新しい出会い
主人公を取り巻く環境の話です。
家族や仲間たちが少しずつ登場してきます。
--4月7日(金) 早朝4時--
レッドドラゴンとの遭遇から一夜が明けた。
まだ薄暗く朝靄が残る道路沿いを、私は新聞配達のために歩きまわっている。
4月とはいえ、朝はまだ冷え込みがきつい。
吐き出す息は微かに白く煙り、道路のコンクリートは雨が降ったかのように湿っている。
音が途絶えた静かな街は、まるで雲海に沈んだ遺跡のようだった。
私は新聞配達用に貸し出ししてくれた作業着を着て、四角い革製ボックスから伸びるベルトを肩にかけ、くすんだ薄紅色のスニーカーを履いて家々を回っている。
新聞紙を入れるためのボックスは結構重く、それを担ぎながら街を練り歩くスタイルは、普通の中学生だったら大変だっただろう。
でも、怪人の力を持つ私は全く辛さを感じない。
怪人の力なんて無い方が良かったと思うことも多いのだが、実際の生活ではちょこちょこ便利に使わせてもらっているのだ。
もちろん、周りにバレるわけにはいかないので注意も必要だが。
「よーし、あと半分……」
郵便ポストに丸めた新聞紙を突っ込んで、ほぅっと息を吐き出す。
踵を返して反対側を向くと、先日の騒動があったバイパス通りが目の前にあった。
まだ破壊の後が残る道路には『工事中』の看板が立てられ、黄色と黒の縞々模様がついたポールが2つの赤いカラーコーンを結んでいる。
早朝の道路は眠っているように静かな佇まいを覗かせていて、この場で激しい戦いがあったことが頭の中で繋がらず、まるで遠い世界の出来事だったかのように思えてくる。
「私、よくブレイザーキャノンを受け止めようなんて考えたなぁ……」
昨日の出来事に想いを馳せ、今さら怖くなって身震いする。
レッドドラゴンが放った必殺技は、数多の怪人を葬ってきた文字通り"必殺"の技だ。
運よく空高くで爆発してくれただけで、もしあの場で爆発していたら酷いことになっていただろう。
これ以上、工事現場を見ていても仕方ない、と思って歩き出したところで……。
ドガン!
「あふぅ!?」
鈍い音がして私は運送トラックに轢かれた。
あれ、おかしいな? 私は歩道を歩いていたはずだったのだが……。
思いっきり真横から突っ込まれ、受け身もできずに吹っ飛び、ゴロゴロと地面を転がる。
これがもし普通の人なら異世界転生とかするのかもしれないが、特殊な怪人である私の命に別状はない。
別状はないのだが、痛みを感じないわけではないのだ。
私は道路の上に座り込み、両腕で自分の身体を抱きしめ、ぷるぷると震えながら襲ってくる鈍痛に耐えた。
そんな私を見て、のんびりと車から出てきた人物が声を掛けてくる。
「なんだ、好美ちゃんか」
「なんだってなんですか!? 普通の人だったら大惨事ですよ!?」
車から出てきたのは私の良く知る人物だった。
「おはよう、好美ちゃん」
運送会社 北斗トラック勤務 【鈴木 篤人】
赤茶けて、少しパーマのかかった短めの髪に、四角いメガネ。
軽い感じの雰囲気を持つ20代半ばの男の人だ。
彼は"謎の怪人"の正体を知る数少ない人物の一人なのであるが、正体が分かっているから無茶をするのか、私が車で体当たりを喰らったのは1度や2度ではない。
ホント、勘弁してほしい。
痛いんですから!
