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第35話 “置き去り男爵”ってなんじゃい

「我ら魔王軍武神七将のひとり……」


 どこぞで見覚えのある“魔人”が偉そうにほざく。ちょっと前まで情けなく倒れておったことなど、なかったかのように胸を張っておるがの。


「なにをしとるんじゃ、オイラディア。ぬしは将どころか武官ですらなかろうが」

「なッ⁉」

「書類仕事も予算管理もできん文官もおかしいがの」


 魔界の政務次官オイラディアが、ビクリと身を震わせてわしを見る。

 わしが下げ渡した魔力枷(くびわ)まで着いたまま。いつにも増して顔が青白いのは、魔力切れで半死半生だからじゃな。


「貴様、なぜ、我の名を……」


 こやつ、腐っても上級魔族の魔人族(イヴィラ)であろうに。下級魔族の獣人族(ウェア)でも匂いと気配ですぐに察したんじゃ。わしが魔王コルナハンであることなど瞬時にわかって当然だと思うんじゃがのう。

 どうにも反応が鈍い。もともと賢い方ではなかったが、知能も知性も感じられん。


「エテルナ、もしかして……こやつは魔界に()るオイラディアの平行化分身(パラレルド)に近い存在(もの)ではないか?」

「そ~、だけど……本体(もと)と、つながってないみたい?」

複製(デュプリケート)か。わしがわからんはずじゃ」


 わしとエテルナから無遠慮に観察されとることで、オイラディア()()()()()()は明らかに動揺し始めよった。


「な、なぜ恐れぬ! 我は、魔界に君臨する偉大なる魔人であるぞ!」

「それは御立派なことじゃな。であれば、“君臨”する魔界に差し戻してやろうかの」


 キャンキャン吠える似非(えせ)オイラディアを無視して、こやつを出現させた魔法陣を見る。

 魔法陣は術式に魔力を供給する“圧搾”、魔人を生み出す“錬成”、現れた魔人を――おそらくは帝国軍と同じく王都に――送り出す“転送”という順序でつながっておるが……見直してみると“錬成”におかしな改変が入っておるのに気づく。

 正確に言えば、魔界に伝わる術式を切り貼りしただけの寄せ集め。おかしな改変の集大成じゃ。

 魔族なぞイチから生み出すには複雑で精巧な術式と、膨大な量の魔力が必要になる。陣を組んだのが誰かは知らんが、こんな三流術者の技量では無理じゃろな。

 成功確率が低すぎると踏んで、安易な道に逃げた(ひよった)というところかの。設定が一度きり(ワンス)ではなく繰り返し使用(リピート)となっておるのも、複数回運用のためではなく稼働に自信がなかったからじゃろ。


「うむ、エテルナの読みで正解じゃ。術式の体裁としては“錬成”と(ウタ)っておるが、実質“複製”でしかないようじゃの」

「貴様! なにを言っている!」

「ぬしはオイラディアであって、オイラディアではないわけじゃ。それで、なにをしに現れたんじゃ」


 睨みつけると、魔人族(イヴィラ)は怯んで目を逸らす。魔界の政務次官としても役立たず、追従と悪巧みしか能のない小物であったが、複製になっても小物のままじゃの。


「我ら魔人は人間界を征服するために……」

「そんな魔力切れの死にかけが一体ばかし出てきたところで、倒せるのはゴブリンくらいじゃろがい。人間界で遊んでおる暇があるならば、大量に複製して大宝珠に並列供給した方が益になるのではないかの」

「黙れ! 魔人の力を……ごふッ!」


 わしの言葉に激昂した平行化オイラディアはなんぞ魔法を放とうとしたようじゃが、エテルナに脇腹を小突かれて悶絶する。


「吐かんのならば、それでもよい」


 闇黒色(ニグレド)の魔力で指先に黒い鬼火を生み出し、それを数十に分散させる。解放されたアリウスの魔力と魔圧に、魔人族の偽物は硬直して震え始めた。


◇ ◇


「クレーデレ・スタヌム伯爵とお見受けする」


 王都からの軍使を名乗った兵士は、見覚えのない若い男だった。

 王家直轄地の方角から来た時点で、王都を制圧した帝国軍の兵であることは明白だった。軍使と言いながら白色旗を持たず、武装の解除も拒絶した。そのまま殺されてもおかしくない状況で余裕を見せているのは、帝国軍の後ろ盾があるという自信からだろう。


