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秘密結社パンデピス  作者: ゆきやま
20/42

氷月零 VS 小海久

-- 5月18日(木) 6:30 --


 朝の陽の光が明るく街を照らし、風は穏やかな晩春の暖かさを運んでくる。

 満開になったつつじの花が、色濃くなっていく木々の緑に赤や白のコントラストを添えていた。


 この季節の街中のいくつかの家にはツバメの巣が作られていて、ピーピーと鳴く雛鳥たちが顔を覗かせ、親に餌をねだっている姿を見ることができる。

 いましがた空を横切ったツバメも、どこかの家に作られた巣へと戻っていくのだろうか?


 早朝の牛乳配達も終わり、私は家の前の坂道まで戻ってきたところだ。

 気温も徐々に上がって来ていて、今日は少し汗ばむくらいの陽気になりそうである。


「好美ちゃん、おはよう」

「おはようございます、アズマさん」


 家の前までくると、そこにジョギング中のアズマさんがやってきた。

 でも、今日はアズマさんだけじゃなく、その後ろには零くんの姿も見える。


「お、おはよう、好美さん!」

「零くんも、おはよう」


 アズマさんの爽やかな挨拶に対し、零くんがたどたどしく挨拶してくる。


 零くんは最近転校してきた、ヒーロー、ブルーファルコンに変身する私のクラスメイトだ。

 今日はアズマさんと一緒に体力づくりのジョギングをしているらしい。


 アズマさんは防衛隊員だから、ヒーローである零くんと一緒に行動することは不思議じゃないけど、自主練まで一緒に行うような関係だったのは少し驚いた。

 この2人、仲がいいのだろうか?


「好美ちゃん、今日もお仕事かい?」

「はい、もう終わりましたけど、牛乳配達してきました」

「好美さん、もう働いているんだね」

「それを言ったら、零くんだって同じだよ」


 単なる配達員である私より、怪人と戦う零くんの方がずっと大変な仕事をしていると思う。

 命と平和の守り手であるヒーローへの期待と責任には、きっと私の知りえないような重圧があるのだろう。


 それに、後で知ったんだけど、零くんの御両親は両者とも防衛隊員であり、群馬県の秘密結社との戦いで命を落としたのだそうだ。

 それが1か月以内の出来事だったみたいで、そりゃ、あれだけ落ち込むわけだと納得した。


 転校してきた日は悲嘆にくれた表情を見せていたけど、今は持ち直して、元気いっぱいに訓練に励んでいるようだ。

 それはそれで私としては困ってしまうのだが、知り合ってしまった手前、ずっとつらそうな顔をされるよりは今の方がいいと思っている。


「おー、ついて来てるな」

「え? 何がですか?」


 アズマさんが坂の上の方を見ながら唐突にそう言った。

 私には何も見えないけれど、アズマさんにはしっかり何かが見えているらしい。

 蜂とかじゃないよね?


「実はさ~、さっきから記者が後を付いてきているんだよ。俺たち、それなりに速く走ってきたんだけどな。なかなか健脚な記者みたいだぜ」

「はぁ、ここに来るまでに振り切りたかったのに……」


 アズマさんが感心したように、零くんは悔しそうにその記者を評価した。

 しかし、記者に追いかけられているとは、さすがは全国屈指の人気ヒーローの零くん。

 注目度はアイドルさながらだ。


「人気者は大変だな!」

「そう思うなら街中を走らないでくださいよ。少しくらい僕に配慮してくれたって……」

「お前が好美ちゃんと会えるかもって勝手に付いてきたんだろ?」

「ちょ、言わないでくださいよ!」


 アズマさんにからかわれた零くんがちらっと私を見て、途端に顔を赤くした。

 私のどこをどう気に入ったのか分からないが、零くんは私のことが好きになってしまったらしい。

 可愛い子なら他にもいっぱいいるのに。


「そうそう、教官が言っていたけど、南中学校にテレビの取材が入ったってさ」

「へ~、そうなんですか」

「零の片想い中の相手が知りたいらしいぜ?」

「へー、……えっ??」

「そんなわけで、宜しくな!」

「えぇっ!? 宜しくってどうすれば……!」


 てっきり零くんの取材だろうと高をくくっていたのだけど、私も無関係じゃないっぽい。

 これ以上目立つのは嫌なのに、今度はテレビ出演しなければいけないのだろうか?

 何とか回避したいんですけど!


「ごめんね、好美さん。テレビ関係者には僕から迷惑をかけないように言っておくから」

「う、うん、宜しくね」

「ほれほれー、早く戻らないと遅刻するぞー!」

「はぁ、もう! それじゃ好美さん、また学校で!」


 私は手を振って、ハイペースで走り去っていく2人を見送った。

 明らかに面白がっているアズマさんに対し、零くんはちゃんと私のことを考えてくれている。

 零くんがヒーローじゃなければ、もしかしたら好きになっていたかもしれないんだけどな。


 2人を見送った後、私は追っかけ記者が隠れているという坂の上を見た。

 結局どこにいるのかよく分からないけど、彼らを追いかけていったのだろうか?

 それとも、あのハイスピードのペースを見て諦めちゃったかな?


「やぁ、好美ちゃん、おはよう」

「あ、篤人さん! おはようございます」


 坂の上を眺めていたら、記者ではなく篤人さんが現れた。

 歩いて現れるなんて珍しい。

 いつもなら運送トラックで私に体当たりしてくるのに。


 私は秘密結社パンデピスの怪人であり、人間形態でも怪人なみの耐久力を持っているので耐えることができる。

 篤人さんもパンデピスの戦闘員であり、私のことも知っているので、ただのいたずらでトラックだのスクーターだので私を撥ね飛ばそうとしてくるのだ。


「珍しいですね、篤人さんが何にも乗っていないなんて」

「スクーターで来ていたんだけどね。記者たちがいると下手なことはできないんだよ」


 なるほど、零くんの追っかけ記者が間接的に私の平穏を守ってくれたらしい。

 人身事故を起こしたところを誰かに見られたら普通に警察を呼ばれるし、減点されちゃうもんね。


 篤人さんは坂の上にひらひらと手を振った。

 何だろうと思って見ていると、ガサッという音と共に、草むらから帽子とサングラスをつけたおじさんが出てきて、手を振って去っていった。


 今のはいったい何?

