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秘密結社パンデピス  作者: ゆきやま
19/42

ブルーファルコン

--5月15日(月) 6:00--


 ヒツジ雲が薄く広がった空で、太陽が顔を覗かせては隠れてを繰り返している。

 早朝の街には雲が作った影がプカリと浮かび、私を包んではスルリと通り過ぎていった。


 マンションの2階のドアに付いた郵便受けに新聞を差し込み、私は階段を駆け下りた。

 今日は急にお休みになった人がいたので、別の場所も配達することになったのである。

 お給料が増えるのは嬉しいが、仕事がいつもの2倍なので大忙しだ。


 新聞紙を入れた肩掛けカバンを持って次の場所までダッシュしていると、道の向こう側から防衛隊員のアズマさんがやってきた。

 たまに暴走とも言えるほどのハイペースで走っていることがあるが、今日はゆったりした遅めのペースで走っている。

 お互いの距離が近づくと、アズマさんはようやく私に気付いたようだった。


「アズマさん、おはようございます」

「好美ちゃん、おはよう」


 挨拶を交わして気づいたが、いつもに比べてアズマさんの声に覇気がないような気がする。

 はつらつとした笑顔と声が影を潜め、相対的にではあるが落ち込んでいるにも感じられた。

 何かあったのだろうか?


 急がないといけないんだけど、このまま別れるのも気になる。

 悩んだ末に、私は足を止めて話を聞くことにした。


「あの、何かあったんですか?」

「あぁ、まぁね。……前から思っていたことだけど、好美ちゃん、ホントよく気づくよね」


 まぁ、よく見てますからね。と心の中でつぶやいた。

 アズマさんは私のことをまだまだ子供としか見ていないから、私の気持ちに気付くことはないだろう。

 気付かれたら、それはそれで気まずくなりそうだから悩ましいところだけども。


「ウチの支部に後輩が来たんだけど、色々と大変なことがあった後で、元気がなくってさ。随分とふさぎ込んでいるみたいだし、大丈夫かなって……」


 アズマさんはそう言うと、ふーっと大きく息を吐き出した。

 その態度からアズマさんが後輩さんのことをかなり気に掛けていることが伺える。

 力になってあげたいけど、ひとことで解決するような問題ではなさそうだ。


「立ち直ることを信じて、支えてあげるしかないと思いますよ」


 月並みな事しか言えていないのだけど、アズマさんはハッとした表情を見せた。


「……そうだな、あいつはそんな弱い男じゃない。俺が信じてやらなきゃな!」


 アズマさんの笑顔と覇気が一気に戻ってきた。

 その姿になぜだか私まで元気になってくるような気がする。

 きっとその後輩さんも、アズマさんのパワーに引っ張られるように立ち直ってくれるはずだ。


「……好美ちゃんがいれば大丈夫そうだな」

「え? 何か言いましたか?」

「いや、こっちの話! 俺はひとっ走りしてくるから、またな!」


 そう言って、今度は全力疾走で駆け出していった。

 全力過ぎて、あれじゃペースが持たないと思う。

 でも、やっぱり、このくらいパワフルな方がアズマさんにはよく似合う。

 私は曲がり角で手を上げたアズマさんに手を振りながら、その姿を見送った。


 さて、私ものんびりはしていられない。今日は何と言っても2倍の仕事量があるのだ。

 いつもより帰るのが遅くなってしまうことは仕方がないにしても、その遅れを最小限にしなくてはならない。

 残りは1/4ほどだから、頑張ればゆーくんとの朝ご飯タイムまでには帰ることができる!


 私は決意を新たに一歩を踏み出し――。


 ドゴォ!!


 ……と、真横から迫ってきた運送トラックに思いっきり撥ね飛ばされた。

 真横に視界が滑り、空と地面が一回転する。


 何とかダメージを減らそうと両手をばたつかせるが、残念ながら役には立たなかった。

 地面がみるみるうちに近づいてきて、私は結局、顔からコンクリートの海へとダイブした。

 べちん、という乾いた音が周囲に鳴り響く。


 道の脇に運送トラックが停車して、中からふんわりパーマの男性が現れた。


 いつもは彼1人だが、今日は違っていた。

 車の反対側のドアが開き、スーツに身を包んだ男性が降りてきて私の方へと駆け寄ってきた。


「好美さん、大丈夫ですか!?」

「いたた……あれ、黒川先生? えっと、はい、平気です」


 血相を変えて駆け寄ってきたのは、私のクラスの副担任かつ数学教師の黒川先生だった。


 彼は私と同じ秘密結社パンデピスの怪人であり、ゴキブリの怪人ブラックローチの正体である。

 表向きは普通の先生と生徒の関係で、私たちはお互いの素性を隠しながら南中学校に潜んでいる。

 そんな黒川先生と朝に会うのは珍しい。

 今日は何か理由があるのか、篤人さんと一緒に行動しているみたいだ。


「黒川先生、大丈夫ですって! 好美ちゃんならこんなのへっちゃらですよ」


 そして運送トラックから降りてきたもう1人の男性、鈴木篤人さんがいつもの様子で笑っていた。

 篤人さんも裏社会では秘密結社パンデピスの戦闘員として活動している。

 彼は私が人間形態でも怪人並みの耐久力があることを知っているため、車で突撃してくるというとんでもない行動を頻繁に仕掛けてくるのである。


「へっちゃらじゃないです! 痛いです! 普通なら大怪我してますからね!」

「ほら、元気そうでしょ?」


 篤人さんは『どうだ!』と言わんばかりに胸を張っている。

 何でそんなに威張っているんだ。


「本当に大丈夫なんですね?」

「まぁ、実際、痛いだけで何ともありませんが……むぅ~!」

「ごめんごめん、黒川先生に好美ちゃんのことを教えておいた方が良いかなと思ってさ」


 それは私の身体の耐久度のことを言っているのだろうか?

 ただ口で説明すればいいだけなのに、何で実践して教えようとするかなぁ!?


「篤人くん、まさか君は、これを見せるためだけに私を連れてきたわけじゃないでしょうね?」


 いきなり肝が冷える光景を見せられた黒川先生も、かなり怒っている様子である。

 人が車に轢かれる瞬間を助手席で見るなんて心臓に悪い事この上ない出来事だし、怒って当然だ。

 というか、私ももっと怒っていいよね?


「それで! 今日の連絡は何ですか? 私、今日は忙しいんで手短にお願いします!」

「うーん、ちょっとやりすぎちゃったかな……まぁ、了解したよ」


 ぶっきらぼうに言い放った私に対して篤人さんも多少は申し訳なさを感じたのか、私の要望に素直に頷いた。


 彼はささっと輸送トラックの運転席に入り、中から小さな袋を2つ取り出して戻ってくる。

 それを私と黒川先生に1つずつ渡して、中を確認するように促した。

 何か固形物が入っていることを確認して袋をひっくり返すと、私の手のひらの上にペンのようなものが落ちてきた。


「これは?」

「万年筆、でしょうかね?」


 黒川先生が評した通り、見た感じはただの万年筆である。

 でも、手に持ってみると、万年筆とは思えないほどズッシリとした重さを感じた。

 恐らくただの万年筆ではないのだろう。


 篤人さんは自らの胸ポケットに差し込んでいた同じ万年筆を取り出して説明を始めた。


「これはビデオカメラなんだよ」

「ビデオカメラ? こんなにちっちゃいのに?」

「ふむ、盗撮用のカメラですか」


 篤人さんがグッとキャップを押し込み続けると、ほんの少しだけ万年筆が震えたのが見えた。

 そして、万年筆を握りしめた篤人さんはカメラで撮影しているジェスチャーをしながら、万年筆を私と黒川先生の間でゆっくり往復させる。

 キャップを押しこんだことが撮影開始の操作で、今見せた場所にカメラのレンズがあるのだろう。


 その後、篤人さんはキャップをもう一度押し込んだ。

 これが撮影終了ってことかな?


「……やり方はこんな感じさ」

「使い方はわかったけど、何を撮影すればいいの?」


 篤人さんは私たちに身を乗り出して近づき、周りを見渡した。

 そして、聞こえるか聞こえないかくらいの小声で話し始めた。


「南中学校に防衛課本部のヒーローが来る」

「えぇ!?」

「好美ちゃん、声を抑えて」

「うっ、ごめんなさい……」


 篤人さんはもう一度、辺りを見回し、誰もいないことを確認してから話を続けた。


「今日、怪人を仕向けるそうだよ。だから2人は間近で戦いを見ることになると思う」

「……ふむ、本部ヒーローの戦いぶりをカメラに収めよということですね」


 黒川先生の問いに、篤人さんは深く頷いた。

 思えば、黒川先生はスパイとして潜り込むように指示されて南中学校に来たのである。

 その命令も、恐らくこの時のためにあったのだろう。


 ところで、どうやってそんな情報を知ったのか分からないが、ヒーロー側の行動は随分と筒抜けになっているようである。

 こんな状態で大丈夫だろうか?