「今日が牛乳配達の日じゃなくて良かったじゃないか」
「新聞配達の日でも、車で突っ込んでこないでくださいよぅ……」
何回怒っても無駄だったので、私は早々にトーンダウンした。
ちなみに私は別の日には牛乳配達をやっていて、以前はその時にぶつかって酷い目に……。
いや、それはどうでもいいことだろう。
そんなことより彼が現れたということは、何かしら組織の話があるということだ。
彼は表向きはトラックドライバーだが、裏では秘密結社パンデピスの戦闘員として連絡役を行っているのである。
「シザーマンティスが行方不明でね」
「あぁ、昨日暴れていましたね」
私がぶん投げたので知らないわけがない。
死んではいないと思うのだが……。そうか、いなくなったのか。
「規律を乱したから、幹部が怒ってるんだよ。連れてこいってさ」
まぁ、そうなるだろう。
組織からしたら勝手な破壊活動は迷惑極まりないため、大体は何かしら罰を受けることになる。
シザーマンティスはそれが嫌だから逃げ回っているのだ。
罰があると分かっていながらなんで暴れたんだと聞いてみたい気もしたが、どうせ薄っぺらい理由しかないだろうと思いなおし、さっさと頭の中から疑問を消した。
「僕たちも探すことになるんじゃないかと思う」
「そうですか……」
私と篤人さんは下っぱの戦闘員である。
普段は作戦に必要な機材を準備したり、破壊工作したりする係に就いているのだが、どうやら捜索要員として駆り出されることになりそうだ。
シザーマンティスも負けた後は大人しくしてくれてたらいいのに、なんとも迷惑な怪人である。
「好美ちゃんなら行き先にも心当たりあるだろうから、期待しているよ?」
「いえ、知りませんよ?」
どうやら篤人さんは"謎の怪人"が暗躍したという情報をしっかり掴んでいるようだ。
少し期待してくれているようだが、適当な方向に放り投げて放置したので、あの後シザーマンティスがどこに行ったかは本当に知らない。
あれは篤人さんなりの冗談で本気で言っているわけではないだろうが、私に期待されても困るのでしっかり否定しておいた。
篤人さんはやはり冗談を言っただけのようで、私の言葉をさらりと受け流して車へと戻っていった。
「明日の土曜日に、また迎えに来るよ」
「はい、了解です」
私は、土日祝日は秘密結社パンデピスの活動に参加している。
私の組織に対する忠誠心は雀の涙だが、ひとえに無断欠席して裏切り者認定されたら嫌なので、できるだけ顔を出しているのである。
私が欲しいのは平和な生活であり、逃亡生活になるくらいなら慣れ合いでお茶を濁す方を選ぶ。
できればそっとフェードアウトしていきたいのだが、今すぐは難しいだろう。
「明日は安全運転で来てくださいね」
「わかってるって。それじゃ、お仕事頑張ってね~!」
トラックの運転席の窓から片手を出して、篤人さんは走り去っていった。
私は軽く手を上げてそれを見送ると、残り半分の新聞を配達するために街道を歩き出した。
--4月7日(金) 8:10--
太陽が朝靄を振り払い、学校が始まる時間になった。
私は今、南中学校の前にいる。
「それじゃ、ワシは保護者の席へ向かうぞい。好美、優輝は任せたぞ」
「うん、分かってる。ゆーくんは私が責任をもってエスコートします!」
今日は南中学の入学式だ。
弟のゆーくんこと【佐藤 優輝】が南中学の一年生としてデビューする日である。
一緒に登校することができる日を今か今かと待ち望んでいたが、ようやくその日が来た!
あー、桜の花が眩しい!
「……優輝や、好美は舞い上がっているみたいだから、お主がしっかりせえよ?」
「分かった。姉さん、相変わらず過保護なんだから……」
2人がこそこそと話をしていたが、るんるん気分の私は気にしない。
母親が働きに出ているため、私がゆーくんのお姉さん兼お母さん代わりだ。
親バカと姉バカを相乗効果で発揮することになった私は、弟のことが世界で一番好きになっていた。
もはや生きがいと言っても過言ではない。
「じゃ、いこっか」
私はゆーくんの手を捕まえて玄関へと向かう。
学年が違うから彼の下駄箱は1つ隣だ。
内履きに履きなおして待っていると、同じく真新しい内履きを履いたゆーくんがすぐに出てくる。
改めてその服装をチェックする。
真新しい制服は少し大きいみたいだが、きっとすぐに成長してピッタリになるのだろう。
今は私と同じくらいの背丈も、きっと卒業までに追い越されているに違いない。
私がゆーくんを見上げる形になるのなら、姉として感無量である。
「姉さん、また変なこと考えてるでしょ?」
「えー、ゆーくんバッチリ決まってるとしか考えてないよ?」
うんうん、改めて見直しても、我が自慢の弟がお披露目されるのに相応しい姿だ。
お姉さんが太鼓判を押そう!
