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秘密結社パンデピス  作者: ゆきやま
1/37

謎の怪人

初投稿作品です。

頑張って完結まで描き切りたいと思います。

 唐突に響きわたる爆発音、絹を裂くような悲鳴……。


 賑やかなオフィス街を突然、悪夢が襲った。

 大混乱に陥った街並みは、我先にと逃げる人々でたちまち大騒ぎになる。

 その騒動の中心部、もうもうと立ち上る白い煙の中からは異形の人影が浮かび上がった。


「ケヒャヒャヒャ! 逃げ惑え脆弱な人間どもォ!」


 耳障りな笑い声と共に姿を見せたのは、人間と巨大なカマキリを混ぜ合わせた怪物だった。

 恐れおののく人々を見て愉快そうに笑っていた。


 現れたのは"怪人"と呼ばれる存在である。

 改造手術を経て手に入れた異常な力と特殊な能力の前に、かつての防衛組織では太刀打ちできなくなってしまっていた。

 蹴り1つで電信柱を砕き、その腕についた鎌を振るえば見えない刃が車を真っ二つに引き裂く。


 好き勝手に暴れまわる怪人によって家々が破壊され、そのたびに悲鳴が響き渡る。

 警察の射撃を胴体で弾きながら高笑いを続ける怪人の前に、人々は逃げる他なかった。


「あっ」


 一人の幼い少女が足をもつれさせ、転倒した。

 足でもくじいたのか、道端の真ん中で座り込んだまま動けないでいる。

 その怪人は目ざとくそれを見つけ、新しいオモチャを見つけたとばかりにニヤニヤと近づいていく。


「来ないで、た、助けて……」


 その様子に気づいた人もいたが、誰もがつらそうな表情を浮かべつつも助けようとはしなかった。

 もし近づいてしまえば、彼らは自分が殺されると知っているのだ。あの子供と一緒に……。

 幼子を見殺しにすることしかできない自分自身に悔しさと無念さをにじませ、みんな一様に唇をかみしめる。


「そこまでだ!」


 突如、覇気を纏った声が響き渡り、絶望に沈んだ顔が一斉に前を向いた。

 空を駆ける、逆光に浮かぶシルエットが怪人の元へと飛び込んでいく。


「せりゃあ!」


 電光石火の蹴りが、拳銃にビクともしなかった怪人を思い切り弾き飛ばした。

 怪人はゴロゴロと転がった後で体勢を立て直し、片膝をついた状態で、ズザザ、と踏みとどまる。

 怪人の前に躍り出た一人の英雄の姿を見て、誰しもの瞳に希望の光が宿った。


「もう大丈夫だ!」


 彼は少女に声をかけると、一歩踏み出して怪人に対して構えを取った。


 黄色く光る全身スーツにフルフェイスのマスク……その姿は戦隊ヒーローの姿そのものである。

 頭部には稲妻をモチーフとした黒い意匠が施され、身体にはアーティスティックな渦潮のマークが誂えられている。


 怪人は何メートルも蹴り飛ばされたのに全くダメージを受けているようには見受けられなかった。

 しかし、ヒーローに焦りは見られない。

 先ほどの一撃は少女を守るための、あいさつ代わりの一撃に過ぎないのだから。


「さぁ、俺が相手だ!」

「ケヒャヒャ! やっと現れたな、ヒーロー【ライスイデン】!」


 "ヒーロー"……それは怪人たちに対抗するために発足された新しい秩序の護り手。

 怪人たちと同じく超パワーと特殊能力を備えたヒーローたちは、深刻化する怪人被害を食い止めるための正義の戦士である。


「俺は怪人【シザーマンティス】! ライスイデン、お前の命、俺が貰い受ける!」

「これ以上、お前の好きにはさせない! 行くぞ、シザーマンティス!」



――私は居間のテレビのスイッチを消した。


「なんじゃ好美、いいところじゃったのに」


 お父さんが不平を漏らすが、構わず玄関へと向かう。

