アオダイショウの怪人
--5月3日(水) 憲法記念日 6:30--
何日間か続いた雨も上がり、今日は抜けるような青空が広がっている。
眩しい空に目を向ければスズメが電線の上に列を成し、チュンチュンと元気に囀っていた。
ゴールデンウィークの後半は全国的に晴れ間が多く見られるようだ。
麗らかな春の街にはいつもより多くの人が見受けられ、行き交う車も数を増している。
野外の行楽地はここからが本番だと、迎える側も赴く側も気合が入っていることだろう。
朝の牛乳配達を終えた私は、あくびをしながら家路へと急いでいた。
昨日は遠出だし嫌な思いをするしで散々だったからか、疲れているのになかなか寝付けなかった。
今日一日はつらい日になるかもしれない。
しかし、今日を乗り切ればその先には幸せが待っている。
今日の午後に、弟のゆーくんが合宿から戻ってくるのだ!
お夕飯を少しでも豪華にするため、朝のうちに下ごしらえまで終わらせておかなければ。
「よーし、やるぞー!」
眠気を吹き飛ばすために気合を入れて、右拳を空高くに思い切り突き出す。
それと同時に、近くに居たカラスがびっくりしてバサバサと飛び立った。
「気合が入ってるね、好美ちゃん」
「あ、あれ? アズマさん……!?」
防衛隊員のアズマさんがにこやかに石段の向こうから現れた。
私は突き上げていた腕をそろそろと降ろした。
なんて場面に現れるんだろう!
恥ずかしいところを見られて顔が熱い!
「め、珍しいですね、そんなところから……」
「あぁ、うん。ちょっとお参りしたい気分だったんだよ」
アズマさんが出てきたところは神社の入り口だった。
本町通りから私の家の坂道へと続くところに石の鳥居があって、その奥が神社になっている。
お参りするには急な上り坂を登らなければいけないのでなかなか大変なのだが、アズマさんのことだからきっと上まで行ってきたに違いない。
「でも、お賽銭を持ってなくってさ。また来ますって念じて戻ってきたんだ」
アズマさんはそう言って、ばつが悪そうに頭を掻いた。
アズマさん、神社の神様に"世界平和"とか願ってそうだ。
私の偏見かもしれないが。
「平和を守っているんですから、神様だって快くお願いを聞いてくれると思いますよ」
「そうかな?」
「そうですよ」
……私とは違って。
近年、私は神様に嫌われまくっているんじゃないかというくらいに運が無い気がする。
先日も苦しい目に会ったばかりだし、最近は特に容赦がない。
やっぱり秘密結社パンデピスに所属する怪人には慈悲は無いのだろうか?
「しかし、思った以上に大変なんだね、新潟のゴールデンウィークって」
「あー、連日、怪人が出ていますもんね」
「本当、なんでこっそり活動しないんだろうな? まぁ、こっそりされても困るんだけどさ」
アズマさんがやるせない感じで息を吐いた。
ちなみに、毎回、破壊活動しているような秘密結社は全国的に見ても稀な存在であるらしい。
確かに、何か目的がある場合は普通は隠れて行動すると思う。
これについて言わせてもらうなら、内部に居る私から見るとパンデピスは暴れることが目的のサークル活動みたいなものだ。
こっそり任務を遂行するという意識そのものが存在していないと思う。
「とにかく、あと半分! 頑張らないとな!」
「無理しすぎないでくださいね」
「ありがとうな! じゃあな~!」
アズマさんは手を振って駆けていった。
光り輝く街並みに消えていく背中はやっぱりカッコいい……。
そういえば、お料理をご馳走しようと思っていたはずなのに、未だに実行できていない。
ゴールデンウィークは大変みたいだし、差し入れと称せばちょうどいい理由になるだろう。
アズマさんがランニング中の時に会うことが多いし、持って帰りやすいものがいいかな?
簡単なお菓子を作っておいて持ち歩くのがいいかもしれない。
そうなると、クッキーか、カップケーキか――。
ドカァッ!
……と、私の背に衝撃が奔る。
思いっきり正面へと弾き飛ばされた私はコンクリートの味をしっかり味わうことになってしまった。
ぺっ、ぺっ、と口に入った砂利を吐き出しながら振り返ると、そこには大型バイクが止まっていた。
そのバイクに乗っていた人物がゆっくりとヘルメットを取り外している。
「やぁ、好美ちゃん。ようやくいい天気になったね」
「篤人さん、私の心に雨を降らすのはやめてくださいよぅ……」
この人は鈴木篤人さん。
裏家業として秘密結社パンデピスの戦闘員をしている、私の相棒といった存在だ。
私の正体も知っていて、普段でも怪人の力を持っていると分かっているためか車両で轢いてもお構いなしである。
確かに無事ではあるが、普通に痛いのでやめて欲しい。
「私じゃなかったら大怪我してますからね! いい加減に安全運転してください!」
「いやぁ、ごめんごめん。このバイクに免じて許してよ」
「またですか……。前回も似たようなこと言ってたじゃないですか」
いつもの軽トラが車検で使えないとかで、シャープな車を借りてきた時と全く同じ言い訳である。
今回は車ではなく、大型バイクを代わりに借りてきたみたいだが。
「昨日の爆発でクルマが凹んじゃったからね。さっそく修理に出したのさ」
「その代わりに借りてきたのがこのバイクってわけですか?」
「そういうこと。僕の大型二輪免許がついに火を噴く時が来たよ」
そう言って自動車免許証を見せてくる。
念のため確認したが、大型二輪のところにはきっちりと『大自二』の文字が記されていた。
というか、全部のマークが埋まっている。
確か船舶免許も持っていたし、この人、乗り物の免許をいくつ持っているんだろう?
