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秘密結社パンデピス  作者: ゆきやま
17/42

怪人ミスティラビット

--5月9日(火) 6:00--


 空を覆い尽くした分厚い雲から、ついにポタポタと雨粒がコンクリートへと落ちてきた。

 本町の小径に小さな黒いシミが広がっては、すぐに消えていく。

 しばらく晴天続きだった天気は今日からは下り坂で、これから1週間は雨が続くそうだ。


「お野菜にはちょうどいいかな……」


 山の一角にある家庭菜園には1週間に2日ほどしか通えないので、平日に雨が降るのはありがたい。

 収穫まではまだまだ時間が掛かるが、植えた野菜は今のところ順調に育ってくれている。

 このまますくすくと育ってくれたら豊かな実りを迎えることができるだろう。


「わわ、ちょっと降ってきた!」


 少し雨脚が強まってきた。

 まだ小雨だし、風邪を引くこともないだろうが、今の私にとっては侮りがたい天敵だ。

 私はあらかじめビニール袋をかぶせておいた新聞を、できるだけ濡れないようにポストへと投函していく。


 山の方には白い(もや)が掛かっているし、天気予報の通り、きっと雨は強くなってくるだろう。

 大降りにならないうちに、できるだけたくさん配っておくに越したことはない。

 私は肩から掛けたカバンを担ぎなおし、足早に次の家へと向かって歩き出した。


 本町通りに出ると、ランニングウェアを来たアズマさんに、ばったり出くわした。


「お、好美ちゃん! おはよう!」

「お、おはようございます!?」


 危ない、急いでいたから、ぶつかっちゃうところだったよ!

 驚いてドキドキしている私をよそに、アズマさんは何故かとても良い笑顔になっていた。


「聞いたよ! 好美ちゃん、大活躍だったんだって?」

「ふぇ? ……あぁ、昨日の事件のことですか?」


 ブラックローチこと黒川先生が、潜入任務をしているにもかかわらず暴れた事件である。

 下手をしたら学校が爆破されていたかもしれないので、止めることができて本当に良かった。


「そうそう! 先生の代わりに自ら人質になって、ブラックローチの企みを阻止したってやつ! 凄いじゃないか!」

「は、はぁ、そうですね……」


 アズマさんは大興奮で私を褒め称えてくれているが、私は素直に受け取れなかった。

 アズマさんは私が勇気を振り絞って行動したと思っているみたいだが、実情はちょっと違う。

 私は怪人の力を人間の状態でも使えるから、そこまで危険はないと判断して行動したに過ぎないのだ。


「好美ちゃんには、ぜひとも感謝状を出そうって話になってるよ! ニュースにもなってるし!」

「うぇ? ニュースぅ!?」


 いつの間にそんなことになっていたんだろうか?

 そんな大したことは……。


「卑劣な怪人に対し、先生の代わりに自ら人質になることを申し出た少女。その少女が怪人の企みを見破り、隙を突いて相手の作戦を阻止し、ヒーローを勝利へと導く。こんな痛快極まりない出来事、滅多にないぜ!」


 うーん、大した事あるっぽい。

 確かに、普通の女子中学生がそんな活躍をしたらニュースになってもおかしくないと思う。


 アズマさんが新聞紙を指さした。

 たぶん、『載っているよ』と言いたいのだろう。

 私、あまり目立ちたくないんですけど……。


「おっしゃ、俺も防衛隊員として頑張らなきゃな! じゃあ、またな!」

「あ、はい、また」


 居ても立っても居られないといった感じのアズマさんが、手を振って去っていく。

 ものすごい全力ダッシュで、その姿が見えなくなるまであっという間だった。

 今回ばかりはその勢いに圧倒されてしまい、まともにお話しできなかったのは少し残念だ。


「あ、カップケーキの感想を聞くのを忘れてた! ……まぁ、後でいいか」


 喋れなかった分、何でもない独り言を呟いて私は前へと歩き出した。

 感謝状が出るとか言っていたし、また騒がしくなるのかもしれない。

 昨日の時点で先生や生徒、その親御さんからも目いっぱい感謝の言葉を貰ったので、正直、私としてはもう十分なのだが。


 ドガンッ!


 真横から突然現れた配送トラックが、私の身体を激しく吹っ飛ばした。

 死角からまともに一撃を受け、地面と空がグルグルと回る。

 完全に油断していて、全く気付けなかった。


「やあ、好美ちゃん、おはよう!」


 私がドサッと地面に落ちた後、篤人さんがクルマから降りてにこやかに挨拶をした。

 この人は鈴木篤人さん。

 表向きはトラックドライバー、裏の顔では秘密結社パンデピスの戦闘員であり、実質的な私のパートナーである。


 私は人間形態でも怪人の力があるので、クルマで体当たりされても問題ないと分かっているからか、しばしば高速で突っ込んでくるのである。

 ゴールデンウィーク中旬からはその機会はなかったのだが、久しぶりに強烈な一撃を貰ってしまった。

 うぐぐ、肩と背中がとても痛い。


「もぅ、篤人さん、安全運転してください! 普通の人なら大事故ですからね!」

「うんうん、久しぶりだね、この感じは! ……あ、気を付けるね」


 とってつけたように反省の一言を入れられても、まったく信用ならないんですけど!

 ジト目で睨んでみても、篤人さんはどこ吹く風だ。

 それにしても、篤人さんも妙に元気というか、アズマさんと同じような浮かれ具合を感じる。


「篤人さん、何かあったんですか?」

「いや、別に?」


 その顔は明らかに嘘だ!

 だって、すっごくニヤニヤしてるし!

 全身から何かしら悪だくみをしている時と同じ雰囲気を醸し出している。


「まぁまぁ好美ちゃん、そんな怖い顔しないでよ。ニュースを見ればすぐわかると思うからさ」

「ニュースですか?」


 またニュースかぁ……。

 私が表彰されるらしいことと、何か関係があったりするのだろうか?

 今、聞いても答えてくれないんだろうなぁ。


「それについてはお楽しみってことで。そうそう、幹部から黒川先生に対して、改めてきっつい指導が入っていたよ」

「まぁ、そうでしょうね」

(おおむ)ね好美ちゃんが言った内容と同じだけどね。潜入するのに暴れるとは、みたいな感じ」


 先日の事件については幹部もおかんむりだったようだ。

 南中学校にスパイを送ることにも意味がある、というようなことも言っていたらしいし、いきなりあんな事態を引き起こしたら、そりゃ怒られるに決まっている。


「ただ、潜入には成功して、本人も反省しているってことで厳重注意だけで済んだみたいだよ」

「それならよかったです」


 もし、これで不審を持たれている状態だったら、もう少し厳しい罰が下っていたんだろうな。

 黒川先生は、あの事件のおかげで、むしろ一気に学校に溶け込めた感じがする。

 今後、ちゃんと先生として働きさえすれば、より信頼を得ることができるはずだ。


「好美ちゃんも大立ち回りだったねぇ。あれほどバレそうな条件が揃っているのに、誰も好美ちゃんを疑っていないところが凄いよ」

「う、言われてみたらそうかも」


 煙の中、私だけがいなくなって"謎の怪人"が現れたという条件で、よくバレなかったものだ。

 今思うとぞっとする。


「感謝状くらい貰えちゃうんじゃない?」

「実際、出るっぽいですけど……。それ、私が受け取っちゃっていいんですかね?」


 私は秘密結社パンデピス所属なわけだし、何だか騙しているみたいであまり良い気分ではない。

 辞退しようかなぁ?


