表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/41

第3話 “まぬけ”って、なんじゃい

「ご機嫌よう、魔力欠乏症(まぬけ)のお姉さま。お目覚めになられましたのね?」


 小娘は一見お淑やかな微笑みを浮かべておるが、そこに親愛の情は微塵もない。虫けらでも見るような目で、悪意や侮蔑を隠す気もない。


「そのまま身罷(みまか)っていただければ、我が公爵家は安泰でしたのに」


 エテルナが音もなく、わしの前に立つ。不可視の隠蔽魔法で姿を隠し、身体を壁のように大きく広げておる。何かあればすぐに対処するつもりなんじゃろう。主君を守ろうとする心意気は、まこと天晴じゃがの。


「ぬしが出るほどの相手でもなかろう?」


 わしは念話でエテルナをなだめる。小娘は蔑みと嘲りを剥き出しにしておるが、身にまとう魔力も気迫も脆弱で脅威とはならん。こんなもん、小鬼(ゴブリン)が騒いどる程度のものじゃ。

 魔王を相手に喧嘩を売るとは。度胸があるというより頭が悪いんじゃろうな。


“こいつ嫌い。へーかに、やなこと言った”


 そう答えるエテルナの声は、珍しく不快げじゃ。

 わしというより、わしの身体であるアリウスに、ということじゃろうな。さては、わしが寝ておる間になにかあったか。

 先ほどの情報のなかに、こんな小娘はおらんかったようじゃがの。


「それでエテルナ、このチンチクリンは何者じゃ」

“ミセリア”


 小娘の名は、ミセリア・プルンブム・アダマス。公爵家次女で、十二歳。アリウス(わし)の、腹違いの妹だという。

 部屋に入ってもこちらに近寄ろうとせんところに、浅はかな作為が透けて見えよる。


「ミセリア。用はなんじゃ」

「なんですのお姉さま、そのおかしな話し方は。“魔力欠乏症(まぬけ)の能無し令嬢”が、()()なにか奇妙な妄想に取り憑かれて……」


「用は、なんじゃ」


 わしが声を落とすと、ビクッとして身構えよった。すぐに平静を装うが、怯えを隠すのが下手くそすぎて失笑しか出てこんわ。

 義妹の視線をたどると、その先にはあの妙な布切れが転がっておった。

 なにに怯えておるかと思えば、あのブサイクな呪詛(まじない)か。あんなもん微塵も効かんというのに。

 ……いや、魔王であるわしにはなんの効果もないが、アリウスにとってみれば話は別かの。しつこく魔力欠乏症(まぬけ)と繰り返すところに、小娘の薄っぺらい悪意が見えよる。


「なるほど」

「……な、なんですの? “公爵家の恥”が、わたくしに言いたいことでも」

「ぬしらの仕業か。()()()()の身体から魔力を奪っておったのは」


 ミセリアとやらの顔色が変わりよった。

 しかし、妙じゃの。わしの書き換えた魔法陣はそれなりに手が込んでおった。こやつ程度の魔力で組める代物ではない。魔力を失っとるようには見えんし、呪いを受けた様子もない。ということは、施術を行なった魔導師はこやつではないわけじゃ。


「“魔封じ”の薬剤で魔力の行使を縛り、刺繍した魔法陣で魔力を根こそぎ奪い、できあがった空の器に“降魔”で魔界からの召喚者を宿らせるという魂胆じゃな?」


 わしの言葉に、小娘の顔が強張りよった。こちらが近づくたびに、少しずつ後退り始める。


「なんの、お話か、わかりませんわ! お姉さまは、やはり、悪魔に魅入られて、頭が、お、おかしくなったんですわね!」


魔王(わし)()()()魅入られた、じゃと? 面白い冗談じゃ」


 わしが笑うと、小娘の顔から血の気が引いてゆく。首筋から汗が噴き出す。下がろうとして背中が壁に当たる。逃げようと振り返りかけた顔の前に、わしはドシンと音高く手をついてやった。


「ひッ!」


 わしの腕に邪魔され、小娘は外に出られん。逃げようとすれば頭を下げ這いつくばるか、わしを倒すかじゃ。

 どちらもできん小娘は、必死に虚勢を張ってわしを睨みつけてきよった。


「わたくしの身になにかあれば、お父様が! そしてエダクス殿下が黙っておりませんわよ!」

「誰じゃ、それは」

「なッ⁉︎」


 エテルナが念話で教えてくれたところによると、エダクスというのは王国の第二王子で、わしの身体(アリウス)の婚約者だという。

 そやつが、なぜ妹の用心棒になっとるのかはエテルナも知らんそうじゃ。


「そんな“お飾り王子”の話はどうでもええんじゃ」


 わしが言うと、ミセリアは信じられないものを見たような顔で目を見開く。

 なんじゃい。婚約者っちゅうても、王家(いえ)公爵家(いえ)との問題じゃろ。どういう経緯でそうなったのかは知らんが、第二王子(みこし)公爵家長女(みこし)の乗り合わせに大した意味なぞないわい。

 そんなもん、上級魔族でもよくある話じゃ。


「ぬしらの手下(てか)に、魔導師がおるじゃろ」

「ええ! ええ、大勢おりますとも! わたくしのお母様の家系は、代々優れた魔導師を輩出してきたプルンブム侯爵家ですもの。お姉さまの母親のような騎士上がりのカリュプス家とは……!」


「やかましい」


 純粋魔力を乗せた威圧を掛けると、ミセリアはピタリと口を閉じて固まった。小娘の顔から虚勢と血の気が失せ、生え際からすさまじい汗が噴き出し始める。

 そうじゃ。恐怖というのは、信じられんほどたやすく、わかりやすく相手を操る。


「わしを、殺そうとした魔導師じゃ。知らんとは言わせんぞ?」

「……そッ、ま……」


 なにを言おうとしたのかは知らん。ブルッと身を震わせると、ミセリアは真っ赤になって顔を上げ、睨みつけてきよった。

 ここまで萎れ、怯えながらも義姉(アリウス)に気圧されている事実は頑なに認めようとせん。その気概は認めてやるがの。それもしょせん、子犬の意地じゃ。


()()生きとったら、そやつに伝えよ」


 失神寸前の義妹が、なにかを察して息を呑んだ。目の奥まで見据えて、わしは耳元で囁く。


「身の程を知れ、とな」

【作者からのお願い】

お読みいただきありがとうございます。

「面白かった」「続きが読みたい」と思われた方は

下記にある広告下の【☆☆☆☆☆】で評価していただけますと、執筆の励みになります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