「このバイクの凄いところはねぇ」
「自慢話は後で聞きますから、今日の予定を先に教えてください」
「おっと、そうだね。先にそっちの話をしようか」
私はゆーくんのためにご馳走の準備をしなければいけないのだ!
今日、どれだけの時間が取れるかはしっかり把握しておかないといけないのである。
「その前に、圧宝寺の被害状況なんだけど、近年で一番大きな被害みたいだね」
「うぅ、取り返しのつかない事態に……」
「建物についてはそうなんだけど、死者が出なかったことが唯一の救いだね。復興前なのに、安全祈願の御利益がありそうだとかで、跡地にお賽銭を投げていく人もいるみたいだ」
「それ、応援の意味もあるかもしれませんね」
私もお賽銭くらい投げておけばよかったかな?
そういえば肉まんも買いそびれてしまった。
そのうち、篤人さんとドライブがてら行ってみるのもいいかもしれない。
「それで、今日の予定なんだけど、2人の怪人が出撃するみたいだ」
「2人ですか?」
「うん。1人はビーストホース、馬の怪人だね」
【ビーストホース】
サラブレッドホースの怪人。
馬の脚力を使った高速移動と、そのスピードを生かした強力な突進攻撃を武器とする怪人。
序列はやや下よりではあるものの、まだ力を発揮しきれていないのでは、と期待されている怪人だ。
私も何度か会っているが、彼は言葉数が少なくてまだまだ人となりは理解していない。
印象としては常に興奮しているというか、焦っている感じがするというか、今にも駆け出していきそうな感じがする怪人である。
「もう一人は【アーマードボア】だね」
「アーマードボア、ついに出撃するのかぁ」
【アーマードボア】
鎧を着込んだアオダイショウの怪人。
良い意味で武士のような、騎士のような、そんな気質を持っている怪人。
恐らくパンデピスの中でも一番の良識人である。
何で怪人なんかやっているんだ? と疑問に思う怪人の筆頭だ。
「そんでもって、今回もまた怪人側から"謎の怪人"に出撃要請が出ているよ」
「……それは、どちらからですか?」
怪人ドブロクダヌキは"謎の怪人"の力を利用して手柄を立てようと画策していた。
先日はそれにまんまと引っかかり、レッドドラゴンと対峙するはめになってしまった。
私も正式に怪人として動くことになる以上、そういったこともあると考えて動かなければいけない。
「ちゃんと警戒しているのは良いことだよ。でも、その心配は無用だね。今回はアーマードボアからの要望で、いろいろとアドバイスが欲しいそうだよ」
「それなら安心ですけど、アドバイスですか?」
私がアドバイスできることなんかあっただろうか?
まともに戦ったことすら無いんですけど……。
「新兵器の煙玉が完成したみたいで、その試し打ちを任されたんだよ。だから『撤退の助言をいただきたい』ってさ」
「あぁ、それなら……って、撤退? アーマードボアがですか?」
「うん。なかなか意外だよねぇ」
アルマンダルほど無鉄砲ではないにしろ、アーマードボアも武人の心得として逃走を是とはしない怪人だったはずだ。
助けられたことは素直に感謝しているものの、もう一度ヒーローと対峙したら決着が着くまで戦う気概を持っている怪人である。
「今回はビーストホースが実際に戦う係で、アーマードボアは敗北時の撤退がメインなんだよ」
「あぁ、それなら分かる気がします」
自分が退くことは良しとしないが、仲間を助けるための命令には従うというスタンスなのだろう。
それはそれで、実にアーマードボアらしい選択である。
「場所は新潟競馬場で、時間は午後13時みたい」
「あ、ちょっと早めなんですね」
お料理の準備、間に合うかなぁ?
ハンバーグの種を作っておいて、冷蔵庫で冷やしておいて、ソースには少しこだわりを……。
「そんなわけだから、10時くらいには出ようか。また迎えに来るからね」
「あ、はい。よろしくお願いします」
そう言って篤人さんはバイクに颯爽と跨って去っていった。
今日はバイクみたいだし、風を受けても大丈夫な服を着ておいた方が良さそうだ。
あまりたくさん服を持っているわけではないのだが、ちょうどいいものはあるだろうか?
私は準備を進めるべく、家路へと向かって駆け出した。
快晴の空に柔らかな風が吹く。
穏やかな気候の中、今日も慌ただしい1日が始まろうとしていた。
--5月3日(水) 12:30--
ちょっと早めの昼食を済ませて、競馬場から少し離れた場所へと向かう。
そこにあるのは古びたボクシングジムで、その地下に私たちは集まっていた。
ここはパンデピスの所有する簡易的な地下基地の1つである。
「"謎の怪人"、来てくれたようだな」
私たちが到着すると、アーマードボアが先頭に立って歓迎してくれた。
その背後には3人ほど戦闘員たちが待機している。
篤人さんが早速そちらに向かい、どこに何を仕掛けているのか聞き出していた。
先日、駐車場の爆破にクルマが巻き込まれたことをさっそく教訓にしているようだ。
ちなみに、ビーストホースの姿がまだ見えない。
変身のために隠れていたりするのだろうか?