 今の映像は子供向けテレビ番組ではなく、実際に起きたことをニュースで再現した映像だ。

 この後、新潟を守るご当地のヒーローであるライスイデンに、シザーマンティスはボコボコにされるのである。

 私は直接それを見ていたから、再現映像を見なくても先の展開が分かるのだ。


「だって、自分が命からがら逃げだすところなんて見たくないし、見られたくないもん」

「ひゃっひゃっひゃ! 確かにアレはカッコイイとは言えんかもしれんのぅ!」


 お父さんが大笑いする。

 ちなみに、うちのお父さんは30代の癖にわざわざ白髪の禿げ頭にしている変人だ。

 いつも博士っぽく白衣を身に着けている。


 いや、博士っぽいというのは少し語弊がある。

 実際に博士だからだ。

 悪の秘密結社を支えるマッドサイエンティストの博士であり、先ほどテレビに映っていたシザーマンティスはお父さんが改造手術を施した怪人なのだ。


 私は秘密結社に深く関わる家族の一員なのである。


「ぬぅ、よいしょっと……」

『おのれ、ライスイデンめぇ!』


 お父さんがリモコンのボタンをポチっと押して、またテレビを付けてしまった。

 私の意見はどうやら聞いてくれないらしい。

 まぁ、私は直ぐに家を出るから構わないんだけど。


「お主が登場するシーンまで見ていかんのか?」

「だから、見たくないってば」


 戦闘シーンの派手な破裂音が玄関まで届いた。

 私はテレビの音から逃げようと、さっさと外に出ていくことにする。


「行ってきま~す!」

「おー、行ってらっしゃーい!」


 玄関を出たらテレビの音はもう聞こえない。

 今ごろは私が登場している頃だろうか?


--4月6日(木) 7時00分---


 まだ肌寒さの残る4月の朝……。

 私は通い慣れた中学校への通り道をゆっくりと進んでいる。


 私の名前は『佐藤 好美』13歳。

 新潟県 十日前町市立 南中学校に通う中学2年生だ。


 同年代の友人たちと比べても小さめの身長に、三つ編み、メガネ。

 制服だけだと少し寒いので、手編みのこげ茶色マフラーを首に巻き付けている。

 おおよそ地味と呼ばれる要素をふんだんに盛り込んだ私は、同じ中学校の生徒たちの群れに紛れたら見つけられなくなることだろう。

 目立ちたくないので、地味を目指した努力の結果である。


「春休み、あっという間だったなぁ」


 独り言は晴れ渡った空へと吸い込まれて消えていった。

 道端には土筆(つくし)とスギナが顔を覗かせ、冬の間には茶色く染まっていた土手がすっかり緑色に変わっている。

 ちゅんちゅんと鳴くスズメの声も、麗らかな春の訪れを喜んでいるかのようだ。


 今日から新学期。

 休日は秘密結社の活動に巻き込まれることが多い私にとって、待ちに待った普通の学生生活のスタートだ。


 はぁ~、平和の匂いがするぅ……。


 バイパスを通り抜け、校舎へと向かう小径へと差し掛かった。

 周りを見ても登校している学生が見当たらない。

 テレビを見たくないからって、ちょっと早く出すぎてしまっただろうか?


 私の他に生徒はいないかと何となく周りを見渡していると、1つ奥の通りで信号待ちをしているお爺さんが視界に入った。


 そして何の前触れもなく崩れ落ちるようにして膝をつき、そのまま倒れてしまった。


「……えっ?」


 何が起きたのかとっさに理解できずに立ち尽くしてしまう。

 ……もしや、何かの発作なのだろうか?


 お爺さんの周りには誰もおらず、信号待ちしている車もない。


 これって気づいているのは私しかいない?

 もしかしなくても私が何とかしなきゃいけないのでは?