 篤人さんはあの人と何か話でもしていたのだろうか?


「彼には好美ちゃんのちょっとした情報を教えてあげる代わりに、帰ってもらったのさ。まぁ、あの情報くらいなら大丈夫でしょ」

「うぇっ!? いったい何を教えたんですか!」

「大したことじゃないから、気にしなくていいよ」


 カラカラと笑う篤人さんは適当にはぐらかして結局教えてくれなかった。

 篤人さんは私の情報を大量に持っているから、いったい何を伝えているのか見当がつかない。

 明日のニュースを見るのが怖い。


「それより、ブルーファルコンは想像以上の強さだったね。今もきっと、幹部が映像を見ながら唸っていると思うよ?」

「今後、あんなのが出てくるとか、そりゃ幹部も悩みますよ」


 先日のブルーファルコン対サイガーディアンの映像は、黒川先生がきっちりその日のうちに本部へと渡してくれていたようだ。

 間近で撮影した映像なので、研究資料としては十分にその役割を果たしてくれると思う。


 問題なのは、そのブルーファルコンの強さと特殊能力だ。

 相手の身体の自由を奪う冷気に、周囲を氷のドームで遮断する技は撤退封じに持ってこいである。

 ただでさえ死に物狂いで撤退していたのに、これからはその難易度がぐんと跳ね上がることになるのは間違いない。


 事実、サイガーディアンの撤退役は行動すること自体を諦めていたようだし、もし私が飛び出して行っても助け出せたかどうかはかなり怪しい。

 ブルーファルコンは私にとって天敵ともいえる相手である。


「はぁ……零くん、早くどっかへ行ってくれないかなぁ?」

「酷いなぁ。好きになった相手にそんなこと言われたら、彼も傷ついちゃうよ?」

「そんなこと言われたって……」


 残念ながら私の願いとは裏腹に零くんはとても張り切っていて、その理由も『佐藤好美(わたし)を守るため』というのが原動力になっているっぽい。

 彼は秘密結社パンデピスを倒して、私の周りから脅威を排除することを当面の目標にしているのだそうだ。


「迷惑だよぅ……」

「零くんも難儀な相手に惚れ込んだねぇ。好美ちゃん以外とだったら簡単に恋人になれそうなのに。……まぁ、個人的には彼を応援したいんだけど」


 篤人さんは敵ながら零くんのことを認めているっぽい。

 真面目な顔をして話をしているし、本気で零くんと私が付き合ってもいいと思っているみたいだ。


 あ、もしかして、特務防衛課を内部から崩壊させることとか、スパイ的なことを期待されていたりするのだろうか?


「あの……私、零くんからヒーロー側の作戦を聞き出したりとかできませんよ?」

「え? いやいや、僕はそんなこと望んでないって」

「あれ、そうなんですか? 私、てっきり『敵を内部崩壊させろー』とか言われるのかと……」

「あっはっは! 好美ちゃんに悪女は無理だよ!」


 むぅ、大笑いされてしまった。

 そんなに笑うことないのに!

 そのうち、意図せずとも重要な情報が転がり込んでくるかもしれないでしょうが!


「ま、対策は追い追いってことで。僕はそろそろお暇するよ。また明日!」

「はい、また!」


 手を上げて去っていく篤人さんに挨拶をして見送ったのち、私は自宅の玄関を開けた。

 みんなまだ寝ているので、私は少し小さめに挨拶をして中へと入っていく。


「ただいまー」


 キッチンからご飯の炊けるいい匂いが漂ってくる。

 今日は卵焼きの代わりにベーコンエッグでも作ろうかな?

 他は我が家の定番メニューであるお味噌汁、ほうれん草のお浸しに、漬物に、白いご飯だ。

 お好みでご飯に乗せられるように、鮭フレークと海苔の佃煮の瓶詰めを用意しておこう。


「おはよう~」

「おはよー、ご飯もうすぐできるよー」


 ベーコンエッグを焼いていると、弟のゆーくんが起きてきた。

 ゆーくんは手早く顔を洗うと、箸やお皿をテーブルまで運んでくれる。

 あの様子だとお腹が空いているみたいだし、早く完成させなきゃ!


「おはよう。うむ、今日もいい匂いじゃ!」

「おはよー」


 お父さんも起きてきて、さっそくテレビを付けている。

 ゆーくんが配膳を手伝ってくれたので、テーブルにはすでにベーコンエッグ以外は並んでいる状態だ。

 私もパパッとお皿にベーコンエッグをとりわけ、これで朝の食卓の完成である。


「「「いただきまーす」」」


 3人で挨拶をして、ホカホカご飯に好きなものを組み合わせて食べ始める。


 ゆーくんは食べる量がちょっと増えてきているかな?

 ご飯をお替りする回数が増えてきた気がする。

 今後はもう少しおかずの量を増やしてあげたらちょうどいいバランスになるかもしれない。


『それでは、今なにかとお騒がせしている、ブルーファルコンの話題が登場です』

「お、今日もやっとるのぅ」

「またかぁ」


 今、何かとブルーファルコンの話題が取りざたされている。

 しばらく姿を見せなかった最年少ヒーローの復活劇は、怪人組織に怯える人たちにとっては朗報であり、大歓迎されている様子だった。

 もうしばらく、このフィーバーは続くかもしれない。


『それでは、新たな力を得て復活したブルーファルコンの能力をもう一度確認してみましょう』


 対サイガーディアン戦の映像はさすがに私以外に撮影している人はいなかったようだが、ブルーファルコンがどこかで訓練している映像を撮ってきたらしく、何種類かの氷の技を披露していた。

 その技はこの数日のうちに、更にだんだんと研ぎ澄まされていっているような気がする。


「ひゃっひゃっひゃ! 対ビーム装甲が無駄になったわい! さすが特務防衛課の本部の戦力じゃな! そうでなくては面白くないわい!」

「こっちはちっとも面白くないってば」


 はしゃぎながらブルーファルコンの能力を大絶賛するお父さんに対し、私の気持ちはブルーになってしまった。

 被害を受けるのは秘密結社パンデピスなのに、何でお父さんは楽しそうなんだ?