「私の助言がどれだけ役に立つかは分かりませんが、お手伝いに来ました」
「あぁ、助かる。こういったことは慣れていなくてな。主に、撤退のタイミングを知りたい」
アーマードボアは生真面目な性格だから、与えられた役割を全うしないと気が済まないのだろう。
でも、私は最初に彼が最も望んでいないであろう言葉を伝えておくことにした。
「まず、巻き込まれて死亡しそうだと思ったら見捨てていいです」
「むっ?」
私は常に撤退を成功させてきたわけじゃないので見捨てることもしばしばあった。
それに、アーマードボアも私側の性格だと思ったから、伝えておいた方が良いと思ったのである。
「勝つにせよ、負けるにせよ、戦いに赴く側が責任を持つべきでしょう。過度の干渉は不要ですし、無理なら見捨ててもいいはずです」
「……なるほどな、もっともだ」
もっともだ、とか言いつつ、明らかに不満が滲み出ていた。
でも、言っておかないといけないことだと私は信じている。
彼には、卑劣な怪人の代わりに死んでほしくは無いのだ。
「先日、私はドブロクダヌキに利用されて、レッドドラゴンと戦うハメになりました」
「あぁ、そうらしいな」
「怪人の中には他人の力を悪用しようとする者もいます。特にアーマードボアは頼られたら助けようとするでしょう?」
「ふむ……」
私がそう続けると、険の入った表情が幾分か和らいだ。
私の伝えたかったことが、一呼吸を置いてしっかりアーマードボアに伝わったらしい。
「撤退役が責任を持つ必要はありません。それを踏まえつつ、撤退が成功するように準備をしましょう。成功するに越したことはないですし、私だって見捨てたいわけじゃないですから」
アーマードボアが静かに目を閉じ、目を開いた時には納得した表情に変わっていた。
「あくまでもサポート役、か。さっそく教えられたな。先ほどは不快な顔を見せて申し訳なかった」
「そんなの、構いませんよ」
軽く頭を下げたアーマードボアの謝罪を受け取って、逃走ルートの確認を行った。
足止めの時間や防衛隊員たちがどう展開しているかの予測、煙玉の範囲などから使用個数や場所などを打ち合わせていく。
そして、"謎の怪人"が暗躍していた時ですら無かったような、完璧な逃走プランができてしまった。
これは、完璧すぎないだろうか?
「いやいや、"謎の怪人"、戦いにはハプニングが付き物だからね?」
「分かっていますけど、そのハプニングにも対応している計画じゃないですか」
「それでも想定外の事態が起きた時の心構えは重要だよ。何が起きても落ち着いて考えることと、動くときは大胆に動くことを忘れないでね」
篤人さんがしつこく警鐘を鳴らしているものの、この計画書を覆す非常事態が起きることなどあり得るのだろうか?
どうやれば失敗するのか、考える方が難しいくらいである。
「時間のようだが、ビーストホースはどこにいる?」
アーマードボアが戦闘員に尋ねると、ちょうど戦闘員に連れられてビーストホースが地下基地に入ってきたところだった。
妙に鼻息が荒く、緊張しているように見える。
「来たな、ビーストホース。号令を頼む」
「……」
「……ふむ、緊張しているようだな。代わりに私が号令をかけさせてもらうぞ?」
「……」
ビーストホースは返事も何も言わずに息を荒げているばかりだ。
これからレッドドラゴンと対峙する緊張感はかなりのものだろうし、仕方ないのかもしれない。
「作戦開始だ」
結局、アーマードボアが代わりに号令をかけた。
戦闘員たちが速やかに行動を開始し、競馬場へと急襲を掛ける。
私たちも同行し、影のように競馬場へと滑り込んだ。
ドォン! ボォン!
さっそく爆発音が響き、続いて悲鳴が上がり、最後にけたたましいサイレンの音が鳴り響く。
私たちとアーマードボアは建物の2階へと飛び移り、壁越しに競技場が見える位置へ移動した。
競馬場ではレースに出ようとしていた馬が暴れまわり、それを騎手が懸命に誘導している。
その様子を見てから、私たちはいったん壁の裏側へと姿を隠した。
辺りには煙がもうもうと立ち込めていて、外から私たちを見つけ出すことはできないだろう。
「さて、"謎の怪人"。ここから先は手出し無用だ。ここで君たちに頼ってしまっては、私が命令を受けた意味が無いからな」
アーマードボアが手に持った煙玉を見せながらそう言った。
私が居なくても撤退できるか試すことが今回の目的なので、私がちょっかいをかけてしまっては作戦の意味が無いのである。
私はアーマードボアに小さく頷くことで返事を返した。
「"謎の怪人"、今回は爆弾も被害は軽微だと思うから、本当に手出ししなくてもいいと思う」
「想定外の事態が起きなかった場合は、ですよね?」
「そういうこと。よく分かっているみたいで嬉しいよ」
篤人さんは音と火花が派手なだけで破壊力が無い爆弾を使ってもらうことに成功したようだ。
アーマードボアは当然だが、ビーストホースも破壊することを楽しみにする怪人ではないらしく、あっさり受け入れてもらえたらしい。
物を壊すこともないわけだし、本当に私の出番は無くて済みそうだと胸をなでおろした。
「……妙だな」
そんな私の安堵を、アーマードボアの一言が一気に不安にさせる。
篤人さんも何か引っかかるものがあるのか、険しい表情だ。
「な、何が妙なんですか?」
「ビーストホースの名乗りが聞こえなかった。それに、怪人が出たという悲鳴も無い」
言われてみると、確かに名乗りを聞いた記憶は無い。
それに、周りは騒がしいが怪人についての言及は無かったような気がする。
実際、競技場を覗いてもビーストホースの姿が見られない。
今ごろはコースの中央にいる算段のはずなのだが……。
きょろきょろ辺りを見渡していると、戦闘員の一人が私たちの元へと現れた。
大慌てといった表現がぴったりくる様子で、こちらに来るなり大声で報告した。
「ビーストホース様が、逃走しました!」
その報告に、私たちは絶句するしかなかった。
に、逃げた?
