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秘密結社パンデピス  作者: ゆきやま
18/42

レディバグの怪人

--5月14日(日) 6:00--


 朝日が眩しい本町通りで、犬の散歩をしている人たちが挨拶を交わす声が聞こえてくる。

 輝く太陽が久方ぶりに明るく街を照らし、雨を吸って力強さを増した草花は、その光を浴びてより大きくなろうと背を伸ばしていた。


 広く澄み渡る青空の下で、私はのんびりと新聞配達を続けていた。

 中間テストが終わった後の解放感と、昨日の鯛めし初調理が大成功に終わったこともあって、今日はすこぶる調子がいい。

 ペースを落としているはずなのだが、それでも終わる時間はいつも通りになりそうだった。


「あ、アズマさん発見!」


 曲がり角から、防衛隊員のアズマさんが出てくるところが見えた。

 いつも通りのウィンドブレーカー姿でジョギングを行っているようである。

 向こうも私に気が付いたようで、軽く手を上げて近づいてきた。


「おはよう、好美ちゃん」

「おはようございます。今日も頑張ってますね」


 何か良い事でもあったのだろうか? いつにもましてアズマさんの笑顔が眩しい。

 その笑顔を見るだけで私の視界にも光が溢れる。

 まるで太陽の光が30パーセント増量になったかのようだ。


 そうそう、カップケーキの感想を聞いておこうと思っていたんだった。

 忘れないうちに聞いてしまおう。


「覚えていたらでいいんですが、カップケーキの味、甘すぎたりしませんでしたか?」

「あぁ、ちゃんと覚えているよ。結局、他の連中にとられちゃったんだよなぁ……」


 アズマさん、どうやらカップケーキを守り切れなかったらしい。

 防衛隊員の皆さんとアズマさんは、いたずらを仕掛けるくらいに仲良くなっているみたいだ。


「甘かったけど、ちょうどよかったと思うよ。みんなも美味いって喜んでたし」

「そうですか? それならよかったです」


 少し甘めにしておいたのだけど、それでちょうどいいくらいのようだ。

 身体を酷使する仕事も多いみたいだし、疲れている時にはやっぱり甘さを求めちゃうのかな?


「何かお返しにと思ってさ、色々見ていたんだけど」

「いえ、お返しなんて……」


 正直、お返しは欲しいと思ってたりするんだけど、さすがに遠慮しておいた。

 ここで『楽しみにしてます』なんて言えない。

 グイグイ行くことができる人もいるみたいだけど、私にはその図太さが無いんだよなぁ。


「お菓子の中に"パンデピス"っていうのを見つけて驚いたんだよ」

「あぁ、フランスのお菓子の名前なんですよね」

「そう! 秘密結社っていうイメージしかなかったもんだから、びっくりしちゃってさ」


 "パンデピス"はフランス語で香辛料を意味する言葉で、同じ名前のお菓子が存在している。

 私もそれを知った時には驚いたものだった。


 昔、お父さんに、なんで秘密結社の名前を"パンデピス"にしたのか尋ねたことがあった。

 『ヒーロー側が新潟名物の米に関連しとるじゃろ? なら、それに対抗するにはパンが良かろうと思ってな! パンデピスにしたのは響きが良いから選んだだけじゃ!』

 ……こんな感じだったはずだ。


 それと、昔は組織を本当に秘密にしていたい時期もあったらしく、もし誰かの耳に入ったとしても誤魔化せるように一般名詞にしたのだそうだ。

 今ではすっかり馴染んでしまっているので、もう変えるつもりは無いらしい。


「それに、お菓子にスパイスが使われているなんて思わなくってさ、それにも驚いちゃったよ」

「そうなんですよ。お菓子って意外とスパイスを使うんです」

「みたいだね。シナモンとか、カルダモンとか、ナツメグとか……」


 あっ、ナツメグ、『お菓子の材料』って……!

 南中学校のスパイと合流する時に使った合言葉って、パンデピスの材料の1つだったのか。

 何でお菓子なのかと思っていたけど、今さらながら謎が解けちゃったよ。


「でも、パンデピスを持ってくるのはなぁ。そんなわけで、お返しはもう少し待っててくれよな」

「あ、はい……。え? いや、別にいいですよぅ!」


 思わず返事してしまい、慌てて手をぶんぶん振ってお断りする。

 アズマさんはそんな私を見て、声を上げて笑った。


「はははっ! 期待してくれていいからな! じゃあな~!」


 アズマさんは軽く手を振って走り出し、1つ先の曲がり角を曲がって見えなくなっていった。

 遠慮するつもりだったのだけど、きっともう声は届かないだろう。


 まぁいいか。

 あの様子だと、たぶん遠慮していても押し付けてきていたと思うし。

 それに、ちょっと楽しみでもある。いったい何を持ってくるつもりなのだろう?


 しばし考えてから私は何となく一歩を踏み出し、嫌な予感がして、慌てて後ろを振り向いた。


「やっぱりっ!」


 気配を消した軽トラが眼前まで迫ってきていた。

 私は慌てて地面を蹴り、横方向にくるりと前転受け身をとって、寸でのところで回避する。

 簡単にぶつけられてたまるもんですか!


 何とか避け切った私が軽トラを見ると、無駄に上手いドリフトをしながら華麗に路肩へ駐車していた。

 そして、その軽トラの中から四角いメガネにふんわりパーマの男が降りてくる。


「やぁ、好美ちゃん、おはよう。昨日はご飯、ありがとうね」

「感謝するならクルマで突っ込んでこないでください! 当たったら大事故ですからね!」


 目の前に現れた男性の名前は篤人さん。

 彼の裏の顔は秘密結社パンデピスの戦闘員21号だ。


 篤人さんは私の正体が怪人で、常人離れした耐久力を持っていることを知っており、クルマで轢かれても大したケガはしないと分かっているのでよくイタズラを仕掛けてくるのだ。

 痛いからやめて欲しいのだが、何度言ってもやめてくれない。

 せっかく鯛めしをご馳走してあげたのに、この人は恩を仇で返すつもりなんだろうか?


「今度、お返しを持ってくるから許してよ。それより、偽者についての後日談があるよ」

「本当にもぅ……」


 お返しはあってもなくてもいいが、安全運転はしっかりしてほしいと切に願う。

 私以外には事故を起こしていないみたいだけど、いつかやらかしそうな気がして怖いし。


「それで、後日談って何ですか? まだ1夜しか明けていませんが……」

「残念ながら、その1夜で"DRAW BOW"が一夜にして瓦礫の山になってしまったんだよ」

「あぁ、幹部2名が暴れたらそうなりますよね……」


 "DRAW BOW"は私の偽者が所属していた裏社会の組織である。

 彼らは銀行強盗の罪をパンデピスに(なす)り付けようとしたのだが、ひょんなことから情報を手に入れることができたのできっちりパンデピスの幹部に報告しておいたのだ。


 幹部のノコギリデビルが、同じく幹部であり、取引担当のカラガカシを誘って乗り込もうとしていたことは知っていた。

 どうやら"DRAW BOW"の皆さんは幹部2人の怒りを鎮めることに失敗したらしい。


「盗んだ物はきっちり奪い返して、被害者の銀行や貴金属店に送り返しておいたみたいだよ」

「へぇ~。てっきり自分のものにするのかと思ってたんですけど……」

「そんなことしたら、結局『ミスティラビットが盗んでいった』ってことと変わらないからね」


 ミスティラビットというのは、私が怪人化した時の名前である。

 あくまで今回は偽物がやったことだと徹底して周知することになったようだ。

 ちなみに、私のお父さんが組織の改造手術担当のマッドサイエンティストであり、ミスティラビットが濡れ衣を着せられていたことを嫌っていた。

 それを知っているノコギリデビルが気を利かせてくれたのかもしれない。


「それ以外は全部奪って来たから大幅黒字だって聞いたよ。だから大丈夫さ」

「あー、そうなんですね」


 大丈夫ってなんだ?

 もう一人の幹部、カラガカシの機嫌が大丈夫ってことだろうか?