「……姉さんは、氷月先輩と付き合ってるの?」

「ぶふっ!?」


 びっくりしすぎてお味噌汁を噴き出してしまった。

 飲みかけただけだから大事には至らなかったけど、少し指と顔に掛かってしまって熱い! 


 ゆーくん、何てこと言うんだ!?

 私がヒーローと付き合うとか、あるわけないのに!


「けほっ、付き合ってないよ!」

「でも、告白されたって聞いたよ。その後のことは情報が入り乱れていて全然わからなかったけど」


 私が告白されたことは、その日のうちに全校生徒に知れ渡ってしまったからなぁ。

 でも、その後のことは意外と知られていないみたいだ。


「クラスの女子に、しつこく『聞いてくれ』って頼まれてさ……」

「あ、そうだよね、ごめんね」


 零くんの告白の噂は、我が弟に負担を掛けてしまっているらしい。

 1年生の女子にも夢を見ている子がいるのだろう。

 正体を明かしている同年代でカッコいいヒーローが身近にいるとしたら、アタックしてみようという気持ちになるのは仕方のないことだ。


「えーと、零くんには、付き合うことはできないって断ったんだ」

「そうなんだ。断ったってウワサもあったけど、そっちが正解だったんだね」


 ゆーくんは最初から私が断ると予想していたみたいで、そっちに驚きはなかったみたいだ。

 どちらかというと、納得したといった表情を見せている。


「しっかり断ったんだけど、恋人はいないって言ったら、『振り向かせてみせる』ってさ」

「それって、氷月先輩、かなり本気っぽいんだけど……」

「そうみたいなんだよね……」


 振られても諦めないこともヒーローっぽいと言えばそうかもしれない。

 単に諦めが悪いとも言えるが。


「クラスの女子には、諦めた方がいいよって伝えておくよ」

「えー、個人的には頑張って欲しいんだけど……」


 ゆーくんは何かを察してクラスの女子に諦めるように伝えるつもりのようだ。

 零くんを私から引きはがしてくれるなら、むしろ協力するつもりだったんだけど。

 今からでも、ゆーくんを通じてアドバイスを送るくらいならできるかな?


「零くんは、優しくしたらコロっといくんじゃないかな?」

「ふーん。姉さん、そういうことをしたっていう心当たりがあるんだね?」

「う!? ゆーくん、鋭いよぅ……」


 辛そうにしていることが気になって、ソフトクリームを渡して一緒にいただけなんだけどね。

 私が気に入られたとしたら、心当たりがあるのはそれくらいなのである。


「深くは聞かないけど、何となく姉さんが気に入られた理由が分かった気がする。ごく単純に、普通に優しくできるのが良かったのかなぁ?」

「どうなんだろう? 今は元気いっぱいみたいだから、どっちみち効果は無いかもしれないけど……」

「でも、一応それも伝えてみるよ」


 私のアドバイスが、夢見る1年生女子の役に立ってくれることを祈ろう。

 そして、私の周りが騒がしくなる現象を少しでも軽減して欲しい。



-- 5月18日(木) 8:27 --


 よぅし、ミッションコンプリート!


 朝の登校時間ギリギリに南中学校へ飛び込んだ私は、閉まっていく校門をすり抜けて登校した。

 お手洗いへと駆け込み、そこで髪を結っていた赤いリボンを外し、高速でいつもの三つ編みを編み込み、伊達メガネを装着する。


 鏡に映るのはいつもの私。

 図書館にいそうな少女の姿だ。


「ふぅ、何とか切り抜けられた……」


 アズマさんに聞いていたテレビの取材なのだが、まさか街頭インタビューみたいに校門前で生徒たちにマイクを向けているとは思わなかった。

 その様子は明らかに私を探しているものだったので、どうにかして逃がれるべく知恵を絞ったのだ。


 近くの物陰に身を隠した私は、髪型を変え、メガネを外して、敢えて人が混む正門の門限ギリギリのタイミングで校舎に走り込むことにした。

 この作戦は功を奏し、いつもの図書館少女を探していたらしきテレビの取材陣は私を捕まえることができなかったのである。

 念のためリボンだけ持ってきたのも正解だった。


「おはよー」

「おはよー! よっしー、ギリギリだったね!」


 輝羽ちゃん達と挨拶を交わすと、すぐに朝の会になった。

 星先生が教室に入ってきて、出席確認をして朝の連絡を行う。


「皆さん、すでに知っているかもしれませんが、今日はテレビの取材が来ています」

「「「おぉー!」」


 私と零くん以外が反応して楽しそうな顔をしている。

 テレビになんか滅多に出られらないし、クラスメイト達ははしゃいだ様子を見せていた。


「俺、インタビューされちゃったよ!」


 渡くんが手を上げて発言した。

 先生に指名される前に発言したら手を上げた意味は無いと思うんだけど、お構いなしである。


「やっぱヒーローって注目されてるんだな!」

「テレビに我が校の恥が晒されてしまったか……」

「あんだとぉ?」


 渡くんと修一くんのやり取りで、教室が笑いに包まれる。

 酷い言いぐさなんだけど、お互いがジョークだと分かっているから2人の顔も明るい。

 それと、修一くんの言葉とは逆に、たぶん渡くんは持ち前の明るさでテレビ側にも良い雰囲気を作り出してくれている気がする。


「はいはい! 私もインタビュー受けたよ!」


 今度は輝羽ちゃんも負けじと手を上げた。

 わざわざ立ち上がって発言しているし、話したくて仕方ない様子だ。


「ブルーファルコンの想い人ってどんな人ですか、だってさ!」

「それ、聞く必要ないだろ」

「もう町中に知れ渡ってるって!」

「敢えて聞いたんじゃねーの?」


 ガヤガヤとみんなが話し始めた。

 零くんを見ると、彼はまた顔を赤くしていた。

 しかも、私と目が合うと余計に赤くなって俯いてしまう。

 その反応はやめて! 何だか私まで恥ずかしくなってくるから!


