとドブロクダヌキのタッグの企みを阻止してしまったことが引っかかっていたのだが、問題ないらしい。

 ノコギリデビルとしては組織の規律である『ヒーローと1対1で戦う』を無視したあの2人に問題ありと判断したようだ。


「ドブロクダヌキのやつはのらりくらりと言い訳していたがな。ふふふ、まぁ、それはどうでもよい。それよりも宣戦布告を受けた件で頼みがある」


 ノコギリデビルはそう言うと、(ふところ)から1枚の紙を取り出して手渡してきた。

 中を読んでみると、それは達筆な字で書かれた"果たし状"だった。


『5月21日14時15分 廃駅・田後倉駅にて待つ。()りすぐりの怪人を従えて参られよ。その全てなぎ倒し、我が力をこの地に示す。死合いの時を楽しみにしている。……なお、現れぬ場合は哀れな民の血が流れることと心得るが良い。怪人トライホーン』


 最後の方に、何故かとても迷惑な一文が添えられている。

 怪人同士の対決と思っていたのに、相手は一般人を巻き添えにする気まんまんのようだ。


「ふふふ、我らパンデピスが臆病者だと吹聴するために、一般人を利用しようということだろう。恐らく数人はわざと逃がし、他は殺すはずだ。……そんなことはさせぬがな」


 ノコギリデビルは獰猛な笑みを浮かべて楽しそうにしている。

 あれは暴れることを許可された怪人たちが見せる表情にそっくり、というか、より狂暴にしたような笑みだった。

 怪人トライホーンとやらは何の目的でこんなことをしてきたのか分からないが、はやまったんじゃないかと既に心配になってきた。


 そもそも、何で挑戦状なんてものがウチに届くのだろうか?

 タウンページに秘密結社の本部の住所が載っているわけじゃないだろうに。


「何でウチの居場所が分かったんですかね? 手紙が届くって……」

「ふふふ、我らと接触するための情報を買ったのだろう」

「そんなものを売ってるんですか?」

「ふふふ、闇のブローカーというものが存在するのだよ。我ら裏社会の人間にも交渉のチャンネルは必要だ。商談を持ち込む側にも、持ち込まれる側にもな」


 この怪人トライホーンとやらは、どうやら闇のブローカーからそのチャンネルをわざわざ買ってまで、こんなことをしてきたらしい。

 どのくらいのお金が動くのかは知らないけど、なんとも無駄なことをしているような気がする。


「さて、指令の話だったな。この度の挑戦は謹んで受けることにした。名乗りを上げた幹部が1人、現地へと向かっている。……のだがな」


 ノコギリデビルが笑顔から一転、面倒くさそうな感じで溜息を吐いた。


「トラブル続きで到着が遅れるかもしれんと連絡が入った。もし遅刻でもして、外から来た怪人に縄張り内の一般人をむざむざ殺されては我らパンデピスの沽券に関わる。……そこで、ミスティラビット。君には先行してかの地へ赴き、もし幹部の到着が遅れるようなら時間稼ぎをしてもらいたい」


 指令の内容は理解した。

 まさか遅刻で大トラブルになりかけていたとは。

 でも、これって私じゃなきゃダメなんだろうか?

 他の怪人でも十分に対応できそうな気がするのだけど。例えば――。


「ブラッディローズに行ってもらえば良かったのでは?」

「ほぅ、私か?」


 声がしたので振り向くと、いつの間にかブラッディローズがエントランスにやってきていた。

 手に持っているのは小学校の理科の教科書である。

 あれは私が持ってきた参考資料の1つに違いない。

 受付のお姉さんはちゃんとブラッディローズに渡してくれたようだ。


「本は受け取った。感謝する」

「うん、どういたしまして。……ブラッディローズは出ないの?」

「もしトライホーンとやらと戦っていいのなら、喜んで出撃するがな」


 ブラッディローズはそっけなくそう言った。

 彼女は自分の戦闘力を高めるためなら積極的に怪人とも戦うだろうけど、遅刻した時の保険かつ、時間稼ぎだけという条件では出たくないらしい。

 そして、それを聞いて私が選ばれた理由にも察しがついた。


「ふふふ、好戦的な怪人は我慢できぬだろうからな。かといって序列が低い怪人を向かわせては討ち取られかねん。君が適任なのだよ」

「……納得しました」


 嫌だけど、これは仕方ないかもしれない。

 その幹部とやらも恐らく戦いが好きなタイプだろうから、もし勝手に戦ってトライホーンを退けたとしても、それはそれでトラブルに発展してしまう。

 手を出さずに、しかも倒されることも無さそうな、ちょうどいい怪人が私なのである。


「今回の指令には少しではあるが補助金を出そう。足りなければ後で言いに来るがいい」


 そう言って、小さな茶封筒を渡してきた。

 つい受け取っちゃったけど、できれば組織との金銭のやり取りは避けたいんだけどなぁ……。


 高校進学で組織を離れたいと思っている私は、組織と金銭面でのつながりをできるだけなくしたいと思っている。

 金の切れ目が縁の切れ目なので、できるだけお金は受け取りたくないのだ。

 私は渡された封筒を見つめながら、どうしたものかと頭をひねった。


「ミスティラビット、これは僕が預かっておくよ」

「あ、はい。よろしくお願いします」


 私の思惑を知っている戦闘員21号こと篤人さんが気を利かせて茶封筒を預かってくれた。

 こういうのは大人である篤人さんが持ってくれた方が助かる。

 今後、同じことがあったらまたお願いしよっと。


「ふふふ、田後倉駅は廃止された駅だ。向かうにしてもその手段は限られている。時間には遅れぬように注意してくれたまえ」

「「了解!」」


 2人で敬礼をしながら返事を返すと、ノコギリデビルはお茶が置いてある席へと戻っていった。

 受付のお姉さんがお盆に乗せた急須を運んできて熱々のお茶を継ぎ足し、一礼して去っていく。


「うまい茶だ。ふふふ、たまには広々とした場所でくつろぐのも悪くないな」

「ノコギリデビル、ヒマがあるなら話し相手になってくれるか? いまいち分からない部分がある」

「構わんよ。小学生の教科書ならば、教師の説明が無くては分かりづらい部分もあるだろう」

「助かる。この雲についての話だが……」


 そのまま勉強会に突入するブラッディローズとノコギリデビル。

 ブラッディローズは植物以外のことにも興味を持ったみたいだ。


 前も気になっていたんだけど、もしかしてブラッディローズは義務教育をちゃんと受けていなかったりするんだろうか?

 それであの知力なのは逆に末恐ろしいんだけど。


 ……っていうか、私もそっちに混ざりたいよぅ!


「じゃ、僕らは行こうか」

「はぁい……」


 後ろ髪を引かれる思いを何とか断ち切って、私と篤人さんは地下基地を後にした。

 地上に戻った私たちをしっとりした空気が包む。

 空を覆う雨雲は薄黒い色を帯びて、だんだんと分厚くなってきていた。



 -- 5月21日(日) 13:12 --


 私と篤人さんは四日前町の弧出(こいで)駅発の電車に飛び乗った。

 田舎の電車やバスは1時間に1本はざらで、それに輪をかけてローカル線の電車の本数は少ない。

 これに乗り遅れたらいきなり作戦変更になってしまうので、結構危ないところだった。


「いやぁ、ギリギリだったねぇ」

「篤人さんが駅弁があるって言うからじゃないですか!」

「あっはっは! 無くなっちゃってたとは知らなくってね」


 篤人さんがうろ覚えの知識で『駅弁が売ってるから食べながら行こう』とか言っていたのだが、実際に駅に着いてみるともう売っていなかったのである。

 おかげでコンビニにダッシュして戻ってくる()めになってしまった。


「まぁ、たまにはコンビニ弁当でもいいでしょ?」

「そこに文句はないですけど……」


 ガサッという音を立てて、篤人さんがビニール袋に入ったコンビニ弁当を持ち上げる。

 私は旅行客を装うために自分の作ったお弁当を置いて来ていたので、今日は私もコンビニ弁当だ。

 普段は割高なので買わないけども、今日は予算が出ているので遠慮なく買うことにした。


「好美ちゃんが犬のおやつを買うのに悩んだせいもあるんじゃない?」

「う、そうかもしれませんけど……」


 思ったより時間の余裕があるからと、アルフくんへの手土産を買ってから来たのである。

 でも、そんなに時間をかけたつもりはないので、言いがかり、のはず……!