 私の一方的な想像でしかないけど、カラガカシはお金にならないことを強制させられたら一気に機嫌が悪くなりそうな気がする。


「そんでもって、崩落した組織のアジトにはちゃんと置手紙をしてきたよ。『パンデピスの名を騙る者には破滅を――』」

「怖いなぁ……」

「『By(バイ) Misty (ミスティ) Rabbit(ラビット)』」

「うぇ!? ちょっと!? 何で私の銘を入れるんですか!」


 抗議しながら篤人さんを睨みつける。

 私の怒りの抗議を受けて、篤人さんは面白そうに言い訳を始めた。


「だって、そうしなきゃ意味が分からないからね。潰された組織が偽ミスティラビットに関係していることが分からないと、他の組織への見せしめにならないからさ」

「う~、仕方ない事なんでしょうけども……」


 相変わらず、本人への連絡が一番遅いのが納得いかない。

 説明されたら妥当な方法だということも理解できるのだけど、できれば先に教えて欲しいとも思う。


「先に連絡できなかったのはゴメンだけど、好美ちゃんの意に反することなら僕が止めるからさ。アツトにお任せってね」

「必要最低限にしてくださいね?」


 勝手に名前を使われることに思うところはあるものの、篤人さんが任せろというのなら任せてしまっても良いかな?

 私が本気で嫌だと思うことはやらない人だし。

 ……車で突っ込んでくること以外は。


 話がひと段落ついたところで、篤人さんが別の話題を切り出した。


「それで、今日の予定なんだけどね……花畑を狙うみたいなんだ」

「花畑ですか? なんでまた?」


 篤人さんがちょっと嫌そうな顔をして声を小さくする。


「"キザ"が出撃するんだよ。永岡市の丘陵公園を狙うってさ」

「あぁ、そうなんですね」


 あの怪人なら、たぶん一般人の被害はないと思う。

 それに、"キザ"というニックネームの通りに、気障(キザ)ったらしい怪人なのだ。

 嫌うほどではないんだけど、助けたいという気持ちも起きにくい、微妙な相手なのである。


「放っておいてもいいんじゃないですか?」

「好美ちゃんでもそう言うんだねぇ」

「だって、最近は撤退のための補佐役も付くじゃないですか。私が出なくてもいいと思いますよ」

「そうなんだけど、その補佐役がブラッディローズなんだよ」

「え~……」


 またあの怪人は女性を伴って出撃をするつもりなのか……。

 "キザ"は受付の女性戦闘員や、戦闘員だった頃の私にも作戦への参加を要請してきたことがある。

 今回、その被害者がブラッディローズというのは微妙に気になるところだ。

 喧嘩になることは無いと思うけど、万が一ということもあるし、どうしようかなぁ?


 うーん、気になるなぁ……。


「見に行こっか」

「そうですね」


 私たちは微妙に気になる気持ちを抑えることができず、頷き合った。

 意見がまとまったところで篤人さんが軽トラに戻り、窓から半身を乗り出して私を見る。


「午後1時には迎えに行くよ」

「分かりました。よろしくお願いします」


 去っていく篤人さんを、手を振って見送った。

 軽トラが見えなくなると、私も残りの新聞を配達するために歩き出す。


 空から降り注ぐ日差しは強まり、いつの間にか雲一つない青空に変わっていた。

 今日はお布団を干して、洗濯物も太陽の光で乾かすことができそうだ。

 お弁当を作る必要は無くなったから、お昼までは時間に余裕がありそうである。


 またカレーでも作ろうかな?



--5月14日(日) 14:20--


 太陽に照らされて光り輝くアスファルトの上を、私たちを乗せた軽トラが走っていく。

 まだ片付けられていない鯉のぼりがところどころで風に揺れていて、ゴールデンウィークの残り香はお休み気分を少しだけ増やしてくれている気がする。

 田植えが済んだ田んぼには緑色の稲が整然と並び、小さな葉っぱを風に揺らしていた。


「到着したよ。ここだね」

「国営越後丘陵公園かぁ……」


 広い駐車場に止めた軽トラから飛び降りて、2人で大きく伸びをする。

 車両はそれなりにあるけど、十分な駐車スペースがあるからか混んでいるという感じはしなかった。

 さすが国営、なかなかの広さである。


「好美ちゃんはここに来るのは初めて?」

「一度来たことがあるような無いような……」


 もしかしたら小さいときに来たことがあるかもしれないが、記憶が曖昧だ。

 広々としたチューリップ畑を見たことがある気がするのだが、ここだったかもしれないし、別の場所だったかもしれない。


「中に入って、全体がどうなっているか見た方がいいかな?」

「そうですね」


 入り口で入場チケットを購入し、2人で公園の中へとてくてく歩いていく。

 まっすぐ続く石畳の真ん中に、さっそくチューリップがお出迎えしてくれた。

 両脇には、私の頭より少し高い位置にプランターを乗せた支柱が立てられていて、様々な草花が小さな花をたくさん咲かせている。


「あぁ、なるほどねぇ~」

「珍しい花でもありましたか?」

「まぁね。少し特別な花があるみたいだねぇ」

「へぇ~?」


 篤人さん、草花にも詳しいのだろうか?

 私はなんちゃって農業事業者なので、野山の草木に詳しいわけではないし、花についても一般常識レベルだと思う。

 篤人さんが何を見て珍しいと言っているのかは分からなかった。


「まぁ、そんなことより先に進もうか」

「そうですね。想像していたよりずっと広そうですし……」


 私たちはまだ入り口をくぐったばかりだ。

 綺麗な花を眺めるだけではなく、どこに何があるかは把握しながら歩かなければいけない。


 入り口の石畳をまっすぐ進めば一番目を引くステージが見える。

 あれは目立つし向かわなくても大丈夫だろう。

 今回はそちらへは向かわず、脇道に進むコースを選んだ。


 その道に入ってすぐに、草花で出来た緑色のアーチがいくつも連なる散歩道が見えてきた。

 敷居となっている木の柵にも花の株が取り付けられていて、彩り豊かに咲き綻んでいる。

 空気には微かに薔薇の香りが広がってきており、知識でしか知らなかったアニメに出てくる花園が、そのまま目の前に現れたようだった。


「薔薇園って実在するんだ……」

「そりゃそうだよ。好美ちゃんも面白い事を言うなぁ」


 カラカラと笑う篤人さんが前へと進んでいくので、私もその後を追って歩き出した。

 公園内はどの道にも綺麗に区画分けされた薔薇が植えられていて、とても整備されている。

 薔薇園にある道の作り形も、まるで1つの花のようだった。


 道を進んでいくとステージがだんだんと近づいてきた。

 通り道には小休止ができる円形のスペースが設けられ、木の椅子とテーブルがところどころに置かれている。

 あのテーブル席の真ん中にある棒に巻き付いた布は、もしかして雨避けの傘なのだろうか?

 この丘陵公園に限っては、雨の公園というのも意外と面白いのかもしれない。


 通り道の先にはチューリップの絨毯が広がっていた。

 公園を取り囲む木々の緑も鮮やかで、その対比がとても美しい。


「チューリップはそろそろ時期が終わるはずなんだけど、まだ咲いているみたいだね」

「色とりどりですね」


 花畑は中学校のグラウンドくらい広く作られていて、高いところに立てばまるで(こと)の弦のようにチューリップが連なっているのが見える。

 1つ奥の畝では子供たちがチューリップの隙間を縫って駆けていき、一組の男女が花畑をバックに写真を撮り合っていた。


 いったい何本植わっているんだろう?