「ヒーローの名前は【ブルーファルコン】だね。珍しく正体が知られているヒーローだよ」

「えぇ、知っていますよ。最年少にしてヒーローになったことでも有名ですから」


 私も篤人さんと黒川先生の会話に無言で頷き、心得たことを示した。

 私にだって防衛課本部に所属するヒーローについての知識はある。

 本部のヒーローはめちゃくちゃ強いので、絶対出くわしたくないから自然と覚えていたのだ。

 なぜか、その中でも一番会いたくなかったヒーローに毎回追い回される羽目になってしまっているわけだが。


「彼がまさか南中学校に来ることになるとは……」


 そう、彼の名前は確か――


 【氷月(ひづき) (れい)

 本部ヒーロー、ブルーファルコンに変身する中学2年生の少年。

 中学1年生でヒーローになり、様々な作戦に参加して戦果を上げている本部の期待の星である。

 射撃の名手であり、ロングレンジでの厄介さはヒーローの中でも随一という噂だ。


 なお、ルックスも良く頭も切れると評判で、下手なアイドルよりよっぽど人気だったりもする。

 うちのクラスにもファンがいたはずだ。


 ただ、個人的には嬉しくない。

 すぐ近くに本部のヒーローがいるとか、めちゃくちゃ嫌だなぁ……。

 レッドドラゴンと一緒に現れたらと考えると、恐怖で身体が震えてしまいそうだ。


「まぁ、そんな感じで宜しく!」


 篤人さんが声をいつもの大きさに戻し、話が終わったことを暗に告げた。

 役割を終えた篤人さんは、そそくさと輸送トラックへと戻り、それを見た黒川先生も車の助手席へと戻っていく。

 エンジン音が響いた後、篤人さんと黒川先生がそれぞれ窓から顔を出した。


「それでは失礼します。好美さんもまた学校で」

「はい、また!」

「それじゃ、お仕事頑張ってね~」

「篤人さんも、安全運転を頑張ってくださいね」


 篤人さんにはきっちり釘を刺しておき、走り去っていく輸送トラックに手を振りつつ見送った。

 反対側の手には、さきほど受け取ったカメラ付き万年筆がある。

 改めてそれを見つめ、私は新しくやってくるヒーローのことを思って溜息を吐いた。


「まぁ、今日は私が戦うわけでもないし……大丈夫だよね?」


 これで撮影しろということは、出てこなくていいという意味も含まれているのだと思う。

 できるだけ大人しく、目立たないようにしていればいいだろう。

 注目度抜群のヒーローが来るのだから、私はいつも以上に影を薄くすることができるはずだ。


 私は脳内シミュレーションで輝羽ちゃんの後ろにささっと隠れる自分を想像しながら、残りの新聞配達を終わらせるべく、雲の影を追い越していった。



--5月15日(月) 8:30--


 無事にゆーくんとの朝ご飯タイムを済ませた私は気分よく学校へと登校した。

 今日は万年筆を胸ポケットに挿し込んでの登校である。

 丁度よくカメラが前を向く形になっているし、こういった使い方を想定して作られているのだろう。


 教室に入り、クラスメイト達と軽く挨拶を交わして自分の席に向かうと、さっそくいつもの仲良しグループに掴まった。

 今日は中間テストが終わった解放感からか、いつもの1.5倍くらい元気な輝羽ちゃんと1.5倍速で話すぷに子ちゃんが話の中心だ。

 弘子ちゃんも私もほとんど聞くだけである。


「中間テストのお疲れ様会にステーキを所望していたんですよ~」

「あれ、ホントに美味しかった~!」


 いいな、高級なお肉……。

 朝っぱらから先日の夕飯に出たステーキの話を聞かされて、ひもじい思いをさせられた。

 ちなみに、輝羽ちゃんは家が壊されたため建て直し中で、ぷに子ちゃんの家に居候をしている。

 運よく高級なお肉にありつけたようで、羨ましいことこの上ない。

 ぷに子ちゃんは正真正銘のお嬢様っぽいし、どんな凄いステーキだったのやら……。


 なお、弘子ちゃんも昨日の夜は焼肉だったとかで、私だけが大ダメージである。

 まだ釣ってきたお魚がたくさん残ってるからなぁ……。

 いや、お魚もいいんだけどね?


 ガラガラと音が聞こえ、星先生が教室に入ってきた。

 今日はその後ろに黒川先生もいる。


 ここまでは割とありがちなことだったのだが、その後ろには校長先生まで立っていた。

 私は何が起きるか分かっているのでそれほど驚きはなかったのだが、クラスのみんなはいったい何事かと顔を見合わせ、(ざわ)めいている。


「皆さん、おはようございます」

「「「おはようございまーす」」」


 星先生の挨拶から始まり、朝の会がいつも通りに行われる。

 出席確認が終わったところで、星先生は校長先生に教壇を譲った。


「えー、みなさん。今日からこのクラスに1人転入生が来ます。氷月零くん」

「はい」


 教室の扉が開き、教壇の前に1人の少年が歩いてきた。

 多くの生徒が驚きの声を上げ、女生徒の中には顔を赤らめている者もいる。

 期待のヒーローがクラスメイトになるのだと分かって、誰しもの瞳が輝いていた。


「初めまして、氷月零です。よろしくお願いします」

「「「よろしくお願いしまーす!」」」


 挨拶を交わした後、校長先生が零くんの横に立ってそっと肩に手を添えた。


「皆さんも知っていると思いますが、氷月くんはヒーローとして平和のために戦ってくれています。是非、仲良くしてあげてください。それとお願いですが、彼は有名人なこともあってトラブルに会うこともあるでしょう。何かあればすぐに先生を頼るようにしてください」

「「「はーい!」」」


 みんなの元気に溢れた返事を聞いて、校長先生は星先生にバトンタッチして教室から出て行った。

 星先生が零くんに席につくように指示を出し、朝の会の続きを進めていく。


「すごい、すごいよ! 零くんってブルーファルコンに変身するヒーローなんだよ!」

「わ、分かってるよぅ。輝羽ちゃん落ち着いて……」


 輝羽ちゃんが身を乗り出して話しかけてくる。

 いつの間にか勝手に席を交換していて、私の真後ろに陣取っていた。

 怒られちゃうよ?


 ただ、周りもみんな零くんのことが気になって好き勝手やりだしているようだった。

 星先生の話も上の空で、『早く終われ~』という雰囲気がクラス中に漂っている。


「みんな、ちゃんと星先生の話を聞くように!」

「まぁまぁ、すぐ慣れるでしょうから。では、今日一日を頑張りましょう!」


 浮ついた気分を締めようと黒川先生がカツを入れ、星先生がそれを大らかに(なだ)めて朝の会を締めた。

 2人の先生が揃って教室を出て行き、教室の戸が閉まる。

 すると、その直後に騒がしくなり、案の定、零くんにたくさんの生徒が群がっていった。


「よーっす、俺は(わたる)って言うんだけど――」

「ねぇねぇ、ヒーローなんでしょ!? 色々教えてよ! あ、私は輝羽(きはね)。よろしくね!」


 話しかけていた渡くんを弾き飛ばしながら輝羽ちゃんが友達ノートを片手に突撃していった。

 更に、渡くんは周りに集まった女子たちからポイッと外側に放り出されてしまう。

 うちのクラスの女子、渡くんに対しては気楽に接することができるみたいで、扱いがぞんざいだ。


「ふ、やるな! サッカー部の俺からポジションを奪うとは!」

「何でカッコつけてんだよ。普通に『割り込むな』って言えばいいだろ?」


 修一くんは、誰も聞いていない渡くんのボケに対して律儀にツッコミを入れていた。

 なお、他の男子は一番槍を女子たちに譲ることに決めたようで、様子見しているようである。

 女子の人気をとられて悔しそうにしている人もいれば、有名人と仲良くなれると思ってそわそわしている人もいるようだった。


「悪いけど、人にはあまり話せないんだ。僕のことは放っておいて欲しい」

「むぅ~、じゃあさ、じゃあさ、休みの日って何しているの?」

「……なんでそれを君に話さなきゃいけないんだ?」


 輝羽ちゃんが零くんを質問攻めにしているけど、なかなかガードが堅いようだった。

 零くんはグイグイくる輝羽ちゃんを冷たくあしらっている。

 そして、避けるような態度を取る対象は輝羽ちゃんだけではなかった。

 結局、他のどの相手に対しても、零くんは必要最低限の言葉しか返さないのである。


 理由は分からないが、彼は最初からクラスメイトを避ける気でいるのだろう。

 私自身は近づくつもりはなかったから都合がいいのだけど、クラスで孤立してしまわないか少し心配になる態度だ。

 零くん、あまり友達とか欲しくないのかな?