「零くん、かわいいですね~」

「あの反応を見たら、何も知らなくても気づくだろ」


 ぷに子ちゃんと弘子ちゃんが零くんの様子を微笑ましそうに見ていた。


 零くんもすっかり学校に打ち解けて、最近では恋の話題でいじられることも増えていた。

 ただ、私のいないところではヒーローとしての気質が遺憾なく発揮されているようで、カッコいいという評価がほとんどを締めている。


 私の前でだけあの様子になるって輝羽ちゃんが言っていたけど、本当かなぁ?


「ヒーローで、何でもできて、カッコよくて、しかもカワイイとか、何だよこの究極生命体。ほんとに俺と同じ人種なのか?」

「茶化すのはやめてやれよ、見守ろうぜ」


 修一くんが若干の老婆心を覗かせつつ渡くんを(たしな)めていた。

 周りの様子を見た感じだと、男子のほとんどが零くんの恋を応援しているようである。

 まぁ、私を好きになる人なんかいなかったから、対抗馬なんていないしね。


「はいはい、みんな! はしゃぐのは良いけど、いい子にしててくださいね? 重要な個人情報はもちろん、嘘や大げさなことは言わないように!」

「「「はーい!」」」


 星先生は簡単な注意事項だけを言って朝の会を終了させた。

 その後、1時限目の授業前からいきなりカメラが教室に入ってきて、みんな様子がおかしくなってしまった。

 ある者は張り切り、ある者ははしゃぎ、ある者は緊張に身を固くしていた。


「よっしー……」

「よっしーちゃん……」

「わ、わかってるってば。答えを教えるから!」


 勉強できない組は、はしゃぐよりも指名されて答えられなかった時の身の危険を感じていた。

 珍しく弘子ちゃんまでこっちをチラチラみて混ざりたそうにしてる。

 不安なら聞いてもいいよ?

 輝羽ちゃんとぷに子ちゃんよりずっとしっかり勉強してるし、迷惑なんかじゃないからね?


 かつてないほど真剣に取り組んだことが功を奏したのか、2人とも問題なく指名された時に応えることができていた。

 輝羽ちゃんもぷに子ちゃんも、やればできるのである。


 ちなみに、私と零くんは順番を無視して当てられた。

 無事に答えることができたし別に問題はないけど、テレビ局が取材する際に、ウチの学校にリクエストでも出していたのかなぁ?

 顔を隠した意味はあまりなかったかもしれない。


 まぁ、そこまではいい。

 それよりも……。


「また2位だった……」

「元気出せよ、よっしー」


 中間テストの結果が返ってきて、私はまたもや久くんの後塵を拝す2位という結果に終わった。

 全教科で、である。

 何で1教科も勝てないんだぁ!? 頑張ったのにぃ!


「よっしーちゃん、悔しいのは分かりますけど……」

「そうだよ、よっしー……」


 そして、私以上に凹んでいるのが輝羽ちゃんとぷに子ちゃんの2人である。

 この2人はもはや最下位がだんだんと近づいてきているような状態であり、ご両親からの叱責待ったなしである。


「お前ら、あそこまで付き合ってやったのに、それかよ……」


 そして、その結果を見た弘子ちゃんもガックリ項垂れていた。

 4人のため息が合わさる。

 私たちのグループは全員、テストの結果に打ちひしがれた状態で放課後を迎えることになったのだった。



-- 5月18日(木) 15:20 --


 私は傷ついた心を癒すために、久しぶりに校舎2階の美術室に足を運んだ。

 ちょっとした気分転換に、一心不乱に絵でも描いて何もかも忘れてしまおうと思ったのである。

 ずっと何もしないと、また恥ずかしい作品を提出することになっちゃうしね。


 なお、私は1週間に1回くらいしか部活には出ないゆるゆるな部員なのだが、運動部と違い、文化部は欠席しても怒られることが無いので問題は無い。


「おはよーございまーす……」


 私はガラガラと美術室の戸を開けて、低いテンションのまま部屋に入っていった。


 なお、うちの学校だけかどうかわからないが、部活の挨拶は午後でも『おはようございます』に統一されている。

 理由は知らないけど、そういうものなんだそうだ。


「あ、好美ちゃん、おはよー!」

「お、おはようございます」


 何だか部長がすごく元気だ。

 画材を周りにたっぷり用意して、でかいキャンバスに向かって絵筆を走らせている。

 無駄にベレー帽まで被っていて、画家っぽさが凄い。


「部長、外で描かないんですか?」

「ん~? 外、雨だよ?」

「あれぇ!?」


 窓から外を見ると、お昼まであんなに晴れていたはずなのにポツポツと雨が当たってきていた。

 運動部の人たちは気にせず練習を続けているみたいだけど、雨に濡れてしまっては絵を描くことはできそうにない。


「……どうしよう?」

「リンゴとか描いたらいいんじゃない? 終わったら食べていいから」


 なら、リンゴでいいや。

 どうせ無心で何か描けるなら何でもよかったわけだし。


 ちなみに部長が部費を使って果物を買ってくることがあるが、これは絵を描くためであって食べるためではない。

 ただ、食材を腐らせるのは良くないので後で美味しくいただいているだけである。


 他にも3人ほどの女子が花や彫刻などをモチーフに絵を描いていたので、邪魔にならない位置に椅子を置き、その上にリンゴを配置した。

 さっそく絵筆をとり、白いキャンバスへと立ち向かう。

 じっとリンゴを観察し、その形を丁寧に描き出していくと、テストで感じた嫌な気持ちが自然に遠くへと消えていく。


 しばらく静かな時間が流れていたのだが、不意に美術室の戸が開いた。

 ガラガラと音を立てて入ってきた人物に全員の耳目が集中する。

 そこには零くんと黒川先生の姿があった。


「えっ? あなたは!」

「うそ、氷月くん!?」


 突如として登場した学校一の有名人に、私以外の部員たちが騒ぎ出した。

 零くんは物珍しそうに周りを見渡していたが、私がいると気づいた瞬間に目を見開いた。

 すごく驚いているみたいだし、私を追ってやってきたとかそういう事情ではないみたいだ。


「あの、お邪魔します。部活の見学で、各部活を回っているところなんです」

「南中学校では全員が何かの部活に入る決まりですから、零くんにも入ってもらう予定です」


 零くんが簡単に事情を説明し、黒川先生がその捕捉をした。

 何部に入るかを決めるために、零くんは各部を見て回っているらしい。

 これは、争奪戦が起こりそうな予感がする。


「ようこそ、氷月くん! 歓迎するわ! リンゴ食べる?」


 あ、部長が私の描いていたリンゴをひょいっと持ち上げてアピールした!