 妙に心臓の音が大きくなった気がする。

 降ってわいてきた責任感が重くのしかかり、何かに押しつぶされるような感覚が私を襲う。

 ――が、不意に私の後ろから声が聞こえた。


「大丈夫ですか!?」


 私の視線の反対側に、見た感じでは小学生の高学年くらいの男の子がいた。

 その男の子は一目散にそのお爺さんの元へと駆けていく。


「……はっ! そ、そうだ、早く助けないと!」


 私は独りじゃなかったことに安堵を覚えて、すぐに自分にできることをするべく行動を開始する。

 慌てて男の子の後を追いかけ、お爺さんの元に向かった。


 お爺さんの元へ辿り着いた時、男の子はお爺さんの意識を取り戻そうと声を掛け続けている。

 しかし、その効果は芳しくなく、お爺さんは苦しそうに呻くだけだ。


 えーと、こういう場合は……どうすればいいんだっけ?

 あれ? 私、いざっていう時にこんなに頼りにならないやつだったの?


 何も考えられなくなってオロオロしていると、男の子は声を掛けるのをやめて周りを見渡した。

 この場に私しかいないことを確認すると、私を見てテキパキと指示を飛ばす。


「お姉さん、病院はすぐそこだから、このお爺さんを運んでくれる? 僕は先に病院に行って説明してくる!」

「え、あ、う、うん、分かった!」


 混乱している私とは違い、この男の子はかなり度胸があり、頭の回転が速かった。

 この場所からであれば病院はかなり近く、1つ先の信号を曲がったところにあるのだ。

 たぶん救急車を呼ぶより運んだ方が早い。


 なお、私はこの男の子より少し背が高いくらいしか背丈がない。

 男の子から見たら頼りなく見えるだろうし、もしかしたら運べないかもしれない。

 どちらかが先に助けを求めに行くというのも、極めて合理的な判断だった。


「あの子、凄く考えてる……」


 私は一目散に駆け出す少年の背中がとても大きく、大人びているように感じた。

 緊急事態であそこまでしっかり考え、自分のやるべきことをやれる小学生がいるとは……。

 それに比べて、救急車を呼ぶことすら頭から抜け落ちていた自分はどうなんだろう?


 やばい、ちょっと自己嫌悪……。


「あっと、私も急がなきゃ!」


 気落ちして凹んでいる場合じゃない、お爺さんを病院に運ばなければ!