しばし顔を見つめ合っていたが、アーマードボアが目を閉じ、ゆっくりと口を開いた。
「緊急連絡を許可する。本部と全ての支部へ、ビーストホースの裏切りを通達せよ」
「アーマードボア、待って!」
「ダメだよ"謎の怪人"。彼の行いがただの逃走だったにしろ、そうでないにしろ、これは明確な裏切り行為だ。連絡は絶対にしなければいけないよ」
これに関しては篤人さんの言うとおり、明確な規約違反だった。
出撃のために怪人化の手術をしたのに、命令を無視されたら組織としては許すわけにはいかない。
下手に庇い立てしようものなら、私たちまで裏切り者に認定されてしまいかねない事態だ。
裏切り者には死が与えられる。
その網から逃れられた怪人はおらず、ビーストホースが生き延びる可能性も0に等しい。
もし、助けられる道があるとするのなら……。
「私、ビーストホースを探してきます。ヒーローと戦えばいいんですよね?」
「連れ戻すつもりかい? でも……」
待ってから報告するわけにはいかないと篤人さんの目が訴えていた。
それでも、一縷の望みでもあるのなら試してみたい。
アーマードボアが私を見て大きく息を吐いた。
そして、二の句を紡いでいく。
「緊急連絡は今すぐに行う。ただし、もしビーストホースが戻って戦ったならば、私も口添えくらいはしよう。それでいいな?」
アーマードボアの提案は裏切り行為には当たらない範囲ギリギリのところだろう。
アーマードボアは上司からも信頼を得ているし、裏切り者認定は避けられると思われる。
ビーストホースも動機が臆病風に吹かれただけと判断されたなら、身辺調査は入るだろうが命までは取られないはずだ。
「はい、十分です。ビーストホースはどっちに逃げたか分かりますか?」
「はっ! 方角でいえば北西、海の方角のようです!」
報告をくれた戦闘員が方角だけを教えてくれた。
どこに行くかも不明な状態だけど、方角が分かっただけでも喜ぶべきことだ。
私はその言葉に頷くと、上空から探しながら海へと向かうことに決めて、高く高く跳躍した。
「なぜ、彼女はビーストホースをあそこまで助けようとするのか?」
「それは、彼女が"謎の怪人"だからとしか言いようがないですよ」
アーマードボアと篤人さんの会話が遠く消えていく。
私の姿を見つけて『怪人が出た』と悲鳴が上がるのは、そのすぐ後のことだった。
よしよし! これで、もうすぐヒーローがやってくることになる。
あとはヒーローが来るまでに何とかビーストホースを見つけ出して戦ってもらえばOKだ。
何度も跳躍し、海へと向かいながらビーストホースを探した。
だが、海に着いてもビーストホースの姿が見つからない。
私は見落としたのかもしれないと思い、競馬場へ戻りながら彼の姿を探していく。
もしかして、怪人化を解いて人の姿になって逃走しているのだろうか?
もしそうだったら、人になった時の姿を知らない私にはもうお手上げである。
「お願い、出てきて! じゃないと、裏切り者として消されちゃうっていうのに……!」
祈りの言葉を呟きながら広がる森を飛び跳ねていると、森の出入り口に男のシルエットを捕らえた。
ビーストホースが木々の合間に身を潜めており、私の方を見つめている。
「居たぁ! ビーストホース、今すぐに――」
叫ぶ私の目に、突如として何本もの光の筋が閃いた。
攻撃力を伴うその光は、私の肩に命中すると決して小さくはない火花を散らす。
次の瞬間に、バチィン! という音が轟いた。
「ひゃあああ!?」
姿勢を崩された私は格好悪く地面に叩き落とされ、鈍い痛みが私を襲った。
背中側にヒリヒリする痛みが感じられる。
ずっと下ばかり見ていた私は上空からの攻撃に気づけなかったのだろう。
私を攻撃した張本人がひらりと宙を舞い、華麗に着地を決めた。
「"謎の怪人"! もう逃がさないぞ!」
「うわぁ、レッドドラゴン……!」
何とか立ち上がった私の目の前に、いま来ちゃいけない相手が現れて構えを取る。
赤いスーツを着た日本のナンバーワンヒーロー、レッドドラゴンである。
もう少し後で来てくれたらよかったのに……。
「行くぞ!」
「来ないでってばぁ!」
やる気満々のレッドドラゴンに対して、私は迷うことなく逃げを放った。
ゆっくり話す時間は無いし、無理やりにでもビーストホースを巻き込んでしまおうと心に決める。
もう体裁などどうでもいい。
彼の居た場所へ向かいつつ、大声で戦闘を呼び掛けた。
「ビーストホース、出てきて戦って! じゃないと、裏切り者として貴方は消されてしまう!」
「い、嫌だ! 何で俺がレッドドラゴンと戦わなきゃならないんだ!」
追ってくるレッドドラゴンから逃げながら呼びかけると、ビーストホースからも返答があった。
望ましい返答ではなかったにせよ、何とかコンタクトだけは取ることができる。
後はどうにかして戦う気になってもらわなければ!