「受け取っておけばいいよ。実際に好美ちゃんが助けたんだからさ。推薦入学とか奨学金とかでもアピールできるだろうし」

「そ、そうですか?」

「そうそう!」


 我ながら打算的だけど、そう言われると受け取らない手は無い気がしてくる。

 特に奨学金の審査でのアピールポイントは魅力的だ。

 アルバイトに精を出しているものの、やはりそれだけだと厳しいのである。


「あと、ひとこと言えって言われるだろうから、考えておいた方が良いんじゃないかな?」

「えー? そういうの苦手なのに……」

「当たり障りのない言葉を先生に教えてもらうといいよ」


 篤人さんも、そういった言葉は苦手なのか、教えてくれる気は無いようだ。

 というか、いそいそと逃げる支度を始めている。


「それじゃ、頑張ってね~」


 言いたいことは言い終えたようで、篤人さんはまた配送トラックに乗って行ってしまった。

 窓から篤人さんが片手を上げたので、それに応えるように私は手を振って見送った。


「あ、篤人さんに魚料理のことを伝えるのを忘れた!」


 嵯渡ヶ島で釣った魚が大量にあるので、お土産としてお料理を渡そうと思っていたのである。

 篤人さんなら何でも喜びそうだけど、できるだけ希望に沿ったものを用意したい。

 また今度聞いてからお料理するとしよう。


 さて、新聞配達もあと少し残っている。

 ニュースが色々と重要らしいし、仕事を終わらせたらテレビでも付けてみよう。


--5月9日(火) 6:30--


「ただいま~」


 新聞配達のお仕事を終えて、我が家に帰ってきた。

 まだ寝ているであろう2人のために、小さな声でただいまを告げる。

 ニュースも気になるところだが、まずは朝ご飯の支度をしなければならない。


 今日はちょっと豪勢に、佐渡ヶ島で釣れた大きめのアジを焼いてしまおう。

 アジのひらきは昨日のうちから冷蔵庫に移して解凍まで済んでいるし、後は焼くだけである。

 ちなみに、冷凍庫は下処理を済ませた他の魚でぎゅうぎゅう詰めだ。

 さっさと減らしていかないとお買い物ができないし、しばらくはお魚メニューでいくつもりだ。

 お母さんにも何か作って送ってあげないとね。


 朝食の準備はというと、ご飯と、お味噌汁、ほうれん草のお浸しは既に完成済み。

 今日はお魚があるのでウインナーは無し。あとはサラダくらいでいいかな?

 なかなか良い感じの朝ごはんになりそうだ。


「おはよぅ~」

「あ、ゆーくん、おはよう。もうすぐご飯できるよ」

「うーむ、腹が減る良い匂いじゃな」

「お父さん、おはよう」


 7時をちょっと過ぎたあたりで、ゆーくんとお父さんが揃って起きてきた。

 ゆーくんはまだ眠そうにしているけど、顔を洗えば目が覚めてシャッキリするだろう。


 お父さんは居間へ向かい、テレビのリモコンをピッと押した。

 そうそう、ニュースを見るんだったっけ。


『先日5月8日に、十日前町市、南中学校に怪人ブラックローチが現れました』


「ふむぅ、さっそくニュースになっておるな」

「僕の通ってる学校がテレビに映ってるって、変な感じ」


『ブラックローチは学校の一室を占拠しましたが、ヒーロー、ライスイデンの求めに応じ、グラウンドで戦いが行われました』


 テレビに釘付けな2人のためにご飯をこたつの上に持っていく。

 途中からはゆーくんも手伝ってくれて、すぐに食卓が完成した。


「「「いただきます」」」


 それぞれが好きなおかずに手を伸ばし、私も小分けにされた自分のお皿を箸でつつく。

 ほうれん草のお浸しは醤油とかつおぶしが程よい塩加減で、噛むたびに瑞々しさが溢れ出てくる。

 メインのアジも脂がのっていて、ギュッと凝縮されたうま味が広がっていく。

 それをホカホカご飯と一緒に食べると、幸せがじんわりと口から胃までを満たしていくのだ。


『人質になったのは佐藤好美さん14歳です。好美さんはブラックローチの言動から校舎に爆弾が仕掛けられていることをいち早く察知し、ブラックローチの羽の裏に隠してあった爆破スイッチを奪い取ることに成功。ブラックローチの怒りを買いますが、最終的にライスイデンに保護されました』


 ナレーターが文章を読み終えるとスタジオが映し出され、コメンテイターが感想を述べ出した。

 ほとんどが私に対する賛辞だったので、どうにも背中がむずがゆい感じがする。


「姉さん、凄いことしてるね」

「私は平気だったけど、校舎が爆破されたらゆーくんの方が危なかったよ」

「ひゃっひゃっひゃ! 2人が無事で何よりじゃ!」


 ちょっとお行儀悪く、ご飯をもぐもぐしながら話していると、ガツンと何か音がした。

 何だろうと思って立ち上がったら、今度はインターホンが鳴った。


「はーい!」


 こんな朝早くから誰だろうか?

 玄関の戸を開けると、防衛隊員の服を着た男性が敬礼した姿で立っていた。


「あれ、上杉教官?」

「俺のことも覚えていてくれたか。朝早くに済まないな」


 アズマさんの上司である上杉教官がニヤリと笑って敬礼を解いた。

 朝のジョギングっていうわけではなさそうだけど……。


「たった今、不審人物が裏手にいたから、隊員に追わせているんだ」

「えっ?」


 私の家の周りが何だか物々しいことになっている。

 パトカーはいないものの、防衛隊の車両と思われる車が2台ほど道端に停まっていて、数人の隊員さんたちが周りを警戒していた。


「報道関係者だと思う。まったく、案内を渡しに来ただけなのに、不届き者に出くわすなんてな」

「記者の方ですか? 何でうちなんかに……」

「特ダネが欲しい連中がいるのさ。昨日、八面六臂の活躍を見せた少女の姿を撮影したかったんだろう。石を投げて、気になって出てきた君を、パシャリ、とね」


 さっきの何かがぶつかるような音はそれか。

 真正面から撮影すればいいのに、なんでわざわざそんなことをするんだろう?

