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秘密結社パンデピス  作者: ゆきやま
12/42

アルマジロの怪人

--5月1日(月) 6:00--


 薄暗い朝の街に、天が落ちてきたかのような大粒の雨が街に降り注いでいる。

 ゴールデンウィーク真っただ中の5月の始まりは、残念ながら天気予報通りに雨からのスタートだ。

 分厚い雨雲が空を覆い、日の出の時間を過ぎても今日は暗いままだ。


 ざあざあと雨が降りしきる商店街のアーケードの下を、私は練り歩いていく。

 今日は新聞配達のアルバイトだ。

 雨合羽と長靴、それと大きな肩掛けカバンは完全防水だが、新聞自体はそうもいかない。

 雨粒で濡れてしまっては一大事だ。

 ビニールに包んではいるものの、配達も慎重に行う必要がある。


 いつもより少し時間を掛けつつ、今日は商店街から駅前までの区画へと向かう計画だ。

 ちょうど、先日に戦闘があった場所に近い区域である。


 昨日はいろんなことがあった。

 序列1位に任命されたこと、ライスイデンが引退宣言をしたこと、輝羽ちゃんの家が壊れてしまったこと。


 ……そういえば、あの後で輝羽ちゃんには会っていない。

 無事でいてくれるだろうか?


 私は少し急ぎ気味で新聞配達をこなし、少し足を延ばして輝羽ちゃんの家を目指すことにした。

 その移動の途中にも、ブラックローチのばら撒いた爆弾の傷跡が随所に残っている。

 私がここを選ばなければ、きっとあの家々も壊れることもなかったのだろう。

 そう思うと、心が沈んでいく。


 輝羽ちゃんの家の前まで着いた。

 その家は戦いの最中で完全に崩落してしまい、今は片付け中の瓦礫の山があるだけだ。


 ふと、そこに見たことのある自転車がとまっているのを見つけた。

 瓦礫の山の前で、傘をさして座り込んでいる人がいる。


「……輝羽ちゃん?」

「あっ! よっしー!!」


 やっぱり輝羽ちゃんだった。


 輝羽ちゃんは私のことを認めると、傘を放り捨てて駆け寄ってくる。

 そのまま、濡れるのも構わずに私に抱き着いてきた。


「き、輝羽ちゃん、濡れちゃうって」

「よっしー、よかった……」


 ざあざあ振りの雨は輝羽ちゃんの身体を濡らしていく。

 顔も髪も、あっという間にずぶぬれになっていくのに、輝羽ちゃんは私を抱きしめたまま離そうとしない。

 随分、心配させてしまっていたみたいだ。

 気恥ずかしさ半分、大切に思ってくれているという嬉しさ半分で、私の心は満たされていく。


「ほら、私は大丈夫だから、これ」

「うん、ありがとう」


 落ちていた傘を拾い上げて輝羽ちゃんに渡した。

 涙に目を腫らした輝羽ちゃんが、私を解放して傘を受け取る。

 これでこれ以上は濡れなくなったが、早く身体を拭かないと風邪を引いてしまいそうだ。


「輝羽ちゃん、どうしてここに……って、自分の家を見に来たに決まってるよね、ごめん」

「うん、そう。どうしても見に来たくなって。ねぇ、あれ見て?」


 輝羽ちゃんがそう言って瓦礫の一部を指さした。

 そこはもうブルーシートが被せられていて、折れた柱と思われるでっぱりが見えるだけだ。


 「あそこ、おばあちゃんの部屋があった場所なんだ」

 「おばあちゃんの?」

 「うん。何年も前に死んじゃったんだけどね」

 「そっか」


 輝羽ちゃんの瞳が、どこか遠くを見ているようにブルーシートを見つめている。

 きっとそこには、おばあちゃんとの思い出が映っているのだろう。


「私ん家さ、古かったじゃん? だから、建て替える準備もしてたんだよ。怪人に壊されたから補助金も出ることになったし、助かった面もあったんだ。でもさ……」


 一度は止まったはずの涙が、輝羽ちゃんの瞳からまた零れ落ちる。


「もう少しだけ、一緒に居れるはずだったんだ。思い出も、おばあちゃんの部屋も、お別れできないままぺちゃんこになっちゃった……」


 ざあざあと降りしきる雨が、ブルーシートにも降り注いで音を立てる。


 私は何も言えないまま、今度は私から輝羽ちゃんを抱きしめた。

 雨がっぱの雨粒の冷たさがすぐに消えるように、しっかりとその身体を抱きしめる。


 泣きたい気持ちを、グッと堪える。

 私は泣いたらダメだ。苦しくても受け止める。

 この痛みを涙で流したりしてはいけない。


 古いから、壊していい――。


 そう簡単に判断してしまったことに、深い後悔と自分自身への落胆を感じる。

 古いものほど誰かの思い出が詰まっていること、分からないはずなかったのに。


「えへへ、もう大丈夫。泣いたらすっきりした! ありがとうね、よっしー」

「うん、気にしないで……」


 感謝の言葉に心がズキズキと痛む。

 それでも、笑顔で輝羽ちゃんを励まさなくちゃいけない。

 これは私への罰だ。


「私の家族さ、今は体育館にいるんだけど、私はこれから合宿なんだ。戻ってくるまでに、住む場所が決まってるといいな~」

「きっと大丈夫だよ。合宿、楽しんできてね……っていうのも変かな?」

「思いっきり身体を動かしてくる! 頑張るぞ~!」

「うん、頑張ってね!」


 思いのたけを吐き出した輝羽ちゃんは、吹っ切れた様子を見せた。

 彼女が元気を取り戻してくれたことだけが私の救いだ。


「じゃあね!」

「うん、バイバイ!」


 輝羽ちゃんは傘を抑えながら、器用に自転車を漕いで帰っていった。

 雨の中で自転車に乗るとか見ていると少し怖いし、後でそれとなく注意しておこう。

 今は、余裕が無くてそれができそうにないけど。


 瓦礫の前に一人佇む私に向かって、雨は容赦なく降り注いでくる。

 涙を止めるために上を見ても、目じりに雨粒が当たって涙腺が決壊してしまいそうだ。


「戻ろう」


 新聞配達は済んだし、運よく輝羽ちゃんに会えたことで無事を報告できた。

 胸の奥が重苦しいけど、いつまでもクヨクヨしているだけではいけない。

 私は一歩を踏み出して――。


 ドカァッ! と真後ろから飛び出してきた軽トラに撥ね飛ばされた。

 雨音が軽トラの音を掻き消していたのだろうか、全く気付かなかった。

 身体が宙を舞い、雨に濡れたコンクリートの道路へと叩きつけられる。


 せっかく我慢していた涙も、追撃によってあっさり決壊し、泣いてしまった。

 あんまりだ……。


「やぁ、好美ちゃん。君もこの場所が気になったのかい?」


 のんびりと声を掛けてきたのは裏社会での私の同僚、秘密結社パンデピスの戦闘員をしている篤人さんだ。

 今日は雨に濡れるのが嫌なのか、窓を開けて身を乗り出しての挨拶である。


「あ゛~、もう! 篤人さん、安全運転をお願いします! 私じゃなかったら大怪我させてますからね! この際、私が痛い思いをしたのはどうでもいいです! むしろどんとこいです!」