「まぁ、間に合ったから言いっこなしで」

「そうですね」


 お互いのミスは水に流し、私たちは空いていた席に座った。

 電車は2両編成であり、私たちは後ろ側の車両である。


 やや雨脚の強まってきている窓の外をゆっくりと景色が流れていく。

 日本屈指の景観を誇るという謳い文句の唯見(ただみ)線の電車は、これから合津若松(あいづわかまつ)駅に向けて約4時間半の旅へに出発するのだ。

 電車は徐々に速度を上げていき、ガタン、ゴトンの音がだんだんと速くなっていく。


 あいにくの雨となった日曜日だけど、それも風流と感じられる日本人の(さが)か、観光客と思われる人たちでそれなりに賑わっている。

 今は私たちもその1人となって、窓の外の景色をじっくり眺めつつ、ちょっと遅めのお昼ご飯タイムである。


「もぐもぐ……たまには電車での旅も(おつ)だよねぇ」

「もぐもぐ……景色も違って見えますよね」


 横に大きく視界が開ける窓からは、雨を吸って背を伸ばした野草が線路に緑色を散りばめている。

 電車は規則正しく稲が並ぶ田んぼや、いくつもの川をガタンゴトンと通り過ぎ、徐々に標高を上げていった。


「綺麗な橋とか景色とか、いろいろ見たいところなんだけどねぇ」

「目的地より先にあるんでしたっけ? ちょっと残念かも……」


 私は明日は学校だし、篤人さんも運送会社でお仕事だから今日中に帰らなければいけない。

 残念ながら私たちは途中の唯見駅でとんぼ返りである。


 私たちの目的地、田後倉駅は新潟と福島のちょうど境目あたりにある廃駅だ。

 もし幹部が時間に間に合っていたら、そこを素通りしてから戻ってくるだけで任務完了である。

 問題なのは幹部が間に合っていなかった場合であり、怪人トライホーンを押しとどめなければならない。


 そして、怪人トライホーンが襲うと見込まれているのがこの電車なのである。

 指定された14:15をちょっと過ぎるくらいの時間に、この電車が田後倉駅を通過する予定なのだ。


 私の使命は、襲われた時にパンデピスの怪人として名乗りを上げ、トライホーンから乗客を守り、幹部が到着するまで時間稼ぎをすることである。


 多白川(おおしらかわ)駅を出発した電車は、程なくして長いトンネルへと入っていく。

 このトンネルを越えれば田後倉駅があり、そこはもう福島県だ。

 昏いトンネルではところどころに光るライトが設置されるだけで、たまに通り過ぎる非常用の電話以外に見るものはない。


 約10分ほど経つ頃にトンネルを抜け、電車は晴れ間が広がる空の下へを走っていく。

 新潟は雨だったけど、こっちは雲間から光が差している。

 森を縫って流れる川が美しく、これから現れる絶景を予感させて車内の空気までも明るくなっていった。


「……そろそろですね」

「うん。真ん中へ移動しておこうか」


 私と篤人さんは2両の連結部分へと移動し、いつでも動けるように準備を整えた。

 連結部分の扉を閉めてもガラスで結構見えちゃいそうな気がするんだけど、本当にここで変身できるのかなぁ?

 しゃがめば何とかなると思うけど、結構ギリギリだ。


「……好美ちゃん! 行って!」

「は、はい!」


 篤人さんが何かに気付き、私に鋭く作戦開始を促した。

 私が連結部分の間に滑り込むと同時に強烈な衝撃が電車を襲った。

 急ブレーキをかけた時のような横向きの重力が働き、私の身体を目の前の扉に押し付ける。

 電車内には悲鳴がこだまし、みんながパニック状態になっていた。


「閉めるよ!」


 篤人さんが衝撃をものともせず素早く動き、後ろ側の扉をガタンと閉めた。

 よし、今なら行ける!


「白き霞よ集え! メタモルフォーゼっ!」


 身を隠しつつ黒いブローチに向かって合言葉を言うと、黒いブローチが白く光って、中から布が飛び出してきた。

 私の身体を包んだソレは私の服を一瞬で変質させ、白いコスチュームへと変える。

 それと同時に怪人のパワーを開放し、私は秘密結社パンデピスの怪人、ミスティラビットへと変身を遂げた。


「ふんぬーっ!」


 電車を連結している布を素手で引き裂き、私は電車の外へと躍り出た。

 振り返って電車を見れば先頭車両の前に三本角の怪人がいて、電車を素手で押しとどめている。

 みるみるうちにスピードは落ちていき、程なくして電車は完全に停車させられてしまった。


「ほう、今さら登場とは随分と舐めたマネをしてくれるな、パンデピスの怪人よ」


 三本角の怪人、トライホーンが電車に手を当てたままドスの聞いた声を発した。

 黒くメタリックな3本の角がフルフェイスの兜の上についている。

 巨躯を覆う銀色の鎧と、やや大きめのショルダーガードが光を反射してギラリと光を放った。


「時刻通りに現れぬ場合、我はどうすると書いたか……覚えているな?」

「あの、すみません! 遅刻したことは申し訳ありませんでした! なので、そのぅ、電車に手を出すのはやめていただけると……」


 とりあえず下手(したて)に出て頭を下げてみる。

 これで手を引いてくれるなら、私が頭を下げることなど安いものだ。

 しかし、残念ながら相手もそう簡単には折れてくれないようだった。


「言い訳無用だ。どれ、電車の半分ほどを谷底に落としてくれようか」


 彼はそう言うや否や勢いよくジャンプして連結部分へと飛び掛かり、手刀であっさりと電車の連結を切り裂いてしまった。


 トライホーンは電車の真横に移動して徐々に力を加えていく。

 外装が凹み、メキメキと音を立てながら車両の片側がゆっくりと持ち上がっていった。

 中にいた人たちが傾く車両にバランスを崩して転び、谷底方面の窓際へと押しやられていく。


「お、落ちるぅ!?」

「く、苦しい……!」

「やだあああぁ! うわぁあああん!」


 痛みと恐怖に叫び声が響いた。


「ああぁ、待ってください! もうちょっとしたら幹部が来ますから……!」


 私は慌ててバタバタと手を振りトライホーンに懇願したが、彼はそれを無視して電車を更に傾けていく。

 しかし、彼は不意に手を止めて私をじっと見つめた。


「……貴様、もしやミスティラビットか?」

「えっ? はぁ、そうですが……」


 トライホーンが車両から手を放し、傾いていた車両が線路にガシャンと接地した。

 その衝撃で中にいた人たちがまた叫ぶことになったが、トライホーンは気にも留めずに私の方へと一歩を踏み出した。


「"謎の怪人"として暴れまわり、パンデピスに所属してからは瞬く間に頂点に立った新潟の怪人、ミスティラビット。……良い選択だ。相手にとって不足なし!」

「えっ!?」


 何で私の名前を別の県から来た怪人が知ってるの?