「組織に入った以上は戦ってもらう必要があるんですよ!」
「嫌だと言って……おい、待て! こっちに来るなぁ!?」
私を追いかけてきたレッドドラゴンから逃れようと、彼は森の中へと突っ込んでいった。
ビーストホースはモチーフが馬なだけあって足が速い。
何とか横に並ぼうと頑張ってみるけど、なかなか追いつけないすばしっこさだ。
「そこだ!」
私たち2人を打ち落とそうと、レッドドラゴンが何度もレーザーガンを発射してきた。
「ひゃあああ!?」
「うぁあああ!?」
私とビーストホースが何とかレーザーガンによる攻撃を回避する。
外れたレーザーガンが木々に当たって火花を散らし、何本かの木がバキバキと音を立てて倒れた。
下手したら山火事になりそうである。
「ビーストホース、勝てと言っているわけじゃなくて、戦えって言ってるの!」
「嫌だ! 戦ったらすぐやられちまう!」
ビーストホースに食らいつきながら木々を避けつつ、レッドドラゴンから逃げつつ説得を続ける。
でも、そう簡単に翻意させることはできそうになかった。
そんなこんなしているうちに、もう森と田園地帯との境目付近まできてしまっていた。
森の木々が不意に途切れ、田園地帯の細い道がまっすぐ続いている。
……あの地形、挟み撃ちにするならちょうどいい地形だ。
この作戦なら、きっとビーストホースも乗ってくれるはず!
そうと決まれば、作戦会議ができる位置まで移動しなければいけない。
「聞いて、ビーストホース! ふんぬぅ!」
私はスタミナ温存のための走りをやめて、一瞬だけ瞬発力を使った全力疾走へと切り替えた。
ビーストホースの隣へと一気に移動することに成功した。
「お前、まだ全速力じゃなかったのか!?」
「これやると、すごい疲れるから、長く持たないんですよ。それよりも……」
さっそく息が途切れ途切れになってしまうが、話をする分には支障はない。
ひそひそ話とまではいかないが、レッドドラゴンに話している内容は伝わらないだろう。
「私はこのまま森を飛び出ます。そこでレッドドラゴンを迎え撃ちますから、ビーストホースは背後から奇襲してください!」
「そんなことしたって……」
「相手に一撃を加えて、手傷を負わせたっていう事実が必要なんです! 貴方の速度なら出来ます!」
これで説得できなければ時間切れだ。
レッドドラゴンから逃げ回るのは容易ではないし、私も息が上がってしまっている。
しかも、少しだけ時間が足りなかった。
私がビーストホースの返事を聞く前に森を抜けてしまったのだ。
急に開けた視界には、青空を映し出す田んぼが広がっている。
もう、信じるしかない。
私はビーストホースが作戦に乗ってくれることを祈りながら、ただ前へと進んだ。
田んぼの細道を駆ける私をレッドドラゴンが追いかけてくる。
今、私の横にはビーストホースの姿は無い。
ここまでは作戦通りだ。
彼は森を飛び出ずに、上手く身を隠すことに成功したようだった。
「よーし、行くぞ! レッドドラゴン!」
私は道の交差点で地面を蹴り、一気に反転してレッドドラゴンへと突っ込んでいく。
レッドドラゴンは手に持っていたレーザーガンをホルスターにしまうと、迎撃の構えを取った。
チャンスは1度きり。
レッドドラゴンの姿がぐんぐんと近づいてくる。
そのレッドドラゴンの更に後ろに、私はビーストホースの姿を見つけていた。
今だっ!
ビーストホースへと目配せを送る。
彼の身体が動き出す。このタイミングなら奇襲はきっと成功する!
しかし――。
彼はそのまま踵を返して森の中へと消えていった。
「せやぁあああっ!」
「あうっ!?」
レッドドラゴンが私の突き出した拳を掻い潜り、その鉄拳で思いっきり私の横っ面を殴り飛ばした。
勢いよく弾き飛ばされた私は、細道を強制的にUターンさせられて地面を転がる。
「うぅ、何で……」
ふらりと立ち上がったものの、虚無感に襲われて何だか頭がぼんやりとする。
これは殴られたせいなのか、それともビーストホースに期待を裏切られたせいなのか分からなかった。
「今度こそ、決着をつける! うぉおおおおお!!」
レッドドラゴンが吠え、その右腕に炎の龍が巻き付いた。
その熱気で我に返るものの、気付いたらすでに結構なピンチである。
周辺には住宅もないから、レッドドラゴンは全力で必殺技を放ってくる。
私には疲れやダメージもあって、避けるのも跳ね返すのもしんどい状況だ。
うぅ、どうやってやりすごせばいいのか、考えるのもつらい……。
私が悩んでいると、森の中から救いの手が差し伸べられた。
「待て、レッドドラゴン。私が相手になる」
「な、3人目の怪人!?」
森の中から現れたのはアーマードボアだった。
レッドドラゴンは必殺技の構えを解き、アーマードボアの方へと構えを取る。
「時間切れだ、"謎の怪人"。奴の裏切りは確定した」
「……そうですか」
一瞬、ビーストホースが戻ってきてくれたのかとも思ったが、残念ながらその姿は見当たらない。
もう取り返しは付かないのだろう。
そもそも私自身にも余裕は無いし、もはや逃げ出すので精一杯の状況だ。
「あとは任せろ。……レッドドラゴン、お手合わせ願おうか」
「お前は!」
「失礼、名乗りがまだだったな。お初にお目にかかる、私は怪人アーマードボア」
名乗りを上げたアーマードボアは、腰に付けた鞘からスラリと剣を抜き放った。
怪人でありながら達人の気迫を見せるアーマードボアに、レッドドラゴンが一瞬だけたじろぐ。
しかし、強敵だと認識したレッドドラゴンはすぐさま集中力を取り戻していた。
気迫と気迫がぶつかり合っているのが目に見えるかのような、重苦しい空気が場を支配した。
「行くぞ! アーマードボア!」
「来い、レッドドラゴン!」
炎の龍と、鎧に身を包んだ蛇が交錯する。
その戦いは鋭く空気を切り裂く音によって開始された。
「こっちだ! "謎の怪人"!」
篤人さんが大型バイクに乗ってあぜ道を爆走してきた。
