第32話 “錬成”って、なんじゃい
先行した双頭の黒狼が、わしらの露払いを買って出る。ダンジョン前に布陣していた兵士たちが次々に弾き飛ばされ、周囲を巻き込んで転がる。
「て、敵襲……ッ!」
ようやくわしらに気づいたらしいが。もう手遅れじゃ。狭いダンジョン内に入ると、オルトは一歩下がって殿軍に回った。
“いっくよーっ!”
エテルナは鞘豆型の姿をさらに細長く伸ばし、矢のような全力疾走に入る。わしとテネルは馬の背に伏せるような姿勢で、必死にしがみついておるだけじゃ。
乗り心地は悪くない。振り落とされる心配もない。しかし、なんぼなんでも速すぎるんじゃい!
「お、おお……うぉうッ!?」
ときおりバゴンと弾ける音がして、なにかが粉々になって後方へと飛び散る。あるいは横ざまに何かが飛んできては、オルトの爪でバラバラに切り刻まれる。エテルナが展開した魔導防壁でこちらに被害はないが。なにがなにやらサッパリわからん。わしはともかくテネルはどうかと振り返ってみたが……。
「いまのは、オークですね。エテルナちゃんたちは、本当に素晴らしいです♪」
目が合うと実に幸せそうな笑みを浮かべよった。こやつ、わしより肝が据わっておるな。
ドバンバゴンと吹き飛ばされ切り刻まれる魔物たちは、次第に数を減らしてゆく。侯爵家がダンジョン内の掃討を済ませておるという風ではない。中層より深い階層の魔物たちは、浅層よりも遥かに強いが知能と危機察知能力も高い。そやつらが絶対的強者たちの接近を察した魔物たちが逃げ隠れし始めたようじゃ。
「……エテルナ! いまは、何階層じゃッ!?」
“ななかいそ~”
「エテルナちゃん、侯爵領のダンジョンは深いんですか?」
“あと、はち?”
十五階層か。エテルナから流れ込む情報を見る限り、ダンジョンのなかでは比較的上下階層に浅く階層面積に広い形のようじゃな。
ダンジョンが発生した地域の外在魔素が高密度と深くなり、低密度と浅くなる傾向があるらしいがの。広い狭いの差異は発生後にダンジョンが人や魔物から吸収した内的魔素の量に比例するという。
それが事実だとするならば……。
「ずいぶん多くダンジョン内での死を取り込んだということじゃな」
「侯爵家が、ここまで育てたということですか?」
「途中で何度か、あんなもんがあったじゃろ」
わしは行く先に配置された大仰な木組みの柵を指す。侵入者の動線を塞ぐための阻止線じゃろ。無理に越えようとすれば罠が発動する魔法陣が組み込まれておるようなんじゃが……。
“そーい!”
エテルノの突進で柵はバラバラに弾け飛ぶ。罠も上位の魔導防壁で無効化されて、起動した魔法が何だったのかもわからん。
「……麻痺毒のようです」
「よくわかったのう」
「最初はわかりませんでしたが、階層が下がるごとに魔法の強度と毒性が上がっていますから」
浅層なら逃げ帰ることもできようが、中層で麻痺毒なぞ喰らえば魔物の餌食になるのは確実。そうしてダンジョンを広げに広げたわけじゃな。
ダンジョンの産物が領内経済に貢献するというのは、わかるがの。いまにも魔物が溢れそうな状況で守るべきものでもあるまい。わざわざ自領を危機に陥れてまで、プルンブム侯爵の求める益はなんじゃ。
「エテルナ、最深部に居るのは魔物だけか?」
“ひと、まもの、まぞく~”
「やはり、そうなるか」
思念連結を通じて、エテルナから深層の地形と動線が示される。違和感が想像通りの答えとして示されたようなもんじゃの。
攻め込む側からすると冗長で迂遠で厄介な構造に見えるが、それは阻止用の柵と魔物の配置によるものじゃ。魔物が内部から地上に向かうことを考えれば、不可解なほど単純で効率的じゃ。そこに侯爵の目論見が透けてきよる。
「ダンジョンを育てていたのは、溢れさせた魔物に王都を襲わせるためじゃろ」
「そのために、プルンブム侯爵は領地ぐるみで隠蔽工作を行っていた……」
「他領でも急激に進んだ活性化が不自然じゃ。なんぞ人為的操作があったのではないかと疑っておる」
最初は魔物の群れを敵対貴族領に。そして、最後は王都に。
王都から二百キロ近い侯爵領では、ダンジョンから魔物を溢れさせたところでたかが知れておる。被害を与えるというても、周辺領がせいぜいじゃ。使役しておるわけでもない魔物が、思い通りに王都までノコノコと進軍してゆくわけも……。
「エテルナ! ダンジョン内に転送魔法陣はあるか!」
“コアのとこに”
「それじゃ! 急げエテルナ、それをブチ壊すんじゃ!」
平行化分身のエテルナの視界が共有され、広い空間の中心に浮かぶ巨大魔石が見える。その周囲にはローブをまとった魔導師らしき連中が立っていて、いくつもの魔法陣が展開されておった。
三つある魔法陣のひとつは“転送”。ひとつは“錬成”。そして、もうひとつは。
「“圧搾”、じゃと……!?」
“へーか、そこに、まぞく!”
壇上に据えられた禍々しい色の魔法陣。そこには魔界から逃げ込んできたらしい魔族たちが二十人ほど、縛られて転がされておった。
あのクズども、魔物の“錬成”や“転送”を行うための魔力を搾り取るつもりか。
平行化エテルナが魔法陣を破壊しようとするが、その間も魔力の圧搾は行われて魔族たちが悲鳴を上げておる。
「オルト!」
“わふッ!”
双頭の黒狼が魔導師たちを薙ぎ払い、魔族たちを魔法陣から引きずり出す。平行化エテルナの方もなんとかなったか、“転送”の魔法陣が瞬きながら消えようとしておった。
こちらももう少しで最深部まで辿り着く、と思ったところで魔導師たちは血飛沫を上げて転がりながらも、口々に何かを叫び出しよった。“錬成”の魔法陣が輝いておるが、悲鳴と怒号が反響して良く聞こえん。
「なんと言っておるんじゃ、あれは」
エテルナから一瞬、驚いたような反応が返ってくる。
“……まじん、……れんせい?”
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