 いや、それよりも、トライホーンさん、私と戦おうとしていない?

 パンデピスからの刺客は私じゃないんですけど!


「我はアトラスオオカブトの怪人【トライホーン】! いざ、尋常に勝負!」

「あの~、すみません。私はただの伝令係でして、このあと幹部が……」

「問答無用!」

「うぇえええ!?」


 真正面から飛び込んでくるトライホーンに対し、私は慌てて戦いの構えをとった。

 でも、武術の心得など全く持っていない私はタックルに対処できず、あっさり吹き飛ばされてしまう。

 踏ん張っていなかったこともあってダメージがほとんど無かったことだけが幸いである。


 線路わきに着地した私は草をガサガサと揺らしながら体勢を整えた。

 形だけでも相対する雰囲気を作っておかないと、またすぐに不機嫌になってしまいそうだからね。


「ふっ、上手く衝撃を流したようだな! そうこなくては!」

「いえ、偶然ですからぁ!」


 トライホーンは心底楽しそうに私の防御を称えている。

 すでに戦闘に(たかぶ)っているトライホーン相手に時間稼ぎをするのは凄く面倒くさそうだ。

 それでも、やるしかないのだが。


「あの、もう少しお話しませんか? 私、貴方が何をしたいのかよく分かっていないんですが……」


 とにもかくにも、会話に間を空けないのが大事だ。

 幹部が到着するまでどのくらいかかるのか分からないけど、どうにか相手の気を引きつつ場を持たせなければ!


 篤人さんの方をちらっと見ると、一般のお客さんと一緒にどこかへ退避しようとしている。

 この状況なら彼もうまく身を眩ませてサポートしてくれるはず。

 篤人さんの安全を確保できるだけでもトライホーンを引き付けておく価値は十分にあるだろう。


「知れたことよ。己の力量を推し量る物差しが欲しいだけのこと」

「あぁ、腕試し、ですか……」


 ふぅ、よかった。

 話に喰いついてくれた。


 それにしても、行動の動機が何だかパンデピスの怪人たちと似ている。

 強さを手に入れた怪人はみんなこうなんだろうか?

 それと、強さを測りたいだけならば最も手っ取り早い相手がいるはずなんだけど……。


「ヒーローじゃダメなんですか?」

「ヒーローも悪くはないが、このような噂を聞いた。『秘密結社パンデピスには、ナンバーワンヒーローよりも遥かに強い怪人がいる』と」

「レッドドラゴンより遥かに強い怪人……?」


 え、いるの? そんな怪人。


「我もウワサ程度しか知らぬ。だが、それを聞いてしまっては確かめたくなるというものよ!」

「なるほど、それでパンデピスを……」

「ミスティラビットよ、貴様は知らぬのか?」

「分かりませんが、もしかしたらこの後にくる怪人がそうかもしれませんよ? 幹部が向かっていると聞いていますので」


 誰が来るのかは知らないが、トライホーンのいう怪人がその幹部だという可能性はあるだろう。

 しかし、思いがけず上手いこと話がつながった。

 これで待ってもらう方向に持っていけたら万々歳だ。


「ほぅ。それで、その幹部とやらはいつ到着する?」

「本来なら指定された時間までに来る予定だったんですけど、トラブル続きで遅れてて……」

「言い逃れか?」

「いえ、違います! いや、違わないかもしれませんけども!」


 またトライホーンの怒気が膨れ上がっていき、ビリビリした威圧感に嫌な汗がにじむ。

 先ほどもうっすらと感じてはいたが、トライホーンの迫力はノコギリデビルに迫る勢いがあった。

 パンデピスの怪人たちと比べても、明らかに上位の実力がある相手だ。


「ぬぅん!」

「ひぃい、来たぁ!?」


 線路の枕木を踏み抜きつつトライホーンが再び迫ってくる。

 今度はタックルではなく柔道のような構えをとっていた。

 相手は見るからにパワータイプ、捕まったら一巻の終わりだろう。


「どうした、逃げてばかりでは我を倒せんぞ!」

「そそそ、そんなこと言われたってぇ!?」


 私は守り一辺倒で、どうにか相手の腕をかいくぐり、払いのけ、攻撃を凌ぎ続ける。

 できるだけその場から動かないように頑張ろうと思ったものの、とてもじゃないが逃げるのに精いっぱいで後ろへ後ろへと移動していくことになってしまった。


 このまま押されて行ってしまっては幹部が来ても私たちを見つけられなくなってしまう!

 どうにかして押し戻さないと……!


 悩んでいると、急に相手のプレッシャーが遠のいていった。

 トライホーンが足を止め、私の後ろ側をじっと見つめている。


「……何者だ?」

「ふぇ?」


 振り返ると、そこには線路の上で腕を組み、静かにトライホーンを見つめている女性型の怪人が立っている。


 私はその怪人を見て一気に安心感が広がっていった。

 いつぞやの地下基地でノコギリデビルが連れていた、幹部と思しき2人組の1人だったのである。


 よかった! 私の役割はここで終わりだ!