 ひどい! 私のなのに! ……じゃなくて、描いている途中だったのに!


 私の恨みがましい視線を受けても、部長は部長権限を発動すると決め込んだらしく、意に介していない様子で零くんにスススッと近づいていく。

 もしかしたら美術部に入るかもしれないという期待があるのか、その様子を他の部員たちは固唾(かたず)を飲んで見守っていた。


「氷月くんって絵は描けるの?」

「いえ、ほとんど描けないです。どうしてもラクガキみたいになってしまって……」

「じゃあ、デッサンの基礎が必要かな? デッサンのコツは、よく観察することなのよ」


 部長はそう言ってキャンパスの方へと零くんを連れて行き、途中だった絵に筆を入れながら解説したり、画材の使い方や歴史などの蘊蓄(うんちく)を語っていく。

 文武両道な零くんも芸術に関する知識は持ち合わせていなかったらしく、興味深そうに聞いていた。


 そうして15分くらい時間が経った頃だろうか?

 黒川先生が時計を見ながら言った。


「そろそろ次へ向かいましょうか」

「あ、はい。先輩、ありがとうございました」

「どういたしまして」


 美術室を出て行く零くんと黒川先生を見送るため、部長は部屋の外まで付いていった。

 美術室の戸がガラガラとしまった途端、部員たちが示し合わせたように戸の傍まで忍び足で歩いていく。

 何をやっているんだか。


「どう? 文化部も悪くなかったでしょ。美術部に入ったら好美さんも喜ぶと思うよ?」


 いや、喜ばないですが!?


 漏れ聞こえてきた言葉に、私はひとり心の中でツッコミを入れる。

 さっきまでちゃんと文化人っぽい箔のある行動ができていたのに、一気に俗っぽい手段に出た部長にがっかりである。

 零くんを引き入れるために、私を出汁にしないでほしい。


 それにしても、さっきから部長たちの声が丸聞こえだ。

 他の部員たちは戸に張り付いて耳を(そばだ)てているが、全く意味がない気がする。


「すみません。楽しいとは思ったのですが、やらなければならないことがあるのでお断りします」

「そっかー、残念だけど仕方ないね」


 もしかしたら入部しちゃうかもと思っていたが、零くんの答えは『ノー』だった。

 部長は残念そうではあったものの、何となく断られることを察していたのか、特にショックを受けることなくその答えを受け入れていた。

 他の部員たちはあからさまにがっかりしているが。


「気が向いたら声を掛けてね。歓迎するから」

「はい、ありがとうございました。それでは、失礼します」


 零くんは最後まで礼儀正しく振舞って去っていったようだ。

 部長が美術部の戸を開けると、部員たちが出迎えて、そのまま雑談に突入した。


「あー、好美ちゃんでもダメかぁ! 行けると思ったんだけどなぁ」

「半幽霊部員なのがバレてたんじゃない?」

「好美ちゃんがもっとアピールさえしていれば!」

「わ、私のせいみたいに言わないでくださいよぅ!」


 久しぶりに部活に出て、零くんのことでまた騒がしくなるなんて思わなかった。

 零くんが近くに居るといつもこうなるので、零くんには申し訳ないけどあまり近くに居て欲しくないのである。

 本人のことは嫌いじゃないんだけど、ヒーローであることと、周りへの影響がなぁ……。


「よぅし、今のうちに一気に描き上げちゃおうかな!」


 わいわい騒ぎだした部員たちの輪から抜け出し、部長はまたキャンパスに向かっていった。

 部長の絵はリアルタッチだけどファンタジー色が強いというか、もっと詳しく言うと古代ギリシャの筋骨隆々な天使の絵みたいなものをたくさん描き上げている。


 でも、アイドルや有名人っぽく見える顔が時々混ざっていたりするんだけど、気のせいだよね?

 この中に零くんや私が混ざったりしないよね?