「ええぇ、どうしちゃったの!?」


 涙を我慢する気が無くなった私は大泣きしながら叫ぶように捲し立てる。

 泣いちゃったことは、この痛みで相殺扱い! ノーカンだ。

 篤人さんがクルマから降りてこないので、今日は私の方からクルマへと近づいていく。


「安全運転! してくださいね!」

「うん、分かったよ。……本当にどうしちゃったんだろう?」


 涙声で念押しすると、篤人さんは戸惑いながらも頷いてくれた。

 いつもより戸惑っている様子だし、これで少し良くなってくれるといいのだけれど。


「あ、いつもの車に戻ったんですね」

「うん、車検が無事に終わって、これで元通りさ」


 篤人さんが慣れ親しんだ軽トラのドアを、コンコンと叩いた。

 これで他人の車を巻き込まなくて済む。

 少しだけ気になっていたので、心配ごとが1つ片付いて良かった。


「ただ、今日はねぇ……。僕らが基地に行く意味は無いかもしれないね」

「アルマンダルが出撃する日ですもんね」


 そう、今日の出撃はアルマンダルと決まっている。

 私は嫌われているみたいだから一緒に来いとは言われないだろう。

 篤人さんは戦闘員として参加を要請される可能性はあるが、そうなる確率は高くない気がする。


「そもそも"謎の怪人"は怪人として認知されたわけだから、出撃の命令が無い日は休みでいいんだよ」

「あー、そうなるんですね……」


 今までは下っ端の戦闘員だったから、できるだけ地下基地に顔を出していたわけだけど、今後は必ずしもそうしなければいけないというわけではないようだ。

 秘密結社パンデピスから距離を置こうという目的から考えたら、地下基地に行かない方がいいのかもしれない。


「どうする? 好美ちゃんの好きにしたらいいよ」

「篤人さんは向かうんですよね? 作戦に参加することになったら、どうするんですか?」

「いつも通りさ。アツトにお任せってね!」


 それはつまり、自分1人の力で可能な限り被害を抑えるために動くということだろう。

 私が始めた活動を手伝ってくれる篤人さんは、私がいない場合でも同じように動いてくれているのだ。


「私も参加します。できる限り、今までと同じようにしますから」


 これは私がやろうと決めたことだ。

 言い出しっぺの私が篤人さんに面倒ごとを押し付けて休んでいるわけにはいかない。

 私が進学するごとにパンデピスとは距離が開いていく予定だし、しばらくは気にしなくてもいいだろう。


「そう? 分かった。それじゃ、また後で迎えに行くよ」

「はい、お願いします」


 篤人さんが軽く手を振って軽トラを発進させる。

 それを見送って、私も配達所へと足を向けた。


 雨は明日の昼頃まで上がらないらしい。

 今も降り続く雨は、輝羽ちゃんの家の残骸を濡らしていた。

 私ができることは、今日、降る悲しみの雨をできる限り減らすことだけだ。



--5月1日(月) 8:30--


 地下1000mにあるパンデピスの基地へ移動し、戦闘員の服に着替えた。

 私服のまま変身を解いたら正体がバレてしまう可能性があるし、レーザーガンなども何かの役に立つことがあるかもしれない。


「昏き力よ出でよ、メタモルフォーゼっ!」


 いつもよりほんの少し気合の入った声で合言葉を呟いた。

 ブローチから黒い布が飛び出して私の姿を"謎の怪人"の姿へと変えていく。

 今日もフードから顔を出したままのスタイルだ。


「そういえば、ドクターが服を作るとか言ってなかったっけ?」

「あぁ、そんなこと言ってましたね」


 篤人さんが話している人物はDr.(ドクター)ジャスティス、私のお父さんのことだ。

 秘密結社パンデピスの改造手術を担当するマッドサイエンティストである。

 この間、乙女の秘密(スリーサイズ)をブローチのデータから写し取っていたが、あれから何も言って来ないことを考えると、服はまだ制作中なのだろう。


「お父さんは怪人の改造手術が専門みたいだし、別のところに依頼してるのかなぁ?」

「たぶん、そうだろうね。今の姿もそろそろ見納めかな?」


 しんみりしてるけど、何の変哲もない薄汚れた真っ黒なローブなんだけどね。

 長年使ってきたこともあって愛着が無いとは言わないけれど、私としては古着を捨てるくらいの感覚だ。

 まぁ、新しいのが来なかったらまだまだ使っていくつもりではあるのだが。


「さて、気は進まないけど行こうか」

「篤人さんも気が進まないこと、あるんですね」

「そりゃそうだよ」


 今日、出撃するアルマンダルは何かと私に突っかかってくるから、"謎の怪人"専属になっている戦闘員の篤人さんにも何か言ってくることだろう。

 さすがに味方殺しはしないだろうが、今まで全方位に向いていた罵詈雑言(ばりぞうごん)が篤人さんに向かっていく可能性は高い。

 気が滅入(めい)るというものも当然のことだろう。


 カツカツと足音を鳴らしてエントランスまで出ると、今日は1人の怪人と受け付けがいるだけだった。

 先日までの大騒ぎもどこへやら、ようやくいつも通りの落ち着きが戻ってきたようである。


「"謎の怪人"、今日も来たのか?」


 エントランスの椅子に腰を下ろしていたブラッディローズが声を掛けてきた。

 ひとり紅茶を飲んでいたようで、そのテーブルだけ妙にエレガントな雰囲気が漂っている。

 3段重ねの本格的なアフタヌーンティーセットとか、誰がどうやって準備したのだろう?

 もしかして、ブラッディローズ自身が用意したのだろうか?


「それ、すごいね。どうしたの?」

「食べるか? 私一人だと量が多くてな」


 質問に答える前に、スコーンかな? を渡してきた。

 篤人さんにはクリームが乗った小さなカップゼリーみたいなものを渡している。

 私もそっちの方が良かったと思ったけど、ジャムを渡されて考えを改めた。

 恐らく普通のイチゴジャムだけど、おしゃれな容器に入れられていてテンションが上がる。

 スコーンも美味しいし、これは良いものだ。


「今でこそエントランスも静かだがな。朝っぱらは酷い状態だったぞ?」

「僕らは参加しなかったけど、そういえば飲み会をやってましたね」


 ライスイデンの引退が発表されたことで、『飲まなきゃやってらんねー』とばかりに怪人たちがどんちゃん騒ぎを始めたところまでは知っている。

 その後、どうやら夜通し飲み明かしたものが多数出たようだ。


「酒瓶がそこら中に転がるわ、喧嘩が始まるわ、誰もがそれを囃し立てるだけで止めようともしないわで、戦闘員たちが途方に暮れていた。怪人の姿が維持できなくなる直前のヤツまでいたぞ」

「あ~、何となく読めてきたかも」


 エントランスまで来たブラッディローズが、その惨状を見かねて助け舟を出したのだろう。

 そのお礼がこの豪華で本格的なティーセットというわけだ。

 受け付けのお姉さんが準備したのかな?