ちょっとだけ偽装工作をしているのか、全体が銀色のピカピカボディになっている。
私はそのバイクに飛び乗ると、篤人さんはぐんぐんスピードを上げていく。
レッドドラゴンとアーマードボアの戦いが見えなくなり、代わりに防衛隊員が作った列が見えてきた。
すでにこちらに気付いており、隊員たちが銃を構えている。
私はバイクが壊されないかと心配になったのだが、篤人さんは涼しい顔だ。
「対レーザーコーティング済みだから大丈夫。それに、光も反射するよ?」
「改造したんですか? 借り物なのに!」
私の指摘を無視して、篤人さんは謎のスイッチを取り出し、親指でボタンを押した。
カッ! と光が溢れた。
防衛隊員がいるあたりの土手から閃光が溢れ出して辺り一面を覆い尽くしている。
恐らく逃走ルート全体にあらかじめ仕掛けていたのだろう。
ここだけではなく、何ヵ所かで同じように光が発生していたようだった。
超強烈な光は、その場にいた人たちの視力を奪っていく。
やがて少しの浮遊感を感じたのち、隊員たちの声が後ろの方へ流れていった。
銀色のバイクが包囲網を飛び越えることに成功したようだ。
……ようだ、というのは、私の目が見えていないからである。
私も思いっきり光を見てしまって、視力を奪われてしまっていた。
「戦闘員21号、先に言ってくださいよ!?」
「ごめんごめん、後は逃げるだけだから僕に任せてよ」
私は振り落とされないように篤人さんの身体にしがみつく。
その後、銀色のバイクがどこをどうやって逃げたのかは私にはわからなかった。
ただ、気が付いたら作戦開始前にいたボクシングジムの地下基地に戻っていたのだった。
そこで1時間ほど待っているとアーマードボアも戻ってきた。
「アーマードボア様、よくご無事で」
「戦闘員21号、ミスティラビット。君たちのアドバイスのおかげだ。他の皆も良くやってくれた」
どうやら首尾よくレッドドラゴンを撒くことに成功したらしい。
おかしな事態になってしまったが、ビーストホースの件以外は任務達成と見ていいだろう。
重要なミッションを達成したとして、この場に居る全員には高い評価が与えられると思う。
私たちはいったん解散し、それぞれの移動手段で本部に戻っていった。
なお、篤人さんのバイクのコーティングは何をどうしたのか分からないが、帰りの路程ではすっかり元通りになっていた。
--5月3日(水) 17:00--
地下基地のエントランスにて、私たちは一同に集まっていた。
幹部のノコギリデビルと、その隣にあまり見たことのない怪人が並び立っている。
あの怪人はいったい誰なのか?
みんなが困惑する中でノコギリデビルが口を開いた。
「ふふふ、よくぞ戻ってきた」
開口一番、ノコギリデビルが私たちの無事に喜びを表した。
ビーストホースのことがあったにせよ、この場に居る全員に落ち度はない。
まずは安心させるため、といったところだろう。
「ビーストホースについては、残念だが情状酌量の余地はない。暗部を出動させることに決まった」
「仕方ない事です。奴はチャンスを全て不意にしました」
アーマードボアがその判断に頷いた。
私が与えたチャンスもダメにしてしまったし、本当にフォローのしようがない。
それと、敵前逃亡をしたビーストホースに対してこの場にいる全員の心証も良くないようである。
異を唱える者はいなかった。
なお、暗部というのは、ようするに裏切り者を始末する暗殺者たちである。
彼はきっと、いつの間にかこの世から消えてしまうことになるのだろう。
「それで、新しい発明品はどうだった?」
ノコギリデビルの横にいる怪人が気安い感じで話しかけてきた。
話を振られたアーマードボアも相手のことを知らない様子で、どのように答えるべきか決めかねているようだった。
「ふふふ、まぁ待て。先に君を紹介しておかねば皆が困惑するだろう」
「そうだったね。秘密主義の組織ってのも色々と面倒だねぇ」
当たり前だが、ノコギリデビルはこの怪人のことを知っている様子だった。
ノコギリデビルが一歩横に身を引き、その怪人が中央に見えるようにして紹介を始めた。
「彼は幹部の一人、怪人【カラガカシ】だ。取引を担当する部門の長をしてもらっている」
「やぁ、僕はカラガカシ。ご紹介にあった通り、幹部の一人さ。よろしく!」
軽い感じで挨拶されたが、みんな一様に緊張感を漂わせた。
随分とあっさり紹介されたけど、何年もパンデピスに所属していた私でも、その存在は知らされていなかった幹部たちの一人である。
組織の全容は秘匿されていることが多く、ほとんど見えないのである。
「今回は新作の煙玉がどれだけ使えそうか知りたいからねぇ。無理を言ってお邪魔したんだよ」
「ふふふ、なに、そろそろ紹介しても良い頃合いだと思っていたところだ」
紹介を終えて、改めてカラガカシがアーマードボアに顔を向けた。
アーマードボアは、心得たとばかりに先ほどの質問に対する答えを口にした。
「携帯のしやすさ、扱いやすさ、効果範囲の広さは全て申し分ないと思います。視界を塞ぐ効果や留まる時間も長く、十分に実用に耐えうる性能をしているでしょう」
「まぁ、効果範囲が広いだけの普通の煙玉だから、そうだろうね」
「ふふふ、その普通を作れることが重要だろう?」
「もちろんさ。誰でも使えて効果があるなら最高だよ。装備部門もしっかりやってくれたようだね」
アーマードボアの煙玉への評価は高く、その返答にカラガカシも満足そうだった。
先ほどは取引の担当という触れ込みだったし、これを新しい商品にするみたいだ。
「あとは、これを使う心構えがあるかどうかです」
「あ~、確かにそうかもねぇ」
「ふふふ、我らパンデピスの怪人は、前のめりな者が多いからな」
今までも逃げようとした怪人はいたが、追い詰められた時に初めて逃げることを考える者が大半である。
最初から逃げるための準備をしている怪人は私とドブロクダヌキくらいだろうか?
