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秘密結社パンデピス  作者: ゆきやま
10/42

怪人の序列

--4月28日(金) 13:20--


 給食が終わったお昼休みの教室で、私の席に輝羽ちゃん達が自然と集まってくる。

 今日も今日とて他愛のないおしゃべりの時間が始まろうとしていた。


 私にとっては、このひとときが午後の授業前のリフレッシュの時間である。

 今まではクラスメイトと深く関わらないようにしてきたけど、本当の私は話をすることが好きだったようだ。


 グループに入ってから何かと話すことが多くなったと思うし、話しかけられることも増えていた。

 目立たないという目標は若干薄れてしまっているが、まだまだありきたりな中学生として行動できているはずだ。

 見た目だけは地味少女のままだし……。


「明日からゴールデンウィークじゃん? みんな何すんの?」


 輝羽ちゃんが今日の話題を決める一言を発した。

 明日からついにゴールデンウィークで、怒涛の9連休なのである。

 その言葉遣いからウキウキした感情が滲み出ていた。


「ウチら、よっしーを除いて全員が合宿じゃん?」

「あ~、そうなんだ」


 1年の時にも何となく聞いたことはあったけど、運動部はかなり力を入れているみたいだ。

 その日数はまちまちみたいだけど、力を付け、チームの結束を高めるために合宿をするようである。

 そう言えば、ゆーくんは合宿とかあるのかな?


「そうですよ~。夏に向けての戦いが始まりますよ~!」

「勝ち進めればな。下手したら6月中に終わるかもしれないけど」

「確実に全国大会まで進めそうなのって、空手部くらいじゃない?」


 十日前町南中学は強い選手がたまに活躍することがあるけど、継続して強い部というのは無かった。

 でも、最近は空手部が妙に力を付けており、何と前回の全国大会で入賞しているのである。

 今年はどこまで行けるのか、周りの期待も高まっているようだった。


「しかも、エースが我がクラスに居るからねっ!」

「まだ2年なのにな」

「個人でも団体でも型でも優勝圏内ですよ~!」


 みんな、自分たちそっちのけで誉めそやしている。

 私も素直に褒められたらいいんだけどね……。


「久くんの話はもういいよぅ」


 【小海(こかい) (ひさし)

 どっしりした体つきで、坊主頭をしている空手部のエース。

 我がクラスの学級委員長でもある。

 いつも寡黙であまり話すことは無いのだが、人当たりが悪いわけでもない。

 一昔前の古風な男というか、"男前"って感じがする少年だ。


 そして、私が唯一勝てない相手でもある。


「よっしー、また2位だったんだっけ?」

「久くんの壁は厚いですよ~!」

「あいつ、部活を頑張ってるくせに勉強も凄いよな」


 そう、私がこの学校内において、勉強で唯一勝てない相手である。

 どの教科でも久くんが1位で私が2位だし、漢字検定とかでも勝てたためしがない。

 卒業までに、何とか一矢報いたいところなのだ。


 悔しくなってくるから久くんのことは置いておこう。

 話題を変えないと!


「みんな、どこまで勝ち進めそうなの?」

「そうだな~、私は中越大会に出られるとは思うけど、県大会はきついかな~」


 輝羽ちゃんは地区予選を通り抜けて、1つ先の大会までと自己分析しているようだった。

 水泳部も含め、中学校での大会は1年から3年が同じ条件で戦うことになるから必然的に3年生が勝ちあがっていくことが多い。

 なお、久くんは例外である。1年生の時から全国大会で入賞してるし。


「私は1勝することが目標ですよ~」


 ぷに子ちゃんはバドミントン部だが、部として勝ち上がっている印象はあまり無い。

 地区大会でどれだけ結果を出せるか、といったところだろうか?

 ただ、強いかどうかは別として、ぷに子ちゃんはザ・お嬢様って感じの見た目なのだ。

 バドミントンが似合いそうだし、もしかしたらファンもいるかもしれない。


「私らはどうだろ? 県大会に行けるかどうかってところじゃない?」


 バレーボール部の弘子ちゃんがそう言った。

 ちなみにバレーボール部の顧問は、私たちのクラスの担任の星先生である。

 弘子ちゃんはああ言っているが、星先生が顧問に入ってからはかなり頑張っているという噂だ。

 前回大会の成績が良くなかったから前評判はあまり良くないみたいだけど、意外といいところまで勝ち進めるかもしれない。


「そういうよっしーは何するの? ゴールデンウィーク」

「あー、特に予定は……」


 秘密結社パンデピスの活動に勤しむことになると思います!

 ……って言うわけにはいかないから、別の何かを言うべきなんだろうけど、何も思いつかない。


 美術部の活動を頑張るとか言ったら作品を見せろと言われるのは目に見えている。

 正直、恥ずかしいからそれは避けたい。

 しばらく考えたけど、全く言えることが無いや。


「うーん、勉強するかなぁ……」

「そ、そうなんだ。マジ?」

「あうぅ、勉強も頑張らないといけないんでした……」

「2人して休み明けに宿題忘れたとか言うなよな。私、面倒みないからな!」


 苦し紛れに出した私の回答に、輝羽ちゃんとぷに子ちゃんが拒絶反応を示した。

 それぞれ嫌なことを思い出したといった感じで頭を抱えている。

 私だって、今後は怪人として活動することになると考えると、頭を抱えたい気分ではあるんだけどね。


「まぁ、合宿以外は休みだし、うちは家族でキャンプにでも行くかもな」

「キャンプ! いいな~。私もどこか連れてけって言ってみるかなっ!」

「私はピアノコンクールに出ますよ~」

「おぉ、お嬢様っぽい……!」


 会話を楽しんでいると授業開始のチャイムが鳴り、それぞれが自分の席へと戻っていく。

 この授業が終わればゴールデンウィークだ。

 最後のひと踏ん張りだとクラス中が気合を入れていた。


 みんな、何だかんだ言ってもゴールデンウィークを楽しみにしているみたいだ。

 私だけだよ、つらいゴールデンウィークになりそうなのは……。


 せめてみんなの邪魔をしないように活動していきたいものである。



--4月29日(土) 5:30--


 週末の静かな早朝に、コケコッコーという鶏の鳴き声が小さく聞こえる。

 日の出を迎えた空は青く晴れ渡り、遠く山の端々が輝いて見えていた。

 今日は絶好の行楽日和になりそうだ。


 私は今、南中学校の近くまで足を運び、地図を見ながら家々を回っている最中だ。


 見慣れた家の、見慣れない牛乳入れに牛乳を配っていく。

 地図を渡された時は大丈夫か心配になったけど、学校の近くだったことが理解を助けてくれていた。

 迷わずに配達できているし、これなら普通の時間に終わることができそうだ。


「お? おはよう好美ちゃん!」

「あ、アズマさん、おはようございます」


 1週間ぶりくらいだろうか?

 アズマさんが私を見つけて挨拶してくれた。

 私は朝の時間にこの場所へ来ることは無かったけど、アズマさんはいろんな場所を走っているようだ。

 そもそも毎朝1時間くらい走っているみたいだし、いつも町をぐるっと回っているのだろう。


「珍しいね。こっちに来ることもあるんだ?」

「普段は無いんですけど、ゴールデンウィークとか大型連休があるとシフトが変わるんです」


 アズマさんは私の言葉になるほどと頷いている。

 天気が良いせいかどうか分からないが、アズマさんの顔色がいつもより少し晴れやかな感じがするのは気のせいだろうか?


「アズマさん、もしかして体調が良かったりしますか?」

「あぁ、そうなんだよ! ようやく転勤後の仕事に慣れたというか何というか……」


 そういって、いつもより眩しい笑顔で語ってくる。

 元気いっぱいに見えても、やっぱり職場が変わって気苦労もあったのかもしれない。

 今のアズマさんは絶好調のように思えた。


「ただ、これからは別の意味で疲れることになるかもな」

「えっと、何でですか?」

「ゴールデンウィークが始まるだろ? 忙しくなるぞって先輩方に脅かされててさ~」


 アズマさんは十日前町支部に在中する防衛隊員の先輩方から色々と聞いているのだそうだ。


 確かに、パンデピスの活動ってお休みの日に多いから、ゴールデンウィークは大変だろう。

 私もお休みの日だけ参加しているし、他の怪人も身をひそめながら活動に参加していることもあって、自由に動ける土日祝日に活動を行う怪人が多いのである。


「結構みんなピリピリしてるよ。雰囲気が悪いわけじゃなくて、集中しているって感じでね」

「大変そうですね」


 うちの組織がすみません。

 どうにかしたいのは山々なんですけど、下っ端ひとりの力じゃどうにもならないのが現状なんです。


 私は心の中でひたすら平謝りである。


「俺たちは忙しいけど、好美ちゃんはゆっくりしなよ! せっかくのゴールデンウィークなんだからさ!」

「ありがとうございます、感謝していますよ!」


 お別れの挨拶の代わりに感謝を伝えると、アズマさんは笑顔で軽く手を上げて去っていった。

 防衛隊員たちが頑張っているからこそ、ヒーローが動きやすくなって平和へと繋がっていくのだ。

 警察を含め、防衛隊員たち、自衛隊の人たち、消防隊の人たち、救急隊の人たちも休みの時こそ人のために働くのだろう。


「私も頑張るか……」


 陣営は真逆だけど、だからこそ被害を抑えることも可能かもしれない。

 何でもかんでもは無理だけど、もしできることがあるなら頑張ってみようと思う。

 まぁ、今は牛乳配達――


 ドカァっ!


