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秘密結社パンデピス  作者: ゆきやま
11/42

黒くて嫌な、あの怪人

--4月30日(日) 6:30--


 朝の新聞配達の帰り道、少し曇った空の下を私はてくてくと歩いている。

 小さな畑にはチューリップの花やたんぽぽが咲き綻び、薄暗い道にも華やかさを添えている。

 働き者のミツバチが花から花へと飛び回り、朝から蜜を集めていた。


 ゴールデンウィークの2日目から3日目の天気は下り坂で、予報では午後から雨が降り出すそうだ。

 昨日から弟のゆーくんが合宿で家を出てしまっている。

 お父さんは家事手伝いはしてくれないので、もしお洗濯ものを取り込み忘れてしまったら大惨事だ。


「あら、今日もお仕事~? お疲れ様ね~」

「おはようございます。そうなんですよ~」


 ご近所の恰幅の良いおばちゃんに声を掛けられたので返事を返した。

 小さな花壇にじょうろで水を撒いていたようで、青々とした葉に水滴が光っている。


「気を付けてね~。最近、パンデピスの動きが激しいみたいだから~」

「あ、はい、気を付けますね」


 それ、私の所属する組織です……。


 新潟の秘密結社パンデピスは先日も大暴れしたばかりだ。

 嵯渡ヶ島の港で大暴れしていたが、ライスイデンの必殺技に討たれたとニュースでやっていた。

 被害は少なかったようだが、観光業の人たちにとってはかき入れ時のゴールデンウィークで悪影響を出しているという。


 ホントすみません。ウチの組織が……。


「家が戦いの衝撃だけで壊れたって言うのを聞いて、びっくりしちゃったわ! ウチは大丈夫かしら? この辺には古いお家が結構あるから、危ないかもしれないわね~」

「そうなんですね。近くで怪人が暴れないといいんですけど……」


 なかなかおしゃべりなおばちゃんに捕まってしまったかもしれない。

 長話にならないように、不自然でもどこかで話を切り上げなければ!

 そう覚悟を決めた、その時……。


 ぐぅ~。


 私のお腹が盛大に鳴った。

 は、恥ずかしい!!


「あら、引き留めちゃってごめんなさいね~? ご飯まだなんでしょ? お休み楽しんでね~」

「あ、はい、ありがとうございます! 失礼します!」


 うふふと笑うおばちゃんに挨拶をした私は、熱くなった顔を抑えて逃げるように歩き出した。

 信号を渡り、上り坂へと続く小径(こみち)へと差し掛かる。

 頭の中にはお腹が鳴った時の様子がフラッシュバックし、しかもなかなか消えてくれない。

 あーもぅ、思い出したくないのに!


 私は幾度となく頭を振って、そのイメージを払い落とそうとして――。


 ドカァっ!


 気付いた時には車に轢かれていた。

 車を飛び越え、宙を舞った私の身体は石畳の上へと叩きつけられる。

 スポーツカーっぽい見た目のシャープな車の運転席から、私を轢いた犯人が降りてきた。


「やぁ、好美ちゃん。おはよう!」


 見慣れない車から降りてきたのは、見慣れたメガネにふんわりパーマの男、篤人さんだった。

 秘密結社パンデピスの戦闘員であり、"謎の怪人"が私であることを知っている人物の一人である。

 今日は足取りも軽やかで、少し気取っている感じがするのは気のせいだろうか?


「おはようじゃないです! 普通なら死んでもおかしくないですからね!」

「いやぁ、ごめんごめん、慣れない車だったからさ……」


 慣れないとか言っている割には完璧なタイミングだった気がするのですけども?

 私がほんの少し道路から目を反らした瞬間に死角に飛び込んできた気がするんですが?

 絶対わざとに決まっている!


「まぁまぁ、今日はこのクルマに免じて許してよ」

「何なんですか、クルマに免じてって……でも、それどうしたんですか?」


 車を紹介したくて仕方ないっぽい篤人さんのプッシュに、呆れ半分で乗ってあげる。

 軽トラじゃないのは気になるし、本当にどうしたのだろうか?


 はっ!? ま、まさか……!


「実は軽トラを車検に出していてね」

「あ、思ったより普通の理由ですね」


 ただの車検でした。

 私、ついに交通事故で大破させたのかと思ったよ。


「その代わりに借りてきたのがこの車ってわけさ!」

「そうなんですね。……あの、借りた車で行くんですか?」


 "パンデピスの活動"という部分は伏せつつ尋ねる。

 借りた車で悪事を働く気なのだろうか、この男は。


「そうだけど?」

「いやいや、さすがにやめておきましょうよ」

「でも、車がないと行けないでしょ?」

「お父さんの車がありますから、それでいいじゃないですか」


 間接的とはいえ犯罪組織に協力することになる人はたまったものではないだろう。

 基本的に、私は無関係な人をできるだけ巻き込みたくないのである。

 それなら自分の身内の車で参加して欲しい。


「なんじゃ、お主ら、こんなところで喧嘩なんぞしおって」

「あれ、ドクター?」

「お父さん?」


 まさにその車に乗ったお父さんが家の方からやってきて、運転席から身を乗り出した。

 てっぺんは禿げ頭、周りの髪の毛を真っ白く染めて研究者っぽい白衣を着込み、下はジーパンのスタイルである。


 お父さんは今からどこかへ出かけるつもりみたいだ。

 朝ご飯もまだのはずなのだけれど……。


「ドクター、どこかへ行かれるんですか?」

「ひゃっひゃっひゃ! 動物を引き取りに行くことになってな!」

「どんな動物なの?」

「実はまだ決まっておらん。今日はどんな動物がおるのか見に行くだけじゃよ」


 お父さんは無職の生活をしているが、裏の顔は悪の秘密結社のマッドサイエンティストだ。

 怪人の改造手術のため、動物たちを引き取っては研究しているのである。

 その動物たちは家の坂道を登ったところにある『ふれあい広場』で飼っており、今はゴールデンウィーク限定こいのぼりと共に記念撮影の対象になっていた。


 ちなみに、特にお金は取っていないので無料である。


「車、借りられないですよね?」

「今日は無理じゃなぁ」

「ってことで、仕方ないね!」

「嬉しそうに言わないでくださいよぅ……」


 篤人さんは新しく借りた車で参加する気まんまんのようだ。

 実質、選択肢はないので諦めざるを得ないのだが、あまり無茶な運用はしないで欲しいと思う。


「そうじゃ、好美!」

「ん、なに?」


 お父さんが何やら手招きをしている。

 何事だろうと近づいていくと、お父さんはバーコードリーダーみたいな機械を取り出した。

 それを私の襟元、より正確に言えば真っ黒いブローチに近づけてくる。

 ピピッという音が鳴ったのを聞いて、お父さんがその機械を引っ込めた。


「今の何?」

「あぁ、服のサイズを知りたくてのぉ」

「服?」

「そうじゃ! お主のブローチにサイズが登録されているんじゃよ!」

「あれ、今のって私のスリーサイズを持っていかれたってこと!?」


 それ、乙女的に嬉しくない事態なんですけど!?


「お父さん、なんてことするの!」

「ええい、変なことに使いやせんわ! それにお主、(はた)から見たらまだまだ子供じゃぞ?」


 "子供"という言葉がぐっさりと私の心に突き刺さる。

 ふんだ! どうせ色気も何もない図書館少女ですよ、私は!

 もう少し経ったら少しは成長して……。

 いやいや、そういうことでもなくて、デリカシーの問題なんですが!?


「まぁまぁ、好美ちゃん。ご両親に服のサイズを知られるくらいは問題ないんじゃない?」

「うぅ~……」


 しばらく憤っていたが、時間が経つにつれて少しずつ落ち着いてきた。

 確かに、身内に服のサイズを知られただけだし、気にし過ぎていた感は否めない。


 それにお父さんなら変なことには――。


 あれ? 使うかもしれないな……。

 いわゆるヘンタイさんとは全く別な方向で。


 うーん、違う意味で心配になってきた。


「そんなの何に使うつもりなの?」

「ひゃっひゃっひゃ! 服を作るに決まっておろうが! お主の新しい服が必要じゃろ? 今のでは動きづらいじゃろうしな!」


 これは、怪人としての服装のことを言っているに違いない。

 お父さんは正体を現した"謎の怪人"には今より適した装備があると考えているようだった。

 私としては今のままでもいいんだけどな。


「それじゃワシは行ってくる。篤人くん、好美のことをよろしく頼むよ」

「はい、任せてください」


 お父さんの車が本町通りへと消えていく。

 それを見送り、私は篤人さんの乗ってきたシャープな車を眺めた。


「仕方ないですけど、迷惑が掛からないようにうまく偽装してくださいね?」

「分かってるって。アツトにお任せってね!」


 私は安請け合いする篤人さんの言葉に溜息を吐く。

 まぁ、篤人さんならうまくやってくれるだろうし、結局のところ私の気分の問題だけかもしれない。

 この後に起きるであろうトラブルで、この車の出番が少ないことを祈るだけである。



--4月30日(日) 8:30--


 いつもの試着室的なスペースで着替えを済ませた後、エントランスへと向かっていく。

 今日は先日と同様に怪人たちがたくさん集まっていた。

 招集命令は出されていないはずなのに、なんでこんなにたくさんの怪人が居るのだろうか?