 完全にイメージだけの予想だけど。


「えっと、このティーセットの理由は分かったけど、その怪人たちは今、どこに?」

「地下3階の医務室だ。この間、"謎の怪人(おまえ)"を案内し損ねた場所にある。仮眠室もあって鍵を掛けることもできる。しばらく人間に戻っていても問題あるまい」


 意識を失った怪人は人間の姿に戻る。

 医務室ではどうしても眠くなった時のために仮眠室も完備されているらしい。

 この間、ブラッディローズに案内された時はシザーマンティスに邪魔されたため見たことはないけど、3階でもかなり重要な施設のようだった。


「こんなことで使うことになるなんて思ってなかったと思うけど……」

「まったくだ。あの仮眠室が満員になるとは思わなかったぞ」


 ブラッディローズが呆れながら私の感想に同意した。

 何人まで入れるのかは知らないが、結構な数が用意されていることが伺える。

 怪人専用の3階は無駄スペースが多いみたいだけど、たまたま事態と噛み合って役に立ったみたいだ。


「アルマンダルが飲み明かしていたらアウトだったかもしれんな」

「そっか。アルマンダル、今日出撃だから飲まなかったんだ」


 アルマンダルは戦闘に関してはなかなかストイックなタイプの怪人である。

 体調を整えることを優先させたのだろう。

 それに、今はライスイデンより強いレッドドラゴンが出てくる可能性が非常に高い。

 準備はどれだけしっかり整えていても足りないくらいだ。


「おっと、噂をしたら出てきたようだぞ?」


 エントランスの中央通路から、5人ほどの戦闘員たちを従えてアルマンダルが姿を現した。

 あの様子だと、もう作戦会議も終わらせているような気がする。


 篤人さんが立ち上がり、アルマンダルに敬礼をしながら挨拶をした。


「戦闘員21号、遅ればせながら参上しました。何かご用命があればお申し付けください」

「はっ! おめえらに頼むことなんかねぇよ! すっこんでろ!」

「承知しました。ご武運を!」


 やっぱり、アルマンダルは私たちの協力はむしろ邪魔だと思っているようである。

 篤人さんも想定していた返答だったようで、あっさりと引き下がった。

 私からも特に言うことは無い。

 彼はただの応援でさえ嫌がりそうだ。


「アルマンダル」


 ブラッディローズが立ち上がり、声を掛けた。


「思い切り暴れてこい。それだけだ」

「ケッ! 当たり前だ。行ってくるぜ!」


 ブラッディローズとアルマンダルが、ともにニヤリと笑う。

 態度こそアレだが、アルマンダルもブラッディローズも純粋に強さを求めるタイプなのだろう。

 短いやり取りの中で、2人の間に戦士として通ずる部分が見え隠れしていた。

 颯爽と去っていくアルマンダルの背中を、私たちは静かに見つめていた。


 アルマンダルが出て行ったあと、篤人さんが受付に作戦の内容を聞きに行った。

 ただ、その答えは芳しくなく、どこで何をするのかについても教えてはくれないようだった。


「引っ込んでいろって命令だったけど、その通りにするしかないかもね」

「そうですね……」


 今まではどんな怪人が立てた作戦にも基本的に参加すること自体はできていたのだが、ひとりの怪人として認知されてしまった以上、こういったことも増えるのかもしれない。

 久しぶりに(いさ)んでここに来たものの、今日は何もせずに終えることになりそうだ。


「あのぉ、"謎の怪人"さん、ちょっとよろしいかね」

「あ、はい、何でしょうか?」


 話し合っていた私たちの前に、一人の怪人が現れた。

 にこやかな笑顔を浮かべ、でっぱったお腹を揺らしながら、のそのそとこちらに近づいてくる。

 彼の名は、確か……。


「どうも、あっしは【ドブロクダヌキ】っちゅうモンです。序列下位の怪人でしてね」


 そうそう、タヌキの怪人、ドブロクダヌキだ。

 あまり関わり合いが無かったこともあって思い出せなかった。


「あ、どうもご丁寧に。私は"謎の怪人"と申します。そのうち名前が変わるかもしれませんけど」


 丁寧なあいさつをされたので、こちらも挨拶を返した。

 やっぱり"謎の怪人と申します"っていうのはしっくり来ない。

 新しい名前を考える、みたいなことを幹部のノコギリデビルが話していたが、続報はまだだろうか?

 早めに決まってくれると嬉しいんだけど。


「えぇ、存じ上げとります。それでですね、"謎の怪人"さんはアルマンダルさんの作戦を知りたいんと違いますかね?」

「えぇ、まぁ、できれば知りたいですけど……」


 白くてたっぷりした眉毛を八の字型にして微笑みながら、彼はそんなことを言ってきた。

 隣ではブラッディローズが静かに瞑目しながら紅茶を飲んでいる。


「それなら、あっしが情報提供しますわ。彼は【グリーンピア津楠(つなん)】のホテルを襲うっちゅうとりました。ちょうど聞いてしまったんでね。この情報は、お近づきのしるしっちゅうことで」

「は、はぁ、ありがとうございます。助かります」

「いえいえ、何てことないですよ。そんじゃ、あっしは失礼します」


 情報を伝えるだけ伝えると、彼はそのまま去っていった。

 終始にこやかだったな。

 でも、私は彼を助けたことが無かったような気がするのだけど、私に対して好意的になる理由って何かあったっけ?


 ……まぁいいや、貰えるものは貰っておくことにしよう。


「"謎の怪人"、出るつもりか? 今回はあまりお勧めしないぞ?」


 静かに聞いていたブラッディローズが、そう問いかけてきた。

 言外に今回はやめてほしいと言ってきているような言い回しだ。

 しかし、そういうわけにはいかない。


「出るつもり。私にもやるべきことがあるから」


 出撃する怪人に拒否されたことを理由にしてしまっていては、きっとこの先も同じ理由で動かずにいることが多くなってしまうだろう。

 それは結局、篤人さんの負担が増えるだけの結果になってしまう。

 出られるのなら、出ないとダメだ。


「そうか、分かった。だが1つ約束しろ。今回、アルマンダルのことは助けないことだ」


 ブラッディローズの意外な言葉に驚いた。

 ブラッディローズはアルマンダルに対しても友好的に接しているから、助けてくれと言うなら分かるのだが、その逆を言ってくるのは理解できなかった。


 私の戸惑いが顔に出たのだろう。

 ブラッディローズが私にも理解できるようにと説明を付け加えた。


「アルマンダルは『次がある』という言葉が嫌いだと言っていた。次に期待なんてしていたら、本来の実力を出し切ることができない、と。……奴は助けてくれる仲間がいたら自分が弱くなると思っている。全力で挑もうとしているアルマンダルにとって、お前の行動は邪魔なんだよ」