 振り向いた瞬間、身体に強烈な衝撃が奔る。

 錐もみ状態になって弾き飛ばされ、地面と空がぐるぐると回転した。

 受け身も取れずに地面へと叩きつけられて、身体が痛みに悲鳴を上げる。


 身体を抑えながら振り向くと、そこには2tトラックが止まっていた。

 こんな狭い道に何故2tトラックが……。


 いや、犯人は分かっている。


 トラックから一人の男性がにこやかに笑って降りてきた。

 彼は、裏で秘密結社パンデピスに所属している戦闘員21号こと鈴木篤人さんだ。


「やぁ、おはよう、好美ちゃん」

「おはようございます。朝から働き者ですね、篤人さん……」


 皮肉をたっぷり込めて言い放ってやったのだが、篤人さんには応えていないようだ。

 相変わらず、のんびりとした歩調で私のところまで歩いてくる。


「ごめんごめん、急ぎで届けないといけなくてさ。ショートカット中だったんだよ」

「ここ通ったら余計に時間がかかるだけですよ! あと、だから轢いても良いわけじゃないです! 普通なら大惨事ですからね!」


 いったいどこへ向かうつもりだったのか分からないが、ここを通っても時間短縮になる経路が思いつかない。

 いつも通り、よく分からない言い訳でしかないだろう。


 しかし、2tトラックに轢かれるは久しぶりだ。

 強烈な衝撃にまだ身体が痛む。

 うぅ、痛いよぅ……。


「せめてもうちょっと速度を落としてください。お願いします……」

「あ、うん、ごめんね。お詫びになるか分からないけど、今日の予定について教えるよ」


 轢かないでくれれば一番良いが、普段と違って少しは配慮してくれそうな感じがする。

 これならちょっと期待できるかもしれない。


 それに、今日の予定というのが気になるというのもあった。

 怪人としての初出社だから色々と勝手が違ってくることだろう。

 何をするのかも気になっていたところだ。


「まずはお披露目だね。"謎の怪人"の姿でみんなに紹介するんだってさ」

「まぁ、まずはそれですよね」

「普段は作戦遂行の怪人と、暇な怪人たちがいるわけだけど、今日は招集が掛かったからね」

「うぅ、たくさんの怪人に囲まれることになるってわけですか……」


 ひと悶着ある予感しかしない。

 何事もなく今日一日が終わってくれればいいのだけど……。


「その後は待機になるそうだよ。序列を決める会議を開くみたいだけど、呼ぶこともあるかもしれないから基地内には居て欲しいってさ」

「序列なんて、一番下からでいいのに……」


 序列というのは端的に言えば組織内での"偉さ"である。

 序列が高いほど組織内での優先権が増し、活動の予定にも融通が利くようになるのだ。

 それに年1回の報酬にも影響が出るから、序列を気にする怪人は多い。


「"謎の怪人"は怪人の命を救っていた実績がたくさんあるから、かなり上の序列になるんじゃないかな? それに、実力に関しても太鼓判を推している怪人がちらほらいるし。ブラッディローズとかね」

「うん、彼女ならそうするって分かるけど……」


 認められているのは嬉しい反面、余計なことをしないでほしいという気持ちもまた強い。


「高い方が良いでしょ? 序列が高くなったら怪人たちの出動順序にも意見が出せるからね」

「でも、最初から序列が高かったら他の怪人に恨まれますよぅ……」


 序列が高くなっても低くなっても、メリットとデメリットが存在しているのである。

 それに、どうにかして組織から抜けようと思っているのに序列が高いのはどうなのだろうか?

 私の心は序列が低くあって欲しい方向に流れていた。


「まぁ、幹部たちが決めることだから、なるようにしかならないけどね」

「そうですね……ん、幹部"たち"?」


 さらっと流しそうになったが、よく考えたら無視できない単語が含まれていた。

 "達"ってなんだ!?


「あの、幹部がたくさん集まってるんですか?」

「そうだけど?」

「えっと、幹部ってたくさんいるんですか?」

「そりゃ、1人ってことはないよ。全員で6人だね」


 私、ノコギリデビル以外の幹部を聞いたことすらなかったんだけどな。

 それにしても、ノコギリデビル級の怪人があと5人も……! 恐ろしい話だ。


「私、今日は大人しくしておきますね」

「そんなに怯えなくても、と言いたいところだけど、今日に限ってはそうしておいた方が良いかもね」


 変に目を付けられてしまったら、たまったものではない。

 これに関しては篤人さんも同じ意見のようだ。


「少なくとも、今日すぐに出撃になることはないよ。落ち着いて1日過ごせば大丈夫さ」

「分かりました、そうします」


 本当に、平和な一日になって欲しいと切に願っていますとも。

 でも、嫌な予感が消えないのは何でなんだろうなぁ……。


「それじゃ、また後でね」

「はい、また。安全運転してくださいね!」


 篤人さんが2tトラックを器用に運転して小径をすり抜けていった。

 大型トラックが通り抜けるには厳しいはずなのに、まるで苦にしていない。

 普通に運転するところを見ていると、運転うまいはずなんだけどなぁ……。

 何でぶつかってくるのやら。


 そうそう、私も牛乳配達を終わらせないといけない。

 残りはまだまだ多いし、気合を入れて配らないと朝ご飯抜きになってしまう!


 私は牛乳配達用の自転車に跨り、大急ぎで次の配達先へと向かった。



--4月29日(土) 8:30--


 地下1000メートルの地下基地で、私たちを乗せたエレベータの扉が開く。

 いつもの着替え室に入った私たちは、着替えるために試着室みたいなスペースへと入る。

 普段は私も色々と装備を変えるのだが、今日からは簡単だ。


「うぅ……昏き力よ出でよ~、めたもるふぉーぜ~」

「やる気ないなぁ、好美ちゃん……」


 ふにゃふにゃした声で変身したら篤人さんに苦言を呈された。

 注目されてトラブル必至な状態なのに、やる気なんか出るわけないでしょうに。

 今日一日はただ大人しくしておくだけのつもりだし、気合はただただ抜けていく一方である。


 そんな投げやりな気持ちで放たれた合言葉にもブローチはちゃんと反応してくれる。

 ブローチから黒い布が飛び出してきて、私の姿を"謎の怪人"の姿へと変えていった。

 いつもならフードを被って顔まで覆い隠すところだが、今日はそれをしない。


「相変わらずもふもふだねぇ」

「あんまり触らないでくださいよぅ」


 篤人さんがうさ耳や顔を無遠慮に撫で回してくる。

 別に嫌なわけじゃないんだけど、赤ちゃん扱いというか、愛玩動物扱いをされるのは恥ずかしい。


「でも、これってよく好美ちゃんが優輝くんにしてたことじゃない?」

「さ、最近はしていませんから!」


 うっ、やばい! 心当たりがありすぎる……!

 そういえばゆーくんも嫌がっていたっけ。

 隙あらばと考えていたけど、嫌われるくらいなら我慢した方がいいだろう。

 口惜しいけども……!


「さて、気合が入らないところ悪いけど、幹部に対して気の抜けた発言はしないようにね」

「はい、気を付けます……」


 篤人さんから釘を刺されてしまったが、これは私のためを思っての言葉なので素直に頷いておく。

 ここで何かしら失態を犯したら身の危険なので、あまりぼんやりと過ごすわけにもいかないのだ。


 着替え室を出て、コツコツと靴音を鳴らしながらエントランスへと続く通路を歩く。

 出口に近づくにつれて、ざわざわと声が聞こえてきた。

 以前、強化スーツの盗難事件があった時と同じか、それ以上に怪人たちが集まっている気がする。


「来たな、"謎の怪人"」


 エントランスへと出た瞬間、そう声を掛けてきたのはブラッディローズだ。

 その言葉で騒がしかったエントランスに一瞬の静寂が訪れ、私たちに注目が集まる。


「今日は最初からその姿か。先週はあまり話せなかったからな。今日は色々と聞かせてもらうぞ」

「えーと、あまり話せるようなことも無い気がするんだけど……テレビドラマの話でもする?」

「そんな話をするつもりはない」

「そう?」


 そうなると、私ができそうな話っていうのが思い浮かばない。

 ブラッディローズの方は話したいことがあるらしいが、どんなことを話したいのだろうか?