「来たようだな、"謎の怪人"」

「あいつはどこに入ることになるんだ?」

「序列はまだ決まっていないようだぜ」


 私がエントランスに入ったタイミングで、そんなひそひそ話が聞こえてきた。

 聞きたいわけじゃないんだけど、どうしても勝手に神経が耳に集中してしまう。

 結果として、彼らが私の序列を気にして集まってきたのだろうということが分かってきた。


「"謎の怪人"の耳は便利だね~。僕が欲しいくらいだよ」

「私自身は盗み聞きとかしたくないですよぅ」


 何となく悪いことをしているような気持ちが湧き出してくる。

 別の何かに集中すれば聞こえなくなるだろうか?

 気を紛らわせるものがあればいいのだけど……。


「あ、そうだ。戦闘員21号、そういえば先日戦った怪人のこと、何か知ってる?」

「嵯渡ヶ島を襲ったギンガザミのこと? ライスイデンが倒したって話だけど、レッドドラゴンも居たらしいよ。"謎の怪人"を陰から狙っていたみたいだね」


 話がギンガザミからレッドドラゴンにそれてしまっていた。

 それは別にいいのだが、篤人さんの情報が正しいのなら完全に私が狙われてしまっている。

 本当に勘弁してもらいたい。


 そもそも、レッドドラゴンはいつまで新潟に居るつもりなんだろう?

 絶対、他の県の方が重要な戦いがあるはずだ。

 パンデピスは傍迷惑な趣味人の集うサークルみたいな感じだから優先度は低いはずである。

 早く出て行って欲しい。


「ふふふ、随分と集まっているようだな?」


 パンデピスの幹部、ノコギリデビルが中央通路から現れ、みんなの視線がそちらに集中する。

 先日は2人の強そうな怪人と共に行動していたようだが、今日は2人の姿は見られない。

 やはり、あの2人は幹部だったのだろうか?


(みな)の意見を聞かせてもらい、今すぐ序列を出すことは難しいと判断した。しかし、序列の決定を先送りにするのは避けるべきだろう。そこで……」


 ノコギリデビルが言葉を区切り、私を見る。


「今日は出撃予定を変更し、"謎の怪人"に出てもらうことにする」

「うぇえっ!?」


 思わず声を上げ、篤人さんと顔を見合わせる。

 いつか出撃しなければいけないと思っていたものの、今日すぐ!?

 レッドドラゴンがいなくなった後で、こそっと出て行ってサクッとやられて撤退するつもりでいたのに……!


「ふふふ、準備も何もない状態ですまないが、これは決定事項だ」

「うぅ、はい、でも……ううぅ~」


 篤人さんに『助けて』という視線を送るが、首を横に振られてしまった。

 この命令自体を回避する術は無さそうである。

 そもそも、まだレッドドラゴンがいて私を狙っているわけで、そこに出撃したら戦うこと必至だ。


 ライスイデンとレッドドラゴン相手に2対1とか、絶望でしかない。

 序列が決まる前に死んじゃうって!


「襲う場所は十日前町市内とする。他に何もなければ……」

「ま、待ってください!」


 さっさと切り上げようとするノコギリデビルに、ついつい待って欲しいと言ってしまった。

 考えがあったわけではないが、このまま死地に放り出されるくらいなら何か好条件を引き出したい。

 そう、例えば2対1にならないようにするだけでも!


「今、ライスイデンとレッドドラゴンの2人のヒーローがいますから、私一人じゃどうにもなりません! せめてもう1人、一緒に戦う怪人に付いてきて欲しいです!」


 この提案が通ったら通ったで、他の怪人が負けそうな時に助けたりとか、一般人の被害を減らすための工作とかを考えないといけないから負担が増えてしまう。


 だが、背に腹は代えられない。

 2対1だと本当に死ぬ!


「ふむ、そうだな……。確かに今のままでは負担が増えるばかり。ふふふ、2人同時の出撃を試してみるのは良いかもしれんな」


 考え込んでいたノコギリデビルがそう呟くと、それを聞いた怪人たちが気勢を上げた。


「俺を出せ! 必ずヒーローを八つ裂きにしてやる!」

「てめぇにゃ無理だ! 俺がやる! 奴らを倒すのは俺の役目だ!」

「いや、俺に任せてくれ!」

「俺がやりたい! リベンジしてやる!」


 出番を得ようと怪人たちが名乗りを上げる。

 その姿は意気揚々という言葉がぴったりで、異様なくらいに盛り上がっている。

 みんな、なんでそんなに戦うのが好きなの?

 私の分も持って行って欲しいよ……。


「ふふふ、まぁ待て。"謎の怪人"の意見は取り入れるが、そこに参加する権利があるのは3名だけだ。今日の出撃予定だった【アーマードボア】、明日の出撃予定だった【アルマンダル】、出撃回数が最も少ない【ブラックローチ】……この3名だけとする」


 ノコギリデビルの決定に、選ばれなかった怪人たちが残念そうな顔をする。

 そして選ばれた3人はというと、その反応はそれぞれ違っていた。


「おい、俺は出ねぇぞ! "謎の怪人"と一緒に戦うなんざ、冗談じゃねぇ!」


 アルマンダルがそう声を張り上げた。

 アルマンダルは出撃したいと望んではいるものの、私とは何かと反りが合わない相手だ。

 それに、どうせ明日か明後日に出撃するのである。

 私と一緒に戦うことは望んでいないようだし、私も一緒にいて欲しいとは思わない。


「私は"謎の怪人"が望むなら力を貸そう。恩を返すのは言葉だけでは足りないと思っていたところだ」


 アーマードボアは逆に乗り気なようだ。

 私のことを考えてくれているし、純粋に力になってくれることだろう。

 ただ、彼は私のためにその身を投げ出しそうで怖いんだよね。

 そこまでは望まないんだよなぁ……。


「ふん! 好きに選べばいいだろう。なぁ、期待の新人様?」


 最後の1人、ブラックローチが卑屈な感じでそう言った。

 最初から選ばれるわけがないと諦めている様子で、随分とやさぐれた態度を取っている。

 ただ、彼の境遇を考えれば、それも仕方ないかもしれない。


 【ブラックローチ】

 ゴキブリの怪人。

 序列の圧倒的最下位であり、これといった強みも持たない無能力者。

 ノコギリデビルも扱いに困っているらしく、最近は完全に放置されている。


 『最弱の怪人』『戦闘員より少し強い程度』『いてもいなくても変わらない』――。

 彼はそんな評価をされている怪人なのだ。


 完全に放置とか、私にとっては羨ましい事この上ないんだけど本人は気にしているようである。

 今も、周りの怪人たちの論外だと言わんばかりの冷笑に、悔しそうに顔をしかめている。


「ふふふ、"謎の怪人"よ、誰を連れて行くつもりだ?」


 ノコギリデビルが私の決断を促した。

 うーん、それなら彼にお願いしようかな?


