第6話 “敵”って、なんじゃい
わしは廊下を歩きながら、エテルナから公爵邸の構造を教わる。王都のなかでは王城に次ぐ大きさの屋敷らしいが、魔王城に比べれば小屋のようなもんじゃの。
その東棟の端に、わしの目覚めたアリウスの部屋がある。アヴァリシアとミセリア母娘の部屋がある西棟の端。そこまでは、なんでか延々と回り道を強いられる作りになっておる。
「この珍妙な構造は、敵から攻め込まれたときの対策かのう?」
“たぶん、そ〜”
途中から面倒になって、エテルナに乗せてもらった。
利口で有能なおともスライムは、優秀な形状変化特性持ちでもある。わしが座りやすいように姿を変えて、莢豆のような形になってくれよる。またがると腰の後ろが背もたれ付きのフカフカ椅子に変わる親切さじゃ。
「うむ、苦しゅうないぞ! すすめ!」
“ぎょいー♪”
玄関ホールから吹き抜けになった二階中央の広間前で、パチッと弾けるような魔法的抵抗に遭う。
厳重に隠された魔法陣が、床と壁と天井に仕込まれておる。
これは、探知魔法と初級の魔導防壁じゃな。魔力が魔界の羽虫程度しかない人間を防ぐ効果はあろうが、魔王の侵入を拒むには飾りほどの意味もない。
「来るぞ」
“はいなー♪”
“氷刃”がこちらを掠めて手すりが弾け飛び、追撃の“炎槍”が廊下を揺らす。
初弾以外はエテルナが相殺魔法で無効化させたが……考えなしじゃな、阿呆どもが。己の住まう屋敷を倒壊させる気か。
「魔導師は、わしに任せよ」
“はいなー!”
暗殺者らしき抑えた殺気が七つ。散開し忍び寄ろうとしたそやつらは鎧袖一触、飛び出したエテルナに無力化されよった。
怯んだのか一瞬の間を置いて、こちらの四方を囲うように“爆轟”の魔法陣が現れる。指向性を一点に集めて粉微塵に吹き飛ばそうとでもいうのじゃろう。
こちらは一応、仮にも公爵家の長子なんだがのう。
「「なッ⁉︎」」
片手を振って術式を無効化させると、魔法陣が青白い魔力光を瞬かせながらパラパラと砕け落ち消えてゆく。
「ぬしら、わしをなんと呼んでおったかのう?」
廊下の奥に、魔導師の反応が四つ。隠蔽魔法をかけてはおるが、気配は丸見えじゃ。わしは身構えもせず、ずんずんと近づいてゆく。
「おお、そうじゃ。ミセリアは、わしを“魔力欠乏症の能無し令嬢”とか、言うておったな?」
「……くッ!」
「能無しの小娘相手に逃げ隠れするか。最期くらいは堂々と向き合うたらどうじゃ?」
「一斉にかかれ!」
距離を詰められ、詠唱をあきらめたか。魔導師どもは発動の早い初級魔法の連撃に切り替えよった。頭数と手数で押し返そうと考えるのは、わかるがの。
「ぬしら、ダンジョンに潜ったことはないようじゃな」
魔力量も精度もそれなりの集団じゃが、知能と連携と経験が足りん。
実用的な初級魔法の“氷刃”と“炎槍”は、相性が悪い。交錯すると互いに干渉しあって効果を殺し、水蒸気を発して視界を塞ぐ。
冒険家では、ごく初歩の鉄則と聞いたがのう。
「がッ」
「ぐ」
「ぎゃッ!」
「う、うわああぁ……ッ!」
一撃で倒された仲間を見て心が折れたか、姿を見せた最後のひとりは魔術短杖を振り回して襲いかかってきよった。
体力も胆力も戦闘には向かん支援職の魔導師じゃ。そんなもん、通用するわけがなかろう。平手で顎を張り飛ばすと、あっさり崩れ落ちて動かなくなりよった。
「エテルナ」
“へーか、殺してないよ〜?”
「うむ、それでよい」
「そうなの〜?」
「わしらに楯突いたらどうなるか、警告は必要じゃがの。それを伝えるために、わざわざ死体を運ぶのは面倒じゃ」
わしは、やつらが守っておった廊下の先に向かう。西棟の端にあるアヴァリシアとミセリア母娘の部屋は、すでにもぬけの殻となっておった。
金目のものを根こそぎ奪ったか、室内は絨毯すらなくキレイに空っぽになっておるわ。
「逃げ足だけは、たいしたもんよの。どうやら、一足遅かったようじゃ」
振り返った廊下にも、すでに倒れておる者はおらん。あれだけの戦闘が起きた後だというのに、屋敷のなかは静まり返っておる。
救援どころか様子を見に来る者さえないとはのう。プルンブム侯爵家の連中は、公爵家にどれだけの配下を送り込んでいたことやら。
「アリウスは孤立無援で、わしと入れ替わらねば、むざむざと殺されるところだったわけじゃろ」
“うん”
その企みは潰えた。悪が滅びてめでたしめでたし、などという結末は御伽噺の世界だけじゃ。気位ばかり高い弱者は、負けを認められん。生き延びるためにも、屈辱を晴らすためにも。さらなる愚行を重ねる。
かぶった負けを取り返すために、デカくて分の悪い賭けに出るもんじゃ。
「となると、次に狙われるのは……」
“公爵だね〜?”
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