どや顔を決めていたはずなのだが、自然とにやけてしまうのが自分でも分かる。
何だか私、このまま溶けて消えちゃいそう……。
「姉さん、しっかりしてよ」
はっ!? ……いけない、晴れの日でテンションが変になっていたようだ。
後ろ髪を引かれる思いではあるが、そろそろ次の行動に移らないと目立ってしまう。
「それじゃ、ゆーくん、またあとでね!」
引率の先生に後をお任せすると、ゆーくんは1年生の教室へと案内されていった。
それを見て、私も自分の教室へと向かう。
はしゃいだ気分もだんだんと落ち着いて来たし、そろそろいつもの私に戻らなければならない。
怪人などという特性を持つ私は、いつ正体がバレるのかと不安で仕方がない。
とにかく目立たないように振舞わなければいけないのだ。
今日も、三つ編みとメガネが私の属性を"図書館にいそうな女の子"へと変えてくれている。
私は地味な少女、私は地味な少女……!
私は自己暗示をかけて、程よく生徒たちに埋没することに意識を向かわせた。
--4月7日(金) 9:00--
入学式は体育館で執り行われた。
新入生の入場と国家を斉唱、校長先生の挨拶と担任の紹介、新3年生代表からの歓迎の言葉と続き、新入生代表の挨拶を経て校歌を斉唱する。
入学式は恙なく、平和に終わった。
お父さんの姿も意外と周りに溶け込んでいて気にならなかったし、いい入学式だったんじゃないだろうか?
今日は入学式だけなので、午前中で学校は終わりである。
まだ新しい環境になって日が浅く、少し心細さを感じるせいか家族と一緒に下校するだけで楽しい。
「慣れん事をして疲れたじゃろ? 帰るぞー!」
「うん!」
「みんな、じゃーねー!」
ゆーくんは小学校時代の同級生たちに手を振っていたが、今まで見なかった顔ぶれからも挨拶をされている。
さっそく友達が増えるとは、我が弟の中学生生活の滑り出しは順調のようだ。
全くもって良きことである。
よーし、今日のお昼はちらし寿司で華やかにお祝いしよう!
--4月7日(金) 14:00--
家に帰って午後の2時。
ご飯を済ませてまったりした後、今日はお買い物に出かけた。
「お蕎麦と、ワサビと、……ふきのとうは有るからエビとか欲しいな」
今日のお夕飯は天ぷら蕎麦に決めた。
お蕎麦や調味料、一部のお野菜などは生協に頼んでいたものが家にあるので大丈夫だ。
足りないものだけ買いにいけばいいので、買い過ぎなければそこまでの量にはならないだろう。
特売に気を取られなければ大丈夫だ、たぶん。
そういえば、3時から卵の特売だったような気がする。
今2時だから結構時間がある。
うーん、これは、はやまってしまったかもしれない。
そんなことを考えながら歩いていたせいか、近くにいたお兄さんにぶつかってしまった。
相手もスマートフォンとにらめっこしていたようで、ぶつかった途端に慌てた様子で私に声を掛けてきた。
「うわっと、ごめんな! 大丈夫だったかい?」
「あ、はい。すみません、私もぼーっとしていましたから」
特売のことを考えすぎて反応が遅れてしまった。
考えないようにしていたはずだったのに、なぜ考えてしまうのか……。
「あのさ、ついでに聞きたいんだけど、道の駅ってどこにあるか知らない?」
「道の駅? クロスナインのことですか?」
「そうそう! そこに行きたいんだけど迷っちゃってさ!」
そう言ってお兄さんは朗らかに笑う。
このお兄さん、身体は凄く鍛え上がっていて背も高いのに、全然怖くない。
爽やかな笑顔が不思議と幼さを感じさせ、私は安心感を覚えた。
道の駅クロスナインはお土産物がメインのお店だから頻繁に行くところではないが、場所だけはしっかり覚えているし、案内してあげてもいいかもしれない。
このお兄さん、なんだかちょっと気になる人だし……。
「もしよければ案内しますよ?」
「いいの? 時間とか平気かい?」
「はい、大丈夫ですから、任せてください」
感謝の笑顔を向けられると、心の奥が温かくなる感じがする。
私も自然と笑顔に変わり、私の鼓動はいつもより少し高鳴っていた。
隣を歩くお兄さんの一挙手一投足が、妙に気になって仕方がない。
"もっと知りたい"という気持ちが心に溢れてくる。
このまま案内して、それで終わりになるのかなぁ?
ふいにそんな考えが浮かんでから、私の心の奥底から焦りみたいなものが湧き上がってきた。
クロスナインはここからそんなに遠くないし、チャンスは少ない。
残された時間で、できるだけ色々と情報を集めなければ!