「ブラックローチでお願いします」

「「「ブラックローチだとぉ!?」」」


 私の選択に、ノコギリデビルより先に周りの怪人たちから声が上がった。

 何のつもりだとか、捨て駒にするんじゃないかとか、いろんな憶測が飛び交っている。


 アーマードボアは静かに目を閉じて私の決定を受け止めていた。

 彼の気持ちを想うと、ちょっと悪い事したかもしれない。

 でも、すでにお礼は言葉で受け取っているし、その気持ちだけで十分である。


「な、なぜ私を選んだ? 正気か?」


 選ばれたブラックローチ本人も戸惑っていた。

 しきりにきょろきょろと周りを見渡し、周りの怪人と一緒に困惑している。


「ほぅ、まさかブラックローチを選ぶとはな。ふふふ、何か考えがあるのかな?」

「無くはないですが、言うつもりはありません」


 正直、単純に助けやすそうな怪人を選んだだけなんだよね。

 アルマンダルは私の言うことを絶対聞かないだろうし、アーマードボアは無理をしてでも殿(しんがり)を務めたがる気がするし。


 そういったわけで、消去法でブラックローチに決めたのである。


「アルマンダル、お前は予定通り明日に出撃するといい」

「なに!? 日付、ずらさねえんだな!? よっしゃぁ!」


 アルマンダルは、待ちに待った出撃が予定通りできることに喜びの声を上げた。

 今日の出撃に私が割り込んだ分、予定が後ろにずれることも覚悟していたようだが、嬉しい誤算だったようだ。


「ふふふ、アーマードボア、お前は性格的に誰と組んでも力を発揮できる。今回の結果によっては他のやつと組んでもらうかもしれん。そのつもりでいてくれ」

「承知した。"謎の怪人"、武運を祈る」


 アーマードボアの出番はスキップすることになるようだ。

 ただ、今日の戦果がダメだったとしてもノコギリデビルならもう一回くらい怪人の同時出撃を試すような気がする。

 次の順番が巡ってくるのも近いだろう。


「ふふふ、では"謎の怪人"とブラックローチは付いてこい。作戦会議を始める」


 ノコギリデビルが、まだざわついているエントランスから中央の通路へと身を翻す。

 私と篤人さん、そしてまだ戸惑ったままのブラックローチも一緒にその後を追った。


 ノコギリデビルに連れられて、地下1階の小さい会議室に入っていく。

 ホワイトボードにはすでに十日前町近辺の地図が貼ってあり、主要な施設には赤い磁石のマーカーが貼り付けられていた。


 私はホワイトボード近くの席へ、篤人さんとブラックローチは机の両端の席へとそれぞれ座った。


「ふふふ、それでは作戦会議を始めるとしよう。先ほども言ったが、今回は十日前町市内であればどこを襲撃するのも自由だ。"謎の怪人"、どこを攻めるか君が決めるといい」

「は、はい、分かりました!」


 まずは磁石のマーカーが置かれている場所を確認する。

 爪有大橋、JESCO通り、獅子山競技場、十日前町駅……などなど、どこを攻撃しても被害がそれなりに出る場所ばかりになりそうだ。

 うぅ、どうにかして被害を減らしたいのに。


「あの、マーカー以外の場所でもいいですか?」


 ちょっとした思い付きがあったのでノコギリデビルに確認を取った。

 どこでもいいと言われているのだから、この中から選ばなくてもいいのではなかろうか?

 わざわざ被害が出る場所から選んでいるのが悪いのであって、問題ない箇所もきっとあるはずだ。


「ふふふ、もちろん構わん。ここ以外にするのなら、どうするのかね?」

「それは、えーっと……」


 できるだけ頑張ってはみるが、さすがに何も壊さないのは誤魔化しが効かない。

 ある程度、壊れてもいいものを壊す感じでどうだろうか?


 怪人の被害にあった物件は、確か補助金が出るはずだ。

 壊れてもいいくらいの古くて安い物件なら被害は少ないに違いない。

 できるだけ、そういう家が並んでいる場所は……。


「この辺は……いや、大嶋屋の本店があるから避けたいなぁ……こっちは高級焼き肉店が……どうせ行かないし、こっちの方がいいかなぁ……」

「どこでもいいだろうが!」


 業を煮やしたブラックローチが口を出してきた。

 しまった、いつの間にかぶつぶつと呟いてしまっていたようである。

 ノコギリデビルは面白そうに私を見ているし、篤人さんは笑いをこらえている様子だった。

 うぅ、だんだんと、いたたまれない気持ちになってきた。


 あ、そういえば、朝のおばちゃんが古いお家が並んでいるとか言ってたっけ?


「じ、じゃあ、ここにします!」

「ふふふ、民家を直接狙うとは、君にしてはなかなか悪辣な選択をしたな」


 私が選んだ場所は駅の近く、民家が並んでいる一帯だ。

 この辺の何軒かには申し訳ないが犠牲になってもらい、補助金でより良い家を建ててもらうことにしよう。

 もしかしたら、むしろ感謝されちゃったりして。


「時間や細かい作戦は君に任せる。好きにやりたまえ」

「はい、了解しました!」

「ふふふ、宜しい。ブラックローチ、今回は"謎の怪人"の立てた作戦に準じたまえ」

「……承知しました」


 不服そうな顔をしたブラックローチは、しぶしぶといった感じで返事をした。

 いつもやさぐれているイメージがあるからか、何となく、どんな作戦を立ててもブラックローチは渋る気がする。

 あまり気にしない方がいいかもしれない。


「……お前の言うことには従う。細かいことが決まったら呼べ」

「え? 出てくの?」

「仲良くお話なんぞしてられるか。虫唾が走る……」


 細身の身体を猫背に丸めてぶつくさ呟き、ブラックローチは会議室を出て行ってしまった。

 悪態つくなら威勢よく言えばいいのに、最後は聞き取れるかどうかというくらい小さな声だった。

 どうしてそう卑屈な態度を取るのだろうか?

 私はブラックローチのことはバカにしたことは無いし、一緒に話し合うつもりだったんだけどな。


「彼には悪いけど、話しやすくなったと思うよ」

「まぁ、そうかもしれませんけど……」


 篤人さんと2人で話す機会を得られたのは確かにありがたいのだが、どうも素直に喜べない。

 思惑はどうあれ、これから命を預けて戦う仲間なのだ。

 せめてもう少し信頼関係を築ければと思う。


「彼のことは気にしても仕方ないさ。僕らはやるべきことをやらないとね」

「……そうですね、そうします」


 確かに気にしても仕方がないことだ。

 気持ちを切り替えた私は、篤人さんと一緒に作戦を練っていく。

 怪人とヒーロー、2対2の戦いで、できるだけ被害を出さずにうまく逃げられれば最高だ。


「これでいいだろうね」

「はい、頑張りましょう!」


 程なくして作戦が完成した。

 パンデピスの怪人としての作戦と、その裏にある被害を抑えるための作戦である。


 幹部の指令からは逃げることはできない。

 私の怪人としての初出動が刻一刻と近づいていた。



--4月30日(日) 10:00 特務防衛課 十日前町支部--


「はい、こちら特務防衛課……」

『久しぶりだね、一誠くん』


 電話応対の挨拶が終わる前に、相手が俺の名前を口にした。

 ずいぶん長く連絡を取っていなかったのに、俺の声を聴き分けてくれたことに嬉しさを感じる。


「哲さん、久しぶりです」

『そう呼ばれるのも懐かしいな。元気にしているか?』


 電話の声の先に居る彼は、ドクター哲司。

 ヒーローたちの生みの親ともいえる組織、防衛科学研究部に席を連ねる研究者の一人だ。

 今日は無理をお願いして話を聞いてもらう約束を取り付けていたのだ。


「残念ながら元気とは言えません。身体のことで聞きたいことができたので連絡をしたんです」

『ふむ、それならさっそくだが話を聞かせてもらおう』


 俺はこの間の症状を、できるだけ事細かに説明した。

 全力疾走をしたかのような、必殺技を放った後のような激しい息切れのことを包み隠さず伝える。


 俺の話を静かに聞いていたドクターだったが、やがて重々しい口調で話し始めた。


『一誠くん、私は君に引退を勧告しよう』

「い、引退……!?」


 何だそれは? 聞き間違いじゃないのか?

 あまりに重い返答に、俺は次の句を紡ぐことができなかった。

 焦りよりも、悲しみよりも、信じられないという気持ちが大きすぎて何も考えることができない。


『嫌な報告が上がっている。……聞くかね?』

「はい、もちろんです。聞かせてください!」


 ここで聞かないという選択肢は俺には無かった。

 たとえそれが、より俺自身を苦しめることになろうとも、だ。


『同じ症状を訴えたヒーローが1人いた。症状はだんだんと重くなり、彼はある日、倒れてしまった。原因不明のまま吐血し、衰弱していき、最後には亡くなってしまったよ』

「……俺も、そうなる可能性があるんですね」


 引退という言葉を聞いた瞬間から、命に係わることなのだろうという予想はしていた。

 そうか、俺は戦いの場ではないところで命を散らすことになるかもしれないのか。


『私は、この件とヒーロー化に関係があるのではと思い、研究を進めている。そもそも、ヒーロー化のメカニズムには不明瞭な点が多い。他の研究者はパワーアップの方法ばかり気にしているが、私はこのメカニズムを解明しないまま使っていることが不安でね』


「そのメカニズムが分かるまでは、解決が難しいということでしょうか?」


『そうなる。そして、残念ながらメカニズムの解明にはまだ年単位の時間がかかることだろう。……それと、倒れたヒーローが症状を発生させてから亡くなるまでの時間は、約半年だ』