 これは"戦いの哲学"というやつだろう。

 ピンチに陥った時の底力を含めたすべてを(もっ)て戦うことが、アルマンダルにとっての"全力"ということか。

 正直、共感まではできないけれど、言いたいことは分かった。


「お前が助けないことで命を散らすことになっても、アルマンダルは責めはすまい。お前が戦いの場で何をしたいのかは知らんが、無粋な真似はするな」

「……うん、それがアルマンダルの望みなら」


 元より、私がすることは犠牲者を減らすことだけだ。

 アルマンダル自身がそう望んでいるというのなら、私から水を差すことはしないつもりだ。

 今回の"謎の怪人"が行うことは、こっそり一般人を救助して回ることだけになるだろう。


「話はまとまったね。それじゃ、出発しようか」

「はい、戦闘員21号。行きましょう」


 ブラッディローズと別れ、篤人さんと一緒に地下基地を後にした。


 軽トラに乗り込む前に空を見上げる。

 土砂降りだった雨は少しだけ弱くなったものの、まだまだ黒い雲が空を覆っていた。


 目指すは高原リゾートの地、グリーンピア津楠。

 その地でアルマンダルの挑戦が始まろうとしている。



--5月1日(月) 12:30--


 ワイパーがフロントガラスの雨粒をかき出しながら、軽トラが前へと進んでいく。

 雨はまた強さを増し、道路のところどころ凹んだ部分に大きな水たまりができていた。

 時折りタイヤがその水を撥ね飛ばし、ばしゃんと音を立てる。

 大雨の道路は混むようなことも無く、すでに私たちはグリーンピア津楠の近くまで来ていた。


「今のうちにご飯を食べちゃおっか」

「そうですね。私はいつものお弁当です」

「オーケー、僕はいつもの外食だね」


 篤人さんが道なりに適当なお店を探しながら進んでいく。

 この辺はとんかつ屋や蕎麦のお店が多いみたいで、どこもそれなりにクルマが止まっている。

 高級店と言える店はあまり無く、その地域に愛されたお店がいつも通りに営業している感じだ。


「ここがいいかな」


 篤人さんが止まったお店はラーメン屋だった。

 小さな駐車場へと軽トラを止めると、篤人さんはお店の中へと入っていく。

 それを見送って、私もお弁当箱を開いた。


「いただきま~す」


 今日はサバの塩焼き、きんぴらごぼう、黒豆の甘煮、卵焼き、ワカメと豆腐の味噌汁だ。


 サバを口に含んだ時に染み出るアブラはさっぱりしていながら独特の香りを放ち、軽く振った塩が非常にマッチしていてご飯が進む美味しさだ。

 きんぴらごぼうは甘辛いタレと、ゴボウ、ニンジンがもつ本来の甘さがとてもうまく混じり合っている。

 少し味が濃い目だけど、これもおかずとしてはパーフェクトだ。


 卵焼きはいつも通り、ナイスな出来栄えである。他が濃い目の味付けなのでお醤油いらずだ。

 黒豆の甘煮は噛みしめると程よい噛み応えと甘味が堪能できて箸が止まらなくなる一品に仕上がっている。

 お味噌汁は食べ慣れ過ぎていてあまり感想は出てこないけど、これがあるとないとでは大違いだ。

 何よりも、この雨の日にはその温かさが特に嬉しい。


 ご飯はしっかり詰め込んでいて濃い目のおかずに合わせるとちょうどいい量がある。

 いつもより余り物を使ったおかずが多いけど、私の好きな物ばかりで十分に贅沢な昼食だ。


「結構、車が多いな~」


 もぐもぐとご飯を食べつつ、周りの景色をぼんやりと眺めた。

 雨とはいえども大型連休の前半戦だからか、それなりに車の往来も多い気がする。

 道の反対側にあるお店も、駐車場の半分くらいは埋まっていた。


 この辺って、観光地や有名な何かってあったっけ?

 いまいち観光客が何を目的にやってくるのか、私には分からない。

 でも、以前に別の地区にあるワサビ園に向かった時は、何でこんなに混むんだ? ってくらいに渋滞していたし、私が知らないだけで意外な物が人気だったりするのだろう。


 道路に目をやると、どこかへ向かう車の中に、一瞬だけ子供たちの姿が見えた。

 はしゃいだ様子がやけに印象的で、その一瞬の()(まぶた)の裏に強く焼き付いている。

 きっと、どこに向かったとしても、あの家族は楽しく過ごすことができるに違いない。


「ゴールデンウィークかぁ……」


 ゆーくんは合宿だし、お母さんは出稼ぎ中。

 お父さんは家にいるけど、私がパンデピスの活動で動き回っているから、今年は全員バラバラだ。

 もしも私の家族が普通だったら、家族一緒に居られたのだろうか?


 上の空でもぐもぐしていたら、もうお弁当は空っぽになっていた。

 片づけをしていると、篤人さんが雨の中を小走りで戻ってくるのが見える。


「お待たせ! なかなか美味しかったよ。当たりのお店だね」

「お帰りなさい。篤人さん、この辺で有名な物って何ですか?」

「ん? 食べ物のこと?」

「いえ、食べ物じゃなくてもいいんですけど、この辺に観光に来る人って、何を目当てに来てるんだろうって気になっちゃって……」


 それを聞いた篤人さんがスッと何かを取り出して、私に差し出してきた。

 何だろうと思って広げてみると、この辺りの観光名所が描かれているパンフレットみたいだ。


 ざっと中身を確認してみるけど、これが目的に違いない、といったものは存在しない。

 日本の原風景という謳い文句が書かれているが、田畑や山の風景のことだろうか?

 もしそうだとしたら、私には見慣れている物ばかりなので新鮮味は薄いかもしれない。

 でも、パンフレットを眺めているとワクワクするし、ちょっと覗いてみたいという気になってくる。


「この時期はグリーンピア都楠でグランピングっていう、豪華なキャンプが楽しめるよ。通な人は、山菜を買いに来る人とかもいるかもね。後は山にハイキングとかかな」


 篤人さんがつらつらと候補を上げていく。


「でも、僕がお勧めなのはやっぱりドライブだね。この季節は格別なのさ」

「いや、それ、一年中、言っていませんか?」


 冬にも聞いた気がするんですけど。去年の秋にも言っていたのを覚えている。

 たぶん、夏になったらおんなじことを言うに違いない。


「でも、ドライブは良さそうですね」


 山の空気の良さ、景色の良さはこの季節が一番良いのではないだろうか?