 見栄えの面からも、盗撮よりずっとマシだと思うんだけどなぁ。


「まぁ、そいつのことは任せてくれ。君にコレを渡したかったんだ」

「封筒ですか?」

「ああ、そうだ。中身を簡単に言うと、感謝状を出すから受け取って欲しいってこと。悪いけど、そのタイミングで写真を撮らせて欲しい」


 封筒の中には案内状が入っているそうだ。

 案内には教官が話した内容と、もう少し詳しい注意点や準備して欲しいことが書いてあるらしい。

 後で見ておこう。


 教官が言うには、写真を断ることもできるみたいだけど、変に隠すよりもニュースで流してしまったほうが、今回のような被害は減るだろうとのことだった。


「石が当たった場所、どのへんだろうな? きっちり修繕費を支払わせてやる」

「何か壊れたわけでもないと思いますけど、一応見てみますか?」


 その後、教官と一緒に石が当たったと思われる場所まで向かった。

 たぶん家の外壁のところだと思うんだけど、どこに当たったかどうかすら分からなかった。


「被害がなかったのはよかったな。まぁ、捕まえるが」

「罪に問うことはできないんじゃ……」

「お説教ならできるぞ。良いことをした人に迷惑かけるなときっちり釘をさしておく!」

「あぁ、はい、そうですね。よろしくお願いします」


 うん、確かにやっちゃいけないことをやっているし、叱られればいいと思う。

 ここは教官を応援しておこう。


「さて、戻るとするか。朝の支度は忙しいだろうからな。その封筒の件、よろしく頼む」

「はい、わかりました。失礼します」

「おう!」


 教官に挨拶をして、私は家の中へと戻った。

 中途半端にご飯を食べていたおかげで、結構空きっ腹を感じている。

 それに、この封筒の中身もちゃんと確認しなければいけない。


「ただいまー」

「おかえりー」

「なんだったんじゃ? 随分と遅かったみたいじゃが」

「防衛隊員の人が、(うち)に石を投げ入れた人を見たんだって。あと、感謝状の案内を貰ったよ」


 封筒を見せつつ、私は改めてご飯を食べ始める。

 怪人関連のニュースは終わってしまっていて、今はスポーツコーナーがテレビに映っていた。


 もう7時30分を過ぎている。

 ご飯を食べて、身支度して、封筒の中身も確認しないといけない。

 のんびりしている時間は無さそうだった。


「ちゃんと身支度せぇよ? 写真写りが良くなるようにせんとな」

「別に綺麗に写らなくてもいいよぅ」


 そう言いつつも、ちょっとした自尊心みたいなものは私にもある。

 三つ編みメガネの地味少女だったとしても、しっかり身支度くらいはしておきたい。


 豪勢な朝ごはんを忙しく口にかき込みながら、私は朝の準備内容を頭の中に思い描いていた。



--5月9日(火) 17:30--


 つ、疲れた……!


 お昼の臨時の全校集会で表彰され、その後に校長先生や星先生、黒川先生と警察署へ向かってそこでも表彰式があった。

 表彰の他にも写真撮影やインタビューなんかもあったし、気疲れが半端ない。


 それでも、上杉教官やアズマさんなどの見知った顔があったおかげで、緊張しっぱなしにはならなかったのは良かったと思う。

 インタビューの記者さんたちも優しい人が多かったし。


「ただいまー」

「おかえりー」


 ゆーくんが挨拶を返してくれた。

 今週末には中間テストがあるため、テスト週間として部活動が禁止になるのである。

 そのため、卓球部のゆーくんも早めに帰宅していた。


 感謝状のあれこれも終わったし、ここからは雑音無しでテスト勉強に集中できる。

 今度こそは学年一位の久くんを王座から引きずりおろすのだ!


 気合を入れていると、家の中にお父さんがいないことに気付いた。

 ふれあい広場にでもいるのだろうか?


「あれ、お父さんは?」

「いないよ。臨時ニュースを見て、出ていったけど……」


 ニュース?

 そういえば、篤人さんはニュースを見ろって言っていたっけ。

 ゴタゴタがあったからすっかり忘れていた。


 テレビをつけてチャンネルをポチポチと変えると、その臨時ニュースの続報が放映されているチャンネルを見つけることができた。


『怪人ミスティラビットの続報です。本日5月9日16時30分頃、新潟市の北信銀行を襲った怪人ミスティラビットは行方を眩ませており……』


「ゆーくん、お父さんが見た臨時ニュースって、これのこと?」

「うん。『虫けらが調子に乗りおって』とか物騒なことを呟いて出て行ったよ」

「そうなんだ……」


 お父さん、珍しく怒っているっぽいな。

 いつも大笑いしている印象しかないから、本気になったお父さんは何をするのか想像がつかない。

 あれで怪人化手術のスペシャリストで、秘密結社パンデピスの屋台骨の1人っぽいから、意外と好き勝手できるのかもしれない。

 何をしでかすつもりなのか、ちょっと気になるな……。


 ところで、怪人ミスティラビットって誰だろう?

 聞いたことないや。


「しばらく帰らないかも、って言ってた」

「そうなの? それなら、ご飯は2人分でいいかな?」


 お父さんが何をするかは分からないが、心配してもしょうがない。

 私ができることはご飯が無駄にならないように量を調整して作ることくらいである。

 私はテレビを消して、台所へと向かった。


 少し早めにご飯の用意をして、後はテスト勉強だ。

 がんばるぞ~!



--5月13日(土) 6:30--


 朝の牛乳配達を終えた私は、明るくなった空を見ながら家路を進んでいく。

 長らく続いていた雨はそろそろ上がるそうで、明日から数日は良い天気になるみたいだ。


 中間テストは集中できたこともあって、かなりうまくいったと思う。

 それでも全問正解しているかと言われると自信は無い。


 私が久くんと競っていることは何人かの先生も知っているため、かなりしっかり勉強しないと解けないような難問がいくつか入れられているのだ。

 それを解けても1,2点しか変わらないが、私たち(というか、恐らく私の一方的な)勝負を先生方も楽んでいるようで、わざわざ難問を組み入れているのである。


 弘子ちゃんは輝羽ちゃんとぷに子ちゃんのテストの面倒を見ながら勉強していたようで、何かと大変だったと愚痴をこぼしていた。

 次からは私も手伝うから元気を出して欲しい。


「やあ、好美ちゃん、おはよう」

「あ、篤人さん、おはようございます」


 絶対どこかから飛び出してくると思っていたのに、篤人さんが普通に登場した。

 いつもの軽トラから飛び降りるように出てきた篤人さんは、私にすっと紙を差し出してくる。

 それを受け取った私が中身を確認すると、簡単な指令がそこに書かれていた。


『ミスティラビットを名乗る偽者が出没している。目障りだから潰してこい』


 うわぁ、端的。

 あれ、ヒントとかそういうのは無いの?