私はレベルの足りてない世間話スキルを総動員して、お兄さんに話を振ってみることにした。
最低でも名前さえわかれば何とかなるだろう。
どんな人でどこに住んでいるか、また会えるかが分かれば万々歳だ。
「こっちです。えーと……」
「あぁ、俺は【東 飛竜】っていうんだ。ヒガシって書いてアズマね」
ちょっとわざとらしく言い淀んでみたらあっさり名前を教えてくれた。
いきなり名前を聞き出せたのはラッキーだ。
よくやった、私!
「私は【佐藤 好美】っていいます。アズマさんは東京から来たんですか?」
「うん、正解! 最近こっちに引っ越してきたんだ。お土産買い忘れちゃってさ」
私と話すことを楽しんでくれているようで、アズマさんは自分のことを色々と教えてくれた。
よく道に迷うこと、昔お世話になった人にお土産を買おうとしていること、生まれも育ちも東京だということ、そして何より驚いたのが……。
「えっ、特務防衛課の隊員なんですか!?」
「あぁ、そうなんだよ」
特務防衛課の隊員と言えばヒーローを支える後方支援の人たちだ。
その仕事の全容は公にはされていないが、巻き込まれた人を助けたり、怪人の情報を公開したり、ヒーロー同士の連携を補佐したりしていることが知られている。
アズマさんの強そうな身体は、現場で活動するために必要だからなのだろうか?
私は秘密結社の下っ端だし、戦いの場で会うことがないといいのだが……。
「配属先を選んでいいって言われたから、知り合いがいるここにしたんだ」
「もしかして、その人へのお土産ですか?」
「そぅ。その人には頭が上がらなくってさ、久しぶりに会うから好印象を与えておきたいんだよ」
話をしながら通りを歩き、少し広い十字路を曲がるとすぐにクロスナインが見えてくる。
道の右側はちょっとした公園になっており、その反対側の赤茶けた役場みたいな建物がクロスナインだ。
壁面には火焔型土器の写真が大きくプリントされていて、その手前に"道の駅"の看板が立っている。
駅前商店街は夜以外だと人通りもまばらなのだが、こちらは多少賑わっている様子だった。
「ここですよ」
「おー、ちゃんと着いた……って当たり前か。ありがとうな!」
案内は終わったのだが、今別れるのもちょっと惜しい感じがする。
どうにか付いていけないかと思っていると、アズマさんの方から提案があった。
「好美ちゃんもお土産選ぶの手伝ってくれるかい?」
「あ、はい、私で良ければ……」
「よし、行こう!」
私は楽しそうなアズマさんを追うようにして道の駅に入っていく。
建物の中には特産品や銘菓、とれたての野菜や乾物などが区分けされて売られていた。
私自身、よく考えたら地元のお土産とかじっくり見たことがなかったように思う。
こうやって見ると新鮮で面白い。
「日本酒もいいけど、あの人、確か飲めない人だったよな……」
「やっぱりお米とか漬物とかが多いですね」
十日前町市もお米の名産地、魚沼の1つなので、コシヒカリや清酒などが名物だ。
また、昔は着物の街として有名だったので、その名残で蚕の繭みたいなのが飾られている。
建物の端っこの棚にはクマの木彫りとか木刀みたいなのもあるが、これは夏に行っている芸術祭に関係するものなのだろうか?
見る分には面白いが、お土産にするにはちょっと奇抜かもしれない。
「やっぱり、定番だけどお菓子がいいかな? 朱鷺の卵とか?」
「まんじゅうもいいですけど、名物と言えば"柿種"がありますよ」
新潟銘菓、鶴田製菓の柿種なら貰って嫌な顔をする人はいないと思う。
お菓子売り場でも目立つところに置かれていたのでその一角に向かった。
売り場を正面から見ると、より目立つものが私たちを歓迎してくれた。
「あぁ、見たことあるな。新潟のイメージキャラクターか!」
「レル兵さんです。あと、ご当地ヒーローのライスイデンですね」
新潟県のマスコットキャラクターであるレル兵さんとライスイデンのパネルが置いてあり、その間にクロスナインおすすめの商品が並べられている。
レル兵さん、相変わらず超強面の劇画タッチだ。
デフォルメキャラは愛嬌があるのだが、リアル調のイラストパネルは強い軍人といった趣である。
その横にいるライスイデンは仁王立ちのポーズを取っており、こちらも貫録は十分だ。
レル兵さんとの相乗効果で迫力とカッコよさが全面に押し出されている。
そういえば、アズマさんはもしかしてライスイデンとも会っていたりするのだろうか?