 いざ運ぼうとして、改めてお爺さんを観察すると、結構背が高い。

 私の上背が足りないので、肩を貸すのもお姫様抱っこするのも難しそうだった。

 私は考えた結果、お爺さんの腰に手を回し、丸太を持つように担ぎ上げた。


「こんな持ち方でゴメンナサイ。病院へすぐに連れて行きますから!」


 自分で言うのもなんだが、私の力は尋常ではなく強い。

 それは私の生い立ちに由来するものであり、あまり望ましい物でもないと思っているのだが、こういう時だとこの体は便利だと実感する。

 もう少し背が伸びてくれれば言うことはないのだが……。


 無い物を望んでも仕方ないし、また凹んでしまっても時間の無駄だ。

 私はできるだけ振動が少なくなるように、しかし速足で病院へと向かった。


--4月6日(木) 11時45分---


「で、それを信じろっていうのか? あぁん!?」


 私と生活指導の先生以外には誰もいない教室で、新学期の初日から大遅刻した私にカミナリが落ちた。

 あの後、私は男の子と一緒にお爺さんの容態が分かるまで一緒に居たのだ。

 お爺さんは無事に意識を取り戻し、あの男の子と笑顔で別れることができたのは不幸中の幸いだった。


 見ず知らずのお爺さんを純粋に心配している男の子を、私は一人放り出す気にはなれなかった。

 あの心優しき少年に心細い思いをさせるのはどうしても嫌だったのだ。

 頼りにならなくても私の方がお姉さんなのだから、そばに居てあげたかったのである。


 これで怒られるのは織り込み済みであり、私に後悔は無い。


「すみません」


 先生は私の言葉を、嘘を吐いた反省と受け取ったのか、次から気を付けるようにとだけ言って私を開放した。

 お爺さんを助けたのは事実なのだが、わざわざ訂正して確認を頼むようなことはしない。

 己のプライド云々なんて興味は無いし、早く解放されるなら誤解されたままでも構わないのである。


 私が学校に着いた頃にはとっくに始業式が終わっており、申し訳程度にホームルームに参加してその日の学校は終わりだった。

 私だけ遅刻した理由を聞くために呼び出しを受けていたのが、それも今、終わった。

 正午のチャイムが鳴り、私はさっさと帰ろうと下駄箱から靴を取り出して履き替える。


「全然平和じゃなかったなぁ……」


 溜息を吐きつつ歩き出し、なんとなく校舎を振り返った。

 校庭の端っこに1本だけある桜が例年より遅い開花を迎えて咲き綻んでいるのが見える。

 その桜が、なぜだか"気にするな"と言っているような気がした。


「まぁ、いっか」


 先生に信じてもらえなかったのは残念と言えば残念なのだが、私は自分がやるべきことをやれたと思っている。

 反省しようがないものは、気にしないに限る。

 急に晴れやかな気分になった私は、今日のお昼ご飯のために準備していたカレーライスのことを考えながら軽やかに歩き出した。


 てくてくと道を歩き、線路と車道が交差するバイパスの道まで出た。

 今朝、この道でお爺さんが倒れるのを目撃して、それを助けた男の子の行動に衝撃を受けたことを思い出す。

 ついさっきの出来事はとても印象深く、何も無いと分かっていても、ついそちらに目をやってしまう。


 少子高齢化や人口の減少など、日本全体について何かと暗い未来が叫ばれているものの、私自身はその波を感じられるほど長く生きていない。

 たとえそうだったとしても、あの男の子が住むこの街はきっとまだまだ捨てたものじゃない――。


 私が小さな誇りを感じていると、突如としてドカンと爆発音が響いた。


「な、何? 今度は何ごと!?」


 音が出た方向を振り向くと土煙が立ち上っていた。

 バイパスの上を走る線路が叩き折られ、下を通る逆アーチ状の道路を寸断している。

 幸い電車は走っていなかったため、脱線事故などの被害はなさそうだった。


 もうもうと立ち上る煙の中から、異形の人影が姿を現す。

 そのシルエットは今朝のテレビ番組で見たような姿で……。


「ケヒャヒャヒャ! 俺は舞い戻ってきたぞ、人間どもぉ!」


 怪人、シザーマンティスが奇声を上げた。

 大きな音を聞いて集まってきた人たちが、今度は怪人を見るなり逃げ始める。

 その慌てた様子に、シザーマンティスは愉快そうに笑い声をあげた。


「えぇ~……」


 私はめまいを覚えた。

 ヒーローと戦ったあと、シザーマンティスは次の任務までは待機を命じられていたはずだ。

 こんなところで暴れているのは、明らかに命令違反である。


「ケヒャヒャ! ライスイデンは来ない! 俺を止められるものなら止めてみろぉ!」


 怪人シザーマンティスは近くにあった家に狙いをさだめ、腕についた大きな鎌を一閃した。

 壁を切り裂かれた家から炎が爆ぜ、瞬く間に燃え上がっていく。

 シザーマンティスはわざわざ玄関前に出て特等席だとばかりに陣取り、転がり出てきた住民が自分を見て、腰を抜かしては悲鳴を上げて逃げていく様を楽しんでいた。


