ハリネズミの怪人
-- 5月20日(土) 5:30 --
空を分厚く淀む雲が覆い、太陽の光をささやかな量まで減らしている晩春の朝。
先日の暖かい日とは一転して肌寒さを感じる朝の本町通りを、私は牛乳配達用の自転車で走り回っている。
カラカラと鳴る自転車の歯車の音が、時が止まったような街に小さく響いた。
「よーし、これを配達したら、あと半分くらいかな?」
牛乳瓶を2つ取り出すと、別の瓶に軽く当たってキンと音を立てた。
真っ白い牛乳が入った透明なガラス瓶が小さな水滴を滴らせていて、妙に美味しそうに見える。
「私ももっと牛乳を飲んだ方がいいかなぁ?」
私の背は同年代と比べて低い方だ。
もう少し背が伸びてくれたら少しは大人っぽく見えるかもしれないのに……。
そうしたらアズマさんも少しくらい違った目で私を見てくれるだろうか?
あぁ、どうにもならないことを考えていたらだんだん虚しくなってきた。
「はぁ~……」
「好美ちゃん、溜息なんかついてどうしたの?」
「うぇ!? あ、アズマさん!?」
細い道から飛び出してきたのは、防衛隊員のアズマさんだった。
どうやら私が特大の溜息を吐き出したところをバッチリ見られてしまったようである。
会えたのは嬉しい反面、まるっきり心の準備ができていなかったので、大慌てで溜息についての弁明を考える。
「おはよう、好美ちゃん」
「お、おはようございます」
アズマさんはいつも通りウィンドブレーカーとツバ付き帽子を着込んでいて、スニーカーのつま先を地面にトントンと落として靴の感触を確かめていた。
この時間だと、まだ走り始めたばかりなのかもしれない。
「零がさ、たまーに君と同じような溜息を吐いているぜ?」
「ち、ちが……!?」
反射的に否定しようとしてしまったが、実際のところ違わない気がする。
零くんも溜息ついてることあるのか。
お互い、片思いだからなぁ……。
まぁ、私の片想いの対象は零くんじゃなくてアズマさんなんだけどね。
幸か不幸か、絶対に気付いていないであろう本人は私の目の前でニヤニヤと笑っている。
「あいつ、より活躍の幅を広げるためにって、柔道を始めたんだ」
「柔道部に入ったことは知っていますけど……活躍の場?」
なんだ、活躍の幅を広げるって? まさか更に強くなるのだろうか?
もう十分すぎるほどなんですけど……。
説明しておくと、零くんは中学2年生ながら特務防衛課の本部に所属する【ブルーファルコン】という名のヒーローである。
私の裏の顔は秘密結社パンデピスの怪人なので、彼が活躍すると私はピンチに陥ることになるのだが、それを知らない零くんは私のためにパンデピスを潰そうと頑張っているのだ。
「一般の犯罪者を取り押さえる時に柔道を使うってさ。よく考えてるよ、あいつ」
「そうなんですね」
一般人を相手にヒーローの力を行使するのは法律的に許されていないが、傷つけなければ問題になることはないそうだ。
零くんはそういった使い方も想定して柔道を選んだのかな?
対怪人じゃないなら、このことについては応援してもいい気がする。
「俺もやってみよっかな~。柔道とか捕縛の技術とか、教官なら教えてくれそうな気がするし」
「防衛隊員って、そういうことはしないんですか?」
「人によるけど、俺はやってこなかったんだよ。拳銃の使い方とかはしっかりやってきたんだけどな~。まぁ、それも零の方が上手いんだけどさ」
「へぇ~」
私は怪人化した時に防衛隊とは何度も会っているが、私の中のイメージでは自衛隊と警察の中間みたいな組織という印象だ。
防衛隊も恐らく制圧する手段は持っていると思うけど、銃口を突き付けて『動くな!』みたいなやり方になるのかもしれない。
「空手ならできるけど、一般人をボコボコにするわけにもいかないもんな」
「まぁ、そうですね」
アズマさんならできそう。
というか、絶対にその辺の男性より強いに決まっている。
「……アズマさんが一般人に負ける姿って、なんだか想像できないです」
「そう? 俺、強そうに見える?」
「はい、強そうに見えますよ」
あ、意外と嬉しそう。
アズマさん、ちょこちょこ男の子っぽいところが残っているのがかわいいなぁ……。
「やっぱり、俺もチャレンジしてみるぜ! 暴漢から好美ちゃんを守れるようにな!」
「応援します。頑張ってくださいね」
「よーし、任せとけ! 俺はそろそろ行くよ。またな!」
「はい、また!」
お互いに手を振って別れの挨拶をすると、アズマさんはジョギングで走り去っていった。
彼が先日の雨が溜まった浅い水たまりを踏みしめると、パシャンと軽い音がする。
曇り空の下でも、その爽やかさは健在だった。
アズマさんの姿が見えなくなると、私は何となく空を見上げた。
アズマさんが暴漢から私を守る……。
思い返してみると、その言葉は何と甘美な響きなのだろう。
見知らぬ誰かに襲われてしまった私を、颯爽と駆けつけたアズマさんが助け出すのだ。
私を優しく庇いながら、こう、ガッと――。
ドガッ!
妄想の中の私がアズマさんに助けられた瞬間に、現実の私はスクーターに撥ねられていた。
真横から強烈な衝撃を受けて視界が横滑りし、私は電信柱へと叩きつけられてカチカチな石と強烈なハグを交わす。
さっきまでの暖かい背中(妄想)はどこへ行ったの?
冷たくて痛いよぅ……。
「やあ、おはよう、好美ちゃん」
ふんわりパーマとメガネの暴漢……。
もとい、篤人さんがスクーターから降りてヘルメットを外した。
彼は裏社会で秘密結社パンデピスの戦闘員をしている仲間であり、私の正体を知る人物でもある。
彼は私が人間の状態でも怪人並みの耐久度があることを知っているため、いたずらにクルマやスクーターでの体当たりを仕掛けてくるのだ。
「好美ちゃん、朝早くからご苦労様」
「もう少し物理的に労わってください! 私じゃなきゃ永眠しかねませんからね!」
「あっはっは、ごめんごめん。じゃあ、物理的に……」
篤人さんはバイクに乗せていたビニール袋を私に差し出してきた。
中を確認すると白い塊がたくさん入っている。
何だろうと思って1つ取り出してみると、それは大きなニンニクだった。
「国産の新鮮なニンニクだってさ。近所の奥さんがおすそ分けでくれたんだよ」
「うわ、大きい!」
人によって好き嫌いは分かれるだろうけど、私はニンニクの香りは好きだ。
お父さんやゆーくんも平気で食べているし、嫌いということは無いはずである。
これを使って何を作ろうかな?
篤人さんは時折りこういう風に食材を渡してくることがある。
本人は料理ができないらしいので、私に渡して料理してもらい、御相伴にあずかるということがよくあるのだ。
私としても食材が無料で手に入るのはありがたいし、ウィンウィンの関係というやつである。
「好美ちゃんなら、これ1つでバンパイアを倒せそうだね」
「それは投げつけることでですか?」
篤人さん、絶対に魔除け的な役割より物理的な怪人パワーを当てにしている気がする。
そもそも食材なんだから投げつけるような使い方をせず、バンパイアからも賞賛を貰うくらい美味しく料理したいところだ。
さて、コイツをどうやって使おうか……。
「やっぱり焼肉かなぁ……」
「すでに料理に気が向いているところ申し訳ないんだけど、今日の連絡事項を伝えておくよ」
「あ、はい、お願いします」
篤人さんは組織の連絡役であり、今日現れたのも私に情報を届けるためだ。
最近では備品の扱いに長けていることや撤退が得意なこともあって色々と重宝されているみたいだけど、基本は情報伝達を行うのが彼の仕事なのである。
「今日はハリネズミが出撃予定なんだけど、出撃場所は未定なんだ」
「不明じゃなくて、未定なんですか? 教えてくれないとかじゃなくて……」
「そう、『未定』なんだよ。どうも出撃したくないみたいでね」
「まぁ、戦うのが好きな怪人ってわけじゃないですもんね」
【バウンドヘッジホッグ】
ハリネズミの怪人であり、その鋭い棘で――。
「あ、そうそう好美ちゃん。彼、再改造して名前を変えたんだよ」
「え、そうなんですか?」
「うん。最新情報で説明するとこんな感じだね」
【ミラードヘッジホッグ】
ハリネズミの怪人であり、再改造手術を受けて怪人名を変更した。
身体中から鋭い棘を生やし、肉弾戦を仕掛けてきた相手に反撃を与える戦法を得意とする。
対レーザーコーティングの影響で、非常にギラギラした見た目になっている。
「ちょっと前までは気合が入っていたんだけど、サイガーディアンの敗北で臆病風に吹かれてね」
「そりゃ、せっかくの改造が無意味に終わったら嫌になりますよ」
ブルーファルコンが銃撃しかしてこないなら対策はバッチリだったように思う。
でも、最近ブルーファルコンが氷の特殊能力を持っていたことが判明し、しかもものすごく強い。
作戦が根底から崩壊しているのだから出撃を渋るのも分かる気がする。
「そのブルーファルコンの居場所は分かっているんだけどね~」
「そうなんですか?」
「うん。特務防衛課が急遽、公開訓練をすることになったんだってさ。これは普通の情報だよ。一般記者たちに出回っている情報だからね」
「普通の情報……?」
記者たちにしか知らされていないなら、普通の情報じゃないのでは?