 テレビではよく『何万本の~』っていうけど、私だったら数える気力が持ちそうにない。


 チューリップ畑に沿って歩いていくと、今度は大きな池が見えてきた。


 ほとりには遊歩道が綺麗に一周分続いていて、歩くだけで心が洗われるような心地がする。

 奥の方に見えたこげ茶色の三角屋根は休憩所だったみたいで、たくさんの人が軽食を摘まんでいた。


「水辺の広場は涼し気だねぇ」

「いろんな噴水がありますね」


 シイタケの(かさ)を縦に数枚重ねたようなオブジェクトがバシャバシャと飛沫を上げている。

 地面はというと、薄く水が張られたプールのようになっていた。

 そして、それを渡るための道は、リバーシの駒を大きくしたような平べったい足場が一足くらいの幅に設置されていて、まるで浮島を渡っているかのようである。


 他にも足漕ぎで回す水車があったり、水が上から噴き出している透明な筒状の通路があったりと、水をモチーフとして本気で作った遊び場が用意されていた。


「1人1時間まで。……人気スポットなんですかね」

「そうなんじゃないかな。濡れてもいいなら僕も遊んでいきたいくらいだよ」


 今でも子供たちがワーワーキャーキャーと声を上げながらはしゃいでいる。

 大人も童心に帰るのか、子供たちほどではないが楽しそうに広場を回っている姿が見えた。

 夏が近づいたら、より気持ちよくなって楽しさが倍増するのだろう。


「好美ちゃん、この後どうする?」

「ざっと一回りするんじゃないんですか?」

「そうしたいんだけど、全体を見ると今までの4倍くらい時間がかかりそうなんだ」

「うへぇ……ここ、広すぎません?」


 国営、恐るべし。


 今の話を聞くと、篤人さんの質問には別の意図が含まれていたことが分かる。

 たぶん、パンデピスが奇襲してくる時間までには回り切れないと判断したのだろう。

 急いで全部見て回るか、それとも切り上げて次の行動に移るかだ。


 今回は被害者が少なくなる見込みなので、事件が起きてからこっそり人命救助に動く方法でもいいだろうし、合流して様子を伺う方法のどちらでも問題ないだろう。

 人命救助としては成り行き任せでもいいのだが、私たちの目的の1つに"キザ"とブラッディローズの様子を近くで見る、というものがある。

 そのためには最初から合流してしまった方がいいかもしれない。


「先に動くとしても、どうやって合流するんですか?」

「大丈夫さ。さっき、薔薇の花を見つけたからね」

「え……? 何のことですか?」

「目印を決めておいただけだよ。花を隠すには花の中ってこと。今回は()()がいるからね」


 彼女って、たぶんブラッディローズのことだと思う。

 篤人さんはブラッディローズと、合流のための印を決めていたってことに違いない。

 そして、それは何かしらの特徴を持った薔薇の花ということだ。


 薔薇園もあるし、薔薇の花自体はたくさんあるけど、ブラッディローズなら目立たないように細工しておくこともできるだろうし、バレにくく証拠も残らない印を作り上げそうだ。

 現にヒントを貰った私ですら、その花がどれなのか全く分からないでいる。


「展望台側から森の中へ行って、こっそり戻ってこようか」

「そっちも公園内だったんですね。広いなぁ……」


 駐車場を囲んでいる森も公園の一部に入っているようである。

 全部回るの、今までの4倍の時間でも足りないんじゃないだろうか?


 花のエリアを後にして、山の方へと向かっていく。

 駐車場に入るときに石造りの橋を潜ってきたのだが、その上を渡ってまっすぐ歩いていけば展望台に辿り着くようだ。


「今なら大丈夫そうだね」

「そうですね……」


 運よく展望台まで進む前に姿を眩ませられるシチュエーションが整った。

 周りを見渡しても人はいないし、木々に囲まれていて視界も悪い絶好のポイントである。

 篤人さんに促され、身体を静かに屈めて森の中へと足を踏み入れていく。


「今回は隠れているだけになるかもね。……あ、変身を解いたら一般市民って形で宜しく」

「分かりました」


 今日は戦闘員の服は出番なしだ。

 私は身に着けた黒いブローチにそっと合言葉を囁く。


「白き霞よ集え、メタモルフォーゼっ!」


 ブローチが黒から白へと変わり、中から白い布が溢れ出て私の身体を包んでいく。

 それと同時に私は怪人の力を解放し、うさ耳と尻尾、そして口元にもふもふの毛とヒゲを生やした怪人の姿へと変身する。

 真っ白なコスチュームに身を包んだ怪人ミスティラビットが木々の隙間にこそっと顕現した。


「その隠れている様子、本当にウサギみたいだね」

「ウサギですからね」


 戦闘員の姿になった篤人さんが木々の陰からスッと現れ、私の側に身をかがめた。

 そしておもむろにパンフレットを広げると、入り口のすぐ傍にある道を指さした。


 どうやら、最初の方にブラッディローズの印があったらしい。

 そういえば、珍しい花があるとかなんとか言って、じっくり見ていたっけ。

 そして、その指をスッと動かして、すぐ横にある森の中を指し示した。


「印によると、薔薇園の反対側にある森の中にいるみたいだね」

「結局、展望台の方に行くんですね」


 このまま展望台へ向かい、そのまま道なりに進めば姿を隠しながら入場口まで戻って来れる。

 入場口の石畳の左側が薔薇園につながる道で、右側は木々が生い茂っていたはずだ。

 あんな所に居たとは、全然気づかなかった。


 篤人さんと頷き合い、私たちは移動を開始した。

 ガサゴソと小さな音を立てながら、人に見つからないように森の中を進んでいく。


 人通りもそこまで多くはなく、私たちは速やかに合流場所へ移動することができた。

 入り口から家族連れのお客さんが楽しそうに入って生きている様子が見える。


 さて、この辺にいるはずなのだが……。



--5月14日(日) 15:00--


「来たのか、ミスティラビット」

「あ、居た!」

「合流成功だね」


 蔦や葉を纏い、木に擬態していたブラッディローズが姿を現した。

 周りの木々も一部はブラッディローズの能力で作られたもののようで、私たちの姿を隠すように周りを取り囲んでいく。

 このカムフラージュ能力はやはりさすがだ。

 動機は何であれ、この作戦にブラッディローズが参加するのは作戦上では大正解だと思う。


「動きやすそうな恰好になったな。似合っているぞ」

「あ、うん、ありがとう」


 ブラッディローズに恰好を褒められて何だか照れ臭くなってしまった。

 社交辞令かもしれないけど、こちらも一言お返ししておこうと褒めるべき点を探す。


「ブラッディローズには花が似合うね」

「お前までそんなことを言うのか……」


 ややげんなりした表情を見せながら、ブラッディローズが言葉を吐き出した。

 選んだ言葉は残念ながら失敗だったかもしれない。

 これは"キザ"に色々と言われたのだろうな。


「おお! まさか君まで来てくれるなんてっ!」

「うげっ、出た」


 木の陰から大げさな身振りをしながら一人の怪人が現れた。

 私と篤人さんが"キザ"と呼んでいる怪人である。


「あぁ、なんてことだ! 麗しい2人のレディに釣り合うようにするには、どれほどの花があればいいのだろう? この公園だけでは捧げる花は足りないかもしれない!」


 歌劇でもしているかのような大仰な仕草で、彼は自分の世界に浸っている。

 ブラッディローズも私も篤人さんも、それを困惑した表情で見つめていた。


 【セブンスターバグ】

 テントウムシ(レディバグ)の一種、ナナホシテントウの怪人。

 背中には赤くて硬い(はね)を持ち、空を飛ぶことができる。

 しかし、私にとって彼の一番の特徴は、おおよそ戦闘向きではない真っ白いタキシードを着て、女性を口説いて回る悪癖を持っていることである。


「では、セブンスターバグ様は、やはり花をプレゼントするためにこの場所を?」

「もちろんだとも。この時期にはチューリップと薔薇のどちらも咲いている。6月の花嫁(ジューンブライド)の季節も悪くはないが、ブラッディローズには紫陽花(アジサイ)より薔薇が似合う。そうはではないかな?」


 語り口調のセブンスターバグが大いに語るものの、自分に酔っていて返事は求めていないようだった。

 篤人さんはちゃんと頷いて返事を返していたのに見てすらいない。


「私は別に要らんのだがな……」

「話を聞いてくれないんだよね……」


 私ももう経験済みだが、何を言っても暖簾に腕押しで、こちらの意志を受け取ってくれないのである。

 花畑ごと全部を貰っても持て余すだけなんだけどなぁ。


「他に戦闘員はいないのですか?」

「彼らにはお(いとま)していただいたよ。花園にふさわしい服装(ドレスコード)ではなかったのでね」


 戦闘員たちは言いがかりをつけられて追い出されてしまったようだ。

 いや、本気で言っているのかもしれない。

 ただ1つ言えることは、タキシードを着てでもセブンスターバグに付いていこうという奇特な戦闘員はいなかったということだ。


「そろそろレディたちにショータイムをご覧に入れましょう。ミストボールはお持ちかな?」

「はっ、こちらに」


 篤人さんがスッといつも使っている煙玉を取り出し、セブンスターバグに差し出した。

 あの煙玉、"ミストボール"っていう名前だったんだ。

 私、聞いたことなかったんですけど。


 いや、もしかしてカラガカシが裏社会へ売り込む際に商標登録でもしたのかな?