 微妙に小物くさいところも含めて、最悪な所業である。


「ケヒャヒャヒャ! いい気分だぜぇ!」


「……何だかなぁ」


 物陰に隠れてそれを見ていた私はため息を吐いた。

 ヒーローから逃げながら調子に乗るとか、正直、かなり情けないと思うのだが、警察を含む一般人では怪人を止められないのも事実である。

 あんな小物ムーブをする怪人でも、この場では圧倒的な強者なのだ。


 私は組織の内情を知っているので、ライスイデンが来ないという情報についても心当たりがあった。

 単純に、別の場所で別の怪人が暴れる作戦が立てられていたのである。

 それを聞いたシザーマンティスは、ライスイデンが居ないであろう時を狙って敗北の憂さ晴らしを強行したのだろう。


「そらそらそらぁ! カマイタチを喰らえぇ!」


 気前よくカマイタチを放つシザーマンティス。

 まさにこの世の春が来たといった様子だったが、その天下は次の瞬間に脆くも崩れ去った。


 ボンッ! ボンッ! ボンッ! と爆発音が響き渡った。


 突如、空から降ってきた炎の弾が、全てのカマイタチを叩き落としていく。

 空中で赤い炎が爆ぜ、焦げた匂いが鼻を突いた。


「な、なんだぁ!?」


 私は、シザーマンティスや遠巻きに見ていた周りの人たちと一緒に上を見上げる。


 そこには一人のヒーローが宙を舞っていた。

 空中でくるりと宙返りして、赤い残火(ざんか)を纏ったヒーローが華麗に着地を決める。

 ゆっくりと立ち上がったそのヒーローは、シザーマンティスを見据えると拳に力を込めた。


 それは、燃え上がるようなルビー色のスーツに身を包んだヒーローだった。

 フルフェイスのマスクには竜の顎を象った意匠が見える。


「うそっ!?」

「うおぉおおー! あれは!!」


 その言葉は私だけではなく、周りで見ていた人たちからも漏れ聞こえてきた。

 悲鳴がざわめきに変わり、やがて喜びの声に変わる。


「【レッドドラゴン】が来てくれたぞぉ!!」

「ナンバーワンヒーローだ!!」


 日本で一番有名で、一番強いヒーローだった。

 瓦礫が散りばめられた車道に赤色が映えて目を奪われる。

 誰もが知っている英雄は、秘密結社に所属する私にさえ輝いて見えた。


「これ以上の狼藉は許さん! 俺が相手だ!」

「くそ、なぜおまえがここに……!」


 シザーマンティスは明らかに狼狽していた。

 ライスイデンとの戦いを避けたはずなのに、更に強いヒーローが出てきたのであれば当然の反応だろう。

 しかも日本一のヒーロー、レッドドラゴンが出てくるとか……。

 まさに運の尽きという他ないし、ちょっと同情する。


「いつだって出撃の準備はできてる! 今日がお前の命運が尽きる日だったというだけだ!」

「お、おのれぇ!」


 これは、あっさり負けるだろうなぁ……。


 私は戦いが始まる前から敗北を確信した。

 レッドドラゴンの力は噂で聞いているだけだが、ライスイデンより強いことは間違いない。

 できれば関わり合いたくない相手だけど……。


「一応、準備しておこうかな……」


 見てみぬふりをしたいけど、一応は知人? である。

 見捨てるのは忍びない。


 私はこそこそと人目が付かないところまで移動する。

 そして眼鏡をはずし、襟元に隠していた真っ黒いブローチに合言葉を唱えた。


「昏き力よ出でよっ! メタモルフォーゼ!」


 合言葉を受けたブローチが形を変え、質量を無視したかのように中から黒い布が溢れ出てくる。

 それらは私に巻き付き、全身を瞬く間に覆っていく。

 最後に顔までを覆い隠すフード付きのローブが現れ、私はそれを纏って怪人へと姿を変えた。


 怪人の姿と言ったが、変身後の真っ黒いローブは私のほとんどを隠しているため、怪人かどうかすら分からないだろう。

 組織にもヒーローにも秘密の、"謎の怪人"の正体を知っている人はごく僅かだ。


「ところでお父さん、これホントに音声認識にしなきゃダメだったの? このセリフ、すごく恥ずかしいんだけど」


 誰に聞かれることもない独白を呟かざるを得なかった。

 音声認識は、絶対お父さんの趣味に違いない。

 誰にも聞かれないようにしているし、必要な装備は出てくるのだから気にしないのが一番だということは分かっているのだけれども。


「よし、行動開始。シザーマンティス、私は自分が死ぬと思ったら助けないからね!」


 そんなセリフを吐き捨てて、レッドドラゴンとシザーマンティスの両方が見える場所へ移動する。

 私はシザーマンティスが破壊した家と逆側に存在する家の屋根にこっそり張り付くと、そっと顔を出して様子を伺った。


 シザーマンティスは最初から逃げ腰になっており、じりじりと後退しようとしている。

 しかし、自ら破壊した線路の残骸が道を塞いでおり、しかも左右が壁になった緩い逆アーチ状になっている道路の、ちょうど真ん中あたりに立つ形になっていたので逃げ道が無くなっていた。