「用件は」

「降伏勧告ですよ、もちろん」


 ニヤニヤと無礼な薄笑いを浮かべた男は、スタヌム伯爵家への蔑みを隠す気もない。


「帝国に従えとの王命が出ました。書状はここに」


 スタヌム伯爵は、書状とやらを一瞥して破り捨てる。


「論外だ。エダクスは王ではない。戦時強権を発動するとしても、王家の軍権は領地軍にまで及ばん」

「ほう? それは王家への叛乱ですか」


 侵略者がなにを言うか、と詰め寄りかけた領兵指揮官(アンプルス)をスタヌムは手を振って止める。

 伯爵家の陣に入ったのは軍使の男だけだが、護衛の兵が百ほど、指呼の距離に布陣していた。完全武装の重装騎兵と弓兵が整列するさまはどう見ても示威行為だが、スタヌム伯爵は挑発を無視するよう厳命していた。


「少しは冷静に考えてはどうです? 王都に布陣する帝国の軍勢は五千。プルンブム侯爵領のダンジョンから魔物が溢れるのも時間の問題でしかない」


 伯爵領軍の無反応を弱腰と見たか、軍使は笑み含みでまくし立てる。


「スタヌム伯爵領軍は千に満たない。領地の防衛を考えれば、帝国(こちら)との戦闘に割けるのは、この陣にいる百五十。それに加えて、せいぜい百といったところでしょう」


 偵察も済ませたと言いたいのか、軍使の男は、ほぼ正確な兵数を口にした。スタヌム伯爵は、それにも反応を見せない。


「我らに楯突くのは、あなたと“奇人公爵”だけでしょう。つまり」


 軍使の若造が満面の笑みで見据えてくる視線を、スタヌムは無表情に受け止める。


「ここが“置き去り男爵”の、最期の戦場となる」


◇ ◇


「“置き去り男爵”? なんじゃ、それは」


 わしは勝ち誇ったオイラディアの言葉に首を傾げる。スタヌム伯爵を揶揄する文言なのはわかるが、その意味がいまひとつ理解できん。

 長き平和な時代で武力が弱体化し形骸化した王国で、実効戦力を持つのは敗将の末裔で孤立した公爵家と、弱輩の小領であるスタヌム伯爵家のみ。その二家を撃退することで帝国の王国支配は決定的なものになると、この愚物の複製が言っておるのは理解できるんじゃがの。


「へーか、スタヌム男爵、いまの王が殺されそうになった撤退戦で、殿軍(しんがり)をつとめて、その功績で伯爵になったの」

「ほう」


 実に、あやつらしいのう。誰かのために守り支えるという目的を持ったとき、あやつの粘りと頑張りは魔王であるわしでも感服するほどのものであったわ。


「“置き去り男爵”なんて渾名、つけられてるけど……そのときの敵、七倍」

「なに?」

「テネルのお父さん、六十の兵を率いて、四百を超える敵軍をおさえたの。生き残ったのは男爵領軍も帝国軍も、四十くらい」


 なんと、ほとんど全滅させとるではないか。あやつ、化けよったのう。


「“置き去り男爵”は、また置き去りにされた! 今度こそ惨めな犬死をすることに……」

「やかましいわ」


 自分の手も汚さずに偉そうな口を利くオイラディアの偽物を、わしは思わず張り倒す。

 まず帝国軍の進撃が行われるのは、王家直轄地と接する伯爵領の領境。そこで伯爵領軍さえ潰せば、後顧の憂いもないと?

 笑わせよる。あの男はのう。まさに愚直を絵に描いたような男じゃ。大宝珠に魔力を込めよと言えば、連日倒れるまで込め続けよる。魔王と並んで同じ作業をしておるというのに、嘆き憂い憤るのはわしの人使いの荒さではなく、己の不甲斐なさじゃぞ?


「あやつには、才も能も器もあった。迷いと悩みとしがらみに縛られて、もがいておった幼き龍じゃ。ないものは命を懸ける目的(いみ)だけだったがの。いまは、それも手に入れたようじゃ」


 わずかに息を呑む気配に傍らを見れば、テネルがわしに目を向けておった。


「……アリウス、様。……やはり、父をご存じだったのですか?」


 うむ。こやつの父と友誼があったことを伝えておらんかったのう。エテルナに言われるまで、まったくもって完全に忘れておったわ。

 人間と魔族の成長はまったく違うんじゃ。あんなこまっしゃくれた小坊主が、いつの間にやら鍛え抜かれた強者に育っておるなどと思わんわい。


「すまんのう、テネル。ようやく思い出したわ。あの男……ぬしの父はのう。わしの、ただひとりの、愛弟子じゃ」


 わしの渡した短剣をいまだに愛用しておるとエテルナから聞いて、胸の奥が熱くなる。この齢になって、こんな気持ちになるなど思ってもおらなんだのう。


「あの小坊主は、守るべきものを得た。となれば、あれは猛き暴龍ぞ。魔族の跳ね返り如きが測れるほど浅い漢ではないわ。その力を目覚めさせたとしたら、たかが賊軍ごときに抜かれるものか」

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