「よぉ、戦闘員30号……じゃなくて"謎の怪人"だったなぁ?」


 振り向くと、そこにはアルマジロの怪人、アルマンダルが私を睨みつけていた。

 今までの付き合いから分かるのだが、今日の彼はかなり機嫌が悪そうだ。


「わざわざ正体を隠して入り込んでやがったんだろ? いったい何が狙いだ?」


 アルマンダルの言葉を聞いて、周りがまたざわざわと騒がしくなる。

 疑いの目を向ける者や、射殺さんばかりの視線を送ってくる者、ただただ興味の目を向ける者など、その反応はおおむね良いものではなかった。


 だが……。


「悪しき狙いがあるなら、むしろ手負いの怪人を消す方に動くのではないか?」


 騒々しい空気の中で声を張り上げた怪人がいた。

 サーコートを羽織り、海賊のキャプテンハットをかぶった蛇の怪人、バンディットスネークである。

 普段は直江継支部に在中しているが、どうやらこの日のためにわざわざやってきていたらしい。


 彼はアルマンダルと私の間にスッと割り込むと、アルマンダルを見てにやりと笑った。


「"謎の怪人"が誰かを葬ったというならお前の怒りはごもっともだろう。だが、あいにく俺はそういった話を聞いたことが無い。……誰ぞ、そのような話を聞いたという者はいるかな?」


 周りを見渡しながら、朗々と響く声でエントランスの怪人たちに問いかける。

 疑いの目は困惑へと変わり、私を睨んでいた目は足元や虚空へと視線を移した。

 誰も名乗り出ることはなく、ざわめきも徐々にトーンダウンしていく。

 バンディットスネークのおかげで、いきなり集団に責め立てられる事態にならずに済みそうだった。


「ちっ!」


 大きく舌打ちをしたアルマンダルが踵を返し、怪人をかき分けてエントランス脇へと下がっていく。

 それを見送ったバンディットスネークが小さく言葉を発した。


「お前を責め立てて、序列を下げることが目的だろうよ」

「そんな目的が……」


 アルマンダルは先日、出動できなかったことに加えて、突如として序列を乱す怪人が現れたことで憤っている様子だ。

 せめて序列を下にしてやろうと、いちゃもんをつけてきたらしい。


「あ、あの、ありがとうございます、サー!」

「はっはっは! もうサーは付けんでいい! やはりお前は只者ではなかったな!」


 私のうさ耳つきの頭をポンポンと軽く手ではたきながら、バンディットスネークが高らかに笑った。


 そうやってバンディットスネークが大笑いしていると、何名かの怪人が集まってくる。

 先ほどとは逆で、その視線からは好感度の高さが読み取れた。


「また会えたなら礼を言おうと思っていた。"謎の怪人"、あなたに最大限の感謝を」


 鎧を着た蛇の怪人、アーマードボアが騎士然とした所作で膝を折り、お礼を述べた。

 彼を助けたのは何年も前だったはずなのだが、その時の感謝は色あせていないようだった。


「だっはっは! 前は世話になっちまったな! 次は世話にならねぇように勝ってくるぜ!」


 ドブネズミの怪人、ゴブリンラットが大笑いしながら感謝を述べる。

 前から気安い感じで話しかけたりしてきたが、私の正体を知ってもそれは変わらないみたいだ。

 正体を隠していた私に対して、怒りや疑いといった感情は持っていないようである。


「助けてくれてありがとうよ」

「お前が来てくれたなら心強い」

「期待しているぜ! よろしくな!」


 他にも、集まってきた周りの怪人たちから歓迎の言葉を貰った。

 最初は敵対視されているだけだと思っていたが、私の味方になってくれそうな怪人もそれなりにいるみたいだ。


「ふん、実力はどうだろうな……」

「頼まれてもいないのに、しゃしゃり出やがって……」

「いつか目に物みせてやる……」


 ただ、やはり歓迎していない怪人たちもいるようで、ひそひそと陰口をたたいているのが聞こえる。

 耳を隠していないからか、いつもより遠くの音までしっかり聞こえてしまっていた。

 ついついそちらに意識を向けてしまい、聞きたくもない言葉を耳が拾ってしまう。


 うーん、でも私ってこんなに耳よかったっけ?

 急に聴覚が研ぎ澄まされてきているような気がする。


「ふふふ、よくぞ集まってくれた」


 深くよく通る声が響き、ざわざわした空気に緊張感が生まれた。

 その声の主、ノコギリデビルがカツカツと靴音を鳴らしてエントランスへと入ってくる。

 ひとりの戦闘員を伴い堂々と歩く姿に、怪人たちが自然と脇にズレて道が生まれた。

 その道は私の元まで続いており、ノコギリデビルはすぐ目の前までやってきた。


「戦闘員30号あらため、"謎の怪人"。今日から君は我ら秘密結社パンデピスの正式な怪人として登録される。心より歓迎しよう」

「はい、改めてよろしくお願いします」


 さすがにここまで来て拒否の返事をするつもりは無い。

 ここで変に否定しようものなら絶対に大変なことになるに決まっている。

 私の優先順位として、自分の身の安全が一番なのだ。


 ノコギリデビルが傍らに控えていた戦闘員を見ると、戦闘員は抱えていた箱を開いた。

 その中に入っていたのは戦闘員が付けているバッジより少し大きめのバッジである。

 ノコギリデビルがそのバッジを手に取り、私の眼前へと差し出した。


「これは怪人用のバッジだ。戦闘員のバッジは返納し、これからはこのバッジをつけて任務に励むといい」

「はい、ありがとうございます」


 私は新しいバッジを受け取ると、自分の持っていたバッジを外して新しいものに付けなおした。

 前のバッジをノコギリデビルの手に渡すと、傍らの戦闘員がすぐに受け取って別の箱にしまった。


 ノコギリデビルが私の横に並び立ち、怪人たちの集まる方へと身体を向ける。


「前触れを出した通り、我が組織に"謎の怪人"が加わることになった。さぁ、皆にひとこと挨拶を」

「あの、"謎の怪人"と申します。よろしくお願いします」


 うーん、自己紹介してみたものの、なんだ"謎の怪人と申します"って……。

 いくらなんでも締まりがない気がする。

 同じことを思ったようで、ノコギリデビルが面白そうに口を開いた。


「ふふふ、今後は怪人の名前についても考えることとしよう。それより、(みな)は序列の方に興味があるのではないかな?」


 序列という言葉に、かなりの怪人が反応を返した。

 これについては私を敵視しているか否かに限らず、みんなが気になっているようである。


「これから幹部が集まって会議をすることになっているが、それまでには少し時間がある。何か意見がある者は後で会議室に来るといい。意見が通るとは限らんが話を聞くことは約束しよう」


 ノコギリデビルの言葉に、また少しどよめきが起こる。

 何を言うべきか真剣に考えている怪人や、戦闘員の中にも何か悩んでいる者もいるようだ。

 特に序列を気にしている怪人は何とか私を咎めようと粗を探しているようである。


「ふふふ、今すぐにでも始めた方が良さそうだな。"謎の怪人"、改めてよろしく頼むぞ」

「はい、よろしくお願いします」


 そう言ってノコギリデビルがエントランスを出て行く。


 その後すぐに受け付け嬢の戦闘員の元に怪人たちが殺到した。

 取り次ぎは彼女の仕事なので、怪人たちが意見を言うために、我先にと押しかけている。


 多くの戦闘員たちは大人しくしていたが、何名かはアーマードボアやブラッディローズの元へと向かっていく者もいた。

 いったい何を話しているのだろうか?


「無理だと思うけどねぇ……」

「えっと、戦闘員21号、あれって何なの?」

「自分の意見を代わりに言ってもらえないか頼んでるんだよ。怪人たちが殺到する中には、さすがに割り込めないからね」


 なるほど、確かに締め出されて終わりになる未来しか見えない。

 下手したら潰されちゃう危険もあるくらいだ。


「あと、たぶん君の専属部下になれないかと自分を売り込んでいるんだろうね」

「はい? 私の専属部下にですか?」

「そうさ。でも"謎の怪人"としては要らないでしょ?」

「専属になってもらう必要は無いですよ。戦闘員21号以外は」

「だよね。僕個人としては、彼らもなかなか見る目があると感心するけどね~」


 私の意見を聞いて篤人さんがうんうんと頷く。

 それにしても、篤人さんも頭を下げている戦闘員も随分と私を高く評価しているようだ。

 買いかぶりすぎではないだろうか?