「随分待たせてすまなかったね。ここからはアタシが相手になってやるよ」

「ほぅ、遅刻してきた幹部とやらか?」


 トライホーンが一度構えを解いて仁王立ちをする。

 私はそれを見てそそくさと脇にどきつつ、幹部の後ろ側へと退避した。

 トライホーンと幹部がにらみ合い、一触即発の空気が流れる。


「我と死合うつもりなら、名乗りをあげたらどうだ?」

「あはは、お断りだね! まずはアタシをその気にさせてみな!」


 幹部の女怪人が高笑いしながら一気に前へと躍り出た。

 示し合わせたように、トライホーンも受けて立つとばかりに突っ込んでいく。


 2人の怪人が激突し、衝撃に森が揺れる。

 幹部とトライホーンは額と額を突き合わせ、お互いの手をがっちり握って力比べをしている。

 両者のパワーに差はないらしく膠着状態になっており、両者の足元で線路の枕木がバキバキと音を立てて折れていった。


「あっはっは! まぁまぁ力はあるじゃないか!」

「ふむ、女と思って少々侮っていたか。だが、我の力はこんなものではないぞ?」


 トライホーンの腕の筋肉が力強さを増し、幹部の腕を押し込んでいく。

 幹部はのけ反るような姿勢を余儀なくされ、今にも押し負けてしまいそうだった。しかし……。


「なんだ、アンタも手加減してたんだねぇ。じゃあ、お返しだよ」

「ぐぬ!?」


 対する幹部は怪しく微笑むとあっさりトライホーンを押し返し、逆に相手を押し込んでいく。

 どこまで力を出せるのか見定めるように、じわじわと相手をのけ反らせていった。


「ほらほら、もっと力ぁ出しなぁ!」

「ぐおおっ!? 何ということだ……!」


 幹部は女性にしては少し背が高めで女性らしいプロポーションをしていた。

 それが、明らかに一回りも大きいトライホーンを逆に押し潰さんとしている。

 足を止めた力比べはついに均衡が破れ、トライホーンが一歩、さらに一歩と、後ろ側へ足を引いた。


「あっはっは! さぁ、アタシは今、何パーセントくらいの力だと思う?」

「くっ!? 化け物め!」


 トライホーンが実質的な敗北の言葉を吐き捨て、組み合わさっていた手を振りほどきつつ真後ろへと飛んだ。

 私から見たらトライホーンだって十分に化け物の域に入る怪人のはずなのに、幹部は力で勝ってしまった。


 再び相対する両者だったが、最初のにらみ合いとは随分と様相が違っている。

 涼やかに笑う幹部に対して、トライホーンは息を乱している様子がうかがえた。


「まだやるかい? 遅刻した分の借りがあるから、特別に見逃してやってもいいよ」

「愚問だ。どちらかが死ぬまで決着は無い! そして、力で勝れずとも死合いは別物よ!」


 今度はトライホーンから幹部へと仕掛けていく。

 全身に力をみなぎらせて一気に詰め寄り、振り上げた拳をまっすぐ突き出した。

 バチィッと鞭が当たったような音が響き、幹部の顔面に強烈なパンチが叩き込まれた、ように見えた。


「おっと、危ないところだった」


 しかし、よく見ると片手の手のひらで受け止めていた。

 突っ込んできたトライホーンに対して幹部はその場から動くこともなく、腕の1つを突き出すだけで衝撃を相殺してしまっていた。

 圧倒的なパワーの差が垣間見えるが、トライホーンは怯む素振りさえ見せずに更なる攻撃を加えていく。


「まだまだだ!」

「あははは、いいねいいねぇ!」


 トライホーンがギアを上げて拳の連打をお見舞いする。

 幹部はしばらく片手であしらっていたが、やがて1つ2つと攻撃を受けてしまい、やがて両手で相手の攻撃を捌くようになっていった。


「あっはっは! さぁ、こっちからもだ!」

「ふんっ! ようやくか! 待ちくたびれたわ!」


 攻撃を受けることは十分に堪能したのか、幹部側からもパンチを放っていく。

 トライホーンは無理に受けることはせず、受け流し、時にその勢いを利用しながら相手に攻撃を放っていく。

 力比べとは一転、その場で足を止めての激しい連打の応酬が繰り広げられていった。


「これはどうだ!」

「おっ!?」


 トライホーンが打撃と見せかけて幹部の腕を掴み、ローキックで相手の足を攻撃した。

 バランスを崩した幹部が背中を向けて無防備な隙を晒してしまう。

 そして、その隙を見逃すトライホーンではなかった。


「ふんっ!」

「うぁあっ!?」


 幹部の脇腹にトライホーンのウェイトが乗った肘が叩き込まれた。

 私の目の前を幹部が吹き飛んでいき、線路の脇に叩きつけられる。

 しかしすぐに体勢を立て直し、腕で石が敷き詰められた地面をガリガリと抉りながら踏みとどまった。


「やるねぇ……」

「ほざけ! ちっともそう思っておらん顔をしおって!」

「いや、そんなこと無いさ」


 ニヤリと笑って立ち上がった幹部が再び前に出る。


「ムーンベア」

「む?」

「アタシの名前さ。ツキノワグマの怪人【ムーンベア】……分かりやすい名前だろう?」

「ふっ、そうか」


 幹部の名前はムーンベアというようだ。

 私も初めて名前を知った。


 見事な一撃を受けて、ようやく相手のことを認め、名前を明かしたのだろう。

 そのトライホーンと幹部ムーンベアは再び相対し、相手を暴力的な笑顔で睨みつける。

 ちょうど私を等間隔に挟んだ両側である。

 ……あ、これ逃げた方が良さそうかも。


「さぁ、本気を出そうかねぇ」

「望むところだ」


 ムーンベアがバキバキと腕を鳴らし、トライホーンは静かに構えをとって身体中に気を巡らせている。

 様子見やお遊びはお終いで、これからは純然たる殺し合いが始まるのだろう。

 お互いがお互いの準備運動が終わったことを確認し、静かににらみ合う。


 風が()いだ。

 一瞬の間を置き、お互いが空気を引き裂いて一気に前へと突き進んでくる。

 私は弾かれるようにその場から飛び退き、電車があるトライホーン側の線路へと着地した。


 三度(みたび)のぶつかり合い。

 今度は能力を交えた刃の応酬になっていた。

 ムーンベアの爪が巨大化し、複数のナイフのようになって襲い掛かる。

 トライホーンの腕の装甲が筋肉で膨れ上がり、同時に拳は巨大なトゲ付きのパワーグローブへと変わっていた。


 お互いの身体を削り合い、激しい火花が舞い散る。

 ムーンベアは狂気的に笑い、トライホーンが静かに吠え、目まぐるしい攻防を繰り広げていった。


「ミスティラビット、問題発生だよ」

「あ、戦闘員21号!」


 線路の脇の崖下から戦闘員21号が現れた。

 うまく乗客の視線を掻い潜ってここまで来てくれたようだ。


「……問題ですか?」

「うん、そろそろヒーローの登場だ」


 合流してきた篤人さんが上を見上げた。

 まだヒーローは見えないが、すぐに来るようである。

 篤人さんは今までずっと避難した人たちと一緒に行動していただろうし、誰かが通報しているところも見ていたのだろう。


「来た!」


 空に飛来する一筋の雲が、赤いヒーローを残して私たちの真上を通り過ぎていく。

 まず間違いなくレッドドラゴンだろう。


「……随分遠いねぇ」


 篤人さんが目を細めて上を見上げた。

 なんだかいつもよりも随分と空高くから飛び降りたみたいで、その姿がなかなか見えない。

 私も見てみたが、太陽の光でいまいちその様子が掴めない。


 ……なんだろう、嫌な予感がする。

 私はレッドドラゴンの様子を伺えないか、目を閉じて耳に意識を集中した。


 炎が逆巻く音がした。


「!? みんな、()けて!」

「えっ? わあぁあ!?」


 私は篤人さんを丸太担ぎしながら跳躍する。

 戦っていたムーンベアとトライホーンは私の大声を聞いて同時に空を見上げ、真上からレッドドラゴンの必殺技が降ってきているのに気付いたようだった。


 すでに猶予はなく、あの2人は逃げ切ることはできなそうである。

 それでも何とか避けようとするトライホーンだったが、ムーンベアの行動は違っていた。


「油断したようだね」

「な、なんだと!?」


 ムーンベアは逃げようとしたトライホーンの腕を掴み、そのまま力任せに上へと放り投げた。

 赤く小さな太陽のような火球が、その背中に迫る。


「悪いねぇ、アタシの手で決めたかったんだけどね」

「……見事だ、ムーンベア」