 俺はドクター哲司は偉大な科学者だと思っている。

 その彼が何年もかかるというのなら、実際に年月が必要になるのだろう。

 それまでの間に症状が悪化していったなら、俺は死ぬことになる。


『一誠くん、君にはまだ死んでほしくはない。ヒーロー活動を止めて、私の研究を手伝ってはくれまいか?』


 研究対象として、そして患者として俺を迎え入れてくれる、ということなのだろう。

 だが、俺にはその気はどうしても起きなかった。

 ヒーローになってから、いや、ヒーローになる前、防衛隊員に志願した時から殉職することになってもいいという覚悟は持っている。


「すみません、俺は、自分の戦いに決着をつけるまでは辞めるつもりはありません」

『……そうか。まぁ、君ならそう言うだろうと思っていた』


 秘密結社パンデピスとの決着をつける前に引退する気にはなれない。

 たとえ、俺自身が命を捨てることになろうとも。

 全てを正直に話してくれた哲さんには感謝しているが、やはりこのまま戦いを終えることは俺自身がどうしても許すことができなそうだ。


『だが、ヒーローも人間だ。いつか誰かにそのバトンを託さねばならん時が来る。君の場合、それが今ではないかと私は思うよ』

「それは……確かにそうですが……」


 ヒーローを9年続けてきた俺も、今年でもう38歳だ。

 今はまだトレーニングで誤魔化してはいるが、これから体力は下がっていく一方だろう。


『私が引退を勧告したのには2つの意味がある。1つは君の体調のためだ。ヒーロー化する回数が減れば、症状を出さないままでいられるかもしれん』


 それは分かる。

 引退をする一番の理由になるだろう。


「もう1つというのは?」

『ライスイデンが引退したら後継者を探さねばならん。もし新潟に後継者が来たら純粋な戦力強化になる。君は後継者を指導しつつ、本当に必要な時に戦えばいい』


 そうか、確かに引退宣言をしたとて、俺がすぐに戦えなくなるわけではない。

 俺の代わりに戦ってくれるヒーローを立てて、出撃回数を減らしつつ後方支援をするのも良い手だ。

 それに、もし俺に何かあったとしても後を頼める人物がいるのなら安心できる。

 何年もパンデピスは壊滅させるには至らなかったことから考えても、このタイミングで先を見据えた手を打っておく方が良いのかもしれない。


「引退を最大限に利用する、ということですか」

『そういうことだ。腰の重い上層部もヒーローがいない地域を出すのは避けるはずだ』

「それには、俺の引退宣言が必要になる、と」

『引退するヒーローの後継者という名目だからな。どうしても必要になる』


 重くのしかかる"引退"という言葉が、俺の喉を詰まらせる。

 きっと引退宣言した方がいいのだろう。

 だが、最後の最後でヒーローとしてのプライドが俺を縛り付けていた。


「すこし、考えさせてください」

『もちろんだ。しっかり考えて答えを出してくれたまえ。君がその気なら私も上層部に働きかけよう』

「ありがとうございます。いったん、持ち帰らせていただきます」

『ああ、それでは失礼するよ』


 ドクター哲司との電話を切り、俺は天井を仰ぎ見る。


 引退するということは"新潟のヒーロー"の肩書きを譲るということだ。

 肩書きなんかに興味は無かったはずだった。

 だが、その肩書きが責任者としての証であり、戦いの中で俺の心を支えてくれたピースだったのだと今さらになって思う。


 引退したくない。

 最後まで戦い続けたい……。


 その思いがどうしても拭いきれない。


「ヒーロー引退、か……」


 俺の呟きは小さく天井に吸い込まれていった。



--4月30日(日) 13:00--


 小雨がぱらつく午後の商店街へ、私はマイバッグを片手にお買い物。

 ……の振りをして襲撃個所の事前チェックのためにやってきた。


 駅前からスーパーの"ミリオンドール"に抜ける道を通れば、お買い物という名目を守りつつ襲撃個所を眺めることができる。


 駅前通りまで出ると、私はさっそく適当な小径へと入り込んでいき、辺りを見回した。

 そして、思惑と違っていることに気付く。


「古いお家、少なくない?」


 そう、そんなに古いと思える家が無かったのである。

 数年前にあった地震から復興した時に全て建て替えられてしまっているのかもしれない。

 そうなると、朝のおばちゃんの情報はいったい何だったのだろうか?


「あ、見つけた!」


 不安になってきたところに、3件ほど古いと分かる家が並んでいた。

 ターゲットはここで決定である。


 私は篤人さん特製の発信機を取り出し、スイッチを入れた。

 これで発信機からの情報を受け取った篤人さんが爆弾を仕掛けてくれる。

 作戦開始は15時ちょうど。

 あと2時間後には作戦が遂行される手筈だ。


 なお、篤人さん以外の戦闘員が仕掛ける爆弾は見掛け倒しの爆弾である。

 ゴブリンラットに交渉して、彼が開発させた派手な音と火花を散らす爆弾の試作品を貰ったのだ。

 出来栄えを自慢していたから、きっとヒーローをおびき寄せるのに一役買ってくれるだろう。


 古い家を破壊する爆弾だけが本物であり、高威力の爆弾なのである。


「爆破する前に、ちゃんと私が暴れて家にいる人たちを追い出さないとね」


 気が進まないが、派手に暴れておかないと家の中に引きこもられたら被害者が出てしまう。

 作戦の10分前くらいに暴れておけば逃げ出す時間はあるかな?


「あれ、よっしー?」

「ふぇ? 輝羽ちゃん?」


 声に反応して振り向くと、そこにいたのはクラスメイトの輝羽ちゃんだった。

 空色のジャージにスポーツバッグを担いだ状態で自転車に乗っている。

 もう13:00を過ぎているけど、もしかして部活の帰りなのだろうか?


「よっと!」


 私のすぐ横に来た輝羽ちゃんが自転車から降りた。

 あぶない、もう少し早く来られていたら発信機を使えなかったかもしれない。

 作戦に支障が出るところだったよ。


「よっしー、お買い物?」

「うん、輝羽ちゃんは部活の帰り? もう午後1時だけど」

「そうそう、お弁当を食べて今帰ってきたとこ。ちょっと待ってて」


 輝羽ちゃんは自転車を押しながら、目の前にある古い家の車庫に入っていってしまった。

 そして手ぶらになった状態ですぐに戻ってきた。


 ……あれ、え? もしかして!


「あの、輝羽ちゃん、この家って……」

「そ、私ん()だよ」


 なんだってぇーーっ!?


 嘘でしょ!? その可能性は全然考えていなかった!

 このままじゃ輝羽ちゃんの家が灰燼に帰すことになってしまう!

 あぁ、もう少し早く来てくれたら大丈夫だったのに!


「ねぇ、よっしー、このあと遊ばない? 私、明日から合宿でさ~」

「えぇっと……私は買い物があって」

「そんなの付き合うよ。その後、暇?」


 私の気持ちを知る由もない輝羽ちゃんがこの後の予定を聞いてくる。

 用事があるって言うこともできたけど、それだといろいろ聞かれ時に面倒になりそうだ。

 何とか誤魔化してお茶を濁さないと……!


 そう思って行動してしまったが、結果的にこれが大失敗だった。


「えーっと、うーんと、……あ、明日から合宿なら宿題終わらせないといけないんじゃない? 私は暇だけど、輝羽ちゃんはそうじゃないでしょ?」


 たぶん輝羽ちゃんはまだ宿題を終わらせていないだろうから、これで大丈夫。

 そう思っていたら、なぜか輝羽ちゃんが満面の笑みを見せた。


 え、それは何の笑みなの?


「そうなんだよ~。だから、お願い~」

「えっと、お願いって、何??」

「私、まだ宿題やっていないからさ~。ねっ?」


 手のひらを目の前で合わせて拝みながらウインクをしてくる。

 あぁ、手伝ってってことか……。

 ちゃっかりしてるなぁ。


「暇なんでしょ? 今から持ってくるね!」

「あっ、ちょっと!?」


 止める間もなく輝羽ちゃんが家の中へ向かっていってしまった。

 うぅ、自分で暇とか言っちゃったし、断りにくいよぅ……。

 宿題、急いで終わらせて帰ってもらうしかないかな?


「あ、もしもし、ヒロコ? この後ヒマ~?」


 家の中に入ってるのに、窓際にいるからか輝羽ちゃんのウキウキした声がここまで聞こえてくる。

 スマホで弘子ちゃんに連絡しているっぽい。


「よっしーん家で宿題やろーっ! そのあと遊ぶぞーっ!」


 遊ぶ気まんまんでした。

 これは絶対に時間がかかる。


 というか、人を増やさないで!

 輝羽ちゃんひとりなら誤魔化せるかもしれないのに、抜け出すのも難しくなりそうだよ!


「ぷに子~、ヒマ~?」


 あ、あかん、まだ増える……。

 このままだと――!


 1.怪人としての正体がバレるのが怖い。抜け出せなくて、暴れられない。

 2.爆弾が爆発。

 3.輝羽ちゃんの家が吹き飛ぶ。もしかしたら御両親も他界――。


 ダメだぁ!

 輝羽ちゃんが家を失って天涯孤独の身になるとか、絶対に避けなければ!


 発信機のスイッチはもう押しちゃった後だ。

 頼みの篤人さんはまだ基地にいるだろうし、こういう時に限ってお父さんは不在か。


 ……あれ? 作戦中止をみんなに連絡する方法が無いんですけど!?


 私は何とかならないかと頭をフル回転させるが、まともな解決策は出てこなかった。

 分かっていることはたった1つ。

 確実に動くなら、今しかないということだ。


 や、やるしかない!


 私は周りを見渡し、輝羽ちゃんの家の車庫に身を潜めた。

 誰も見ていないことを確認すると、ブローチに向かって合言葉を唱え、怪人の力を解放する。


「昏き力よ出でよ! メタモルフォーゼっ!」


 ブローチから飛び出した布が怪人化した私の身体を覆い隠し、"謎の怪人"の姿へと変える。

 今日は怪人の姿を見せつつ暴れた方がいいだろう。

 いつもは被っているフードを取り外し、うさ耳を露わにして車庫を飛び出した。


「せぇい!」


 そして勢いのままにジャンプすると、拳を道路へと思いっきり振り下ろす。


 ドゴッ!


