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第8話 (Other Side)魔界の蟻穴

「おい! まだかッ! 解析結果は!」

「解呪の魔法陣は、どうなっているッ!」


 魔界の中心にある、魔王城。

 玉座の置かれた最上階は、これまで魔王の許しを得た者しか足を踏み入れることのできない場所だった。禁を犯して立ち入る者などなく、常に静まり返っていたのだが。

 いまは怒号と悲鳴が飛び交っていた。


 右往左往する上級魔族たちを掻き分け、人狼の下級政務官オルフが報告にやってきた。


「ハルカス様。大宝珠の機能が、低下し続けています」

「知るか!」


 最高責任者にして意思決定者でもあるハルカスから理不尽に怒鳴りつけられ、オルフは不満を噛み殺す。必要な報告を上げるのは、政務官である彼の義務であり職務だ。下級魔族たちの生命線を維持するため、手ぶらで戻るわけにもいかない。


「各地で湧水が止まり、淀みが生まれております。致命的状況になる前に、ご対処を願います」

「ふざけるな! 大宝珠(あれ)が動き続ける限り、我らは常に膨大な魔力を吸い続けられるのだぞ!」


 それが魔王の責務だったのであれば。密かに策を弄して魔王を廃し、“革命的共和制”とやらを強行した上級魔族たちが担うべきだろう。


 “革命”を行った首魁である魔人族(イヴィラ)の政務相ハルカスと、政務次官オイラディア。吸精族(ヴァンプ)の財務相クールエと、財務次官モンスク。

 それを強力に支援した中級魔族たちも同罪だ。龍心族(ドラゴネア)の軍務相ドレンと、虚霊族(ファントマ)の軍人ゴシュカ、ルワティカ。

 彼ら七名にはなぜか、首に黒い首輪が()められていた。

 

 魔界の暮らしを、それこそ“革命的に”文明化した驚異の魔道具、魔族の暮らしを支える偉大な“大宝珠”を維持するため、自らの魔力を注入する魔力枷だ。


 それは在位百余年、気高き魔王の(あかし)であり、崇高なる責務の(しるし)でもあった。


「……このままでは、……我らは、魔力が尽きて、……死ぬ」


 ハルカスは萎れた顔で天を仰いだ。部下のオイラディアも息を喘がせ、無言のまま小さく首を振る。彼らよりも魔力量の低い他の五名はすでに身動きすらできず、中級魔族の三名は治癒院で延命処置を受けているという。


「……前魔王(コルナハン)の、行方は。……まだ、わからんのか」


 ハルカスの声には、もう覇気がなかった。怨嗟と怒りに満ちていた視線も、いまは懇願するように揺らぎ始めている。


 オルフは、心のどこかで(たが)が外れかけているのを感じていた。政務官として忠誠を誓ったのは、魔界の平安を支える魔王陛下だったのだが。

 いまは、もういない。

 目の前でうずくまる、この愚かな連中が。“天誅”として異界に“追放”したのだという。


「“革命共和同盟”の方々を除けば、その術式を目にした者がおりません。術式巻物(スクロール)の現物がなければ解析する手掛かりすらなく」

「……だから、言っているであろうが! ……あれは、コルナハンが、……隠し持っていた、禁忌の! 魔術なのだと!」


 では無理だ。そんなものを解析できる者など、いるわけがない。

 そもそも、自分たちが勝手にやった愚行の後始末を、経緯も知らぬ他人にさせようとするのが間違っている。

 前魔王コルナハン陛下は、魔界史上最強の力と最高の知性を持った魔導師。戦っても敵わぬと踏んで、浅はかな詭謀(きぼう)に頼ったのだろう。

 あれほどの実力者が愚かな企みで、しかも自分の作った魔術で、倒されたとはとても思えない。誰もその場を見てはいないが。もし革命共和同盟(おろかものども)の“追放”を受け入れたのだとしたら。

 前魔王陛下は負けたのではなく、見限ったのだ。我ら魔界の虫けらどもを。あまりにも愚かで弱く傲慢で、無知で無能で恥知らずな寄生虫どもを。


「どうしたら、よいのだ」


 ハルカスの嘆きにオルフは答えず、黙ったまま敬礼をして背を向ける。王のいない玉座に。揺らぎ、枯れ、朽ち、淀み、滅びの始まった魔界に。


 下級魔族たちの魔界流出が始まったのは、それから数日後のことだった。

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