「はいはーい、席について~!」


 星先生が授業のチャイムと同時に教室に戻ってきた。

 雰囲気が悪くなりかけていたので、星先生が来たのはナイスタイミングである。

 バラバラになっていた生徒たちも、きちんと自分の席へと戻っていった。


「うぅ~……」

「きぅ、元気出せよ」


 ウキウキで話しかけに行った輝羽ちゃんが撃沈し、それを弘子ちゃんが慰めていた。

 輝羽ちゃんには悪いけど、正直、零くんと輝羽ちゃんが仲良くなると私も目立つことになってしまうので、今の状態は助かっている。


 ただ、私のせいじゃないとはいえ、まるで友達の不幸を喜んでいる気がして良い気分はしなかった。

 せめて先生から当てられそうな問題の答えを、後でこっそり教えてあげることにしよう。



--5月15日(月) 15:05--


 今日一日の終わりのチャイムが鳴り響いた。

 終わりの会を終えた私は、今日も美術部の幽霊部員っぷりを発揮して早々に帰宅する予定である。

 怪人がまだ現れていないが、現れた後でこっそり戻ってきても問題はないだろう。

 こういった場合でも、普段通りに行動することが大事なのだ!


「零くん、すごかったね!」

「あ、うん、そうだね」


 調子を取り戻した輝羽ちゃんが部活の準備をしながら零くんのことを褒めた。

 今日の授業で零くんは先生方からたくさん指名されることになったのだが、その全てにパーフェクトな答えを返していたのである。


 黒川先生はパンデピスの怪人の血でも騒いだのか、最初は敵愾心(てきがいしん)を隠しきれていなかったと思う。

 結果、数学でまだ習っていない個所の問題をいきなり出題してしまっていた。

 目立つ行動をしないで欲しいんだけどなぁ……。


 でも、零くんはそれにも完璧に答えを返し、黒川先生は目を丸くすることになった。

 その後、黒川先生は零くんが予習をしっかりやっていることに気を良くしたのか、逆に零くんのことを(いた)く気に入った様子で誉めそやしたのである。

 このクラスで予習をしっかりやるのって私と久くんくらいだったから普通に嬉しかったらしい。


 零くんは国語、数学、理化、社会、英語、どれも完璧で非の打ちどころがなかった。

 まぁ、私も久くんも同じことができるけどね!


「体つきも筋肉が凄いし、ヒーローって感じするな、あいつ」

「カッコイイですよ~」


 弘子ちゃんとぷに子ちゃんも興奮気味に語っていた。

 ぷに子ちゃんは意外とヒーローには興味があるみたいで、珍しくお友達になりたいとか話していた。

 ただ、昔、ゆーくんがヒーローショーで見せた表情にそっくりな顔なんだよね。

 恋煩いというよりは憧れとして見ている節が強そうだ。


「あいつスゲーなぁ。奴に勝てるのは久くらいか?」

「かもな。教科関係なく勉強ができるってなると……」


 部活に向か渡くんたちの話声が廊下から聞こえて、遠ざかっていった。

 その話を聞き、ぷに子ちゃんと弘子ちゃんがうんうんと頷いている。


「あの、私は……?」

「よっしー、そこは張り合うんだね」


 当たり前だよ、輝羽ちゃん!

 ナンバー2の宿命か、こういう時に比較されるのはナンバーワンの久くんになるのは仕方ない。

 けど、少しは私にも期待して欲しいと思う。


 中間テストは終わったばっかりだし、次の機会があるとすれば期末テストだろう。

 そこでヒーローに土を付けることに、私には一切の躊躇いはない。

 久くんに勝つのはこの私だ!

 見てろ、零くん! 私の力を思い知らせてやる!


「またねー」

「ばいばーい」


 私は部活に行く輝羽ちゃん達と別れると、足早に学校を後にした。

 とにかく勉強で重要なのは予習復習である。


 高校受験に必要な勉強を先んじて行っていればアドバンテージを得ることができるし、私自身は恐らく零くん以上に予習を進めることができているはず。

 でも、いったん予習はここまでにして、今は次の期末テストに照準を絞ることしよう。


 先週の中間テストも感触は良かったが、久くんには簡単に勝てないことは分かっている。

 結果は今週中に返ってくるから楽しみで――。


「おい、何とか言えよ!」


 校門を出てすぐのところで、何やら剣呑(けんのん)な声が聞こえてきた。

 ついにパンデピスの怪人が来たのかと思って慌てて身を翻し、近くの家の壁にへばりついて、声がした方を覗き込む。


「ヒーローだからってナメてんじゃねーぞ!」

「調子に乗ってんじゃねー!」


 そこあったものは、零くんが上級生3人に絡まれている光景だった。

 頬に青いあざが見えることから、既に1発は殴られてしまっているようである。

 零くんは上級生たちに胸倉を掴まれ、されるがままの状態で黙ったままだった。


「ちっ! 腑抜けがよ~!」

「行こうぜ!」

「じゃーな、腰抜けヒーロー!」


 すぐに飽きてしまったのか、上級生たちは好き勝手なことを言って去っていった。

 話の流れはよく分かっていないけど、たぶんケンカをしたかったのに零くんが何もしてこないから罵倒を浴びせていたのだろうと思う。

 反撃しなかったのは、ヒーローとしての矜持なんだろうか?


 零くんは彼らが去っても、ずっとその場に立っていた。

 その目には悲しみも悔しさも怒りも映っていない。

 ただボンヤリと、目の前を見つめていた。


「……いつか、こうなっていたよね?」


 私は誰に言うでもなくそう呟き、再び家路を辿って歩みを進めた。

 私が知っているのは輝羽ちゃんや女子やクラスメイトだけだけど、恐らく他の人たちにも、零くんは自ら拒絶するような態度を取ってきたのだと思う。

 先輩たちを擁護するつもりはこれっぽっちも無いが、いつか不満が爆発していたはずだ。


 そもそも、私にとって彼は敵だ。

 怪人を打ち倒すための本部のヒーローであり、戦場で出くわしたら命の奪い合いをする相手なのだ。

 彼がどんな苦しい目に会おうが知ったことじゃないはずである。


 なのに、虚ろな目をしていたことが気になってしまい、何度も振り返ってしまう。

 あれはヒーローじゃなくて、何もかも諦めた孤独な少年のような、救われるべきは彼自身のような、そんな目をしていた。

 どうしても、その表情が私の頭から離れてくれなくて……。


「……あぁ、もぅ」


 怒りなのか諦めなのか自分でも分からない感情に溜息を洩らす。

 そして私は家路へ向かう道を反れた。



--5月15日(月) 15:30--


 南中学校の校門を出て、防衛課の寮へと向かう道の先に小さな橋が架かっている。

 その橋の脇道には柵もなく、簡単に下へもぐりこむことができた。


 帰るのも嫌だ。

 誰かに見つかるのも嫌だ。

 でも、今のままずっとふてくされているのも、本当は嫌だ。


 両親が怪人たちとの戦いに巻き込まれて殉職してから、僕は転属を受け入れて、逃げるように十日前町支部までやってきた。

 飛竜さんや教官は僕のことを励まそうとしてくれている。

 やらなければいけないことがあることも分かっている。

 なのに、どうしても一歩目を踏み出すことができないでいる。


 何をするにも、気力が湧いてこない。

 ケンカを吹っ掛けられたことも、痛い思いをしたことも、どうでもいいことのように感じる。


 遠くから部活動に励む生徒たちの声や、遊びに向かう子供たちの声が微かに聞こえる。

 今の僕には、その声が身を焦がすほどに眩しく感じられて、暗がりへと逃げ込むしかなかった。


 吹き抜ける風が草花を小さく揺らし、さび付いて動かなくなった心をただ通り過ぎていく。

 このまま自分が消えてしまうんじゃないかと思わせるほどに、僕には何も感じられない。


「はい、これ」

「!?」


 驚いて振り向くと、そこにはおさげ髪でメガネを付けた地味な少女が立っていた。

 南中学校の制服を着て、両手に持ったソフトクリームのうち、片方を僕に差し出している。


「早く取って」


 促されるままに、僕はそのソフトクリームを受け取ってしまった。

 片手が開いたその少女は僕の横に座ると、自分の持っていたソフトクリームのてっぺんにかぶりついた。

 クリームの(つの)を口に入れた後、僕の方を見向きもせずに、もぐもぐとソフトクリームを味わっている。


 小さな橋の下は土手になっていて、申し訳程度に生えた草花しかない。

 向かい側はすぐに道路で、色気も何もない場所だ。

 面白くも何ともない場所で、その少女は何も言わずに僕の横でアイスクリームを頬張っている。


「……なんで?」

「ん? なんでって?」


 僕は何を聞こうとしたのか、自分でもよく分かっていなかった。

 僕はいったい何を聞こうとしたのだろう?