 私は出世する気は全くないし、頑張るつもりもないのだが……。


「私よりブラッディローズの専属部下になった方が活躍が見込めると思う」

「嬉しいことを言ってくれるが、私の序列は低いぞ?」

「あ、ブラッディローズ……。さっきの戦闘員の人はなんて?」

「ふっ、お前たちの察していた通りの内容だ。断ったがな」


 先ほどの戦闘員の人たちは全員が断られてしまったようだ。

 アーマードボアの方に目を向けると、とぼとぼと戻っていく戦闘員たちが見える。

 どちらも反応は芳しくなかったようだ。


「私は戦闘員たちを評価していないわけではない。前の作戦では彼らの工作によって助けられた。ただ、お前の専属となるとな……」

「あいつらには悪いですが、"謎の怪人"のことを理解できないと難しいでしょうね」


 篤人さんの言葉に私は頷いた。

 私が求めているのは被害を出さない方向に持っていくことだ。

 能力うんぬん以上に、"怪人として暴れるために評価されたい"と願う戦闘員とは相容れないのである。


「さて、その話はもういいだろう。せっかくだ、私が地下3階を案内してやる」

「え、地下3階って……。あ、そっか! 私、入れるようになったんだ!」


 私の胸元にある真新しい怪人バッジがキラリと光を放った。


 今まで、私や篤人さんは戦闘員のバッジしか持っていなかった。

 その戦闘員のバッジでは地下2階までの施設しか出入りできないのである。

 幹部なら戦闘員を連れていくことができるのだが、私たちにその機会は訪れず、今まで地下3階に入ったことは無かった。


「今までは私が一番下だったからな。序列が出たらまた関係性は変わることになるだろうが、少しの間だけでも先輩風を吹かせたいと思ってな」

「"謎の怪人"、案内してもらうといいと思うよ。せっかくなんだし」


 篤人さんは付いてくることはできないからか、この話を受けるように促してくる。

 私としても入ったことのない場所だから案内役がいるのは嬉しい。

 それに、ブラッディローズなら信頼できる。


「そうですね。じゃあ、宜しく、ブラッディローズ」

「あぁ、こっちだ」


 言葉も少なく、ブラッディローズがさっさと歩き出した。

 私は篤人さんに手を振って別れると、ブラッディローズの後ろにくっついていく。

 ブラッディローズは中央の通路を通り、大会議室前のエレベーターに乗って地下3階のボタンを押した。


 前に間違って地下3階のボタンを押したこともあったが、降りた先すぐのところに扉があって、怪人以上のバッジが無い者は先に進めないようになっていたはずだ。


 エレベータが地下3階に着くと、記憶にあった通りの扉が行く手を閉ざしている。


「ここから先が怪人専用の施設になる。お前が開けてみろ」

「うん、分かった」


 私はブラッディローズに促されて前に出た。

 身に着けたバッジをローブごと持ち上げて読み取り機に近づけると『ピピッ』という音が鳴り、赤になっていた小さなライトがミントグリーンへと変わる。


 無事に目の前の扉が開き、その先へと続く通路が姿を現した。


「おぉ~……!」


「行くぞ」


 扉が開いただけで呆けている私を見て、ブラッディローズがさっさと先に進んでいく。

 ここから先は私にとって初めて見る場所だ。

 怪人だけが入れる領域へ、私は一歩目を踏み出した。



--4月29日(土) 10:00 幹部会議室にて--


「ふふふ、よくぞ集まってくれた」


 私の名はノコギリデビル。秘密結社パンデピスの幹部の1人である。

 ここは地下4階、怪人たちのバッジでも入ることができない部屋の一室だ。

 用意された席は全部で6つ。

 幹部たちが補助の怪人や戦闘員を伴い、それぞれの席に座っている。


 ただそこにいるだけで、その身に隠しきれない強者のオーラを感じる。

 久しぶりに幹部全員が揃ったわけだが、相変わらず化け物じみた奴らばかりだ。


「諸君らに集まってもらったのは他でもない。"謎の怪人"が組織に加わったことを報告するためだ」

「へー、そうなんだね。それ、全員を集めるようなことなの?」


 最も私の席に近い場所にいる怪人が私見を述べた。

 彼はわざわざ集められたことに疑問があるようだ。


 【幹部 カラガカシ】

 パンデピスの倉庫番であり、財務を担当するスズメの怪人。

 装備部門の中でも、主に裏社会とのやり取りを担当する支部の長を務めている。

 今日は女性の怪人を1人連れて会議に参加していた。


「俺は"謎の怪人"の序列を決めるための会議と聞いたのだが?」


 【幹部 ジゴクハッカイ】

 戦闘部門の中でも、純粋な戦闘力による選別の末に幹部となったイノシシの怪人。

 怪人はほとんどが戦闘部門に属しているが、その中でトップクラスに位置する強者の一人だ。


「ふふふ、もちろんそれも目的の一つだが、実は、私はもうここだと決めていてね。どちらかというと、それを伝えた諸君らの反応を知りたいというだけだよ」

「そうかよ。つまらん会議が長引かなそうで結構なことだぜ」


 ジゴクハッカイはぶっきらぼうに言い放ち、頭の後ろで手を組んで目を閉じた。

 戦うことが自分の仕事、それ以外は任せるといったところだろう。


「それじゃ、私らは何のために呼ばれたってのさ」

「ほっほっほ、非常事態でも起きましたかな?」

「楽しそうに言うんじゃないよ、じじぃ!」

「ほほっ、これは失敬」


 【幹部 ムーンベア】

 幹部の紅一点、戦闘部門で実力を認められて幹部になったツキノワグマの怪人。

 プロポーションの美しさとは裏腹に、戦闘スタイルは野性を全開にして殴りかかる凶悪なまでのパワーファイターだ。


 【幹部 スケルトンバット】

 装備部門の開発を担当する支部をまとめる、コウモリの怪人。

 武具の扱いに長けた達人だという噂だが、実際にその戦闘を見た者はいない。

 老齢に差し掛かった白髪の男で、恐らくノコギリデビル――つまり私と同じくらいの年齢だろう。


 ムーンベアとスケルトンバットの2人は気質が合わないのか、逆に合っているからなのか、顔を合わせるたびに罵り合っている。

 今日もまた、いつも通りの口げんかを展開していた。


「ふふふ、ドリュー、君も来てくれたのはありがたい」

「そりゃ呼ばれたら来なきゃいけないでしょう。本当はすぐにでも帰りたいですが」


 【幹部 ドリュー】

 改造部門に属する唯一の怪人である、モグラの怪人。

 今すぐにでも実験の続きをしたいという気持ちが、白衣を着たまま参加していることからもありありと伺える。

 今度はいったい、どんな外道な実験をしているのやら……。


「ふふふ、ではさっそく議題へと移ろう。まずは、レッドドラゴンのことだ」


 ナンバーワンヒーローの名を出した途端、戦闘部門の幹部たちの空気が変わった。

 それ以外のメンバーは、彼らほどの興味は持っていないように見える。


「残念ながら、レッドドラゴンは高確率で新潟に留まることになるだろう」

「おいおい残念だ? 違うだろ、朗報じゃねぇか!」

「うふふ、いつ戦えそう? 私はいつでも構わないわよ」


 思った通り、腕っぷしが自慢な2人は大喜びで喰いついてきた。

 私としては怪人が減ることで、今後の作戦に支障をきたさないか心配でならんのだがね。


「ふふふ、心強い限りだが、幹部の戦闘は避けるべきだろう。すまないが、任務を優先させてくれたまえ」


 前のめりになっていたジゴクハッカイは、私の言葉に脱力して椅子に座りなおした。


「出動じゃねぇのか。ぬか喜びさせんなよ……」

「まぁまぁ、いいじゃないのさ。担当の支部で被害が出た時は私らも出ていいんだろ?」

「ふふふ、その通りだ。その時は存分に戦いたまえ」


 私の言質(げんち)を取ったとムーンベアがほくそ笑んでいるようだが、もともとの規約だから問題はない。

 この2人も組織に長く在籍している。

 命令を無視した時にどのような運命を辿るのかは分かっているし、決して規約違反はしないだろう。


「ふむ、ノコギリデビル殿、なぜレッドドラゴンが県内に留まるとお思いで? 彼はそれこそ日本中から出動を要請されておるでしょう」

「ふふふ、その疑問はもっともだな、スケルトンバット」


 私は手元のコンソールを操作して、大型モニタにこの街のヒーローを映し出す。

 黄色の全身スーツに渦潮のマーク、フルフェイスのヘルメットに稲妻型の意匠が施されたヒーロー、パンデピスの宿敵であるライスイデンの姿が浮かび上がった。


「答えは簡単だ。もうすぐ、ライスイデンは一線を退くことになるからだ」


 私の発言に、今まで無反応だった怪人も含めて再び注目が集まった。


「ふふふ、彼の身体は限界が近い。そろそろ、それを自覚する頃だろう」

「いったいどういうことでしょうか? ヒーローについて何かご存知なので?」


 今度はドリューが私の発言に興味を抱いたようだ。

 彼は怪人の改造手術にも関わっている。

 ヒーローのメカニズムにも興味があるようだった。


「ある筋からの情報だ。ライスイデンはできるだけ本気を出さないように戦っているが、それは身体の不調を誤魔化す意味もあるらしい。体調不良の原因については分かっていないようだがな」