「今なら想像で色々描けそうだわ!」


 上手いんだけどなぁ……。

 なんでこんなに残念な気持ちになるんだろうなぁ……。

 出来上がった絵を見るのが恐ろしい。

 部長の筆が乗り過ぎないことを祈るばかりだ。



-- 5月18日(木) 16:00 --


 ふむ、やはり運動部の方に気持ちが向いているように見えますね。


 小雨の中、グラウンドでの見学を終えた零くんと一緒に校舎の中へと戻ってきた。

 零くんの部活見学の案内役として、私は各部を巡っている。

 星先生は既にバレーボール部の顧問をしている関係で、副担任である私、黒川翔へとお鉢が回ってきたのだ。


 まぁ、その私も赴任して2週間しか経っていないので、一緒に部活の様子を見させていただいているというのが実情だ。


 私も何かしらの顧問になる必要があるのだが、運動にはからっきし縁がなかったため、文化部の方も見ることになった。

 私のせいで零くんの貴重な時間を奪ってしまうのは心苦しいのだが、幸い彼も興味をもって臨んでくれたことで、私の心の中にあった罪悪感も少し薄れた気がする。


「次は空手部ですね。確か久くんがいるはずです。すごく強いって話ですが……」

「空手部、か……」


 今までにない反応を返す零くんに、やはり『やるべきこと』というのが武術の上達なのではないかという考えが浮かぶ。

 彼はヒーローとして、より強くなろうとしているに違いない。


 私は裏社会で秘密結社パンデピスの怪人ブラックローチとして活動している。

 彼のことは不倶戴天の敵に他ならないのだが、こうやって先生と生徒として接していると、その優秀さもあってどうしても肩入れしてしまいたくなる。


 どうせ私は最弱の怪人なのだ。

 彼が強くなろうがなるまいが戦いにすらなるまい。

 他の怪人たちにしたって、ほとんどの者がブルーファルコンを相手にしては五十歩百歩だろう。

 それなら、部活動の選択に協力するくらいで戦況に変化は生まれないはずだ。


「体験入部してみますか? 道着は貸してもらえると思いますよ」

「そうですね、やってみたいです」


 素直に頷いた零くんを伴い、体育館の空手部の元へと足を運んだ。

 顧問の先生に挨拶をして、道着を貸してもらった零くんが着替えを済ませて再び体育館に現れる。


 対サイガーディアン戦の映像を見た感じだと、防衛課で習ったことがあるはずなのに彼の道着の帯は白帯だった。

 あの実力を見る限り謙虚さが過ぎるようにも思うのだが、学びの姿勢を崩さないという面では好ましいことだ。


「氷月、前へ!」

「押忍!」


 時間が無いことも関係しているのだろうが、いきなり組手を行うようだ。

 南中学校の空手部は強いという噂だが、実際にはどんなものだろう?

 顔を覆うプロテクターを装備して、試合が始まる。


「はっ!」

「シッ!」


 体育館では2試合が同時に行われ、部長と顧問の先生がそれぞれ審判を担当していた。

 正式なルールはよく分からないが、当たっていなくてもポイントになるようだ。

 時計は3分からのカウントダウンとなっていて、この時間内でポイントを数多く取った方の勝ちなのだろう。


「お互いに、礼!」

「「ありがとうございました!」」


 2試合が終わり、零くんは2戦2勝で、なんと3年生にまで勝ってしまった。

 本当の戦いでは打撃力がものを言うが、試合では正確さとスピードがものを言う。

 零くんは年齢的にまだ身体が完成していないはずだが、それでも高いレベルにあるということが見て取れた。


「これがトーナメントなら、決勝の相手は……」

「俺が相手になる。よろしくな、零」


 反対側で行われていた試合で勝ちあがってきた相手は、2年生でありながら空手部のエースとして名を馳せる久くんだった。

 奇しくも同じクラスにいる者同士の頂上決戦になるとは、面白い戦いになりそうだ。


「始め!」


 顧問の先生の合図で試合が開始される。

 この戦いだけは一目見ようと、バドミントン部やバレーボール部、バスケットボール部の面々も小休止して見守っているようだ。

 なにせ、現役ヒーローと地元の生え抜きである全国大会入賞者の一戦なのだ。

 どちらを応援するのかも、ほぼ2分されているように思う。


「突き、一本!」


 先手を取ったのは久くんのようだ。

 どっしりした構えからは考えられないほどの素早さで一気に相手との間合いを詰め、鋭い突きを放っていく。


「突き、一本!」


 しかし、今度は零くんがやり返していた。

 久くんが蹴り技を放った瞬間を狙って一気に間合いを詰め、お返しとばかりに中段へ拳を撃ち込み、寸止めしていた。


 これは互角か、と思われたのだが、徐々に試合が久くんペースへと傾いていった。

 立て続けに2ポイントを奪われ、攻め手に回った零くんに対し、久くんは的確なカウンターを当てて更にその差を広げていく。

 ……かと思いきや、思い切りのいい上段蹴りが放たれて、虚を突かれた零くんがそれを回避できずに顔を覆うプロテクターに被弾していた。

 ほとんど衝撃は無かったようだが、それは致命的な一撃として判定されたようだった。


「一本!」

「「「おおおぉ~!!」」」


 一気に久くんに3ポイントが入り、体育館に地鳴りのような歓声が上がる。

 そして、このポイントで時間を待たずしての決着となったようだ。

 お互いに礼をした後、2人は一緒に試合場から出てきた。


「ダメだ、参った。悔しいけど降参だ。……強いな、久くん」

「零も強かった。()()()の方なら負けてたかもしれない」


 お互いに認め合い、称え合う姿は見ていて気持ちの良いものだった。

 星先生ほどではないが、スポーツも良いということは私も認めざるを得ないところだ。

 それにしても、久くんがちらと言った『あっち』というのは何だろうか?

 零くんはどうやら何のことか分かっているようだが……。


「すみません、門外漢なので教えていただきたいのですが、久くんが言っていた『あっち』というのは何のことですか?」


 知らないことを知ったかぶりすることほどみっともないものは無い。

 聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥であり、素直にご教授願うことこそ肝要だ。

 私の問いに対し、久くんが分かりやすく答えてくれた。


「あっち、というのは実践空手のことです。俺たちの試合は伝統空手であり、寸止めが基本です。極度の接触は、むしろ反則になるんです」

「なんと、そういうことでしたか……」


 空手には強烈な打撃で相手を打倒するというイメージが付いていたが、まさか接触しないように戦うのがルールだとは思わなかった。

 先ほどの試合でも見たが、当たっていなくてもポイントになっていた理由がようやくわかった。


「そして、実戦空手というのは相手にダメージを与えて倒すことを目指す、まさに格闘技です。零、君が必要としているのはこっちの方だろう?」

「うん。僕が普段、訓練しているのも実戦空手の方だ」


 なるほど、そうなると零くんは不慣れな戦い方であそこまで戦えていたことになるのか。

 彼の格闘センスは、やはり天才の域に達していると見て(しか)るべきかもしれない。

 その零くんを相手にしっかり勝ち切ってみせた久くんも相当なものだ。


「零、空手部に入るのか?」

「……どうしようか迷っているんだ。久くんがいるなら、いい訓練にはなるとは思うんだけどね」


 この2人が切磋琢磨したら、お互いがきっと更に強くなるのだろう。

 しかし、久くんはその考えには賛成していないようだった。


「零、お前が戦うための力を求めているなら、きっと空手部はやめた方がいい」

「……久くんも、そう思うかい?」

「あぁ、実戦空手を突き詰めた方が、威力が高い攻撃を出せると思う。零にとって必要なのはそっちだ。俺たちの空手は、きっと回り道になる」


 2人の意見は一致しているようだった。

 理論は簡単なものだが、的を得ているように思う。

 どちらが良いか悪いかではなく、何が必要なのかということなのだろう。


 それと、やはり零くんは部活を通じてヒーローとしての力を上げることを望んでいたらしい。

 『やるべきこと』というのは、より強くなることで間違いなかったようだ。


「でも、そうなると……困ってしまうな。僕は何部に入るのがいいのだろう?」


 零くんは意見には納得しているようだが、だからこそ迷いが出てきている様子だ。

 空手部がダメとなると、他の部活も軒並みダメになるように思う。

 いや、陸上部や水泳部で身体を鍛えたら少しはプラスになるだろうか?