 ソフトクリームを持ってきた理由なのか、それとも傍にいてくれることに対してなのか。


 今までも、僕に言い寄ってくる人は老若男女(ろうにゃくなんにょ)を問わずたくさんいた。

 中には腹に一物を抱えた人たちもいて、騙そう、利用しようという人たちにも何度も会ってきた。

 でも、その人たちとも、僕に憧れる人たちとも全く違う表情を目の前の少女は見せてくる。


「んー、そうだなぁ~……」


 僕自身さえよく分からない問いかけに、少女は少しだけ(うな)って上を見上げる。

 やがて答えが出せたのか、彼女は微かにほほ笑みながら言った。


「理由なんて無いよ」


 それが、彼女の答えだった。


 もしかして僕は、自分でも知らないうちに納得できないような顔をしてしまったのだろうか?

 その少女は僕の方に顔を向けて、ほほ笑みながら言葉を紡いでいく。


「たまには何の理由もなく、優しくされることくらい有ってもいいと思うよ?」


 そう言って彼女はまた自分のソフトクリームを口に含み、面白みのない正面の土手へと視線を移した。

 春のぬくもりが、貰ったソフトクリームの表面を溶かしていく。

 僕はソフトクリームが消えてしまわないうちに、彼女と同じようにてっぺんを口に含んだ。


 優しい甘さが広がる。

 今まで食べたことのあるもので、一番甘い……。


 土手の土に、頬を伝った涙が小さなシミを作った。

 何で自分が泣いたのか、やっぱり僕には理解できなかった。

 ただ、泣いてしまったことが恥ずかしくて慌てて顔を拭う。


 彼女は前を見ていた。

 きっと見てみぬふりをしてくれているのだろうと思う。

 静かな時間がゆっくりと過ぎていった。


 僕がソフトクリームを食べ終わる頃には涙も渇き、彼女もワッフルコーンまで食べ終わっていた。


 今更だけど、彼女は何者なんだろう?

 同じ中学校にいることだけは確かだと思うけど……。


「あの、君は……?」

「同じクラスの佐藤好美。気づかなかったでしょ?」


 彼女は、そう言ってメガネの奥にいたずらっ子のような笑みを浮かべた。


 息が止まるような感覚が僕の心臓を襲う。

 薄暗い橋の下、彼女のシルエットが輝きを放ったように感じた。



--5月15日(月) 15:45--


 零くん、ちょっと元気が出てきたかな?


 何の理由があるのかは分からないけど、本来の零くんは悪い子じゃないと思う。

 ただ、元気がなかっただけだって、今ようやくわかった。

 元気になったら自分が困るって分かってるんだけどね。

 あぁ、私ってバカだなぁ……。


「あの、君は……?」


 零くんが恐る恐る聞いてきた。

 今さら『誰?』って聞くのは勇気がいるかもしれないけど、登校初日なんだし誰も気にしないよ?

 あと、私はそもそも隠れていたからね。


「同じクラスの佐藤好美。気づかなかったでしょ?」


 自分の思惑が上手く言っていたこともあって、ちょっと自慢げに自己紹介してしまった。

 零くんは目を見開いた後で、すぐ俯いてしまった。

 顔が赤くなってるようにも見えるし、もしかして面白おかしく受け取られちゃったのかな?


 ドゴォーン! バリンッ!


 突然、爆発音が轟き、ガラスか陶器が割れるような音が響いた。

 遅すぎてすっかり忘れていたけど、怪人がようやく南中学校に現れたのだろう。

 今の音は戦闘員の仕掛けた爆弾が爆発した音に違いない。


 でも、もう放課後になっちゃってるし、今さら登場しても本来なら大遅刻だ。

 出撃してきた怪人が中学校のことを知らないのか、それとも強硬することに決めたのかは分からないが、どう考えても作戦ミスだと思う。

 私が零くんを捕まえてなかったら、きっともう帰っちゃってたよ?


「痛てぇ!?」

「おい、やめろ!」


 すぐ近くで声がした。

 ……と、同時に零くんは私をいきなり引き寄せた。

 密着する身体にちょっとドキッとしてしまったが、零くんは全然気にもせずに、静かにするようにジェスチャーをした。

 そして、橋の陰からそっと顔を出して上を覗き込んだ。


「怪人が、真上にいる」

「え……?」


 巨大な質量をもった何かが、橋の下にまではっきり聞こえるほどの足音を響かせて歩いて来ていた。

 ズシン、ズシンと音が鳴るたびに、橋を支える鉄骨から小さな土埃が零れ落ちてくる。

 その音は私たちの潜む橋を通り過ぎ、バイパスと南中学校の入り口がある交差点まで進んでいった。


「くそぉ! 放せ!」

「おい、ガキども、お前らが偉そうに指図できると思ってんのかァ!?」

「うぎっ!? ぁ……!?」


 そっと上を覗き込むと、ロープでグルグル巻きにされた男子生徒が怪人に胴体を掴まれ、片手で握りつぶされそうになっていた。

 息もできない状態まで圧迫され、目玉が飛び出そうなくらいに目が見開かれている。

 それを見た友達の2人が、慌てて命乞いを始めた。


「ま、待ってくれ! わかった、大人しくするから!」

「ん~? そうかそうか!」


 怪人が生徒から手を放した。

 どさりと地面に落ちた生徒に他の2人が駆け寄り、助け起こそうとしている。

 といっても、その2人もロープでぐるぐる巻きにされており、声を掛けるくらいしかできていない。


「ハッハッハァ! わかりゃいいんだよ、俺は心が広いからなァ」


 下手な抵抗は危険だと悟ったのだろう。

 彼らは間近に迫った死の存在に直面し、その場から動かず縮こまり、恐怖に震えていた。


 私はあの怪人を知っている。


 【サイガーディアン】

 サイの怪人。

 パンデピスの中でも最重量級の怪人であり、圧倒的なタフネスで相手を押し潰す戦闘スタイルを好む。

 見知った怪人の1人だが、私が知っている姿から少し変わっているような……?

 もともと鋼のような肌をしていたけれど、今日の彼の肌は妙に金属質の光沢があり、まるで本物の鎧のような輝きを放っていた。


「あれ? あの人たちって……」

「あぁ、さっき会った先輩たちだね」


 サイガーディアンに連れてこられたのは、さっき零くんに絡んでいた上級生たちだった。

 やり返してこない零くんには好き勝手をやれたみたいだが、本物のアウトローを相手に同様の対応をしては叩き潰されて終わりである。

 『人質は1人でいいから後の2人は殺す』みたいなことをしないだけ、あの怪人が言った通り、心が広いのかもしれない。


「ハッハッハァ! 出てこい、ブルーファルコン! 俺が相手になってやる!」


 怪人が大きく足を振り上げ、地面を踏みつけると、その一撃でコンクリートに大きな亀裂が走る。

 それを合図にしたかのように、怪人の襲来を告げるサイレンが大きく鳴り響き、街中に恐怖が伝染していった。


「……この騒ぎなら、じきにレッドドラゴンが駆けつけてくるはず」


 零くんは冷静にそう判断した。

 すぐに来るという見立ては、恐らく間違ってはいないと思う。

 レッドドラゴンは何度かこの近くに来たこともあるし、場所は分かるはずだ。


 でも、彼は戦わないのだろうか?

 私が零くんを見ると、彼は苦しそうな表情を見せた後、私の視線から逃れるように顔をそむけた。


「きっと僕がヒーローである限り、こんなことばっかり起きる。もう、嫌なんだ……」

「そっか……」


 きっと、誰かを巻き込んでしまって後悔したことがあるのだろう。

 零くんが周りを避けた理由も、周りを巻き込みたくないという思いがあったのかもしれない。

 基本的には、やはり善人なんだと思う。


 でも、待てよ?

 ひょっとしてこれは……。


 零くんが吐露した、か弱い独白に対して、私の頭には邪悪な考えが浮かんできていた。


 もしやこれは、戦わずして本部のヒーローが減るチャンス!?


 ここでうまく動けば、そのままヒーロー引退もあるかもしれない!

 私は降ってわいた天啓(てんけい)を現実のものとするべく知恵を絞る。

 零くんの戦意を削ぐにはどうすればいいだろうか?

 『戦わないなんて、サイテー』とか言うのは恨まれそうで嫌だし、それ以上に傷つけてしまうし、うーん……どうしようかな?