 私が困った顔をしていると、篤人さんがにっこにこの笑顔で自分の胸を叩いた。


「好美ちゃん、大丈夫さ。アツトにお任せってね!」

「その口ぶりだと、もうどこにいるのか分かっているんですか?」

「もちろんさ。いやぁ、ここ最近じゃ久しぶりに充実した1週間だったよ」


 そういえば、このテスト期間中はほとんど篤人さんに会わなかった。

 きっとパンデピスの名を騙る連中を探し回っていたに違いない。


「パンデピスの名を騙って銀行強盗とか、豪胆だよねぇ」

「それ、ヤクザの名を騙ってお金を盗むようなものなんだけどなぁ……」


 話の流れから察するに、銀行強盗をしていた連中はパンデピスの偽物で、ミスティラビットという名前を名乗っているのだろう。

 やっていることから考えて、たぶん怪人というのも嘘なんじゃないかと思われる。

 今回の指令は、そいつらが邪魔だから叩きのめしてこいという内容だ。


 あの後、ミスティラビットは味を占めたのか何度か襲撃を行っていて、ヒーローが来る前に撤退してしまうこともあってなかなか捕まえることができていないようだった。

 放っておいてもヒーローが何とかしそうな気もするんだけど、秘密結社としてのメンツというやつか、こちら側から出向くことにしたようである。


「そんなわけで、今日の出撃は僕らだけだよ」

「了解です。ヒーローが出てきたらヤダなぁ……」


 まぁ、それでもパンデピスの怪人が暴れた時より被害は少なくなるだろう。

 いろいろと誤魔化す手間が省ける分、むしろ楽かもしれない。


「ひとまず朝ご飯にしましょうか。篤人さんへのお土産もありますよ」

「もしかして家族旅行の? もう1週間も経っちゃってるよ」

「細かいことはいいんですよ。なかなか機会に恵まれなかったんですから仕方ないです」


 おかしそうに笑いながらも、篤人さんも一緒にご飯を食べることに反対はしなかった。

 家に帰って、さっそくご飯の準備を始める。

 ご飯にお味噌汁、ヒラメの煮つけの残りにお漬物、きんぴらごぼうに黒豆。

 ……朝ごはんだし、お刺身はやめておこう。


「「いただきまーす」」


 2人で朝ご飯を食べて、今日一日の気力を充填する。

 ヒラメの煮つけはしっかり温めなおしておいたので、箸でつまむと湯気が立つほどだ。

 甘く煮つけられた白身はふんわりとほぐれ、朝ごはんでも美味しく頂ける。

 篤人さんもこの味には納得の表情をみせていた。


「まだお魚、たくさんあるんですよ。何か作りましょうか?」

「それがお土産ってことだね」


 私は篤人さんの言葉にうなずいた。

 なお、輝羽ちゃんたちにはホテルで買った貝のキーホルダーをプレゼントしている。

 みんな喜んでくれたようで嬉しかった。


 「魚ってどんなのがあるの?」

 「見てみますか?」


 ご飯を食べ終わり、篤人さんと一緒に冷蔵庫を開けてお魚を取り出す。

 ついでにゆーくんが釣り上げた大物も自慢しておいた。

 鯛は既にお刺身にしているのだが、まだまだ身が残っているので、今度は鯛めしにでも挑戦してみようかと思っている。

 そんなことを話していたら、篤人さんが食いついてきた。


「それなら、僕も鯛めしがいいなぁ」

「そうですか? じゃあ、今度作っておにぎりにしておきますよ」


 できるだけ美味しく作ってあげよう。

 そして、それを食べてゆーくんに感謝するがいい!


「おはよう」

「あ、おはよう。ご飯、準備するね」


 そのゆーくんが起きてきた。

 出発までもう時間がないけど、配膳するくらいならできるだろう。


「優輝くん、君も偽物は気になっていたと思うけど、僕らで片付けてくるよ」

「あ、篤人さん!? ゆーくんに組織の話は……!」

「いいじゃないか、外ならぬ好美ちゃんのことだし」


 私のこと? 何のことだろう?

 ゆーくんを見ても、篤人さんの言葉を素直に受け取っているようだし、疑問も無さそうだった。

 どういうことなの?


「パンデピスの名を騙る悪い奴を、やっつけてこないとね」

「なんだか秘密結社っていうより、ヒーロー側の活動のような気がするね」


 あ、ゆーくん、ちょっと嬉しそう。


 基本的にゆーくんに応援されることなんか滅多にないし、自然と気合が入ってしまう。

 何だか力が沸きあがってくるような気がしてきた!


「行ってくるね!」

「行ってらっしゃーい」


 私たちは軽トラに乗り込み、ゆーくんに見送られながら現場へと急行した。



--5月13日(土) 14:15--


 コンビニであんぱんと牛乳を買った私は、探偵気分でクルマの窓を少しだけ広げて外を見る。

 そもそも透明なガラスなので視界を遮っているのは小さな雨の水滴くらいだが、こうしていると何だか見えないものが見える気がするのだ。


 私たちは今、新潟市のやや南側にある宝石店の近くに来ていた。

 この宝石店は一階建ての四角い建物で、光を多く取り込めるように一部の壁がガラスになっている。

 駐車スペースも広々としていて、店に入る前から窮屈さを感じさせることもない。

 きっと来店したお客さんは、この悠々とした空間で素敵なひと時を過ごすことになるのだろう。


 篤人さんの情報では、ここに例のニセ怪人が現れるのだという。

 私たちは正面を通る道路を挟み、1つ先の交差点付近でクルマを止めてその時を待っていた。


「それにしても、そんな情報をよく掴めましたね」

「裏社会にもつながりはあるからねぇ。ショバ代を収めている場所もあったりなかったりだよ」


 篤人さんは具体的なことは言わなかったけど、そのショバ代を払っている場所でニセモノたちは暴れてしまったから、その場所の人たちが私たちに協力してくれたってことかな?