 随所に花が咲いているのを見ることができ、気候も暑すぎず寒すぎずでドライブには最適だと思う。

 まぁ、大雨が降っていなければ、だけど。


「少し山の方でも回ってくるかい?」

「大雨の中を、ですか?」


 車の行き来でバシャバシャと水音が鳴る。

 どう見てもお出かけ日和ではない。


「雨の日には雨の日なりの良さがあるのさ」

「そうですか? でも、アルマンダルがいつ動くか分からないですし」


 場所については聞いているから大丈夫だけど、いつ襲撃を開始するのかという情報は得られていない。

 私たちが観光している間に事が起こってしまわないだろうか?


「アルマンダルは決闘に望もうとしているからね。昼食が終わってしばらく経ってから動くと思うよ。お互いが食休みを終えて全力が出せる時間に仕掛けるんじゃないかな?」

「あぁ、なるほど、確かにそうかもしれませんね」


 出陣前の腹ごしらえはしっかり済ませそうなイメージがあるし、ヒーローが全力で戦える時間を選びそうというのもイメージに合致している。

 篤人さんの言うとおり、アルマンダルが今すぐに動く確率は高くない気がする。


「午後2時までに戻ってくれば大丈夫だよ、きっと」

「そうですね、少しだけ周って来ましょうか」

「そうと決まったら出発しようか。ドライブならアツトにお任せってね!」


 エンジンをふかし、篤人さんが軽トラを発進させる。

 先ほどまでは大雨の降り注ぐ道に重苦しさを感じていたはずなのに、今は少し気持ちが軽い。

 私にだって、ゴールデンウィークを楽しむ権利はあるはずだ。


 街を抜け、篤人さんの軽トラは山道へと飛び込んでいく。

 街が遠ざかるにつれて、降りしきる雨は更に激しさを増していった。


「すごい雨ですね」

「そうだねぇ。ホラ、もう川の水も凄い量になってるよ」


 くねる山道の崖下には、水かさを増した川が滔々(とうとう)と流れている。

 前を向けば、雨粒がパタパタとフロントガラスを叩き、その先には木々を撫でる雨風のうねりが見える。

 大雨でなければ見られない迫力のある光景がそこにあった。


「うわぁ……」

「雨の日のドライブっていうのも悪くないでしょ?」

「はい、面白いです」


 伊達や酔狂で行動するのも、たまには悪くないと思う。

 ちょっとした非日常に飛び込んでみるのも、きっと楽しい。

 それが家族と一緒なら、なおさらよかったんだけどな……。


「ねぇ、篤人さん。……私がパンデピスを辞めるにはどうすればいいんでしょうか?」

「辞めるだけなら、いつでもいいんじゃない? 誰も止めないよ、きっと」


 たぶん、そうなんだろうなと心のどこかで考えている。

 ノコギリデビルも、今いる怪人たちも、きっと私のことは放っておいてくれる気がする。

 でも、私自身がそれではいけないと考え始めている。

 ずっとパンデピスにいるつもりはないけど、私にできることをもう少しだけ続けたい。


「行きましょうか。ホテルにいる人たちを助けるために」

「オーケー。それじゃ、向かいますか。僕たちの戦場にね」


 家族連れのお客さんたちもたくさん来ていることだろうし、その幸せを壊したくない。

 私自身はまだいいや。

 家族みんなが元気でいてくれるのだから、チャンスなんていくらでもある。


 まずは目の前に迫っている危機から、できる限り多くの人を助け出そう。



--5月1日(月) 15:00--


 ホテル近くの駐車場に車を止めて、はや1時間。

 私たちは戦闘服に着替えており、どこで何が起きても大丈夫なように準備万端だ。


 なかなか襲撃が無いことに気が逸っていたところ、2階の窓から突如として炎が爆ぜた。

 窓ガラスが弾け飛び、2度、3度と爆発音が響く。

 無情にもホテルから火の手が上がり、やがてのどを焼くような煙の臭いが辺りに立ち込め始めた。


 野太い叫び声、絹を裂くような悲鳴、子供たちの鳴き叫ぶ声……。

 憩いの地は瞬く間に地獄と化し、助けを求める声に満ち溢れていく。


「始まったみたいだね」

「うぅ、情報が無いとつらいよぅ」


 できるなら先んじて人を逃がせる手を講じられたらよかったのだが、派手に動いてしまったら反逆罪に問われるかもしれないし、正体がバレないようにするために目立つわけにもいかない。

 攻撃する個所も方法も不明瞭だったため、今回は対処に徹することに決めていた。

 仕方ないと割り切ったつもりだったけど、やはり悲鳴を聞くと気分的にはつらいものがある。


「気にしない方がいいよ。ここに来れたこと自体が幸運だったんだからさ」

「そう、ですよね。……よし、私にできることをやらないと!」


 落ち込みそうになる気持ちを切り替えて、目の前の惨状に意識を向ける。

 正面玄関からは宿泊客と思われる人たちが転がるように飛び出してきていた。

 でも、その人影は(まば)らで、あまり多くない。

 何かあったのだろうか?


「さて、じゃあ情報収集してみよっか」


 篤人さんが私を見つめる。どうしたんだろう?