 不意打ちのブレイザーキャノンが線路の上で大爆発を起こした。


 ドゴォオオンッ! と鼓膜を破るかのような轟音が響き渡る。

 身を焼き尽くすような熱波が辺りを包み、一瞬で酸素が失われて草木が不完全燃焼を起こした。

 凪いだ空は黒い煙をその場に留め、窒息を免れた小さな炎が草木を燃やしていく。


「ムーンベア様!? トライホーン!」

「げほ、げほっ! 油断しちゃったなぁ。一般人がいないって分かってたら、そうするよね」


 篤人さんは私の丸太担ぎの衝撃で咳き込んでいたけど、どうやら無事のようだ。

 問題は後の2人である。

 ぶすぶすと焦げた匂いを放つ煙の中の様子を探るため、私は再び耳を澄ませようとしたのだが、残念ながらそんな時間は取らせてもらえないようだった。


「やはり、避けられていたか!」

「う、レッドドラゴン……!」


 レッドドラゴンが近くに着地し、私を見て戦闘の構えをとる。

 空中にいるうちに一呼吸を置くことができたのか、必殺技を放った後のクールタイムが見当たらない。

 今すぐに2発目を撃ってきてもおかしくないくらいに呼吸が整っている。


「そぉらっ!」

「うっ!?」


 黒煙の中からムーンベアが現れ、レッドドラゴンに不意打ちによる一撃を仕掛けていた。

 最初から爪の強化を全開にし、完全に背後を取っての奇襲である。

 しかし、レッドドラゴンはなんとその一撃を受け止めていた。


「ちっ、やるねぇ……」

「く、あぶなか……うぉっ!?」


 攻撃を受け止めたレッドドラゴンが反撃に移ろうとしていたように見えたんだけど、なぜか急に動きを止めてしまった。


「ん? どうしたんだい、レッドドラゴン! そらぁ!」

「し、しまった!」


 その隙を突いてムーンベアがレッドドラゴンを弾き飛ばしてしまう。

 きっちり防御は成功させたみたいだったが、レッドドラゴンは崖の下へ落ちていってしまった。


「……連戦はちっとキツイねぇ」

「ムーンベア様、よくご無事で!」


 篤人さんが久しぶりの三下ムーブを見せている。

 まぁ、相手は幹部だし、どんな性格かもよく分かっていないし、順当な対応方法だろう。

 それよりも、もう1人の怪人の姿が見られない。

 ようやく晴れてきた黒煙の中にも彼の姿は見当たらなかった。


「あの、トライホーンは?」

「ふん、死んだよ。ブレイザーキャノンでね」


 ムーンベアが何でもないことのように呟く。

 見るからに強靭な装甲を持っていたトライホーンですら、レッドドラゴンの必殺技には耐えられなかったようだ。


「……アンタ、本当にアレをはじき返したのかい?」

「あ、はい。真横からですが、2回ほど」


 私の答えを聞いたムーンベアが怒りの表情を見せた。

 いや、怒りじゃなくて身体が痛いのかもしれない。

 身体の至る所が焦げ付き、隠そうとしているようだが呼吸も苦しそうである。

 発汗も酷く、かなりのダメージを受けているようだった。


「戦闘員21号、撤退しましょう」


 私の言葉に、篤人さんもすぐさま頷く。

 ムーンベアの状態が悪いことも気づいているようだった。


「うん、分かった。とはいえ、少しだけ時間稼ぎをお願いするよ、ミスティラビット」

「うぅ~、頑張りますから、できるだけ早くお願いします……」


 篤人さんはすぐさま行動を開始し、乗客が避難している方へと向かっていく。

 何をするのか分からないが、篤人さんなら何か手を考えているはずだ。

 私のすることはまたもや時間稼ぎである。

 今度はトライホーンではなく、レッドドラゴンが相手ではあるが。


「はぁっ!」


 ジャンプ一番、レッドドラゴンが崖の下から飛び出してくる。

 不意打ちされなくて良かったと思うべきか、少し潜んでいてもらいたかったというべきか、微妙なところだ。


「ミスティラビット、今日こそお前を討つ!」

「うぅ……あの、もう1人いるんですけど、そっちはいいんですか?」

「無論、逃がすつもりは無い! それが強い怪人なら尚更だ!」

「強いと認めてくれるのは嬉しいねぇ! ……できれば万全な時に会いたかったけどね」


 ムーンベアは今戦っても勝ち目が薄いと感じているようだ。

 事実、ダメージが無ければもしかしたら肉薄できるかもしれないのだが、トライホーン戦の消耗とブレイザーキャノンの爆発を間近で受けた影響ですでにボロボロになっている。


 でも、そのムーンベアが何か気になるのか、レッドドラゴンの様子がちょっと変だ。


「くそ、目のやり場に困るんだよ……」


 レッドドラゴンの独り言を私の耳が拾った。

 横に立つムーンベアを見ると、体毛が焦げてコスチュームもダメージを受けており、その女性らしいプロポーションも相まってなかなか扇情的に見える。

 レッドドラゴン、色仕掛けに弱いっぽい?


「どうせなら、名乗ってあげたらいいんじゃないですか?」

「あはは、そうだねぇ! せっかくだから名乗らせてもらおうか!」


 胸を張ったムーンベアが一歩前に出た。

 レッドドラゴンも名前は気になるみたいで、少し挙動不審気味にムーンベアの方を見て名乗りを待っている。

 よしよし、これでもう少しだけ時間が稼げそうだ。


「アタシは秘密結社パンデピスの幹部がひとり、ツキノワグマの怪人、ムーンベア! 会えたことを嬉しく思うよ、レッドドラゴン!」

「幹部!? ノコギリデビル以外にも居たっていうのか!?」


 名乗りを聞いて、レッドドラゴンが驚愕しているようだった。

 しかし、その驚きが収まると、レッドドラゴンの闘志が高まっていく様を感じる。

 燃え盛る炎のオーラが目に見えるようだ。


 ムーンベアの見た目に惑わされていたレッドドラゴンはもういない。

 一匹の魔獣の如き闘争心を纏ったナンバーワンヒーローが牙を()き出しにしている。


「うぅ……」

「こりゃ、ヤバイねぇ……」


 肌を突き刺すような殺気がフルフェイスのヘルメットの中から漏れ出てくる。

 私だけじゃなく、ムーンベアもその気迫に冷や汗をかいているようだった。

 でも、ちょっと楽しそうなのがホントに凄い。


「いくぞ、ミスティラビット! ムーンベア!」

「来な、レッドドラゴン!」

「ああぁ、来ないで欲しいよぅ!」


 いつもなら逃げに徹するのだが、既にダメージを負っているムーンベア一人に任せるのも気が引ける。

 私は嫌がりながらも真っすぐレッドドラゴンに突っ込んでいった。

 突っ込んでいったところまではいいのだが、果たしてどうやって攻撃すればいいのだろう?


「うおぉおおお!」


 レッドドラゴンが吠え、その両手から炎が噴き出るのが見えた。

 そのまま腕を鎌のように曲げて引き絞り、全身を使って矢のようにパンチが繰り出される。


「ひぃい!?」


 以前に顔面へのクリーンヒットを受けて意識が飛びかけたことを思い出した私は、攻撃しようとしていたことも忘れて思いっきり急ブレーキをかけた。

 そのまま身体を力いっぱいに()じり、レッドドラゴンの拳を寸でのところで回避する。

 目の前で火が躍った。


「そらぁ!」

「せぁっ!」


 空振りしたレッドドラゴンの隙を狙い、ムーンベアが爪を振り下ろす。

 しかし、レッドドラゴンは軽く身体を捻ると、あっさりその一撃を撥ね退けた。

 お互いが位置を入れ替える形で通り過ぎ、お互いに戦闘の体勢を整えて対峙する。


「ずいぶん簡単に弾いてくれるねぇ。ミスティラビットへ放ったパンチ、全力じゃなかったのかい?」

「2対1で隙を晒す攻撃なんかするわけないだろっ!」


 そ、その割にはおっかない一撃だったんですけど……!

 今も眼前を通り過ぎていった熱波の残滓(ざんし)が、その威力がヤバイことを感じさせている。

 ムーンベアの攻撃だって勢いを乗せた一撃だったはずなのに、レッドドラゴンは危なげなく対処してしまった。


 うん、やっぱり勝つのは無理だ!

 タックルくらいならできるかな、とか考えていたけど、反撃で殴り飛ばされる未来しか見えない。


「ムーンベア様、どうにか逃げる算段を付けますから……」

「あっはっは! じゃあアタシはもう少し遊ばせてもらうとするかねぇ!」

「あ、ちょっと!?」


 ムーンベアは笑いながらレッドドラゴンに突進していってしまった。

 これは、撤退の方法は私に任せるということだろうか?