 逃げるならジャンプする必要があるが、少しでも隙を見せたらきっとレッドドラゴンに撃ち抜かれてしまうことだろう。


「け、ケヒャヒャ! お前を倒したら俺は組織内の英雄だ! むしろラッキーだぜ!」


 逃げられないと感じたシザーマンティスが精いっぱいの虚勢を張った。

 もはや前に進むしかないと悟ったのだろう。

 右の鎌を大きく上段に構えると、決死の形相で特攻を開始した。


「いくぜぇええええ! このシザーマンティスがお前を倒す!」

「来い! シザーマンティス!」


 直接レッドドラゴンを切り刻もうと距離を詰め、シザーマンティスが両手の鎌による連撃を放った。

 攻撃は最大の防御とばかりに我武者羅に鎌を振り回している。


 しかし、レッドドラゴンは鎌の付け根である腕に自分の腕を潜り込ませ、きっちりと受け止めていた。

 もし振り抜かれてしまったらカマイタチが発生し、攻撃の余波で周りに被害が及ぶことまで考えた末の防御なのだろう。

 その上でシザーマンティスの攻撃をうまくいなし、肘打ちやチョップ、パンチを使って確実にダメージを与えていく。


 実力の差は明白だった。

 レッドドラゴンはかなり丁寧に攻撃を仕掛けているにもかかわらず、シザーマンティスはまったくその速度に追いつけていない。

 一撃一撃の音が重たく響き、そのたびにシザーマンティスの顔が歪んでいるのが見える。


 やがてレッドドラゴンは渾身の飛び蹴りでシザーマンティスを蹴り飛ばした。


「せぇえりゃあああ!」

「ぐわぁあああぁぁあ!?」


 シザーマンティスが強制的に最初に居た地点まで戻される。

 何とか戦闘態勢を立て直そうと起き上がったものの、連続攻撃のダメージが足に来てしまっている様子で中々構えを取ることができないでいた。


「あ、あんなの怖すぎるって……」


 まだまだ本気を出していない様子がありありと伺えるし、一方的な展開でも微塵も油断していない。

 周りに気を張り巡らせ、不意打ちも警戒している。

 私の方が見つかってしまわないかビクビクしているくらいだ。


「これは、ダメだ……」


 絶対に戦いたくない。

 もし見つかったら、きっと私の人生はそれまでだ。

 シザーマンティスには悪いが、私だって自分の命は惜しい。

 見なかったことにして立ち去ることにしよう。


 そっと目を反らそうとした瞬間、私の眼がシザーマンティスのすぐ後ろの瓦礫で何かが動いているのを捕らえた。

 何だろうか? 微かな光が瞬いている。


 よくよく目を凝らしてみてみると、それは"目"だった。


「うそ、あんなところに!?」


 崩れ落ちた線路とコンクリートでできた袋小路に、子供が取り残されている。


 すぐそこにいるシザーマンティスに見つからないように、小さくなって隠れていたようだ。

 小学生の、恐らく高学年くらいの男の子が瓦礫の隙間から目を覗かせている。

 更によくよく見てみると、どうも後ろに話しかけているようだった。


「……っていうか、あれは今朝の男の子じゃないの!?」


 何の因果か、お爺さんを助けたあの少年が運悪く巻き込まれていたらしい。

 ふいに男の子が少し後ろに下がり、更に小さな女の子が瓦礫の隙間から顔を覗かせた。

 どうやら、あの場所にいるのは2人だけのようだ。


 運が悪いと思うものの、あの男の子だったからこそ2人とも死なずに生き延びているのかもしれない。


 シザーマンティスがふらふらしながら構えを取る。