篤人さんは相変わらず謎の情報網の広さでヒーローたちの動向も把握しているようだ。
きっとこの情報はパンデピスの本部にも伝わっているのだろう。
ミラードヘッジホッグがその気なら公開練習に堂々と突っ込んでいくことになると思うんだけど、今は出撃を渋っている。
彼はこれからどうするつもりなんだろうか?
「まぁ、そんな感じだから基地に行って確認する必要がありそうなんだ」
「分かりました。そのつもりで準備しておきますね」
「うん、また後で来るから宜しく!」
篤人さんはスクーターに跨ってヘルメットを被り、手を振って走り去っていった。
篤人さんは7時30分までには私の家まで来るだろうから、それまでに準備を済ませておこう。
今日はお弁当の準備も必要だし、ゆっくりしているわけにはいかない。
私は貰ったニンニクを牛乳入れの上に乗せると、次の配達場所に向かうために自転車を走らせた。
-- 5月20日(土) 8:15 --
「ダメだ。許可することはできない」
「なんで許可できないんだ!? 俺に死んで来いってのかよ!」
地下基地のエントランスに入る前から、ノコギリデビルと誰かが言い争う声が聞こえてくる。
話し合いの相手は恐らくミラードヘッジホッグだと思う。
何かしらの交渉を行っているようだが、幹部に却下されているようだ。
「まだやってるみたいだね」
「あー、あれがミラードヘッジホッグかぁ」
戦闘員21号こと篤人さんと一緒にエントランスへ入ると、銀色のハリネズミ男が目に映った。
今までは琥珀色の針を背中に纏っていたが、今は金属質の光沢を帯びてギラギラしている。
見た目は凄く強くなったように見えるのだが、彼はかなり弱腰になっていることが次の発言ではっきりと分かった。
「撤退役にも攻撃に参加させて、2対1で戦えばいいだけだろうが!」
「ヒーローが2人ならそれもいいだろう。しかし、相手がブルーファルコン1人なら戦うのは1人だけだ。これは決定事項だ」
ミラードヘッジホッグが提案した作戦を、ノコギリデビルは取り付く島もなく却下している。
対ライスイデンの戦いからずっとそうだけど、秘密結社パンデピスは一貫して原則1対1を守り続けてきた。
撤退時以外では、怪人2人が同時にヒーローと相対することは無かったように思う。
本部のヒーローが相手でも、そのスタンスは変わらないようだ。
「ミラードヘッジホッグ、君の意見は君にとって正しいものだろうが、私にとっては正しくないのだよ。1対1にこだわっていることにも理由がある。今は説明できないがね」
堂々と言い放つノコギリデビルに対し、ミラードヘッジホッグの方がついに諦めたようだった。
「……ちっ! 分かったよ! 1人で戦って来ればいいんだな?」
「ふふふ、その通りだ。健闘を祈る」
話が終わるや否や、ノコギリデビルは踵を返してエントランスを出て行った。
残ったミラードヘッジホッグがその姿を憎々し気に睨みつけている。
「あの、戦闘員21号、2対1で戦わない理由って知っていますか?」
「聞いたことはあるよ。ただ、ノコギリデビル様はいろんな理由を言っていたけど、どれも本心じゃない気がするね」
私も篤人さんと同じ意見だ。
よく聞くのは『怪人同士の連携がうまくいかないから』とか、『手柄を巡って問題が起きるから』だったと思うけど、何となく言い逃れに近いものを感じる。
ヒーローに勝つことが目的ならば、2対1どころか3対1でも4対1でもいいはずなのに、それをしようという気は微塵も感じられない。
ノコギリデビルって、何が目的でこんな方法を採っているんだろう?
「おい、ミスティラビット」
「ふぇ!? あ、何でしょうか?」
考え事をしていたらミラードヘッジホッグに話しかけられた。
妙にニヤニヤしながら私の方に近づいてくる。何となく嫌な感じだ。
「お前、この後ヒマか?」
「暇はありますけど……」
「それなら話が早いぜ。お前、俺と一緒にブルーファルコンを倒さねぇか?」
「……あの、2対1でですか?」
一応、小声にしつつ尋ねてみた。
ノコギリデビルに聞かれて背信行為と捉えられたらたまったものじゃない。
私の問いかけに、ミラードヘッジホッグはニヤリと一層笑みを深くした。
「ノコギリデビル様からはダメだって言われてたじゃないですか」
「なぁに、逃げると見せかけて一撃を喰らわせてやればいいんだ。お前ならできるだろ?」
できるできないじゃなくて、したくないんですけど……。
いや、それ以上に出来る気もしないんだけどね。
ミラードヘッジホッグは妙に私に期待しているみたいだが、買い被り過ぎである。
私って、攻撃しようと思ってダメージを与えたこと自体、1回も無いんじゃないかな?
「うぅ~、すみませんが私には無理です。撤退なら協力しますけど……」
「ちっ! それじゃ足りねーんだよ! 手柄を立てるにはなぁ!」
ミラードヘッジホッグは苛立ちを隠そうともせず、声を荒げた。
ノコギリデビルの命令を完全無視することを決め込んでいるような気がする。
たとえ2対1で勝てたとしても、バレたら怖いからやめた方がいいんじゃないかな?
「普通に戦えばいいじゃないですか」
「くそっ! 序列ナンバーワンのミスティラビット様は真面目なこった! 勝ちゃいいんだよ、勝ちゃあよぉ!」
私に悪だくみの共謀を拒否されたミラードヘッジホッグは周りをキョロキョロと見渡した。
そういえば今日は撤退役はいないのだろうか?
「あの、撤退役は?」
「あ~? 撤退役はブラックローチだとよ! ふざけやがって……」
なるほど、最弱怪人のブラックローチが撤退役に任命されていたのか。
ミラードヘッジホッグは一切期待していないみたいだけど、ブラックローチって結構ちょこざいから撤退役はうまくやれるイメージがある。
なかなかいい人選だと思うんだけどな。
「でも、ブラックローチの姿は見えないねぇ」
「そうみたいですね。どうしたんだろう?」
「医務室にいるぜ。……筋肉痛で動きづらいとかふざけたことを言ってたから、俺がぶっ飛ばしておいた」
「えぇ~!?」
ミラードヘッジホッグが苛立ったまま、悪びれもせずにそう言った。
2対1とか言っておいて、自ら味方を減らしちゃってない?
もしノコギリデビルが許可しても、味方がいなくなってたら意味無いのに。
それにしても、ブラックローチはまだ筋肉痛だったのか。
彼の正体は、南中学校の私のクラスの副担任である黒川先生だ。
金曜日も筋肉痛だとかで1日休んでいたけれど、どうやらまだ治っていなかったらしい。
「どいつもこいつも役に立たねぇ……」
「だから、撤退なら手伝いますって!」
私の提案にも、ミラードヘッジホッグは渋い顔をするばかりだ。
どうしても1対1で戦うことが嫌なようだ。
パンデピスは基本的には負けて逃げ帰ってもお咎め無しなんだから、生き残ることを第一に考えたら何とかなるかもしれないんだけどな。
「そんなら、あっしが協力しやしょうか?」
「あぁ!? 誰だ!」
声をした方向をみると、柱の陰からタヌキの怪人、ドブロクダヌキがふらりと現れた。
彼は私にとって少々苦手な相手である。
以前、彼に騙されてレッドドラゴンと戦うハメになったことは記憶に新しい。
「へっへっへ、あっしはドブロクダヌキっちゅうモンです。そちらさんが宜しけりゃ、あっしが撤退役をやらせてもらいやすよ」
でっぷりと太ったお腹を揺らしながら、のそのそとこちらに歩いてきた。
一見、にこやかに笑うその目には怪しい光が宿っている気がする。
ろくでもないことを考えているような気がするのは、一度私が痛い目を見ているからだろうか?
「ドブロクダヌキ……なるほど、撤退役ね。くくく……」
「えぇ、ブラックローチさんの代役ってことで」
うーん、ドブロクダヌキも良からぬ考えを持っているっぽいな……。
腹に一物を持つ者同士だからか、妙に通じ合っている気がする。
どちらともなく顔を見合わせてニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「じゃあ、頼むぜ」
「はいな、承りましょう。今日はどういった作戦で行くんです?」
「そりゃあ、お前……」
ミラードヘッジホッグは私たちを見て、一呼吸おいてから言葉を発した。
「防衛隊の公開演習に正面から殴り込みだ」
「ほほー、そりゃあいい作戦ですなぁ。分かりやすくていい!」
少し芝居がかった言い回しでドブロクダヌキがその作戦を賞賛する。
確かに分かりやすいと思う。
これはいくら私だって騙されないよ。
彼らは私たちに正面から正々堂々と戦うことをアピールして、『バレなきゃいいんだ』の精神で組織の規律を無視するつもりだろう。
具体的には2対1で戦うつもりだと思う。
「そんじゃ、もう少し話を詰めましょ」
「おぅ! ……そうだ、ミスティラビット」
「え? なんですか?」
「お前は来なくていいぜ。ブラックローチの面倒でも見ててやんな!」
ミラードヘッジホッグは言いたいことだけを言って、ドブロクダヌキと共にエントランスから出て行った。
さっきまでとは打って変わって戦いを楽しみにしているようにも見える。
彼らはどんな作戦を立てて、どんな結果になるのだろうか?