 というか、そんな組織にとって重要な情報を篤人さんはよく教えてもらえたものだ。

 篤人さんは私以上にノコギリデビルから信頼されているような気がする。


 もぐもぐもぐ……。


 あんぱんを頬張っていると、交差点の曲がり角から見慣れた人物が顔を覗かせた。

 牛乳を飲もうとしていた私は、その顔を見て危うくむせるところだった。


「おぅい、好美! 篤人くん! ワシじゃよ!」

「あれ、ドクター?」

「お、お父さん!? こんな所で何してんの?」


 私たちを見つけ、小走りに近寄ってきたお父さんが軽トラの外で額の汗をぬぐった。

 ここにいるということは、どうやらお父さんにも偽物たちの情報が伝わっているようだ。


「ふぅ~、間に合ってよかったわい!」

「何をしてたの? 急に家を出て、それっきり連絡も無しだし……」

「いやぁ、すまんかったわい。コイツの完成を急いでもらってたんじゃよ」


 お父さんはそう言って私の持っている黒いブローチと同じ見た目のブローチを取り出した。


「ついに完成したわい。お主の新しいコスチュームじゃ!」

「えー、いらないんだけど……」

「お主の身体能力に合わせたんじゃから、生存率はぐっと跳ね上がるんじゃぞ?」

「そ、そうなの?」


 単に見た目の問題だけだったら『間に合ってる』と言って突っぱねても良かったかもしれないけど、私自身の能力を高めてくれるとなると話は別だ。

 今までもライスイデンやレッドドラゴンに追い詰められることがしばしばあったし、その時に少しでも逃げ切れる確率が上がるのなら、試さない手はない気がする。


「好美ちゃん、そっちに変えた方が良いんじゃない? 今までの姿との差別化も兼ねてさ」

「そっちは別にどうでもいいんですが、そうですね……使ってみます」


 新しいコスチュームの見た目はむしろ不安しかないのだが、生存率の上昇には代えられない。

 篤人さんの後押しを受けて、私はブローチを取り外し、新しいブローチに付け替えた。

 前のブローチはいったんお休みだ。


「それで、変身のための合言葉なんじゃがな」

「え、と、また合言葉なの? 押したら変身するとか……」


 期待を込めた眼差しを向けてみたものの、お父さんは首を横に振った。


「そういうのはアクシデントが起きた時に問題になるわい」

「う、そうかも」


 あ、篤人さんがそっぽを向いた。

 確かに、篤人さんにクルマでタックルされることが日常茶飯事な私には厳しいかもしれない。

 そうでなくても事故というのは起きうるものだし、間違って変身しちゃったら大問題だ。


「簡単な単語とかでもダメ? 『へんしん』とか……」

「余計にダメじゃろ。喋るとき常に『へんしん』という言葉を使わんようにするとか、できるか?」


 確かに。そんなの無理だ。

 うーん、そう考えると合言葉による変身はそれなりに理に適っているのかもしれない。

 反論できず、私は押し黙るしかなかった。


「合言葉は『(しろ)(かすみ)(つど)え。メタモルフォーゼ』じゃ!」


 私の様子を見たお父さんが、力強く合言葉を宣言する。

 お父さんがドヤ顔しているが、私は力なく背もたれに寄りかかることしかできなかった。


 うぅ、恥ずかしいセリフが増えた……。

 諦めてがっくり肩を落としていると、篤人さんが私の肩を叩いた。

 何の変哲もない1台の車が、のろのろと宝石店の前に停まる。


「好美ちゃん、来たみたいだよ」

「あの車ですか? 随分と静かな登場ですね」

「爆発を起こしながら登場するパンデピス(ぼくら)が変なだけだよ」

「まぁ、確かに……」


 普段のパンデピスの活動に毒されてしまっているが、あれが普通なのだろう。

 犯罪者は通常、こっそり動くものである。


 車から降りてきた男たちは風邪用マスクをつけて目深に帽子をかぶっていた。

 軽く頷き合った男たちは一気に足を速め、宝石店の中へと押し入っていく。

 しばらく様子を伺っていると、怪人の襲来を告げる大きな警報音が鳴り響いた。


「ひゃっひゃっひゃ! さぁ、変身して偽物をぶちのめしてこい!」

「物騒な事言わないでよぅ」


 私は軽トラを降りると、隠れられる場所を探してきょろきょろと辺りを見回した。

 そして、宝石店の裏手なら見つからずに変身できるかもしれないと目星を付ける。


「私自身はミスティラビットに恨みなんか無いってば」

「え?」

「ん、なんじゃと? 好美、お主まさか――」


 篤人さんとお父さんが驚いていた気がするが、私は気にせず飛び出していく。

 人目を気にしながら、私は宝石店の裏手の隙間へと周り込んだ。

 そして、げんなりした気分でうずくまり、小さな声で合言葉を唱えた。


「えーっと……白き霞よ集え、メタモルフォーゼっ!」


 黒いブローチが私の言葉に反応し、白く変色する。

 そして、そこから白い布が飛び出してきて私の身体を包み込んでいった。

 着ていた服は出てきた布の繊維に溶け込み、形を変えていく。

 やがてそこには白い衣装に身を包んだ"謎の怪人"が顕現していた。


「おぉ……! 何だか、動きやすいかも」


 白くて伸び縮みするタイツで足が覆われ、ふわふわとしたハーフパンツと柔らかいブーツが私の下半身を包んでいる。

 短い尻尾はハーフパンツを突き抜けるようにして外に出ていて、窮屈さは感じられない。

 上半身は肘先まである白い手袋と、ふわふわもこもこしたパーカーみたいな服に変わっていた。

 全体的に、今までのローブとは真逆なイメージのコスチュームである。


 腰にくっつけていたポーチだけはそのまま残っているけど、いったいどういう原理なんだろう?

 まぁ、考えても分かるわけないので、そういうものだと割り切るしかないのだが。


 それにしても、白い。

 こんなに白くなったら目立ってしまわないだろうか?


 でも、可愛い感じだし、嬉しくなくもない、かな。


「はっ!? いけない、こんなことしてる場合じゃなかった!」


 ひとしきり自分の格好を確認した後、私は気持ちを偽物討伐と切り替えた。

 まずは神経を耳に集中させ、状況の確認を試みる。

 宝石店の中へと入っていった偽物たちの会話を、壁越しでもきっちり聞くことができた。


『へっへっへ! 警察を呼んだっていいんだぜぇ? 俺たちパンデピスが相手になってやる』

『おい、グズグズするな!』

『分かってるが、この箱が開かないんだよ!』


 敵の声の数は、全部で3人。

 1人だけ余裕を見せつけながらパンデピスの名前を吹聴している。

 しかし、他の2人には余裕が無いように思えた。

 私が思うに、恐らくパンデピスに罪を着せるために演技をしているのだろう。


 私は彼らがミスティラビットで間違いないと断定する。

 彼らを締め上げたら、今日の私の任務は完了だ。

 何度かトントンとブーツの感触を確かめた後、私はグッと両足に力を込めた。


「よし、行こう!」


 私は跳躍1つで建物を飛び越える。

 表側の入り口まで移動し、普通に真正面からドアを開けて中に入った。


 店内は、綺麗に陳列されていたはずの宝石ケースを無残に荒らされていて、酷い有様だ。

 その奪い取った宝石を入れたと思われるリュックサックを、ローブを纏った男が持っている。

 このローブの男がミスティラビットだろうか?


