第39話 “疾駆”って、なんじゃい
気付けば、1年(と1日)が過ぎていたのです(愕然)
夜も更けて静まり返った野山に、虫の声も獣の気配もない。戦場が静まり返るのはよくある話じゃ。ひとつは大量の敵兵が待ち構えているとき。ひとつは圧倒的な強者の気迫に虫けらどもが怯えているとき。
この場合は、後者じゃな。
「へーか、おわったー!」
「うむ、ご苦労」
あちこちに散らばった武器と転がった死体はエテルナが収納を済ませ、わずかな篝火で照らし出された敵陣跡に残っておるのは撒き散らかされた血の跡だけじゃ。
息のあった者はプルンブム侯爵への伝言を持たせ領府に向かわせたが、どれだけが生きたまま辿り着いたかはわからん。とはいえ戦の宣戦布告とはそういうもの。聞こえなかったか聞く気がなかったか。聞いておらんというのであれば、致し方なし。こちらは、ただ攻め込むのみじゃ。
「わしとエテルナは、このまま王都に向かうがのう……」
「もちろん、わたくしもお供いたします」
「てねるも、ずーっと、いっしょ! ね~?」
「はい♪」
テネルはいつの間にやら、エテルナと意気投合しておるな。それ自体は嬉しいが、どうしたもんか。他家の令嬢を伴って――勝算はともかく実態としては――四千近い軍勢が待ち受ける死地へと赴くことになるんじゃがの。
「へーか、てねる、つよいよ?」
なにを迷っているのかと言わんばかりに尋ねられて、わしは冷静に考え直す。
「それもそうじゃな。鬼神の子を安全地帯に納めたところで意味はないわ。強者には強者としての扱いが必要じゃ」
「身に余る光栄です」
「なにかあっても、えてるな、まもる!」
「ありがとうございます、エテルナちゃん。とっても心強いです!」
覚悟を決めた強者に余計な気遣いなど無礼というもの。馬エテルナに乗って、わしらは無人となった敵陣を出る。
「では、参るぞ!」
「はい!」
「はいなー!」
もはや人目を憚ることもない。エテルナは馬の姿で走り出したかと思うと、瞬時に全力で疾走してゆく。動きと姿だけならば辛うじて馬に見えんこともなかろうが、いかなる駿馬もありえん速さでぐんぐんと野山を駆け抜ける。
……と、いうよりも。
「こやつ、ほとんど飛んどるのう……⁉」
「もーっと、いくよーっ♪」
「はいッ! エテルナちゃんは、本当に素晴らしいですッ!」
いや、それはたしかにその通りじゃがの。どこの馬がこんな走り方をするっちゅうんじゃ。ほとんど百八十センチ近い高さを、ひと足で五・四メートルは進んでおる。起伏や岩場どころか、小川や崖さえも関係なしに王都目掛けてまっしぐらじゃ。ダンジョンの中で全力を出したときには狭いから怖いんじゃと思っておったがの。
鳥を超える速さですっ飛んでゆく馬の背に乗っておっては、開けた平地でも生きた心地がせんわ。
「あはははははは……!」
「うふふふふ……♪」
いや、こやつら楽しそうじゃのう⁉ 元とはいえ魔王より豪胆とは、一体どういう肚の据わり方をしとるんじゃい!
「前に伏兵、ですが……」
「だい、じょーぶ!」
テネルが注意を促したのと、エテルナが自信満々に返答したのと、なにやらスパコーンと弾き飛ばされて飛んでったのがほぼ同時じゃ。わしは、まったく見とらんかったわ。
「なんじゃ、いまのは」
「わかんなーい、けど、ぶき、むけてたから、てき!」
「黒装束で隠蔽魔法を使っていましたから、斥候か暗殺者かと思います」
「では、よかろう。見事じゃエテルナ」
「えっへん!」
プルンブム侯爵領から王都までは、たしか二百キロやそこらじゃ。ダンジョンのあった辺りからでは、もう少しあったかのう。
「エテルナ、王都には朝までに着くかの?」
「あかるくなるまえに、つくー!」
「なんと」
エテルナが、わしとテネルの頭に王国の地図情報を共有してくれよる。ご丁寧にも明滅する点として示されたエテルナの位置に、王都まで百二十キロと示されておった。その数値が、どんどん減ってゆく。
「わかってはおるが、ぬしの脚は信じがたい速さじゃのう……」
「アリウス様」
わしの後ろで浮き浮きとしておったテネルが、地図を見せられて少し声を落とす。
「どうした?」
「貴族領軍が王家直轄地の外縁に布陣していると聞いておりますが」
「言われてみれば、そろそろじゃの。エテルナ、貴族領軍がどうなっておるかは、わかるか」
「ぎょいー!」
すぐにエテルナが、分裂平行化個体からの視覚を共有してくれる。それを見て、わしは一瞬どうなっておるのかと首を傾げる。
「……む? なんじゃ、これは。どうなっておるやら、よく見えんが……」
エテルナからの知識共有によれば、この先の山道を越えたところが天領の境界となるリームス川。川幅が広いところで三・六メートルほど、流れは浅く水量も少ないため歩いても渡れる小川じゃ。往路は、エテルナがひょいと飛び越えたんじゃなかったかの。
その川が、パラレルドからの視覚に見えておる。月明かりに浮かぶ水面はなにやらモソッとしたものが折り重なって……
「おい待て」
「……エテルナちゃん、これは」
「そー」
小川は、貴族領軍兵士と思われる死体で、埋め立てられておった。
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