「戦闘員21号、勝てると思いますか?」
「正面からだと無理そうかなぁ? でも、最初の一撃をヒーロー側が受け損なったら、勝ちうる組み合わせだと思うよ」
「なるほど……」
不意打ち成功が前提だけど、もしかしたら勝てるかもしれないってことか。
公開演習なんてものをする以上は相手も警戒していると思うから、それをいかに掻い潜って奇襲を成功させるかが勝負の分かれ目になりそうだ。
「……で、どうするの? 今回も助けに行くかい?」
「う~ん、今回って防衛隊と怪人の戦いですよね?」
私たちが助けて回るのは、怪人よりは一般人の方が比重が高い。
今回、公開演習だから一般人もいるだろうけど、防衛隊がすぐに動ける場合は私ができることってそんなに無いんだよね。
怪人は人助けのついでに、私が見捨てられないから助けているだけである。
「私、今回は必要無いかも。防衛隊に任せちゃっていいだろうし」
「民間人に対してはそうだね。あとは、ドブロクダヌキとミラードヘッジホッグ?」
「……あの2人は、別に助けなくてもいいや」
私がその場にいて彼らが死にそうになっていたら助けたくなってしまう気がするけど、今の時点ではそうでもない。
そもそも私にとって、あまり仲間意識が無い2人である。
あんなに苦手だったはずの、故アルマンダルの方が"仲間"って感じがするくらいだ。
私のあずかり知らぬところで決着が着いたとして、あまり気に病むことは無いだろう。
「……ちなみに、零くんのピンチでもあるんだけど」
「それこそ、防衛隊が何とかするんじゃないですか?」
気にならないと言えば嘘になるけど、零くんこそがブルーファルコンなわけだし、下手に出て行ったら私が零くんに倒されてしまいそうだ。
こういった行事は今までもあったはずだし、防衛隊がどうにかすると思う。
今回は全部まるっと防衛隊にお任せだ。
「今日はお休みにします」
「うん、たまにはいいんじゃないかな?」
久々に秘密結社パンデピスのお仕事はお休みだ。
私たちは帰る前にブラックローチにひとことお見舞いの言葉を送った後、連れ立って地下基地を後にした。
そのブラックローチも撤退役が変わったことを知り、もう少し休んだら帰るそうだ。
そういえば、今日は珍しくブラッディローズには会わなかったな。
まぁ、たまにはそういう日もあるだろう。
私は彼女が欲しがっていた植物知識のために、適当に見繕っておいた教科書や植物図鑑を持ってきていたのだが、残念ながら渡し損ねてしまった。
まぁ、受け付けのお姉さんに預けておいて、ブラッディローズに会ったら渡してもらうように頼めばいいか。
「畑、見ていく?」
「はい、お願いします。」
畑というのは、私が個人的にやっている家庭菜園の畑である。
秘密基地への入り口にほど近いところにあり、時間を作っては手入れに訪れているのだ。
「お~、びっくりするくらい順調そうだねぇ」
「えへへ、すごいでしょ」
きゅうり、ナス、カボチャの種を撒いてからだいたい1ヶ月が経ち、畑は緑で溢れている。
私はじょうろでナスの鉢植えに水やりをしつつ、健康状態を確認していく。
伸び盛りの葉に水滴が煌めき、ますます力強くなっていくように感じた。
よしよし、今のところ、害虫による被害も無さそうだ。
お父さんが開発したという腐葉土も普通に役に立っているし、平日も程よく雨が降ってくれたおかげで水の量も足りている。
このままいけば、今年は昨年以上にたくさん収穫できるかもしれない。
「畑の大半がカボチャに占拠されてるねぇ」
「今年はたくさん採れるといいんですけどね」
きゅうりとナスは大量に採れて消費に苦労するくらいだったけど、残念ながらカボチャは失敗しちゃったんだよね。
だから今年はリベンジの年なのだ!
来たる6月に向けて、水はけを良くするための藁も準備したし、きっとうまくいくはずだ。
「あとは、ナスの植え替えの準備と、きゅうりの支柱の確認と、防虫剤と……」
「僕も手伝うよ。備品の手入れならアツトにお任せってね!」
篤人さんも率先して支柱の確認やキュウリのツルの巻き付き方の確認などをしてくれる。
手先が器用だからか、出来上がりが私より綺麗なのはちょっと悔しいけど、すごく助かる。
なお、草刈りは私の方がずっと早い。
怪人パワーのちょっとした応用でガンガン除草できるのだ。
「草刈りはほどほどにしておきますか」
「はー……ちょっと動いただけで疲れちゃったよ」
しゃがんだ姿勢から起き上がった篤人さんが、刈り取った草を片手に腰をトントン叩いた。
作業が全部終わったわけではないが、今日はこのくらいで大丈夫だろう。
雲から透けてくる太陽の光が私たちの真上まで移動しているし、もうすぐお昼時だ。
「ここでご飯を食べてから帰ろうか」
「そうですね」
適当な石に腰かけて、持ってきたお弁当を広げる。
篤人さんはコンビニのパンと牛乳、サラダを取り出して、割り箸を割っていた。
「「いただきまーす」」
今日のお弁当はアジの味りん干し、ほうれん草の胡麻和え、そしていつもの卵焼きとお味噌汁だ。
ほうれん草の胡麻和えを口に含めば、ゴマの香りとほうれん草の柔らかい食感が広がっていく。
アジの味りん干しは甘い味りんが程よくアジの身と馴染み、噛むほどにうま味が溢れ出してくる。
卵焼きもボリューム満点で、頬張ると口の中一杯に幸せが広がる。
白米も美味しいけど、野外で食べることになるならもうちょっと頑張っておにぎりにしてきた方がよかったかもしれない。
お味噌汁は安定の美味しさで、文句なしだ。
労働の後のお昼ご飯はいつもより美味しく感じる。
ゆーくんやお父さんも今ごろはお昼ご飯を食べている頃かな?
たぶん、またラーメンか何かなんだろうけど、お惣菜は冷蔵庫にたくさんあるから栄養バランスをとってくれていることと思う。
「「ごちそうさまでした」」
昼食を食べ終えた私たちは、クルマに乗り込んで帰り道を走っていく。
篤人さんからはドライブに誘われたけど、今日はニンニク料理に専念したいので断らせてもらった。
焼肉の薬味だけじゃもったいない気がするし、何か作れないだろうか?
「ニンニクをふんだんに使う料理ですもんね……餃子?」
「いいね、餃子。ラーメンにも白米にも合うと思うよ?」
「八宝菜に入れるのも良さそう」
「それもおいしそうだねぇ」
ひとまずの候補は準備できた。
あとは、家に帰ったら他にも何かないか調べてみるつもりだ。
しっかり調査して、最高のニンニク料理を作れるように頑張るのだ!
-- 5月20日(土) 13:00 --
「ごめんくださーい!」
「はーい!」
篤人さんに家に送り届けてもらってからすぐ、私の家に来客があった。
パタパタと出て行くと、動きやすそうな格好をした輝羽ちゃんと弘子ちゃん、ぷに子ちゃんが並んで家の前に立っていた。
「やっとお休みに会えた~!」
「輝羽ちゃんたち、遊びに来たの?」
「そだよ!」
元気いっぱいの輝羽ちゃんはいつも以上にテンションが高い。
3人とも今日は私服だった。
輝羽ちゃんはベージュのハーフパンツとふんわりした厚手のスウェットで快活さ全開のファッションで、弘子ちゃんはシンプルなTシャツ&ジーンズ姿のさっぱりしたスタイルだ。
ぷに子ちゃんはお嬢様チックなワンピース姿が非常に似合っていた。
ちなみに、私は色味の薄いGパンとライトグレーのパーカーを着ている。
お互いに普段は制服かジャージ姿なので、こういった姿を見せ会うのは新鮮だ。
「よぅし、お出かけするぞー!」
「えぇ!? 急にそんな……」
「いいじゃ~ん、いこいこ~!」
いきなり来て『さぁお出かけだ』とか言われても困るんだけど、輝羽ちゃんはお構いなしにグイグイと物事を進めようとしている。
チラと後ろに控える2人を見ると、ぷに子ちゃんは乗り気らしく止める気配は無さそうで、弘子ちゃんは達観した表情で成り行きを見守っていた。
もしかして、カラオケとかかな?