「では、さっそく使うとしよう」

「え?」


 驚く私たちの目の前で、セブンスターバグがミストボールを地面に叩きつけた。

 ボゥンッという音と共にひんやりとした霧が辺り一面を覆い尽くす。


「ぶわぁっ!?」

「いったい何のつもりだ?」

「まさか、すぐ使うなんて……!」


 理解が追い付かない行動に、それぞれが疑問を口にする。

 セブンスターバグは霧が広がった様子を満足そうに見つめているので、どうやら間違って使ったわけではないみたいだ。

 辺り一帯が突然霧に包まれてしまい、公園からも、戸惑う声やどよめきが聞こえてくる。


「それでは行ってくる。レディたちはゆっくり見学していてほしい」


 小さく投げキッスをしてセブンスターバグが公園の方へと進み、その姿は白い霧に溶けていった。

 悲鳴が少しだけ大きくなった気がするが、目の前まで真っ白な霧に覆われて何も見えない。


「ミスティラビット、戦闘員21号、奴はどこへ向かったと思う?」

「えっと、どこだろう?」

「ステージじゃないかな、たぶん」


 篤人さんが行動の予測を立てていた。

 確かに、セブンスターバグならステージに向かいそうな気がする。

 ……この霧って、もしかして登場演出のスモーク代わりなんだろうか?


「煙幕をドライアイス代わりに使われるなんて思わなかったよ」

「やっぱり、それが理由なんですかね?」

「それ以外に考えられんぞ」

「爆弾よりずっとスマートではあるんだろうけど、何だかモヤモヤするよ」


 逃走用の切り札をいきなり使われてしまったのだから、篤人さんの気持ちがよく分かる。

 使い方が間違っていると言いたいけど、十分に目立つこともできるし、確かに爆弾を放り投げるよりずっとマシなんだよなぁ……。


「ミスティラビット、ここからセブンスターバグの音は拾えるのか?」

「分かんないけど、やってみる」


 気を取り直して私が意識をステージに向けると同時に、怪人の襲来を告げるサイレンが鳴り響いた。

 霧に邪魔されていたが、怪人が現れたことがようやく公園の管理者に伝わったのだろう。


 私はステージに意識を集中させ、サイレンの音の中に混ざる音を慎重に聞き分ける。

 すると、微かだがセブンスターバグの声を辛うじて拾うことができた。

 より範囲を狭めるように意識を集中していくと、更にはっきりとその声が認識できる。


「居たよ。やっぱりステージにいる!」

「予想通りだねぇ」


 彼はステージの真ん中に陣取り、独り舞台を繰り広げているようだ。


「さぁ、怪人の姫を亡き者にしようとするヒーローよ、来るなら来たまえ! 私がいる限り、彼女らには指一本たりとも触れさせはしない!」


 うん、ちゃんと聞こえてはいる。

 何を言っているのかは分からないが。

 あと、できれば私たちが隠れていることをバラさらないようにしてほしいのだけど……。


「僕は外側で待機しておくよ。撤退指示はブラッディローズからお願いします。ミスティラビットはサポートだけに留めておいて」

「ブラッディローズが指示するの?」

「当たり前だ。でなければ私がここに来た意味がない」


 ブラッディローズが気勢を上げ、手に持ったミストボールを見せてきた。

 そもそも、今日の撤退任務はブラッディローズが受けたものだし、ブラッディローズも序列を上げようとしていたはずだから、不必要に彼女の活躍の場を奪うのは良くないかもしれない。


「分かった。私はいざという時だけ動くことにするね」

「ふっ、今日はお前の出番はないと思ってくれて構わんぞ」


 自信たっぷりに言い切ったブラッディローズが公園の敷地内へと飛び出していった。

 私もそれを追って霧の中へと飛び込んでいく。


 霧は既に薄くなってきており、ドライアイスを焚いたように足元だけを覆っていた。

 これならお客さんたちが逃げるのもそんなに苦労はしないはずだ。

 ヒーローが現れる頃には、きっとお客さんたちの避難は終わっているだろう。


 私たちはセブンスターバグが陣取るステージの建物内へと滑り込んだ。

 そして、彼が独演するステージには目もくれずに空の方へと目を向ける。


「ヒーローたちは知っているだろうか? 地下深くに咲いた可憐な花の美しさを! その美しき花を焼き尽くさんとする己の醜さを!」


「「……」」


 私もブラッディローズも、何も言わなかった。


 息をひそめること数分、青空が広がる森の上に一筋の飛行機雲が延びてくる。

 その雲は緩く弧を描きながら私たちの真上まで来ると、やがて一人のヒーローを大地に送り届けて通り過ぎていった。

 赤い輝きを宿したヒーローが宙を舞い、ステージ前へと華麗に着地する。


「来たか。ヒーロー、レッドドラゴン!」

「平和を乱す怪人め! お前の横暴もここまでだ!」


 構えをとったレッドドラゴンに対し、セブンスターバグはステージの上で腕を組んでいる。

 そして、その腕組み姿勢のまま翅を広げて空中に浮かんでみせた。


「私の名は、怪人セブンスターバグ! 君は私を捕まえることはできるかな?」

「なっ、空を飛べる怪人か!?」


 セブンスターバグはステージ上部を蹴ると、レッドドラゴンに向かって降下しながら攻撃に転じた。

 高速飛行からのラリアットがレッドドラゴンを襲う。


「ぐっ!? 速い!」


 その攻撃はガードしたレッドドラゴンを腕ごと弾き飛ばし、その身体をチューリップの丘へまで吹き飛ばした。

 セブンスターバグは太陽を背にしながら優雅に空中で手を広げている。


「君、ヒーローなら花を避けて着地するべきじゃないか? チューリップが数本折れてしまったよ」

「……なるほど、次からはそうさせてもらう。今度はこっちから行くぞ!」


 今度はレッドドラゴンが地面を蹴り、一気にセブンスターバグへと迫る。

 セブンスターバグは大きく避けることをせず、あえてその攻撃を防御する構えを見せた。


「せぇい!」

「さすがはレッドドラゴン。見事な攻撃だよ。しかし……」


 数発、打撃を打ったところで、レッドドラゴンの身体が重力に引かれて落下していく。

 それに合わせて、セブンスターバグは急降下しての追撃態勢に入った。

 無理な体制で攻撃したレッドドラゴンが慌てて着地の体勢を整えようとするところに、セブンスターバグの拳が容赦なく襲う。


「空中では思ったように身動きが取れまい!」

「しまった! ぐあぁ!?」


 完璧な一撃がレッドドラゴンの防御をすり抜けて鳩尾(みぞおち)へと叩きつけられる。

 チューリップの丘を僅かに逸れ、石畳を叩き割りながらレッドドラゴンは地に落ちた。

 白い噴煙が舞い上がり、倒れ伏すレッドドラゴンの姿をわずかに霞ませる。


「思った以上に善戦してる……」

「ただ避けただけではレッドドラゴンに一撃を加えることはできなかったはずだ。敢えて防御したからこそ、攻撃後に最大の隙を作り出すことができた。なかなかやるな、セブンスターバグ」


 ブラッディローズがパワーだけではなく、戦いの戦略性や判断力までも賞賛している。

 この戦いぶりは、今までの甘い? 言葉よりもずっとブラッディローズの琴線に触れたらしい。

 そういえば、アルマンダルが腕への一撃を喰らわせて以来の、レッドドラゴンへの有効打だ。

 これはまさか、レッドドラゴンが負けるような事態になるのだろうか?