「なぁ、零。この際、柔道部なんかどうだ?」

「ん? 柔道部?」

「柔道、ですか?」


 予想外の部活が出てきて、私は零くんと一緒に疑問符を浮かべた。

 締め技は確かに有効かもしれないが、あまり相手を攻撃するというイメージは無い。

 意図を汲めないでいる私たちに対し、久くんが考えを述べた。


「ヒーローとしての戦い方は、防衛隊の訓練で行うだけでいいと思う。中学校の部活では対一般人用の技術を学んだらいいんじゃないか? 柔道なら、相手を傷つけずに制圧できる」

「なるほど……。それ、いいかもしれない!」


 そういえば武術の有段者は凶器を持っているのと同じとして扱う、ということを聞いたことがある。

 武術の心得を持つ者は、人を攻撃したら一般人より重い罪に問われることになったはずだ。

 格闘技としての空手はどうしても相手を攻撃することになってしまう。


 相手を制圧するために、警察にそういった技術があるはずだが……。


「零くん、君は捕縛術みたいなものは習っていないのですか?」

「そういったものは全然……」

「ふむ、ならば学ぶ価値はあるかもしれませんね」


 ヒーローとしての力を振るう際には、対秘密結社や怪人以外を傷つけてはいけないというルールが課せられている。

 もしも一般の犯罪者に出くわした時に、柔道の技はきっと零くんの力になってくれるだろう。


「ありがとう、久くん。柔道部にも顔を出してみるよ」

「あぁ、頑張れよ」


 迷いが晴れた顔をした零くんが、久くんと握手を交わした。

 2人とも年齢以上にしっかりと物事を考えている。

 むしろ私の方が彼らを見習わなければならないだろう。


 久くんは好美さんの更に上を行く秀才でもある。

 好美さんと彼らがいる南中学校を爆破しようなど、本当にあの時の私はどうかしていたと言わざるを得ない。

 もう短慮はしないよう、肝に銘じなければならないな。


「ところで、零くんはヒーローとしてはむしろすごく強い部類だと思いますが、まだ強くなりたいと思っていたんですね」

「僕の理想はレッドドラゴンです。彼のように、その場に居るだけで犯罪が減る抑止力になりたい。そのためには、力はいくらあっても足りないくらいなんです」


 この子は何手も先を見て行動しているあたり、さすがと言わざるを得ないな。

 それが結果的に、零くん自身の想い人を追い詰めるかもしれないことが悲しいところだ。

 何とか2人が戦うこと自体を回避したいが、なかなか難しいと言わざるを得ない。

 どうにかならないのだろうか?


「それに、他のヒーローだって努力しています。足踏みしていたら置いていかれますから」

「立派ですね。置いていかれないように……置いていかれる?」


 その言葉を聞いて、私の心に強烈なまでの不安が襲い掛かってくる。

 そもそも私は戦闘力が無くてスパイ活動なんてものをさせられている面がある。

 今でこそ役い立ててはいるものの、零くんが異動などでいなくなったら、私はまた組織のお荷物に戻ってしまう。


 そんな私をミスティラビット様も置いていきかねないのではないか?


 人のことを心配している場合ではなかった!

 このまま何の役にも立てないようなら、私はミスティラビット様に見捨てられてしまうのでは!?


「あの、黒川先生、大丈夫ですか?」


 突然、懊悩(おうのう)し出した私を零くんと久くんが心配してくれている。

 私は覚悟を決め、2人に私の想いを聞いてもらうことにした。


「次の柔道部、私も体験入部します!」

「えっ!?」

「黒川先生もですか?」


 零くんと久くんが顔を見合わせた。

 驚いているようだが、私にはそんなことに構っている余裕は無かった。

 私だって何かしらで力を付けなければならないのだ!

 今、ここですぐやれることをやっておかねば気が済まない!


 その後すぐ空手部の顧問の先生に挨拶をして、私たちは体育館を後にした。

 そして、私はまだ驚いている零くんを引き連れて、柔道部の道場の門を叩いたのだった。



-- 5月19日(金) 8:15 --


「おはよー」

「おはよー!」


 金曜日、クラスメイトと朝の挨拶を交わし、教室へと入った。

 私の席の前にはいつもの仲良しグループが揃っていた。

 ただ、元気なのは私と弘子ちゃんだけで、輝羽ちゃんとぷに子ちゃんは机に突っ伏した状態になっていた。


「パパとママに夢の中で怒られた……朝起きたら正夢だった……」

「メイド長から叱られました……パパとママにも連絡するそうですよ……」


 この2人、テストの点数が過去最悪だったことで保護者から厳しいお言葉を貰ったらしい。

 私もテストで久くんに惜敗したものの、いつものことではあるので普段通りの気分に戻っている。

 弘子ちゃんも自分の点数が悪かったわけではなかったので、普段通りの表情をしていた。


「次に頑張ればいいよ。2人とも元気出して」

「そうだぞ。どうせそうするしかないし、(うめ)いていても仕方ないだろ?」


 私と弘子ちゃんが声を掛けても、2人は力なく相槌を打つだけだ。

 これは勉強以外の話をした方が良いかもしれない。

 何か、この2人が元気になるような話題でもあればいいんだけど……。


「そういえば、昨日のテレビ取材、さっそくニュースになってたぞ」


 弘子ちゃんも私と同じことを考えたのか、別の話題を切り出した。

 それはいいんだけど、よりによってそれなの?