あんまりお金を使いたくないんだけど……。
「私、お小遣い、あまり持ってないんだけど……」
「そうなんだ。まぁ、別に使わないよねぇ?」
「あぁ、お金を使うことがあってもジュースとかおやつ代くらいだ」
「ちょっとしたお出かけですよ~」
なんだか話を聞く限り、公園に行って遊ぶくらいの感覚みたいだ。
実際に向かうところは公園じゃない気がするけど。
もし、嫌がったら弘子ちゃんは止めてくれそうな気がするんだけど、そこまで嫌かと言われるとそんなでもないんだよね。
どこへ行ってどんな遊びをするのかは少し気になるし。
……せっかく来てくれたわけだし、行ってみようかな。
ニンニク料理の研究は時間があったらすることに予定変更である。
「うん、分かった。ちょっと待ってて」
「40秒で支度だからね!」
「3分間待ってやりますよ~」
「時間バラバラじゃねーか。よっしー、ゆっくりでいいぞ」
私は輝羽ちゃん達を待たせまいと、パタパタと居間へ戻って、ちっちゃいポーチを腰に巻いて、財布だけを入れて戻ってくる。
特別な準備なんかいらないし、40秒はどうだったか分からないけど3分は掛かっていないはずだ。
「ゆーくん、お留守番お願い!」
「うん、分かった」
「行ってきまーす」
「行ってらっしゃーい」
居間でテレビを見ていた弟のゆーくんにお留守番を頼み、私は輝羽ちゃん達と一緒に玄関を出た。
今日はあまり暑くもなく、涼しくもなく、風もない日だ。
空を覆う雲にも重苦しさはなく、ただただ太陽の光を横取りして明るく光っている。
この様子だと雨が降ることは無さそうだ。
「それで、どこ行くの?」
「んー、爪有大橋とか行ってみよっか!」
「爪有大橋に何かあるの?」
「特に無いよー!」
無いのか。
これ、ただの散歩なんじゃ?
「本当にちょっとしたお出かけなんだね」
「そうですよ、特に何にもしませんよ~」
「いっつもこんな調子だよ」
特別に目的があるわけじゃなくて、街を散策しながらおしゃべりとか、今まで3人はきっとそういったことをしてきたのだろう。
私たちは、近くにお店があれば好きなお菓子を言い合い、近くに犬がいれば好きな犬種を言い合う。
そんな感じの街歩きをしながら信濃川の方へと向かって歩いていった。
-- 5月20日(土) 13:30 --
「くっそ、なんでこんなにトラブルが続くんだよ……」
目の前にある、返事を返さない機材のモニタを見ながら、俺はひとり憤っていた。
叩いたら元に戻ってくれるなら思い切り叩いてやるが、そんなことしてもうまくいかないことくらいは分かっている。
どうにか用意した特別製のサーモグラフィーは、やっとのことで設定を終えて、動いたと思ったらまた返事をしなくなってしまっていた。
設定自体はうまくできていたから、単に機材が古くて接触不良か何かが起きたのだろう。
軍用のテントの中で、俺の焦りはすでに苛立ちへと変わっていた。
「何もかも急すぎるだろ! こっちの都合も考えないで、本当によぉ!」
俺、上杉一誠は急遽やることが決まった公開演習に対して盛大に愚痴をこぼしていた。
これから4時間30分ほど、公開演習で十日前町支部の防衛隊が装備や訓練のお披露目をするのである。
これが平時なら別に構わないのだが……。
「何だよ『氷月零を参加させろ』って命令は! 零は正体が割れてるんだぞ! それ相応の準備が必要なことくらい分かるだろ!」
そう、今日は零も防衛隊として参加予定なのである。
秘密結社パンデピスの連中はあまりそういうことはしないが、暗殺などの可能性もあるから万全を期してかからないといけないのに、その辺の警戒をあまり考えている節が見られなかった。
「教官、そろそろ時間ですけど……」
「あー、もう! あの唐変木め、覚えてろよ……!」
時間を伝えに来てくれた飛竜に、俺の愚痴をぶちまける。
我ながら理不尽だと思うが、俺が遠慮なく言い放てる相手は隊長とコイツくらいしかいない。
隊長は趣旨の説明と注意事項の伝達をするためカメラの前にいるから、必然的に愚痴の聞き役は飛竜になっていた。
「教官、愚痴は後で聞きますから、今をどうにか乗り切りましょう! それに、全体で見たら公開演習にも意義がないわけじゃないですから」
「ふー、すまん。こういう時こそ冷静に、頭を働かさないとな……」
飛竜が言った通り、こういった演習を行うことで防衛隊の理解を深めてもらい、次代の防衛隊の入隊を募るという意義は存在する。
現役かつ話題のヒーローが参加しているともなれば宣伝効果は抜群だろう。
防衛隊も危険な仕事だし、場所によっては人数不足で困っているところもあるからな。
「あまり気は進まないが、零をできるだけ真ん中に配置するしかないな」
人の壁で初手の奇襲だけでも防ぐことができれば、きっと変身することはできるだろう。
あまり犠牲が前提の方法はとりたくはないが、ブルーファルコンを失うわけにはいかない。
なんなら、俺の命がここで潰えることになっても守り抜かなきゃならん場面だ。
「はぁ~、今からでも中止にできねぇかな……」
「上からの命令ですから、ちょっと厳しいっスよね……」
「足りないのは機材なんだよ。こっちにゃドブロクダヌキって嫌な怪人がいるってのに」
「赤外線カメラだけで見分けられたらいいんスけどね」
サーモグラフィーを用意したのは、奴が来た時の切り札になり得るからに他ならない。
たとえ他のカメラが軒並みダメだったとしても、温度を感知できるサーモグラフィーなら相手を見つけ出すことができるのではないかと踏んだからだ。
残念ながら、動きもしない有様だが。
赤外線カメラが役に立ってくれたらいいが、こっちは効果がない気がする。
「装置の修理、できそうなやつに頼んできます!」
「あぁ、よろしく頼む」
テントを出て行った飛竜を追うように、俺もテントを出た。
河川敷の広場には防衛隊が整列し、土手の上にはカメラと一般客が並んでいる。
周りの道路では警察車両が厳戒態勢を敷きつつ、交通整理に動いてくれている。
急な願いにも関わらず、快く引き受けてくれた署長には頭が下がる思いだ。
「やれることはやった、か。……不十分だけどな」
続々と集まってくる見学の一般客を遠目に見ながら、俺は小さくため息を吐き出した。
見学する人には名前を書いてもらっているし、この中に紛れた怪人が襲ってくることも恐らくは無いと思う。
危険なのはやはり、搦め手を攻撃にも使いそうなドブロクダヌキくらいだろう。
「零くーん、来たよー!」
「ん、あれは……?」
突如として元気いっぱいな少女の声が俺の耳にも飛び込んできた。
声がする方を見ると、零があからさまに動揺して、慌てて応対に向かっていた。
あの子はクラスメイトの1人だったな。
なんだ? 特別招待でもしていたのか?
対象者は小海久くん1人と聞いていたんだがな。
「輝羽さん、ちょっと、飛び込みはまずいから……!」
「輝羽ちゃん、やっぱりダメだよぅ!」
あぁ、あの子、好美ちゃんが来てしまったのか。
記者たちが騒めいているのがよく見えるぜ。
「うぅ、嵌められたぁ……」
「よっしー、すまん!」
「ごめんなさい、よっしーちゃん……でも、近くで見たかったんですよ~!」
零のヤツは思いっきりたじろいでるな。
顔が少し赤くなっている気がするが、問題の対処に困っているせいか、いつもよりは冷静だな。
さて、眺めているだけというわけにもいかないが、どうするか?
零には、あまりあの場所に長くとどまって欲しくは無いんだがな……。
「ふむ……」
俺は彼女らの周りにある危険について考えを巡らせる。
しばし黙考したのち、俺は1つの提案を思いつき、少年少女たちの元へと足を運んだ。
「よぅ、困っているみたいだな、零」
「教官……」
やれやれ、本当にめちゃくちゃ困っている顔だな……。
このまま追い返したら、間違いなく好美ちゃんが取り囲まれるだろうから仕方ないか。
「この子たちは、彼と同じ場所で見てってもらえ」
「いいんですか!?」
「あぁ、別に4人くらいならいいだろう。君たち、大人しく見学していくんだぞ?」
「いいの!? やったー!」
元気いっぱいな少女が素直に喜びを表現している。
その後ろで、好美ちゃんと背の高い子が申し訳なさそうな顔をしていた。
お嬢様っぽい子はその中間だな。
申し訳なさそうではあるけど、嬉しさを隠しきれないといった様子だ。
「輝羽さん、本当にこういったことは勘弁してよ」
「おっけー、分かった!」
「輝羽ちゃん、本っ当にダメだよ! 今度やったら怒るからね!」
「は、はい!? 分かりました!!?」
お、好美ちゃん、なかなかの迫力じゃないか?