 そういえば、ブラッディローズはライスイデンが本気で戦っていないことを見抜いていたな。

 見事なものだ。

 自らの知恵のみでそれを言い当てられる怪人など、恐らく他にいないだろう。


「原因不明……なるほど、興味深いですね。何とか生きたまま確保できないものでしょうかね?」

「ふふふ、それは至難の業だな。弱っていたとしても、ライスイデンは油断ならんからな」


 ライスイデンは自らを窮地に立たせ、それを囮にして罠へと誘いこむ戦法を使うことがある。

 その作戦にまんまとやられてしまった怪人は多い。

 たとえ死にかけていたとしても油断できない相手だ。


 それに、奴の力は水と電気があることで爆発的に膨れ上がる。

 ドリューは解剖でもしたいのだろうが、何かのきっかけで足元を掬われかねん。

 やめておいた方がいいだろう。


「本当にライスイデンが弱ってるってのか?」

「ふふふ、この情報は信頼してくれて大丈夫だ」

「そうか……」


 ジゴクハッカイは少し寂しそうだな。

 自らの手でヒーローを葬り去ることは怪人としての誉れ。

 宿敵となったヒーローに強くあって欲しいと望む気持ちは分からなくもない。


「さて、ライスイデンがいなくなった場合、しばらくレッドドラゴンが滞在することになるだろう。いずれは後任が来るはずだが、どんなに早くとも3か月はかかるというのが私の見立てだ」

「俺らは出ちゃいけねぇんだろ? 他の怪人で大丈夫なのかよ」

「ふふふ、厳しいというのが本音だが……。それが本日の本題、"謎の怪人"に関係している」


 私は手元にあるコンソールを操作し、大型モニターにデータを送った。

 今度は、中央の大型モニターに"謎の怪人"の姿が大きく映し出される。

 フードを目深にかぶった姿と、それを取り払ったウサギの怪人の姿が並べられている。


「今まで突如として現れ、怪人を助けていた"謎の怪人"は正式にパンデピスに所属することになった。それはつまり、今後はいきなり現れて撤退の手助けをする怪人がいなくなったことを意味する。より強いヒーローを相手に、我らはよりリスクが高まった状態で戦わねばならん」


「ほっほっほ、撤退に失敗する怪人は増えそうですな」

「勝てばいい……と言いてぇが、レッドドラゴン相手じゃ荷が重いだろうな」


 ジゴクハッカイは怪人たちに対し、いっそ憐れみの目を向けているようだった。

 実際問題、どんなにうまく戦ってもレッドドラゴンから勝ちを拾うのは相当に難しいと言える。

 だからといって出撃しないのは、我らの目的から言って却下だ。


「どうするべきか考えたのだが、装備部門の2人には撤退用の装備を準備していただきたい」

「へぇー、そこで僕らの出番ってわけ?」


 黙って聞いていたカラガカシが顔を上げる。

 新装備を準備するということは新商品を追加するということだ。

 商売の匂いを嗅ぎつけ、裏社会に居る取引先の顔を思い浮かべているのだろう。


「ほっほっほ、なるほど。この"謎の怪人"の動きを参考にすればできるかもしれませんなぁ」


 また、スケルトンバットは私の要望をいち早く理解したようだ。

 彼の推察する力は中々のものだと感心する。


「ふふふ、恐らくスケルトンバットが考えている通りだろう。いろいろとアイディアも募りたいところだが、まずは新しい煙幕を作ってほしい」

「ほっほっほ、すぐにできましょう。持ち帰って進めておきますゆえ、カラガカシ殿も協力を」

「つまり資金を出せってことね。まぁ、構わないよ」


 こういった場合に資金面でトラブルになることが多いのだが、今回は利害が一致しているからか、すんなり話が進みそうだ。


 スケルトンバットは簡単にできると言っていたが、これは重要案件だ。

 計画書のやり取りが行われる時に、私も目を通させてもらうとしよう。


「ドリュー、君には対熱装甲を研究してもらえないだろうか?」

「怪人の皮膚を変化させる改造か? くくっ、面白そうだ、是非やらせていただこう」


 ドリューも二つ返事で了承を返してくれた。

 どれだけの効果が見込めるかは分からないが、できる限りの準備はしておかねばならん。

 少しでもダメージを減らせるならば心強い。


「ふふふ、集まってもらった甲斐があったというものだ。さて、議題はこれで終わりになるが、諸君からは何か質問はあるかな?」


 思った以上に早く話が進んだことで、かなり時間が余ってしまったようだ。

 せっかく集まったのだから、無駄話に興じるのも良かろう。


「ねぇ、個人的な質問があるんだけどさぁ」

「なにかな? ムーンベア」

「結局のところ、この"謎の怪人"の序列ってどのくらいになるわけ?」

「おっと、忘れていたな」


 ムーンベアが映ったままになっている"謎の怪人"を指さして言った。

 彼女は序列という言葉を口にしたが、実際に聞きたいことはまた別のことだろう。

 それは"強さ"に間違いあるまい。

 ムーンベアは"謎の怪人"がどのくらい強いのかを聞いているのである。


「ふふふ、答えとしては、彼女は……序列では収まらんよ」

「序列じゃ収まらない? どういうこった?」

「はぁ? 私、意味深な答えは嫌いよ?」


「ふふふ、ならばもう少し正確に答えよう」


 大写しになった"謎の怪人"を眺め、私はあえて挑発的な言葉を選ぶ。


「彼女は序列1位。……そして、恐らく諸君らより上だ」


 私の言葉にジゴクハッカイとムーンベアは唖然とした表情を浮かべる。

 そして、その次の瞬間、気配に殺気が混じった。


「おいおい、聞き捨てならねーぞ……!」

「冗談でしょ? 今すぐ取り消すなら許してやるわよ?」

「ふふふ、私は冗談を言ったつもりは無い」


 実際のところ、"謎の怪人"には相手を傷つけようという意思が見られない。

 相手を倒すという意味においてはジゴクハッカイやムーンベアの方が可能性があるだろう。


 だが、持っている力だけを比べた場合、彼女の力はとてつもなく大きい。

 本人が思うよりも、遥かに。


「ふふふ、各々(おのおの)、いつまでも自分の地位が安泰だなどと思わぬことだ。時代の変わり目は、いつでも唐突に訪れるものだよ」


 彼らの怒りの視線を受けながら、それでも言い放つ。

 最近は少し驕っている節があったから、刺激を与えておくのもよかろう。


「へぇー、そこまでの怪人だったのか。戦闘部門は大変そうだね。まぁ、僕らも足元を掬われないように気をつけるとしようか」

「ほっほっほ、この老いぼれが思っている以上に、時の流れは速そうですな」

「私は研究に集中したいので、引き継ぎなどのゴタゴタはもうしばらく御免ですね」


 我関せずと言った感じの非戦闘部門の幹部たちがそう言って立ち上がった。

 言うべきことは伝えた。会議はこれにてお開きである。


『会議中に失礼します。ノコギリデビル様、いらっしゃいますでしょうか?』


 スピーカーから受け付け嬢の戦闘員の声が聞こえてきた。

 連絡を入れる必要がある何かが起きたと見ていいだろう。

 比較的、声は落ち着いているようだが、何事だろうか?