 私としてはあまり好ましくない話題なんだけどなぁ……。


「見た見た! 渡が目立ってた!」

「私たちはカットされてましたよ~! ちょっとくらい映りたかったですよ~!」


 そして、見事に2人の興味を惹いていた。

 誰が映っていた、何の話が映っていたなど、ニュースの内容で盛り上がっている。


「よっしーの得意料理って『五目おこわ』なんだね」

「う、うん、まぁ……」

「お料理全般ができるってすごいですよ~!」

「普通の家庭料理だから、そんなに凄いことじゃないよぅ……」


 輝羽ちゃんがお友達ノートを広げてそんなことを言った。

 どうやら篤人さんが記者に漏らした情報は私の料理についての情報だったようで、片想いの相手のウワサとして採用されてしまっていた。

 一応、名前と姿は伏せられていたものの、知人からしたら明らかに私と分かる形で、である。


「いや~、良かったな、零! いいお嫁さんになりそうだぜ!」

「い、いや、まだ結婚とかそういうのは……」

「茶化すなって言っただろーが」


 男子側もニュースの話題で盛り上がっているようだ。

 あと、零くん、こっちをチラチラ見ないで。恥ずかしくなってくるから!


「青春っていいわねぇ」

「そうですねぇ~」

「お前ら、おばあちゃんみたいなセリフだな……」


 一気に元気になった輝羽ちゃんとぷに子ちゃんが揃ってほっこりした顔をしていた。

 2人は私の羞恥心を犠牲にして完全復活したようだ。

 その代わり、今度は私と零くんが顔を伏せることになりそうだが。


「はいはーい、席について~」


 朝の会の時間になり、星先生が教室へと入ってきたことでおしゃべりはお終いになった。

 出席確認が行われた後、全体連絡で零くんが柔道部に入ることが伝えられた。


 たぶん運動部に入るとは思っていたけど、空手部じゃなかったことが少し意外だった。

 私と同じ考えを持っていた人も多かったようで、結構な人数が驚いていた。

 ざわざわと教室が騒がしくなり、私の耳に体育館で久くんと零くんが試合をしていたことも伝え聞こえてきた。


「久、勝ったんだろ? さすがだな!」

「私も見てたよ。零くんも凄かったんだよ、上級生相手に勝ちあがってさ~」


 うわ、久くんが勝ったんだ!?

 ヒーローに勝つとか、ちょっと信じられないんですけど。

 ……でも、久くんならやりかねないか。

 そもそも、全国大会の入賞者なわけだし。


「えー、それと、今日は黒川先生はお休みです」

「えー? なんでー?」

「全身筋肉痛だそうですよ。まぁ、3日休めば元通りでしょうし、心配しないでくださいね」


 ん? 全身の筋肉痛って何?

 黒川先生はいったい何をやっているんだろうか?


 またざわざわし出す教室の中で、私の耳にその答えを知っていた人物の会話が聞こえてきた。

 零くんと久くんが珍しくよそ見して会話していたので気になって聞き耳を立ててしまったのだが、彼らが答えを知っていたのである。


「なぁ、零。柔道部の練習ってそこまで厳しかったのか?」

「いや、そんなことは無かったんだけど。黒川先生、随分と運動不足だったみたいだ」


 話を聞く限りだと、黒川先生も柔道部の練習に参加して、動けないくらいの筋肉痛になってしまったらしい。

 服に隠れているけど、全身ガリガリでヒョロヒョロだもんね。


「鍛えようとしたんだろうけど、何で急に?」

「黒川先生もブラックローチに立ち向かうような無茶をする人だから、多少は動けるようになりたかったんじゃないか?」

「え? 怪人に歯向かったって、本当に?」

「知らなかったのか? じゃあ、もしかして好美さんの武勇伝もまだ知らないのか?」


 久くんと零くんの会話は周りの人たちも聞いていたようで、また話が盛り上がってしまっていた。

 星先生もそれを咎めることはせず、ささっと朝の会を終わらせて教室を去って行ってしまった。

 うぅ、黒川先生さえ居れば、少しは静かになったかもしれないのに!


「ふふーん、そういう話なら私に任せてよ!」

「じゃあ、輝羽さんにお願いしようかな」

「おっけー!」


 輝羽ちゃんが騒ぎの中心へと突撃していき、私の武勇伝を燃料として教室がまた騒がしさを増していく。

 私はそれを諦めの境地で眺めていた。


「大変だな、よっしー」

「弘子ちゃん、こういう時ってどうすればいいの?」

「黙っていればいいんじゃないか? もしくは、私と話してればいいよ」

「うん、そうさせてもらうね……」


 もはや収集などつくわけもないし、次の授業が始まるまでは弘子ちゃんとまったりおしゃべりタイムだ。

 ……と思っていたんだけどね。


「そういえば、昨日みたいにリボンは付けないのか? 可愛かったのに」

「うぇ!? ……み、見てたの?」

「あぁ、私も昨日はギリギリだったからな」


 ま、まさか見られてしまっていたとは!

 しかも、私だと見破られているし!


「あの姿ならモテそうだな。家事炊事も完璧で頭もいいなんて、ヒーローの恋人としては満点だろ。普段から可愛くしてりゃいいのに」

「言い過ぎだよぅ……」


 そこまで可愛く変身できるとは思っていないが、普段は地味少女になるための努力をしている分、印象はかなり変わって見えるかもしれない。

 私は目立ちたくないし、今のままじゃないと困るのである。

 でも、もしも輝羽ちゃんにあの姿を知られたら『おしゃれしろ』って言うだろうなぁ……。


「あ、あのぅ、このことはご内密に……」

「あー、まぁ、また騒がれるか。もったいないけど、分かったよ」


 弘子ちゃんが話の分かる友達でよかった。

 持つべきものは良い友である。


「零くん以外の悪い虫がよってくるのも避けたいしな」

「弘子ちゃん!?」


 でも、弘子ちゃんも私と零くんをくっつけたい派だったみたいだ。

 何でみんなして零くんを応援する方に行くのかが分からない。

 別にいいんだよ? 弘子ちゃんも零くんを狙っても。


「ねーねー、何の話してたの?」

「お前らがうるせーって話だよ」

「なにそれ、ひどーい!」


 輝羽ちゃんが戻ってきて、今度は私の席の周りが騒がしくなる。

 私は先ほどのリボンの話がどこかで飛び出したりしないかと、ヒヤヒヤしながら話を聞いていた。


 喧噪の日々はまだまだ続きそうだ。

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