お友達相手でもしっかり叱れるってのは良いことだ。
彼女は一見すると気弱に見えるが、やはり見た目以上に頼りになる子だな。
「零、案内を頼むぞ」
「はっ! 了解しました!」
ビシッと敬礼をした零が少女4人組を特等席まで案内していった。
簡易なテントを日よけとして用意した席に、パイプ椅子が4つ追加される。
本当なら記者たちからも陰になるはずだったんだが、横に並んでるから少しはみ出ているようだ。
多少は写真に写り込むかもしれんが、あれくらいなら問題にはなるまい。
「あれー? 久くんじゃーん!」
「輝羽さんたちも招待されたのか?」
「ううん、飛び込みだよ。本当にもぅ……」
わいわいと学生同士の会話が聞こえてくる。
ちらりと目をやると、目に映ったのは、守りたい平和を強く意識させてくれる光景だった。
他愛ない話で喜怒哀楽の表情を見せる少年少女には、いつまでも健やかであって欲しいと願う。
「訓練自体も、しっかりやらないとな」
今の俺は防衛隊の一員として動いている。
全力では戦えない引退ヒーローだとしても、俺にももう少しできることはあるだろう。
その答えの1つが防衛隊としての活動なのだから、気合も入ろうというものだ。
「総員、配置に着け!」
隊長の号令で演習が始まった。
何事もなく終わることを願いつつ、俺もまた1人の隊員として、その訓練の輪に加わっていった。
-- 5月20日(土) 15:30 --
「おー、すごいねー!」
「キャン、キャン!」
「お前、ちゃんと返事できるんだな」
「キャン!」
ちっちゃな子犬が輝羽ちゃんと弘子ちゃんの言葉に反応して声を出している。
輝羽ちゃん達に嵌められて防衛隊の公開演習にお邪魔することになった私は、カメラマンたちが居並ぶ最前列の、更にずっと前にある特等席に座っていた。
輝羽ちゃんが公開演習のことを知り、私を連れて零くんにおねだりしたのである。
私は当然断られると思っていたのだが、上杉教官が出てきて、なんと許可を出してしまった。
輝羽ちゃんは思惑が上手くいったと喜んでいたのだが、話を聞くと私が記者たちに取り囲まれることになることを危惧して気を利かせてくれたのだと分かった。
それを聞いて、私は輝羽ちゃんを再度きっちり叱りつけておきましたとも!
そんなこんながあったわけだが、案内された席に最初からいたのが久くんである。
彼は普通に零くんに誘われたらしい。
その久くんが連れてきていたのが、ちっこいシェパードの子犬である。
久くん、犬を飼っていたんだね。知らなかったよ。
「アルフ、いい子にしてろよ?」
「キャン!」
抱きかかえられても大人しいし、地面に降ろされたら静かにお座りしたり寝そべったりしている。
子供で元気いっぱいなのに、しっかりと躾けられていて聞き分けがいい子だ。
かわいいけど、カッコいいなぁ。ちなみにオスらしい。
「きぅより聞き分けがいいな」
「何でよ!?」
「アルフくん、お手~」
「キャン!」
みんなさっきから、あんなに見たがっていた公開演習はそっちのけでアルフくんに夢中だ。
久くんと私はちゃんと見てるけどね。
今、目の前ではブルーファルコンに変身した零くんが、個人用ジェットパックを背中に装備して、出撃のデモンストレーションの準備に入っていた。
ジェットパックは現場へ急行するためのヒーロー用の装備であり、新潟県の南端から北端へ向かう場合でも1000秒で移動できるという説明がなされていた。
「出動まで、10……9……8……7……」
あくまでデモンストレーションなので、周りの人たちがその瞬間を見落とさないようにとカウントダウンが開始された。
「「「6、5、4!」」」
だんだんと周りの人たちもカウントダウンに参加していき、大合唱へと変わっていく。
「3……2……1……出動訓練、開始!」
「ブルーファルコン、出動します! はぁっ!!」
「おおぉ~!」
「わぁああ~!!」
ジェット噴射と共にブルーファルコンが地面を蹴り、一気に上空へと舞い上がっていった。
青い閃光が薄く広がる雲を突き抜けていった。
やがて雲を切り裂いてブルーファルコンが再び現れ、その雄姿を私たちの眼へと晒す。
空をぐるっと回りながら、ブルーファルコンは空を自由自在に飛び回り、その姿が爪有大橋に近づいては離れる。
「すごーい!」
「速い、速~い!」
「うーん、頼もしいねぇ」
「大したもんだ。まだ若いってのになぁ」
子供たちが喜びの声を上げ、大人たちも空を見上げて感嘆の声を漏らす。
やがてブルーファルコンは背中のバックパックを脱ぎ捨て、華麗に河川敷へと着地を決めて見せた。
その姿に、歓声と拍手が沸き起こる。
バックパックはリモートコントロールでスピードを緩めながら、こちらも綺麗に水面へと着陸した。
本来なら駐車場くらいのスペースさえあれば垂直に着陸できるのだそうだが、水面着陸でも問題無いことをきっちりアピールしている。
ブルーファルコンの姿が防衛隊員姿の零くんへと変わると、隊員たちがザザッと整列して敬礼をし、零くんもそれに合わせて敬礼を返していた。
「ひゃああ、すごいよ、零くん!」
「カッコイイですよ~!」
輝羽ちゃんとぷに子ちゃんはパイプ椅子を蹴り倒さんほどの勢いで立ち上がっていた。
射撃演習はアルフくんに構ってばかりでそっちのけだったのに、ブルーファルコンの出番が来てからはずっと大はしゃぎである。
「よっしー、ホント、なんで零じゃ駄目なんだ?」
「そんなこと言われても……」
零くんの雄姿に当てられたらしい弘子ちゃんが、心の底から不思議そうに尋ねてきた。
からかいや当てつけではなく、付き合わないのが何故なのか本気で分からないといった様子である。
理由は『ヒーローだから』なんだけど、言えないよぅ……。
「見に来てよかったな」
「キャン!」
そして、最初から最後までじっくりと見ていた久くんは、憧れと羨望の眼差しで感想を述べた。
満足そうに目を細めつつ、返事をしたアルフくんを撫でている。
「さて、皆さま。最後は少しレクリエーションがございます!」
本日の最後のプログラムには【レクリエーション】とだけ書かれていた。
隊長さんが話をするのと同時に、隊員さんたちが大きな籠を運んでくる。
その中には、オレンジ色のプニプニした玉がたくさん入っているようだ。
結構な数があるけど、あれはいったい何だろう?
「これは特性カラーボールです。環境にやさしいタイプで、自然と分解される素材で出来ています。皆さん、これを逃げる防衛隊員たちにぶつけてください」
どうやら、最後は参加型の催しを行うようだ。
真っ白い石灰で、四角いフィールドを表すラインが新しく引かれている。
これは、防衛隊員側が逃げられる範囲を示すラインなのだそうだ。
投げる側はこのラインの外側から防衛隊員を目掛けてカラーボールを投げるのである。
「当然、このようなボールに当たってしまう隊員は訓練が足りません! 隊員たちは反省のため、つけられてしまった色1つにつき、腕立て50回を行わせていただきます!」
うわぁ、1つで50回って辛そうなんですけど!
たくさん当てられた人は相当大変なんじゃないだろうか?
それとも、隊員たちなら全然余裕なのかな?
「よっしー、協力して零くんに当てよう!」
「全員で狙いますよ~!」
「ま、一発くらいならいいだろ」
「え~、みんな、容赦ないね……」
久くんはどうだろうと思って振り向くと、彼は座ったままアルフくんを撫でていた。
「俺は、途中まで零が当たっていなかったら参加する」
「そうなんだね。わかった」
久くんは何でもそつなくこなせるという印象があるから、途中参加するくらいがちょうどいいのかもしれない。
下手したら大暴れになるかもしれないし。
もし零くんが久くんの弾に2発3発と被弾しちゃったら、さすがに可哀そうだ。
「カラーボールかぁ……」
この遊びがレクリエーションなのは間違いない。
だけど、これもドブロクダヌキを警戒しての策だったりするのかな?
今日、ここに現れるはずのミラードヘッジホッグとドブロクダヌキのコンビは、未だにその姿を隠したままだ。
これが今日のプログラムの最後なのだから、仕掛けてくるならもうここしかない。
たくさんのカラーボールが飛び交っていたら、零くんも少しは安全になるかもしれない。
ペンキが撒かれた場所は踏むことができなくなるだろうし、それも多少の牽制にはなりそうだ。
もしかしたら、これがドブロクダヌキの幻影を見破ることにつながるかもしれない。
もし怪しい場所があったら直接投げつけてもいいかも。
「時間は5分間です。それでは、用意、スタート!!」
「よーし、張りきって投げるぞ~!」
「お、よっしーもやる気になった!」
「乗り込め~、ですよ~!」
一般参加者たちが籠に入ったカラーボールを手に取ると、白線の外を取り囲むように散っていく。
元気な高校生の男子が、さっそくカラーボールを手に掴んで散っていく。
その高校生にいきなり挟み撃ちにされた防衛隊員の1人が、辛うじて2つの弾を避けてみせた。
防衛隊員たちの動ける範囲はわりと狭いし、避ける側はなかなか大変だと思う。
これ、結構被弾する人が多くなるんじゃないかな?
「せりゃー!」
私たちの第一投目は輝羽ちゃんである。
カラーボールは大きく山を描き、真ん中にいる零くんに目掛けて飛んでいったが、こっち側を見ていた零くんによりあっさりと躱されてしまった。
「むぅ~!」
「どうしましょう、当たる気がしませんよ~!」
投げる前から怖気づいたぷに子ちゃんがカラーボールを手に持ったままオロオロしていた。
零くんはキョロキョロ周りを見つつも、こっち側を意識しているようで隙が無い。
というより、私たちが一方行に固まりすぎなのでは?