「ふふふ、たった今、会議が終わったところだ。何事かな?」

『地下3階で"謎の怪人"が襲われたようです。本人は無事、犯人も確保とのことです。犯人は――』

「いや、言わなくていい。すぐに向かう」

『よろしくお願いします。それでは失礼します』


 受け付け嬢の戦闘員の周りにも怪人たちが多く居るはずだ。

 状況を確認するまで、犯人の名はできるだけ伏せておく方が良いだろう。


 それにしても、さっそくやっかみを受けてしまっているようだな。

 すでに犯人を確保しているというのはさすがと言うほか無いが。


「ふふふ、どうせなら見に行くか? ジゴクハッカイ、ムーンベア」

「当たり前だ!」

「行くに決まってるさ! きっちり自分の目で見ないとねぇ!」


 私は鼻息を荒くする2人を連れて、会議室を後にする。

 さて、"謎の怪人"はいったいどんな事件に巻き込まれたのやら。



--時間は少し遡り、4月29日(土) 9:00--


 赤い絨毯の上を、私を引き連れたブラッディローズが歩いていく。


 作りは地下1階のエントランスから大会議室へと続く通路に似ていた。

 足元には綺麗な絨毯が敷かれ、左右には会議室と思われる部屋が並んでいる。

 その通路を歩きながら、ブラッディローズが地下3階説明をしてくれた。


「ここにあるのが会議室だ。ほとんど使われていないがな」

「そうなんだ。怪人同士で何かやること、あまり無いもんね」


 戦闘員が入れるならまだしも、怪人同士だとあまり話すことは無いようだった。

 たまに世間話をする時に使われるくらいだという。

 それを聞くと、何となくもったいないと思ってしまう。

 何かに使うことはできないだろうか?


 会議室の横を通り抜けると、広々とした体育館のような空間が広がっていた。

 入り口から入って左右の奥には、それぞれ射撃のターゲットと同じ人型パネルや、刀の切れ味を試すような藁で作った人形が置かれている。


 壁側は装備品の陳列棚になっているようで、いろんな装備品が並んでいた。


「ここは専用装備の試験場だ。それぞれに合わせて支給された装備や、試験品のテストが行われている」

「ふえ~……」


 ポカンと口を開けた私を後目に、ブラッディローズは近くに置いてあった巨大な鎌を手に取り、藁の人形をざっくりと切り裂いて見せた。

 あまりに綺麗に切れたので、私は思わず拍手をしてしまった。


「この部屋の頑丈さについても申し分ないぞ。ちょっと暴れたくらいではビクともしない」

「そうなんだ。木造みたいに見えるけど、壁紙なのかな?」


 先ほどは体育館と表現したが、周りの壁は頑丈な鉄板で覆われているらしい。

 その上に壁紙をかぶせて見た目を整えているようだった。


 私たちは置いてある装備品を見たり、試したりしながら順番に陳列棚を巡っていく。

 弓や銃といったオーソドックスな物から、剣や槍、トンファーなどの武具もそろっている。

 中にはどう使うのか分からないものもチラホラ見受けられた。

 きっと、それこそが文字通りの怪人専用装備なのだろう。


「バンディットスネークの装備もあるのかな?」

「ん? 奴は特殊な装備を使うのか?」

「鎖を自由自在に動かせるんだけど、戦闘員21号は特殊な装備なんじゃないかって」

「鎖か。後で見せてもらえないか聞いてみるとしよう」


 ブラッディローズはバンディットスネークの能力に興味を持ったようだ。

 彼女も蔦や根を使うから、戦い方のヒントを得ようとしているのかもしれない。


「そうそう、ここには面白い機能がある。このレバーを押してみろ」

「これ?」


 藁の人形が並ぶスペースの脇に、トロッコを切り替える時に使うようなレバーがくっついていた。

 促されるままにそれを押していくと、ガコガコという音と共に台が奥へと進んでいく。

 そして、ボーリング場でピンが出てくる時のように真新しい状態の藁の人形が台と一緒に出てきた。


「いちいちセットするのは面倒だからな。自動で装填される仕組みになっている」

「おぉ~……」


 私は本日、何度目か分からない感嘆の声を出して、その光景を見ていた。

 怪人の居る3階は作業員となる戦闘員が出入りできないためか、色々と自動化が進んでいるらしい。

 秘密結社っぽくはないが、ロボット掃除機も完備されているそうだ。

 うーん、1個持って帰りたいかも……。


「さて、主要な施設はあと1つだ」


 ブラッディローズが歩き出そうとしたとき、急に白い煙幕が立ち込めた。

 一気に視界が白く染まり、すぐ先も見えなくなってしまう。


「えっ? えっ? これも施設の仕掛け? 私、変なスイッチ踏んじゃった!?」

「施設にこんな仕掛けは無い! "謎の怪人"、油断するな!」


 あわあわする私に、ブラッディローズからの檄が飛ぶ。

 一応、身構えはしたものの、私自身に武術の心得は無い。

 せいぜいへっぴり腰で少しだけ身を縮こませる程度だ。


 私のウサ耳が「ヒュオオ」と風を切る音を捕らえた。

 そうだ、新たな力が覚醒した私! すぐさま横に身を翻して――。


 ドカァッ!


「うげぇ!?」


 避けようとしたところに真後ろから衝撃を受けた。

 ベチッ、といった音を立てて、私は冷たい地面に頭からダイブする。


 たしか、音速は毎秒340メートルだから、怪人相手だと聞こえてからじゃ遅いかもしれない。

 うぅ、足音まで拾えていれば不意打ちは防げたのかもしれないのに。

 そうやって顔を床にべったりとくっつけていたのだが……。


 タッタッタ……と微かに音が聞こえた。


「えっ?」


 これは足音? 微かな音が更に小さくなっていき、遠ざかっていく。

 私は慌てて耳に意識を集中した。

 音が向かって言った先の方へ意識を向かわせる。


 よくよく思い出してみたら、しばらくの間はいつもの耳と同じだった気がする。

 もしかして私が意識を集中した時だけ、もう少し音を拾うことができるだろうか?


 倒れ伏したまま、床に耳をくっつけて意識を集中させる。


 ややあって、小さくタッタッという足音がエレベータの方に向かっている音が聞こえた。

 先ほどと違い、しっかりと聞き取ることができている。

 凄い! まさかここまで良く聞こえるようになんて!


 更に意識を集中して、その足音をひたすら聴力で追いかけた。


 ざっ、ざっ、ざっ……。

 別の場所から絨毯を踏みしめる音がたくさん聞こえてきた。

 これは、さっきとは違う人たちの歩く音だろう。

 たぶん何人かの怪人たちがこっちに向かってきているんだと思う。


 この人たちは私を蹴り飛ばした犯人じゃないなぁ~……。


「"謎の怪人"、大丈夫か!? って……おい、お前は何をやっているんだ?」

「大丈夫、少し待って」


 私は目を閉じて集中しているから確かめられないが、たぶん煙幕が晴れたのだろう。

 ブラッディローズが私の姿を見て、訝しんでいるみたいだ。

 集中していないと足音が聞き取れないから、もう少し待っていて欲しい。


 今、犯人は――。


「おいおい、なんだこりゃ?」

「煙たいな……空調を強めるか」

「床も粉っぽいぞ」

「そっちは掃除ロボットがそのうち片付けるだろ」


 すぐ近くから、ざわざわと声が響いてくる。

 大丈夫だ。犯人の足音とは距離があるから、さっきまでより聞き分けやすい。

 声の感じからすると、近くにいるのはアルマンダルとアーマードボアかな?

 他はよくわからないや。


「で、こりゃどういうことだ、ブラッディローズ?」

「急に煙幕が焚かれてな。"謎の怪人"が何者かに蹴り飛ばされたらしい。それで今はこの有様だ」

「無事か、"謎の怪人"」

「はい、大丈夫です」


 目を閉じたまま返事を返した。

 さっきから、犯人の足音がうろうろしている。もしかして、隠れる場所を探している?


「何者か、とか言ってるけどよぉ、お前が一番怪しいんだぜ?」

「私か? 確かにそうかもしれんが、こんなくだらないことはせんぞ?」

「はっ! どうだかな! お前だって序列のことは気にしていただろーが! 自分より新人が、序列が上とか嫌だろうからなぁ!?」


 あれ、ブラッディローズって序列のことは気にしていたんだ。

 あまりそういうものを気にしなそうな性格に思えたんだけど……。


 あっ! 足音が変な場所に入った!


「実力で這い上がればいいだけだ。それができないなら序列通りということだろう」

「ちっ! 分かったような口をきくじゃねぇか……!」

「まぁ待て、本人からも話を聞いた方がいいだろう。……というより、"謎の怪人"はさっきから何をしているんだ?」


 足音は途絶えたままで、犯人は息をひそめているらしい。

 ……よし、しばらくは動かなそうだ。


 私はゆっくり起き上がり、改めて集まってきた皆の顔を見渡した。

 やっぱりアルマンダルとアーマードボアだった。


 他にも怪人が2人ほど居た。

 名前はメテオスネイルとゲルゲッコーだったっけ?