「くそっ、空を飛ぶ敵は厄介だぜ……!」

「ふむ、やはり君には大したダメージは与えられないか……」


 セブンスターバグはそう呟くと再び太陽を背負う位置へと移動した。

 そしてぐんぐんと急上昇していき、その姿が影の点のようになる。


「逃げた? ……いや、違う!」


 レッドドラゴンが気づいた通り、セブンスターバグは逃げたわけではなかった。

 一度空高くに移動した後、重力すら追い抜くような凄まじいスピードで、レッドドラゴンへと迫っているのである。


 私たちの視点からは、セブンスターバグが超高速で急降下している姿がはっきりと見える。

 レッドドラゴンの視点でも、きっと点になった影が大きくなってくるように見えたことだろう。


「あのまま突っ込んだら、セブンスターバグもタダじゃすまないんじゃ……」

「反動ダメージを覚悟の上で突っ込んでいくつもりだ。あれをまともに喰らったらレッドドラゴンといえども無事ではすむまい」


 対するレッドドラゴンは通常の構えをとりながら、僅かに右手に炎を宿していた。

 しかし、必殺技の溜めを作る時間は明らかに足りていない。


 レッドドラゴンが、やられる!?


 私は自然と足に力が入っていた。

 今から飛び出せば、ぎりぎり間に合う!

 地面を蹴ろうとしたが、次の瞬間、レッドドラゴンが放った一言で踏みとどまった。


「セブンスターバグ、お前の技の弱点、見切った!」


 レッドドラゴンは必殺技の溜めを行うことなく、炎が宿った拳をそのまま突き出した。

 その手から、やや小さな火炎弾が一直線に撃ち出され、セブンスターバグへと向かっていく。


 赤い炎と黒い影が交差し、バァン! と衝撃音が鳴り響いた。


「ぐわぁあああ!?」


 ダメージを受けたセブンスターバグが地面へと墜落し、チューリップの丘に激突した。

 土ごと跳ね上げられたチューリップが空中を舞い、抉られた地面の上にパサリと落ちる。


「【フレアナックル】! 威力はブレイザーキャノンに劣るが、溜め無しでも放つことができる! そして、お前の技の弱点は直線的すぎるところだ!」

「くっ、こうも簡単に打開されようとは……!」


 気丈に立ち上がったセブンスターバグだったが、その翅に大きなダメージを受けているようだった。

 あれでは恐らく飛ぶことはできないだろう。

 大技を狙わずにダメージを与える戦法だったらもっと戦えるかもしれないが、それも飛べること前提での話である。


「……奴は十分に戦った。撤退する」

「うん」


 撤退のタイミングとしてはここだろう。

 ブラッディローズの指示に二つ返事で頷き、飛び出していくブラッディローズを見送る。

 そして、レッドドラゴンは今度こそ必殺技の構えに入っていた。


「はぁああああ!」


 その腕に龍の如き炎が逆巻き、熱気が辺りを包み込む。

 溜めが終わり、レッドドラゴンが拳を正拳突きのように引き、更に力を籠める。


 それを見たセブンスターバグは、大きく空へと跳躍した。

 やはり翅は動かせず、跳ぶことはできないようだった。

 結局、ただ跳ねただけであるが、セブンスターバグは狙い通りといった感じの笑みを見せた。


「あそこに撃たれたら花が焼け焦げてしまうだろう?」

「そのためにだけに!? ……本当か?」


 たぶんセブンスターバグは本気で言っているのだろうと思う。

 それを信じられないレッドドラゴンが疑念を口にしたが、それで必殺技をやめるということもなく、むしろより力を籠めて熱量を高めていく。

 空中にいるセブンスターバグに向かい、レッドドラゴンの必殺技が火を噴いた。


「罠だったとしても、罠もろとも噛み砕く! ひっさぁあああつ! ブレイザー・キャノン!! 発射ぁああああーーーーっ!!」


 超圧縮された火炎弾が迫っていく。

 セブンスターバグは万事休すとばかりに目をつぶったが、そのセブンスターバグの前にもう1人の怪人が現れた。


「ブラッディローズ!? 何でそっちにいるの!」


 私はついつい身を乗り出して呟いた。

 そこにいたら、セブンスターバグはもちろん、ブラッディローズも一緒にやられてしまう!

 そんな私の心配をよそに、ブラッディローズはいつもの調子でセブンスターバグを救助していた。


「お前はよくやった。撤退するぞ」

「おぉ、姫よ! 私には構わずお逃げください!」

「誰が姫だ」


 セブンスターバグの目の前に飛び込んだブラッディローズが、身体から蔦や根をありったけ伸ばして植物の盾を作り出した。

 いや、どちらかというと身代わりなのかもしれない。

 大きな塊となった盾の他にも、身体を隠すか隠さないかくらいの根っこがもう1枚作られ、ブラッディローズとセブンスターバグを守っている。


 ドゴォオオンッ!!


 植物園を揺るがす衝撃が奔り、近くにあった傘らしきものが炎に巻かれた。

 結構離れていたはずなのに、小さな植物の葉にも火が付いたようで、チューリップの丘と薔薇園の付近は山火事の一歩手前みたいな状況になっている。


「うぐ!? 直撃してないのに、これか……!」


 薔薇園まで吹き飛ばされたブラッディローズが腕を抑えながら立ち上がった。

 よかった、まさかブレイザーキャノンを受けて生きているなんて、これはこれで快挙である。


「お前は、ブラッディローズか!」


 しかし、しっかりと後詰めに来たレッドドラゴンが生き残った2人を見て構えをとった。

 ブラッディローズも、先ほどの必殺技を防御した時に全力を尽くしたように見える。

 戦える力は残っていないのではないだろうか?


「あぁ、何という悲劇か。愛し合う2人もここで終わりだと言うのか」

「誰がだ! おい、レッドドラゴン、これは違うからな!」


 ここにきても独り芝居を続けるセブンスターバグに、さっきまで真面目な戦いを演じていたレッドドラゴンも少し面食らっている感じである。

 しかし、すぐに気を取り直したレッドドラゴンが握りこぶしに力を籠めると、小さな炎がチリチリと空中を舞い始めた。


「ブラッディローズ、お前は危険な怪人だ! ここでトドメを刺す!」

「相変わらず想定以上のパワーだな、レッドドラゴン」


 話ながら、ブラッディローズは私に目配せをした。

 この状況では、さすがに1人で切り抜けるのはしんどいということなのだろう。

 自分のプライドを優先させず、こういった時に素直に助けを求められるのは見事な潔さだと思う。


「分かった、行くよブラッディローズ! せぇい!」


 持っていたミストボールを地面に投げつけ、深い霧をもう一度発生させる。

 私の声に反応したレッドドラゴンが振り向いたが、私は既に移動を開始しているので、もうそこには誰もいない。


「やはり、いたのか! ミスティラビット!」


 レッドドラゴンの声が大きく響く。

 それと同時に、小さな足音がまっすぐブラッディローズがいた方へと進んでいった。

 私が集中していなければ聞き取れないくらいの小さな足音である。

 レッドドラゴンも、声を使ってその場に残っているように印象付けようとしているのだろう。


 さて、ブラッディローズはどこだろうか?


 私のうさ耳では2か所同時に聞くのは難しく、レッドドラゴンの動向は分かったが、肝心のブラッディローズとセブンスターバグの行動は分からなかった。

 ただ、レッドドラゴンが移動した先で動いていないことを考えると別の場所に移動したようだ。


 ブラッディローズが取りそうな行動は、薔薇園に隠れるとか?

 隠れられそうなところ、あったかなぁ?