 悩んだ末に、私は零くんが自分から逃げを選択する方向へ誘導するという方針を固めた。

 ここは優しく慰める振りをして、任せちゃえばいいという気になるように仕向けてみよう。


「無理に戦わなくていいんじゃないかな?」


 実際、あの生徒たちは放っておいてもレッドドラゴンが助けてくれるだろうし、わざわざ零くんが戦う必要は無いと思う。

 そもそも捕まっているのは零くんにいちゃもんをつけた先輩なわけだし、もとから助けようという気は起きにくいかもしれない。

 それも利用させてもらっちゃおう。


「零くんが、全てを背負う必要なんてないんだよ」


 私の言葉を受けて、零くんはそれでも苦しそうな表情を見せていた。

 責任感もあって優しさもあるんだろうけど、よほど辛い目に会っているのか、私の偽りの優しさにも揺らいでいるような気がする。

 これなら、あと少しでうまくいくかも!


「もし捕まったのが私だったとしても――」


 そう言った途端、零くんは『はっ』とした表情を見せて、急に私の方を見た。

 零くんの纏っていた空気も変わったような気がする。

 な、なにごと?

 ……いや、ここで慌ててはいけない。

 私は努めて冷静に、その先の言葉を続けた。


「もし零くんが戦ってくれなくても、私は文句を言ったりしないよ」


 ついつい邪悪な笑みが溢れ出てきそうになるが、ここで本性を見せるわけにはいかない。

 できるだけ表情を引き締めようと握りしめた拳に力をこめた。

 プルプルと腕が震え、顔がひくひくする。


 何でこういう時ばっかり笑みが込み上げてくるのかな?

 私はしばらくの間、笑いたくなる衝動に必死に抗っていた。

 自分の表情はよく分からないけど、何とか"微笑んだ"くらいで収まっているかな?


 目の前を見れば、零くんは何も言わず私のことをじっと見つめている。

 う、疑われてる? 露骨すぎたかなぁ?


「……僕は、本当にダメみたいだ」


 YEAH(いぇーい)

 よかった、うまくいったようだ。

 私はホッと息を吐き出して、心の中で作戦成功の快哉(かいさい)を上げる。


「今の今まで、やるべきことを見失っていた」


 うんうん、これで本部のヒーローが1人減って――。

 ……ん?


「僕があの怪人を倒す! 平和に暮らす人たちのために! 僕は、ヒーローだ!」


 ……あれ? なんで!?

 いったいぜんたい、どうして今の流れでやる気が出てくるの!?


 悲しみに沈んでいた少年の表情は戦士の(かお)へと変わり、怪人がいるはずの方をまっすぐな視線で射抜いている。

 その様子を見て、私は心の中で頭を抱えることになった。

 なぜだか知らないが、完全に零くんの心に火をつけてしまったらしい。


「行ってくる!」


 零くんはひとこと告げると、私が求めた答えとは真逆な方向へと向かって行ってしまった。

 助けを求める声に応えようと戦場へと向かっていく姿は、紛れもなくヒーローの姿そのものだった。


 見事に作戦失敗だ。

 ヒーローは苦しい時にこそ勇気を出して前に進むものだ、ってヤツなのかなぁ?

 多少、心が弱っていたとはいえ、零くんも本質的には立派なヒーローなのだろう。

 私がちょっと小突いたくらいではダメだってことか。


「はぁ、しょうがないよね。諦めてビデオ撮影を頑張ろう……」


 私は制服の胸ポケットに差し込んでいる万年筆の蓋を押し込み、録画を開始した。

 土手をこっそりよじ登って草花の陰に隠れ、橋の向こうにいる零くんたちを観察する。

 篤人さんは『じっとしていたら意外とバレないものだよ』とか言っていたし、できるだけ静かにして、見つからないことを祈るばかりだ。


「待て!」

「ん、お前は……?」


 サイガーディアンと、彼に捕まった上級生たちの視線が零くんに集中する。

 零くんは腕に巻かれたブレスレットを天高く掲げ、声高らかに叫んだ。


「"ブルー・レインフォース"!!」


 青白い閃光が零くんの身体から放たれた。

 光は身体を眩しく包み、その姿を一瞬にして青い全身スーツに身を包んだヒーローへと変える。


 ハヤブサの意匠を施したフルフェイスのマスクに、3本の黒い爪痕のようなラインが入った青く光るメタリックなスーツ、ベルトの両脇には2丁の拳銃が装備されている。

 本部の期待のヒーロー、ブルーファルコンが姿を現し、サイガーディアンに対して構えをとった。


「お望み通り、僕が相手だ!」

「ハッハッハァ! 待っていたぜ、ブルーファルコン! この俺、サイガーディアン様がお前の息の根を止めてやる!」


 サイガーディアンが獰猛な笑顔を見せ、四股を踏むように足を踏み鳴らした。

 それだけで辺りがビリビリと振動し、コンクリートにひびが入る。


「あいつ、助けにきてくれたんだ……」

「おぅ、そういやお前らが居たんだっけなァ」


 サイガーディアンは先輩たちを縛り上げていたロープを無造作に引き寄せた。


「な、何を……」

「なァに、お前らを開放してやることにしたのさ」


 そのまま、ロープをモーニングスターでも振るかのように頭上でぐるぐると回し始めた。

 3人の身体が遠心力を受けて軽々と持ち上がり、無理やり宙に浮かせられていく。


「ぎゃあああああ!?」

「うわぁああああ!?」

「ぐええぇえええ!?」


 悲鳴が回転に合わせて、近く、遠く、響き渡る。

 そしてその速度が一定になったところで、サイガーディアンが手を離そうとした。


「ほぉれ、返すぜ――」


 バチィ! バァン!


 火花が散り、先輩たちを繋いだロープが手元から焼き切れた。

 それと同時に、サイガーディアンの顔面にレーザーガンが命中して小さな爆発を起こす。

 ブルーファルコンの目にも止まらぬ早打ち、それも2丁拳銃によるピンポイント射撃が炸裂していた。


 うわぁ、遠くから見てたのに、いつ銃を抜いたのか分からなかったんですけど。


 空中に放り出された先輩たちはブルーファルコンの方へと向かっていき、3人ともブルーファルコンが華麗に受け止めている。

 何もかもが計算ずくの、完璧な一撃……いや、二撃だった。


「もう大丈夫です。すぐにロープを……」

「いやぁ、驚いたぜェ」


 顔面を撃ち抜かれたはずのサイガーディアンが無傷で立っていた。

 例えレーザーガンでも当たり所が悪ければダメージを受けるし、ましては、ブルーファルコンのレーザーガンは出力を大幅に上げた特別製だったはずだ。

 普通の怪人なら今の一撃だけで倒されかねない攻撃だったのに、サイガーディアンはまったくダメージを受けていない。


「ノーダメージ、なのか?」

「ハッハッハァ! 驚いてるな! この体は対レーザーコーティング済みの特別製よ! テメェを殺すためだけの身体だ、光栄に思え!」


 身体中を覆う、光沢を放つ金属質の装甲を煌めかせて、サイガーディアンが勝ち誇る。

 どこからでもレーザーガンを撃ちこんでみろとでも言いたいのだろうか、見せびらかすように、無駄にポージングを披露していた。


「ロープは切りました。身を守っていてください」

「お、おぅ……」

「なぁ、大丈夫、なんだよな?」


 グルグル巻きになっていた先輩たちがロープから解放され、幾分かは調子を取り戻していた。

 彼らはサイガーディアンとブルーファルコンを見比べて、不安そうな目をブルーファルコンに向ける。

 今の話が本当なら、ブルーファルコンの虎の子の銃撃が通じないということに他ならない。

 勝てるのか? と言外に尋ねていた。


「さぁて、逃がさねえぜェ!」

「うわ、き、来た!」

「ど、どうすんだよ!?」


 今度はこっちの番だとばかりに、サイガーディアンがブルーファルコンたちの元に迫る。

 それを見たブルーファルコンは、怖がる先輩たちを背に、自らもサイガーディアンの方へと飛び出していった。

 レーザーガンを乱射し、いくつもの銃撃がサイガーディアンを襲う。


「ハッハッハァ! 無駄だァ!」


 何度も被弾し、爆発を受けたサイガーディアンだったが、ダメージは全く入っていないようだった。

 やがてサイガーディアンがブルーファルコンに肉薄し、その腕が振り下ろされる。


「そらそらァ!」

「おっと!」


 ブルーファルコンはそれを華麗に避けみせた。

 しかし、サイガーディアンはすぐさま相手に対して連撃を仕掛けていく。

 空振りした拳がそのままコンクリートに振り下ろされて、1つ、2つと道路に穴が開いていった。


「本当にレーザーが効かないみたいだな」


 零くんは冷静に観察しているみたいだけど、勝てる見込みはあるのだろうか?

 銃撃に関する強さしか聞いたことがないし、もしかしたら手詰まりになってしまったんじゃ……?