 序列的には真ん中よりちょっと下くらいの怪人だったはずだ。


「それで、その背中の張り紙はどうするんだ?」

「えっ? 張り紙??」


 私が背中に手を回すと、確かに紙みたいな感覚がある。

 うぅ、ひらひらしていて取りづらい。

 なかなか取れず、その場でくるくる回転している私を見かねて、ブラッディローズが背中から紙を取ってくれた。


「ほら」

「あ、ありがとう。えーっと……『新入りは序列の最後尾から開始しろ』? なにこれ??」

「私に聞くな」


 ブラッディローズに紙を見せつつ尋ねてみたが、一蹴されてしまった。

 それはそうだ。

 ブラッディローズに聞いてもどうしようもないことだ。

 あまりにも薄い内容なので、思わず聞いてしまっただけである。


「コイツがやったんじゃねーのか?」

「ブラッディローズは違いますよ。絶対こんなことしないです」


 色んな意味でブラッディローズはこんなことをやらないと思う。

 アルマンダルもいちゃもんをつけてきた割には厳しく追及しようとはしない。

 言葉には出さないでいるが、『そうだろうな』といった感情が透けて見えていた。


「ふむ、何か証拠があるのか?」


 アーマードボアの言葉に、私は頷く。

 正確には証拠というわけではないのだが、隠れている怪人を捕まえたら白黒はっきりするだろう。


「今から犯人を捕まえに行くんですけど、皆さんも来ますか?」


 その場にいた怪人たちが顔を見合わせ、全員が頷いた。

 人数が居てくれた方が犯人も暴れないだろうし、これは渡りに船である。


 私はみんなを引き連れて、会議室の前まで移動してきた。

 会議室の前まで進むと、私は人差し指を立ててシーッと静かにするようにジェスチャーを行った。

 そして、ひそひそ声でみんなと会話する。


「ここの天井にある通気口の裏側に犯人は潜んでいます」

「整備のために取り外せる場所があるが、そこのことか?」

「はい、たぶんそれです」


 小声での会話で、アーマードボアが私の知識不足を補強してくれた。

 何かを取り外す音も聞こえていたし、たぶん間違いないだろう。


「よく聞き取れたな……。ウサギの能力か?」

「そうみたいです。私もさっき初めて知りました。びっくりです!」


 新しい能力が開花したことを話すとアーマードボアが感心したように頷いた。


「じゃあ捕まえに……」

「おい、待て。私がやるからお前は見ていろ」

「えっ? 何で?」

「疑われたのは私だ。何もしないというのは納得できない」

「そ、そう? まぁ、任せるけど……」


 ブラッディローズが捕獲係を名乗り出たので任せることにした。

 全員でこっそりと会議室へと入り、目的の場所まで移動する。

 こういう時、何となく壁伝いで移動しちゃうのは何でなんだろうね?


 ブラッディローズが手に撒いた蔦を見せてきたので、私は小さく頷いた。

 天井までは距離があるし、本人が名乗り出ていなくてもブラッディローズにお願いすることになっていたかもしれない。


 ブラッディローズが一気に蔦を伸ばし、天井の蓋を貫いた。


「ひぃ!? うおぉおおお!?」

「この声は……」


 天井の蓋がバキリと音を立てて割れ、蔦に絡まった怪人が姿を現す。

 蔦は天井の材木を支点に地面すれすれまでつり下がり、網のようにその怪人を捕えていた。

 その怪人の両手には巨大な鎌が付いており、蔦を切ろうとジタバタもがいている。


「シザーマンティス、おめーかよ……」

「何をやってるんだ、お前は……」


 アルマンダルとアーマードボアが揃ってシザーマンティスに冷めた視線を送っていた。


「ブラッディローズ、コレ外してくれ! もう逃げも隠れもしねぇから!」

「断る。本人の被害より私の方が危なかったくらいだぞ」

「悪かったとは思ってる、お前まで巻き込んだことはよぉ!」


 私の被害は蹴り飛ばされたことと、子供のイタズラかと見紛うほどの稚拙な張り紙だけだ。

 疑われてしまったブラッディローズの方が危険だったというのは本人の言う通りである。

 下手をしたら身の置き場に困るような事態にもなり得たのだから、笑いごとで済ますには少々重い。


「一応、ノコギリデビル様には報告しておきますけど……」

「それならば私が伝えてくる。当事者はこの場に居た方がいいだろう」


 アーマードボアが連絡係を名乗り出てくれた。

 彼なら委細漏らさず伝えてくれるはずなので、是非にとお願いしておいた。


 程なくして、ノコギリデビルが2人の怪人と共にやってきた。

 蔦に絡まり、情けなくぶら下がったままのシザーマンティスを見て冷たい視線を投げかけている。


「捕まえたのは"謎の怪人"ではなく、ブラッディローズの方だったのだな」

「ああ、そうだが……なぜ残念そうな顔をする?」


 ノコギリデビルもそうだが、後ろの2人も微妙な顔をしていた。


「ふふふ、いや済まない。"謎の怪人"が誰かを組み伏せている姿が見れると、勝手に期待していただけだ」

「あぁ……なるほどな」


 ブラッディローズもそれを聞いて納得した顔をしている。

 え、見たいの? みんな私に何を求めているんだろうか?


「それにしても、随分とくだらない問題を起こしてくれたようだな、シザーマンティス」

「ケヒィ……」


 ノコギリデビルも、怒っているというよりは呆れているといった表情をしている。

 学校でいうなら、ちっぽけなイタズラがバレてしまった子供を叱る先生といった感じの状況だ。

 大人になって、これは少々……いや、だいぶ恥ずかしい。


「お前の願いは、"謎の怪人"が序列の最下位になることだったな?」

「は、はいぃ……」


 私はむしろそれでいいんだけど、この様子だと逆に高くなってしまいそうな雰囲気だ。

 なんだろう、この貧乏くじを引いてしまったような感覚は。


 ノコギリデビルの視線に耐えかねたのか、シザーマンティスが急に大声を張り上げた。


「こ、こいつはヒーローから逃げ回ってばかりだから、序列は高くなくていいと思ったんだ! 真正面から戦っている奴の方が、序列が高くってもいいだろ!?」


 やぶれかぶれになったシザーマンティスが言い放った言葉に、ノコギリデビルがピクリと反応する。

 その言葉を聞いた周りの怪人たちも何か感じるものがあったようで、先ほどまでの見下すような視線とは違う表情を見せていた。


「ふふふ、まともな意見も言えるではないか。まったく、最初からそう言いに来ればよいものを……」


 ニヤリと笑ったノコギリデビルが腕を振るう。

 するとブラッディローズの蔦がすっぱりと断ち切られ、シザーマンティスが地面にどさりと落ちた。


 蔦を切られたブラッディローズは不服そうな顔をしているみたいだが、あれは痛いとかじゃなくて、簡単に切られたことが悔しかっただけなんじゃないかと思う。

 少しずつ分かってきた。

 ブラッディローズはかなりの負けず嫌いみたいだ。


「ふふふ、お前の序列は1つ下げだ、シザーマンティス。それくらいなら自力で取り戻せるだろう?」

「う、仕方ねぇ……。バカやっちまったしな……」


 ノコギリデビルの罰を受けてシザーマンティスが項垂れた。

 これで解決だけど、何だか本当に誰も得をしなかった事件だったなぁ……。


「"謎の怪人"、言われっぱなしでいいのか? 何なら私が協力するぞ?」


 唐突にブラッディローズがよく分からない協力を申し出てきた。

 私、何か言われっぱなしになっていることってあったっけ??


「協力って、何をするの?」

「手合わせだ。逃げ回ってばかりではないことも、実力も証明すればいい」


 なるほど、言われっぱなしになっていることって、"逃げ回ってばかり"ってところか。

 私がレッドドラゴンの必殺技を受けきったことを知っているブラッディローズとしては、ひとこと物申したいのかもしれない。

 でも、私としてはその通りだと思ってるから、悔しくも何ともないんだよなぁ……。


「あー、えー、うー……。い、いえ、お断りします!」


 私の返答を聞いてブラッディローズが凄く嫌そうな顔をした。

 これ、もしかして私が乗ってくると思ったんだろうか?

 普通に嫌なんですけど。

 ブラッディローズ、かなり強いし。


「……お前と戦うには、シザーマンティスのように不意打ちした方が早そうだな」

「うぇ!? いやいや、やめて!?」

「安心しろ、そんなこと絶対にやらん」


 むすっとした顔のブラッディローズがぶっきらぼうに言い切った。

 これ、単に自分が手合わせしたかっただけじゃなかろうか?

 だけど、私は序列も高くなくていいし、痛いのは嫌だし、受けるメリットが全くない。


 あ、戦って負けておけば良かったかもしれないかな?