「それについては今後、啓蒙していくことにする。ご苦労だったな、アーマードボア」
「恐れ入ります」
今日一日の報告もこれで終了だろう。
後は解散の宣言を聞くだけだ。
そう思っていたら、次の瞬間、何やら不穏な言葉がノコギリデビルの口から飛び出した。
「これで、"謎の怪人"がいなくても撤退できる目途は立った。間に合ったようで何よりだ」
「えっ? な、何かあるんですか?」
まるで私がいなくなるような言い回しにちょっとした恐怖を覚える。
しかし、ノコギリデビルは上機嫌に笑って私の不安を一蹴した。
「ふふふ、"謎の怪人"は残りのゴールデンウィーク中は不在だ。詳しくはDr.ジャスティスに聞くといい」
「Dr.ジャスティスに? ……分かりました。聞いてみます」
とりあえず、永遠にさようなら、というわけではないみたいでホッとした。
私はお父さんからの用事で、残りのお休み中は不在確定らしい。
一応捕捉しておくと、Dr.ジャスティスというのは怪人手術を担当するマッドサイエンティストのコードネームで、その正体が私のお父さんなのである。
それにしても、お父さんからの用事というだけで、またろくでもないことなんじゃないか、という別の不安が鎌首をもたげる。
一体何の用事なのだろう?
「全員、ご苦労だった。本日の作戦は終了だ。これにて解散とする」
「「「はっ! お疲れ様でした!」」」
アーマードボアの解散宣言に戦闘員たちが応え、全ての日程が終了した。
幹部たちが退室し、次いで怪人である私とアーマードボアが退室する。
カラガカシは意気揚々と引き上げていった。さっそく販売計画でも練るのだろう。
ノコギリデビルはビーストホースの除名を受け、序列について再検討するようだ。
アーマードボアは地下3階の医務室へ向かった。
足止めしか行っていないとはいえ、レッドドラゴン相手に無傷とはいかなかったようである。
応急処置はしていたみたいだが、少し休んでから帰るのかもしれない。
私は篤人さんと一緒に退散し、バイクに乗って自宅まで直行である。
この時間なら、急いで夕食を準備すればちょうどいい時間に料理が完成しそうだ。
それに、なんといっても弟のゆーくんが戻ってきているはずである。
篤人さんのバイクが家の前まで到着し、私は勢いよく玄関のドアを開けた。
「ただいまーっ!」
「お帰り、よっちゃん!!」
「ふぇ!?」
玄関に入った瞬間に、抱きしめられてしまった。
私を抱きしめる女性の長くて綺麗な髪に、お菓子のような甘い香りが漂う。
「ひゃっひゃっひゃ! さっそくやられとるのぅ!」
「僕もおんなじことされたよ。お帰り、姉さん」
お父さんとゆーくんが出てきて、私の様子を眺めてニコニコしている。
ひとしきり抱きしめて満足したのか、その女性が私を解放した。
「お、お母さん、帰って来てたの?」
「うん。ただいま、よっちゃん!」
この女性は私の母、【佐藤日和】である。
出稼ぎに出ていて家にはなかなか帰ってこれないのだが、大型連休には帰ってくることがある。
連絡してくれたらいいのに、いつも唐突に現れては抱きしめてくるから心臓に悪い。
ちなみに、何の理由もなくいきなり抱きしめてくるので、居る時は常に油断ならない存在だ。
「家族団らん中のところ申し訳ないです。ドクターに聞きたいことがあるんですが」
「おぉ、篤人くん、いらっしゃい。ゴールデンウィーク中の休みのことじゃろ?」
バイクを車庫に止めて、少し遅れてきた篤人さんがお父さんに質問した。
そうそう、私もお休みになったことについては聞いておきたいんだった。
ちょうどいいので篤人さんとお父さんの会話に耳を傾ける。
ちなみに、その間、私はひたすらお母さんに抱きしめられていた。
「ひゃっひゃっひゃ! 家族全員で嵯渡ヶ島に行くから休むだけじゃ!」
「えっ、もしかして、旅行?」
「そうよ~! みんなで2泊3日の小旅行よ~!」
どんなヘンテコミッションに参加させられるんだろうと考えていたのだけど、杞憂だったようだ。
というか、家族旅行! 一気にテンションが上がる。
ゆーくんともずっと一緒に居られる!
こうしちゃいられない、さっそくお祝いのハンバーグステーキを準備しなければ!
「良かったね、好美ちゃん」
「あっ、すみません、しばらく私だけ休むことに……」
「いいのいいの、たまには羽を伸ばしてきなよ。こっちは僕がしっかりやっておくからさ。アツトにお任せってね!」
ありがたいことに、篤人さんは嫌な顔ひとつせずに快く送り出してくれる。
おかわり用のハンバーグの種も作ってあるし、お母さんと篤人さんの分でぴったりだ。
ここは篤人さんにも食べていってもらうのが筋だろう。
「すぐにご飯の準備をするので、食べていってください」
「え~、いいの? 僕、邪魔じゃないかい?」
「ひゃっひゃっひゃ! 今さら水臭いこと言うでないわっ! 食っていけ!」
「そうですか? それじゃ、お言葉に甘えようかな?」
私はお母さんの抱擁を振りほどき、さっそくお料理に取り掛かった。
ハンバーグに、お味噌汁に、ご飯に、サラダとエビフライも付けちゃおう!