 一応、反対はしていないっぽいし、逃げることには賛成と考えてもいいんだよね?


「さぁ、本気でいくよ!」

「来い! ムーンベア!」


 レッドドラゴンが突進してくるムーンベアを迎え撃つ。

 鋭い爪を振り回すムーンベアに対して、レッドドラゴンは炎を纏った拳で戦っていた。

 お互いに距離を詰めての技の応酬が行われ、ひとつ撃ち合うたびにバチンバチンと火花が舞い散っている。


「もらったよ!」


 ムーンベアが力づくで腕を弾き飛ばし、ガラ空きになった胴体へと突きを放とうとした。

 しかし、レッドドラゴンの手にはいつの間にかレーザーガンが握られており、踏み込んできたムーンベアは回避することができなかった。


 容赦なく顔を狙ったレッドドラゴンのレーザーがムーンベアの顔を捉え、爆発が起きる。

 バァンッ! という音と共に、ムーンベアはのけ反るような姿で吹き飛ばされ、受け身も取らずに線路の上へと叩きつけられた。


「がはっ!? ま、まさか、銃を使うなんてねぇ……」

「悪いな。俺は格闘専門ってわけじゃないんだ!」

「フェイントだったのかい。まいったね……」


 レッドドラゴンが必殺技を放つ構えをとった。

 両腕にあった炎は右手だけその力強さを増していき、龍の姿へと形を変えていく。

 あれがそのままムーンベアに放たれたら敗北必至だし、私が突っ込んでいってもまた迎撃されてしまいそうだ。


 でも、ムーンベアが戦っている間、私はただ見ていただけなので元気いっぱいの状態である。

 それに、今にして思えばムーンベアは私が逃げる算段をつけられるよう、自ら戦いに赴いて時間を稼いでくれたようにも思う。


 ムーンベアは見捨てることはできない!

 こうなったら無謀だったとしても、私も加勢を……!


「2人とも、こっちだ!」

「な、なんだ!?」

「えっ!? 電車!?」


 振り向くと、そこには私たちが乗ってきた電車が迫ってきていた。

 トライホーンに完全に分断されてしまったため編成は1両だけであり、中にいるのも運転席に陣取っている篤人さん一人のようである。

 レールが吹き飛んでいた個所もあったはずなのに、どうやってここまで走ってきたのだろう?


「ミスティラビットォ、ムーンベア様ぁ! これで撤退するよ~!」

「えぇ!?」


 電車は今まで見たことが無いようなスピードを出していて、今にもレールから飛び出してしまいそうだ。

 いや、吹き飛んでいたところにレールは無かったはず。

 既にレールが無い場所も無理やり走ってきたのだろう。


 電車はあっという間にこちらに近づいてきて、線路の上にいるレッドドラゴンを轢き殺さんとばかりにそのまま突っ込んできた。


「うぉおお!?」


 レッドドラゴンはどうしようか迷っていたようだが、いったんは回避行動をとることにしたようだ。

 電車にブレイザーキャノンが放たれていたら篤人さんは無事では済まなかったはずだし、回避に徹してくれて本当に良かった。


 あれ? でも、まだ右手に炎の龍が巻き付いたままになっている。

 今まではレッドドラゴンが動いていたら消えていたはずなのに。

 もしかして地味にパワーアップしていないだろうか?


 電車の前に飛び出し、篤人さんと目が合う。

 怪人化した私のウサ耳は、車内の運転席にいる篤人さんの声をしっかりと聞き取った。


「ごめん、何とか乗って!」

「急すぎるよぅ!?」


 聞こえないであろう文句を言いつつ、私はひとまずムーンベアの身体を持ち上げる。

 そのまま勢いに任せて高速で突き進む電車へと身体を飛び込ませた。

 目の前に迫る車両の外装にぽっかりと口を開けた場所が用意されている。

 篤人さん、出入り口を全開にしてくれていたみたいだ。


 よし、ここだぁ!

 私は思いっきり入り口に身体を飛び込ませて……。


「ぐほぉ!?」


 思いっきり扉の縁に脇腹を打ち付けていた。

 電車の速度に負けてしまった形である。

 それでも何とかムーンベアはダメージ無く車内に入れることができたようだし、一か八か飛び込んでみて本当に良かった。


「もうちょっと優しく救助できないものかねぇ」

「すみません、限界です……」


 座席に座っているムーンベアからお小言が飛んでくる。

 飛び込んだ衝撃で座席が壊れてしまい、座っているというよりはめり込んでいるといった表現の方が正しかもしれない。

 ただ、痛みに顔をゆがめるムーンベアだったが、それでも楽しそうにニヤニヤと笑っていた。


「まだだ!」


 私のウサ耳にレッドドラゴンの声が届く。

 完全に壊された連結部分から見えるのは、遠のいていくレッドドラゴンが必殺技の構えに入っている姿だった。

 やばい、またアレが来る!


「ひっさぁああつ! ブレイザー・キャノン!! 発射ァーーーー!!」


 ゴゥという音を立て、線路を全て融解させるんじゃないかというくらいに強烈な熱波を放ちながらレッドドラゴンの必殺技が迫ってくる。

 ここで受け止めても、電車内で爆発してしまっては全員が致命傷を負ってしまう。


「おいおい、どうするんだい?」

「すみません、僕にはどうすることも……」

「私が頑張ります!」


 一言だけ告げて、私は電車の連結部分から身を投げ出した。

 もはや痛いからとか怖いからとか言っていられない。

 篤人さんもムーンベアもできる限りのことをしてきたのだから、今度は私の番だ!


 以前、私はブレイザーキャノンと同じ威力と思われるパンチを顔面に受けても死ななかった。

 同じく至近距離でブレイザーキャノンの爆発を受けた時も死にはしなかった。

 今回、ブレイザーキャノンは少し高めの弾道だから踏ん張ることも難しい。


 なので私はあえて被弾し、気合を入れて全力で耐えぬく!

 私ならきっと死なない!


「でも、こ、怖いい!?」


 あっという間に目の前に迫る火球が、実体よりも遥かに巨大に見える。

 近づいた時に感じる風圧が死神の吐息のように感じられた。

 怖すぎて目を閉じた瞬間、私の身体は小さな太陽が起こした大爆発に巻き込まれた。


 ドゴォオオンッ!


「ぴぎゃぁあああああ!?」


 やっぱりすごく痛い!

 全身の骨がバキバキに砕けちゃいそうだ!

 強烈な熱波が身体中を包み、きっとコスチュームにも炎が灯っていることだろう。

 しかし、痛みがあるなら大丈夫、私はまだ死んではいない!


 防御で縮こまっていたはずの身体が完全に伸び切り、ふらふらと空中を漂っている感覚を覚える。

 今、私はどうやら弾き飛ばされている最中らしい。


「うべっ!?」


 地面に激突した衝撃を感じ、同時に宙を漂う感覚が無くなる。

 目をゆっくり開けると、閃光で焼かれていた目がだんだんと視力を取り戻し、真っ暗だった目の前が景色を取り戻していく。

 そこは、なんと飛び出していった電車の中だった。

 私は電車の連結部分にちょうどすっぽりと飛び込んだらしい。


「おかえり、ミスティラビット」

「た、ただいまです。……い、痛いぃ」


 身体中を奔る痛みに悶えつつ、篤人さんとただいまの挨拶を交わす。

 ブレイザーキャノンの爆発によって、まさか電車の中へ吹き飛ばされるなんて思ってもみなかった。

 山の中を歩き回る覚悟でいたんだけど、それもしなくて済みそうだ。


「あっはっは! どこまで上手くやるんだ、お前は! すごいじゃないか!」

「ぎゃーっ!? 叩かないでください!?」


 ムーンベアにバシバシと背中を叩かれて痛みが数倍に跳ね上がった。

 褒めているのは分かるんですけど、今は勘弁してくださいよぅ!