特務防衛課にいるのならそういった機会もきっとあるはずである。
……いや、よく考えたら怪人になった私の方がよく会っているのかもしれないけれども。
「柿種のカレー味か。好美ちゃんは食べたことある?」
「カレー味は食べたことないです」
「そうなの? あぁ、言われてみれば地元の人はお土産は買わないか」
「はい、なので貰ったら逆に新鮮かもしれないです」
私の意見を聞いた後、柿種カレー味を買うことに決めたアズマさんがレジへと向かう。
こうしたやり取りがちょっとしたデートみたいに感じて私の心は浮き立った。
もちろん、私は地味なメガネ、三つ編み、チビっ子中学生だし、アズマさんみたいな爽やかイケメンとは最初から釣り合うと思っていない。
でも、勝手に恋人気分を味わうくらいなら誰に迷惑をかけるわけでもないし、そのくらいなら許されるだろう。
何かの間違いで、一気に背が伸びるかもしれないし、そうなったら――
「お待たせ。はい、これ!」
「え?」
いつの間にかアズマさんがソフトクリームを手に持っていて、私に差し出してくる。
私は思わず受け取ってしまった。
「今日はありがとうな! そいつは、お礼」
「えっと……」
「ははは、こういう時は遠慮すんなって!」
うわぁ、本当にデートみたいな感じに思えてきた!
急に恥ずかしさがこみあげてきて、顔が赤くなるのを自覚する。
私は精一杯落ち着いたふりをして笑顔を作り、お礼を述べた。
「あ、ありがとうございます」
「うん、どういたしまして! それじゃ、俺は行くよ。またな!」
満足した様子のアズマさんはお土産の袋を持って意気揚々と引き上げていった。
私もこれ以上一緒に居たらボロが出そうなので素直に見送ることにする。
私の手には冷たいソフトクリームが握られていて、甘い香りを漂わせている。
今考えると、どうやらアズマさんは最初からお礼がしたかったようだ。
私にお土産選びをお願いしたのも、何かしらプレゼントを渡すためだったのだろう。
えへへ、今日はいい日だ。
『またな』という言葉通り、近くで働いているならまた会う機会はあるかもしれない。
私はにやける顔でソフトクリームのてっぺんにかぶりついた。
--4月7日(金) 17:00--
夕方になり、ご飯の支度にとりかかる。
今日は天ぷらと蕎麦、他には昨日の残り物の煮物があるし、もう少し野菜があれば十分だろう。
私はてんぷら粉の準備をささっと整えると、油を入れた天ぷら用の鍋をコンロの火にかけた。
油が適温になるまでにキュウリとトマト、キャベツを切っていき、簡単なサラダを拵える。
蕎麦を茹でるための鍋もコンロにセットしており、天ぷらが終わる頃に蕎麦も茹であがるちょうどいいタイミングになりそうだ。
我が家は母親が家にいないので、炊事、洗濯、掃除はすべて私が担当している。
お料理はもうお手の物だ。
ちなみに、最近ではゆーくんがお風呂掃除をしてくれるので大助かりだ。
自分にできることを探して手伝ってくれるので、ありがたいし嬉しいのである。
ちなみに、父親は何か手伝ってくれるかというと特に何もしてくれない。
秘密結社の組織的には重役っぽいのだが、家の中では完全に無職である。
たまには手伝ってくれてもいいのだが……。
油がいい温度になったので、かき揚げ、車エビ、薄切りのカボチャを入れていく。
じゅわ~という音がしばらくすると軽い音に変わり、衣がきつね色になったら完成だ。
次は、うど、大葉、ふきのとうといった山菜を揚げていく。
うどの天ぷらは食べ応えがあるし美味しいので、私はふきのとうより断然うどの方が好きだ。
この季節のちょっとしたご馳走である。
ちなみに天ぷらに限っていえば、うどは山菜の王様の"たらの芽"とも似た味らしい。
私は、たらの芽を食べたことがないので本当かどうか分からないのだが、いつか食べ比べてみるのもいいかもしれない。
紙を敷いた大皿に天ぷらをどっさりと乗せていき、茹で終わった蕎麦を冷やして盛りつけたらお料理完了だ。
出しっぱなしのこたつの上に蕎麦が入ったざるを乗せ、天ぷらを運び、お鍋で温めたおつゆをお椀に注いでいく。
うんうん、なかなか豪勢にできたんじゃないだろうか?
