第41話 “いい夜”って、なんじゃい
「やあ、いい夜だね」
わしらを振り返った公爵は、にこやかに笑みを浮かべて幸せそうに言うがの。その姿でその物言いは、完全におかしいじゃろ。
血まみれの腕に抱えた左右一名ずつの帝国兵を縊り殺しながら、足元で倒れておる連中の首やら頭蓋やらを蹴り砕いてとどめを刺す。次々に掛かってくる者たちを殴殺しては放り出し、捕まえては扼殺する。
流れ作業のように屠り続けるさまは、元・魔王よりよほど魔王のようじゃ。
「君たちがここにいるということは、どうやら上手くいったようだね」
「そうじゃの。さしたる抵抗もなく、さしたる問題もなく、じゃ」
「感謝する。よくやってくれた」
その穏やかな声と笑顔は、鏖殺の光景とまったく合っておらんな。
「それで公爵、なんでまた単身で戦っておるんじゃ?」
友軍はと周囲を見渡してみるが、公爵家の者など兵どころか馬すらも見えん。アダマスの野人はわしを見て、呆れたように首を振る。なんじゃそれは。
「この国の王家と貴族どもには、ほとほと愛想が尽き果てた。なので、アダマス家は、もう王国のために兵は出さないと伝えたんだよ。わたしも、王国のために剣を振るうことはないと」
「……うん?」
たしかに、剣は振るうておらんがのう。公爵本人が数百の帝国兵を殲滅しておるのは、“兵は出さない”との言とは矛盾して……おらんのか。少なくとも、この奇人にして鬼神な御仁のなかでは筋が通っておるんじゃろ。常識から突き抜けた者たちの基準というのは、得てしてそんなもんじゃ。常人には理解できんし、わかろうとするだけ無駄じゃ。
悠長に話しとる間にも、帝国兵はどんどんと首を捩じ切られ、背骨をへし折られ、頭蓋をかち割られてゆく。
「ああ、……手を貸そうかの?」
念のために訊いてはみたが、静かに首を振られた。
「ありがとう。だけど気遣いは無用だよ。君たちは、君たちのやるべきこと、やりたいことを進めるといい」
「そう言うのではないかとは思ったがの。では、王都で待っておる」
「待てぃ!」
王都に向かうと聞いたせいか、公爵の蹂躙と場の空気に呑まれていた帝国兵たちも小娘ふたりを通してやる義理はないと思い至ったようじゃ。
ここは余計なことを考えずに生き延びることだけに専念した方が良いと思うんじゃがのう。
「黙って通すとで、もふぉッ⁉」
「邪魔じゃ」
わしらに剣を向けようとした雑兵が十数名、ビクリと身を強張らせて闇黒魔法の茨に首を吊り上げられる。息を詰まらせ泡を吹きながら、浮いた足で必死に足掻くが、すぐに痙攣して動かなくなりよった。
わしは魔圧が高すぎるせいか、精緻な魔力操作は上手くないが、ただ殺すだけならば楽なもんじゃ。
「テネル、エテルナ。参るぞ」
「はい」
「はいなー♪」
縊死した死体をポイと放り捨て、わしらは公爵の傍らを通り抜ける。
暗闇の先を見透かしてみれば、振り撒かれた死体が点々と続いておった。龍でも暴れ回ったような惨状じゃのう。これを見て、たったひとりの無手の男がこれをやったとは誰も思うまい。
「それじゃ、とばすよー!」
道が空き始めると、エテルナはしだいに速度を上げ始めた。邪魔はなくなり、道も広く平坦になって、我らが駿馬はぐんぐんと疾駆してゆく。
「へーか、どこまで?」
「うむ。めざすは、プルンブム侯爵邸じゃ」
「ぎょいー!」
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