「あいつ、ずっとよっしーを見てないか?」
「うぇ? 私!?」
言われてみれば、常に私を見ているような気が……。
零くん、結構狙われているんだけど、そこまで余裕なのかな?
怪人はまだどこにいるか分からないけど、あの弾幕なら迂闊には飛び込めないかもしれない。
「零くん、わざとよっしーの弾に当たろうとか考えていないよな?」
「さすがにそれは無いんじゃないかなぁ?」
「よっしー、実験しよう! さぁ、投げるんだ!」
「うん、まぁ、いいけど……」
えいや、と山なりにカラーボールを投げつけたのだが、あっさり避けられてしまった。
さすがに私に当てられたいとかそういった願望はなかったようである。
「さすがに避けるかぁ。あ、カラーボール、持ってこないと!」
「それなら、私たちはここで待ってるから向こう側から投げてくれ。一斉攻撃しよう」
「賛成ですよ~!」
まだカラーボールを手元に持ったままの弘子ちゃんとぷに子ちゃんを残し、私と輝羽ちゃんはカラーボールが入った籠の前まで戻ってきた。
その籠なのだが、みんなが一斉に投げているせいか、既にカラーボールが尽きかけてしまっている。
もうこれが最後と考えた方がよいだろう。
「5分間、全然持たないじゃん!」
「これがラストチャンスだね」
「そうだな、というわけで俺も参戦するぞ」
いつの間にか横にいた久くんもカラーボールを手に持ち、前線へと進んでいく。
久くんの姿が目に入ったのか、零くんが少しだけ気を引き締めたように見える。
私も久くんと一緒にラインの近くまで進んでいき、投げるタイミングを見計らった。
「キャン!」
「あ、アルフくん……」
久くんに抱えられたアルフくんが私に向かって思い切り吠えた。
あからさまに怒った様子で威嚇している。
しまった、動物に嫌われるのは分かっているから近づかないでいたのに、今は手が触れるような位置まで近づいてしまっている。
「キャンキャンキャン!」
「ごめんね、少ししたら離れるから……」
うぅ、やっぱり動物には嫌われているようだ。
思いっきり吠え散らかされて、気力が一気に下がっていく。
輝羽ちゃん達に対しては尻尾をちぎれんばかりに振っていた姿を見ていただけに、私だけがここまで吠えられてしまうという事実がつらい。
「キャンキャン! キャン!」
「アルフ、どうしたんだ?」
アルフくんの様子がおかしいことが久くんも気になったようだ。
久くんはカラーボールをさっさと放り投げて、暴れ出したアルフくんを離すまいと両手で抱きしめる。
私もさっさと放り投げて撤退した方が良いかもしれない。
そう思って久くんの横のライン際へと移動した。
「キャン! キャン!」
「本当にどうしたんだ、アルフ?」
……アルフくんは私がさっきまでいた方に吠え続けていた。
私は横にいるのに、見えない何かに向かって吠え続けている。
もしかして――。
私は一度、防衛隊員たちの方へと向いて大げさに振りかぶった後、くるりと振り返ってアルフくんが吠えていた方へとカラーボールを投げつけた。
投げつけられたボールは突然はじけ飛び、べしょっ、という音と共に、何もない空間にオレンジ色の塗料が付着した。
「え、何だ、あれ!?」
「なんだなんだ!?」
空中に浮かぶ、不自然に色が付いたトゲトゲの物体を見て周りの人たちが後ずさる。
そのトゲトゲはやがて姿を現すと、瞬く間に私の元へとやって来た。
腕一本で私の身体を乱暴に引き寄せ、自分の身体に挟み込むようにして固定した。
「お、おのれ、小娘がぁ!」
ミラードヘッジホッグは、やっぱり隠れていたみたいだ。
そのミラードヘッジホッグは片手で私を羽交い絞めにしている。
作戦を邪魔した報復の相手だし、対ブルーファルコンのための人質にするためなのだろう。
「好美さん!?」
「うぅ……」
「くそっ、作戦が台無しだぜ……!」
ミラードヘッジホッグが直接、零くんに殴りかかりに行かなかったのは正直助かった。
零くん、この状況に驚いて固まっているようだし。
ワザと痛そうな顔をしているけど、実際のところは余裕なので内心ホッとしているくらいだ。
よかったよかった。
……周りはそうではないみたいだが。
「よっしー!?」
「駄目だ輝羽さん、下がるんだ!」
「でも!」
「大丈夫、零がいる!」
久くんから名前を呼ばれ、ただ突っ立っていた零くんが静かにブレスレットを構える。
そして威嚇するように、吠えるように、彼はヒーローへと変身するための合言葉を口にした。
「"ブルー・レインフォース"!」
青白い光が辺りを眩しく照らし出す。
光に包まれた人影は、やがてヒーロー、ブルーファルコンの姿となって仁王立ちしていた。
ゆっくりと、静かに、ブルーファルコンが戦いの構えをとる。
「僕が相手だ。その子から、その汚い手を放せ」
「く、くっくっく……嫌だと言ったら?」
「残念だけど、少し荒っぽく取り戻すことになるな」
ブルーファルコンの中で、既に私を取り戻すことは確定事項らしい。
それが穏便なのか、荒っぽいかの差でしかないようだった。
事実、この2人の間には覆せないほどの実力差があると思うので、さもありなんといった感じだ。
残念だけど、この時点でミラードヘッジホッグに勝ち目はないと思う。
「お前がドブロクダヌキか? 随分とトゲトゲしているな」
「違う! 俺の名はミラードヘッジホッグ様よ! 少しでも動いてみろ、この娘を……」
バシュゥ!
私を強く圧迫しようとしてミラードヘッジホッグが力を籠めた瞬間に、ブルーファルコンの銃撃がミラードヘッジホッグの腕を撃ち抜いていた。
対レーザーコーティングされた腕はレーザーガンをものともしない、はずだったが、その腕は凍り付いて雪像のように真っ白になっていた。
まさかと目を疑ったが、それは紛れもなく冷気の力を伴ったレーザーだった。
銃撃にまで氷の能力を籠められるなんて、なんて厄介な……。
私の中で、怪人として相対したくない気持ちが乗算で跳ね上がっていく。
「ぐあああああ!?」
叫び声をあげたミラードヘッジホッグが、腕を抑えて後ずさりした。
強烈な痛みを感じている様子で、額には脂汗が滲んでいる。
それは人質である私を確保することも忘れるくらいの激痛だったらしい。
私は腕から解放されて地面へと投げ出されていた。
痛がるミラードヘッジホッグを見て、そこから離れようと、こそこそ移動を開始する。
近くにいて下手に攻撃を受けようものなら怪人のタフネスがバレてしまいかねないからね。
「く、くそぉ、待てよテメェ!」
「わぁ!?」
私のことを思い出したミラードヘッジホッグが手を伸ばそうとするが……。
「お前の相手は僕だと言っただろう!」
既に近接戦闘域に入っていたブルーファルコンがバシッとその手を掴み、フルフェイスのマスクの中からミラードヘッジホッグへ睨みを利かした。
ミラードヘッジホッグは、使い物にならなくなった片腕に、捕まれているもう一方の腕。
それに対し、ブルーファルコンは片手が開いた状態である。
思い切り踏み込みを入れたブルーファルコンの拳が、ミラードヘッジホッグのがら空きになったどてっぱらに炸裂した。
「せやぁ!」
「ぐふぉ!?」
脇腹への強烈なボディブローを受けて、ミラードヘッジホッグが吹き飛ばされた。
河原を転がったミラードヘッジホッグの棘が、不規則に並ぶ玉石に小さな穴をあけていく。
信濃川の水際で倒れ伏した怪人に、ブルーファルコンが静かに戦いの構えを向ける。
周りの一般参加者はそれを遠目に見て、大きな歓声を上げていた。
「よっしー、こっち!」
「うん!」
輝羽ちゃんと久くん、それとぷに子ちゃんや弘子ちゃん、そのみんなを守るように背に庇う上杉教官の元へと駆けていく。
私がまっすぐ逃げている間にも、歓声は何度もあがっていた。
後ろを振り返るまでもなく、ブルーファルコン対ミラードヘッジホッグは一方的な戦いになっているのだろう。
「ぐはぁ!?」
川に吹き飛ばされて水しぶきが上がり、ミラードヘッジホッグがよろよろと立ち上がる。
もう、決着の時だ。
撤退役のドブロクダヌキはもういないのだろうか?
たぶん近くにいるはずなんだけど……。
『隊長! サーモグラフィーに不審な反応あり!』
拡声器から大きな声が聞こえた。
サーモグラフィーって、温度が視覚化できる装置だったはず。
さすが防衛課。準備はちゃんとしていたようだ。
今、この場で不審な反応で考えられるのはドブロクダヌキしかいないだろう。
やっぱり近くに居たんだ。
「ようやく直ったか」
上杉教官が苦虫をかみつぶしたような顔でそう言った。
今、『直った』って言ったよね?
それって、今まで機能していなかったってことだろうか?