 真横に回した鎌からカマイタチを放つも、がくりと膝を落としてしまい目標から大きく反れていく。


 そのカマイタチは男の子たちのすぐ上の瓦礫を切り裂いた。

 もはや上手く狙いも定められないらしいが、逆にそれが真後ろへの流れ弾になりかねず、心臓に悪い。


「あああ、気を付けて……!」


 少しだけ瓦礫が崩れ、子供たちの姿がよりよく見えるようになった。

 あの男の子は、今も瓦礫の隙間からシザーマンティスの動きを探っている。

 泣きそうになっている女の子を、あの男の子が励ましているように見えた。


 下手に動けばシザーマンティスに見つかっていたはずだが、あの少年はそれをギリギリの状況で回避している。

 先ほどの攻撃にも、あの子たちは悲鳴をあげないで見事に耐えていたのだ。


「これで、決める!」


 レッドドラゴンが右の拳をまっすぐ天に掲げた。

 そして空手の構えを取るように腰を落としつつ、右肘を曲げて顔の前まで拳を持ってくる。

 シザーマンティスに止めを刺そうと、レッドドラゴンが必殺技の構えを取る。


「うおぉおおおおおお!!」

「レッドドラゴンの必殺技だぁー!」


 周りのギャラリーがその姿に沸き立つ。


 小さな炎の龍が浮き上がり、レッドドラゴンの右腕をぐるりと周るように螺旋を描いた。

 赤い火花が舞い、フルフェイスの黒いグラスには燃え盛る火焔が映り込む。

 全ての怪人を葬り去るレッドドラゴンの必殺技が放たれようとしていた。

 瓦礫の中の子供たちに気付かないまま……。


「ちょっと待って、今それを撃ったら……!」


 あんなものが撃ち込まれたら、余波だけで瓦礫が吹き飛び、子供たちは無事では済まない。

 声を張り上げたつもりなのに、声にならなかった。

 最強ヒーローの必殺技の迫力に身体が竦む。


 私は身体を屋根の上に乗り出し、しかしその姿が晒されるほど前に進むことができないでいた。

 声を出せと思う心と、死にたくないという心がせめぎ合い、身体は固まって動かなくなっていく。


 どうしよう、どうしよう!?


 ぐるぐると思考がループする中、レッドドラゴンの纏う炎が一気に熱を高めていく。

 もう、見守るしかないのか……。

 私が行動を起こせないでいるうちに炎の勢いは最高潮へと達した。


「ひっさぁああああつっ!! 【ブレイザー・キャノン】!! 発射ぁーーーー!!」


 思い切り突き出された右拳から、ついに龍の火炎弾が放たれてしまった。


 必殺技の声が聞こえた瞬間、男の子が後ろの女の子を庇うのが見えた。

 何が起きるのかを瞬時に理解して、最後の最後まで誰かのために身を挺して――。


 それを見た瞬間、私の心に火が灯る。

 一瞬で決意は固まった。


 死なせて、たまるか――!


 あれほど強く拒んでいた身体から硬さが消え、私は瞬時に飛び出していた。

 恐怖を置き去りにした私は弾丸より速く飛び出し、道路に滑り込んだ私はコンクリートをガリガリと削りながらシザーマンティスの前に躍り出る。


 迫りくる火炎弾を睨みつけ、気合一閃!

 手を組んでバレーボールのレシーブのように受け止めた。


 腕に強烈な衝撃が奔り、踏ん張った足がコンクリートを叩き割る。


「ぐぅううう!?」


 強烈な熱に汗が噴き出し、それが一瞬で水蒸気に変わる。

 息を吐いているにもかかわらず口の中へ熱が伝わり、煌々と燃える炎が視界をオレンジ色に染める。


 負けるものか!