「ここからは少し速度を下げようかな。無茶な走り方をしたからね」

「……大丈夫、後ろからは何も聞こえてこないです」


 うさ耳に意識を集中して後方を探るが、レッドドラゴンが追ってきている様子は無さそうである。


 目を開けると遠ざかっていく霧が見えた。

 ふと身体を探ると、持っていたポーチが無くなってしまっている。

 どうやら炎に耐えきれずに燃え尽きてしまっていたようで、そこにしまっていたミストボールもすべてなくなってしまっていた。


 あの霧は私が持ってきたミストボールのなれ果てのようだ。

 目くらましの効果があるかどうかは微妙だけど、無いよりはマシかな?

 それにしても……。


「戦闘員21号、電車も運転できたんですね」

「うん、まぁね! 僕に運転できないものはロケットくらいさ!」


 車掌の真似事なのか、敬礼をしながら篤人さんが答えた。

 普通の車だったりバイクだったり船だったり、電車まで運転できるなんてすごい手広さである。

 絶対、趣味で覚えたに違いない。


「さて、どこかで途中下車しないといけないんだけど、どうしようか?」


 篤人さんが珍しく撤退で意見を求めてきた。

 いつもの軽トラじゃないから採れる手段が少ないのかもしれない。

 実際には手が無いわけじゃなくて、いい手が無いだけなんだろうけども。


「それなら多白川駅だね。アタシが戦闘員に足を用意させている。乗っけてやるから、好きなところで降りゃいい」


 そこにムーンベアが提案を出してくれた。

 私と篤人さんが揃って頷く。

 私たちを乗せた1両の電車は新潟方面へと向かって進み、再び長いトンネルへと入っていく。

 幸い、出口にもその先にも防衛隊の姿は見られなかった。



 -- 5月21日(日) 17:30 --


 ムーンベアの用意した車で身を眩ませた私たちは、各々の方法で街へと溶け込み、再び地下基地のエントランスへと集まることに成功した。

 私と篤人さんは一足早く降ろしてもらい、弧出駅の近くに止めていた篤人さんの車で地下基地に戻ってきたのだ。


 ちなみに、コスチュームは一回変身を解除してからもう一回使ったら普通に修復されていた。

 すっごく便利。

 普通の服にも使いたいくらいだ。


 エントランスでお茶を飲みながら待っていると、ムーンベアが戦闘員を伴って姿を現した。

 彼女も戦闘中はダメージを受けてコスチュームが痛んでいたけど、今は元に戻っている。


「邪魔するよ」

「ふふふ、ご苦労だったなムーンベア。随分とご機嫌なようだが、どうだったかね?」

「あはは、もちろん勝ったさ! トライホーンはなかなかの強さだったけどね!」

「ふむ、ムーンベアがそう言うのなら本当に強かったのだろうな。やはり中途半端な者を送らなくて正解だったか」


 ノコギリデビルがムーンベアの報告を聞いて満足そうにうなずいた。

 幹部同士、お互いの性格や強さについては把握し合っているようである。


「それと、戦いの最中にレッドドラゴンが現れてね。一緒にいたのがミスティラビットじゃなかったら危なかったかもしれないね」

「ふふふ、そうか」


 ノコギリデビルもムーンベアの評価を聞いて満足そうだ。

 ただ、私は思った以上に戦闘することになってしまってぐったりである。

 早く帰って休みたい。


「心残りがあるとすりゃ、アタシたちの戦いの決まり手がブレイザーキャノンだったことかねぇ。とっさにトライホーンを投げつけて決着をつけたのさ」

「ふふふ、戦いとはままならぬものよ。だが、その中でも勝ちを拾えるものが強者というものだ」


「レッドドラゴンの格闘能力は――」

「ふふふ、私の見立てでは君のパワーなら――」

「ブレイザーキャノンの威力だけどねぇ――」

「それにしてもトライホーンの目的がまさか――」


 話が盛り上がってるなぁ……。

 私の夕食はお昼用に作っておいたお弁当でいいとして、ゆーくんとお父さんのご飯はどうしようかなぁ?


「……なぁ、ミスティラビット」

「うぇ? は、はい、なんでしょうか?」


 ムーンベアに急に話しかけられてびっくりしてしまった。

 いけないいけない、まだ全部終わっていないのに、完全に別のことを考えていたよ。


「アンタ、アタシの弟子になりなよ」

「はぇ!?」


 弟子ってどういうこと? 何で急にそんな話になったの!?


「アンタのブレイザーキャノンを耐える耐久力、跳ね返したというパワー、どう考えても攻撃に使えるはずだよ。なのに、攻撃の方法がなっちゃいないからねぇ」


 ムーンベアの言うことはごもっともだ。

 私には攻撃の技術は全くと言っていいほど無いし、格闘になったら一方的にやられてばっかりだ。

 彼女はそのあたりをもどかしく思ったらしい。


「そこで、だ。アタシがアンタに格闘を教えてやろうって話さ。どうだい?」

「どう、と言われましても……」


 ムーンベアがすごくウキウキした感じで勧誘してきた。

 強くなれるって言いたいんだろうけど、私、別にヒーローに勝ちたいわけじゃないからなぁ……。

 正直、どうにかお断りしたいのだが、怒らせちゃったりしないだろうか?


「ふふふ、まて、ムーンベア」


 あたふたしながら悩んでいると、横からノコギリデビルが待ったをかけてきた。


「なんだい、何か文句でもあるのかい?」

「あぁ、ある」

「へぇ、どんな文句か聞かせてもらうじゃないか」

「ふふふ、単純なことだ。君の格闘術は雑過ぎるのだよ」


 雑よばわりされたムーンベアだったが、怒るかと思いきや納得の表情を見せた。


「あ~、確かにアタシはしっかりした武術なんて知らないね」

「ふふふ、君の強さは信頼しているが、格闘術の指南役に相応しいかと言われると少々の疑問が残る。まぁ、私個人としては君の戦闘スタイルも嫌いではないがね」


 力任せに戦うムーンベアは、いわゆる我流のケンカ術で戦っている。

 ノコギリデビルとしては、もし覚えるならしっかりした格闘術の方を覚えて欲しいようだ。


「それに、格闘以外にも攻撃手段はたくさんあるだろう? ふふふ、武器を使った戦いというのも一興だよ、ムーンベア」

「使ったことはあるけどさぁ、すぐ壊れるんだよ」

「力任せに使えばそうなる。普通の人間が日本刀を使っても同じことだ」

「やっぱ、アタシはこのスタイルでいいよ。それよりミスティラビットはどうすんだい?」


 2人が私を見てきたけど、そこで私を見られても困る。

 私に格闘術って似合わない気がするんだよなぁ。

 覚えるメリットも無いし、今まで通り逃げられればいいのである。


「ふふふ、焦ることはあるまい。彼女自身が考え、導き出した答えを尊重しようではないか」

「普通ならそれでいいんだけどさぁ、コイツ、放っておいたらずっとこのままじゃないかい?」

「ふむ……」


 うぅ、鋭い指摘だ。

 ぐうの音も出ない。


「まぁ、いいさ。アタシに習いたくなったら言ってきな」

「あ、は、はい。ありがとうございます」


 ムーンベアが引き下がったことで、この話はいったん終わりになった。

 でも、ノコギリデビルが思案顔のままになっているし、何を考えているのか不安だ。

 ムーンベアより厄介なことを言ってきそうな気がしてならない。


「さて、アタシはそろそろお(いとま)するよ。またな」


 ムーンベアがノコギリデビルの返事を待たずにスタスタと歩き出した。

 この辺は普通の怪人なら返事を待つところだが、お互いに対等な幹部だからこそできる振る舞いだろう。

 そのムーンベアだったが、急に振り向いて言葉を発した。


「なぁ、ノコギリデビル。序列1位に今さらながら納得したよ」

「ふふふ、そう言ってくれるならありがたい」


 ムーンベアはそれだけ言うと、軽く手を上げて今度こそエントランスを出て行った。


「ふふふ、ずいぶんと気に入られたようではないか」

「はい、そうみたいです……」


 幹部と敵対的にならなかったのは良かったのだけど、妙に目を掛けられることになってしまった。

 そのうちまた戦闘スタイルについて聞いてくるかもしれない。

 形だけでも何か覚えた方がいいだろうか?