 鈍い音と共にコンクリートの地面が凹み、近くにあった防火用ポンプが吹き飛んだ。

 そこから水がバシャバシャと噴水のように溢れ出てくる。


 何の考えも無く行動してしまったが、ちょうどよく水道管を壊したみたいだ。

 これなら派手にアピールすることができるのではないだろうか?


「か、怪人が出たぞ!?」

「通報を、早く!」


 お昼時に轟音が響いたせいで周りの人がすぐに気づき、即座に通報している。


 もう作戦はめちゃくちゃだ。

 せっかくもう1人の怪人を連れて行ってもいいという許可を貰ったのに、無駄になってしまった。

 逃げたいけど、ここで暴れないと住んでいる人たちが避難してくれないだろうなぁ。


「よっしー、どこ!?」

「輝羽、急いで!」

「早く! こっちだ!」


 輝羽ちゃんが御両親に連れられて逃げていくのが見えた。

 私のことを探しながら駅前の方に駆けていく。


 ごめんね、輝羽ちゃん。

 私のことは気にしないで、無事に逃げてね。


「もう始まったのか? 聞いていた作戦と違うな」

「えっ!?」


 家屋の暗がりから声の主、怪人ブラックローチがぬらりと現れた。

 いつから来ていたのか?

 というか、何でこの時間に既にいるのか分からないが、とにかく援軍である。

 よかった、これなら2対2で戦うことができる!


「やはり何か企んで……」

「ブラックローチ、よかった~! これで1人で戦わなくても済む!」


 私は喜びのテンションに任せてブラックローチと両手で握手をした。

 私の行動にブラックローチは呆気に取られた表情をしている。

 どうやら困惑させてしまったらしいと気づいた私は慌てて手を離した。

 そりゃ、いきなりこんなことをされたらびっくりするに決まっているよね。


「……何だかよくわからんが、異常事態(イレギュラー)が起きたということか?」

「はい、そうなんです。起きたというか、起こしちゃったというか、あはは……」


 ブラックローチが疑いの眼差しで私を見ている。

 うぅ、視線が痛い。

 いわば私のミスに巻き込んでしまったわけだし、迷惑をかけてしまっているから仕方ないのだが。


「それで、この後はどうするんだ? 普通に戦えばいいのか?」

「あ、はい、ここからは作戦通りです。逃げにくくなってしまったので無理しない感じで……」


 篤人さんが来るのは時間的にまだまだ先になるから、逃げる方法が限られてしまっている。

 以前からライスイデンとの地獄の鬼ごっこを経験している私だが、今日は場合によっては2人の鬼から逃げ回ることになりそうだ。


 頭が痛くなりそう……。帰りたい……。


「来たようだぞ」

「うぅ、来ちゃったかぁ……」


 空の上から2つの影が舞い降りて、私たちを挟むように小径の両脇へと着地する。

 赤いシルエットは日本最強のヒーロー、レッドドラゴン。

 黄色いシルエットは新潟のヒーロー、ライスイデンだ。

 懸念していた通り、2人揃っての登場である。


「お前は……!? フードこそ被っていないが、"謎の怪人"か!!」

「そのローブ、間違いないな。まさか、自ら顔を見せてくれるとは思わなかったぞ」


 2人が揃って私を見る。やっぱり完全にロックオンされてるようだ。

 すぐ近くにブラックローチもいるのだけど、私ばかりが注目されてしまっている。

 ブラックローチはそれを面白くなさそうに見ていた。


「ライスイデン、"謎の怪人"の隣にいる怪人は分かるか?」

「あぁ、知っている。奴の名はブラックローチ。ゴキブリの怪人だ」


 レッドドラゴンの質問にライスイデンが答えた。

 話題に出されたブラックローチの顔に笑みが浮かぶ。今まで見た中で一番嬉しそうなんですけど。


「久しぶりだな、ライスイデン。私を覚えてくれていたとは驚きだ」

「俺は正直、お前を強いとは思わない。だが、悪辣さだけは相当なものだ。今日は必ず仕留めてみせる!」


 ライスイデンがそう言って戦意をたぎらせた。

 ブラックローチは弱いからこそ人質を取ることに躊躇が無かったから、ライスイデンとしても印象に残っていたのだろう。

 こういった怪人こそ、ヒーローにとっては倒すべき怪人なのである。


「ブラックローチは任せていいか、ライスイデン!」

「あぁ、俺が相手をする。"謎の怪人"は任せるぞ、レッドドラゴン!」


 短くやり取りしたヒーロー2人が、同時に私たちへと肉薄する。

 まっすぐ突っ込んでくるレッドドラゴンがめちゃくちゃ怖い。

 でも、ここで待っていたら押し負けて、きっとブラックローチと一緒に潰されてしまうことだろう。

 私は意を決して自らレッドドラゴンに向かって踏み出した。


「来い! "謎の怪人"!」

「い、言われなくても!」


 思い切り突き出した拳がレッドドラゴンの拳とぶつかり合う。

 強烈な衝撃が腕全体を襲い、拳と拳の間に火花が散った。


「うぉおお!?」

「うひゃあ!?」


 お互いが弾かれて小径に転がった。

 レッドドラゴンがすぐに姿勢を整えなおしていたのを視界の端に捕らえ、私も慌てて姿勢を――。


 ドカッ! と背中に衝撃が奔った。


「うあ!? え、ブラックローチ!」

「ぐふ、くそ、ライスイデンめ……!」


 ブラックローチが弾き飛ばされて私に激突したようだった。

 顔を腫らし、息も絶え絶えな感じで、今にも倒れてしまいそうである。

 まだ1回ぶつかり合っただけだよね? 早すぎるよ!


 ライスイデンとレッドドラゴンが同時に私たちに迫ってくる。

 これ、次のターンになった瞬間にブラックローチがノックアウトされちゃわない?

 弱いって聞いてはいたけど、ここまで弱いとは……。


「ブラックローチ、とにかく逃げて!」

「逃げるなんてできるか! ライスイデンを倒し、怪人どもに私を認めさせてやる! 邪魔をするな!」


 ふらりと立ち上がったブラックローチが気を吐く。

 その言葉だけは威勢が良いのだが、実力が伴わなさ過ぎてまるっきり期待できない。


「気概は買いますけど、態勢が悪いです! もう一度戦うとしても、一度引いてから……」

「うるさい、邪魔をするな! 次の攻撃は必ず……!」


 言い争いをしている間にヒーローが再び迫ってくる。

 戦力分析も状況把握も碌にできていないその言動に、私の頭は一気に沸騰した。


「作戦を決めるのは私だぁ!」

「うおおぉお!?」


 私はブラックローチの腕を掴み、横へ放り投げた。

 ブラックローチは車庫のシャッターにぶち当たり、どしゃりと地面に倒れこむ。

 そして、私はレッドドラゴンとライスイデンの突進を避けるために(そら)高く跳びあがった。


 2人のヒーローは急ブレーキをかけて真上にいる私を仰ぎ見ている。


「くっ!? なんて跳躍力だ!」

「油断するな、レッドドラゴン! 相手は真正面から戦わない代表みたいな奴だ! 逃走にも注意しろ!」

「了解だ!」


 2人のやり取りを耳で拾いながら、私は降りてきた勢いそのままに、地面に向かって思い切り拳を叩き込んだ。

 今度はヒーロー2人が左右に分かれて私の拳を躱し、油断なく体勢を整える。


 地面が砕け、土埃が舞う中、私はブラックローチにもう一度言葉を投げかけた。


「撤退します! これは命令! っていうか、勝てるようになってから言って!」

「くっそおおおお!」


 ブラックローチが悔しさのあまり吠える。

 普段なら可哀想とか思うのかもしれないが、ここは戦場で、かつ今は大ピンチの状態だ。

 相手の気持ちを(おもんばか)っている余裕はないのである。


「こうなったら……」


 何を思ったのか、ブラックローチがゆらりと立ち上がった。

 不気味な笑顔を貼り付けてごそごそと背中の羽の下をまさぐっている。

 そして、その手にいくつか黒い球体を取り出した。


「ここにいる連中も道連れだ! そらそらぁ!」


 そして、その黒い球体をポンポンと周りの家々にばら撒いていく。

 私は呆気に取られていたが、その正体にいち早く気づいたライスイデンが叫ぶように声を張り上げた。


「まずい! あれは爆弾だ!」

「えっ!? 爆弾!?」


 ドカァン! ドォン!


 気付いた時にはもう遅く、1カ所、2か所と爆発による轟音が響く。

 家々から黒い煙が立ち上り、悲鳴が聞こえ、一段と街の騒がしさが増した。

 こいつ、何てことしてくれるんだ!