 お店に入ってきた私を見て、彼らは明らかに狼狽えているさまを見せた。


「貴方がミスティラビットですか?」

「な、本物!? ……じゃない! そ、そうだ! 俺がミスティラビットだ! お前こそ誰だ!」


 何だか発言がぐらついている気がするけど、やはりこの男がミスティラビットだったようだ。

 相手をじっと観察してみるが、強い怪人を前にした時に感じる独特なプレッシャーは無い。

 たぶん、怪人の振りをしているだけなんじゃないかと思う。

 その証拠に、私の視線の先にいる3人が、怯えた様子でひそひそ話を展開し始めた。


「お、おい、どうすんだよ!?」

「こんなに早く来るなんて、聞いてねーぞ!?」

「ちくしょう! どうにかして逃げるしかねーだろうが!」


 ひそひそと内緒話をしているみたいだけど、丸聞こえだ。

 これは、倒そうと思えばすぐに倒せるんじゃないかな?


 しかし、私が前傾姿勢になると、ビクッと震えたミスティラビットがレーザーガンと思われる銃を店員さんたちの方へと向けた。

 他2人の男は丸腰みたいだけど、あいつだけはちょっと厄介かもしれない。


「おい、怪人相手にそんなことしても……」

「わ、分からねぇだろ、そんなこと! いい怪人かもしれねぇし」

「そんなのいるわけねぇだろ! ほら見ろ、呆れてるじゃねーか!」


 私をチラチラ見ながら、またこそこそと話し合っている。

 隙を突いて、ローブ男(ミスティラビット)が引き鉄を引くまでに割り込めるかなぁ?

 このコスチュームだったら行けそうな気もするけど、確証は無いし……。


 踏ん切りがつかない私と、人質を取る相手のにらみ合いが続く。

 膠着状態に陥って僅か数秒ほど経ったとき、事態は動いた。


「そこまでだ! ミスティラビット!」


 私の後ろから声が聞こえ、振り向いたと同時にレーザーが私の頬を掠めた。

 それから一拍遅れて、ミスティラビットたちからも悲鳴が聞こえた。


「ぎゃああ!?」

「や、やばい、ヒーローまで来た!?」


 お店の奥を見ると、ミスティラビットが手に持っていたレーザーガンが見事に撃ち抜かれ、地面に落ちて煙を吹いていた。

 きっちり店員さんたちを救出しているあたり、さすがヒーローである。

 威風堂々とお店の入り口に立ち、逆光を浴びて黒ずんだシルエットが私たちに闘志を向けた。


「さぁ、俺が相手だ!」


 威勢よく現れたのはナンバーワンヒーロー、レッドドラゴンだった。

 レッドドラゴン相手だったら、ミスティラビットが怪人であろうがなかろうが勝ち目は無いと思う。

 というより、私もできれば会いたくなかった相手である。


「と、とにかく逃げろぉ!」

「うおりゃあああ!」


 ミスティラビットたちがガラスの壁を叩き割って出て行こうとする。


「うわあぁ!?」


 ――のだが、パワー不足で跳ね返されてしまっていた。

 あの人たち、怪人じゃないの確定だ。

 それどころか、強化スーツすら着ていない一般人に違いない。


「そっちの3人は大人しく投降しろ!」


 レッドドラゴンも、即座にそれに気づいたようである。

 さすがナンバーワンヒーローだ。


「……あの、私は?」

「お前は逃さん!」


 ですよねぇ!?


 私は弾かれたように奥へと進み、3人が逃げようとしていたガラスを思い切り叩き壊した。

 近くにいた3人はびっくりして尻もちをついており、逃げようという様子も見られない。


「そうだ、貴方はこっち来て!」


 私はミスティラビットだけ無理やりわきに抱えて、お店を飛び出した。

 一応はパンデピスが叩きのめしたことにしないと、任務達成とは言えないからね。

 それに、私が頑張んないとゆーくんにも褒めてもらえないし!


 私はミスティラビットを腰に抱えて屋根から屋根へ飛び跳ねていく。

 一般人と思われる人を抱きかかえているせいか、レッドドラゴンもレーザーガンや必殺技を使っての追撃は控えているみたいだ。

 油断はできないけど、どうにか姿を眩ませることができたら恐らく逃げ切ることができるだろう。


 不意に、抱きかかえられたままだったミスティラビットが私に声を掛けてきた。


「ミスティラビット、お前、まさか俺を助けてくれるのか?」

「ミスティラビットは貴方じゃないんですか?」

「え?」

「え?」


 何だか話が嚙み合ってない気がする。

 どういうことだろう?


「待てぇ!」

「うわぁ、来た!?」


 レッドドラゴンが凄い勢いで追いかけてくる。

 新しいコスチュームで多少はスピードが上がっている感じはするのだが、人ひとりを抱えていてはさすがに逃げきれそうにない。

 私は迷わず道路に降りると、切り札の1つ、煙幕を取り出して地面に叩きつけた。


「せぇい!」

「くっ、また煙幕か!」


 水気を含んだ濃い霧が幕となって辺り一帯を覆い尽くし、視界が一気に白に染まる。

 その直後、私を追って来たレッドドラゴンの足が急速に鈍った。


「な、なに!? くそ、見えない! どこだ!?」


 あ、私の姿がちょうどよく保護色になってくれている。

 お父さんがコスチュームを白くした理由ってコレかな?


 私は息を潜めると、抜き足差し足でその場を離れて建物の陰に隠れた。

 これで少しの間は時間が稼げるはずだ。


「なるほどな、お前も偽物だったってわけだ」

「え?」

「お前、ミスティラビットじゃないんだろ?」

「ええ、まぁ……」


 しばらく大人しくしていた男が唐突にそんなことを言った。

 こいつ、自分からミスティラビットの偽者って認める発言をしたんですけど……。


 あれ、じゃあ本物のミスティラビットは別にいるってこと?

 まさか、コイツと銀行強盗をした奴は別人ということなのだろうか??


 私が混乱していると、偽ミスティラビットがずいっと身体を乗り出してきた。


「お前がどこのモンか知らねぇが、助かったぜ。もし行く当てがねぇなら俺が組長に口をきいてやる」

「組長さん?」

「そうさ! 裏社会の"DRAW(ドロー) BOW(ボー)"って組織のドンと、俺は知り合いなんだぜ!」


 何だか妙なことになってしまった。

 パンデピスの偽者であるミスティラビットの、さらに偽物から私は勧誘されているらしい。


「お前のパワーがあれば、ウチの組織もより大きくなるってもんだ! 悪くねぇ話だろ!」

「あの、ちょっと声を抑えて……」

「頼む! お前の力が必要だ!」

「いえ、そもそも受けるつもり無いです。というか、声が大きい……」

「そこを何とか!!」


 ダメだ、話を聞いてくれないし、何より声が大きい。

 こんなことしていたら、すぐに気づかれちゃうでしょうが!