 私は、だんだんブルーファルコンがやられてしまわないか心配になってきていた。


 そのブルーファルコンはレーザーガンによる攻撃を諦め、銃をホルスターにしまうと、なんと相手の拳に自分の拳で反撃して見せた。

 腰を入れた一撃が、2回りも大きいサイガーディアンの拳とぶつかって衝撃波を産む。

 果敢に拳を出したブルーファルコンだったが、しかし彼だけがその衝撃で弾き飛ばされ、バランスを崩して地面を転がった。


「ハッハッハァ! 近接戦闘はやはり苦手か、ブルーファルコン!」

「……そうだな、お前程度に勝てないなんて、苦手みたいだ」

「ほざけェ! ぶちのめしてやるぜェ!」


 ブルーファルコンとサイガーディアンが目まぐるしく入れ替わりながら、お互いに攻撃を加えていく。

 格闘センスは間違いなくブルーファルコンの方が上だったが、サイガーディアンの一撃の重さという単純明快な力が技に勝り、徐々に押し込められていった。

 そして、致命的な一撃がブルーファルコンを襲う。


「そらァ!」

「うっ!?」


 デタラメに放った拳がブルーファルコンの防御を吹き飛ばし、その身体を宙に浮かせた。

 サイガーディアンがここだと言わんばかりに両手を地面につける。

 大きく息を吸い込み力を籠めていくと、(ひたい)(つの)がひときわ大きさを増した。


 サイガーディアンがその角をギラつかせてブルーファルコンに向かって突進していく。

 零くんが身体を貫かれる姿が頭をよぎり、私は息を呑んだ。


「これで終わりだァ! "デッドリー・ホーン"!」


 巨大な槍と化したサイガーディアンの角が、ブルーファルコンの身体を貫かんと突き上げられる。

 全力で放たれた"デッドリー・ホーン"は寸分違わずブルーファルコンの心臓を捉えていた。


 ……が、その身体を貫くことは敵わなかった。

 ガチィンと、(いわお)をピッケルで叩いたような音が鳴り響く。


「な、なんだとォ!?」


 巨大な角に突き刺さったのは巨大な氷の盾だった。

 ブルーファルコンは一瞬で氷の盾を作り出し、サイガーディアンの必殺技を完全に防ぎきってしまったのである。


 しかも、ただ受け止めただけではない。

 その氷の盾から冷気が伝っていき、サイガーディアンの角を氷が覆っていく。


「こ、凍る! うぉおおお!?」


 慌てて角を小さくしたサイガーディアンが、たたらを踏んで後ろに引き下がった。

 氷の盾を構えたままのブルーファルコンが地面に降り立つと、力を解除したのか、氷の盾は粉々になって空中に輝きを放ちながら消えていった。


「僕の本当の能力は銃撃じゃない。この氷こそ、本来の僕の力だ!」


 突き出したブルーファルコンの拳が一瞬にして氷に覆われた。

 まるでガントレットのような氷の塊を、今度は一瞬で煌めく光へと変える。

 今のデモンストレーションだけで空気の寒暖差が生まれ、景色を歪めてしまっていた。


「今まで、この力は使わずにいた。だが、これからは違う!」


 今度はブルーファルコンからサイガーディアンに突撃していった。

 先ほどと同じく近接戦闘による攻防が始まる。

 しかし、先ほどとは違い、ブルーファルコンの攻撃がサイガーディアンの身体に当たるたびに、その場所を凍結させていった。

 やがて、サイガーディアンの自慢の装甲にひびが入り、ボロボロに砕け散っていく。


「今の僕には守りたい人がいる! お前は、僕が倒す!」

「くそォ! そんなチカラ、聞いてねーぞォ!」


 ブルーファルコンが放った蹴りがどてっぱらに命中し、サイガーディアンが膝をつく。

 それを見たブルーファルコンは、チャンスとばかりに両手をクロスさせた。

 冷気が青白い光になって両手に集まってくる。


「"ハニカム・コフィン"!」


 ブルーファルコンが両手を広げると、その手から放たれた冷気が放射状に広がっていく。

 やがて、焦点が合うように冷気が重なり、六角形の固まりで作られた氷のドームが出現した。

 分厚くも透き通った六角形の氷は、この世のものとは思えない程の精巧さで組み合わさり、半球を象っている。

 その半球によって、ブルーファルコンとサイガーディアンだけが世界から切り離されてしまった。


 どのくらい硬いのか分からないが、ちょっとやそっとの力じゃ壊れないような気がする。

 もし、撤退役の怪人が近くに来ていたとしても入っていくことは難しいだろう。

 ミストボールを使ったとしても、外側を霧で覆うだけじゃ意味がない。

 ブルーファルコンは自分のサポートが来る可能性を消す代わりに、サイガーディアン側の逃走を完璧に封じていた。


 もし撤退役の怪人が彼以上の猛者なら乱入できる可能性はあるが、今のところ出てくる気配はない。


 私は……ダメだ。

 零くんの視線の角度だと私が見えているし、彼はそもそも私がいた場所を把握している。

 本部のヒーロー相手に正体がバレるとか絶対に嫌だ!


「ちくしょォ! 最後までやってやらァ! "デッドリー・ホーン"!!」


 装甲はボロボロになっても角はまだ健在だったサイガーディアンが逆転を狙い、"デッドリー・ホーン"でブルーファルコンの元へと突っ込んでいく。

 しかし、必至になっているサイガーディアンとは対照的に、ブルーファルコンは恐ろしいくらいに冷徹だった。


 今度はブルーファルコンが両手を地面につき、冷気を解き放った。

 力任せに真っすぐ突っ込んできたサイガーディアンの足がたちまち凍り付いていく。


「うがぁああ!? くそォ!」


 氷を壊そうともがくサイガーディアンの表情が、徐々に絶望に染まっていく。

 その氷は足元から徐々に身体を上がっていき、やがて顔を除いて全身を氷で覆い尽くしてしまった。

 もがくこともできない氷像へと化したサイガーディアンが恐怖に目を見開いている。


「ひぃいいい!?」


 遠くで見ているだけなのに、ついつい悲鳴が漏れてしまった。

 怖い、怖すぎる!

 本部のヒーロー、やっぱり怖いよぅ!


 ブルーファルコンは地面から手を放し、もう一度、腕を交差するように構えて力を溜め始めた。

 先ほどよりも強く、長く、その力の密度を高めていく。

 両手にアクアマリンの色をした冷気が集まり、薄い氷が空中を舞い始めた。

 羽のような光の奔流が溢れ出す。


 ブルーファルコンが地面を蹴り、必殺技の名を叫んだ。


「これで終わりだ! "ブルー・スラッシャー"」

「う、うぁああああああ!?」


 ブルーファルコンがサイガーディアンに突進し、駆け抜けざまに腕を振り抜いた。

 その瞬間に、巨大なグラディウスのような氷の剣がブルーファルコンの両腕に出現し、氷像と化したサイガーディアンの身体に2つの斬撃が吸い込まれていく。


 バリィン! と、ガラスが割れるような音と共にサイガーディアンの胴体に2本の斜めの線が入り、装甲が氷と一緒に切り裂かれていた。

 巨大な氷の刃は光となって消えていき、サイガーディアンを覆っていた氷も光となって消えた。

 サイガーディアンの身体が力なく倒れていく。


「ち、く、しょォ……!」


 ドゴォオオオンッ! という爆発と共に、怪人サイガーディアンはその命を散らせた。



--5月15日(月) 15:45--


「先輩、大丈夫でしたか?」


 戦いが終わり、ブルーファルコンは零くんの姿に戻っていた。

 そして、まだ震えていた先輩たちに駆け寄り、ケガがどの程度なのかをチェックしている。

 的確に処方を進めていく零くんに対し、先輩たちはバツが悪そうな顔をしていた。


「……すまねぇ! 俺たち、お前に酷いことしたのに!」


 最初にサイガーディアンに握りつぶされそうになっていた先輩が口火を切って頭を下げた。

 それを見た残りの2人も、同じように頭を下げて謝罪の言葉を口にする。


「すまなかった!」

「気が済まねぇなら、俺のこと、ボコボコにしていいからよ!」


 頭を下げられた零くんは先輩たちの言葉を聞いて、嬉しそうに相好を崩していた。


「僕は怒っていません。アレのおかげで好いことがあったんです。だから気にしていません。僕はしばらく南中学校にお世話になりますから、先輩、これからよろしくお願いします!」