「……? え、何ですか?」

「"謎の怪人"の新しい能力、耳が良くなるんでしょ?」

「あぁ、そうでした」


 普段は篤人さんが情報収集を行ってくれているのだが、今日は私に任せるつもりのようだ。

 私たちは既に戦闘員の服に着替えているし、表立って行動するのも少々難しい。

 私がちょうどいい能力を持っているのだから、それを使わない手は無いだろう。


「昏き力よ出でよ、メタモルフォーゼっ!」


 ブローチに合言葉を囁くと、ブローチから飛び出した黒い布が私の身体に巻き付いていく。

 同時に怪人の姿へとその身を変貌させれば、"謎の怪人"のお出ましだ。

 まぁ、人前には出ないけど。


 さっそく目を閉じ、耳を澄ませる。

 逃げてきた人たちがいる位置へ意識を集中すると、私の耳が雨混じりの声をきっちり拾うことができた。


「い、痛い……」

「お父さん、どこ……??」

「みんな、無事か!?」

「なんだよ、これ、いったいどうして……」


 苦しみと悲しみが混じり合った声が、私の心にぴりぴりとした痛みを生じさせる。

 ここでやめるわけにはいかないと分かっていても、耳を塞ぎたくなってくる。

 そんな中、誰かが怒鳴るように電話を掛けていた。


「救急車、消防車も来てくれ! 階段やエレベーターが軒並み破壊された!」


 脱出できた人が少ないのは逃げ道を潰されていたことが原因のようだ。

 ヒーローをおびき寄せるための餌として、簡単には逃げられないようにしたのだろう。

 巻き込まれる側はたまったものではないだろうが、理に適った作戦だと思う。


「……エレベーターと階段が破壊されたみたいです」

「なるほどねぇ。それならあっちから向かおうか」


 篤人さんがホテルの裏手を指さした。

 私はそれを見て頷き、軽トラを降りてそのポイントへと身を隠しながら移動していく。

 姿は見られていたかもしれないが、煙たいので戦闘員だとはバレなかったと思う。


 ホテルの裏手に着くと、篤人さんは時代劇さながらの鉤爪付きのロープをとりだした。

 それを2階の窓枠へと放り投げ、即席の進入路を確保する。


「よし、引っかかった」

「私が窓ガラスを割ってきますね」

「うん、お願い。中に入ったら窓から脱出できる非常用の設備をどんどん使えるようにしちゃおう。避難ハシゴが設置されているはずだよ」

「分かりました!」


 私は怪人の力を使ってジャンプ一番、鉤爪がくっついた窓にあるガラスを一撃粉砕する。

 そのまま中へと侵入し、周りの状況を確認した。

 ここは廊下にあたる場所みたいだが、既に防火シャッターが下りていて進める方向は1つしかない。


「防火シャッターは壊しちゃダメだよ? 火が余計に回っちゃうからね」

「分かってます」


 ロープを伝って中に入ってきた篤人さんが私に注意を述べる。

 私は何度か室内の避難を手伝っているけど、毎回口を酸っぱくして言われている。

 焦ったら忘れることもあり得るわけだし、確認は大事だ。


 2階の廊下は既に煙が充満し始めていて、熱気も凄い。

 この建物は8階建てだし、上の階は更に酷いことになっているはずだ。

 急いで回らないと手遅れになってしまうかもしれない。


「3階にはどうやって行きますか?」

「僕が移動するには、さっきの鉤爪をもう一回使うしかないかな? その前に、この回の避難ハシゴを降ろしちゃおう」


 言うが早いか、篤人さんが移動を開始する。

 煙る視界の中で、篤人さんは廊下の端っこにあった避難ハシゴをあっさり見つけ出すと、私にとりだし方をレクチャーしてくれた。

 避難ハシゴの他にも滑り台が設置されていて、そちらも問題なく使えそうだ。


「この階はこれでいいね。僕は下の階からやるから、"謎の怪人"は上の階からお願いね」

「はい、分かりました。また後で!」


 私はそう言って避難ハシゴ近くの窓から飛び降りた。

 そして着地と同時に、今度は一気に屋上へとジャンプする。


 下を見ると、私が飛び出した場所に人が集まってきていた。

 私が飛び出したことと避難ハシゴが見えることから、脱出口があることに気付いたホテル内外の人たちがここから逃げられると声を掛けてくれているようだ。

 今も、乳飲み子を抱えた母親と思しき女性が、避難ハシゴを降りていく様子が見える。

 他の階も早く避難ハシゴを降ろさなければならない。


「急がないと!」

「どこへ急ぐってんだぁ?」


 屋上から内部に進入しようと振り向いたところに、彼が居た。

 この騒ぎの元凶が屋上でヒーローの到着を待っていたようだ。


 怪人【アルマンダル】

 アルマジロの怪人。

 手刀を英雄の長剣デュランダルをモチーフとした剣に変化させる能力を持つ。

 自分の力を振り回して周囲を破壊していく、怪人らしい怪人の一人だ。


 アルマンダルは右の手刀を変化させた刃を、私の方へと向ける。


「"謎の怪人"さんよぉ、俺はすっこんでろって言ったはずだぜ?」

「戦いの邪魔はしません。ブラッディローズとも約束しました」


 憤懣(ふんまん)やるかたないといった様子で睨みつけてくるアルマンダルの視線を、正面から受け止める。


「それじゃ、何しに来た?」

「取り残された人を、助けるために」


 誤魔化したり、取り繕う必要も無いので、私は素直に答えた。

 彼にとっては戦いが全てであり、その他はどうでもいいという価値観だ。

 本来、私が一般人を助けようが殺そうが、全く気にしないはずである。


「バカバカしい。帰れ」

「非難ハシゴを掛けたら帰りますから――」

「うるせぇ! 今すぐ帰れっつってんだよ!」


 アルマンダルは一気に距離を詰め、私ののど元、ギリギリに刃を当てた。

 一筋の赤い線が走り、微かに血が滲むが、私は退くつもりは無い。

 だけど、ヒーローと戦おうとするアルマンダルに無駄な体力を使わせるつもりもなかった。


「……これで許してもらえませんか?」


 私は怪人化を解き、戦闘員30号の姿に戻った。

 今ならきっと、アルマンダルは私の首を切り飛ばすことだってできるだろう。

 この場で私ができることは真剣な懇願くらいしかないのだ。


 それになぜか、アルマンダルなら許してくれるという気がしていた。

 自惚れかもしれないが、彼は私のことは嫌いつつもギリギリ仲間として認めてくれているような気がする。

 しばし、嵐の音だけが屋上に響いた。


 アルマンダルはしばらく私のことを見つめていたが、不意にニヤリと相好を崩した。


「お前に作戦を伝えたバカを教えろ。それで許してやる」

「うぇっ!? そ、それは……」


 それを知ったらアルマンダルはドブロクダヌキを痛めつけることだろう。

 せっかく親切で教えてくれたことなのに、恩を仇で返す様なことになるのはさすがに忍びない。

 でも、許可は欲しい……!


 私が苦悩して頭を抱えている姿は、アルマンダルにはさぞ愉快に見えただろう。

 というか、それが狙いなのかもしれない。

 悩みに悩んだ私は、1つだけ条件を付けてもらえないか聞いてみることにした。


「あ、あの、アルマンダルが勝って戻ってきた時でもいいですか?」

「はんっ! 小賢しい手を使いやがる! いつ言っても同じだろうがよ!」


 そんなことを言いつつも、アルマンダルは刃を引いてくれた。

 そしてそのまま踵を返し、屋上の中央で腕を組んで仁王立ちする。

 どうやら、私が動くことを黙認してくれるようだった。


 何とかなった、のか?

 私はアルマンダルの気が変わらないうちにと、そそくさと屋上を後にした。


 ごめんなさい、ドブロクダヌキさん。

 もしかしたら迷惑をかけてしまうかもしれません……。


 8階の廊下へと駆けこんだ私は、心の中でドブロクダヌキに頭を下げつつ避難ハシゴを探すのだった。


 私は8階、7階と、首尾よく緊急避難設備を稼働させていく。

 炎の手は徐々に広がりつつあるが、避難経路の確保は何とかできそうだった。


「あれ、その姿なんだね、戦闘員30号」

「あ、戦闘員21号! 速いですね、もうこの階まで?」

「うん、この階で最後だよ」


 篤人さんとは6階で合流することになった。

 黒っぽい服だから分かりづらいが、お互い服も顔も(すす)だらけになっている。


 黒い煙は建物の上から順番に清浄な空気を押しのけていき、もはや息ができる場所の方が希少だ。

 幸い、目の前にある避難ハシゴは既に誰かによって掛けられた後である。

 ここに来るまで誰にも会わなかったことから、脱出が済んでいると考えてもいいだろう。

 これなら被害者は少人数に抑えられたのではないだろうか?