「ふふふ、君に合う何かをこちらでも考えておこう」

「い、いえ、結構ですから」

「ふふふ……」


 冗談なのか本気なのか分からないノコギリデビルの言葉が不気味だ。

 困った私は篤人さんに目を配るとめちゃくちゃ楽しそうにしている。

 助けてくれる気は無さそうだ。


 任せるのはちょっと怖いかもしれない。

 格闘技とか覚える気は無いんだけど、形だけでも何か考えておいた方がいいのだろうか?



 -- 5月21日(日) 21:45 --


【特務防衛課 新潟県 十日前町市 支部】


 地下基地のテレビに、福島県の防衛課が行った記者会見の様子が映し出されている。

 レッドドラゴンが県境の田後倉駅跡地の付近で戦闘を行い、怪人を1人倒したという内容だ。

 それがなかなか厄介な怪人だったと分かって、向こうじゃ騒ぎになっているようだ。


「良かったな飛竜。福島県の連中は大喜びだぜ」

「俺、あまり"戦った"って印象が無いんスけどね……」


 レッドドラゴンの正体である(あずま)飛竜(ひりゅう)がラフな格好で会議室に来ていた。

 見た感じだと風呂上がりっぽいな。

 零は既に寝ているみたいだし、俺もこれを見たら風呂に入って寝るかねぇ。


「さっきも言いましたけど、初手のブレイザーキャノンで唯一まともに命中した相手だったんですよ。それも怪人同士が戦っている最中(さなか)の出来事だったんで、俺が倒したって感じがしないんです」

「そうかもしれないが、お前の必殺技じゃなかったら倒せなかったかもしれん相手だそうだ」


 電車の乗客からの目撃証言で情報収集が始まったのだが、最初は調査が難航した。

 というのも、トライホーンはほとんど表舞台に登場しない怪人だったからだ。


 福島県のヒーローが、名前が不明の怪人として一度戦ったことがある相手だと証言し、ようやく特定するに至った。

 怪人同士の力比べを行っていたという証言から、いくつかの県をまたいで複数の組織といざこざを起こしていることが判明し、無所属の怪人であると断定されたのだ。


「何人かのヒーローが目撃しているが、実際に戦ったことのある奴は福島県のヒーローだけみたいだな。とんでもなくパワーが強く、頑丈だったそうだ。まだどこかに潜んでいるんじゃないかって、気が気じゃなかったみたいだぜ?」


「役に立てたなら、そこは良かったと思っています。……でも、そいつと互角以上の戦いをしていた奴がいるんですよ。秘密結社パンデピスの幹部の一人、ムーンベア」


 飛竜は新しく判明した幹部、ムーンベアについて言及した。

 トライホーンの強さも相当なものだったはずだが、ムーンベアはそれ以上の強さらしい。


「けどよ、そのムーンベアと戦ったレッドドラゴンはかなり優勢だったんだろう?」

「相手にダメージがあったからですよ。その状態でも接近戦じゃ分が悪いと思ったくらいなんですから」


 レッドドラゴンと接近戦をして勝つとか、ただ事じゃないな。

 さすがは幹部といったところか。

 俺がライスイデンとして戦ったら、もしかしたら負けるかもしれないな。


 俺、上杉(うえすぎ)一誠(いっせい)は長年、ヒーロー【ライスイデン】としてパンデピスと戦ってきたが、幹部に会ったことは1度きりしかない。

 俺が戦ったことがある幹部は怪人たちを従えるパンデピスの頭脳(ブレイン)、ノコギリデビルただ一人だけだ。


「……女性型ってのがなぁ」

「あぁ、まぁ、俺も苦手なんだけどな、女性と子供の怪人は……」


 ヒーローや防衛隊員たちが、真っ先に庇護対象として思い浮かべるのが女子供というやつは多い。

 正直言って戦いにくいと思っている。

 あと、色仕掛けで裏切ることはなくても、場合によっては俺だって目を奪われるくらいはするかもしれない。男のサガってやつだな。


「ただし、ミスティラビットは色々と例外だけどな」

「そうっスね。奴には遠慮はいらないっス!」


 飛竜が拳を反対の手のひらに打ち付けてバシンと音を鳴らした。


 ミスティラビットは女と子供という両方の条件が当てはまる相手だが、これまで何度も辛酸を舐めさせられている相手でもある。

 容赦なしでいいという意見には飛竜も賛成のようだ。

 もし色仕掛けや泣き落とししてきたらその隙を突いて攻撃してやる、くらいの気持ちでちょうどいいだろう。


「今回も、まともにブレイザーキャノンを当てたんですが、耐えきられてしまいました」

「気にするなよ? 防御態勢を取られていたんなら、奴が耐えることは分かり切っていたからな」


 ブレイザーキャノンのエネルギーを纏った拳での攻撃を顔面に受けて耐える奴だからな。

 何とか連撃を喰らわせることを考えていたのだろうが、相手も逃げの専門家といっていい相手だし、当然、そう易々とは思い通りになってくれない。


「少しの間だけ、溜めた状態を維持して動けたんですけどね」

「……そうか」


 飛竜はもうそこまで能力を使いこなしているのか……。

 そういえば、俺の戦闘スタイルを知っているからなのか、拳に能力を付けたまま戦えることを信じて疑わなかったからな。

 もしかしたら、飛竜は自力で"俺のとっておき"に辿り着くかもしれない。


 それが良い結果になるかどうかは分からないが。


「飛竜、炎を纏ったままだとガンガン体力がなくなっていくから、ほどほどにな」

「分かっています。無理して維持はしません」


 個人的にはあまりその力を使わずに戦って欲しいと思う。

 以前はその域に到達することを願っていたにもかかわらず、今さらになって俺は迷っている。

 もし"俺のとっておき"に辿り着くようなことがあるなら、その時は止めた方がいいだろうか?


「それじゃ、俺は寝ます。おやすみなさ~い」

「おう、おやすみ」


 テレビのニュースが終わり、飛竜はあくびをして退室していった。

 新たに出現したパンデピスの幹部ムーンベア。

 その力は脅威そのものだが、それでもレッドドラゴンなら勝てると信じることができる。


 しかし、俺には『レッドドラゴンを遥かに凌ぐ怪人』に心当たりがあった。

 それも、2人。


「奴は、本当に死んだのか……? それに、もう1人も……」


 何年も音沙汰がないその2人の怪人が再び現れたなら、もしかしたら飛竜には命を懸けて会得してもらう必要があるかもしれない。


 ヒーローの、その先にある力を。

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