 そう言って零くんの方から頭を下げた。

 今までのぶっきらぼうな態度とは正反対の対応に、先輩たちもまた笑顔に戻っていく。

 お互いのわだかまりは綺麗に解けて、暖かい空気に包まれていった。


「ああ、こっちこそ! さっきはホントに悪かったな!」

「カッコイイぜ、お前! 本物のヒーローはやっぱすげぇ!」

「学校で困ったことがあったら何でも言ってくれよな! 力になるぜ!」


「見事な戦いだったぜ、ブルーファルコン!」


 褒め称えられて照れる零くんに、別の方向からも声が掛かる。

 それは、通報を聞いて遅ればせながら駆けつけてきたナンバーワンヒーローだった。


「うわあああ、れ、レッドドラゴン!?」

「すすす、すげぇ! 本物!?」

「俺、サインほしい!」


 気付けば周りには防衛隊がやってきて被害状況を確認していた。

 撤退役や戦闘員たちもどこかに隠れていたはずだが、結局その姿を見ることはなかった。

 まぁ、出てこなくて正解だったと思う。


 危険性は低いと判断したのか、レッドドラゴンは警戒を防衛隊に任せ、先輩たちにサインの代わりに握手をしてあげていた。


「好美さん」

「ひゃい!?」


 零くんがいつの間にか私の前に来ていた。

 なんでこっそり来るんだよぅ……。


「……やっぱり、怖かった?」

「え? う、うん」


 気付けば、私の手は震えていた。

 私が怖かったのは主に零くん(ブルーファルコン)なんだけどね。

 零くんはそんなこと露知らず、私の隠れている土手に滑り込んで隣に座った。


「君が震えながら『戦わなくていい』と言ってくれたから、僕は勇気を思い出したんだ」

「えっ?」


 ん? 私って震えてたっけ?

 ……そういえば、笑いを堪えていた時に震えていたっけな?

 怖くて震えていたわけじゃないんだけど。


「必死に涙をこらえて、笑いながら言ってくれた」


 えー、そんな風に見えてたの?

 ただ笑いを堪えていたなんて、とてもじゃないが言えたものじゃない!

 勘違いしてくれている方がありがたいし……さすがに黙っておこう。


「僕にも守りたいもの、たくさんあるから。でも、その中でも一番は……」

「おーい、零! どこだ~!」


 零くんは何だか真剣な目をして何かを言おうとしていたけど、その言葉は零くんを呼ぶ防衛隊長の言葉で中断させられた。

 何と言っても今回の戦いの立役者は零くんだし、きっとすごく評価されることになるだろう。

 私はただの傍観者だったから、彼の晴れ舞台を邪魔するわけにはいかない。


「ほら、呼んでるよ、零くん」

「うん、あの、また明日」

「うん、またね」


 教室を出る時には言えなかった帰りの挨拶を交わし、私は零くんを見送った。

 今まで動かしっぱなしにしていた万年筆のカメラを止めて、私も防衛隊員の元へ向かう。

 変に隠れたまま逃げても怪しまれるから、隠れていたというアピールだけしておこう。


 防衛隊長からは、私より近くで戦いを見ていた先輩たちがいることと、その先輩たちが非常に協力的だということで、私はすぐに帰っていいということになった。

 零くんが少し残念そうにしていたけど、私がいたって邪魔なだけだよ?


「好美さん、無事で良かった」

「あ、黒川先生!」


 隊員さんたちの密集地帯から抜け出すと、今度は黒川先生が私の前に現れた。

 集団から少し離れた場所まで一緒に移動し、こっそりと言葉を交わす。


「……黒川先生、撮れました?」

「いえ、残念ながら。一緒にいた先生方と生徒たちの安否を確認していたので……」


 私のクラスは私の安否確認が最後だったらしい。

 今しがた、星先生に私が無事だという連絡をしたところなのだそうだ。

 ほぼ最前線の場所で隠れてたから、なかなか見つからなかったのも仕方ないと思う。


「私、今回は飛び出して行けなかったです。一応、動画は撮ったんですけど……」

「いやいや、十分ではないですか? 撤退は撤退役が責任を持つべきですし。……それに、それを言ったら私なんて何もできていませんよ」


 黒川先生が胸ポケットに差し込んだ万年筆を軽く摘まみながら言った。

 スパイとして潜り込んだ手前、黒川先生もどうにか動画を撮れないか頑張っていたようだ。


「こんなことでは、私は何のために南中学校に来たんですかね……」


 黒川先生は任務を果たせなかったことに酷く落ち込んでいる様子を見せた。

 こんな失敗なんて、なんてことも無いんだけどなぁ。

 黒川先生は追い詰められると突飛(とっぴ)な行動に出ることがあるから、変に落ち込まないでいてくれるといいんだけど……。


 あ、そうだ!


「黒川先生、万年筆(これ)を地下基地に届けることってできますか?」

「え? ……えぇ、できますけど、なぜですか?」

「私、篤人さんに頼らないと本部に行けないんですよ。その篤人さんと会うのも土日がほとんどで、平日に会うことってあまりないんです。お願いできますか?」

「分かりました。そういうことでしたら任せてください」


 黒川先生が私の万年筆を大事そうに受け取った。

 目にも光が戻ってきており、落ち込んでいる様子はもう見受けられない。

 これで良し!

 黒川先生も役に立ったと思えるなら悩むことも無いはずだ。

 実際、万年筆を送り届けてもらえるのは普通に助かるし。


「今日中には届けてみせます」

「はい、お願いします」


 黒川先生は、さっそく行動に移りたいと言って学校へ戻っていった。

 私は軽く手を振って黒川先生と別れ、自分の家へと歩き出す。


 それにしても、ブルーファルコンと最初に戦ったのが私じゃなくて本当に良かった。

 今後、あのブルーファルコンが出てくると考えると、それだけで気分が冷え冷えになってくる。

 しかも射撃も凄まじいんだよなぁ……。

 私は氷のドーム内でカチンコチンに凍らせられた自分を想像して身震いした。


「はぁ~、晩御飯の準備でもするかな……」


 もう期末試験の準備なんかやる気にならない。

 汁物でも作って、せめて温かい食事で心身を温めることにしよう。


 私は足りなくなっていた具材を買いそろえるために、帰り道の近くにあるスーパーへと足を運んだ。



--5月16日(火) 8:25--


「おはよー」


 教室の戸を開けて、あいさつしながら中へと入ったけど、返事は帰ってこなかった。

 今日の教室の中は既に大騒ぎになっており、その中心には零くんがいるようだった。

 昨日は大活躍だったから、当然かな?


「よっしー、おはよー」

「おはよー、輝羽ちゃん」


 珍しく喧噪の外にいる輝羽ちゃんが私の机までやってきた。

 いつもの仲良しグループメンバーも挨拶しながら集まってくる。

 今日の私はちょっと遅めの登校になってしまったので、あまりおしゃべりする時間は無さそうだ。


「零くん、昨日と比べて随分話しやすくなったな」

「そうだよ! 昨日までは巻き込まないように遠ざけようって思っていたんだって!」


 弘子ちゃんの疑問に、お友達ノートを取り出した輝羽ちゃんが嬉しそうに答えた。

 私が来る前に、すでに輝羽ちゃんはインタビュー済みだったようだ。

 なお、あっちは渡くんが机に乗って何やら身振り手振りを交えて大はしゃぎしている。

 動きからすると、たぶんブルーファルコンの戦いの話題で盛り上がっているのだろう。


「強くてカッコよくて優しいですよ~!」


 あ、ぷに子ちゃんの顔が昨日より乙女チックになっている気がする。

 もともと憧れみたいなものはあったわけだけど、ヒーローではなくて、一人の男子として意識するようになったのかもしれない。


「ぷにもそうだけど、急に優しくなったからな。夢見る女子が急増中なんだよ」

「他のクラスもすぐ気づくよね? 私、今のうちに狙っちゃおうかな~!」


 ぷに子ちゃんも輝羽ちゃんも恋愛に乗り気だ。

 この2人は学校全体を見渡してもかなり可愛い方だと思うし、チャンスがあるかもしれないなぁ。


 なんて思っていたんだけどね……。


「好美さん!」


 そんな渦中の人物、零くんが急に大声で私の名を呼んだ。

 驚く周りの人たちを避けて、私の方へと歩いてくる。

 さっきと違い、少し硬いオーラを纏っている気がするんだけど、何をするつもりなんだろう?


 みんなも何事かと思って零くんと私を見ていた。

 うーん、目立ってしまっている。

 嫌だなぁ……。


 零くんは私の机の前に来ると、すっと片膝をついて跪いた。

 アーマードボアでも見た、騎士の所作での謁見めいたポーズである。


 教室中が零くんの行動に驚愕し、静まり返ってしまう。

 もはや目立つどころではない。

 全員の視線が私たちに突き刺さっていた。


「昨日、言いそびれてしまったから、今、言っておきたいんだ」

「えっ、と、……な、何を?」


 このシチュエーションには覚えがあった。

 小っちゃい頃に見た騎士物語とか、シンデレラとか、そういった類の夢物語ではあったけれど、いわゆる愛の告白シーンというやつである。

 まさかという思いと、それ以外考えられないという思いが私の中でせめぎ合う。


 真剣な眼差しで私を見つめ、彼は私の手を両手で包み込んだ。


 うそでしょ!?