 アルマンダルと話し込んでしまったせいか、私の方が対処した階がだいぶ少ないし、ちょっと迷惑かけちゃったかもしれない。

 何はともあれ、これで私たちの役割は終わりだ。

 後は脱出するだけである。


「誰も見ていないタイミングがあればいいんですけど」

「そういうのは難しいかなぁ。脱出してすぐに逃げるしか……」


 そう話していると、突然外が騒がしくなった。

 ただ、それは悲鳴ではなく歓声が沸き起こっている。


「これはたぶん、ヒーローが登場したのかな? 恐らく、レッドドラゴンだろうね」


 篤人さんが静かに分析していると、ホテルの上から大きな音が2回ほど聞こえた。

 戦いが始まったのかと思って上を見ても、それからは何の衝撃音も聞こえてこない。


「戦闘員30号、みんな逆方向を向いているよ。今なら気づかれずに逃げられる」

「えっ? 何で急に……」

「レッドドラゴンとアルマンダルが、反対側に移動したみたいだ」


 外を見ると、確かに全員が反対側の広場を向いていた。

 そこに、レッドドラゴンとアルマンダルが向かい合って対峙している。

 先ほどの衝撃音は、建物とは反対側の広場で戦うことを選んだ2人がジャンプした音だったようだ。


「今のうちに!」

「あ、はい!」


 篤人さんに促されて、私は避難ハシゴを無視して一気に飛び降りる。

 篤人さんは避難ハシゴを片手で掴むと、握力を調整してスルリと地面まで降り立った。


 バチリ、と空気が震えた。

 空を覆う黒い雲から近くの山に雷が落ち、閃光と轟音を響かせる。

 そして、それを合図にレッドドラゴンとアルマンダルがぶつかり合った。

 雷にも負けない衝撃音が2度、3度と重なり合う。


 強烈な衝撃波が周りに及び、野次馬をしていた人たちは一目散に逃げの体勢へと入った。

 自家用車がある人達は自分の車に、それができない人たちはバスに乗り込んで慌てて撤退していく。

 衝撃波だけで家が壊れたりすることもあるのだから物見遊山の気分で眺めているわけにはいかないのだ。

 身を護るためにも、レッドドラゴンの邪魔をしないためにも、それは適切な行為だった。


「これで、レッドドラゴンが戦いやすくなるね。僕たちも撤退することにしよう」

「そう、ですね」


 今日の天候は雷雨。

 アルマンダル自身はそれを望むとは思えないが、炎の必殺技を持っているレッドドラゴンに対して、ほんの少しだけ有利をもたらしてくれる。


 しかし、たとえ多少のアドバンテージがあったとしても勝率は低いだろう。

 アルマンダルが戦っているのは、日本最強のヒーロー、レッドドラゴンだ。

 もし私が撤退してしまえば……。


 考え込んでいると、アルマンダルとレッドドラゴンがお互いに蹴り技を見舞い、弾かれたのが見えた。

 地面に手を突き、芝生を刈り取りながら体勢を整える。

 それは、ちょうど私たちの目の前での出来事だった。


「アルマンダル!」

「何だてめぇ! まだこんな所に居たのか!? 帰れっつっただろうが!」


 全力での撃ち合いをして感情が高ぶっているのか、アルマンダルが一方的に捲し立てる。

 そして、それだけ言うと、一気に前に向かって突進していった。

 レッドドラゴンがそれを迎え撃ち、再び格闘戦が始まる。


 雨粒交じりの衝撃波が私の顔を叩いた。


「戻ろう、戦闘員30号。僕たちの役目は終わったんだ」

「はい……」


 篤人さんが軽トラに乗り込んでエンジンを掛ける。

 再び轟いた雷の音も、ヒーローと怪人のぶつかる音に負けて消えていく。


 彼の戦いを止めるわけにはいかない。

 目的を果たしたらすぐに帰ると約束したし、ブラッディローズにも邪魔をしないと約束したんだから。


「私は、どっちに勝って欲しいんだろう……?」


 私は軽トラのドアを開き、助手席へと乗り込んだ。

 篤人さんは迷うことなくクルマを発進させ、拳をぶつけ合う2人を置き去りに山道へと撤退していく。

 遠ざかっていくアルマンダルとレッドドラゴンの姿は曲り道1つで見えなくなり、戦いの衝撃音もやがて遠くなっていった。



--5月1日(月) 18:00--


「アルマンダルがやられたようだな」


 いつもの含み笑いが消えた声で、幹部のノコギリデビルが呟いた。

 大会議室に映し出されたニュースを、まだ帰っていなかった怪人たちが食い入るように見つめている。

 被害にあったホテルが紹介され、一部分だけではあるがレッドドラゴンとアルマンダルの戦いが映されていた。


 雷雨の中の決戦は、レッドドラゴンのブレイザー・キャノンによる一撃を受けたアルマンダルの敗北に終わった。

 死した怪人は内包するエネルギーで爆発を起こし、血肉を残さずこの世から消える。

 負けた怪人は骨すら残さず消えていくのだ。


 私はアルマンダルのことが決して好きではなかった。

 それなのに、言いようのない不快感が胸の奥に渦巻いている。

 もう、彼に会うことはできない。

 さっきまで生きていて、すごい剣幕で怒鳴り声を浴びせられたことも、私の喪失感に拍車をかけていた。


「"謎の怪人"、邪魔をしなかったのは素晴らしかったぞ」


 ブラッディローズが慰めのつもりなのか私のことを褒めた。

 それが逆に、癪に障った。


 反射的にブラッディローズの胸倉に掴みかかる。


「本当にこれで良かったの!? こんなのが望みだって言うの!?」

「そうだ。アルマンダルの望んだことだ」


 私の不満から出た理不尽な怒りを、ブラッディローズが真正面から受け止めた。

 そんな風に受け止められたら、それ以上に何も言えないじゃない……。

 アルマンダルが望んでいたことだっていうのも、本当は分かっている。

 すべて、私の自分勝手なわがままだ。


「ごめん」


 ブラッディローズに謝罪をして、手を放そうとする――。

 と、ブラッディローズは私を丸ごと包むように抱きしめてきた。


 予想外のことに身体が硬直するが、思ったより柔らかい感覚に緊張が抜けていく。

 それと共に、私の涙腺の我慢も静かにほどけていった。


「優しすぎるんだよ、お前は」

「知らないよ、そんなの……」

「そうだな、それがお前だ」


 わがままも涙も受け止めるブラッディローズに、私は甘えているのだろう。

 いや、強制的に甘えさせられたと言った方が正しいのかもしれない。

 こんな風に弱さを引っ張り出されたのはいつぶりになるか、もう思い出せないくらいだ。


「ありがとう、もう、大丈夫だから」

「そうか? なかなか良い触り心地だったのだが、残念だ」


 ブラッディローズが、そう言って私を離した。

 本当に名残惜しそうに手を離したあたり、私のうさ耳の肌触りが随分と気に入ったらしい。