 私は悩んだ末に、いつも通りの方法を採ることにした。

 霧が薄くなり、影が見える状態になったことを確認して、私はレッドドラゴンの前に姿を現す。

 そして、わざと驚いたような声を上げた。


「うぁ、まだいる!?」

「そこか、ミスティラビット!」


 そして、後は鬼ごっこである。

 もうミストボールもないし、篤人さん任せになるが、きっとどうにかしてくれるはずだ。


「"フレアナックル"!」

「ちょ、うへぁ!?」


 レッドドラゴンの拳から放たれた"フレアナックル"が私の尻尾に当たって爆発した。

 吹き飛ばされた拍子にレッドドラゴンが一気に近づいてくる。

 もう手が届くんじゃないかというくらいに近くまで迫られてしまっていた。


「ひぃいいいい!?」

「くそっ、やはりスピードアップしているのか!」


 新しいコスチュームのスピードじゃなかったらダメだったかもしれない。

 掴まれたりしたら、それこそ一巻の終わりだ。

 新コスチュームに変えることを選んだ過去の私よ、グッジョブである。


 水辺の広場を跳ねまわり、遊具のある広場をすり抜け、広い芝生のエリアを駆け抜ける。

 追いかけっこをしながら入り口付近へと向かうと、声が聞こえた。


「ミスティラビット、こっちに!」

「あ、戦闘員――」


 篤人さんの呼ぶ声が聞こえてホッとしたのもつかの間、私はその光景に血の気が引いた。

 レッドドラゴンが軽トラと思われるシルエットに向かって、炎の拳を放とうとしていたのである。

 私は反射的にレッドドラゴンへと飛び掛かっていた。


「わぁあああ!!」


 その瞬間に、レッドドラゴンが私の方へとくるりと向きを変えた。

 あ、と思った時にはもう遅かった。


「せやぁあっ!!」

「ぶ!?」


 私の頬に、強烈な衝撃が叩き込まれる。

 篤人さんの方を向いていたのはフェイントだったようだ。

 地面を叩き割るほどの衝撃で弾き飛ばされ、私の身体は木の柵を破壊してようやく止まった。


 ぐらぐらする意識の中、目を開いているはずなのに視界が回っていて何も頭に入ってこない。

 私は立ち上がろうとして、盛大に転んでしまった。

 何となく殴られた頬に手を当てて、そこでようやく自分が火傷していることに気付いた。


 攻撃を受けた個所が相当悪かったようで、意識がはっきりしない。

 レッドドラゴンが必殺技の構えをとっている気がするけど、それすら判断できそうにない。

 これ、本格的にやばいのかも……。


「立て、ミスティラビット! お前はこんなところで終わる器ではない!」


 何かが勢いよく飛ぶ音がする。

 ブラッディローズがすぐそこまで来てくれているようだった。


「うっ!? くそっ、ブラッディローズ、まだそんな力を……!」


 火花が散る音と、レッドドラゴンの焦った声が聞こえる。

 先ほどの音はもしや、ブラッディ・ニードルが飛ぶ音だったのだろうか?

 ブラッディローズもボロボロのはずなのに……。


 そうだ、私はまだ死にたくはない。

 途切れそうになる意識を何とか繋ぎ止め、私は一度目をつぶる。

 目に頼れなくても耳があるんだから、それでどうにかしてみせる!


 震える膝を両手で叩き、私は何とか立ち上がった。

 意識を研ぎ澄まし、私はとにかく状況を把握しようと周りの音に神経をとがらせた。


「これで最後の1個ですから、何が何でも逃げきります!」

「お姫様たちは限界だぞ! 急ぎたまえ!」


 篤人さんとセブンスターバグの声、そして地面に何かが投げつけられた音が聞こえる。

 そして、ひんやりとした感覚が、肌にまとわりついてくる感じがした。

 これはたぶん、ミストボールだよね?

 それなら、みんな目が見えていない状態になっているはずだ。


「ブラッディローズ! ミスティラビットに蔦を伸ばしてください!」

「む? わかった」


 ブラッディローズが返事をしたすぐ後に、私の腕に何かが絡まる感覚があった。

 きっとブラッディローズが私の腕に蔦を巻きつけたのだろう。

 今は司令塔が篤人さんに代わっているみたいだ。

 それなら、篤人さんが何を考えているか分かれば状況を打開できるのかもしれない。


『ミスティラビット、聞こえる? ブラッディローズを引っ張って、こっちへ』


 篤人さんの凄く小さな声が聞こえた。

 誰にも聞こえないくらいの声で話しているみたいだ。

 私はその指示に従い、トラックがいる場所へと跳躍して移動していく。

 ブラッディローズも私の行動に身を任せてくれたようで、私についてきてくれているようだった。


「うっ!」


 しかし、最後のジャンプという時にバランスを崩してしまった。

 軽トラの横っ腹に突っ込むような低いジャンプになってしまっている。


 音を出し、軽トラにも乗れなければレッドドラゴンからは逃げきれないだろう。

 これはもうダメかもしれない。

 最後に力尽きてしまうなんて……!


「姫、ご無事で何より」


 そう思っていたのだが、私の身体は誰かの手で優しく受け止められ、しっかりと軽トラに引っ張り上げられていた。


「セブンスターバグ様、よくミスティラビットを受け止めることができましたね」

「できるさ。……と言いたいところだが、夢中で手を伸ばしたら偶然うまくいっただけだ。私にも泥臭い執念が残っていたとは、らしくないな」

「そうか。私はそっちの方が好きだがな」


 私を引っ張り上げてくれたのはセブンスターバグだったみたいだ。

 ブラッディローズも一緒にいる。何とか助かったみたいだ。


「……ありがとう」

「もったいなきお言葉でございます、姫」

「こちらこそだ。ミスティラビット、囮役に感謝する」


 私はお礼を言った後、レッドドラゴンの様子を探るために後ろの方へと意識を集中した。

 どうやらこっそり追ってきていたみたいだけど、やがてその足音は途中で途絶えた。

 必殺技を放とうとする動きも無さそうだし、見失ったと思って諦めたみたいだ。


「レッドドラゴン、諦めたみたい」

「あとは防衛隊の防衛ラインだけだね」

「まだあるのか。まったく、骨が折れるな……」


 ああ、まだあるんだ。

 もう、今すぐ寝たいんだけどなぁ。


「僕とミスティラビットは2人だけなら案がありますが、お2人は逃げきれますか?」

「森の中に入れれば私は平気だ。1人くらいなら匿えるぞ」


 私はもうヘロヘロで何もできそうにないが、篤人さんには案があるらしい。

 ブラッディローズも1人で逃げ切れる自信があるようだった。

 今日は私だけダメダメな状態である。

 いや、セブンスターバグもかな?


「それでは、ブラッディローズ姫は(わたくし)がエスコートを……」

「お前はエスコートされる側だ。行くぞ」


 そう言うや否や、ブラッディローズとセブンスターバグは軽トラから飛び降りて去っていった。


「じゃあ、僕らも行くよ」


 篤人さんは軽トラで霧に紛れながら、防衛ラインを強行突破していった。

 そう、いつぞやと同じく、ただスピードを出して突っ込む強硬策でしかなかった。

 案って何だったんだよぅ!