他のお惣菜も並べ終わるといい時間になり、お父さんとゆーくんがやってくる。
みんなでいつもの席に座ったらお夕飯だ。
「「「いただきま~す」」」
3人の声が重なり、それぞれが思い思いの料理に手を伸ばす。
私はかき揚げを、ゆーくんは大葉を、お父さんはふきのとうを箸でつまみ上げる。
蕎麦のつゆにつけて齧りつけば、パリッという音と共に衣と野菜の甘さが口の中に広がる。
うん、美味しい。
かき揚げのトウモロコシの粒が甘い。
私はかき揚げを蕎麦と一緒に平らげ、次へ次へと手を伸ばした。
車エビは味が詰まっていておいしいし、ふきのとうは春の味がする。
うどの天ぷらも良い意味で癖がなく、軽い歯ごたえと淡い味わいが天つゆの味にマッチしている。
それらを楽しみつつ蕎麦を啜るのは最高に満たされるひとときだ。
そういえば、十日前町市の蕎麦はかなり美味しいとアピールされていたことをふと思い出す。
本当にそうなの? という気もするが、近所のおばちゃんが宮城県に持っていって配ったら好評だったと自慢していたから、全くのホラというわけでも無いようだ。
家族の顔を見れば、お父さんは大葉、うどが気に入っているのかよく食べている。
ゆーくんは満遍なくかな?
みんな美味しそうに食べてくれるのを見ると、なんだか不思議な満足感で満たされるのだ。
みんな夢中で食べているので、何となくテレビをつけてみることにした。
ニュース番組が映り、男性レポーターがマイクを持って現場レポートを行っている。
『木が倒された様子がお分かりになると思います』
山の小さな道へとカメラが向けられ、細い木々や蔓草がすっぱり切られている光景が映された。
角刈りにした髪の毛か? というくらいに分かりやすく一定区間が切り取られている。
『怪人を見たという目撃者もおり、住民の間に不安が広がっています』
「あれは、シザーマンティスのカマイタチの形跡じゃな。間違いないわい!」
秘密結社で改造手術を行っているお父さんがそう断言した。
こういうものって、見て分かるものなのだろうか?
確かにそれっぽい切れ方をしていると思うけど、私には判断できそうにない。
「私、明日は捜索に行くことになりそうなんだけど……」
「なら、今映っている辺りを探してみるとええじゃろ」
お父さんは自信があるようだ。
目当ての怪人がすぐ見つかりそうなのは嬉しいのだが、ニュースになるくらいに痕跡を残していくのは逃亡者の適性が無さすぎではないだろうか?
『以上、十日前町市のあじさい公園からお送りしました』
「あじさい公園付近かぁ、近いなぁ」
「ひゃっひゃっひゃ! もし暴れたら花が台無しじゃのぉ!」
何て微妙な被害だろうか。
まだ紫陽花の花が咲く季節には早いし、被害が出たという気さえしないかもしれない。
「まぁ、奴はおとなしく捕まらんじゃろうからな。見つけた者が怪人でもヒーローでも戦うことになるじゃろ。楽しみでならんわい!」
お父さんは作り上げた怪人の出来栄えが良ければそれでいいみたいだ。
味方の怪人同士が戦うことになるかもしれないのに楽しそうにしているし、まさしくマッドサイエンティストの所業である。
まったくもって教育に悪い事この上ない。
「ゆーくんはパンデピスに近づいちゃだめだよ?」
もぐもぐとエビ天を食べていたゆーくんは、こくりと頷いた。
ゆーくんは私と違って組織と関わる必要なんかない。
このまま正しい道を歩んでいって欲しいと思う。
ゆーくんを巻き込まないためにも、できればシザーマンティスの捜索は土曜日のうちに終わらせたいものだ。
「……そういえば、捜索を担当する怪人って誰なんだろ?」
幹部自らが出向くわけないので、誰かしら統率者が付くはずだ。
篤人さんなら知っていたかもしれない。
「まぁ、明日行けば分かるか」
気難しい怪人じゃないといいなーと思いながら、私はずずず、と蕎麦を啜った。