「やめて! せめてヒーローに投げて!」

「はははっ! 私を止めることなんかできるものかぁ!」


 相変わらず周りに爆弾を投擲し続けようとするブラックローチに、私の堪忍袋の緒が切れた。


「やめろっつってんでしょうが!」

「な、なにをする!?」


 私はブラックローチの腕をひっつかんで、一本背負いで地面に叩きつけた。


「ぐはぁ!?」


 叩きつけた時に、ブラックローチの手に持っていた爆弾が地面に落ちた。

 衝撃に強く作られていたであろう爆弾は一本背負いの衝撃でも壊れない優れもののようだったが、スイッチを入れた爆弾は爆発するわけで……。


 やばい、と思った私はブラックローチを掴み、道を挟んで反対側へと跳躍した。

 その時にもブラックローチの背中からポロポロと爆弾が零れ落ちていく。


 ドカドカドカァアーーーン!!


「ぎゃああああ!?!?」


 叫び声をあげてももう遅かった。

 連続で爆発した爆弾が、輝羽ちゃんのお家を衝撃で弾き飛ばしていく。

 や、やっちゃったあああああ!!


 爆発が収まった時には、もはや家は原型をとどめていなかった。

 後に残ったのはただの瓦礫の山である。


「ほ、補助金、そう、補助金が出るからダイジョウブ……!」


 とにかく冷静さを取り戻そうと自分に言い聞かせるように呟く。

 そう、元々壊すつもりでいたのだから、これは作戦通りだ! 作戦通りなんだ!


「くっ、邪魔をしやがって……」


 恨めしそうに私を見つめるブラックローチの姿に、もはやこれまでと愛想が尽きた。

 一応、最後の情けで生き残る可能性だけは残しておいてあげることにする。

 私はまたブラックローチの腕を掴んだ。


「もぉおおおお!! 撤退しろぉ!」

「うわあああああああ!」


 半泣き状態で、やけくそ気味にブラックローチを遠方へと放り捨てる。

 本町通り付近に飛んでいったようだが、そこから先はもう知ったこっちゃない。

 あとは自分で逃げるなり戦うなり好きにすればいい。


 ボコォン、と音が鳴ったのを聞き取った後、私は構えを取るレッドドラゴンに対して逃げを放った。

 レッドドラゴンを飛び越えて屋根から屋根へとジャンプしていく。

 ここからが私の本当の戦いだ。

 何とか日本一のヒーローから逃げきらなければならない。


「やはり、逃げるか! "謎の怪人"!」


 レッドドラゴンはジャンプ一番、私と同じく屋根から屋根へと飛び移ってきた。

 その速度は尋常ではなく、フェイントをしたりジグザグに移動してもピッタリと後ろをついてくる。

 私の全力の逃げをもってしても、かなり分が悪い戦いを強いられることになりそうだ。


 唯一良いところがあったとするなら、ライスイデンは私を追ってきてはいないようだ。

 きっとブラックローチに止めを刺す方を優先したのだろう。


「待て! "謎の怪人"!」

「もうヤダぁ! こっちくんなぁ!!」


 篤人さん、気付いて! 早く助けに来て!!

 今にも一撃を喰らいそうな状態で鬼ごっこを続けながら、私はここにいない頼りになる相棒に、心の中でヘルプコールを出しまくっていた。



--4月30日(日) 13:45 本町通りの一角--


 "謎の怪人"に放り投げられた私は、アーケードのある本町通りの家の壁に叩きつけられて地面に落ちた。


「ぐふぅ!? かはっ! 息が、詰まる……!」


 ライスイデンから受けた顔面への一撃と、これまでに受けた背中へのダメージでもはや死に体だ。

 気を抜いたら怪人化が解けてしまいかねないくらいに追い詰められている。


 ダメージの半分以上はミスティラビットの攻撃だが、これは命令違反をしている自分のせいだと自覚している。

 むしろ、その場で捨て駒にされなかっただけでも十分に温情ある措置だと思う。


「出撃、なんて、もう来ないだろうな……」


 私は、今日の今日までは最初から諦めていた。

 もはや出撃することもできないのだと、自らの弱さを恨みながら日々を過ごしていた。


 そんな中で降ってわいたチャンスだったのだ。

 この機会をどうしても逃したくなかった。


 泥を啜る思いをしながらかき集めていた爆弾を全て持ち出し、どんな非道な事でも、仲間への裏切りを行おうとも結果を出すつもりでいたのに。

 結局は何もできないまま、このザマだ。


「見つけたぞ! ブラックローチ!」

「ライスイデン……!」


 背中の爆弾はもう無い。

 私の命を刈る死神と化したヒーローが、目前まで迫ってきていた。

 私の力がもう尽きかけていると分かっているのだろう。ライスイデンが必殺技の構えをとった。


「ブラックローチ、お前とはここで決着をつける! 雷電(らいでん)! 水伝(すいでん)!」

「私に対してもそれか。ははは、そこまでする必要もないだろうにな」


 自虐気味に呟き、私は、私の持っている最後の武器である黒いナイフを取り出した。


 最弱とはいえ怪人の力で繰り出されるナイフによる一撃は、僅かながら戦闘員に支給されるレーザーガンよりも高い威力を出すことができる。

 これが私の、怪人としてのなけなしの力だ。


 右手に雷を、左手に霧を纏わせたライスイデンに、最後の勝負を挑む。


「行くぞ、ライスイデン!」

「来い! ブラックローチ!」


 いっぱしの怪人扱いをしてくれたライスイデンを、私は嫌いではなかった。

 最後の一撃は届くことすら無いだろうが、宿敵の必殺技で散ることができるならそれも良いだろう。

 もうバカにされ、悔し涙に暮れる日々は懲り懲りだ。

 これで、やっと終われる。


「うぉおおおお!」

「必殺! ライトニング――」


 最後の力を振り絞った突進も、ライスイデンの必殺技が放たれるタイミングには到底追いつかない。

 もはやこれまでと目を閉じようとした瞬間、私の背後の壁が勢いよく破壊された。


「やだあああっ!! うぇ、ちょ、ライスイデン――」

「なっ!? "謎の怪人"!!」


 屋根の上を飛び回っていたはずの"謎の怪人"が壁の中から現れ、私とライスイデンを飛び越える。

 追って来ていたレッドドラゴンに攻撃を当てないようにするためか、ライスイデンは必殺技を自ら途中で止めてしまった。


 しかし、こんなものはライスイデンにとってはハンデですらあるまい。

 "謎の怪人"の指摘通り、残念ながら私とライスイデンには埋められない差があるのだから。

 現にしっかりと構えを直し、私の攻撃をいなす準備を整えていた。


 私も驚かなかったわけではないが、人生の最後と思って走り出した後だ。

 そうやすやすと止めるわけにはいかない。

 このまま突進して最後の一撃を見舞わせてもらおう。


 最後の一撃。

 私は思い切りナイフを前に突き出した。

 ライスイデンはそれを難なく躱して私への一撃を……。


 ――放つことはできなかった。


 それどころか、私の突き出したナイフがライスイデンの腹を突き刺し、その先端を微かにヒーロースーツの奥までめり込ませている。

 信じられないことに、私の一撃がライスイデンに明確なダメージを与えていた。


「ぐぅ!? はぁ、はぁ!!」

「な、なぜだ! なぜ避けなかった、ライスイデン!」


 会心の一撃を喰らわせたにもかかわらず、私は目の前で起きたことが信じられずに、ただただ叫ぶ。

 私の知っているライスイデンはこんな攻撃を避けられない男ではない。

 私は異常な様子を見せるライスイデンの身体からナイフを引き抜き、よろよろと後ろへと後ずさった。


「くそっ、こんな、ときに……!! はぁっ、はぁっ!!」


 ライスイデンは息を整えようと必死になっている。

 その姿は弱々しく、どうしようもない悲しさが胸を覆っていく。


 しかし、それでも、万に一つのチャンスではないだろうか?

 そうだ、私は最弱の怪人であり、悪逆非道の怪人ではないか!

 このままライスイデンを葬り去って、怪人たちからの賞賛を……!


「逃げるよ、ブラックローチ! レッドドラゴンがもう来てる!」


 私が行動を起こす前に、"謎の怪人"が私の腕を引っ張った。

 その力は抗いがたく、私は引きずられるようにして無理やり撤退させられていく。

 私のチャンスは、いともたやすく消し飛ばされてしまった。


「撤退……。そうか、撤退、だったな」


 宿敵を倒す機会を逃したにもかかわらず、私には心のどこか奥でホッとした感情があった。


 私の力で勝てたわけではない。

 勝つときは、実力で……!

 そんな思い上がりも甚だしい想いが頭の片隅に浮かぶ。


 とうの昔に腐らせ、捨てたと思っていた怪人としてのプライドがまだ残っていたのだろうか?

 なんということだろう。

 こんなものを持っていても、苦しいだけだというのに。


「待てぇ!」


 そうだ、すぐそこまでレッドドラゴンが迫って来ている。

 いま追撃を受けたらひとたまりもない。

 私はどのみち少し寿命が延びただけに過ぎないのではないだろうか?