「いやぁ、急がないと煙玉の効果が無くなっちゃうからね」

「あのぅ、結局外に出るなら、どうして2人を居なくしたんですか?」

「そうしないと好美ちゃんが寝れないでしょ。そろそろ限界なんじゃない?」


 篤人さんは、目をつむったままの私の様子から限界を見抜いていたようだった。

 実際、もうそろそろ限界である。

 寝たら怪人化は解けてしまうし、それであの2人を早く軽トラから降ろしたかったようだ。


「好美ちゃんはしばらくお休みしてて」

「ごめんなさい、力が必要だったら言ってください、ね……」


 頑張って伝えたいことを伝えた直後、私の意識は闇へと溶けていった。



--5月14日(日) 18:00--


 地下1000メートルにある秘密結社パンデピスの地下基地に、私たちは全員で集まっていた。

 作戦実行者のセブンスターバグ、補助のブラッディローズ、飛び入り参加の私ミスティラビットと戦闘員21号こと篤人さん、そして幹部ノコギリデビルの5人である。


「ふふふ、よく無事に戻ってきた。報告を聞こう」

「はっ、我らは永岡丘陵公園に出向き、そこでレッドドラゴンと戦闘を行いました。一撃を当てることはできたものの、反撃されてからは圧倒され、逃げることしかできませんでした」


 簡単に概要を語った後、セブンスターバグは包み隠さず、淡々と事実を述べた。

 時折りノコギリデビルが出す質問に答えつつ、戦闘内容を(つまび)らかにしていく。

 それらがひと段落すると、セブンスターバグはキッと顔を上げた。


「すべては私の実力不足。ブラッディローズとミスティラビットに落ち度はありません。罰を受けるなら私一人が!」


 妙に芝居がかっている気もするが、どこまで本気なのかいまいちわからない。

 私はこのノリに合わせるのも何かイヤだなと思っているのだが、ノコギリデビルは意に介さずにいつもどおりの対応をしてみせた。


「ふふふ、罰する必要などあるまい。レッドドラゴンへの一撃を与えたこと……アルマンダルに次ぐ快挙として、誰が評価せずとも私が評価しようではないか」

「はっ、ありがたき幸せ!」


 セブンスターバグはますますキリッとした表情をしつつ、(こうべ)を垂れた。

 やや芝居がかっているけど、このくらいは許容範囲かなぁ。

 本当に頑張っていたし、意外と高い実力を見せてくれたし。

 これで口説き癖と自分の世界に入り込む癖がなければ、凄くまともな怪人なんだけどなぁ……。


「ふふふ、ブラッディローズからも撤退について報告を頼む」

「承知した。レッドドラゴンがブレイザーキャノンを放とうとしているところを見て撤退を開始。何とか救助は間に合ったものの私も大ダメージを受け、ミスティラビットに手伝ってもらうことにした」


 ブラッディローズが私の方を向くと、ノコギリデビルもちらりとこちらを向いた。

 何を言っていいのか分からないし、そんな風に見られても困る。


「随分と痛めつけられたみたいだな」

「あ、はい、強烈なパンチを貰っちゃって……」


 私の片側の頬には濡れタオルが当てられていた。

 火傷が後になって痛み始めたので、とりあえず冷やすことにしたのである。


「囮になった時に、相手のフェイントに思いっきり引っかかっちゃって……」

「アレはもはや必殺技の一歩手前くらいまで炎の熱量が上がっていたような気がするぞ」

「うぇ、そうなの!?」

「あぁ。もはやブレイザーキャノンを放つ拳を直接受けたようなものだ」

「そっかぁ。どうりであの時よりダメージがあると思った。ブレイザーキャノンが間近で爆発した時よりも強烈だった気がするもん」


 以前、ブラッディローズと一緒に、ブレイザーキャノンとライトニングストリームの同時攻撃を受けた時のことが思い浮かぶ。

 あの時も冷や汗だらだらの展開だったけど、今回もそれに匹敵するくらいにピンチで……。


 ふと周りを見ると、全員がポカンとした顔をしていた。

 あれ? 何、この空気?


「ミスティラビット、それってたぶん、ブレイザーキャノンより強い攻撃だと思うよ?」

「君はその一撃を受けてなぜ無事なんだい!?」

「なに、序列ナンバーワンは伊達ではないということだよ。ふふふ、なるほど、Dr.ジャスティスが放っておけと言うわけだ。まさかこれほどとはな」


 篤人さんはあきれ顔で、セブンスターバグは信じられないといった表情を浮かべて、ノコギリデビルは満足そうに笑いながら私を見ていた。

 あと、セブンスターバグには『無事じゃないですけど』って言いたい。

 もうちょっとで死ぬとこだったよ。


 その後、ブラッディローズが考えていた作戦を明かした。

 私が囮になってレッドドラゴンを連れて行かなかった場合は、薔薇園に潜んでカモフラージュしながら時が過ぎるのを待つつもりだったそうだ。

 だが、失敗する確率は高かっただろうともブラッディローズが話していた。


「ふふふ、私が聞きたかったことは以上だ。諸君らも大変だっただろう。ゆっくり休むといい」

「はっ、それではこれで作戦終了とします!」


 私たち怪人と篤人さんがノコギリデビルに敬礼をすると、ノコギリデビルは笑いながらエントランスを出て行った。


「ノコギリデビル様には許してもらえたとはいえ、レディたちをあんな危険な目に会わせてしまったのは痛恨の極みだ。あぁ、この苦しみはどうすれば消え去るのだろう?」

「まーた始まった……」

「気にする必要は無い。もとより覚悟の上だ」


 ブラッディローズは私と違って格好いいことを言っているが、やっぱり微妙に嫌そうである。

 そもそも私たち全員がボロボロなんだから、早く休みたいんですけど。


「せめて、これを受け取って欲しい」

「え、チューリップ?」

「戦利品としては雀の涙ほどだろう。でも、悲しいかな、今の私に渡せる花はこれくらいなのだ」


 そう言って私とブラッディローズに1本ずつのチューリップを渡してきた。

 どうする? とブラッディローズに目配せすると、ブラッディローズはその1本を受け取った。

 私もそれに倣い、もう一方のチューリップを受け取ることにする。


「確かに受け取った。大切にする」

「私も、これくらいならありがたく貰っておくね」

「おお、なんと慈悲深いレディたちなのだろう! 次こそは必ず、君たちに相応しい花園をプレゼントして見せましょう!」


 いや、いらないんですけど。

 そう思ったものの、私たちはその言葉を口には出さず、恭しい礼をして去っていくセブンスターバグをただ見送った。

 やっぱり最後まで"キザ"だったなぁ。


「ところで、ブラッディローズは大丈夫なの?」

「大丈夫とは何だ?」

「蔦とか根とか、ほとんどがブレイザーキャノンで吹き飛ばされちゃったでしょ?」


 あれほどの質量を作り出す能力を使い、それを丸ごと消し炭にされたのである。

 パッと見では身を覆う蔦が少なくなったかな、くらいしか変化は無いが、かなりのダメージがあったと考える方が自然である。

 実際のところはどれほどのダメージが残っているのだろうか?


「……そうだな、身体に支障はないが、能力はしばらく再生するまでに時間がかかりそうだ」

「やっぱり、植物がダメージを受けちゃったんだね」


 チューリップの花を眺めながら、ブラッディローズが悲し気にそう言った。

 ブラッディローズの持っている植物は普通の植物と違う性質を持っていると思うけど、どうにかして再生を速めることはできないだろうか?


「あー、そうだ、これをプレゼントするね!」

「何だこれは?」


 私が差し出したのは輪煮清水の入ったペットボトルである。

 嵯渡から帰ってきた後、何となくずっととっておいたものだ。

 時間が経ってしまって飲めるかどうかちょっと不安になったので、畑にでも撒こうと思って持ってきていたのである。


 結局、今は私の頬を冷やす水として使っているが、植物なら水も必要だろうし、綺麗な水ならきっと悪くなることは無いはずだ。


「嵯渡のお土産。輪煮清水っていう名水なんだって。植物に合うかなと思って」

「根に吸わせればいいのか?」


 ブラッディローズの足から根が延びてきて、ペットボトルの口の中へと侵入していく。

 ペットボトルの水を掛けるのかと思っていたけど、そうやって吸収するんだね。


 ペットボトルの水はぐんぐん根に吸収されていき、すぐ空っぽになってしまった。

 それと同時に、ブラッディローズに巻き付いている蔦が力強さを増していく。


「ふむ、これは悪くないかもしれないな……」

「思った以上に効いているみたいだけど、普段は根に水を吸わせたりしてないの?」

「たまに吸わせてみたりはしていたな。水道水ならいつでも手に入る」

「……水道水かぁ。塩素がダメな植物もたまにいるからなぁ」


 私の呟きに、ブラッディローズが驚いた顔を見せた。


「水道水だとまずいのか?」

「だいたいは問題ないんだけど、たまにダメな植物もあるって話だよ」


 それがブラッディローズの操る植物にも該当するかどうかは不明だが、もし水道水よりも植物の調子が良くなるのなら、塩素が無い清水の方が良いのかもしれない。


「ミスティラビット、お前は植物に詳しいのか?」

「そんなでも無いんだけど……」


 もしかして、ブラッディローズは植物使いなのに植物にあまり詳しくないのだろうか?