零くん、結構ピンチだったんじゃ……。
『反応の位置を伝達せよ!』
『河原を北の方へ、すごい速さで移動していきます!』
隊長と思われる声と、機材を操る隊員のやり取りがスピーカーから聞こえてくる。
北ということは川の下流の方で、そちらには一般人はいないので被害は無さそうだ。
時折り微かに小石が跳ねているような気がするけど、それが風による自然現象なのかドブロクダヌキが踏みしめたものなのかは判別できそうになかった。
「ちくしょぉ!? あいつ、逃げやがったなぁ!!」
ミラードヘッジホッグが絶望をはらんだ声で叫ぶ。
その絶望の声を聴いて、また注目が相対する2人の方へと集中した。
目を血走らせたミラードヘッジホッグが、その心情を表すかのように背中のトゲを巨大化させた。
その決死の様子を勝負どころと見たか、ブルーファルコンも両手をクロスし、アクアマリン色に輝く冷気を纏わせている。
「……やってやる、やってやるぞぉ! ブルーファルコン! くらぇええええ!」
「来い! ミラードヘッジホッグ!」
撤退役はもういないし、ミスティラビットも出て行くことはできない。
ミラードヘッジホッグはブルーファルコン目掛けて突進し、大きく跳躍した。
そのまま空中で縦に一回転半の回転を加え、背中の巨大なトゲをターゲットへと向ける。
鋭さと質量を兼ね備えた捨て身の攻撃が、ブルーファルコンの頭上へと迫っていた。
「くたばれぇ! 【ニードル・プレス】!!」
「受けて立つ! 【ブルー・スラッシャー】!!」
ブルーファルコンの両の手に集まった冷気が氷の刃を成し、降り注いでくる槍の束のようなミラードヘッジホッグのニードル・プレスを切り裂いた。
ブルー・スラッシャーの勢いはミラードヘッジホッグの棘を叩き斬り、凍らせ、その勢いはさらに止まらずにミラードヘッジホッグ自体も切り裂きながら上空へと押し返した。
「あがああああ!? お、俺様が、こ、こんな、ところでぇ……!!」
ミラードヘッジホッグは切り裂かれた傷口から凍っていく身体で、もはやもがくことすらできず、ただただ呪詛の言葉を吐き出している。
再び重力に引かれて地に向かわんとするところに、ブルーファルコンの天高く構えられた二つのレーザーガンが光を放った。
「ツイン・レーザー! シュートォーーッ!!」
「ぎゃああああああ!!」
断末魔の悲鳴と共に、ミラードヘッジホッグの身体から光が溢れる。
2つのレーザーガンの直撃を受けたミラードヘッジホッグは、対レーザーコーティングの煌めきを氷の煌めきへと上書きされ、ドォン! という爆発音と共に河川敷の空高くに散っていった。
-- 5月20日(土) 16:00 --
「はい、3人ともにっこり笑って~!」
「キャン!」
「是非、こっちにも!」
「キャン!」
「おぉ~! いい返事だねぇ!」
「キャン!」
怪人の乱入という最悪なハプニングがあった公開演習は、最後はヒーローたちの写真撮影という形で締めくくられた。
隊員たちが敬礼で脇を固める中、3人の中学生たちがカメラのフラッシュに炊かれている。
一人は本物のヒーロー、ブルーファルコンこと氷月零。
一人はミラードヘッジホッグの所在を暴いた、零の想い人である佐藤好美ちゃん。
一人は好美ちゃんの活躍を導いた、警察犬の卵であるアルフ号を抱きかかえた小海久くん。
俺、上杉一誠は盛り上がる写真撮影を横に眺めつつ、十日前町支部の防衛隊長と共に、警察署と連絡を取り合っていた。
こちらにサーモグラフィーがあると分かった以上、恐らくドブロクダヌキがこの場に戻ってくることはないだろうが、撤収が済むまでは引き続き厳戒態勢を敷くつもりだ。
勝ったと思った瞬間に人は一番油断するというからな。
「上杉隊員、また彼女に助けられましたね」
「そうですね。ですが隊長、こういうのって本当は良くないでしょう」
「まったくです。本来、私らがちゃんと守らなければ駄目でしょうな。零くんの学友2人が来ていなかったら、ブルーファルコンはこの世からいなくなっていたかもしれない」
隊長はそう言って、写真撮影でぎこちなくはにかむ中学生3人組を眩しそうに見ていた。
俺も釣られてそちらに目をやる。
今日のヒーローは俺たちじゃなく、彼ら3人に他ならない。
頼りになる仲間ができて良かったな、零……。
新潟に来た時に表情を曇らせていたのが、今はもう信じられないくらい良い顔になった。
ちなみに、観客に擦り傷程度のケガはあったものの、実質的な被害は無し。
俺たち防衛隊も警察も、その存在意義を全うしたと言える形にはなったと思う。
それもこれも、あの3人の活躍のおかげだろう。
『警察犬か……我が署には存在しないが……』
「おや、導入しますか? 署長どの」
通信の先で、さっそく署長もアルフ号の活躍に興味を示したようだった。
久くんが連れてきたシェパードの子犬、アルフ号は、有名な警察犬から名前を貰ったのだとか。
なお、久くんの素性は既に把握している。
そもそも彼の父親が警察官で、自身も警察になりたいと希望しているという。
アルフ号を飼っているのも、警察犬の訓練をやってみたいと思ったからなのだそうだ。
『ドブロクダヌキの追跡と怪人たちの正体を暴くのに一役買えるかもしれない。隊長はどう思う?』
「あぁ、試してみてもいいと思う。いや、試すべきだ!」
「実試験をいきなりクリアしちまってるからなぁ……」
アルフ号の鼻がミラードヘッジホッグを感知して吠え続けたのだ。
サーモグラフィーも目論見通りに機能していたが、それに加えて対ドブロクダヌキの有効な手立てが見つかったのは望外の収穫と言える。
今後は奴の能力がらみの奇襲をより高い確率で防ぐことができるはずだ。
『さて、我らは最後まで気を抜かずに、この件を美談のまま終わらせないといかんな』
「撮影会の時間は後10分までと連絡済みです。その後は安全面を考えて解散させます」
『了解。あと少し頑張ろう』
「はい。ありがとうございます、署長」
警察署との通信を終えて、俺たちもまた警備へと戻っていく。
隊長は考えていた締めの挨拶を少し変える気になったのか、腕組みをして唸り始めた。
あまり狙い過ぎてもすべるだけだから、ほどほどにして欲しいと願う。
テントを出た隊長を見送りつつ、俺は今後の予定について頭を働かせた。
「零には明日、休んでもらわないといけないんだが、大丈夫かねぇ?」
あいつ、平日は学校だから、下手したら飛竜より負担が大きいんじゃないかと思う。
本来は土日は休みで大型連休の時だけ手を借りるつもりでいたんだが、本人はやる気に満ち溢れているので土日のどちらか1日は手を借りることになっていた。
でも、想定外の事件があったこともあって、この件は数日間は騒がれそうだ。
「『早く記者会見させろ』って、あの唐変木が言ってくるよなぁ……」
日曜日も休めないと、さすがに疲労が溜まりすぎてしまうのだが、押し通してくる気がする。
来週の土日はできれば両方とも休ませてやりたいが、難しいかもしれない。
それと、好美ちゃんと久くんも表彰されるだろうが、こっちは月曜日かねぇ?
「負担ができるだけ少なくなるように、何とか調整するしかないか」
零は学校に行くのが楽しみみたいだし、好美ちゃんや久くんと居られる時間が増えることは嫌な事じゃないだろう。
余計なお世話にならない程度に、上手くセッティングしなきゃならんな。
しかし、好美ちゃんや久くんに負担が増えてはいけない。
記者会見もしっかり設定しないといけないし、関係各所に協力要請と、それとあとは――。
「教官、楽しそうな顔してるっスよ?」
「おい飛竜。俺は今、真剣に悩んでたんだぞ?」
横から顔を出した飛竜が茶化してきた。
必死に考えをまとめてるんだから、お前は警備に集中しててくれよ。
まぁ、それでも被害に頭を悩ませるよりずっと楽しい悩みなのは間違いないか。
こんな気分にさせてくれたあの3人に、改めて感謝だな。
-- 5月20日(土) 18:00 --
大きなフライパンの上で、じゅーじゅー、ぱちぱちと餃子の焼ける音がする。
きっちり蓋をして蒸しているから、中まで火が通ってジューシーに仕上がってくれるだろう。
ニンニクもたっぷり刻み込んで入れてあるから、どんな味になるか楽しみだ。
『ニュースの時間です』
「おぅい、好美! 始まったぞー!」
「私は見ないってばー!」
お父さんが居間のテレビを見ながら、わざわざ私にニュース開始を告げてきた。
お父さんは私が公開演習で何をしたのかを聞き及んでいたようで、ニュースが始まるのを今か今かと待っていた。
ゆーくんも居間で待機しているが、これはお父さんの勢いに巻き込まれたせいである。
私は自分がニュースに映ること自体が気恥ずかしくて嫌なので見るつもりはない。
だけど、お父さんがテレビの音量を大きくしたようで、ニュースの声が台所からもよく聞こえた。
お父さんめ、余計なことをしおって……!
『本日13時、新潟県十日前町支部、防衛課の隊員たちによる公開演習が行われました』
「ひゃっひゃっひゃ! さっそくじゃな! トップニュースじゃわい!」
「お父さん、座っててよ」
はしゃぎまわっているっぽいお父さんをゆーくんが窘める声が聞こえる。
うろうろしながら、マッドサイエンティスト的なポーズでもしていたんだろうか?