 ぬいぐるみでもプレゼントしたら喜んでくれるかもしれない。


「ケヒャヒャ、アルマンダルの奴め。結局俺が貸した金を返さず死にやがってよぉ!」


 シザーマンティスが酒を煽っている。

 飲み過ぎて一晩明かしたはずなのに、もう一回酔いつぶれそうな勢いだ。


「大した金額でもなかろう? この際、私が立て替えてもいいが……」


 ノコギリデビルがその不平を聞いてシザーマンティスに申し出ていた。

 しかし、シザーマンティスはゆっくりと首を横に振った。


「いーや、いらねぇ。地獄で会った時に本人から返してもらう。大した金額じゃねえが、本人から取り立てねぇとなぁ! ケヒャヒャヒャ!」

「ふふふ、そうか。差し出がましいことを言ったな。許せ」


 ノコギリデビルの申し出を断ったシザーマンティスに、(さかずき)を持ったアーマードボアが近づいていく。


「最後までレッドドラゴンと渡り合ったアルマンダルに、乾杯だ」

「おう!」


 カチンと音を立てて、2人は酒を飲みほした。それを機に、またもや酒盛りが始まる。

 だが、先日とは違い、かつての同僚との思い出話を交えた、少し穏やかな酒宴になりそうだった。

 怪人にとってはこれが正しい見送り方なのかもしれない。


「さて、帰ろうか。風邪を引かないように早めに休んだ方がいいよ」

「戦闘員21号。はい、分かりました」


 篤人さんに声を掛けられ、地下基地を後にした。


 今日、昔から知っている怪人が1人いなくなった。

 いつの日か、他の怪人たちもいなくなる日が来るのだろう。

 それはきっと世の中にとっては良い事で、でも、それが良い事なのが少し悲しい。


 私はきっと、悪い子だ。



--5月1日(月) 21:00--


【特務防衛課 新潟県 新潟市 支部】


 新潟にある支部の一室に、俺、上杉一誠は足を踏み入れた。


 今日は休みを貰い、良い施設を持つ病院で人間ドックによる検査をしてもらっていた。

 出勤する必要は無いのだが、俺の代わりに戦ってくれたヒーローにひとことお礼を言っておくのもいいかなと思い、足を運んだのである。


「よう、飛竜! 今日は頑張ってくれたようだな」

「どうでしたか、教官」


 俺の労いへの返答もすっ飛ばして、開口一番、飛竜がそんなことを聞いてくる。

 色々と融通してもらっているから普通に受診するよりもずっと早く結果が貰えるとは思うが、人間ドックって本来すぐに結果が出るわけじゃないんだけどな。


「分かる範囲だけで言うと、異常なしだ」

「そ、そうですか」


 飛竜があいまいな返事を返した。

 異常が見つからないことを喜んでいいのか、悲しんでいいのか分からないといった感じだ。

 はっきり異常があったら出撃を止めるつもりでいたんだろうが、最初からそれは難しかったと思う。


「そんなに簡単に分かるもんじゃないだろう? ヒーローも怪人も、変身していない時は一般人と変わらないんだからな」


 人間の身体にも変化があるのなら怪人探しも簡単になるのだろうが、残念ながら見分ける方法は見つかっていない。

 俺の体調不良がヒーロー化による影響ならば、人間ドックで症状を見分けることは困難なはずだ。


 ちなみに人間ドックは半年前に1回受けていて、異常なしだった。

 ヒーロー化と全然関係ないところで病気に罹っているかもしれないというツッコミを上層部から掛けられないように、もう一度受けたというだけだ。


「俺のことより、レッドドラゴンがまた怪人を倒してくれたってのが嬉しいよ」

「もちろん、頼まれたからには全力でやりますよ!」


 飛竜がグッとガッツポーズを取った。

 今日の相手は怪人アルマンダルだったな。

 あいつはかなり危険な相手だったはずだが、無事に勝ってくれたのは本当にさすがだ。


「あの~、教官。秘密結社パンデピスの怪人なんですが、強くないですか?」

「確かにアルマンダルは強い奴だと思うが、お前から見てもそうなのか?」


 俺は別の県で戦ったことはほとんど無いから、パンデピスの怪人がどのレベルなのか分からない。

 日本でナンバーワンと目されるレッドドラゴンからの評価となると少し気になるな。


「"謎の怪人"もそうですし、アルマンダルには肝を冷やしました。他の怪人だって、決して弱くは無いと思います。ベノムスクイッドやギンガザミだって、戦い方によっちゃ危険でしたよ」


 そうなのか?

 俺にとっては奴らが普通の怪人といった認識なんだが……。

 まさかレッドドラゴンが俺よりもあいつらを評価しているとは思わなかったな。


「もしかして、他の県にいる怪人はもっと弱いのか?」


 俺の問いに、飛竜は頷いた。


「今日のアルマンダルなんて、他の県にいたら幹部かエースクラスですよ。経験が浅いヒーローだったら負けていたと思いますし」


 そう言って飛竜が腕を見せる。そこには斬りつけられた後が痛々しく残っていた。

 アルマンダルの手刀は、ヒーローにとっての必殺技と同じで強烈なパワーを秘めている。

 俺も下手したら心臓を貫かれていたかもしれないくらいだ。


 それを傷1つで済ませたのはさすがレッドドラゴンと言えるが、逆に言えば無傷で済ませるほど甘い相手では無かったということか。


「教えてもらっていなかったらヤバかったかもしれない」

「俺の知識が役に立ってくれて何よりだよ。その調子で頑張ってくれ」


 ライスイデンの怪人撃破率が低いのは恥ずべきことだが、怪人の知識は蓄積されているからな。

 これからも、俺が知っている怪人はできるだけ伝えておかなければならないだろう。


「あと、後継者に関してはどうなんですか?」

「ん? そっちはまだ会議のセッティング中だろう。もうしばらくは掛かると思うぞ」


 ヒーローの枯渇状態は深刻だからな。

 加えて、新潟の秘密結社に対する脅威度はかなり低く見られている。

 上昇志向が強いヒーローたちも積極的に関わろうとはしないはずである。


 ドクター哲司が動いてくれているものの、どう転ぶかは不透明だ。


「じゃあもう少し、俺が出動できそうっスね!」

「あぁ、そうなると思うが、張り切りすぎんなよ?」


 飛竜のヤツ、もしかして自分で秘密結社パンデピスを潰す気でいるんじゃないか?


 ……まぁ、それでもいいか。

 もし本当に潰せそうな時は、俺もちょっかいを出させてもらうつもりだ。

 これに関しては俺だって退くつもりは無い。

 そのためには、なんとか戦える身体に戻しておきたいものだ。


 ……そういえば、ヒーローにならなければ問題ないかもしれないんだったな。


 この際だ。

 俺ももう一度、鍛えなおしてみるとするか。

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