 ちょ、やめて!


「僕が一番守りたいのは、君なんだ。好美さんを、きっと全ての害悪から守ってみせる」


 小さく震える手と紅潮した頬、真剣な眼差しから、彼にとって勇気を振り絞った告白だったということが伝わってくる。

 でも、うぅ、迷惑です……言えないけど……!


「愛の告白だあぁあああああ!!」

「いったい何があったんだぁああああ!?」

「イヤぁああああああ!?」

「ぎゃあああああ!?」


 周りで見守ってい生徒たちが、零くんの告白を聞いて一気にボルテージを爆発させる。

 私の返事を待たずに、教室が一気に大騒ぎになった。

 男子は狂乱し、女子は絶叫している。

 もはや隣にいる人の声も聞こえないくらいの大騒動である。


「よっしー、どういうことだよ! 昨日何があったんだ!」

「聞かせてくれなきゃ許しませんよ~!」


 目の前に、弘子ちゃんとぷに子ちゃんの顔が迫ってくる。

 輝羽ちゃんは記者になったかのようにお友達ノートを広げ、真剣な表情でこっちを見ながらシャーペンの芯の長さをカチカチと調節していた。


「えっと、一緒にソフトクリームを食べただけだよぅ」

「「「2人で1つの!?」」」

「いや、1人1個ずつだってば……」


 そんな恥ずかしいことできるわけないでしょうに……。

 あ、零くんが真っ赤になって俯いてしまった。

 何を想像しているんだ……。


 その後はとにかく酷かった。

 はしゃぎまくったクラスメイト達が校内を走り回り、1時間足らずで全校に知れ渡ってしまったのである。

 休み時間は零くんと私の周りから人がいなくなることがなかった。


「私、目立ちたくないのに……」

「今さらじゃない? よっしー、この学校一の有名人じゃん!」


 輝羽ちゃんの鋭い指摘が私を襲う。

 四六時中もみくちゃにされていた私の心は、その追撃だけでぽっきり折れてしまった。

 机に突っ伏した拍子に伊達メガネの片側が耳から外れるが、直す気力も無い。


 あぁ、早く帰りたいよぅ……。



--5月16日(火) 16:00--


「よし、次だ、来い!」

「お願いします!!」


 威勢のいい掛け声が体育館に響く。

 防衛課が警察と合同で主催している空手教室に、今日は零も参加していた。

 先日のサイガーディアンとの戦いで吹っ切れたのか、零は迷いのない顔をして組み手を行っている。


「はぁっ!」

「うおおっ!?」


 中学生の身でありながら、零は結構な頻度で勝ちを重ねていた。

 今も、全体から見ても中間あたりにいる相手から一本を取ることに成功している。

 その強さは、大人を相手にしても遜色ないほどだ。


 それに、若人(わこうど)の成長は早い。

 きっと零はまだまだ強くなっていくだろう。

 いつまでここにいてもらえるかは分からないが、できれば大きく育ててやりたいものだ。


「せやっ!」

「なんのっ!」


 まだ中学生の零に負けてなるものかと、大人たちも意地を見せていた。

 それが相乗効果を生み、彼らもまた力を上げていくという上昇スパイラルが出来上がっていく。

 子供が混じって大丈夫なのかと不安になっていたが、要らない心配だったようだな。


「おおぉ、今のなかなか凄いんじゃないスか? やるなぁ、零のヤツ!」

「ああ、そうだな」


 横から掛けられた言葉に、俺は相槌を打った。

 だが、そのまま声を掛けた人物に対して説教モードに突入する。


「……で、何でお前がここに居るんだ飛竜! お前、今日こそ休みのはずだろ!?」


 出動続きだったレッドドラゴンこと飛竜までもが、何故かこの空手教室に顔を出していた。

 まぁ、道着姿ではないし、本当に顔を出しただけといった雰囲気だが。

 疲労回復のため今日は絶対に休めと業務命令を出していたのに、何で訓練の場に来ているんだ?


「怒らないでくださいよ、散歩がてら寄っただけですって!」

「本当だろうな? 今日、何やってたんだ?」

「その辺をぶらついてましたよ。全然動かないのも何か身体に悪そうで……」


 そう言って腕をストレッチしだした。

 ダラダラしすぎると逆に疲れが取れないだろうし、ちょっと動く方が好ましい。

 飛竜の場合、動きすぎてやしないかと心配だったが、指示通りしっかり休んでいるようだし、これで飛竜(こいつ)の疲労蓄積に関しては一安心だろう。


「もう一本!」

「よし、来い!」


 零は自ら手合わせを願い出て、より強い相手へと果敢に挑んでいく。

 本当に、昨日の朝までとは別人のような気迫を見せていた。


「零、頑張りすぎじゃないっスか? 何かあったんですかね?」

「さぁ、どうだろうな? お前は何か知らないのか?」

「うーん、思い当たることは無いですね……」


 飛竜が腕を組んで考え始めた。

 零の方を見ると、もう汗だくになっているのに、まだ戦おうとしている。

 これは一度休憩を挟むように伝えるべきだろう。

 頑張りすぎはケガにつながるからな。


「零、いったん休憩を入れろ。息を整えて集中力が切れないようにするんだ」

「押忍!」


 師範に一礼をして、零が休憩用のスペースに下がっていく。

 運動用のカバンから取り出したタオルを首に掛けて、スポーツドリンクを口に含んだ。


「よぉし、組手やめ! いったん休憩(インターバル)だ!」


 零が休憩に入ったことを契機に、師範が全体にも休憩の指示を出した。

 道着を着た警官や防衛隊員たちも一礼をしたのち、休憩スペースへと下がっていく。


「なぁ、零、好きな子でもできたのか?」

「!?」


 考え込んでいた飛竜が唐突にそんなことを零に問いかけた。

 静かになった体育館に飛竜の声が思いのほか大きく響く。


「ゲフッ!? ごほっ! ごほっ!」

「飛竜、お前なぁ……」


 諫めようとした俺の目に、スポーツドリンクを飲んでいた零がむせている姿が映る。

 飛竜が、おっ? といった表情を浮かべるが、勘違いじゃないか?

 そりゃ、いきなりこんなこと言われたら(むせ)ることもあるだろうよ。


「なんか怪しいけど、まぁいいや。……そうそう! 南中学校なんだけどさ、あそこには佐藤好美ちゃんっていう俺の知り合いがいるから、何かあったら彼女を頼って――」

「!!?」


 ドガシャアアンッ!


 零が盛大にコケていた。

 近くにあったテーブルと、上に乗っていたペットボトルが巻き込まれて派手な音を立てる。

 のっそりと座りなおした零の顔は、ゆでだこかと思うくらいに真っ赤になっていた。


 みんなが顔を見合わせ、一瞬の沈黙ののちに歓声が沸き起こる。


「おいおい、マジかよ!?」

「いやっほぉおおおう! 青春だぜぇええ!」

「なぁなぁ、零、どんな子なんだ? 好美ちゃんって!」

「あれだろ? ブラックローチの時の……」

「あぁ! 思い出した! あの子かぁ!」


 体育館は練習そっちのけで大盛り上がりになってしまった。

 その輪の中心で、零は赤ら顔のまま腕組みされたり頭をくしゃくしゃにされたりしている。


「おい、そろそろ再会ーー」


「告白すんのか!?」

「まて、ここはゆっくりと外堀をだな……」

「記者対策を考えねばなりませんね」


 その様子を見守っていた師範が、両手を広げて『お手上げだ』といったジェスチャーをした。

 こりゃどうにもならんな。


 それにしても、まさか零が転校直後で恋をするとはなぁ……。

 まぁ、相手の名前を聞いたら妙に納得してしまったが。

 何があったのかは分からないが、きっと素敵な出会いをしたのだろう。


「好美ちゃんを選ぶとは、零のヤツ、見る目あるな!」

「あー、まぁ、そうだな……」


 彼女なら性格的にも申し分ないし、頭もいいし、度胸もある。

 おさげとメガネで損をしているが、素顔も中々の美形なんじゃないかと俺は睨んでいる。

 零の恋の熱は、しばらく収まらないかもしれないな。


 おっと!

 さすがにそろそろ零もつらそうだし、助けてやるとするか。


「おーい、お前ら、からかい過ぎんなよ」


 零には不幸かもしれないが、今の出来事で零とウチの隊員たちは一気に打ち解けたようだ。

 零がウチでうまくやっていけるか心配していたことが、まるで遠い日のようにさえ思えてくる。


 新たな力を見せつけた頼れるヒーロー、ブルーファルコン。

 俺たちに最高の仲間が1人加わった。

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