 その後、ブラッディローズの質問攻めに会い、私はなけなしの知識で対応する羽目になった。

 あまりに色々聞いてくるので、今度園芸の本を持ってくると言ってお開きにしてもらった。


「園芸の本より理科の教科書の方が良いかなぁ?」

「楽しそうだね、好美ちゃん」


 家路へ向かう車の中で、どんな本がいいのかを篤人さんと話し合った。

 もしかしたら、知識面では私はブラッディローズの力になれるのかもしれない。



--5月14日(日) 18:00--


【特務防衛課 新潟県 十日前町市 支部】


「はっ! せいっ!」


 警察との話し合いを終えて地下基地へと戻ってくると、飛竜がトレーニングルームで正拳突きの型を繰り返していた。

 今日もまた秘密結社パンデピスの怪人が現れ、レッドドラゴンとして戦ってきた後だというのに。

 身体を休めるのも仕事のうちだと口を酸っぱくして言ってきたはずなんだがな。


「あ、お疲れ様です、教官!」

「飛竜、お前なぁ……」

「すんません、どうしても試してみたいことがあって」


 飛竜が恐縮しているところを見ると、休むべきだってことは理解しているみたいだ。

 今日はセブンスターバグが現れ、思ったより苦戦したらしいことは聞いている。

 それが悔しくて特訓でもしているのかと思っていたが、どうやら少し事情が異なるらしい。


「ブラッディローズとミスティラビットもその場に居たんですが」

「あぁ、聞いているよ。奴はやはり、なかなか捕まえきれんな」


1対3で、逃げる相手を追い詰めろって方が無理難題だから、逃がしても気にするなと言っている。

誰か一人を追いかけて撃破するように方針は固めているが、今回の相手は逃げる相手の中でも最難関と思われるミスティラビットが相手だった。

いつもそうだが、あと一歩がどうしても届かないでいる。


「ギリギリまで追い詰めたと聞いた時ぜ。俺も出撃できたらと悔しく思ったよ」

「それは絶対ダメです!」

「分かってるさ。出撃に支障があること自体が残念、ってだけだ」


 俺、上杉一誠も、ヒーロー、ライスイデンとして後方待機している状態だ。

 俺の身体はヒーロー化の弊害と思われる原因不明の不調をきたしている。

 今のところは全力を出そうとした瞬間に息切れするだけだが、ヒーロー活動を続けていけば半年後には命を落とすだろうと宣告されている。

 そうでなくても、どこまで生き永らえることができるのかは不透明な状態だ。


 残りの寿命を費やすとしたらパンデピスとの決着をつける時が望ましい。

 今回みたいなケースで出撃することは、今後も避けることになるだろうな。


「ミスティラビットといえば、犯罪組織が1つ潰されていたな」

「あ~、喜んでいいかどうかわかんないっスけど、模倣犯は減りそうですよね」


 偽ミスティラビットが捕まった次の日、つまり今日の朝にはすでに組織壊滅だったからな。

 情報を吐かせた偽物すら、その事実にビビっていた。

 容赦ない秘密結社のやり方はマスコミ各社には大々的に拡散してもらっているし、安易な気持ちで手を出そうという輩は減るに違いない。


 秘密結社パンデピスも、所属する怪人の名を騙る行為には黙っていないということだろう。

 パンデピスもマスコミによる拡散を見越してメッセージを残したんだろうが、ここは利用されてやることにしよう。

 俺は、使える物は使わせてもらう。


「……それで、何で空手の型なんかやってたんだ?」

「ミスティラビットに放った技を使えないかと思ったんですが……」


 飛竜が今日の戦いで起きた出来事を話し始めた。

 ミスティラビットを呼ぶ声が聞こえ、そちらに振り向いて力を溜めたこと。

 しかし、正確な位置が分からずに放つことはできなかったこと。

 ミスティラビットが突然反転して攻撃してきたので、そちらに向かって直接パンチしたこと。


「飛竜、その技って、もしかしてブレイザーキャノンより威力の高い攻撃になったんじゃないか?」

「恐らく。でも、溜めて移動するとどうもパワーが下がってしまって、再現できないんスよ。相手が突っ込んできたから合わせることができただけで、このままじゃ使い物になりません」


 距離をとり、溜めを作り、必殺技を放つのは隙を無くすためだ。

 至近距離で溜めを作ったら致命的な隙を生じるから、確かに使い物にならない。

 そもそも、そんな工夫しなくても、普通の怪人なら軽く吹き飛ばせる威力なんだがな……。


「でも、ミスティラビットは倒せませんでした」

「……信じたくないよ、そんな情報。ったく!」


 俺は頭をガリガリ掻いて悪態をついた。

 確かに今までも決定打を叩き込めたことは無かったが、ブレイザーキャノン以上の威力が直撃しても倒せないとか、考えたこともなかった。

 ミスティラビットの耐久度は俺の予想を遥かに超えているらしい。


「意識は朦朧(もうろう)としていたみたいなんで、効かなかったわけじゃないと思います。どうせなら全パワーを開放して、倒しきるべきだったのかもしれない」

「いや、やらなくて正解だったと思うぞ。下手したら拳が使い物にならなくなる」


 ブレイザーキャノンを直接ぶち当てるとか、恐ろしいことをやろうとしていたんだな……。

 威力だけは高くなりそうだが、たぶん手が持たない。

 それならブレイザーキャノンを連発する方がまだマシだろう。


 そもそも、お前がいなくなったら新潟はヤバいんだ。

 自分をもう少し大切にして欲しいもんだ。


「とりあえず、その技は追い追いでいいだろう。そもそも、ミスティラビットを捕まえること自体が至難の業だから、技の相性は最悪のはずだ」

「いやまぁ、そうなんスけどね。感触が残っているうちに試したかったんスよ」

「研究熱心なのはいいが、お前、本当にそろそろ休めよ?」


 結局、今日までずっと休みなしだからな。

 明日は休めるといいんだが――。


「飛竜さん」


 地下基地のトレーニングルームに、1人の少年が入ってきた。


 目深にかぶったつば付きの帽子の下に、知性的な光が宿る。

 ネクタイ付きの学生服に身を包み、俺は聞いた年齢より幾分か大人という印象を抱いた。

 彼が()()なのか。


「来ましたよ」

「おぅ、よく来てくれたな! これから一緒に頑張ろうぜ!」


 飛竜が駆け寄って朗らかに肩を組むが、この少年は少し迷惑そうにしている。

 仲が良いのか、そうじゃないのか、よく分からん。


「おっと、紹介するぜ。俺の上官であり訓練教官だった上杉一誠さんだ。もう一つの姿は、新潟のヒーロー、ライスイデンだぜ」

「ご紹介にあずかった上杉一誠だ。君のことは聞いている。よろしくな、【ブルーファルコン】」


 少年はヒーロー名を聞くとつらそうに目を細めた。


 やはり、彼はまだ立ち直れていない……。

 彼の両親が戦いに巻き込まれて亡くなり、まだ数日しか経っていなかったはずだ。


「大丈夫か、(れい)?」

「飛竜、聞かなくていい。引っ越し準備、大変だっただろう? 明日また改めて話せばいい」


「すみません、失礼します」


 礼儀正しく頭を下げ、少年はトレーニングルームを出て行った。

 最近はずっとふさぎ込んでいたと聞いているし、本人もこのままじゃいけないと理解しているだろう。


『立ち直るきっかけになってくれればとも思っています……』


 以前に、飛竜が言った言葉が脳裏をよぎった。

 この地が彼に大いなる癒しを与えてくれることを願うばかりだ。

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