 ただ、その気合だけで私は地獄の業火球に立ち向かっていた。


「だぁああああーーーっ!!」


 私は更に足を踏ん張って、全身の力を使って思いっきり上へと腕を振り上げた。

 全ての怪人を打ち倒すはずの一撃は炎の尾を残しながら上へと向かい、けたたましい音と共に巨大な花火を空に咲かせた。


 ドォオオオンッ! と花火のような大きな音が空気を振るわせる。


「な!?」


 必殺技を防がれて驚愕するレッドドラゴンと、同じく唖然とするシザーマンティス。

 周りで見ていた人たちも全員が空中の爆発に目を奪われていた。


 気合が入ったままの私は周りの反応を無視して次の行動に移る。

 最後の仕上げをするため、間髪入れずにシザーマンティスに詰め寄ってその腕を掴んだ。


 私は組織の内情をある程度まで知っている。

 2か所を攻撃する作戦は無かったので、今回の騒動はシザーマンティスの独断専行である。

 一応助けるが、行き場のないイライラをぶつけるくらいは許されるだろう。


「な、なんだ!? 今度は何をする気だてめぇ!」


 シザーマンティスが慌てて手足に力を籠めるが、もう遅い。

 慌てて構えを取るレッドドラゴンを後目に、私はシザーマンティスをハンマー投げの要領でブンブンと振り回した。


「ぅおわあああああ、やめろぉおおお!!?」

「うるさい! さっさと帰れぇ!!」


 シザーマンティスの悲鳴を無視して、思いっきり投げ飛ばしてやった。

 星になるほど遠く、とまではいかないが、たぶん近くの山の辺りまで吹っ飛んだことだろう。

 まぁ、死にはすまい。


「あっ!?」


 私の後ろで声がする。

 シザーマンティスの叫び声を聞いて、怪人がいなくなったと思ったのだろう。

 あの子たちが出てきてしまったようだった。


 私を見た男の子が慌てて立ち止まり、後ろの女の子を背に庇った。


 それを見て、私の役目は終わったと悟る。

 私は瓦礫の一番高く目立つところへジャンプで移動し、レッドドラゴンを軽く一瞥してから瓦礫の向こうへ駆け出した。

 追ってきていないようだし、うまく逃げきれそうだ。


 後は本物のヒーローが対処してくれるだろう。

 あの男の子はレッドドラゴンに助けられるのが相応しい。

 私みたいな怪人なんかお呼びではないのだ。


「良かった……!」


 心の底からそう思う。

 さぁ、帰ってカレーライスを食べよう!



--4月6日(木) 12時30分---


 俺は腰をかがめ、近寄ってくる少年と少女の頭を撫でる。


「よく頑張ったな! 偉いぞ!」


 子供たちは素直に俺の言葉に喜んでくれた。


 俺はヒーロー、レッドドラゴン。

 政府組織 特務防衛課 本部に所属するヒーローだ。


 子供たちは笑顔で出迎えてくれたが、俺の心は痛かった。

 まさか、あの場に潜んでいる子供たちがいるとは思わなかった。

 結果的に、あの"謎の怪人"がブレイザーキャノンを止めたことにより、この子供たちは救われたことになる。


 俺は奴が最後に飛び乗った瓦礫のてっぺんに顔を向けた。

 火災の煙は小さくなり、春の青空にイワシ雲が広がっているのがよく見える。


 ブレイザーキャノンを完璧に防がれたのは初めてだ……。


 この地を守るヒーローから、怪人たちを助ける"謎の怪人"の存在は聞いている。

 俺は先ほどまで、そいつを普通の怪人としか考えていなかった。


 しかし、実際に会ってみて分かった。

 奴は俺の想像をはるかに超えた力を秘めている。


 新潟にある組織の名前は、確か【秘密結社パンデピス】だったな。


 特に特筆すべきこともない小規模の秘密結社だと聞いているが、俺の勘が警鐘を鳴らしている。

 何かとんでもない物が眠っているような、そんな不安が脳裏にこびりついて離れない。


 奴を野放にしておくわけにはいかない。

 待っていろ、"謎の怪人"! お前は……俺が倒す!

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