『防衛隊員にカラーボールを当てる参加型の催しが行われた際、会場に姿を消すことができる怪人が紛れ込む事件が発生しました。防衛課はこの怪人のことを把握しており対策をとってはいたものの、機材のトラブルで当初は見つけ出すことができていなかった模様です』
やっぱり、あの時にサーモグラフィーは故障していたんだ。
ニュースになっているということは、あの後でしっかり発表したのかな?
まぁ、近くで聞いていた私たちが口止めされていなかったわけだし、元から公表するつもりだったのだろう。
「零先輩、危ないところだったんだね」
「なんじゃい、みっともない。機材のトラブルで暗殺成功なんぞしたら、つまらなくて笑えんわい!」
本当だよ、もぅ……。
今回、私は結果的にミラードヘッジホッグを追い詰めることになってしまったが、どちらかしか助けられないのなら零くんを助けることを選んでいたと思う。
罪悪感が無いわけではないが、最初から普通に戦っていたなら邪魔するつもりもなかったし、能力だけとはいえ2対1で戦おうとしたこと自体が組織的には規約違反だ。
ノコギリデビルは私の正体を知っているが、私を責めることはしないと思う。
『その怪人を見つけ出したのは、ブルーファルコンに招待されていた学校の友人たちでした。小海久くんが連れてきていたシェパード、アルフくんが怪人の存在に気付き、激しく吠えたてたのです』
「『お手柄、アルフくん』だって」
ゆーくんがそう言った。
ニュースのキャプションにそう出ているんだろうなぁ。
目に浮かぶよ。
「ほほ~、可愛い子犬ではないか。ううむ、ミラードヘッジホッグはコイツに負けることになったと考えると、少し面白いかもしれんのぅ」
一応、改造手術までした味方のはずなのに、お父さんのミラードヘッジホッグへの関心が低い。
その命を惜しむどころか結果を楽しんでいるようにすら見える。
真正面から戦ってなかったし、お父さんの期待にも添えられていなかったということなのかな?
『その吠えた先に向かってカラーボールを投げつけ、姿を浮かび上がらせたのは、同じく学友の佐藤好美さんでした。その存在が見破られた怪人、ミラードヘッジホッグは、好美さんを人質に取ってブルーファルコンと対峙しました』
「姉さん、また人質になったんだね」
「ひゃっひゃっひゃ! 正面から戦ったら変身前の好美の方が強いわい!」
普通は人質にされたら心配するはずなのだが、ウチに限ってはまったく心配されていなかった。
一応、もし私が攻撃を受けたら丈夫すぎることがバレて大変なんだけどなぁ。
『ブルーファルコンは射撃でミラードヘッジホッグの腕を正確に撃ち抜くと、好美さんを迅速に人質から解放し、そのまま戦闘へと移行しました』
「ほほぅ、ブルーファルコンの変身シーンから映っているとは、なかなか面白い映像じゃな!」
「公開演習だったんだよね? カメラ、何台いたんだろう?」
思い返してみると、今回は避難する必要がなかった。
もし強い怪人とヒーローの戦いでは近くに居ることすら危険だけど、今回は一方的な戦いになったこともあって戦いの余波がほとんどなかったのである。
さぞかしたくさんの映像が残っていることだろう。
……そろそろ餃子、焼けたかな?
できあがったものは取り出して、もう一回生の餃子を並べなおして……と。
おぉ、ニンニクの香りが凄いや!
『ブルーファルコンは怪人の必殺技を真正面から打ち破り、跳ね返した上でレーザーシュートによる一撃を加え、ミラードヘッジホッグを撃破しました。ブルーファルコンのコメントをどうぞ』
『被害がなかったのが一番です。それと、怪人を見つけ出してくれた友に最大限の感謝を。今日、僕が勝つことができたのは、久くん、好美さん、アルフくんのおかげです』
零くんの、謙虚かつ堂々としたコメントが全国テレビに放映されている。
有名になったら、注目されてバレやすくなるから嫌なんだけどなぁ……。
私のことは放っておいてもらって良かったんだけどね。
全部アルフくんのおかげだし。
『えぇー、さて、映像付きで見ましたけども、完全勝利でしたね。コメンテイターのお2人は――』
VTRが終わり、スタジオの映像へと切り替わって司会者がコメンテイターに意見を求めていく。
最初はブルーファルコンの雄姿を称えるコメントが多かったが、そのうちにコメントの対象が私や久くんの話へと変わっていった。
『アルフくん、いいですねぇ~』
『新潟の防衛課でも警察犬を導入するか検討中みたいですよ』
『佐藤好美さんは、確か以前も怪人の企みを阻止していましたね。私は覚えていますよ』
『小海久くんは空手の全国大会入賞者で、将来は警察官になりたいと希望しているとか……』
「ひゃっひゃっひゃ! ミラードヘッジホッグの奴は相手が悪かったのぅ! まったくもって、頼もしい中学生たちじゃわい!」
「姉さん、何で近しい人に正義の味方が多いのさ」
お父さんが私の友達を賞賛する声と、ゆーくんの呆れる声が聞こえてくる。
自然とそうなっちゃったんだし、私に言われても困るよぅ。
「ごはんできたよ~!」
私はできたてホカホカの餃子を大皿に山盛りにしつつ、2人に声を掛けた。
ニュースも別の話題に入り、ご飯にするにはちょうどいいタイミングだ。
ゆーくんがご飯とおかずが乗ったお盆を居間へと運んでいく。
もうすっかりあっちで食べることが前提になってしまった。
昔、テレビを見ながらご飯を食べるなって言われた気がするんだけど、遠い昔の話である。
「でも、姉さん、驚いたよ」
「え、なにが?」
箸を並べつつ、ゆーくんが話を振ってきた。
何か驚かせるようなこと、あったっけ?
「アルフくん、姉さんに懐いていたからさ」
「……!!」
私の脳裏に衝撃が奔った。
今の今まで、私は動物たちに嫌われまくっていたのに、言われてみたらアルフくんは私のことを避けようとしていない。
それどころか懐いてくれているのだ。
「え、うそっ、嬉しい!」
「気づいてなかったんだ……」
ゆーくんが呆れているけど、仕方なかったのだ。できるだけ避けようと頑張っていたんだから。
みんなには、もしかしたら犬は苦手なのかと思われてしまったのかもしれないけど、決してそんなことはなく、普通に可愛いと思うし触れるなら触ってみたいと思っている。
単に、私は動物に嫌われやすいし、嫌われると悲しいので近づかないだけなのだ。
「アルフくん、また会えるかなぁ?」
「すぐに会えるじゃろ。どうせまた表彰とか言い出すじゃろうしな」
「あー、そっかぁ」
表彰はちょっと嫌だけど、アルフくんに会えると思うと少し楽しみかもしれない。
そんな話をしながらご飯の配膳を終えて、3人で手を合わせる。
「「「いただきまーす!」」」
今日のメインはニンニクたっぷり餃子だ。
醤油とラー油を小皿に垂らし、山盛りになった餃子からさっそく1つを小皿に乗せる。
餃子の皮にたっぷり醤油を擦りつけて口へと近づけると、ニンニクの香りにごま油の香ばしさ、醤油のしょっぱそうな香りが混じって、それだけで涎が溢れてしまいそうだ。
ためらうことなく餃子にかぶりつくと、甘い肉汁が口の中に溢れ出す。
それに加え、ニラやキャベツの甘さと、火が通って柔らかくなったニンニクの癖のある味わい。
その混然一体のうまさの濁流を、こんがり焼いた皮がみごとに包んで閉じ込めている。
パリッという音が聞こえるたびに、私の口の中で旨さが弾けるのだ。
ゆーくんもお父さんも、何も言わずに夢中で食べている。
ご飯も進む美味しさだし、たぶん2人ともお替りもするだろう。
それを見越して少し多めにご飯も炊いてあるし、今日の夕飯は我ながら完璧だ。
「篤人さんにも何か作ってあげないとな~」
「ニンニク料理じゃろ? 篤人くんは酒を飲むのか?」
「どうなんだろう。飲酒運転ってイメージしか出てこないから飲んで欲しくないかも……」
「むぅ、なら酒の肴はやめておいた方が良さそうじゃのぅ」
どうやら思い当たるものがあったみたいだけど、お酒のつまみだったっぽい。
こうやって食べてみて分かったけど、このニンニクは本当においしいものだ。
しっかりニンニク料理を調べてお返ししなければならないだろう。
「犬ってニンニクの匂い、大丈夫なんだっけ?」
「う、口臭の問題!?」
ぼそりとゆーくんが警鐘を鳴らしてくれた。
明日会うわけじゃないけど、ニンニクくさい状態でアルフくんに会ったら嫌われかねないし、口臭ケアを考えておかないとまずいかも!
ミルクっぽい匂いがあればいいのかなぁ?
いや、そんなに単純じゃないかな?
「そんなに気にせんでええじゃろうに」
「嫌だよ。私と仲良くしてくれる子なんて他にいないし……」
大失敗しないように、犬が好きな物を調べた方がいいかもしれない。
誰か詳しい人、いるかなぁ?