「そこか!」

「く、バレちまったか! 頼むぜ、相棒!」

「誰が相棒ですか! 好き放題言うなっ!」


 私に担いで逃げてもらおうと背中に覆いかぶさってきた男に対し、私はゲンコツを喰らわせた。

 ゴツンと鈍い音が響き、男はあっさりと気絶した。


 もういいや。

 この男、どうせすぐレッドドラゴンか防衛隊員に捕まるだろうし、これでパンデピスとしての制裁は完了としよう。

 後は逃げるのみだ。


 辺りを見回すと、時間経過につれて煙玉の煙が既に薄くなってきている。

 防衛隊員たちの包囲網がどのくらいまで広がっているのか分からないし、手持ちにもう煙玉は無い。

 できれば篤人さんと合流したいんだけど……。


「"謎の怪人"!」

「あ、戦闘員21号!」


 霞の向こうから篤人さんが駆る軽トラがうっすらと見えてくる。

 当たり前のように、しっかり逃げるための準備を整えてくれていたようだ。

 さっきまで相棒とか厚かましく呼んでいた男がいたが、篤人さんと比べたら雲泥の差である。


「"謎の怪人"! いや、今は"ミスティラビット"だったね! さぁ、逃げよう!」

「……え? どういうこと??」


 しかし、その篤人さんがよく分からないことを言ってきた。

 ミスティラビットは銀行強盗をしでかした犯人だよね?

 まさか、篤人さんが私のことを誰かと間違えるなんてないはずだし……。


 混乱する私の様子を見た篤人さんは、焦った様子で更に言葉を重ねてきた。

 今まで聞いたことがないくらい、すっごい真剣な顔での解説的なセリフである。


「ミスティラビット、君の名を騙った銀行強盗や宝石泥棒たちは、このままヒーローや防衛隊員に任せちゃっていい! 僕らは逃げるんだ、"謎の怪人"! いや、ミスティラビット!」


 え、ま、まさか!

 そこまで言われて私はようやく理解することができた。


「ミスティラビットって、私のことですか!?」

「遅いよ! 早く気づいてよ!」


 叫んだ篤人さんがぐんと車のスピードを上げ、私は置いていかれまいと勢いよく飛び乗った。

 霧の中、更にぐんぐんと軽トラがスピードを上げていく。

 後ろを振り返ると、もうレッドドラゴンとの距離は大きく離れていた。


「くそ、またしても逃したか!」


 悔しがるレッドドラゴンの声が霧の彼方へと消える。

 そのまま私たちは身を潜め、新潟市の街並みへと溶けていった。



--5月13日(土) 16:00--


 地下基地へと戻ってきた私たちはエントランスを訪れていた。

 すでにノコギリデビルが目の前にいて、いつもの含み笑いをしながら腕を組んで立っている。

 なぜだか報告を聞く前からすでに上機嫌になっていることが伺えた。


「ふふふ、なかなか素敵な装いになったではないか」

「ふぇ? あ、あの、ありがとうございます」


 ノコギリデビルが社交辞令なのか何なのか、私の新コスチュームを褒めてくれた。

 でも、改めて言われると恥ずかしくなってくる。

 慣れるまでは少し掛かるかもしれない。


「ある程度はドクタージャスティスから話を聞いているが、報告をもらおうか」

「あ、はい。承知しました!」


 なるほど、お父さんからすでに連絡が来ていたみたいだ。

 それなら結果は把握しているだろうし、簡単に報告するだけでいいだろう。


「宝石店を襲った偽物ですが、"DRAW BOW"という組織の一員だったようです」

「む? なんだと……!?」

「え? そうなの!?」


 ノコギリデビルが驚いている様子を見せた。

 篤人さんの方を見ると、篤人さんもびっくりした表情をしている。

 あれ、この情報って、みんなは掴んでいない情報だったのかな?


「それは確かかね?」

「あ、はい。怪人の振りをしていた男がそう言っていました。というか、勧誘されました」

「ふふふ、そうか、なるほどな……奴らが黒幕だったか」


 ノコギリデビルが楽しそうに口角を釣り上げた。

 顔は笑ってはいるものの、何となく危ない雰囲気を感じる。

 残虐な遊びを楽しむ子供の雰囲気と言ったら伝わりやすいかもしれない。


 この話題を続けるのはちょっと嫌だな……。

 報告を進めてしまおう。


「そのニセモノの男を気絶させて、私たちは追って来たレッドドラゴンから逃走し、帰還しました。すみません、その後のことは分かりません」

「ふふふ、謝る必要は無い。上出来だ」


 ますます上機嫌になったノコギリデビルは、偽物たちがあっさりと捕まったことを教えてくれた。

 あの後、お父さんがその場に残って情報を集めてくれたのだという。


「ふふふ、Dr.ジャスティスも、これで溜飲が下がったと喜んでいたぞ。愛娘(ミスティラビット)(いわ)れのない濡れ衣を着せられるのは、よほど腹に据えかねることだったようだな」


 あぁ、今回お父さんが怒った理由って、偽物が私の名を騙って悪事を働いていたからだったのか。

 変なところで親らしいことをするんだから、もぅ……。


「さて、私は"DRAW BOW"の面々に、ご挨拶に行かねばならんな」


 ノコギリデビルが再び物騒な雰囲気を身にまとった。

 かの組織とは既に知り合いみたいだし、恐らく取引先の1つなのだろう。

 裏社会の人たちを無理に助ける気にもならないし、これ以上、関わるつもりもない。

 自分で蒔いた種だから、自分でどうにかしてください。


「ふふふ、君たちの仕事はこれで終わりだ。よくやってくれた」

「「はっ、それでは失礼いたします!」」


 私と篤人さんで揃って敬礼を返し、今日の作戦は終了となった。

 ノコギリデビルが踵を返し、奥の通路へと向かっていく。


「ふふふ、カラガカシも呼んでやるとするか」


 エントランスを出る前にノコギリデビルが呟き、ちらりと受け付け嬢の戦闘員を見た。

 彼女は軽く頷き、手元のノートパソコンに何か打ち込んでいる。

 それを確認したノコギリデビルは満足そうに笑みを浮かべ、今度こそエントランスを出て行った。


 幹部2人が相手かぁ。

 "DRAW BOW"さん、明日まで残っているだろうか?