 そう思ったが、レッドドラゴンは追ってこなかった。


「どうした、ライスイデン!? いったい何が!?」

「はぁっ!! はぁっ!! レッド、ドラゴン! 俺に、構わずに……」

「ダメだ! そういうわけにはいかない!」


 程なくして現れたレッドドラゴンは、ライスイデンの異常な様子を見て足を止めている。

 私たちへの追撃よりも救助を優先したようだ。


 その隙にミスティラビットが煙玉を炸裂させ、辺り一面が白い霧の闇に閉ざされる。

 2人のヒーローの姿は瞬く間に白い霧の向こうへと消えていった。

 こちらへ向かってくる足音も聞こえない。

 これならば逃げ切ることも可能だろう。


「……まさか、私は、助かるのか?」


 未だにいろんなことが信じられない。

 レッドドラゴンとライスイデンから挟み撃ちを受け、増援もなく絶体絶命の状態。

 まさか、あの窮地から"謎の怪人"自身だけではなく私まで救い出すとは。


 いや、それ以前に不思議に思うことがある。

 ミスティラビットが私を助けてくれるのは何故なのだろうか?

 "謎の怪人"は私を利用しようとして私を選んでいたわけではないというのか?


 そういえば、何か考えがあるのかとノコギリデビルに問われた時に、考えがあると――。


『考えはありますが、言うつもりはありません』


 その言葉が不意に頭に浮かぶ。


 まさか、そういうことだったのか?

 最初から、そのつもりで……。


 心の底から湧き上がる感情で、視界が微かに歪む。

 私の腕を強く握りしめている"謎の怪人"の手が、あり得ない程に優しく、温かく感じた。


「撤退命令、了解しました!」

「えっ? ……うん、よろしく!」


 九死に一生を得た私は"謎の怪人"の撤退命令に従って身を隠し、街の中へと溶け込んでいった。



--4月30日(日) 18:00--


 地下基地へ帰還し、私はエントランスへと足を踏み入れた。

 そこにはすでにノコギリデビルが待っており、たくさんの怪人たちが変わらずたむろしている。

 怪人たちはみんな、まだ帰っていなかったみたいだ。


「ふふふ、よく生きて戻った。"謎の怪人"、そしてブラックローチ」

「はい、ただいま戻りました」


 挨拶を返した私と違い、一緒に居たブラックローチは俯いて何か考えているようだった。

 何だろう?

 手柄を横取りするために悪知恵を働かせているのかな?


 そんなことしなくても手柄はブラックローチのものでいいんだよ。

 是非持って行って欲しい。


「ふふふ、(みな)、報告の前にこれを見たまえ」


 そう言ってノコギリデビルが戦闘員に指示を出すと、戦闘員たちが持ち出してきたプロジェクターを使って壁に映像を映し出した。

 そこにはテレビの6時のニュースが映し出されている。


 いったい何を見せたいのだろうか?


『臨時ニュースです。先ほど、新潟のヒーロー、ライスイデンが引退すると発表がありました』

「うぇっ!? な、なんで!!?」


「い、引退!?」

「なんだ! いったい何が起きたんだ!?」

「うるせぇ! 静かにしろ! ニュースが聞こえねぇ!!」


 エントランスは蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。

 多くの怪人が取り乱し、放心している怪人もチラホラ見受けられた。

 私も、あまりの事態に頭を殴られたかのような衝撃に襲われ、くらくらしている。


 戦闘員が音量を上げ、ニュースキャスターの落ち着いた声がエントランスに淡々と響く。


『ライスイデンは本日、怪人2人との戦いで負傷。治療で一時的に最前線を離れることをきっかけに、そろそろ後進へ役割を引き継ぐ準備を進めたいとの考えを表明。今後はヒーロー活動を控えつつ、場合によっては出動する予備役としてレッドドラゴンを支えながら、後継者を探していくとのことです』


 宿敵の引退表明に、怪人たちの反応はさまざまだった。

 喜ぶ者、憤る者、悲しむ者、誰もが興奮して様々な反応を見せている。

 私だって心穏やかではない。

 まさか、ライスイデンを引退させるようなことになってしまうなんて……。


「ふふふ、さて、それではそろそろ報告を聞くとしようか」

「あ、はい、わかりました」


 ノコギリデビルの声に反応し、怪人たちがニュースから私の方へと意識を向ける。

 誰も彼もが一言一句聞き逃すまいと真剣になっているが、この事態にもノコギリデビルは普段通りだ。

 これが幹部の貫禄というものか。


「私とブラックローチは十日前町市内にある住宅地で、ライスイデン、レッドドラゴンと交戦。最終的に2手に分かれて戦うことになりました」


 まずは起きたことをそのまま伝える。

 かなり端折(はしょ)ってはいるが、重要なのはこの後のことなので別に構わないだろう。


「私はレッドドラゴンと相対し、一戦交えた後で分が悪くなったため撤退を選択。ブラックローチはライスイデンに追い詰められたものの、合流時に一瞬の隙を突いてライスイデンに一撃を加えました」


 うんうん。私、嘘は言っていないよ?

 周りからはどよめきが起きたりしていたが、報告を最後まで聞こうという意思が勝ったか、すぐにその声は聞こえなくなっていった。


「レッドドラゴンが追い付いてきたため、ブラックローチとの共闘だったとしても危険と判断して撤退を選択しました。その後、無事に基地まで帰還。……以上です」


「ふふふ、よく分かった。見事だったな、ブラックローチ」


 ノコギリデビルが手放しでブラックローチを褒め称える。

 長年の宿敵と、ひとまずの決着をつけたのだ。

 序列に関しても、最下位脱出どころか上位進出だってあるかもしれない。

 ブラックローチからしたら、こんな経験は今までなかったことだろう。


 しかし、ブラックローチはまだ眉間にしわを寄せてうつむいたままだ。

 あまり嬉しくなさそうである。

 一体何を考えているのだろうか?


「ふふふ、ブラックローチ、この働きには是非とも褒美を与えねばならん。何か望むものはあるか?」

「……はい、あります」


 俯いていたブラックローチが顔を上げた。

 決意に満ちた表情で、まっすぐとノコギリデビルを見つめている。


「私の手柄を、全て"謎の怪人"のものとしていただきたい」

「……へ??」


 な、何を言っているんです?

 せっかく全部の手柄がブラックローチのものになるというのに。

 怪人たちを見返したいって散々言っていたはずなのに、どういうこと?


「先ほどの"謎の怪人"の報告にはありませんでしたが、私は命令違反を繰り返し、むしろ迷惑ばかりを掛けていました。2度、3度と助けられ、合流時も隙を作り出したのは"謎の怪人"の方だったのです」

「いや、そういうこともあったかもしれないですけど、最後の一撃は紛れもなくブラックローチが……」

「"謎の怪人"、君は私のために、手柄を最初から譲るつもりだったな?」

「え?」


 いや、微塵もそんなこと考えていませんでしたけど?

 最終的に、それっぽいことにしたら都合が良いと思っただけなんだけどな……。


 私の内面など分かるはずもなく、ブラックローチは自分の作り出した幻想を信じ切っているようだった。


「私は"謎の怪人"のことを疑っていた。悪だくみの尻尾を掴んでやろうと早く現地入りをした時も、彼女は私のことを喜んで迎え入れてくれた」


 あぁ、早く現場に居たのはそういった魂胆だったのか。

 "謎の怪人"として篤人さんと一緒に罠を仕掛けたりすることが多かったから、早く向かって身を潜めるのは私の正体を見極めかねない中々クリティカルな一手だったと思う。

 正体がバレなくて良かった~!


 あと、『喜んでいた』って部分は合っている。

 あのタイミングでは共闘してくれることが本当にありがたいと思ったんだよね。

 その後は幻滅の嵐だったけど。


「連れて行く怪人で私を選んだこともそうだ。私に活躍の場を与えようとしていたとしか思えない」


 周りの怪人たちは何故かブラックローチの意見に頷いている。


「いや、別に、そんなことは無いんですけど」


 慌てて否定してみたものの、周りの怪人たちの反応が芳しくない。

 誰もが私の言葉なんて信じていないようだった。

 なんでなんだよぅ!?


「幹部どの、どうか全ての手柄は"謎の怪人"にお渡しください! ここまでの厚意に応えられないのは、怪人としての恥です。私は今までと同じ、序列最下位を望みます!」

「いや、別に、そんな……」

「ふふふ、よくぞ言ったブラックローチ! お前の望み、叶えよう!」


 あぁ、ノコギリデビルが受け入れてしまった。

 その情報、大きく間違ってますってば!