 そうすれば序列が下がって――いや、ダメか。

 ブラッディローズは手抜きを見破るに決まっている。ノコギリデビルも同様だ。


 それ以前に、そもそも私は攻撃っぽい攻撃をしたことが無いんだよね。

 私って"戦える"のかなぁ?


「ノコギリデビル、戦意が無い奴の序列を高くするなってのは俺も賛成だぜ?」

「同感だねぇ」


 今まで後ろに控えていた2人の怪人が声を発した。

 その目で見据えられるとプレッシャーでノコギリデビルと同じように自然と姿勢が伸びてしまう。

 もしかして、この2人は……。


「そういえば、会議は終わったようだな。結論は出たのか?」

「ふふふ、序列の話かな?」


 ブラッディローズの質問に、みんなの視線がノコギリデビルに集まる。

 ノコギリデビルは小さく首を横に振った。


「いや、もう少し調整が必要になりそうだ。そうだな――」


 ノコギリデビルはそこでいったん言葉を区切り、シザーマンティス、私、ブラッディローズ、そして後ろの2人の怪人の顔を見てから言葉を発した。


「やはり、しっかりと実力を示した方が良かろう。誰もが納得のいく方法で、な……」


 ノコギリデビルが何やら含みのある言葉を残してニヤリと笑う。

 実力を示すって、いったい何をさせられることになるのやら……。


 そのあと、今日の私の待機は無しにするとノコギリデビルから告げられた。

 私の序列の発表は数日後に行うと怪人たちに通達が出て、それぞれが思い思いに散っていく。

 私は篤人さんと一緒にクルマで帰宅である。


「地下3階、どうだった?」

「設備が凄かったです。見学は台無しになりましたが……」


 私は特殊兵装の試験場について篤人さんに説明した。

 篤人さんも特殊兵装については興味があるようだ。

 エレベーターに運び込むところまでは手伝ったことはあるが、その機能までは知らないらしい。


「ああいうのは機密事項だからね。おいそれと漏らさない方がいいだろうね」

「ブラッディローズにバンディットスネークの鎖のことを言っちゃったけど、迷惑だったかなぁ?」

「あれはもう(おおやけ)になっている情報だから問題ないよ。バンディットスネークはブラッディローズとは相性が良さそうに思えるし、むしろ喜んでいるんじゃない?」


 そっか、問題ないのなら良かった。


「これからどうしようか?」

「急にお休みって言われてもなぁ……」


 今日も作戦はあるのだが、海を隔てた嵯渡ヶ島(さどがしま)なので今から向かっても間に合わない。

 午後からは完全にオフである。


「宿題、終わらせちゃおっかな」

「1日で終わらせる宣言? 好美ちゃん、勉強ができて羨ましいよ」


 怪人としての力ではなく、勉強のことを褒められると悪い気はしない。

 勉強だけは私自身の努力によるものなのだ!


 少し気分が良くなった私は、きっちりその日のうちに宿題を片付けておいた。



--4月29日(土) 19:00--


 十日前町支部の地下、今日の勝利を祝ってささやかな会合が開かれていた。

 ゴールデンウィークの初日、秘密結社パンデピスの怪人【ギンガザミ】が嵯渡の港を襲った。

 それを、俺、上杉一誠ことライスイデンと、東飛竜ことレッドドラゴンが首尾よく撃破することに成功したのだ。


 久しぶりにライスイデンの必殺技での勝利だった。

 もちろん、レッドドラゴンのフォローがあってこその戦いだったとは思っている。

 "謎の怪人"の横やりが入らないか常に警戒してくれていたから戦いやすかった。


 諦めたのか、最初からいなかったのかは分からないが、"謎の怪人"は現れることはなく、俺たちは完璧な勝利を手に入れることができたのである。


「ライスイデンの勝利にかんぱーい!」

「「「かんぱーい!」」」

「そこまではしゃぐな。明日もあるんだぞ、お前ら!」


 俺以上に飛竜をはじめとする仲間たちが喜んでくれているのだが、どうにも小っ恥ずかしい。


 それに、この間の意趣返しのつもりか、こっそり準備していやがるとは……。

 急激に仲良くなった飛竜と十日前町支部の隊員たちを見て、ついつい苦笑いをしてしまう。


 卓上に並べられたピザや焼き鳥をウーロン茶で流し込んでいると、飛竜がビールを持ってきた。


「一杯どうっスか?」

「やめてくれ、俺は本当に飲めないんだよ……」

「味が嫌いとかじゃないんですよね?」

「アルコールに弱いってだけだが……」


 よく見るとビールじゃないな。

 ノンアルコールビールってやつだ。


「じゃあ、これで!」

「あのなぁ、ノンアルコールビールにも少量のアルコールは入ってるんだぞ?」

「え、そうなんスか!?」

「まぁ、物にもよるけどな」


 缶を見てみると、やはり少しアルコールは入っているようだ。

 それを確認して、飛竜があからさまにがっかりする。

 まったく、仕方のない奴だ。


「貸せよ、それ」

「いやいや、無理ならいいんスよ! 俺らが単に一緒に飲んでる気分になりたかっただけだし……」

「気分だけでいいんだろ? 一口だけでも飲ませてもらうさ」


 まぁ、これくらいアルコール濃度が低ければ、ひと口くらいなら問題はない。

 俺はビール缶のタブを開けて、それを軽く掲げる。


「それじゃ、かんぱーい!」

「「「かんぱーい!!」」」


 周りの隊員たちと一緒に、ノンアルコール缶に口を付ける。

 久方ぶりに麦酒の味わいが口の中に広がった。

 ほとんどアルコールは感じないし、これなら問題は――。


 ドクンと心臓が跳ねる。

 急激に息が苦しくなり、缶が手からすり抜けて床へと落ちた。


 なんだ、これは?


 俺はぜーぜーと息を吐きながら、何とか身体を支えようと壁に腕を当ててもたれ掛かった。

 アルコールによる症状とは明らかに違う。

 まるで全速力で走った後のようだった。


「教官! 大丈夫っすか!?」

「ぐ、だ、だいじょうぶ、だ……」


 頭がぐらぐらする。

 明らかに異常ではあるが、症状としては運動の息切れに近い。

 なら、安静にしておけば回復する見込みがある。


「教官、とりあえず座った方がいいっスよ!」

「あぁ、すまん、助かる……」


 飛竜が椅子を持ってきてくれたので、ありがたく使わせてもらうことにする。

 椅子に座り、俺は目を閉じて息を整えることに集中した。

 呼吸を繰り返していると、だんだんと症状が和らいでくる。


「はぁ、はぁ~……ふぅう~! もう大丈夫だ」

「すんません、俺が飲ませたばっかりに……」


 飛竜のやつが落ち込んでしまった。

 周りの隊員たちも心配そうに俺を見ている。


「やれやれ、こんなに弱かったかな? さすがにもう少し飲めたはずなんだけどな」


 大丈夫だとアピールするために、少しおどけたように声を出した。

 実際、先ほどまでの症状は消え去り、すっかり元通りになっている。

 飛竜も隊員たちも、本当に大丈夫そうだと分かると少しずつ表情が明るくなっていく。


「水を差す形になって悪かったな。疲れが出たのかもしれん」

「ホント、すんません!」

「気にするな! 俺はウーロン茶でも飲んでおくよ。貰えるか?」

「うっす! 持ってくるっす!」


 飛竜がダッシュで――といってもすぐそこだが、コップにウーロン茶を注いで持ってきてくれる。

 部屋の中に、また楽し気な雰囲気が戻ってきた。

 貰ったウーロン茶を片手に、最後の一押しをしておくとしようか。


「それじゃ、もう一回だ。かんぱーい!」

「「「かんぱーい」」」


 ビールをみんなが掲げて、またすっかり元の雰囲気に戻る。

 ウーロン茶ののど越しと清涼感が心地よい。

 今度は息切れは起きなかったようだ。


 しかし、先ほどの症状はいったいなんだったんだ?


 あれほど重い症状は出たことは無かったが、ヒーロー、ライスイデンとして必殺技を放った後の感覚に、少し近かったような気もする。

 何度思い返してみても、やはりアルコールが起こした症状だとは思えなかった。


 何か、嫌な感じがする。

 できれば詳しく診てもらいたいところだが、あまり()()()()の手を借りたくはない。

 どうするべきか?


「いや、一人、信頼できそうな人がいるな……」


 この身に起きた異変に、真摯に向き合ってくれそうな人物はひとりだけだ。

 彼ならこの症状にも心当たりがあるかもしれない。


「どうしたんスか?」

「ん? 何でもないよ」


 俺は持っていたウーロン茶を飲み、ピザをひと切れ口に運ぶ。

 仲間に変に心配を掛けたくはない。


 まずは彼――ドクター哲司(てつじ)に相談してみることにしよう。

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