今日は私が華やかな食卓にしてやるぜっ!
--5月3日(水) 20:30--
【特務防衛課 新潟県 十日前町市 支部】
「話ってなんですか、教官」
「あぁ、大した用じゃないんだが、伝えておきたいと思ってな」
俺は上杉一誠。
新潟のヒーロー【ライスイデン】として活躍していたが、引退宣言をして現在は裏方に徹している。
俺は日本ナンバーワンヒーロー、【レッドドラゴン】こと東飛竜を捕まえて会議室へ連れ込んだ。
「その前にだ。お前、今から特訓とか言わないよな?」
「いや、今日もダメだったからもうちょっと頑張らないと……」
ダメだったというのは、今日、現れた怪人たちを1人も仕留められなかったことだろう。
いつも逃げ回る"謎の怪人"はともかくとして、他の怪人2人はどうにかなったはずと思っているようだ。
心無いメディアは『レッドドラゴンの実力に疑問符』とか書いているが、問題なのは実力じゃない。
レッドドラゴンの力を最大限に生かしきれない環境が問題なだけだ。
「むしろ身体を休ませた方がいいぞ。相手はアーマードボアだったんだろう?」
今日の相手は怪人アーマードボアだったと聞いている。
奴は防御力が高く、守りを突破するだけでも一苦労なのに加えて剣による攻撃も鋭い。
とにかく集中力が必要になる相手だ。
「あいつを相手にして、優位に戦えている時点で立派だよ」
「でも、勝ち切れませんでした。2日間も連続で失敗してしまっていて、申し訳なくて……」
飛竜はヒーローとしての責任感から随分と苦しんでいる。
コレが少しでも慰めになってくれればいいんだがな。
「ほれ、今日の被害報告書だ」
「報告書? 俺に伝えたかったことって、これですか?」
飛竜にファイルを渡すと、中に入った1枚の用紙を取り出してまじまじと見つめる。
始めは恐る恐るといった表情だったが、次第に険が抜けて安心した顔に変わっていった。
「実質被害0だ。まぁ、少し焦げ付いたところはあるみたいだが、塗装したら元通りだそうだ」
「被害がなかったのは良かった」
「あぁ、失ったものなんか無い。平和を守ったんだから、今日はお前の勝ちだ」
実際、被害無しで済ませたことはちゃんと評価されたっていいはずだ。
それに、怪人1人が恐れをなして逃げたとも聞いている。
レッドドラゴンは戦う前から勝っていただけだ。
「そんなわけだから、お前はちゃんと休め。休むのも仕事だぞ」
「分かりました。本番で動けなかったら意味無いですもんね」
焦りが出ていたみたいだが、少しは落ち着いてくれたようだな。
それにしても……。
「まさか、アーマードボアが撤退行動に出るとはな」
「やっぱり、あいつは逃げない奴なんですか?」
飛竜も俺と同じように感じていたようだ。
あいつは気質としては侍だろう。
あの手の怪人は正々堂々、正面から戦うのを好む。
もしまた戦いの場に出てくることがあれば決着が着くまで戦うと思い込んでいた。
「逃げる時に、『申し訳ないが、任務優先だ。次に見える時には最後まで戦うことを誓おう』……とか言っていましたよ」
「任務? まさか、撤退することこそが目的だったのか?」
撤退の際に、よく"謎の怪人"が使う煙玉に似たものが使われたと報告があった。
パンデピスの奴ら、ついに"謎の怪人"のマネをし始めたのか。
「パンデピスは組織的に撤退を戦略に取り入れ始めているようだ。厄介だな……」
「元からじゃないっスか? "謎の怪人"が撤退を担当していたんでしょ?」
「俺には、組織的というよりは"謎の怪人"が勝手にやっているという印象の方が強いな」
たまに、怪人の邪魔をしていくことがあるからな。
そうかと思えば、派手にものを壊していくこともある。
あいつの行動原理はいまいちよく分からん。
「飛竜、これからは"謎の怪人"がいなくても撤退する怪人が増えるかもしれんぞ」
「嫌な予測を立てないでくださいよ……」
飛竜が泣き言を呟いているが、たぶんそうなると本人も分かっているからこそだろうな。
どうにかして逃がさないようにしたいが、たった1人じゃ難しいだろう。
「……俺も参戦するか?」
「教官は絶対ダメです!」
小さく言ったはずなのに、飛竜の耳には完全に拾われてしまった。
地獄耳め。
「新潟ヒーローの後継者探しはどうなんですか?」
「まだまだ掛かる。というか、そもそも休み中は無理だろう」
さすがにこれについては、最低1ヶ月くらいは時間が必要だろう。下手すりゃ半年か?
ゴールデンウィーク中に他の県でも戦いがあったと聞くし、ヒーローは常に枯渇気味だから、新潟に常駐してくれるようなヒーローはなかなか現れないはずだ。
「とにかく、俺がもう少し頑張りますから、教官は休んでいてください!」
「分かった。だが、こちらでもできることがないか検討するよ」
俺がそう言うと不安が倍増したのか、とにかく自分が何とかすると、飛竜が気合を入れていた。
さすがに俺だって出撃はしないつもりなんだがな。
それにしても、飛竜のやつ、やっぱり特訓するとか言わないよな?
あと半分もゴールデンウィークが残っているんだから、後半に息切れしないようにするためにもしっかり休んでくれよ?