「はははっ! やっぱりそうか。ブラックローチじゃ無理だろうからな」

「あぁ、どう考えても"謎の怪人"が上手く手を貸したとしか思えねぇよ」

「だがブラックローチは男を見せたな。私は見直したぞ」


 周りの怪人たちからもそんな声が漏れ聞こえてくる。

 実力的にライスイデンに勝てるわけがないという評価が、ブラックローチの言葉の信憑性を揺るぎないものにしているようだった。


 実際のところ、割とその評価は当たっているんだよね。

 間違っていることは、私が別にブラックローチのために動いていたわけじゃないってところだけだし。


「ふふふ、諸君、"謎の怪人"の序列を聞きたいかね?」

「おお、待ってました!」

「聞きたいぜ! 楽しみで仕方なかったんだ!」


 やんややんやと声が上がる。

 ライスイデンの引退宣言から始まり、ブラックローチの男気溢れる請願を聞いた怪人たちの興奮は最高潮に達しているようだった。

 私のことが嫌いそうな怪人たちは、横でつまらなそうな顔をしているけども。


「もうこれは、これ以外の答えは出すことはできん。"謎の怪人"の序列は1位とする! ライスイデンを引退へ追い込んだこと。多くの怪人を助けている実績。ブレイザー・キャノンをもはじき返す力。もし、この場に"謎の怪人"以上の功績があると自負するものがいるなら、申し出てみよ!」


「いるわけねぇだろ、そんな奴はよー!!」

「名乗り出たヤツぁバカとしか言えねーよ!!」


 序列1位の結果に、怪人たちが当然だと声を上げた。

 ダメだ、確かにその実績を並べてみたら、誰がどう見ても私が序列1位になっちゃうよ。

 私自身はどうにかして序列は低くしたいっていうのに……。


「ふふふ、改めて"謎の怪人"に問おう。何か褒美を与えねばならん。望むものはあるかね?」

「え、いえ、えっと、そうですね……」


 褒美を与えると言われて、私は困ってしまった。

 縁を切ることを目標としている私にとって、パンデピスから何か貰うのは正直イヤなんだよなぁ。

 だからといって権利や装備が欲しいわけでもないし。


 私は少し考えて、そういえば今回、割を食った人たちがいることを思い出した。


「それなら、戦闘員たちに何か与えてあげてくださいませんか?」

「ほぅ? 今回、彼らは何もしていないはずだが?」

「だからこそです。私の手違いで彼らの活躍の場を奪ってしまいましたから、その補填をお願いしたいのです。できませんか?」


 ノコギリデビルは腕を組んで目を閉じた。

 周りの怪人たちは『もったいない』とか、『俺ならこれを』とか好き勝手に話している。


 少し間をおいて、ノコギリデビルが目を開けた。


「ふふふ、彼らは活躍をしたわけではないから評価を変えることはできん。だが、使う予定だった備品分の費用を支給することは可能だ。それなりの金額にはなるだろう」

「はい、可能な範囲で結構です。よろしくお願いします」


 今度は戦闘員たちから歓声が上がった。

 何もしていないのにお金がもらえるというのは、降ってわいた幸運である。

 怪人になりたいと思って活動している戦闘員にとってはプラスではないものの、悪い気はしないはずだ。

 私への印象が良くなって、専属部下の篤人さんが少しでも活動しやすくなってくれれば嬉しい。


「ふふふ、任務、ご苦労だった。本日はこれで解散とする」

「はい、失礼いたします!」


 初出動が終わり、これで今日はお終いだ。

 疲れたからすぐにでも帰りたい。

 そう思っていたが、私は何人かの怪人に取り囲まれてしまった。

 真っ先に私の元に来たのはブラッディローズである。


「随分と序列が離れてしまったな。これからは私が敬語で話した方がいいか?」

「嫌だってば! ブラッディローズ、やめてよぅ」

「ふっ、私が敬語を嫌がっていたのがようやく分かったか? これからもよろしく頼むぞ」

「うん、まぁ、ぼちぼち頑張る……」


 私が疲れていることが分かっているのか、ブラッディローズはそれだけ話して去っていった。

 私の周りに集まった怪人たちは同じようにひとこと伝えては去っていく。

 『おめでとう』『ありがとう』の繰り返しだったけど、好意的でいてくれるだけでも嬉しい。

 私は自然と笑顔で対応していた。


 横を見ると多くの怪人たちが思い思いに酒瓶を用意していた。

 今日は色々あったから飲みたい気分なのだろう。

 ほどなくして酒宴が始まった。

 騒がしくなってきたエントランスを抜けて、私は篤人さんと帰路についた。


 そういえば今日は借りてきたシャープな車だった。

 結局、出番は無かったなぁ。


「じゃあ、この車を出さないために行動したわけじゃなかったんだね?」

「そりゃそうですよ。篤人さんがいなくて本当につらかった……。それに、輝羽ちゃんの家がぁ!」

「お友達は無事だったんだし、補助金も出るし、大丈夫さ」


 篤人さんに愚痴を聞いてもらいつつ車は夜の峠を走っていく。

 今日は色々あり過ぎた。

 明日以降になって、また少しずつ起きたことを消化していこう。


「ひとまず、序列1位おめでとう」

「嬉しくないです」


 篤人さんの余計なひとことを聞いて、私はドアの窓ガラスへと頭を押し当てた。



--4月30日(日) 21:00 十日前町支部 地下基地--


 地下基地の訓練用の室内競技場を、俺、上杉一誠はゆっくりと歩いていた。

 ライスイデンの姿で起きた強烈な疲労感はもう無く、身体の調子は万端だ。

 ブラックローチから受けた傷など些細な物だ。

 とは言えど、数針は縫うことになってしまったが。


「教官……」

「おう、来てくれたか」


 かつてないほど暗い顔をした飛竜が俺の元へと歩いてくる。

 俺は哲さんに諭されていたから納得はしているものの、飛竜にとっては突然のことだったからな。

 こうなってしまうのも仕方ない。


「すまなかった。お前には相談しておくべきだったよ」

「いえ、教官も悩んでいたんでしょ? 俺はその悩みに気付けませんでした」


 相変わらず、人に責任を求めない奴だ。

 今回は俺が全面的に悪いと思っているし、別に怒ってくれても構わないというのに。


「報道にもあるように、俺は引退することにした。といっても、まだ戦いの場から完全に身を引くつもりは無い。たまには戦場に出て怪人の相手をすることもあるだろう」

「はい、信じられなくて何度も聴きなおしましたよ」


 俺だって、つい先日までこんなことになるなんて思ってもみなかった。

 不幸はいつでも突然襲い掛かってくるものだと身をもって知ったよ。


「飛竜、お前には聞いてもらいたい。重要なことだ」


 俺の言葉に、飛竜がしっかりと顔を上げる。


「俺の身体に異変が起きている。ヒーロー化に関係するかもしれない原因不明の体調不良だ。信頼できるドクターに確認したが、場合によっては、俺は半年で死ぬことになるだろう」


 飛竜は唇を噛みしめ、拳を握りしめて俺の言葉を聞いていた。

 何も言わず、俺の言うことをただただ受け止めている。


「引退表明をしたのはヒーローの後継者を呼び込むためだ。レッドドラゴンは本部のヒーローだから、この地に長く留まることはできない。新しいヒーローが来てくれることで純粋な戦力強化になる。引退宣言をしないと本部のお偉いさん方は動かないだろうからな」

「そんな風に考えて引退宣言をしたんですか……」

「半分以上、ドクターの提案だよ」


 体調が落ち着いた後で哲さんに連絡したのだが、即座に動いて報道の許可まで出してくれた。

 哲さんは最初から準備を進めてくれていたに違いない。

 あの準備の良さは、さすが日本最高峰の知者が集まる研究所の所員だと思う。


「俺の身体のことは、みんなには内緒にしておいてくれ。ヒーローにならなければ延命できる可能性も無くはないみたいだしな。まぁ、たぶん俺は戦うだろうが」

「ちょっと! そんなこと聞いて出撃させるわけには行かないでしょ!?」

「少し息切れするだけだぞ?」

「あの状態が少しなわけないじゃないスか!」


 俺の軽口に飛竜が真剣な反論をしてくる。

 気持ちは十分に伝わっている。でも、戦いを止めようという気はやはり起きない。

 俺はお前が思っているほど利口じゃないんだよ。


「口をすべらせたりするなよ?」

「うぐ、止めにくいったらないぜ!」


 一応、口外しないことについては了承してくれているようだな。

 口が堅いのもヒーローのあるべき姿だ。

 俺の体調不良の秘密を守り切れると思った時には、俺の()()()()()の情報も伝えてやろう。


「なぁ、飛竜。……いや、レッドドラゴン」

「はい、何でしょうか」


 ナンバーワンヒーローの方へと身体を向けて、俺は姿勢を正した。

 今、俺の代わりを安心して任せられる奴は、お前しかいない。


「どうか新潟の平和を、よろしくお願いします」


 腰を90度に折り、目の前の頼りになる教え子に頭を下げる。

 頼む、レッドドラゴン。

 俺の代わりに、この街の平和を守ってくれ、と。

 そう、願いを込める。


「分かりました。力の限りを尽くし、俺が平和を守ってみせます!」


 飛竜は力強く承諾してくれた。

 強く確信できる。この男なら大丈夫だ。


 パンデピスの怪人たちよ。

 食い千切られたくなければ、大人しくしておくことをお勧めするぜ?

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