 心の中で合掌しつつ、私は地下基地を後にした。


 篤人さんと一緒に地下基地から出て、今は軽トラで私の家まで向かっている。

 ちょっと早めの時間に終わったし、これなら鯛めしにチャレンジする余裕もありそうだ。


 車に揺られ、鈍くオレンジに染まった雲を見ながら山道を軽トラが下っていく。

 フロントガラスを叩く小雨にワイパーをひとつ掛けて、篤人さんがしみじみと振り返った。


「好美ちゃんのドジって、たまにとんでもない結果をもたらすよねぇ」

「ちょ、今回、私はドジしてないですよぅ!」


 何を言うのかと思ったら、いきなり酷い言いがかりである。

 そもそも、篤人さんがもったいぶって私の怪人名をちゃんと伝えていなかったのが原因なのだ。

 怪人名が決まった時点で、すぐ教えてくれたらよかったのである。


「今回のは篤人さんのせいじゃないですか!」

「あっはっは! いやぁ、まさか伝わっていなかったとは思わなくってね」


 篤人さんが話すには、テレビで『"謎の怪人"の正体が判明! その名はミスティラビット』みたいなキャプションも頻繁に出ていたらしい。

 ニュースを見ていたら絶対気づくと思っていたので、本当に予想外だったという。

 しかし早いうちから偽物が暴れたせいで、そのキャプションはすぐに見られなくなってしまった。


 私は運悪く情報を見逃してしまい、テスト勉強で忙しくてテレビ自体をあまり見なくなった。

 篤人さんは調査で忙しくなって私と会う機会もなかった。

 いろいろと運が無かったのである。


「あっはっは! いっそのこと、作戦通りだったってことで」

「調子いいんだから、ホントにもぅ。こうなったら、鯛めしの実験台にしてやりますから!」

「あ、そんなのでいいの? じゃあ、今度、僕からも何かプレゼントを持ってこないとね」


 いろいろとトラブルが起きたにせよ、しっかり銀行強盗は捕まえることができた。

 めでたい日だから、鯛のご馳走を用意しよう。

 お父さんも、ゆーくんも、篤人さんも、全員に美味しいご飯を用意してやるのだ!


 私は徐々に近づいてくる街並みを見下ろして、ひとり気合を入れた。



--5月13日(土) 19:00--


【特務防衛課 新潟県 新潟市 支部】


 新潟市の支部にお邪魔した俺は、会議室を借りて飛竜の帰りを待っていた。

 あいつは今、ヒーロー、レッドドラゴンとして記者会見に出席している。


 今週、巷を騒がせたミスティラビットをレッドドラゴンが拿捕した結果、その正体が偽物であり、ただの人間であったことが判明している。

 本物のミスティラビットも現場に来ており、そちらを取り逃したことを悔しがっていたが、それでも虎の威を借るキツネをようやく捕まえられたのは良い戦果だ。


 奴ら、俺たちヒーローが来る前に逃げやがるからな。

 防衛隊員は誰もが偽物だと思っていたが、それでも万が一があるから対怪人の布陣で挑むしかなく、警察も防衛隊員も避難誘導しかできずにフラストレーションがたまっていた。

 俺、上杉一誠も、ライスイデンに変身して出撃してやろうかと本気で思っていたところだ。


「ただいま戻りました!」

「おう、お疲れさん。記者たちの反応はどうだった?」

「本物のミスティラビットを取り逃したことには苦言を呈されましたが、概ね好感触でしたね」


 戻ってきた飛竜が大きく伸びをしながら答えた。

 懸念事項が1つ片付いた解放感がその態度から伝わってくる。


「やっぱりミスティラビットの偽者だったっスね」

「そりゃな。相対したことある奴が見たら一目瞭然だろう」


 俺は銀行のカメラに映った映像をチラッと見ただけで偽物だろうと確信した。

 警察にもそれは伝わっていて、我らの出番だと張り切っていた。

 捜査もかなり大詰めだったと聞いているし、今回は僅かばかりヒーローが早かったわけだが、1日違っていたら警察が逮捕していただろうな。


 それにしてもミスティラビットの振りをして銀行強盗か……。

 ライスイデンとして何度も煮え湯を飲まされてきた身としては、奴はそんな分かりやすい小悪党ではないと言いたくなる。

 まるで俺までバカにされた気がするのは何でだろうな。


「その怪人もどきはどうなったんです?」

「取り調べ中だって聞いたぞ。だんまりを決め込んでいるみたいだが、すぐに身元も余罪も分かるだろうよ。それと一般人なのは間違いない。……はぁ、迷惑なことだ」


 怪人かどうか紛らわしい案件が入るとヒーローの手間が取られる。

 こっちはただでさえ人手不足なんだから、あまり不要な出番を増やさないで欲しいもんだ。

 飛竜のヤツ、この半月で1日たりとも休めてないんだぞ?


「怪人だけに集中させて欲しいんだけどなぁ……」

「なんとか防犯につながるように、今回の件をうまく利用するしかないな。パンデピスの怪人からも狙われたってところを、記者たちが強調してくれたらいいんだが」


 ヒーローに捕まっても死なない、みたいな甘い考えがあるんだろうが、秘密結社が出てくると分かったらバカなことを考える輩も減るだろう。

 欲を言えば、出てきたのがミスティラビットじゃなければ、より効果は高かったに違いない。

 ミスティラビットはヒーローにとっては非常に厄介な存在だが、一般人に対して危害を与えるようなことは滅多にしないから、どうしても危機感は薄くなるからな。


「そのミスティラビットなんですが、白い服を着ていました」

「白? わざわざ目立つ格好になったのか?」

「俺も始めはそう思ったんですが、煙幕を焚かれたら一瞬で見えなくなってしまって……」

「あぁ、言われてみれば。確かに面倒だな……」


 より逃げやすい服装に変わったのは、厄介極まりないな。

 俺が万全なら霧の煙幕くらいは払うことができると思うんだが、まだ無理をするわけにいかない。

 霧のようなウサギ(ミスティラビット)……。

 付いた名前と呼応するように、より実体が捕まえにくくなってしまったように感じるぜ。


 もう1人、ヒーローがいれば……。


「そういえば、飛竜。連絡を取っていた奴から返事は来たのか?」

「はい、すぐに来てくれるそうです。たぶん、週明けからこっちに合流できるんじゃないですかね?」

「そうか、それは良かった」


 彼の状態次第ではあるが、うまくいけば飛竜の負担は大幅に減るだろう。

 俺の後任はまだまだ時間は掛かりそうだし、他にあてもないからな。


「俺、今日は早めに休みます!」

「あぁ、十日前町支部に帰るのは明日でもいいだろう。ゆっくり休めよ」


 飛竜も、さすがに自分が疲れているってのは自覚しているみたいだな。

 心苦しいが代わりになれるヒーローはいない。

 あと1日を乗り越えたら、光明が差すと信じたい。

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